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【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】森のお茶会

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/10 13:29

掲示板

オープニング

●ご招待
 H.O.P.E.ギアナ支部の外部通信回線が唐突にジャックされた。
 オペレーター陣がコントロールを取り戻そうとあがく中、モニターに映し出されたのは。
『僕の姿は正しく映し出されているかな? 残念ながら僕のほうから君たちの姿は見えないんだけどね。これじゃ会話にはならないな。話というものは互いの顔が見えてこそだからね。できればゆっくりアフタヌーンティーを楽しみながら談笑したいね』
 白地を金で飾った司祭衣装に身を包む金髪碧眼の少年だった。
 早口なわけではない。むしろ噛んで含めるようなゆったりとした口調。なのにその言葉はどこか急かされているように落ち着きがなく、聞いているこちらをそわそわとさせる。
『さて、君たちすべての名前を聞かせてほしいところだけど、貴重な時間を僕にばかり使わせるのはしのびないからね。僕の名乗りを聞いてもらうだけにしようか。いちおう先に名乗ってはいるんだけど、初めて顔を合わせる諸君に敬意を払いたいからね。僕はバルドル。“ラグナロク”の長にして真世界の拓き手だよ。ああ、フレイとフレイヤが君たちと遊んでもらったそうだね。ふたりに代わって僕から礼を言わせてもらうよ』
 長々と言葉を紡ぎながら、その体は止まることなく小刻みに動いている。悠然とそれ裏切る性急とがこの少年――バルドルの内に同居しているようだった。
『と。申し訳ない。どうにも言葉が多くなってしまうのは僕の至らぬところだね。さて、今日こうして君たちの回線を一時的に拝借したことには理由がある。この場で話がしたかったというのは嘘じゃないが、それだけですませたいならもっと洗練されたやりかたがあるんだからね』
 コツコツコツコツ。指先で忙しないリズムを刻みながら、バルドルが言葉を継いだ。
『僕は顔を合わせてエインヘリャル――新しき世界に生きるべき勇者諸君と話がしたいんだよ。先に言ったとおりアフタヌーンティーを楽しみながらね』
 コツ。リズムを断ち斬ったバルドルがカメラへ鷹揚にかぶりを振り。
『さすがに初対面の君たちをラグナロクへ招待するつもりはないよ。いや僕は両手を広げて迎え入れたいところだけど、君たちは僕をそこまで信じられないだろう? 僕は君たちとの間にきざはしをかけたい。互いに手を取り合い、真世界へ踏み出すために』
 ついに立ち上がった彼を追い、カメラが上へ。どうやらバルドルのこのような行動に慣れているらしい。見事なカメラワークだ。
『アマゾンに僕の東屋がある。無粋な原生植物じゃなく、美しい薔薇を観賞できるよ。そこなら落ち着いて話もできるだろう? ただ困ったことに、東屋には執事もメイドも置いていないんだよ。頭脳を休めたいとき他人の気配があると神経に障るからね。だから僕のほうは世話役代わり、君たちとも馴染みのあるウールヴヘジンを何体か連れていく。なに、あいつらはただの従僕だ。なにか騒ぎを起こしたら罰を与えてやってくれてかまわない』
 眉根をしかめて吐き捨てたバルドルがふと笑顔を取り戻す。
 あらためてカメラにその笑みを向け、優雅な一礼を見せた。
『日取りは追って知らせるよ。古式ゆかしく招待状を送ってね。では、無機質なカメラ越しじゃなく、真のエインヘリャルと逢えるときを楽しみにしている』

 翌日、差出人不明の封筒がギアナ支部へ届いた。
 赤い封蝋を剥がして中身を確かめれば、座標と時間、そして人数指定だけが書かれたカードが一枚あるきりだった。

●森へ
「ウチでも追っかけてるアマゾンの事件、そのボスだっていうバルドルからお茶会のお誘いだよ」
 礼元堂深澪(az0016)が招待状の現物をブリーフィングルームの卓に置き、一同を見た。
「向こうはバルドルと、ウチのエージェントが接触した獣人――ウールヴヘジンっていうらしいけど――何体かで来る。数はこっちに合わせるってことだから、ウチは最小単位で。戦闘じゃなくて話聞きにいくだけだからね。ただし、なにがあるかわかんないから、最初から共鳴して行くこと」
 カードをあらためるエージェントたちへ深澪は今一度注目を促し。
「ギアナ支部は今手いっぱいで動けない。ボクたちだけで、できる限りの情報をバルドルから引き出さなくちゃ。すっごくよくしゃべるみたいだから質問しやすそうだけど、逆にほんとに訊きたいこと、煙に巻かれちゃうかもだから気をつけて」
 モニターに映し出されたのはアマゾンの地図。そこに赤く示された“聖域”の一角こそ、今回のお茶会の舞台となる東屋の座標だ。
「ボクたちは初めて“聖域”へ足を踏み入れることになる。本拠地じゃないって言ってもそこはラグナロクの制圧圏だから、なにが起こるかわからない。……生きて帰るのが最優先だからね」

解説

●依頼
 バルドルとのお茶会に臨み、ラグナロクの情報や彼の思惑についてできうる限り引き出してください。

●会場
・アマゾン深部、“聖域”の一角です。
・瀟洒な館に付随した薔薇園(クーラー完備の温室ならぬ冷室)の内に置かれた円卓にて会が実施されます。
・ラグナロク側はバルドルと、エージェント側と同数になるようウールヴヘジンが同席します。

●茶会メニュー
・きゅうりのサンドイッチ、クローテッドクリームとベリーのジャムを添えたスコーン、ペピータ(かぼちゃの種)のパウンドケーキになります。
・紅茶はラプサンスーチョンのミルクティー。ストレートがお好みの方はダージリンのセカンドフラッシュをどうぞ。

●会でのバルドル
・バルドルは過ぎるほど多弁です。
・エージェントの質問にある程度以上答えた後、エージェントをラグナロクに勧誘してきます。
・勧誘に失敗した場合、バルドルとの戦闘(1~3ラウンド)が起こります。

●備考
・(PL情報)会がつつがなく進行すると、ラグナロク側のメンバーとしてヴィランであるリュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチと愚神ウルカグアリーが増える事態が生じます。そうなると数合わせでウールヴヘジンが減らされる(殺される)ことになります。
・(PL情報)戦闘開始と同時、ウールヴヘジンは全滅します。

リプレイ

●会合
 競うように絡みあい、天を目ざす草木のただ中に拓かれた路。
「このまままっすぐお進みください。主がお待ちです」
 背の翼を不器用に畳んだ異形の修道女が恭しく頭を垂れ、6組のエージェントに先を示す。
『隠れてる気配はなし。大丈夫みたいだよ』
 日暮仙寿(aa4519)に内からささやきかける不知火あけび(aa4519hero001)。仙寿は異形に気づかれぬよう了解を示し、一同に先んじて路へと踏み出した。
『警戒と斥候は忍の仕事だもんね』
 サムライガールたることを自らに課したあけびだが、彼女の技の礎を成す忍を忘れたことはない。
 仙寿は左に佩いた守護刀「小烏丸」の柄頭に手を置き、修道女の横を抜けた。
『さて、鬼が出るか蛇が出るか』
 仙寿に続く加賀谷 亮馬(aa0026)の内でEbony Knight(aa0026hero001)が言う。
『出るのは神様らしいけどな。まあ、なにが出ようが突っ込むってなったらまっすぐ突っ込むさ』
 内で応えた亮馬へ、Ebonyは静かにうなずいた。
『ああ。肚はくくっておこう』
 ていねいに白煉瓦が敷かれた路を踏んだカグヤ・アトラクア(aa0535)がふとかがみこんだ。
「煉瓦を繋いでおるのは、細かに砕いた石灰岩に石灰を混ぜた古式ゆかしいセメントじゃ」
『バルドルって人の趣味? 適当に予言でも戯言でも聞き出してねー』
 内より眠たげな声を発したクー・ナンナ(aa0535hero001)に、カグヤは含み笑い。
「敵対組織のトップとのお茶会じゃ。わらわの遊び相手になってくれるとうれしいのぅ」
『神々の滅亡の話の序章って感じー?』
 その後に続いた泉 杏樹(aa0045)は、常のおっとりした表情を引き締めてうなずき。
「組織の長の器、見定めるの」
 彼女の英雄たる榊 守(aa0045hero001)は内で優美に一礼し。
『H.O.P.E.の代表としてお覚悟を』

 五分ほども歩いただろうか。
 一同の前に、密林を押し退け、押しとどめる金属の柵を備えた屋敷が現われた。
「やあ、待っていたよエインヘリャル諸君! 僕がラグナロクを率いるバルドルだ。会の準備はもうできている。きゅうりのサンドイッチ、ペピータを混ぜ込んだパウンドケーキにはもちろんクローテッドクリームと木苺のジャムを添えてあるし、茶は中国から取り寄せた正山小種(ラプサンスーチョン)とそれに負けないジャージー牛の低温殺菌乳を用意した。ああ、この夏インドの農園で摘んだばかりのダージリンもね」
 門の前で両手を拡げたバルドルがゆるやかに、しかし留まることなく語りながら一同を招き入れた。
「お招きいただいてありがとう。わたし、志賀谷 京子といいます。今日は互いのことを深く知る機会にできたらと思っています」
 志賀谷 京子(aa0150)がバルドルに笑みを向け、内のアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)もまた言葉を添えた。
『内から失礼します。アリッサ ラウティオラと申します。実りある会にできるよう、努めて参りたく思います』
 カグヤもまた艶然と笑みを投げ。
「茶会への招待に感謝を。わらわはカグヤ・アトラクアじゃ。そして英雄のクー。今後もよしなに」
 さらに仙寿が刀から手を放して礼。
「日暮仙寿だ。この度のお招きに感謝を」
『不知火あけびです! よろしくお願いします!』
「ああ、僕に言葉の敬意は不要だよ。言葉も姿勢も楽にしてくれたまえ」
 そしてバルドルはカグヤと仙寿の和装にまぶしげな目を向け、声をあげた。
「実にトラディショナルで美しい! それはニホンの、なんというのだったかな――」
「和服。日本の伝統衣装だ」
『サムライだからね!』
 仙寿とあけびの言葉に「なるほど、サムライのワフクというのか」とうなずくバルドル。その上機嫌に乗せ、仙寿は質問を投げかけた。
「おまえは欧州の出身か? ラグナロクを名乗るのに本拠地がアマゾンということに理由はあるのか?」
「僕がどこで生じようと、どこにいようと意味はないさ。ラグナロクとは名であり、為すべきことでもある。神々の黄昏は僕のあるところから始まり、それを踏み越えた先に真世界の暁があるんだよ。君たちが見るべきは僕が導く先だ」
 話のきっかけにはならなかったらしい。仙寿はうなずいてみせ、口を閉ざした。
『んー、特にどこの出身、って感じじゃないみたいねぇ。見た目と趣味からして多分ヨーロッパなんでしょうけど?』
 まほらまがGーYAへ言う。
『じゃあこっちも普通に挨拶しとこうか』
 内で答えた彼はバルドルへ向け。
「俺はGーYA。バルドルさんって偽名だよね? 本名名乗りたくないとかこだわりあるとか?」
 かるく探りを入れてみるが、バルドルは小さくかぶりを振った。
「僕を表わす名はバルドルだからね。こだわりがないわけじゃないが、ぜひバルドルと呼んでほしい」
「そっか。俺も偽名だけど、GーYAが俺の名前だからね」
 掘り下げても意味がない、そう判断したGーYAはさらりと返す。
「ああ。僕も敬意をもって君をGーYAと呼ぼう。そうだ、君の英雄も紹介してくれるかい?」
 GーYAと共鳴を解いたまほらまが立ち、優美な一礼を見せた。
「まほらまよ。よろしくね、バルドルさん」
 笑みを投げて、再共鳴。
「今日はちょっと調子悪いみたいでさ。なにかあればまほらまの代わりに俺がしゃべるってことでゆるしてもらえないかな?」
 バルドルは一瞬顔をしかめたが、微笑でそれを隠してうなずいた。
『ほんと、気難しそうねぇ。ジーヤ、みんなが行き過ぎたら体張って止めるかフォローよ』
 まほらまにうなずきながら、GーYAは内で肩をすくめ。
『気難しいよりやばそう? 気をつけとくよ』
「そういえばオーディンではなくバルドルなんだな。ラグナロクにロキはいるのか?」
 苛立ちを逸らすための仙寿の問いに、バルドルはこともなげな顔で。
「父なる王と反逆者の名をいただく者はいない。不敬であり、不遜だからね」
 青き機械甲冑を傾け、短く挨拶する亮馬とEbony。
「加賀谷亮馬だ」
『英雄のEbony Knightという』
 その間にも亮馬はフェイスガードの下から周辺に目を配り、いつでも刃を抜ける体勢を保っている。
 最後は杏樹の番だ。
「はじめまして、泉 杏樹です。お招き、ありがとなの」
 そして。
「榊 守と申します。手土産を持参いたしました。お納めください」
 共鳴を解除し、並び立つ杏樹と守。
 それをすがめた目で見やったバルドルはせわしなく指先で宙を叩き、それに気づいて法衣の内に指を収めて咳払い。
「ああ――ああ、気づかいに感謝しよう。しかしこれでは席が足りないな。僕はなんというか、規定外のことを気にしてしまう質でね。いや、けして君たちを責めているわけではないんだ。こんなことを想定できなかった自分の狭量が情けない、うん。ゆるしてほしい」
 守はバルドルの言葉が止まるのを待ち、一礼する。
「お気遣い恐れ入ります。しかし、わたくしは杏樹様に仕える執事ですので」
「ああ、そうか。なら、席はいらない、不要か。しかし配慮の不足は僕の失態だ。必要なこと、必要なものがあればなんでも言ってくれ」

 エージェントたちは館の東にアクリルガラスで覆われたドーム状の建物に案内された。
 内は外とちがい、涼しい。温室ならぬ令室ということなのだろう。
 そのただ中にドーナツ型の円卓が置かれており、中央の穴からは美しく赤い薔薇がかすかに顔をのぞかせている。
 席についた一同を見渡したバルドルが、うきうきと銀のベルを鳴らし。
「今日という日はすばらしいね! こうしてエインヘリャルと顔を合わせ、言葉を交わすことができるんだ。はずかしいことを告白すれば、僕は昨日よく眠れなかったよ。しかし眠気を感じている暇もない! この喜びを噛み締めることにいそがしくてね」
 ここでまほらま(aa2289hero001)と共鳴しているGーYA(aa2289)が挙手。
「エインヘリャルってどういう意味?」
「神話に語られるその意味を語れば死してヴァルハラへ誘われた勇者を指す。でも僕は旧き世界から新にして真なる世界へ向かうべき勇者を指してそう呼んでいる。期待と敬意を込めてね」
『はぐらかしてるわけじゃないみたいだけど、なんだか噛み合わないわねぇ』
 内からまほらまが、GーYAだけに聞こえる声で言った。
『そのへんの見極めも今回の仕事だろ?』
 同じく内で応えたGーYAに、まほらまは『そうねぇ』と返し。
『あの子のおしゃべりで上滑りしないようにね?』
 やんわりと注意を促した。
 と。ワゴンを押してきた5体のウールヴヘジンが到着した。
「僕の教えたとおりに給仕しろ! 粗相をしでかした者には神罰が下るものと知れ!」
 その言葉をどれほど理解しているものか、ウールヴヘジンたちは節くれ立った手を窮屈そうに動かし、アフタヌーンティーセットを卓上へ置いていった。
「僭越ながらお手伝いを」
 守がさりげなくサーブに加わった。
 置かれるべき場所からずれてしまっていたティースタンドの位置をなおし、ウールヴヘジンのぎこちない手に先んじてティーポットを手にとる。
 ――淹れかたを指南、というわけにはいかんか。
 ウールヴヘジンの眼に知性の輝きは見受けられない。言葉がどれほど理解できるかの保証がないし、バルドルの不興を買わせるのも、会に臨むエージェントの思惑に影響を及ぼすことになるだろう。
 守はコゼーを外し、蓋をずらして温度と内の茶葉のジャンピングを確かめた。開いた茶葉が沈んでいる――誰が淹れたものかは知れないが、これなら大丈夫だ。他のポットをウールヴヘジンに任せ、自らはあらかじめ温めてあったカップへミルクをそそぎ、ラプサンスーチョンをそそぐ。紅茶の風味を生かすビフォーミルクだ。
『珈琲派だけど紅茶も好きだよ! 仙寿様はディンブラ好きだよね?』
 漂ってきた茶香に目を細めるあけび。
 ディンブラと言えばスリランカ産のハイグロウンティーで、そのブリスク(爽快な渋み)はストレートでもアレンジでも楽しめる、まさにオールマイティな紅茶葉であるが。
『……おまえは本当にいつもどおりだな』
 仙寿のため息まじりの内なる声に、あけびはなんでもない声で。
『こういう場では自分らしくあることが大事だよ』
 平常心か、確かにな。仙寿は息を整え、ウールヴヘジンのそそぐ紅茶が白磁のカップから溢れる前に、バルドルから見えないようその手を押さえた。
 さらにその動きをサポートするように、杏樹がバルドルに話しかける。
「お茶会に、あう曲、用意したの」
 ちょこんとバルドルへ向けて卓上に置いたのは、なんともかわいらしいクマのぬいぐるみだった。そのもこもこした太短い腕には系対応学プレーヤーが抱っこされていて、小さなスピーカーから4日にわたって演じられることで有名なオペラ、その神々の黄昏を描いた楽曲が流れ出す。

●森のお茶会
「この庭園には僕の目にかなった薔薇だけを集めてある。舌を楽しませる間に目と鼻も楽しませてくれれば幸いだ」
 赤で統一された薔薇は、香りが邪魔にならないよう計算して植えられているようだ。
「自然から人間が作りだした美だね。わたしはその創意工夫にこそ美を感じるんだ」
 薔薇に目を向ける京子。
 バルドルは大きくうなずき、両手を打ち鳴らした。
「そのとおりだ! 野に咲くばかりの花は儚く粗野な“色”に過ぎないが、そこへ手を加えることで初めて“彩”となる。僕はね、世界のすべてを彩づかせたいんだよ! それには無様な雑色を間引く必要もある。ああ、手をつけなきゃいけないことが多すぎるよ」
 しゃべり続けるバルドルを見やり、アリッサは京子にささやいた。
『これでは独演会ですが……なんでしょうね、彼の歪んだ空気感は』
『愚神の操作なのかも』
 成り立ちや過程の話を確かめるつもりだったが、先のGーYAへの返答を聞けば、明確な返事を引き出せるだろう質問をしなければならないことは知れる。
 京子はバルドルへ笑みを向け、話を切り出した。
「つまり、今の世界に手を加えていい世界にしたいってことだよね。それがバルドルさんがラグナロクを作った理由? それから、ラグナロクのODSCって?」
 カップを傾け、ミルクティーをひと口。相手の話をリラックスして待つことをアピールする。この会話はある意味で狙撃だ。相手の位置を測るため、アクションを促すための誘い。
「繰り言にはなるけどね。今このときを救済し、エインヘリャルを真世界へと導く。それがラグナロクのODSC――目的、成果、成功基準であり、僕の使命だ」
 バルドルは一度言葉を切り、エージェントを視線で撫で斬った。
「さて、君たちの使命はなにかな? いやわかっているよ。僕を推し量りに来たんだろう? もちろんそうしてもらってかまわない。ただ――そのぬいぐるみを止めてくれるかな? 外じゃなくて中の機械をだ。ノイズが耳に障るものでね」
「ごめんなさい、なの」
 杏樹がかるく頭を下げ、守がクマのぬいぐるみに仕込んでいた動画用ハンディカメラを止めた。
「ご無礼をいたしました」
 余計な謝罪は重ねない。互いにここがひとつの戦場であることは承知しているはずだから。それを姿勢で示し、語る。
「見てくれるなら僕の顔じゃなく、君たちの先を行く僕の背を見て欲しいね。その視線が僕をさらに先へと押してくれる。……それよりも、僕のもてなしは君たちの口に合うかな? 別に英国趣味というわけじゃないが、トラディショナルなもてなしには先人の積み重ねてきた作法があり、礼がある。それを示したくてね」
 それにGーYAがうなずいて。
「茶も菓子もいい味だよ。もてなしてもらってるなって思う。雰囲気は、まだ打ち解けてる感じじゃないけど」
「それはいけないな。どうすれば君たちは心を解いてくれるんだろう? 僕にできることならなんでもさせてもらうよ。ああ、星を取ってきてくれなんてお願いには、それなりの時間がかかるけどね」
『できないって言わないのはさすが頭首様だけれど、それが自信なのか過信なのかよねぇ。でも、ここでもうひと押しほぐしておきたいところだわぁ。ランチョンテクニックは交渉の要だし?』
 まほらまの感想に『うん』と内で返し、GーYAはバルドルに向きなおった。
「星なんか取ってきてくれなくても、この東屋? だけで十分すごいのはわかるよ。アマゾンにこんな快適なお茶会ができる庭園まであるんだから。誰が造ったんだ?」
 バルドルは笑顔をうなずかせ。
「さる筋から手配させた者たちだよ。異界の技術を用いて建てたものだから、見た目よりもはるかに強い」
 異界の技術。それを切り口として、GーYAは質問を重ねる。
「そういえばフレイさんって、スノボみたいなのに乗ってるんだよな。あれにも異界の技術使ってる? 俺、今までそういうの知らなかったから」
「聖剣のようなものだよ。彼は相応の栄誉と宝が与えられるべき存在であり、ゆえに与えられた。それだけのことさ」
 ここで仙寿の内、あけびが言葉を何度も頭の内で組みなおしながら、慎重に切り出した。
『フレイは自分の意志で戦ってるんじゃないのかも、って話があるんだけど……どうなの?』
 バルドルの笑顔が唐突に割れた。
「君たちはっ、エインヘリャルの先陣をっ、自らの身で担ったっ、フレイをっ、侮辱するっ、つもりかっ!?」
 息を吸い込めずに青ざめ、息を吐き出せずに赤らみ、顔色をどす黒く変じさせていくバルドルの手の内で、ぱきり。カップが割れて、内の紅茶が卓へとぶちまけられた。
 そのとき。
「あ」
 杏樹がかわいらしく声をあげた。
 見れば彼女のカップが倒れており、ミルクティーが卓上に流れ出している。
「お嬢様、お席をお立ちください」
 すかさず守が杏樹をかばって立たせ、流れ来ようとしていた茶を布巾で押し止める。
 次いで彼はバルドルの震える手を取って傷を確かめ、胸ポケットから引き抜いたポケットチーフに茶を吸わせて一礼。
「大事なく、幸いでした」
 その背をブラインドに、杏樹が仙寿とあけびへ唇の動きで告げる。急ぎすぎ、だめなの。
 仙寿はかるく手を挙げて感謝を伝え、内であけびに言った。
『あの感情の不安定さ、普通に探りを入れられる相手じゃないな』
『う、ごめん。情報引き出したくて欲張っちゃった……後で杏樹と守さんにもあやまらなきゃ』
 一方で落ち着きを取り戻したバルドルは元どおりに笑みを湛え、守に礼を述べた。
「ああ、ありがとう。しかし僕もエインヘリャルだ。この程度で傷つくことはないよ。疑問にはできうる限り答えたいと思ってはいるが、フレイは大切な存在でね。怒りが過ぎたのはただただ僕の不徳のせいだ。あけび、ゆるしてほしい」
『え、あ、うん。こっちこそ、不躾だったよね。ごめんなさい』
 その様を言葉なく見守るカグヤへ、クーが内で声を投げかけた。
『すっごくほめて乗せるんじゃなかったの?』
 カグヤは機械の右腕を生身の左手でなぜ、内で応える。
『いくら乗せたところで、狂気の琴線に触れれば一瞬で沸騰する。洗脳されているようには見えぬが、だめじゃ。歪みが綺麗すぎてむしろ直ぐに見える。ただの超ワガママっ子じゃと言われたら「そうか!」とわらわはうなずくぞ』
 守の動きに合わせ、義眼に仕込んだカメラの電源は落としていた。レンズを露出させなければならないスマホもだ。かろうじて義手の集音機は作動を保っているが、「障る」ようならこれも切らなければならないだろう。
『それにしてもノイズが障るとは、頭に電波の受信機でも仕込んでおるのか。ならばアルミホイルのヘルメットでも作ってきてやるべきじゃったな』
 狂度はともあれ信条があり、信念をもってこの場に臨んでいることはまちがいない。だとすれば。
「救済による先導がラグナロクの思想であり、目的というわけか? すいぶんとライヴスリンカー、いや、エインヘリャルにこだわっておるようじゃが、そうありながらなぜ主神オーディンを愚神にすげ替えた?」
 探らず、まっすぐに疑問をぶつけるほうが早い。
「思想と目的に関してはそうだね。しかし僕は愚神を崇めているわけじゃない。互いに思いを共有すればこその共闘があるだけさ」
 バルドルにしては短い答。それ以上語る気はないということだろう。
 守のサポートを受けて再び席についた杏樹がおっとりを小首を傾げ。
「エネミーさん、ラグナロクは、パンドラさんと協力してるって、言ってたの。マガツヒ、裏切らない理由、ある?」
 本来バルドルの多弁を封じるために用意していたジョーカーを、逆に彼の無言を破るために切る。
「エネミー? 誰の敵だい、それは。パンドラとは箱か? マガツヒは耳にしたことがあるけど、君はいったいなにを言っている?」
 組んでいるのはエネミーやパンドラではないのか。だとしたら、パライソやパンドラの凶化薬についても知らないだろう。
 それよりも。この不穏な沈黙をどう塞げばいいものか――
『救済……いつの世にもよく語られるものよな。時には和をもって、武をもって、知をもって、多くの輩が救済を掲げてきた。ラグナロクの救済がどのようなものであるのか、興味がある』
 差し出されたEbonyの疑問。
 バルドルは大げさにため息をつき、指で卓上を小刻みに叩く。
「それを話しておかなければ君たちへの礼はならないか。カグヤの質問への回答にもなるんじゃないかな。エインヘリャルたる僕と君たちがすでに知っていることだよ。異世界がそこに在ることを、英雄と誓約を交わしたその日にだ」
 Ebonyが内で声を潜め、亮馬に告げた。
『あやつ、自分をエインヘリャルと言っている。どういうことだ、従魔を操る以上は愚神であろうに』
『そのへんはわからないな。あいつがリンカーなのか、愚神なのか。……探りは入れてみるか』
 ふたりの会話を知らず、バルドルはエージェントひとりひとりに目を合わせ、低く語り聞かせる。
「そこに在り、互いに交わることが世界の理であるならば、異世界と融和した僕たちが生きる世界こそが真。そこへ続く扉を開くことがすなわち僕の語る救済だよ」
 そのバルドルの左右には、形ばかりの給仕を終えた5体のウールヴヘジンが着座していた。
 ある者はサンドイッチのきゅうりを掘り出して卓上に捨て。
 ある者は茶を頭から浴び。
 ある者は白磁のカップにスコーンを詰めて噛み砕いた。
 探りを入れる。その意志をもって、今まで押し黙っていた亮馬が口を開く。
「……俺からもひとつ質問だ。このウールヴヘジンはなんのために造られてるんだ? ただの雑兵か? それとも、あんたが言う真の世界を拓くのに必要があってのことか?」
「彼らは僕の救済に身を捧げてくれた者たちだ。真なる世界に生きる同胞として、僕には彼らを連れて行かなければならない責務がある」
 亮馬は鼻をひとつ鳴らし。
「そのわりに――だけどな」
 含みのある返答を投げた。
 しかしバルドルは特に反応することもなく、狂態を晒すウールヴヘジンを無視してカップを傾けるばかり。
『価値がないと思うておればこそ目に入らぬわけじゃ』
 カグヤの評にクーが問いを返す。
『でも、さっきは粗相しよったら天罰じゃーって言ってたよ?』
『それは誰のモノマネじゃ。……あのときは自分の面子を守りたかったんじゃろうが、これほどに価値なきものを、なにゆえこの場へ連れ出してきたものか』
 カグヤはクリームとジャムを乗せたスコーンを口に入れた。思考するためには、燃料たる糖質が必要だ。
「ウールヴヘジンが救済に身を捧げた者だとすれば、元は人だったということか?」
 仙寿の問いにバルドルはうなずいた。
「そうだね。だからこそ僕は彼らに責を負っているし、彼らは僕に忠を尽くす。すべては真なる世界へ進むために」
「彼らのナンバリングにはどのような意味がある?」
 バルドルは肩をすくめて仙寿を見やり。
「君たちはよほどウールヴヘジンに興味があるようだが、彼らの転生に関しては他の者に任せているのでね。申し訳ないが僕には君の問いへの答がない。この話はこれで終わりにさせてもらってもいいかな? 僕が語りたいのは、僕と君たちとの未来だ」
 その態度を見て、あけびが言葉を重ねかけた仙寿を留めた。
『機嫌悪くなってる。これ以上訊くとだめそうだよ』
『できればジャングルで出遭ったあの少女のことをはっきりさせたかったんだが』
 内で応えた仙寿に、あけびも眉を八の字に弱らせた。
『うん。でも、多分知らないと思う。身を捧げてくれたはずの人たちのこと、ぜんぜん大事にしてないし』
 あけびの結論は奇しくもカグヤと同じものだったが、今はそれを伝え合う術がなかった。
 と。
「エインヘリャルってライヴスリンカーのことなんだよね?」
 京子が問いを射込んだ。
「真なる世界ってとこに連れて行くのはエインヘリャルとウールヴヘジン、あとはここへ来るときに会った、羽の生えた――」
「ヴァルキュリア。エインヘリャルが黄昏の薄闇に迷わぬよう僕が遣わした使者だ」
「――そのヴァルキュリアだけ?」
 バルドルの眉根が跳ね、沈み、跳ねる。装った柔和の向こうから苛立ちが漏れ出しているのが知れた。しかし、これだけははっきりとしておかなければ。
「リンカーとラグナロクをどう救済する気かはわかったけど。そのほかの人たちは、どう救済するの?」
「旧き世界は炎の内に崩れ落ち、ヘルヘイム(死の国)へ至る。先に問われたね。なぜこの地に僕たちがあるのかを。炎携えし巨人は南から進むのだよ。この地は、始めるにふさわしい」
 古エッダを引用して語るバルドルの目は、驚くほどに澄んでいた。自らを疑わず、自らの為すことを疑わず、自らが成す未来を疑わぬ者だけが湛えうる清冽がそこにあった。
 言っていることは一貫していた。ラグナロクの目的は救済で、バルドルはそれだけを考えて生きている。問題は、その過程だ。
『京子、彼の心がすぐに乱れることはわかっているでしょう』
 アリッサの警告。京子にもわかっていた。探るつもりで踏み出した足下、均衡の薄氷が割れかけていることを。
 だから。そっと足を引き上げて、下がった。
「なるほどー、そういうことかー。理解したよ、ありがと!」
 ここでGーYAがふと思いついたように。
「エインヘリャルってことはバルドルも英雄と共鳴してるんだよな? 元の姿はちがったりするわけ? 英雄はどんな感じ?」
「……確かに共鳴しているが、僕は僕のままだよ。なにひとつ変わらない。ただ、内に在る第二英雄は異形でね、外に姿を現わしたがらないんだ。H.O.P.E.の中にもそんな英雄は少なからずいるんじゃないか?」
 GーYAの支援でなんとかゆるんだ空気の中、心配で尖ったアリッサの視線を受け流して京子が苦笑する。
『ごめんごめん。ちょっと危なかったけど、これではっきりわかったよ。バルドルさん、ライヴスリンカーしか救わないんだ。ほかの誰も、救わない』
 アリッサはため息をつき、怒らせていた眉尻を下げた。
『ここで痛い目を見るほうがあなたのためになる気がしてきました』

●茶番
 庭園の入口にかけられたベルが、ひとりでに振れて澄んだ音を鳴らす。
 一触即発の空気をあっさり忘れ去ったように、バルドルがエージェントへ「少しだけ席をはずさせてもらうよ。客人だ」と言い置いて席を立った。
 果たして。
「紹介しよう。ラグナロクに共闘を誓ってくれた白きエインヘリャル、リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチ嬢と、その友たるウルカグアリー神だ」
 エージェントの間に緊張がはしる。
 シベリアの雪原でエージェントと対し、先にパナマ地峡で突破戦を繰り広げ、インカ方面へ飛び立ったというヴィランの少女と愚神が、逆方向であるはずのアマゾンになぜ――?
「出迎えごくろうって感じ?」
 先の報告にあった小妖精ならぬ、“常人”の姿をとった愚神が笑んだ。
「む、いつもの鉱石美もよいが、その色合いも美しいのぅ」
 石の縁を繋いだウルカグアリーへカグヤが笑みを投げ返す。
「色つけんのめんどくさいのよねぇ。ま、今日は特別?」
 褐色の肌に黒い髪を持つ女は、対照的に肌も髪も白いリュミドラを促して卓へ歩み寄った。
「よく来てくれたね。すぐに席を用意しよう」
 両手を拡げて歓待を示したバルドルは無造作に振り向き、袖口から抜き出した魔導銃で自分の左右に座していたウールヴヘジンの頭を撃ち抜いた。
「今、新しい椅子を用意させるよ。ウールヴヘジンの臭いが残る席に座ってもらうわけにはいかないからね」
 思わず腰を浮かせた亮馬が、絞り出すように訊いた。
「なんだよそれ。あんた、なにやってんだよ。責任、負ってるんじゃなかったのかよ」
 バルドルは目をしばたたかせ、思い至ったようにうなずいた。
「数合わせさ。君たちよりもこちらのほうが多数になっては失礼だろう? いや、先に君たちが多数になったときはどうしようかと思ったよ。まあ、エインヘリャルはふたりでひとりだ。野暮を押しつけるのは本意じゃなかったからよしとしたけどね」
 バルドルはあたりまえのように語り。
 残りのウールヴヘジンはあたりまえのように仲間の骸を椅子ごと引きずっていき、新しい椅子とティーセットを運んでくる。
 狂っていた。
 この場のなにもかもが。
 狂っている。
「さすがに趣味がいいとは言えぬの、我が友よ」
 カグヤが席についたウルカグアリーへ言う。
「同感しとくわ赤衣。でも盟約があるからねぇ」
 四国でウルカグアリーと対した経験を持つ仙寿が眉をひそめ。
「また盟約か。相手と内容を確かめてからにするべきだな」
「古い盟約はいろいろあるのよ」
 愚神のとなりに座すリュミドラは無言。長く伸ばした白髪の奥で赤眼を半ば閉ざしているばかりである。
「ウルカグアリーさんは、ラグナロクと、どんな盟約、結んでるのですか?」
 杏樹の質問にウルカグアリーは眉根を跳ね上げ。
「あら、そんなの興味あるわけ? って、そりゃあるわよねぇ。そういうの知りたいからこんなとこに来てんだもんねぇ」
 杏樹はこくりとうなずき、続けてふるふるとかぶりを振った。
「杏樹は、不死の巫女だから、興味あるの」
 そしてバルドルを見て。
「なかよくなりたいから、知りたいの。ウルカグアリーさん、ここに来たのは、不死の研究?」
 四国でウルカグアリーは大量のゾンビを造りだした。その経験をアマゾンで生かすつりなのか?
 バルドルはウルカグアリーと顔を見合わせ、破顔した。
「期待させて申し訳ないけど、僕は不死になんて興味はない。もちろん死にたいわけじゃないけど、この僕が僕として生きる様にこそ意味があるはずだからね。それに僕がウルカグアリー神と深めたいのは友誼で、信仰じゃないよ。いや、最上の敬意をもってではあるけどね」
 バルドルは大きな笑みを湛えたまま、手を何度も打ち鳴らした。
「さあ、今度こそ落ち着いたね。このように僕は異世界の縁者を広く受け入れている。すべては真なる世界を拓くためにだ。愚神勢と刃を交えてきた君たちに複雑な思いがあることは承知しているよ。僕にしても昔はそうだった。でも、こうして僕たちは手を取ることができるんだ。概念ではなく、実際にね」
 バルドルはウルカグアリーの手を取り、キスを贈った。
「そもそも馬鹿らしいこととは思わないか? 言の葉で通じ合えるものを、それすら試みずに斬り払おうだなんて。今こそ敵を見よ、さすれば知れよう! 敵だと思い込んでいた存在が、その実誰よりも近しい隣人であったことがね。そのことを君たちはかならず理解できる。僕のとなりに立って一歩を踏み出し、隣人へと歩み寄ってくれるだけでだ」
 バルドルはエージェントたちに手を伸べたが。
「今まで聞かせてもらった話にはそれなりに興味あるけど。どんな人がどのくらいの数ラグナロクに入ってて、なにしてるの? その人たちの話を聞かせてもらわないと判断できないかな。次の機会に会わせてもらうまで、俺は保留ってことで」
 GーYAはかぶりを振った。
 さまざまな思いはあったが、たとえ崇高な目的のためだとしても愚神という存在にすがったラグナロクに不信があるのだ。
「お友だち、なりたいけど、信頼は積み重ね、だから。またお話、です」
 GーYAと同じく保留の意を示した杏樹の傍らで、守は慇懃に頭を下げた。すべては主の意のままに、それを示して。
「生きるも死ぬもこの世界で済ませるさ。嫁さんだって同じこと言うだろ」
『結局は嫁御しだいというわけかね』
 Ebonyのあきれた声に亮馬は苦笑を浮かべ。
「そこまで極端じゃない――多分。だけど嫁さんだけじゃない、仲間も同じ意見だと思うぜ。俺たちみんながいるこの世界じゃなきゃ、いる意味がないってさ」
 そして京子はきっぱりと。
「わたしはパス。だってH.O.P.E.はさ、この会談でなにをするかまでわたしたちに丸投げだよ? 救済っていう理想でガチガチのラグナロクでそこまで自由にさせてもらえるわけないし?」
『上層部はさぞ胃が痛いことでしょうけどね』
 アリッサの皮肉にも、京子はそしらぬ顔である。
「誰かを救う刃であれ――それは俺の英雄の矜持だが、俺たちを誘いたいならすべての者が救われる世界を示せ。ライヴスリンカーしか救わず、その他の誰かを傷つけて殺すおまえに握られる刃となる気はない」
 言い切った仙寿の内であけびが強くうなずいた。
「ま、最初にまとめて言えば他の者と同じなわけじゃが。エインヘリャルとしてヴァルハラで強くなるには日々戦わねばならんのじゃろ? ならば相手はそなたらでもかまわぬわけじゃ」
 カグヤは立ち上がり、その義腕にグランガチシールドを装着した。
「一手指南を頼もうかの?」
 バルドルは苛立ちをため息に乗せて体外へと押し出した。
「苦難を越えてこそ願いはかなう。そうだね、僕は急ぎ過ぎたようだ。ここで見てもらおう。拓き手にして導き手である僕の“資格”を。安心してほしい。君たちを殺しはしないさ。証言をしてもらわなければならないからね。バルドルこそ、エインヘリャルの先を託すにふさわしい存在であると」
 言いながら残るウールヴヘジン3体を撃ち殺したバルドルの銃声をたぐるように、カグヤが盾を構えて突撃した。
「ひとつ」
 バルドルが数えた瞬間。
 カグヤがなにかに衝突し、弾き飛ばされた。
『今の、壁?』
 クーの疑問。なにも見えなかったが、当たった感触はまさに鉄壁だ。
「っ!」
 カグヤがパニッシュメントを放とうとした瞬間。
「三つ」
 不可視の壁に吹き飛ばされたカグヤは、全身にくまなく浸透するダメージをケアレイで追い払い、地に落ちた。
「バルドルは見えぬ壁を放つぞ!」
 そのカグヤとスイッチする形で踏み出したのは仙寿だ。
『――カグヤさんに当たったなにか、消えてる!』
「気配もなにもない壁か!」
 放った女郎蜘蛛が「四つ」、バルドルの壁に弾かれて落ちた。
 それを視界の端で確かめた仙寿は反転。横合に回り込んだが、バルドルはそれを悠然と見送った。
「生憎だけど僕に弱点というものはないんだよ。たとえヤドリギで脇腹を刺したとしても、僕を殺すことは不可能だ。ああ、ただし君たちにこの場で付き合うのはあと少しの間だけだ。なにせ僕は前座を務めているに過ぎないからね」
 カグヤのカバーに入ったGーYAは目をこらして壁の有無を見極めようとするが。
「だめだ! 見えないのかないのかわからない!」
『宣戦布告に皆殺し、って言われなくてよかったけど。これじゃあフォローに回りようもないわねぇ』
 まほらまもまた知覚のすべてを遣って周囲を探るが、やはり見えるものはなかった。
『壁の半径はバルドルを中心におよそ2メートルですね。カグヤさんを撃ち据えた壁の範囲はわかりませんが……』
 カグヤの突撃に合わせて後ろから蹴り込んだ椅子、そして今放ったトリオの矢、両者が弾かれたポイントを測定したアリッサが京子に告げた。
「いちいち数えなおしてるから常時発動型じゃないのかな? 1の次が3だったけど」
 横倒しにした円卓の影からバルドルを、そしてウルカグアリーとリュミドラとを見やる京子。
「それもあれだけど、リュミドラさんがおかしくない?」

「パニッシュメント、消えちゃったの」
 京子が円卓を蹴り起こした瞬間、ぬいぐるみをキャッチして幻想蝶に回収した杏樹がバルドルへ驚きの目を向けた。
『それよりも目の前の愚神にご注目を』
 バルドルが銃を取りだした瞬間に杏樹と共鳴した守が内より注意を促し、さらにウルカグアリーへ。
『クールな美女とお会いできて光栄だ。もうほかの誰かと規約の先約はあるのか?』
「かわいらしい主ちゃんが聞いてるわよ色男? あたしと石の縁が結びたいなら……月の下でね?」
 京子のトリオを2発受け止めたウルカグアリーの体はすでにひび割れ、崩れ落ちそうだ。体――依り代に使った鉱石がそれだけもろかったということなのだろう。
 ウルカグアリーに守られたリュミドラの手に、愛銃たるライヴス式アンチマテリアルライフル“ラスコヴィーチェ”はない。
『亮馬、リュミドラ嬢がおかしい!』
「おかしいのはわかってるけどな! 突っ込むしかないだろ!」
 杏樹の藤神ノ扇がウルカグアリーの腕を打ち砕くのに併せ、リュミドラへと踏み込んだ亮馬がエクリクシスを振りかざした。一気呵成でリュミドラのバランスを崩し、近距離を保って押し切る!
「楓ちゃんに頼まれたぜ、よろしく言っといてくださいってな!!」
 果たしてリュミドラの肩口に重い刃が食い込んで――その体をあっさり斬り割った。
『なんだと!?』
 Ebonyの驚愕が響く中、砕けながらウルカグアリーが笑む。
「伝えとくわよ、よろしく言ってたって」
 リュミドラの体は、ウルカグアリーと同じ白砂。
「リュミドラもアバタかよ――!」
「あたしとちがってただの人形だけど、ま、ただのアイサツだから。あたしたちが来た! それが言いたかっただけのねぇ。そっちの色男も、主ちゃんにお許しいただけるんなら口説きにいらっしゃい。インカの空で待ってるわ」
 砂の小山と化したウルカグアリーを見下ろし、守が苦笑する。
『贈り物は渡せずじまいか。――また会おうぜ、つれない石の女神様』

「ここまでだね。さあ、僕も君たちに再会のときを約束して会を終えるとしようか。そういえば、トールはどうしているかな……」
 そこかしこから噴き出した炎が壁を成し、バルドルとエージェントたちとを隔てた。
 それでも後を追おうとしたエージェントだったが、「四つ」、バルドルの不可視の壁に弾かれ、進むことはかなわなかった。
 そして。
 炎から逃れた彼らは、南アメリカ大陸北部に展開する全エージェントへの緊急連絡を聞くことになるのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
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