本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】 生きる。

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/05 07:54

掲示板

オープニング

●生き残りの少年
「どうしても――行きたいところがあるんです。お願いします」
 H.O.P.E.に電話を掛けて来た少年は、志雄野 誠と名乗った。
「危険なことはしません。ただ気持ちの整理をつけるために、自分の足で行ってみなきゃいけないんです」
 彼の存在は、H.O.P.E.も把握していた。
 百鬼夜行グループの、最後の生き残り。
 初期に補導され、そのまま昏睡していた少年八人のうちの一人。
 彼らはある夜突然に目覚め、侵入してきた何者かから刃物を受け取り、八人のうち七人までが自ら喉を掻き切り、自殺を遂げた。
 たったひとり、首にためらい傷を作りながらも血だらけの病室で生き残った少年がいた。それが志雄野誠だ。
 そして死体となった少年達は、以前から感染していたウイルスによりゾンビ化て病院を抜け出し、あるじである朱天王一派に合流したと見られている。

 そのあとは、報道でもよく知られている通りである。
 神門と呼ばれる愚神の勢力が善通寺と大窪寺を攻め、大窪寺の本堂奥殿へは、戦闘機が直接特攻した。
 寺周辺は山林も含めて大きく炎上し、H.O.P.E.が防衛に当たっていた薬師如来坐像も爆破された。
 大窪寺への侵攻を指揮していたのが朱天王であり、脱走を果たした七人もその攻撃に加わったとされる。

 ひとり残った志雄野誠は黙秘を続けていたが、すぐに隔離設備の付いた病棟へと移され、治療薬【Re-Birth】が投与された。その後の治療中も療養中も暴力的傾向は見受けられず、完治後は母親と共に自宅で過ごし、保護観察中のはずである。

 彼が立ち入りを希望しているのは、徳島県K町の山中にある古民家の焼け跡だ。
 ここは神門勢力との最後の全面戦闘となった『善通寺の戦い』の少し前に、焼失した状態で見つかった。
 借主が不明なことと、いくつかの痕跡から朱天王勢力との関連が疑われ、現在は立入禁止、H.O.P.E.の管理下に置かれている。立ち入りにはH.O.P.E.職員かエージェントの付き添いが必要だ。
 そして、今回の志雄野誠の申し出により、この屋敷と朱天王の関係はほぼ確定したことになる。
 
 H.O.P.E.はエージェントの同行と情報提供を条件に、志雄野誠の該当敷地への立ち入りを認めることを決めた。


●思い出の場所へ
 スマホでの通話を終えた後、誠は机の上に投げ出された自分の左手首を見つめた。
 紅い血で濡れている。でも、今回はそれほど深く傷つけていないから、もう自然に止まっている。
 自分がまだ血を流せることに安心する。

 彼はときどき、こうして自傷行為に走っていた。
 記憶に蘇るのは、仲間の血で真っ赤に染め上げられた病室。
 自分はなぜあのとき、仲間と共に逝けなかったのか。
 足りなかったのは、心の痛み? 体の痛みを凌駕するほどの。

――いいんだ。お前はそれでいい。しがらみがあるのは幸せなことだ、大事にしろ。

 お嬢……朱天王がくれた最後の言葉は、いまも胸の中にある。
 自分たちに心を寄せて、ときに厳しく、ときに優しく、叱ってくれた。そして受け入れてくれた。

(俺には、お嬢を否定しきることは出来ない。たぶん、これからもずっと)

 誠は思う。
 仲間とお嬢が人類の敵として抹殺されたのなら、自分も死ぬべきか?
 自分が生きていることを、世間の人々は、そして仲間は、許すのだろうか?
 
 わからない。

 問いかける仲間はもう亡く、多くの傷を負った四国の人々に問う勇気もなく。
 ただ、自分の血を見ると安堵する。 
 それは贖罪? それとも次こそはという希望? 生きていることの確認?

 わからない。

 誠は自分のことをずっと、『厄介者』だと思ってきた。
 母と二人の生活では母のお荷物であり、集団に入れば和を乱し、成績はいつも落ちこぼれだった。 
 受け入れてくれたのは、百鬼夜行の仲間達と、お嬢だけ。

――わかるよ。

 同じ目線で、その言葉をくれた。 
 居場所をくれた。
 できることなら、死ぬまで一緒に居たかった。

 でも、母が泣く。
 『厄介者』を捨てて、自由になっていいのに、母は泣く。
 
(どうすれば……?)

 明日はやってくる。誠がどうすることもできないままに。容赦なく。
 日は昇り、そして沈む。彼を置き去りにして。
 世の中は動き、彼を生かし続ける。
 だが誠自身は、その潮流に乗ることが出来ないままに、立ち止まっている。

(お嬢なら――)

 きっと、どんな状況に置かれても、立ち止まったりしない。
 ひとりでも、逆境であっても、闘い抜き切り拓く強さが、彼女にはあった。
 その強さを、自分達は羨望し、憧れ、頼ったのだろう。

――俺も以前は、堅いお勤め人だったのだよ。

 お嬢はそう語ったことがあった。
 そのときは想像できなかったが、いまは目に浮かぶよう。
 きっと社会の流れに乗ることは、闘い続けること。

(いまの俺を見て、なんと言う?)

 会いたい。
 ただお嬢と、仲間達に、会いたい。
 どうやって一歩を踏み出せばよいのか、どの方向に踏み出すべきなのか、問いたい。
 
 だから。
 どうしても行きたい、思い出のあの場所へ。

 誠が予想した通りに手首からの血は止まり、乾いて固まり始めていた。

解説

●成功条件
百鬼夜行の生き残りの少年が、かつて朱天王が隠れ家に使っていた古民家(焼け跡)を訪問するのに付き添い、行動を監督する。
(※跡地の破壊、自傷行動の防止を含む)

●現場状況
・徳島県K町山奥の静かな集落にある古民家の焼け跡。『善通寺の戦い』の直前、消失した状態で発見された。十二番札所、焼山寺の近く。
・今回の誠の証言により、朱天王がここを隠れ家として使用していたことがほぼ確定した。
・大窪寺で朱天王一派の逃走に使われたと見られる車両も、焼け跡付近で発見され、近くの森の中に大型の輸送ヘリを隠匿していた形跡もある。
・朱天王は大窪寺付近での捜索を振り切ったあと徳島へ戻り、隠れ家の始末をつけてから空路で善通寺に向かったと見られている。
・集落の住民は一種の催眠状態なのか、古民家に出入りしていた人物のことも、輸送ヘリの出入りもまったく記憶していない。

●登場
志雄野 誠
・初期に補導された、百鬼夜行Aグループのメンバー。
・犯罪歴は交通違反程度だが、ウイルス従魔のライヴスニューロン(情報を伝達するライヴスの繋がり)で、仲間たちの行動を「夢に見た」という形で把握している。
・大窪寺戦以降は治療により繋がりは切れ、報道によってのみ朱天王達の行動を追っていた。
・高校に馴染めず中退した17歳。百鬼夜行との関連により現在は自宅にて保護観察中。
・「早く立ち直って母親を安心させたい」と思うも、上手く出来ずに悩む。
・危険物持込不可として、身体チェック済み。持ち物はスマホと財布程度。左手首には包帯。

●注意事項
・エージェントは依頼時に誠の自傷について注意喚起されている(PC情報)。
・弱っている相手に、強すぎる叱咤激励は逆効果になることもあるので注意。
・自身の『喪失からの立ち直り』体験を話してやるもよし、誠の話を聞いてやるもよし。
・誠は立ち入りの交換条件として情報提供を約束しているので、知っていることには基本答える。

リプレイ


「護衛ですか、それなら私にお任せください御屋形様!」
 ふんす! と鼻息を荒くしながら、三木 弥生(aa4687)は意気揚々と沖 一真(aa3591)の後を追った。
「いや、俺じゃねーから!」
 一真は弥生を振り返って言い返す。弥生に関しては、御屋形様と呼ばれるのももう諦めの境地だ。
「……え、違うのですか?」
『朱天王配下に、百鬼夜行って暴走グループがいたでしょ? そこのメンバーだったって子の、付き添い……かな?』
 月夜(aa3591hero001)は弥生に微笑みかける。
 多くの人命を損ない、四国を恐怖のどん底に叩き込んだ朱天王勢力に対する思いは複雑だ。だが、今回の少年は、いまのところ重大な罪は犯していない。
『かっかっか……、俺は興味がねえな、寝てるわ』
 三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は気だるげに言うと、幻想蝶の中に入ってしまった。
 面倒くさがりで他人に興味のない英雄は、そもそも共鳴以外で幻想蝶から出てくることのほうが少ない。
「百鬼夜行は、全員殲滅したのでは?」
 当初は3グループに分かれていた百鬼夜行とは何度も戦闘を重ね、全滅に追い込んだはずだ。
『いたじゃない。病院から一人だけ、脱走しなかった子が』
 昏睡したまま病院に収容されていた少年たちが、自ら命を断ってゾンビと化し、朱天王の元に駆けつけた事件は、まだ記憶に新しい。その影に、一人だけ自殺し損ねた者もいたのだ。
「つまり、どこかに護送すると?」
「いや、俺らはあくまで付き添いだな。行きたいんだと。思い出の場所に」
 一真は不思議そうな弥生の頭をぽんと撫でる。しかしその目は遠くを見ていた。
「……朱天王のいた、隠れ家に」



 元暴走グループという肩書きの割に志雄野誠は、ひどく弱々しい印象の少年だった。
 細い手足に血色の悪い肌。長く陽に当たっていない青白さだ。左手首には血の滲んだ包帯。
 加えて伸びきった髪に、生気のない表情。
 入院生活で落ちきった体力は、いまも戻っていないようだ。
 それでも護衛としてやってきたエージェントの顔ぶれを見ると、その目は驚きに見開かれた。
「付き添いと一緒に行けっていうから、偉ぶった大人が来るのかと思ってたら」
 誠は順に指差しながら言った。
「知った人ばかりだった。月鏡さん、大門寺さん、オヤカタサマ、ちびすけ。……それから……」
「いやオヤカt」
「誰がちびすけですかーっっ!!」
 一真が呼び名を訂正するより、弥生がぶち切れる方が先だった。彼女に身長の話は禁句である。
 弥生の振り上げる拳を月夜が止める。誠は困ったように頭を下げて謝った。
「ごめん、悪気はなかった。ただ、櫂がそう呼んでたから」
「……櫂」
 弥生は振り上げた拳を下ろした。身長は不足していても、謝る相手に怒り続けるほど子供ではない。
 そして、百鬼夜行のリーダー、櫂。
 弥生にとって、因縁浅からぬ相手だった。


「俺達は皆、『絆』で繋がってた。俺達の見聞きすることは隆司やお嬢は当然知ってるし、隆司やお嬢が知らせたいと思うことは全部知ってる。病院で眠っているあいだ、仲間達の事はずっと夢に見てたよ」
 研究者が『ライヴスニューロン』と呼んだライヴスによる伝達系を、誠たちは『絆』と呼んでいるそうだ。
 目的地に向かう車の中で、誠は少し打ち解けたような顔をしていた。

「大門寺さんはすげーハッキリ名乗ったよな。こう……盾を構えて」
 まるでその場にいたかのように、テレビ局での事件を語る。大門寺 杏奈(aa4314)がはじめてステンノと対峙したときのことだ。
『朱天王と1対1を挑んだのは流石に無茶でしたわ。アンナはわたくしが止めないと、すぐ無茶をいたしますから……』
 レミ=ウィンズ(aa4314hero002)は、当時の杏奈の行動を思い出して苦言を呈する。
 あのときは大盾を持っていた朱天王に杏奈が触発されて、止めようにも止められなかったのだ。

「三年前、私の町に愚神が現れました……。そして全部、壊されてしまったのです」
 杏奈は自らの喪失体験を語る。
 思い出すのさえ辛いが、同じく多くを失った誠の、助けになるかも知れないから。
「悔しかったです。私には何の力も無くて、ただ大切な人が消えていくのを見ているしかありませんでした」
 そのとき杏奈も家族と自身の右腕を失ったが、一命はとりとめた。
「……それからのことは、あまり詳しく覚えてません。エージェントの適性を見出されてからは、必死で誰よりも強くなろうと走り続けました。今度こそ誰一人として失わせないために」
 横からレミが口を出す。妹を見守る姉のように。
『あの頃のアンナは切羽詰まっていて、余裕がありませんでしたわ。重体で帰ってくる事も少なくはありませんでしたから』
「まあ、杏奈さんの『蛮勇』は、お嬢には気に入られてたぜ?」
――なんという蛮勇だろう。お前は、死を恐れないのか。
 杏奈の中にも、朱天王と対峙したときの記憶が蘇る。
 あのときの自分の闘いは、まさにただの『蛮勇』だった。朱天王一人だけが敵だと考えていた。
 だから後ろに控えていた、朱天王の配下にやられた。
「朱天王は私に仲間の大切さを教えてくれました。強さは、仲間を信頼しているからこそ発揮できるものだと。私は今でもその言葉を大事に覚えています」
 仲間、のところで誠は弱々しい笑みを浮かべた。
「うん、俺らは皆、仲間あっての存在だったからな。ひとりひとりが強いわけじゃなかった」
 朱天王陣営は特に、仲間を大切にしていた。彼らの最大の武器は、連携の強さだった。
 誠がその濃密な繋がりの中にいて、何もかもを失ったのならば、その喪失感は想像に余りある。

「……私は、最後の戦いにて、私はあの方の思いに応えられませんでした……」
 朱天王との戦いのことを思い出すと、弥生の表情は曇る。
「愚策を講じ、朱天王殿の思いに反し挑んでしまった。……私は、朱天王殿を裏切ってしまったのです……」
 最後の善通寺の戦いでは、身代わりを立て不意打ちを狙った。が、見破られて不発に終わった。
 せめて、真正面から挑めば良かったと、苦い思いが残る。
「その頃になると俺はWNLで見てただけだから、詳しい状況まではわからないけど、お嬢は頑張って考え抜いた結果を否定するひとじゃねえよ。お嬢にとってあんたが、その他大勢じゃなかったってだけだろ」
 俺だって覚えてるくらいだもんな、と誠は言う。
「特に、あんたのことは櫂が気にしてたよ。何年も前に死んだ妹に、ちょっと似てるんだと」
 朱天王配下の宮崎櫂は、H.O.P.E.の調査により母親と妹を殺されていたことがわかっている。殺害犯は元義父。事件当時、櫂は少年院に入っていた。
「私に兄は居りませんし、櫂には失礼なことを言われた記憶しかございませんが」
「あいつ馬鹿だからな。そういう物言いしかできねえのさ。争いごとには首突っ込んで欲しくなかったんだろ」
「私は三木家当主でありますし……、御屋形様の家臣でもあります……」
 いきなり色んなことを言われ、弥生はぎゅっと唇を引き結ぶ。
 覚悟が足りないと、役に立たないと、酷い言葉を投げつけられた。そこに他の意味など、探さなかった。
 敵が何を考えていようと、敵である限り倒すだけ。そこに違いはないけれど。

「ねえねえ、じゃあ私のことは? あ、紅茶あるよ、飲む?」
 雨宮 葵(aa4783)は持参したティーセットで淹れた紅茶を差し出した。
 続いて「今ならクッキーつきだよ!」と紅茶クッキーも差し出す。
「私は雨宮葵、こっちは燐(aa4783hero001)。よろしくね!」
 誠は礼を言って、素直に紅茶とクッキーを受け取った。
「俺さ、大窪寺戦の頃から治療が始まってたから、あんまり詳しくはないんだ。あとで録画映像で確認したくらい。でもそのイカした髪色は目立つから覚えてるよ。山を崩して道路埋めたの、雨宮……さんだろ?」
 葵は、髪の根元側は黄色、毛先側は青という鮮やかな髪色をしている。セキセイインコのワイルドブラッドならではの色だ。
「おお、当たり。山崩しはそこの御屋形様の発案なんだけど、思ったほど勢いが出なくてね。しかも最後は飯塚って奴に逃げられるし」
 彼以外の仲間が、命を断ってまで駆けつけたほどの重要な戦い。
 朱天王が大窪寺を攻め、妹の夜愛と芽衣沙が善通寺を攻めた。
 それが彼女達の存在意義。ヨモツシコメ三姉妹を作った神門のために結界の要を破壊することが。
 戦闘機による特攻戦術で大窪寺奥殿の爆破には成功したが、善通寺は防がれた。
 朱天王勢も、大窪寺でその数を大きく減じた。
 もしも仲間と一緒に行っていたら……。
 行けなかったことは幸いか、それとも。



 H.O.P.E.が管理し、誠が行きたいと願った朱天王勢のかつての隠れ家のそばには、お遍路の十二番札所、焼山寺がある。お遍路とは、はるかな海の向こうにある常世の国に思いを馳せ、深い山に在る神々に頭を垂れる行者達の遍歴。しんと静かな山間の谷には、まだ古い神々の気配がそこかしこに息づいていた。
 車で山の中を延々と走った先の、小さな集落のはずれに目的地はあった。「keep out」と書かれた黄色いテープの囲いの向こう側には、黒く焼け焦げた家屋の骨組みだけが残っている。

「お嬢は、もうここに帰ってくる気はなかったんだな」
 痛みを堪えるように、誠は呟く。
 戻ってくる必要があれば、隠れ家は使える形で残しておいたはずだ。炭化した木材が当時の炎の激しさを――朱天王の覚悟を物語っているようにも見える。
 彷徨うように黄色いテープを越えて手を伸ばそうとする誠の手を、日暮仙寿(aa4519)が止める。
「待て、この現場は保存が原則だ」
「でも、誰かいるかもしれない」
 誠は気弱そうな視線で仙寿を見上げる。
 神門のウイルス従魔で動いていたものたちは、神門の撃破後に消え去ったはずだ。誰が残っているというのだろう?
「知ってることを話す代わりに、見るだけならいいって言われてる。――俺は、お嬢の座っていた場所が見たい」
 態度とは裏腹に、その声にはしっかりとした意思が籠っていた。

 仕方なくH.O.P.E.本部に連絡すると、あっさりと許可は下りた。
――現場検証の一環として、立ち入りを許可する。ただし、詳細を報告すること。
 日当たりの良い南向きの庭に面して、縁側のある座敷があったらしい。
 炭化した建材をどかしながら、脆くなった足場に気をつけて進む。
 本来なら全焼した木造家屋などすぐに取り壊されるものだが、敵勢力との関連が指摘され、いままで保存されていたのだ。
「居た」
 白く見えるなにかに反応して動こうとする誠を、不知火あけび(aa4519hero001)が押し留める。
『待って、触るのは私達に任せて、見るだけって約束でしょ?』
 そこにあったのは、小さな白骨――人間ではない、獣のもの。
「そいつは疾風丸。お嬢のいないときは、留守を守るようにいつもそこに居た。最後まで、そこに居たんだな……」
 神門撃破後、ウイルス従魔により動いていたもの達は、すべて物言わぬ屍に戻った。
 これで包んでやってくれ、と誠が着ていた上着を差し出す。
「お嬢に忠実で、痛みを感じさせずに感染させる術を与えられてた。自衛隊の飯塚さん古坂さん、それからあの戦闘機のパイロットも、この犬が感染させた」
 誠は上着に包まれた小型犬の骨に視線を落とし、哀しげに顔を歪めた。



「血統書つきのトイプードルなんて、人間で言えばエリートだろ? そんな奴でも、生まれる場所によっては幸せになれない。お嬢はそう言ってたよ」
 ペット用の犬の繁殖を扱う業者の中には、繁殖用の犬に酷い扱いをする者もいる。疾風丸はそんな中で飼われ、瀕死になって捨てられたところを朱天王に拾われて来たのだと彼は言った。

「私もこう見えて、由緒正しき家の生まれなんだよー!」
 俯く少年を勇気付けるように、葵はつとめて明るく言う。
「家では、突然変異で生まれたワイルドブラッドなんてイレギュラーは歓迎されなかった。この髪も気味が悪い、罪の色だと、教えられて生きてきた」
「……そんなにキレイなのに」
 ぽろりと零れた台詞にしばし言葉を止め、驚いた顔をする葵を見て、誠は急に慌て出す。
「あの、色合いが。日本人の髪だと、そういう色に染めるのは大変だから!」
「そうだね! 家を出てから、キレイだって褒められることも増えたよ」
 葵はそう言ってにっと笑む。
「家にいる時の私には、自分の意志なんてなかった。いつも両親がどういう答えを望んでいるか考えて、マニュアル通り答えてただけだった。でも、家を飛び出して世界を知って、私は救われたんだ」
『……逃げた先、回り道した先で見た世界が……大切になる事もある』
 燐も葵の隣でそう言った。燐の生まれも幸せばかりだったわけではない。でも仲間が居て、葵が居た。
 逃げられるなら、逃げればいい。回り道だって無駄じゃない。そう考えている。

「私の両親は、リンカーでした」
 月鏡 由利菜(aa0873)は、両親を懐かしむように言う。
「以前は問題児でしたよ。リンカーの両親へ憧れ、自分も英雄との契約を渇望した。だけど英雄との契約なんて、願えばすぐにという訳にはいかない。悩み、鬱屈して……ストレスを発散させる為、女王様のように居丈高に振る舞っていました」
 そして独断で危険な場所に向かい、命すら失いかけたそのとき、リーヴスラシル(aa0873hero001)と出会った。
「今の立ち振る舞いは、ラシルから英雄の主としての教育を受けた結果です」
 気品と礼節を身に付け、己が力とそれに伴う責務を自覚した彼女は、いまや立派な姫騎士だ。
「ラシルとの誓約により……私は、肉親や親友との絆を断ち切らなければなりませんでした」
 それがラシルとの誓約の代償。
 しかしその代償を受け入れ、由利菜は大きく成長してきた。
「でも、新たな出会いにもたくさん恵まれました。あなたも生きる意志を持ち続ければ、必ず新たな希望は訪れます」

「あんた達は、皆お嬢や俺の仲間達と戦ったはずだよな。俺が生きていることを……憎まないのか?」
『罪は憎むよ。朱天王達は多くの人を殺し、生ける屍として従え、四国を恐怖に陥れた。けれど、あなたは最後まで罪を犯さなかった。それが偶然だとしても、やり直すチャンスがある』
 誠の問いに、月夜がまず答えた。彼女は百鬼夜行という存在を厳しい目で見ている。

「俺も罪は許さない。感染者五人が切り裂き魔になって感染を拡大させた事件があった。中には自殺してゾンビになった奴もいた。苦痛を終わらせたいってな」 
 仙寿は持っていたチョコレートを割り取り、誠に渡す。
「でも眠ってたお前まで、憎いとは思わない」
「知ってる。あんた達は優しくしてくれた。でもチアキにはもう生きる力が無くて、毒を飲んだ。ちょうどこんな風に、チョコの陰に隠して」
 誠の言う通り、切り裂き魔のひとり、チアキは仙寿の目の前で死んだ。
「毒で死んだのがチアキ、ナイフで死んだのがカヨ。お嬢が覚えてたから、俺も覚えてる」
 血液つきのナイフで軽傷を負わせる感染方法を発案したのも、実行したのも飯塚詩織だと、誠は話す。
「詩織には、居場所が無かった。お嬢に見込まれたのは、自衛官の飯塚さんのほうだけ。でも詩織は、自分の死を認めることも、受け入れることも絶対に嫌だった。――それで、役に立ってみせるから、姿を変える能力をくれとお嬢に頼んだ」
 結果、同じ感染方法は大いに香川侵攻作戦に生かされた。
「チアキは、あんた達に感謝してたよ。最後に優しくしてくれたことも、最後の願いを聞いてくれたことも」
 チアキの最後の願いとは、ゾンビとなった自分を殺して貰うこと。
 死後も安息は無く、動き続ける屍になることが、あのときの彼女には最後の恐怖だった。
 そして仙寿は、ゾンビと化したチアキの首を刎ねた。心の痛みに耐えて。
「ただひとつの心残りは、あんた達にありがとうを伝えられなかったこと。いま、伝えられて良かった」

『私は不知火あけび、こっちは仙寿様!』
 自己紹介がまだだったと、英雄のあけびが割って入る。
『私の大切な人も……人類の敵だったよ』
 あけびのいた世界では、天使と冥魔と人間が三つ巴で争っていたという。
 天使と冥魔は人間を家畜の様に考え、感情や魂の搾取を当然としていた。
 あけびは師匠に憧れ、侍を志したが、師匠は実は天使だった。彼女に対する教育も、使徒にする為だと知った時は衝撃だった。
『でもね、忍の私に人の心をくれたのはお師匠様だよ。感情を搾取する天使が「お前は笑っていろ」って言ったんだ、大事にされてた確信がある』
「うん、不知火……さんは、大事に育てられた人だと思う。俺もそう思うよ」
 あげびでいいよ! と言って英雄は誠の背中をばんばん叩く。

「連れて行く条件が自決だったのは、何でだろうな」
 仙寿は問う。 
 八人のうち七人までもが自決を選んだ、という報を聞いたときには言葉を失った。
 朱天王の持つ、すさまじい求心力をまざまざと見せ付けられた気がした。
「いまの俺を見れば分かるだろ? 人間は動かないで居ると筋肉も骨もガタガタになる。あのとき付いていくには、人でないものに成るしかなかった」
 そう言って誠は、寂しげな目をする。
「でもお嬢は多分知ってた、戦局が不利なこと、結界を破壊しきるまでには、仲間のほとんどが死ぬってこと。……だから、そう言えば諦めると思ったんだろうな。でも、俺以外の奴らは……何を捨ててでも、お嬢を守ってあげたかった……」
 俯いた頬を、涙が伝った。

『世界を敵に回してもついて行きたい人がいるって、すごい事だよ! そこだけは誇っていい!』
 あけびが急いで声を掛ける。
 朱天王は配下に対しては情に篤いところがある。死ねと命令したのではなく、この世に思い残しがないか確認したのではないかと仙寿も思っていた。
「ならば生き残ったお前だけは朱天王の気持ちを汲め。母親を大事にしろ。前を向いて生きろ」

「朱天王は人の情と絆を知り、それを大切に考えていた。純粋な人間でなくなったが故に、よりその思いは強くなっていたように感じました。彼女を大事に思うなら、あなたは生きる意志を持つべきです」
『英雄と定義される私とて、過去の記憶の残滓である陛下や同僚達との絆を大切なものとしている。それを捨て去る必要などない。ただし殉じるべきでもない。今そばにいる相手を、大事にすべきだ』
 絆と情を大切にするからこそ、前を向くべきだと言う由利菜とラシル。
 騎士としての矜持を持つ彼女たちは、凛として強い。

「……私だったら、いえ。私が知ってる朱天王殿でしたらきっとこう言うでしょう。『生きろ、それが私が残せる最期の命令だ』……と」
 弥生も必死に語りかける。大きな背中を追い続けたい気持ちは、弥生にも痛いほど分かる。
(もし……もしも私が御屋形様に出会えず、朱天王殿と道を共にしていたならば………私も、彼の者と同じように自分を見失ったのでしょうか……?)

「待って、血が出てる。包帯換えよ?」
 緊迫した空気の中、葵がひょいと誠の左腕を掴む。
 傷が開いたのか、左手首に巻かれた包帯にはうっすらと赤い血が滲んでいた。
「いい……です」
「遠慮すんなって」
 救急セットを出して用意すると、誠はそれ以上抵抗しなかった。
 包帯を解くと、手首にはいくつもの傷跡が走る。自傷の跡だ。
 一番新しい傷が、血を滲ませている。
 新しい傷薬を塗ったガーゼをあて、真新しい包帯を巻いてやる。
「一歩目を踏み出すのが、一番難しいんだ。だから最初は手を引くよ。頼ってくれていい」
『……ん。自分を閉じ込めてる、小さな籠から……出てみよ?』
 葵の横で、燐もこくりと頷く。

「誠さんの仲間は百鬼夜行と朱天王だけだったかもしれません。だから――誠さんさえ良ければ、私達があなたの仲間になります」
 杏奈は微笑んで、全員を見渡す。
「いいですよね、皆さん?」

『ああ。朱天王は敵ではあったが、嫌いにはなりきれなかった。遺していった者がいるなら、私も気になる』
 ラシルは淡々と同意する。由利菜も異存はないようだ。
「H.O.P.E.側もからも何らかの支援が必要だと思います……要請中ですが」

「お前は覚えてるか知らねーけど、俺も百鬼夜行に入ろうとしたことがあるんだぜ?」
 それは四国で事件が起こり始めた頃のことだった。
 一真が何気なく受けた依頼が、朱天王の起こした最初の事件だった。
「忘れるわけないだろ。あれで俺達はお嬢から離れて長らく入院する羽目になった。最悪だ」
 誠はそのときから昏睡し、入院したまま眠っていた。
「『仲間にしてくれよ』って言った割に、ならなかったよな、オヤカタサマは。お嬢に何度も誘われたのに」
「その御屋形様呼び、なんとかならねえのかな。なんでそう呼ぶんだ?」
 困惑する一真に、誠はあきれたような顔をする。
「気づいてないのか? 今日も含めて俺達の仲間の見聞きする範囲では、あんたはオヤカタサマとしか呼ばれてねえよ。いつまで経っても名乗んねえし」
 そうだっけ? と周囲のメンバーも顔を見合わせる。誠は不服そうだ。
「ダチになりてえんなら自分から名乗るはずだから、それまで待とうって……お嬢も、隆司も」
 既に死者であり鬼夜行のリーダーの一人だった隆司とは、戦うしかなかった。
 それでも最期にその心だけは、救えたのだと信じている。
 まだやり直しのきく誠と戦いの外で出会えたことは、幸いなのだろう。
「まあ、敵側に寝返る気はなかったけどな……。それじゃあ、改めて。俺は沖一真。仲間にしてくれよ!」
 一真の差し出した手を、誠がつよく握り返す。
「俺は、志雄野誠。何者になるかは……これから決める」 


   ◆   ◆


 愚神神門の配下、ヨモツシコメ三姉妹の長女、朱天王。
 彼女はウイルス従魔との特殊な共生体であり、従魔の持つライヴスニューロンと呼ばれる情報伝達系を駆使し、結束と連携力の高い集団を自在に操った。
 善通寺の戦いで自らのライヴスを燃やし尽くして自爆、その後神門も撃破されたことにより、ウイルス従魔は完全に消滅。
 四国において、以降ウイルス従魔による事件は報告されていない――







         終

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783

重体一覧

参加者

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 広い空へと羽ばたいて
    aa4783hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
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