本部

風になった男

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/09/28 21:03

掲示板

オープニング

●それは風の声
 何よりも、走ることが好きだった。
 子どもの頃から。ずっと。

 駆け出す直前の昂揚感。風の流れに身を任せたときの一体感。
 トップスピードに乗った瞬間にだけ訪れる――最高の快感。

 その全てが、どうしようもなく、忘れられなかった。
 心臓の病気によって、激しい運動が出来なくなってしまった、今でも。

『ハシル……? ハシリタイ……? ホシイ……? ソレホシイ……?』

 だからこそ、俺はその言葉に頷いてしまったのかもしれない。
 突然と現れたおぞましい怪物の甘言に。一瞬の躊躇もなく。

「もしも……もう一度、全力で走れるのなら。この命、惜しくはない」

 そう言うと、怪物は赤子のように甲高い声で高らかに笑った。

『キャハハハハハハ! ホシイ! イノチ! ハシル! アゲル! ファーレ! カゼ! ナレル! アゲル!』

 透き通った怪物の手らしきものが、俺の身体に伸びる。
 直後。柔らかく肌を撫でるような感触があったかと思えば、たちまちに自らの全身から力が湧き上がってくるのを感じた。
 何が起きたのかは解らない。だが、なぜだか俺は確信していた。

 今ならば、俺は再び――風になれるのだろう、と。

●暴風襲来
 東京都内。歓楽街。
 時刻は昼を過ぎたところ。街には多くの人が行き交っていた。
 巨大スクリーンから流れる音声と人々の喧騒が交じり合う中、どこか遠くの方で悲鳴が上がった。

「……なんだ?」
「え、事件!?」
「マジ? テロ? やばくね?」

 足を止める通行人たち。その視線の先には、逃げ惑う人々。
 海が割れるように拓かれた道の彼方から『何か』が凄まじい勢いでやって来る。

「お、おい!? ちょっとやべえって!」
「うわあああああ!?」
「に、逃げろ! とにかく逃げろ!」

 それは――まるで荒れ狂う台風だった。
 突如として顕現した白昼夢。信じられない光景。
 往来を突っ切って突風を撒き散らし、周囲の建造物を破壊しながら、一人の男が全力で"走って"いた。

『キャハハハハハ! ハヤイハヤイ! モット! ファーレ! モットハヤイ!』

 それに追随するのは、風のような唸り声をあげる愚神だ。
 半透明の身体が空中を飛翔しながら、楽しげに男を追いかける。
 男が走る速度を上げれば上げるほど、愚神に流れ込む力もまた加速度的に上昇していく。
 愚神はそれが嬉しくて嬉しくて、仕方なかった。

「はは、ははは、ははははは、ははははァッ!? 最高の気分だァ! 俺は風になったんだ!」
『キャハハハハハッ! ハシルハシル! モット! ファーレ! モットハシル!』


 風になった男。もはや彼は二度と走ることを止めないだろう。

 少なくとも――その命が、尽きるまでは。

解説

●目標

・全力疾走する男『車屋』を捕獲
・愚神『ファーレ』の討伐

●状況

・場所は都内の歓楽街。時刻は昼過ぎ。通行人多数。
・一般人の避難誘導は警察と消防が行っている。
・車屋は身体の限界を超えて走っているため、彼の命は『そう長くは保たない』かもしれない。また思考能力も低下しているので『対話は難しい』だろう。
・車屋の進行ルートは予測できない。ただし、ファーレの状況や反応によって『変化する』場合がある。
・ファーレは基本的に車屋の周囲を飛び回っているが、危険を察知すれば『その場から逃げる』可能性は高い。
・車屋のスピードは一定時間毎に上昇する。車屋が生み出すライヴスはファーレに吸収されるため、その度にファーレの力は『強化』される。

●マップ解説

○:PC ●:敵(車屋)
□:道 ■:車道 ▲:ビルなど
A:駅前 B:大通り C:商店街
↑:北 →:東 ↓:南 ←:西

□□▲▲▲▲▲▲▲▲■■□
□□□□BBBBB□■■□
▲□□□BBB●B□■■□
▲CCC▲▲□□□□■■□
□CC▲▲▲AAA□■■□
□▲C□□□A○A□■■□
□□□▲▲▲駅駅駅□■■□

・駅前
 エージェントたちの初期地点。
 見通しが良く開かれたエリア。
 一般人の避難はすでに完了している。

・大通り
 車屋とファーレの初期地点。
 一直線に広い道が通っているが、両脇には大きなビルや建物が立ち並んでいる。
 まだ避難が完全に終わっていない。

・商店街
 多くの店が立ち並び、複雑な小路が多い。
 南側には抜け道のような場所もあり、駅前へと通じている。

●登場

・『車屋 瞬(くるまや しゅん)』
 走ることに人生を賭けていた青年。
 数年前に発症した病気により、二度と走ることを諦めていた。

・風の愚神『ファーレ』
 全長1メートルほどの半透明な身体をした愚神。
 一見するとただの薄緑色をした布。すべすべで柔らかい。
 性格は無邪気。知能は低い。
 速いものが好き。

リプレイ

●その願いと共に
 閑散とした歓楽街。四方からサイレンの音だけが響いている。
 つい先ほどまで賑やかだったはずの駅前からは、完全に人が立ち消え、まるで嵐が過ぎ去った後のような光景が広がっていた。

 しかし、それは正しい表現とは呼べないのだろう。

 なにしろ、本物の嵐は――これからやって来るのだから。

『キャハハハハハ!』
 奇怪な哄笑をあげながら、自由自在に上空を飛んで行くのは愚神『ファーレ』である。
 店頭の品物やゴミを撒き散らしながら、楽しそうに宙を舞っている。
「この風……この感覚……! もっと! もっとだ! 俺はまだまだ速くなれるっ!」
 轟音と共に嵐が吹き荒ぶ。
 ファーレに先導されるように、暴風と化した車屋はひたすらに大通りを駆けていた。
 全身で風を感じるたびに、一歩一歩両足を踏み進めるたびに。
 かつての自分が蘇ってくるような気がした。車屋にとってそれは奇跡のような出来事だった。
「はは、ははは、はははははははッ!」
 風になった男は止まらない。
 しかし、反対に。
 その心臓は、着実にタイムリミットを迎えようとしていた。

「願いと共に果てられるならそれも幸せなのかもしれませんが……」
 構築の魔女(aa0281hero001)は静かに呟いた。その視線は駆け抜ける嵐を捉えている。
「愚神め……今回は何処に付け込んだんだ。引き離しに行くぞ」
『人だもの、弱い部分が無い方が稀有よ』
 魔女と共に車屋を注視していたのは、荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)だ。
「みなさん、ここは危険ですから、離れてください」
 餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)たちの避難誘導によって、大通りから一般人の姿が消える。
 それを確認すると、構築の魔女と辺是 落児(aa0281)は共鳴をして、すぐさま全力で駆け出した。
「……ふっ!」
 風が唸る。
 空気の壁をぶち破り、一瞬にして魔女が弾丸じみた速度に到達する。
『……行きましょう』
 追随するように拓海とメリッサが飛び出した。駆け抜けるのは無人の街。行く手を阻むものは何もない。
 魔女と拓海は前方に車屋の姿を捉えると、お互いがそれを挟み込むようにして並走する。
「……!」
 あっという間に接近してきたリンカーたちに車屋がわずかながら反応を見せた。
 虚ろな瞳に映るのは、純粋な好奇心。
 その反応を見透かしたように、魔女が語りかける。
「一人で走るのは寂しくありませんか? よければ、勝負しませんか?」
 沈黙。車屋の目線は動かない。
 すると、前方から薄緑色の愚神がぐるぐると身体を回転させながら、こちらへと飛んできた。
『キャハハハハッ! ハヤイ! ハヤイ! モット! ハヤイ!』
 その言葉に呼応するように車屋の目が見開かれる。
 直後。放出されるライヴスの光。
「ハアアアアアアッ!」
 車屋が上体を反らし、更なる速度で走り始める。
「……乗ってきた、のか?」
『拓海、愚神にも警戒して』
 拓海が視線を上げると、ファーレはぐるぐると一同の頭上を回っていた。
 今のところ明確な敵意は感じられない。どうやらリンカーたちの存在よりもライヴスを吸収することに夢中になっているらしい。
『キャハハッ! キャハハッ!』
 その隙を突いて魔女が前方に飛び出した。車屋の注意を引きながら、さりげなくコースを変える。
「……このまま駅前へ誘い出しましょう」

 一方、駅前の大型ビル。
 大通りと駅前広場を見渡せるオープンテラスから、狼谷・優牙(aa0131)は車屋と愚神の動向を観察していた。
「車屋さんの後ろをついてきてる愚神の狙撃……が、頑張るっ」
 ふんすと気合を入れる優牙にプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)が笑いかけた。
『緊張しないでリラックスしていくのだ♪』
「う、うん……」
 優牙の手が自然と3.7mmAGC『アルパカ』に伸びる。愛くるしいもふもふを触っているうちに段々と気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「……よし。愚神の動きを皆に報告しよう……プレシア、手伝ってね」
『あいあいさー!』

 駆け抜ける四つの暴風。
 車屋はぼんやりとした意識の中で、絶え間なく湧き上がる昂揚感と、走れば走るほどまるで風に溶けていくような一体感に身を委ねていた。
「……ふっ、ふっ、ふっ……!」
 吐く息のリズムは一定。
 しかし、胸の内で跳ねまわる鼓動の勢いは尋常ではない。
 自分の身体が壊れていく。そのことが理解できていても、この足を止めようとは微塵も思わなかった。
 矢のように過ぎ去っていく周囲の風景。
 それは初めて見る景色であるにも関わらず、どこか懐かしさを感じさせるものだった。
「……ふっ、ふっ、ふっ……!」
 そうだ。あの頃はこうやって、毎日毎日飽きるほど、この風景を眺めていたんだ。
 風になる。自由になる。ただそれだけを求めて。
 俺は。俺は……。オレハ……?
『モット! モット! ハヤイ! モット!』
 甲高い怪物の声が脳に侵入してくる。
 それと同時に、湧き上がる力。
 そう。そうだ。
 もっと。もっとだ。
 モット。モット。ハヤイ。モット。
 モットハヤイ。オレハモットハヤイ!
「ハハハハハハハッ!」
『キャハハハハハッ!』

 まず異変に気付いたのは拓海だった。
「動きが変わった……?」
「荒木さん! そちらへ!」
 優牙の報告を受けながら先導する魔女の指示によって、拓海が車屋の行く手を阻む。
「……」
『キャキャキャ!』
 上空を飛び回っていたファーレが、勢い良く前方へと飛翔した。
 すると、まるで釣られるように車屋が速度を上げた。
「あいつ……この男を操っているのか?」
 放出されるライヴスの熱気。
 それはじりじりと肌を灼くかの如く、急激に接近してくる。
「……身体ごとぶつける気か」
 もしもこの速度で衝突すれば、車屋の動きは止まるかもしれない。
 だが、車屋の動きが止まってしまえば、間違いなく愚神はこちらへ完全なる敵意を向けるだろう。
 ここで愚神との戦闘になるのは避けたい。車屋の捕獲が難しくなる可能性が高いからだ。
『ダメージを負うのは彼の身体よ。下がりましょう』
 メリッサの言葉に頷いて拓海はあえて速度を落とし、車屋から一旦距離を取った。
 しかし、拓海に道を譲る気はなかった。
「要は横道に行かせなければいいんだ」
 手にしたのは『グングニル』。
 それを躊躇なく、前方へと放り投げる。
「はっ!」
 バアンッ!
 ビルの壁面に設置されていた大きな看板に命中。それが轟音を立てながら落下してきた。
「……!?」
『ギャギャギャッ!』
 衝撃。巻き上がる土煙。
 驚いた車屋はとっさに進路を変える。
「……よし! 道はこっちでいいのか?」
 拓海が訊くと、慌てたように優牙が答えた。
「は、はい! そ、そのまま……まっすぐです!」
 少し強引ではあったものの、拓海の目論見は成功した。
 その後も、愚神が不規則な動きを見せるたびに、魔女が注意を逸らして、確実に車屋を駅前へと誘い出していく。
「見えたぞ!」
 そして、ついに嵐はやって来た。

●風は止んだ
 駅前広場に突風が吹き抜ける。
 誘導は無事に成功したようだ。加速を続ける車屋とファーレが一直線に突っ込んでくるのが確認できた。
「乗せられちまったか」
 待ち構えていた赤城 龍哉(aa0090)は疾走する男に対して、哀れみのこもった視線を向けていた。
 対峙するのは切望した願いの果て。甘言に縋ってしまったその気持ち、理解できないでもない。
『現状は遺憾ですけれど、情状酌量はありますわね』
「元々ヴィランだった訳じゃねぇしな」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の合図と共に二人を幻想蝶の輝きが包み込む。
「来ましたね……アレですか」
 同様に石井 菊次郎(aa0866)も戦闘態勢に入った。
「大分幼く見えますが愚神は愚神です……瞳の確認だけでもせねば」
 テミス(aa0866hero001)が冷静に返す。
『……もしそうであったなら却って興ざめだが誓約は果たさねばな』
 あの愚神が菊次郎の追う因縁の相手である可能性は限りなく低い。
 しかし、菊次郎の目的はあくまで忌まわしき十字の瞳を見つけ出すこと。それをやり遂げるまでは、この生き方を変えることなど、叶うべくもない。
「ん、絶対外さないようにしないと……」
 一同の頭上から、スコープ越しに優牙がファーレの姿を捉える。
 限られたチャンス。これを外すわけにはいかない。
『目標接近なのだ♪ 優牙、目標を狙い撃つぜ、なのだー♪』
 やんややんやと応援するプレシア。その声に気が抜けそうになる。
「ぷ、プレシア、少し静かにして欲しい……」

 リンカーたちが一斉に動き出す。
「よし、距離を取るぞ!」
「皆さん! 作戦通りに!」
 魔女と拓海が声をあげる。
 二人は別方向に飛び退いて、愚神の注意を逸らすべく離散した。
『キャキャッ!?』
 次の瞬間。飛び出したのは望月だった。
「ほらほら、こっちだよ」
「……!」
 反応したのは車屋だった。
 駅に向かって全力疾走を始めた望月に負けじと、更にスピードをあげる。
『ちゃんと釣られてるのよ』
 あえて車屋との距離を縮めながら望月が走る。誘うような動きに釣られて、車屋が広場の中央へと足を踏み入れた――次の瞬間。
「ようこそ。重圧空間へ」
 そこはすでに菊次郎のテリトリーだった。
 気付けば周囲には、暗黒めいたライヴスの結界が広がっている。
 その内部へと侵入した途端、車屋とファーレの全身を圧倒的な重力が押し潰す。
「……ぐっ、うぅ!?」
『ギャギャギャ!』
 鈍色の輝き。龍哉のキャストした『黒潮』から放たれたナノワイヤーが、車屋の左足を絡め取る。
「こういう時は何てんだっけか。ああ、フィッシュ! だったな」
『余裕見せている場合じゃありませんわよ』
 思い切りロッドを引くと、車屋の姿勢がぐらりと崩れた。
「当たり前だ。愚神退治までが今回の任務だからな」
 突然の襲撃に驚いたのはファーレだ。慌てて上空へと脱出を試みる。
 布のような全身を精一杯に伸ばして飛翔するファーレ。
 そこへ――死角から出現した不意打ちの弾丸が炸裂した。
『ギャギャッ!?』
 優牙のアルカパから放たれたテレポートショットは、見事にファーレの胴体を撃ち抜いていた。
「あ、当たった……!」
「……く、あ、あ……ッ!?」
 逃れようともがく車屋を抑えつけるように、拓海がその身体を強引に取り押さえた。
「捕まえた……! モチさん……!」
「オッケー! いくよ!」
 重圧に耐えていた望月から、一気に霧状のセーフティガスが散布され、拓海ごと車屋を包み込む。
「……ギ、ガ、ガ、アアアッ……!」
 人ならざる咆哮をあげながら、車屋は最後の力を振り絞る。
 まだだ。
 まだ走れる。
 だって。俺は、俺は。
 まだ。こんなにも。風に愛されて――
『ハシル! モット! ハシル! ファーレ! ハヤイ! モット!』
 手を伸ばした先。薄緑色の怪物が遠ざかっていく。
 世界から音が消え、先ほどまで自分を包んでいた謎の昂揚感が、たちまちに消え去っていくのがわかった。

「……あぁ、そうか」

 ――風は、もう、止んじまったのか。

 その呟きを最後に、車屋の意識は消失した。

●塵は塵に
 重圧空間は解除された。
 気絶した車屋の状態を確認しながら、菊次郎がファーレに視線を向ける。
「失礼、彼は頂いて行きます……ところで他にこの瞳を持つ者をご存じですか?」
 返答は絹を裂くような甲高い叫びだった。
『キャアアアアアアアッ!』
 それは明らかなる苛立ち。ファーレは自分の走りを邪魔されたこと、そして車屋を奪われたことに激怒していた。
『……無駄だ。この様なゴミと埃の混合物、早くリンボに返してしまえ』
 テミスの容赦無い言葉に菊次郎が肩をすくめる。
「やはり外れですか。……仕方ありませんね」
 ファーレを包囲するようにリンカーたちが位置を変える。
 相手は機動力に優れた厄介な愚神だ。ここで逃がすわけにはいかない。
『ギ、ギ……』
 濃厚なライヴスの気配が、辺り一帯を渦巻くように覆い始めていた。
 そんな不穏な気配を感じ取ったのか。ファーレは瞬時にして細長い身体を反転させ、全力で後方へと逃走を図る。
「――簡単に逃げられると思うなよ?」
 それを阻止したのは龍哉だった。
 背中を見せたファーレめがけて巨大な『ヴァリアブル・ブーメラン』を全力で投擲したのだ。
『ギギッ!』
 ぐるりと全身を回転させて、それを辛うじて回避する。
「ちっ」
 と、爆ぜるような銃声が響いた。
「逃しませんよ」
 魔女の双銃から放たれた弾丸はファーレの一部を貫いた。
 布状の身体が裂けるように弾け飛ぶ。
 しかし、それでもファーレの動きは止まらない。
 望月の突き出した槍を躱しながら宙を滑るように上昇すると、そのままリンカーたちの間をすり抜けて、彼方へと飛び去ろうとする。
「あっ! 逃げるよ!」
「まずい!」
 加速を重ねるべく、ファーレが全身を一気に伸ばす。
 ――刹那。
 上空から飛来した『メルカバ』の榴弾が直撃した。
『ギアアアアアッ!』
 爆発音に混じって、不愉快な断末が響き渡る。
『おおー! 目標命中なのだ♪』
「……よしっ」
 歓喜の声をあげたのは優牙だった。
 愚神を確実に仕留めるため、じっと機会を伺っていたのだ。
「あ、あれ……?」
 だが、その喜びはすぐに困惑へと変わる。
 立ち込める黒煙の中、ふらふらと撃墜したはずのファーレが宙に舞い上がっていくのが見えた。
「……しぶといですね」
「見た目ただの布なんだけどな」
「よっぽど頑丈な布なんだねー」
「完全に消し飛ばすしかないか。……もう一度、アレの動きを止められるか?」
 拓海の問いかけに菊次郎は頷いた。
「……あと一度だけなら問題ありません。皆さんで奴の意識を逸らして頂けますか」
 浮かび上がる白焔の輝き。開かれるは『ラジエルの書』。
「よし。さっさと仕留めるぞ」
 それを合図にリンカーたちが動き出す。
『キャアアアアアッ!』
 吹き荒ぶ風。
 危険を察知したファーレがビルの隙間へ逃げ込もうと飛翔した。
 ダンダンダンッ!
 その行く手に魔女の正確無比な連射が撃ち込まれ、ファーレは回避を余儀なくされる。
「壁際に追い詰めましょう」
 方向転換したファーレの前方。黒いオーラが空を切る。
 直撃には至らなかったが、望月が構えた『ブラックテール』の穂先がその頭部を掠め取った。
『ギギイッ!?』
 勢いそのままに上昇するファーレ。
 だが、またも優牙の狙撃が逃走を許さない。
 タァンッ!
 再び死角から出現した弾丸はファーレの後方部を貫通して、その機動力を確実に奪った。
「落ちるぞ!」
 衝撃で態勢を崩したファーレが地上へと墜落していく。
「塵は塵に、愚神は腐ったライヴスの底に……と言った所でしょうか?」
 そこに待ち構えていたのは――暗黒の結界だった。
 結界内には容赦なく重圧が掛けられ、愚神の自由を強引に奪う。
「理由は知らん。だが、お前のやり方……彼の救いにはならない」
 結界の海を沈んでいく愚神に向かって、拓海が大きく魔剣を振りかぶる。
「赤城!」
 同時に振り下ろされる『ブレイブザンバー』。
「おおおおおおおッ!」
「はぁっ!」

 一閃。

 黄金の輝きが、全てを切り裂いた。 

●自由の鼓動
 身体の震えが止まらなかった。
 街の凄惨な姿に。自分自身が引き起こしてしまった惨状に。
 そして――再び自由を失った、この現実に。
「……まるで、悪い夢を、見ていたみたいだ」
 でも、現実なんだよな。
 車屋は噛みしめるように、後悔の言葉を口にした。
「ただ、もう一度……走りたかった。風を……自由を感じたかった。本当に、ただそれだけだったんだ」
 そんな車屋を介抱しながら、龍哉はリンカーと英雄についての話をした。
 もしかすると、それが車屋にとっての希望と成り得るかもしれない。そう考えたからだ。
「……契約、か」
 考えこむ車屋にメリッサと拓海が声をかける。
『心は満たせたのかしら? 貴方の望みは自分の力で走る事じゃないの?』
「……ん、例えばアイアンパンクって手があって、多くの仲間が新たな生を手にしてる。君なら鋼の心臓……かな」
『それも一つの手ね』
 そう。それは一つの可能性。
 間違いなくこの世界に起こりえる、確かな現実の形である。
「本当に……そんなことが……?」
「あくまで可能性だけどな」
「俺は……俺は……」
 車屋の脳裏に去来したのは、かつての幸せだった日々。
 もはや取り戻すことは出来ないと思っていた、過去と未来の在り方だ。

 もし。もしも。

 もう一度、あの風を感じられるとしたら。

『どんな方法でも愚神に踊らされて走るより、きっと、自由だわ』

 思わず抑えた胸から、小さな鼓動の音が聞こえた。
 静かに頷いた車屋の頬に一筋の雫が流れる。
 その頬を優しく撫でていった風は――何処か懐かしい匂いがした。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ショタっぱい
    狼谷・優牙aa0131
    人間|10才|男性|攻撃
  • 元気なモデル見習い
    プレシア・レイニーフォードaa0131hero001
    英雄|10才|男性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
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