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最終発言2017/09/16 21:02:43
オープニング
●メイサ襲来
「メイサです! 高松駅南方の市街地にメイサが出現しました!」
オペレーターの青年が担当官の男――大門に報告する。紫煙を燻らせていた大門は、神妙な顔をしておもむろに立ち上がる。
「……やはりアイツは消えなかったか。こうなると思っていたんだ。状況は」
青年と共に並んで歩きながら大門が尋ねる。青年は胸ポケットからメモを取り出し、素早く読み上げていく。
「原因は不明ですが、メイサはどうやらゾンビ態から別種の愚神へと転身した模様。また、デクリオ級の従魔を二体、ミーレス級の従魔を無数に引き連れ稲荷山から高松市街地に向かい進軍しております。予定通り、警戒に当たっていたエージェントが20名急行しています」
「上等だ。準備した甲斐があったな。メイサもまた死んだだろうとして反対の声もあったが……奴はそんな簡単にくたばらんのは最初っから見えていた」
「……ですね」
オペレーションルームに入ると、高松市街地をビルの上から見下ろしたような映像が大画面に映し出されていた。既に数名のエージェントと対峙しているメイサの姿。メイサは青白く輝く糸を振り回し、エージェントと激しい戦いを繰り広げている。薙刀を振るう女の屍、数珠より光を放って攻撃する女の屍と共に。
その二人の姿は、今までとにかくこだわって露悪的なものを作ってきたメイサの物とは思えないほど、繊細で美しい外見をしていた。その立ち回りを見ていた大門の中に、とある考えが浮かぶ。
「(メイサが引き連れているのは……もしかすると)」
しかし口には出さない。考えたところで意味がない。何かが変わるにはもう決定的に遅すぎるのだ。
「……さあ、サポートの準備だ。今度こそ決着を付けるぞ」
●暴走する憎悪
「ああああもうキリがねえ!」
「仕方ないだろ! 戦え!」
エージェント達が、道路を這いまわる異形と対峙している。
「こちらに避難してください!」
「耳を手で塞いでください! メイサの声を聞かないで!」
また別のエージェント達が、混乱する人々をどうにか収拾しようとしている。
「あはは♪ やっぱり来たんだ。来ると思ってたんだ。お前達なら、絶対に来るって!」
そして君達は、メイサと対峙していた。彼女の作った最強のお人形が、遠くから近くから、流れる河のように澱み無く攻めかかってくる。髪を一束に纏めた人形が薙刀で鋭い横薙ぎを見舞ってくるかと思えば、間髪入れずに長い髪を風に流した人形が、数珠から放つ光で追い打ちをかけてくる。
君達は必死にその攻撃を躱し、また防ぎながら反撃のチャンスを窺っていた。
「メイちゃんね、今とっても嬉しい! メイちゃんの作った最強のお人形で、お前達をずったずたに出来るんだから!」
メイサは満面の笑みを浮かべて鬼気迫る声を発する。発する金切り声の高笑いには、もう一部の正気も残っていないように見えた。
「どう? ミカちゃんが死んだら世界が変わった? 世界は綺麗になった?」
彼女の叫びに合わせ、薙刀を持った女は刃を地面へ突き立てる。コンクリートを剥がす激しい雷がエージェント達に襲い掛かる。君達のうちの二人がそれを紙一重で躱した。
「そんなわけないよね。この世界は腐ってるもん。最初っからどうしようもなく腐ってるんだもん。ミカちゃん一人死んだくらいで変わるわけないよ。そうでしょ? メイちゃんの言う通りでしょ!」
メイサの叫びに合わせ、列を為して逃げていた人々の中から、夢遊病のようにふらふらと人々が戦場へと飛び出してきた。メイサへ、人形へ斬りかかろうとしていた君達のうちの一人は、必死にその刃を止める。
「だから嫌い! 嫌い嫌い嫌い、嫌い! 気持ち悪い!」
不意にメイサは叫ぶ。その瞬間に、その口からたっぷりの血が溢れた。濁流のように溢れる言葉が止み、メイサは半ば呆然と立ち尽くした。その瞬間に君達の全員が悟る。もうメイサの命は長くない。おそらくこの場で終わってしまうのだろうと。
メイサも薄々気付いているのか、血を拭って目を見開くと、ただでさえ蒼白な顔を一層真っ白にして叫んだ。
「……コロス。殺す、殺す! もう全部壊してやる! こんな世界! 永遠に腐ってろ! お前達から、お前達からまず殺してやる! メイちゃんの話を何にも聞かないお前達から!」
そんな事をさせるわけにはいかない。されるわけにもいかない。君達は武器を構え、ついに最後の戦いが始まった。
(以下、解説)
メイン メイサ討伐
サブ メイサを敗北させる
BOSS
ケントゥリオ級愚神メイサ
何の因果かこの世に踏み止まった屍姫。あらんかぎりの嫌悪と憎悪を叩きつけに街へと襲い掛かった。
●ステータス
攻撃B 命中・回避A その他C以下
●スキル
・不完全体
その復活は不完全だ。憎悪に身体が堪えられない。[毎CP毎に1D6最大生命力が減少する]
・蒼白の糸
触手の代わりに操る青白い糸。[遠距離物理。命中した相手は次ラウンド移動不能]
・メイちゃんの言う通りでしょ?
一般人を洗脳する数々の悍ましい言葉。[特殊。一般人を2人、敵サイドとして戦闘に参加させることが出来る]
●性向
・集中攻撃
狙い定めた相手を執拗に狙う。
・激昂
挑発に弱い。
解説
ENEMY
デクリオ級従魔レヴナントA
骨で出来た薙刀を携えた、美しい女の屍。まるで生きているかのように錯覚させられる。
●ステータス
攻撃S 命中・回避A その他B
●スキル
・通常攻撃[単体物理、近接]
・泰然
どんな攻撃にも動じず立ち向かう。[メイサのカバーリング時:被ダメージ1/4]
・クロイカズチ
薙刀を振るい電撃を放つ。[魔法、自己中心型範囲攻撃。最低でも5ダメージ与える]
デクリオ級従魔レヴナントB
右手に数珠を携えた、美しい女の屍。彼女もまた、メイサが作ったとは思えないほど美しい。
●ステータス
魔防S 物攻C その他B
●スキル
・通常攻撃[単体魔法、遠隔1~10]
・理知
相手の弱点を的確に見抜く。[攻撃時:与えるダメージ1/4増]
・アンヤロウゲツ
相手に不可思議な幻覚を見せる(記憶は利用しない)。[魔法、前方範囲。魔防対抗で勝利時、BS【翻弄20】]
一般人×10+α
メイサにより洗脳させられた人々。肉壁扱いされる。
●ステータス
ALL G
●スキル
・壊れる人形
メイサにより弄ばれる一般人。[メイサをカバーリングした場合、”手加減していない”攻撃を受けると即死する]
・洗脳免疫
[一撃を与えれば(生命点にダメージは必要ない)洗脳は解除され、以降洗脳は受けない]
フィールド
●市中
・一般人の避難誘導が30R後まで行われる。射程100以上の長射程武器を使用するのは危険。
・二車線道路。車十数台が止められている。遮蔽物として使えるし使われる。
●曇天
・太陽が無く薄暗いが、戦闘に支障を来すほどではない。
Tips(PL情報)
・メイサは愚神化の影響で幾つかのスキルが変質した。特に洗脳スキルは一般人を強引に操るものになっている。
・メイサは最大生命力が0になった時点で死亡する。
・レヴナントAのスキル、レヴナントBのスキルは同名のスキルとは性質が異なる。メイサのイメージ再現であることが理由。
リプレイ
(明斗、やる気、珍しい)
ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)はスケッチブックに殴り書きし、鋼野 明斗(aa0553)に向かって突き出す。明斗は肩を竦め、軽く目を背けて呟く。
「やる気って訳じゃないんだがな。けりをつけないと気分が良くないからな」
(完結大事)
さらに文字を書いて見せつけると、ドロシーは満面の笑みで明斗に抱きつく。その金髪をそっと撫でてやりながら、明斗は小さく頷く。
(まあ、不幸の上に不幸を重ねるわけにはいかねえからな)
――作戦会議が始まるまで、メイサは早期撃滅すべし、それ以外の選択肢など考慮の埒外と考えていた。しかし、二名がそれに強硬に反対、メイサを看取ると言って譲らなかった。彼らが唱えた策は、一般人へリンカーに対する不信感を植えかねないと危惧されるものであったが、メイサに一般人へ一切の手出しはさせぬというのなら結果は同じと、彼らの提案を受け入れプランを変更する事とした。作戦遂行が困難を極める事は容易に想像がついた。
しかしそれでも、仲間を信じることにしたのである――
「――やれると言ったから、貴官らにメイサを委ねるのだ。失敗は許されんぞ」
ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はぽつりと言い捨てると、ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)のコクピットへと乗り込み共鳴する。
『Миссия начинается!』
バタリオンが叫んだ瞬間、肩に取り付けられたラジカセから大音響で歌声が流れ出す。希望――HOPE。彼らエージェントのテーマソングだ。人々を勇気づけるアップテンポの音色が街中を満たしていく。メイサは口から垂れた血を拭うと、眼を見開いてけらけら笑う。
「それで一体どうするつもり?」
深紅の着物を纏ったレヴナントは、メイサが手を突き出すに合わせて駆け出した。その手に骨の薙刀を携えて。雪室 チルル(aa5177)もまた白いライヴスを纏い、盾を構えてそこへ突っ込んでいく。
「行っくよー!」
『あんたの相手はあたし達なんだから!』
スネグラチカ(aa5177hero001)の叫びと共に、全体重を乗せてチルルはレヴナントに体当たりを見舞う。レヴナントは素早く身構えたが、受け止めきれずに数歩仰け反った。その脇を、狒村 緋十郎(aa3678)が通り抜けていく。
「芽衣沙ァッ!」
メイサの眼前で足を止めると、緋十郎は空気を震わす咆哮を放つ。メイサは両腕で轟音から身を庇うが、彼女の言葉に囚われた一般人達はそうもいかない。緋十郎の気迫に我を失い、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「メイちゃんの言う事が、聞けないの?」
白い糸を振り回し、メイサは逃げ惑う市民を斬りつけようとする。
『聞くわけないでしょ』
小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)はそこへ割って入ると、盾を振るって糸を払い除ける。
『もうアンタの遊びに付き合ってやる時間は終わったの』
「この……!」
メイサは目を剥いたが、沙羅は構わず人々を纏めて離れていく。苛立つメイサは獣のように呻いて糸を振るうが、さらに飛び込んできた邦衛 八宏(aa0046)が鎖鋸を振るって糸を断ち切る。
「……させません」
微かな声で、しかしハッキリと言い放った八宏は、逃げ惑う人々を後ろから追い立てる。
「みんな聞いて! メイちゃんの――」
『ここまで来て死ぬんじゃねぇぞてめーら! 近くの奴ら同士で固まれ、声を掛け合え! 後ろは構うなよ!』
拡声器越しに、音が割れるほどの気勢で稍乃 チカ(aa0046hero001)が叫ぶ。メイサが何を言おうと、己の声で掻き消すために。憤懣を溜め込み、メイサは肩を震わせる。藤岡 桜(aa4608)は、そんな彼女の前に一歩を踏み出す。
「あなた……」
メイサは頬を震わせる。頬を強張らせ、両手の内で糸をぴんと張り詰める。
「なにしに来たの?」
(……もう後には退けませんね。きっと成し遂げてください)
(うん……)
ありったけの殺意をひしと感じながら、ミルノ(aa4608hero001)は桜に囁く。桜は小さく頷くと、深紅の眼をはっきり開いてメイサの姿を真っ直ぐ捉える。
血塗れの屍姫の姿を、真っ直ぐに。
「芽衣沙……お話を、しに来たの。あなたと……」
数珠を鳴らし、黒い着物に身を包んだレヴナントは紫光を次々に石動 鋼(aa4864)へ放つ。霊力を纏わせた飛盾を駆使してその光を往なしながら、彼は僅かに眉間へ皺を寄せる。レヴナントの佇まいは彼女によく似ていた。神門への愛と共に果てた、紫雷の乙女に。
「彼女は……もう休んだ。これは別物だ」
零れた呟き。厳しい軌道で放たれる光を紙一重で受け続ける彼を、コランダム(aa4864hero001)は窺う。
(鋼?)
「……」
夜愛には憐みも蔑みもない。ただ、どんな思いが込められていたとしても、この人形は彼女の最期を貶めている。鋼はそう感じたのだ。
光の奔流を弛んだ身体で器用に掻い潜りながら、金色の短槍を構えてノエル メタボリック(aa0584hero001)はレヴナントの懐へと潜り込んでいく。突き出した槍は横っ飛びに躱される。しかしノエルは器用に槍を払い、レヴナントの脇腹を打ち据えた。
「のう、姉者は何故、わらわのようになったのじゃ?」
距離を取ったレヴナントと対峙しながら、ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はノエルに尋ねる。老婆となったノエルはにやりと口端を緩め、高らかに笑う。
『のぁひゃっひゃっ、そちとヴィランになりたいからぞよ。メタ、改めヴァよ』
「うむ、何とも良き名ぢゃ。心にしかと刻んだ」
槍を振るって構え直したノエル。メタは静かに言い放つ。
「では、全て解放してやろうではないか」
(……ん? 鋼、あのお婆さん達、今……)
「何を思うかは自由です。そっとしておきましょう」
「こいつ……戦い方も少し似てるんだな」
荒々しくも淀みない薙刀捌きで、着物の裾に袖をはためかせながらレヴナントは明斗を攻め立てる。間合いを詰めては明斗の長巻と斬り結び、間合いを切っては薙刀を竜巻のように激しく振るって黒い雷を弾けさせる。その姿は、最後まで神門への忠義を尽くして果てた皆朱の女傑を想起させてやまない。
「精巧な作りだな。どれもこれもアレに似ている。……ならば」
『обжиг!』
腕甲から氷の分銅が放たれる。レヴナントは咄嗟に薙刀で弾き飛ばそうとしたが、分銅に括られた鎖がぐるぐると薙刀に巻き付く。
「分断し、各個撃破を試みるのみ……!」
ソーニャは鎖を巻き取ろうと踏ん張る。しかし敵もまた金剛力で立ち向かう。激しい均衡。氷の鎖が軋んで悲鳴を上げた。しかしそこへ、黒い影が音も無く迫る。
(風のように疾く、雷のように迅く!)
(神も殺すまでに研ぎ澄ませた一閃を……)
虚ろに紛れる蒼い影。迫間 央(aa1445)とマイヤ サーア(aa1445hero001)の心が一瞬一つに融け合う。叢雲を抜き放ち、太陽の如く輝く刃を高々振り上げる。
「見舞う!」
眼にも映らぬ神速の袈裟切り。レヴナントは斬られた事さえ気づかず、ソーニャとの綱引きを続けた。央はそれを見届けると、叢雲の刃を鞘の中へと収める。
刹那、レヴナントの背が裂けて鮮血が散った。つんのめったソレは、ソーニャに引きずられてエージェントの囲いの中に閉じ込められる。レヴナントは素早く立ち上がると、明斗、ソーニャ、チルル、央をぐるりと見渡す。薙刀を構え直して闘志を見せるレヴナント。
その姿には、どこか凛とした雰囲気さえあった。
(藤岡、狒村……他は俺達が押さえる。全てが後悔になってしまう前に決着を付けろ)
忍刀を抜き放った央は心の中で二人に呼びかけ、レヴナントへと再び斬りかかった。
「何人で掛かったって無駄だよ? メイちゃんのお人形は最強なの。みーんな、バラバラにしちゃうんだから!」
恨み辛みの籠った歪んだ笑みを浮かべ、メイサは無数の糸を振り回す。曇天の中で糸はうっすらと白い光を放ち、激しく緋十郎を打ち据える。強靭なその肉体にうっすらと裂き、緋色の毛に蘇芳色を添えていく。
「……ヒロが見えぬが、どうした?」
それでも緋十郎は一切表情を変えず、メイサに尋ねる。その名を聞いた瞬間、彼女は甲高い声で笑いだす。
「食べちゃったよ? あんな、ヒーロー気取りの役立たず! メイちゃんに食べられた方が十倍も二十倍もマシだもん!」
「そうか……ヒロは無念だっただろう。しかし、本望だろうな。愛した娘の血肉となれて」
(……)
どこか独白じみた呟きを、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は黙して聞く。彼女は気付いていた。ヒロとメイサの姿に彼と自分を見ている事に。
何もかも殺し尽くした血染めの姫と、そんな姫に恋した男の影を重ねている事に。
「はぁ? ばっかじゃないの? どーせ好きだなんて嘘。メイちゃんが好きな自分が好きなだけ! ずうっと知ってた! でも気づかないふりしてやってたの! あははっ!」
蒼褪めた顔にヒステリーを宿らせ、糸を乱暴に振り回す。緋十郎は己を切り裂く糸を直立不動で耐え、さらに語り掛ける。
「なぁメイサ。この世を腐ったものと謳い、醜悪な人形ばかり作り、……未熟で真っ直ぐな恋心さえ信じないお前が、何故この期に及んであのような美しい人形を作った?」
「……? 何言ってるの?」
メイサは緋十郎の言葉の意味さえ掴めなかったようだ。一瞬手が止まり、壊れた笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「アレは朱天王であり、夜愛だろう。三姉妹として神門と共に在った日々はお前にとって“美しい”ものだった。違うか」
息を呑んだ音がハッキリと聞こえた。メイサはあからさまに肩を震わせ、緋十郎を睨む。
「お前も本当は分かっているのだろう? 世界は確かに腐っているが、美しいものも有るのだと。お前も本当は願っているのだろう? この腐った世界に、美しく在って欲しい、と」
メイサから遠く引き離されても、たかがデクリオ級とは思えぬ立ち回りでしぶとくエージェントと対峙し続けるレヴナント。それを指差し、緋十郎は確信して尋ねる。
「あの人形には、お前の万感が込められている。……そうだろう」
「違う!」
悲鳴のようにメイサは叫ぶ。
「違う違う違う! 腐ってる! 全部腐って、気持ち悪くて、嫌い! 全部、全部ッッ!」
絹を裂く金切り声。緋十郎の言葉を無理矢理叩き潰そうと、メイサは躍起になっていた。そんな彼女へ、今度は桜がおずおずと語り掛ける。
「ねえ……私も、わかるよ。私もずっと、独りだったから」
「嘘つき! 嘘つきなんて嫌い!」
メイサは手を滅茶苦茶に振り回し、糸で次々に桜を切り裂く。柔肌は簡単に傷つき、治癒の光を纏ってひたすら耐え忍びながら、桜は武器を下ろしたまま切々と語り掛けた。
「愚神に襲われたのに、誰も助けてくれなくて……きっとミルノがいなかったら、私もきっと、芽衣沙のようになってた……と思う」
「うざい、うざい、うざい!」
ぴんと張り詰めた糸が、桜の脇腹を深々と抉る。どろりと血が溢れ、思わず桜は膝をつく。灼けるような痛み。しかし桜は決して望みを絶たなかった。
「ミルノと一緒に人の輪の中で暮らして、私は、わかったの。人の持ってる、温かさに……だから、芽衣沙にも、わかってほしいの」
右手に宿らせた光で脇腹の傷を癒し、桜は再び立ち上がる。柔らかに笑みを浮かべて。
「私は……ううん。私が、芽衣沙を独りにしないから」
(……理解できないわ)
人を載せた大型車を転がし、沙羅は心の奥で呟く。榊原・沙耶(aa1188)はいつも通りのおっとりとした口調で尋ねた。
(どうしたのかしら?)
(あんなクソガキに感情移入するアイツらの考える事がわからないってのよ。アイツにどれだけの遺体が弄ばれたの。どれだけの人が殺されたの。残された人の事を考えたら、あんな奴、決して赦されるべきじゃないわ)
苦々しげに沙羅は応える。彼女の言う通りであった。芽衣沙は自らの憎悪に任せて只管に人間を弄び続けた事実は紛れもない事実。幼子が蟻を潰して喜ぶように、芽衣沙は人を殺したのだ。
(そうね。私もそう思うわ……)
四つん這いの亡骸が車に押し寄せてくる。ドアを蹴り開いて亡骸を吹っ飛ばし、沙羅は魔導書から無数の触手を喚び出し亡骸を叩き潰す。人々を守って走りつつ、沙耶は悪戯っ子を見る母親のような口調で続けた。
(でも、それでも赦したくなる困ったちゃんって、よくいるのよね)
『こっちだ! この道を真っ直ぐに行け!』
チカは人々に向かって変わらず大声で呼びかけていた。人々は列を作って駅から距離を取るように走っていく。ビルの上に登った異形が列を見下ろしたかと思うと、上空から真っ逆さまに降ってくる。誰もが悲鳴を上げて立ち竦んだ。八宏は素早く狙撃銃を構え、異形の顔面を容赦なく撃ち抜く。糸で結び合わされただけの脆い肉塊は、一撃で飛び散り地面にばら撒かれる。
『バケモンに構うな! 全部俺達が何とかする!』
チカが叫ぶ前から、既に人々は悲鳴を上げて逃げ出していた。背後では、絶え間なく襲い来る肉片の従魔達とエージェント達が必死の戦いを繰り広げていた。
「うわ、わわ……!」
一人の少女が肉片の群れに囲まれ、呑み込まれそうになっている。必死に剣を振るうが、既にその手はおぼつかなくなっていた。八宏は素早くワイヤーを幻想蝶から引き出し、次々に従魔を引き裂いていく。澱みないワイヤーの閃きに気圧され、少女はよろめいてしりもちをついてしまう。
「……大丈夫、ですか」
「す、すみません」
八宏は少女の手を掴んで立たせ、再び武器を狙撃銃へ持ち替える。
「此処が勝負処です……今度こそ、確かな希望を掴みましょう」
「はい!」
「てやーあ!」
脇に構えた白い長剣を、チルルは一気に切り上げる。鋭い一閃は深紅の着物の裾を切り裂くが、レヴナントは宙返りでその一撃を躱す。軽やかに道路へ降り立ったかと思うと、レヴナントは薙刀を大きく振るってチルルの剣を弾き、そのまま彼女の心臓へ向けて切っ先を真っ直ぐに突き出してくる。
『来るよ!』
「分かってる!」
チルルは小柄な体を生かして深く沈み、薙刀の下へと潜り込む。そのまま左腕を突き上げ、薙刀を撥ね上げた。僅かに出来た隙。明斗は懐へとすかさず潜り込む。長巻を振るって脇腹へ真一文字の斬撃を見舞う。レヴナントは薙刀を風車のように回して長巻を絡め取り、刃を逸らしてしまう。しかし明斗はそれでも足を止めず、棒立ちになりかかっているに当身をかました。
「こんなところで足止めばかり食ってるわけにはいかないんだよ!」
レヴナントはその勢いを殺しきれず、一歩二歩と後ろへ退く。さらに押し込めと、ソーニャは明斗の肩越しに主砲の砲口をレヴナントへ向けた。
――Dies irae dies illa solvet saeclum in favilla…
砲門に刻まれた文言が、曇り越しに差し込む光を受けて鈍く輝く。
「このまま集中攻撃である。反撃の隙など与えはせん!」
轟音と共に放たれる一発の砲弾。レヴナントは咄嗟に身構えるが、砕けた弾頭から炸裂した流体金属が襲い掛かる。激しい煙を上げ、流体金属はレヴナントを蝕んでいく。人形は苦悶の色さえ浮かべないが、その脚はおぼつかず、ふらふらとよろめいた。
央はすかさず背後へと回り込み、忍刀でレヴナントの腰を狙って斬りつける。しかしレヴナントはくるりと向き直ると、左手を伸ばして刃を無理矢理掴み取った。薙刀を短く握ると、倒れ込むように間合いを詰める。
「……ったく、随分と出来た人形だ」
央は前蹴りで人形を突き放すと、刀をその手から引き抜く。肉が裂け、骨が割れ、人形の指が千切れて地面に転がる。それでも人形は呻き声一つ上げず、眉一つ動かさず、気高さに満ちた仏頂面を崩す事無く仁王立ちする。
「芽……衣、沙……」
(ねえチルル、今)
(あたいにだって聞こえたよ。呼んだよね、今、アイツの名前……)
掠れた声で、人形は呟いた。薙刀を高々と突き上げると、黒く染まった雲から一直線に蒼い稲光が降り注ぐ。目を眩ます激しい光が瞬く。耳を劈く轟音が響き渡る。同時に、桶をひっくり返したように雨が降り始めた。エージェント達も、逃げ惑う人々も、人形もメイサもしとどに濡れていく。
蒼光を纏った薙刀を片手で握ると、人形は頭上で再び荒々しく回し始める。光は見る見るうちに闇へと転じ、黒い稲妻が次々に薙刀から飛び出し四人へと襲い掛かった。
「くっ……」
爆ぜる闇と光の狭間に立つ人形。現か幻か、四人には人形が朱天王そのものと見えた。
(央、あの薙刀の中でライヴスが極端に高まっているわ)
(わかってる。……止めるなら、ここだ)
央は懐からライヴスの針を取り出すと、人形の放つ稲光の隙を狙って打ち込む。その針がうなじに突き刺さった瞬間、黒い雷を纏った骨の薙刀は罅割れ、粉微塵に砕ける。暴走したライヴスは、薙刀を手にしていた人形の右腕までも吹き飛ばした。
「今だ」
明斗は弓を引き絞り、ソーニャはカノン砲で再び狙いを定めて次々に撃ち込む。ライヴスを纏った一矢と砲弾を受け、人形はぐらりと仰け反る。
「行くぞ、雪室」
「オッケー!」
満身創痍になりながらも立ち続ける人形に、央とチルルが挟み撃ちするように迫る。
「乗り移ったのか、何なのかは知らないけど……!」
チルルは白い刃を振るい、ひんやりとしたライヴスを纏わせる。血塗れの人形を彼女は真っ直ぐに見据え、剣を霞に構えた。
「これで終わりよ!」
天が轟き、白光が瞬く。叢雲の居合切りと、ウルスラグナの袈裟切りが同時に人形を襲う。
「……!」
肩も腰も深々と切り裂かれ、人形はぴんと仰け反り天を仰いだ。当てもなく伸ばされる左腕。ぴくりと震えたかと思うと、人形はその場にどさりと崩れ落ちた。
虚ろに目を開いたまま、人形はぴくりとも動かない。
「沈黙したな。……もう一体もすぐに仕留めるぞ」
ソーニャの言葉に合わせ、四人はすぐに駆け出した。
ノエルが次々に繰り出す穂先を、黒装束の人形はのらりくらりとした動きで躱し続ける。濡羽色に光る髪の毛を振り乱し、人形は数珠を引いて紫光の束をノエルに叩きつける。近くで喰らったノエルは吹っ飛んでいくが、その寸前に何かを人形に投げつける。咄嗟に弾き飛ばした人形。しかしそれは小さな音を立てて砕け、人形にきつい芳香を浴びせた。
鋼が入れ替わるように人形の懐へと詰め寄る。大上段に振りかぶった長剣で、人形へと唐竹割を見舞う。人形は半身になってそれを躱したが、鋼はそのまま人形へ当身をかました。零距離の一撃は避けきれず、人形はくらりと体勢を崩した。
体当たりの勢いを保ったまま、鋼は身を翻して剣を振り抜く。人形は咄嗟に右腕を伸ばし、剣を受け止めた。尺骨まで刃が食い込み、だらだらと溢れた血は豪雨に洗い流されていく。
人形は顔色一つ変えず、左手に持った数珠を鋼に向かって突き出す。鋼が身構える前に、次々と放たれた光弾が鋼を襲った。鋼は敢えてその場に踏み止まる。顔を顰め、人形が放つ一撃を耐え忍んだ。
刹那、雨に紛れた鋭い銃弾が人形の肩に突き刺さった。ひたひたと足音を鳴らし、人形はつんのめる。ビルの屋上に立っていた八宏は、銃を下ろして素早く路地裏へと飛び降りた。人形は振り返ったが、八宏の姿を捉えられない。
「余所見をするな」
鋼は剣を袈裟に振り下ろす。人形は後ろに飛び退き、その一撃から紙一重で逃れる。そのまま数珠を構え直そうとし――腕に鎖鋸を叩きつけられた。
『人形じゃあ、流石に頭ん中まで同じって訳にはいかねえか?』
驟雨の音に紛れた八宏の一撃は、左腕の肉に噛みつき皮も肉も削り、抉り取っていく。人形は咄嗟に身を翻してその刃から逃れたが、左腕はだらりと力無く垂れ下がる。骨も砕け、辛うじて骨にしがみつく肉もだらりと滑り落ちようとしていた。
(芽衣沙)
うなだれたまま、人形が小さく口を動かす。正面に立っていた鋼はその唇の動きをはっきりと見た。
(……これは俺の見間違いか。それとも……)
天は荒れ狂い、紫電が輝く。数珠を右手に持ち直し、再び背筋を伸ばしてすくと立った人形は、激しい光の明滅の下で夜愛そのものと見えた。
人形の見開いた瞳が紫色に輝く。光を目にしたエージェント達は、直ぐに奇々怪々な幻影に包み込まれた。
「死ね、死ねっ! いい子ぶってこっち見ないでよ! あなた達は腐ってるんだから! どんな顔したって、どんな事言ったって気持ち悪いの!」
メイサは糸を振るい、緋十郎と桜を痛めつけながら叫ぶ。腕から首から切り裂く白糸も、口から吐き出される悲鳴じみた罵詈雑言も二人はただ受け入れる。彼女の受けた痛みを丸ごと引き受けようとして。
「お前の生前の事は、調査官から聞いた。親には守られず、級友達からも迫害されてきた、と。……屍姫として蘇った日、お前はヒロと共に“復讐”を果たしたようだが……」
「そうだよ? あんな奴ら、ゾンビとしても生きてる価値ないもん! 腐ってドロドロになって、腐った世界の一部になってればいいの! 何? ダメなの?」
怒りに満ちた表情を、急に愉悦に満ちた表情に変えてメイサは喚く。緋十郎から怒りを引き出そうとでもするかのように、耳障りな口調でメイサは緋十郎へと詰め寄った。しかし、緋十郎はただ神妙な顔で首を振るばかりだ。
「……いや。俺にはそれを否定できない。お前の言う通り、紛れもなくその世界は腐っていた。お前が復讐に走ったとしても、無理からぬ事だ」
雨に濡れた血染めの大剣を、緋十郎は傍に突き立てる。完全に武器を手放し、全身を濡れるに任せて緋十郎は真っ直ぐにメイサを見つめた。子どもだからと侮らず、子どもだからと憐れまず、ただ真心を注ぐべき存在として対等な眼を向けていた。
「俺も故郷を滅ぼした従魔への復讐を果たして、今此処に居る。復讐は罪では無いと俺は思う。それに……数多を殺した吸血姫の“美しさ”を……俺は良く知っている」
外の世で業を積み重ねた吸血姫。この世で業を積み重ねた屍姫。元を辿れば、共に荒涼たる宿命の犠牲。そう緋十郎は信じて疑わなかった。
「お前は“美しい”ままだ。お前もまた、この世界の一部だとしても。……故にヒロはお前を愛し続けたのだろう。そして俺も藤岡も、お前の……味方だ」
「……うるさい! 嘘! 嘘だ! そんなの全部嘘! さっさとその口閉じてよ!」
(社会を支える公務員として、お前という社会の被害者を救えなかった事、求めるなら詫びも同情もしよう。お前の言うようにこの世界はイカれてる。……この仕事に就いている俺ですら、そう思う)
緋十郎への怒りで夢中になっているメイサの背後をすり抜けながら、央は心中で彼女へ呼びかける。
戦いの前、一人の調査官からチームは一冊の日記帳を受け取った。名も無き日記帳。質素な家の、簡素な勉強机の上にぽんと載せられていたらしい。その中に記されていたのは、虐めと苛めの日々。
触られた奴も腐る、言葉を交わした奴も腐る、同じ場所を通っても腐る。
腐る、腐る、腐る。
彼女を苛めた子供達は何度も何度も彼女に向かって繰り返した。メイサを追い込み、孤立させる“遊び”。教師も“遊び”だと信じ、メイサの言う事など聞きもしない。最初は綺麗な字で毎日つけられていた日記が、途切れ途切れに、字も汚く雑になっていく。悪意と無関心の檻。それを生み出す腐った世界。
健気な少女が豹変していく様子を見せつけられた央は、黙り込むしかなかった。
(……俺は、愚神との共存なんて望まない――だが、仲間の夢を嘲笑う事も出来ない)
空から降り注ぐ雷が、人形のライヴスに引き寄せられて降り注ぐ。雷は紫色へ染まり、大蛇のように地を這って行く。高く宙を舞って央は躱し、人形へと斬りかかる。
(だが、それが全てじゃない。そこに、お前を救おうとする奴らがいるだろう。そして俺も……そいつらの想いがお前の心のように世界から踏み躙られるとしたら、俺にはそれを見過ごせん。世界に希望が在る事を皆に示すのが俺達の戦いであり、俺の仕事だからな)
マイヤは黙りこくったまま、央の独白を聞き遂げる。気づけば、素戔嗚に奇稲田などと言われるようになっていた。最初はただ消え去りたいと思っていた。その後も、ただ依存し依存されているのみと思っていた。
今、自分は央に希望を見ているのか。彼女は一人自問してみるのだった。
「うぐ、う……」
糸を振り回し続けたメイサが、不意に血を口から零し、水溜まりの中に倒れ込む。全身が震え、立ち上がろうと伸ばされる手には力がない。
「ねえ。芽衣沙。私と、誓約を、結ぼう……? そうすれば、もう……苦しまずに済むから。私が……“芽衣沙を独りにしない”から。私の身体、芽衣沙の好きに、していいから……。お願い。もう、苦しまないで」
「気持ち悪い! メイちゃんがあなたと一つになる? 気持ち悪い、気持ち悪い……!」
震える手で無理矢理立ち上がると、血を吐きながら喚く。その指先、その頬は罅割れ、徐々に灰へと変わっていく。土砂降りの雨が、容赦なく彼女の身体を洗い流していく。雨滴が触れるだけで激痛に襲われるのか、メイサは悲鳴を上げた。
「ねえ。それなら……何か、お願いはある……? 出来る事なら、何でも、するから……」
「何でも? 何にも出来ないくせに!」
桜の絞り出すような訴えをけたけた嗤うと、メイサは全身の罅割れから血を流し、桜を何度も指差しぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「だったら死んでよ! その鎌で、自分の首とか手首とか切って! メイちゃんのお願いだよ? 聞いてくれるんでしょ?」
俯く。メイサの視線が痛い。哄笑が痛い。しかし、桜は首を振るしかなかった。
「……私は。芽衣沙の傍に……いたい。友達になりたい。一人じゃない。私がいるって、思ってもらいたい。だから……ごめんね。死ねない。……だって、死んだら、芽衣沙の傍にいられない、から」
「やっぱり! 誰だってそう! 自分の事が一番好き。ヒロもそうだったもん。嘘嘘嘘、ぜーんぶ――」
「死ねない、けど……私が、傷ついて、芽衣沙が喜ぶって、いうなら……」
鬼の首を取ったように燥ぐメイサの前で、いきなり桜は大鎌をその手に取る。その切っ先を自分の肩口へ向けて。その手がうっすら、震える。しかし、仲間達さえ諦めさせたその執念が桜に手を貸す。
「……!」
その刃が桜の肩を貫こうとする寸前、素早く伸びた白い糸が刃を絡め取り、地面へと叩きつけた。桜は呆然とメイサを見つめる。しかし、メイサも自分が信じられないでいる。目を見開き、荒い息をして、勝手に動いた自分の手を見つめていた。
「芽、衣沙……?」
桜が呼びかけると、メイサは再び血に染まった歯を食いしばって鬼の形相へ変わる。
「そんなことで、メイちゃんは騙されないんだから……!」
支離滅裂に喚き、乱暴に桜を糸で斬りつける。腕で身を庇いながら、桜はメイサの顔を見つめる。嫌悪と憎悪の果ての果てに一片だけ残された彼女の真心を、桜は見た気がした。
(……メイサがあんな反応をするとは、な)
(自分で死ねって言っておいて、自分で止めるなんてね)
黒い霧に霞む視界の中でも、メイサと桜のやり取りは見えていた。人形の落とす紫雷を飛盾で受け流しながら、鋼はコランダムと共にふと思いを巡らす。
『のぁひゃっひゃっ、この自慢の鼻を活かす時ぞよ』
ノエルは鼻をひくつかせ、雨に流されかけた微かな芳香を嗅ぎ分ける。衰えた視界を塗り潰す紫色の光の中、ノエルは槍を携え迷う事無く人形へと突っ込んでいく。左腕を潰され、右腕も裂かれた人形はノエルの突き出す槍を躱せぬままその脇腹を突かれた。人形は咄嗟に数珠を突き出し紫の光を放つが、ノエルは素早く槍を引き抜き後ろへと飛び退く。代わりに飛び込んだチルルはクリスタルフィールドを突き出し、光線を脇へと逸らした。
小柄なチルルの頭上を跳び越え、央が叢雲を引き抜き人形の肩を切り裂く。人形がよろめいたところに、ソーニャの放った砲弾と八宏の放った銃弾が次々に突き刺さった。胸元に大きな穴を開けられた人形は、それでも数珠を握りしめたまま虚ろな顔でエージェント達を見渡している。
(……もし。俺の家族がメイサのようになったとしたら。俺はどうしただろうな)
誓いの剣を構え、鋼は己に尋ねる。緋十郎と桜のように、無我夢中で救済を追い求めるだろうか。この人形のように、満身創痍となっても家族の前に立ちはだかるのだろうか。
「一気に仕留めますよ」
明斗が長巻を構えて鋼に囁く。鋼は頷くと、肩を並べて一息に人形へと迫った。彼女が数珠を構える間もなく、二人の一閃が人形の首と腹をばっさりと切り裂いた。傷口からどろりと血が溢れる。
蝋燭の火のように揺らめき、人形はその場に崩れ落ちた。その細い肢体を染める紅が、雨粒に洗い流されていく。武器を収めると、八宏は真っ先にメイサの方を振り返る。
(後はアイツら次第……ってか)
(……手は、尽くします。どんな結果が招かれようとも……)
『しつこいわね……全く』
人々の避難したビルに押し寄せてきた従魔。沙羅は魔術の触手で打ち払い、叩きのめす。潰されても潰されてもしぶとく這い回っていた異形の従魔も、容赦のない一撃には堪らず沈黙する。
「助かりました。もうここは大丈夫そうです」
銃を下ろした青年は、沙羅に向かって静かに頭を下げる。沙羅も魔導書を閉じると、すました顔で隣の青年に一瞥を送る。
『ええ。せっかくここまで無事にやって来たんだから、最後まで守り抜いてね』
「了解です」
沙羅は駆け出す。避難した人々の安全確保に少々手間取ってしまった。変な事になっていやしないだろうかと、一瞬心配になる。そのために潜ませておいたカチューシャの存在を幻想蝶の中に確かめながら、沙羅は心の奥で呟いた。
(……その時は、何があっても焼き尽くすだけだわ。誰に恨まれたって、私達の職務は人を護る事。それ以上でもそれ以下でもないんだから)
ビルの角を曲がると、激しい雨と雷の音に混じって、甲高い喚き声が聞こえてくる。いかにもメイサらしい、耳障りな叫び声だ。
「あ……」
糸を振るう左腕が小刻みに震える。灰塗れの肉が、大粒の雨に抉られる。深い傷を無数に刻まれたその腕は、突然バラバラになって地面に落ちた。
「いやあああっ!」
突如失われた腕を見てメイサは喉も裂けそうな声を上げる。
「やだ、やだ。どうして? 腐ってるのはこの世界なのに! この世界なのに……! どうしてメイサばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの?」
「芽衣沙」
目の前で壊れていく少女を見ていられず、緋十郎は彼女へと駆け寄ろうとする。しかしメイサは後退りしながら糸を振るい、緋十郎の両頬を引っ掻く。
「来ないで! 来ないで――」
メイサは不意に崩れ落ちた。下駄を履いた爪先も灰と化している。最早立つ事さえもままならない。桜は慌てて彼女へと駆け寄った。傍に座り込むと、そっとメイサを膝の上に抱え上げる。
「芽衣沙、芽衣沙。お願い。私と……一緒にいよう? 私が……“芽衣沙を独りにしない”から、だから……私の身体を使って。そしたら、そしたら……」
「だから、気持ち悪いって、言ってるでしょ! 絶対やだ。絶対やだ! やだったらやだ!」
狡猾、残虐、冷徹なメイサの姿は最早無い。迫りくる破滅を前にして、メイサはただただ己を取り囲む世界への嫌悪感に怯えるだけになっていた。
「芽衣沙」
桜は無力感に苛まれて唇を噛む。ならばせめてと、懐から丸薬を一つ取り出しメイサに差し出す。
「なら……これを取って。もしかしたら、楽になるかもしれないから……」
メイサは残った右腕で丸薬を取ると、いきなりそれを砕いてしまう。
「いらない! どうせ、どうせ、そうやって!」
傍らにやってきた緋十郎が、メイサの顎を指で押さえる。そのまま丸薬を一つ手に取り、彼女の口へと押し込んだ。メイサは思わずそれを呑み込んでしまう。
「何するの――」
「……裏切らん。世界はお前の敵だとしても、俺は、藤岡はお前を救いたい……!」
メイサの眼を真っ直ぐに見据えて訴える緋十郎。ぼうっとして彼女は二人を見つめる。ふとその身体の崩壊が収まった。ぱくぱくと、メイサの口が声を発さぬまま動く。
だが、次の瞬間にはいつもの憎たらしい調子で笑い始めた。
「あは、あはははっ! ばか、ばーか! メイちゃんがそれくらいであんた達の事を好きになると思ったの? ばかじゃないの? ばかばか、まぬけ!」
ありったけの力を込めて、メイサは緋十郎と桜に罵詈雑言を浴びせる。しかし二人は押し黙ったまま、ただ彼女の恨み辛みを受け入れるだけだった。
ふと、メイサの罵倒が止む。激しい雨もやにわに弱まり、鈍色の雲を見つめてメイサは残った腕をぱたりと下ろす。
「……もういい。もう、疲れちゃった」
掠れた声でうわ言のように呟く。尽きぬ泉のように注がれる想いに晒され、もうメイサは諦めるしかなかった。
『チビころ。お前はな、本当に呪ってやりてぇモンだけ呪えば良かったんだ。見ず知らずの他人にまで振り撒いてっから、どんどんどんどん大きくなりやがる。自分の身までぶっ壊れるくらいに恨みが大きくなるんだよ』
チカは低い声で吐き捨てる。八宏は神妙な顔のまま、メイサを見つめて独り言のように語り掛けた。
「……貴女には逃げ場も無ければ、逃げ出す力も無かった。……今更、救うなどとは申し上げません。どんな奇跡も、最早貴女を救えないでしょう。ですが……」
死後の世界があるならば、どうか居場所を用意してやってくれ。葬儀屋として人の死に向き合い続けた八宏は、メイサの手向けとして彼岸に願いを送るのだった。
「ねえ。……何でもっと早く来てくれなかったの?」
メイサの眼に、ふと涙が浮かぶ。狂気の屍姫ではない。残酷な宿命に弄ばれた少女としての涙だった。
「その涙。欺瞞ではないかと勘繰っていたよ」
既に半分発動させかかっていたライヴスソウルを幻想蝶へと収めると、ソーニャはカノン砲を収めて溜め息をつく。
「確かに世界は腐っているかもしれない。されど我らに世界はただ一つ。おいそれと諦めるというわけにはいかんのだよ」
改心したわけでもない。恨みを投げ棄てたわけでもない。諦め、内心を外に放り出しただけだ。それでも、二人の想いがメイサを動かしたのだろう。ソーニャはそう思う事にした。
「……お前だって、こんなにも美しい人形を作れたと言うのに、何故破壊の道行きを選んでしまったのか。小官はそれが悲しくてならん」
「もっと早く……もっと、早く。来てくれたら」
とめどなく涙が溢れる。朽ちていく身体ではその涙を拭う事も出来ない。
「上手く行った、かのう」
ヴァイオレットは呟く。複雑な思いだった。緋十郎と桜のように動きたいと願いつつ、しかし屍国の悲劇に弄ばれた人々の事、事件を終わらせんと尽力した者を考えると、結局彼らのように突き抜ける事も出来なかった。
『これ以上は望めないんじゃない?』
スネグラチカはさらりと応える。ウルスラグナを鞘に納め、チルルも腕組みをして頷いた。
「アイツは許されない事をした。それだけは、確かだしね」
「そしたら、ありさだって、あなたたちのこと、このせかいのこと」
ライヴスも尽き、ぴくりとも動かなかったはずの二体の人形が、不意に動き出す。のろのろと手をつき、起き上がる。足を引きずり、ぐらつきながら、人形はメイサに近づいていく。それに気づいたコランダムは鋼に訴える。
(鋼! 人形が!)
鋼は動かない。最期くらいは、己の手で抱きしめてやろうかとも考えていた。しかし、それは自分の役目と、人形は訴えているような気がしたのだ。
「……彼女達が、迎えに来たのかもしれない」
(鋼。君は……)
「すこしだけ、きらいじゃなかったかもしれないのに」
息も絶え絶えに、メイサは言葉を吐き捨てる。緋十郎と桜は面を上げ、そして背後に立つ人形に気付いた。二人はそっとメイサをアスファルトに横たわらせ、後退りして祈るように頭を垂れる。人形は糸が切れたように倒れ込み、メイサの両隣に横たわる。
「……おねえちゃん」
虚ろな眼で、メイサは二体の人形を見つめる。途端に、メイサの絶望に塗り込められた顔がふっと和らぐ。ステンノに寄り添い、ヨルアを抱き寄せ、彼女はそっと目を閉じた。
「だいすき」
分厚い雲が割れ、光芒が三人に向かって降り注ぐ。瞬間、その肉体は朽ちる。灰と化したメイサは通りを流れた風に攫われ――
――この“腐った世界”から消えた。
数日後、沙耶と沙羅は並んで埠頭に立っていた。海の彼方では、再建された瀬戸大橋を伝って支援物資や建材が続々と運ばれている。やがてそれらは四国全体に行き渡り、全てを少しずつ元へ戻していくのだろう。
「……ようやく、終わったって感じがするわね」
『ええ』
沙羅は、どこか上の空で応える。沙耶が首を傾げて彼女の横顔を覗き込むと、沙羅は何処か不機嫌な顔で肩を竦めた。
『いっぱしに人間みたいな顔して死んじゃってさ……』
「ふふ。まだ気になってるのかしら。あの日の事」
頷きも、首を振りもしない。ただ真っ直ぐにトラックを見つめ、沙羅は淡々と語る。
『アイツは確かにひどい目には遭ったのかもしれない。でも、それが人を傷つけていい理由になんか、ならないでしょ。人類の歴史に刻まれるだけの事をした、狂ったクソガキなのに。あんな幸せそうな顔しちゃって』
結果だけ見れば、自分が意地を張っているだけ。そう思わなくもない。しかしこれだけは譲れない意地なのだ。人に受け入れられる事を渇望し続け、この世界に降りてようやく叶った。人として生きられる事を何より喜び、それを喪う事を何より恐れる彼女には、数多の人生を破壊したメイサは決して赦せないのだ。
『せいぜい、地獄で姉妹三人仲良くしていればいいわ』
明斗とドロシーは、気まぐれに決戦の現場を訪れていた。その手には子どもが好みそうな缶ジュース。
(あの日の事が、もう嘘みたいだな)
心の中で明斗は呟く。打ちのめされても、人はやがて立ち上がる。全ての悲劇は過去のものとなっていく。車が絶え間なく行き交うその道路に、メイサが憎悪を纏って暴れた跡はもう残っていなかった。
(みんな、がんばって、生きてる)
ドロシーはスケッチブックに言葉を書き殴る。明斗はぼんやりした表情のまま、ドロシーの頭をぽんぽんと叩く。
「世界は俺達の事を待っちゃくれない。置いてかれないように必死だよ」
明斗はジュースの蓋を開くと、メイサの倒れた場所の傍、歩道の端にそっと置く。手を合わせる事も無い。二人並んでしばし見つめていたかと思うと、そのまま駅へと歩き出す。彼なりの、滅びゆく者への手向け。
(……自己満足だな)
(そんなことない)
内心の自嘲に気付いたのか、ドロシーが歩きながらスケッチブックに文字を書き連ねる。じっとその文字を見つめていた明斗は、ほんの僅か口端に笑みを浮かべる。
「オムライスでも、食いに行くか」
「……」
八宏は体育館に並べられた遺体に手を合わせ、葬儀屋の仕事仲間と共に棺へと納めていく。エージェントに並ぶもう一つの本業だから慣れたものだ。言葉一つ発さず、丁寧に仕事をこなしていく。
「……」
鋼はその姿を黙って見つめている。エージェントの身体能力を生かした、遺体の収容作業を手伝う任務に彼は加わっていた。そこで葬儀屋であることを買われて納棺を務めていた八宏と再会したのである。
『俺が言うのもなんだけど、静かだなぁ。お前のパートナー』
『君の相方もじゃないですか。さっきから一言も喋ってないですよ』
チカとコランダムはひそひそと耳打ちしあう。もちろん死体の前だ。二人も騒ぎはしないが、彼らの相方が並ぶと夜の帳にも似た沈黙が生まれてしまう。
『ま、ゲームばっかりしてる引きこもりだけど、何だかんだで責任感もって仕事はしてるんだよな』
『僕の相方も……感情を表に出すのは苦手ですが、真剣に家族の事を考えてる真面目なヤツなんです』
コランダムは鋼の横顔を見る。厳しい眼差しは、復讐を背負った悲壮感を未だはっきりと宿していた。
『真剣過ぎて、時々心配になりますけど』
「散々家が壊されちゃったこの辺も、だんだん元に戻ってきたわね!」
チルルは宵闇の中で決戦を繰り広げた善通寺を訪れていた。賽の河原の鬼に殴り壊され、朱天王に焼き払われた街並みが、徐々にではあるが再建されつつある。
『これで四国の危機もようやく去った、って感じかしら』
「うん。ま、今度はアマゾンがヤバい事になってるみたいだけど」
屍国の脅威を跳ね除け、また一つ強くなったチルルは、既に新たな修行の場を見定めていた。一方、スネグラチカはほんの少しだけ嫌な顔をする。常に30度を超える熱帯の密林。想像するだけで融けてしまいそうな気がした。
『冬とは縁遠い場所ね……絶対あたしの仲間いないよ。……でも行くんでしょ?』
「もちろん。さいきょーになるまで頑張るって約束だもんね。世界を襲うどんな奴も、ぜーんぶ跳ね除けてやるんだから! そしたら、悲しい思いをする人も少なくなるでしょ!」
すっかり張り切っているチルル。スネグラチカも何とかなるかと思ってしまう。二人は何があっても前向きなのだ。
『……もう。しょうがないわね。付き合ってあげる!』
「う゛ぁひゃっひゃっ……っと、ほれへひもうは」
はみ出した総入れ歯をヴァイオレットは押し込む。央は戸惑ったように眼鏡をずらして老婆となった彼女を見つめる。
「すっかりお変わりになってしまったようで」
「ああ、ああ。困ったわい。この前市役所に行ったんじゃが、まともにとりあってくれんのぢゃ。そちも公務員じゃろう? なんとかならんのかえ」
老婆特有のぼけた無茶振り。部署どころか任地も違う。彼に何とか出来るわけもない。央は顔を顰める。
「なりませんし……さもありなんと言ったところです」
怪人二十面相も跳び上がってひっくり返る変貌を続ける彼女。太った痩せたならともかく、四次元を自由に渡る彼女に冷静な応対が出来るとは央にも思えなかった。
『のぁひゃっひゃっ。仕方なかろう。こうなってしまったのじゃから』
「う゛ぁひゃっひゃっ。そうじゃな。無事に四国の戦いも落着したのぢゃ。市役所で適当にあしらわれるなど、些事じゃ些事。う゛ぁひゃっひゃっ」
「……」
盛り上がる老婆二人をバツが悪そうな顔で見つめる央。マイヤはぼんやりとそんな光景を見つめていたが、ふと流れてきた風の噂を思い出して嘆息する。
『片が付いていない事もあるようだけれど……』
「そうぢゃそうぢゃ。狒村と藤岡、大門とかいうのに呼び出されたらしいぢゃないか。一体何を言われるんじゃろうなあ」
央とマイヤは顔を見合わせる。緋十郎の見せた神妙な表情が、脳裏に引っかかって離れないのだった。
「世の中にはなぁ、やっていい事と悪い事ってのがある。そこにどんな理由があったとしてもだ。どんなに気高い思いで臨むとしてもだ。確信犯って言葉は本来、そういう奴らの為にある」
大門は煙草をふかしつつ、書類に目を通しながらくどくどと話を始める。その前には、肩を縮めつつも決然とした顔で気を付けをする緋十郎と桜、不承不承といった顔のレミア、桜を心配げに窺うミルノが並んでいた。
「お前らはメイサに“不死者の丸薬”を与えた。アイツをどうにか救ってやりたいと、それだけに夢中になってたのかもしれないが、それは立派な利敵行為だ。そのまま死んだからなんとかなったが、うっかりメイサが愚神として完全な状態になりでもしたらどうするつもりだったんだ」
大門の言葉を四人は黙って聞く。煙をとっくりと吐き出すと、大門はじろりと桜を見据えた。
「特に藤岡。あんな事を軽々しく口にするな。メイサが拒否したから何事も無く済んだが、受け入れていたら今頃お前はここに居なかったぞ」
桜は目を見開いたまま何も応えない。
「俺達は組織だ。結果オーライで全てが回るわけじゃあない。結果じゃなくて、行為に責任が伴うんだ。俺の言いたい事は分かるな?」
分からないわけがない。つまりは行為の責任を取れと言うのだ。漢緋十郎、呼ばれたときから覚悟は出来ていた。堂々と立って全てを受け入れるつもりだった。
が。
「……とはいえ。大目に見てやってくれという投書が幾つも届いている。それも一通や二通じゃない」
大門は溜め息をつく。
「俺達は組織だ。内側からの大きな声を無視する事も出来ない。お前達にはこれからも一生懸命H.O.P.E.で働いてもらう。これからは為すべき事をきちんと弁えるんだな」
緋十郎と桜は僅かに安堵の表情を浮かべた。それを大門は見逃さない。にへら、とぎこちない笑みを浮かべると、二人を交互に指差す。
「だが罰は受けてもらう。詳しい内容は追って伝えられるだろう。今から始末書を書く練習でもしておくんだな」
『私は書かないわよ。一人で書きなさい』
「ああ。書くとも……何百枚でも、全て書き抜いてみせる」
レミアが揶揄い混じりに緋十郎を見上げると、存外引き締まった真剣な顔をしている。レミアはむっとすると、いきなり緋十郎の尻に膝を入れる。
「おふっ!」
一方、ミルノはすっかり話が呑めずに固まっている桜の手を優しく包み込むのだった。
『私も手伝いますよ、桜』
「……ありがと」
「メイサの遺品があるだろ。もしメイサを弔いたいと思うなら後で取りに来い。けりを付けたくても付けられなかった奴も居る。そいつらにも声をかけてみろ」
一も二も無く、桜はすぐに頷いた。
「了解……」
――虚仮の一念岩をも通す、という言葉がこの国にはあるらしい。馬鹿でも愚直に取り組めば、必ずや大事を成すという意味のようだ。……彼らの行動はやはり適切な行動とは言えない。既に、一般人の中には彼らの行為を問題視する者も現れている。
だが、そのように、自らが為す行いの意味するところさえ無視してしまう程の強い想いでなければ、あの者に白旗を上げさせる事は出来なかったのだろう。其れもまた純然たる事実として、本官は認めざるを得ないと考えている。
戦略的、戦術的には全く間違いと言える行為も、良好な戦果をもたらす事がある。本戦は、愚神との戦いの難しさを知らしめる戦いであったと言えるだろう――
「……こんなところか」
報告書を書き終えペンを置いたソーニャ。ジュラルミン製の椅子を慎重に降りると、じっくり伸びをする。傍らでじっと立ち尽くしていた戦車は、そんな彼女に向かって静かに告げた。
『次の任務の情報、インプットを完了した。いつでも赴く事が可能だ』
「うむ。まだまだ戦って学ばねばならんな」
ソーニャは頷くと、幻想蝶に戦車を収める。踵を返し、すたすたと歩いて部屋を後にした。屍との戦いが終わったに過ぎない。この世界にはまだ脅威が溢れている。
戦いの日々は続く。
Grand Scenario “KABANE-HIME”
The End
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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