本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】テイクイットイージーです。

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/09/19 19:01

掲示板

オープニング

●地球の裏でヘイヘヘイ

 南米、アマゾン。
 舞台は深き緑のジャングル――ではなく、アマゾン川流域の小さな町。

「あ、日本のチェーン店。牛丼ありますよ、牛丼」

 そいつはそんな気軽さでやって来た。
 入店するなり凶器を振り上げこう言った。

「無銭飲食しに来た! 逃げたら殺す! 牛丼特盛りひとつ!」

 そいつは愚神憑きのヴィランだった。
 そいつの名前はエネミーといった。


 【森蝕】事件の始まりとなった、H.O.P.E.宛に送られてきた謎の電子メッセージ。
 アレの為にエネミーはそれはもう文字通り物理的に身を削った。
 なぜならH.O.P.E.のセキュリティは世界最高峰。一筋縄ではいかなかった。
 だから貯金残高どころか借金まみれになろうとも財力を使い切った。
 愚神商人に“対価”を支払ってまで協力を仰いだ。
 慎重に慎重に。綿密にプランを立てて。

 かくしてそれは成功する。
 が。

「ぽんぽんいたい」

 その代価はそれはそれはデカかった。エネミーはゲソゲソに疲弊しきっていた。色々なものが。
「内臓を売られたと仰っていましたね。それはさぞ痛いでしょう」
 向かいに座った異形の紳士――愚神商人が口調だけは同情めいて言う。
「ッハー久々の肉だ~~ずっとモヤシと雑草生活でつらかった~~~」
 当のエネミーはそれどころではないらしい。青ざめた店員が震える手で持ってきた牛丼を、ムシャムシャガツガツ食べ始める。無銭飲食だと宣言した通り、牛丼代は払いません払えません。
「はぁ。なんだってわたくしがこんな場所に? こんな人間共がジロジロ見てる場所で……」
 そんな光景に。大きく溜息を吐いたのはトリブヌス級愚神グリムローゼ。頬杖を突いて不服げに、愚神商人の隣に座っている。
「そーいえば。そちらの可愛らしいお嬢様はどちら様で?」
 牛丼を頬張るエネミーがたずねた。
「ああ、私の護衛さんで、グリムローゼさんといいます。私、商人であって戦士ではないので……」
 ニコヤカに愚神商人が答える。「へー」とエネミーは続きをカッ喰らい始めた。

 ――そんな光景を、周囲の人々は凍りついた眼差しでただただ眺めていることしかできない。
「逃げようとしたら殺す」「喚いたら殺す」「妙なことしたらとりあえず殺す」。
 その脅迫はきっと冗談ではない。しかし妙なのだ。ヴィランは「H.O.P.E.に通報してもいいよ」と言ってきたのだから。
 なぜ通報を許可するのか? 人々は全く理解できなかった。むしろ「通報したら殺す」と言いそうなのに。
 けれど「なぜ」を問う勇気はなく。店の者がH.O.P.E.に「ヴィランか愚神か良く分からない者が三人いる、助けてくれ」と通報をして、わずかな時が経っていた。
 今、彼らは恐怖に凍りつきつつも、胸の中の一縷の希望にひたすら取り縋っている。
 きっともうすぐ、きっともうすぐ、H.O.P.E.の人々が助けに来てくれるに違いない――。

「愚神商人さん、いいんですか? いろいろ見に来られたんじゃ。今ちょうど、フレイさんとフレイヤさんが出てるみたいですし」
 二杯目の牛丼を注文し終えたエネミーが愚神商人に問うた。紳士は人間の食事に興味を示さぬまま答えた。
「ここからでも見えますので問題はありませんよ」
「ほえー、愚神ってすごーい」
「その状態で二体の愚神と“共生して”いるんですから、エネミーさんも大概バケモノですよ」
「わはは。で、どうなんです? 例のブツは」
「悪くはないですね、様々な方にご協力頂いておりますので。ガネスさんとレイリィさんの置き土産は、想像以上に役立っていおります。……しかし奇妙なのですが、エネミーさん。マガツヒの貴方がどうしてラグナロクの事件に?」
「え? いや……フフッ」
 はぐらかすようにエネミーは笑った。上機嫌に、照れ隠しのように。
 そんな間。グリムローゼは終始、不機嫌そうに、そして退屈そうに、黙ったまま座っていた。

 が。

「……来たようですわよ、エージェント共が」
 窓の外の景色。グリムローゼが眉根を寄せる。そのまま立ち上がろうとして――エネミーに止められた。
「あ~待って待って、今日は戦いに来たんじゃないんです」
「はァ!? じゃあどうしてH.O.P.E.への通報をさせたんですの?」
「人間ってね、業が深いんです」
「説明になっていませんわ!」
「まあまあ、お願いしますよ。愚神商人さんからもなんとか言って! ほら!」
「だそうですよ」
 足を組み替えた愚神商人がそう言えば、グリムローゼは舌打ちをして座り直すのであった。
「今頃エージェントさんは大忙しですかね? 各地の事件、ラグナロクの影……でもきっと大丈夫ですよ。正義は勝つんですから」
 相変わらずエネミーは牛丼を食べながらそんなことを言う。
 それからおしぼりで口元を拭うと、現れたエージェントにこう告げるのだ。

「ようこそヒーロー! いつもお世話になっております、マガツヒのエネミーです。えーと、まず言っておきたいことがあります」

 そのいち。
「牛丼を食べ終わったらフツーに店から出ます。ちなみに私は無銭飲食です!」

 そのに。
「一般人が逃げようとしたら殺します。なんかめんどくさそーになっても殺します」

 そのさん。
「戦闘が起きたら一般人を即座に皆殺しにします」

 そのよん。
「“このはしわたるべからず”みたいな言葉遊びはシュミじゃないです、ズルっちいので」

 以上。

「フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。謎にまみれて悶々しておられることでしょう。どうぞおかけになって」
 エネミーは笑っていた。
 愚神商人は興味深げに光景を眺めていた。
 グリムローゼは不機嫌そうに座り込んでいた。
 人々は恐怖していた。

 状況は混沌。
 そんな中で、エネミーは手を広げて高らかに。

「――さぁ、レッツ世界平和!」
 

解説

●目標
 一般人の保護。一人でも死亡で失敗。
 サブ目標:エネミー達からできるだけ情報を引き出す。

●登場
マガツヒ上位構成員『エネミー』
 憑依している愚神は今は寝ている(省エネモード)らしい。
 例の電子メッセージの犯人。

階級不明愚神『愚神商人』
 ???

トリブヌス級愚神『グリムローゼ』
 【白刃】事件などで観測された、槍を扱う女性愚神。基本的に黙っている。


 PCから仕掛けなければ戦闘は発生しない。
 エネミーは満腹になるとそのまま食い逃げする。
 愚神商人を説得すれば代金を払うかもしれない。

一般人×17名
 客と店員。外傷などはない。
 エネミーに脅迫され、その場から動くことができない。

●場所
 アマゾン川流域のとある町。の中にある日本の牛丼チェーン店。
 店の中はそこそこ広い。
 時間帯は昼下がり。
 周辺は一般人が来ないように封鎖はされている。

●状況
 牛丼屋から通報があり、近場のエージェント(PC)が出撃した。
 通報内容は「ヴィランか愚神か良く分からない者が三人いる」というものだったため(一般人がエネミー達の顔を知っていなかったため)、この人数での出撃となった。
 店に突入してみればビックリ、そこにいたのは高位愚神と凶悪犯――という状況からリプレイは開始する。

リプレイ

●Take it easy01

「何でしょうね……この状況?」

 それはH.O.P.E.きっての賢者である構築の魔女(aa0281hero001)――辺是 落児(aa0281)
と共鳴状態だ――にそう言わしめるほどの光景だった。
「牛丼屋で無銭飲食……どんだけ切羽詰まったヤツなんだよ。小物ヴィランとか、そんなんか」――東海林聖(aa0203)も最初は、そう思っていた。が。

 状況以下略。

「テメェ!!」

 エネミー。湧き上がる殺意。聖はLe..(aa0203hero001)と共鳴して殴りかかろうとしたが、
「……ヒジリー、落ち着いて」
 共鳴相手に拳骨を脳天に叩き落されては、「ごふぅ」と地面に倒れ込んだ。
『こんなばったり大将格と出くわすとは思わなかったですねー。どうするです?』
「決まってる。皆をまず保護しよう。……エネミーがただで見逃すなんて思えない」
 直面した状況。ライヴス内でやり取りをした共鳴中のノア ノット ハウンド(aa5198hero001)と紀伊 龍華(aa5198)の思いと、エージェント一同の思いは同様だった。

 戦闘が起きたら一般人を即座に皆殺しにします。

 宣言されたエネミーの言葉。嘘や脅しではないだろう。
 とならば。一般人の安全を確保することが、この場において最重要の任務となる。

「あのエネミーの企みなら、それはすごく大きくて苦しい悪なのです。絶対に、止めなければ」
『うむ。我輩の子らが掴む勝利の果ての、未来が明るいものであることを証明しよう』
 紫 征四郎(aa0076)とユエリャン・李(aa0076hero002)は共鳴のライヴス内でそう決意を固めると、共鳴状態を解除する。赤髪の乙女は、紫の少女と赤の麗人に。
「いや、はは。……なかなかない機会だとは、思いますね」
 続いて木霊・C・リュカ(aa0068)もオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)との共鳴を解除する。白杖を突くリュカは、物言いが敬語になる以外はいつも通りの軽薄洒脱。笑む瞳の奥に怯えはもちろんある。しかし大人の、そしてエージェントの矜持があり――それらを以て、恐怖を呑み込む。
「うっわ、よくわからんキチと胡散臭えのと煽り耐性ゼロのアホ愚神ですかい」
 対照的にフィー(aa4205)は全くいつも通り。ちなみに左からエネミー、愚神商人、グリムローゼのこと。ボソッとした小声が幸いしたかグリムローゼには聞こえていなかったか。
『無駄二此処ノ戦闘能力係数ガ高イナ』
「ま、そう言うことならいいっすわ。店員さーん、牛丼並盛一つー」
 共鳴中のヒルフェ(aa4205hero001)の言葉にそう答え、フィーはフランクに座席へと座って注文をするのだ。
「……牛丼……」
 ルゥのお腹もぐぅと鳴る。
 エネミーがくつくつと笑った。
「折角の牛丼屋なんですから、皆さんも食べましょうよ」



●Take it easy02
 エネミーは一般人に対して「動けば殺す」と言っていたが、牛丼を提供するための動作はノーカンとのことだ。
 また、エージェントが一般人にアプローチすることについても「それが正義のヒーローのお仕事ですしね」と寛容な態度を見せる。ただ、店から逃がすことについては「ダメ」とバッサリ切り捨てる。

「……遅くなってすまない、恐かっただろう。よく、堪えてくれた。ありがとう」
 オリヴィエは言葉と共に一般人達を見渡した。警戒、威嚇、嫌悪、そして恐怖――様々な感情が眼差しに込められて返される。
 全員家に帰れるように。信じてほしいと視線を返し、オリヴィエは憔悴しきった男の肩をポンと叩き、怯えている小さな子供の頭を撫でた。
 一般人達はエージェントの希望通り、一か所に集められる。できるだけエネミー達が直接視界に入らないように立ち位置も調整する。だがその行動に人々は不安な様子を浮かべた。
「だ、脱出はできないんですか?」
 一人がおずおずと尋ねてきた。当然だろう。彼らは、エージェントが駆けつけて来てくれるなり、目の前のヴィラン共をバッサバッサとなぎ倒して救出してくれる……そう思っていたのに。まるで強盗犯がするかのように一か所に集められ、しかもエージェント達が敵勢力と気さくに言葉を交わしているなんて。
 一人一人の抑圧された恐怖が、集まることで伝染しながら増幅する。誰も彼も、血の気の引いた顔で震えている。

「ごめんなさい」

 不満と不安が感情を爆発させんとしていた、その時だった。
 龍華が深々と頭を下げる。
「彼らの側から一刻も離れたいですよね。でも、至極勝手なことだとは重々理解していますが、これから先の悲劇を防ぐために、どうか……どうか貴方達の時間をくれませんか」
『あの三人はH.O.P.E.が情報を持っている連中でね。彼らが対話を望んでるみたいだから、それに合わせて出方をうかがおうと思ってるんだ』
 言葉を引き継いだのは紫苑(aa4199hero001)と共鳴中のバルタサール・デル・レイ(aa4199)だ。尤も、言葉を請け負ったのは紫苑の方であるが。
『ここで戦闘が起きれば、何が起きるか分からない。君達には、今は辛い思いをさせちゃうけれど……君達の安全を最優先するためにも、彼らを刺激しないでここから去らせる必要があるんだ』
 紫苑はあえて、彼らが愚神であるなどについては言及しなかった。そんな情報を伝えても、きっといたずらに怯えさせてしまうだけに違いない。
 が、龍華が頭を下げてくれた理由のように、何も説明しなければ不信の芽が怒りや狂乱へと昇華されてしまうだろう。
(そもそも……通報を促された時点で、疑念を持たれている可能性もあるし、ね)
 慎重すぎるほど慎重に振舞わねばならない局面だ。密やか過ぎるのもまた不安を生むか、しからば適度な声量で続ける。
『その為に、今からしばらく、僕らは彼らとやりとりをするよ。刺激しないために友好的な物言いをするけれど、それは決して君達を蔑ろにしているわけじゃなくって、“作戦”であることをどうか分かって欲しい』
 紫苑の言葉を後押すように、構築の魔女も一同へ頷いてみせる。
「皆様の言い分は理解しております……救助の為にここに来たことは納得してくれますよね?」
 落ち着かねばならない。救える命を救うためにも。

「正義の味方が、護るべき存在を忘れてはいけないでしょう?」

 そう笑んで。小さな子供に、ふと屈みこむ。幼い掌に魔女が渡したのは、お守りだった。
「おまじないです。必ず無事に帰しますから、もう少しだけ辛抱してくださいね」
「……うん」
 泣きべそを我慢しつつ、小さなその子は頷いた。「約束です」ともう一度笑んで、構築の魔女は立ち上がる。
「大丈夫、です。征四郎達は皆さんを、助けに来ました」
 征四郎も仲間達に続いて、人々の目をしっかと見据えてそう言った。状況については紫苑が既に上手く説明してくれた。万が一の際の脱出経路も確認している。後はそれを人々が信じてくれるように誠意を示すのみ。

「全員で助かりましょう」

 その為に、征四郎が来たのですから。確かな声でそう告げる。覚醒者と非覚醒者、同じ土俵には立てないけれど、傍にいて言葉をかけて、励ますことはできるのだ。
「本当に、ごめんなさい」
 改めて、龍華は人々に詫びを重ねた。

「情報を少しでも取得する為に……お願いします。絶対に貴方達を守ってみせますから。決して離れないで……俺たちを信じてください」

 一人の人間として対等な立場から、心の底からの謝罪と懇願を。それらを伝えてから龍華は一般人を守るように、エネミー達との射線を防ぐように凛と立つ。それにオリヴィエと征四郎も加わった。言葉と態度で、守る意志を示してみせる。

 人々にとって、それがどれほど頼もしく映ったことか。

 恐ろしいけれど、エージェントが守ってくれる。
 彼らに従っていればきっと助かる。
 そんな希望が、心に灯る。

『とりあえずは、一安心ですねー』
 ライヴス内で、労うようにノアが龍華に言う。
(うん。……完全に安全とは、言いきれないけど)
 緊張を噛み殺し、彼――共鳴姿は女性だが――は英雄に返事をする。ひとまず、ひとまずは、一般人のパニックは回避できそうだ。となればあとはエネミー達への対応だけ……龍華はそっと深呼吸し、『悪』を見澄ます。
『報告書を読む限り、エネミーは最後に何か策を用意してくる傾向があるですね』
(何が起きても、守れるようにしないと)
 そう答えた龍華の“恐怖”を、ライヴスで繋がったノアは感じていた。
 当然だろう。トリブヌス級愚神に、階級不明愚神、愚神二体と融和している超凶悪犯。これが一度暴れたら、八組のエージェントで御しきれる訳がない。
(きっとそうなったら、いっぱいいっぱい殺される――)
 怖い。誰かの命が奪われることが。
 死ぬのは怖い。それは彼の感性が一般市民のそれに近いから。
 だからこそ、だ。
 救済の象徴である自分(エージェント)が、怯えるわけにはいかない。
 どれだけ怖くてもそれを表に決して出さず、常に警戒し、油断せず、何が起こっても守れるように、龍華は気を引き締める。
「大丈夫。何があっても、そばに俺がいます。俺が必ず、守ります」
 怖いからこそ、そういう時にどうしてもらったら怖くなくなるか。怖いからこそ龍華は知っている。怖いからこそ強く思う。守ってみせると、己に誓う。
『がんばるですよー』
 ノアの緩やかな声援。それは緊張をほぐす特効薬であり、なによりの支えである。
「……もちろん」



●Take it easy03

「フィーがこんなとこに来たいだなんて言わなけりゃ……もっといろいろ楽しめに行けたって言うのに……」

 偽極姫Pygmalion(aa4349hero002)と共鳴を解除した楪 アルト(aa4349)は椅子に座っていた。
「……ていうか……いや、お前らなんでそんなにも呑気に食っていられるのよ……目の前に敵がいんだぞ。どんな神経してるのよ……」
 ジトッとした眼差しの先には、牛丼をもぐもぐ食べている仲間達がいる。
「……つか、そもそもなんでお前らもこんなとこにこんなもんがあるってこと知ってんだよ……」
 視線を変えれば、牛丼にがっついているエネミーと、それらを見守る愚神二体。

 状況は、アルトからすればカオス極まりなかった。
 エージェントとヴィランと愚神が、向かい合って牛丼を食べている。
 そしてそのことに対して「いやこれおかしいでしょ」と振舞う者がアルトしかいないという事実。

「なんでツッコミがあたししかいないのよ」と少女は額を押さえた。「お勤めごくろーさんです」とフィーが牛丼を頬張りながら答えた。恋人同士だが隣り合わせではない。アルトは出口に近い席、フィーは愚神側の席。
 アルトは何度目か分からない溜息を吐いた。
「……ふん、葱タマ豚丼大盛、トン汁おしんこセットで」
 結局の注文。こうなりゃもう半ばヤケ食いだ……。
「このような状況だ。我輩自ら給仕してやる」
 と、震える店員に代わって名乗り出たのはユエリャンだ。他の面子やエネミーが頼んだ追加注文も合わせて作るために厨房へ。
「ふ、我輩が手ずから玉子を割ってやろう。一味唐辛子はかけるほど美味いぞ」
 完全に好意で一味ドバー。そして卓上に運ばれてくる、真っ赤なアレコレ。

「……」

 これにはエネミーだけでなくエージェントも沈黙。
「チェンジで」
 長い沈黙の後、呟いたのはエネミーだった。


 閑話休題。


 深紅の牛丼はユエリャンが責任を持って全て食べることになり、改めてマトモな牛丼をオリヴィエと龍華が丁寧に運んでくる。リュカの申し出である「今回のやり取り音声を録音してもいいか」には承諾が得られた。
 また、これは任務後に行う予定だが、構築の魔女が店舗内カメラをH.O.P.E.側で回収する心算だ。なお、一般人については情景を撮影するなどの気力はないようで、そういった撮影記録は入手できなさそうだ。

「……テメーなにやってんだよ……」
 ルゥの鉄拳を食らった頭をさすりつつ、聖は怪訝の眼差しをエネミー達に向ける。
「牛丼の無銭飲食です」
 エネミーは堂々と答えた。聖は露骨に舌打ちをするも、先ほどのように殴りかかりはしなかった。

 エネミーは絶対に倒す。
 とは思ってるが、一般人を犠牲にしてでも……というのは断じてNOだ。
 誰一人死傷者を出すことなく、この場を終了させる。それを目標とする。

 ゆえに、腹立たしいが、自戒だ。

「はぁ。……いいや、取りあえず牛丼食う」
 今一度の溜息を吐けば、隣に座った英雄が「ルゥも食べる」とメニューを開く。
「……別にいいけど、店の状況が状況だからな……いつもみてェに十人前以上食おうとするなよ……」
 オレの財布がヤバイ、と付け加えるも、ルゥは「じゃあ特盛で」と一番大きいのを選んだのであった。

「初めまして、構築の魔女といいます。愚神商人さんとお呼びすれば?」
 構築の魔女は愚神商人の対面に座り、ニコリと智を湛えた笑みを浮かべた。
「どうぞご自由にお呼びして頂ければ」
 答える愚神は異形そのものの冒涜的な相貌をしているが、それに反して声音は紳士的だ。そんな彼に、魔女は続ける。
「エネミーさんだけ食べてるのもなんですし食べ物……もしくは飲み物でもいかがですか?」
「ああ、お気遣いなく」
 愚神商人は遠慮を見せる。人間が食べるものを必要としないのか、気分でないだけかは、分からない。「そうですか」と構築の魔女は無理強いはせずに、自分はアイスコーヒーのみを注文した。
「木霊・C・リュカと申します。どうぞよろしく――ええと、」
 続いてリュカも自己紹介と共に握手を求めて手を差し出すが、重度弱視である彼はその手を中空でさまよわせた。するとエネミーの方から、両手でガッシと掴まれる。
「おっと、すみません。見えないもので」
「いえいえ! リュカさんですよね! お話はかねがね! わあ~~本物だ~~~」
 エネミーはそれはそれは嬉しそうにブンブンと握手をする。
 ユエリャンはそれを眺めつつ、エネミーへと声をかけた。
「エネミー。歪み抜いた正義への憧憬。話には聞いておるが……なに、記録映像で見るより男前であるな」
「男か女かは一応ふせてるんですけどね」
「なるほどな。……それで、」
 ユエリャンは言葉を続ける。冷静に、臆することなく。
「我輩達の目的はここにいる者らの無事の確保である。条件に沿えば無事を約束するということで良いな? 殺してないけど連れ去るとか、ずるっこいのは我輩もシュミではないゆえ。……それとも、牛丼食う意外の目的があるのかね?」
「約束は守ります。殺さないけど手足はもぐとか拉致するとか、そういうこともしません。牛丼を食べる以外の目的、は……まあ……」
「言い淀むのだな。言えないことかね?」
「いや、そーゆーわけでもないんですが」
 コーラをズズズと飲みながら、エネミーは間を開ける。
『南米まで来て、なんだって牛丼にしたの? 旅の醍醐味は現地の食べ物じゃない?』
 言葉を継いだのは紫苑だ。
『お金がないから? 食い逃げするなら、高級レストランでもいいのに。慎ましいね』
「日本食が恋しくなって。あと、パッと目について『日本のお店じゃん!』って感動したのと。……まあ、それと、牛丼以外の目的ですけど、皆さんに会いたかったんですよ。フフ」
 エネミーが照れ臭そうに笑う。
「どんな状況でも皆さんは正義のヒーローとしてカッコイイんだって、やっぱり。素敵です」
 信じたくはないが嘘のようには見えなかった。おそらく……マジだ。本当のマジのマジに、「会いたいから」が理由だったらしい。
(クソ迷惑だな)
 バルタサールは脳内で吐き捨てた。一方、紫苑が代わりに言葉を続ける。
『今日は三人お揃いで……どんなご関係?』
「知り合いでふね」
 牛丼を頬張るエネミーが答える。同様に、ネギ玉牛丼をゆっくり味わっているリュカが尋ねた。
「君は随分とリンカーを崇拝しているようだけど……ラグナロクのリンカー優越性の主張と重なる部分が」

 ダンッ。

 リュカの言葉は、エネミーがテーブルへ拳を叩きつけた音で遮られる。
「ンなわけないでしょおおおお! もう! 一緒くたにしないでくださいよっ! ラグナロクさんが崇拝してるのはリンカー全部! 私が好きなのはH.O.P.E.のエージェント! リンカーなら誰でもいいとかそんな浮気性じゃないんですっ! ち・が・う・の! 勘違いしないでよねっ! アイドル好きって言ったら世界中のアイドルユニット全部好きってわけじゃないでしょ! 推しのアイドルがあるわけでしょ! オッケー!? そういうの地雷ですっ」
 立ち上がってまくしたてるエネミー。激情というよりは『ぷりぷりしている』という表現が似合う平和さだが……。
「え、あー……うん、ごめんね……?」
 これには流石のリュカも圧倒された。
 どうやら根本的に見誤っていたようだ。エネミーは世界にリンカーの優越性を見せつけたいのではない。紫苑の言葉に答えたように、ただただ『H.O.P.E.のエージェント』が好きらしい。「分かればいいんです」と一転してニコヤカにエネミーは着席した。
 一間、リュカは改めて話しかける。
「それでも……君はラグナロクに協力しているのかな。どうして?」
「推しカプは違ってもその作品ファンとして盛り上がれる的な? 私は固定派じゃなくってリバも萌えられるのでピ■シブ見てます的な」
「(何言ってるんだろう……?)今後も関わっていくの?」
「うーん、ボスに呼ばれたら帰るかも。比良坂清十郎さんね。あ、ラグナロクの内部事情まではカラキシ知らないんで」
 すいませんねぇ、と会釈をするエネミー。
「内部事情を知らない、ということは……消えた集落の人達のことについても知らない、ということでしょうか?」
「まあラグナロクの仕業ならロクな目に遭ってはないでしょうね」
「……従魔に変えるとか」
「してるかもですねー」
 と、エネミーはコーラを飲み切って、おかわりを求めた。
「ウールヴヘジン、他の従魔と作り方、同じではないだろう?」
 コーラのおかわりを持ってきてやったユエリャンが、着席と共に「なに、個人的に聞きたいことだ」と尋ねる。
「特別性ですね。色々、すっごい人が関わってるみたいですよ」
「それは誰かね?」
「うーん、喋ったら怒られそうだなって! ああ、でも一人はもうH.O.P.E.の皆さんが何度も会ってるお方ですよ。ヒントは箱」
「……、貴様は本当にマガツヒなのか」
「マガツヒですよ。結構、自由にさせてもらってますけど」
「君の作戦の首謀者は君ということか」
「そっすね!」
「そうか。……等価というわけではないが、我輩も何かあれば質問に答えてやるぞ。まあ、H.O.P.E.の機密は喋れないが、それは君とて同じであろう」
「ユエリャンさんの下着って女性モノなんですか? 男性モノなんですか?」
「……それは冗談で言っているのであろうな?」


(マガツヒ自体が介入しているわけではないようですね……)
 状況を観察し、構築の魔女は推理する。他のマガツヒ構成員の目撃情報もない。今回の件については、完全にエネミーが個人的に介入しているだけなのだろうか。
「さて、以前聴いた『緑と森が豊かな場所』で再会できたわけですが……あのころから状況は始まっていたのでしょうか?」
「あ! 覚えてて下さってたんですね! 嬉しいです! はいそうです、そゆことですね!」
「ふむ……パライソさんをマガツヒではないと言っていましたが……それを取り次いだのは、そこにいる愚神商人さんですしょうか?」
 エネミーから愚神商人に視線を移す。エネミーへ仲間が質問している間、構築の魔女はそれとなく愚神商人を観察していたが……いっそ気味が悪いほど視線や表情の変化が表れない。
「そう思いますか?」
 愚神商人は穏やかに言った。
「そう思うので質問させて頂きました」
「では、そうなのかもしれませんね」
 食えない言葉だ。しからば、と構築の魔女はエネミーに視線を戻した。
「……ふと思いましたが、シャングリラさんはどうしたのです? 一緒ではないのですか?」
「あ、寝てます二人とも。今ちょっと私、お金のために内臓もないぞうだし……ライヴスカッツカツなんで」
 あっけらかんと答える。
「……というと?」
 構築の魔女が言及する。エネミーはカラカラと笑った。
「ほら。H.O.P.E.のセキュリティ突破って『タダ』じゃすまなかったんですよ。しばらく調子出ません。ね、愚神商人さん?」
「そういうことですね」
 愚神商人がまるで他人事のように肩をちょいともたげて見せた。
 ふむ。構築の魔女はあごに手を添える。
「エネミーさんのライヴスを、此度の件の協力の対価として、愚神商人さんに渡した……と?」
「ですね。ゴッソリと……。あ、内臓は愚神商人さん宛てじゃないですけどネ」
 トホホ、なんて昭和の漫画みたいなことを呟いて、エネミーは牛丼を食べ進める。
 その話を聴いて、リュカはふと食事の手を止めて愚神商人の声が聞こえた方を見やった。
「対価と言えば。例えば、私の今の所持金全て……内臓を売ったお金に比べれば微々たるものですけど、五百万弱のクレジットを支払った場合は、どんな商品が購入できるのでしょうか?」
「残念ながら。人間の貨幣は取り扱い対象外ですね。愚神に貨幣文化はないので……」
 冗談っぽく愚神商人が言う。
「ふむ……愚神商人さんにとっての通貨はライヴスである、と」
「ライヴスのみではありませんよ。それに付随する物語も」
「物語……?」
「ビジネスですよ。利益があるのだから商売をする。物を売るだけが使命ならば、自動販売機になればいいのですから」
 抽象的だ。具体的に話すつもりはないのだろう。朗々たる物言いは「知られるとまずいから」という背景を感じさせないが……。
 ふむ。リュカはアイスコーヒーで口を湿らせ、言葉を続ける。
「例えばラグナロクの情報、例えば貴方の連絡先……そんな『商品』を得るためには、どんな対価が必要なのでしょう」
 途端、征四郎とオリヴィエの眼差しをリュカは感じた。ライヴスを対価に、と言っていた愚神に取引をにおわせるなど。ライヴスを吸い尽くされて殺されるかもしれないのに――きっとそんな心配だろう。「大丈夫だよ」と言わんばかり、リュカは毅然とした態度のまま、愚神商人を見据えている。
「はっはっは」
 異形の紳士は肩を震わせた。
「なかなか度胸のある方だ。……前者については、今話さずとも、もっと良い機会がすぐに訪れますよ。わざわざ私が売るまでもないでしょう。後者については、皆様が皆様である限り、連絡先などなくとも……常に私はおりますとも」
 相変わらずの、心を読ませぬゆったりとした喋り方だ。
(驚いた……)
 構築の魔女は予想外に内心で目を丸くする。『商人』と名乗る以上、対価については話さないと想定していたが……。
(尤も、どれもこれも曖昧な言い方ですが……)


『絶食するほどお金をかけただなんて、それはすごい楽しいことに使ったんだね』
 エネミーたちとの会話は続く。再び、紫苑がヴィランに語りかけた。
「ですよー! おかげで皆さんの活躍を見ることができるんですから。推しへの投資はケチらない主義なんです」
 通信遮断と、それによって起きた弊害。それを嬉々としてエネミーは言う。
『ギアナのアレは、すごい趣向を凝らしていたよね。応援要請を妨害しただけの結果だった?』
「んー、ていうか一先ずやったのが通信遮断って感じですかね~」
『ラグナロクとは、どこで知りあったの? 尖った思想の持ち主だよね』
「前々から知ってはいたんですよね。同じヴィラン同士ですし、有名どころのヴィランズでしたし」
『ラグナロクに力を貸しているのは、ラグナロクを利用して、H.O.P.E.にちょっかいを出して、一粒で二度美味しいって感じかな? ラグナロクが成功しても破滅しても、どちらにしても観察してると楽しいし、飽きたらポイすればいいし?』
「エヘ!」
 茶化すように笑う。大方本心か。紫苑は目を細めて笑う。
『実際、どこからどこまで協力しているの?』
「協力って言うか、私に関しては顔突っ込んでる感じに近いですね! 作戦の根幹に関わってるとか技術指導とかそういうのは全くないです。雇われてるとかでもないです」
『そうなんだ』
 ありがとう、と一度締め括り。次いで紫苑は愚神商人へ目をやった。
『商人さんは、すごい儲かった?』
「この先が楽しみ、という表現の方が近いですね」
『北欧じゃなくてアマゾンなのは、何か儲かるネタがあるのかな?』
「ああ、そのことですね。北欧だのなんだのというのは私の趣向ではなく、彼らラグナロクの趣向です。北欧神話は、彼らにとっては未来の預言書だそうですよ」

 この世界は元々、真なる神々の治める世界であったが、旧き神々の作った紛い物達、ヒトに支配されるようになった。
 異世界の接触はこの世界に終末の日が訪れた証であり、真なる世界の恩恵を受けるエインヘリャルは、旧き人類が支配する世界を滅ぼす必要がある。

「――神話において、光神バルドルはロキの放ったヤドリギで死に、これが最終戦争ラグナロクの引き金となっているそうですね。その予言を覆そうと思っておられるそうですよ」
 そう愚神商人は締め括る。『へえ』と紫苑は頷いた。
『つまり……思想として北欧神話を掲げてるのであって、北欧という場所は重要ではない、ってことなのかな』
「だからアマゾンで事件が起きているのでしょうね」
『バルドルとロキはそれぞれ誰なのかな?』
「じきに分かりましょうとも」
 先に話してはつまらないでしょうから。異形の紳士はそう言った。


 ――奇妙な時間は続く。


 もぐもぐ。ルゥはずっと牛丼を食べ続けている。空いたどんぶりがタワーになっている。
 その様子は平常そのものであるが……隣にて不貞腐れたような顔の聖へは、「暴走しないように」と意識を向けている。だけでなく、エネミー側への警戒も解いていない。
(エネミーもそうだけど、愚神商人に……あと、あの……なんか見覚えあるけど、童話みてーな……名前なんだっけか……)
 牛丼をゆっくり頬張っている聖は、エネミー、愚神商人、グリムローゼを順番に見やる。それからふと、愚神商人に視線を止めて。
「愚神商人って名前ねェのか?」
「愚神商人、が名前ですよ」
 ニコヤカに答えられる。聖はジトリとした目を向けた。
「それは名前ってか肩書じゃねェのか……」
「名は体を表すと言うじゃないですか」
「そうだけどさ……いや違うだろ今の場合は……」
「そうは言われましても、本当に愚神商人と名乗っているものですから……」
 名前にこだわりがないのだろうか。そんな印象を受けた。聖は牛丼を一口、咀嚼して飲み込んでから、次いでエヘミーへ。
「エネミーってのも名前じゃねェんだろ?」
「そうですね! 本名はナイショです」
「へッ。知られるとマズイってか?」
「個人情報が悪役に必要でしょうか?」
 エネミーが不思議そうに首を傾げる。「……は?」と聖が眉根を寄せると、ヴィランはスラスラペラペラと語り始めた。
「なるほど、ある程度のバックボーンは悪役に必要です。薄っぺらいとただのモブですからね。ですが無駄な装飾は必要でしょうか? 私が『実は悲しい過去を背負っていて悲劇から歪んでしまった悲劇的悪役』ならば重厚なバックボーンが必要でしょうが、私はそういったタイプの悪役ではありませんので! それに悪名を轟かせたいわけでもない、なので敵役、エネミーなのです!」
 長文乙。
「……へぇ」
 聖はコーラのストローを噛んだ。
「で。……別の話題だ。テメー、愚神と共鳴してる能力者? だってな。邪英化とどう違うんだ……」
「あー、正しくは共鳴なんかしてませんよ。ホラ、愚神に人間が憑依するじゃないですか。アレと同じです。寄生に近いのかな? 私達の場合は、仲良しなんで意識を持ってかれたりってのがないだけで。
 だから幻想蝶も誓約もありませんよ。それに、バカみたいにライヴスを分けてあげる必要もありますから。シャングリラがその気になれば私あっさり死ぬでしょうね」
「……。おい、何気にテメーの攻略法しれっと暴露してんじゃねーか」
「あははははっ。そですね。私を殺したいならシャングリラを裏切らせればいいでしょうね」
 楽しみにしています、とまでエネミーは言った。自信なのか、そうでないのか、頭がおかしいだけなのか……。そこまでは見極められない。聖は溜息のように続けた。
「……邪英化した時の話とか、そっちが興味あるなら少しは話すけどよ」
「あ! 是非とも! ちょっ 録音してもいいですか!?」
 スマホを取り出すエネミー。例えるならば、「好きな作家が語る作品の裏話に食いついているファン」という感じだろうか。正直、聖からすれば「ナンダコイツ」である。挑発でやってるんじゃなくって本当に敬意を感じるのでなおさら腹立つ。腹立つから先に断った通り本当に「少し」だけ話した。
「貴重なお話、ありがとうございます!」
 頭を下げてくるエネミー。ほんとなんだこいつ、と聖はエネミーの横っ面を引っ叩きたい衝動に駆られたが、ルゥの眼差しを感じてはグッと我慢した。煮え切らぬような感情を、せめて言葉にして昇華するべく口を開く。
「ま、お前はオレがぶっ倒してやるけど、……なに目論んでんだ?」
「不幸と絶望の量産による絶対数論的な幸福と希望の量産」
「日本語で」
「私が悪事をする。貴方のようなヒーローが現れる。絶望は希望に。世界ハッピー!」
「……。ば~~~っかじゃねーの?」
 思わずそんな言葉が出た。エネミーは楽しそうに笑っていた。
「はぁ。そーじゃなくって、この事件でお前が何を企んでるのかって話だよ」
「あ、そっち?」
 これは失礼、とエネミーは再び笑って、「いろいろ?」なんて続けて見せる。
「へー?」
 聖は口角を吊り、おもむろに身を乗り出した。
「じゃ、小細工なし。腕相撲で勝負しようぜ。勝ったら情報を寄越せ。負けたら牛丼一杯おごってしてやるぜ。解りやすいだろ」
「どっちが勝ってもルゥにも牛丼三倍……マシマシで……」
「……なんか単位おかしくねェか……!?」
 英雄とそんなやりとり。エネミーは困ったように肩をすくめた。
「うーん、今本調子じゃないんです……グリムローゼさんピンチヒッターお願いします!」
「……ふん。まあ、合法的にリンカーを痛めつけられるのなら、よろしくってよ?」
 凶悪な笑みを浮かべるグリムローゼ。「あわよくば腕をもいでやる」とその目がアリアリと語っている。おそらく共鳴なしで腕相撲すると……腕が千切れるどころの話じゃ済まなさそうである。
「……ヒジリーの負け。ルゥに牛丼六倍」
「あっ! おい、やってみないと分かんねェだろ!? ってか単位増えてないか!?」
 ルゥの肩をがくがく揺さぶる聖。「食事の邪魔」とルゥの裏拳を顔面に叩き込まれ、「ぎゃふん」と沈黙することとなる。
(……エネミーならまだ、冗談の範囲で済むだろうけど)
 はあ、とルゥは息を吐き、食事を再開する。
(……冗談の通じないグリムローゼなら、合法だから、って、何してくるか分からない)
 ルゥはどこまでも冷静だった。ちらと見やれば、「なんだつまんないですの」とグリムローゼが再び不機嫌顔で座席に沈んでいた。
「はあ」
 グリムローゼが露骨に溜息を吐く。退屈そうだ。この数のエージェントなら易々と捻り潰せるのに。大方そんなことを考えているのだろう。
「そっちからしかけて来て下さったら、皆殺しにして差し上げますのに」
 痺れを切らしたか、そんな物騒なことを言った。――視線の先には、黙々と牛丼を食べているフィーがいる。先日、彼女は随分とグリムローゼのことを挑発した。その時の恨みがたっぷりこもった睥睨である。
「んー?」
 視線と言葉に気付き、フィーがどんぶりを下ろした。口元に米粒をつけたままである。
「あー。私はあんたらと確執がある訳でもねえですしな。今んとこは穏便に済ませるつもりみてえですし。……それにほら、別に私は人類の味方じゃねぇんで」
 だから今日は牛丼食って帰ります。そう言って、不敵と呼べるほどの態度でコーラを飲んでいる。グリムローゼは不愉快気に眉根を寄せた。構わず、フィーはヘネミーへ続ける。
「あ、そういやあんたH.O.P.E.のセキュリティ破ってましたよな? よくやったもんですよなー。あれクソほど強固だった覚えあんですが」
「おかげで内臓がないぞう」
「おっそれおもしれーな。……私的に敵だろうとそういう努力は認める主義なんでね」
「どうも! 内臓ぶっこぬいた甲斐がありました!」
 フィーはようやっと口元の米粒に気付いて、それを舐めとった。エネミーが今話したこと。さっき話したこと。どこまで本当でどこまで嘘やら。「努力は認める」と発言はしたが、ズップシ信頼してやるという意味ではない。
「ほら、あんたも黙ってねえで牛丼でも食ったらどーで? なんなら私がおごりますがな」
 など。その心は伏した蛇の如くであるが、振る舞いは飄々。グリムローゼへ、牛丼を勧める。
「……何か目論んでいらして?」
「いや別に。あん時は襲ってきたから対応したっつー側面が大きいですしな、今は別にそこまで敵対する理由もねーですし。それに私は素直にあんたの腕を認めてるんでね?」
「どういう風の吹き回しですの?」
「どうもこうも? うまい飯食えっつってるだけですがな。並盛一つー」
「食べるとは申しておりませんわよ!?」
 そんな言葉を「へいへい」と流しつつ。……フィーの言葉は本当だ。グリムローゼ。ともすれば、ただの人間なんかよりも好ましい。
「なかなかどうして、愚神にも面白いのが多いですかなぁ」


 というわけで、龍華が牛丼や飲み物のおかわりを運んできてくれる。彼の振る舞いはヴィランや愚神に対しても丁寧だ。
 トレーの上のものをテーブルに置いて。一間……龍華はエネミーを見やった。
「エネミーさん。なぜここで動きを見せ始めたんですか? 悪であり続け、団結を促すのが目的なら……下手に姿を見せず、隠れ続ける方がよほど良いはずです」
「現場主義なんですよ。龍華さんだって、H.O.P.E.の一員として秩序維持に貢献する為なら、オペレーターという道もあったはずです」
 エネミーの機械の顔が、およそ敵意なく龍華に向けられる。「お互い、最前線で頑張りましょう」だなんて友好的だ。だからこそ――龍華はなんとも説明しがたい恐怖を感じる。

 ――とんでもない殺人者なのに、なんでこんなにヘラヘラ笑っていられるんだろう。
 ――あれだけの人を恐怖に震えさせておいて、なんてこんなに悠長にしているんだろう。
 ――いっそ暴力的で粗暴な者だったら、まだ納得できたのに。

「……そうですか」
 龍華は一言だけそう答え、その場を下がった。動じた素振りは欠片もなく、あくまでも毅然としたまま。今は、人々を守らねばならない。そんな使命で、己の心を叱咤する。
 一秒でも早く、この張り詰めた時が過ぎればいいのに。龍華は、そう願う。

「……一つ思ったんですけどさ、なんか父子家庭っぽいですよな」
 ふと。そんな最中、フィーがエネミー達を見やった。
「ほれ、そこの胡散臭いのが父親、そこのキチが不良息子、そこのアホが反抗期の娘って感じで」
「誰がアホですか!!」
 立ち上がるグリムローゼ。「まあまあ」と愚神商人がいさめる。
「つーことでほら、息子らが食ったもんの金は、親たるあんたが払っといてくだせー」
 そんな愚神商人の「父親っぷり」にフィーがへらりと笑う。興味の眼差しを異形の紳士が向けてきた。フィーは次いで小声で耳打ちする。
「……この場を穏便に抜けられる一応らしい理由を用意してやってんですよ、素直に流されときなせーな」
「なるほど。では」
 愚神商人が一同を見渡した。

「ここは割り勘で」

 ニッコリ。



●おあいそ

 結局。

 戦闘は起きず、一般人がパニックを起こすこともなく。
 平和にひと時は過ぎた。

 会計時間。
 龍華が店員の代わりにレジを打つ。
 愚神商人の提案通り、会計は割り勘となった。とはいえエネミーの飲食費は愚神商人が出すこととなったが。グリムローゼの牛丼代については、宣言通りフィーが支払うことになった。
 まさか支払うとは……と構築の魔女は愚神商人をちらと見やった。物語を云々、と言っていたが、彼にとってこのひと時は対価を出すに値するものだったのだろうか。というか、人間の通貨を持っていたのか。まずそこから驚いた。ちなみに支払方法はカード払いだった。財布は黒革のシックなものだった――というか、財布持っていたのか。
(愚神とは……ほとほと奇妙なものですね……)
 そんな魔女の思いに。ライヴスの中で、落児がコックリと頷き同意した。

「……」
 そんな光景。アルトは遠巻きに、そして不機嫌な様子を隠さずに眺めていた。ガツガツとヤケ気味に牛丼をカッ込んでも、心の中のモヤモヤとイライラは消えることはなかった。
(別にあいつらがどんな奴らでどうこうっていうのは興味がねぇ)
 高位愚神? 凶悪犯? 愚神商人? あたしには関係ねぇ。アルトは拳を握り締めた。
(フィーにはわりぃが……)

 無茶をさせて貰おう。

「ピグ、――」
 共鳴を、と思った。がその前に。ふに、とアルトの口元にフィーの指先。
「お米粒ついてまさぁ」
「っ、」
「うっしアルト、帰りましょーかいね」
 フィーにとっては、アルトの安全が世界の何より優先されるべきモノで。ここで敵意を見せたら何が起きるか。それに、エージェントの任務としてもよろしくない。
「……、」
 痛いほど握り締めた拳を、アルトは溜息と共に緩め。
 しかし、満ち満ちた敵意の目で『敵』を睨み付けた。

「なーにが世界平和だ。おめぇらがそんな、まともなこったぁ考えてるとは思えねぇな」

 このまま尻尾巻いて帰るなんて癪だ。いい、言ってやれ。少女は柳眉を吊り上げる。
「つーか言いてぇことがあんなら、素直に言いに来やがれってんだ。言葉遊びが嫌だって言った割にゃあ、わけもわからん文章送り込んできやがってよぉ……まぁあたしが解読したわけじゃねーからどうでもいいがな」
「趣ってやつですよ、ワビサビ」
「うるせえ。……いい加減に、人質まで取ってしなきゃあならねぇ話をさっさとしやがれってんだ……てめえらも不本意づらしやがって……言いてぇことがあんなら言えばいいじゃねぇか。あたしは遠回しな言い方が大っ嫌いだ」
 突きつける銃口のような敵意。それを向けられ――エネミーは心地よさそうに、こう言った。
「では、まず貴方の言いたいことからおうかがいしましょう!」
「あたしの? ……決まってるじゃない」
 す、肺に息を溜めて、言い放つ。

「これは明らかな宣戦布告よ。
 いいわ、そのツケ……てめぇの地獄への片道切符で済ませてやる」

 静まり返る店内。
 挑発ともとれる言葉に、一般人が不安の目を向ける。
「……っ」
 アルトの言い分も分かる。だが今は、一つでも多くの命を守る為に。征四郎、オリヴィエ、龍華が「何が起きてもいいように」身構える。
 が。

「素晴らしい!」

 エネミーは心から感動した様子で拍手するのだ。
「お待ちしております。貴方の敵意。貴方の殺意。どうか悪役を地獄に叩き落して下さいませ!」
 はあ。今日は楽しかった。そう締め括る。そして、
「では、このへんでお暇します。また会いましょう」
 そう言って、『敵達』は……去っていった。あまりにも、呆気なく。


『了』

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • 残照と安らぎの鎮魂歌
    楪 アルトaa4349
    機械|18才|女性|命中
  • 深緑の護り手
    偽極姫Pygmalionaa4349hero002
    英雄|6才|?|ドレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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