本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】住めば都というけれど

影絵 企我

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/08/31 11:11

掲示板

オープニング

●これまでのあらすじ!
 エージェント達は呆然とした。
 発端はH.O.P.E.に届けられた謎の電子メッセージ。暗号で構成されたそれを解析した結果、いくつかの画像、過去の事件の報告書、そして電子メッセージの送り主……エネミーからの声明である事が明らかになった。
『もうすぐギアナ支部から応援要請メールが届きますよ』
『だって、彼らのそういった連絡を止めてたのは私ですから』
『「今、我々は【絶零】や【屍国】で忙しいから応援なんて出せません」……と、代わりにお返事しておきました』
 そして入れ替わるように届いた、ギアナ支部からの協力要請。
 エネミーの言葉が正しいとすれば、【絶零】と名付けられたロシアでの一連の事件……その頃からギアナ支部は何らかの危機に見舞われており、H.O.P.E.に救援信号を出し続けていた事になる。そしてその叫びは届く事なく、エネミーの手によりことごとく握り潰されていたのだ。
 すぐさま返信を行ったが、ギアナ支部からの応答はなし。まさか今の要請は最期の力を振り絞って……嫌な想像が頭を過ぎる。
 H.O.P.E.は動ける人員を掻き集め、すぐさまギアナ支部へと送った。もし危険が迫るような事態であったら引き返すように言い含めて。
 そしてギアナ支部に到着したエージェント達は、目の前の光景に呆然とする事になる。


●潜入! 男達のくっせえ寝床!
「アーーマーーゾーーーン! 神秘の世界! そこはゴム製の蛇が暴れ! 腕時計の跡が付いた原住民族が潜んでいるという! ああ素晴らしき新世界!」
『いきなり何を言っているんですか……』

 H.O.P.E.研究所でも指折りの跳ねっ返りオタクの名は仁科恭佳。相方のヴィヴィアンを引き連れ、やってきたのは南アメリカのギアナ支部。ようやく届いた救援要請を受け、彼女もまた助っ人職員として送り込まれる事になったのである。三度の飯を抜いてでも愉快な事をしていたい彼女は揚々と出かけたのだったが、当地に着くなり彼女は鬼のような形相となってしまったのである。

「いい子ぶるなヴィヴィアン! こんなんありか! こんなの! 人が住むところじゃねえぜこんなの!」
『えと、えっと……まぁ……』
 両手をぶんぶん振りながら恭佳は叫び、ヴィヴィアンは頷く以外に道が無い。二人が立っているのはギアナ支部のビルに設けられた、職員用の宿泊スペースのロビー階。ゴミ袋が至る所で無造作に放置され、男苦しい汗臭さと黴臭さが漂っている。家の顔である玄関口でこれだ。中はもっとひどかった。

「はぇー風呂は大浴場になってるんだぁ……」
 支部の中にあるという自慢の大浴場を覗き込む恭佳。しかし出迎えたのは一面の緑。浴槽も床も覆うぬるぬるした緑。
「誰が使うかよこんなの!」

「ひぇー寝床は個室か大部屋なんですねぇ……」
 宿泊施設の個室の扉を開けた恭佳。しかし出迎えたのはこの世の汚れを一つにまとめ上げたような臭い。真っ青になって彼女は扉を閉め切る。
「誰が使うかよこんなの!」

「ふぇ……トイレなんて、嫌な予感しか……」
 恐る恐るトイレへと足を踏み入れた恭佳。もちろん出迎えたのは吐き気を催す臭いと、カマドウマもかくやの、説明もつかないキモイ虫。咄嗟に逃げ出すと、振り返って必死に悪態をつく。
「だ、誰が使うかよこんなの!」

「へぇ……廊下の掃除も行き届いてないのか……」
 とぼとぼと恭佳は廊下を歩く。別に虫が苦手というわけではないが、その辺にごろごろ大きな死骸が転がっていたら気分はすぐに悪くなる。頬をひくつかせ、彼女は唸った。
「こんなとこ、誰が使うかよ……つか誰も使ってねえからこんなことになるんじゃ……?」

 恭佳は幻想蝶から二つのガスマスクを取り出すと、片方をヴィヴィアンに手渡し自分はさっさと被ってしまった。
「ほああああッ! ったくどうなってんの! 汗の臭いなのかカビの臭いなのかハッキリしろ! 臭くてつらい! 臭い嗅いでるだけで老化が一年一年進みそう! まだ17歳なのにそんなの気にしたくない!」
『気にしなければよいのでは?』
 ヴィヴィアンは恭佳を横目にちらりと見て苦笑するしかない。
「緊急招集! エージェントをこっちに呼ぶぞ! こんなの私だけじゃ手に負えんわい! さっさと掃除して、私のようなうら若き美少女にも住みよい空間に改造してやる! アマゾンマニアがなんぼのもんじゃい!」
『抓み出されますから、面と向かってそんな事言っちゃだめですよ』



 そんなこんなで、君達は恭佳からの食い気味な連絡を貰って宿泊施設の方へと駆けつけたのである。全身防護服に身を包んだ恭佳は、デッキブラシとバケツを手に君達を見渡す。
「皆さん! 既にお分かりの事と思いますが! この支部の住環境は最悪です! 台所については他の方が何とかしてくださるそうですから、まあそこは不問としましょう! ですが……! ざっと見まわしましたが、雄大な自然を見渡せる筈の大浴場の利用者は藻と苔だけ! 英気を養うための寝床はただのごみ溜め! 廊下は虫の死骸に埃だらけで一歩歩く毎にテンションが下がっていく! トイレについては説明したくも無いです! 実際に目で見て確かめてください!」
 彼女はデッキブラシを槍の様に扱い、ごつんと床を一回打つ。
「これより私達は戦いに向かいます! この宿泊施設から汗臭さと黴臭さを一掃するための戦いです! ぶっちゃけその辺のケントゥリオ級を片付けるよりよっぽどハードな戦いとなるでしょう!」
 デッキブラシの柄を振り下ろし、ごつごつと床を二回打つ。
「そして! その後は私達の手で住居設備を新調します。そもそも幾つかの設備は管理不徹底の為にガタが来ています。私が色々作るので、いっそこれを機にピッカピカの住みよい設備にしてやりましょう!」
 さらに振り下ろし、ごつごつごつと三度打つ。
「男臭いのはまあ仕方ない。赦す! でも出来るならもう少しユニセックスな環境に近づけたい! それが! これから技術班としてこの場に派遣された私の率直な感想である!」

「さあ行きましょう! 戦闘開始!」

解説

解説
メイン1 ギアナ支部職員宿舎の掃除を完遂する
メイン2 ギアナ支部の住居設備を改善する

☆掃除場所
1.大浴場
殆ど使われていないのだからもちろん掃除も行き届いていない。浴槽に藻、床に苔が繁殖している為、全力で掬い、擦る必要がある。
2.個室、大部屋
もはやただの物置。ろくに洗濯もされない衣服が汗臭いしカビ臭い。あまりに臭すぎて現在の活動限界は10分ほどになっている。
3.トイレ
クサァァァイッ説明不要! 一応補足すると中にはキモイ虫とかやばい病気持ってそうなネズミがいる。駆除駆除。
4.廊下
廊下が汚いと歩いているうちにテンションが下がる。細かいところまで綺麗にしよう。
5.思いつき次第

○修理、改善が必要な設備(PL情報)
1.ベッド
増員がある為既存のベッド数では少々足りなくなりそう。またベッド自体も硬くて寝心地が良さそうには見えない。
2.空調
手入れしていないせいでフィルターが詰まりかけている。増員は入るがそうそう手入れしている時間もない。
3.トイレ
掃除すれば綺麗になるものの、なるべくなら手間をかけずに清潔感を保てる状態にしておきたい。床や便器には取れないシミがついているし。
4.思いつき次第

NPC
仁科恭佳&ヴィヴィアン
技術班として派遣されてきたH.O.P.E.研究課の職員。一応リンカー。必要な設備がある場合は彼女に相談すれば融通してくれる。無茶な要求も可能な限り拾ってみせる。座右の銘は”才能の無駄遣い”。

Tips
温泉はヨーロッパのスパ型。水着とかで入る混浴式のアレ。

リプレイ

●いざ魔窟へ
『……時に、何故ギアナまでやってきて掃除しなきゃいけんのだか……』
「まぁまぁ弟者、掃除するだけなんて楽勝じゃないかお」
 恭佳の演説を聞いてとろとろと散開しながら、阪須賀 誄(aa4862hero001)はぼそぼそと呟く。阪須賀 槇(aa4862)はへらっと笑ってそんな事を言うが、誄は糸目を僅かに開いて槇を睨む。
『OK兄者。汚部屋住人が楽勝とか言うんじゃないよ』
「弟者、潔癖だからなぁ」
『俺は居住空間が汚いのは我慢ならないだけだよ……』
 杏子(aa4344)はそんな阪須賀兄弟の隣でロビー階の隅を固めるゴミ袋の山を呆れたように見つめていた。大人モードのテトラ(aa4344hero001)は、くだらないとでも言いたげに同じゴミ山を見つめていた。
「玄関でこれか。どのくらい放っておいたらここまで酷い有様になるのかねぇ……」
『とはいえここは人間の住む場所なんだろう? あの漁村よりはマシだろう』
 彩咲 姫乃(aa0941)はメルト(aa0941hero001)と共鳴すると、お古のパーカーを羽織る。掃除は嫌いじゃない。姫乃は今やる気に満ちていた。
「おっし。片づけられる人間の実力ってもんを見せてやんよ」

――数分後――

「むし……すごいむし……もうやだ。おうちに帰りたいよ……」
 ロビー階に戻った姫乃は、屈みこんで呆然と呟く。至る所で巨大な虫が生きて這い回り、死んで転がっていた。虫がだいきらいな姫乃は、少年らしく振舞うのもままならない。共鳴も解け、隣ではメルトが虫の死骸を一匹抓んでいた。
『オナカスイター』
「ちょっと待って! それ食べるのはやめてぇっ!」
 姫乃の悲鳴が響くその隣では、テトラが顔を蒼くしている。
『あの漁村の方がまだマシだ! ……こんな事を言う日が来るとは……』
「(コイツをドン引きさせるとは……ギアナ支部恐るべし……)」
 一方、宿泊スペースから戻ってきてからというもの、誄は一言も喋らずにいた。ただ肩を震わせるばかりである。槇はそんな弟を恐る恐る窺う。
『……』
「お、弟者……?」
 その刺激が誄を爆発させる。一声叫ぶと、誄は吹き上げる噴煙のように言葉を吐き出す。
『……誰が、誰が管理しとるのかァアアア! もう許さんよバカ者ども! 建物ごと洗剤漬けにしてやるよ覚悟しなッ!』
「はわわ、怒りのあまり弟者の中のHAHAJA遺伝子が覚醒したお……も、もちつけ弟者、そんなにカッカしては……」
『うるさいよバカ兄貴! いつも片付けする人の身になってみな! なんなら、兄者、あんたも……』
 槇にまで噴火が直撃しそうになる。このままでは自分までガッといかれる。槇はそそくさと誄にすり寄った。
「よ、よーし、兄者、体を貸しちゃうぞー。共鳴~っと……」
蒼(aa2311hero001)は火炎放射器を取り出し、いそいそと背負い込む。白いメイド服とイグニスの迷彩カラーが何とも言えないコントラストを生み出していた。
『燃やしましょう、建物ごと。更地にして立て直すのが世の為、人の為です』
「ダメ蒼、確かにひどいけど、イグニスまで出さないの」
 行雲 天音(aa2311)は慌てて蒼を止めにかかる。しかし、ゴミ屋敷の相を呈する空間を前に、家事のスペシャリストも怒りを抑えきれないようだ。一方の須河 真里亞(aa3167)はすっかり呆れ果てていた。
「……ひっどいトコロ。でも、トシナリの部屋の押入れよりは酷くないね」
『そ・ん・な・こ・と・は・な・い! 部屋の押入れは確かにゴチャゴチャしてるが、寂しい時は何日でも籠れる安心設計なんだ!』
 引き合いに出された愛宕 敏成(aa3167hero001)は必死に否定する。だがそれが余計に墓穴を掘ってしまった。真里亞はわざとらしくドン引きして敏成を見つめる。
「たまに見かけない時ってまさかあそこに籠ってたの? 信じらんない! 臭いが伝染るから近寄らないで!」
『いや、こんなとこだともう一人の臭いがどうとか関係無いんじゃないか?』
「……冷静に言わなくていいよ。現実逃避してるだけだから」

「おわかりいただけただろうか。この支部の惨状を……」
 検証だけですっかりわたわたしている仲間達を見渡し、恭佳はぼそりと呟く。そんな彼女の前に、ずいと雨宮 葵(aa4783)が顔を突き出した。
「しっかり、とね!」
 突然の事に恭佳はうっかり驚き後退りする。そんな彼女に葵はさらに一歩踏み出し、彼女に向かって両手を差し出す。
「とりあえず仁科さんはそのガスマスクと防護服全員分貸して!」
『ん。あと、技術班なら……デッキブラシなんて、古典的なものじゃなく……もっと最先端の、出して? ……スチームクリーナーとか、掃除機とか、あるでしょ?』
 ぬるりと影を滑らせて近づいた燐(aa4783hero001)もまた、刃物を押し当てるような口調で恭佳に囁く。防護服の中で肩を震わせ、恭佳はこくこくと頷いた。
「アッハイ」
 持てる殺気を隠そうともしない燐に、思わず葵まで目を丸くしてしまう。
「(汚いとこに連れてこられて燐が不機嫌……!)」
「まずは殺虫剤を撒いちゃいましょう。このままだと約一名が使い物にならないし、早急に虫を処理する必要があるわ。私もあんなキモイのに囲まれて掃除なんかしたくないし」
 メルトの手から必死にゴミを払い除ける姫乃をちらちらと見ながら天音が言う。杏子も頷くと、幻想蝶から燻煙殺虫剤を次々に取り出した。
「ああ、直ぐに片づけないとね」
『ついでにこれの準備をしてくれ。こんな状況、ただの掃除道具じゃ足りない……決戦兵器が必要だ。役立たずの芋砂を纏めて薙ぎ払う決戦兵器が……!』
 誄もレティクルの刻まれた目を見開いて恭佳に迫る。普段は人を食ってばかりの恭佳も、今回ばかりは小さくなった。
「そ、そっすね……はい……」

『うーん……とりあえずこれ終わらせて、熱帯の蛇さんとパーリィ……』
 てんやわんやのエージェント達を尻目に、アジ(aa4108hero001)は熱帯の大自然を前ににやにやが抑えきれない。掃除の事など殆ど頭にない様子だ。夜代 明(aa4108)はそんなアジを珍しくせっつく。
「……オカン。この場の惨状を見て何も思わねぇか」
『え~、蛇さんパーリィの楽しみに比べたら、掃除なんて、ねー?』
 しかしアジは蛇と戯れるのが楽しみで仕方ないらしい。支部の惨状など殆ど気に留めていなかった。話を振られ、隣のテク(aa5195hero001)は首を傾げる。
『蛇、は、知らん。だが、ゴブリン、掃除、しない。つまり、私、掃除、下手。オーケー?』
「言い訳はいいから、ちゃんと手伝ってね。夜代さん、今回はよろしくお願いします」
 睦月(aa5195)はそんなテクに溜め息をつきつつ、明に向かって頭を下げた。明もぶっきらぼうに頭を下げ返すと、素早くマスクを口にあてがう。
「……わざわざリンカーを呼び付けたんだ。一般人が真似できないくらい、素早く完璧にやってやる……!」
「ですね……」
 睦月も力強く頷くと、マスクを付けて駆け出すのだった。

●壮絶な掃除
 ビルの至る所に配置された燻煙殺虫剤から一斉に煙が噴き出す。食事を取り終え、従魔に襲われながらも資料を何とか片づけ一息ついた職員達も外に追い出し、濛々と立ち込める煙はビルの至る所に巣食う虫へと迫っていく。

「……はあ。庭に生えている植物はとりあえず触るな、と」
「はい。傍から見ると雑草でも一応一つの資料だそうで」
 害虫駆除を待つ間雑草抜きでもしてようと意気込んでいた姫乃は肩を落とす。作業服姿の恭佳は、そんな姫乃に機材のパーツを押し付ける。
「基盤の取り付けとかは終わってるんで、これをここにこう組み立ててってください」
「仕方ねえ……それくらいしかする事ないしな……」
 姫乃は恭佳の指示を受けながら、イグニスやら何やらに幾つかの機材を取りつけ簡易的なスチームクリーナーを作り上げていく。その横では、蒼と天音が霧吹きに重曹とぬるま湯を注いで特製スプレーを作っている。
『引き受けてしまったものは仕方ありません、徹底して掃除いたしましょう』
「こんな都じゃ休まるに休まらないしね……」
 一方、睦月はテクから書き込みを加えた見取り図を受け取っていた。掃除した箇所が一目でわかるようになっている。
『掃除は、勘弁だが、まあ、これくらいは、してやる』
「確かにこれがあればわかりやすいかも……」
『だから、私、掃除は』
 睦月はにっこりと微笑み首を振る。
「それとこれとは話が別だよ」
『む……』
 テクは顔を顰めて天を仰いだ。ゴブリンは少しくらい汚れている場所の方が快適に過ごせるのだ。掃除する意味がわからない。
「よし……待ってろ汚れども! こいつでガンガンやってやる!」
 真っ白い防護服を着込んだ葵は、恭佳の作り上げたイグニス式スチームクリーナーを担いでビルを見上げる。表向きは自然と調和した美しい外観だが、今の葵には打倒すべき伏魔殿にしか見えなかった。

――一時間経過――

「これもゴミだ! これも! こんなカビたモン二度と着れるか! 私物とか知らねえ!」
『え、汚いよぅ……』
 明はガスマスクを付けてごみ溜め部屋に侵入し、アマゾンの湿気にすっかりやられた服やら何やらを幻想蝶へとガンガン突っ込んでいく。自分のプライベートスペースにゴミを押し込まれ、アジは悲しげに呟く。しかし明はすかさず返した。
「早く蛇に会えるだろ」
『うーん……じゃあ許す』
 上手く扱われていた。

「死骸になっても気分を害してくれるねぇ。ここの虫は……」
 酷い臭いのトイレ。ヴィヴィアンが用意した消臭剤入りペストマスクを被った杏子は、箒と塵取りで死んだ虫を掻き集めていた。その横ではテトラが恭佳の作った即席水圧クリーナーを振り回している。魔窟と化したトイレの汚れを、水圧が強引に削ぎ落していく。
『これはいいな。面白いように汚れが落ちる』
 杏子はテトラが楽しげにしている横から個室を覗き込む。確かに汚れは落ちているが、染みついた黒ずみまではもう取れないようだ。杏子は肩を落とす。
「うーん……いっそ何もかも取り換えてしまえばいいんじゃないかと思ってしまうね」

「吹き飛べッ!」
 葵はトイレに突入するなり、殺虫剤に巻き込まれて死んだ謎のネズミを烈風波の一撃で霧散させる。紅い何かが床を汚したが関係ない。何もかもピカピカにするのだから。
「私は何も見なかった! よし掃除開始!」
『(何もかも、消毒しなきゃ……)』
 ガスマスクに防護服で完全防備の葵は、ちゃっかふぁいあーを少し弄った、ハンディサイズのスチームクリーナーを構えて引き金を引く。敵を焼き焦がす過剰な火力が高熱の蒸気へと変換され、こびりついた汚れを融かし、浮かせていった。

『全部、毒薬、まみれ。もったいない』
 テクのぼそぼそとした呟きを聞いて睦月は尻尾をぶるりと震わせた。
「やめてよ。もったいないなんて……」
 睦月はヘッドを取り外した業務用の掃除機を引きずり、物陰に転がる虫の死体を無理矢理吸い込んでいく。その鼻はガスマスクでがっちりガードしている。隣のテクは平気な顔だが。
『これくらい、問題ない、ぞ? ゴブリン、棲み処、臭い、近い』
「ほんとに……?」
 恐る恐るガスマスクを外してみる睦月だったが、眼をも刺激する酸っぱい臭いに襲われ、思わずくの字に折れ曲がる。
「うぐっ……な、なにこれ……!」

『うむ、藻と苔のせいで生臭い! こっちの臭いも大概だぞ……』
「熟成されたオヤジ臭に殺されるよりマシ! ガスマスクなんて当てにならないよ! それに、衛生面でもお風呂の確保は最優先だぜ?」
『……いや、死なないって』
 ガスマスクを改めて被り、真里亞は消毒剤を入れたボトルを振る。敏成は軽く傷つきながら、噴霧器にボトルを装填して消毒剤を撒き始める。アマゾンで鍛えられたしつこい植物は、ただ網で掻きだすくらいではどうにもならないのである。

「(うはー、やっぱ酷いねこれ)」
『防疫ケブラーコートを持ってきて正解ですね。これからも頼る事になるかもしれません』
 明が飛び回ってカビや湿気や虫に蝕まれた哀れな諸々を持ち去った後も、部屋はしっかりと汚い。共鳴して完全防備体制の蒼は、部屋に足を踏み入れるなり、リノリウムにこびりついた汚れに重曹ペーストを塗り付けていく。そこにクエン酸スプレーを吹き付けると、じゅうじゅうと音を立てて溶けていく。そのまま掃除セットの雑巾で拭いてやると、黒ずんでいたリノリウムが白くなった。
『重曹とクエン酸があれば大概の汚れは何とかなりますね』
「(そもそも重曹撒かなきゃならないレベルで部屋が汚いのが間違ってるけどね……)」
『寝ずの番のせいで部屋がこうなってしまったのか、部屋がこうなってしまったせいで寝ずの番をする事になったのか……今となっては分かりませんね』

『コー……ホー……』
 誄はずんずんと無人の廊下を歩く。防護服に防護マスクで身を固め、イグニスにキットを取りつけ改造したスチームクリーナーを背負って歩く。その左手に提げたバケツには、塗料やワックスの缶、合成洗剤の詰め込まれたMM水筒が突っ込まれている。恭佳の計らいで全てご丁寧に真黒く染め上げられており、その姿はまるで――
「(――まるで、弟者がダーs……じゃなくて殺人鬼だお……)」
 肩を怒らせながら、誄は空調機の前で足を止めた。蜘蛛の巣やら葉っぱやら何やらかにやらが引っかかって、フィルターがろくに機能していない。誄は容赦なくスチームクリーナーを向けると、常識外れの熱い水蒸気で溜まりに溜まった汚れを全て浮かせていく。
『いいか汚れども……1ミリも残さず、駆逐してやる……』

「よっしゃー! 気を取り直して行くぞ!」
 虫の駆除が完了し、いよいよ姫乃が風呂場へと乗り込んだ。洗剤のついたブラシを石造りの床に押し付け、ドレッドノートのパワーをフルに生かし、しつこくこびりつく苔を削ぎ落していく。ついでに石も磨き上げてピカピカのつやつやにしてしまう。
「働きますねー」
 今までの遅れを取り戻そうと神速で動く姫乃。その背中を眺め、死んだ藻を網で掬いながら真里亞が微笑む。振り向いた姫乃は、その手を止めないまま頷いた。
「そりゃあ、掃除した後さっぱりしたいし。――意地でも使えるレベルに清掃するぞ、自分たちの為にも」
『そうだな。じゃあ磨くのはお嬢さんにお任せするとして……やっぱりすごいな、こんなに藻が増えるかね。取っても取ってもキリがないぞ』
 敏成は網一杯に藻を掬い上げ、浴槽の外にぶちまける。既に緑色の小さな山が出来上がっていた。真里亞もブラシで藻の山を寄せながら苦笑いする。
「いつから放っておかれてたのか知らないけど……恐るべきアマゾンの神秘……生命力が半端じゃないね」
「これだから、どんだけ便利な道具を使っても、最後には地道な根気作業になるんだよな」
 姫乃は浴槽に飛び込むと、底にたまったしつこいぬめりを固いブラシで削ぎ落していく。だだっ広い浴槽も、姫乃の手でどんどんその美しさを取り戻していくのだった。

『何でムキになってんの……?』
「ムキになんか、なってない」
 がつん、がつん。業務用のごつい掃除機を引きずり、すっかり殺風景になった個室の掃除に取り掛かる明。しかし、テレビ台の裏に掃除機を無理に突っ込もうとするせいでテレビが倒れかける。アジは慌てて駆け寄りテレビをその小さな手で押さえた。
『ストーップ! お掃除セットの中にあるハンディモップ使って!』
 しかし明はこれをスルー。くるりと振り向くと、今度は窓枠にがっつり張り付いている埃を掃除機で排除しにかかる。しかしヘッドも外さないのではどうにもならない。アジは慌ててその掃除機を押さえた。
『ちょっと! 窓枠壊れる! レールの上に輪ゴム置いて開け閉めしたら取れるから!』
「……」
 明はむくれている。アジは何も言えないまま埃取りに取り掛かった。このままでは蛇パーリィなど夢のまた夢。アジはヘロヘロになって溜め息をつく。
『もうヤダ……広いし汚れひどいし……どうしてこんなになっちゃったの……?』

「部屋ほどじゃないけど……廊下もやっぱり酷いね……」
『ん……階が嵩めば、それだけ総距離も長くなるね』
 葵と燐は肩を並べてフローリングワイパーを掛けていく。水拭きしてから、いよいよ仕上げのワックスがけだ。それもいつまでかかるか分かったものではない。着実に作業を重ねたお陰で、食欲をゼロにする酸っぱいやべー臭いがすっかり薄れているのが救いだった。
「かなり動いたしお腹がすいてきた。ご飯とか作ってくれてないかな」
『……ジャングルで採れた、何だかわからない芋虫とか、出たりして』
 冗談とも言えないトーンで燐がぽつりと呟くと、葵は青くなって身を震わせる。
「確かに私は鳥だけど、芋虫はいらないかな……」

『恭佳め。どうせなら雑巾がけも楽しくやれそうな道具を作ってくれればよかったんだが』
「仕方ないじゃないか。手持ちのガラクタを全部使い尽くしちゃったようだし」
 同じく肩を並べてフローリングワイパーを掛ける杏子とテトラ。最初こそ惨状に対する焦燥感と、水圧クリーナーの使い心地から懸命になって掃除していたテトラだったが、仕上げ作業に入って少々中弛みし始めていた。口を尖らせて彼女はぶつぶつと呟く。
『この私が掃除してやったんだ。ここの住人にはたっぷりともてなして貰いたいものだな。スチュワーデスがファーストクラスの客に酒とキャビアをサービスするように……』
「娘のマンガでも読んだのかい?」
『抜かせ。私が全ての元ネタだ』

「いいですね。最後の確認ですよ。これらはゴミですね?」
「アッハイ」
 睦月の言葉に、職員はこくこくと頷く。虫に食われた白衣など、もうゴミ以上の価値はない。虫が巣食って穴だらけの家具にもゴミ以上の価値はない。そうとわかっていても、イグニスから炎を噴かせる誄と蒼を見ては心中穏やかになれない。
「あの……普通にゴミとして処理するという方向には……」
『どうせ、最後は、燃やす。なら、今燃やしても、同じ。らしい』
「えええ……」
 テクの言葉に職員は言葉を失う。駐車場の一角に展開されたゴミ山。誄と蒼はイグニスを背負いずんずんと前進していく。
『さぁ、余さず灰にしてしまいましょう。灰になればまた使い出も生まれます』
「(掃除に疲れて蒼の心が荒んでる……)」
 迷わずにイグニスの引き金を引き、蒼はゴミに向かって容赦なく火を放ち続ける。天音は心の奥で、建物ごと燃やしたいという言葉の本気度を改めて確かめるのだった。
『汚物は……消毒だぁああああッ!』
「ひゃ、ひゃ……っはぁ……」
 誄も誄で、黒装束のまま全力で引き金を引いて最大火力をゴミに差し向ける。その気迫ときたら、比叡山を焼き討った信長もきっとビビる事だろう。もちろん槇は下半身がむずむずするレベルの恐怖を感じていた。
「(……弟者のすなる掃除というもの、“しばらく”漏れもしてみむとてすなり、だお……)」
 濛々と立ち昇る白煙を見つめ、弟をこうしてはならないと槇は密かに誓うのだった。

●ギアナ支部復活!
「……うん。ミントや柑橘系も良いわね」
 天音はロビー階に設けられた小さなテーブルにアロマ重曹を置く。野郎どもの汗臭さにどれだけ効果を発揮するかしれないが、暫くは清浄な空気の下で過ごせるはずだった。天音と蒼は振り返って階を見渡す。ごみ溜め状態が嘘のよう、安いビジネスホテル程度とは張り合える程度の清潔空間が蘇っていた。
『人として住める程度にはなりましたね。……あの、それは一体……』
 杏子がソファーの上に載せたクッションを見て、蒼は思わず首を傾げる。ふにゃふにゃのビーズクッションとは聞こえがいいが、デザインはデフォルメしたアニメキャラの顔だ。
「この前お祭りで貰ったんだ。せっかくだし寄付しようと思って」
「うーん……誰ですかそれ。そんなキャラ見た事ないんですが……」
 天音が尋ねると、杏子はにこやかな表情で頷く。
「まあ現実の子がモデルだからね」
「へぇ……?」


「うーん、水着が要るのって違和感あるなー、やっぱり」
 ギアナ支部自慢の大浴場に浸かり、真里亞は呟く。水着で風呂とは、やはり日本生まれの日本狼には慣れない習慣だった。文系教授の敏成は、ここぞとばかりに語る。
『欧米で入浴というと、古典古代の文化に戯れるレクリエーションの色が濃くなるからな。ほとんど温水プールみたいな扱いにもなる』
「ふうん……じゃあ薔薇の香りの湯船とか用意しようよ。そしたらリラックス効果とかも高まるでしょ?」
『いや。消毒剤の循環供給装置を設置が急務だから。入浴剤追加したら消毒能力が落ちて、結局“ああ”な状態に戻る事になるぞ。それじゃあ意味が無い』
「えー。味気ない。そんなんじゃ何時まで経っても男臭いままだよここ」
 こうして今日も真里亞と敏成は言い争いを始めてしまうのだった。


「うん、ここに新しいベッドが入れば完璧だね!」
『ん……頑張ったね』
 個室を見渡し、葵と燐は満足げに頷く。溜まっていた澱みをバッサリ失くした事で、シンプルな美しさが蘇っている。ついでにベッドまで処分してしまったから余計に綺麗だ。もちろん新しいベッドはすぐに届く予定だが。
「ま、暫くは寝袋で良いだろ。それでも前より寝やすいはずだしな」
 姫乃は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「そうだ。ついでに仁科にお掃除大好きな魔法少女になっちゃう腕輪も幾つか作っとこうぜ。掃除しなかった奴に付けさせるんだ。誰もオッサンの魔法少女姿とか見たくないし、きっと頑張るぜ」
『……さ、流石に許可が下りないかもしれませんね……』
「えー。名案だと思ったんだけどな」
 ヴィヴィアンの言葉に姫乃が肩を落とす横で、今度は葵と燐が口々に語り始める。
「少なくとも掃除が得意な人はもう少し増やすべきね!」
『ん。施設管理者、みたいな人はもっと多くて……いい』
「怖くて強そうな人とかだと……あ、いっそすごい美人とか雇おうよ! 皆気を遣って綺麗に使うかもしれないし!」
『美人がいれば、身なりにも気を遣うようになって……汗臭さも改善する』
『うーん……来てくれる人が居ればいいのですが……』
『オナカスイター』
 ヴィヴィアンが苦笑していると、ふとメルトが何かを手に取る。どこから入り込んできたのか、大きな羽虫がメルトの手の中で蠢いていた。姫乃は真っ青になって物陰に飛び込む。
「うゎゎ……虫除けも、用意しなきゃ……」


『処分した分の衣類は新調、ついでに業務用の洗濯機と乾燥機を入れましょう。物品はリストアップしてエクセルで管理! 紙でなんてダメ! トイレも“的”シール貼ったり消毒液のスタンドを傍に備え付けましょう。汚したらすぐに掃除です。ついでに毎朝掃除の時間を設けてください。しなかったら罰則、一生懸命にしたら報酬を出す、って事で』
「……検討、します」
 誄の勢いに押され、ギアナ支部の事務職員は思わずこくこくと頷いてしまう。きっと目を光らせると、提案内容をまとめたファイルを職員に押し付ける。
『良いですか、今後、世界中のエージェントが来るんでそのつもりで』
「(ああ……弟者、今日中はずっとこの調子かもしれんお……)」
 誄が八面六臂に活躍するその背中で、槇はただ自分に火の粉がかからないよう小さくなっている事しか出来なかった。


『は〜、やっぱアマゾンの蛇さんは太くてかわいーしプニプニして気持ちいー……』
「一体どこから来たんだろう……?」
 庭の真ん中で、気持ちよさそうな顔をしてアナコンダに絡まれているアジ。睦月はそんな姿を狐につままれたような顔で見つめていた。しかし考えても仕方ない事だ。やがて睦月は悪戯っぽく微笑むと、隣で小さくなっているテクに振り向いた。
「……そうだ。帰ったらテクの部屋もちゃんと掃除しておくからね」
『ゲェッ、やめろ、ムツキ』
 それを言われないために存在感を消していたというのに。テクは呻いて肩を落とすのだった。

「……そーいや、救援要請はエネミーが妨害してたんだよな」
 傍でアナコンダに巻かれているアジはスルーし、明は恭佳に尋ねた。空調やら何やらの修理に駆り出され続けて疲れたのか、ジュースを飲むその顔は何処かぼんやりしている。
「そうらしいっすね」
「もしマガツヒが何か起こしたとして、そん時に掃除する余裕はねぇよなぁ」
「でしょうね」
「ってことで仁科、掃除ロボット作れ。1体で水拭きとか色々できる奴な」
「ま、それくらいなら朝飯前ですとも」
「多機能っつっても宴会芸じみたのはいらねぇぞ?」
「えー」
「……おい」
 明は恭佳を睨む。恭佳はとぼけた顔で小さく肩を竦めるのだった。





 ギアナ支部の住環境が整った。これから職員は熱くエージェントをサポートするだろう。

 GOODEND

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 敏腕裏方
    行雲 天音aa2311
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862

重体一覧

参加者

  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 胃袋は宇宙
    メルトaa0941hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 敏腕裏方
    行雲 天音aa2311
    人間|17才|女性|命中
  • 一流の掃除屋
    aa2311hero001
    英雄|19才|女性|ジャ
  • 憧れの先輩
    須河 真里亞aa3167
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 月の軌跡を探求せし者
    愛宕 敏成aa3167hero001
    英雄|47才|男性|ブレ
  • 掃除屋
    夜代 明aa4108
    人間|17才|男性|生命
  • 笑顔担当
    アジaa4108hero001
    英雄|6才|?|ソフィ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 広い空へと羽ばたいて
    aa4783hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 掃除屋
    睦月aa5195
    獣人|13才|男性|命中
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    テクaa5195hero001
    英雄|25才|男性|ジャ
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