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それは不要な夏の風物詩
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夏とセミと救助者の相談会
最終発言2017/08/22 21:46:52 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/08/22 09:09:55
オープニング
●命がけの求愛合唱
違和感に気が付いた時にはすでに手遅れだった。
周囲の変化にいち早く気が付いた男は、反射的に立ち上がる。
手にしていた空のカンが滑り落ちるが、地面に接触した音は聞こえない。
さっきまで聞こえていた都会の喧騒と公園で遊ぶ子供たちの声は、それを上回る蝉たちの大合唱にかき消されていた。
「に、逃げろ……っ!」
叫んだつもりだった。しかし、自身から発せられたはずの声さえ聞き取れず。立ち上がったその足が地面に接している感覚も曖昧だ。
三半規管が麻痺し始めたのか、自分がまっすぐ立っているかどうかさえ分からず、少しずつ意識が遠のいていく。
視線の先では噴水の近くに立っていた子供たちが次々と崩れ落ちるように倒れていく。霞んでいく視界の中で一人の子供が噴水へと倒れ込む。
いくら浅いとはいえ、意識を失っていれば窒息してしまう。助けなければ、と思い足を動かすが、泥濘の中を歩いているかのように足が重い。
たったの数歩。普段なら2秒もあれば辿り着けるはずの距離が途方もなく遠くに感じる。
ついに足の感覚が途切れ、景色が回る。噴水の淵にもたれかかるように体を支え、左手を伸ばそうとする。
脳を揺さぶらんばかりの合唱は、いつの間にかキーンという耳鳴りのような音に変わっていた。
すべての感覚が麻痺し、眠るような心地よさと大きな不安が意識を連れ去る。その寸前に何かを掴んだと思ったが……。
●暑さを増幅させる鳴き声
現場付近を封鎖し、被害の拡大はいまのところ阻止されている。
君たちには、この公園内に取り残された一般人の救出と、元凶の排除をお願いしたい。
従魔であるこの蝉たちは人を気絶させるほどの音量で鳴き、おそらく自身のライヴスが尽きる前に動けなくなった人間を依り代にするだろう。
知っているとは思うが、鳴くのは雄の蝉だ。従魔化した雌が居ないとは言い切れない。可能であれば雌のサンプルを数匹捕獲し、H.O.P.Eで解析したいところだが……。一般人の安全と一匹も逃がさないことが最優先だ。
公園に近づけば蝉をある程度減らすまで、口頭での情報交換は困難だろう。また、駆除に時間がかかれば君たちだって鳴き声で意識を失ってしまうかも知れない。予め、どういった手順で動くかよく話し合っておいた方がいい。
救助対象の数は残念ながら不明だ。おそらく公園の中心にある噴水広場に集中していると思われるが……夏休みの子供たちも多いだろう、遊歩道や茂みまでよく探してくれ。
参考になるか分からないが、鳴き声のデータからして従魔は全てアブラゼミのようだ。木の幹と同化して目視ではなかなか見つからないかも知れない。
人の気配には敏感なはずだが……そういえば昔、蝉の鳴く森で大砲を撃った昆虫学者の本を読んだな……。あ。いや、すまない。今は関係のない話だったな。
睡眠不足の恨み等をぶつけてくれても構わないが、あくまで目的は従魔の駆除と一般人の救出だ。頼んだぞ。
解説
●目的
・従魔化した蝉の討伐
・意識を失っている一般人の救出
●状況
・現場は25sq平方の公園。中央に噴水広場があり、外周は木で囲まれている遊歩道がある
・従魔の反応は30。全てミーレス級。鳴き声の発生源は25。残りは雌と思われる
・雄の蝉が15匹駆除されるまでリンカー同士が口頭でやり取りをすることはできません
・従魔は人の接近を察知すると鳴くのをやめ、場合によっては飛んで逃げる場合もある
・アブラゼミは体色が濃い茶色。全長は5~6cm程
・救助対象の数と位置は不明。いずれも意識を失っており、自力で移動することはできません。倒れている場所によっては重傷を負っている可能性もあります
・公園の敷地内、特に従魔が多く潜む遊歩道付近は人間の鼓膜で処理できる音量をはるかに上回っており、時間と共に身体機能が大幅に低下したり、場合によっては意識を失う可能性があります
リプレイ
●都会のオアシスは喧しくて
焼きつけるような日差し、遠くにそびえる入道雲。オフィスビルのガラスが光を反射し、まるで何十もの太陽が昇っているかのようだ。
天気予報が最高気温38度と言い張っても、熱せられたアスファルトは50度へと達し、その上を歩く人々を容赦なく焼く。
本格的な夏の暑さに加え、まだ公園から離れた場所だと言うのに既に耳を塞ぎたくなるほどの蝉の大合唱。
作戦もまだ始まってないというのに、既にぐったりとしている氷鏡 六花(aa4969)の携帯が振動する。
隣に立つアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は見向きもせず、ただじっと公園の方へ鋭い視線と殺気を放っていた。
六花はいつになくダルそうに携帯を手に取り、届いたメールの文面を確認する。
――準備完了。いつでも始めてくれ。
――こっちも大丈夫だよ、六花さんお願いします。
「……ん。ねぇ、アルヴィナ」
『うん、始めるのね』
光に包まれ、共鳴し終えた六花は今一度、従魔と救助対象の位置を確認する。
「終わったらかき氷、食べようね!」
手にした魔導書が蒼く光を放ち、六花の放つ冷気を増幅させていく。氷の翼を纏う六花の周囲の気温が下がり、霧になった水分は直後に凍っていく。
ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く氷の粒は、同時に吹き始めたビル風に乗り風下の遊歩道へと流れ込み始めた。
まだ救助も始まっていない今、全力で魔法を使うわけにはいかない。人や草木に危害が及ばないよう「とびっきり手加減をして」放つ冷気は少しずつ気温を下げていった。
『共鳴すると兎の耳でこの音に晒されるとか、きっつい! 拷問……!』
六花に合わせ、公園へ進入すると蝉の鳴き声は一層強烈になる。
「人より耳が良い事が、こんなに恨めしかった事はないよ……!」
リボンで兎耳を包み、その上から帽子まで被っている藤咲 仁菜(aa3237)はそれでも意識が朦朧とするほどの爆音に晒されていた。おまけに頭部に熱が篭り、とにかく暑い。
『こうなるって分かってて受けたんでしょ。ニーナのバーカ! バーカ!』
リオン クロフォード(aa3237hero001)は不幸にも仁菜の優れた聴覚まで共有することになり、耳鳴りと頭痛を足したどころではない苦痛に思わず声を荒げる。
「救助って言われたら、受けるに決まってるじゃない! ば、馬鹿じゃないもん!」
いつになく子供っぽい口調で喧嘩しながらも、アサルトユニットで飛行する彼女は真っ先に広場へとたどり着く。
あらかじめ救助対象の位置は共有できている。噴水付近に四人、ベンチやその周辺に三人、遊歩道あたりに五人。仁菜は迷うことなく噴水に駆け寄ると、倒れている人の呼吸を一人ひとり確認して回る。
ふと、子供を抱えたまま噴水へ寄りかかるように倒れている男性が目に留まる。子供は噴水へ倒れ込んだのだろう、全身が濡れており男性は救助途中に意識を失ったと思われる。
少し遅れて、何やら木に仕掛をしていた荒木 拓海(aa1049)が合流する。真っ先に男性と子供の呼吸を確認すると「大丈夫」と言うように力強く頷く。
――噴水付近の四人は呼吸、脈ともに正常だよ。すぐに運び出すね。
メールで即座に情報を共有すると、茨稀(aa4720)から遊歩道に倒れている人の位置と状態が送られてくる。
相変わらず蝉はけたたましく鳴き続ける。
『不快な声ね……急ぎ助けなきゃ』
「聞いてると黒歴史@虫編が色々と甦る……」
どうやら鳴き声以外の苦痛も受けている拓海に対し、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)はいたずらっぽく畳みかける。
『やんちゃな事ばかりしてたのでしょ』
倒れていた男性を担ぎあげようとした拓海の身体がピクッと一瞬固まる。
「……急ごうか」
子供を担いで先に飛び立った仁菜を追って歩き出すと、涼しい風が公園に流れ込んでくるのが分かった。
『耳障りだ! 貴様は碌な依頼を受けんな』
キリル ブラックモア(aa1048hero001)もまたこの大合唱に声を荒げるが、弥刀 一二三(aa1048)の反応は穏やかだった。
「夏の風物詩どすやろ?」
『それならかき氷にしろ!』
二言目には甘いものがでてくる相方に、思わず笑みがこぼれる。
「……ほな片したら、前から言うてた人気店に行きまひょか?」
『フミ、速攻で片すぞ!』
殺意まで篭っていた声から一転、嬉々とした表情まで思い浮かぶほど明るい声で一二三を急かす。
パソコンの操作を終えた一二三は「はいはい」と言われるがまま動き出す。拓海と連絡を取り「仕掛け」の位置を確認し、公園へと進入する。
ほどなく桜の木の陰に置かれたスポンジを見つける。
『なんだこの臭いは……甘い……だけじゃないぞ』
「罠どす。虫が好きな臭いでおびき寄せようって――」
『なるほど、これで一網打尽と言うわけだな!』
果たして従魔化した蝉にそう簡単に通用するとは思えないが、やれることはやっておこう。
一二三も光ケーブルを取り出し、拓海の仕掛けた罠からさほど遠くない場所に設置する。
「ほな、次行きまひょか?」
『まだ何か仕掛けるのか』
「誘い込むだけが敵を誘導する方法ではおまへんでしょ?」
一二三は笑みを浮かべると、パソコンと大きなボトルを取り出した。
「蝉時雨との言葉があるが……これは、時雨と言うより豪雨だな」
『うへぇ~、蝉って苦手なんだよね……』
鼓膜を殴りつけるかのような鳴き声に、御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)は同時にため息をつく。
情報通りの場所にアブラゼミが居ることを確認すると、足早に接近しわざと蝉を警戒させる。
ジッ、という音で鳴き声が止まり、蝉がこちらの動きを窺っているのが分かる。恭也は足を止める代わりに、懐から水筒を取り出す。
『蝉に水をかけてどうするの?』
「一部の昆虫は羽根が湿ると飛べなくなる。下手に近づいて逃げられるより良い手だろ?」
言うが早いか腕を振りぬく。蝉が羽根を広げ飛び立とうとするが、水筒から放たれた水の直撃を喰らい、けたたましく鳴きながら墜落する。
恭也は流れるようにすぐさま得物を持ち替え、抜刀斬りを放つ。刃が吸い込まれるように蝉を襲い、その体を切り裂いた。
まずは1匹、だがまだ携帯は取り出さない。
遡ること十数秒。恭也の後方で待機する御童 紗希(aa0339)はロックと蝉の大合唱が混ざった良く分からない音に困惑していた。
「何?この音楽」
『メタルだよ』
「音楽の趣味テイルちゃんと一緒じゃん……。もうちょっといいのないの?アイドルリンカーの曲とか……」
『いいんだよ、こんくらいの方がテンション上がるだろ?』
カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は自信満々に答え、沙希は静かにため息をつく。
目の前では恭也の鮮やかな抜刀術により蝉が真っ二つに断たれ、霧散していく。
『マリ、俺たちの出番だってよ』
「わかってるよ」
アイコンタクトで合図を送った恭也に頷き返し、手にしたワイヤーを握り直す。
恭也が隣の木を大きく回り込むのを待ち、その間に狙いを定める。
目標は枝にとまっている蝉、たかが数メートル離れただけでそれは小さな木のこぶにしか見えない程だ。念のため銃をいつでも取り出せる用意はしているが、初撃を外すつもりもない。
同じ木にもう一匹蝉が居るために迂闊に手を出せなかったが、恭也がフリーになった今なら一匹も逃すことなく対処できるだろう。
再び水筒から水が放たれると同時にワイヤーが発射され、枝に止まっていた従魔を粉砕した。水を浴びたもう一匹は先ほどと同じように墜落していき、恭也の手に納まった。
――オスを三匹討伐。メスを一匹捕獲した。荒木、合流できるか?
「いまさらだけどさ……」
一斉送信されたメールを読み、沙希は素朴な疑問を口にする。
「オスとメスってどうやって見分けるの?」
『腹を見れば分かるよ。腹の両脇に一枚ずつ鱗みたいなのが付いてるのがオス、無いのがメス。オスは鳴いてる時腹が動いてるから見りゃすぐ分かる』
なるほど、とは思ったもののじっくりと観察したいものではなかった。
やるじゃん! という意味を込めて親指を立てると、恭也も力強く頷く。次も頼むぞ、と言われたような気がして一層気が引き締まった。
「蝉……ですか」
迂闊に手出しできなくなった現状を伝えようと携帯を操作する。虫とはいえ意外と侮れないものですね、と付け加える。
『ありゃダメだよな~……暑さが増す気がする』
冷房の効いた部屋くらいには気温が下がっているはずだが、ファルク(aa4720hero001)の言う通り、蝉の鳴き声には暑さを増幅させる力でもあるのだろうか。じんわりと汗が滲んでくる。
「……ま、ファルクだけでも暑い気がするのは気の所為でしょうかね……」
『何か言ったか?蝉の声で…全然……聞き取れな………』
「何でもないです」
道に倒れていた人は運び終えたが、まだここを離れることはできない。
蝉は30度を下回ると鳴かなくなるらしいが、従魔となった蝉は通常の蝉より丈夫なのか、まだ完全には鳴き止んでいない。
『夏に蝉は当然のように感じていましたが……些か……』
「うるさい、な」
少しは静かになったとは言え、本当に耳栓をしているのか疑わしいほどの音量だ。それ故に音のする方向は把握しやすい。
葵(aa4688hero001)は索敵に集中しつつもアリス(aa4688)を気にかける。
『大丈夫……ですか』
「まあ、マシ、と言った所だ、な」
茂みには虫取りでもしていたのだろう、子供が倒れているのがわかる……が。
隣に立つ茨稀と目が合う。メールで送られてくる情報と、彼が索敵した情報を照らし合わせると、目の前の茂みに多くの従魔が潜んでいることは明らかだ。ここからでも三匹は確認できている。
迂闊に近寄って救助を始めれば……そうでなくとも矢を一回放ち、茂みが揺れるだけで何匹が飛び立つか分からない。ここを後回しにしなければいけないのだろうか。
空気が冷えたことで居場所を移そうとしたのか、一匹の蝉が飛び立つ。どこかぎこちない羽ばたきでフラフラと飛ぶその羽根に季節外れの霜が降りた。
冷えて固まった体はいつの間にか氷でできた檻に囲まれている。
「上手くいったね」
『そうね、これなら同時に何匹か飛んでも対応できそうね』
氷の虫かごを手に乗せた六花は遊歩道へと向かう。
密集していて、なのに目視で探すのが面倒で、でも時間はあまりかけたくない。じゃあどうするか。
……全部飛ばしちゃえばいい。上空ならまとめて倒せる。あとは……。
蝉の声が格段に小さくなった。拓海がおそるおそる耳栓を外してみると、多少の喧しさはあるものの口頭でのやりとりはできそうなほどに音量はマシになっていた。
討伐数は十三。捕獲した二匹と合わせてもまだ半数が残っているはずだが……。
『六花ちゃんの攻撃が有効みたいね』
「そうだね、従魔化しても蝉本来の習性は残っているみたいだ」
公園から少し離れたところに待機している救急班との間を往復しているうちに少しずつ疑問が解けていく。
なぜ、従魔はこの公園から離れないのか。ビルの壁や街灯に蝉が居る気配はない。
なぜ、コンクリートとガラスに囲まれた、蝉にとって「暑すぎる」場所で鳴き続けるのか。
考えてみれば簡単な話だった。広場には噴水があり、周囲は木に囲まれたこの公園は周囲より気温が低い。
おまけに餌である樹液に困らず、卵を産み付ける枯れ枝や、成虫まで過ごす土もある。
蝉にとっても人にとってもこの公園は都会のオアシスだった。わざわざここから離れる理由も無いだろう。
そうとわかればこちらも出方を変えられる。
●狩りの基本
拓海の指示で遊歩道に続々と集まるエージェント達。涼しくなった公園に蝉の鳴き声はほとんど聞こえない。
蝉の反応は残り十三。うち七匹が遊歩道沿いの背の高い茂みに潜んでいる。
「準備完了どす。みなはん頼みます」
一二三が遅れて合流する。手には霧吹きが握られており、周囲には何か焦げたような臭いが漂っている。
続けてノートパソコンを操作すると鳥の鳴き声があたりに響き渡る。
蝉……だけではないが虫が嫌う木酢液を、用法通り薄めて周囲に撒き、さらに蝉の天敵である鳥の鳴き声を聴かせ警戒させる。
多少危険を冒してでも逃げたくなる状況に追い込んだ上で、エージェント達は動き出す。
恭也と一二三がそれぞれ木の下に待機する。拓海と茨稀が茂みの傍で待機し、六花と沙希とアリスがそれぞれ武器を構える。仁菜は倒れている子供に駆け寄れるように茨稀の近くで息を殺して待つ。
無言の合図で男たちは大きく息を吸い込む。
「「「「せーーーのっ!!」」」」
男四人の声が重なり、一斉に木と茂みを揺らす。恭也と一二三の放った蹴りは木全体を震えさせ、拓海と茨城は茂みを傷つけ過ぎないよう注意しつつも、力強く茂みを揺さぶる。
一斉に虫が飛び立つ音がすると同時に、寒さで動きが鈍くなった虫たちが落ちてくる。
飛び立った虫は全て蝉。レーダーで反応を探っていた六花と沙希はそのすべてが従魔だと確認できると攻撃に移る。
「飛び立ったのは全て従魔です! 予想通りね、氷鏡」
「うん! あとは任せてね」
『思いっきりやっちゃいましょう、六花』
忌避剤となった木酢液の臭いを避けた蝉は自然と一方向に飛び出す。その蝉たちの行く手に向かって六花が手をかざすと、公園の上空に無数の薄氷が現れる。同時に六花目の前に現れた魔法陣から絶対零度の弾丸が放たれる。
空気さえ凍らせながら飛ぶライヴスの弾丸は、青白い尾を引く彗星のように空を駆け、氷の鏡によって乱反射する。縦横無尽に駆け巡る絶対零度の弾丸は巻き込まれた蝉を砕くと同時に、空気を収縮させて新たな空気の流れを生み出す。
その余波で墜落していく蝉をアリスが的確に撃ち抜きトドメを刺す。
その様子を、さらに高所から見つめる鷹。ライヴスで生み出されたそれと感覚を共有する茨城とファルクは、真っ先に周囲の変化に気が付く。
『これは……かえってチャンスなんじゃねーの』
焦りかけたファルクは即座に、状況を生かす術に辿り着きいつも通りの飄々とした態度に戻る。
「どうやら片が付きそうだ」
言うが早いか、風に流された蝉の位置と、通過する地点を予測して仲間に知らせる。
『マリ、場所を変えよう。今なら位置取りは自由だろ?』
返事をするより早く、沙希は木にアンカーを撃ちこむと公園全体を見渡せる高所へ飛び移る。
「こそこそするのはもう終わりね」
風に流され空中をきりもみ状態で飛ぶ蝉にワイヤーを放つ。乱れた気流の中でも巧みにワイヤーを繰り蝉を討つと、リールも使わず手の操作だけで器用にワイヤーを手繰り寄せ、立て続けにもう一匹撃ち落とす。
茂みを飛び越えた恭也は、ベンチを踏み台に高く跳躍する。吹き上げられた木の葉の中に確かに目標を見つけ、空中に向かって刃を突きだす。まるで吸い込まれるように飛ばされてきた蝉は為す術なく切り裂かれ絶命する。
氷の弾丸を放った六花もまた、残された蝉を討伐するためレーダーの反応を頼りに動き出す。
消えた反応は十。予想以上に多くの敵を巻き込み、終わりが見えてきた。
●「気」を隠すには
上空で蝉退治が行われている間にも、茨城と拓海は茂みを掻き分けるように左右に寄せ、倒れている子供を引っ張り出せる空間を作る。
枝や小石で傷つけないようアリスと仁菜の二人がかりで運び出し、怪我の具合を確認する。
おそらく木から落ちたのだろう、肘から肩にかけ大きな青アザがあり、茂みの枝に引っ掻かけたのだろう傷が全身にある。
呼吸や脈に異常がないことを確認すると、茨城が腕を固定するようにブランケットで腕を吊り、その間にも仁菜はライヴスによる治療をする。
その様子を見つつ、蝉や要救助者の見落としがないか確認していた一二三は、自身のすぐ近くに微弱なライヴス反応を感知した。
「一二三さん……これ……」
蝉の撃ち漏らしを探していた六花もこの微弱な反応に気が付いたのだろう。確認をするように情報を共有する。やはり見間違いではない。
まだ蝉が潜んでいるのか、それとも人か、茂みの中の反応を頼りに目を凝らすがここからでは見えない。
「沙希はん!」
木の上にいる沙希からなら何か見えるだろうか。
「この辺の茂みの向こうに何や見えへんかい?」
返事も待たずに一二三は茂みに飛び込む。沙希は言われるがままに一二三が指さしたあたりを見やると、背の高い茂みの中へ不自然に垂れ下がる太い枝を見つける。かなり弱いライヴスの反応もそこからだ。
『子供の足が見えるぞ!』
張り詰めたカイの言葉に緊張が走る。
「ヒフミ、どうした?」
様子に気が付いた拓海が声をかけるが、一二三より早く沙希が答える。
「荒っきー! 枝に子供が引っかかってる!」
「!!!」
その場に居た全員に緊張が走る。遠くにいた恭也さえ何事かと振り返る。
逆さ吊りになっている子供の上半身は茂みと木の葉に隠れ、様子が分からない。場所からして、従魔化した蝉の反応に埋もれていた上に、枝や葉に隠れ上空からも見えなかったのだろう。
『ここからでは怪我をしているかどうかさえ……』
「そう、だな。仁菜、その子は、私に任せてくれない、か」
葵の言う通り、遊歩道側からではその場所も見えず、怪我の具合も分からない。もしもの為にも仁菜には傍に居てもらった方がいい。
「お願いします。救急車は――」
救急車が待機している場所を聞き、優しく子供を抱えるとアリスは歩き出す。
拓海と一二三が茂みを掻き分け、子供の真下に辿り着く。上から様子を見ている沙希は、枝を激しく揺らすことがないよう慎重に指示を出す。
やっと子供が見える位置までたどり着くが、枝は高く拓海でさえ届かない。
『枝を切り落とすしかねぇ! マリ、やるぞ』
「おけいはん、荒っきー、枝を切り落とすから子供を受け止めて。恭也と茨城は二人を支えてて!」
任せろ、OK、と口々に返事をするのを聞き、沙希はワイヤーを放つ。空気さえ裂く勢いで射出されたそれを、まるで針に糸を通すような正確さで操り、他の枝を傷つけることなく一本だけ切り落とす。
四人がかりで遊歩道まで運び出すと、仁菜は真っ先に弱っているライヴスの回復を図る。
肩にかけていたバッグの紐で宙吊りになっていたのだろう。幸い首は締まっていなかったようだが、紐が絡まっていた腕には蛇が巻き付いたようなアザができていた。木から落ちる途中で引っ掛かったのなら肩も脱臼しているかもしれない。
全身の切り傷や擦り傷と合わせてあまりに痛々しい姿に、言葉を失う。
拓海と恭也が小さな傷の手当てをしているが、そこにも言葉のやりとりは無い。
「……もう、大丈夫。命にかかわるほどの怪我じゃないから、あとは……」
少し肩を落とした仁菜が静かに状況を伝えようとすると、少年が小さく唸る。
やがてゆっくり目を開け、まばたきを繰り返す。
「お姉ちゃんたち……誰……?」
ぼんやりした目でゆっくりあたりを見渡す。自分の身体の傷や、公園の方、自分が吊られてた木の方を見て、再び目を閉じる。
「そっか……お姉ちゃんたちが、助けてくれたんだね」
安心したのか、さっきまでと違い穏やかな表情と呼吸。すぐにスースーという寝息まで聞こえ始める。
『(ニーナ……?)』
「(だ、大丈夫……ほら、はやく、この子を運ばないと)」
ホッとした空気につい気が緩みそうになる自分に言い聞かせるように「大丈夫」と繰り返し、子供を抱き上げる。
ありがとう。静かな声を確かに聴いた。仁菜の身体を借りるリオンは何も言わず、歩き出す。
「あれれ……見当たれへんどすね」
『風でどっか行っちまったのか?』
拓海の仕掛けたスポンジが見当たらない。一二三は木の周囲をくまなく捜索しているが、回収できたのは自身が仕掛けた光ケーブルだけだった。
『ん?なんだこれ、って冷たっ!』
「拓海さんが仕掛けた罠かな……?凍ってるけど」
子供を運び終えた仁菜とリオンはベンチの下に転がっているスポンジを見つける。
六花の攻撃による余波でも受けたのか、カチコチに凍っている。
裏返すとそこには同じく氷漬けになった一匹のアブラゼミ。
「おお、そないなトコに。通りで見つかれへんわけどす」
『これで二十九匹目、かな?』
「もう死んでる……よね」
おそるおそる尋ねる仁菜に対し、リオンは彼女の身体を使って蝉をしっかり掴むとコールドボックスに入れる。
「状態もいいし、資料としてはまだ――」
リオンの言葉を遮る絶叫。もちろん虫を掴まされた彼女のものだ。
「何で触っちゃうの!?」
『触らないと入れられないよ?』
「男の人に入れて貰ってよ! ちゃんと手洗ってきて! その手で武器触らないで!」
戸惑うリオンに構わず次々と指示を出す仁菜に圧倒され、しぶしぶその場を後にする。ポカンとした表情で見送る一二三。
『……俺も男なんだけど。ゾンビだって触ったり切ったりしたのに、今更蝉くらいで何を――』
「それはそれ! これはこれ!」
女の子って難しいなぁ……。
「このコールドボックスは従魔サンプル用ボックスにする……」
言われた通り手を洗っていると、仁菜が悲しそうに呟く。
『まぁ……虫入れた物に、食べ物入れたくないよなぁ』
その辺はちゃんと共感できるのになぁ。
残る蝉は二匹……のハズだが。
レーダーの反応を頼りに場所を絞り込むが、雑草が邪魔で目視ができない。
『う~、蝉って嫌い。地面で死んでると思って近づいたら急に鳴き出して驚かすんだもん』
伊邪那美が全力で不意打ちを警戒しているのがわかる。
「あ~、あれは確かに驚かされるな」
よりによって今回の蝉はその音量だけに特化している、と言ってもいいほどの個体だ。不意打ちを喰らえば寿命が縮みかねない。
……と思っている矢先に、恭也の靴になにかが当たる。乾いたなにかが擦れる音。
「『……っ!!』」
電光石火で撃ちこむように振るわれた恭也の右手。そこに握られた針が深々と蝉の腹を貫く。
『ちょっと、残酷じゃない』
突然の行動に伊邪那美は狼狽える。
「耳元であの騒音をを聞きたいか?」
『鳴けない様に確りと深々と刺してね』
鮮やかな手のひら返し。その声に慈悲すら感じ取れない。
「恭也、やったのか?」
「ああ……これは――」
近くに居た拓海が近寄り、オスかメスか判断する。
沙希や茨城、六花まで集まり、ジッと蝉の腹を見る。
「オスだね」
『オスですね』
拓海とメリッサに賛同するように沙希が頷く。
「なるほど、オスだね」
『だろ、腹見れば分かるって。オスだな』
じゃあ……と茨城が続ける。
「オスのサンプルは要らないって」
『んじゃ殺すしかないな』
うんうん、と首を縦に振る六花。
『これもわたしたちの役目だもの』
「夏の眷属殺すべし、慈悲は無い」
六花の放った冷気によって蝉は粉々に粉砕される。
一二三が残る一匹の顛末を告げた頃には、気温は夏の夕暮れにふさわしいものに戻っていた。
「未だに耳鳴りがしている気がする……」
報告を終え、サンプルを納品し終えると、待ちきれない様子のキリルが口を開く。
『フミ! 約束通りかき氷だ! メリッサ殿達もどうだ?』
伊邪那美と六花の顔がパッと輝く。
『ニーナ、せっかくだし食べて行こうよ』
「カイ、は甘いものは……」
『たまにはいいんだよ、気にするな』
ぞろぞろと歩き出した一同に対し、申し訳なさそうにはにかむ一二三。
「……割り勘で…ええか?」
残念ながら財布は万年寒い。
「お疲れ様、です」
コトン、と音を立てて飲み物が置かれると、アリスは素直に受け取る。
「ああ……ありが、とう」
「アリスさん……」
「なんだ?」
二人の間に流れる独特な空気。二人にとって居心地の悪いものではなく、むしろ……。
「あの蝉たちが……卵を産んでいる……かも知れないです。後日調査が行われるようですが」
「わかった。行こう」
意図を汲み取ってか、アリスは快く承諾した。
ファルクと葵は、自身の主の大切な時間に割って入ることはしない。静かに、ただ遠くから見守るだけだった。
後日、H.O.P.E主導の元で行われた現地調査を偶然見かけた一般人は、そこでどこか浮世離れした雰囲気を持つ二人を見かけたという。
どこか悲しげに微笑む二人は、小さな虫の命にさえ感傷的になる優しい人なんだろう、と思いその場を後にした。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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