本部

嘘は理想の鏡、努力は真実の鏡

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/20 16:17

掲示板

オープニング

佐藤君子はひどくブラックな病院に勤めていた。
人手不足のため給与は多少よいものの、休みは何か月もなく、シフトも勝手に変えられてしまう。
四六時中鳴り止むことを知らないナースコールにノイローゼ気味になりながらも、患者様のためになるならばと懸命に働いた。
ところがある日、そんな彼女には死の宣告にも思える異動命令が下った。

「佐藤くん、君は明日から隔離病棟を担当してくれ」
「えっ……!」

隔離病棟は担当の看護婦が一人きりで、この病院で最も過酷と言われる部署である。
ただでさえ忙しさに参っていた佐藤は、私にはできないと医師に食い下がったが、決定事項だと一蹴されてしまう。

「早く業務に戻りたまえ。患者様に迷惑をかけるな」

そう言われてしまっては寄る瀬もない。
佐藤はその日も、帰宅することなく仮眠室で朝を待つこととなった。
もうやっていけないかもしれない……トイレの鏡に映ったやつれた自分の姿を見て、佐藤は思った。

「隔離病棟なんて、消えてしまえばいいのに」

その瞬間、生ぬるい風が"前方から"吹き抜けてきて、佐藤は身震いした。

「……え?」

目の前の鏡が、朽ち果てたシールを無理矢理剥がすようにぺりぺりと中心からめくれて、その下から黄ばんでひどく古い、しかし全く同じ鏡が現れたのだ。
そして、そこに映っている自分の形をしたモノが、自分ではないことに気付き、佐藤はがちがちと歯を鳴らした。

「アハーハハ! その望み、叶えてあげる!」

自分の顔をしたモノが、下品な笑い声を上げ、鏡に手を突き出した。
異様に黄色い、血管の浮き出た女の手が、洗面台のへりを掴む。
少しずつ、ずる……ずる……と、その女が鏡から這い出して来て……。

……翌朝、事件を異世界からの干渉と断定した病院によって、H・O・P・Eに救援要請が入った。
招集されたエージェントたちは、とある看護婦が忽然と消えたこの事件について説明を受けることになる。

「電話なども通じず、探したところトイレに佐藤氏のポーチだけが残されていたそうだ。また、同じトイレの鏡に異世界化の形跡が見られ……調査の結果、同座標に『ドロップポイント』が発生していることが分かった」

ディスプレイに、発見されたドロップポイントについての調査結果が映し出される。
愚神の力で創造された時空の歪みが、ドロップポイントとなっているようだ。レーザー探知によると、構造は隔離病棟がない以外、現実の病院と全く同じになっている。

「これは病院からのメッセージだが、佐藤氏は努力家で患者人気も高く、今日から隔離病棟に配属されることになっていたそうだ。隔離病棟は信頼のおける看護婦にしか頼めない大切な仕事だが、彼女は過労もあって嫌がるそぶりを見せていたらしい。愚神はこの心の隙につけいったのだろう。なんとか助け出し、仕事に復帰してほしいものだ」

あなたがたにはこの時空の歪みへ突入し、行方不明になった佐藤氏を救助してほしい。

解説

達成条件
ダンジョン『異界病院』で愚神の依代『佐藤君子』を助けてください。

ダンジョン構成(PL情報)
・地上3階、地下1階建ての朽ち果てた病院で、スタート地点は1階エントランスです。
・1階ナースステーションでナースコールを確認し、3階病室へ向かってください。病室に入るとドアが閉まり、分断されます。
・病室内のPLは3体の従魔と戦闘になります。病室内には真新しいメモ帳(佐藤君子のメモ)があります。
・病室外のPLは合流のため鍵が必要です。鍵は2階守衛室にあります。鍵入手後、2階廊下で3体の従魔と戦闘になります。
・佐藤君子のメモ:もう逃げられない。これから地下の霊安室に隠れるつもりです。誰かたす……(字が途切れている)
・霊安室は障害物が整列した広い戦闘エリアです。

敵構成
・デクリオ級愚神『理想の鏡』(スロウス・スクリーン)
地下霊安室で2体の従魔と共に出現するピンク色のエロナース服を着た女型愚神です。佐藤君子と同じ顔を持ち、PCは愚神=彼女と認識することができます。
巨大な注射器状の銃器を使い、近接範囲に打撃、それ以外は銃撃を行います。

・ミーレス級従魔『心無い天使』(チープホワイト)
白色のエロナース服を着た女の姿をしています。頭の半分が脳味噌のようなもので隠れています。
逆関節で、首も逆に付いているので、動きづらいみたいです。
手にしたメスによる切り裂き攻撃のみ使用します。強い光に怯む性質があります。

リプレイ

●エントランス

 長い年月を経たように朽ち果てた不気味な院内に心情を漏らすシャンタル レスキュール(aa1493)の足元で、麝香猫じみた姿の英雄スケジロー(aa1493hero001)は能天気だ。愚神というかお化けが出そうだ、と考えているのはリィェン・ユー(aa0208)も同じだった。彼は右目であたりを見渡し、現実の病院風景と比べてみた。英雄イン・シェン(aa0208hero001)もそれを倣う。ソファの配置からポスターの張り方までなるほど全く同じである。

「なンかこのお仕事コ話い……」
「ユー、どないしたんや? ちょこっと病院に篭って愚神スライス作りゃええだけやで」
「異界での戦いか……こいつは気をつけないとな」
『そうじゃな。気を引き締めていくのじゃ』

 一方雁間 恭一(aa1168)は、王子然とした女性愛者である英雄マリオン(aa1168hero001)の言葉に、自身が生死を彷徨った際の入院生活を思い出していた。

「看護婦とは愛すべき女達だ。救ってやらねばなるまい」
「そういやお前、入院中可愛がられてたな……。気の毒な佐藤さんを連中から解放するには、まず愚神の居所を掴まなきゃならない訳だが」
「問題はそこからだな。しかし、どうも現実と感じが違うな」

 その違和感の正体を暴いたのは、病院の見取り図を入手していた桂木 隼人(aa0120)と氷斬 雹(aa0842)であった。院内構造を頭に叩き込んでいた古川瑛理奈(aa0042)もそれに気付いていただろう。ここは現実を鏡に映した左右逆転の世界なのだ。
 一方有栖川 有栖(aa0120hero001)は見取り図を広げる桂木の手元を覗き込みながら、ちょっと残念だなと思っていた。どうせ桂木と二人なら、もっと楽しい場所に行きたかったのだ。いつも通りの場違いな思考回路である。

「遊園地とかがよかったなあ……」
「なにかヒントになるもんはないやろうか。被害者が看護師やったら、ナースステーションとか何かありそうやな」
「詰め所へ寄るってのはサンセー。しっかし、ボロい病棟だナ」

 氷斬は自動小銃のマウントリングに装着したLEDフラッシュライトが点灯することを確かめると、青白く痩せた頬を歪めて軽薄そうに笑った。
 手がかりを求め、一行はナースステーションへ向かう。古川は病院から拝借した懐中電灯を手に先陣を切って進んでいく。角を曲がる際斜めに覗き込むようにして注意を払う古川を見て、英雄エミール・エネクス(aa0042hero001)は恍惚ぎみに微笑んだ。

「人気のない病院……不気味さと併せて背徳的な浪漫があるな」
「そうして見えない敵に怯える姿……すごく愛らしいよエリー」

 調子を狂わされ、古川は額を押えるそぶりで仮面に触れる。エミールは眼鏡の奥の碧眼を嘲笑に歪めた。後ろの方を歩くシャンタルは、事前に調査した佐藤君子の人柄や患者とのエピソードを反芻している。

「砂糖サん、こんナニ頑張ったのに……願い続蹴る事が出来なくナッチャっ単だ?」
「まあ病院の仕事はなあ」
「シャンテ、こレを武器に刷る」
「あんなあ……そういう説得は逆にプレッシャーになる事もあるんやで?」
「ううん、ミンナの話を聞いてお持ったの。佐藤さん絶隊、葬いう強さの在る人だト思う」

 召喚者の言葉にスケジローはヤレヤレと息を吐いた。その会話が聞こえた桂木は内心『なんというか、しゃーないなぁ』と感じていた。桂木自身、エンジニアとして請け負ったデスマーチ案件から逃げ出した経験があった。辛いとき逃げる勇気も大切なものだ。我慢していたら神様が助けてくれる、なんてのは御伽話である。事実被害者の前に現れたのは神様ではない。
 ナースステーションはすぐそこだった。紙類が散乱した部屋の壁には、途切れとぎれに鳴り響くナースコールの親機がある。呼び出し元の表示は『301・長良様』とあった。何人かはあまりに露骨な誘導を訝しんだものの、他に手がかりもない。エージェントたちは3階にある301号室へ向かった。

「ここやけど……ええ予感がせへんわ。外で待っとくわ」

 病室の前で桂木が立ち止まった。外を見張る者も必要であろう。古川は桂木の言葉に頷き、深呼吸をした。そしてバッと扉を開け、左右を素早く照らす……しかしなにもない。雁間とリィェンが彼女に続いて部屋に入った。シャンタルもその後を追いながら、仲間たちに佐藤君子の担当患者について話しだそうとしたそのときであった。
 押し開きの扉がバタン! と勢いよく閉じ、入りはなにいたシャンタルは廊下に押し出され、胃た! と尻もちをつく。桂木が驚いた様子もなくドアノブを捻るが、当然開かない。氷斬に至ってはそれみたことかとおかしそうに笑った。

「……蚊ギが掛かっテる!」
「うわーやっぱ罠じゃーん!」
「やっぱりな、思った通りやわ……さて、と。ホラーゲムのお約束やと、鍵がいるな」
「カツラ岐山! そこの鍵ってドコに或の?」
「『マスターキー』言うてドア破壊してもええんやけどな……」

 しかしホラーゲームだと、それはできないお約束である。桂木は見取り図を取り出し『警備室』と記された部屋に目を留めた。

「ここにありそうやな……で、敵さんもおりそうや」
「とっとと行こうゼ。鍵はどうあれ、俺様は確認したいコトがあるからナ」

 氷斬は足早に警備室のある2階へ向かう。その途中、彼は廊下に備え付けられていた消火器を拾い上げた。白衣を脱ぎベルトにトリガーを引っ掻けて、コードを前へ引き出し安全装置を抜く。それからまた白衣を羽織り直すという氷斬の奇怪な行動に、シャンタルは不思議そうな顔をした。

「何につ買ウの?」
「ナンでもいいジャン?」

●301号室

 ドアノブを捻るリィェンにダメだ、と目配せされ、古川は部屋の中へ向き直る。3人の耳には朽ち果てたシールを無理やり剥がすようなベリベリという音が聞こえていた。古川は違うと理解していたが、万一のため音のする方へ問うた。

「佐藤君子か……?」
「いや」

 応えたのは傍らの雁間であった。身長の高い雁間には、ベッドの影のソレがどんな姿なのか見えていたのだ。雁間と感覚を共有したマリオンも、その背徳的ななりに憤りを垣間見せる。

「露出狂のナースか? 大事なモノがはみ出てるんだが、そそられ無いのは何故かな?」
「なるほど愛すべきものを侮辱する姿だ。切り刻んで手足を逆さに付け替える事から始めよう」

 知恵の輪のように絡み合った姿を現したのは、頭蓋骨を陥没させ異様に黄色い肌をした3体の看護婦であった。それらは四肢をあり得ない方向に捻り、分裂すると手にしたメスでエージェントたちに襲い掛かった!
 雁間が左胸の幻想蝶に意識を集中すると、収束したライヴスの光が彼と英雄を包み込んだ。再び姿を現したのは、淡く光るライトブラウンの長い髪を靡かせ、10年後のマリオンを思わせる姿をとった雁間であった。向かい来る従魔に対し、雁間は容赦なく大剣を振り上げる。
 古川は雁間を狙う2体のうち1体を引き受けるため、その顔にライトを当てた。零れ落ちそうな脳味噌に体液が絡んでテラテラ光る。

「うぇ、気持ち悪い見た目してるな……さっさと終わりにしてやるよ」

 英雄エミールに共鳴を呼びかけると、彼はそれに応じ意識をぴたりと重ね合わせる。するとエミールはライヴスの光と化して召喚者の身体を覆い、古川の黒い髪は輝くような黄金色に変化した。古川は従魔の初撃を軽やかに回避し、ロングコートの裾を翻すと水晶の扇子を構えた。

「お化けじゃないなら死んでくれ」

 リィェンは素早く戦拳を具現化し、鈍足で迫る従魔の横っ面を殴り飛ばして横の棚に衝突させた。インがリィェンに頷いて見せ、二人はリンクドライブに入る。光の渦から黒鉄の装具を身に着けた召喚者が進み出ると、その体幹を覆う揺らめく陽炎が露わとなった。ゆっくりと左目を開き、金色の双眼が大破した家具の残骸からムクリと起き上がる異形の看護婦を見る。従魔は女のような吐息を漏らし、再び襲い掛かってきた。鋭いメスが頸動脈を狙う。リィェンはそれを容易くいなすと、肘から先が人間とは逆転した従魔の腕を容赦なく叩き折った。パキパキというか細い音がして、耳障りな悲鳴があがる。看護服から伸びる血管の浮き出た脚を蹴り払うと、仰向けに倒れた従魔のふくらはぎは膝の下にあった。常人なら吐き気を催すレベルだが、リィェンはこと戦闘時はそういった感性から思考を切り離すのが得意だった。顔色ひとつ変えずに頭部を刺し貫くと、従魔はひときわ声をあげて手足をばたつかせたが、間もなく動かなくなった。
 仲間たちの方を見ると、古川の足元には傷だらけの残骸と、雁間の傍には手足をバラされて脳天を真っ二つにされた残骸が転がっていた。やり過ごしたか、とリィェンは息を吐く。

「この部屋にも何かしらの手がかりはあるはずなんだけどな」
「敵がいたんだ、何もないじゃすまさないぞ」

 古川が部屋を探索すると、何もかも黄ばんだ古い物ばかりの中に真新しいメモ帳を見つけた。裏台紙には『サトウ』と被害者の名前がある。佐藤君子は一時、ここにいたということだ。内容を尋ねる雁間に、古川は最後に書かれたであろう一文を読み上げた。

「これから地下の霊安室に隠れるつもりです。誰か……」
「……逃げ込む場所なんて何処にも無いのにな。モルグで愚神とお医者さんごっこかよ、ぞっとしねえな」
『これだけ従魔が出てくるのじゃから早く見つけて助けてやらないといけないのぅ』

 リィェンの胸の内で、インが呟いた。古川も同様に、罠であれ行かねばならんな、と考える。その思考は精神をリンクしている英雄に筒抜けだ。エミールは古川の心に、さもおかしそうに語りかけた。

『くくく……罠で結構! そこへ飛び込むのがエリーだ』

●警備室

「敵は……おらんな。警戒は怠らんようにな」

 病室外の3人は警備室に到達し、301号室の鍵は簡単に手に入った。氷斬はモニタリングブースのパネルを操作している。彼の調べたいものとは監視カメラの映像であった。

「敵や被害者が映れば儲けモンだ……」

 氷斬は2F廊下の映像の中からよたよたと歩く看護婦を、B1霊安室の映像から爪の手入れをする看護婦の映像を探し出した。前者は見た目にも会話の通じなさそうな溶けた頭をしているが、霊安室の看護婦の顔には見覚えがあった。おそらく佐藤君子だろう。に、憑依している愚神と言ったほうが適切か。

「ほぅ、愚神がおるな。どんな苦痛の表情になるやら……クックック」

 その映像を見て、桂木は低く笑った。愚神に対する嗜虐性は彼の心の闇とも言うべき部分だ。氷斬は苦虫を噛み潰したような顔で桂木を見たのち、銃を取り上げた。脳味噌がパーになった方の看護婦は、警備室に近付いていたからだ。
 従魔が目的地へ至る最後の角を曲がりかけたとき。氷斬がコーナーから飛び出し、銃口を看護婦へ向けた。同時にLEDライトがそのおぞましい顔を照らし出す。強い光に怯んだ従魔は格好の的だった。氷斬は戸惑いなく引き金を引きフルオート射撃で従魔の頭部を粉微塵に破壊した。15発ほど撃ち込んだところで従魔は顎から上だけ残したスッキリした姿で膝をついた。
 従魔は一体ではない、それは監視カメラの映像を見た桂木とシャンタルも知っての通りだ。桂木が氷斬と反対の通路に躍り出ると、そこにも看護婦の姿をした従魔が立っていた。手にしたメスを光らせ、狂気的な女性の笑い声をあげる。

「隼人くん、リンクするの? わたしとリンクするの?」
「サクッといくで! 『物理で殴る』これが王道や!」

 桂木は有栖川の腕をぐい! と引き自分と従魔の間に割り込ませた。桂木からの共鳴の意思表示であった。有栖川は自らが受けた仕打ちなど何も意に介することなく嬉しそうにそれに応じる。有栖川が光と消えると、桂木の纏うライヴスは膨れ上がり、オーラは具現化して、術者の身長よりもはるかに長大な大鎌が現れ出た。カクカクと無様な歩みで凶器を振りかざす従魔に、桂木が一閃する。能力差は歴然で、従魔はその場に崩れ落ち切断面から血にしては黄色すぎる体液を撒き散らした。その零コンマ数秒後、跳ね飛ばされた首が廊下にドサと転がり落ちる。

「首を刎ねたら一発や」
『嬉しいなっ、わたし隼人くんとリンクするのだぁい好き!』

 人型の首を跳ね飛ばしておきながら、有栖川は大変に喜んでいた。桂木が振り返ると、そこでは魔法少女インセンシスナイン・ブレイドムスクに変身したシャンタルが従魔を二等分にしたところであった。

「あ、変身のセリ麸ワスレタ……」
『今日はええわ。いっぱいいっぱいやろ? 次にとっとき』

 廊下での戦闘を終えた3人は3階へ戻り、入手した鍵を使って病室に閉じ込められたエージェントたちと合流を果たす。メモ帳と監視カメラの映像から、愚神の居場所は地下霊安室と判明した。

●霊安室

 入室と同時に、雁間はライヴスを込めた一撃で辺りを吹き飛ばした。突然攻撃を受けた愚神は予想以上に派手なエージェントの登場に抗議した。

「ンもう、いきなり手を上げるなんてヒドいわぁ~~?」
「おいおい、あの病院ってあんなナース服で仕事させてるのか」
『まさかあの助けてとは、この格好にさせられることに対してじゃないじゃろうな』

 顔は写真で見た佐藤君子そのものだが、真面目そうな面影はどこにもない。これが『理想の鏡』であろう。リィェンとインはその衣装にちょっと引いているが、雁間はそれが愚神の趣向を反映した装いであることに気付いていた。悪趣味を貶める発言に、愚神は下卑た高笑いをあげた。

「愚神のセンスって如何してこう最低なんだ?」
『彼等は英雄のパロディだからな。本質から目を逸らし続ければ戯画でしか無くなる。だから愚神なのだろ?』
「アハーハハ、最低ですって? 逃げ出したいと望んだのはこの女なの。あたしはこの女を解放してあげたのよ~~!」

 愚神は手にした巨大な注射器の針先をこちらに向けた。長い弾帯がジャラと擦れ、それが重火器であると気付いたエージェントたちは一斉に回避行動を取った。直後、けたたましい音をあげて注射器が火を噴く! 同時に、壁から毟れるように現れた2体の従魔が近くにいた古川に襲い掛かった。従魔は古川に馬乗りになって仰向けの腹にメスを突き立てようとした。しかしすんでのところで従魔は顔面をメシャッと歪ませて吹き飛び、反対の壁に激突した。従魔を蹴り飛ばしたのは雁間だった。古川は体勢を立て直し、残りの従魔に向き直る。金切り声をあげる従魔に、古川は懐中電灯を向けた。強い光は従魔を怯ませ、この隙に古川の放った魔法の弾丸が従魔の下腹部を貫く。バランスを崩した従魔の腰に、雁間の大剣がめり込んだ。さらに古川が火炎魔法で追い打ちをかけ……その後にはブスブス燻る消し炭だけが残された。

 蹴り飛ばされた従魔は、雁間に狙いを定めようとしていた。氷斬は援護のため、この従魔に攻撃を仕掛けた。バラバラバラとアサルトライフルの銃弾が標的を捉えると、怒り狂った従魔は狙い通り氷斬に標的を切り替えた。氷斬は障害物を巧みに利用し、接近を許さず攻撃を加える。従魔はなかなか追い付けないことに苛立ち、冷静を欠いているようだ。極めつけとばかりに、氷斬はベルトに引っ下げた消火器のハンドルを握った。ストレッチャーの影から飛び出し、従魔の顔面に消火器の中身をぶちまける! 古びた中身はぐじゅぐじゅしてひどく濁っていて、突然そんなものを浴びた従魔は悲鳴をあげて顔を掻き毟った。氷斬はそれが愉快でたまらないといった笑みを浮かべ、とどめの引き金を引いた。

「バイバーイ★」

 一方掃射を終えた愚神にはリィェンとシャンタルが襲い掛かっていた。攻防を続けるうちに愚神の服は破け、リィェンは至極真っ当な感想を抱いた。

「なんつうか目のやり場に困ってくるなこれは」
『なんじゃ、そなたはああいったのが好みか』
「いや、一般常識的な意味でだ」

 しかし被害者が愚神に憑依されている以上、単純に倒せばいいというわけにいかず防戦一方だ。状況を打破するには何をすべきか。リィェンに、シャンタルは用意した『武器』があることを語った。シャンタルは散在するストレッチャー上を飛び移って愚神に接近し、ライヴスを込めた大鎌の一撃を繰り出す。愚神はそれを武器で受け止め、小競り合いになった。

「佐トウさんから離れ手!」
「言われて離れるバカいないわよお」
「……長良さんNOばアちゃん、骨折して動けなくなって盲導なっテモ良いって思って竹ど、アナタが旅の鼻しをして暮れて」
「はぁ~~? ダレそれぇ?」

 愚神はその名前に聞き覚えがないようだが、愚神の依代はそうではない。シャンタルは鎌を押し返す力が少し弱まったのを感じていた。一人ずつ患者の名前を出し、佐藤君子へ呼びかける。

「川内サン、手術ノ後で不安だっ手行ってタ」
「……うるさいわね! そんなヒト知らないわよ!」
「ト根さん……」
「最カミサん……」
「ク磨さん……」
「……うう?!」
「みんなの顔を思い出して!」

 明瞭な発音でそう告げると、愚神の武器はみるみるうちにヒビが入って砕け散った! シャンタルの大鎌が武器を失った愚神の胸に突き刺さる。大きなダメージを受けた愚神は依代と概念体が剥離し、気を失っている『佐藤君子』が霊安室の床に膝をついた。リィェンは愚神がシャンタルから逃げられないようフォローに回っていたが、被害者が剥がれたのを確認して素早く保護に向かった。一旦離脱し、離れた場所にその身体を横たえる。シャンタルもそこへ駆けつけた。

「癌張ったネ!」

 二人はそこで、悲痛な叫びを聞いて振り返った。視線の先には力の供給源を絶たれ、あとは消えゆくばかりの愚神ににじり寄る桂木の姿があった。桂木は後ずさる愚神の脚を2度3度と斬りつけて切断面が見えるほど痛めつけると、倒れた愚神の頭を踏みつけて邪悪極まりない笑顔を浮かべた。

「逃げれへんようになったなぁ、クックック……簡単には倒さへんで」
「うっ……ううううう! いったぁああい」
「どや? 何も出来んと嬲られるのは」
「キッキモチワルイ、さわんないでよーッ」
「クッハッハッハッハッ! 愚神といえどもサマがないな! えぇ表情や、もっと苦しめや!」

 愚神は指先からハム程度の薄さで延々と切り刻まれながらキイィと喚き散らしていたが、体重が三分の一くらいになる頃やっと何の反応も示さなくなった。白目で泡を吹いた凄惨な死に顔であった。

●撃破後

 現実世界へ戻ると、古川は挨拶に出た病院の上層部一同に今回のような騒動が『極度な精神的不安や疲れが原因であり、再発の可能性もある』ことを説明した。そういった負の感情は、患者にも良い影響を与えないと。これにより病院側は労働環境の改善を約束した。

「ブラック企業ってやつなのかねこれが、好きに生きれる人ってのは少ないんだろうな……」
「エリーも働いてボロボロになってみないかい? きっと素敵な顔が見れるさ」

 本部へ戻るバスに揺られながら古川が心情を口にすると、エミールは愛おしそうに言うのだった。雁間もまた、遠ざかる病院を眺めて思ったことを口にする。

「ナースってのはいい性格したのが多くて参るよな」
「いい性格をした者が多くて何故参るのだ? 素晴らしいではないか」
「マリオン、いい性格の意味分かってるか?」
「患者を救おうと理想に燃えて看護婦となり、しかし実際は死と言う絶対に勝てぬ敵との永遠の撤退戦を続けねばならぬ仕事……いい性格と成らねば続くまい」

 マリオンは雁間の思う以上に看護婦を哲学しているようだ。彼女たちは慈しみに値する。マリオンにとって看護婦は愛すべき女達だ。

「それにしてもひでえ仕事だった。期待とか嘱望とか将来とか、都合のいい言葉だよな」
「所詮は他人の言葉だ。本人に応ずる何かが無ければ風の音と変わらん。……多分、彼女は患者の元に戻るのではないか?」
「そうか? コリゴリだろ。賭けるか?」

 一方、戦闘後早々に別行動を取っていた氷斬は例の病院のトイレにいた。

「コレ始末の必要ねーんだよナ? ……ハイハイ分かってますよォ、まだ壊してねぇから」

 電話の相手はH.O.P.E.本部である。愚神の出現現場にあった鏡に適切な処理が必要かどうか確認していたのだ。勝手に壊すなと声を荒げる担当者を煩わしく思い、ブツと通話を切って外へ出ようとして、氷斬は思わぬ人物に遭遇した。目を覚ました佐藤君子である。氷斬はペコリと頭を下げる佐藤の横を通り抜け、すれ違いざまに一言だけこう告げた。

「看護資格があるなら他所で働けば?」

 佐藤は振り返ったが、氷斬はそのまま病院の雑踏に消えていった。

「いいえ……ここで頑張ります。辛いから頑張るんじゃなく、患者様のために」

 佐藤の呟きは無人のトイレに響いた。……この使命がいかに逃れ得ぬ苦痛の枷となろうとも、都合のいい理想は虚飾に過ぎない。真の充足は努力という鏡のみに映り得るだろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    古川瑛理奈aa0042
  • 悲劇のヒロイン
    シャンタル レスキュールaa1493

重体一覧

参加者

  • エージェント
    古川瑛理奈aa0042
    人間|13才|女性|攻撃
  • エージェント
    エミール・エネクスaa0042hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 冷血なる破綻者
    氷斬 雹aa0842
    機械|19才|男性|命中



  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 悲劇のヒロイン
    シャンタル レスキュールaa1493
    人間|16才|女性|防御
  • 八面六臂
    スケジローaa1493hero001
    英雄|59才|?|ブレ
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