本部

青い空、プレゼントの夏

山川山名

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2017/08/09 19:07

掲示板

オープニング


 夏の蒸し暑さがいよいよ高まってくる中でも、休日のショッピングモールは多くの人でにぎわいを見せていた。子供連れの家族、カップル、仲良し女子グループ、部活友だちの男衆、その他もろもろエトセトラ。真上から照り付ける太陽に焼かれながらも、楽しげな雰囲気が褪せることはなかった。
 しかしながら、そのショッピングモールの中央。ハブのように伸びる道がちょうど一点に集中する広場のど真ん中で、二人の少年少女が額を突き合わせている姿が見受けられた。
「だーかーら! 今日はあたしがプレゼント買ってあげるって言ってんじゃん! どうして素直に言うこと聞いてくれないのかな!?」
 肩の上あたりで短く切り揃えられた茶色の髪に、ややつり上がった眼尻は彼女の勝気さを強調しているかのよう。動きやすい丈が短めのシャツとボトムスの先からは、小麦色に焼けた引き締まった筋肉を持つ手足が伸びていた。
 腰に両手を当て、自分より頭一つ分背の高い青年を見上げても、少女は一切物怖じするどころか、むしろ威圧するような格好で口を開いた。
「今日は兄さんの誕生日なんだから、そうするのが自然でしょ!?」
「それを妹にされると、何だろう、僕の威厳みたいなものが消える気がするんだよね……ただでさえ肇には勝てるところがないんだからさ」
 その勝気な少女――肇と彼は呼んでいた――の前で困ったように頬をかいているのは、少女とは正反対の印象を与える温厚そうな青年だ。真っ白な肌は手首と足首から先の少しぐらいしか露出しておらず、濃い黒の短髪となで肩も相まって静かな美術室か図書室にいたほうがずっと様になるような青年である。
「誕生日って言っても、僕と肇は三日しか違わないじゃないか。だったらここで僕のプレゼントを選ぶより、肇のものを先に見繕った方がいいんじゃないかって思うんだ。ほら、前に欲しいって言ってた靴なんかいいんじゃないか? 今日はお金も持ってきてるし……」
「それじゃ意味ないよ。兄さんのプレゼントが先だから」
「そんなこと言っても、僕今欲しいものなんてなくて」
「なに?」
「なんでもないです……で、でもさ」
「ん?」
「僕なんかのためにプレゼントを買っても仕方ないと思うよ。肇のお金なんだから、肇が使った方が絶対いいって」
「……なにそれ?」
 肇は自分の目の前で困ったように笑いながらそんなことを言った兄を見上げ、ほんの少しだけ動きを停止させた。肇の目は信じられないものを見るそれにだんだんと変わっていき、恐る恐る口を開いた。
「……本当にそう思ってるの?」
「もちろん。僕は肇が喜んでくれたらそれでいいんだから――」
 だが、青年がすべて言い切る前に肇は唇を噛み、思いっきり叫んでいた。
「だったらもういいよ! 兄さんなんてもう知らないッ!!」
「は、肇!?」
 青年から背を向けて全速力で走りだした肇を追いかけようとした青年がったが、その差はどんどんと開いていく。やがて肇の姿は人の山に埋もれてしまって、とうとう見えなくなった。
 青年は道の真ん中で追いかけていた足を止め、流動する人の頭を眺めた。
「……肇」
 呆然と呟いた声も、雑音に飲み込まれて霧散した。


『……よし、それで最後のようだな。ご苦労だった、これでこのショッピングモールの安全は保たれた。協力に感謝する』
 大型犬の姿をした従魔が消滅すると、リンカーたちがつける通信機からそんな声が聞こえてきた。
 H.O.P.E.の要請で、人々を避難させることなく秘密裏に従魔の撃破を行ったリンカーたちもまたショッピングモールに集まっていた。人気の少ない場所で戦っていた彼らは、それでようやく共鳴を解いた。弱かったとはいえ、いきなり呼び出されては骨も折れる。
 依頼は達成した。リンカーたちはまた、おのおのの日常に帰ろうとお互いに違う方向へ足を向けようとして、ふと気が付いた。
「あの……リンカーの方、ですよね? お願いします。妹を探してほしいんです」
 どういうことか、と一人が聞き返すと、膝に手をついて息も荒い青年は、生唾を飲み込んでから、そのいきさつを簡潔に話しはじめるのだった。


 皆さまのもとに現れた青年――八坂終は、仲たがいしてしまった妹・肇を探しています。彼女を探し、終とまた会わせましょう。
 ですが、ただ会わせるだけでは肇も終も疎遠な雰囲気なままで終わってしまいます。皆さまには仲直りするために必要なことを、終に教えていただきたいと思います。
 自分が英雄と、あるいは能力者と喧嘩してしまった時にどうするか、そのようなことを伝えてあげるといいでしょう。
 彼と彼女という人間を救えるのは、皆さましかいないのですから。

解説

登場人物
 人年肇(ひととせはじめ)
・ショッピングモールに兄である八坂終とともにやってきた少女。スポーティな服装に焼けた肌が特徴。十六歳。
・明るく強気、熱しやすく冷めやすい。殻にこもりがちな兄を外に引っ張り出す役割を持つ。友だちも多い陸上少女で、兄とは反対の性格である。テストはだいたい赤点ギリギリ。
・自分の兄を気にかけており、今回も三日後に迫った兄の誕生日プレゼントを購入するためにやってきた。しかしそこで兄と言い争いがあり、現在広場から遠く離れた通りをさまよっている。
・好きなものはデフォルメされた動物のグッズ。
・とある愚神に外見が似ているようだが……?(PL情報:かつて撃破された愚神『アルファ』に酷似した外見。ただ関係性はない)

 人年終(ひととせしゅう)
・ショッピングモールに妹である八坂肇とやってきた青年。やや丈が長めな服装におっとりとした雰囲気が特徴。十八歳。
・温厚かつ柔和。妹の一歩後ろで彼女の活躍を見守る役目を持つ。友だちは多くなく本が親友であり、妹とは真逆の性格である。学年上位。
・たった一人の妹が何より大好きだが、少々デリカシーに欠ける。妹とはぐれて探している最中。
・好きなものは本と妹が好きなもの。
・とある愚神に外見が似ているようだが……?(PL情報:かつて撃破された愚神『オメガ』と外見が酷似。関係性はない)


ショッピングモール
・多くの人々でにぎわう名所。観光地にもなっているので地元住民以外の客も多い。
・敷地面積が広大で、場所がわからなければ再会することも容易ではない。
・とにかく人が多い。
・天候は快晴。時刻は正午過ぎ。

リプレイ


 最初に終の姿を目にしたフィアナ(aa4210)は、ほんの少しだけ目を見開き、驚愕の色をあらわにしたものの、やがて柔らかく微笑んだ。
「……お名前は? 私はね、フィアナっていうの」
「僕は人年終と言います。それで妹を、どうか探していただきたいのですが」
「人相を確認できるものはあるか?」
 赤城 龍哉(aa0090)が終の方に歩みを進めると、彼はポケットから端末を取り出していくつか操作したあとに画面をリンカーたちに見せた。
「この子です。名前は肇、少し前にはぐれてしまったんです」
 こちらに笑顔を向ける少女の顔を確認した紫 征四郎(aa0076)とユエリャン・李(aa0076hero002)は、お互いに顔を見合わせた。
『他人の空似、ではあろうが』
「そっくり、ですね」
 かつて対峙した少女の愚神を想起させるその姿は、あれよりは間違いなく邪気に毒されている様子はない。満開の向日葵のような朗らかな笑みだった。
 ルー(aa4210hero001)が微笑みを崩さずに問う。
『これ以外の特徴と呼べるものはないでしょうか。例えば、性格や趣味嗜好といった』
「そうですね……性格は活発で、明るいです。後は、デフォルメされたかわいいグッズが好きです」
「ん……デフォルメされた、動物……かー」
「どさくさで猫探しとかしたら駄目だよマスター☆」
「しないよ!?」
 と、ストゥルトゥス(aa1428hero001)にからかわれて血相を変えるニウェウス・アーラ(aa1428)はさておき、続いてルーが質問を投げかける。
『最後に分かれた場所は?』
「中央の広場です。ここからだと少しかかりますけど」
「……迷子センターさんに……」
『確かに、君はそれで来るだろうけどね? 相手は年頃の女の子だ、やめておいた方がいい』
 真剣にその手段を呟くフィアナをなだめ、リンカーたちは互いの顔を見合わせた。終からの情報は獲得した。次に必要なのは、誰が探すかだ。木霊・C・リュカ(aa0068)が口火を切って、
「半分ぐらいが肇ちゃんを探しに出る感じになるのかな?」
『ではリュカの代わりに僕が捜索に出ましょう。他の方々は』
「ボクたちも行くよ。ねーマスター?」
「……ん」
 凛道(aa0068hero002)、ストゥルトゥス、ニウェウスが手をあげると、次いでフィアナ、ルー、茨稀(aa4720)がそれに加わった。最後にヴァルトラウテ(aa0090hero001)が赤城に言った。
『では、ここは私が』
「頼む。見知らぬ男に声かけられるよりはよさそうだしな」
 かくして、六人は人の山と化したショッピングモール内部に進入した。残ったメンバーは終と捜索を開始した。
 雲一つない快晴の中、確かにいたはずの彼らを生き写しにした二人を訪ね歩く旅が始まった。


「……肇」
「とりあえず落ち着け。妹はヴァルたちに任せておけば遠からず見つかる。その間にこうなった事情ってやつを聞かせてもらおうか」
 赤城に諭されて、終は歩く速度を遅めつつそれにうなずいた。
「肇が僕の誕生日プレゼントを買うって言ってくれたんですけど、僕はそれよりも肇のためになるものを買った方がいい、って言ったんです。それで……怒られてしまって。肇に逃げられて、こうなりました」
 簡潔な説明を伝えられ、リンカーはほぼ例外なく顔をしかめるか眉をひそめた。わずかに口角をつり上げたリュカが、
「はっはーん、そりゃあ終君が悪いね。デリカシー欠如だね」
「そ、そうですか?」
「そうだよ。お兄さんせーちゃんから言われたら泣いちゃうよっ」
「わ、私は言いませんよ」
 共鳴を終え、ライヴスで模った鷹を放ったばかりの征四郎は慌てて否定した。彼女の代わりにユエリャンが声だけを発する。
『それは君が悪いと思う。だってそうだろう。君だって、妹君を悪く言われたら怒るはずだ』
「それは、そうですが」
『大事な人を悪く言うやつは許さない、たとえ大事な兄であっても……そういう事であろう、多分』
 珍しく歯切れが悪くなった。ユエリャンにとっては、この言葉も想像の域を出ないからだ。
「うーん……そりゃお前さんが悪いんだぜ……」
『ボクでも怒っちゃうかなー……あんまりなんだよ』
 虎噛 千颯(aa0123)と烏兎姫(aa0123hero002)にも非難を浴びせかけられ、ただでさえ気が弱い風の終はますますうろたえた。薄手の上着の裾をつまんで、
「そんなことないです。僕にプレゼントなんかしても、結局宝の持ち腐れになってしまう。せっかく肇が手に入れたお金なんだから、あの子が使わなくちゃ駄目なんです。それもいけないんですか?」
「それがデリカシーがないって言うんだぜ。妹ちゃんが好きなのはわかった、だったら妹の好意はなおさらちゃんと受けないと。なんでも断るのが優しさじゃないんだぜ」
「……」
『うーん、パパがこんなこと言ったらボクも怒っちゃうなー。肇くんがかわいそうなんだよ』
 烏兎姫はひょいひょいと集団の前に躍り出ると、終の前で人差し指を立てた。ちょうど弟の不手際をいさめる姉のように。
『ボクとパパが喧嘩した時は、ちゃんとボクが「どうして怒っているのか」をパパはちゃんと考えて謝ってくれるよ? 終くんはどうして肇くんが怒ったのか分かってるのかな?』
「……チハヤが謝る前提なのですね」
 征四郎の呟きを千颯は微妙な顔でスルーした。
「肇が、どうして怒っているのか……」
 終はますます裾を強く握ると、無機質なコンクリートの地面を見て黙り込んだ。

 一方、捜索組は三手に分かれてそれぞれで捜索を始めていた。ヴァルトラウテ、茨稀、そしてニウェウスたちとフィアナだ。
 ヴァルトラウテは他の二組と連絡を取りながらペットショップを、茨稀は自らの推測を頼りに人通りの少ないエリアの捜査に入った。そして、ニウェウス、ストゥルトゥス、フィアナ、凛道の四人はフィアナの提言も受けて、広場から離れた場所から探していた。
「まあ最初は肇さんが好きそうなところからローラーしていくんですが」
「写真も、送ってもらった、から……大丈夫」
 モールの中は相も変わらず大勢の人でごった返していて、気を付けなければ彼らたちもはぐれてしまいそうだった。それでも一軒一軒、動物系のグッズを扱っている店の前に来ては中をくまなく調べ、その都度ヴァルトラウテと茨城に情報を共有した。
『そちらはどうですか?』
 凛道が端末に呼びかけると、ヴァルトラウテは気難しく唸った。
「こっちも見つかりませんわ。こういう場合、気分的に癒しを求めてもおかしくはありませんから、ぬいぐるみを扱う店も回っているのですが……」
『茨稀さんは?』
「……こっちもいません」
 端末の奥からも雑音が流れ出てくる。程度の差こそあれ、あちらもなかなかに大変なようだ。凛道は改めて礼を言ってから端末をポケットに入れた。
『厳しそうですね、この量だと。人の顔を判別するどころか、ぶつからずに前に進むだけでも一苦労です』
「そうですねー。全部回るころには日が暮れますよ」
「でも、どうにかして、見つけないと……」
 夏も盛りに入ってきたせいで、リンカーたちの首筋にも汗が光る。適度に休憩も取らなければこちらが先に音を上げてしまうことだろう。人口密度は時に暴力と化すのだから。
 すると、フィアナが会話の中に入らずに一方向を見つめているのがニウェウスの目に入った。蒲公英の綿毛じみた雰囲気の彼女ではあるが、その視線は間違いなく明確な意識を持っていることは彼女にもわかった。
「どうか、した?」
「……ね、あのひと、肇じゃな、いかしら?」
 そう言って彼女が指さした先は、少し離れた店先。まだ捜索に入っていなかった場所だったが、そこでは一人の少女らしき影がじっと腰を低くして何かを見つめていた。
『あの方でしょうか?』
「ですかね? ……あっ、頭振って離れてった」
「でも、戻ってきたわ、ね」
 ニウェウスは何とか目を凝らして終から手に入れた写真とその少女を見比べた。やがて、三人に向き直って静かに首を縦に振った。
『どうしましょうか。僕が声をかけに行きましょうか?』
「いや、いきなりは警戒されるでしょう。ということでマスター出番ですよ☆」
「……うん」
 と、ニウェウスとストゥルトゥスは連れ立って肇がいる店の前に進んでいった。凛道とフィアナはそこから距離を開けてついていく。
 日に焼けた肌の肇は、まったく抑えきれていない興味とともにショーウインドウの中をじっとのぞき込んでいた。もう何回か離れようと試みているものの、その都度『彼ら』が放つ引力に負けてこうして中を覗き込んでいる次第だった。
「……どうしよう。こんなことしてる場合じゃないんだけど……」
 でも逃げられない。己の趣向とは時に恐ろしいものである。
 と。
「ぁ……ねこさん、かわいい……ねこー」
「マスターぁ、前に買ったばかりじゃなかったっけ」
「んー。でも可愛いし……」
 見たことのない二人組が自分の近くまで寄ってきて、自分と同じかそれ以上の興味をもって同じ場所を見つめてきたのだ。その内の一人は自分と同じ程度の年に見え、二人とも日本人離れした風貌をしていた。
(……外国の人かな? ちょっとどこうかな……)
 離れるという発想はなかった肇が横に動こうとすると、ストゥルトゥスがおもむろに肇に顔を向けて言った。
「いやー参っちゃいますネ。いつもこんなんなんですよ」
「……へっ? あ、ああ、そう、なんですか?」
 自分に興味を向けた事と驚くほど流暢な日本語で話しかけられたことに二重で驚きながらも、肇が何とか言葉を返すとニウェウスが食いついた。
「動物、好きなの?」
「ええまあ」
「どの子が好き?」
「……この猫、かな。なんか小さくてかわいいから」
「私も、この子好き。……ねこー」
(悪い人じゃなさそうだな……)
 いつの間にかニウェウスの雰囲気にほだされた肇は、彼女の後ろでストゥルトゥスがヴァルトラウテに連絡を取るようにと背後の凛道にジェスチャーを送っているのに気づけなかった。
「そういえばまだ名乗ってませんでしたね。ボクはストゥルトゥス、こっちはマスターのニウェウス。きみは?」
「あ、肇です。筆みたいな漢字の方の……って、漢字分かるのかな」
「分かりますよー。ここじゃ暑いんで中入りません? 立ち話もなんですから」
 ストゥルトゥスの言葉に肇も賛同した。そろそろ休憩するころだろうとも考えていた。
 三人が店の中に入ったところで、凛道とフィアナはヴァルトラウテたちとルーに連絡を取っていた。
「もう見付けられたのですか?」
『ええ。ヴァルトラウテさんと茨稀さんはこちらに来られますか?場所はお伝え出来ますが』
「……僕はやめておきます。ファルクたちと合流してから改めて向かいます」
「私もそうさせていただきますわ。……ああそれと、肇さんには事情を聞く建前で、ため込んでいるものを全部吐き出させてあげてください。おそらくそのままの状態で連れてくのはほぼ無理でしょうから」
『分かりました。それではまた』
 凛道が通信を切ると、フィアナもまた端末をしまった。
「話が、終わったら広場、に行くらしい、です」
『……では、僕たちも肇さんと接触することにしましょう』
 凛道がそう言うと、フィアナも細やかに微笑んでその後に続いた。
 店の中は空調がフル稼働しているせいか一瞬寒いとさえ思えるほどだった。壁一面に二頭身ほどの動物のぬいぐるみが所狭しと展示され、それ以外にもシャツや小物があちらこちらに置かれていた。
 ニウェウスたちの姿は奥の方で見つけられた。肇はニウェウスとだいぶ馬が合っているのか、楽しそうに話しては笑顔を見せていた。
『遅れました』
「お疲れさまでーす。お二人はどうすると?」
『ヴァルトラウテさんたちは終さんたちと合流して広場に向かうとのことです。……ヴァルトラウテさんからの伝言で、事情を聞く建前で肇さんのため込んだものを吐き出させてください、と』
「でも、どうや、って……?」
 フィアナが首をかしげると、肇が増員に気が付いた。凛道とフィアナに目を向けて口を開く。
「ストゥルトゥスさん、お知合いですか?」
「うぬ。こっちの眼鏡イケメンが凛道くん、ふわふわガールがフィアナくん」
 肇と目が合った。本当によく似ている、という呟きを何とか飲み込んで凛道が口を開く。
『……初めまして。貴女のお兄さんから頼まれて探しに来ました』
「兄さんに?」
 肇は目を見開き、ライオンのぬいぐるみを持つ手に力を込めた。
 直截的過ぎたか、と凛道が危惧したが、肇の反応は拒絶のそれとは違った。むしろどこか嬉しそうにひとり呟いた。
「……そっか。兄さん、人に自分から話しかけたんだ」
『少し、お話を聞かせてもらってもいいですか? 一体何があったのか』
「いいですよ。皆さん悪い人じゃなさそうだし。って言っても簡単なことですよ。あたしが兄さんの誕生日プレゼントを買おうとして兄さんを連れ出して、けれど断られた。それであたしが逆ギレして逃げた。それだけです」
「……ほんとうに、それだけ?」
 フィアナは少しだけ哀しそうな顔で肇に体を寄せた。緑色の瞳には、かつて対峙した少女とそっくりの顔が映っている。
「仲良しさん、は一緒の方がいいわ。喧嘩したまま、は寂しいでしょう? 仲直り、しなきゃよ」
 途切れ途切れではあったけれど、フィアナは確かに肇に伝えた。フィアナが思うに、この兄弟は互いに想いあっているからこそ衝突している。だからきっと、溝が埋まらなければ何度だって同じことが起こる。
「私、兄さんとは喧嘩したことない、けど”兄さん”とはよく衝突するから……肇も、何が自分の幸せなのか、ちゃんと終に言ったほうがいいわ」
 肇はしばらく黙り込んでそれに耳を傾けていたが、やがてあきらめたようにふっと笑った。ようやく肇が自分の心の内を少しだけ開いたようでいた。
「……そうですね。ちょっと長くなるんですけど、聞いてもらっていいですか? あたしも誰かに聞いてほしくて」
 全員が頷く。ありがとうございます、と言ってぬいぐるみを元の棚に戻してから肇が口を開いた。
「兄さん、昔は頭が良くて、スポーツも出来たんです。誰からも好かれていたし。あたしは全然兄さんに似てなくて、しょっちゅう親からなじられてたんですよ」
 でも、と肇はわずかに顔をうつむけて、
「ある日、あたしがいつもみたいに母さんからお小言言われてるのを兄さんが聞いちゃったんです。そのときは結構あたしへの当たりが強くて、あたしは気にしていなかったんですけど兄さんがショックを受けちゃって。それで『肇に迷惑かけるぐらいならもう何もしたくない』って引きこもっちゃったんです」
「……本当に?」
「本当だよ、ニウェウスさん。で、あたしはそれで自分を変えようといろいろなことを頑張った。勉強はできなかったけど、足は速くなった。明るくいようとしたし、周りも応えてくれた。親のあたしを見る目も変わった。――気がついたら、兄さんとの立場が逆転してた」

「僕としてはそれでいいと思ってたんです。肇が輝いてくれるなら、何でも。僕のせいで肇が苦しむのなら僕はいらない。……今でもそう思ってます。だから、僕は肇のそばにいられない。路傍の石であろうとする、僕は」
 終がそう言い終えてしまうと、すぐさま征四郎から声が飛んだ。成長した彼女の、すさまじい目つきとともに。
「本気でそんなことを言っているのですか」
「ええ。少なくとも今の僕には、あの子から何かをもらう資格がない。これからもないかも知れませんが」
 赤城はそんな終を見ずにバリバリと頭をかくと、ひどく大きなため息とともに言った。
「ま、お前さんが妹大好きなことはよくわかった。その割に妹が何かしてくれるってのに素直に応じない理由も。――簡潔に言えば、お前さんは妹の好意を踏みにじった。てな所か」
「……そう、なるんでしょうね」
 完全に呆れた色が入ったため息。しばらく物も言えなさそうな赤城に代わってファルク(aa4720hero001)が前に出た。
『終。このままだと肇に会った時もしこりが残るぜ。そのことは今聞かされた俺たちよりも肇の方がよくわかってるはずだ。終が肇にしたいことは、何だ?』
「そんなの、決まってます。肇が……『肇ちゃん』が、ずっと笑ってくれること。それだけで、十分です」
『ならそれを素直に表に出してやれ。肇はきっと終からそれを聞きたいはずだからな』
「……はい。――ああ、そうか。だから肇は、ずっと」
 ――もし本当に終が肇にとって必要のない存在だと思っているのなら、家出するかなどして姿を消せばよかったのだ。それが出来なかったのは、肇の笑顔を誰よりも近くで見ていたかったから。
 肇もそれがわかっていたから、終を気にかけ続けた。兄が妹を愛するように。
 そんな単純なことに、終はようやく気付けた。もう何年もかかってしまったけれど。
 終は天を仰いで、自分自身に呆れたように言った。
「……僕、最低の兄さんだな。こんなことで肇を怒らせるなんて」
『もう気づいたみたいだけれど。君が妹に喜んでほしいと思っているのなら、彼女の方も同じように思っているかもしれないね』
「ええ。そうだと、信じます」
 ルーの言葉に、終が静かにうなずく。赤城はやっと終わったかとばかりに伸びをして、いくばくか鬱屈とした雰囲気が取れた声で言った。
「素直に妹の好意を受け取って本の一冊でも買ってもらえよ。そのうえでお返しに彼女にプレゼントをしてやればいいんじゃないか?」
『そうだよ、プレゼント! 仲直りの印に、お互いにプレゼントを買って交換すればいいんだよ!』
「そうそう、女性に手ぶらで謝るなんてかっこ悪いよ!」
 烏兎姫とリュカの弾んだ声色と対照的に、差し出すような声音で征四郎が口を開く。
「プレゼント、なのですが。欲しいものがなければ、その、妹さんが好きなものをお揃いで、とかどうでしょう? 終の好きな本でもいいと思うのですけど、一緒に選ぶのも、きっと楽しいと思うのです」
「一緒に選ぶ、ですか」
「プレゼントはする方も楽しいもの。喜んでくれたらすごく嬉しいし、貰ってもらえないのが一番寂しいのです……」
「……そうですね。でも肇ちゃんはきっともうプレゼントを買ってると思います」
『どうしてわかるんだ?』
 ファルクの疑問に、終はかつての才媛の姿を思わせるように自信をもって答えた。
「僕は一番近くで肇ちゃんを見てきましたから。何をするかぐらいお見通しです」

『では行きましょうか』
「え、行くってどこに?」
 凛道はなぜか当然のことをわざわざ問われたように自信に満ちていった。
『プレゼントを選ぶのでは? サプライズが本当は一番だと聞きましたが、ええ』
「きみそんなタイプだったっけ?」
 ストゥルトゥスの疑問は無視した。わざわざ某物理学准教授のように眼鏡を押し上げた凛道を見て、肇はとうとう抑えきれないという風に吹き出した。
「あははっ。でも、そうですよね。あたしはもともと兄さんにプレゼントを買ってあげるためにここに来たんだから」
「私も、協力するよ」
「……ええ。とびきりのを、探しましょう?」
「ニウェウスさん、フィアナさん……ありがとう。へへっ、待ってろ兄さん。絶対あっと言わせてやるんだから!」


「――来たな」
「それ、誰のマネ……?」
 妙に格好つけたストゥルトゥスにニウェウスが半眼を向けた。だが実際に、終を先頭にした集団が肇たちの待ち受ける広場に着々と近づいてくる。
 終の顔は、その色合いがどこか変わっていた。陰が取れた、というのだろうか。
 二人が正対する。踵を返そうものならストゥルトゥスなどはすかさず動く構えだったが、まったくの杞憂だった。
 終がいきなり直角に腰を負った。
「本当にごめん、肇ちゃん!」
「……、」
「僕、大切なことを忘れてた。僕は、肇ちゃんの近くで肇ちゃんの笑顔を見てたかったんだ。それに必要なら僕はいらないと思ってた。……でも、それで肇ちゃんを傷つけてた。それこそ最低なことだったんだ。だから、ごめんなさい!」
「いいよ。それに気がついてくれたってだけで、あたしはもう嬉しいから」
 ばっと顔をあげた終の目の前に、いきなりぬいぐるみが突き出された。慌ててそれを手に取ると、終の胴ぐらいの大きさがあるその形は。
「……犬?」
「誕生日おめでとう。兄さんにそっくりだったから即決したんだ。どうかな」
「――うん。ありがとう。肇ちゃんが選んでくれたものだもん、全部嬉しいけど、本当にうれしいよ」
 ぎゅ、と抱き寄せる。その姿はまるで子供のようで、確かに幸せそうだった。その後ろから、ルーとファルクが彼の背中を小突いた。
『まだ、渡すものがあるのでしょう?』
『忘れるなよ』
「あっ、そうだった。これ、肇ちゃんに」
「あたしに? ……これって」
 終から手渡されたのは、一冊の児童図書だった。二人の兄妹が、両親から見捨てられてもめげずに生き残り、とうとう幸せになるという誰でも知っている内容のものだ。
「昔これをなくしてすごく泣いてたでしょ? ちょうど見つけたから、プレゼントにって思ったんだけど……」
「――ぷっ。兄さん、私もうこんなの読むほど子供じゃないよ?」
「えっ、あ、そ、そうだよね。そう言えばそうだった……ごめん」
「本当だよ。次はあたしの誕生日プレゼント探しに付き合ってよね?」
「も、もちろん。いくらだって付き合うよ」
 心底安堵したような表情の終と、それを見てますます笑みをこぼす肇。そんな二人の前に、烏兎姫が集団の中から跳ねるように出てきた。
『肇くんはお兄ちゃんが大好きなんだね!』
「だ、大好きって――ッ!?」
『何処が好きなのか、それを伝えてみるといいと思うんだよ。恥ずかしくてもね。言えなくなる前に言えることはちゃんと言っておくべきなんだよ』
「――ありがとう。そうしてみる」
 そこに、凛道がそっと滑り込ませるように二人に声をかけた。
『抽象的な質問で申し訳ないですが……今、幸せですか?』
 二人はわずかに顔を見合わせ、やがて顔全体に喜色を浮かべて応えた。
『とっても!』
 それからしばらくして、兄妹とリンカーたちが分かれる段になった。肇と終が頭を下げ、これまでのことへの感謝を述べると、リュカがいきなりどこからかケーキが入った箱を取り出した。
「これも縁ってやつだからね、誕生日おめでとう! 元気でね!」
「はい。本当に、今日はありがとうございました!」
 二人はもう一度深々と頭を下げると、何度も何度もリンカーたちを振り返りながら帰途に就いた。そこには例えようもない、リンカーたちに対する感謝があった。

「ねえ兄さん。ずっと、あたしのそばにいてくれる?」
「もちろん。肇ちゃんが望むのなら、いつだってそばにいるよ」



『アルファとオメガも然り、このような未来もあったのであるかな』
「わからないです。でも、彼女にもヒトと同じ心があったと、そう思います……」
 ユエリャンと征四郎は、二人が去って行った道を見つめながらそう呟いた。彼らはどこまでもあの二人に似ていて――けれど、決定的に違っていた。
 ユエリャンは、一つ息を吐く。兵器開発者のユエリャンからすれば、感情はできる限り排すべきだ。それがいい兵器の条件の一つだと思っている。
けれど、このヒトらしい感情は例えようもなく無駄で、美しい。
『せめて、きちんと会えていればいいがな』
 白み始めてきた空を見上げ、ユエリャンはぽつりとつぶやくと、背後から声をかけられた。
『今、よろしいですか?』
『竜胆か。どうした』
『少々遅れましたが、誕生日おめでとうございます。これを』
 そう言って手渡されたのは、ネコ科の動物――もちろん豹もいる――中心の写真集だった。ユエリャンはかすかに目を見開いたが、やがてそれを大事そうに自分の方に引き寄せた。
『ありがとう。ゆっくり鑑賞することにしよう』
「よかったね凛道、終君を軽く待たせてまで選んだ甲斐があったよ」
『マスター、あまりそういうことは……!』
「リュカ、誕生日プレゼントは何がいいですか?」
「お、せーちゃんプレゼントくれるの? 嬉しいなあ、俺はね――」
 日は暮れていく。
 生きている者たちの想いとともに、またかけがえのない一日が終わっていく。

 それより少し前。あらかた人がいなくなった店の中で、烏兎姫が水着を手に小躍りしていた。
『パパ! 見て、新作が出てるんだよ! 今年の夏はこの水着かな!』
「うんうん、烏兎ちゃんは何着ても似合うからねー、でもパパ今厳冬期でね? あ、駄目? 買うのね……はい……」
 ……日は暮れていく。
 生きている者たちの想い(と財布)とともに、かけがえのない一日が終わっていく。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
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