本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】この刹那に、命燃やして

桜淵 トオル

形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
25人 / 0~25人
報酬
普通
相談期間
6日
完成日
2017/08/03 02:09

掲示板

オープニング

●奇怪な肉片
 夜は夜明け前が最も暗く、寒い。
 いつまで続くか先の見えない警戒態勢、しかも徹夜とあって、ここ七十五番札所善通寺を防衛するエージェント達の疲労はピークに達していた。
 四国を地獄と化した愚神・神門勢力の動きは、掴めていない。
 だが四国結界の三つの要のうち、残るひとつを狙ってくることは間違いがない――として、善通寺周辺住民の避難と、二十四時間体制での警戒は続いている。
 べちゃり、と湿った小さな足音がした。
 夜間照明の中で、地上に落ちる小さな影。土と変わらない色をしている。
 蟇蛙のようなそれは不恰好に跳ねながら、東院の赤門を通って参拝道を通り、金堂へと向かう。
――蛙か? 
 よくいる小さな生物にしては、やけに禍々しかった。
 弱々しい四肢を不器用に動かして、べちゃり、べちゃりと跳ねる。
 訝りながらもひとりのエージェントが、『それ』を剣で貫くと――いきなり爆発した。 
 あたりに広がる爆風と、飛び散る『それ』の得体の知れない肉片。
 小規模でも、ライヴスによる爆発だ。
「敵襲!」
 赤門の外の道路は、奇怪な蛙で埋め尽くされていた。
 背中には毒を思わせるイボと斑点。手足は潰れたように細く、躍動感はない。
 『それら』はちょうど子供の工作のように、大きさも色も形もバラバラ。左右対称でなく、目の位置と数すら揃わないものたち。
「こいつらはおそらく従魔だ! 爆発に気をつけろ!」
 エージェント達は範囲攻撃スキルで『それら』の動きを縛り、次々に仕留める。
――べちゃり、べちゃり、べちゃっ……。
 金堂の警護に当たっていたエージェントは、なにも見なかった。
 ただ湿った足音だけがして。
 堂のなかに納められていた薬師如来像の、胸部が突然に爆発した。

●つわものどもが、夢のあと
 その少し前。
 赤門の東、避難によって人気のなくなった深夜の住宅街に、一組の男女が立っていた。
 男はフードつきの黒いコートに身を包み、女はダークグレーのタイトなパンツスーツで、大きなバレッタで長い髪を纏め上げている。
「意外と見つからないものだな。監視カメラに細工をしたら、すぐに小蝿が飛んでくるかと思っていたが。他の仲間達も、すぐに到着するだろう」
 男はここまでの途上にあった監視カメラを、黒ペイント弾で狙い撃ちにしてきた。
 避難地域は夜の照明が少ないこともあいまって、気づきにくいはずではあるが。
「結界の要に向かわせた奴らは、妹達の作品なのだよ。俺の細胞も入れて強化してある。素材は蛙でなく、人間の肉だが――ああ、保護色能力のある奴が早速、成功したか」
 女はあらぬ方向を見て呟く。彼女には見えている。ライヴスの神経線維で繋がった下僕たちの成果が。
「こんなに簡単に成功するなら、要の完全破壊もすぐだろう。皆で広い世界に出てゆこう」
 それから少し、表情を曇らせる。
「弟たちや他の者たちを連れてゆけないのが、残念だが」
「彼らの魂は、貴女様と共にあります」
 黒コートの男は言う。
「何故誰も彼もが、俺に闘えと言うのかね? 弟達とゆっくり過ごしたって、よかったんじゃないか」
 黒いフードがずれて、灰色の髪と狼耳が覗く。その顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「皆、貴方様の闘う姿が好きなのですよ。命を懸けても悔いのないほどに」
「俺に厳しすぎやしないか? 悲しむ間くらい欲しいものだが」
 そうこうしているうちに、暗闇の中にがしゃがしゃと古い具足と鎧の擦れあう音が響く。
 それは古い時代の武者たちの姿。鎧の中では、腐った肉で覆われた骨が動いている。
 女は武者姿の動く屍を見て、自嘲気味に呟く。
「つわものどもが、夢のあと――いまの俺には、ふさわしい仲間だろうな」
 男の後ろにも、生々しい銃痕や傷跡を持ち、口から泡を吹く狼が現われる。男は静かに言った。
「御一緒いたします、どこまでも」

●燃え上がる炎
「薬師如来像が爆破された! 敵襲!」
 赤門前にいた大小の『蛙のような肉塊』に手間取っている間に、像の胸部だけが爆破された。そこに納められていた、空海の作った像の焼け残りだという木片も粉々になってあたりに散らばる。
「赤門前の住宅街からも、火の手が!」
 境内から見ると、東の住宅街にほんのりと炎の灯りが見えた。 
 駆けつけたエージェント達が見たのは、一組の男女と、落ち武者のような鎧を身につけたゾンビ達、狼ゾンビが数匹。
 家屋に火をつけていたのは、鎧のゾンビ達だった。木造の住宅群から、次々に火の手が上がる。
 誰何する声に、女はにいっと嗤う。
「俺が誰だかわからない? 顔すら覚えられていないとは」
 女の姿が揺らめいて、艶やかな柄の着流しの和装と袴に変化する。唇は淡い桜色から、毒々しい赤へ。肌は死人のような白さへ。
 長くうねる髪を結い上げたその姿は、四国を騒がせ続けた敵性体。
「朱天王……!」
「俺とて、毎日会社にお勤めしていたときもあったのだよ。先のようななりでね」
 長い髪を払い、ゾンビに運ばせていた薙刀を受け取る。
「さて、金堂は破損し、体内仏も破壊した。結界は既に綻んでいる。こんなところで俺の相手をしていてもよいものかね? 綻びの隙間から誰かが外に脱出するかも知れないぞ」
 あなたがたは敵の陽動には乗らず、闘う覚悟を決める。
 この善通寺だけでも、東から朱天王、南と北からは従魔に侵攻されているのだ。
 朱天王の周囲には刀を持った武者ゾンビが並び、狼の後ろには弓隊が並ぶ。
 黒コートの男は、いつの間にか姿を消した。
 朱天王の背後で、家屋に放たれた火があかく燃え上がる。
「俺はヨモツシコメ三姉妹の長女、名は朱天王! ここで諸共に灰燼に帰すまで、存分に闘おう!」



 【模式地図(ノンスケール)】
    │ ■■■□□□ ↑
  ☆ │ ■△■□□□ 北
    門 ■■■□□□
    │ ■◎■□□□
    │ ■■■□□□

◎:朱天王隊位置  △:狼隊位置  ■:炎上中家屋  □:家屋
☆:金堂  門:赤門  │:壁

※朱天王隊(朱天王+ゾンビ武者・刀)、狼隊(狼+ゾンビ武者・弓)の立ち位置は、家屋内ではなく路上。
※地図の家屋エリアはおよそ100sq×100sq。

解説

●目標
メイン 金堂・薬師如来坐像の破壊阻止
サブ  朱天王部隊の殲滅

●現場状況
・周辺は密集した木造家屋。放火された。火の回りをよくするため、周辺に灯油が撒かれている。延焼を防ぐための壁等の破壊は許可されている。
・火は通常火炎であり、エージェントにダメージはない。
・開始後6ラウンドで消火隊のNPCエージェントが到着。放水車相当の消火設備を保持。指示があればその通りに、なければ北西画から順に消火。
・朱天王、狼の位置は初期位置。火炎中を移動しながら戦う。

●登場
【朱天王】
薙刀【毒百足】:物理攻撃とBS【減退(1)】、薙ぎ払い:範囲攻撃横3スクエア、黒雷:電撃スキル 等を使用。
【ゾンビ武者・刀】
平家の落ち武者の遺骨から蘇らせたゾンビ。鎧の中は腐肉と骨。朱天王周囲を守る。AGWの刀を保持。10体。
【ゾンビ狼】
銃痕や切り傷があり、口から泡を吹いている。かつて狂犬病に罹り、人間に駆除されたニホンオオカミの骨から蘇った。数が限られているので動きが早い。攻撃は咬みつきと引っ掻き。5体。
【ゾンビ武者・弓】
ゾンビ狼の背後から援護する。AGWの弓を保持、射程は20sq。10体。
【神宮寺 彬】
朱天王の側近で、狼を操る。狼のワイルドブラッドで、かつて闇社会の暗殺者でもあった。スナイパーであり、移動しながらランダムに援護射撃を行う。射程は45sq。ナイフ、投擲ナイフも保持。

●PL情報
保護色能力のある蛙型従魔はどこかにあと10体隠れている。1体あたりの爆破半径はおよそ30cm。警戒や索敵で見つかったものからPC情報とすることが可能。

リプレイ

●闇のなかの爆破攻撃
 未明の善通寺は、混迷を極めていた。
 護衛対象である、薬師如来坐像の謎の胸部爆発。
 北と南からは、巨大な人型従魔。
 東に朱天王。そして家屋に放たれた炎。
 狼ゾンビの襲来も報告されている。
 空海の残した結界の要のある善通寺はいま、三方から攻められている。

「皆様、落ち着いてくださいませ」
 ファリン(aa3137)が前に進み出た。
 北と南の巨大従魔には、すでに他のエージェント達が向かった。
 ここにいる仲間達で、金堂を護り、朱天王とその配下を撃退しなければならない。
「まず、如来像の爆破については、赤門に現われたのと同じ従魔による攻撃の可能性が高いですわ。爆発の規模と、様子が似通っています」
 英雄のヤン・シーズィ(aa3137hero001)と共鳴し、『モスケール』を起動する。
 索敵範囲には、エージェント達の強い光点が散在していた。それらを除外し、弱い光点のみを探す。
「赤門の外に2体、境内に2体の反応ありですわ。如来像の爆発の際、敵の姿が目撃されておりませんので、姿を隠す能力があるかもしれません。充分にお気をつけて」
 『モスケール』だけでは隠れている敵の検出には限界があり、沖 一真(aa3591)も如来像に残っていたライヴスを頼りに、『マナチェイサー』を使った。しかし、発見できたのは同じ境内の2体のみ。
「……ま、姿が見えないっつっても、火薬じゃなくライヴス爆発したってんなら……そこそこのライヴスは保持してんだろ……」
 ツラナミ(aa1426)は面倒臭そうにライヴスゴーグルを装着した。                  
 事態は一刻を争う。
 金堂を護る者、朱天王と闘う者、狼の一群を迎え撃つ者、火災に対応する者に分かれ、それぞれに飛び出してゆく。
 金堂に残った薬師如来坐像は、胸部を爆破されてもなお、一切の衆生を病苦から救うべく祈っているかのように静かに佇んでいた。


●炎は燃えているか  
「赤門前の蛙二匹は、単に撃ち漏らしか」
 東海林聖(aa0203)は、Wアクス・ハンドガンで手際よく二体の蛙を葬る。
 どちらも土気色で、アスファルトの上にいればライヴスゴーグルなしでも見える。既に撃破したと思っていたものが、二匹だけ残っていたようだ。
 倒すと爆発するが、強力ではない。少し強めの爆竹といった程度か。
『全く、豪快に燃やしてくれちゃって。BBQは川辺でやれっての!』
 ストゥルトゥス(aa1428hero001)は赤門前に立ち、燃え盛る家屋の炎を見てぷんすか怒る。
「冗談、言ってる場合じゃ……無い、よ!」
 英雄の発言に困り顔をしつつ、ニウェウス・アーラ(aa1428)が追いついてきた。
「消火隊には連絡しました。一般人はこの付近からは避難済みで、エージェントが消火設備を持って間もなく到着するそうです」
 善通寺は『最後の結界の要』として繰り返し敵から侵攻を受け、付近の住民は避難生活が続いている。
 警察や消防隊員、自衛隊員でも一般人は感染可能性があるため、いまはここ一帯が立ち入り禁止だ。
「あぁ……せっかくのお寺が燃えそう……人に被害が出る前に早くしなきゃです」
 善通寺に迫る火の手を見て想詞 結(aa1461)が、ハラハラした声を上げる。
『ホントはもう一回、朱天王に挑みたかったけど……、いまは火の対処が先ね』
 サラ・テュール(aa1461hero002)も、決意を秘めた目で炎を見つめる。
 消火隊は来るが、設備は限られ、とてもすべてを消しきれる状況ではない。
 結界の要であり文化財でもある善通寺東院と、周辺の無傷な家屋を守るため、火災家屋の破壊消火は既に許可されている。
「悪を倒せと、正義の炎が燃えているっ!」
 ユーガ・アストレア(aa4363)はびしぃっ! と得意のヒーローポーズを決めた。
 赤い髪に赤い服、戦隊モノの『レッド』的なイメージを醸し出す、狼のワイルドブラッドの少女だ。
『実際に燃えてるのは家屋……いえ、なんでもありません。御主人様はお心のままに』
 カルカ(aa4363hero001)はツッコミを半端なところで止める。
 言ったところでどうにもなるものでもない。ユーガはユーガらしく。
 それを支えるのが自分の役目だ。

「四国侵攻戦を通してステンノは、常に目立つ囮だった」
 軍服に身を包んだ幼女、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は少し離れた場所に立ち、重々しく口を開いた。
『1010(同意)』
 同行する人型戦車、ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)も機械音で応える。
 朱天王はその存在そのものも戦闘スタイルも、ともかく目立つ。
 これまでの例では朱天王が敵を引きつけ、別動で本命が目的を果たすという戦術が多かった。
「だとすれば今回もやはり陽動が主目的だろう。何から目を逸らしているのか?」
 四国を護る結界の要は、三つのうち二つまでが破壊された。残るはここ、善通寺のみ。
 敵の主目的が金堂と薬師如来像だということは、明らかだ。
「仮に現在の破損状態で結界が完全に緩んでいるのだとすれば、奴らがここで時間稼ぎするのは理屈に合わない。であるなら、蛙従魔による一撃も致命傷ではなかったと見るべきだろう」
 そこでソーニャは、一呼吸置く。
「……という事は、本命はこれから来る。小官は火を放たれた住宅街と遅れている消火隊が怪しいと睨んでいる。敵には高度な変身アイテムもあると聞く……」
『ふむふむ、つまり消火隊には赤門と、敵主力方面には近づかせないってことだね。非戦闘部隊に消火に専念して貰うって目的でも、理にかなってる。ボクはいいと思うよ!』
 ストゥルトゥスも元気に同意する。
「つまり……敵の狙いそうな、危険なところは」
『消火隊より先に、破壊消火ってことでいいかしら?』
 結とサラも頷く。
「分かり易くていい」
 聖は氷の戦槌を肩に担いだ。
「要は、炎も敵も、ブチ壊せばいいってことだな!」
 聖と共鳴中のLe..(aa0203hero001)は、その様子にどことなく心配になる。
『(味方もいるから、注意してね……ヒジリー……)』
 ユーガもカルカと共鳴し、真っ赤に輝く狼ヘッドの全身装甲で覆われる。ユーガのイメージする、正義の味方の姿。
 勿論、変身にはかっこいいポーズも欠かせない。
「変・身っ!」
 

●金堂と蛙
「あー……。確かにこりゃ見えねえな。粉でも撒くか」
 ライヴスゴーグルで境内の蛙の捕捉に成功したツラナミは、可視化のために消火器を噴霧した。
『(見えないものも……見える粉をまぶせば……見える)』
 共鳴した38(aa1426hero001)も、粉で浮き上がる輪郭を見ながらひっそりと呟く。これで、動けば足跡も残る。
「なるほど……」
 藤岡 桜(aa4608)は見えない蛙を可視化するための工夫に感心しつつ、ミルノ(aa4608hero001)と共鳴し、ピキュールダーツを投擲して蛙を仕留めた。
 ツラナミがぐい飲みの形をした幻想蝶に手をかざすと群青色の光が広がり、周囲に細長い玻璃が生じる。それらは淡く共鳴しつつ光線を放ち、多方向から蛙を貫く。
 その頃、薬師如来像の側では藤林 栞(aa4548)が五色の色米を撒き、藤林みほ(aa4548hero001)が糸鈴を張っていた。糸鈴は時代劇でよく見かける、罠として張ってある糸や縄に引っかかると音が鳴るアレである。
 色米は本来は忍者同士の暗号に使うアイテムだが、今回は保護色の蛙発見用に、金堂内部から周辺まで惜しげもなくばら撒く。
 その向こうでは鋼野 明斗(aa0553)が、英雄のドロシー ジャスティス(aa0553hero001)と一緒にせっせと鼠用のトリモチ板を並べていた。
 栞は仕掛けを終えた後、ここでの役目は終わったとばかりに狼を迎撃しに風のように去ってしまう。
 その背中を羨望を持って見つめつつ、ドロシーはスケッチブックに力強い意思を込める。
『(敵 来た 見た 討つ)』
 栞のように颯爽と、敵を討ちに行きたいとの意思表示だ。
 どことなくローマの将軍風な戦意に生暖かい視線を送り、明斗は一旦同意を示す。
「まぁ、強い敵と戦うのは解りやすい正義の示し方だよな」
 頭ごなしに否定せず、やんわりと考えさせるのは最近読んだ、子供を手懐けるためのテクニックである。
「だけどな、同じ失敗を繰り返さない事も大事だろ?」
 軽いほのめかしではわからず、なんのことかと唸っている。
「飛行機」
 しかしほんのひとことのヒントが、ドロシーの記憶を大いに揺り動かした。目をカッと見開き、地団駄を踏んで悔しがる。
『ガッデーム!』
 そう聞こえてきそうな、分かり易い義憤。良くも悪くも直情で、真っ直ぐなのだ。
 四国結界の要のうち、二番目に破壊された、大窪寺本堂奥殿。
 敵の攻撃を受けたとき、そこを最終的に護っていたのも、明斗である。
 しかし、ちょっとやそっとでは止めようがないもの――戦闘機が直接突っ込んで来たのである。
 いくらエージェントが物理ダメージを受けないとはいえ、確実に吹っ飛ばされる。
 そして本堂奥殿も、吹っ飛ばされた。
 今回も、何を仕掛けてくるつもりかわからない。
「今度こそ、護るぞ」
 明斗の言葉に、ドロシーはうんうんと大きく頷く。
 今度こそ。その言葉を胸に抱いて、ここにいるエージェントも多い。
 決意を同じくして、明斗とドロシーは共鳴した。


●朱天王あらわる
「どこかで見たような顔ばかりが並んでいるな。俺と闘う為に来てくれたのか。まずは礼を言おう」
 周囲の家屋が火を噴く中、朱天王は艶やかな和装を靡かせながら悠々と立っていた。
 燃え上がる炎に照らされ、愛用の薙刀、『毒百足』を杖のように立てている。
 周囲を取り囲むのは、腐肉を鎧で包んだ刀武者。
「あぁ、望み通り戦いましょーや」
 フィー(aa4205)は挑戦的に進み出る。もう出し惜しみはなしだ。
「おや、お前は半身が違っているな? 以前は氷の刃で闘ったはずだが」
 朱天王がフィーの変化に目を留める。ベースはフィーの成長した姿でそう変わらないが、今回共鳴しているのは、第一英雄で、ドレッドノートのヒルフェ(aa4205hero001)だ。
「今回はルーカーとかいう舐めプは無しで。本気モードって奴ですわ」
「舐めプだったのか」
 朱天王は軽く笑む。ルーカーのフィーも戦闘を楽しむ性質で、朱天王とは相通ずるものがあった。本気モードと聞いて、興味をそそられたようだ。
「さあ、始めましょう、朱天王」
 大門寺 杏奈(aa4314)はパラディオンシールドを構え、救国の聖旗「ジャンヌ」を銀白色の羽として背に広げる。光り輝くその姿はまさに、輝きの砦。
『(いよいよね)』
 レミ=ウィンズ(aa4314hero002)も杏奈の中で、覚悟を決める。
「大門寺か。以前より少し大人びたかな。若者の成長は著しい」
 朱天王が『毒百足』を構え、刀武者が呼応するように前を開ける。
 薙刀を振り払う動きにあわせて空気が唸り、かまいたちのような斬撃が飛ぶ。
 朱天王のスキル、『薙ぎ払い』。中央で杏奈の盾が受け、残りの残撃は周辺に散る。
「挨拶代わりだ。言葉よりも、技で語ろう」
 随分と荒っぽい挨拶である。それこそが朱天王というべきか。
 しかし杏奈のほうも、決して怯んではいない。
 守り抜く意思を、さらに強くする。
「お前を赤門の向こうには渡させない」
 シャラン……と、破邪の力を持つ錫杖が鳴る。
『私達は、あなたをここで止める』
 現代の陰陽師たる一真と、月夜(aa3591hero001)が揃って宣戦布告する。
「オヤカタサマか。お前は常に小賢しく、好敵手であり続けたな。仲間にならなかったのは残念だ」
 びりびりと、空気が張りつめる。一触即発とはまさにこのこと。
「――九天応元雷声普化天尊!」
「来たれ、黒雷(くろいかずち)!」
 タイミングを読みあっていたかのように、一真の放つ雷の槍と朱天王の雷撃がぶつかり合う。
 至高の神仙と、黄泉で生まれた雷神の名を関した技が衝突し、雷光と放電を振り撒く。
「なぁ、お前にも人間だった頃の気持ち――あるのか?」
 放電に耐えつつ、一真が問う。
「あると言えばあるし、ないと言えばない。出会いは人を変える」
『あのエセ坊主の為か。……見上げた忠誠心よのう』
 清姫(aa0790hero002)が呟くと同時に、黛 香月(aa0790)が自動小銃を向ける。
 刀武者がすかさず間に入り、迷わず撃つが、鎧に弾かれる。
「生きていた頃の俺は、強さを求めながら生き惑う小娘だったよ。千年を越えても朽ちない心と強さは、ひとつの究極だ。忠誠を誓うのに迷いはなかった」
 飛来した銀の矢を薙刀が弾く。日暮仙寿(aa4519)のアルテミスだ。
「だから……? それだけで数え切れない人間を無惨に殺したと……?」
『会社勤めする普通の人生じゃ、駄目だったの?』
 怒りを抑えきれない仙寿の言葉を追うように、不知火あけび(aa4519hero001)も声をあげる。
 朱天王配下の求心力は、ある種すさまじいものがあった。
 武人としても、一本筋の通ったところがある。
 それほどの力を、何故正しく使えなかったのか……それが愚神の力に侵されたということなのか。
「俺を本当の意味で変えたのは、弟達や神宮寺のような、はぐれ者との出会いかな」
 放電を続けていた雷の槍と雷撃は、いつしか地面に消えていった。
「人は生まれるところを選べない。子を愛さない親の元に生れ落ちたときから、地獄が始まる。どんな救いの手も、家族は崇高なものという信仰が阻む」
「それでも、ボクは貴女を止める! そう決めたから!」
 葉月 桜(aa3674)がドラゴンスレイヤーで割って入る。柄に巻いた茨の棘が桜の力を吸収し、大剣へと注ぎ込み、力に変える。
 薙刀で大剣を受け、朱天王の体勢が崩れたところに、仙寿が銀の矢を射掛ける。
 狙うのは本体ではなく、左肩にある鬼の面。
 あの面により、思うままに姿を変えられるという。
「(本当の姿がまだあるというのなら、見せてみろ……!)」
 仙寿は以前、ある感染事件の被害者と『空海上人の遺志を継ぎ四国を守る』という約束を交わした。
 その約束を、忘れたことはない。
 約束を守るためにも、朱天王がなんなのかを見極めなければいけないと思っていた。
 配下に見せる情の濃さと、犠牲者に見せる非情さ。
 その差がなんなのか、まだ腑に落ちない。
 カッ! と堅い木の割れる音がして、朱天王の姿がわずかに揺らめく。
 一瞬、何も変わらないかに見えた。
 艶やかな和装、結い上げられた長く豊かな髪、すらりと背の高い肢体。
 だが、俯いた顔をゆっくりと上げると……その左半分は、爛れ腐っていた。


●死せる狼
「因縁抱えた奴らは大変だな、おい」
 森須 亮(aa1647)は赤門前に立ち、炎の向こうで繰り広げられている戦闘の激しさを思って、溜息をついた。
共鳴しても、いつもの中年男性から外見はさほど変わらない。瞳が金色になるが、ともすれば見逃されそうな変化である。 
『(リョウさんはどうするの?)』
「ああ、こっちは地味にやろうぜ。仕事をせずに済むなら、それに越したことはないんだがね」
 英雄のアンジェリーナ モリス(aa1647hero001)の問いかけに、のんびりと答える。
 強敵に挑むエージェントがいれば、後方で要所を護る役も必要になることを踏まえての発言だ。
 一見緩んでいるようにも見えるが、神経は研ぎ澄まされている。
 ソフィスビショップらしく、装備するのは魔術型パイルバンカー。
 突然の突破を狙う敵に備え、門は決してくぐらせない。 


「……黒コートの男、いちどは姿を現したのに、いつの間にか姿を消しているわね」
 鬼灯 佐千子(aa2526)は、真っ先に破壊消火の対象となる住宅区画の西端は避け、狼出現位置の近くの家屋の屋根に登っていた。
 亮と連携し、狼隊から赤門を防衛する位置取りだ。
『肯定だ。この戦況での狙撃は厄介だ。炙り出すべきか』
 リタ(aa2526hero001)も冷静にそう分析する。
 慎重な狙撃手を炙りだすには、何が必要か――?
 燃え方は一様ではないものの、周囲の家屋にはすべて火が放たれている。
 佐千子の立つ屋根も、炙られて熱い。
 だが、完全に崩れ落ちるまでには、まだ時間があるだろう。佐千子の装備の重量を支え続けたとしても。
「何はともあれ、先ずは敵と火炎をこれ以上、門に近づけない」
 佐千子は愛用のカチューシャを取り出し、展開する。
 16連装のロケット砲が、暗黒の空に羽ばたく翼のように優雅に広がる。
「今回の私は、固定砲台」
 仲間と通信機で連絡を取り、巻き込まないようにすると同時に従魔の居場所にもあたりをつける。
 完全に敵を捕捉することは出来ない。だから、目的は一撃必殺ではなく援護の弾幕。火力支援だ。
 準備が整えば、いつでも撃てる。


 佐千子の足元近くで、赤城 龍哉(aa0090)が狼を追って、炎の中にいた。
「さて、大ボスの朱天王ほったらかして来たんだ。きっちりケリを付けねぇとな」
 龍哉は前回、狼と狙撃手が病院に現われたときに戦った。
 そのとき取り逃がした雪辱は、確実に晴らさねばならない。
『(死せる狼の群れ、今度こそ討滅しますわ)』
 共鳴中のヴァルトラウテ(aa0090hero001)も同意する。
 火を噴く家屋の中に、弓を持った武者が見え隠れする。
 姿を見せないが、狼もその近くにいるはずだ。
『まずは狙撃手の居場所を絞り込まないとな』
 セレティア(aa1695)は共鳴によって成長した姿となり、筋肉がロゴ入りのジャージを押し上げている。
 見た目は筋肉質の女性だが、喋っているのはバルトロメイ(aa1695hero001)だ。
 狙撃を誘い、その方向から敵位置を割り出す作戦だ。
「範囲攻撃は味方を巻き込む場合がある……誤射しない位置取りが出来れば使う。あとは個別撃破か」
 逢見仙也(aa4472)は味方がいるとスキル発動が難しくなるため、基本的に単独行動の予定らしい。
 蛙型の従魔もまだ殲滅が確認されていないので、物音や足音に注意して、怪しいものがいればペンキでも撒いてみるつもりだ。
「俺もまずは斧だな……」
 一ノ瀬 春翔(aa3715)は愛用の斧にライヴスを注ぎ込む。
 こちらも見た目はエディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)寄りだが、いまの意識は春翔が優位なため、純白のロングコート姿の楚々とした女性が男言葉で話す。
「こちらは狙撃待ちです。いつでもどうぞ」
 栞はどこに潜んでいるのか、セレティアの通信機から声がする。
「……いくわよ」
 佐千子も通信機で合図する。
 間髪を入れず、家屋の上にロケット砲の雨が降り注いだ。
 味方の位置情報は伝えてあるが、援護射撃という性質上、至近距離の爆撃だ。
 炎を上げていた家屋が、次々と粉砕されてゆく。
「グルルルアアアァアアッ!!」
 粉砕された建物の炎と粉塵の中から、二匹の狼が躍り出てきた。
 口から泡を吹き、腐った眼球に憎悪を宿している。
 憎い、憎い、憎い。
 空気をふるわせるほどの殺気を放ちながら、高速で迫ってくる。
「来い!」
 龍哉は九陽神弓で狙いをつける。まずは前肢。速さを削ぐ。
――が、矢を放つ直前、別の方向からの光る矢が龍哉の腕を貫いた。衝撃で狙いがブレる。
「援護なら、こっちもいるんだよ!」
 セレティア(aa1695)のLSR-M110が火を噴き、狼の胴を射抜く。
 だが、命を無くした狼は、それだけでは止まらない。
「春翔さん!」
 突然どこからともなく舞い降りた栞が、手負いの狼の跳躍中に防弾マントで叩き落とす。
 狼が転がり落ちた先には、春翔。
「まかせとけ!」
 チャージの済んだラッキーストライカーKSを、横倒しに転がってきた狼めがけて振り下ろす。
 溜め込まれたライヴスが、狼の胴を粉砕する。
「ガアァッ!」
 しかし、残った頭が、最後の力で春翔の腕に牙を立てる。
 死しても消えない憎悪で、狼の泡立つ牙を食い込ませる。
 もう一匹の狼は、高い跳躍力を生かして仙也に踊りかかってきた。
 『レーギャルン』の鞘についた鍵を外し、呼吸を合わせて振り抜く。
 鞘の能力によって直剣から放たれた衝撃波が狼の体を弾き、未明の空へと放り上げる。

 狼の落ちた先は、炎で熱された屋根の上だった。
 大きく胴を切り裂かれ、通常なら即死するほどの傷を受けつつも、狼は四肢を踏ん張り、立ち上がる。
 視線の先には、次のカチューシャを展開し終わった佐千子がいた。
 千切れかけの体で跳躍し、最後の力で牙を剥く。
「悪いけど、死にかけに構っている暇はないの」
 冷たく言い放ち、パワードユニット「阿修羅」に装着した銃器で、至近距離から打ち抜く。
 蜂の巣状になった狼は、しばらくは執念深く足掻いていたが、やがて動かなくなり、しばらく経つとぼろぼろの骨になって風に流されていった。

「死体はなかなか死なないのが面倒ですね」
 栞がマントで、春翔の腕に残った骨の欠片を払い落とす。
 斧の破壊力で砕ききれなかった狼の顎は、しばらくするとぼろぼろの骨となり、散って行った。
「援護役も狙撃手だけじゃない。弓を持った奴らも、やけに統率された動きをする……」
 セレティアも思案した。
 狼は弓隊と連携を取ってくるようだし、闇雲な射撃では当たらない。追い込んでから一気に叩く戦法が必要だ。
「狼の奴らも、予想していたより速かった。次こそ仕留める」
 射撃を横から邪魔された龍哉も、納得がいかないようだ。
 あたりにいた狼と、弓を携えた鎧武者は散開してしまった。
 射手の位置もまだ掴めない。
 次は、どう攻める――?


●破壊消火活動
「っし、効率よく行くぜ、ルゥ!!」
 氷の戦槌が、燃えさしの木の壁を炎ごと砕く。砕く。また砕く。
 柱や梁の構造物を優先的に狙い、崩すことで燃え広がることを防ぐ。
『(……ヒジリーの頭で効率とかいう言葉が出るなんて……)』
 ルゥは共鳴中だが、思わずツッコむ。
「(どういう意味だよ)」
 聖も問い返すが、答えはない。
 気にせず効率重視で、思い切り駆ける。
 途中に従魔がいれば、もちろん容赦せず殲滅する。

 まずは延焼防止を最優先事項として、東院に近い放火地区の西端と、無傷の住宅がある東端を優先的に破壊消火することに決めた。
 敵のいる地区は、戦闘に巻き込まれる危険性と、敵の侵入を阻む壁を残すことを考慮して、後回しだ。
 西端の破壊は聖、結、ソーニャが手分けし、東端は二ウェウスとユーガが担当する。
 消火設備を持つ消火隊が到着すれば、敵の少ない北東からの消火を要請する予定になっている。
 狼と戦闘した隊からは、狼、弓武者に動きが早く、見失っているという報告があった。
 破壊消火を行うと共に、ゾンビ達を逃さず、追い込む。

「必殺! 超正義っ!」
 ユーガはライヴスキャスターで「ヘパイストス」を召喚し、空中に無数に展開したガトリング砲を掃射して火に包まれた家屋を瓦礫に変える。
 一般人はとうに避難済み。味方の位置は通信機で確認し、共有済み。いるとすれば敵だけだ。
「(射手は? 見えない蛙は? 鎧ゾンビは?)」
 一応の注意を払いながらも、ずだだだだだ! と攻撃しまくる。
 勿論従魔がいれば攻撃するが、いまのところ見当たらない。
「ボクはボクなりに、やれることをやる!」
 味方を巻き込む心配のない広範囲攻撃なら、得意分野だ。
 ライヴスキャスターが切れたあとは、ストームエッジでグングニルを召喚する。
 神槍の破壊力でざくざく、ぐさぐさと、無事な家屋への延焼を防ぐべく燃える建物を破壊しまくる。
 誰かが言っていた、柱一本残すより、全部燃えちゃった方が火災保険はいっぱい下りるらしい!

『まずは、無事な家への延焼を阻止しないと。でも、消すのは最小限でいい!』
「飛び火さえ、防げれば……だね」
 強風地帯で、燃焼中の木材が飛ばされる『飛び火』が原因で大火事になった例は、山ほどある。
 善通寺市は瀬戸内海に面した穏やかな気候で風は弱いが、火炎そのものによる気流の発生も無視できない。
『炎は炎で制す!』
 ブレームフレアを使い、一気に範囲内の炎を消し飛ばす。
 あとに残るのは、真っ黒は消し炭のみ。
『時間は掛けられない。まずは――』
「ここを、一気に……鎮火する!」 
 火災は、初動の鎮火が最も重要である。いまは延焼防止に全力を尽くす。
 ブレームフレアを使い切ったあとは、終焉之書絶零断章で極寒の刃を生成する。
 リフレクトミラーで増幅された氷の刃が火炎を切り裂き、燃焼を元から破砕する。
「飛び火しそうな所は、全部……潰した!」
『よっしゃ、なら残ったところのお手伝いだっ!』

「お寺だけは、燃やしちゃいけないです」
 結は東院沿いの、放火地区の北西部を担当していた。
 あえて炎剣は避け、ウルスラグナを使う。
 風向きは……ほぼ無風。夜明け前の大気は静かに凪いでいる。
『一気に行くわよ』
 疾風怒濤を使い、特に火の激しい家屋を破砕する。
 壁と柱の下部を壊してしまえば、だいたいの家屋は重みに耐えられずに自壊するのだ。
『まだまだ!』
 結は舗装されていない庭の土を武器で巻き上げ、火の上に散らす。
 砂や土を掛けるのも、昔からある消火法のひとつだ。酸素供給さえ断てば炎は消える。
 どこかに残っているかもしれない蛙従魔も、この方法で浮き出てくればよいのだが。
「……あ」
 ふと上げた視線の先を、突然灰色の影が過ぎった。

「行けええええーッ!」
『1010(承知)』
 ソーニャは、人型戦車の胴体部に乗り込む形で共鳴する。
 頭部についたカノン砲も、装備した斧も、破壊力という点では申し分ない。
 ラスとシルバーバタリオンの踏み潰しも、消火にはきわめて有効である。
 がっしゃがっしゃ、めきめき、どーん、といった感じで、遠慮なく火災家屋をなぎ倒してゆく。
 ただし、破壊力がある分、機動力では若干劣る。 
「……あ」
 だから、目の前を灰色の狼が風のように通り過ぎた時には、一瞬停止してしまった。
 しかし、ソーニャは幼女とはいえ生粋の軍人。判断は早い。
 通信機を握り締め、思い切り叫ぶ。
「狼だッッ!! 狼が出たーッッ!!」
 叫ぶと同時にキリキリと、カノン砲を東院の壁へと向ける。
 現われた狼は三匹。一匹が壁の前で台となり、助走をつけた二匹が仲間を跳躍台として大きく跳ねる。
 そして、そこではたと我に返った。
――文化財である東院に、カノン砲を向けてもよいものか?
 ソーニャの一瞬の躊躇のうちに、二匹の狼が壁の向こう側へ消える。
『逃がさないわ!』
 結がリボルバーを構える。
 速過ぎる二匹は狙えない。
 狙うのは、仲間を跳躍させるためにあえて壁の外側に残った一匹。
 仲間が跳んだあと、すぐに去ろうとするところに一発。
 動きが鈍ったところに、もう一発。
 そこへ、ソーニャがアイシクルチェインをぶちこむ。
 これは効果的だった。引っこ抜けば、脆いゾンビは粉々になる。
 ゾンビの動きを止めるには、急所攻撃だけではだめだ。既に死んでいるのだから。
「見たか! 我が国の武力!」
 ソーニャの勝利の雄叫びが、辺りにこだまするのであった。


●炙り出し作戦
 その少し前。
 二匹の狼は仕留めたが、残った狼と弓隊はどこかへ隠れ、狼を追っていたものたちは炙り出しに苦心していた。
「どこに潜んでいるかわからないなら、私は面的制圧を試みるわ。敵はあくまで金堂を狙っているのでしょう? 住宅区画の西端は破壊消火中だから、そのすぐ内側からでいいかしら」
 屋根の上から、佐千子は通信機越しにそう告げる。
 固定砲台としての覚悟に、まったくブレはない。 
「味方を巻き込まないんだったら、オレは消火組が対応していない北側をやってみるか。逃げ道を塞ぐのも重要だろ」
 仙也は範囲攻撃での囲い込みを提案する。
「……じゃあ俺が南側か。朱天王の戦闘域とカブんなきゃいいけどな」
 同じく範囲攻撃を使える春翔も賛意を示す。
 これで消火組の西と東の破壊消火も加えて、二重の囲い込みが成立する。
「私は引き続き潜伏して、狙撃手が現われるのを待ちます」
 そう行って栞は、煙のように掻き消えてしまった。さすが忍者、である。
「じゃあ俺達が迎撃役か。こんなに逃げ回られるとは思わなかったぜ」
 龍哉はセレティアと配置を相談している。
「ゾンビ達は、毎度攻撃しては逃げる面倒な奴らだった気がするな。ライヴスの……なんとかで情報を共有してるだろう。一匹が見てたら全員が知ってる」
 仙也はゾンビの依頼では面倒な記憶しかない。交流のある仙寿と一緒に仕事を請けることが多いが、大体は別の敵を相手取っている。
「狼も弓の奴も、神宮寺が指令役かね。だったら早めに大元を仕留めたいとこだが」
 セレティアも早く神宮寺とやりあいたいらしい。姿を見せない敵に対する苛立ちが滲む。


「次もカチューシャで行くわ。なるべく広範囲に弾をばら撒いてみる」
 それが佐千子の爆撃開始の合図だった。
 屋根に上がって見渡すと、闇のなかちらちらと火災の火が灯っている。
 これは、滅すべき火。
 どこまでも燃え広がり、喰い荒らすのを許しはしない。
 展開済みのカチューシャの引き金を引くと、次々にロケット砲が飛ぶ。
 火花が炸裂し、邪悪な炎を消し飛ばす。

 北では仙也がストームエッジで燃えさしの建物を切り刻んでいた。
 火の粉が舞い、範囲内の建物が次々に倒壊する。
 南では春翔が、ロストモーメントで斧を召喚し、火を噴く家屋を叩き割る。

 内側で追い立てられた何者かは、内側で待ち構える龍哉とセレティアの元に姿を現すはずだった。
 しかし、声を上げたのは、外側にいたソーニャ。
「狼だッッ!! 狼が出たーッッ!!」
「あっちか!」
 瓦礫と火の粉の向こうに、追いかけていた狼が出た。
 どう回り込むべきか、と龍哉が惑ううちに、後方から光る矢が射掛けられる。
 姿を現した鎧従魔は、二体。どちらも弓を持っている。
「まだいたのか! 弓野郎!」
 セレティアは『ゴーストストライカー』のナックルボールで鎧従魔の頭を狙う。
 ライヴスのボールは鎧兜を吹き飛ばし、脆いゾンビの頭を半分ほど吹き飛ばした。
 しかし無傷な胴体が、淡々と矢を射掛け続ける。
「しぶといな! 頭吹っ飛ばされても攻撃続けるのかよ!」
 ライヴスのボールが右腕、左腕を粉砕しても、残った胴体と下半身で近づいてくる。
 両脚を粉砕してようやく、屍の武者は歩を止めた。

「そろそろぶん殴ってやりたい頃だったぜ!」
 龍哉は武器を【皇羅】に切り替え、一気に距離を詰めて接近戦に持ち込む。
 鬼神の力を纏った籠手に、闘気を込めて打つ。
 屍の体は脆く、砕くのは容易であった。
 しかし、骸骨のなにもない眼窩には煮え立つような怨念が浮かび、骨と腐肉の手が弓を捨てて龍哉に纏わりつく。
「死者の国に帰れ!」
 朱天王の言動からすれば、こいつらは静かに眠っていたところを、無理矢理叩き起こされた怨霊だ。
 ならば、唯一の弔いは、粉々に砕いてもう一度眠らせてやることだけ。
 左胸を潰し、頭部を潰し、腕を引き千切ってもぎ離す。
 体のほとんどを砕かれても、何本かの指は龍哉の腕を掴んだままだったが、やがて偽りの命が付き、ぼろぼろの骨に戻っていった。


●弓持ち殲滅
「千照流―……彗臨ッ!!」
 鎧を纏った屍に、聖の剣術が炸裂する。
 ほかの弓持ちの武者型ゾンビたちは、破壊消火を行っていたメンバーがそのまま追い込んでいた。
 その数、八体。
 結の炎剣による怒涛乱舞で、脆い体は鎧ごと粉々に砕かれる。
 ユーガの影殺剣によるストームエッジで、一気に三体ほど撃破された。
「ぶちのめす!!」
 ソーニャはアイシクルチェーンに持ち替え、弓武者にぶちこんではぶっこぬいて粉砕する。
 ニウェウスは『終焉之書絶零断章』を開き、無数の氷の刃を突きたてて敵を殲滅した。
 最後に、赤門付近へと逃れた弓武者は、森須亮魔術型パイルバンカーで粉々にされた。


●結界の要、攻撃
「狼だッッ!! 狼が出たーッッ!!」
 通信機からソーニャの声が響いた頃。
 金堂のある東院内部にも、不穏な狼の唸り声は聞こえていた。
 大きな返しのついた東院の壁を、跳躍した狼が相次いで越えてくる。
「狼っつうのは、割と跳ぶもんだねえ……」
 ツラナミは驚くほどでもなく平坦な声で呟き、狼に向かって『女郎蜘蛛』を放つ。
 金堂の前で待機していた明斗も、即座にライヴスフィールドを展開する。
「狼……出た……」
 藤岡桜は、漆黒の大鎌を構えて狼を迎え撃つ。
 死せる狼は、ライヴスの網に絡まれてもなお、少しも闘志を減じていない。
 憎しみに突き動かされるように、口から泡を吹きながら、奥へ奥へ――金堂へと向かう。
 その途上で、実った麦を刈り取るように、桜の大鎌が狼の首を刈り取る。
 切り離された首は獲物を求めるように牙を鳴らし、首を失った胴体はそのまま駆け抜けて、栞の張った糸鈴にかかり盛大に鳴らす。
 鈴の音の中、明斗のハストゥルが空中の狼の眉間を貫き、その動きを止めた。

 ツラナミはジェミニストライクで分身し、『三日月宗近』を抜いてもう一匹の狼の四肢を横薙ぎに切断し、残った胴体を頭ごと両断した。
 腐肉が飛び散り、割られた顎が獲物を求めてあえぐ。

 ざりっ……。
 かすかな気配がした。

「鈴の糸を切れ!」
 明斗が叫ぶ。糸鈴にかかった狼の胴体はいまだもがき、鈴はうるさくリンリンと鳴り続けている。
 音を無視して素早く「極光」に持ち替え、勘に任せて空中を薙ぐ。
 振り抜いた刀の先で、花火が弾けたような爆発が起こる。

 蛙従魔のライヴス爆発だ。

 明斗がもういちど叫ぶ。
「色米が動いた! まだいるかもしれない!」
 ツラナミの苦無が鈴を落とし、桜の大鎌が狼の胴体を糸から引き離す。

 そのとき、空を裂く音がして、金堂の壁に亀裂が走る。
「ここで狙撃か。攻めるねえ……」
 偶然に外れたが、如来像に弾丸が命中していれば、かなりまずい事態になったはずだ。
 ツラナミは大きめの鷹を生成し、射線と思しき方向から金堂を遮るように飛ばす。
 桜は色米の動きと、ツラナミの使っていた消火器を使い、もう一匹だけ蛙を探し出してピキュールダーツで仕留めた。それ以後は、何の気配もない。
 おそらく蛙は、狼が体のどこかにつけて持ち込んだのだろう。

 その後の狙撃も警戒を続けていたが、金堂内に届いたのはなぜだか一発きりで、以後はまた静かな境内に戻った。


●言葉は無益だ
(朱天王が……死人……)
 ファリンは、悲鳴を上げそうになるのを必死で堪えた。
 いまのファリンは、イメージプロジェクターで三木 弥生(aa4687)になりすましているのだ。
 本物の弥生は、『潜伏』を使って朱天王に迫っているはず。
 彼女もまた声を上げてしまわないよう、心から祈る。
 朱天王の素顔は、左の額から頬にかけての皮膚が爛れて崩れ落ち、左目も腐っていた。
「俺の素顔が腐っていたのが、そんなに意外かな? そう酷くはないほうなのだがね」
 彼女は炎に照らされて、余裕ありげに笑んだ。
 そうしていると、腐敗した皮膚も一種の仮面のようで、いつもの姿のほうが本当なのではとも思えてしまう。
 否、朱天王が普通の生きた人間ではないことは、とっくにわかっていたことだけれど。
「生と死の垣根は、越えてみればあまりに低かったよ。憶えておくといい、いつか役に立つだろうから。それとも、いますぐ役立たせたいかな?」
「だから……? あんなにも多くの、人の命を奪ったのですか……?」
 月鏡 由利菜(aa0873)はレーギャルンの鍵を外し、聖剣ナンナに手を掛けた。
 その目は正義の怒りに燃えている。
「俺なりの理想がお前達に理解されるとは思わないし、お前達の正義が俺に届くこともない。だから俺達は敵同士なのだよ」
『散華せよ、ステンノ!』
 由利菜が聖剣ナンナを抜き放ち、衝撃波が走る。
 リーヴスラシル(aa0873hero001)の怒りと、由利菜の怒りがひとつに重なる。
 絆の力は極限まで高まり、戦衣グラトニルも呼応して赤・白・金へと変化する。
「いい攻撃だ」
 朱天王は聖剣ナンナを薙刀で受け、衝撃波を受け流す。
「まあ斬られても血も流れない痛がりもしないって時点で、死んでることは予想ついったっちゃついたんですがね」
 フィーが魔剣で斬りかかった一撃は、間に入った刀武者が受ける。
「まじ邪魔っすわ、この取り巻き」
 怒涛乱舞を使い、フィーはあたりにいた刀持ちを一気に五体攻撃する。
 所詮ゾンビと舐めてかかっていたが、フィーの剣技はそれぞれの武者ゾンビに受けきられた。
 どうやら、この取り巻きも一筋縄では行かない相手のようだ。

 突然、朱天王の背後で軽い爆発が起こった。
 同時に、鎧を鳴らして弥生が転がる。
「ようやく仕掛けてきたな、骸骨鎧のお嬢さん」
 にいっと、唇を歪めて死人の顔の女が嗤う。
「いつか言っただろう。俺は仲間にしても良いと思うくらい、お前の元気さを買っているのだよ。だがおかしいじゃないか? 今日はオヤカタサマの後ろに下がっている。いつもならぐいぐい間に割って入るのにな?」
 ファリンは弥生との身長差を誤魔化すため、確かに後方に下がっていた。
 いつもの弥生とは違うと言われれば、確かに違うだろう。
 イメージプロジェクターの映像を解き、弥生にクリアレイの光を投げる。
「おい、寝てる場合じゃねーぞ」 
 骸骨鎧に変化した三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)ががっしゃがっしゃと動きながら弥生を起こす。
「はっ。私が御守りします! なんとしても!」
 いつも通りの弥生の声がして、ファリンはほっとする。

「俺のために策を弄したのだな。元気でよろしい。俺のほうも仕込みを使わせてもらったがな。出番がないと蛙の奴も寂しいだろう」
 朱天王の言葉で、彼女がいざというときのために蛙を仕込んでいたことがわかる。
 爆発自体は軽い。だが不意をつくには便利だ。
「貴女の目的は何ですの……?」
 答えはないのかもしれない、と思いつつも、ファリンは問わずにはいられなかった。
「かかっておいで、育ちの良さそうなお嬢さん」
 朱天王は薙刀『毒百足』を構える。
「所詮言葉は無益だ。闘いの中で、通じ合うものもあるだろう」


●遠入りの術
「やっと動いてくれましたね、狙撃手さん」
 栞は燃える室内に、窓ガラスを蹴破って侵入した。
 忍びの使う『遠入りの術』は、戦闘状態に入る前に以下に下調べを綿密にしておくかが勝負だ。
 善通寺の警護に入るにあたって、栞は周辺の地形や建物については、調べ上げておいた。
 今回の布陣では、朱天王が陽動だと見る向きが多く、栞もそのように予想した。
 とすれば、神宮寺側が金堂に対して積極的な攻勢を懸ける可能性が高い。
 限られた金堂の狙撃ポイントを見張っていたのだが……そのひとつが、『当たり』だった。
 金堂への狙撃で、ここをやっと探り当てた。
 消火のための破壊活動で、金堂を狙えるポイントは、限られている。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、忍びのお嬢さん」
 黒コートの男の姿がゆらめく。
 そして男の姿は消え、代わりに立っていたのは……栞そのものだった。
「(変身アイテム……!)」
 朱天王配下のほとんどは、一様に左肩に鬼の面を装着していた。
 それを破壊すれば変身を解除できるはずなのだが、先ほどの男の姿には鬼の面が見えなかった。
「(自分相手に、どう闘う? どう攻める?)」
 迷う間に、男はライフルで床を撃ち抜く。
 炎で弱くなっていた床は簡単に崩れ、土埃と火の粉を噴き上げる。
 栞の姿をした男は、床ごと階下に消えた。
 苦無を壁に打ち込み、かろうじて栞いは落下を防いでいた。
 通信機を取り出し、仲間に連絡を回す。
「藤林です。狙撃手の男を見つけましたが……取り逃がしました。男は変身アイテムを保持しています。私も姿を写されました。いまは誰の姿でいるか、わかりません! 注意してください!」


●朱天王の最期
 ファリンのキリングワイヤー、蔡文姫が唸り、朱天王の腕を捉える。
「貴女は手ごわい相手ですもの……容赦はいたしません」
 細いライヴスのワイヤーが、キリリと腕に食い込む。
「ああ、それでいい」
 普通なら相当な痛みを伴う攻撃だが、朱天王は涼しい顔で刀武者にワイヤーを切断させた。『蔡文姫』の銘の通り、琴のような音が響く。
「ボクだって絶対に! 朱天王を! 倒してみせる!」
 葉月桜はオーガドライブを使い、朱天王に大剣による猛攻を仕掛ける。
『(いい意気込みだ、だが絶対に気を抜かないようにな……)』
 猪突猛進型の桜の中には、冷静な伊集院 翼(aa3674hero001)のまなざしがある。
 猛攻にはすぐに刀武者が割り込んで、手数の半分ほどしか朱天王には届かなかった。

「くそっ、こいつら、存外しぶとい……!」
 香月は刀武者を相手取り、思ったより苦戦を強いられていた。
 朱天王の取り巻きの刀持ち従魔達は、知能の低いゾンビかと思っていたら、意外に統率された動きをする。
 そして刃を交えたときに伝わってくる、憎悪の念がすさまじく、簡単には倒れてくれない。
 仙寿も弓を刀に持ち替え、朱天王と周囲の刀武者を巻き込むように『女郎蜘蛛』を放つ。
「怨念に取り憑かれたものたちに、安らぎを。ブルームフレア!」
 シャン……と地面を突く一真の錫杖の音にあわせて魔法の炎が燃え上がり、刀武者達を包む。
「御屋形様! 絶対にお守りします!」
 奇襲に失敗したあとの弥生は、いつも通り前に出てのカバーリングを続ける。
「私はここよ! 朱天王!」
 杏奈もカバーリングに務めると同時に、リフレックスによる至近距離の攻撃反射で、ダメージの蓄積を狙う。
 由利菜は朱天王の移動力を削ぐため低い位置からの攻撃で足を狙うが、これは躱された。
 すぐに刀持ち従魔が朱天王の周りを取り囲み、防御役となる。

 ダメージを蓄積する仲間を、御剣 正宗(aa5043)のスキルが回復させる。
「(誰一人死なせない!)」
『(覚悟は出来ています)』
 非共鳴時は英雄のCODENAME-S(aa5043hero001)が代わりに喋るのだが、共鳴すると無口な正宗が前面に出てしまい、ひたすら無口になる。

「そろそろ決着をつけよう、朱天王」
 一真は確固たる決意を秘め、雷の槍を放つ。
 朱天王は避けなかった。黒雷による相殺もせず、受けてみせる。
「……これがお前の決着か?」
 朱天王は至極つまらなそうに、雷のひとつやふたつがなんだとでも言いたげだった。
「いいや、ここからだ。行くぜ、月夜。皆、頼むぜ」
『やるしかないよね……みんな、お願いします』
 一真と月夜が交互に皆に呼びかける。
 ぽつりぽつりと、頷く者達がいる。

「『リンクバースト、急々如律令!』」

 ライヴスソウルのライヴスを開放し、リンクバーストを発動する。
 一真の周囲に星のように輝くライヴスが駆け巡り、背後には淡い月の輪郭が浮かび上がる。

 そうか、と朱天王は頷く。
「もしも俺があの方と同じく愚神だったなら、愚神の領域に踏み込んだお前を嬉しく思ったかもしれないね」
「邪英化はしない、それなりの用意はしてきた」
 今も見えないところで、一真のために、何人もの仲間がクロスリンクで支えてくれているのだ。
 魔法の炎が、朱天王の足元から燃え上がる。
 雷の槍が、襲い掛かる。

「こっちにも美味しいとこは残しといて欲しいですな」
 フィーはチャージラッシュで力を溜め、疾風怒濤で息もつかせぬ連続攻撃を繰り出す。
 朱天王はその大半を薙刀の柄で受けるが、受け切れなくても笑っていた。
「私はただ、強い奴と戦えりゃそれでいいんで」
「俺もそうだった。お前と戦うのは楽しかった。俺達は、一番似ていたのだろう」

 由利菜とラシルもコンビネーションによる技を発動させ、朱天王に叩きつける。

 朱天王はダメージに苦しむよりも、どこか遠くを見て、呟いた。
「そうか、賽の河原も阻まれるか……」
 それはいまも善通寺を北と南から攻めているはずの巨大従魔。
 そしてまた、独り言を言う。
「すまない、神宮寺。俺は金堂に辿りつくことも、お前を送り届けることも出来ないだろうが……どこか満足している。俺のすることを許せ」

「隙だらけですぜ、朱天王」
 フィーは朱天王の懐に入り、手首に固定したウヴィーツァを突きてる。
 手ごたえはあった。しかし、その手首は万力のような力で掴まれている。

「誓約術、リミッター解除!」
『我が内に眠る半神の血を目覚めさせよ…!』
 由利菜とラシルもリンクバーストを発動させ、朱天王の心臓を狙う。
 その剣は目標とした左胸に深々と埋まるが、やはり朱天王に強い力で掴まれた。
「残念だが俺の心臓は、とっくに動いていない。死人だからな」 

 それから朱天王は、少し微笑む。
「これは俺なりの、敬意の証だ。お前達は素晴らしかったよ。オヤカタサマもな」
 右鎖骨下を覆っていた人工皮膚が剥がれ、腐肉に埋まった機械が露出する。
 機械の中では赤いランプが、不吉に明滅していた。
「俺達が求めたのは、ある種の涅槃だった。死に彩られ、二度と生まれなくてもいい世界。生が幸せのうちにあった者には、決して理解できないだろうがね」
 朱天王は由利菜とフィーの手を掴んだ手を少しも緩めることなく、目を閉じる。
 そして一瞬だけ、バレッタで髪を纏め上げた姿に変化する。

「待て、朱天王……!」
 一真の声は、届かなかった。
 朱天王の最後の命を吸い尽くした機械が、爆発する。
 この機械は、朱天王の命を分けた刀武者たちの命さえも吸い尽くした。
 閃光が走り、強い爆風があたりを埋め尽くす。
 崩壊しかけた建物をなぎ倒し、吹き飛ばし、破壊する。
 エージェント達も例外ではなかった。
 至近距離にいた二名は重体。
 周辺にいた者たちにも、多くの怪我人が出た。
 善通寺境内には被害が出なかったのが、不幸中の幸いであった。


●ふたつめの爆発
「いいえ、朱天王様、謝ることなど何も……。どこまでも、お供いたします」
 神宮寺は栞の姿を借りたまま、ふらふらと歩いていた。
 もうこの世には、何の用も無い。
 大切なものも、目的も、なにひとつ無くなった。
 その肩を、ぐいと引くものがいる。
「お前、神宮寺だな。決着をつけようぜ」

 龍哉だった。
 勝負への執念が、完璧ともいえる隠夜叉の変身術を見破った。
 そのことが、運命を分けた。
 神宮寺は、栞ならば決してしないようないびつな唇の歪め方をする。
「……そうしよう」


 神宮寺もまた、体に自爆装置を埋め込んでいた。
 本来なら、金堂に特攻する予定であったのだろうが、かろうじてそれは防がれた。
 朱天王ほどの規模ではないが、こちらもまた、龍哉をはじめ多くの負傷者を出したのだった。


●さようなら、朱天王
「朱天王、貴女は敵でありながら立派な武人だったわ。強さとは何であるかを私に教えてくれた」
 闘いが終わって、杏奈は朱天王のことを振り返る。
 朱天王は最期まで、戦う意思を持ち続けた。
「口先だけではない、確固たる意志、支える仲間……それを持ってこそ人は強くなれるのだと」
 朱天王は、彼女を彼女たらしめた多くの仲間がいた。
 戦いの中で、彼らを失い続けたことが、彼女の敗因だったのかもしれない。
「――さようなら」
 振り返りはしない。でも心のどこかには残り続ける。
 もう夜は、明けかけていた。

 さようなら、朱天王。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
  • エージェント
    ツラナミaa1426
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
  • Dirty
    フィーaa4205
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548

重体一覧

  • ライヴスリンカー・
    赤城 龍哉aa0090
  • 永遠に共に・
    月鏡 由利菜aa0873
  • Dirty・
    フィーaa4205

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 反抗する音色
    清姫aa0790hero002
    英雄|24才|女性|カオ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • 払暁に希望を掴む
    サラ・テュールaa1461hero002
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 【崩月】
    森須 亮 aa1647
    人間|41才|男性|攻撃
  • エージェント
    アンジェリーナ モリスaa1647hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 絶狂正義
    ユーガ・アストレアaa4363
    獣人|16才|女性|攻撃
  • カタストロフィリア
    カルカaa4363hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤林みほaa4548hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 薄紅色の想いを携え
    藤岡 桜aa4608
    人間|13才|女性|生命
  • あなたと結ぶ未来を願う
    ミルノaa4608hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
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