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死者のための村
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/07/19 19:31:22 -
相談卓
最終発言2017/07/21 02:11:38
オープニング
●死者の村
「なんで、真夏に山登りをしなきゃならないんだー!!」
H.O.P.Eの職員は悲鳴を上げた。
今日も元気に最高気温を記録し続ける太陽は、職員が慣れない山道を登っていることなんてまったく考慮してくれない。じりじりと照りつける日差しと気を抜いたら転がっていってしまうような山の斜面と戦いながら、息を切らして山登りをするしかない。
かつて、この近くの村では夏になると祭りが行われた。
その年に死んだ者を伴う供養であり、その供養を経て、死者はようやく死者として扱われたという。その供養がなされる前は、死者は生きたものと同列に扱われた(さすがに死体は埋められ、同列に扱われるといっても影膳を出される程度であったようだが)らしい。
そんな一風変わった風習を持った村の儀式も近代化の波には勝てず、今では廃れてしまったという。しかも、村自体が人口減少のためになくなってしまったために、今ではもう地元の怪談話ぐらいにしか村の儀式の話は登場しない。
「民俗学の学生もなんで好き好んで調査をするかな……こんなところ」
この村に地元の大学生が入ったのは、三日前のことである。
村には祭りの後に死者の遺骨を入れる共同墓地があり、その調査をするために大学生たちは山に入った。
だが、山には熊の目撃も多いと言うこともあり、リンカー一人の付き添いを依頼されたのであった。
だが、山から降りてきたのは大学生たちだけであった。
大学生たちは、村には死者がまだいてリンカーは――死者に魅入られてしまったのだと口をそろえていった。
「死者に魅入られるって……単なる現実逃避だろ」
大学生の案内兼護衛として選ばれたリンカーは、先月相棒を亡くしたばかりであった。その後、依頼を受けてはいない。H.O.P.Eとしては簡単な依頼からこなしてもらい、いつか前線復帰してほしいとの思いを込めて今回の依頼を推薦したのであった。
「うわぁ!」
考え事をしていた職員は、山の斜面に転がり落ちた。
●死者の今
「なに、してるんだ?」
職員の顔を覗き込んだのは、シラノであった、大学生を護衛する任務を放棄して、山に残ったリンカー張本人である。
「なにしてるじゃないだろう。こっちは、おまえを探しになれない山道を歩いて……」
職員は、言葉を失った。
シラノの大きな背中の向こう側にいるのは、死んだはずのアカギであった。シラノと同じく二十歳前後の若さであり、手には生前愛用した弓矢があった。
「おい、嘘だろ……」
職員の言葉に、シラノは笑う。
「この村じゃ、祭りが終わるまでは死者は死者じゃない。アカギも、まだ生きてる」
職員はその村から、逃げ出した。
●死者を生かす生者
シラノがこの村にやってきたときから、愚神は村にいた。
おそらくはH.O.P.Eのリンカーに追い詰められてこの村に逃げこんだのだろう。シラノは、愚神に止めを刺そうとした。だが、この愚神は自分は死者を蘇らせることができると宣言した。シラノは、最初は信じなかった。
だが、もしかしたらという気持ちもあった。
わずかに自分にライブスを与えてみた。
すると、死んだはずの人間が蘇った。従魔らしい気配ではなかったので、おそらくは愚神がそのような幻を見せる技でも持っていたのだろう。
ライブスを十分に愚神に吸わせてみると、廃村はあっというまに死者で満ちた。だが、ライブスが少なくなれば死者は減った。だから、シラノはアカギが姿を現せる程度のライブスしか愚神に与えていない。
シラノが死ねば、この村も果てるであろう。その前に、愚神はちゃんと処分する気はある。
死者をもう一度手にかける勇気が、シラノにあるのならば。
解説
・シラノの保護および愚神の退治。
廃村(昼)……比較的狭く、手入れのされていない民家が密集している。障害物や遮蔽物が多くあり、何らかの工夫がなければ長距離戦では不利。村に入り、アカギに攻撃をすると戦闘開始になる。
シラノ……攻撃力が高いリンカー。大太刀を武器とし、接近戦を好む。罪悪感はあるが、そのことには目をつぶろうとしている。考えなしに敵に突っ込むことが多く、固まっている敵の殲滅を優先させる。アカギが攻撃を受けると現れ、戦闘に入る。
・兜割り――最大威力の斬撃。この攻撃を受けると防御力が下がる。
・居合切り――この技使用時のみ素早さが跳ね上がる。避けることはかなり難しい。
・炎纏い――刀に炎をまとわせて攻撃する。この技は他の技と併用可能。刃に刀にふれると火傷を負って徐々にダメージが蓄積していく。
・混乱――アカギが先に倒されると発動。攻撃力が大幅にあがり、防御力が著しく下がる。
アカギ……愚神。アカギとは無関係な人物が愚神につかれていたが、シラノの記憶を読み取ってアカギの姿を取っている。愚神を引き離すことはできない。村に入ってくる人間を警戒し、最初に接触する。喋ることはない。弓矢を使い、主に民家の屋根の上から狙撃してくる。民家と民家の屋根を跳び移って移動するため、地面に下りることは少ない。
・視力向上……序盤に使用。命中率を格段に上げるが、時間が経つと徐々に下がっていく。
・必中……自身が最初に攻撃を受けると使用する。空に向かって矢をいり、ほぼ自動的に相手に矢を命中させる。
・死霊制作……弓でいった相手のライブスを吸収し、相手の記憶にある死者を制作する。
・吸収回復……死霊を弓矢で撃って、自分の体力を回復させる。
・火弓……炎をまとった矢を放つ。村は乾燥したものが多いため良く燃える。
亡霊……アカギが生み出すもの。感情や記憶・声などはない。指定がないかぎり、亡霊は剣を持った黒い人影となる。
リプレイ
この村には、死者を生者のように扱い供養をおこなう祭りがあった。
今はもう、その祭りは途絶えて久しい。
「大丈夫だ、アカギ。大丈夫だ……」
村への侵入者の気配を察知したアカギは、家の屋根を伝って戦いに赴く。その姿を見つめながら、シラノは呟く。
「俺に、お前をもう一度殺す勇気があればすべて丸く収まるんだ」
●
「……死者の村、か……六道に反す故に……幽世に送ってやろう……」
吉備津彦 桃十郎(aa5245)は刀を一本吊り下げながら、ぶっそうなことを呟く。その隣では、犬飼 健(aa5245hero001)が不安げに彼女を見つめていた。
『主よ、ただ人を斬るだけの口実にすぎぬのではないだろうな』
「当たり前だろ、ただ……暇つぶしがしたいだけだ。それ以外には何もない」
相も変わらず物騒な女は「くくくっ」と人知れず笑った。
『あつーい!』
もうだめ、とスネグラチカ(aa5177hero001)は悲鳴を上げる。炎天下のなかで山登りは、雪国育ちの彼女にはこたえるものがあったのだろう。
「死んだ人を変わった方法で供養していた村って、あそこなのかな?」
一方で雪室 チルル(aa5177)は、まだまだ元気であった。
「屍国事件の最終決戦が迫る今、屍国と関わりの無い方面は手薄になりがちですからね。任務を受けた以上役目は果たします」
月鏡 由利菜(aa0873)は、決意を胸に村のある方向を見ていた。
そんな彼女の隣で、ウィリディス(aa0873hero002)は苦笑いをする。
『ユリナも無茶な依頼スケジュールを組むなぁ。……そりゃシラノさんはあたし達の同僚ってことだし、放ってはおけないけどさ!』
無茶して夏バテしないでよ、とウィリディスは続ける。
そんな彼女たちをしり目に、雁間 恭一(aa1168)は小さく呟く。
「しでかした構成員の後始末は良くやらされたが、気分よく出来たのは一つも無かったな」
自分が行なってきたことを思い出しているのだろう。恭一の表情は、いつもにも増して気難しそうなものになっていた。
『それは、おぬしが下っ端だからだろう? 雑用は下々に任せ、追い詰めた所で出て行くのだ。日ごろ剣筋を推し量っていた者を実際に切り伏せるのは中々興が乗るものだぞ』
にやり、とマリオン(aa1168hero001)は笑う。
その気持ちは一生理解できそうにない、と思いながら恭一は息を吐く。
「勘弁してくれ……ま、主役は譲るぜ」
『ふん……。ようやく生まれ持っての差と言うものを理解してきたようだな』
マリオンは、実に満足げであった。
「暑いしなんか辛気くさいし……。早く終わらせて、帰りたいもんだな」
カイネ(aa5331)は汗をぬぐいながら、村へと一歩踏み入れた。
かつて可笑しな祭りをやっていたという村も、今では人っ子ひとりいなくなった廃村でしかない。
『おぬしにとっては、これが初仕事じゃろうて。気を引き締めぬと足元を掬われるぞ?』
油断するでない、と無影(aa5331hero001)の言葉を「はいはい」と聞き流して、カイネは村の奥へと進もうとする。
「……それ以上は進むな」
八朔 カゲリ(aa0098)が、カイネを静止する。
『やはり、覚者も気がついておったか。弓を持っているといことは、件の死者かのう?』
ナラカ(aa0098hero001)の視線の先には、弓矢を持った若い男がいた。
リンカーたちが当初の作戦通りに行動しようとしていた、その瞬間。
アカギは、空に向かって弓矢を放った。
●
「死者に魅入られた、と来たか」
赤城 龍哉(aa0090)は、自分の射抜いた弓矢から通じて作られた死者と戦いながら進んでいた。その顔には戦闘による緊張感はあるが、恐怖はない。
ウィリディス(aa0873hero002)は、そんな龍哉を横目で見ながら尋ねてみた。
『龍哉、大丈夫ですの?』
「愚神が生み出す幻と判ってて、それを怖がる理由なんぞないな」
剣を持つ死者を龍哉はなぎ倒し、前に進む。
どうやらアカギは弓矢でいった相手のライブスを奪い、それによって死者を作り出す能力を持っているらしい。この死者は、元のライブスの持ち主の影響をかなり強く受けるようである。
『ところで……同じ苗字ですが、親戚ですの?』
ヴァルトラウテは、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「家の流派は弓も嗜むが主軸には置かない。別の所のアカギさんだ」
よくある名字だろ、と龍哉は答える。
『シラノさんの気持ちも否定はできませんが……護衛任務を放棄するのはだめですよね、きっと』
構築の魔女も、自身のライブスから生まれた死者をなぎ倒す。
「……□□」
辺是 落児(aa0281)の不安げな瞳に気が付いた構築の魔女(aa0281hero001)は、微笑んだ。死者はさほど強くないようだ。倒すときに心苦しさは感じるが、それもリンカーならば乗り越えられる範囲内である。
『民俗学の学生から、ちゃんと話は聞きました。この村は一年に一度祭りをおこない、その後に共同墓地に一年分の使者の遺骨を埋めたと言います。遺骨のすべてをさすがにこちらに持ってくるのは無理でしたが……』
構築の魔女は、石井 菊次郎(aa0866)の方を見た。
アカギの形見は、彼が持っているからである。
だが、構築の魔女たちとは違い菊次郎の足は止まってしまっていた。何故、と構築の魔女は思う。菊次郎は、自分のライブスから生まれた死者を見つめていた。
その死者は、愚神であるように思われた。
とてもではないが、菊次郎の大切な人であるようには思えない。
菊次郎は、悲しげな顔をしていた。彼は弓にいられる瞬間に、とある女性のことを考えた。だが、しかし眼前に現れたのは彼が倒した愚神の姿である。
「成る程……もう俺の記憶を占めるのは彼女では無く奴等という事ですか? 良いでしょう、地獄の底まで付き合って上げますよ」
『ふ……主よ、腑抜けたと思って心配したぞ。そんな事なぞ思い出すのは裁きが終わってからで良いわ』
テミス(aa0866hero001)の言葉を聞きながら、菊次郎は攻撃の態勢に入る。ブルームフレアで死者を焼き払った菊次郎は、一瞬だけ遠くを見つめた。
――それが俺の物語か……。
「おい、大丈夫だよな」
龍哉の言葉に、菊次郎は頷く。
「ええ」
菊次郎は、持ってきた遺品を確認する。
『壊れているな』
テミスの言葉に、菊次郎は答えた。
「元から壊れているんです。アカギが最後に愚神と戦った際に壊れたそうで……」
そこにはシラノもいたのか、と龍哉は尋ねた。
「愚神の口車に乗る辺り、相当参ってたって事か」
『私からすれば死者への冒涜でしかありませんわ』
ヴァルトラウテは眉をひそめていた。
「ともかく、俺たちがやるべきことは供養だ。全ての手順を踏んでる暇は無くてな。手短に最低限済ませるべき内容を簡潔に教えてくれ」
龍哉たちは急がなくてはならない。
今この時でも、仲間たちは戦っているのだ。
『間に合うかどうかはわかりませんが……終わった後でも送ることには意味があるでしょう』
「□□……」
構築の魔女の言葉に、落児は頷く。
「シラノ氏が専門家なら……しかし、彼が祭りの間生存する死者と言う観念を持ったのは大学生達に話を聞いたからでしょう。彼が納得する物語を語れるなら供養は為された、という事です」
『つまり、我々の供養はシラノを納得させる材料というわけか』
テミスの言葉に、「そのとおりです」と菊次郎は答える。
そして、構築の魔女の方を見る。
構築の魔女は大切そうに、陶器の壺を荷物から取り出した。
『ご遺族から、事情を説明して譲っていただいたアカギの遺骨の一部です。さすがに、全部とはいきませんでしたが』
「全部じゃ、終わったあとに何かしら問題が起こるだろ。これを共同墓地に埋めればいいんだよな?」
龍哉の言葉に、菊次郎と構築の魔女が頷く。
●
『容赦はしないのか?』
ナラカは、カゲリのライブスで生まれた死者を見つめていた。その死者たちはカゲリの手によって実にあっけなく無になっていく。いや、そもそもこれは無なのである。
「命とは一度限りだからこそ、懸ける想いにも価値は宿るもの」
『いいのかのう。アレは覚者の親であるだろうに』
カゲリのライブスによって生み出されたのは、戦闘に向いているとは思えない男女の姿だった。壮年の二人は仲好さそうに隣り合って立ち、どこかカゲリに似た面立ちをしていた。
「……取り戻せる生に意義はなく、そんな軽い物なら塵と何が違う」
『くくくっ。そうも単純に割り切れないのが人間と言うものだろうに』
ナラカの言葉など聞こえないとでもいうふうに、カゲリは死者に止めを刺す。
「シラノを否定しない。だが、己が意志を貫く事に加減はない」
『結局は、シラノの邪魔をするということか』
不満か、とカゲリはナラカに尋ねた。
『私は、今回の一件に関心がないからのう。死者を生者と宣い拘泥する様には、落胆はしておるが』
ならば、いつも通りにやるだけである。
「……あれか、敵さんは」
カイネは、物陰に隠れながらアカギの動向を観察していた。屋根に上って攻撃をしかけてくる敵は、なかなか厄介そうである。
「供養の儀式とか、そういうのには余り興味ないし。シラノを正気に戻す為に、面と向かって色々考えるってのも、どうも面倒に感じちゃうからこっちに来たけど……こっちはこっちで面倒そう」
『仕事を面倒くさがってどうするのじゃ』
無影は、やれやれと肩をすくめる。
『貴殿の相手は、余が行なう。死者よ、光栄に思うがよい!』
民家の屋根によじ登ったマリオンは、短剣を使用してアカギとの距離を詰める。長距離からの攻撃をさせないことが、マリオンの作戦であった。
屋根の端までアカギを追い詰めたマリオンは、インサニアに持ち替えてライブスブローを放つ。屋根の瓦が吹き飛んで、それがマリオンの視界を封じだ。だが、手ごたえをマリオンは確かに感じた。
「油断はするなよ」
『わかっている。貴殿は、そこで大人しく見物しておけ』
恭一の言葉を振り払うかのように、マリオンは大剣を握りなおす。
次で、止めを刺すつもりだった。
「危ない!」
隠れていたカイネが思わず叫ぶ。
離れていたところにいたカイネには、矢をつがえるアカギの姿が見えていた。
『くっ……』
マリオンの胸に弓矢が命中する。
深い傷ではないが、マリオンのライブスを奪ったアカギは死者を作り出す。
「おい!」
何かがおかしいと恭一が気が付くと同時に、マリオンとの共鳴が強制的に解除される。おそらくはマリオン側に、何かしらの問題が発生したのだろう。
そう分析した恭一は、マリオンの様子を観察する。彼の前に現れたのは、顔を縦に断ち切られた、中世の廷臣風の人間たち。彼らを見たマリオンの表情は、驚愕に満ちていた。
『裏切者どもめ……なぜ貴様らがここにいる?』
「おい、なんか言ってるな……」
ぼそぼそと作られた死者は、呟く。
とても、小さな声だ。
『何だと? 余には聞こえん! 二度と偽りを口に出来ぬよう向きを変えやったのだ……有り得ぬ!』
確かに聞こえるはずなのに、マリオンは耳を塞いでまでそれを否定する。
「いや、聞こえるだろ? ……ーーの命令だった? ……あん? 女の名前の様だがうまく……」
『や、やめろ! それを口にするな!』
マリオンの絶叫と共に、アカギの弓矢が放たれる。
相棒の恐慌状態も気になるが、今はそれよりも眼前の敵である。恭一は無理やりマリオンの自分の胸を触れさせて、今度は自分主体の共鳴をおこなう。
「お前は、ちょっと休んでろ!」
恭一は、アカギから一度距離を取る。
あの死者がいる限りは、マリオンは心理的なダメージを受けるようである。今は恭一主体のリンクをおこなっているから影響はでないが、あまり戦いたい相手ではない。
ならば、いっそ。
逃げてしまえ。
アカギは、自分に背を向けた恭一を追いかけた。
「ここが廃村でよかった」
『訴えられる心配はないからな』
カゲリは、アカギの足場となっている廃屋の屋根に向かって狙いをつける。
そして、ライブスショットで屋根を破壊した。
落ちてくるアカギを待ち構えるように、カイネは武器を握っていた。
「ここにもいるぞ!」
だが、カイネの刃ではアカギに致命傷を与えるまではいかなかった。
『やはり、経験不足じゃろうか?』
「タイミングは完璧だったから及第点だろう」
無影の軽口に答えるものの「作戦を変えないと」とカイネは思考を切り替える。この待ち伏せ作戦が使えるのは、一回のみだ。次に同じ手を使っても、アカギに警戒されて何らかの対抗策を練られるであろう。
「実はぁ、私も死んだ人に会いたいなぁ……って思ってて♪ 教えてくれるなら、仲間の情報をあげちゃいます♪」
情報と時間が欲しかったカイネは、思わずそんなことを呟く。脳裏で、『……。……おぬし、仲間を売る気か!?』と無影が反応してくれていた。意外と、ノリがいいらしい。
「……」
アカギは、無言で矢を構える。
『もしかして、こやつ喋れないのではないじゃろうか?』
「だとしたら、油断させる作戦は失敗かもな」
一回身を隠すぞ、とカイネは逃げ出した。
●
「アカギ……攻撃を受けているんだな」
シラノは、アカギの様子を見に来ていた。
アカギが相手にしているのは、リンカー三人。一人はアカギの能力に苦戦しているようであり、もう一人は実戦経験が浅そうである。残り一人も、アカギならば苦戦することはあっても致命傷を負うということはないだろう。
それでも、リンカーたちは村にやってきた。
遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた。アカギの存在があるかぎり、H.O.P.Eはリンカーをここに寄越し続けるだろう。シラノが、アカギをもう一度殺さない限りは――。
「ほう……貴様も業物を使うのか……貴様の抜き身どれほどのものか、見せてもらおうぞ」
シラノの目の前に、刀を持った桃十郎が現れる。
その姿に、シラノは刀を構えた。
『主、彼奴めは生け捕りとの事……峰をお使いくだされ』
健の言葉に、彼女は「わかった」とは答えない。
無言で刀を鞘に納めて、居合切りの構えを見せる。
「見せてみろ。おまえの技を……見せてみろ」
シラノの刀を構え、居合切りの構えを見せる。
両者の刀が、音のもなく抜かれる。
次の瞬間には、抜き身の刀と刀の鍔競り合いが繰り広げていた。
「……つまらぬ、実につまらぬ」
刀を合わせた桃十郎は、小さく呟く。
その瞳は、剣呑に細められていた。
「貴様の太刀筋は単調で軽い……何も面白くない。貴様が何を迷っているか、何を思っているかなど俺には何の興味もない。そして、貴様の覚悟も……そこまでのものだったのだな」
「俺はっ……」
シラノは、力技で桃十郎を振り払う。
「俺は、アカギをもう一度殺すまでは生きなきゃならないんだよ!」
シラノは、大太刀を振りかぶる。
大技が来ることを見越したチルルは、盾を構える。大きくのけぞった状態のシラノに、このまま盾のままで突っ込んで手を武器から離させるつもりだった。
「剣士が、そう簡単に刀から手を離すと思うなっ!!」
予想以上の力で、チルルの盾が押し返される。
「この馬鹿力……攻撃力が高そうだね。長期戦はろくなことにならなそうだ』
スネグラチカの言葉に、チルルは「そうだね」と呟く。
『武器さえ無ければ、殆どのスキルは使えなさそうだと思ったんだけどね』
「上手くいかなかったものはしかたないよ。切り替えていこう」
シラノの攻撃を防いだチルルの手は、しびれていた。
短期決戦の望まない戦いであるからこそ、この痺れを催すような攻撃を何度も受けることになる。それを防ぐための作戦であったというのに。
「無駄な抵抗はやめるべきだよ」
盾を構えたまま、チルルは叫ぶ。
「現実を見なさい。アレは生きてるアカギじゃないことぐらいは、自分でも理解できているんでしょ!」
チルルは、アカギの表情が険しくなるのを見た。
明らかに、自分は地雷を踏んでいる。
それでも、やめるわけにはいかない。
「アカギを殺すことになるのは理解している……でも、まだ大丈夫だ。まだ、大丈夫だから時間をくれ。俺が、必ずあいつに止めを刺すから」
シラノの言葉に、スネグラチカは「同情しちゃだめだよ」と呟く。彼が愚神のアカギに止めを刺せないことなど、目に見えている。そして、野に放たれたアカギは他者を襲うだろう。自分たちは、それを防ぐためにやってきた。
「……私は、愚神に憑依された大切な友人を救えなかったことがありました。もし友人が生き返ったら……と言うあなたの気持ちが理解できないわけではありません」
由利菜は雷神槍は握り、シラノの前に立つ。
憂いの表情は、亡くした友人を一時だけ思い出したせいであった。今でも、由利菜の胸にはむなしい穴が開いている。
その穴は、きっと一生ふさがらない。
親しい人間がいくらできても、唐突に失った友人の代わりに誰もなれないのだから。
「ですが……受け入れはできません」
由利菜は、槍を手にしたままシラノへと突撃する。
シラノは炎纏いを使用し、彼の太刀に真っ赤な炎を帯びさせる。
ただまっすぐに、由利菜はそれを受け止める。
『ユリナ、これ火傷しちゃうよ!』
一度離れないと、とウィリディスは慌てふためく。
だが、由利菜はその選択肢を選ばない。大切な人を失い、その復活を望んだシラノ。由利菜は、彼の心を救いたいと願った。だからこそ、引いてはならない。
「くっ……なんて、力強い」
「悪いが、俺は力比べれでは負け知らずでな。これで、終わりだ!!」
刀に炎をまとわせたまま、兜割りが来る。
そう判断した由利菜だが、彼女は後ろには引かない。
代わりに盾を持った、チルルが間に入る。
「やっぱり、力が強いなね……手がしびれて、もう限界かも」
それでもチルルは、盾を構える。
「どんなことがあっても刀は手放さぬお前は、たしかに立派な剣士ではある……だが、敵の数を数え間違うところは未熟だ」
シラノの後ろには、桃十郎がいた。
彼女は、全力でチルルの盾に攻撃を振るうシラノの背中で鯉口を切る。
「しまっ――!」
『言霊に操られ、人の生死の境も分からぬとはな……愚かな神に惑わされた憐れな愚か者よ』
健の言葉と共に、シラノが切られた。
倒れるシラノに向かって、桃十郎は言う。
「立って見せろ。次は、峰ではく真剣に切ってやろう」
『わが主……切ってはダメなのです。切っては』
依頼は保護です、ともっともなことを言う健に桃十郎は「つまらん」と返した。
シラノは、地面に刀を突き立てる。
勝敗は明らかであった。
それでも、彼は戦おうとする。
「祭りはいつか終わるもの。アカギさんの分まで生きることが、彼へのはなむけではないのですか!」
もう戦うことは止めてほしい、と由利菜は叫んだ。
これ以上戦えば、シラノの方がただではすまない。
由利菜と共鳴を解いたウィリディスが、胸を押さえながら叫ぶ。その瞳は、わずかにうるんでいた。
『シラノさん、あたしはユリナの死んだ友達の面影や記憶を持ってるみたい。……でも、友達と同じ存在だという保証はないんだよ。……シオンに憧れたりはするけど……あたしは『ウィリディス』だから』
言葉を切った、ウィリディスはアカギがいるほうを見やる。
『蘇ったアカギさんも、あたしがシオンじゃないように……アカギさんじゃないんだよ』
「そんなこと最初から分かってる……」
シラノは、立ち上がって刀を構える。
桃十郎は、刀を構える。
「死ぬまでやらなければ分からぬ手合いか。結構、面白い殺し合いになりそうだ」
『わが主、だからそれはダメですって……』
――両名止めてください。
戦場に凛とした声が響いた。
その声の持ち主は、ヴァルトラウテであった。
「あんた相棒を悪霊の類にでもしたいのか。違うだろ?」
共同墓地を掘り返して泥だらけになった龍哉は言う。
今のアカギは悪霊でしかない、と。
「俺たちは遺族から預かった遺骨を共同墓地に埋めて、死者の送り出しは完了させた。今年の村の祭りは終わりだ」
『もうこの村に死者はおりません。残るは死者の姿を偽り、幻を見せる愚神だけですわ』
ヴァルトラウテの言葉に、シラノは崩れ落ちる。
おそらくは、それだけが彼の言い訳であったのだろう。
送り出しの祭りをしていないから死者が村に留まっている、と。それだけの言い訳で、アカギをこの世に留めている罪悪感と戦っていたのだろう。
「シラノ、あんたも目を覚ます頃合いだぜ!」
龍哉は、シラノに向かって手を伸ばす。
その光景を見ていた構築の魔女は、小さく笑っていた。その笑みの理由を知らない落児の首をかしげる。
「……?」
『いいえ。私が愚神とアカギどちらが大切かと尋ねる必要もなかったと思ったのですよ』
すでに答えは出ていたのだ、と構築の魔女は言う。
「……私は愚神を許しません。替えの利かないアカギさんを偽り、シラノさんの弱みにつけ込む愚神を浄化します!!」
『あたしも……! オレオレ詐欺はノーサンキュー!!』
由利菜とウィリディスが意気込むのを見て、テミスは菊次郎をつついた。
『アレを渡すのならば、今しかチャンスはないぞ。遺骨は供養に使いもう手元にはないが、もう一つ……何にも代えがたいものがあるだろう』
テミスに促された菊次郎は、懐から白紙に巻いた武器の残骸を取り出す。それは壊れた弓の破片であった。
『これは貴公が、持つべきものであろう』
それが、何の残骸であるかをシラノは聞かなくとも分かっていた。
●
「一回目で、止めを刺せなかったのはやはり痛かったか」
『地上に落す、こちらの作戦は読まれているようだのう』
追尾性能の高い冷魔でアカギの姿を追わせてはいるが、なかなか決定的なダメージを与えることはできていない。もっともあちらの攻撃もカゲリは避けているので、相手にとってもその状況は同じだ。
「まったく……主人公って柄じゃなくて助かったぜ。おかげで敵前で取り乱すっていう恥をさらさずにすんだ」
『は……下らぬ』
マリオンはすでに落ち着きを取り戻していたが、共鳴の主体は恭一が担っていた。あそこまで派手な恐慌状態を起こせば、敵に弱点をさらしたと同じである。再びマリオンが表だって戦えば、その弱点を突かれる可能性があった。
『おぬしが、致命傷を与えられていればすんだ話なのじゃ。だから、油断すれば足元をすくわれるとあれほど……』
「うるさいな。初仕事なんだから、大目に見ろ」
カイネと無影は、身を隠していた。
仲間の足を引っ張らないようにという配慮であり、近づいてきたアカギに一矢報いるつもりであった。だが、アカギは警戒してカイネが隠れている場所には近づいてこない。
「人のいそうな所には来ないのか?」
『何人いるかはバレておるようじゃの。警戒せれて、当然じゃ』
さて、どうすると無影は尋ねる。
カイネがそれに答えられないでいると、これが答えだとばかりにリーサルダークを放つものが現れた。菊次郎である。
「俺の瞳を見なさい……知りませんか? 御身よ、弔上げはもう終わりました……早々にお引き取りを」
菊次郎の攻撃を避けようとするアカギの背後にふらりと現れたのは、刀を持った女。
「俺は言った筈だ……六道に興味はない。とな……死んだ奴が蘇るというのなら俺は迷わず斬る。ただそれだけ……まぁ今となってはどうでもいい事か」
『死者め。土に帰るでござろう!!』
桃十郎の攻撃を背中に受けたアカギは、それでも屋根の上を走り続ける。
『自由に屋根の上を動けない状態にできればいいのですけど……遠距離攻撃が主体の敵が、頭の上にいると言うのは気分が良いものではありませんね』
「□□……」
構築の魔女の言葉に、落児は頷いた。
「案ずるな。すでに手は打ってある」
『くくくっ。先ほどは撒かれたが、一撃を受けて速さが鈍ったところなら――私たちの狼ががぶりだ』
ナラカの言う通り、カゲリの放っていた冷魔が今度こそアカギを捕える。
「今度こそ、そこから叩き落としてやる」
動きが止まったアカギに攻撃を加えたのは、恭一であった。
アカギはようやく地面に落ちて、龍哉の側へと転がる。野生の獣のような俊敏さでアカギは立ち上がり、龍哉に向かって矢をひこうとした。防御の構えを取りながらも、龍哉はシラノに尋ねる。
「……あんたが出来ないなら、俺らがやるだけだが」
一歩を踏み出したのは、龍哉ではなかった。
「いいや。俺がやる。俺がやらなきゃいけないことだ。……祭りは、終わったんだ」
シラノは、アカギに向かって大太刀を向ける。
「ごめんな、アカギ」
さようなら、と死者が言わなかったのは――きっと彼が本物ではなかったからだろう。
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『……ライブス、結構吸われてるはずなのに無茶するなぁ』
シラノの回復をしながら、ウィリディスは呟く。どうしてそんなに頑張ったの、とは言わない。
死者がいなくなり、祭りが終わった村は――寂しいだけの廃村に戻った。蝉の声だけが木霊し、人の話し声はどこからも聞こえない。回復をウィリディスたちに任せた他の面々は、死者を葬るための共同墓地へと向かう。
村のありとあらゆる死者が眠るとされる墓地は、荒れ果てていた。中央に巨大な岩があり、民俗学を学ぶ学生によると村人はその岩を墓石の代わりにして大切にしたらしい。
『どうして、この村の人々はこんな祭りをしたのかな?』
一年も死者を生者として扱いながらも、どうして最後には共同墓地に埋めるのか。
スネグラチカには、理由が分からないようであった。
「たぶん……未来を見るため――ケジメをつけるための儀式だったんじゃないかな?」
チルルは、民俗学の学生から色々と話を聞いてきた構築の魔女の方を見た。
彼女は、わずかに微笑みながら答える。
「そうだと思います。この村の儀式はきっと死者のためではなく、生者ためのものだったのでしょう」
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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