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【爻】リライヴァー・アムネシア
掲示板
-
【相談卓】現か、それとも――
最終発言2017/07/18 03:06:13 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/07/15 21:34:25
オープニング
●残されたメール
「まさかメールが見れるとは」
「まおーさまも水田さんも研究以外はうといですもんね。メールの私用禁止と監視についてはちゃんと所内規程に……アレ、まおーさま、水田さんに個人アドレスからメール送りました?」
「いや?」
「でも……」
「なんじゃ、リプレイスメント……?」
「ちょっとキナ臭いんで足跡辿ってもらいますね」
内線に手を伸ばす部下の後ろで、文面を読んでいた真央の顔色が変わる。
●紫峰翁センター
エージェントたちが部屋に着くと、開いたドアの向こうで真央と灰墨信義、ライラ・セイデリアが待っていた。
「パラダイム・クロウ社の研究員、灰墨だ。よろしく」
「呼出してすまぬ……これを見てくれ」
テーブルには数枚の写真、小さな珊瑚の欠片が入ったスクリュー菅瓶があった。
「この瓶の中身が先日の君たちの検査中、外耳道から発見された従魔の欠片じゃ。発見された時は既に死滅しておった」
続いて写真を指し示す。そこには市街を破壊しているリンカーの様子が映っていた。
「これはリライヴァー・アムネシアに罹患したものの検査中に何も発見できなかった者たちじゃ。突然、共鳴状態で暴れ出して、現在、H.O.P.E.に保護されておる」
エージェントたちの話で水谷に不信感を持った真央は水田の残した痕跡を調べた。その結果、外部から届いた一通のメールを発見し、リライヴァー・アムネシアの絡繰りとリプレイスメントという存在が読み取ったのだ。
「リライヴァー・アムネシア。罹患した患者は特殊なライヴスとVRにより強い催眠状態になっておるのじゃ──」
真央はエージェントたちへ深く深く頭を下げた。
「済まぬ! 今回の件はうちの水田が、悪い意味で関わっておった」
この件が判明してから、紫峰翁センターは代表の峯山からして何日もH.O.P.E.に泊まり込みで対応に奔走していた。
真央を一瞥して、信義が通信機器を配る。
「依頼の話をしよう。
俺たちリライヴァー・アムネシアに罹ったリンカーは潜在意識に催眠のアンカーを打ち込まれた状態だ。トリガーは音。
しかも、念のいったことに耳に催眠を強化するため音を発生するミーレス級の従魔を忍ばせて、特に英雄に何度も何度も『惧れ』のアンカーを打ち込んでいるらしい。検査で従魔の亡骸が見つかった君らは自力で従魔を撃退したようだが」
顔を上げた真央は警告する。
「これは、従魔を使役できる存在、愚神の力を使った催眠じゃ。
先日のエルナー・ノヴァや他の暴走したリンカーから推察するに、催眠を繰り返し受けた英雄は最終的には『邪英化』する。正確には邪英化したと思い込むんじゃ。水田はこれを『リプレイスメント化』と呼んでいたようじゃ」
エルナーの話では何度も邪英化した自分の幻を見たと言う。
「水田の隠れ家の調べはついているが、そこには恐らく催眠を操る愚神も居る。
そこで、この催眠の影響がまだ少ないお主らに水田の捕縛と愚神の退治を頼みたいのじゃ」
信義が短い杖をエージェントたちの前に翳した。
「従魔を撃退したとは言え、きみたちも催眠にはかかっている。
これは、オーパーツ『メルクリウスたちの杖』。本来は別な用途のアイテムだが、リプレイスメント化を解除し正気に戻すことができる。
ただし、これは私にしか使えない。これを持つ私は比較的長い時間リプレイスメントに抵抗することができるが、私がリプレイスメント化してその後に君たちまでリプレイスメント化したらアウトだ。……なに、君たちなら大丈夫だろう、信頼しているよ」
「──へえ、それは困りましたね」
唐突に声がした。
廊下にスマートフォンを手にした青年が立っていた。
「水田!?」
「なら、最後の実験を早めなければなりません」
水谷駆け寄るより早く、彼はスマートフォンに指を滑らせた。
即座にどこからともなく歌が流れた。
エージェントたちは激しい頭痛に膝を突く──アデリナの『エヴェイユ』だ。
真央も僅かに頭の痛みを感じたが、それでも水田のスマートフォンを取り上げた。
ディスプレイには通話終了を示す文字が残っていた。
「非常事態だ、誰か来い!! 水田、お主がやらねばならんのは治療だろう!」
「これは我々のテーマ『英雄世界の研究』の一環ですよ。真央さん、ほら見てください」
水田が指差した窓の外、空をたくさんの白イルカたちが泳いでいる。彼らがエヴェイユを歌っているように見えた。
「今、つくば市内にこの歌が流れています。市内のリンカーのほとんどはリライヴァー・アムネシアに罹患済。じきに全員がリプレイスメント化するでしょう。この実験が済んだら、リライヴァー・アムネシアの範囲をもっと広げる予定です。邪英化したリンカーからなら今までより新しい情報が得られます──」
荒い足音と共に研究員たちが駆けつけて、水田を取り押さえた。組み伏せられた水田は真央を見上げた。
「実験結果を見れば皆さんも気持ちが変わりますよ」
真央を含め周囲の職員は苦々しい顔で水田を見下ろした。
「正気か、愚神に篭絡されたな?」
「僕は正気です」
その時、窓の外に巨大な目玉が現れたことに気付いた職員が悲鳴を上げた。
直後、巨大な鯨が紫峰翁センターへ突っ込む。
●覚醒
衝撃で弾き飛ばされたエージェントたちは瓦礫の中から這い出した。
十畳ほどの空間で藍色の壁に囲まれている。
『聞こえておるか!?』
通信機から流れる真央の声。
『……ドロップゾーンに……入れない……頼む、抗体を持つお主らだけが……』
通信機の音声はどんどんノイズ交じりになり切れた。
起き上がろうとした信義は力任せに倒された。彼の腹に足を乗せて冷たく見下ろす女はライラに似ていた。
「ライラ! こいつを」
女の背後でライラが強張った顔で後退った。
「……リプレイスメントか。催眠の見せる幻覚だ、怯える必要は無い」
『ふふ、幻覚がこんなこと、できるかしら?』
「信義!」
顔面を蹴りつけられて信義は呻く。
『ねえ、もう全部アタシに任せて──』
言いかけた女が弾き飛ばされる。ライラが信義にしがみ付きライヴスの蝶が舞った。
「悪いが、こっちには色々オーパーツ持ちだ。ちょっとは耐性があるんでね」
カドゥケウスに似た杖で女に殴りかかると、女は小さなイルカになって壁をすり抜けた。追う信義が藍色の壁を叩き壊す。
「どういうことだ?」
そこはドロップゾーンと化していた。イソギンチャクが街路樹のように並び、その中に藍色の水槽が林立する。
「リンカーたちはこの中か……まあ、すぐに出てくるだろう。
それで。今、ここは催眠の世界か現実か」
「駄目。わからない」
「……元凶を探すか。ドロップゾーンには愚神か従魔がいるはずだ」
「……あと、アレね」
ライラの眼差しの先に、彼女によく似た女が笑っていた。
解説
●目的:ヌルの行動停止
流れ
1.個室:英雄とリプレイスメントとの対話
能力者は同室におり、リプレイスメントを見ることができる
2.個室からの脱出(通常、OPの信義の直後くらいになります)
3.リプレイスメントとの戦闘(一度だけ特殊抵抗ロール:失敗した場合、共鳴状態でリプレイスメント化※詳細後述)
4.リプレイスメント化ライラ&ヌル参戦
※重要
4.の段階でPCが現在居る場所を「現実/催眠世界」のどちらか回答してください
六名以上の正解でヌルを完全撃破
●敵
●リプレイスメント
英雄が思う邪英化した自分の幻影が仮の実体を得たもの
ステータス:シリーズ参加者は『【爻】英雄のいない日』参加時の共鳴状態・初参加者は現在のものから、
特殊抵抗値を除いたステータスが30%弱体化(ただし、特殊抵抗値は元のまま)
・リプレイスメント化
リプレイスメントが本体に対して試みるスキル(今回は一度だけ)
特殊抵抗ロールに失敗すると同化してリプレイスメント化(弱体化・能力UP共に無)
リプレイスメント化中の言動は能力者は憶えているが英雄自身は憶えていない
次フェーズから事前希望が無ければINTの高い者の順に一人ずつ信義が回復
※質問掲示板で質問があればリプレイスメントの特殊抵抗値のみ回答します
●ケートゥス
リプレイスメントを数日間実体化させる従魔、本来は白イルカ型
●愚神ヌル(ケントゥリオ級)
物攻E 物防B 魔攻D 魔防B 命中E 回避C 移動D 特殊抵抗C INTC 生命A
LV.60ソフィスビショップ相当
●リプレイスメント化ライラ(ケントゥリオ級相当)※当ステータスは今回のみ
物攻E 物防A 魔攻S 魔防A 命中A 回避A 移動A 特殊抵抗A INTA 生命D
リプレイスメント化したリンカーの回復にあたるが最後は自身もリプレイスメント化
一撃、18sqの魔法による範囲攻撃を行い直後(当NPC個人的事情により)倒れる
後で回収できるため放置可
※真央室長は敵ではなく、彼の言葉は本人からのものです
リプレイ
●うつしよの誘み
「……いたた──あれ、ここは『どっち』?」
瓦礫から這い出した伊邪那美(aa0127hero001)が御神 恭也(aa0127)に問いかける。
「……水田は研究者だ。研究者が求めるのは真実だと考えると不確定な催眠世界では無く、現実世界で答えを求めるんだと思うが……」
恭也は思索に耽る。
「邪英化の実例は確かに少ないが、得られる情報はあまり無いと思うんだが」
それを聞きながら伊邪那美は以前会った水田の姿を思い出す。
「恭也がボクを認識出来なくなった時に、力になってくれたと思ったのに……」
その時、ふたりはその存在に気付いた。
瓦礫の中にひとりの少女が凛と立つ。
恭也と同い年だろうか……気品と憂いと妖しい色香に彩られた、ぞっとするような冷たい美貌をたたえた少女だ。
弾かれたように伊邪那美は恭也と少女の対角線上に立つ。
「……キミは──恭也から聞いた、この世界でのボクが元になってるんだね」
小さく首が動く。美しい髪がさらりと髪が流れ落ちた。
恭也は少女の出自より、彼女がリプレイスメントであろうことに警戒する。
「大切な人に裏切られて、その恨みから一日に千人の命を奪う事にした……そして、同じ存在のボクが幸せに暮らしてるのが悔しいから恭也の命を奪おうとしている」
少女は答えず、代わりに恭也が神話に対して注釈を兼ねた感想を述べる。
「裏切りと言うよりは、最後の詰めが甘かったと言うかポカをやらかしただけな気が……」
「……茶化す場面じゃないんだけど?」
伊邪那美は睨め付けたが、彼はその視線を平然と受け流す。
「真面目に考え過ぎだ。あれは、お前の恐れが生み出した幻影だ」
少女は美しかったが禍々しく、それを見つめる伊邪那美の指先は微かに震えていた。
「お前があの様になるとは限らんし、仮になったとしても俺や友人達が殴ってでも元に戻す」
恭也はリプレイスメントから目を離さずにいつもの口調で続け、こう付け加えた。
「心配するな」
その力強さに伊邪那美の震えが止まった。
「……うん」
「それ以前に、お前があんな色気のある大人になれるとは思えん」
「……うん……ん?」
再び恭也を睨みつける伊邪那美。
すると、リプレイスメントはイルカに変じて二人の頭上すれすれを泳いて壁の向こうへ消えた。
●ミッドガルド王国白銀騎士
部屋の壁の強度を調べリーヴスラシル(aa0873hero001)と月鏡 由利菜(aa0873)は言葉を交わす。
「……ミズタは不自然に事件のことを知りすぎていた。今更、驚きはしない」
リーヴスラシルが消えたあの日々を思い出し、胸の痛みを感じる由利菜。
「……水田さんの拘束、ヌルとリプレイスメントの浄化。それが私達のやるべきこと」
リーヴスラシルは首肯した。
「本当にそれでいいのか? 自分と一体化し、愚神として自己確立せよ」
言葉と共に地面を抉る衝撃と破片と土埃が舞う。
石礫から顔を庇った由利菜の手首が強く引かれる。
「大丈夫か、ユリナ」
「ありがとう、ラシル。平気です」
自分を抱え込むリーヴスラシルに由利菜は頷く。するとリーヴスラシルの瞳がきらりと光った。
「……そうだろう。ユリナとその第二従者は十分成長した。これで私の肩の荷も下りる……」
はっとした由利菜は力強く彼女の肩を押すと『それ』から距離を取った。
「……ラシルはそんなこと、絶対に言いません」
「ユリナ!」
土埃の中から起き上がったリーヴスラシルが自分そっくりの女を厳しい目で睨む。だが、女は意に介さずゆったりとした足取りで由利菜へ近づく。
「……そう言い切れるか? 私は彼女の深層心理の代弁者だ」
しかし、由利菜はきっぱりと首を横に振った。
「やはり……あなたはラシルの偽りの影でしかない」
足を止めたリプレイスメントは問うような視線を投げつけたが、由利菜はその視線を受け止めた。
「私がエージェントとしての道を歩むと決めたきっかけの一つは、ラシルの記憶を取り戻す手助けをするため」
由利菜の瞳がリプレイスメントを射貫く。
「ラシルの主は私です。愚神として個を確立するなど許しません!」
「笑わせるな、ユリナ! その女の過去を立証する手段も無い癖に!」
怒号と言うより悲鳴のような声でリプレイスメントは由利菜へ手を伸ばす。それが彼女に触れる前に青い髪をなびかせた女騎士がそれを阻んだ。
「……違うな。ユリナと共に歩み続けるから、私は己の定義が確信できる」
迷いない瞳で立つリーヴスラシルの姿にそれは驚愕の表情を浮かべ、更にリーヴスラシルは宣言する。
「私はミッドガルド王国の白銀騎士、リーヴスラシル。嘗ての世界が滅びる直前まで陛下に仕え……今、この地で月鏡の姫を守る者。それが私の存在定義だ!」
●夜明けを待つ宵
木陰 黎夜(aa0061)は冷たい壁に手を突いた。
「英雄世界は、わからないこと、いっぱいあるから……証明は、必要になる……でも、こんなの……違う……」
「黎夜!」
振り返った黎夜の視野に飛び込む見慣れた背中。
「アーテル?」
庇うように立つアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の額から一筋の汗が流れ落ちる。
壁に映った影、じっと黎夜を見ていたのは銀髪のアーテルにそっくりな男だった。
「リプレイスメント……」
黎夜の呟きにアーテルの肩がぴくりと動く。
対して、銀髪のそれはじっと──黎夜を見ていた。
視線から守るようにアーテルが動く。その背中越しに見える銀髪を目に焼き付ける黎夜。
──あれがハルの見ていた邪英化……。
「……守れないと言ったな」
渇きを覚えながらアーテルが尋ねた。
「ああ、守れない」
それは答えた。淡々と。
「何故だ」
「守れなかった。そして、喰らった」
返答はいびつに歪んでいて、直感が警鐘を鳴らす。
それでも、アーテルは問うた。乾いた喉に唾を流し込んで言葉を押し出した。
「何を?」
だが、それは答えず、代わりにアーテルへと問い返した。
「……お前の『リンカー』は大切か、────?」
黎夜は小さく息をのんだ。それが最後に呼んだのはアーテルが自分だけに教えてくれた彼の本名だったから。
「…………ああ」
アーテルも驚いたのだろうか、逡巡の後、彼は素直に答えた。
「なら……『白野月音』も『木陰黎夜』も、俺が喰らう」
弾かれたようにアーテルがそれへと距離を詰めた。
だが、アーテルがそれを捕らえるより早く、それはイルカと化して空を泳ぎ藍色の壁をすり抜けた。
「食べる……? どうやって……?」
アーテルに聞こえないよう、小さな声で黎夜は呟いた。
『英雄』が思い描く自身の邪英化、リプレイスメント。
英雄世界──リライヴァーの背景を知るための研究。
……意識の外の記憶。
──ハルが肉を食べない理由や英雄(リライヴァー)扱いを嫌う理由……。
そうであって欲しくないと願いながら、黎夜は『彼』がすべてを知っているような気がした。
●狂気をわすれた者
白虎丸(aa0123hero001)は身を強張らせ、男はそんな彼を無言で見つめて佇んでいた。
銀髪の男だった。
血のような赤い瞳で白虎丸を映してはいたが、そこには感情どころか関心すら感じられなかった。
「お前は誰でござるか!」
「気づいておろう。吾は汝れ」
高圧的な態度で、しかし、まったく抑揚のない声で男は白虎丸に答えた。
被り物こそしていないが、確かに彼は白虎丸と同じ体格をしていた。
「違う! 俺は……俺はお前のような……」
「吾のような? 吾のような何と申す? 言うてみるが良い」
「俺はお前の様な残虐性は持ち得ぬでござる!」
白虎丸の強い言葉は目の前の男と自分自身、それから、相棒へと向けられていた。
「ふむ……」
男は視線を白虎丸の向こう、虎噛 千颯(aa0123)に向けた。
「汝れは余程そこな小童に吾の本質を知られるを厭うか」
男の言葉に、千颯は唇の端を少し上げて笑って見せた。
「白虎丸……自分になんか負けるなよ」
千颯からは相棒の大きな背中しか見えない。よしんば彼の横に居たとしても、面を被った相棒の感情は表情から伺い知ることはできない。だからこそ、彼は相棒がどんな気持ちを抱いているのか、いつもと同じようにわかる気もしていた。
──俺は、白虎丸があんな奴に負けるわけない事を知ってる。
正直、千颯も白虎丸の惧れがこのような存在であることに驚きを隠せない。
けれども、相棒を信じるからこそ自分は状況を打破するために動くべきだと判断した。
「斯様な小童が大事か、成らば吾と汝れの仲だ。この小童は一番最期に惨たらしく虫螻の様に殺そう」
悍ましい言葉を掻き消す様に白虎丸が声を張り上げた。
「そのような事させないでござる! 千颯も皆も俺が護るでござる! お前には決して負けないでござる!」
白虎丸の足が思わず前へ動いた。だが、逆に男は一歩下がると白いイルカへと変じて壁の向こうへ跳んだ。
「白虎丸──、行くか?」
室内を調べていた千颯は壁の強度に中りを付けた。
「もちろんでござる!」
●きみをえらぶ
ナト アマタ(aa0575hero001)を睨むそれの姿にシエロ レミプリク(aa0575)は驚いた。
周辺が瓦礫と化すまでは来るまではこんな人物は居なかった。
「……お前は、認めたのだな」
「……?」
男とも女とも判断できない不思議な声だった。投げかけられた言葉にナト本人は首を傾げる。
しかし、それはナトの反応などは気にしないようだった。強く拳を握りしめると視線を自分の爪先へと落とす。
「だが……私は…………」
「……」
ふと、それが何であるかにシエロは思いあたる。
「あれが……もしかして」
──あれが、ナトくんが見ていたリプレイスメント……だよね?
シエロは言葉の先を飲み込み、ナトはシエロが飲み込んだ言葉の先を答えた。
「……ナト」
独白のような答え。
「あの時の……ナト」
もう一度、それを繰り返す。
まるで堰切ったように情報の奔流がナト内面で起こっていた。
それらは辛く、けれども、どうしても大切で。それを目の前の人物は共有している。
「世界を救っても、彼女はいない」
英雄自身の惧れであるはずのリプレイスメントは苦しげに吐き出した。
「でも、あの子は世界を望んだ」
ナトは彼に答える。
「世界は彼女を称えたが、それに意味があるのか?」
「あの子は、何も求めなかった」
「世界は、彼女の犠牲に釣り合うのか?」
「あの子は、そう信じてた」
靜かにゆったりと話してたリプレイスメントが語気を強めた。
「それでも!」
「!」
そのリプレイスメントが表すのは溢れんばかりの後悔。
「彼女に……生きてほしかった…………!!」
「…………」
ふたりを見守るシエロも苦しさを感じた。
「リプさん……」
シエロの声に我に返ったリプレイスメントはイルカとなって消えた。
●懐郷の情、望郷の念
──辺是 落児(aa0281)はそれを静かに見守っていた。
瓦礫の上でふたりのそっくりな女が相対していた。
構築の魔女(aa0281hero001)のリプレイスメントは鏡に映したかのようにそっくりな自身の姿だった。
赤い髪と赤い瞳を持つ『赤き魔術師』たちは、双眸に好奇心を浮かべて互いを観察する。
「自分が二人になるのは面白いわね、何と呼ぼうかしら?」
ひとりが発言した。独白のような質問のような──しかし、彼女たちにとってそれはどちらも同じだ。
「まぁ、『望郷』でいいんじゃないかしら?」
「では、私は『懐郷』にしましょうか」
交わされた言葉の意味はふたりの中で説明する必要すらなく、それは彼女たちの記憶が同一である証でもあった。
「それで、私は私をどうしたいのかしら?」
「特に何も。わかっているでしょう?」
スマートフォンから発せられた怪音による昏倒、それから目覚めた後に見かけたリプレイスメントの幻。
検査で見つかった『従魔の亡骸』。
リライヴァー・アムネシアへの耐性。
──それらすべては構築の魔女にとって解析し甲斐のある現象ではあったが。
「そうね。思い込み程度で力の得られていない擬似邪英化に意味はないわ」
『望郷』へ『懐郷』は穏やかに微笑んだ。
「えぇ、それだけじゃ足りない。望むものには届かない」
──求めることはただ一つ、愛しき世界をもう一度この手に。
声に出さない想いに『懐郷』と『望郷』は頷く。
「とはいえ、催眠をしかけ知識を引き出すという考え方は面白いわよね」
「ええ」
冷たい破裂音。
『懐郷』と『望郷』が同時に相手へ手を翳すと、周囲の藍色の壁が弾け飛んだ。
散らばる破片が塵となって落児と『懐郷』と『望郷』の周囲を輝きながらゆっくりと渦巻く。
「どちらの私も目的は一緒でしょうけども、どちらが残るかしら?」
そう言ったのは『誰』か。
「……ロロ」
落児が誓約の同胞へ歩み寄った。
●家を護る狐
「この時を待ちわびたぞ、菖蒲……くっふふふふ……」
古賀 菖蒲(旧姓:サキモリ(aa2336hero001)へ妖艶な笑みを向けるのは、黒い靄のようなものを纏った女。
九つの尾を想わせる髪は菖蒲を篭絡しようとする妖狐『殺女』を模したもの。
菖蒲のリプレイスメントは、震える幼い妖狐を攫うつもりでその場へ現れたのだろう。
「さあ……愛しの菖蒲よ」
しかし、おびえるはずの菖蒲は怯むことなく、しっかりと顔をあげてリプレイスメントを見た。
「悪いけど、もう世界が嫌いなんていうお年頃は終わったのよ」
「──な、に……?」
予想外の態度に殺女は言葉を失う。
リライヴァー・アムネシアに罹ったその時の菖蒲の恐怖を元に殺女が作られてからさほど時は経っていないはずなのに、目の前の菖蒲はリプレイスメントを生み出した彼女とは別人のようであった。
殺女は堪えきれずに声を漏らした。
「く……くっふふふふ……無駄なことを……私はお前の身の内のお前自身なのだぞ……」
菖蒲はきっぱりと首を横に振った。
「大好きな人と結婚して大好きな人と同じ時間を過ごして……そして、この世界の未来を、新しい命を……今度は私が守る番なんだよ!」
防人 正護(aa2336)がアイリスと肩を並べた。
「……行くぞ、アイリス。未来を守るのはいつだって……俺達、正義の味方のやることさ。変身!!」
菖蒲と正護、掛け合わさる変身ポーズ。ライヴスの蝶たちがふたりを覆う。
ライヴスの光の中でひとつになった人影の、その背後から鳳凰の翼のようなものが広がって後光が差した。
──言葉と想いが一つになった。ライダー「サキモリ」ゴコウフォームへと変身したのだ。
●信頼の絆
千桜 姫癒(aa4767)は壁を見上げる。
自分たちを囲む壁は高く、乗り越えることは難しく思えた。
「これだけ色々な事ができる研究、もっと他の事に使えそうなのに……勿体ない」
「何が水田を変えたのか、元々そういう考えを持っていたのかって言うのも気になるな」
日向 和輝(aa4767hero001)は何かヒントを見つけようと周辺を探し始めた。
姫癒もそれを手伝い、倣う。。
二人の誓約、『和輝を頼る』。
それを意図したわけではないのだろうが、和輝は相棒との絆が強まったのを感じた。
姫癒の人生の中で和輝と共にいた歳月は本当に密度の濃い時間であった。その中で和輝がずっと自分を思い遣ってくれたこと、そして、自分は実はそれに気付いて信頼していたことを姫癒はもう疑っていなかった。
「しかし……これはどっちなんだろうな」
「本当にややこしいな……」
和輝がぼやくと姫癒も嘆息した。
「正直なところどちらか俺にもわからない。でも、倒さなくてはいけない事に変わりはないから全力で戦うつもりだ。
だとしたら、もし、『今』が仮想世界だったとして、ここで倒して現実世界で倒せてなかったと言うのも嫌だ。そう考えると現実世界であってほしいという気持ちはあるな」
「気持ちはすっごくわかる。だから、さっさとどうにかしないとなー」
「だな、もうひと踏ん張り頑張ろうか」
壁が予想より脆そうだと判断した姫癒が振り返る。
「!?」
共鳴した和輝そっくりの青年が立っていた。
特に共鳴状態の和輝によく似ていたが、和輝の瞳が輝く陽光ならば彼の瞳は黒曜石のようだった。
「もうお守は面倒だろ? 俺が代わりに終わらせてやろうか?」
青年は言い、和輝は拳を強く握りしめた。
「馬鹿な事、言ってんな。俺はずーっとひめちゃんといるって決めてるんだから」
警戒を緩めない和輝の態度に、姫癒はそれがリプレイスメントだと理解する。
「ふーん、男とはいえ顔は可愛いもんな。ひ・め・ちゃん」
「マジでふざけるな……! 胸糞悪い」
馬鹿にしたようなリプレイスメントの言葉に和輝が怒りを露わにする。
●約束を探して
数人のエージェントたちを認めて共鳴した信義が嘆息する。
「登場は嬉しいが、余計な奴も一緒のようだな」
並んだ珊瑚の向こう、そこにはリプレイスメントたちが並んでいた。
「杖の力は実質有限だ。リプレイスメント化してくれるなよ」
また藍色の水槽のひとつが破裂する。
反射的に顔を覆うエージェントたち。
その中から二人の構築の魔女が現れた。落児の姿が無いことからどちらかが共鳴した彼女なのだと察することはできたが、外見で判断することはできなかった。
一方の構築の魔女から放たれた《ダンシングバレット》。辛うじて躱そうとしたもう一人の構築の魔女だったが、跳弾に撃ち抜かれて呻く。
「くそ、言ってるそばからか!」
信義の前で傷を負った『望郷』が『懐郷』へ伸ばした掌が徐々に強い光を放つ。
対して『懐郷』は、風に巻き込まれて揺れる赤い髪を気にもかけずに、ただ、『望郷』を見据える。
光は一層強まり、眩さにエージェントたちが目を細めた次の瞬間、ふっと消えた。
「次の手はあるかしら?」
掌を翳したままの『望郷』へ『懐郷』が尋ねる。
「聞かなくてもわかっているでしょう?」
「それじゃ、ここは私に譲ってもらうわね」
『懐郷』の放った一撃が『望郷』の胸を撃ち抜く。
『望郷』は先刻の『懐郷』と同じ眼差しでそれを受け入れ──崩れて消えた。
「元の私は心臓の損失くらいなら代用可能だったみたいよ? この私じゃ無理みたいだけど」
次いでまた壁が崩れた。
飛び出した光る漆黒の瞳の和輝に信義は舌打ちした。
「今度こそ、リプレイスメント化か」
『へえ、少しは知ってるみたいだな。だからって、どうしようもないけどな!』
リプレイスメント化した和輝はタロット『セフィロト』を下げて襲いかかろうとしたが、何かに気付いて飛び退る。
最後の壁が崩れた。
光が溢れ、鳳凰の翼を大きく動かしたライダー「サキモリ」が飛び出す。後を追う殺女。
「防人流……雷堕脚!」
飛び上がったサキモリの脚が巨大な珊瑚を砕き、そのまま殺女の胸を抉る。砂埃を上げ弾き飛ばされながらも殺女は立ち上がると強力な《ブルームフレア》を放った。
共鳴した恭也、ナトが避けきれず余波を喰らう。
辛うじて回避した千颯は思い出し、RB記憶のメモリーを取り出して作動させた。
『Error』
無機質な音声を確認すると、千颯はメモリーを再び仕舞う。
──幻想か? いや、現実を幻想が侵食しているのか?
その瞬間、千颯の襟首が力強く引っ張られた。
「ぐっ、げほっ、ちょっと白虎ちゃ……」
抗議を飲み込み、状況を理解した千颯。
「俺はあれを俺だとは認めてはいないでござる。だが、あれは危険過ぎる」
千颯と共鳴した白虎丸は己の槍をリプレイスメントへ向けた。
「自分と一体化し、愚神として自己確立せよ」
剣を交わす、共鳴した由利菜とリーヴスラシル。
赤く美しい鞘から抜き放放たれたシュヴェルトライテは確実に敵の体力を削っていた。
「リプレイスメント化は由利菜も巻き込む」
「ならば、ユリナも来るがいい」
だが、リプレイスメントの手が光ったが、激しい剣戟によってその灯を保つことができなかった。
リプレイスメントの顔に悔恨の色が表れる。
これでは明確な力の差によって決着がつくのは時間の問題だ。
「……何故だ!? 何故、英雄の記憶に縛られ、邪英としても……確立しない……存在として……私は……創られた……!?」
せめて、あと少し力があれば。もしくは、目の前のオリジナルたるこのリンカーのターゲットから外れることができれば。
リーヴスラシルの姿をしたそれは、力を持つがゆえにその先の敗北を見通して、絶望した。
「次の世界で……は……完全なる……じこ……を……かく……り……つ……」
消えて行くリーヴスラシルに似たリプレイスメントの最期を、由利菜は複雑な想いで眺めた。
天弓「アクハト」に矢を番えた黎夜が問う。
「そんなに、うちを食べたい、のか……?」
頷くリプレイスメントはすでにその矢を受けて傷ついていたが、その攻撃の手を緩めることは無かった。
少女はこの自分の相方に似たその青年をアルブムと呼んだ。
アルブムはその名を受け入れた。
その上で、ふたりは命を賭けて戦っていた。
「ごめん……食べられて、あげない……。うちは、うちに夜明けの名前をつけてくれて……自分には、宵の名前をつけた、アーテルがいい……。……ここで倒れて、アルブム。……リライヴァ―になってから、出直してきて」
黎夜の言葉にアルブムは軽く目を閉じると、輝く手で少女を貫いた。
白い雷光と黒い雷光が交差した。
シエロの鎧を着たナトとリプレイスメントだ。
ナトは相手を観察し、虚を突くことを意識しながらも基本に忠実な追い込みをかけ敵を狙い撃つ。
それはリプレイスメントもまったく同じだった。
ただ、リプレイスメントとナトでは明確な実力の違いがあるようだった。
「世界のために、シガナを犠牲にした!」
「違う」
蛇弓・ユルルングルの弦を掻き鳴らして弓を放ちながらナトを責めるリプレイスメント。否定するナト。
「納得したつもりでも、彼女を探し求めていた!」
「シエロは代わりじゃない」
「だが同種だ! 他者のために平気でその身を犠牲にする!
この混沌とした世界でシエロが同じ決断をした時、お前はどうするつもりだ……?」
「……」
リプレイスメントの掌が微かに光ったが、なぜかその光はすぐに消えた。
代わりに一撃がナトに撃ち込まれる。
『ナトくん!』
「……シエロ」
顔を上げたナトが反射的に矢を番え放つ。
直進する白い雷光にリプレイスメントは沈黙し──霧散した。
何度斬りつけても、白虎丸のリプレイスメントが前に出てダメージを受け、また仲間を回復してしまう。
得物を掲げた白虎丸の隣を恭也が駆け抜けた。
力強く地面を蹴ると彼は白虎丸のリプレイスメントへ《疾風怒濤》を仕掛ける。
伊邪那美が呻く。
『う~、自分や皆と同じ姿を敵を攻撃するのは気分が悪いよ』
恭也の重い連撃を全て喰らったリプレイスメントだったが、よろめきながら輝く掌を翳した。
『白虎丸!』
「千颯!」
警告する千颯と恭也の声が重なる。
ぐらりと大きく頭を揺らした白虎丸の瞳に赤い灯がともった。
「大物は、ご遠慮頂きたいのだが」
杖を握った信義が苦く笑う。
「周りの状況が不明ですが……私がお手伝いします」
37mmAGC「メルカバ」を構える構築の魔女。再度、恭也もドラゴンスレイヤーを構え直す。
「千──」
事態に気付いた正護がその後に続こうとしたが、殺女の攻撃がそれを阻んだ。
リプレイスメント化した白虎丸との共鳴世界で千颯は仲間たちの様子を見ていた。
じわじわと端から意識を喰われるような恐怖と不快感が千颯を苛む。
『邪英化とか、比じゃないんだろうけどな』
何もできないもどかしさ。
リプレイスメントはエージェントを殺すことに何の躊躇いも罪悪感も抱いていなかった。
ただ、冷淡に機械的に獲物を振るう。
──白虎丸の過去に一体何が……俺は知らな過ぎる……。
白虎丸が千颯に隠したかったもの、それがこの世界なのだろうか。
千颯がそう思った時、それは語り掛けた。
『安心しろ、お主だけは一番最期に丁寧に蝶の羽根を千切るかの如く嬲り殺してやる』
聞きなれた声のはずなのに、それは底冷えする何かを伴っていた。
身構える千颯に、それは続けた。
『恐れる事は無い、お主の前でお主の大切な者を殺すからな』
甘い誘うような声音で、残忍な狂気が獲物へピンを刺す。
●欺瞞がそれを殺す
「手伝います!」
「……」
駆け付けた由利菜、ナト、恭也と構築の魔女の連携で足止めされた白虎丸のリプレイスメントへ信義がオーパーツを叩き込む。
光が走ってその身が割かれる。
「千颯! 大丈夫でござるか!?」
共鳴が解け、投げ出された白虎丸が傷を負って倒れた相棒に声を掛ける。
「こんなの、しょっちゅうだろ……」
杖の効果か、重体までいかない状態でふたりの共鳴は解かれたが、傷は深い。
「千颯、俺が知らない間に何が」
焦ったような白虎丸を見て──千颯はできるだけいつも通りに答えた。
「白虎ちゃん、暴れまくって迷惑かけたんだから皆に謝んなきゃな」
「千颯──、それだけか?」
「それだけって?」
何か言いたげな白虎丸に、ブレイジングランスにしがみ付いて身を起こした千颯は共鳴を促す。
「行くぞ、白虎丸。まだ戦いは終わってないんだぜ」
『俺は助けてやったのに、めんどくさい──でも、もう自由だ』
リプレイスメント化した和輝が仲間へ《ブラッドオペレート》を放つ。
……それを、共鳴状態の姫癒は静かに見守っていた。
全く胸が痛まないと言ったら嘘になるが、それでも、不思議なほど平静を保つことができた。
──これは、和の惧れだ。俺の知っている和ではない。
攻撃を避けた仲間たちが一撃を打ち込み、その隙に杖が和輝の胸を打つ。
弾かれたように、姫癒の体から和輝の身体が放り出された。
「──ごめん、俺が守ると」
飛び起きた和輝が姫癒に駆け寄る。
「和輝、俺はお前を頼ると決めたし信頼している。だから隠し事はしない」
姫癒が話す前に、和輝はリプレイスメントの幻を思い出して全てを察したようだった。
「そうか……確かに始めの頃は同情もあったし、何より罪滅ぼしの気持ちがあったのは事実だ。それでも……」
「わかってるよ。本当はもっと前からわかってたのかもしれない」
「ひめちゃん、マジ可愛い……」
「お前馬鹿だろ?」
呆れた表情を浮かべた姫癒もすぐに和輝と不敵な笑みを交わした。
「まだ、戦える」
「ああ、俺が守る」
周囲を見ながら信義は汗を拭った。
「あとは木陰君か。次も手伝って欲しいが──最悪でも、君がそれに取り込まれるなよ」
恭也の視線の先を一瞥した信義は杖を手に去った。
艶やかに笑う伊邪那美のリプレイスメントを前に恭也は言い捨てた。
「あれは幻影だが殴って倒せる。普通の敵となんら変わらん……行くぞ」
リプレイスメントの伊邪那美はすらりとドラゴンスレイヤーを引き抜き、恭也の一撃を迎えた。
「……姿形は同じでも力の差があるようだな」
打ち合った剣先が火花を散らし、そして恭也の一撃が打ち勝った。
「逃がさんぞ。俺も他人に手間をかけさせたくないからな……」
『俺から奪うなら、お前の命を奪ってやろう』
アルブムが使う黒の猟兵から生み出された霧が周囲を覆い、霧の獣が信義を貫く。
「《霊力浸透》に《ブルームフレア》か。ソフィスビショップは斯くありたいものだな」
構築の魔女の攻撃がアルブムの足元を弾き、意識が逸れた。その瞬間、信義が強引に杖で黎夜の身体を杖で衝く。
「黎夜!」
正気を取り戻したアーテルが黎夜に駆け寄り、黎夜は血を流す信義に戸惑う。
「灰墨……」
「話している暇はない」
共鳴して黒の猟兵を持ち直した黎夜は一度だけ振り返る。
──アルブム……。
傷ついた殺女は輝きを孕んだ手をサキモリへ伸ばした。けれども、菖蒲がそれに応えることは無かった。
「ならば」
リプレイスメント化が無理だと悟った殺女は残ったライヴスを集中する。
しかし、高く飛び上がったサキモリのしなやかに伸びた蹴りが、放たれる前のライヴスごと殺女を貫いた。
熟んだ光球はひびが入り、殺女ごとそれは爆散した。
爆風を受けるサキモリの耳に消え入りそうな声が届く。
──ありがとう……さよなら……またね。
「……」
『……ジーチャン。まだ終わりじゃない……行こう』
渦巻きすぐに収縮する炎の向こうを見るサキモリの中で、菖蒲が正護へ前へと促す。
「もういいのか……」
『………うん、ここに居ても時が止まる訳じゃない。動き続けないと……前に進み続けないといけないから』
幼かった妖狐はそう言って炎の向こうを見た。
タイミングを計ったかのように笑うライラのリプレイスメントが赤い光を向け、信義は舌打ちした。
赤い光が信義を包み、その姿がライラへと変わる。
攻撃を仕掛けようとしたライラへ死角からの一撃が撃ち込まれる。構築の魔女のダンシングバレットだ。
その隙を見逃さずに飛び出したサキモリがリプレイスメント化したライラへと錫杖「金剛夜叉明王」の生み出した白球を放つ。躱したライラはサキモリへターゲットを移した。
「待って……そこに……!」
《マナチェイサー》を仕掛けた黎夜がそれに気付いて声を上げる。
「おや、思ったより少ないですね」
いつの間にかライラの後ろにラボコートを翻した青年が立っていた。
くっきりとした色の緑の髪は長くまっすぐに地面に落ちて広がっていた。
「愚神ヌルですね」
由利菜の誰何にそれは穏やかに頷いた。
ヌルはライラの手の杖と彼女自身を交互に見る。
「使い捨てはそれらしく有効に」
ライラは小さく頷いた。
「皆さん、こちらへ!」
咄嗟に由利菜が《リンクバリア》を張る。
物理・魔力ともに守備力に優れたバトルメディックである千颯が、前衛として仲間を庇おうと踏みとどまる。だが、彼はすでに傷を負っていた。
「虎噛さん!」
姫癒の手からライヴスの光が弾丸のように放たれ千颯に吸い込まれる。《エマージェンシーケア》だ。
直後に、ライラから広範囲のライヴス攻撃が降り注いだ。
ふらつきながらも辛うじて耐えた千颯が拳を上げると彼を中心に《ケアレイン》の癒しの雨が降り注ぐ。
「……なんだ……今の……」
ダメージを受けながらも耐えたソフィスビショップたちの目の前で、ライラは共鳴を解いて倒れていた。
「ライラ……!」
黎夜はふらつきつつもライラの元へ向かう。
「役立たずな」
身を翻えそうとしたヌルをカードの住人が足止めする。
「胸糞悪い事しかできないなら消えてもらわないといけないね?」
自分に回復魔法をかけて立ち上がった姫癒が愚神を睨む。
「僕でも独りくらいは殺れますよ」
振り返り、何かの攻撃をしようとしたヌルの両腕の肉が弾け飛ぶ。
──構築の魔女とナトだ。
「逃がさん」
サキモリの《重圧空間》が敵の移動力を奪う。ライラたちの前で守るように黎夜が黒の猟兵を放つ。
「ふざけるな……僕の研究は……これからなんだ!」
激昂し、叫ぶそれを中心に不浄な風が巻き上がる。
だが、千颯と姫癒によって回復したエージェントたちが連携して愚神へと挑む。
「防人流……雷堕脚。極!」
翼を広げ空高く跳び上がったサキモリはその脚に《ブルームフレア》の焔を纏う。滑空する不死鳥のような蹴りがヌルを衝く。
ヌルは両手を突くと吐血した。
すかさず、恭也の《疾風怒濤》がヌルを叩きのめす。
●瓦礫這いずる鯨の王
エージェントたちの前には長い髪を散らした愚神が倒れている。姿が残っているものの、その死を確認したエージェントたちは共鳴を解いていった。
「これからどうしましょう? そもそも、ここは催眠世界なのか現実なのか」
「前回までの催眠時に入手した力とデータを使い、現実世界へのより直接的な干渉を試みる……あり得ない話ではないと思います」
現実と結論付けた構築の魔女と由利菜、姫癒、黎夜、恭也は紫峰翁センターの研究者たちを探して藍色の壁が壊れた瓦礫の中を進もうとした。
「現実……だよね」
拭えない不安を感じたシエロは、ふとそれの存在を思い出した。
「待て、俺は催眠世界だと思う」
共鳴を解いた正護の言葉を後押しするようにシエロが叫ぶ。
「そうだよ、これは現実じゃない!」
シエロの手にはRB記憶のメモリーがあった。
先刻のエラー音を思い出し、はっとする千颯。
「そうだぜ、ここは──」
世界がぐにゃりと歪んだ。
「目覚める──?」
伊邪那美が恭也の手を引き、恭也が忌々しげに倒れた愚神の身体を睨む。死んだはずの虚ろな横顔は嘲笑っているようにも見えた。
視界が藍色になり、闇に変わり──その中で、ナトはシエロの手を掴んだ。
「大丈夫、目覚めるだけ。うちはナトくんと一緒だよ」
指先に込められた力強さにシエロはナトの惧れを垣間見た気がした。
「……その時は」
ぽつりと零れた暗い呟きに、シエロは咄嗟にナトを力いっぱい抱きしめた。
「……ナトくん」
「……!」
「いなくならないよ、ナトくん」
「……」
自分を抱きしめるシエロの身体を、ナトは力強く抱きしめ返した。
──その時は、今度こそ一緒に……。
虚構の闇が彼らを飲み込み、意識が現実へと浮上する──。
その廃屋は潮の匂いがした。
「──うああぁあ!」
繋いだケーブルとVRゴーグルを剥ぎ取って彼は床でのたうった。
髪はぼさぼさに乱れていたが、それは水田だった。剥いた目をぎょろつかせ床に爪を立てたがすぐに動かなくなった。
水田の口からずるずると緑色の糸のようなものが這い出して、そのまま床に染みをつくった。
「なんという」
出来たばかりの染みから滲み出た一人の少年が嘆く。
床まで届く真っ直ぐな混じりけの無い緑の髪、一メートルもない背丈、やせた手足。
それは甘言により水田を篭絡した非力な愚神の今の姿だった。
「せっかくここまで来たと言うのに、リライヴァーに力負けするような出来では」
少年の背後では平べったいサーバ用のPCがうず高く積まれており、それらにはなぜか白化した珊瑚が生えていた。
「実験によるエラーの積み重ね、それは必要なものですが」
少年は顔を歪めた。それは、ヌルがこの世界で初めて知った敗北感だった。
「必ず、ひっくり返して見せましょう。必ず、壊して見せましょう──リライヴァーを」
冷静であったはずの自身が、目的と手段を混同し始めたことに彼は気付いていなかった。
「ひとまず、水族館は閉館です。次の出し物を考えなくては」
そうして、か弱いグライヴァーは隠れ家であった廃屋を後にした。
●oculomotor micropsia
紫峰翁センター内部、エージェントたちを囲むように発生していた小さなドロップゾーンは音を立てて崩れ落ちた。
「催眠世界だったか……」
ライヴスを盗られただるさを感じながら、ゆっくりと起き上がる千颯。ポケットのRB記憶のメモリーを動かすとそれは正常に動作した。
職員に取り押さえられたままの水田のもとへ、リーヴスラシルと由利菜が詰め寄る。
「……探究心の為に私達の絆を弄んだことは許さぬ」
「さあ、来て頂きましょう」
水田を囲む人々の間をすり抜けて小柄な黎夜が進み出た。
「貴方の実験は成功した……?」
少女の問いに水田は目を瞬かせた。
「……ああ、ある意味ではね。実験はトライ・アンド・エラーの積み重ねだから」
「聞きたいことがある……。リライヴァ―・アムネシアの”治療”の時の……あのイルカは何……?」
いつの間にか場が静まっていた。
黎夜と水田のやり取りをエージェントも職員も黙って見守っている。
「もう君たちにだってわかっているだろう?」
落ち着きを取り戻した水田はいつもの爽やかな口調で答えた。
「海獣だと思い込んだ君たち自身、従魔だと思い込んだリライヴァーたち。
──数多のイルカは、リライヴァーを現世界へ不完全に繋ぎ止めるライヴスリンカーという楔だ」
おぞましい答えに鼻白む者が居なかったわけではない。だが、それより先に恭也が問いかけた。
「邪英化した者が素直に話を聞いてくれるとは思えん。お前は邪英化した相手にどうやって研究を進めようとしたんだ?」
「前提条件が間違っているよ。邪英化した者ならば『僕たち』の」
水田は引きつったように笑い──突然、頭を垂れて動かなくなった。
「なっ!?」
動揺して水田を揺り起こそうとする真央を制して、信義が水田の身体を調べた。
「……従魔だ」
信義は「死んでいる」と短く吐き捨てた。
「考えたくないが、リプレイスメントは現実にも召喚可能で──英雄だけを摸すものじゃないのかもしれないな」
リライヴァー・アムネシアに罹ったあの数日間が幻であった。
リライヴァーたちの前に現れたリプレイスメントは仕掛けられた催眠の一部で、外耳道に忍び込んだ従魔による幻だった。
そして、さっきの世界が集団催眠、もしくはドロップゾーンを介したVR世界の出来事ならば。
──彼らが今まではリプレイスメントを現実で対面したことはない。
彼らの眼前で従魔の遺体は崩れ塵と化して消えた。
「もし、また、この愚神が仕掛けてきたら、催眠と現実でまた悩むことになるかもしれないな」
これが水田を模しただけの従魔なのか、それとも、従魔の態を取ったリプレイスメントなのか──思案して信義は口を閉ざした。
代わりに真央が声を上げた。
「いや、大丈夫じゃろう。判明した事実でリライヴァー・アムネシアの催眠は解けるはずじゃ。
この愚神はまた目的のエージェントに改めて催眠をかけねばならぬが、今度はこちらも警戒することができる。
それに何より──お主らの絆ならば、こんな馬鹿げた試みなど大した障害ではあるまい」
真央は職員たちに声をかけた。
「もはや実験などではない、攻撃だ。至急これを解析しろ。今からでも手がかりは掴めるはずじゃ」
エージェントたちが帰路に着く頃には、日は沈み始めていた。
「これで、いいんだよね?」
Mメモリーカードを握りしめた菖蒲が瞳を曇らせた。
リプレイスメント・ファイルと名付けられたそれはヌルの隠れ家のサーバから引き上げたリプレイスメントを構成するデータで真央が「個人情報だから」と押し付けて来たものだった。それ自体はただの情報で苦い思い出以外の何でもないが、万が一、ヌルが再び仕掛けて来た時に何かの役に立つかもしれない、と真央は言った。
「……さあな、俺はまた暫く帰らない……だいぶ仕事が山積みだろうしな」
正護の返答に菖蒲が俯く。
「そっか…………、……」
「……大丈夫だ。お前は一人じゃない」
菖蒲が顔を上げると、夕陽を背にして仏頂面の正護が菖蒲を見ていた。
「……うん、そうだね」
今、目の前で自分を案じてくれる不器用な『ジーチャン』、そして、大切な夫を思い浮かべ──菖蒲は周囲の仲間たちを見渡して笑顔を見せた。
「もう……怖くないから」
そうだ、もう怯えてはいられない。新しい命を、守るために……。
菖蒲の手が彼女の腹部を優しく撫でたのを見て、千颯が少し目を丸くした。
「そうだな、俺もまた愚神ヌルが現れたとしても怖くはない」
「──だな!」
姫癒が横を見ると彼の相棒がいつもの頼もしい笑顔を浮かべた。
一際赤く大きく輝く夕陽の中、ゆっくりと歩いていた黎夜がぴたりと立ち止まった。
同時に彼女の相方、アーテルも足を止める。
自分より背が高い彼を見上げて、黎夜は蟠りとなっていた言葉を紡いだ。
「アーテル……今まで話さなかった分、話そう……全部……」
赤い夕焼けが眩しすぎてアーテルの表情が見えない──少女がそう思った瞬間。
「ああ。話そう」
屈んで目線を合わせた青年はいつもと違うようにも見えたが、黎夜は怯むことは無かった。
そうして、リンカーたちは悪夢から戻るべき場所へ向かって家路を急ぐ。