本部

美しき愚神

月夜見カエデ

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/02 10:45

掲示板

オープニング

 香港、新界のとある廃工場。
 豪奢な玉座の前には、廃工場を埋め尽くさんばかりの人間と従魔が跪いていた。いや、もはやそこは廃工場ではなく、城の内部を模していた。
 玉座に鎮座するは一人の女性。派手なドレスを身にまとい、細い脚を組んで下僕たちを見下ろしている。その風貌はまさに女王。そばには団扇を煽ぐ者と紅茶の支度をする者がおり、彼女が嗜虐的な微笑を浮かべると下僕たちの間にどよめきが走る。
「さあ、私の一部になってくれるのはどの子かしら?」
 女王を気取った女性が溜め息混じりにそう言うと、下僕たちは間髪入れずに立ち上がった。我先に彼女の視界に映ろうと玉座に押し寄せた。
 女性は喜悦とも困惑ともつかぬ苦笑を浮かべて脚を組み直した。
 愚神の女王――クイーン。彼女が命令すれば、従魔のみならず人間さえも喜んでその命を捧げる。彼女が形成したドロップゾーンは人間や能力者を蝕み、ライヴスを吸い尽くされた者はやがて力尽きる。それにもかかわらず、彼らの死に顔は幸福を呈している。
 クイーンの美貌は人間をも魅了する。無論、従魔は従順であるのだが、人間さえも彼女の美貌の前には形なしだ。
「では、今日はあなたにしましょうか」
 クイーンは適当な従魔を選び、そのライヴスを根こそぎ吸収した。従魔は儚く消滅し、言葉通り彼女の糧となった。
 クイーンは日に日に力を増しつつあるが、彼女の最大の能力はその美貌だ。美貌は人間や能力者さえも取り込み、もはや敵なしと言える。ドロップゾーンから従魔を召喚することも可能であるため、下僕はほぼ無尽蔵だ。
 当然H.O.P.E.もクイーンを放っておかなかった。当初は無力な愚神だったが、ここ最近になって加速度的に勢力をつけているからだ。
 脅威は排除して然るべきだ。たとえそれが人間の容姿をしたものであっても騙されてはならない。それはれっきとした人間の敵であり、この世界を蝕もうと企んでいる。
 連絡が取れなくなったことから、クイーン討伐に向かったエージェントも誘惑に負けて餌食になったと思われる。
 クイーンには人間を虜にするフェロモンがあるのかもしれない、とあるエージェントは予想した。女性も取り込まれたというのだから、この推測もあながち間違っていないのかもしれない。
「ふふふっ、この世界が私のものになるのも時間の問題ね。いずれ私に歯向かう者は一人もいなくなる」
 玉座の上でクイーンは哄笑した。

解説

ケントゥリオ級の愚神――クイーンの討伐が目的。
クイーンはゾーンルーラー。ドロップゾーン内では、彼女に従わない者は容赦なく下僕たちに襲われる。
ドロップゾーンの世界観は城の内部をベースとしている。空間は広いが、アンティークの家具があるくらいで他には何もない。
クイーンの周囲は大量の従魔が取り巻いており、彼女に害をなそうとすればドロップゾーンからさらなる従魔が召喚される。
クイーンは強力なゾーンルーラーであるため、彼女を倒してもドロップゾーンは自然消滅しない。
クイーンには人間を虜にするフェロモンがあると思われる。フェロモンにあてられると、彼女の下僕となり餌食となる。男性と女性の共鳴時、効果が軽減される。
クイーンがトリブヌス級になる前に討伐しなければならない。従魔の強化も行っているため、下僕たちはデクリオ級が多い。
クイーン自体の戦闘能力はそれほど高くないが、誘惑に取り込まれないよう注意。男性に対する効果が強いが、女性も例外ではない。

リプレイ

 ドロップゾーンと化した廃工場。
 ここでの目的は大きくわけて三つ。一つ目は一般人の救出。二つ目はドロップゾーンの消滅。三つ目はクイーンの討伐。
 この廃工場には大量の人間と従魔がいる。厄介なことに、その全てがクイーンの従順な下僕だ。なおかつ、従魔の中にはデクリオ級の強力な従魔も混じっている。
 三つの目的を達成するため、エージェントたちは囮班と奇襲班にわかれた。
 囮班はドロップゾーンを形成していると思われる核の情報を収集し、固まって無闇に接近せず後退戦法でジリ貧を装う。どさくさに紛れて壁に穴を開け、目眩ましと同時に奇襲班の突入を援護する。奇襲班はドロップゾーンの核の破壊を目指し、クイーンを討伐する。
 廃工場への侵入を目前にして、阪須賀 槇(aa4862)と阪須賀 誄(aa4862hero001)はノートパソコンを開いた。これは、動画用ハンディカメラで廃工場の中を撮影し、奇襲班と情報を共有するためのものだ。
 小隊【暁】隊長である煤原 燃衣(aa2271)の英雄であるネイ=カースド(aa2271hero001)には少しばかり懸念があった。囮班の阪須賀兄弟のことだ。
 クイーンはフェロモンで人間や従魔を下僕にしている可能性が高い。囮班の中でも、阪須賀兄弟は誘惑される筆頭なのではなかろうか。もしクイーンに取り込まれでもしたら作戦が水の泡になってしまう。
「誄はともかく……槇、足を引っ張るなよ。最悪の場合、胸で挟んで窒息死の刑に処す」
「ね、ネーさん……あなた、元は男なのに……」
「何を言う、今は生物学上メスだ。お前らの子供も産めるぞ」
「ぶっ……!」
「冗談だ。行くぞ」
 動揺する阪須賀兄弟の背中を押し、ネイたちは廃工場の中へと足を踏み入れた。

 囮班の志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)はクイーンの容貌に想像を巡らせていた。
「従魔と人間に君臨する女王か。どんな顔してるんだろうね」
「さて、万人を惹きつける美貌など想像もつきませんが」
 クイーンの場合、美貌とは別に誘惑のフェロモンがある。万人を魅了しているのは果たして美貌かフェロモンか。この差は小さいようで大きい。
「案外、誘惑される方が見たいものを見ているだけだったりしてね。正体はおぞましい化け物!」
 アリッサはくすりと笑った。
「ふふ、怪談ですね。戯言はこれくらいで」
「OK、行くよ!」
 どんな顔してようが平等に倒すだけだけど――京子は独りごちた。

「これ以上力をつけさせるわけにはいかないな」
 月影 飛翔(aa0224)とルビナス フローリア(aa0224hero001)は、囮班で隠密行動に徹する役割を請け負った。
 見つかった場合、もしくはある程度の情報が手に入り次第、挑発も含めクイーンの意識をこちらに向けさせて奇襲班の存在に気付きにくくする。
 この作戦においては奇襲が鍵となる。
 いかにクイーンの周囲にいる従魔たちを一気に蹴散らせるか。そして、いかに素早くドロップゾーンの核を見つけて破壊できるか。
 クイーンの戦闘能力は未知数だが、自ら戦わず下僕たちを侍らせているということはたかが知れている。とはいえ、意志の自由を奪うフェロモンを打開しなければクイーンは倒せない。
「魅了系の能力は厄介だな」
「ゾーン内には捕らわれ誘惑された民間人もいますから」
「人質ないし襲わせる行動に出られるとな。そういった隙を与えないように行動しないと」
「こちらが取り込まれないのは大前提ですよ」
「ああ、わかってる」
 得体の知れないフェロモンに屈さぬよう、飛翔は気を引き締めた。

 荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)はH.O.P.E.に作戦を説明し、一般人がドロップゾーンの外に逃げ出したところを保護するように頼んでおいた。
 二人は奇襲班で、囮班の合図があるまで待機。核が判明済みなら核の破壊を試み、そうでなければ核を判別して破壊する。一般人を正気に戻し、壁の穴から外に逃がす。ここまで作戦が進めば、あとはクイーン討伐に集中することができる。
「拓海、今回は私に戦わせて」
「いいが、何か思うところが?」
「拓海がフリでも女王~と称える姿を見たくないのよ」
「……了解しました」
 拓海は頬を緩めた。メリッサの気持ちが素直に嬉しかった。
 一方、メリッサはクイーンのやり方に呆れ果てていた。
「中身でならともかく、姑息な手で称えてもらって嬉しいのかしら……情けないわね」
「その心構えなら誘惑されることはなさそうだ」
 自ら戦わせてほしいと名乗り出たこともそうだが、今回のメリッサはやけに頼り甲斐があった。拓海は彼女に身を委ねることにした。

「フェロモンで魅了するなら美貌である必要はありませんよね?」
 現状認識をそのまま口に出す癖があるエステル バルヴィノヴァ(aa1165)は、脳内に浮かんだ疑問を泥眼(aa1165hero001)にぶつけた。
 泥眼はエステルのいら立ちを感じ取り、苦笑した。
「……そういう問題かしら?」
「愚神の性とはいえ、自身の魅力を使って他者をかしずかせ使い捨てにする。なんだかとても癪に障る……いえ、許せません」
 二人は奇襲班の一員として他のエージェントの支援と一般人の保護を行う。役割としては、奇襲班がクイーンに全力で当たれるよう、その領域に一般人や従魔が入り込まないようにする。玉座の段上には誰も入れないつもりで戦う。
 フェロモンが誘惑の正体だとしたら、空気の通りをよくしなければならない。廃工場の中に入ったら、まずは視界が取れるところに登り、16式60mm携行型連射砲で扉や窓を吹き飛ばしてフェロモンを拡散させる。
 クイーンのフェロモンに嫌悪を抱いたエステル。絶対に誘惑されてなるものか、という意志を強く持って作戦に臨んだ。

 飛龍アリサ(aa4226)と黄泉(aa4226hero001)は奇襲班でクイーンに奇襲を仕掛ける役割を担った。
「この程度で女王様気取りとは器が知れるねぇ。やつとあたし、どっちが真の女王様に相応しいか試してみようか?」
 廃工場でふんぞり返る女王――クイーン。井の中の蛙、とでも言おうか。狭い世界を支配して満足している彼女は滑稽そのものだった。
 アリサは舌鼓を打った。
 まさかあたしのドS魂を存分に満たしてくれる敵にこんなにも早く出会えるとは思ってもいなかったよ。気に入った人間を弄り回すのがあたしの趣味だが、愚神やヴィランも違うベクトルで弄り回す。そして、これは「高慢ちきな愚神の心をいかにへし折るか」という研究実験でもある。どんなに王者を気取ろうが所詮はモルモットさ。せいぜいあたしの趣味と研究のために身を捧げるがいいさ。

 男性と女性の共鳴時、フェロモンの効果が軽減されることがわかっている。
「……ところで、妾らはどうなるのかの」
「知らん」
 無音 彼方(aa4329)の肉体は女性、精神は男性。那由多乃刃 除夜(aa4329hero001)の疑問はもっともであった。
「まあ、誘惑されにくくなるならそれでいいんじゃないか。俺たちが誘惑されるわけにはいかないし」
 二人は奇襲班だが、あらかじめ潜伏を使用して廃工場の中で待機する。役割としては、奇襲の中の奇襲、つまり、奇襲班の一波でクイーンが油断したところをさらに奇襲する。つまり、返しの刀だ。
「クイーンとやらにあまり興味はないが。これも一種のお山の大将というべきか」
「……お山の大将。クイーンではなくただの雌猿じゃなぁ……」
「雌猿、か」
 雌猿ごときに誘惑されるわけにはいかないな、と彼方は思った。

 囮班は廃工場の中に入った。
 クイーンの食事を調達する一般人が出入りしていたため、侵入は容易かった。
 中は耳にしていた通り城の内部をベースとしており、生気のない人間や従魔が玉座の前に群がっていた。アンティークの家具が高級感を演出しているが、傍から見れば異様この上ない光景であった。
 潜伏中の彼方は周囲の観察に徹していた。細かな情報が後の奇襲の成功に繋がるはずだ。
「…………(さてと、潜み、どこまでも……っと)」
「さて、どこから何が来るのか。それもしっかりとの」
 玉座の上の女王――クイーンは下僕に団扇を煽がせながら紅茶をすすっていた。
 悠々自適とはまさにこのことか。誰にも邪魔されず、周囲には思い通りに働く下僕たちがいる。きっとクイーンはこの世界に歯向かう者がいるとは想像もしていないだろう。
 燃衣はライヴスゴーグルで周囲を見回した。
 ぱっと見たところ、強いライヴスの流れはクイーンの周囲を取り巻いている。アンティークの家具はドロップゾーン内で置き換えられた構成物だろうが、ライヴスの流れはほとんどない。現状ではクイーンの周囲の構成物か玉座がドロップゾーンの核である可能性が高い。
 仮に玉座がドロップゾーンの核だったとして、それを破壊するのはクイーンを討伐するのと同じくらい難しい。いずれにせよ、クイーンの周囲に群がっている下僕たちを蹴散らさなければならない。
 一方、阪須賀兄弟はクイーンとの対話を試みていた。
「ど、どどどーも、女王さん。ご機嫌麗しゅう……」
「……下々の者なんでマナーはご容赦を……時に、お美しいですね。その玉座、その家具たち。あと……そのネックレス……全て女王さんの美貌を引き立ててますな」
 クイーンは眉をひそめたが、やがて柔和な微笑みを浮かべた。下僕の顔をよく覚えていないのが唯一の救いだったと言えるだろう。
「ありがとう。これは私の趣味でね。特にこの玉座にはこだわっているのよ。座り心地なんか最高よ。下僕には座らせてあげないけど」
 クイーンの発言から確信めいたものを感じた京子。一か八か、鎌をかけてみることにした。
「随分とその玉座を大事にしているようね。そこから離れられないのかしら?」
 そう言うと、クイーンはあからさまに不機嫌な表情をした。
「……別にそういうわけではないわ。私が立ち上がらなくても下僕が全てやってくれるもの。あなたも私の下僕になりたいのかしら?」
「誘惑したお人形さんだけを連れて虚しくないの?」
「まあ、生意気なことを言うのね。いいわ、私の前に跪かせてあげる」
 不可視のフェロモンが京子を襲う。意識が朦朧とし、膝から崩れ落ちる。
 クイーンはにやりと笑った。
「では、マリオネットのように踊ってもらいましょうか」
 しかし、京子がそれ以上クイーンに従うことはなかった。ナイフの切っ先で自ら腕を傷付けて意識を取り戻したのだ。
「誘惑されて何かに従うなんてことはね、許容できないことなの。わたしのあり方はわたしが決める。それが誇りだから」
 フェロモンを克服されて狼狽えるクイーンに、飛翔がさらに挑発をかける。
「自分は何もせず搾取するだけか。やってることは女王蜂だな。そういった態度は自分が全能、選ばれたとか勘違いしてるやつに多いぞ。ゾーン内だけのお山の大将、いや、オタサーの姫の方が合ってるな」
 クイーンの表情は明らかに険悪さを増していたが、あくまで立ち上がらなかった。玉座から離れられないのか、それとも腹いせすらも従魔にやらせるつもりなのか。エージェントたちは玉座に目星をつけた。
「どうやら邪魔者が紛れ込んでいるみたいね。まとめて下僕になるがいいわ! 下僕になるのが嫌なら死になさい!」
 クイーンがフェロモンを放つ。甘美な物質がエージェントたちの意識を揺るがす。
「女王様……」
「あなたに従います……」
 一瞬でフェロモンに誘惑された阪須賀兄弟。が、すかさず二人の背中にネイの飛び蹴りが炸裂した。
「ったく、ころりと取り込まれやがって」
「おお……腰が……」
「容赦ねぇな、ネーさん……」
 揺らいだ意識を覚醒させるため、二人は気付け薬の入った新型MM水筒を開けた。
「OK、弟者、これで漏れは無敵の……ムワアアア!」
「……し、死ぬってレヴェルの臭いじゃぬえぇ……」
 阪須賀兄弟が正気に戻ったところで、燃衣はクイーンの前に進み出た。
「一つだけ、教えてください……あなたの糧となった者には『家族』や『子供』はいましたか……?」
 燃衣の質問に、クイーンは鼻を鳴らした。
「おかしなことを言う子ね。人間、誰しもが誰かの『家族』であり誰かの『子供』でしょう? まあ、糧が何であろうと私には関係のないことよ。糧は糧、下僕は下僕でしかないもの」
「……ありがとうございます。これであなたを……憎める」
 瞬間、燃衣の心は全てを焼き尽くす劫火のごとき殺意に塗り潰された。
「八つ裂きにして殺す……ッ! 覚悟しろ、あばずれ……ッ!」
 従魔たちは燃衣の殺意を察し、クイーンを守るべく一斉に動き出した。
 京子の二挺拳銃――pride of foolsが火を噴く。近寄ってくる従魔たちの足や目を狙い、一撃で戦闘能力を削ぐ。
 飛翔は後退戦法を実行し、壁際で大剣――ブレイブザンバーを振り回す。攻撃を外したふりをして壁を壊し、後で一般人を逃がすための穴を開ける。
 阪須賀兄弟はAK-13に大型ドラムマガジンを装填し、徹底的にクイーンを撃ちまくる。案の定、従魔たちが盾となり、次から次へとクイーンの前に沈む。
「……生ぬるい、挽き肉にして豚の餌にしろ……行くぞ」
 燃衣は奇襲班の存在がばれないように前進し、アックスチャージャーで従魔たちを屠る。首や心臓を切り裂く一撃必殺で従魔たちをかきわけ、クイーンがいる玉座を目指す。
 一通りアンティークの家具は破壊した。それでもドロップゾーンが消滅していないということは、クイーンの周囲にドロップゾーンの核がある。やはり怪しいのは玉座だった。
「……OK、状況は揃った。よく聞け、兄者、攻略開始だ」
 誄はフリーガーファウストG3を構え、トリオを使用してライヴスのロケット弾を壁に撃ち込んだ。そして、仲間に合図を送ると同時に、フラッシュバンを発動させた。
 閃光弾が強烈な光を放つ。クイーンや下僕たちの視界が真っ白に染まり、大きな隙が生まれる。
 この間に奇襲班が廃工場の中に突入した。
「OK、見えた。今だ、兄者!」
「任せろ、バリバリッ! 逝ってよし……ッ!」
 突然現れた敵に混乱するクイーンの隙を突き、従魔たちの防御が手薄になったクイーンの脳天にシャープポジショニング。防御姿勢が崩れたところを追撃しようとしたが、新たに召喚された従魔がそれを阻止する。
 クイーンが玉座から離れた。
 クイーンへの攻撃を通りやすくするため、エステルは段上より一般人や従魔が入り込まないように蜻蛉切やルーンのロザリオで押し返した。
「……しっかりしてください。あんな淫らな存在に屈するなんてあり得ません! 斬り刻んで跡形なく燃やし尽くすまで戦いましょう」
 フェロモンに誘惑されかけた仲間にはクリアレイを使用し、正気に戻す。
「汚らわしい……愚神の色香に迷うなんて、同罪として処刑されても仕方ないと思います」
「エステル……また言い過ぎよ」
 飛翔は群がる従魔たちの中にジャンプし、大剣を地面にたたきつけた。音で従魔たちの注目が集まった。
「でかいのをやる。少し俺から離れてくれ」
 臥謳――本能的な恐怖を煽る凄まじい咆哮に怯んだ従魔たちを怒涛乱舞で一気に蹴散らす。メリッサも臥謳を使用し、一般人の意識を覚醒させる。
「いい加減に目を覚ませ! 目が覚めたなら、そこの穴から避難してくれ」
「外に出なさい!」
 一般人のほとんどは正気に戻り、壁の穴から逃げ出した。これで思う存分戦えるようになった。
 劣勢のクイーンだったが、彼女はまだ余裕があるといった具合に片手を掲げた。
「下僕が足りなくなったら補充すればいい。出でよ、我が従順なる――」
「呼ばせない!」
 メリッサが投擲したミョルニルがクイーンの召喚行動を遮る。その背後から京子のLAR-DF72「ピースメイカー」によるバレットストームが猛威を振るう。脅威の弾幕が玉座や従魔たちに風穴を開ける。
 玉座の破壊に成功し、ドロップゾーンは消滅した。これでもう従魔を召喚することはできなくなった。
 ドロップゾーンの核が破壊されている間にも、アリサはクイーンに攻撃を仕掛けていた。
「君は美貌だけは一流のようだが、頭は三流以下のようだねぇ。その程度じゃ家来に寝首を掻かれるのも火を見るより明らかというものさ。トリアージタグは黒一色、君の馬鹿な頭を治療できないのは実に残念だよ。遊び相手と実験動物としては有用だったけどねぇ。そこだけは高得点をくれてやろうか」
 ライヴスリッパー、立て続けにライヴスブロー、ライヴスショット。嗜虐的な攻撃がクイーンを追い詰める。
「いざとなったら役立たずな下僕共め……こうなったらこいつらを下僕にするしか――」
 クイーンが誘惑の対象としたのは黄泉。が、残念ながらそれはうまくいかなかった。
「ボクが服従する相手はアリサちゃんただ一人なのですぅ~♪ 誰がお前なんかに服従してやるかですぅ~♪」
 下僕の盾を失ったクイーンの死角を、潜伏していた彼方の不意打ちが襲う。刺突が反応し切れない身体に沈む。
 咄嗟にフェロモンを放とうとしたクイーンだったが、その前に猫騙によって行動を封じられた。それでもなお残った従魔たちは健気に彼女を守ろうとした。
「鞭はないのか? 攻めぬのか? ふんぞり返って足蹴に使うだけでは女王とは呼べぬのう」
「えーい、中も外も面倒だな、おいっ!」
 つかず離れず剣戟乱舞。縫止でクイーンを足止めし、周囲の従魔たちを殲滅する。
「殺す……テメェだけは……ッ!」
 クイーンの懐ががら空きになり、殺意の鬼と化した燃衣は一気呵成で華奢な身体を転倒させた。そして、そこに間髪入れず疾風怒濤を繰り出した。
 ――断末魔の叫びと共に、クイーンは花のごとく儚く散った。
 気がつけば城のような内装は元の廃工場に戻っており、破壊の限りを尽くされた跡が残っていた。エージェントたちは夢でも見ていたかのような気分になった。

 戦闘が終わり、エージェントたちはそれぞれ怪我の治療や食事に勤しんでいた。
「でも、正直なところ、女王になりたいと思うでしょう?」
 アリッサの問いに、京子は唸った。
「うーん、権力はほしいけどさ、盲目的な従属は邪魔なだけかな」
 何もかもがうまくいくと、かえってつまらない。小さな世界を支配して満足する者は器が小さいというものだ。
「ああいった性格の輩は疲れるよ」
「帰ったらリラックスできるお茶を淹れますね」
 京子の言う通り、盲目的な従属は邪魔なだけだ。
 ルビナスくらいがちょうどいい――飛翔はそう思った。
「従魔吸収で成長できるなら、仲間内で済ませればいいのに」
「人にも似たようなやつがいるからな……」
「仏教かな? 眼耳鼻舌身意の六根から欲が産まれそうなので、生きる限り続くのでしょうね」
「そういう難しい話、俺には無理だぞ」
「……そのままでいてね」
「……へ?」
 拓海はなんのことだかわからないでいたが、メリッサは柔和に微笑んでいた。いつもの彼であることに何故だかほっとした。
「……ああ、女王陛下の栄光のために全てを捧げます! どうか私の髪の一本に至るまで存分にお使い下さい!」
「エステル?」
「冗談です」
 エステルのジョークにひやりとした泥眼。よくよく思い直すと、女王はもういない。残ったのは荒れ果てた城のみだ。
 この世界に支配者はいらない。下僕もいらない。高慢と従順もいらない。理想の世界にそんな格差はいらない。
 人間を侵食しようとする世界がまた一つ消えた。それぞれの思いを胸に、エージェントたちの戦いは果てしなく続くのだった。

 これは後日談だが、皮肉なことに例の廃工場は取り壊されてSMクラブになった。クイーンの残り香のおかげか、妙に繁盛しているのだという。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • 愚者への反逆
    飛龍 アリサaa4226
    人間|26才|女性|命中
  • 解れた絆を断ち切る者
    黄泉aa4226hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
  • ひとひらの想い
    無音 彼方aa4329
    人間|17才|?|回避
  • 鉄壁の仮面
    那由多乃刃 除夜aa4329hero001
    英雄|11才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
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