本部

フード、イート、フード!!

山川山名

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/07/01 18:09

掲示板

オープニング


「お米食べろッッッ!!!」
「いきなり何ですか大声出したりなんかして!?」
 H.O.P.E.東京海上支部、その一角。デスクワークにいそしんでいた職員の一人が突然上げた奇声に隣の同僚が目を見開いた。
 職員は同僚に無言で紙の束を押し付ける。
「なんですこれ?」
「エージェントたちのプロフィールだよ。まあちょっと目を通して見ろ!」
「ええ? ……いや、特に変わったところはないみたいですけど。精神状態いたって普通、英雄との関係もおおむね問題なし。健康状態にもまあさしたる危険状態は認められませんが」
「お前の目は節穴かッ!?」
「だからうるさいですってほらみんなこっち見てますよ!」
「ここ! ここよく見てみろよ!」
 と指差された箇所を同僚は一度職員の顔を見やってから確認する。そこはエージェントたちの体格――つまるところ身長や体重――といった部分であった。
「ここが一体なんだって言うんですか? 先輩がそこまでエージェントの肉体状態に気を使う人だとは思いませんでしたけど」
「何か気づかねえか?」
「はい?」
 もう同僚のほうは完全に変質者を見る目になっていたのだが、この職員を放置していたらますます問題を起こしかねない。世界の平和と安全を守るH.O.P.E.で危険人物を輩出したとなってはことだ。
 とはいっても同僚のほうは本当に何も思いつかない。記載されているプロフィールはよくあるといえばよくある体格状態を機械的に報告しているだけだからだ。なので同僚は率直に思ったことを口に出した。
「いや……モデルみたいだな、とは思いますが」
「何ィ?」
「怖いですって顔近づけないで! あくまで所見ですが、このエージェントたちって本当に体格を見ればモデルみたいですよね。細くて軽い。背が高くてもおおよそそれを感じさせない。……いやまあ、確かに筋骨隆々なエージェントもいることはいますが、それを除けば大多数はモデル顔負けのプロポーションですよ、羨ましいぐらいに」
「そう! そこが問題なんだよ。お前は彼らのことをモデル並みだといったな?」
 同僚が大して考えることもなく頷くと、職員は首を振って悲しげに言った。
「違う。答えはな、『モデルでも真似できないほど軽すぎる』んだよ」
「は?」
「俺の調べたところによると、今活躍しているエージェントのかなりの割合は平均的な身長・体重比を大きく下回っている。いわゆるBMIというやつだ。それがあまりにも低い。病気かと疑われるぐらいに」
「……ああ、だからお米食べろって……」
「その通り。俺はこの状況を憂慮している。愚神との激戦は今後も続くのに、エージェント諸君がやせぎすでは戦いのさなかにぶっ倒れるかも……とな」
「まあ、理に適ってはいますね。言動はアレでしたけど」
 職員はようやく平静を取り戻したのか、同僚の言葉に大きくうなずくとペットボトルの水を喉に流し込んだ。ペットボトルを勢いよくデスクに叩きつけると、真剣な顔で訊いた。
「どうすればいい? エージェントに食べもんをたらふく食わせるには」
「発想が雑!? 実際無理でしょう、懇親会でもやろうって言うんですか? 彼らはこれが普通でやってきているんですからどうせいつもの量食べるだけです」
「せめて、そう……大食いかフードファイトでもやれれば……」
「聞いたことないですよそんな企画」
 すると、突如として東京海上支部全体のパソコンにメールが送られた。送信元は首都圏一円の監視に当たっているプリセンサーからだった。同僚のほうが読み上げる。
「なになに……『都内某所でエージェントの邪英化事件発生を感知。対応できる職員は直ちにエージェントに対し依頼を発布。能力者と邪英化した英雄の情報は同じメールに添付』か。それで、これが能力者たちの情報っと」
 クリックして出てきたのは鍛え上げられた肉体を誇示する浅黒い肌の男性と、線の細い小柄な少年の写真とプロフィール。それをスクロールしていくと、ある一文が今日はなぜか目についた。
 能力者はフードファイターであり、数々の大会に出場経験もある。
 フードファイト。
「……役者は揃った」
 ぎょっとして同僚が振り向くと、先ほどまで熱弁をふるっていた職員が静かにくつくつと笑みをこぼしているではないか。怖い。
「あのー、先輩? まさかとは思いますけど、この事件を利用する気じゃありませんよね?」
「まさか。利用はしない――『活用』させてもらうだけだ」
「同じだよ!? なにその『うまいこと言ってやった』みたいなドヤ顔やめろよ!?」
「準備しろ! 事件現場周辺に空き地を見繕い会場を設営! 同時に近くの料理店及び食料品店から食料の確保! ありったけだ! さらにこの情報を意図的に流出させて邪英と能力者をおびき寄せろ!」
 こんな状態でありながら権限はそれなりにある職員、すぐに部下に指示を出して用意を始めていく。隣の同僚は完全に頭を抱えて何も言いださなかった。
「……なんてこった……」
「頭抱えてる暇はねえぞ。手を動かせ」
 職員はその瞳をぎらぎらと輝かせ、東京海上支部の別の部署へと内線をかけた。
「さあ――飯の時間だ」


「君たちに集まってもらったのは他でもない! この度発生した邪英化事件の対処のためではあるが、事態は非常に特殊になっている!
 君たちにはこの邪英の鎮静化に努めてもらいたいが、我々が彼らを寄ってたかって撃破するのではあまりにも問題がある! 実際のところ戦闘ともなれば一瞬で決着がついてしまうだろうが、それで彼らが怪我をしてしまっては元も子もない、そこで!
 君たちには、フードファイトで彼らと決着をつけてもらう! これが誰も怪我をしない平和的解決法である! ちなみに現場にはWNL社のカメラを呼んでネット配信もしてもらう! こんなイベント俺だけが見るにはもったいな――んんっ!! その他の邪英化事件の平和的解決の際、参考にしてもらうためだ!

 さあゆけいエージェント! 食って食って食いまくれェッ!!」

解説

目的:フードファイトで勝利して邪英を鎮静化させるッ!!!

登場人物
 箕輪
・邪英化した英雄・ホロウの相棒。ボディービルダーのように鍛え上げられた肉体が特徴の大男。普段は土木作業員をしている。
・日本フードファイト界では名が知られた猛者であり、数々の戦いに出場しては好成績を収めている。得意料理はアメリカンドッグ。苦手料理というものはない。若干だが麺類は好まない、という情報が入っている。
・ホロウの邪英化以降は目立った動きを見せていないが、フードファイトの情報を聞きつけてからは動きが活発化している。本能に従ってはいるもののフードファイトには参戦する気満々だ。
・現在は彼が主人格となっている。

 ホロウ
・箕輪の英雄。線の細い金髪碧眼の美青年。見た目十二歳ぐらい。
・とある事故でライヴス制御に失敗し、暴走。邪英化した。現在ではいまだ破壊行動には移っていない。
・フードファイト素人。箕輪が食べるところを見るのは好きだがホロウ自身は極めて小食。お通しで半分ぐらいお腹いっぱいになるらしい。好きなものはお茶漬け。嫌いなものは量が多いもの。

野外コンサート場
・某所の野外コンサート場。扇状の立見席にWNL社のカメラが配置され、ステージに会場が設営された。周囲は木々が多い公園内で、すぐ外はオフィス街である。周囲は万が一に備え封鎖済み。

試合内容
・全部で三試合行われる。すなわち、アメリカンドッグの部、わんこそばの部、ナポリタンの部。十分間により多く食べた者の勝利である。H.O.P.E.側は一人でも勝利すればH.O.P.E.チームの勝利としてカウントする。
・一試合に何人出場してもいいが、一組の英雄と能力者が一試合に両方出場してはならない。どちらか一方のみである。また、出場できるのは一人一試合。

リプレイ


 邪英とのフードファイトという前代未聞の戦闘が繰り広げられるはずの野外コンサート場は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。それを感じ取ったニウェウス・アーラ(aa1428)が、傍らのストゥルトゥス(aa1428hero001)に訊いた。
「まず、一つ……ツッコミが」
「何かな、マスター?」
「こんなので、本当に……邪英を、どうにかできる、の?」
 すると、ストゥルトゥスは真剣な表情になって、
「飯の力を信じろ」
「……すごく、不安なんだけどっ」
 解決方法が過去にないほど平和的であるせいか、関係者の中でも勝算は五分五分だった。それでもエージェントが集まり、また当の邪英もこちらに向けて移動しているということもあり、状況は予断を許さなかった。
「それで、出場に関することなんですけど。『ただし共鳴は両方出場に含まない』と付け加えてもらっても大丈夫ですか?」
「はい。摂取量は一人と変わらないでしょうし、大丈夫ですよ」
「あ、道具の使用と調味料の持ち込みもOKで」
 蔵李・澄香(aa0010)とクラリス・ミカ(aa0010hero001)、そして卸 蘿蔔(aa0405)とレオンハルト(aa0405hero001)はH.O.P.E.の現場担当者との打ち合わせに望んでいた。彼らは司会に徹するため、その調整だ。
『折角WNLのカメラも入りますし、イベントとしても盛り上げましょう』
「うん。シロ、頑張ろうね」
「もちろん。すみちゃんも」
 担当者が去った後、二人のアイドルは笑顔とともに握手を交わした。
 澄香たちもこの場を後にした後、レオンハルトが蘿蔔にしか聞こえないような声でそっと言った。その目はステージの前に向けられている。
『……司会、ね。ずるくない? あんな小さな子も出るのに』
「負け戦はしないのすー。それに、後半になるにつれ苦手度を上げていくとか、これ考えた人のほうが私よりずっとずっこいですよ」
『いや、邪英を負かすのが目的だからね』
 レオンハルトは溜息をつきながらも、それ以上追及することはしなかった。
 一方、ステージの前に集まっているのは、それら実務とは関係ない、純粋な挑戦者たち。その中でも優勝候補と目されるメルト(aa0941hero001)を擁する彩咲 姫乃(aa0941)は、なされるがままの彼女に包帯の上からシャツを着せていた。
『オナカスイター』
「はいはい、今日は死ぬほど食べられるからな。もうちょっと我慢してろ」
「そういえば、姫乃様は作戦などはあるのですか?」
 近くで見ていた鏡宮 愛姫(aa0307hero001)がそう問うと、姫乃はあっさりと答えた。
「メルトを出す、終わり」
「シンプルですねぇ」
「いや、いくら相手が歴戦のフードファイターって言っても、メルトと比べると人間と災害みたいなもんだぞ?」
「あれ? でも、一度大食い勝負で負けたことがある、って聞いたことあるのですが」
 鞠丘 麻陽(aa0307)が首をかしげる。今まさに着せようとしていたショートパンツを捕食しようと手を伸ばすメルトを制しつつ、姫乃が言った。
「あれは早食いだったからなー。相手も決死の覚悟だったし。だが今回は大食いだ」
 指定の量をどれだけ早く食べられるかではなく、時間いっぱいでどれだけ食べられるか。
 そうであれば、有限の胃袋を持つ人間と胃袋という概念がない不定形生物との差は歴然としている。作戦などという小細工は、端から意味をなさないのだ。
「ま、そのせいで服も買ってやれないんだけどな……メルトの食費のせいで」
 彼女の頬に光るものが見えたのは、照明のせいだと思いたい。
「大食いのコツは調べたし、今日の朝はお粥にしたし。準備万端だね」
「特製の胃腸薬も調合できましたので、あとは競技を待つだけですぅ」
 その横で、伊邪那美(aa0127hero001)がステージに腰掛け脚をぶらぶらさせていた。自称神代七代の一柱は、それこそ子供のようにため息をついて、
『はあ~、これが御菓子とかだったら大差で勝てる自信があるんだけどな~』
「だが、作戦はあるんだろう?」
『もちろん。全力で勝ちに行くよ』
 いたずらっ子のように頬を緩める伊邪那美を見ても御神 恭也(aa0127)の顔色は優れない。修練を積んでいるといっても、この手の修練はさすがにしてはいない。コートの内ポケットには胃腸薬を詰め込んできていた。
「よ~し、頑張って食べちゃうよ~!」
『ただほどすばらしいものはないっすね!』
『うぱー(え、いっぱい食べていいの? やったー! という顔)』
「あはは、うーちゃんも頑張ろうね!」
 おー、とそろって拳と水かき付きの手を突き上げる葉月 桜(aa3674)と五十嵐 渚(aa3674hero002)、そしてウー パルーパ(aa5022hero002)。渚は少し離れたところにいる水竹 水簾(aa5022)を見やった。
『水簾はどうっすか? お腹減ってるっすか?』
「まあ結構動くから、食べてもお腹が空いている状態なのは否定しない」
 なのになかなか増えないんだ、体重という呟きに、桜が反応した。
「あれ? でもうーちゃんは?」
「あいつは我が家で一番の大食漢だから……。おかげで我が家のエンゲル係数が大変なことになってるよ。そんなわけで、今日のような依頼で食費が浮くのはありがたい」
『るぱー(時々からあげが食べたくて作ろうとするとね、ウーがからあげになりかかってることがよくあるの。なんでだろうね? という顔)』
「身長のせいだと思うぞ、ウー」
 司会の二人が調整を終え、いよいよ会場の準備が整ったその瞬間、入り口のほうから叫び声が聞こえた。
「邪英、目視で確認しましたッ!!」
 さて。
 これより、邪英対エージェントのフードファイト開幕だッ!!


「さあ始まりました、リンカーフードファイターズ!」
「司会は私魔銃少女レモンと!」
「魔法少女クラリスミカでお送りします!」
「それでは聞いてください、『フード、イート、フード!』」
 カメラの前に陣取ったアイドル二人が、この日のために作られたテーマソングを高らかに歌い上げる。明るさと、熱さが入り混じる真夏の海のような歌である。
 彼女らが立っているのはステージではなく、その前に特設で作られたせり出しだ。彼女たちの背後に出場者たちが集結している。当然、邪英と化した箕輪の姿も。
 箕輪はパイプ椅子に腰かけたまま動かない。アイドル達の歌を聞いても眉ひとつ動かさない。集中しているのか、はたまたそれらすべてを興味のないものと断じているのか。
 歌い終えた後、クラリスミカはステージ奥に下がり、レモンの単独司会となった。
「というわけで始まりました! 今日チャンピオンに挑むのは、こちらの皆さんでーす!」
 カメラが動き、腰かけていたクラリスミカ、伊邪那美、メルト、ストゥルトゥス、箕輪を順番に映していく。
『普段は大変質素な食生活、借金系アイドル、お腹いっぱい食べられると聞いて、出場承諾までわずか一秒!』
「余計なナレーション入れんな!」
おそらく真顔で言っているのであろうクラリスの言に澄香がツッコミを飛ばす。ストゥルトゥスは完全にエンターテイメントモードに入ったのか、カメラが向けられると子供のようにはしゃいだ。
「イィーヤッホゥ! やるからには優勝狙いだぜ? こう、勢いで。すごく、勢いだけで!」
「ストゥル……」
 ニウェウスがストゥルトゥスをちょっと残念な子を見るようになったところで、レモンがマイクを片手に続けた。
「この試合は全部で三試合行われ、より勝利数が多いチームの勝利になります! どちらが勝つかのアンケートも受け付けてるので、どんどん投票してくださいねー!」
『ボクそれ知らなかったんだけど』
「さっき決まったんだって。そっちの方が盛り上がるからって、シロが」
『オナカスイター』
「さあ、第一試合はアメリカンドッグです! 人気店『あげものや』さんの定番商品です! では一口……わぁ、ふわっふわ! 甘さもほんのりで優しい味ですね。ケチャップとマスタードがなくても美味しいです!」
 レモンがカメラを前にアメリカンドッグを一口かじり、美味しそうに頬に手を当てる。いよいよメルトの制御が効かなくなりそうになってきたところで、出場者たちの前に山盛りのアメリカンドッグが乗った皿が運ばれた。メルトを除いて。
『ヒメノー』
「もうちょっと待ってろ」
「制限時間があるならば、技を駆使していかねばならない」
『大食いの技とは一体』
「ビット展開。クラリス、ここから先は手出し無用だよ」
 言うが早いか、クラリスミカの周りに薄型のスピーカーが八枚、そのうち六枚が音が出る部分を下にして展開された。それだけではなく、四つのビットの上には自家製のソース三種類、串を捨てるための空箱が置かれている。開いていた部分にさらに二枚、アメリカンドッグが盛られた皿が配置される。
「それでは始めましょう! 制限時間は十分間、レディー、ゴーッ!」
 何処からか用意された銅鑼が打ち鳴らされ、参加者が一斉にアメリカンドッグに手を付けた。レモンが二本同時に口の中に突っ込む箕輪を見て感嘆の声を上げる。
「さすがはチャンピオン、得意料理は食べるのも速い!」
その中でも圧巻だったのが、やはりといえばやはり、メルトである。
「全員皿は持ったな! 行くぞォ!」
 メルトのスピードは、比較してみれば三種類のソースにアメリカンドッグを浸して機械的に食べるクラリスミカや、二本を一度に食べ進める箕輪と少し遅いぐらい。だが、決定的に違う点があった。
 噛んでいない。
「常識は捨て去れ! 食べ物がなくなれば皿ごと食われるぞ! 嘘だと思うならよく見ろ、奴は串ごと食ってる!」
『オナカスイター』
「すごい、すごいです、止まりません。胃の中どうなってるんでしょう……宇宙にでも繋がってるんですかね?」
 ああ、神よ。なぜこの場に人間の枠組みを超えた存在を召喚せしめたのか! そもそもこの不定形生物、食べていない! 取り込んでいる!
 そして、同じく人間ではない存在の伊邪那美は、いそいそとアメリカンドッグを衣とソーセージに分離させていた。衣を水に浸け、ソーセージを四つに千切ってから口の中に詰め込む。
『今日のために勉強してきたボクに死角はないんだからね』
「その食べ方はホットドッグのものだろうが……死角だらけだな」
 ステージ袖で見ていた恭也が苦々しくつぶやく。実際伊邪那美は分離作業に手間取っていて、他の参加者と大きく水を開けられていた。
 だが、それはストゥルトゥスも変わらない。
「口の中の! 唾液が! 死ぬッ!!」
 ああ、神よ。なぜ箕輪に対抗して二本食いなどさせたのか! もはや彼女の口内は稲も育たぬ大干ばつ状態! 実際命が危ない!
「手が止まれば死ぬ。ならば進むのみッ!」
 手と口が止まれば勢いが死ぬ。それだけはいけない!
「我が胃袋に、一片の隙間なし――!」
 だが、ここで異変が起こる。メルトの手が鈍ったのだ。
 だがそれはペースが落ちたというわけではなく、その食べているものに問題がある。
『オナカスイター』
「まずい、供給が遅れたせいで皿を食べ始めた! そっちじゃない、ペッってしろペッって!」
 メルトがまさかの勝敗レースから脱落するという事態の中で、クラリスミカと箕輪の一騎打ちとなる。食事量はほぼ互角。
『澄香……!』
 ちらりと向けられた澄香の視線が、箕輪のそれとぶつかる。互いに限界を超えた戦いに、もはや一つの油断さえ許されない――!
「さん、に、いち! 終了です! 手を止めてください! 集計します!」
 レモンの声とともに銅鑼が再び打ち鳴らされた。すぐさま集計が開始される。
「ストゥル、大丈夫……?」
「うぇーっぷ。あ、アメリカンドッグは……しばらく、見たくない、かなっ」
『無事ですか澄香。恐ろしいまでの食べっぷりでしたが』
「う、うん。結構あの邪英と互角ぐらいだよ、ね?」
「……」
 邪英は変わらずに無表情で前を見つめていた。その姿勢もなにもかも、ひとつの勝負を終えた後だとは思えない。
 恭也は背もたれに寄りかかってぐったりする伊邪那美に歩み寄っていった。
「生きてるか?」
『ん、まあ何とか……もしもの場合はボクが古代ローマ貴族式食事法を敢行するところだった。一回全部吐くけど』
「それは失格だし、その前に俺が止めてたな」
「結果が出ました! 発表します、第一試合の勝者は――」
 レモンがそれを読み上げる。大事な初戦、果たして勝利をつかみ取ったのは、誰だ――!?
「――クラリスミカです! 何と二位の箕輪さんとわずか四分の一本差で勝利を収めました!!」
「やった……!」
 当初の想定を覆す結果に、ステージだけでなく観客席に集う職員からも歓声が起こった。優勝候補とされていたメルトは当然ながらそれに反応を示さず、天を仰ぐストゥルの皿から残りを捕食していた。
『オナカスイター』
「マジかよ……いやそれよりも、箕輪も負けたのか?」
「……」
 邪英の表情に変化はない。ただ、どこか、不敵に笑っているようにも見えた。
「いやあすごい試合でしたねえ。さあどんどん行っちゃいましょう! 次はわんこそばですっ。岩手に本店のある「そばや」さんに協力していただきましたよー! 実は初めて食べます……つゆも出汁がきいてて美味しいのはもちろんなのですけど、びっくりなのが薬味。色々あって食べながら違いを楽しめるんです」
「もぐもぐ……あ、ほんとにおいしい」
「すみちゃん、まだ食べるの?」
 ステージはエージェントが交代し、恭也、ニウェウス、渚、そしてウーが席についた。修練を積んでいる恭也や大食らいのウーに比べれば、ニウェウスは不利のはずだが。
「あまり、甘く見ないほうがいいぜ?」
 ストゥルがお腹を抱えながらも袖で眼鏡を光らせる。
「まず一つ。マスターの健康はボクともう一人の英雄によってバッチリ管理されてまっす。胃腸のコンディションは完璧ッ。そして、もう一つ。マスターには、とある嘘を吹き込んでアリマス」
 ニヤリ、と。正しく詐欺師か手品師のように口角を吊り上げた。
「『蕎麦はノンカロリー』。今のマスターは、この嘘を思いっっっきり信じてる状態デス☆」
「きみはさっきからどこに向かって言っているんだ?」
「さあ始めましょう! 第二試合、レディー、ゴー!」
 このまま二勝できればH.O.P.E.チームの勝利。しかしそこで引き下がるほど、フードファイターたる箕輪は諦めが良くはなかった。
「あ、あれは伝説の飲み干し食いっ!? 蕎麦を一切噛まずに飲み干していく、満腹中枢が刺激されない究極の食べ方! こんなところに使い手がいたなんて……」
 まさしく化け物となった箕輪だが、恭也も負けてはいない。他の品よりは食べられるということもあり、最小限の咀嚼だけでのみ込んでいく。
「蕎麦はのど越しで味わうとは言うが……こんな食い方だと、味も何も無いな」
 そして、ウーはフォークを使って水のように蕎麦を口に投げ込んでいた。おそばー! という顔をしたかと思えば、水簾がいる袖に顔を向けて、
『うぱ?(天ぷらありませんか? という顔)』
「ないんだ、ごめんなウー」
 そうしている間にも時間は過ぎる。箕輪が一位を爆走する中、それに追従するのはニウェウスであった。
「……美味しい……♪」
「カロリーを気にせずに食える。そう思い込んだ時のマスターは、『別腹』を発動させるのだッ!」
 愚者の甘言に踊らされたとも知らず、マイペースながらまったく速度を落とすことなくそばを食べていく。実際わんこそばは十五杯食べればおよそざるそば一枚分と言われるのだが……。
「いっぱい、食べられる……しあわせ……」
 この笑顔の前に、それを言うのは野暮というものだ。
『うぱるぱー!(美味しいね、美味しいねー! 幸せー! という顔)』
「あ。可愛い……やっぱり可愛い子が一生懸命食べている姿は最高ですね。幸せそうな顔がまたいい」
「レモンが忘れそうなので、私が言いますね。さあ残り一分です! 皆さん、頑張ってくださーい!」
 猛追するエージェント。独走態勢をとった箕輪。負けられない第二試合、勝つのは一体どちらだ!?
「――終了です! 集計しますので、手を止めてください!」
「……ごちそうさま、でした」
 ぺこり、と丁寧にお辞儀するマスターを見つつ、ストゥルトゥスが詰まった息を吐き出した。
「ふひー、結構すごい試合でした。その分いっぱい食べたって意味で。後が大変そうですねえ」
「よくわからないけど、きみがなかなかにひどい奴だということはわかった気がする」
「結果が出ました! 発表します、第二試合、わんこそばの勝者は――!」
 箕輪か、エージェントか。勝利は誰の手に渡る――!?
「――箕輪さんです! 惜しいところまで迫りましたが、H.O.P.E.チームあと一歩及ばなかった!」
 箕輪は薄く口元を歪めてその結果を聞いていた。これで一勝一敗、勝負の行方は第三試合にゆだねられることとなった。
『あー、強かったっす! 最後食べるスピード速くしたのに!』
「なっちゃんお疲れ。すごかったよ」
『ありがとっす。桜も気を付けるっすよ』
 桜は胸の前で握りこぶしを作っていった。
「うん、ボクも頑張って限界を超えて食べるよ~」
『さすがにそこまで食べ過ぎると太りそうっすね』
「脂肪は胸につくから大丈夫~」
 ほわほわとした返答を残してステージに向かう桜を、相棒は呆然とした顔で見送った。強く生きてほしい、と誰かが思ったとか思っていないとか。
『大丈夫? 生きてる?』
「……ああ。人様には見せられない姿だな……皆には悪いが、消化に全力を注がせてもらう」
 冷たいコンクリートの地面に体を横たえる恭也に、伊邪那美はあくまで笑顔を浮かべていった。
『ボクも付き合うよ。下手に吐かれたりしたら困るしね』
「それは……いや、まあいい。悪いな」
 ステージに向かう中で、共鳴を終えた麻陽の手には小さな透明の筒が握られていた。中はすんだ水色のようにも、毒々しい緑色にも見える液体が収められている。
『食事量が七割上昇する特製薬ですぅ。ただ、副作用もあるかもしれませんので、そこはご承知ください』
「うん。じゃあ、頑張ろっか」
 薬品を一気に飲み干すと、麻陽はステージに一歩を踏み出した。
「さあ一勝一敗で迎えた第三試合、最後はナポリタンです! こちらは「ブロッサム」さんの一番人気商品です。いただきます……わぁ、麺がもっちもちです。味が麺にしっかり絡んで食べ応えがあるんですけど、さわやかなので、食べやすくておいしいです」
「もぐもぐ……確かに、結構おいしいねこれ」
 最後の試合に出場するのは、麻陽、桜、そして水簾だ。すでに箕輪は二試合を終え、さらに若干だが苦手という麺類が立て続けにテーブルに上がっている。嫌な顔をしないわけはないだろう。
「それでは、始めましょう! 最後に勝利の女神が微笑むのは、一体どちらのチームなのか!? 第三試合、レディー、ゴーッ!!」
 銅鑼の音ともに戦いが始まる。箕輪も、水簾も、桜も、麻陽も。誰もが真剣に、目の前の陽光に赤く光る麺にフォークを突き立てる。啜って、噛んで、飲み込み、また突き立てていく。
「皆さん食べるのに夢中ですね……本気が伝わってきます」
『この一戦で決まります。どちらも真剣にならざるを得ないでしょう』
「みんな、頑張ってほしいね」
 苦手とはいえフードファイトに慣れている箕輪は、どんどん枚数を稼いでいく。胃の容量を増やしている麻陽も、胃袋は無限大と自称する桜も早食いに関しては経験に差がありすぎる。枚数に絶対的な違いが生まれてくる――!
 だが。
「……ッ!!」
「おっと、ここで箕輪選手手が止まった! 苦しそうな顔をしていますが、大丈夫でしょうか!?」
「やっぱり、さすがに食べすぎたかな?」
 桜と麻陽がスパートをかける。箕輪の枚数に確実に迫っていく。
「この隙に、どんどん食べちゃお!」
「お腹は変に大きくなってきたけど、まだいける!」
『うぱー!(スイレン、がんばってー! という顔)』
「……!」
 水簾が、ぐっと右手の親指を立てた。ウーに圧迫される食費を軽減するために、一週間分はあろうかという量をその胃に詰め込んでいく。箕輪はなおもその動きが遅く、もはや足に深手を負った象のようである。
「残り一分! 頑張ってください、皆さん!」
 食べる。
 食べる。
 食べる――!!
「――終了でーす!! 手を止めてくださーい!」
「……これは、もしかしたら勝ったんじゃないかな?」
 澄香が期待を込めて呟く。職員が飛んできて皿の枚数を数えている間、箕輪は放心したように中空をぼんやりと見つめているままだった。邪英化して意識があいまいというだけではない。敗北した戦士の放心だ。
「何か、癖になりそうなんだよ」
 食事量と比例しないほど風船のように膨らんだお腹をさすりながら、麻陽が満足げに言った。薬の副作用が出てきたのだ。
「集計結果が出ました! 発表します! 第三試合、ナポリタンの勝者は――!」
 レモンが興奮を抑えきれないという調子で告げる。澄香もにこにことしてステージを見つめていた。
 そして、いよいよその結果が言い渡される。
「――麻陽さん、桜さんが同数で勝利! そしてこの瞬間、二勝一敗でH.O.P.E.チームの勝利が決定しました!!」
「――」
 野外コンサート場に歓声が響き渡った。熟練のフードファイターを、とうとう能力者が打ち倒したのである。
 そしてこの結果を聞いてすぐ、箕輪は静かに後ろに倒れた。大きな音とともに動かなくなった彼のもとに、一番近くでフードファイトに参戦しなかった姫乃が近寄り、幻想蝶を取り出した。
「気絶してる……過剰な食事のせいで魂まで仮死状態になったんだな。なら」
 彼女の幻想蝶が淡く輝き、箕輪の体に降り注ぐ。邪英となったホロウ自身でのライヴスの回復はこれで阻止された。
 姫乃がレモンに向かってうなずくと、彼女もそれを察し、カメラに向き直って笑顔を作った。
「というわけで、リンカーフードファイターズはこれにて終了です! 次回もまた見てくださいね!」
(いや、さすがに次はないよ……多分)
拍手が広がる中、レオンハルトは言葉にすることなくそう呟いたのだった。


 箕輪は病院へと搬送され、安静状態に置かれた。とはいえ姫乃の処置が迅速だったこともあり、再び邪英となる確率は低いという。
 撤収が進められるコンサート場を、桜と渚は少し離れた場所から見つめていた。
「今日は楽しかったね。おいしいご飯もいっぱい食べられたし!」
『そっすねー。タダってのも最高でしたね』
 桜はふと微笑みながら、コンサート場から目を離さない。その白い星がきらめく瞳は、ここであってここでない場所を見ているようだ。
「ねえ、なっちゃん」
『なんですか?』
「また、ここに来たいな。今度はリンカーとしてっていうよりも、プロの歌手として。歌姫として」
『もちろん! 桜が諦めなければ絶対その日は来るっすよ! 自分も、あいつも、それをいつでも応援してるっす!』
 いつかまた、ここでコンサートを。
 それが叶うのは、まだもう少し先の話。

 帰路につく水簾は、いつもより少し足取りが重かった。疲れもあるが、単純に上半身の圧力が強くなったからだろう。
 だが足元のウーはそんなことを気にすることもなく、彼女を見上げていた。
『るぱー!(スイレンちゃん、唐揚げ食べたい! 買って帰ろう―! という顔)』
「ウー、あれだけ食べてまだ……。はあ、今日の夕飯はカレーかな。さすがに疲れたから、手軽なものにしよう」
 水簾はまだまだ食べ足りないと言わんばかりの相棒にため息をつきながら、手近なコンビニに足を踏み入れた。実際のところウーほどではないが水簾もお腹がすき始めた頃合いだ。さて、どうしたものか。
 その日の水簾家のテーブルには、唐揚げカレーが二皿並んだとか。

 余談だが、とあるリンカーの家ではこの日の夜、女子のものとは思えない叫び声が聞こえたとか。
『嘘だッ!』
「現実逃避してもどうにもならんと思うぞ」
 恭也が体重計の針に目を落とした。伊邪那美が顔を覆って座り込み、世界の道理を悲観したように呻いた。
『ありえないよ、一日でこんなに増えるなんて』
「あれだけ食えばな……まあ、今日からダイエット食に切り替えておこう」
『……味と量は今まで通りで』
「難しいことを言ってくれるな」
 恭也は息を吐きながら、けれど目の前の英雄の懇願を無碍にも出来ず、そのままキッチンへと引っ込んでいくのであった。

 そしてこれはさらに余談だが、これを依頼した職員は得られたデータを見て深夜に狂喜乱舞したらしい。確実な証拠はない。
 すべては闇と腹の中、である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
    人間|17才|女性|生命
  • 希望の音~ルネ~
    クラリス・ミカaa0010hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • さようなら故郷
    鞠丘 麻陽aa0307
    人間|12才|女性|生命
  • セクシーな蝶
    鏡宮 愛姫aa0307hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 胃袋は宇宙
    メルトaa0941hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 友とのひと時
    片薙 渚aa3674hero002
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 落としたか?
    水竹 水簾aa5022
    獣人|20才|女性|回避
  • ウーパールーパー、好き?
    ウー パルーパaa5022hero002
    英雄|6才|?|バト
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