本部
死が二人を分かつとも
掲示板
-
相談卓
最終発言2017/06/21 21:54:13 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/06/21 21:43:18
オープニング
女は白いドレスに身を包み、男は白いタクシードを身に着けた。
金色の指輪を交換し、死が二人を分かつまでと誓い合う。
ありふれた結婚式だった。
「タキ……私たち、これで永遠に一緒ね」
誓いのキスのあとで、女は嬉しそうに微笑んだ。
●
「そんなこともあったわね」
女――ユミカは、薬指にはまる指輪を見ながら愛おしそうに呟く。五年前に結婚したタキとユミカの若夫婦には子供はいない。こうなることになったのだから、授からなくてよかったのかもしれない。
「死が二人を分かつまで……でも、それでは生ぬるい」
女は自らの後ろに立っていた夫だったものに手を伸ばす。暗い室内で、一番よき日を思い出すように。
「死が二人を分かつとも……私はあなたを守り続ける。誰に非難されたっていい。私はあなたの妻だから、決して隣を離れない。死なんてものに、別れさせない」
●
「タキとユミカ夫妻の行方が分かりました……」
暗い面持ちで、H.O.P.Eの若い職員が告げる。それを聞いていたのは、年かさの職員である。行方不明になっている夫婦の仲人も務めた年かさの職員は、夫婦――ユミカが行方不明になってからずっと心を痛めていた。いや、嫌な予感に震えていたのである。
ユミカの夫タキは、愚神に取りつかれた。
そして、討伐を依頼されたリンカーたちを妨害したのがユミカであった。
二人は――一人と愚神はそれから逃亡を続けている。
討伐に参加したリンカーたちの話から推察するにタキにとりついた愚神すでにタキの人格を食らいつくしていて助けることは不可能だったという。だが、ユミカだけはタキの逃亡を助けた。あるいは、H.O.P.Eの敵となるために共に逃げたのか。
「ユミカさんは、どうやら町はずれのビルに身を隠しているようです。過去に所有していた会社は倒産し、そのままになっていたビルです。老朽化が酷くて、今は立ち入り禁止になっていますが……ユミカさんの携帯BPS反応はそこから」
わざと見つかるようにしているとしか思えない。
職員は、そのようは感想を述べた。
「……彼女はとても理性的だが、受け入れられずにいるんでしょう。天涯孤独のユミカさんにとって、タキさんは唯一の家族でしたから」
年かさの職員は、願うように呟く。
無理だとわかっている。
わかっているが
「二人がそろって無事に帰ることを……」
そう願わずにはいられない。
解説
・敵の殲滅
廃ビル(夜)……薄暗いビル。たくさんの物が散らばっており、足場は悪い。机や棚などのものが散乱している。階段は一つのみ。二階建てで、天井が高い。ユミカは、一階に剣、ナイフを複数隠している。二階には、銃器、弓矢、ビルを破壊できるほどの爆弾を複数隠している。
タキ……愚神に取りつかれた愚神。すでにタキの意識はない。ユミカからライブスを定期的に吸収しており、他の人間を襲った経験はない。武器は強化された爪と牙であり、狂った獣のように戦う。ユミカの判断に従うことが合理的であると理解しているためか、ユミカの言葉に従うことが多い。
恋の記憶――タキの防御力を上げるが、代わりにユミカの防御力が低下する。序盤に使用。
恋の証明――相手に噛みついて、血液よりライブスを吸収する。スピードと攻撃力が上がる。
恋の忘却――ユミカの隠した武器の一つを手に持ち、自分で使用する。その際に、その武器で攻撃を受けると愛の証明が発動する。なお、武器は複数使用することが可能。
ユミカ……経験豊富な女性リンカー。剣、ナイフ、銃器、弓矢などのほとんどの武器の扱いに通じている。剣と銃器を一つずつ持っており、紛失したり壊したりすると隠した武器に持ち替える。基本的にタキを守るように戦おうとする。タキと共に居ることを望んでいるも、ずっとは無理であるとわかっている。戦局が不利になったり、武器がなくなると二階に移動する。
愛の誓い――剣を二つ以上持っていると発動。両手で剣を持ち、強力な一撃を与える。
愛の滅び――四本のナイフを持ち、投げつけて攻撃を行う。
愛の言葉――弓矢を三本つがえて、一斉に攻撃する。
愛の叫び――自身の体力の回復をおこなう。タキの回復は行なわない。
死が二人を分かつとも――タキが立ち上がれないほどのダメージを負ったとき発動。二階にある爆弾のスイッチを押す。邪魔されると持っている武器で自害しようとする。
リプレイ
忘れ去られた古いビルのなかで、ユミカは呟く。
「死が二人を分かつとも――永遠に共にあることを誓います」
自分の指輪を見つめながら、女は愛が永遠であることを証明するために立ち上がる。
●二人の誓い
外観からして、そのビルは寂しい気配を漂わせていた。壊されることもなく、何年も放置されたせいなのかもしれない。卸 蘿蔔(aa0405)は、その寂しい気配に顔を曇らせる。
「……こんな寂しい場所に、二人はいるのでしょうか」
事情はHOPEの職員より聞いている。この古ぼけたビルがユミカの選んだ愛の逃避行の果てであるのならば、あまりに惨めだ。
『そうだな……悲しくなるのは分かるが、気は抜くなよ。相手もこちらが来ることはもう分かってるだろうし……中には何があるか分からない。罠で済めばいいのだけど、ね』
レオンハルト(aa0405hero001)は注意しろよ、と囁いた。
同情で刃が鈍れば、こちらの方が危なくなる可能性があった。
「待ち伏せ……こりゃ何かあるな。準備万端なんだろうなぁ……」
キャルディアナ・ランドグリーズ(aa5037)は、ビルを眺めながらもにやりと笑う。
『複数の武器、罠……最悪の場合爆弾もあるぞ。警戒はしておけ』
ここは相手の城だ、とツヴァイ・アルクス(aa5037hero001)は注意を促した。
「……死が二人を分とうとも……これを信じ、共に敬う事を誓うのか……私には考えられないな」
刀一本を握りしめた吉備津彦 桃十郎(aa5245)は、呟く。若いとは言えない年代の彼女は、知り合いがいないせいなのか特に強い興味を持った様子もなかった。
『どうされました、主?』
犬飼 健(aa5245hero001)は、首をかしげる。
「……いや、何でもない……つまらぬ事を口にした」
自身の英雄に、桃十郎は首を振って答えた。
「理由はどうあれ、愚神は倒さないといけないわ」
雪室 チルル(aa5177)は、スマートフォンを握りしめた。
『そうだね。そうしないと誰かが犠牲になるかもしれない』
「でも、愚神を倒して解決するのかな?」
チルルの言葉にスネグラチカ(aa5177hero001)は、一瞬だけ考えた。
解決はしないかもしれないが、自分のパートナーならば絶対にうまくやってくれるだろう。今はそれを信じるしかない。
『そればっかりは、倒してから説得しないといけないんじゃないかな』
そのためにはまずは作戦だよ、とスネグラチカは言う。
「よーしよし、お兄さんのジャンプ力を見せちゃおっかな! 今ならきっとトリプルアクセルだって、夢じゃないよ」
しっかり頼むよ、と木霊・C・リュカ(aa0068)はユエリャン・李(aa0076hero002)に声をかけた。
『まかせるのだ。君たちをしっかり上まで投げてあげるよう』
『ギャグ漫画だったら、壁に刺さりそうな作戦だな……』
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、ぼそりと呟く。
その言葉に、紫 征四郎(aa0076)も「……やっぱり、そうですよね」と呟いてしまった。
●愛の戦い
古いビルに爆発音が響く。
ユミカは特に驚くことはなく、腰を上げる。古いビルに爆弾を使うとは、自分を狙うリンカーたちは随分と大胆な手段を思いついたことである。そこまで考えたユミカの動きが、ぴたりと止まった。
「罠……なのね」
爆発ならば振動があるはずだが、それがない。
「……クク……魅惑の人妻、か……いいネェ~トオイぃ、興奮しね~?」
ビルの暗がりから現れたのは、火蛾魅 塵(aa5095)である。まるで悪人のような言葉を吐きながら、彼は煙草の煙を吐き出す。
『………興奮するの、ですか?』
人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)は、分からないと言いたげに首をかしげる。塵は、トオイと自ら命名した子供が幼いことも忘れて力説した。
「ったり前だべぇ!?」
『あぅあぅ…ヒトヅマに手を出すのは、ご法度と、以前ますたが……』
好みだったらいいんでしょうか? とちょっとズレたことを人造天使壱拾壱号は尋ねた。
『今回の敵を助けるつもり?』
浅野大希(aa5126hero001)は、こっそり沢木美里(aa5126)に尋ねてみた。
ライトアイを使用した美里は頷いた。
「可能性があるなら、そうしたい」
まだ過去に受けた傷が回復していないのに頑張ろうする美里を、大希は一瞬だけ心配そうに見つめた。だが、すぐにその感情を押し隠す。なにより、大希はそんな心根を持つからこそ彼女を好いているのである。
『無理なら、覚悟を決めるしか道はないけど』
「知ってるよ。怖いけど、その時はなんとかしなくちゃ」
恋物語で被害者なんてだしたくない、と美里は告げる。
「あなたたちは、私とタキを殺しに来たのよね。……喜んで、お相手します」
ユミカは剣を抜き、海神 藍(aa2518)に切りかかる。
サーフィ アズリエル(aa2518hero002)と共鳴した藍は、ユミカの剣を大剣「ハックアンドスラッシュ」で防ぐ。
「……なぜこんなことをした?」
静かに藍は、ユミカに尋ねた。
サーフィも嫌悪するかのように呟いた。
『旦那様の弔いもせず何をしているのです』
「あなたたちもいずれ分かるわ。大切な人を失ったときに……」
この悲しみを、とユミカは続ける。
彼女の薬指には、銀色の指輪が悲しくきらめいていた。
至近距離では発砲され、藍は一時的に距離を取った。
「死体とともに現実逃避、か……」
夫を亡くした妻の悲しみに、藍はかつて家族を失ったときの痛みをわずかに思い出した。だが、それはユミカに同情する材料にはならない。
『……理解できません』
「ああ。否定しに行こう、サフィ」
剣を改めて握る藍の言葉に、サーフィは頷く。
『はい、にいさま。我が名に……告死の天使に懸けて』
死者との逢瀬など許してはならない、とサーフィは小さく呟いた。
「おらおら、おまえの相手はこっちだぜぇ!」
キャルディアナはライトアイで明瞭にした視界で、タキの手足を狙い撃つ。
タキは恋の記憶を使用し、自身の防御力を上げる。
『守りを固めてきたようだね』
ツヴァイの言葉に、キャルディアナは「自分の女を犠牲にするなんて、認めないぜ」と呟く。そして、自分に近づいてきたタキに向かって槍を振るった。
「唯一の家族が愚神になっちまうとはな……」
タキの攻撃を避けながらも、キャルディアはユミカに同情的であった。
『分かっていると思うが、俺たちは救える命だけを救う。救えないならば切り捨てるぞ』
ツヴァイの言葉に「分かっている」とキャルディアは返した。
彼の言うことはいつだって、正しいのだ。ユミカに同情して、攻撃が鈍ればキャルディアがやられて、仲間の足を引っ張る。それだけは、ごめんである。
タキの背後で桃十郎は刀を抜いて、愚神に切りつけた。
「……防御力があがったか」
『そのせいか効いているようには見えないでござる』
ふらり舞うようにタキの攻撃をかわしながらも、桃十郎は考える。
ユミカの結末には興味はないが、戦う相手がより厄介になった件については考えなくてはならない。桃十郎の腕にタキは噛みつき、その血からライブスを吸収する。すぐに桃十郎はタキを振り払ったが、恋の証明によってタキのスピードと攻撃があがった。
「大丈夫か!?」
キャルディアナは、桃十郎にケアレイを使用する。
「すまない……あいつを強化してしまったようだ」
治療中の仲間を守るために蘿蔔は、テレポートショットでタキを後ろから攻撃する。
『愚神を二人に近づけさせるな』
「わかってます」
蘿蔔はシャープポジショニングを使用後に、ダンシングバレットを発動させる。跳弾はタキに命中する、そのはずであった。だが、ユミカがタキを庇う。
「えっ……」
予想外のユミカの動きに、蘿蔔の動きが一瞬止まる。だが、ユミカはその絶好のチャンスに攻撃してくることはなかった。
『気を付けて……彼女はこちらを殺す気はないだろうが、きっとここで死ぬつもりだろうから』
「そんな……そんなの」
蘿蔔は、一瞬言葉を失った。
「あなたの相手は、私だろう。旦那さんの目の前で、逢瀬とわけにはいかないし」
藍が、ユミカの前に現れる。
防御のための姿勢を取るユミカに、藍は渾身の一撃を放つために振りかぶった。
「私も間男になるのはごめんだ」
『サーフィは認めない。貴様は死を穢すだけに飽き足らず、他ならぬ貴様の夫を裏切っている』
メーレーブロウを発動させた藍の攻撃を受け、ユミカの防御力が低下する。
「裏切ってなんかない……あの人の体は、体だけはまだ生きている」
「じゃあなにか? あなたは夫の体だけを愛していたとでもいうのか!?」
ユミカはタキと一度合流しようとするが、二人の間に剣を投げることで藍はそれを妨害した。
『平等で安らかな死からたたき起こし、他の魂の入った死体を愛でるなど……』
「それは愛などではなく」
発動したストレートブロウの勢いで藍は、ユミカを壁に叩きつけた。ユミカの手から、武器である銃が零れ落ちる。
――あらゆるものへの冒涜でしかない!
「そんなことは分かっているが、分かっているけど……ごめんなさい。私は、強くはなかったの」
ユミカの体が、藍の目の前から消える。
次の瞬間には、彼女の両手には一本ずつ剣が握られていた。どこかに隠していたのだ、疑問に思うと同時に藍は判断する。
反撃が来る、と。
身構えた直後に、ユミカの愛の誓いが発動する。
「待ち伏せているから、トラップの類がくると思っていたんだが……隠していたのは武器か!」
キャルディアナは叫び、傷を負った藍に駆け寄る。
『あのぶんだと、ビルのあちらこちらに隠していそうだ。武器の破壊は、あまり意味がないかもしれないな』
ツヴァイの予測を聞きながらも、キャルディアナは藍の怪我の治療を開始する。
タキが負傷した藍に襲い掛かろうとしたが、美里はそれをナイトシールで防いだ。
「怪我の治療はお願いします。ここは私たちが守りますから」
『でも、あまり長い時間は難しいかもしれないです』
大希の言う通り、タキのステータスが全体的に上がっている。一時的に攻撃をしのげても、長時間の防御は難しくなるであろう。
「君は……きっと奥さんと過ごした時の記憶がまだあるんですよね。そうですよね」
美里は、タキに呼びかける。
ほんの少しでよいのだ。
ほんの少しでも人の心が残っているのならば、タキから愚神を引離せるかもしれない。そうすればユミカの孤独も嘆きもすべてが慰められる。
だが、美里の言葉にタキが反応を示すことはなかった。
『……無理だったんですね』
「……そうだね」
覚悟を決めないといけない。
盾を握ったままで、美里は呼吸を整えた。
「このままでは厳しいようだな。微力ながら、助太刀するか」
桃十郎が、タキと美里の間に入る。
『ユミカはどこでござろうか? タキが攻撃されているものならば、割って入りそなものなのに』
健の言葉に、桃十郎は答える。
「そちらは、人妻口説きのプロに任せてある」
人知れず人妻口説きのプロと命名された塵は、くくくっと低く笑った。
「……どーも奥さん。ご機嫌麗しゅう~、早速ッスけど今晩ヒマ?」
「暇に……見えますか?」
ユミカは息を整えて、剣を握りなおした。ステータスが全体的にアップしたタキと反対に、ユミカのステータスは下がっている。だが、彼女はそれを面に出さない。悲しげな影はともかく、成熟した肉体の丸みと成人女性特有の落ち着きは塵の好みである。
「クク……奥さ~ん、自分でラブコールしといてツレないね」
わざわざ携帯のGPSを切らずに持ち歩くなど、見つけてくれと言っているようなものである。だが、ユミカはそれに反応を示さない。
「またまた~~。……クク……状況限界来てんでしょ? 奥さんの気持ちは痛ェ程、分かるぜぇ?」
タキは人間には戻らない。
ユミカは人を襲わないように自分のライブスを与えて、タキをある程度はコントロールしているようだが……それだって限界が来るには誰の目にも明らかだ。
「……俺もマジでサミシーんスよ。どう? 一晩だけでも?」
「あの……火蛾魅さん。いかがわしいビデオみたいに聞こえるんですけど」
蘿蔔は、顔を真っ赤にしていた。
人造天使壱拾壱号も、何度もうなずいていた。
『トウイもそう思います』
「ちっ……餓鬼ばっかじゃ、口説けるもんも口説けないぜ」
塵の意識が一瞬だけ、タキから離れた。
その瞬間、タキは二階に上がろうとする。
しかし、階段の真ん中には腰に手を当てて胸を張るチルルの姿があった。
「爆弾も武器も、全部見つけたよ! 二階には行かせないんだからね!!」
●二階への侵入
ロケットアンカー砲や人を投げて二階の窓へと放り投げると乱暴な作戦は、音で気づかれるという欠点があった。その欠点を補うためにチルルが考えたアイディアが、スマホで爆発音を鳴らしてユミカの注意を惹きつけるであった。
『音からすると、もう一階組は中に入ったみたいね』
スネグラチカは、耳を澄ませていた。
出入り口のほうから聞こえる音からするに、もう交戦も始まっているようである。
「よーし、ロケットアンカー砲の出番が来たわよ。侵入できたらまずは周辺を調べて危険物がないかの確認ね」
『行きますよ、凛道!』
征四郎の言葉に、ユエリャンはリュカたちを投げる準備をする。だが、ユエリャンはその手を一瞬止めた。
『嘘は好かぬ故言っておくが……我輩は彼女らが死を選ぶなら、それで良いと思っておるぞ』
「わかってますよ。でも、征四郎は……まだどちらも、せめてどちらかを。諦めたくないです」
大人の考えることなんてわかりたくない。
征四郎が、ぐっと拳を握った。
『で、あろうな。勿論だ。君はせいぜい足掻くが良い』
「じゃあ、あたいたちから行くよ」
チルルの申し出をオリヴィエが断った。
『ロープを持ってきたから、俺たちが先行しよう。あんたたちが失敗しても、ロープがあれば安心だろう』
『さっすが、紳士だね』
スネグラチカが、オリヴィエに先を譲る。
オリヴィエと共鳴しているリュカは、「あの……」と呟く。
「気のせいかな、窓しまっているよね?」
『さっきまでトリプルジャンプするとはしゃいでいただろう』
「共鳴する前は見えなかったんだよ!」
『リュカ……もう覚悟を決めるべきだ』
まさか征四郎を二階に向かって放り投げるわけにはいかないだろう、とオリヴィエは続ける。
『吾輩を信じろ。見事、あの窓にホールインワンしてみせよう』
征四郎と共鳴したユエリャンは、仲間を担いだ。
「じぇ……ジェットコースターだった」
無事二階に侵入成功したリュカは、体に自由がなったら部屋の隅っこで四つん這いになりたい気持ちだった。窓に向かって全力で投げられれば、誰だってそういう気持ちになるであろう。
『壊されては元も子もないが。時間稼ぎにはなろう』
鍵師でカギを付け替えたユエリャンは、確認のためにドアノブをひねる。これでもしも二階にある罠を捜索中にユミカがやってきても時間稼ぎぐらいはできるであろう。
「これって……もしかして爆弾なのかな?」
チルルが、部屋の隅にあった小箱を指差す。
『こっちにも同じのがあるよ』
スネグラチカが声を上げた。
「これって、修理キットを使って解体できないかな?」
「解体の仕方を知っているのですか?」
チルルの言葉に、征四郎は驚く。少し考えてチルルは、発言する。
「勘じゃだめかな?」
『それは……危険すぎる。爆発したら、俺たちが無事でも建物が崩れるかもしれない。そうなったら、一階の人間がつぶれる』
オリヴィエは、解体に反対した。
『なら、爆弾は幻想蝶に収納してしまうのはどうだろうか?』
「それは、いい考えです」
ユエリャンの考えに、征四郎は賛成した。
「じゃあ、無事収納できたら階段に陣取って逃走してきた相手を袋叩きにするって形ね。
地の利を得る事ができれば絶対有利って言うし」
『いくら有利だからって、油断しちゃだめなんだからね』
油断大敵、とスネグラチカは繰り返した。
●そして逃亡劇は終わりを告げる
「爆弾も武器も、全部見つけたよ! 二階には行かせないんだからね!!」
チルルの言葉に、ユミカは一瞬だけ泣きそうな顔になった。
その顔を見ていた征四郎は叫ぶ。
「あなたは人を傷付けないと聞きました。現に今ユミカと共存もできている。あなたはまだ、人としての、タキとしての心があるのではないですか!」
征四郎の言葉に、ユミカは首をわずかに振った。
答えることのできないタキの思いを代弁しているかのようであった。
『妻は、あれほどの使い手だ。夫が愚神に乗っ取られているということを理解はしているのだろう』
ユエリャンの言葉が、今日は冷たく聞こえる。
「ユミカ、諦めないでください。だって、今貴女が生きているのは、タキがそう願ったからに他ならないのですから!」
ユミカはその言葉を聞いても、なお征四郎に剣を向けた。
覚悟しているんだよ、とでも言いたげに。
オリヴィエは威嚇射撃を使用し、ユミカの意識を征四郎から遠ざけた。
『もうそいつじゃない物を、好いたそいつを殺した物を後生大事に抱えて何になる縋りたくなる気持ちはわかるが、あんたのしてるその行為は……』
オリヴィエは、一瞬迷う。夫を亡くした女に賭ける言葉としては、無慈悲すぎるのではと思ったからである。だが、言わなくてもならないとも思った。
『――あまりにも、愛した者に対する態度としては失礼だ』
チルルは、オリヴィエの背後で銃を握る。
「……出来る限り、相手に獲物を持たせない動きをしないとね」
「そのまま援護を頼む」
藍はアイシクルチェインを使用し、ユミカに向かって一気呵成を発動させる。
「タキは、こっちに任せてください!」
美里はタキを惹きつけて、ユミカと分離させようとする。
だが、ユミカは相変わらずタキの側へと移動しようとする。
「いつまで目をそらしているつもりですか……あれはもう、あなたの大切な人を奪ったでしょう!」
ユミカの姿を見ていられないとばかりに、蘿蔔は叫ぶ。その大きな瞳には、涙が溜まっていた。レオンハルトは、かける言葉が見つからなかった
『きみ……』
「あなたと同じで旦那さんも……誰も傷つけないようにってこの愚神を止めていてくれてたんじゃないかなって思うのです。だからもう、休ませてあげましょう……」
蘿蔔は、タキにテレポートショットを使用する。
『辛いのならば変わろうか?』
レオンハルトの申し出に、蘿蔔は首を振る。
「いいえ、誰かがユミカの心を受け止めなきゃいけないんです。誰かが、ユミカに前を向かせないといけないんです! その人の痛みはその人にしか分からないし、私自身もつらい時何を言われたら楽になるかなんてわからなかった」
――だから、お願いします。
蘿蔔の言葉を、キャルディアナは神の代わりに聞き入れた。
「任されたぜ」
『彼に、止めを刺すんだな』
ツヴァイの言葉にキャルディアナが答える。
「あるべき場所に送ってやるだけだ」
キャルディアナは、タキの頭部を破壊した。
その血を浴びながら、キャルディアナはユミカを見た。
きっと、今の彼女には言葉は聞こえないであろう。
それでもキャルディアナは、主に祈りをささげるように静かな声で呟いた。
「死んじまったら、誰がタキを愛してやれるんだ。誰が背負ってやれるんだ。ユミカ、あんたしかいないんだぞ……。あんたのその苦しみは一人で背負わなくて良い。仲間がいる。だが、その愛は一人で背負わなくちゃなんねぇ」
タキが死んだことに気を取られていたユミカの前に、塵が現れる。
相変わらず浮かべる笑顔は楽しげで、言葉の悪さも相まって悪役のようであった。
「奥さん。こっちに色男がいるんだから、よそ見はないだろう」
塵はユミカの足に銀の魔弾を撃ちこみ、倒れてきたユミカを受け止めた。
「ハッハ、役得!」
「そのまま拘束をお願いします」
蘿蔔の言葉に塵は「おうよ」と答える。だが、人造天使壱拾壱号は信用ならないという目で塵を見ていた。
共鳴を解いたサーフィは、拘束されたユミカの前まで歩いた。
『死は永遠です。無事に帰ることができたら旦那様を弔って……この悪夢を永遠にしないでください』
「今も悪夢の途中なの……私にはあの人しかいなかった。お願い……」
自分を拘束する塵に、ユミカは頼み込む。
あの人のいない世界は寂しすぎる地獄なの、と悲しげな声で訴えた。
「俺ちゃんにも《未来の上さん》が居たんスよねぇ、死んだケド。……クク。ショーコ、見せたいけどな」
両手がふさがってて、と塵は笑う。
その笑顔は、一瞬だけがひきつったようなものに思えた。
「……奥さん、旦那さんと一緒に死ぬ気ッショ? それだけは許されねぇよ」
塵の持っている写真には、まだ入れ墨のなかったころの塵と一人の女が写っている。たぶん、ユミカであったのならば彼女と塵の関係性にすぐに気が付いただろう。そんな気持ちが、塵のなかにはあった。
「形に縋りたい気持ちもわかるんだけどね。いやぁ、死者の気持ちを考えてもって所だけど……きっと寂しいよ、妻を寝取られたみたいで」
未婚から想像だけどね、とリュカは笑った。
「私も寂しかったの……とても寂しかったの」
何かを求めるようにユミカは空に手を伸ばし、藍はその手を叩いた。
その拍子に、永遠を誓ったはずの銀色の指輪が地面に転がっていく。
「……家族を失うのは、本当につらいものだ……だが、あなたにも相棒がいるだろうに。こんな八つ当たりにも付き合ってくれる英雄が」
藍の言葉に、ユミカは声を上げて泣き出した。
おそらくは、今まで積み上げてきた物がようやく崩れたのであろう。
「これで、この事件は終了か。依頼料を頂戴して帰るか」
桃十郎は武器を収めた。
その様子に健は首をかしげた。
『よいのですか、そのような府抜けた立ち回りで』
「生憎あんまり目立ちたくなくてな……それに、この業界ではまだまだ新人だ。でしゃばる気にもならん。死したものに興味はない……ましてや二人の行く末に興味もない……生きればまた斬る、死せば……それまでだ」
桃十郎は、タキの死体を横切り出口へと向かう。
誰も気が付くことはなかったが、タキが流した血だまりのなかには夫婦が永遠の愛を誓い合ったエンゲージリングが今も変わらぬ輝きをはなっていた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|