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雨の子供と大人
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相談卓
最終発言2017/06/12 10:44:02 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/06/11 12:01:11
オープニング
「あめあめ、ふれふれ、かあさんが。じゃのめで、おむかえ……うれしいな」
雨のなか小さな女の子がビニール傘を振り回す。
それを危ないと注意する大人はそばにおらず、一緒に歌う友人も彼女にもいない。それでも彼女は、楽しそうに歌う。
「ぴちぴち、ちゃぷちゃぷ、らんらんらん」
雨の中には、彼女だけしかいなかった。
●
「川沿いの住民の避難は終了しました」
H.O.P.Eの職員が、一時的に支部となった市民会館へと報告に赴く。この街では、振り続ける雨の影響に悩まされていた。町の中央を流れる運河は今にも氾濫しそうで、H.O.P.Eの支部にも避難勧告がでていた。
「ますます強くなってくな、雨」
職員は、市民会館の窓から外を覗き込む。
雨の勢いだけではなく、風まで出てきた。普通に傘をさして歩けない雨風の強さである。なにか用事があって外に出るときは、雨カッパが必要であった。
「まさか、子供を自転車で幼稚園に送り届けるときにつかっているカッパを仕事で使う日がこようとはな」
二児の幼稚園生の父親でもある職員は、皮肉げに笑った。
その笑みを見た後輩職員は、合点がいったとばかりに手を叩く。
「ああ、だから先輩のカッパって猫のキャラクターが背中に描いてあったんですね」
「こういうのが描いてあると、雨の日でも子供が喜んで幼稚園に行ってくれるんだぞ。猫ちゃんと一緒にいこうねー、って」
今日もそうやって送ってきた、と職員は言う。携帯をこまめに確認しているのは、きっと幼稚園からの電話待ちであろう。子供が通っている幼稚園はここから遠いが、それでも気になってしまうのが親心というものだ。
「あっ!」
職員の一人が、声を上げる。
「子供が外に出てるぞ。連れ戻してくる!!」
職員は、そういって外へと飛び出していく。
「ちょっと待ってください。この雨では、先輩も危ないですって。戻ってきてください――イシズ先輩!!」
●
外に飛び出した職員は、市民会館の窓から見た少女を追いかける。十歳前後のおさげを作った可愛らしい女の子だった。好奇心旺盛な年頃だから、きっと大雨が珍しくなって出てきてつしまったのだろう。
「君、ちょっと待って!! おかあさんのところに帰ろう。ここは危ないから……」
職員が、女の子に向かって手を伸ばす。
「だぁめ」
女の子が振り返る。
その顔は、右半分が病にでも犯されたかのように黒ずんでいた。
「お迎えが来るのは、おかあさんって決まっているでしょう。おとうさんは、五十点なの!!」
何を言っているのだろうか、と職員は首をかしげる。
「でも、今日は大雨だからサービス。みんなー、ご飯だよ!!」
女の子が空に向かって叫ぶ。
降ってきたのは、蛇の目傘の従魔。
「うっつ、わぁぁぁ!!」
職員は悲鳴を上げて、ずっと握っていた携帯を地面に落とした。
●
「あの……ニュースでH.O.P.Eの支部がこちらに一時的に移動したと聞いたのですが?」
市民会館にかかってきた電話は、幼稚園からであった。どうやらイシズが子供たちを預けている幼稚園らしく、保護者と連絡が取れないから職場に電話をかけたということらしい。
「イシズ先輩は、ちょっと外に出ていて……あれ? 本人の携帯に電話って通じなかったんですか?」
「はい。何度電話しても出てくださらなくて、この雨ですからちょっと心配になって」
すでにイシズが外に飛び出してから三十分が経過している。
子供を保護しているにしては、遅すぎる。
「すみません。ちょっと、こちでも先輩を探してみます」
電話を切ろうとしたその時、職員の耳に園児の声が聞こえてきた。
「せんせー、雨がふってるからサヨちゃんが来ちゃうよ。おとうさんがお迎えにきた子は、サヨちゃんが連れて行っちゃうんだよ」
「失礼ですが、サヨちゃんってなんですか?」
職員の質問に、幼稚園の保育士は言葉に詰まる。
「その……数年前に行方不明になった女の子のことなんですよ。両親が離婚して母親が親権を持ったんですけど、父親がサヨちゃんを誘拐してしまって……その三日後に父親の死体が見つかりました。警察は自殺だろうということでしたが、サヨちゃんは見つかっていません。サヨちゃんはここの園児でしたし、当時はかなり騒がれた事件ですから……いつのまにか雨の日にお父さんが迎えに来た子はサヨちゃんに連れて行かれるなんて噂が経ってしまって」
幼稚園にいつまでも流れる怪談だったようだ。
「嫌なことをきいてすみませんでした。こっちのほうは、念の為にリンカーと協力して先輩を探すんで」
「待ってください」
思い出したように、職員が声を出す。
「当時の話なんですが……サヨちゃんには愚神が付いているんじゃないかって噂もあったんですよ。両親が離婚したばかりだったが不安定だとも思われてはいたんですが……」
●
「おかーさん」
サヨは、傘を振り回しながら自分のなかにいる母に甘える。
「おかーさんが迎えに来たら、百点。おとうさんが迎えに来たら、五十点」
ゲームを楽しむように、サヨは歌う。
「二人ともちゃんと殺せたら、二百点満点!!」
サヨの足元では、H.O.P.Eの職員が転がっている。
辛うじて息はあるが、雨風のせいで体力は奪われ続けている。放っておいても、彼はほどなくして死ぬであろう。
「さよなら、おとうさん。みんなのごはんになってね」
幼いサヨの手が、どんどんと大きくなる。
幼い丸い顔立ちが、大人の女性のものへと変化していく。
『いただきます』
美しい女の姿となった愚神は、職員を抱きかかえて自らの胸にうずめた。職員の肉体は、女性の愚神のなかへと段々と取りこまれていった。
解説
・愚神の討伐。
・職員の保護
避難警報発生中の街(昼)……近くに川があるために、避難指示がでている。雨風が強く、傘を差しながらの歩行は非常に困難。また視界が悪く、雨音のために会話もしづらい。住民の避難は完了されており、住宅街だが人気は皆無。
サヨ……数年前に行方不明になった園児に愚神がとりついている。愚神と彼女を切り離すことは可能だが、サヨは自分に愚神がとりついているとは思っていない。戦闘の最初のみサヨの意識が前に出るが、攻撃を受けると愚神が前に出る。
愚神……サヨが大人になったような姿。取り込んだ職員のライブスを吸収し、攻撃力に回している。
母の愛の手――触れることによって相手のライブスを吸収する。愚神の攻撃力は上がるが、職員の負担は減る
母の歌声――雨のなかでも不思議と響く声で歌い、相手の眠気を誘う。側にいるものを眠らせてしまうが、愛の手でライブスを吸収されることで元に戻る。
子供の敵――両手を鎌状に変化させて素早く攻撃する。心臓などの急所を優先的に狙う傾向がある。
母の牙――両足を鎌状に変化させて、素早く攻撃する。足などを重点的に攻撃し、機動力を削ごうとする傾向がある。
従魔……蛇の目傘に目玉と舌が付いている。サヨの状態では愚神を守ることを優先するが、愚神状態では積極的に攻撃に転じる。なお、途に跳ねるようにして動く。傘を閉じた姿が、スタンダード。多数出現。
子供の遊び相手……傘を開いた防御態勢。サヨを取り囲み、相手の攻撃からサヨを守る。
子供の思い出……傘を開いた状態で回転し、相手に体当たりする。鋭い切れ味を持つ。
子供の守り手……劣勢になると発動。相手に近づいて自爆する。
リプレイ
大雨が降っていた。
近くの川は氾濫していて、すでに避難警報が発せられている。
「ちゃぷ、ちゃぷ、らんらんらん」
そんな雨のなかで、子供は無邪気に歌をうたう。
「この季節の雨って嫌よね。あたいは一年中雪の方がいいな」
大雨のなかで、雪室 チルル(aa5177)は呟いた。
●雨のなかの戦い
「この辺に猫のカッパをきたおじさん来なかった?」
雨のなかで藤咲 仁菜(aa3237)は、少女に声をかける。サヨの外見は支部で教えてもらった特徴と完全に一致している。愚神であるのは間違いない。だが、あえて仁菜は優しげに声をかける。彼女は、サヨを救いたかった。だからこそ、優しげに声をかけたのだ。
「あの服装は、行方不明になったころのものと全く同じか……」
『身長は代わっていますが、服や髪型まで同じとなると異様なものを感じます』
アリス(aa4688)は携帯に送られてきた写真と実物のサヨを見比べる。母親からもらった写真のデータだったが、サヨの成長した身長などを含めなければ不思議なほどに彼女は当時のままであった。その異様さに葵(aa4688hero001)もわずかに顔をしかめる。
『ねえ……依代になってるサヨちゃんは大丈夫だよね?』
伊邪那美(aa0127hero001)は心配そうに御神 恭也(aa0127)に尋ねる。恭也は、現状を楽観視してはいなかった。
「……行方不明になって数年経っている。普通に考えれば命を落としている可能性は高いと思う。仮に生きていたとして愚神と共にいて精神が壊れていないとは言えんだろな」
『視界が悪い上に救助者もいるっていうのも難しいところねー』
勢い良く降る雨に、スネグラチカ(aa5177hero001)もため息を零す。
『しかも、こんなタイミングで愚神が登場というのも困ったものね』
「しかも子供に取り付いているっていうのがなお気に入らないわ! さっさと助けてあげよう!」
『おっけー! あたし達ならやれるやれる!』
チルルとスネグラチカは互いに見つめ合って「あたいたちならやれる!」と互いを励まし合った。その思いは作戦に参加したほとんどのリンカーが持っていた思いであり、裏切られるかもしれない願いでもあった。
「サヨちゃん、貴女の体には今悪い奴が取り付いてるの。そいつをやっつけて、一緒にお母さんのところに帰ろう? でも私達だけじゃ退治出来ないから、サヨちゃんはそいつが離れようとしたら思いっきり突き飛ばして」
仁菜の言葉に、サヨは微笑んだ。
「おかーさんは百点。みんなのごはんになってね!」
蛇の目傘の従魔が現れ、リオン クロフォード(aa3237hero001)は『下がるぞ!』と力いっぱい叫んだ。
「あぶない!」
仁菜を庇った小宮 雅春(aa4756)は、Jennifer(aa4756hero001)と共鳴する。だが、今日に限ってどこか違う感覚をJenniferは感じた。問う前に、雅春は答える。
「今日は、僕も戦う」
『貴方にできるの?』
いつものとおりにできるわよ、Jenniferは続ける。
「君が剣なら、僕は盾になる。ジェニーに頼ってばかりの臆病者じゃ嫌なんだ」
『貴方も男の子だものね。いいわ、私の「感覚」なら少しだけ教えられそうよ』
心強いね、と雅春は言う。
「えーと、状況から言って最適なのは従魔対応・愚神対応・救助対応に別れて行動する形なのかな」
一人で全部をやるのは無理だもんね、とチルルは言う。
「従魔対応がまず愚神周辺にいる従魔を引き剥がして愚神対応と救助対応が近づけるようにして、愚神対応がわざと母の愛の手に触れることで職員の負担を減らしつつ攻撃。その間に出てきている子供・職員と愚神を引き剥がして安全なところまで運び、運び終わったら合流して愚神と従魔の撃破を狙うって流かな?」
『基本はそうだけど、まずは全体を見て。危なそうな人には治療が必要だし、防御が必要なところにはサポートが必要だよ』
こういうときこそチームワークだからね、とスネグラチカは頷いた。
「御母さんは迎えに来てくれるんじゃないのか? それとも、問い掛けたお母さんと迎えに来てくれるお母さんは別人なのか?」
恭也は、サヨに尋ねる。
サヨの言動には、ほとんど一貫性がない。子供が気まぐれに遊んでいると言えばそこまでだが、どうにも悪い予感がする。
「……お前の中にいるお母さんは、本当にお母さんなのかな?」
「女の人は、みんなおかーさんなんだよ。男の人は、皆おとーさん」
子供らしい単純な区分だ。
だが、サヨの年頃の子供の判断にしても幼すぎる判断であった。おそらくサヨの内面は、行方不明になったころから成長していない。あるいは狂気に苛まれたからこそ、愚神に共存を許されたのか。
『お父さんを皆のごはんにって言ってたけど、キミの中には何人いるのかな?』
「ひーみーつー。でも、ちゃんとお母さんはいるよ。あっ、まだ食べきっていないからお父さんもいるよ」
家族全員がそろっているね、とサヨは笑う。
伊邪那美は、その答えに顔をゆがめる。
「あー、えっと、子供が愚神で、愚神が取り憑いちょって、従魔が……? 分からん! ややこしか!」
他の面々とは違う方向で島津 景久(aa5112)は悲鳴を上げた。頭を抱えているから、頭痛にでも苛まれているのかもしれない。新納 芳乃(aa5112hero001)は、その様子を見ながらため息をつく。
『申し訳ありません、皆様。景久様はこの様子ですので、攻めかかって良い時期に合図をしていただけたらと』
景久様には状況を理解するだけの頭脳がないのです、と芳乃は続けた。
「サヨちゃん、こいつらは悪いお友達だぜぇ。このままだとサヨちゃんも悪い子になっちまう」
荒い口ぶりでキャルディアナ・ランドグリーズ(aa5037)は、従魔に囲まれるサヨに声をかける。
『悪い子の所にはお迎えも来ないな』
「こっちきて一緒に遊ぼうぜぇ、その重そうなもん脱いでさぁ!」
だが、サヨは微笑みを崩さない。
ツヴァイ・アルクス(aa5037hero001)の言葉も、キャルディアナの言葉も届かないかのように。
「一人で脱げないなら、手伝ってやんよぉ!」
キャルディアナはグングニエルを取出し、サヨへと放った。
「おかーさんは、酷いなぁ。もう」
怒ったような声を出してサヨの体が成長していく。
まるで、今のサヨがいまのまま大人になったような姿であった。
「……サヨ。ううん、今はそれより職員は絶対に守らないとね!」
『必ずみんな無事に助け出そう。』
もしかしたらサヨは助けられないのかもしれないという思いを隠して、葉月 桜(aa3674)と伊集院 翼(aa3674hero001)は戦闘に挑む。
『なんとしてでも助けてあげたいですよね!』
CODENAME-S(aa5043hero001)の言葉に、御剣 正宗(aa5043)は無言でうなずいた。二人とも子供も助けたいし、職員も助けるべきだと願っていた。
「アリスさん、サヨさんの母親には連絡は取れているのでしょうか?」
茨稀(aa4720)の言葉を聞いたファルク(aa4720hero001)は『出発前にやたらと携帯を弄っていたのは、そのせいだったんだな』と呟いた。
「ああ……携帯番号も聞いてある」
母親の声で、子供は戻ってくるかもしれない。
アリスはそう考え、それに望みを託した。だが、実際に対面してみれば見るほどにサヨは人間から遠ざかってしまっている。
『大丈夫……ですよね?』
不安げな葵に、アリスは首を振る。
「今はともかく、母親の声を聞かせるだけの隙を作るのが先決だ。従魔もいるし、楽な戦いではないだろう」
リオンは、モスケールを使用する。これでライブスの流れを測定し、イシズが取り込まれている部分を探す狙いであった。
『よし、予想通り! イシズさんは敵の胸のところに捕らわれてる! そこ以外攻撃でよろしく!』
「あら、やだ」
恥じらうように愚神が胸元を隠した。その仕草から、意識もサヨではなく愚神に代わっていることがわかった。
「知性があって、子供を利用する……最悪の敵だな」
『あんたが子供好きなのは分かってる。だが、冷静に対処するべきだ。そうでなければ、救える命も救えなくなるんだぞ』
ツヴァイの言葉を「分かっている」と乱暴に切り捨てて、キャルディアナは愚神の足を狙う。子供を利用する敵に、手加減など無用だ。速攻で勝負を決めてやる、と彼女は意気込んでいた。
「行けぇ、景久ぁ! 首取ってこい!」
その合図に、景久の唇は三日月型にゆがんだ。
「待っちょったどキャルさぁ! ひっ飛ぶど、芳乃!」
『先行致します。景久様、くれぐれも狙い目にはご注意を』
「鬼島津景久、押し通る! チェストォォッ!!」
目についたものは切る。
単純化された思考を武器に、景久は愚神に向かって真っすぐと進もうとする。だが、その景久の目の前に現れたのは従魔であった。傘のお化けのような見た目をした従魔は、傘を開いて回転しながら景久に襲い掛かる。その従魔を景久は刀で防ぐが、聞こえる金属音から傘の従魔の中々の切れ味の持ち主であると彼女は察する。
「従魔も無視できない存在ですよね」
茨稀は、景久に襲い掛かっていた従魔に向かって攻撃を放つ。
『しかし、六月に蛇の目傘とはロマンチックじゃないな。蛇の目傘で女を迎えに行っても口説けそうにない』
「……それは、次の曲の歌詞かなにかでしょうか?」
景久の言葉に、ファルクは解釈はご自由にと肩をすくめる。
「茨稀、ファルク。すまないが、しばらく私の護衛を頼む。私は、あの子に聞かせなければならない声がある」
アリスは、そう宣言した。
「従魔はこちらに任せろ」
恭也は従魔の自爆に巻き込まれないように、常に一定の距離をとるように心がけた。そして、回転しながら襲い掛かってくる従魔の中心点に向かって拳を放つ。
従魔を相手にしながらも、伊邪那美はサヨの方を盗み見ては不安そうにしていた。
『ねえ……あれだけ体を変化させて攻撃して来てるけど、依代になってるサヨちゃんは平気だよね?』
子供から大人に変身した、サヨ。
そして、その肉体は手が足が変質して戦うための武器になっていた。
あれを見て「絶対に大丈夫」と励ませるほど恭也は優しくはいられない。
『答えてよっ!』
「今は眼前の敵に集中しろ。ここで俺たちが倒れたら、救えるものも救えなくなる」
恭也は、あえて答えを先延ばしにした。
まだ、職員の救出ができていないのだ。助けられないかもしれないと真実を離して、戦意を喪失させるわけにはいかなかった。
「あたいたちも傘のお化け退治を手伝うよ」
『とりあえず、どうする?』
相手は自爆もするみたいだよ、とスネグラチカは蛇の目傘の従魔を見ながら呟く。傘の攻撃を避けながらも、チルルは答えた。
「視界の悪さを気にしながらの遠距離攻撃かな。あんまり対策法はないんだけど、とりあえずスマホで光源を確保してみようかな。あと、当然だけど雨音で声も聞こえないだろうし……」
向かってくる敵を攻撃しながら、チルルは「通信機でも使おうかな」と呟く。
『視界の悪さはどうしようもないね。とりあえず雨音だけでも対抗できればそれでいいか』
もしも手が足りないようならば盾も使おうかと考えていたが、防御面では特に心配はいらないようである。
「サポートは任せて……」
正宗はクロスグレイヴ・シールドを持って、恭也の背中を狙ってくる敵の攻撃を跳ね返す。
『やっぱり、ここはロケットパンチですよね』
なぜかウキウキしているCODENAME-Sに、正宗は無言で「持ってきているのはロケットアンカー砲」と突っ込む。
「分かってますよ。ただ、たまにはお茶目に間違ってもいいんじゃないですか。……たぶん、敵があまり強くなくとも辛い戦いになるかもしれないんで」
CODENAME-Sの言葉に、正宗は何を言うべきか迷った。
一部の仲間たちは『サヨは救えないかもしれない』と気づき始めている。それでも、それを口にしないのは信じている仲間の戦意を削ぐことを恐れてだろう。
『大丈夫です。たとえラストがハッピーエンドじゃなくても、ここで立ち止まるような人はいないですよ』
可愛らしい笑顔を振りまきながら、CODENAME-Sは戦っていた。
『火力はないけど、しぶとさと諦めの悪さは自信あるぜ?』
リオンは出来る限りの笑顔を作った。
パニッシュメントを乗せたナイフで愚神の胸を引き裂こうとしているが、愚神は逆に『愛の手』を使用して、リオンのライブスを吸収していた。自身のなかからライブスが失われていくのはわかるが、ここであきらめて手を離すわけにはいかない。
「これがボクの全力だよ! 必殺、オーガドライブ!」
桜たちが懸命に愚神の気をそらそうとしている。
彼女たちがいなければ、リオンはそうそうの愚神の別の武器の餌食になっていたであろう。
『なにかが、来るようだぞ』
口を大きく開いた愚神に、翼は警戒示す。
「絡み手の攻撃だとしても!」
桜はオーガドライブを使用し、全力を叩きこむ。もしもバットステータスでも付与されたら、回復の手立てがないのである。だからこそ、技を出させないことを桜は優先させた。
「背中は任せて」
雅春は武器を持ちながら、桜の側にぴたりとつく。いつもとは違う共鳴に、桜は少しばかり驚いたような顔をしていた。
「今日は、防御は僕が担当する。頼りないかもしれないけど」
「ううん。信じているから、ついてきてね」
まだまだいくよ、と桜は愚神への攻撃を弱めない。
『上手くいくのでしょうか?』
葵は、不安そうに呟いた。
「この手が利かなければ……残念ながら私たちがサヨにしてやれることはないだろう」
アリスは携帯を握りしめる。
葵が不安になる気持ちは、よくわかった。幼子の命を取ることは誰だって好きにはなれないし、サヨを誰もが助けたいと思っている。だが、今ここで助けられないサヨを助けることに全力を注げば――二児の父親である職員を殺すかもしれない。それだけは、アリスたちは避けなければならなかった。
茨稀は、愚神に向かって縫止を使用する。
これによって、愚神の行動は少し制限されるはずである。
その隙に、アリスは高く携帯を掲げた。
『ここが、音楽でいうならば一番大事はサビの部分だな』
ファルクの言葉に、茨稀はそうなのかもしれないと思った。
アリスの携帯から、女性の声が響く。
――サヨちゃん! サヨちゃんなの!! ママよ……――ああ、よかった。絶対に、迎えに行ってあげるからね
その女性……本当の母親の言葉を聞いた愚神は、サヨのような無邪気な笑顔を浮かべた。
「だぁれ? 殺せないおかーさんは得点にならないから、嫌いだなぁ」
その言葉に、恭也は顔を伏せる。
「やはり……助けるのは無理か」
アリスも恭也と同意見であった。
サヨと愚神は、もはや引離せない。
『……アリス様』
「職員イシズの救助を最優先とする。切り替えろ」
冷たいとも思える合理的な判断は間違いではない。
アリスの言葉を聞き、茨稀は頷いた。ジェミニストライクで攻撃し、次の一手のために武器を構えている仲間たちのために隙を作り出す。
『俺たちの誓約は救える命を救うこと。救えない命は早々に切り捨てろ。覚悟を決めろ』
「そんなことは、分かってる!」
敵の攻撃を回避していたキャルディアナが叫ぶ。
「ぬ、ふふ……。そいがおまんさぁん本性が! 良か、実に良か! 鬼の気が、島津の血が、薩摩の風が、滾ってきたど!!」
『ふらふらじゃないですか! 景久様、無理ばかりなされては――』
ダメージを負いながらも刀を構える景久を芳乃は案じたが、景久は額から流れる血をぐっと親指をぬぐって叫んだ。
「黙っちょれ!」
脱いだ羽織を愚神の顔に向かって投げつける。
ふわり、と広がる桜色の羽織。
そこに飛び込んでいったのは桜であった。
『サヨは助けられないかもしれないか……あきらめるか?』
翼の言葉に、桜は首を振る。
「ボクはあきらめたくないよ」
攻撃をしながらも、桜は自分の思いを叫ぶ。
「サヨのお母さんは娘が帰ってくることを今でも望んでいたんだよ。ここであきらめて、コレをそれまでの物語にはしたくはないよ」
桜の言葉を聞いていた、仁菜は拳を握る。
「リオン……」
『何を考えているのかはなんとなくわかるけど、無茶はダメだからな』
絶対に、とリオンは言う。
『そろそろ大詰めになってきたかもね。従魔になんて、邪魔はさけないよ』
「……職員を助ける仕事が残っている」
CODENAME-Sは、正宗の言葉にくすりと笑った。
『そうですよね。大仕事がまだですよね』
サポートは任せてと言った手前、弱音を吐くことはできない。
吐くつもりもない。
CODENAME-Sは、恭也にケアレイを使用した。
「恭也! ここは、あたいたちに任せて。盾を使えば、しばらくの間だけど前衛の真似事はできるよ!!」
『今ならまだ、救える人もいるよ!!』
チルルとスネグラチカの言葉を受けて、恭也が愚神に向かって走る。
「邪魔はさせません」
茨稀が、縫止を使用する。
愚神の動きが止まったことを確認し、雅春はリフューザルシールドを握りしめる。
『子供が……助からないと知っても戦うのね』
「助けられる命は見捨てたくない……それだけのことだよ」
立派でもなんでもなくて目の前で命が消えるのは、自分が痛いよりも怖いんだ。
雅春は、そう呟く。
――ならば、戦いになどでなければいいものを。
Jenniferはそう思うも、彼がこれからずっと戦い続けていくことを奇妙に確信していた。自分が痛みを背負っても、傷を負っても「助けられたかもしれない命が消えるほうが怖い」と言って愚かなパートナーは武器を握るだろう。
『どうする、ラストは譲るかい?』
「いいや、子供を利用した愚神の命は私が刈り取る!!」
ツヴァイの言葉に、キャルディアナは吠える。
たとえ、この身が滅んでも子供を利用した愚神だけは許してはならない。
「チェストォォッ!!」
景久が愚神の脳天を狙うように一撃を放ち――
「足元がガラ空きだ」
恭也が愚神の足元をすくうように一気呵成を使用した。体勢を崩した従魔の胸から、男性と思われる手が飛び出て、迷わず恭也はその手を掴んだ。
「屈みよ鏡、鏡さん……お願い、最後のチャンスなの」
仁菜は願いを込めて、盾を構える。
幼い日に行方不明になった子供が、帰りたいと思える情景を仁菜は盾に映し出す。
雨が降った日、母親が蛇の目傘を持って迎えに来る光景。とても優しくて、失われてしまった懐かしい日々の情景にサヨは笑った。
「おかーさんを殺したら、百点」
●雨が降りやむように
「やっぱり、雨は苦手だな。雪や氷より冷たくないはずなのに、すごく寒く感じるし」
『梅雨も大切な季節の一つだって分かっているんだけどね』
チルルとスネグラチカは、そろって白い息を吐く。外気温はそこまで下がっていないが、雨に打たれ続けたせいで体温はすっかり下がってしまっている。
「サヨの父親はほぼ間違いなく愚神に殺されていたそうです」
ぼそり、と茨稀は呟いた。
『もしかしたら、愚神がサヨにやらせたのかもな』
降りやまない雨のなかで、ファルクは酒を飲みたいと思った。鬱々とした気分を吹き飛ばしてくれるような女と酒が欲しい。今日の犠牲を覚えているのは歌ぐらいでいい。
「職員は助けることができた。この依頼は成功ですよね?」
茨稀の言葉に『そうなんだろうな……』とファルクは気のない返事を返した。だが、成功と呼ぶには胸に空いた穴が大きすぎるような気もする。
「早く、イシズを病院か雨宿りできる場所に移すぞ。弱っているところで体温を奪われて肺炎などを起こされたら元も子もない」
応急手当は完了しているが雨によって奪われる体力を馬鹿には出来ない、とアリスは言う。葵はイシズを背負い、立ち上がった。
「そうだよね。ここで風邪をひかせたら、全部台無しになっちゃうよね」
桜は努めて明るい声を出した。
『……そうだな』
翼もそれに頷く。
仕事はまだ終わっていないし、雨は降り止んでいない。気を抜くことはできないのである。だから、まずは自分たちはまだ大丈夫であると身を以て証明しなければならない。桜はそう考えて、翼もそれに倣う。
『さぁ、帰りますよ、景久様……あら』
芳乃は少し困った顔で、眠ってしまった景久を見た。子供の様な無邪気な顔をして、キャルディアナに抱かれている。姉妹のような二人が、それ以上は濡れないようにツヴァイは自らの上着を広げて二人を引き入れた。無邪気な寝顔を見た仁菜は、ぽつりとつぶやいた。
「あんな、顔させてあげたかったね」
誰に、と言わなかった。
それは、全員の思いであったから。
伊邪那美は何かに耐えるように、恭也の濡れたズボンを掴んだ。
『これで、良かったのかな? もっと、他に何かできる事は無かったのかな?』
「全てを解決できる程、俺達の手は長く無い……」
正宗は無言で、空を見上げた。
どんよりとした雲はまだあたり一面を覆っていて、雨は降り止みそうもない。川の増水のことも考えるなら、このあたりの避難警報はまだ解かれないであろう。
『正宗さん、大丈夫です。雨は止むし、水は引きます。そして、大好きなお父さんを失わなかった子供たちの顔にはきっと――虹のような笑顔が浮かびますから』
救えた命と笑顔があったのだ、とCODENAME-Sは穏やかに口にした。
それが次の仕事への活力になることを信じて。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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