本部

【絶零】連動シナリオ

【絶零】止まった世界の中心へ

星くもゆき

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/18 19:20

掲示板

オープニング

●ゼロからプラスへ
 絶零の総督《レガトゥス・ヴァルリア》消滅――その報は、全世界を瞬く間に駆け巡り、各地で歓声が上がった。
 長く苦しい戦いにも遂に決着が付き、連合軍とH.O.P.E.は協力して反撃に転じた。ヴァルリアを失った敵はこれに大きく動揺し、シベリアを中心に西へ西へと展開していた敵の軍勢は各地で次々と撃破されていった。
 一方、エージェントたちものんびりとはしていられない。
 ひと段落はついたけれど、と綾羽瑠歌が依頼情報を更新する。
 依頼にざっと目を通すと残敵掃討や占領エリアの奪還はもちろん、住民の帰還や精神的ケアのサポートといった細やかな場面でも、エージェントならではの関わりが求められていた。
「皆さんが示してくださった希望……次は、それを届ける番ですね」
 綾羽瑠歌が微笑んで頷いた。

●凍てついた世界
 一面にひろがる、白。
 見渡す限りに、白。
 重く垂れ落ちるような空から、猛烈な勢いで雪が吐き出される。体温を根こそぎ奪い取るような冷たい風が吹き荒れ、積みあがった白雪は低すぎる気温でどんどんと凍結し、雪だけで独特な起伏を生んでしまっていた。
 ヴァルリアが消えて以降、シベリアの気候は極限の猛吹雪から一転して穏やかになっていたが、この地は違った。骨の芯まで凍りつきそうな冷気には、強大な愚神の影がちらついている気すらする。
 シベリア・ドロップゾーン。
 ヴァルリアの遺した、極大規模の結界である。
 エージェントたちは限りなく異界に近づいたその世界の中を、雪上車『ウラル12』を走らせて粛々と進んでいた。
 さらに車中には、もうひとり、ある人物が乗りこんでいる。
「ひどい天候ね。見通しが利かない……この前までの戦いを思い出すようだわ」
 豪雪の隙間をすかし見るように目を細め、流れゆく白と灰色の風景をながめているのはジェーン・フローエ――H.O.P.E.きっての『ゾーンブレイカー』である。
 彼女がいる理由はもちろんひとつ。シベリアに残された広大なるヴァルリアのドロップゾーンを消し去ることだ。発生から5年も経過しているシベリア・ドロップゾーンはヴァルリアが消えても大した縮小傾向を見せておらず、自然消滅するまでには膨大な時間がかかると予想されたが、それはゾーンが残存する悪影響を考えると到底許容できるものではない。
 H.O.P.E.はすぐにゾーンを直接消滅させることを決定し、ゾーンの中心部までジェーンを護衛するようにエージェントたちへ依頼を出したのだった。
「ヴァルリアが健在だったなら、侵入してもたちどころに従魔の群れに押し包まれていたでしょうに、今ではずいぶん杜撰な警備になっているようね」
 雪の悪路を行くウラル12に揺られながら、ジェーンがどこか楽しげに微笑んだ。
 ドロップゾーンの内部には、いまだ多くの敵が徘徊しており安全な地とは言えない。だが規模が広大であるだけに、敵の密度はそう高くなかった。しかもヴァルリアの存在がなくなった現在は、全体を統率する者がおらず、エージェントが1部隊あればさしたる危険もない空間となっているのだ。
 しかし中心部までの道程は長い。極寒の未踏の地を行くのはひどく厳しい仕事となるだろう。ジェーンも表情にこそ出さないが、極限の悪天候には少しばかり参っている。活動に支障はないとはいえ、感覚がないわけではなく、寒いものは寒いのだから。
 宙に雪を散らせていた風が、ふと止みはじめる。撹拌されていた冷えた空気がしんと静まり返った。
 世界が止まっている。少なくともエージェントたちの目にはそう見えた。辺りに蠢くのは従魔たちだけで、動物にしろ植物にしろ生命はひとつとして残っていない。すべては地層のように重なった雪の下なのだろうか。
 不謹慎ではあるが、神秘的な光景だった。
 だが観賞にふける暇もなく、異界はその本性を見せはじめる。
 雪面が小さく盛り上がった。唐突に足元に現れた出っ張りに乗りあげて、ウラル12はぐらりと車体を傾け、横転してしまう。ジェーンは顔を向けていた窓のほうへ、落ちるように倒れこんだ。
 エージェントたちは上側になった車体側部の窓を打ち破り、情けない格好となってしまったウラル12から脱出し、辺りを見回す。
 車体の周囲で、ぼこっ、ぼこっ、と岩のような雪の塊が無数に跳ね上がる。
 何十という数のゴブリンスノウが、雪の地盤から這い出てきた。ぎらついた目をエージェントたちに向けて、無骨な剣や棍棒で一斉に威嚇してくる。
 みんなに遅れてウラル12から出てきたジェーンは、目前のゴブリンたちの殺気だった様子を見とめてから、エージェントたちに向きなおって小さく肩をすくめた。
「楽な道ではなさそうだけど、この結界の中心地まで……エスコートをよろしく頼むわね?」

解説

◆目標
 シベリア・ドロップゾーン中心部への到達。
 という目的の下、雪の大地を冒険する。

◆シベリアDZ
 雪に覆われた極寒の大地。気温は真冬のシベリアをも下回る。
 幾重にも重なった雪が固まり、奇妙な起伏を生んでいる。
 風雪は断続的で、発生したり止まったりしており、天候は不安定。
 吹雪いている間はよく前も見通せないほどで、まさに自然の猛威。
 やんでいる間は澄みきった空気がひろがり、何もない無音の銀世界。
 途中から雪面の起伏が激化し、その先に氷の針葉樹林のような地帯に行き当たる。
 樹林を奥へ進んでいったあたりがゾーン中心部となる。

◆状況
 シナリオ開始時はゴブリンスノウ30体に包囲されていますが、1体1体は弱いので危険は低いでしょう。
 NPCジェーンは戦闘能力がないので、ご注意を。
 彼女が倒れてしまえば、当然ながら依頼失敗となります。

◆その他
 行軍の装備や、食料など、なにか使いたい物があれば所持しているとしてかまいません。

リプレイ

●熱い歓迎

「あいたたた……。まったくどうなってんのよ」
「夜宵、すぐに共鳴だ。どうやら歓迎会がはじまるらしい」
 突然の横転に文句を言いながらウラルから脱出した六道 夜宵(aa4897)は、先んじて外に出ていた若杉 英斗(aa4897hero001)の声を受け、ゴブリンたちに囲まれている現状を把握した。
「ならもっと優しくしてほしいもんだけど……いいわ、やってやろうじゃない! ……ぶぁ、ぶぁっくしょん!」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
 くしゃみの顔を覗きこんできた英斗の手を取り、夜宵は強引に共鳴してそれ以上の追及は許さない。気炎をあげようとも、寒さはどうしようもなかったようだ。
「後処理が残ってたねえ、と来てみりゃ……幸先が悪い」
「一筋縄ではいきまへんなぁ」
 従魔たちの醜悪な面を見て、百目木 亮(aa1195)はけだるげに息をつくと、シロガネ(aa1195hero002)と共鳴。身の丈を超す大盾を幻想蝶から召喚した。装甲が明滅し、表面をライヴスの鏡面が覆うそれは攻防を兼ねた亮の『武器』である。
 包囲していたゴブリンスノウの群れが、一斉に雄叫びを発して駆けだしてきた。
 その出足へ、上空から無数の太刀が降る。ニノマエ(aa4381)が仲間とゴブリンの間に進み出て、弾幕ならぬ刃幕で接近を牽制したのだ。
「来たけりゃ来い。止めはしねぇよ」
 怯んだ敵は足を止め、かまわず突っこんできた敵は煌めく千刃に裂かれてもんどりうった。
(愚神の差し金、ってわけでもねぇのか)
(「用心深いのは結構だが鼻水を拭うのも忘れないことだ、ハナタレ」)
「たらしてねぇしハナタレって呼ぶな」
 敵への警戒を心中でつぶやいたニノマエに、彼と共鳴しているミツルギ サヤ(aa4381hero001)は身だしなみを整えることも怠るなといらん忠告を送る。実際にたれていたのかどうかは要審議。
 ニノマエのウェポンズレインで敵の動きが鈍っているうちに、真壁 久朗(aa0032)はすぐにジェーンのかたわらまで近づき、彼女の手を引いた。
「こっちだ」
 ゴブリンの動向を確認しつつ、久朗はジェーンとともに横転したウラル12のそばに陣取った。背後を大きな車体でカバーすれば彼女を守りやすいという判断だ。迷いなくその場を選んだ久朗に、ジェーンは感心して微笑んだ。
「こういう仕事は慣れっこって感じね」
「それなりにな」
 ジェーンの軽口に応じつつも、久朗の双眸は絶えず周囲の状況に向けられている。
 しかし彼とジェーンにはさしたる危機は迫っていない。見えるのは敵の姿ではなく、敵をうち払う頼もしい仲間たちの背中である。
 特にレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は、紅い大剣をその細腕で降りまわし、ゴブリン数体をまとめてなで斬りにする悪魔的な戦いぶりを見せていた。
「低俗な身で私に手を出したこと……地獄の底で悔やみなさい」
 氷のような目でゴブリンたちをねめつけるレミアは、どうやら機嫌が悪そうだ。
 一方で、世良 杏奈(aa3447)は対照的に哄笑をあげながら魔法を連射して敵を葬っている。
「数が多くても所詮は雑魚! 面白いように爆ぜていく! 私達の敵ではないわ!」
 怪しい光をちらつかせる魔導書を片手に、楽しげにゴブリンを爆散させる赤ずくめの貴婦人から感じられるのは頼もしさとヤバみの二重奏。
「世良さんの魔法、広く攻撃できて便利ね。あっちの賢木さんなんてゴブリンでたき火してるし……」
(「俺達の武器では、1体ずつ確実に倒していくしかないな」)
 7体の式神で地道に戦う夜宵が杏奈から視線を移した先には、ゴブリンを薪にブルームフレアを燃えさからせて暖をとる賢木 守凪(aa2548)の姿がある。
「……寒いからな! それに敵を多く巻きこめるし、一石二鳥――」
 自分への視線を感じて、遊んでいるわけではないと主張しかけた守凪に、横合いからゴブリンが棍棒を振りあげて突進してきた。
 面食らった守凪は避けることもできずとっさに腕を掲げて防御態勢をとる。だが棍棒は守凪に触れる前に止まった。すんでのところで1発の銃弾がゴブリンの体を貫いたのだ。
 弾の軌道を守凪が目でたどると、笹山平介(aa0342)がアンチマテリアルライフルを構えていた腕を下ろし、平時と変わらぬ人のよい笑顔を守凪に返してきた。
「すみません。おせっかいしてしまいました♪」
「い、いや、助けられたのは事実だからな……礼は言うぞ! だが別に気を抜いていたわけじゃないからな! 任務中にそんな、ふざけるわけがないだろう……!」
(「賢木さん、もう聞いていませんよ?」)
 少し恥ずかしそうに平介に弁解しはじめた守凪に、共鳴下のイコイ(aa2548hero002)はまったく抑揚のない声でツッコむ。見れば、平介は再びライフルを構えて味方の援護を再開しているではないか。
「そ、そんなことはわかっている!」
(「でしたらなおのこと性質が悪いですね。頭のお医者様を紹介しましょうか?」)
「少し黙っていろ……っ!」
 チクチクと揚げ足取りで攻めてくるイコイを黙らせて、守凪はふたたびたき火……もとい敵の殲滅を再開した。
 ゴブリンは数こそ多かったが、脅威としては実に弱々しいものだった。
 しかもニノマエが群れの頭と思しきゴブリンを仕留めると、ただでさえ弱かったゴブリンたちは連携も失い、エージェントたちの猛攻に見る間に数を減らしていく。
「敵の加勢もない、か……あとはみんなに任せておけば、このまま収束しそうだな」
「頼りになるエージェントたちで助かったわ」
「同感だ」
 飛びかかってくるゴブリンを銀と黒の飛盾で弾き返してジェーンを守りつつ、久朗は仲間が粛々と敵を討っていくのを見つめ、安堵の息をもらした。

●銀世界

「先は長いからな、これで体を温めるといいだろう」
「カイロもありますのでよろしければ♪」
 ゴブリンを排除してひとときの安寧を得ると、守凪は酒甕に入れておいた熱いお茶をジェーンをはじめとした仲間たちに配りだし、それを見た平介も大量に持参したカイロを提供した。特に夜宵はいたくありがたがって、カイロは何枚も分けてもらった。
「みてよ英斗! あの笹山さんからカイロもらったわよ!」
「……相変わらずのミーハーぶりだな。カイロひとつでそんなに喜べるものなのか?」
 トップエージェント名鑑2016のページをひらきながらはしゃぐ夜宵に、英斗は首をひねるのみ。
「サインももらえないかな。真壁さんのも」
「任務中だぞ、夜宵。自重しろ」
 目をキラキラさせ、もはや仲間ではなくファンと化してしまっている夜宵に、英斗はしっかりと釘を刺しておく。
 そんな騒がしさからは離れ、ニノマエは守凪にもらったお茶を啜りながら、じっと雪景色の地平線をながめている。
(「まだ考えているのか?」)
「無事に切り抜けたとはいえ、なんだろうな……或いは車を止めた時点で敵の目的は達せられたのかもしれない、とかな」
(「中心部へ我々が到達するのを遅らせ、その時間を使って何かする……か? まあ、全てが一気に終息を迎えるわけではないからな」)
「なんかすっきりしねぇんだ。ゾーンの消滅を見届けられたら、少しは頭ン中の整理がつくだろうか」
 あてのない思考を続けてしまうニノマエに、ミツルギはそれ以上声をかけることはしなかった。
「さ、行きましょうか……♪」
 モスケールとオートマッピングシートを起動し、平介が全員を見回すと、仲間たちも各々うなずいた。そろそろ出発の頃合いだ。
 ちなみに久朗はウラル12の状態をチェックしていたが、残念ながら車は走れる状態ではなかった。ゴブリンの攻撃を幾度か受けてひどく破損していたのだ。雪上車のそばでジェーンを守るという行動はジェーンを守るうえでは良策だったが、足を確保するという面では裏目に出たようだ。
 厳しい行軍を乗り切るためにゼム ロバート(aa0342hero002)も再度共鳴しようと平介の幻想蝶に手を伸ばすが、その前に思い出したような顔でジェーンをふり返る。
「……気をつけろ」
「大丈夫よ。いちおう私も能力者のはしくれだもの」
「ならいい……」
 足元を指差してきたゼムの睨むような目つきに、ジェーンは一瞬当惑したがすぐにその奥にある気遣いの心を捉えると、何となく彼の性分を理解したようだった。

 風は止んでいる。雪もない。
 冷たい空気は透き通っていて、果てしない遠景までもくっきりと目に映ってくるようで、守凪は息をのんだ。視界一面の銀世界は、彼にとっては初めて接するものだった。
「圧巻、だな……。俺も足元に気を付けて行くか」
(「どうか転ばないように。二度と起き上がれなくなるかもしれませんからねぇ」)
「ふん、そんなことがあるものか」
 相変わらずイコイの言葉には無遠慮に心をひっかいてくるような険が感じられるが、景観に感動する守凪は今はさほど気にしなかった。
「……少し、写真を撮っておくか」
 守凪はそう言うとインスタントカメラを取り出し、ファインダーを覗く。ドロップゾーンの貴重な記録として、そして今回の冒険を乗り越えた証となると思って、幾度もシャッターを切る。
 パシャリと連続する小さな音を聞いて、少し前を歩いていた亮はふり返り、一心不乱に風景を切り取っている守凪の姿を見てつい頬をゆるめた。自分もスマートフォンで、ゾーンの景色を動画として撮影していたからだ。もっとも、亮の場合は感動というよりもいち資料として記録するという理由が主だが。
「しかし、思った以上にロシアに留まっていたな。もうすぐこの銀世界とおさらばできるってのが嬉しいね」
「長い戦いだったからな……」
 存外長いロシア逗留となったことに亮が苦笑すると、久朗もこの国での経験を思い返し、つぶやいた。
「爺さんにも無理させたし、寒いのはしばらく懲り懲りだ」
「……1ヶ月後には、暑いのは懲り懲りと言ってそうな気もするが」
「1ヶ月も我慢できるかねぇ、俺が」
 亮と久朗はそう言いあうと目を合わせ、ほんの少し笑った。
 そんなやりとりの一方で、ヴァルリアの遺物たるゾーンに漂うライヴスをその身に浴び、心中穏やかでない者たちもいた。
「この感じ……あいつのいいように動かされた時の感覚がよみがえってくるようで、腹が立ってくるわね」
(「皆に救ってもらわねば、今こうしてレミアと話せることもなかっただろうな。そう思えば、皆にはいくら感謝しても足りん」)
 ヴァルリアに邪英に堕とされ、エージェントたちと戦う駒とされたレミアと狒村 緋十郎(aa3678)は、いくら風景が良かろうがゾーン内を観賞する気分にはなれなかった。
 集団の先頭には、平介とニノマエがいて、スムーズな集団移動に一役買っていた。平介はモスケールを使って進路上にいる敵の大体の位置を見ての危険回避、ニノマエはサバイバルランタンを灯して荒天時でも仲間が目印とできるようにしている。
「少し……右前方にライヴスの反応がありますね。どうしましょうか?」
「避けられるなら避けたほうがいいんじゃないですか?」
「俺も同意見ですね。先も長そうだし消耗は避けたほうがいいでしょう」
「ですね♪ では少し左に進路をとりましょう♪」
 レーダーを確認して相談してきた平介に、夜宵とニノマエが接敵回避を意見し、それを受けてまた平介がレーダーを見てルートを探る。
 時折、戦闘を避けられないこともあったがそれも数回程度にすぎず、行軍は概ね順調であった。

●嵐天

 天候が荒れると、世界はろくに前も見られなくなる白い風に満ちた。ニノマエが持つランタンの灯がなければ、ともすれば集団が散り散りになりかねないほどに、大量の雪が降りこめる。
「これは厳しい寒さね……」
 ジェーンは体を包む冷気に大きく身震いした。
 そんな彼女に、亮と守凪は同時にサバイバルブランケットを差し出す。
「良かったら使ってくれ」
「1枚で足りなければこれも使え……お茶もまだ残っているからな!」
「あら……いいの? ならお言葉に甘えさせてもらうわね」
 2人に小さく頭を下げ、ジェーンはブランケットを2枚重ねで羽織る。体温を削るような風をしのげる贈物に、ジェーンは心の底から礼を送った。
「さ、寒い……!」
「ルナは大変そうね」
「寒くないなんて、うらやましい!」
 ガタガタと肩を震わせるルナ(aa3447hero001)に対して、レミアは平然とした表情である。彼女が感覚するはずの寒さはすべて緋十郎が自ら負っているので、彼女自身はなんともないのだ。
(「強烈な寒さだ……まるで……」)
 一方で、その身が凍てついていくような感覚に、緋十郎は愚神ヴァルヴァラの姿を思い描いていた。
 ここロシアで1度は再会し、そしてまたどこかへと消えた雪娘。
 彼女への感情は抑えようとしてもあふれてきて――。
「……あれ? いつのまに緋十郎に!?」
 突然、ルナの驚いた声が緋十郎の耳を打った。感情が高ぶりすぎ、気づかぬうちに緋十郎はレミアから肉体の主導権を奪っていたらしく、姿かたちは黒の外套以外がすっかり緋十郎のそれとなっていた。
「こ、これは……すまん! レミア、いま元に……」
(「いいわよ。歩くの面倒だったし、私の代わりに歩きなさい、緋十郎」)
 あわてて謝ってきた緋十郎の申し出を、レミアは至って冷静な声でやんわりと辞した。彼女の真意を測りかねて緋十郎はどうすべきか戸惑ったが、結局は彼女の言うとおりにした。

 ひたすらに進んでいると、次第に雪面の起伏が、移動の障害になるほど激しくなってきた。
 歩きづらい地形は文句のひとつも言ってやりたくなるほどきついが、久朗はその起伏をじっと観察してそこから何かしら知ることができないかと探る。
(「クロさん? どうしたんですか?」)
「……このゾーンは発生からかなりの期間この地域にあったようだから、長期間展開されていたゾーンがその場に及ぼす影響なども調べておきたいと思ってな」
(「そういえば、ヴァルリアが活動を始めた理由も……まだわかっていませんでしたよね」)
「ああ……」
 共鳴下のセラフィナ(aa0032hero001)と話しつつ、確認を続ける久朗だったが、結局彼が思うような価値のある情報は得られなかった。なにせこの地は雪以外にほとんど何もないのだ。ここから何かを知るのはあまりに至難というものだった。
 中心部へ近づいていくと、寒気はいっそう強まり、風と雪も勢いを増した。もはや移動もままならないかというひどさになると、夜宵は仲間たちに休憩を提案した。
「これじゃ移動は危険です。収まるまで待ちませんか? かまくらでも作れば、風もしのげると思うんですけど」
 夜宵の提案は少し突飛に感じられたが、休息するという点では非常に有効に思える。仲間たちはすぐに超人的な能力を駆使して大きなかまくらを作りあげた。
 風を防ぐ雪の壁と、夜宵のタスヒーンシールドの暖房でかまくら内はだいぶ過ごしやすい。なかには共鳴を解いて休む者もちらほらといた。
「そういやこいつを持ってきたんだ。みんなで食っとくといい」
「わ、ありがとうございます!」
 かまくらの外で周囲警戒に当たると言った亮は、幻想蝶からヴァシロピタを出して仲間たちに提供した。受け取った杏奈はすぐにそれを切り分けはじめて、さらに自身も幻想蝶からMM水筒を取り出す。
「こういう時もあるかと思って、私もあったかいスープを作って持ってきたんです。みんなで飲みましょ♪」
「僕も準備お手伝いしますね!」
「杏奈、あたしも手伝う!」
 セラフィナやルナと一緒に杏奈がヴァシロピタとスープを配りおえると、その場の空気は一気に和やかになる。狭い空間で同じ物を食せば人の距離も縮まろうというものだ。
「これ、世良さんの手作りですか?」
 スープを飲んだニノマエが杏奈に尋ねると、杏奈は少しばかりの不安を覗かせる目を返してきた。
「そうですけど……もしかして口に合わなかったりしましたか!?」
「いやそんなことはないです。むしろなんというか、人の温かみのこもる物を久しぶりに口にしたって感じで……オカワリクダサイ」
「あ、はい、どうぞ……!」
 空になったカップを両手で差し出してくるニノマエに、杏奈は笑って追加のスープを提供する。
 が、そんなほんわかシーンもルナの目を通せばちょっと違う意味を持つ。
「寂しい男を装って杏奈に近づこうとしてんじゃないわよ!」
「ぶはっっ!?」
 パァン、と小気味よい音。ルナのビンタがニノマエの頬に赤い手形を刻みつけていた!
 その後は、ルナはニノマエを連打するし、杏奈はルナを止めつつ謝り倒すしで、大変でした。
「騒がしいな……」
「にぎやか、と言うんじゃないでしょうか♪」
「俺は真壁の認識が正しいと思うがな……」
 ルナのひとり大乱闘を観戦しながら、久朗に平介、そして守凪はずずっ……とポタージュを味わっている。
 と、そこへスススッと寄ってくるのは、ミーハーJK夜宵である。
「あの! 真壁さん、道中の戦いお見事でしたね! 笹山さんと賢木さんも……やっぱり実戦での経験値が私達とは段違いなのかなぁ」
「どうだろうな……アドバイスなんかは得意じゃな――」
「ところでサインもらえませんか!?」
「……!?」
 突然にサインをねだられて、久朗はがっつりと動揺した。まさかの要求である。
 久朗はどう対応すればいいか迷ったが、最終的には夜宵の圧倒的目力に屈するかたちで彼なりのサインを書いてあげたらしい。
 かまくらの外では、見張りにあたっていた亮に、杏奈がヴァシロピタとスープを手渡していた。
「これどうぞ」
「おう、ありがとよ」
 亮がフラメアを小脇に置いて栄養摂取を始めると、杏奈はそっと歩いてかまくらの反対側を覗いた。そこには氷の直剣『雪姫』を握ってじっと立ち尽くす緋十郎がいる。
 亮のところに戻ってくると、杏奈は声を潜めた。
「緋十郎さん、様子が変ですよね……」
「確かに気にはなるな……だが何か言ってどうなるとも思えないからな。まあ見守るしかないだろうさ」
「ですね……」
 亮の答えに、杏奈も同感する。
 かまくらの反対側でそんな会話がなされているとも知らず、緋十郎はただ雪娘と会えることを願い、雪姫を見つめている。雪娘のライヴスに極めて近い性質を持つこの剣がひき合わせてくれるのでは……そんなひどく淡い期待にすがって、彼は行軍の間ずっと雪姫を握りつづけていた。
(「気持ちは分かるけど……ここに雪娘がいると予知されたわけでもないわ。つまりは……そういうことよ」)
 レミアは緋十郎の行いをたしなめこそするものの、止めはしなかった。
 今は気のすむようにさせるしかないと、わかっていた。

●長い冬が終わるとき
 休憩を終えたエージェントたちは険しい起伏を乗り越え、いつしか氷でできた水晶のような針葉樹が並ぶ樹林に足を踏み入れていた。
「なかなかに綺麗ね」
(「油断するな。奇襲に気をつけろ」)
「わかってるって。英斗はもうちょっとロマンチックな思考した方が生きてて楽しいわよ?」
 味気ない言葉で感動に水を差してくれた英斗を、夜宵はからかい半分にあしらう。
 幻想的な木立を進んでいくと、その先にはひらけた空間があった。樹林のなかにぽっかりと穴があいているように、そこにだけ木々がない。
「この辺りね。早速私の仕事に着手させてもらうけれど、ゾーンの規模を考えると相当長引くと思うわ……術式の間も、よろしく頼むわね」
 そう言うと、ジェーンは術式の陣を描くため、動きはじめる。
 結界破りの始動と連動して、エージェントたちはその術式を守りぬくための布陣に就いた。
「中心部ってのは臭いらしいな」
(「……たいして気になりはしないが?」)
 ジェーンに背を向け、敵襲への警戒にあたるニノマエは上空を見上げてミツルギとたわいない会話をしている。臭いってどこ情報だ。
(「時折声をかけて、集中が切れぬように手伝うぞ」)
「そうしてくれると助かる」
(「……慣れは油断を生む」)
 ミツルギの申し出は、ニノマエにはありがたかった。数時間はかかろうかという結界破りの術式なのだ、護衛として集中を保ちつづけるのは簡単なことではない。
「ゾーンブレイクを間近で見られるのは、貴重な体験ですね♪」
「ああ……しかし歩かなくていいのは助かるが、その分寒いな……」
 モスケールのチェックは忘れないながらもジェーンの術式に興味津々な平介の隣で、守凪はぶるっと肩を震わせた。体を絶えず動かしていた行軍より、今のほうがきついかもしれない。

 そして長い時がすぎ、日の光もないゾーン内で時間の感覚を失いかけたころ、労は報われた。
 エージェントたちは唐突に、空間を走る亀裂を感じた。目ではなく肌で。
 陣の中心で術式に集中していたジェーンを見やると、彼女は肩をすくめてうすく笑っていた。
 シベリアドロップゾーンを消滅させる術式は、無事に完遂されたのだ。
 数秒も経たないうちに吹き荒れていた雪と風が嘘のように消え去り、酷烈な寒気も薄れていく。上空の巨大な雪雲の天蓋はバラバラにちぎれ、やがて霧散していった。それを見たエージェントたちは、安堵感から大きく息を吐く。
 しかし、緋十郎だけは表情が晴れない。失せていく吹雪と冷気が、今の彼にはつらかった。
「会えずじまい、か……」
(「……」)
 雪娘への想いを口にした緋十郎に、レミアは何も言えなかった。
 そんな夫婦を尻目に、ルナは久しぶりの空の光に瞳を輝かせている。
「ゾーンブレイカーって、本当にドロップゾーンを壊せちゃうのね! すごーい!」
「お褒めにあずかり光栄だわ、お嬢さん」
 まるで大掛かりな奇術でも見たように声を弾ませるルナに、ジェーンは芸を魅せおえたパフォーマーのような大仰な礼を返した。そして目が合うと互いに笑った。
「これでロシアの人も安心! ですね」
「……まあ、吉報になるのは間違いないだろうな。ジェーンも、相変わらず見事な手並みだった」
「専門職だもの。下手をうってはいられないわ」
 長時間の作業をねぎらって声をかけてきたセラフィナと久朗に、ジェーンはさも当然というふうな顔をした。戦闘で足をひっぱる分は働くということだろうが、その表情にはゾーンブレイカーとしての自負心もうかがえる。
「相棒にもよろしく言っておいてくれ……と、そういえば名前を知らないな」
「そうか、そうよね。ジークムントって言うのよ、うちの困った英雄様は」
 結界破りの力の根源たる、英雄の名前を口にして、ジェーンは大きなため息をついた。ひどく臆病な性分のせいでほとんど幻想蝶にこもっているジークムントは、H.O.P.E.内でも直に顔を見た者はあまりいない。今も共鳴を解く気配はなさそうだ。
「では、そろそろここからお暇しましょう。迎えを要請したので途中で拾ってもらえるかもしれません♪」
 依頼完遂をH.O.P.E.に連絡していた平介が、通信を終えてから全員にそう言った。できることなら現在地まで迎えをよこしてほしいとエージェントたちは思ったが、ゾーンが消えても従魔が消えたわけではないのでそうもいかない。可能な限りこちらも移動しなければ。
 疲れた体を奮い立たせ、エージェントたちは長い長い行軍ルートを逆行していく。
「ふふふっ、ヴァルリアのゾーンを消滅させたとなれば私の知名度もうなぎ登りのはず! 2017年版の名鑑に載るのも夢じゃなくなるよね!」
「そんなことを企んでいたのか……」
 夜宵がそんな野望に燃えているとは、英斗は知らなかった。まさかトップエージェント名鑑を見るだけに飽き足らず、自分も載ろうと考えるとは、ミーハー魂ここに極まれり。
 ちなみにゾーンが消えたことで寒さは共鳴せずとも大丈夫な程度には収まったので、夜宵たちは共鳴していない。
 そしてシロガネも同じく共鳴せずにその足で雪の道を歩いている。
「オヤジはん、この銀世界を写真に撮ってもいいです?」
「いいが……どうしたよ」
「妹分へのお土産ですー。あの子は綺麗なもん好きですし」
「なるほどな……」
 飄然とした笑顔を向けるシロガネに、亮はスマートフォンを放って渡した。
 受け取った端末で雪景色をひたすらに撮りまくるシロガネは、ふとその手を止めてつぶやく。
「オヤジはんとおじいはんは今日見た景色の中で戦ってきたんやなぁ」
「おう。一緒に戦いたいっつってたのになかなかできなくて悪かったな、シロガネ」
「いーえ。おじいはんの方が役割が合ってただけです。自分も早よ追いつきますよって」
「ああ、頼んだ」
 亮の返事を聞くと、シロガネはにっと笑って、また大撮影会を再開する。
 画面に映る世界は訪れた時とはがらりと色を変えていて、雪や空気が空からの光を吸いこみ、にわかに輝きはじめていた。

 シベリアの冬が、ようやく終わる。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • Adjudicator
    シロガネaa1195hero002
    英雄|20才|男性|ブレ
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • Survivor
    イコイaa2548hero002
    英雄|26才|?|ソフィ
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
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