本部

一寸の花びらと共に

楓 俊平

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/05/12 15:04

掲示板

オープニング

●花の妖精?
 暖かい風と共に花びらが舞い上がる。それをジッと見つめていた人々から小さな歓声が上がる。
 都市から離れたこの街には、毎年春に観光客で賑わう場所がある。一種類ごとにブロック分けされた花とその間を通る遊歩道、丘の上は広い芝生が設けられ、普段からピクニックに来た家族連れがちらほら見受けられる。
 しかし、今その遊歩道には訪れた人が群がり、普段とは異なる賑わいかたをしていた。
 人々はカメラや携帯電話を掲げ、皆同じ方向を向いている。その視線の先には、風に揺られる白い花びらがあった。一寸ほどの小さな花びらが十数枚、風に揺られひらひらと舞っている。

 風が吹く間も、花びらはその場所や高さを大きく変えることなく、なんと風が止んでもなおひらひら舞い続けている。
 突然、すべての花びらが停止したかと思えば、一枚の花びらを中心に、残りの花びらが輪を作るように廻り始める。再びどよめく人々。写真や動画に収め、その非現実的で幻想的な光景の証拠を残そうとしている。
 またしばらくすると花びらたちは動きを変え、その度に人々から声が上がった。

 どこかで子供が親に尋ねる。
 妖精さんが居るの?と。

●みんなが笑顔になる作戦
「今回の依頼主は現地の観光協会、その内容は従魔の討伐と同時に、みなさんに一つパフォーマンスを演じて欲しい、というものです」
 完全に想定外の依頼内容を聞き、集まったエージェント達は状況の飲み込みが追いつかず、しばし呆然としている。
「この従魔は乗っ取った花びらのライヴスが尽きるころに、別の花びらへと乗り移っているようです。従魔が乗り移った花びらは、この映像からわかるようにわずかではありますが、青い光を放つことが確認されています」
 目前に展開された映像には、数十枚の花びらがまるで意志を持っているかのように舞っている。その中の一枚が仄かな光を放っていることが分かる。
「現在その周囲はこの従魔を、従魔と知らず観に来た観光客が集まっています。より多くのライヴスを求めてこの従魔が人に乗り移る前にこれを討伐することが重要ですが、H.O.P.Eとしては一般人がパニックに陥るような展開は避けたいところです。同時に、幸か不幸かこの従魔のおかげで賑わっているこの街としては、この件を事件として処理することで観光客が離れてしまうことは避けたい、とのことです」
 そのためには安全確保のために一般人を従魔から引き離す必要があります、と続けながら、現地の地図を表示させる。
「あくまで戦闘ではなく、一つの演目としてみなさんに登場していただきます。依頼が突発的な為、現地に用意できるものは何もありませんが、どうにか観光客の目を引き、この従魔から引き離して下さい」
 つまるところ即興で出し物を作れ。H.O.P.E芸能課にはアイドルとしてヒーローとしての活動も舞い込んでくるが、ここまで無計画な依頼も少ないだろう。
「従魔は戦闘力が非常に低く、同時に脆く、ライヴスを用いてさえいれば素手で撃破することも容易を思われます。討伐だけならさほど難しい依頼でもないでしょう。ですが、一般人の安全の確保と、従魔の撃破の双方が達成できれば報酬も支払う、とのことです。状況が状況だけに注意点の多い任務ですが……みなさんどうかよろしくお願いします」
 H.O.P.Eは信頼を、エージェント達は報酬を、観光客は楽しみを、街は活気を、だれにも損をさせない任務が開始された。

解説

目的:①人々を引き付けるパフォーマンスの展開②従魔による被害なく討伐 この2つを達成すれば成功です
従魔について:イマーゴ級、五ミリ以下の白い花びら一枚が従魔です。近くの他の花びらを操っていますが、本体はわずかに青く光る一枚のみです。人に軽傷を負わす能力すら持ち合わせていませんが、従魔という性質上、依り代のライヴスが尽きれば別の物や人に乗り移ろうとします。非常に弱くリンク状態で軽く触れるだけでも討伐可能です。
場所:小さな丘に複数種の花がブロックごとに分けて植えられています。その間は幅3メートル程の遊歩道になっており、一般人はいたるところに居ます。丘の上には芝生が広がっており、人は遊歩道に集中しているため、こちらは広いスペースを確保できます。激しい動きや飛び道具、範囲攻撃は使いどころを考えないと人や花に被害が出てしまうかも……

普段は戦闘に使っているスキルや武器も、見せ方次第では人々の目を引き付ける光景になるでしょう。自慢の連撃、一撃を仲間と組み合わせて一つのパフォーマンスを作り上げましょう。
終了後は丘でピクニックを楽しんでもOKです

リプレイ

●表の仕込み、裏の仕込み
「そちらの花の様に美しいレディ、愛らしいお嬢さん方、ぁー…そして幸運な紳士の皆さま…少しの間、足を止めてお聞き頂きたい」
 エージェント達が現地を訪れたとき、観光客の数は百に達しようとしていた。人で埋め尽くされた通路の一角で、クリストフ・マロリー(aa4806)の落ち着いた声が響く。
「今からちょっとしたパフォーマンスがございます。お時間に余裕がある方はどうぞ、一緒に楽しんでくださいませ」
 手にした花を女性に手渡しながらさりげなく観光客を誘導する。その横では君島 耿太郎(aa4682)がパフォーマンスの説明をしている。
「この後、歌と踊りのパフォーマンスをやるっすー!ダンスは皆さんにも参加して欲しい部分があるんでその踊り方を向こうで教えてるっすー!」
 そう言って耿太郎が示す先、芝生に覆われた丘の上では、華やかな衣装で着飾るアークトゥルス(aa4682hero001)とトリステス(aa4806hero001)が待機している。
 最初はキョトンとしていた観光客たちも、朗らかな紳士と無邪気で明るい少年の話を聞き、一人また一人と案内されるままに歩き出す。家族連れやカップルも多く、人混みの中から時折「ダンスだって!楽しそう」「踊れないんだけどなぁ」などと話す声も聞こえてきた。 
 そこからさほど遠くない茂みから一羽の鷹が飛び立つ。観光客たちはクリストフと耿太郎に気を取られ、誰一人その鷹には気が付かなかった。
 エージェント達の作戦は既に動き出していた。

『わ、面白そうー!』
 地上の様子を見てワクワクを隠しもしない都呂々 鴇(aa4954hero001)の声。
「だけど従魔相手だってこと、忘れないでね」
 新城 霰(aa4954)に注意され、鴇は『だいじょうぶだよー』と先ほどよりは落ち着いた声で返事をする。
 既に二人は共鳴しており、近くに人が居ないことを確認し「鷹の目」を使用した霰は、ライヴスで生成された鷹と視覚情報を共有し従魔を探していた。
 視覚が発達した鷹の目を通しても、たった数ミリの花びら一枚を探すことは困難だ。瞬くように揺れる青色を見つけたときには目がチカチカしていた。
 数枚の花びらがまるで遊んでいるかのようにひらひらと舞っている。その中央に青く光る一枚の花びら。情報通り五ミリにも満たない小さな花びらだった。
 同じように花びらに憑依した従魔が居ないかもう一度よく目を凝らすが、特に異変は見当たらない。
 今のところ順調だが、ここからが大変だ。
 鷹が消滅すると同時に霰はその場を後にし、観光客の誘導を手助けするべく歩き出した。

●自信なんかなくていい
 ――ちゃ、ちゃんとできるかな……。
 声に出せない不安で胸が押しつぶされそうだった。
『引き受けた以上やらねばなるまい。お前一人の問題ではないのだから』
 ――うう…とちって皆に迷惑かけたらどうしよう……。
 墓場鳥(aa4840hero001)に声をかけられてもナイチンゲール(aa4840)の不安は拭いきれなかった。
 パフォーマンス開始までまだ少し時間があるが、一秒一秒が残酷なほどの不安を引き連れて押し寄せてくる。あまり目立つわけにはいかないため人目を避けて待機しているが、一人で居る分不安もまた大きい。なんでやるって言っちゃんたんだろう……。そんなことさえ考え始めてしまう。
「一人で抱え込むな。俺達だって居るんだ」
「ひぅっ!」
 突然声をかけられ変な声が出てしまう。恥ずかしさで顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
 声をかけてきたのは赤城 龍哉(aa0090)だった。パフォーマンスで弾く曲を確認した後、剣劇の打ち合わせをすると言って離席していたがいつの間にか戻ってきたようだ。御神 恭也(aa0127)はもちろん、伊邪那美(aa0127hero001とヴァルトラウテ(aa0090hero001)も一緒だ。
『完璧じゃなくっていいんだよ。だってほら――』
 伊邪那美が指さす先には、観光客にダンスを教えるアークトゥルスとトリステスの姿があった。
『相手の足を少し踏んだくらいでどうということはない。楽しむのが一番大切だ』
『多少間違えても、楽しめることが一番ですもの』
 慣れないダンスに戸惑う人たちへ笑顔で応える。観光客も躓いたりよろけても、恥ずかしそうな笑みを浮かべ、また踊り出す。
『――ね?』
 楽しむのが一番。歌うことは楽しい。人前だとちょっと恥ずかしいけど……それでもやっぱり楽しい。
「あ、ありがとう……ございます……。まだ、ちょっと、緊張……してる、けど……頑張ります」
 アークトゥルスがトリステスに手を差し出す。そろそろ自分たちの出番だ。
「よし、じゃあ俺達も行くか」
 言うが早いか恭也は伊邪那美と共鳴する。龍哉も隣でヴァルトラウテと共鳴し待機している。
 本番だ。

●Shall We Dance?
『踊って頂けますか、レディ』
『ええ、私でよろしければ喜んで』
 観光客にダンスを教え終わると、アークトゥルスはトリステスの元へ歩み寄り、右手を差し出した。トリステスは微笑みながらそれに応え、差し出された手を取る。
 視線を合わせ、呼吸を合わせる。一瞬の間を置いて二人は合図もなしに息の合ったステップを踏み、優雅に手を伸ばし、踊り始める。秀でた技術を用いるわけではなく、あくまで観光客へ教えていた簡単な振り付けだ。それでも柔らかな表情と迷いない足の運びは、人々の視線を釘付けにするには十二分な魅力を発揮する。
「クリストフさん、手止まってるっす」
 いつの間にか横に立っていた耿太郎に声をかけられハッと我に返る。
「……綺麗だろう?僕は綺麗なものが好きなんだ」
 通路に居た観光客はおおよそ芝生に誘導できているが、あとから訪れる人も居るだろう。少しでも広場に誘導しやすいよう、そして景観を乱さないよう注意を払いながら即席で仕切りを作っていた手を再び動かし始める。
 先ほどの言葉は誤魔化しではなく本心だ。美しい物が好きで「彼女」に惚れたのだから。
「お疲れ様。おかげで誰にも見つからずに済んだよ」
 索敵を引き受けていた霰と鴇だ。報告を聞き、この先の動きに支障が無いか確認をすると、耿太郎は「よろしく頼むっすー!」と言い残し去って行った。
 霰も再び観光客の誘導へと戻り、クリストフは手にしたリボンを結ぶ。
 広場ではアークトゥルスとトリステスのダンスが終わり、人々の拍手に囲まれながら一礼をし退場するところだった。
 わざと大きく動きながら踊ったことで観光客の輪は広がっており、花から注意を逸らすと同時に丘にも広いスペースが確保されている。そして次の役者へと舞台は引き継がれた。
 そこまで見届けてから、クリストフは「出番」に向けて人混みの中へと消えたのだった。

 退場する二人の先に影が三つ。
 拍手を送っていた観客は、自然とそのタイミングで彼らに気が付いた。
 目立つ位置まで歩み出た龍哉と恭也は向き合い、静かに抜刀するとそのまま互いの刃を合わせる。
 拍手は止み、観客は期待の眼差しで彼らを見つめる。
 そのさらに奥で竪琴を構えるナイチンゲール。
 深く息を吸い込み、景色と曲をイメージする。
 不思議と緊張は感じなかった。ただのびのびと、ありのまま思ったことを表現する。それだけ。
 三人の呼吸がピタリとあった瞬間、龍哉が声を張り上げる。
「さぁ、始めようか。見事舞い切れるかご覧あれ!」
 言うが早いか、恭也と龍哉の気合いと共に初撃が繰り出される。同時にナイチンゲールの演奏が始まり、観客から「おおっ……!」と感嘆の声が上がる。
 
 初撃は互いに大振りの一撃。無論、全力で振らずにわざと体を大きく使い、普段より格段にゆっくり振る。
 刃と刃がぶつかり火花を散らす。数瞬の鍔競り合いを挟み、互いに数歩引くとすかさず「疾風怒濤」が炸裂。互いの剣閃を弾かず、逸らしているように見せ、龍哉は最後の一撃をキャンセルし大きく飛び退く。それに対し恭也は、空降りした剣を無理に持ち上げず、慣性を利用して体を弾きだして間合いを詰める。
 観客の目の前で火花が散り、悲鳴と歓声が混ざったような声が上がる。
 恭也を押し返し、続いて龍哉が飛び出す。右上段からの袈裟斬りを剣の腹で逸らし、龍哉の後ろを取るが早いか横一閃。地面に這うほどまで姿勢を低くして躱した龍哉は姿勢を戻す勢いに全身を乗せ、前方へ大きく跳躍すると同時に空中から斬りかかる。その下を滑るようにすれ違い、龍哉より一瞬早く体勢を立て直した恭也は、着地直後の隙だらけの背中に斬りかかる。龍哉は向き直ろうともせず、担ぐように構えた大剣を両手でしっかりと握り、背中を向けたまま斬撃を受け、わずかな手首の動きで流して見せる。
 剣と剣がぶつかるたびに歓声が上がり、後から訪れた人も自然と観客の輪へ吸い込まれていった。

 曲は始めこそアップテンプポだったが、次第に落ち着き、剣劇もそれに合わせて激しい動きを抑えていく。
 やがて龍哉と恭也は、初めと同じく刃を合わせて動きを止める。 
 少し遅れて演奏も一度止まり、同時に二人が納刀すると弾けるような拍手が贈られた。
 その拍手を背に、二人の剣士はその場を離れていった。

「やれやれ、これでは消化不良だな……」
「ああ、手加減するのはどうにも性に合わないな……」
『もぅ~、これは龍哉ちゃんと武を競う為じゃなくて、皆の注目を集める為だって事を忘れないでよね』
『自分たちが楽しむのも大事ですが、目的だけは忘れないで欲しいですわ』
 観客の姿が見えなくなると思わず愚痴が零れてしまう。すかさず伊邪那美とヴァルトラウテのツッコミが入る。
「むぅ……大丈夫だ、忘れたりはしてない」
「あ……当たり前だ、忘れるわけないだろ」
『はぁ……武に関しては年相応っていうか、子供みたいになるんだから』
 あれだけ客席が沸いたということは出し物としては成功のハズだ。それでもやはり剣と剣を交えるならもう少し力を込めたかったと、恭也は心の中で嘆く。
 丘の上では二人と入れ替わりでトリステスが加わり、竪琴による二重奏が繰り広げられている。
「おつかれっす!二人ともカッコよかったっす!」
 人の少なくなった通路を通って耿太郎が現れる。手にしたペットボトルを二人に配り、情報の共有を始める。
「従魔は情報通りの場所から動いてないっす。付近の一般人は、霰さんと鴇さんが芝生の方へ誘導しきって、クリストフさんが目印になる飾りを近くに用意してるっす。それで――」
 この先の指示が伝えられ、龍哉と恭也が頷く。
「――って感じで、よろしくっす!」
「「おう!」」

 ナイチンゲールの演奏がフェードアウトし、トリステスのソロ演奏が始まる。
 改めてあたりを見渡したナイチンゲールは、風に揺られるリボンを見つけた。
 おそらくクリストフが仕切り用に使ったリボンと思われるが、なぜあんなところに……。
 ……ふと、そのリボンの近くで何かが瞬いたような気がした。いや、気のせいではない。仄かに光る青色、ひらひら舞う白。従魔がそこに居るのだ。
 その奥、通路を歩くアークトゥルスと目が合う。そのリボンを指し、そこに行けと伝えているようだ。
 傍らで演奏を続けるトリステスを見る。周りから不自然に見えないよう視線こそ合わせないが、小さく頷く。
 最後の演出に向け着々と状況は進みつつある。ナイチンゲールもまた、覚悟を決め歩き始めた。

 曲調が変わると同時に、霰が広場に現れる。
 指先まで真っ直ぐと伸ばしてポージングをとり、演奏に合わせて舞い始める。
 初めにアークトゥルスとトリステスが見せたものとは違い、鴇と霰の能力を最大まで発揮した舞いは、時に繊細に、時に力強く、曲調と共に変化する。
 演奏するトリステスもメロディーを変え、リズムを変え、霰と共に一つの芸術へと昇華させる。
 表情・感情までもが曲と踊りに乗せられ、広場を包み込む。
 誰も何も言わず、ただ見守る中で、演奏は激しさを増し、舞いはキレを保ったまま細かなステップとなり、そして唐突に終わった。
 その時になって初めて、観客は呼吸も忘れて見入っていたことに気が付き、深い呼吸と共に拍手を送る。
 トリステスと霰が一礼し、その場を後にする。霰はそのまま観客の元に向かい、トリステスはナイチンゲールの隣へ移動する。

 再びトリステスの演奏が始まると、観客の中からクリストフが観光客の手を引き姿を見せる。
 別の場所では耿太郎とアークトゥルスが、それぞれ近くの観光客へ手を差し出す。
「皆さまも、どうかご一緒に……!」
 クリストフが声をかけると、半円を描くように集まっていた観客の中から一人、また一人と歩み出て、手を取り合う。
 あっという間に広場は手を取り合って踊る人々で賑わい始める。
 そして、ナイチンゲールが大きく息を吸う。
 両手は胸の前で握り、目を閉じ、静かに歌い始める。

 ――妖気を醸す風でいるより

 澄んだ声が響き渡る。

 ――陽気に薫る園舞え

 ゆっくりと目を開いたナイチンゲールは、優しく微笑みながらあたりを見渡す。

 ――数多の言の葉尽くすより

 踊る人も、見る人も、誰も彼もが笑顔だ。

 ――那由他の花誘い踊れ

 手を大きく広げる。この空間をも抱きしめようとするように。
 
 ――儚く蒼く瞬く白

 そのままゆっくりとその場で回り、従魔が移動していないことをこっそり確認する。青い花びらは先ほどと同じ場所で、同じように数十枚の花びらと舞っている。

 ――奇し幽し美し移ろいし

 その正体が従魔と分かっていてもなおナイチンゲールには、まるで花びらの妖精が遊んでいるように見えた。
 正面に向き直る刹那、幻想蝶がナイチンゲールの周囲をひらひらと舞う。
 ゆっくり手を伸ばし、幻想蝶に触れる。よく頑張ったな、そう聞こえた気がした。ナイチンゲールの身体を光が包み込む。
 伴奏は勢いを増し、それを合図に霰がナイチンゲールたちの前に現れる。

 ――春を寿ぐ蝶なりしと

 光が弾け、墓場鳥との共鳴を果たしたナイチンゲールが姿を見せると、幾度目かの感嘆の声が上がる。弾けた光はトリステスと霰にも降りかかり光のシャワーを演出する。

 ――螺旋の夢描く妖精

 身軽さを生かし、まるでフィギュアスケートのようなスピンを見せる霰。トリステスも全身を使って大きく演奏して見せる。

 ――たかがひとひら されどひとかど

 一般人に紛れて踊るクリストフ、耿太郎、アークトゥルスも、観客を誘導しながら、踊りながら、明るい笑みを浮かべている。

 ――悪戯に奇跡運ぶ

 広場には二人一組で踊る人々が多く居るが、ナイチンゲールとトリステスの周囲は霰が動き周っていたため多少のスペースを確保できている。そして丘をすべてを囲むように並ぶ観光客。ナイチンゲール達の背後に居る従魔は動いていない。二つの意味で予定通りだ。
 間奏へと入ると、アークトゥルスが霰と場所を代わり、トリステスの演奏に合わせて踊って見せる。少し遅れて耿太郎が飛び出し、アークトゥルスに合わせてステップを踏む。
 黄色い声援が飛び交う中、クリストフまでもが負けじと加わり、霰まで戻ってくる。
 トリステスが曲調を変えると、それに従い四人の動きが変わる。少しリズムに馴染んできたところで再び変調。トリステスによるちょっとしたイタズラは数分続き、次第に汗ばむ四人の姿に笑いと声援が飛ぶ。
 そして歌はクライマックスへ向けて一層の盛り上がりを見せる。
 踊り手たちと入れ替わりで、龍哉と恭也が再び登場する。
 長い助走から繰り出された一撃が交差し火花を散らす。
 
 ――遍く淡く眩く耀く

 擦れ違うように切り結んだ二人は、わざと勢いを殺さずに芝生の上を滑る。一陣の風を纏った彼らが通る後に、散った花びらが巻き上げられる。
 再び加速し始めた二人は、舞った花びらが地面に落ちるより早く次の剣戟を繰り出し、次々と花びらを舞わせる。

 ――伝うて集うて纏うて惑うて

 ついには舞い上がった花びらが剣に纏わりつくように舞い、剣閃を辿る。
 ラストサビに向け、ナイチンゲールがリンクバリアを展開する。ライヴスによって作られたバリアは丘を包み込み、太陽の光を乱反射して幻想的な空間を生み出す。
 誰もが油断していたわけではないが、あまりに美しいその景色に一瞬気を取られ、そこに従魔を誰も見ていない時間が存在した。

 ――春を飾る妙なりしと

 気が付いた時にはエージェント達の上空に弱々しく微かに青く光る花びらがあった。さっきまでと異なり数十枚の花びらを従えている。
 真っ先に気が付いた龍哉が恭也にアイコンタクトで知らせる。状況を把握した恭也が頷く。

 ――希望の抄手折る花盗人

 大きく距離を取った二人は気合いと共に空中へ飛び出す。互いの電光石火が宙で交差し、今までにない激しい火花を散らす。だがそこに肝心の花びらが捉えられていない。

(!?どこだ……!)

 慌てて見渡した二人の真下、力なく落下していく花びらが見えた。慣性に逆らえず、空中ですれ違った二人は最後まで花びらから目を離さなかった。他のメンバーも気が付いたようだ。

 ――たかがひとひらでは物足りず

 なりふり構わず攻撃を繰り出すべきか、パフォーマンスを成功させるべきか。そこにまた一瞬の戸惑いが生まれる。

 ――花塵の繚乱を呼ぶ

 落下し続けていく花びら。引き連れていた花びらも、次々と力を失ったように落下を始める。
 その先でただじっとそれを見つめる目。
 やがてゆっくりと手を差し出し――

 ――そして手の中

 ナイチンゲールの手のひらに触れた花びらは、僅かに震えたかと思うと青色を失った。そこには僅か一寸ほどの白い花びらが残されていた……。

●花咲く丘で 
「なんとか騒ぎにせずに済んだか……」
 任務を終え、芝生に寝転がる龍哉がふと呟いた。
『人混みに紛れられたら手の打ちようを無くすところでしたわ』
 隣に立つヴァルトラウテも、ほっと胸をなで下ろしていた。
「結局あの従魔は何がしたかったんだろうな」
 龍哉の隣に座る恭也が疑問を投げかける。
『そんなのわかんないよー』
 伊邪那美の返事は最もだ。従魔が何を考えているか、そもそも何か意志・思考を持っていたかすら分からない。
「たぶん……あの従魔はナイチンゲールさんのリンクバリアで瀕死だったと思うっす」
「ふえぇっ!?」
 耿太郎が突然話題に挙げ、ナイチンゲールは驚きのあまり声を上げる。
『俺もそう感じた。弱い従魔だったから、バリアを構成するライヴスにも耐えれなかったんだと思う』
 最後に残された力を振り絞って移動をしたが、依り代を見つける前に息絶えた。状況を思い出すとなんとなくそんな気がしてくる。
『まあまあ。依頼は終わったんだからゆっくりしていきましょうよー。……霰さん?』
 鴇がのんびりとした声で提案するが、霰は何か調べものをしているのか端末を操作している。
「あぁ、ごめん鴇ちゃん」
『何をしてるのですか?』
「これ」
 霰が見せた画面には、白い花の写真が映されていた。
 地面の際から細い枝に分かれ、小さな五つの花びらを持つ花を付けている。花は枝全体を覆うようにぎっしりと咲き、まるで白いマフラーのようになっている。
「従魔が宿っていた花、気になって調べてみたの。ユキヤナギって言うんだって」
『花言葉は自由・殊勝・愛らしさ、でしたか?』
 トリステスが、足元に落ちていたユキヤナギの花びらを拾う。
「愛らしさ。あの従魔にもぴったりの言葉だね」
 クリストフは満足気な笑みを浮かべていた。
 たわわに花を付けた枝は、風が吹くたびに揺れる。そのなか一枚の花びらが風に攫われ、宙を舞い、丘の上を駆け抜ける。もう二度と会うことのない花びらに思いを馳せ、彼らは日常へと戻るのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • エージェント
    クリストフ・マロリーaa4806
    人間|68才|男性|命中
  • エージェント
    トリステスaa4806hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 闇に光の道標を
    新城 霰aa4954
    獣人|26才|女性|回避
  • エージェント
    都呂々 鴇aa4954hero001
    英雄|16才|男性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る