本部

白いパティシエールのスイーツ宮殿

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/03/19 19:13

掲示板

オープニング


●鍵
 ミュシャ・ラインハルト(az0004)の剣が触れる前に従魔は霧散した。
「な……っ!?」
 振り下ろした剣の勢いを殺し切れず、たたらを踏むミュシャ。
 カシャン。従魔が消えたその場所から何かが地面へと転がり落ち、誰かがそれを拾い上げた。
「灰墨さん!」
 共鳴姿のミュシャは同じく共鳴姿の灰墨信義(az0055)を睨む。
 涼しい顔で灰墨は拾い上げた物────小さな金の鍵を空に翳した。
「ミュシャ君、従魔退治ご苦労様。私が追いかける手間が省けたよ。礼を言う」
 笑う信義にミュシャは剣先を向ける詰め寄る。
「その従魔はあたしが見つけてここまで戦って来た。”そちら”絡みなら、せめてそれについて教えて貰おう」
「大したことではないよ。輸送中のちょっとした品が盗まれてね。それを追ってただけさ」
「その鍵か?」
「そう、鍵と────」
 その瞬間、鍵が眩く輝きだした。
「ヤバい!」
 慌てた信義がミュシャを蹴り飛ばした。
 次の瞬間、その場には金の鍵だけが残された。



●鍵の部屋
「調べてみたんだけど、これはライヴスに反応するオーパーツみたいだね」
 金の鍵をつまみ上げた研究者の男────ジョン・スミスは呑気に呟いた。
「やはりオーパーツですか」
 強めのくせ毛で分厚い眼鏡をかけた背の研究者は厳しい顔をしたミュシャに笑顔を見せた。
「オーパーツは専門外だけど、ちょうど今H.O.P.E.にコレに関する依頼が改めて来たところなんだ。
 パラダイム・クロウ社からなんだけどオーパーツが盗まれたようでね」
 広げられた資料にはジョンの持つシンプルな金の鍵と、金の錠の写真が印刷されていた。
 隣に書かれた解説によると、この鍵と錠はライヴスを使って現世界と隔離された小さな部屋を作るものらしい。
「従魔を倒したライヴスとかそういうのに反応しちゃったのかなあ……。とりあえず、人工的にライヴスに似たモノを流して強制的に動かせるみたいだからさ、ちょっと中に入って飲み込まれたエージェントを助けておいでよ。
 パラダイム・クロウ社の人によれば、中に取り込まれた研究員さんと会えば簡単に外に出る方法はわかるらしいから」
 ため息をついてからミュシャは頷き、室内に集められたエージェントたちの顔を見回した。
「人命救助だ。よろしく頼む」



●錠のありか
 あちこちにふんだんに使われたレースはシュガーレース、至る所に糸飴(シュクル・フィレ)の煌めくオブジェ、マシュマロのソファー……庭の水滴は水晶の様な透明度を誇る寒天を混ぜた餅。
 僅かに千切ったそれを齧ってから信義は顔をしかめた。
「ふふ、美味しいわね」
 ライラが微笑むと、信義は苦い顔で空を見上げた。
「愚神の手を借りなくても、そのままのパティシエールで居ればよかったのにな」
 鍵によって導かれたそこは広大な城であった。玄関ホールに飾られた絵にはドイツの有名な城が描かれており、それを意識して”作っている”ようだった。
 ────そう、その城は今まさに作られている最中であった。
 中庭から見上げた空には二本の巨大な白い手がせわしなく動いている。
 肘から指先まで宝石の散りばめられたシロツメクサのボディージュエリーが施されており、手首から指先はタトゥーでシロツメクサが描かれている。
「あれが、行方不明のパティシエールか」
「情報提供者によると、まだ愚神化はしていないようよ」
「そんなことってあり得るのか」
 奪われたオーパーツを追う過程で、信義たちはオーパーツが創り出した空間にドロップゾーンを作り棲む愚神についての情報を得ていた。
 行方不明の天才パティシエールの幡野 仁実(はたの ひとみ)と、彼女を利用している愚神のジャック。
 ここで幡野はお菓子を作り、ジャックはそのお菓子を愚神化して現世へと送り出していた。
「だが、あれはもう長くないな」
 ちらりと覗いた白髪の美女の顔を見て信義は呟いた。
 資料として事前に見た幡野より大分美しいが、髪は白く、もはや人とは思えない儚さが漂っている。
「このドロップゾーンのルールは人を小さくするのと、あとはなんだ?」
「時を遅らせる……かしらね? あの子ひとりのための結界よ。どうする? 倒しに行く?」
「俺たちだけじゃな。待てば……お人よしのH.O.P.E.のエージェントたちが来るんじゃないのか」
「期待しましょう────それより、モンスターが来たわ」
 ライラの言葉で信義は城の中庭にシフォンケーキとクッキーのゴーレムがそれぞれ一体ずつ現れたのに気が付き、即座に共鳴する。
「菓子が嫌いになりそうだ」



●事件が起きる少し前のある日のこと
「えっ?」
『ボクもそろそろ外に出たいなあって』
「よく出てるじゃない」
 お菓子を作りながら、白いパティシエール────幡野は言った。
 彼女の手はシロツメクサの模様と化したジャックが同化しているが、それはいつもというわけではなく、彼は時々幡野が作ったスイーツを持ってこの部屋から出て行く。
『そうなんだけど、ボク、キミと一緒に出たくてさ』
 退屈そうにジャックはいつもの決まりの台詞を口にする。
『そろそろ、あの契約の蜜を飲んで欲しいなあ……』
 ジャックが言うのは部屋の大部分を占めるテーブルの片隅に乗った黄金色の液体の詰まったガラス瓶である。
「あれを飲まないと誓約も共鳴も出来ないって言うけど、実際、今、共鳴できているじゃない」
『完璧じゃないんだ……ほら、もっと完璧に共鳴したらもっと素晴らしいスイーツも作れるし、きっと君の心は満足すると思うよ?』
 ────幡野はずっとジャックを”英雄”であると勘違いしていた。
 天才パティシエールと言われた幡野は酷いスランプに陥っていた。
 その時に現れたジャックと”誓約”し、彼の力を借りてここで”異世界”の技術で新しい菓子を作り続けていた。
「────満足、ね……。そうね、最後に大作を作ったら、もう……いいかな」
 手を止めた幡野を、彼女の手に”憑依”したジャックは眺める。
 ────早くしろよ、僕はもう飽きたんだよ。
 実は、ジャックは愚神である。強くはないが”憑依”と甘言で人を誑かすのを得意とする。一年前に幡野と会った彼は彼女の菓子に興味を持って近づいた。そして、今日まで菓子作りを眺め、菓子を使って人々のライヴスを奪うのを楽しんでいた。
 けれども、彼は非情で身勝手な愚神である。
 彼女が彼女自身である限り創造を挑戦を続けるだろうと、ずっと身体を乗っ取りはしなかったが、最近、この遊びにも飽きてきた。
 ────さっさとヒトのライヴスを与えて愚神化してしまおう。
 乗っ取るのは容易い。けれども、自ら道を過ちを犯すよう仕向けたい……それが、ジャックの悪趣味な嗜好であった。
『何を作りたいのかな?』
 ジャックの言葉に幡野は美しい横顔を輝かせて答えた。
「ノイシュヴァンシュタイン城」
『ちょっとまって』

解説

目的:愚神を倒し幡野仁美を助ける

ステージ:お菓子のお城
オーパーツによって作られた十畳程の部屋に作られたドロップゾーン
入ると幡野以外、全員小さくなる(頭身、外見は変わらない)
PCたちは広い机の上に作られたお菓子の城の中、玄関ホールに飛ばされる
バルコニーに辿り着くまで不思議な力で中庭以外の外には出れない
お菓子の城はアレンジにより現物とは違う※食べても害は無い
大まかに玄関ホール→中庭(上空に手が見えるが近寄れない)→(階段)→玉座の間→(階段)→バルコニー(戦闘)


●敵(下記の情報は信義よりPCに説明)
・手:お菓子を作り続ける白髪の美女、の手
小さくなったPCには3mほどの巨大な手である。腕までは大体7m

・花契約の愚神 ジャック・クローバー(デクリオ級)
自身は弱いが甘言で誑かすのが得意で相手がもがく姿を観察するのを好む
固有スキルは『憑依』(BS扱い)とサンダーランス相当の雷攻撃、そしてお菓子の従魔化

・白いパティシエール
新進気鋭のパティシエール、幡野 仁実(人間)本人
スランプ時に愚神ジャックに異世界のお菓子の知識と技術と引き換えに契約を持ちかけられ英雄と勘違いして契約した。
ライヴスの摂取を拒否しスイーツのみで生きており、外見は美しいが身体の中身はぼろぼろで彼女が人では無くなるのもそう遠くない……。

・シロツメクサの契約:幡野の手を覆うボディージュエリー。愚神ジャックが姿を変えたもの。
彼女の腕と同化しており、ジャックのHPを大きく超えてダメージを与えれば幡野の腕は失われる。

・場内従魔
菓子ゴーレム、綿飴ゴースト、グミスライム等(数体、ミーレス級で弱い)


●オーパーツ”孤独の鍵””幽世の錠”
現世界から切り離された空間を作る。ただし、現在は愚神の力が加わったことにより暴走中。
鍵はジョンが持ち、錠は白いパティシエールが持つ
愚神を倒すと自動的に錠を入手、脱出
事件後、オーパーツはしかるべきところに保管

リプレイ

●お菓子の城のパティシエール
 オーパーツを強制稼働させて移動したそこは豪奢なホールだった。背後に扉があることから玄関ホールか何かなのだろうが、日常とはかけ離れ過ぎて、まるで階段からお姫様か王子様でも現われるような錯覚さえ覚える。
 周囲を見渡していた紫 征四郎(aa0076)が顔を輝かせた。
「お菓子のお城! すっごく綺麗で、可愛いのです!」
 それは凝った額に収められた二枚の絵であった。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城とそれにどこか似たファンタジー風の城の絵の設計図────。
「おおー! 本当だ、可愛い可愛い!」
「食品ペーパーに印刷してあるな。つまり、食べられるってことだ」
 はしゃぐオーリャ(aa4420hero002)の隣で絵を観察していたパティシエのヘンリー・クラウン(aa0636)が呟く。
「どういうことだ? これがオーパーツの中の世界ということか?」
 ミュシャが眉を顰める。
「正しくて、正しくないって感じだな」
 にこやかに片手を上げて現れた信義に、ミュシャは冷たい視線を投げつける。
「救出に来てやったのに、なんて態度だ」
「それはすまなかった。私としては丁寧に対応したつもりなんだけどね」
「ここは、オーパーツが作り出した”部屋”に作られたドロップゾーンの中心に在るお菓子の城────の、中なのよ」
 信義の後ろから現れたライラが説明する。


「ミュシャ君が倒したのはジャックの手下の従魔なの。そして、ワタシたちは小さく縮んでドロップゾーンの奥地へ飛ばされたってわけね」
 先へ進みながら、ライラは幡野 仁実と愚神ジャックについて説明した。
 アーチが見えるとそこに広がる光景に歓声が上がる。
 そこは中庭であり、シュクル・フィレとゼリーの噴水やフォンダン、チョコレートで作られた色とりどりの花。アップルパイの大ぶりな薔薇まであった。
「実在の城とは違うようだが中々綺麗だろう? ミーレス級従魔も出て来る遊園地だ」
 中庭で振り返ると城の一部がよく見えた。
「ここも可愛い!」
「全く……はしゃぐのは構いませんが、あまり先行しない様に」
 きゃっきゃっと喜ぶオーリャをリジー・V・ヒルデブラント(aa4420)は仕方ないとばかりに見守る。
 確かに、お菓子で作られたお城は幻想的で可愛らしかった。
 オーリャは時々リジーに手を振りながら、にまにまとした笑みを堪えきれない様子で嬉しそうにお菓子の庭を駆け回る。
「『ここは様々な騒めきや甘い空気に満ちている。それらは喜びを与えるものではあるが』────すべてに害は無いと言えるんですの?」
 空にちらちらと見えるボディージュエリーを散らばめた巨大なパティシエールの手を見ながらそらんじる、ビスク・ドールのようなリジーの姿は華麗な城の景色に良く合っていた。
「お菓子の……城……!!!」
「杏奈、目が輝いてますわ!?」
「わぁ、とても美味しそうなお城だね~」
 嬉しそうな大門寺 杏奈(aa4314)とそんなパートナーに慌てるレミ=ウィンズ(aa4314hero002)。そして、甘い香りに包まれながらうっとりとした顔になる葉月 桜(aa3674)。
「まるでメルヘンな世界だな」
 英雄の伊集院 翼(aa3674hero001)がそう評すると、桜はうっとりと言った。
「ここの建物って食べても大丈夫だよねー?」
「特に害はないとは思うがあまり食べすぎるなよ」
 桜と翼の横で一緒に依頼を受けたヘンリーが携帯していた調理器具を思い浮かべる。
「持ってきて良かったな」
 英雄のコトノハ(aa0636hero001)は彼の意図することに気付いてはっとする。
「それって……」
「ああ、お城のお菓子を調理できたらいいなと思ってな……」
 ここのお菓子で更にデザートを作れないか考えるヘンリーに呆れるコトノハ。
 彼の言葉でさらに胸をときめかせる恋人の桜。
「ボク、もしかしたら暴食の女王になれるかも」
「それはどうなんだろうな……」
 友人でヘンリーの作るデザートを食べたことがある杏奈。更に先程の桜と翼の会話も聞いている。
 パートナーの様子に慌てるレミ。
「杏奈、目が輝いてますわ!?」
「ん。実はね、ずっと夢見てたんだ」
 お菓子の城を指す杏奈。甘いものに目が無い杏奈の嬉しそうな様子に、一時の無口な彼女を知っているレミが微笑みを浮かべた。そして、レミは噴水の水面のあちこちに散りばめられた宝石のような琥珀糖を一粒すくい上げて杏奈に渡す。
「杏奈は甘いお菓子大好きですものね♪ いくら弱いとはいえ従魔もいるようですし、体も小さくなっていますわ。注意しながら参りましょう」
「もちろん」
 木霊・C・リュカ(aa0068)は不思議そうに壁に飾られたマカロンを口にしてみる。自身が縮んでいるのでマカロンが少し大きいが、サクッとした表面と中のしっとりとしたジャムが絶品で簡単に完食することができた。
「やあやあ、凄いねぇ! お兄さん達がヘンゼルとグレーテルなのかな?」
 感心するリュカ。
 チョコレートの花を摘まんだオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)もその味に思わず微笑を浮かべた。
 そんなオリヴィエを見たユエリャン・李(aa0076hero002)も庭の花に手を伸ばしてみる。それは練り切りで作った淡い青紫のカーネーションだった。
「なるほど、なるほど。これらがかの母の子らという訳か。我輩は甘い物は好かぬが、そのぱてぃしえーるには好感が持てる」
 そんなエージェントたちの様子に信義はいつもの食えない笑顔を浮かべる。
「どれも食べられるようだから食い倒れたければご自由に。
 ただ、ここの愚神のジャックは弱いが甘言で誑かすのが得意で相手が苦しみもがく姿を観察するのを好むそうだ。ゆっくりしていると幡野君は愚神化するか、死ぬだろうな」
「甘言? ふふーふ、任せなさい」
 リュカが信義とは違ったにこやかな笑顔を浮かべる。
「このお城の甘さには負けるけど、一年以上かかって一人の女の子も口説き落とせない男(グライヴァー)には負けないんだから!」
 琥珀糖を口に入れた征四郎がぱっとリュカを見上げる。
「では、説得は色男に任せるとして────」
 ユエリャンが優雅に征四郎の前に跪いてアンクレットの幻想蝶に触れる。征四郎がそれに応え、共鳴したユエリャンが《鷹の目》を飛ばした。
 ユエリャン自身と同じ比率に縮んだ小さな鷹が舞い上がると、部屋の全景がユエリャンの目に飛び込む。
 幸い、その大きさのお陰で誰にも気づかれないらしい。
 製菓のための道具や器具だけがやけに充実した、それだけの部屋。全体的に白く、広さは十畳程で部屋の大部分を占める作業台のような大きなテーブルに作りかけのお菓子の城。
『契約の蜜が干からびちゃうよ』
「ライヴスなんでしょ。消費期限なんてないんじゃないの」
『まあね……でも、完璧な”共鳴”が出来ればもっと素晴らしいお菓子が作れるんだ。そのよくわからないキミの悩みからも解放されるよ』
「このお城が完成したら、ね」
 白髪の美女とどこからか聞こえてくる少年の声。
 鷹の目を通して黄金色の液体の詰まったガラス瓶を見たユエリャンが眉が顰める。
「たしかに────状況は良くないようではあるな」
 ユエリャンから状況を聞いたヘンリーも共鳴する。同時に、共鳴した桜もヘンリーの前へ駆けて場内から現われた二体のダックワーズのゴーレムへ向かっていく。桜が《一気呵成》で一体目のゴーレムを転倒させ、巨大な鉄槌デストロイヤーを振り上げたヘンリーが二体目を屠る。ミーレス級従魔は彼らの一撃で倒れたが、城内からは他にも何やら気配がする。
「さーて、従魔ぶっ潰して! パティシエを解放するぜ!」
 共鳴したため、打って変わって乱暴な口調になったヘンリーがデストロイヤーで上へと繋がる階段を指し示す。
「主導権、今回はボク、オーリャが頂くよぉ」
 リジーと共鳴したオーリャがぷるぷるしたキュートなスライムをつまみ上げる。
「んー、どうしよっかなぁ、許しちゃおっかなぁ」
 背後からの綿飴のゴーストがオーリャに触れる直前に、微笑んだ彼の周囲に《ゴーストウィンド》のライヴスの風が吹きあがりミーレス級の従魔たちは一瞬で祓われる。
 ぽたぽたと落ちて来た動かないグミや綿飴を見て、オーリャはもう一度「可愛い」と微笑した。



●お菓子が現れた!
 オリヴィエの《トリオ》がグミスライムを撃ち抜く。
「菓子だけ置いて消えなさい!」
 挟み撃ちを狙って現れたギモーヴのゴーレムと雪平餅のゴーレムに対し、美しい銀髪をなびかせて凛とした声で告げる共鳴した杏奈。もちろん、ゴーレムは動きは止めない。『闇を阻せる金色の壁』と命名した盾でなるべくお菓子を壊さないよう手加減しつつ殴り倒す杏奈と再び電光石火で挑む桜。
「食べ物は粗末にしない――私の流儀よ」
 そう言いながらお菓子を回収する杏奈。共鳴を解き、杏奈と一緒に積極的にゴーレムを回収すると口に入れてみる桜。
「今は探索中だぞ」
「だって、つーちゃん……んっ!? こっちは甘酸っぱくて珍しい食感っ!」
 幸せそうに眼を細める桜に釣られて、最初は注意を促していた翼も一緒にお菓子を口にしてしまう。
「美味しい……」
「フランスと日本のメレンゲを使った菓子か」
 ヘンリーの何気ない呟きに、甘いものが嫌いじゃない女子たちは味を期待して息を飲む。
「あの椅子の飾りはドーナツ、あれはマカロンじゃない、まころん? バームクーヘンにシュークリーム……なんでも有りだな」
 その一個一個の作り方や工程が想像できるヘンリーは軽いめまいを感じたが、他のメンバーは探索を続けながらも好奇心でそれを口に運んでみる。
「これ、ピーナッツの味がします……!」
 びっくりしたようなミュシャ。
「ねぇ、どこかにマシュマロない?」
 ソファーのクッションのマシュマロを味見したリュカ。微かに上品な甘い香りの漂うマシュマロや中からチョコやジャムが溢れ口の中でとろける。
 パートナーのオリヴィエは黙ってスマートフォンのカメラを起動すると、お菓子たちを撮影した。
 そして、かく言うヘンリー自身も、身の危険など顧みず果敢に敵に挑んであちこちのお菓子を使って猛スピードで新しいデザートを作っていた。
 五等分して蕩けるような生クリームを挟んだ苺の森の中にブルーベリーと生クリームを挟んだワッフルのチョコレートがけ。ババロアとヨーグルトの上にふんだんにスイーツを使ったパフェ……。
「……あ、美味しいです。流石ヘンリーさんですね」
「最高っ」
 杏奈と桜がヘンリーのデザートを食べて笑顔で感想を述べると、他のエージェントたちも一人二人と集まっては彼の作ったさらなる甘い幸せに浸る。
「お菓子も可愛いですが、お皿の上で見た目を整えると更に食欲を刺激しますわ」
 デザートを堪能しながら、リジーは少しだけ飲み物を恋しく思った。
「なるべく城を破壊しないように努めようと思ったが」
 思案顔のユエリャン。シャドウルーカーの彼が戦闘で破損させるより仲間たちが食べた跡の方が明らかに大きかった。
「しかし、完成は遅らせた方がいいのか────悩むところよな」
 そう呟いてユエリャンは手近にあったガトーショコラに金箔を貼った椅子に座る。
 それが玉座であることに他の全員が気付いたが、甘味を堪能していた彼らは特に何も言わなかった。



●白いパティシエール
 バルコニーに出る前に身を潜めながら様子を伺うエージェントたち。
『ずいぶん具合が悪そうですわ』
「あの手の模様も可愛いけど、可愛くない気配がする……気がするよ」
 共鳴したリジーにオーリャが応える。
「愚神は腕と同化はしているが……この愚神の特殊な特技で一時的なものだ。解除もバトルメディックならできることもあるだろうが────」
 信義の言葉に首を横に振るヘンリー。
「まあ、解除したらしたでややこしいだろうしな。
 ただ、ジャックは弱い。今の状態ではダメージは宿主へと行きやすくなる。留意して欲しい」
「あの宝石を狙えばいい」
 オリヴィエが《弱点看破》の結果を伝える。
「もし自分の身が危なければ形振り構わぬ可能性もあるな。言動や様子には注意しておこう」
 頷くユエリャン。
「て、いうか、あの人ってボクらに気付いてんのぉ? 気づいてないんじゃないの?」
『気づいてないのであれば、声を届けなくてはなりませんわね。彼女の耳元まで飛べるのかしら』
「ま、飛べなくても拡声器使えばいいけどね!」
 共鳴内のリジーと話しながら、オーリャが拡声器を取り出したのを見て、ユエリャンとオリヴィエもそれぞれ拡声器を取り出す。
「……H.O.P.E.では拡声器が標準装備なのか」
 いぶかしそうな眼つきでエージェントたちを見る信義。拡声器を持っていないミュシャは少し困ったように周りを見る。
 小さくなったエージェントから仁美の場所は遠く、集中した彼女へ声は届くはずは無かった。
『もっしもーし! 聞こえてるぅ~?』
 突然聞こえて来た、自分とジャック以外の声に幡野は驚いて手に取った口金を取り落とした。
「えっ……?」
『仁美ちゃん、君は愚神と”誓約”したいの? 違うよね? 君の傍にいる”ジャック”は愚神なんだよ』
 オーリャとリュカの言葉に仁美が目に見えて動揺を浮かべる。
 さっと拡声器を掲げたユエリャンがその先を続ける。
『ここはドロップゾーンである。これはリライヴァーの能力では無い。
 傍にあるライヴスの瓶────それを飲めば人では居られなくなる。君は全てを失い、今作っている自分の子であれ手をかけるであろう』
 話ながら、ユエリャンはおもう。
 ────人は皆、自由であるべきだが、騙されたまま何も成せないのは、悔しいであるからな。
 それは、ある”母”であった記憶を持つ彼の言葉。
『ちょっと! こんな小さなアヤシイちびっ子たちのいう事聞かないでよ!』
 慌てたジャックの声と共に宝石が光る。
「愚神は倒す。どんな者であろうと、必ず。あなたの思い通りにはさせない!」
 共鳴した杏奈が叫ぶと、彼女の想いに応えるかのように銀白色の翼が背に生える。皆を護るというその力は光を帯び周囲にフィールドを形成する。
 仁美はその虚ろな目をバルコニーの上に立つ小さなエージェントたちに向けて、動きをピタリと止めた。
 その目を見据えて、武器を下ろしたヘンリーが声を張る。今なら拡声器が無くとも声は届くと彼は確信していた。
「まだなんとかできる。だって、俺も君と同じパティシエなんだから」
「大丈夫だよ、ほら、僕らについてきて? たくさんの美味しいケーキを披露するよ!」
 隣に並んだコトノハが言葉を続ける。
 ヘンリーもゆっくりと歩み寄ると優しく笑いかける。
「あんたは本当にこのままでいいのか? 俺はあんたと同じパティシエだ。そんな奴の言うとおりにならずに俺についてこいよ。俺はあんたにお菓子を作る素晴らしさ、知識をもっとやれる。もっと、もっと美味しくて健康的なデザートを食べさせてやれる。だから、そんな奴の契約切っちまえよ」
「そうよ、パティシエだから、あなたもこんなに美味しいのをもっと作れるでしょ!」
 恋人のヘンリーの職業であるパティシエを信頼し、そして、必死の彼の説得を誰より感じた桜が叫ぶ。
「愚神……だなんて、もう、知ってるわ……! でも、これしか私にはもう無いのよ。だって、ずっと作れな────」
 仁美はエージェントたちに何かを答えようとしたが、できなかった。
 代わりに恐怖に引きつった悲鳴が上がった。
「────手、手が!」
 仁美の両腕が別々に動く。片手がエージェントたちを払おうと、そして、もう片手が瓶へと────。それが愚神の仕業なのは明らかだった。
 双眼鏡で様子を伺っていた共鳴したリュカが動く。
 武器を下ろしたヘンリーは意を決して共鳴すると盾を構える。
 咄嗟に前に出た桜だったが、ドレッドノートの彼女はそのままジャックの宝石を狙うために指にしがみつき腕に移る。
「その程度の攻撃が効くものですか!」
 杏奈が《守るべき誓い》を発動させる。その結果、仁美の手が杏奈を襲うがその攻撃は彼女の輝きを増した盾に弾かれた。
「あなたに私は倒せない。人の心を弄んだ罪をその身に刻みなさい」
「うちのもふもふは少し手加減が難しい……が」
 ユエリャンの3.7mmAGC「アルパカ」の口から、仁美の手を傷つけない範囲で威嚇するための弾が放たれる。瓶に伸ばされた腕が少し怯んだ。
 ミュシャのライヴスショットがそれに倣う。
「ごー! 噛みついておいで!」
 黒猫の書に持ち替えたオーリャの呼び出したライヴスの黒猫たちが仁美の腕を駆け上って腕に光る宝石────ジャックを攻撃する。
 その黒猫より先に仁美の腕の上を駆ける共鳴したオリヴィエは仁美の顔の傍まで来ていた。
 一時、主人格をリュカと代わった彼は、駆けながら近くなった仁美に語り掛ける。
「じゃあ今度はお兄さん達と”誓約”しよう。君が迷いから抜け出るまで並んで一緒に考えるし、彼が君に与えた物よりもっと甘くて美しい物を君に見せると約束するよ。まずは身体を治してから、ねっ」
 リュカの言葉に仁美の両眼から涙が溢れた。
「愚神になんっ、て────嫌、たす……けて……」
「そうか、なら食べ尽くそう。ここで終わりにするには、勿体ない」
 腕から飛び降りたオリヴィエが落下しながら銃口を向ける。
 《アハトアハト》────大量のライヴスを集めたその銃弾はテーブルに着弾した。
 テーブルにあった制作途中のクリームやクッキー……そして、黄金色のライヴスが封じられたガラス瓶が、吹き飛ぶ。
『あっ、あああ────!』
 ジャックの悲鳴。
「これからも、愚神が居なくても、仁美さんは美味しいお菓子を作るんだよ」
 腕に辿り着いた桜の一撃がジャックが姿を変えた宝石を撃ち抜く。
 白い腕に絡みついたシロツメクサが千切れて弾けた。



●美味しいお菓子
「へえ、可愛いなあ」
 リュカの大きな声にエージェント達は天を仰いだ。
 そこには仁美と同じサイズになったリュカとオリヴィエの顔があった。
「そこから出れば戻れるみたいだよ」
 伸ばされたリュカの腕にしがみ付いて、次々と外に出るエージェントたち。
「か、可愛い!」
 今までで一番大きなオーリャの可愛いが室内に響いた。
 元のサイズに戻って見たお菓子の城は確かに小さかったけど、製菓の城としては大きく、そして可愛らしかった。
「この中に居たなんて信じられませんわ」
 リジーが小さなバルコニーを覗き込みながら呟いた。覗いた室内は先程見た通り、細かく調度品まで作られており────所々それが欠けているのに気付いた彼女はそっと目を伏せた。
「美味しそうだよね」
「美味しそうですよね」
 意図せず、桜と杏奈の声が重なり、ふたりは顔を見合わせて少しだけはにかんで笑った。
 ヘンリーはへたり込んだ仁美を優しく支えると、そのままいきなり野菜で作ったケーキを口に放り込んだ。
「う……美味しい」
 長く甘味しか食べていなかった仁美の舌にはそれはとても美味しく感じた。
「仁美さんを早く病院へ」
 座り込んだ仁美の手を取ったミュシャをユエリャンが止める。
「別にすぐに脱出する必要も無いのだろう?」
 そして、彼は信義の方に向き直ると尋ねた。
「オーパーツで空間を維持することは出来ないだろうか。────せめて城が完成するまででも」
 予想外の相棒の言葉に征四郎が前に出る。
「でも! 急いで出て、然るべき処置をすれば間に合うかもしれないのです!」
「間に合わぬかもしれんよ。であれば、城の完成まで待つべきでは無いであろうか」
 征四郎は生きる可能性を、ユエリャンは生死の自由を尊重しているのだ。互いに仁美の為を思って。そして、全てを知った上で他人ではなく本人に選ばせたいと思っている。
 仁美は選択した。
「本物のノイシュヴァンシュタイン城は未完成で終わったとされるが」
 信義は完成したお菓子の城を感心したように眺めた。
 菓子作りは仁美ひとりではできず、エージェント全員で作った。
 もちろん、ヘンリーも率先して作る。
 恋人と一緒に作りたいという願いが叶ったヘンリーは、桜と一緒にお菓子の城に小さなクッキーを埋め込むと顔を見合わせて笑みを交わした。
「これは、皆さんに食べて頂きたいです」
「喜んで!」
 エージェントたちが笑顔で答え、今度は飲み物も添えてわいわいと嬉しそうにそれを食べ始める。
「そう、私が満足できるお菓子って……”美味しく出来た”って────こういうことだったのね」
 一緒に食べながら彼らを見ていた仁美だったが、そう呟くと静かにその場へ崩れ落ちた。
「大丈夫、気を失っているだけだよ」
 仁美に駆け寄ったリュカがそう言う。
「君たちが使った”鍵”と対になるこの”幽世の錠”はあの愚神のドロップゾーンほどではないが多少の時間の歪みが確認されている。”外”に出た後、すぐに病院で幡野君を医師に見せれば間に合うだろう」
 この部屋のどこからか見つけたのだろう、古い金の錠を手にした信義が鍵穴の無いその錠を外した。
「流石、優秀なH.O.P.E.のエージェントたちだ。お疲れ様だった」
 珍しく含みの少ない信義の言葉にミュシャが怪訝な顔をしたが。
 ────眩い光が満ちる。



 それからしばらく後。
「見て見て姉様、可愛いのがたくさんっ!」
「はしゃぐのは構いませんが……あらあら、嬉しいですわ。別皿にちゃんとジャムが用意されていますわ」
 小さなゲストハウスで行方不明だった天才パティシエールの復帰を祝ってのスイーツパーティが開かれた。
 そこではH.O.P.E.のエージェントたちに囲まれて微笑む仁美の姿があった。彼女はいつかのような浮世離れした美しさはもう無く依然白髪ではあったものの、年相応の輝くような笑顔でゲストたちを出迎えた。
 パーティのテーブルには新しい少し小さめのお菓子の城と差し入れとして彼女が密かに尊敬するパティシエが届けたデザート────それから”誓約”の結果、完成した彼女の新作のお菓子。
 幡野仁美のパーティはデザートがメインだったが、そこにはたくさんの幸福も並んでいた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 戦うパティシエ
    ヘンリー・クラウンaa0636
    機械|22才|男性|攻撃
  • エージェント
    伊集院 コトノハaa0636hero001
    英雄|17才|?|バト
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 復活の狼煙
    リジー・V・ヒルデブラントaa4420
    獣人|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    オーリャaa4420hero002
    英雄|11才|女性|ソフィ
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