本部

【絶零】連動シナリオ

【絶零】hide-and-seek H

電気石八生

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/02/23 15:38

掲示板

オープニング

●感傷
「ヒョルドが死んだ」
 薄灰の無表情を雪原に向け、人の形をとったヴルダラク・ネウロイはよれたコートの襟を首筋に巻きつけた。
「自分には鋼の心がない……中尉は常々そう言っていました」
 傍らに立つ女がベイプ――さまざまな香りをつけたリキッドを蒸気化させて吸う器具――の吸い口に赤い唇をつけ、煙を吹いた。
「私たちは弱い。だから、生き延びて果てを見るよりも、死ぬことで逃げ出すよりないのです」
 蒸気の香りはカスタードクリーム。
 どれほどの昔話か、英雄だったころはヘビースモーカーだった彼女も、人狼となってからはタールのにおいとニコチンの味が苦手になった。正直、こんな甘いだけの煙で心の苦みをごまかせるはずもなかったが……なにもないよりは、まだましだ。
「感傷だな」
 ネウロイが短く、色のないしゃがれ声で応えた。
 こんなときですら、あなたは心を鋼で鎧うのですね。
 女はカスタードを深く吸い込んで吐き出し、表情を締めた。
「感傷は事が成るまで忘れたことにしておきます。迷わないふりをして、愚神としての任務を適当に全うします」
 ヒョルドはオムスクという、無関係な者を誰ひとり巻き込まずにすむ場所を戦場に選んだ。英雄だったころの彼はいつも、守るべき誰かを助けることばかり考えて突撃する、優しくてまっすぐな男だったから。
「卑怯未練に戦います。叶うなら、最後まで見届けるために」
 ヒョルドに劣らず優しくて、それゆえに酒と煙草が手放せなかった彼女は、その優しさゆえに誓う。
「――甘ったるい匂いだが、ハッカよりはいい。ハッカは、目に染みるからな」
 鋼の心で鋼の声音を紡ぐネウロイの心へ報いるために。

●卑怯未練
「本作戦の総指揮を執ります、ジェーニャ・ルキーニシュナ・トルスタヤ大尉です。私たちの目的は、ヴァルリア様の本隊が至る前にモスクワ東部を掃除することとなります」
 ベルミの廃墟の一角、急ごしらえで用意したブリーフィングルームの中で、彼女――ケントゥリオ級愚神のジェーニャが声を張った。
「どう、動く、で、あります、か?」
 くもぐった声音を紡ぐのは、デクリオ級愚神のアラムである。少尉の階級を与えられた彼は、人でも人狼でもなく、灰色狼の姿を保つことを好む。ゆえに言葉がおぼつかないわけだが、まるで気にしていない様子だ。
「隊を5つの小隊に分けます。それぞれの目標を達成した後は順次合流し、撤収。深追いは必要ありません。先陣としての役割を、文句をつけられない程度に果たせればいい」
 と、デクリオ級愚神ミーシャ准尉が「はいはい!」と手を挙げた。
「大尉! あっち側のライヴスリンカーどうするんですか? ヒョルド中尉殺すヤツらにあーしら勝てるわけないんですけど!?」
 彼女は銀行を襲撃して立てこもり、人質を盾に敵ライヴスリンカーの行動を引きつける役割を与えられている。
「……人質、残しとかなくていいんですよね?」
 ミーシャとは双子の姉妹であり、同じデクリオ級愚神であるミーリャ准尉がぽつり。
「撤退を含めて適当にあたりなさい。――リュミドラ嬢」
「はい」
 部屋の隅に控えていたリュミドラが応えた。
「貴官の任は遊撃となります。各員の援護を頼みます」
「了解しました」
「アヒルちゃんマジ頼むし!」
「うちらの命、お嬢に預けたから」
 リュミドラを拝む双子にとろりと濃厚な横目を投げ、大きなため息をついてみせた美青年はケントゥリオ級愚神、レオン中尉だ。
「リュミドラ様はわたくしたち全員のバックアップなのですから、あなたがたにばかりにかまっていられないのよ。こちらが早めに片づいたら助けに行くから」
 ここでリュミドラとは逆の隅にいた少年が静かに手を挙げた。
「大尉。申し訳ないですけど、僕は僕でやらせてもらいます」
 デクリオ級愚神のニキータ軍曹。歳こそ最年少だが、その勇猛且つ冷徹な闘いぶりから本作戦に抜擢された。
「兄貴分の仇、弟分が放っておけるはずないですよね」
 ヒョルドの一番弟子と兄弟分を自称してきた彼にとって、この作戦は復讐戦となるだろう。
「……単独で勝利できるほど、敵は甘くありませんよ」
 あえてヒョルドと彼との力量差には触れず、ジェーニャは諫めたが。
「手段は選びません。大尉がいつもおっしゃってるとおり、適当にやります」
 適当とは手を抜くことならず、事に対して適切に当たることを指す。
 ジェーニャはベイプをふかしてため息を隠し、一同を見渡した。
「各員、全力をもって適当にあたりなさい。出動します」

●選択
『モスクワ東部に人狼群が襲来! 待機中の各員はロシア陸軍と協働して迎撃お願い!』
 礼元堂深澪(az0016)の緊急連絡が、各員の部屋の固定電話、通信機、スマホ……機器を問わずに起動させた。
『敵は5隊に別れて市街の破壊にあたってる! ただ、そのうちの2隊、1隊は銀行に立てこもってて、もう1隊は大通りの裏にいて……どっちも人質、盾にしてる』
 深澪は続けて。
『今回はロシア軍が主導の作戦だから、みんなは5隊のうちの1隊にあたって! どれに当たるかはみんなで決めていいって』


〈モスクワ東部簡易地図(ノンスケール)〉
 アイウエオカキクケコサシスセソ
A□□□□□□□□■■■□■■■
B■□〓〓〓〓〓□□中□□□□□
C■□〓〓准〓〓□■■■□■■■
D■□〓〓〓〓〓□■■■□■■■
E□□□□□□□□□□□□□□大
F★□□□□□□□□□□□□□□
G■■■□■■■□■■■少■■■
H■■■□■■■□■■■□■■■
I□□□曹□□□□□□□□□□□
J■■■□■■■□■■■□■■■

□=道路 ■=建造物 〓=銀行 ★=エージェントのスタート位置 大=ジェーニャ 中=レオン 少=アラム 准=ミーシャ&ミーリャ 曹=ニキータ


 深澪は転送した簡易地図に敵の位置を示した。
『人質の救出は、任務に含まれないってことなんだけど……戦力を割って戦える相手じゃないから、こっちで勝手に助けに行くとしてもどっちかひとつだね。とにかく敵の本隊も近づいてるから、無茶はダメだよ!』

解説

●依頼
 大尉、中尉、少尉、准将×2、軍曹、いずれかが率いる部隊と交戦し、愚神を撃破ないし撃退してください(人質の生死は、このシナリオの結果には影響しません)。

●状況
・大尉、中尉、少尉の部隊はそれぞれ50の人狼を率いて破壊活動を行っています。
・准尉ふたりの隊は銀行に立てこもり、人狼(数不明)と共に10名の人質を抑えています。
・軍曹は6の人狼と共に30名の人質をとり、道路上にいます。
・リュミドラは戦場のどこかにおり、条件を満たすことで姿を現わします(その際の会話は自由)。
・みなさんが選ばなかった愚神群へはロシア軍が向かいます。
・みなさんの選択や状況により、愚神群同士が連携することもあります。
・市街には多数の市民が取り残されています。大尉、中尉、少尉の隊は市民に関心を持っていませんが、巻き込むことをためらいません。

●敵愚神
・ケントゥリオ級2名とデクリオ級4名。
・能力は不明ですが、それぞれがなんらかの英雄の能力を有しています。
・会話は自由。愚神それぞれが、自分の立ち位置によって情報を語ることもあります。

●備考
・このシナリオでは、乱戦ルールの適用がありえます。
・敵本隊との決戦直前であるため、重傷以下の傷はシナリオ終了後にHOPEの治療班に治療され、全快します。

リプレイ

●一と全
 モスクワの東では今も激しい爆発音が鳴り響き、人狼群が順調に任務をこなしていることがうかがえた。
「初陣は楓ちゃんのサポートだよ、ひかるん。寒いから風引かないように……」
 加賀谷 ゆら(aa0651)が傍らに立つ自称・ゆらの娘、加賀谷 ひかる(aa0651hero002)を見上げた。
「そういうのうざいから! でもやるよ、やっちゃうよー!」
 母娘が共鳴し、ゴシック調の和装をまとう麗人が顕われる。
「楓の露払い、わたしが請け負う」
 その言葉を受け、加賀谷 亮馬(aa0026)もまた。
「楓ちゃん、やりたいようにやれ。俺もゆらも、妹がめずらしく押し通したいっていうわがまま、応援したいんだよ」
「あらあら、それは後輩のお姉さんもいっしょよ?」
 羽跡久院 小恋路(aa4907)もまた言葉を挟む。中世を思わせるロングドレスをまとい、さながら不思議の国の“女王様”然とした彼女は、無類の歳下好きなのだ。
「まだまだ未熟だけれど私、お姉さんだもの。甘えてちょうだいね、楓さん」
 彼らの思いを受けて、柳生 楓(aa3403)は静かにうなずいた。
「きっとあの子に伝えます――私の心を。あの凍りついた心を溶かして」
 契約主の決意へ、その内に在る氷室 詩乃(aa3403hero001)が言葉を添えた。
『あの子がこのまま狼として生きるのか、楓の手を取るのかわからない。でも、ボクは信じるよ。楓の手があの子の心に届くんだって』
「……相変わらずきみらは仲がいい」
 Iria Hunter(aa1024hero001)と共鳴したArcard Flawless(aa1024)が口の端を吊り上げた。
 応えたのは、【戦狼】のリーダーである八朔 カゲリ(aa0098)だ。
「仲間ってやつは、そうしたものだろう」
『うぁおん!』
 Iriaが声を上げる。おそらくはカゲリに同意しているのだろう。
『興味深いことばかりだ。楓しかり、敵手たる愚神しかり、そして汝しかり』
 カゲリの内で薄笑みを浮かべるナラカ(aa0098hero001)。
 Arcardは言い返そうとしかけて止め、かぶりを振った。
「……興味を持ってもらうのはいいけどね。ボクは統一意志には沿わないよ」
 カゲリは応えず、Arcardの背をただ見送った。すべてを肯定する彼であるがゆえに。
「あの人狼たちを雇いたいのぅ。ヴァルリアを倒せば支配関係も崩れるじゃろ? 今の内に唾をつけるのじゃ!」
 と。カグヤ・アトラクア(aa0535)が実に堂々言ってのけた。
『敵も味方も怒らせるだけだと思うよ?』
 内から眠そうな声をあげたクー・ナンナ(aa0535hero001)に、カグヤはぴしゃり。
「視野が狭い! 戦争には落としどころが必要じゃ! その交渉をどれだけ優位に持って行くかが腕の見せ所よ」
『あー悪い顔ー』
 その横でギシャ(aa3141)がけして消えることのない笑みを傾け、東を透かし見ていた。
「この音……中隊規模? あれだけいたらもっとちゃんと都市制圧できるよね」
 なんでしないんだろ? 彼女の疑問へどらごん(aa3141hero001)が、3頭身着ぐるみ竜にしか見えない顔からは想像もつかない渋い声で応えた。
『敵の事情は知らんが、その意図は都市破壊ではないのかもな』
 果たしてロシア陸軍から進撃のサインが出た。
 エージェントが受け持つのは西端。群の指揮官と思しき人狼と、その配下50体だ。

●突撃
 エージェントたちの中からギシャが跳び出した。
 そのままビルの壁に溶け込むように潜伏。人質をとって路上に立つ小柄な人狼と通り過ごして南の横路の角に貼りついた。
『50匹わんわんと正面から撃ち合ったら死んじゃうしねー』
 ライヴス式狙撃銃ハウンドドッグを手に、ギシャは呼吸を整える。敵との距離が開くほど、呼吸や鼓動で狙いがブレるからだ。
『だめだ、ここからでは届かん。……とはいえ前進すれば南北の敵に喰らいつかれる可能性があるか。悩ましいな』
『だねー』
 どらごんに内なる声を返したギシャは潜伏したまま、大通りの端を前進し始めた。
『赤すぎる囮を使っちゃおう』
『カグヤか? 確かにあれは、赤いな』

『くしゅ』
 クーのくしゃみを聞いたカグヤが眉をひそめ。。
「誰ぞわらわの噂をしておる」
『……ボクじゃなくて?』
「わらわの第六感はクーに預けておる。ゆえにクーのくしゃみはわらわのくしゃみじゃ」
 破壊活動に加わることもなく、横列陣を組んで待機する人狼群。
 カグヤは人狼目がけ、37mmAGC「メルカバ」からHEAG弾を撃ち出した。
 鳴り響く爆音が戦火の訪れを知らせ、噴き上がる黒煙がエージェントたちの訪れを包み隠す。
「まずは卑怯卑劣に先制攻撃じゃ。一般人が残っておっても、ここが超危険区域だと知ったじゃろ。逃げよ逃げよ」
「あらあら、これじゃドレスが汚れちゃうわぁ。でも」
 黒煙を突っ切った小恋路がGVW『ワールドクリエーター』をアスファルトへ突き立てた。
「足の遅い私が、こうしてみんなを守ってあげられる時間をもらえたものねぇ」
 元玩具会社の令嬢で元プリセンサーの彼女は、気高きハートと戦場の流れを見て取る眼をもって、愛するべき者を守り抜くのだ。
「行くぜ」
 その小恋路を隠すように跳んだのは亮馬だ。
 メルカバに打ち据えられたはずの敵は、後退して被害を最小限に抑えていた。そして引き絞られた矢を射放す勢いでもって亮馬へと殺到する。
 ――いいぜ。そのまま来い。
 亮馬の突出は誘いだ。自らの孤立をもって敵を引き寄せ、陣をかきまわす。この場の人狼だけでは対処できない状況へ追い込み、そして。
「リュミドラを引っぱり出す!」
 今日の俺は露払いだ。楓ちゃんをリュミドラに逢わせるまで立ってられればいい。
『ママ! パパに遅れてる! これって夫婦の別れ!?』
『加賀谷家の絆は天国の先と地獄の底まで離れても不滅だよー!?』
 ひかると内でわーわー言い合いながら亮馬の後ろを行くゆらは、肩にかついでいた薙刀「冬姫」を両手で構えた。
 跳んだ亮馬の下をくぐり、ゆらが下から人狼の脚を薙ぐ。
 亮馬が、脚を斬り飛ばされて宙に泳いだ人狼の背にエクリクシスを突き落とした。
 彼の契約英雄の得物を再現したこの剣は、刃に衝撃を与えることで“爆発”を模したエフェクトを発する。それに紛れ、亮馬とゆらは位置を交換。今度は下から亮馬、上からゆらが、次の人狼へと襲いかかった。
 ライヴスショットで前衛ふたりを援護しつつ、カゲリが指示を跳ばす。
「亮馬、加賀谷、孤立すれば飲み込まれるぞ! 鼻先に踏みとどまれ! 俺の声と弾が届く際にだ! 羽跡久院は力場の効果が届くぎりぎりまで下がれ! 人狼に教えてやれ、【戦狼】の牙の鋭さを!」
 いつになく苛烈な言葉を紡ぐカゲリに、ナラカが薄笑みをもって語りかけた。
『芳しくないがゆえに、声を高めるか』
「この戦況を押し切れると思えるほど、俺は楽天家じゃない」
 カグヤの先制。続く加賀谷夫妻の強襲。確かに効果はあった。しかし、敵の動きがこれまでとちがう。数に任せて押し込んでくるのではなく、陣として機能しているのだ。ゆえにこちらは攻めきれず、逆に押し包まれ始めている。
「ちがうのは敵の動きじゃない。指揮官だ」
『下士官やら下士官上がりではない、本物の幹部が出てきたのだな』
 ふたりの言葉を聞いていた楓が前に出ようとしたが。
「敵に攻め気が薄い。南北の援軍を待ってるのかな。だとしたら、援軍到着と同時にボクたちは全滅だけどね……」
 カゲリと並び、20mmガトリング砲「ヘパイストス」での援護射撃を担っていたArcardがつぶやいた。
『うみゃ? ぐぉがおう!!』
 戦う気がない? だったら早くやっちゃおう!! 咆哮とゼスチャーで訴えるIriaに、Arcardはかぶりを振って。
「まだそのときじゃない。考察の答を出すためのデータ集めが先だ」
『楓。とにかく今は力を溜めるときだって、ボクも思う』
 詩乃が静かに促した。
 楓はもう一度焦れた目を前線に投げ、そして踏みとどまった。
 リンクコントロールが彼女と詩乃との絆を強めて。楓の心に、詩乃が自分へ寄せる思いが流れ込んでくる。いつも楓の背を支え、手を取って導いてくれる彼女の強い意志が。
 リュミドラさん。今、どこにいますか?

『【戦狼】の人たち、敵に囲まれてるよ』
 後方から前へ出てきたカグヤの内より、クーが前線を指差した。
「人狼は同胞の死でこちらを釣り出しておるのじゃ。囲みが薄いのは気になるがの」
 そこにギシャからの通信が入った。
『“わんわん”から“赤い囮”へ。横から行くんでよろしくー』
 カグヤは眉根をしかめ。
「コードネームがあからさますぎじゃ」

●包囲
「これ、ピンチかしらぁ?」
 棺桶型透明盾“あなたの美しさは変わらない”をひっかぶった小恋路が唇を噛む。
 人狼は巧みに展開し、【戦狼】の前衛を引きずり込んだ。
 それはいい。リュミドラを誘い出す過程として、この状況は想定済みだ。しかし、このまま噛み裂かれてしまっては、楓を援護するという本当の役割が果たせなくなる。
「杖の支援に戻して下がれ!」
 ななめ後方から亮馬が叫ぶが――従えない。
「私の腕はみんなをぎゅってするために、私の手はみんなをナデナデしてあげるためにあるのよ」
 リフレックスの反射で迫り来る人狼へダメージを返した小恋路が、インタラプトシールドを発動。亮馬のまわりを多数の透けた棺で取り囲んだ。
「だから人狼なんかに食べさせてあげない」
 小恋路の援護を受けた亮馬が、危うく人狼の爪牙を逃れて体勢を立てなおした。
「このままじゃどうにもならないな。――こじ開けるか」
 敵の攻撃と限界を考えない取り回しの連続のせいで、亮馬の義手からは不穏な音が漏れ出している。
「わたしが左を担う。あなたは右を」
『もたもたしてたら置いてくんだからね!』
 薙刀を閃かせ、ゆらが踏み出した。
 彼女も夫と同様、満身創痍である。が、シドというストッパーのないこの母娘は、口をそろえて前進突撃突貫――とにかく前へと進むばかりだ。
「夫の甲斐性と父の威厳の危機だぜ……!」
 ゆらの後を追った亮馬を見送るナラカがつぶやいた。
『邪英に堕ち、愚神と成り果てしかつての英雄。敵を指揮する人狼に、今なお輝きはあろうものか』
 カゲリは低い声音を返した。
「奴らには意志がある。そして希望もな。闇か光から知らないが、その心を満たすなにかはあるんだろうさ」

 他のエージェントから離れ、狙撃に徹していたギシャの内からどらごんが言った。
『前進してくると見せかけて、敵が下がっている』
 ギシャは撃ちながら笑顔の眉間に皺を寄せ。ハウンドドッグを収め、白竜の爪牙“しろ”を装着した。
「“赤い囮”が前線に着くのと同時に出る」

「突く!」
 ゆらの鋭い声に、亮馬がエクリクシスを地に突き立てて踏ん張った。
 そしてゆらが薙刀の石突で亮馬の青き装甲を突き、その反動に乗って左へ方向転換。体ごと横回転させた石突を、今度はアスファルトに突き立てて前へ跳んだ。
「はあっ!」
 気合を乗せた斬り下ろしが、人狼のアサルトライフルを腕ごと断ち割った。
『次! どんどん行くよ!』
 ひかるの言葉に促され、ゆらはゴシック調の和装の袂を翻してさらに踏み込んだ。
『まずいな。これじゃあ夫の甲斐性と父の威厳が……!』
 家庭内の地位下落におののきながら、亮馬は人狼の青竜刀を大剣の突き込みで押し退けつつゆらの後を追う。
「案外容易く食い込ませたな」
 いつか彼の人生を横切って逝った人の遺品である魔導銃50AEを撃ち込み、カゲリが人狼の陣形に視線を薙いだ。
『後ろを塞がれる様子もない。と、すれば』
 ナラカにカゲリはうなずき、言葉を継いだ。
「敵の指揮官は、俺たちがたどり着くのを待っている」

 人狼群へ忍び寄り、機をうかがっていたギシャへ、内からどらごんが時を告げた。
『カグヤが前に出た。横に回って狙撃を続けろ』
 しかし、ギシャは動かない。
『後ろ、音が止まってる』
 彼女の後ろには南西に展開した人狼群がいて、ロシア軍と交戦中だったはず。その音が止まったということは。
 どらごんは低い唸り声をため息と共に吐き出した。
『北の様子も気になるところだが、今は敵指揮官のところに急ぐべきだな。140を越える人狼を相手取れば確実に終わる』
 今度こそ移動を開始したギシャが通信機へ告げた。
「こちら“わんわん”。南西の戦闘音が消えたよ。多分ロシア軍は全滅した。“わんわん”は“赤い囮”に合流してワンチャン狙う。おーばー」

●会合
「抜ける――!」
 ゆらと亮馬が、ついに人狼の防衛陣を突き抜けた。
 そこで待っていたのは。
 白い軍用コートを羽織る、細身の人狼だった。
「……あなたがたの選択が最悪のものであること、当然理解しているのでしょうね」
「いや、ただかくれんぼに飽きただけさ」
 後方からArcardが、肩をすくめて言う。
「そちらが指揮官か。わらわはカグヤ・アトラクア。戦後の交渉をしに来たのじゃが」
 ゆらと亮馬の間を割るように歩み出たカグヤが、両手の双銃を突き出し、笑んだ。
「ジェーニャ・ルキーニシュナ・トルスタヤです。……ここまで来て、刃弾の交渉を望まれるのですか?」
「人の覚悟とやらを見せたまでじゃ。力をもって解決ないし玉砕しようなどとはハナから思っておらぬ」
 カグヤは双銃を下ろし、続けた。
「そなたらは先に現われたレガトゥス級の支配下にあるのであろ? わらわたちがアレを倒す。そうして自由を得たなら、我らに雇われてはみぬか? そなたらを英雄に戻す実けん――もとい、研究と調査ともふり具合の追求を、ライヴス昼寝つきで……」
 カグヤの交渉を外れた垂れ流しを止めたのはArcardだ。
「さておき。ボクはこれまで、きみたちの計画を実地で追ってきた」
『うなう』
 Iriaがもっともらしく相づちを打ち、契約主が言葉を続ける。
「希望であるはずのリュミドラを死線に立たせ、人類ならぬHOPEにあえて喧嘩を売りながら、彼女の内の契約英雄を寝かしつけておこうとする――筋が通っていない。が、ここに中尉とやらが言い残した、自分たちはもう終わっているとの言葉を加えれば、ひとつの推論が導き出せる」
 指を折りながら述べたArcardがジェーニャに向きなおり。
「きみたちがリュミドラを人間の世界へ戻し、ライヴスリンカーの手でレガトゥス級もろとも自らを滅ぼさせたいのではないかと、ね」
 そしてさらに。
「もともとは英雄であるきみたちが狼ならぬ彼女に過去という希望を見たんだろう? ならばその希望、我々で請け負おうじゃないか」
 ジェーニャの返答は。
 寂びた笑みだった。
「あなたがたが思う以上にささやかで重い感傷を、私たちはリュミドラ嬢に押しつけてきた」
 その言葉を聞き、これまで沈黙を保っていたナラカが口を開いた。
『汝の言の葉には情がある。ならば私も情をもって語ろう。汝らが目ざすのは、リュミドラを群れから解放すること。本義はそれであろう? 理由は問わぬよ。誰かが誰かを想うことに理由など要るまいからな』
 ナラカは静かに言葉をついだ。
『すでに終わったという汝らが、未来を残す少女になにかを托そうとしていることは見えるさ。なればこそ問いたいのだよ。彼女が内に宿すは――誰だ?』
「それは」
 ジェーニャが目を細め。
「場を収めてから語りましょう」
 遠吠えをあげた。
 その響きを、音を、思いを引き裂き、12・7mm弾が飛来する。
 ――リュミドラさん!
 彼女は絶対に、私を撃つ。レアメタルシールドを構えた楓に、小恋路が覆い被さって。吹き飛ばされて倒れ伏した。
「小恋路さん!!」
 ふふっ。お姉さん役、ちゃんとできたかしらね。
 小恋路が喉の奥で刻んだつぶやきを、人狼群の足音が踏み散らし、かき消した。
「楓ちゃんはリュミドラを探せ!」
 殺到する人狼の1体へ踏み出したゆらがその臑を斬り払い、脇を斬り上げ、さらに回転しての斬り下ろしで頭を叩き割って叫んだ。
「ここからが露払いの本番だ!」
 裏拳で横合から斬り込んできた人狼を打ち止め、エクリクシスで喉を貫いた亮馬もまた声を重ねる。
 小恋路をかばって立ち、無形の影刃<<レプリカ>>――“奈落の焔刃”を振るうカゲリ。その内でナラカがまた言葉を紡いだ。
『強き意志はいかなる困難をも越える。どれほど凍てつこうとも、魂の輝きを封じることなどできはせぬ。……しかしてそれは、我らばかりの話ではないのだよ』
「俺たちが人狼と意志を、魂を比べ合っているなら単純な話だ」
 焔刃から飛んだ黒焔が、楓に迫る人狼を焼いた。
「意志を見せる。魂を見せる。それを見せようとする楓を行かせる。あいつらの意志と魂を押し退けて」
『ああ。そのとおりだよ、我が覚者(マスター)』
 揺るぎないカゲリの意志が灯す魂の輝きを感じながら、ナラカはしばし目を閉ざして酔いしれた。
 一方、和装の赤を閃かせ、カグヤは人狼の青竜刀を双銃「ドイスプレザ」から発したライヴス刃で弾き上げ、もう1丁を人狼の脇に押しつけて連射する。
『失敗だね』
 眠そうに言うクー。
 カグヤは口の端を獰猛に吊り上げ、次の人狼の胸に身を翻しての肘を打ちつけた。
「わらわが生者であると認識した以上、かならずや助けるのじゃ。今はまだ救う手立てがなくとも、明日には造りだしてみせる。それが技術者の矜持というものじゃ」
 その言葉を聞いたArcardが、彼女のためにチューンされたグラビティゼロを人狼へ撃ち込み、爆散させながら、ぽつり。
「救いか」
『がう?』
 Iriaの短い問いに、Arcardは小さくため息をつき。
「リュミドラは人狼を救う希望。その希望がなんなのかは、彼女が解答してくれるかな」
 彼女の視線が捕らえたものは、人狼のただ中に立つ楓。
 と。
 楓が盾を捨てた。
「リュミドラさん! 私はここにいます!」
 青きバトルドレスをたなびかせ、両手を広げたその姿。彼女が示した愚かしく、それでいて神々しい――まさに聖女の覚悟が、戦いを押し止めた。
 果たして訪れる、沈黙。
 人狼の陣が無音のままに割れて。
 アンチマテリアルライフル“ラスコヴィーチェ”を携えたリュミドラが姿を現わした。

●Hostage
「目障りなんだよ」
 リュミドラが銃口を楓に突きつけた。
「なら、撃ってください」
 まっすぐリュミドラの赤眼を見据え、楓が返す。
 リュミドラは引き金へかけた指をそのままに、動かない。
「あなたは自分を白アヒルだと言いました。私もそう思います。あなたは、狼になんてなれない」
 楓はかぶりを大きく振った。
 今日こそ伝えると誓った。
 だから仲間に甘えた。
 伝えなければ。剥き出しの言葉を。
「ちがう。私は――私が。あなたに狼になってほしくないんです」
 リュミドラの眉が、跳ねた。
「あなたはいつも迷っていて、悩んでいて、揺らいでいて。それはあなたが狼じゃなくて人だから」
 内の詩乃が楓を支える。なにも言わず、心に寄り添って、声なき声をかけ続ける。楓が全部言い切るまで、ボクは絶対、支え抜いてみせるから。
「自分が狼のふりをしたがるアヒルだと思い込んでいるあなたから、狼の呪縛を解きたい。本当はどこにでも飛んでいける白鳥なんだって知ってほしい。そして」
 楓がリュミドラへ、両手を伸べた。
「私があなたの帰る場所になりたい。あなたの家族に、なりたいんです」
 リュミドラはその手を、ゆっくりと払った。
「ずっと独りだった。なにをどうしたらいいのかわからなくて、物陰に隠れたまま、ただ生き延びてきた」
 リュミドラが一歩下がる。
「隊長に見つけてもらって、初めてわかったんだ。あたしにはみんなの希望――彼女と誓約を結ぶ適性がある。こんなあたしにも、できることがあるんだって」
 楓の手から、自らの意志で遠ざかる。
「あたしの中にいる彼女が眼を覚まして、あたしは喰われて消えるはずだった――でももう、消えることはゆるされない」
“ラスコヴィーチェ”が火を噴き。
 楓の膝を――球体関節を撃ち壊した。
 駆け寄ろうとする【戦狼】。しかし、彼らの行く手をArcardの腕が遮った。
「まだだ。それにあの子は殺されたりしないさ」
 踵を返したリュミドラが、人狼の向こうへ踏み出す。
「殺しに来い。あたしを、おまえの手で」
 そう言い残して。
「――私たちも撤収します。あなたがたの誤りがなければ、事はもう少し簡単に進んだのですけれどね」
 ジェーニャが人狼群に手をかざした、その瞬間。
 赤い囮……カグヤの背から、するりとギシャが剥がれ落ちた。
 人狼の影を渡って駆けた竜娘は、ジェーニャに放った女郎蜘蛛をたぐり、その背へ跳びついた。
「最後にいっこだけ試させてもらうよ。愚神さんの能力」
 五指に沿って装着されるがゆえ自在に動く“しろ”の切っ先で、喉を掻き斬って離脱。すぐにカグヤの背に隠れる。
「わらわは囮ではなかったか?」
「兼、便利な壁屋さん?」
 喉からあふれ出す血にかまわず、ジェーニャが手を振り下ろすと。
 戦場に雨が降りそそぐ。癒やしの力を含めた、蜜のようにとろりと濃密な雨が。
 自身のみならずエージェントすらも癒やしたジェーニャは笑みを閃かせた。
「リュミドラ嬢の中で眠るかつての同僚を揺り起こし、私たちと同じ愚神にすること。それが当初の予定でした。愚かしいことに、そうすれば戻れるのだと信じていたのですよ」
 灰色狼と化した人狼が駆け去っていく。
「今、私たちが彼女に望むものはせめてもの自立。……ともあれ、もう長引かせはしません。次があなたがたと私たちとの決戦です」
 この場を取り囲み、待ち受けていたらしい他の群れと合流し、巨大な楔を描いて東へ。
「僕を無視したこと、後悔させてやる」
 殿の狼が吐き捨てていく。
『ロシア陸軍のタルコフだ! エージェント諸君、無事か!? こちらは人狼の撃退に成功したが、包囲された諸君を援護するには再編が追いつかず――』
 飛び込んできた通信により、エージェントは知った。
 取り囲まれた自分たちが、ロシア軍にとっての人質となっていたことを。
 空となった戦場跡に立ち、エージェントたちはそれぞれの思いを胸に東を見やるのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中



  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 悪夢の先にある光
    加賀谷 ひかるaa0651hero002
    英雄|17才|女性|ドレ
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 鎖繋ぐ『乙女』
    羽跡久院 小恋路aa4907
    人間|23才|女性|防御



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