本部

【絶零】連動シナリオ

【絶零】接見

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/02/09 15:41

掲示板

オープニング

●出征
 芽吹くことはおろか命の鼓動がひとつ弾むことすらをも拒むシベリアの大地。
 日ざしに解かれた水が冷風に巻かれて再び凍りつき、儚げなきらめきと化して凍雪へ降り積もる。
 どこを向こうと、どこまで行こうと。ここはただ絶零の白が続くばかりの死の国だ。
 そして今。
 絶零を統べる総督、来たる。

 鋼のごとき凍雪をたやすく割り砕き、それは現われた。
 地竜を思わせるその体、全高は10メートルを越え、全長にいたっては30メートルにも届こうか。そして水晶さながらに透けた皮は厚く、硬い。
 ――ふと。ライヴス渦巻く暗雲に覆われた頭をもたげ、それが動き出した。
 巨体ゆえの緩慢さで。
 しかし確かな足取りで。
 そして。
 どこからか駆け寄る従魔ども。
 足取りを乱したものはそれに踏み潰され、近づき過ぎたものは凍結させられて打ち砕かれ、それでも次々と沸き出してはそれのまわりに集う。……外敵からそれを守り、それの歩みを導くように。

 数多の兵を引き連れ、我が道を征く“それ”こそが……レガトゥス級愚神、ヴァルリアであった。

●決死行
「レガトゥス級愚神、出現」
 HOPE東京海上支部のブリーフィングルームに集まったエージェントたちへ、礼元堂深澪(az0016)がいつにない緊迫した表情で語る。
「今見てもらったの、超望遠カメラ70台と衛星47個総動員して撮った映像の加工動画なんだけど……わかってるの、あれだけなんだ」
 深澪は深くため息をつき、下がりゆく顔を無理矢理に持ち上げた。
「今、レガトゥス級はシベリアからモスクワ方面に向かって西に進んでる。ほかの愚神とか従魔が向かってるベルミが目標なのかまでは不明だよ」
 彼女は何度もためらい、ついに意を決して。
「……みんなにお願いしたいのは威力偵察。特徴、能力、攻撃方法、なんでもいい。レガトゥス級の情報、取ってきてほしい」
 威力偵察。
 それは遭遇した敵と交戦し、戦力を測るものだ。当然、通常の偵察任務に比べて危険度は高いが、得られる情報も多い。それはわかっているが、しかし。
【白刃】においてHOPEは、レガトゥス級との戦いを経験してはいるが……それは本体ではなく片腕。本体がどれほどの力を持っているのかはまったくの未知数なのだ。
 そんな相手に援護もなく、たった1チームで攻撃をしかける。それも無数の従魔の警戒網をくぐり抜けて。
「こんな無茶、ほんとは言いたくない。支部のエージェント全員で、軍なんかとも協力して決戦だーって言いたい。でも。なんにもわかんないまま、レガトゥス級にケンカ売っちゃったら」
 ――相当数のエージェントが、兵士が、攻略の中で死んでいくことになる。
「だから隙を突いて近づけて、情報獲って生還までできる――腕利きのエージェントだけで行ってもらうんだ。それも大人数だと結局すぐ気づかれちゃうから、最小人数で」
 確かにそれは、普通の兵士では成せない作戦だろう。もっとも腕が立つと言われるエージェントでも、生還まで果たせるかの保証などはできまいが。
「接敵ポイントはなんにもない雪原の真ん中になるけど、ちょうどいい感じで吹雪になり始めてる。だから、しかけるならここしかない。みんな――」
 深澪は喉の奥で続く言葉を留め、新たな言葉を紡いだ。
「絶対深追いしないこと! 作戦開始から300秒後にステルス輸送機でみんなを回収しに行くから、従魔の突破と愚神への攻撃にどれくらい時間かけられるか、作戦開始までに相談よろしく!」

解説

●依頼
 謎に包まれたレガトゥス級愚神ヴァルリアに短時間の戦闘をしかけ、できるかぎりその能力を探ってください。

●状況
・1ラウンドは10秒。
・吹雪で視界は極端に悪くなっています。
・従魔群はヴァルリアの前進に巻き込まれないよう、20スクエア前後の距離を取りつつ、円を描くように点々とヴァルリアを囲んでいます(固まり同士には3~7スクエアの隙間があります)。
・みなさんの作戦開始地点は、従魔から10スクエア離れた(ヴァルリアから30スクエア離れた)ところとなります。
・全員が同じ地点からスタートする必要はありません。
・雪が固く締まっていることと、スパイクが貸与されることから、みなさんの移動力はそのまま適用されるものとします。

●地形
・固く凍りついた雪原。
・ところどころに雪をかぶった凹凸があり、身を隠す壁となり得ますが、凹部を知らずに踏むと穴にはまる危険性があります。

●ヴァルリア
・詳細不明。見た目についてはオープニング参照。
・能力は不明ですが、遠距離偵察から「本体を霧状のものが包んでいる」ことだけは判明しています。
・1ラウンドに5スクエア西へ進みます。

●従魔
・ルタを中心に据え、4~10体のデクリオ級、ミーレス級各種が固まりを作っています。
・固まりの中には、空移動タイプの従魔(雪喰虫)を含むものがあります。
・ヴァルリアに合わせて移動します。移動力が低いものは全力移動しています。
・ヴァルリアへの攻撃が感知された場合、従魔の固まりはおよそ5ラウンドで駆けつけてきます。

●備考
・移動しながらの戦いとなります。
・30ラウンド終了後、死亡者以外のエージェントはどこにいてもステルス輸送機に回収され、撤退となります。

リプレイ

●接見
 無人でありながら異様な騒がしさに満ち満ちた雪原へ、8組のエージェントが降り立つ。
『久しぶりの大物だな……』
 ヴァルリアの進路上、雪原の吹き溜まりに身を潜めた笹山平介(aa0342)の内、険しくしかめた両の眼に強い光を湛えてゼム ロバート(aa0342hero002)がつぶやいた。
「竜か……まるで御伽噺の世界に迷い込んだような気分だな」
 平介の傍らにある賢木 守凪(aa2548)もまた、吹雪の彼方に淡影となって浮かぶ愚神の姿を見、感想を漏らす。
『あれはどうしてみようもないくらいの現実ですけれどもねぇ』
 守凪を内から促すイコイ(aa2548hero002)。
 平介もまた、守凪をさりげなくガードするように位置取りし、無言で前進を開始した。
『俺が力を貸すんだ……少しはやる気を見せろ』
 ゼムの声に、平介は短く。
「覚悟は今、決めたよ」

『ほわぁぁぁぁ。でっかぁぁぁぃのであります!』
 雪をまぶした疑似雪原迷彩仕様サンドエフェクトをかぶり、窪地に潜んだ美空(aa4136)が、契約英雄のひばり(aa4136hero001)を内でがくがく揺さぶった。
『痛いですぅ……』
 ピッケルハウベの奥に隠した眉毛が、とほほの八の字を描いている。
『攻撃も大事でありますが、みなさんの戦果確認もしっかりやっていきますよ』
『攻撃って、敵はあれですよぅ?』
 無数の従魔群に取り巻かれ、悠然と我が道を行く巨大な影。
 これだけの距離をおいてなお押しつけてくる圧力に、美空はぶるりと震え、しかし無理矢理に笑みを作った。
「レガトゥスセンパイ、胸借りるやで」

「レガトゥス級の恐さは個体としての能力よりも世界侵食能力じゃ。【白刃】作戦において現われた“滅びの腕”の泥とあの霧のようなものが同種であるなら……解明できねば人も世界も喰われて終わる」
 どこか楽しげに、迫り来る従魔群とその奥の愚神――ヴァルリアへ笑みを向けるカグヤ・アトラクア(aa0535)。
『味方のこと囮にして、自分は戦わないで調査とか楽しむ気?』
 眠たげな声で内からクー・ナンナ(aa0535hero001)がツッコむが。
「我らの目的は決死行を越え、レガトゥス級の情報をひとつでも持ち帰ること。そのために互いを使い捨てることもまた覚悟というものよ」
「……そういうことだ」
 応えたのは不知火 轍(aa1641)だ。彼もまたこの決死行で“覚悟”を決めているひとりである。
『覚悟はしています。だから自分たちはためらいませんよ。死ぬことも――窮地に陥った誰かに手を伸べることも』
 轍の内で、雪道 イザード(aa1641hero001)が静かに言い。
「……ああ」
 轍もまた、低く言葉を添えた。

「……レガトゥス級、か」
 パラディオンシールドの縁に顔を埋め、大門寺 杏奈(aa4314)が吹雪の向こうを見据えて言った。
『さすがに緊張しますわね……ですが、後の人たちのためにも、この威力偵察で成果を持ち帰らなくては』
 内のレミ=ウィンズ(aa4314hero002)が、杏奈と同じ先を見て言葉を重ねた。
 杏奈の手が、ライヴス通信機から下げたお守りストラップを握り締めた。そのお守りは、【暁】小隊の盾としての誇りと、仲間たちから預けられた信頼の証。
「わたしはかならず【暁】に還る。隊長――行ってきます」
 そのすぐ先で従魔軍の動きを確かめていた狒村 緋十郎(aa3678)の内で、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)がくつくつと喉の奥を鳴らす。
『あれがレガトゥス級! どう、緋十郎? 踏まれてみたくならない?』
『いや、わざわざ踏まれに行くまでもなかろう』
 眉間に刻まれた皺を一層深め、緋十郎は獣化した体を小さく丸め、すぐにでも行動へ移れるよう力を溜める。
『――覚悟を問うような真似は要るか、覚者(マスター)?』
 八朔 カゲリ(aa0098)の内から悠然と問いを投げる、契約英雄のナラカ(aa0098hero001)。
「必要ない」
 すべてを肯定し、「そうしたもの」と受け入れる彼にとって、覚悟も決意もひとつの意思でしかない。ゆえに彼は気負わず、昂ぶらず、固めない。
「八朔、おまえは“そうしたもの”なんだろうが。迷ってまちがえて、いつか死ぬまで、存分に生きてみろ。……すまん。押しつけたくなるのは、大人の身勝手だな」
 緋十郎がカゲリの肩をそっと叩いた。
 さまざまなものを越えてなお生きている彼の言葉の重さ。
 レミアは薄くうなずくカゲリを見やり、独りごちた。
『死なずに生きる。生きずに死ぬ。それを選べるのは幸せよね』
 死ねずに生き続けてきた吸血鬼はすべての感傷を心の奥底へ押しやり、不敵な笑みを閃かせる。
『ごちゃごちゃ言ってないで行くわよ。活はいつだって死中にあるんだからね!』

●作戦開始
「レガトゥス級に追随する従魔を引きつける」
 立ち上がった平介がイグニスに点火、先頭を行く従魔の固まりへ炎を叩きつけた。
 この初手は確認だ。従魔が特殊な――ヴァルリアを守るためだけに生み出された親衛隊なのかどうかの。ただの従魔なら、当然イグニスの炎は有効だ。そしてかならず反撃してくるはず。
 不意の炎に巻かれた従魔が燃え立ち、膝をつく。
『特別な力を持っているわけではないようだな』
 ゼムの声に引き寄せられるように、固まりを構成する従魔が攻め寄せてきた。固まりの指揮を執るルタ同士でなんらかの通信が交わされているようで、近くの固まりもまた続々と集結してくる。
『これは少し、思い違いをしていたのかもしれませんね。従魔は護衛ではなく、レガトゥス級を中心にした“愚神群”の白血球なのでしょう』
 イコイが皮肉な笑みを浮かべて言葉を継いだ。
『どちらにせよ、侵入者である私たちはもう、見逃してはもらえない』
「引きずり回して隙間をこじ開ける。動くぞ」
 従魔群の先陣に幻影蝶をぶつけ、守凪が後退を開始した。
「了解した」
 平介は守凪の退路を守りつつ、自身も後退していく。
 互いに言葉を交わすことはなかったが……もっとも大切な存在である互いを生かして還す。そのために彼らは、命を尽くすのだ。

『従――つけ――け』
 通信機から途切れ途切れ、守凪の声が聞こえる。
「理由はわからんが、通信が妨害されているようだな」
 回線を開け放したままにしてあるライヴス通信機のボリュームを少し下げ、緋十郎はかぶりを振った。
『ドロップゾーンじゃないわね。結界みたいな感じがするけど……』
 レミアが小首を傾げて空気を嗅ぐ。ドロップゾーンにせよ結界にせよ、特有のにおいがあるものだ。本来の力を発揮できてさえいれば、容易く正体を割り出せるのだが。
『気にしてる場合じゃないんじゃない?』
 ぽそぽそ言うクーに続き、カグヤが一同を促した。。
「平介らのおかげで従魔どもの隙間が拡がっておる。潜り込もうぞ」
「……行く」
『先行して探りを入れてきます。通信ができなくても、記録だけは残せるように』
 轍と雪道が言葉を残して姿を消した。吹雪に潜伏し、ヴァルリアへ向かう。
「みなさんはわたしの後ろに。先導します」
 杏奈が身をかがめて前進。一同もそれに付き従った。
『リンクコントロール、使いますわよ』
 レミが杏奈とのリンクレート――絆を高めた。最後まで共に立ち続けるために。万が一の最期には、共に逝けるように。
 同じようにリンクコントロールを使ったナラカが、カゲリに言葉を投げた。
『少女らは最期の先まで共にある覚悟を決めた。我らはどうだ?』
「俺に最期が来るなら……俺を全部持っていけ。俺がおまえに持たせてやれるものは俺だけだから」

『すごい数ですよぅ! 笹山さんと賢木さんがぁ』
 ヘルメットの前立てをあわあわさせながら、平介らを追う従魔群の数におののくひばり。
『おふたりは歴戦の勇士ですので大丈夫。それに美空たちの攻撃目標はセンパイでありますからね』
 美空は応えながら、カチューシャMRLを収めた幻想蝶を手の内に握り込んだ。展開してしまえばもう隠れる術はない。始めてしまえば、あとは戦いの最後か自身の最期まで走り続けるよりないのだ。
「従魔ニキはあっさり釣られてくれたンゴ。とっととあっち行ってクレメンス」
 ゆっくりと、美空の視界を巨影が横切っていく。
 始めるまで、あと少し。

●死線前
 吹雪の中を手探りするように、従魔が平介と守凪を追ってくる。
『吹雪に惑っている……視覚を強化されているわけじゃないのか。なら聴覚はどうだ?』
 ゼムに促された平介が、アンチマテリアルライフルを天へと撃ち放した。雪風の咆哮を割り、轟音が鳴り響く。結果、従魔は音に吸い寄せられてきた。
『美空――撃、開――』
 通信機から美空のかわいらしい声が飛びだしてきた。
「さっきよりクリアだな。こちらからの通信はまるで届かないが」
 守凪の報告に、平介は従魔へ攻撃を加えながら黙考し。
「今、愚神近くの従魔群は数を減らしている。だとすればこの通信妨害、従魔に関係があるのかも」
 守凪はうなずき、金烏玉兎集を構えた。
「とにかく、ここでやるべきことはひとつだ」
「ああ――守凪、一旦後ろに」
 守凪を下がらせた平介がゼムに合図する。
『来い……!』
 数多の巻物「雷神ノ書」が、イグニスが、アンチマテリアルライフルが、ゼムの声に応えて中空に現われた。
『通信の妨害をしている従魔が誰なのか、それだけでも探りますか。愚神と対することに比べれ容易い仕事です』
 皮肉を閃かせ、それでもイコイが共鳴体の内にライヴスの熱を巡らせた。
 少なく見積もったとしても、敵の数は100を越えている。決意や覚悟で斬り抜けられる戦力差ではなかったが。
『ここからが本物の決死行だな』
 ゼムは口の端を吊り上げた。

『美空――キに合わ――攻撃――やで』
「大分聞こえるようになった。理由はわからんが」
 近づきつつあるヴァルリアを、その斜め前に位置する窪地で待つ緋十郎がつぶやいた。
『それよりさっきより寒くなってない?』
 レミアがたまらず声をあげた。人を超えているはずの共鳴体の端々がきしきしと痛む。ヴァルリアの極冷に侵され始めているのだ。
「凍りつかぬうちに突貫じゃ。レガトゥス級の撮影、霧と体表組織の採取、特性と技の見極め。やるべきことは尽きぬのに時間はすぐ尽きるからの!」
 嬉々として踏み出したカグヤに続く形で、他の3組も行動を開始した。
 全身に白霧をまとい、足元を這うエージェントに気づく様子もなく、ただ西へと歩を進める竜の姿が、吹雪の内より露われる。
 天を突くほどではない。
 地を埋めることもない。
 だがしかし。
 幾千万の従魔を束ねたとて足りぬ、このプレッシャー。
 これが王ではなく、総督。
 思い知った――思い知らされた。敵の強大さと、自らの卑小さを。
「震えるな」
 カゲリがつぶやき。
『だが、奮える』
 ナラカが継いだ。
『どこに打ち込んでも傷つけられそうにないわね……つまんない』
 ヴァルリアの全身を鎧う分厚い外皮を見やり、レミアがため息をついた。
 これほど隙だらけだというのに、視線が届く範疇に隙と呼べるものがない。いや、絶対の防御力を備えているがゆえの無防備というべきか。
「この霧は――」
 10メートルにまで近づいた途端、霧に触れたヒーターシールド――緋十郎の霊力を燃料に緋色の熱をたたえる“常夏の盾”が、じわじわと凍りつき始めた。
『凍結の霧ってわけね』
「しかし何十秒かは保つ」
 レミアの愛剣をAGW化した、“闇夜の血華”の銘を持つ魔剣「カラミティエンド」に換装した緋十郎が、ヴァルリアへさらに迫る。
「サポートする」
 ヴァルリアの一歩が凍雪を踏み抜いた瞬間を見極めた杏奈が、希望の御旗を展開した。
 吹雪を受けてはためくHOPEのエンブレムが、緋十郎の意気を高める。
「おおっ!」
“血華”から放たれた烈風波が、水晶を塗り固めたかのようなヴァルリアの足を叩き。傷ひとつつけられず、消えた。
「硬い!」
『ふたりとも一時離れよ。其奴の霧、近づくほどに凍気を増している』
 中間距離を保って緋十郎、杏奈を援護するカゲリの内より、ナラカが声音を飛ばした。

『ふた――離れ――霧、近――凍気――いる』
 通信機から聞こえるナラカの声に、雪道が眉をひそめた。
『この霧に長く触れていてはいけないようです』
『……ああ。雪喰蟲じゃなかったのは、よかったけどね』
 6メートルの距離を置いて潜伏、接近している轍だったが、その手足の先は少しずつ凍りつき、このままではいずれ、落ちる。
『従魔は攻撃に反応する。でも、どうやってレガトゥス級と意思を疎通しているのか――そもそも疎通などしていないのか』
 平介と守凪が多くの敵を引っぱってくれたことで、轍は従魔と接触せずにここまで来られた。従魔と愚神との関係性を探るつもりはあったが、あのふたりが追われている状況を考えれば、単独で動いている自分たちがそれをせずにすんだことは幸いだった。
 悠然と歩を進めるばかりのヴァルリアを見上げ、轍は細く息を吸って、止めた。
『……探る』
 腹の底に在る丹田にまで落とし込んだ息をライヴスに換え、全身に巡らせた。確かめなければならない。近づくだけで共鳴体を侵す、この凍霧の質を。
『カメラは今のところ動いてくれていますが……いつまで保つかわかりませんね』
 防具に固定した動画用ハンディカメラは、すでに常にはありえない音をきしらせている。
 轍は短刀と蔓切鉈を銅線で繋いだ彼専用のハングドマンを携え、白がいや増す霧の内へとその身を投じていった。

 一旦南へ迂回した後、従魔群を迂回して東へ抜けたカグヤが息をついた。
『計算どおりだけどさ。置いてかれちゃうんじゃない?』
 西へ向けて遠ざかっていくヴァルリアと従魔群の背をながめ、クーが言う。
「マッピングはしておるし、すぐに追いつける」
 カグヤはヴァルリアに踏まれ、驚くほど固い圧雪と化した雪をビーカーに収めた。
「特になにが出てくるとも思えんが、それを確認することもサンプルの役目じゃからな。――足跡のあたりにレガトゥス級の落とした毛やら皮やらはないか?」
『愚神は野生動物じゃないでしょ』
 持ち帰るべきものを探しながら、カグヤとクーは雪原を這い進む。
 そして20秒。
 ヴァルリアの左方から、激しい爆発音があがった。
「誰じゃ? ――と、言うておる場合ではないか」
 カグヤは手を止め、西へと駆け出した。
『もう探さなくていいの?』
「雪以外に採れるものはあるまい。それに、従魔を攻撃した遠距離攻撃班は追われておる。だとすればあの音は残りの従魔を引きつけよう」
『見捨てるんじゃなかったっけ?』
 クーの人の悪い流し目を無視、カグヤは笑みを閃かせる。
「結果として誰ぞ死ぬのは最悪あきらめてやらんでもないが、けして見殺しにしてなどやらぬ! わらわってそういう人じゃろ!?」

 爆発音が響くわずか前。
 ヴァルリアと従魔群が行き過ぎていく、そのときを見計らい。
「やるンゴ!」
 美空が身を隠していた窪地からすわと立ち上がった。
 その背に展開していたカチューシャMRLの16連ロケット弾が一斉に飛び、従魔どもを爆炎で押し包んだ。
「毒つきミサイル、味わってクレメンス!」
 ロケット弾の先には、ポイズンボトルの毒をたっぷりと塗りつけておいた。ついでに奴隷の石による攻撃力上昇効果も。これが決まれば、生き残った従魔の足もいくらか鈍らせることができるはず。
『ミーレス級8が蒸発、デクリオ級4が毒で鈍りましたぁ。でも、ほかの従魔が急速接近中ぅ!』
 こちらへ向けて殺到してくる従魔群。
 美空は金属の骨翼をパージ、目星をつけておいた次の潜伏ポイントへ向けて転進移動を開始した。
「近接戦闘班が本気でセンパイに攻撃始めたら、そっちに従魔ニキネキが行っちゃうンゴ。引きつけるやでー」
 他の従魔に先んじて、黒靄に跨がった数体のルタが槍を振りかざして美空へ迫る。
『引きつける前に追いつかれちゃいますぅ!』
 駆けながら携帯していた“あなたの美しさは変わらない”をひっかぶり、美空は不敵に笑んだ。
『角突きちゃん、なんとかがんばってガードするでありますよ』
『は、はいぃ?』
『奴隷の石のせいで防御力下がってるでありますからね』
『あうぅ』

●死線上
 同胞の屍を踏み越え、従魔どもが平介と守凪を取り巻いていく。
『押し包むか。思わぬ知恵があるものだ』とゼム。
 固まりの指揮を執るルタどもの知能はそれほどのものではないが、作戦行動をとることはできる。
『特定の従魔の固まりであれば、もう少しどうにかできたでしょうけれど』
 イコイが小さく肩をすくめてみせた。
「向こうでも威力偵察が始まっている。……あがこうか」
 平介がアンチマテリアルライフルを頬づけで構えた。
「ルタの数を減らせれば、それだけ死線に隙間をこじ開けられるだろう」
 金烏玉兎集に自らを取り巻かせながら、守凪は平介のライフルの二脚を下から握り、固定した。
「先手は俺が」
 突撃してきたルタと従魔どものただ中に、守凪がブルームフレアを燃え立たせた。
 彼の右目の薄水を映した炎がゴブリンスノウを、スノーサイズを、アイスオーガを黒く焼き焦がす。
 そして。
「後手は私が、だね」
 炎を突き抜けてきたルタへ、平介がライフル弾を叩き込んだ。
 眉間を撃ち抜かれたルタが、黒靄の上から弾け飛んでかき消えた。
「これで、1」
 激しい反動が平介の肩へ食い込むが、守凪のアシストがそれを最小限に留め、彼を守った。
『1体倒したところで状況を変えられるとは思えませんね。私たちはここで死んでいく』
 イコイの歌うようなソプラノに、ゼムが低く応えた。
『俺はおまえとの誓いを果たす。かならず』
『――そうでしたね』
 ふたりだけで交わした約束を思い、イコイは静かに笑んだ。

『――ちら、賢木。ルタ1――破。このま――継続』
『通信、大分クリアになりましたか』
 油断なく共鳴体とヴァルリアの様子を確かめつつ、雪道が言った。
『……でも、レガトゥス級の能力じゃ、なさそうだ』
 少なくとも霧の効果ではない。轍は距離を変えながらそれを確かめた。それなり以上のダメージを代償に、だ。
『距離にして10メートルから霧は凍結効果を発揮、接触することでおそらくは倍程度の威力で浸透してくる。どれだけ耐えられるかは……特殊抵抗力にかかってきますね』
『……待て』
 轍が雪道を止めた次の瞬間。
 空気が急激に濁りを増した。
 これは霧ではない。
『空間が――!』
 世界が引き歪む。
 世界ならざるものに喰われ、飲まれ、侵される。
「くっ!」
 轍が足元に爆導索を突き立て、起爆。その爆風でヴァルリアから緊急離脱し、そのまま離れられる限り離れた。そして焼け焦げた体を放って振り返った後に。
『移動しながら、ドロップゾーンを生み出すなんて』
 巨体の周囲4メートルまでを覆うドーム状の亜世界が在った。
 亜世界はわずか10秒で消え失せたが、飲み込まれていたら、きっと……。
「……轍だ。レガトゥス級は、いきなりドロップゾーンを作る。短時間で消えるようだが、警戒を」
 通信を切った轍はあらためてヴァルリアを見る。
 あの竜は起きてるのかな。まどろんでいるから、僕らが少しくらい叩いても気にせず歩いているのかもね。寝返り打つみたいに、霧やらドロップゾーンやら振りまいてさ。それでもこれだけのことをしでかすんだ。起こさないほうがいいんだろうけど。
「……せっかく遊びに来たんだ。少しは遊んでもらおうか」

 時同じくして、正面攻撃班。
「ドロップゾーンか!?」
 緋十郎が杏奈をかばいながら後退した。
 距離が近づくほどに冷めていく霧。そこから遠ざかっていたことが幸いしたが、
『杏奈! レガトゥス級が移動してること、忘れないでくださいまし!』
「はい!」
 こうしてドロップゾーンを生じさせている今も、ヴァルリアは西を目ざして歩を進めているのだ。
 ドロップゾーンが消え、轍からほぼクリアな通信が入った。
『――警戒を』
「警戒か」
 遠くを見透かすように目を細めたカゲリを、ナラカは無言で見やるのみだった。

 さらに、カグヤ。
「こちらに来よ、従魔ども」
 デ・ラ・リュースのレンズをきらめかせ、カグヤが全力で駆ける。美空を追う従魔のいくらかを引き剥がし、引き回した上で置き去った彼女が目ざす先には、ヴァルリアがいる。
『なんかさっき、ドロップゾーンみたいなのが見えたんだけど』
 通信機からの情報を聞いたカグヤがうなずいて、
「紛うことなくドロップゾーンじゃ。というわけで、次にアレが出たら突っ込むぞ!」
『やだー』

『ドロップゾーンが出たそうですよぅ』
 ひばりが通信内容を美空に伝える。
 カグヤのサポートで数こそ減りはしたが、依然多数の従魔が雪の上を這い、駆け、あるいは飛び、美空を追っている。
「第二射、発射ニキ!」
 カチューシャの16連ロケット弾の爆圧と爆風、それにまかれて噴き上げた雪柱で先陣の足を抑えた美空が通信機に叫んだ。
「こちら美空ンゴ! 笹山さん、賢木さん、合流して――」
『来るな』
 美空の声を遮ったのは、守凪の冷めた声音。
『狒村たちと合流しろ』
 ブツリと切れた通信に、美空は幻(み)た。
 追い詰められ、それでも従魔を仲間へ向かわせないために抗し続ける2組のエージェントの決意を。
「角突きちゃん、行くンゴよ」
『は、はいぃ!』
 奴隷の石は背嚢へぽい。傷ついた体に気合一閃、ケアレイを叩き込み、美空はまた転進して走り出した。
 ――見殺さないのは、美空も同じなのであります!

●声
 ヴァルリアの体が、再びドロップゾーンに包まれた。
『未だレガトゥス級は我らに気づかぬまま進軍中。挨拶に行こうか、覚者』
「そうだな。せめてここに俺たちがいることを知らせる。緋十郎、あとは任せた」
 ナラカに応え、カゲリがレアメタルシールドを手にドロップゾーンへと踏み出した。
 と。
『わたしたちの面子潰す気?』
 レミアが笑みを含んだ声でカゲリを留め。
「若造は引っ込んでろってことだ」
 静かに緋十郎が言い捨てた。
 もちろん本意であるはずがない。誰もがそれを理解している。だからこそ、止められなかった。

 ドロップゾーン内は静やかだ。あれほど激しかった吹雪はなく、戦場の音も聞こえない。
「ここがレガトゥス級の世界か」
 緋十郎の声が、押し詰められた“静寂”に吸われて消える。
『気温がまた下がってる。ドロップゾーンをどれだけ冷やしたいのか知らないけど、レガトゥス級にとっては、シベリアですら酷暑ってことなのかもね』
 そうか。こいつは暑さにやられて、半ば浮かされている状態というわけか。こうして度々、無意識のうちに体を冷やしたくなるほど。
「……人間を殺し尽くすために出てきたんだろうに、人間なんぞ見ていられんか」
 緋十郎が“血華”を青眼に構えた。
『気に入らないわね。人間どころかこの真祖の王女たるわたしを無視して行き過ぎようだなんて』
 レミアが顎の先でヴァルリアを指した。
「レガトゥス級! 俺は……俺たちは、ここにいる!!」
 足、爪先、体表。3度の烈風波を喰らわせてなお傷つけられなかった巨竜。
 その、1度めの攻撃を当てた足に、筋力のすべてを込めた斬り下ろしをぶち当て、弾かれ。
 その反動を利して、同じ箇所へ横凪ぎに刃を振り込み、弾かれ。
 手からもぎ離されそうになる刃を全膂力をもって引き戻し、渾身の突きをまた同じ箇所へ突き立てた。――疾風怒濤の三段攻撃。
『傷、つけてやったわよ!』
 食い込んだ切っ先から、かすかに砕けたヴァルリアの皮がこぼれ落ち。
 爪先が、緋十郎をやすやすと吹き飛ばした。
「があっ!」
 大剣を盾になんとか直撃を避けた緋十郎は、聞いた。

 ――すべては、静止する。
 ――動、熱、命、すべての本質は零。
 ――零の内に蠢く熱……存在を、禁ずる。

 一方、緋十郎と同じくドロップゾーン内に侵入していたカグヤもまた、同じ声を聞いていた。
『これがレガトゥス級の声か。クーよ、録音はできておるか?』
 内なる声で尋ねたカグヤに、クーはぷるぷるかぶりを振って。
『寒すぎてカメラ壊れちゃった。データもいっしょに』
『ぬぅ、ライヴスの通わぬ機械には酷過ぎる環境じゃからな……ライヴスが通っておっても、このザマじゃ』
 特殊抵抗力を押し上げてきたがゆえに体はまだ充分に動きはするが、壊死の呪縛に捕らえられた右の義腕が、指先からボロボロと欠けてはこぼれ落ちていた。
『霧に紛れて来ておったわ。HOPEのBS区分で言わば減退か。やはり超時間貼りついたまま戦うのは無謀じゃな』
 カグヤは右腕を半ばから引きちぎり、ヴァルリアから一旦離れた。

「レガトゥス級が止まりました!」
 ドロップゾーンのすぐ外、いつでも緋十郎のサポートに飛び込めるよう備えていた杏奈が告げた。
『……なにか来ますわ』
 ドロップゾーンの外にまで漏れ出してきた極冷気を見やり、レミがライヴスを燃やして防御を固めた。
『うむ。これは来るのだろうな。ライヴスシールドを張るよ』
 ナラカが興味深げにうなずき、ライヴスシールドを張り巡らせた。ドロップゾーンが消えた瞬間、緋十郎をカバーするために。
「ようやく目覚める、か」

『レガトゥス級が止まった。なにがあったんでしょうね?』
 ヴァルリアから一定の距離を取り、観察を続ける轍の内で雪道が眉をひそめた。
 轍は表情を鋭く締めたまま、内で言葉を返した。
『……ドロップゾーンが消えたら、通信が入るだろう』
 それしだいで、突入するか援護に入るか決めるということですか。撤退という選択肢はないんでしょうね。
 雪道は胸の内で笑み、そのときが来るのを待つ。

「レガトゥス級が止まった……」
 守凪が仲間からの通信を平介に伝えた。
「残り1分余り。せめて一撃、試しに生きたいところだけど」
 目に流れ込んでくる血をぬぐい、平介が笑みを傾ける。
 アクティブスキルの残りはあとわずか。命の残りも同様だ。
「俺たちが倒れても、誰かがその情報を持ち帰ってくれるだろうさ」
 守凪もまた、切れた唇から噴いた血を指先で払う。
 敵は未だ無数。
 つかんだ情報は、ルタの数が減れば通信妨害はそれだけ解消されるということだけ。
 歩いて還るか、このまま雪に埋もれて逝くか、どちらにせよ手土産が足りていない。
 ――ガガギダグガギギリガ! 敵のただ中に、火薬が超高速で弾ける固い音が鳴り響いた。
「笹山さん! 賢木さん!」
 エマージェンシーケアが守凪の体に撃ち込まれ、傷を癒やす。
 ルタどもが自らの率いる従魔の体勢を立てなおすべく声なき声を張り上げる中、美空の赤黒く汚れた笑顔が現われた。
「行くンゴよ! 動けるうちに!」
 3組は、追いすがる従魔を引き連れ、総督へ逢いに行く。

●比翼連理
 ドロップゾーンが消えた。
「緋十郎!」
 雪上に倒れ伏した緋十郎の前へ跳び込んだカゲリが、姿を現わしたヴァルリアを見る。
 そして。
 オオオオオオオオオ。
 竜の咆哮を聞いた。
「――従魔が来ます!」
『あちらが来ますわ!』
 杏奈とレミの声が同時に響き。
 竜がさらにその口を開き。
 声音と共に、冷凍光線を吐き出した。
「――!!」
 カゲリのライヴスシールドが、直撃のダメージを打ち消し、蒸発する。
 その直後、怒濤のごとくに極冷気が流れ込み、光線の線上にいたカゲリを、杏奈を、守られたはずの緋十郎を雪に縫い止め、拘束した。
『魔法攻撃ですわ! 威力は極めて高く、拘束のBSが付与! ……3度は、耐えられませんわよ』
 レミの報告を受けた杏奈が、パラディオンシールドを――“闇を阻せる金色の壁”の銘を受けた「守り」の意志を高く掲げてヴァルリアを見据えた。
「なら、あと1度は計れる!」
「――今の光線、10秒、溜めがあった。気をつけろ」
 体を起こした緋十郎が途切れ途切れ、低く告げた。
『まだ動けるなら動きなさい。止まってると死ぬわよ』
 レミアの声を受け、緋十郎が脚に喰らいついた氷を割り砕き、杏奈と共に再び動きを止めたヴァルリアへ向かう。
「溜めが、長い」
 ライヴスシールドを張った杏奈が、緋十郎をかばって前へ出る。
「大門寺は次の10秒を生き延びることだけ考えろ」
『そういうこと。わたしたちを守りたければ1000年生きてからにしときなさい』
 レミアと共に言い置き、緋十郎が加速した。
 それを追いながら杏奈は思う。
 緋十郎の脚の力強さは、誰かを守るために攻めるという意志があってのもの。守っているつもりで、守られているのだ。彼女も。
「……狒村さん、頼りにしてます」
 そして。
『わたくしたちは守り抜きますわよ』
 レミの声音に、杏奈が凜と面を引き上げた。
「うん、守ろう。次に続くみんなを」
 果たして。
 雪原がうねった。
 寒波が衝撃と化し、エージェントへ横殴りに吹きつける。
「っ!」
 ライヴスシールドを浸透し、杏奈を侵そうと迫るBS。それを気力で振り払い、彼女はさらに一歩を踏み出した。
『20秒の溜めから、衝撃冷波の全方位攻撃ですわ! 脚を止めるだけでなく、心をも侵す!』
「でも」
 杏奈の目とヴァルリアの眼とが合った。
「レガトゥス級、あなたはわたしたちを止められませんでした!」
 リフレックスがいくらかのダメージを反射しているはずだが、どれほど届き、効いているのかは知れない。
 ――静止、せよ。
 巨竜の足が降り落ちる。
「わたしたちは止まらない!」
 盾の形を成す砦を掲げ、その足を受け止める。
 骨がきしみ、肉が裂け、血管が弾け、それらが次の瞬間、凍りつく。このまま、眠ってしまえたら……
「……悔いても、悔やみきれなく、なる。わたしは、還る――誓ったんだから!」
 お守りに込められた想いが、凍りゆく杏奈の体に熱を吹き込んだ。
「『――っ!!」』
 じりじりと凍気をまとう超重量を押し返し、杏奈はついには弾き落としたが。
 ヴァルリアの無慈悲な追撃が襲い来た。
 これが、レガトゥス級――ヴァルリアの牙が迫る中、杏奈は後方に倒れ伏した緋十郎を見た。
 足が、勝手に動いていた。守る。還れなくなったとしても、わたしは……隊長、ごめんなさい。
 そこへ。
 カゲリが割り込んだ。
 彼はレアメタルシールドを牙と牙の間に噛ませたが――わずか2秒で、盾が噛み砕かれた。
「!」
 盾を掴んでいた左腕から胸元にまで竜の牙が突き立ち。深く、埋め込まれていった。
「八朔さん!!」
 カゲリが杏奈を「来るな」と制す。
 どのみち間に合わない。牙はもう、彼の命まで届いているから。
 と。ナラカが平らかな声音を紡いだ。
『覚者、もうじき命が尽きる』
 カゲリはうなずき。
『約束どおり持っていけ。俺を全部』
 ナラカは静かにかぶりを振って。
『対となる汝の魂を――片翼を失えば、どのみち私は飛べはせぬ。ならば共に最期の向こうへ墜ち行こう。……長き旅路となろうが、話し相手がおれば退屈はすまいよ』
 ナラカは覚悟などと口にしながら、決めていたのだ。幾度となく置いていかれた末に出逢った比翼連理――魂の片割れたるカゲリと共に死ぬことを。
 ナラカの心が、食いちぎられようとしていたカゲリの左手の内に、それを握り込ませた。
 共にいくというなら。
 黄泉路を逝くより明日へ行こうか。
『活は死中にあるそうだ。俺たちはそこまで飛べるか?』
『覚者が望むのなら連れてゆこう。この神威の鷲の羽ばたきで』
 ライヴス結晶が、弾けた。

「が、はっ」
 九死に一生を得た緋十郎が跳ね起き、戦場/線上を見渡した。
「大門寺――八朔?」
『杏奈はかろうじて無事よ。カゲリは……向こう側に踏み出したところ』
 煙るようなレミアの声に、緋十郎はすべてを理解した。
「俺たちのリンクレートは十全か?」
『――平介たちと合流するんじゃなかったの?』
 九死に一生が発動した後はヴァルリアから距離をとり、遠距離攻撃組と合流する。それが彼とレミアの作戦だったのだが。
「大の大人が未成年を残して死線から跳び降りるなどできん! いや、ちがう。あの衝撃波からは逃げられんだろうし……」
『生真面目な大人は辛いわね』
 レミアは薄笑みを浮かべ、駆け出した緋十郎の内でクロスリンクの準備を整えた。

「時間はあとどれほどある!?」
 正面攻撃班との合流を急ぐカグヤが訊く。
『1分切ったくらい』
 クーがあくび混じりに答え。
『ライヴスソウル使うの?』
「あやつらを連れて還る手が要る。先を越された以上はその手を担うがわらわの役目じゃ」

『先の衝撃でカメラは完全に壊れましたよ』
 雪道がため息をついた。
 範囲攻撃の兆候を見て取った轍はその巨体から離脱した。が、逃れることはかなわず、寒波にまかれて大きなダメージを負った。
『……データが無事なら、いい』
 それよりも。
『……あと、50秒。もう1回は、あるだろうからね』
 ヴァルリアの強力な攻撃が。
『従魔の主力がもうすぐレガトゥス級のまわりに戻ります。八朔さんがリンクバーストしたそうですが――この死線、越えられるかどうかはわかりませんね』
 轍は不穏な風をたぐり、吹雪の中をひた走る。
「……連れて還る。俺の、この手で」

 羽虫が這うように緩慢な速度で、遠距離攻撃班は従魔群を相手取りながらヴァルリアに近づいてきた。
「八朔さんがリンクバーストしたンゴ!」
 ガトリング砲から途切れなく弾をばらまき、従魔を牽制しながら美空が告げた。
「時間も状況も、最終局面ですね」
 平介が奥歯を噛み締めた。
「レガトゥス級の霧に防御効果はない。10メートルより離れておけば侵されることもない」
 守凪が平介に視線を投げる。
「――美空さん、ここまで援護、ありがとうございました♪ 私たちはこれから少し出かけてきます。他のメンバーと合流して、なんとか時間まで持ちこたえてください」
 駆け出したふたりを追わず、美空は正面攻撃班のほうに全力移動を開始した。
『いいんですかぁ? いっしょに行かなくて』
 あわあわするひばりに、美空は内で固い声を返した。
『多分、ついて行っても足手まといになるだけでありますから』
 男たちの決意に応えるため、生き延びる。美空は漏れ出しそうになる声を噛み殺した。

●生還
 通常のリンクバーストではありえなかった。
 笑みをたたえた白面がかすかに傾けられ、銀の髪が金に燃え立ち、浄化の焔で世界を照らす。
 神々しく、邪。
 禍々しく、清。
 それは邪英に堕ちたナラカの姿であるはずだったが、しかし。
「そうか……連れてゆくと言うたは私。なればしばし預かろうか。覚者のすべてを」
 その赤眼には、裁定者の酷薄ならぬ守護者の慈愛が灯っていた。
「絶零の総督よ、汝に魅せよう。我らの意志が示す力を」
 金焔と化したライヴスの衝撃波がヴァルリアの口元を撃ち据えた。
 数本の牙が折れ飛び、巨体がかすかに揺らいだが、ヴァルリアは無機質な眼をナラカに向け、動かない。
「八朔――ナラカ殿か!」
『そのまま邪英になんかなったらゆるさないわよ!』
 緋十郎とレミアが、カゲリと結ばれたナラカの絆に自らの絆を巻きつける。
「わたしたちも!」
『全力で支えますわよ!』
 レミと心を合わせた杏奈が、傷ついた手で希望の御旗を高く掲げた。
 ――静止、せよ。
「たとえ我が焔を凍てつかせようと、我らの――人の魂の輝きまでもは封じられぬ」
 無形の影刃<<レプリカ>>――“奈落の焔刃”が黒焔を噴き、吹雪をかき消すばかりかヴァルリアの凍気すらも押し戻した。
 その瞬間。
「……見えた」
 駆け戻ってきた従魔が伸べる手を振り払い、平介がアンチマテリアルライフルを撃ち放した。
 弾は溜めに入ったヴァルリアの眉間へ突き立ったが、かすり傷をつけるに留まった。
「ならば、これはどうだ――!」
 守凪の金烏玉兎集から十二の式神が飛び、ヴァルリアの鼻先を削り落とす。
『物理よりも魔法が有効。確認はできましたね。問題はこの情報を残せるか、ですが』
 従魔に取り巻かれ、平介と守凪が飲み込まれゆく中、イコイが静かに語った。
『もう忘れたのか。誓いを守ると言ったはずだ』
 ゼムが言い放つと同時に、平介の体が守凪を抱き込んで凍雪に伏した。
 殺到する従魔の攻撃が平介の体を揺らす。
 まるでゆりかごの中にいるようだ――守凪、そしてイコイは薄れゆく意識の内で思った。

 ナラカを軸に据えた正面攻撃班がヴァルリアを攻める。
 合流したカグヤ、轍、美空もまた攻撃を重ねたが、ヴァルリアの衝撃波と従魔の猛攻に追い詰められていく。
「っ」
 緋十郎の口内に赤黒い血が噴き溜まった。それをしかめ面で飲み下し、彼は内のレミアへささやいた。
「芸がなくてすまんが」
『それは知ってるから行きなさい。ただし、化けて出るならひとりでね』
 緋十郎は従魔群へ突っ込んだ。ナラカをヴァルリアへ集中させるために。
「生きて還れよ。ナラカ殿、八朔……」
 そして“血華”を振りかざしたまま、闇へと墜ちた。

「私の――覚者の意志は折れておらぬよ」
“奈落の焔刃”を握るナラカの手は、焔の輝きを失いつつある。形こそ邪英を映してはいたが、その力はあくまで共鳴の域に留まっている。そして引き絞られた絆はもう、ほぼ千切れていた。
 ――静止、せよ。
 ヴァルリアが幾度めかの溜めに入った。
 今まで以上に、長い。
「皆できうる限り離れよ。彼奴は今まで以上のなにかをばらまくつもりだ……」
 ライヴスシールドを張り、カバーリングに入ろうとしたナラカだったが。
「……っ」
 絆の糸が、切れた。
 カゲリがナラカから引き剥がされる。離れてしまう。我が魂の片翼が――ナラカは必死で手を伸ばし、カゲリの手を掴んだ。
「覚者! 最期の先までも、共に――」
「八朔さん! ナラカさん!」
 もつれる足を必死で動かし、美空が共鳴を強制解除されたふたりの元へ。
「まだじゃ! まだ死んでおらん! 美空はナラカを! わらわはカゲリを!」
 このときのためにバックアップに務めていたカグヤが、左腕一本でカゲリの体を抱え上げた。ヴァルリアの攻撃が発動する前に、少しでも離れなければ。
『みんな! 10秒後に輸送機で突っ込むよ! なんとかつかまって! 10、9――』
 通信機から飛び出してきた深澪の声がカウントを刻み、同時に超長距離仕様のレールガンがその重量弾で従魔を吹き散らした。
「……還るぞ、平介」
『還りましょう、ゼム』
 揺り起こされた守凪とイコイが、激しく傷ついた共鳴体を引き起こし、平介の体を担ぎ上げた。
「……離脱する」
 緋十郎を抱えた轍が野戦用ザイルを従魔に引っかけて跳び、一気に戦場の中心から抜け出した。
 途中でルタにザイルを切られたが、もう充分に距離は稼いでいた。LSR-M110の一射で追撃を阻み、カウントゼロを待ち受ける。
『――0!!』
 凍雪をこするように現われた輸送機から数十のフックが垂らされた。AIで制御されたそれらは誤ることなくエージェントたちを引っかけ、引き上げる。
 急上昇し、戦場を後にする輸送機。
 その下方からヴァルリアがなにかを吐きつけたが。輸送機を捕らえることはできなかった。
「今のはよくわかんなかったけど、みんな生きてるね!? 重体の人は固定して――」
 深澪の指示が飛ぶ中で、エージェントたちは遠ざかる戦場を……ヴァルリアを見下ろした。
 再びまみえるそのときを思いながら。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

  • 燼滅の王・
    八朔 カゲリaa0098
  • 分かち合う幸せ・
    笹山平介aa0342
  • 緋色の猿王・
    狒村 緋十郎aa3678

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • Survivor
    イコイaa2548hero002
    英雄|26才|?|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 反抗する音色
    ひばりaa4136hero001
    英雄|10才|女性|バト
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
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