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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/01/16 19:59:43 -
相談卓
最終発言2017/01/19 19:06:39
オープニング
●赤い絆
カフカス地方で語り継がれている伝説がある。
愛し合う男女がいたのだが、二人は仲を引き裂かれてしまう。
そして、女性は他の男性と結婚させられてしまい、それに耐えられなくなったある日、山へと向かった。
『あの人が居ない日々に……私は耐えられません』
山に住む老師に女性は、涙で両袖を濡らしながら言った。
『あぁ、可哀想な娘よ。せめて、この山に咲く白百合にしよう。私にはこれしか出来ぬ』
『この、苦痛から解放されるのであれば』
老師は女性に慈しみを込め微笑むと、女性は白百合となり山にひっそりと花弁を開かせた。
『あぁ、愛しい人よ……』
と、男性は1輪の白百合前で悲嘆する。
男性を哀れだと思った神は、白百合にいつでも水を与えれるようにと雨雲にした。
山に咲き風に揺れる姿は、想い人を思いながら泣く女性の姿に見えた。
「これで何人目だ?」
と、司令官が低く呻く。
「10人近く、ですね。そして、小規模の精鋭部隊が1つ」
「何が目的だ? どうして、兵士だけが狙われるのか? 被害者の共通しているのは『軍務で自宅から遠く離れている』者だけだ」
被害状況等が書かれている資料を睨みながら司令官は自問自答する。
「同行していた者達からの話によると、女性の名前を呟きながら森の中へ向かったそうです」
部下は、生還した兵達の証言を纏めた資料を司令官に渡す。
「生還した兵達の故郷はカフカス地方かその近辺、か……」
「放置しても、こちらが戦力を出しても、必ず犠牲者が出る一方です。HOPEのエージェント達に連絡しましょう」
凍死した兵の中には戦友とも呼べる程に仲が良い者もいたのだろうか、部下は声を振るわせながら言う。
「……そうだな、仕方がない。現状の資料を纏めろ! カフカス地方の地図と遭難死した遺体の発見箇所を書き込め、直ぐにHOPEへ連絡を!」
と、司令官が部下に指示を出す。
●特殊部隊からの依頼
「皆さん、カフカス軍特殊部隊からの依頼です。手の空いているエージェントは直ぐに会議室へ」
エージェント達が行き交うHOPEロンドン支部内にティリア・マーティスの声が響く。
「集まってくださりありがとうございます。それでは、今回の依頼に関してお話をします」
トリス・ファタ・モルガナはアナタ達を見渡すと説明しはじめた。
「カフカス軍特殊部隊の兵や一般人が行方不明になり、翌日には死体となって発見される奇妙な事件が発生しています。被害者の大半が軍の兵であり……そして、特に軍務で故郷から遠く離れた兵士達の被害が多いのです」
と、説明するトリスの隣でティリアは端末を操作し、エージェント達の端末へと資料を送る。
「カフカス軍は、純粋な戦力では太刀打ち出来ないと判断してHOPEに依頼をしました。皆さんにしていただく依頼は『カフカス地方の調査』となります。先に冥人ちゃんをカフカス軍へと向かわせています」
「詳しい情報はカフカス軍特殊部隊の司令官から聞いてください。皆さんの依頼成功を祈っております」
ティリアはアナタ達に向かって小さく微笑んだ。
解説
●目標
奇妙な事件の調査
●NPC
誘えば同行します。
●開始地点
HOPEの会議室でトリスから話を聞き終えた頃
●場所
カフカス地方の山(昼)
●事件詳細
・犠牲者
大半はカフカス軍特殊部隊の兵が犠牲だが、数えるほどだが一般人にも犠牲が出ている。
・生還した兵の証言
女性の名前を口にしていた。
何かに誘われる様に山へと消えていった。
リプレイ
●カフカスへ
トリス・ファタ・モルガナからの説明を聞き終えたエージェント達は、集まった仲間の顔を見回す。
「兵士か……嫌な事思い出すが……しょうがないな」
榊 守(aa0045hero001)は深く椅子に座り、資料に琥珀色の瞳で文字の羅列を眺めながら呟いた。
「榊さんの方が、向いてそうなの……お願いします、です」
と、泉 杏樹(aa0045)は自信なさ気に言いながら守を見上げる。
「仕方がない、お嬢はそういうのは苦手だもんな」
守はぽん、と優しく杏樹の頭に手を乗せた。
彼女は優しい能力者だ、だからこそこういう事に関しては感情的になってしまう可能性がある。
それを理解している英雄の守は、ただ杏樹の言葉に従うだけだ。
「んー……奇妙な事件勃発、その謎を解くカギはどこにあるのか!」
ストゥルトゥス(aa1428hero001)は、翡翠の様な瞳を輝かせながら片手で眼鏡を上げる仕草しながら声を上げた。
「兎にも角にも……徹底的に情報を集めて回るしか無い、ね」
落ち着いた様子でニウェウス・アーラ(aa1428)は天色の瞳を細めた。
「うんうん。捜査の基本は足ダネ」
楽し気に頷くストゥルトゥス。
「カブト虫とヨーグルトの国ね! セラス、フルーツと蜂蜜たっぷりのヨーグルトパフェが食べたいわ」
無邪気な笑顔でセラス(aa1695hero002)は、紫水晶の様な瞳を輝かせながら指折り数えながら食べ物の名前を言う。
「いいえケフィアですよ! 火薬庫と呼ばれる紛争地域ですね」
食べ物に関しては譲れないモノがあるセレティア(aa1695)は胸を張る。
「早く、調査を終わらせて食べるのよ!」
「先ずは、皆さんと話し合いをしてから方針を決めないといけませんし、調べる事が沢山あります! セラスちゃん」
セレティアはセラスに説明する姿はまるで双子の姉妹の様だ。
「男性ばかりが被害にあってるので女は囮にならない代わりに被害にあわないかも?」
と、ペーマ(aa4874)は考えるのをヤク(aa4874hero001)は眺めるだけ。
「香菜はどう思う?」
「んー、被害者が男性限定だとは言っていなかったね。油断しないほうが良いんじゃない?」
梶木 千尋(aa4353)の問いに高野 香菜(aa4353hero001)は思った事を率直に答える。
「……それだけ?」
千尋は眉をひそめた。
「気になるのはさ、故郷から遠く離れたって、僕ら英雄もなのかな?」
と、香菜は会議室に居る英雄達を見回した。
「少なくとも貴方が郷愁にとらわれるようには見えないわね」
呆れた様子で頭に手を当てながら千尋はため息を吐いた。
「あ、ひどいなー。少女の繊細な心を傷つけたぞ」
ぷくーと頬を膨らませながら香菜は千尋を睨む。
「被害者の兵士は遠い故郷に戻りたい連中ばっかり。ただの美麗な女の幻影で誘い込む伝説の雪女というより、まるでその本人と会ったような……?」
ヘルガ・ヌルミネン(aa4728)は櫨色の瞳を閉じて疑問を口にする。
「いっそのこと被害にあいそうな条件を満たしてる味方の男性とペアで入って、被害にあわないであろう女として幻影なりなんなりに誘い込まれたら対応するというのでもいいと思う」
と、スカジ(aa4728hero001)は淡々とした口調で言う。
「そうだな。単独行動するよりかは、何か得られるモノはあるだろう」
ゆっくりと瞼を上げ、ヘルガは今回の依頼に参加している男性達に視線を向けた。
「行方不明……そして御遺体で発見される……どんなお気持ちで逝かれたのでしょう」
ファビュラス(aa4757hero001)は胸元で小さな手を握りしめるながら言う。
「せめて安らかな最期だったら良い、ね」
シオン(aa4757)は、両手でファビュラスの手を優しく包むと優しい声色で答える。
「ええ、せめて、最後の時は幸福であったと……願いたいです」
「せめて死んだ人達に『百日草』を用意するよ」
少し悲しそうな笑みを浮かべるファビュラスにシオンは優し笑みを向けた。
「皆さん、お話があります」
守が仲間にそう言うと軽く一礼した。
●カフカス
「先ず、各々が行動する前に共有しておく事を話します」
守はライヴス通信機を取り出す。
「連絡先の交換ですね」
と、言いながらセレティアは頷いた。
調査する場所は山、スマホの電波が届いていない可能性も考慮しての準備だ。
「それと、オートマッピングシート」
「持ってない人は単独行動は出来ないね。いや、それ以前に単独行動は危険じゃない?」
千尋は仲間を見渡す。
調査終了後に1人足りない、なんて事があったら大変だからだ。
「今は時間が惜しい、早く現地に行って兵からの聴取等をしてからでも遅くはない」
シオンは銀の瞳を細める。
「あと、ティリアさんには情報纏めや仲間へ連絡をお願いします」
「はい、了解しましたわ」
守が微笑むと、ティリア・マーティスは力強く頷いた。
海と山に挟まれた地にカフカス地方がある。
北半球は冬、雪は無くとも気温はロシア方面までとはいかないがかなり寒く、そして山なので空気が薄い。
カフカス特殊部隊の基地内の応接室に案内されたエージェント達。
共鳴姿の守は、イメージプロジェクターを身に纏いカフカス特殊部隊の軍服に変える。
「軍服をまた着る機会があるのは……嬉しくないな」
複雑な面持ちでガラスにうっすらと写る自分自身を見て、守は小さくため息を吐
「伝えに基づいた事件とか、今までも多かったものね」
千尋はカフカス地方の伝説を聞きながら呟く。
(失ったら生きていけない絆なんてゆーのが、世の中には存在するのか。だったら、俺の失ったものっていうのは、取るに足らなかったんだろーか)
十影夕(aa0890)は事件現場に居合わせた兵士の話を聞きながら窓の外に視線を向けた。
「なんて悲しく美しい伝説でしょうね。すべてを投げ打つまでの恋、なおも捨てきれずに愛する人と同じ世界の片隅にありたいと願ったように思えます」
と、カフカス地方に伝わる伝説を聞いた結羅織(aa0890hero002)は感想を口にする。
「男は花のもとにどうたどり着いたんだろうね?」
「匂いに誘われて、とかかしら」
千尋と香菜は顔を見合わせた。
「美しくも哀しい物語、だね」
シオンはゆっくりと瞳を閉じる。
「お2方の姿が変わった時……お互いどんな気持ちだったのでしょう……」
ファビュラスは、話に出てきた男女の心を理解する為かの様に自分を置き換えて考える。
「そう、ですね。韓国で言えば『彼岸花』の様な感じでしょうね」
と、トリスが答える。
「それは、どうの様なお話でしょうか?」
「彼岸花、それは葉は花を思い、花は葉を思う。だから花と葉は同時に出ない、と……」
互いを思うあまり、きっと伝説の男女はそんな関係であれ『幸福』なのかもしれないと、ファビュラスは少し悲し気な瞳で百日草を見つめた。
「雪女伝説との類似も懸念されますが、白百合……花の愚神の姉妹の可能性は?」
花が関係した伝説、もしかすると月下美人などと関係を気にするセレティアは口にした。
「それは我軍では分かりませんが、圓殿が地元の兵を数名引き連れ先に山へ向かっただけです」
「ちょっとまって! それじゃ、圓さんが危険じゃないですか!?」
兵士の話を聞いたセレティアは両手で机を叩きながら立ち上がる。
「どういう事だ?」
「もし、ですが……花の名を関する愚神の姉妹が関与していたら、圓さんが死ぬ可能性が高いのですっ!」
守の問いにセレティアは俯きながら声を上げる。
「まだ、そうとは決まったワケじゃない。囮を出せばそっちに行く可能性があるんだ」
夕は、まだ推測に過ぎないセレティアの言葉を聞いて答えた。
「山へ向かった人って、ライヴスを扱える人なんじゃないかな?」
「ライヴスに親和性を示す人間にならライヴスを介して、なにか働きかけたりできるんじゃないだろーか。英雄だとか、愚神だとか、そういう存在が」
結羅織の言葉に夕は思い付く限りの存在を口にする。
「これ以上、被害者が出るのは避けないと……」
ニウェウスは思考をフル稼働させ考える。
「ならば、部隊の編制とその時に兵が言ってた『女性の名』に関する話はない?」
「部隊は基本、1人は地元の兵を入れております。この山を知らぬ者だけの班ですと遭難する可能性があります。『女性の名』に関しては、親しい兵士からでも聞いたことが無い名前や有名人の名前とかバラバラです」
シオンの問いに兵士は答える。
「今の所で思いつく条件下にある人を、保護しておかないといけないねぇ」
「それに関しては、上司命令としてカフカス地方出身者以外の兵士は基地から出る事を禁止されています」
ストゥルトゥスの言葉を聞いて兵士は軍の現状を話す。
「ん……なら、その辺の被害は大丈夫そう、ね。可能であれば遺体を調べたいの」
ニウェウスの言葉を聞いてストゥルトゥスは目を丸くする。
「ん。きついかもしれないけど、大丈夫かい?」
「情報は少しでも多く……だよ、ね。大丈夫……。きちんと、目を開いて見る、から」
ニウェウスの強い意志を瞳から感じ取った兵士は、ビシッと敬礼をすると「手配をしてきます」と言って応接室から出て行った。
「俺は先に出る。後方支援は頼んだ」
守は立ち上がり、応接室から出る前に振り向き仲間を見回した。
「お気を付け下さい。榊様の帰りを皆様と一緒にお待ちしております」
ティリアは静かに立ち上がり、守に向かって優しい笑みを浮かべると恭しく一礼をして見送った。
「逃げろっ!」
圓 冥人は、何かに魅入られたかの様に歩く兵士を突き飛ばした。
「……身代わり?」
「何が目的かな? それとも……」
やや幼い少女の声の問いに、冥人は怯んだ様子も無く言葉を淡々と紡ぐ。
「しかし!」
「普通の人では太刀打ちは出来ない相手だよ。だから、早くHOPEのエージェント達に知らせて、ね?」
微笑む冥人、迫る霧、正常な兵士達は凍死した仲間と瀕死の仲間を担いで基地へと向かって駆け出した。
「困る。でも、貴方を差し出せば、女王は喜ぶね」
「その前に、君を倒してしまえばいい」
「ふふ、それは簡単に……出来る?」
無邪気な笑い声が森に響いた。
山道を黙々と歩く守。
「死んだ奴に……帰るべき家族があったなら……許せねぇな。兵士は……命がけで戦ってるが、命を捨ててるんじゃない。生きる為に戦ってんだよ」
兵士達からの証言が頭の中でチラつく、いや、それは守の記憶と重なって見えるだけだ。
どうしたら良いのか分からない怒りが体を駆け巡る。
ガンッ! と、大木を拳で殴った。
『わ、凄い音がしましたけど……大丈夫でしょうか?』
通信機からティリアの驚いた声がする。
「何でもない。調査に進展が無さ過ぎてな」
と、ため息交じりに言いながら守は肩を竦ませた。
「部隊規模での被害もある。油断はできないわね」
少し離れた位置から千尋は守の後を歩く。
「かわいい子の幻影とか見えると楽しいんだけど」
冗談交じりの声色で香菜は言う。
「冗談は抜きにしてほしいな」
ヘルガは苦笑しながら千尋達を見る。
「囮を見失ったら色んな意味で冗談が言えないわね」
千尋は眉をひそめ、遠くで歩く守の背中を見つめた。
「大丈夫でしょうか?」
ペーマは敵的な意味ではなく山の上で気温等の意味で心配していた。
●死体は語るのか?
「HOPEの指示により、最近回収した遺体は保管しております」
基地の医療班が使用している棟に案内されたエージェン達。
「本当に……凍ってる、ね」
「死んでからかなり経っているのに、死後硬直したまま? いや、ずっと溶けない感じだよね」
ストゥルトゥスは遺体の腕を持ち上げるが、肩等の胴と直接繋がっている関節は動くが肘や膝等の部分は鉄の様に動かない。
「ああ、解剖しようにも凍っていてメスが入らない」
軍医は刃が折れたメスが入ったケースを棚から取り出す。
「あ、でも、最近という事は前の遺体はどうしたのか?」
「土地が広いから土葬だ」
ストゥルトゥスの問いに軍医は淡々と答える。
「驚き、というより……少し幸せそう、ね」
「そういえば、そうだね」
痛み、苦痛を伴う死に方であれば顔は苦悶の表情。
気絶、眠らされたのであれば無表情。
被害者の遺体の口元は少し吊り上がっており、穏やかな笑みを浮かべたままのモノもある。
「あーあ、好きな女に抱かれながら死んだのかねぇ」
と、言いながら軍医はタバコを口に咥えた。
「……守が危ないよ」
ニウェウスはストゥルトゥスの服の袖をクイッと引っ張る。
「分かってる。だから囮、なんだよ」
「でも……」
ストゥルトゥスは遺体をもう一度見て、翡翠の様な瞳を大きく見開くとニウェウスの手首を掴んで棟から出た。
「どうしたの?」
「雨だよ。雨で濡れた状態で凍ってたんだよ!」
ニウェウスの問いにストゥルトゥスが答えながら駆け出す。
通信機で仲間に情報を伝えながら、遺体が発見された箇所に印が付いた地図を見ながら現場へと向かう。
「何が悪い……」
守はティリアの事を思いながら山道を歩くが、何も異変は起こるどころか恐ろしい位に山は静かだ。
「守、もしかすると『実在する女性』だと無理なのかもしれないよ」
シオンは守の肩を掴みながら話す。
「どういう事だ?」
「事件に居合わせた兵士全員に話を聞いたら、『聞いたことのない名前』が大半で稀に『有名人の名前』と聞いたよ」
守の問いにシオンは答える。
「……だから、今居るエージェントの中に囮として該当する人はいないのですわ」
ファビュラスは小さく首を振った。
「分かった事は、天候が雨とういう位しか……」
セレティアは腕を組みうーんと唸りながら首を傾げた。
「ん? あれは、カフカス特殊部隊の兵士じゃないでしょうか?」
ふと、声がした方に視線を向けたファビュラスはシオンの服を掴んだ。
「どうした?」
夕は兵士に駆け寄ると声を掛けた。
「も、森の中に……そしたら、コイツが歩き出して……そんで、そんで」
兵士達は青ざめた顔で震えながら話す。
「そしたら、HOPEのエージェントが1人で残ってしまって」
「それは大変ですわ! 早く助けに行かないと」
兵士の話からすると、基地で聞いた『冥人が兵士を数名連れて先に行った』話の兵士達だと分かった。
「戦闘準備をし、直ぐに向かうぞ!」
守は素早く仲間に指示を出す。
ヘルガとペーマは兵士達だけでは心許ない、と思い護衛を買って出た。
「間に合えばいいのですが……っ!」
「間に合わせるしかないだろっ!」
兵士の情報で位置は判明している。
後は、1人で残った冥人の安否が気になるが焦って不測の事態が起こったら、助ける前に『死ぬ』可能性が高まるだけだ。
(無事で……っ!)
千尋は慣れない山道で足を取られながらも走る速度を緩めない。
●掌の上で踊る人形
とある童話を思わせる木製の操り人形、少女はクロスした木の棒を器用に操りカタカタと音を鳴らしながら人形は踊る。
「邪魔、させないわ。さぁ、アナタ達はどんな手を使ってお兄様を奪うのかしら?」
口元を吊り上げ、少女は紙を握りつぶすかの様に木製の人形を握り締め、パキパキと音を立てながら手の中で木製の人形は木の屑と変わり果てた。
複数の足音が森に響く。
その音を聞いた少女は、口元を吊り上げニタァと不気味な笑みを浮かべた。
「カモが、ネギを背負ってきたわねぇ」
シャワーの様に絶え間なく降る雨の中、少女は足元から花を生やし開花させると中から白い煙が辺りを覆う。
「とくに君は感情的に動くから気をつけなよ」
「……危なかったら止めてね」
千尋は山道を歩きながら香菜の言葉に答えた。
「ここ、だね!」
ストゥルトゥスは白く覆われた森の中を見つめた。
「助ける為には、覚悟も必要です!」
セレティアは躊躇わずに森に足を踏み入れた。
「……これは?」
その後ろから千尋が入ると、雨雲が広がりしとしとと雨粒が森の中で降る光景は不自然過ぎた。
「……っ!」
森の中に入ったエージェント達の体に針が刺さった様な痛みがした。
「早く、出るんだ!」
冥人はやってきた守達に言う。
「見捨てる事は出来ませんわ」
ファビュラスは冥人に手を力いっぱい伸ばす、が。
それを拒むかのように氷の壁が地面から生え、ペチと音を立て氷の壁にぶつかってしまった。
「取り引き、しましょう? この人とまだ息がある兵士達を返してあげてもいいわ」
森の中に少女の様な声が響き渡る。
「無粋なことをしてくれてるようだね」
シオンは銀色の瞳に闇を宿しながら森を見渡す。
「ありがとう。とても素敵な誉め言葉だわ」
少女は笑いながら言う。
「何か、パターンとかが見つかればいいのだけ、ど……」
「行動範囲……できれば根城なんかの目途が付けばねぇ」
ニウェウスとストゥルトゥスは、森の中を見回しながら見えない相手の姿を探す。
「こんな物騒な依頼はとっとと終わらせて、またティリアさんと酒が飲みたいな」
「取り引きに、応じてくれたら、ね?」
守の言葉に少女の様な声は楽しそうな声色で言う。
「静華……悪いけど……」
「皆、ごめん……これが、最善の、選択」
弩 静華は躊躇わずにエージェント達に銃口を向けた。
「大丈夫。俺は、簡単には死なない。一般人を助けるのが、エージェントだよ?」
「……迎えに行きますわ」
ファビュラスは冥人にいつもの無邪気な笑みを向けた。
「白薔薇姫に誓って、必ず」
子供が飽きた人形を捨てるかのように、エージェント達の前に兵士や旅行客が空から降って来た。
「圓さん!」
「セレティア、被害者を減らす為に俺が勝手に彼女と約束をしただけ……大丈夫。君達を信じてるよ」
眼尻から大粒の涙を流しながらセレティアは冥人を見上げると、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべていた。
「な、なに……」
ガクッとペーマを中心に数名のエージェント達は地面に跪く。
「体力が奪われる……ロシアのドロップゾーンと似ているな。一般人もいるから、早く森から出て基地へと撤退する!」
守は一般人を肩に担ぐとそのばから駆け足で去った。
「ごめん……待ってる」
と、静華は唇を動かした。
「ごめんなさい、全員の傷を回復するまでの力が無くて……」
結羅織はぐったりしているエージェント達をケアレイで癒すが、使用回数にも限度があるために完全に癒す事は出来なかった。
「それは、皆思っているよ。圓さんが繋いでくれた命……彼の意思をムダにもしないためにも助けないといけないね」
「はい、ドロップゾーンの位置と内部は分かっただけでも」
と、結羅織が明るく言う、が。
「肝心の相手の力量が分からないのは、な……」
「女性の幻、カフカスの伝説。そして、その伝説に出てくる雨雲の話を元になった様なドロップゾーン、相手は愚神なのは確かだろうけど能力が未知数だから安易に手出しは出来ないね」
ストゥルトゥスは今まで見てきた光景、ドロップゾーン内部で聞こえた少女の様な声の主の話を脳内で纏めようとブツブツと呟く。
「今は、皆の傷を癒すのが優先です。体を休めてから対策を練れば良いのですわ」
ファビュラスは開花するかの様に仲間に笑みを向けた。
元凶の位置、殺害方法、幻を見せている、という情報までは得たが、その代償として冥人が捉えらえた。
一般人の命と己の命。
彼は、天秤にかけるまでもなく自分自身の命を差し出した。
そして、今。
エージェント達に更に酷な選択をトリスから聞かされるのを知らずに、不安と心配で一杯の気持ちを抱えたまま眠りについた。