本部

取り戻せ、空白の十年を

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/01/19 17:34

掲示板

オープニング

「おかーさん、人がいっぱいいるね」
 母に手を引かれながら、ユウイチ少年は初詣に来ていた。普段は人気がない神社も、きょうばかりは人でごった返している。
「はぐれたら会えなくなるんだから、手を離しちゃだめよ。まったく、お姉ちゃんは先に友達と一緒に行っちゃうし……お父さんは仕事だし。初詣に来ても神社は混んでるし」
 少年の母親は、はぁとため息をつく。
 お正月は主婦にとっては忙しい。大掃除をして、おせちを作って、それをもって夫の実家に帰省して、その間に幼い息子の面倒を見る。本当に、目が回るような忙しさだ。
「おかーさん、ぼく甘酒を買ってきてあげるね」
 疲れた母親のためにユウイチは、母親の手を離して人込みをかき分けてゆく。
「こらっ。待ちなさい、ユウイチ! 待ちなさい!!」
 それが、十年前に最後に目撃された少年の姿だった。

●十年後の元日
「また、初詣で子供が迷子になったか?」
 近くの派出所では、警官たちが迷子の情報でてんやわんやになっていた。別に今年が多いというわけではない。人でごった返す初詣での迷子は、風物詩化している。
「でも、今年はおかしくないか。朝から迷子が出てるのに、まだ一人も見つかってないぞ」
 元旦は不吉な気配をにおわせていた。
「おい、徘徊してたおばあさんを保護したら、昔近所でいなくなった子供が遊びに来たって言っていたんだが……」
「そっちは、後回しにしてくれ。今は、迷子探しが優先だ!」

●HOPE支部にて
「結局、元旦の初詣で迷子になった子供たちは見つからなかったのか」
 HOPEの職員は、頭を抱えた。
「正月早々に、愚神が活躍していた可能性も高いか……」
「ですが、正月ということもあって関係機関への伝達が遅れたようですね。この時期は致し方ないところではありますが」
 迷子になった子供たちが帰らなかった神社は、一つだけ。
 その周囲に、ドロップゾーンができたなどの情報はない。
「いなくなって、帰らなかった子供は三人か。その気になれば、どこにだってひそめる人数だな」
「警察がすでに怪しい人間を何人かマークしています。リンカーたちには、このなかの一人を尋ねもらいましょう。念のため、普通の誘拐の可能性も伝えて」
 職員の一人が、怪しい人間の顔写真を眺めてつぶやいた。
「うーん、どこかで見たような気がする顔なんだよな」
「関係ない情報かもしれないが、近所の老婆が昔いなくなった子供が歩いているのを見たと言っているそうだ」
 その言葉に、職員が目を丸くする。
「そうだ! 怪しい奴っていうのは、昔行方不明になった子供にすごく似てるんだ。そうだった……たしか、あのときも元旦にいなくなったんだよ」

●十年の空白
「おにーちゃん、どこか痛いの?」
 コンビニも袋をもって帰宅した少年に、子供たちは群がった。元旦にさらわれてきた子供たちは、誘拐犯に「おかーさんたちがいそがしいから、おしょうがつはここにいようね」と言われて古びたアパートの一室にこもっていた。ここにはゲームも漫画もあるし、同年代の友達がいたから寂しくはなかった。なにより、自分たちをここに連れてきたくれた少年はなんだか酷く寂しそうだ。
「ひさびさに、かいものにいったからすごくつかれたんだ……。ふだんは、あいつがいってるから」
 誘拐犯の歳は十八歳ぐらいであろう。
 だが、喋り方は誘拐された少年たちと同じぐらいに幼い。
「あいつは、ぼくとずっといっしょにいるんだよ。いちねんぼくはずっとねてるけど、おしょうがつだけぼくがそとにでられる。おしょうがつは、ぼくとあいつがであった日だから」
「おにーちゃん、あいつって誰?」
 少年のぼんやりとした目に、光が宿った。
 十年もの間、少年の人生をのっとっていた愚神の光であった。
「こんにちは、俺の餌。俺って、すっごく燃費がいーの。一年に何度かの食事で足りるの。だからさ、君たち三人が今年一年の俺の餌な。さぁ、まずは一匹」
 その時、玄関のチャイムがなった。
「ちっ。こんなときに誰だよ」
 愚神は、限界のドアを開ける。
「こんにちは――」
 そこにいたのは、HOPEより派遣されたリンカーたちであった。

解説

・愚神を討伐し、子供たちを救出してください。

日中のボロアパート……愚神が子供たちを誘拐していたアパート。築後十年で二階建て。愚神は二階に住んでおり、愚神以外に住民はいない。アパートは戦闘に耐え切れるほどの強度がないが、アパートの目の前には墓地がある。そちらは広い。しかし、墓石が障害物になっている。

愚神……少年に十年取りついていた、愚神。ギリギリまで少年の体からは出て行かずに戦闘をしたがる。
破魔矢――弓での攻撃。着地した地点には雷電が発生する。亡霊に動きを止められた敵を中心に攻撃する。
護符――自分の周りに三枚の札を張り、数秒間のみ自身への攻撃を無効化する。しかし、無効化の効力が発揮中は愚神は動くことができない。
読教――敵が近づいてきたときに行う。聞いたものの動きを一定時間止める。しかし、ライヴスの消費が激しく、追い詰められなければ使わない。

子供の亡霊――子供の形をした、従魔。墓場の影に隠れており、愚神が墓地に移動してから活動を始める。気配が薄く、後ろから飛びついて動きを拘束。敵のライヴスを吸収する。それぞれ刃物を装備しており、接近戦が得意。四体出現。

大人の亡霊――大人の形をした、従魔。子供と同じように最初は墓地に隠れている。子供と違い、気配が薄いということはない。弓が武器であり、命中率が非常に高い。しかし、子供と違ってライヴスを吸収することはない。五体出現。

子供たち……誘拐された子供たち。三人登場。まだライヴスは奪われていない。事の重大さに気が付いておらず、誘導されない限りは部屋にずっといる。

ユウイチ……十年間愚神に操られていた少年。人生のほとんどの時間を愚神に操られていたため、精神年齢は八歳ほど。愚神から切り離すことは可能であるが、十八歳の大人になった自分がどのように生きればよいのか分からず愚神と共に滅ぼされることを本心では望んでいる。

リプレイ

 ときどき、昔のことを思い出す。
 まだ、家族と一緒に暮らしていた頃のことを。
 もう、戻れないことだけは知っているけれども。

●不審者を尋ね
「ごめんなー。ちょっち聞きたい事があるんだぜ~」
 ぼろアパートに突然現れたのは、虎噛 千颯(aa0123)と白虎丸(aa0123hero001)であった。人のよさそうな人たちに、愚神はドアを開けた。
 すると、死角に隠れていた小宮 雅春(aa4756)は、するりとドアに内部に入り込んだ。一昔前のセールスマンのような動きであった。
「ユウイチさんですか?」
『私たちは怪しいものではないわ。一人暮らしなの?』
 Jennifer(aa4756hero001)は、古いアパートを一瞥する。
 ――家族がいるとは思えない部屋だ。
 築三十年は建っていそうなアパートにJenniferは、そんな予測を立てた。
「郵便の勧誘はお断りだぜ」
 男はニヤニヤしながら、自分を訪ねてきた人間を観察しようとしていた。
 一方でエルモ(aa4873)は、背の高いダミアン(aa4873hero001)の影に隠れるようにして、室内の様子を観察しようとしていた。
(はー、子供ばっか狙うって最低じゃーん。変態なんじゃないの。ボクみたいな天才児を狙うならともかくさ)
『ギャハハ、エルモだけはどンな変態でもさらいたくねェだろうなァ』
 当時を知る大人たちの記憶が確かならば、この部屋の住人は十年前に行方不明になったユウイチと見て間違いなさそうだ。事前に周囲の聞き込みを行ったが、ユウイチの部屋に子供たちがいるのも間違いなさそうである。近くのコンビニではユウイチが買う食材の量が、三倍になったと証言している。大人が急に三人前も食べるようになったとは思えないし、近所の人々はユウイチの家族も友人も見たことがないという。
『実は、俺たちは行方不明事件を調べているでござる? ここらへんで、なにか変ったことはなかったでござろうか?』
 白虎丸の質問に、愚神は笑った。
「そうだな。珍妙な連中が訪ねてきたこと以外は、いつも通りだぜ」
『言うじゃんか』
 にたにたと笑うダミアンに、エルモは顔をしかめる。
 ダミアンは状況を楽しむばかりで、観察しようとはしていない。まぁ、しょうがない。わかっていたことだ。頭脳担当は、自分なのである。そうであれば、エルモはエルモの仕事をするだけだ。
「靴が多すぎるよね」
 一人暮らしならば、二三足もあれば事足りるであろう靴が何足も乱暴に投げ出されている。サイズ的にも明らかに子供のものが混ざっていた。その数は三人分で、いなくなった子供の数と会う。今のところ、それに気が付いているのはエルモだけであった。
 ほーら、自分がいないとダメではないか。
 そう思いなら、エルモは千颯の服の裾を握って靴のことを知らせる。自分が追及するよりも、大人の誰かが追及してくれたほうがずっと犯人を追いつめられるだろうとエルモは考えていた。
「あれ? お客さんがいるのかな?」
 千颯は視線を下にやって、靴に気が付いたふうを装った。
「ちょっち聞きたい事があるから外に行こうか? 子供に聞かせるような話でもないから……」
 エルモは、わずかに身構えた。
 男がなにかおかしなことをするようならば、中にいるかもしれない子供の身柄を最優先して考えなければならない。すぐに共鳴できるようにダミアンを見るが、彼はにやにやと笑ってばかりいた。
「いいぜ。物騒な世の中になったもんな」
「本当にそうだよな。お互い、穏やかだった十年前が懐かしいよな」
 にやり、と千颯は笑う。
「白虎丸、共鳴だ!」
 パニッシュメントを使用した千颯は盾を使用し、愚神が部屋に入ることができないように道を塞いだ。
『ひとつ、質問があるんだけど。そいつ、10年前に行方不明になったっていう子?』
 リコリス・S(aa4616)と共鳴したカメル(aa4616hero001)は、愚神に尋ねた。いや、正確にはその内側にいるはずの少年に尋ねた。
「覚えてねーな。もう、何人もさらってるからな」
『……そっか……。10年かかっちゃったな。遅くなって、ごめんな』
 彼は、視線を一瞬を伏せた。
 だが、次の瞬間にはノーブルレイを使用する。
『こんな狭いとこで、弓なんてでかい武器使ってどうすんだ?』
「たしかに、室内で使うような武器ではないね」
 愚神が取り出した武器は、弓である。あきらかに遠距離で本領を発揮できる武器に、愚神は舌打ちをする。そして、外へと飛び出していった。
「だみ、念のために室内でも警戒して」
『ギャハハハ、もう愚神なんていねーだろ』
 千颯が盾で道を塞ぐ前に部屋に転がり込んだエルモは、部屋の奥にいた子供たちを発見した。エルモは深呼吸をする。間違っても、恐怖など与えてはならない。子供が物音でも怯えて騒がないということは、子供たちに愚神がまだ手を出していなかった証拠だ。ここで下手をして怖がらせたら、保護対象である子供たちの信用を失ってしまう。
「はろー、みんな元気ー? お母さんたち待ってるから、そろそろおうち帰ろーね。」
 同じように部屋に入り込んだ雅春は、少しばかり考え込んだ。
「でもどうして? 何かひっかかるなあ……」

●アパートの外
 アパートの外では月影 飛翔(aa0224)とルビナス フローリア(aa0224hero001)が待機していた。
「多くで訪ねても迷惑だし、周りを少し調べてみるか」
『このアパートは、あの部屋しか人が住んでいないようですね』
 近々取り壊される予定でもあるのか、アパートの住民は少なかった。これなら万が一
この付近で戦闘になったときにも住民を巻き込む心配をしなくてよさそうである。
――ビンゴだ! 愚神だった。
 携帯から、千颯の声が聞こえてきた。
 作戦通りならば、今頃リコリスたちが戦いやすい場所へと誘導しているはずである。
「いそぎましょうか?」
「もちろんだ」
 飛翔たちは、墓地へと急いだ。

●墓地での戦闘
『祈る相手、ルカルカいたっけ?』
「いない。でも子供達が見つかりますように……誰に祈ってもいいでしょ」
 墓地では、ミラルカ ロレンツィーニ(aa1102)が祈りをささげていた。樹里・テンペスタ(aa1102hero002)は、そんな彼女の背後に立ちながら人気のない墓地を見渡していた。もうすぐここに愚神が来るはずだ。
『初陣だもん。緊張してるんだよね』
「悪いけど、まったく。勝てないとは思っていないのよね」
 ミラルカは立ち上がった。確かの彼女にとっては初陣だが念入りな事前調査をし、仲間との連携も確認した。失敗する要因はどこにもない。
「もしもユウイチさんだとしたら……」
 茨稀(aa4720)が、ぼそりと呟く。
『どうしたんだ?』
 心ここにあらずといった茨稀をファルク(aa4720hero001)は、わずかに案じていた。
「10年間のユウイチさん自身の喪失があるのですよね」
『……そうかも、な』
「ユウイチさんも僕と同じ、空白を味わっているのでしょうか」
 失われたものをどう感じるかは、人それぞれだ。だが、今回の十年という時間は長すぎる。茨稀はその大きすぎる喪失に、感情移入してしまっているらしい。
「子供の十年は、長すぎます……」
 守屋 昭二(aa4797)も浮かない顔であった。
 自分の若いころの十年がまるまる奪われる想像でもしているのだろう。
『六十歳から七十歳の十年間なら、ともかくな。おい、ずいぶんと熱心に拝んでるんだな』
 神戸正孝(aa4797hero001)は、両手を合わせ続ける昭二に首をかしげた。
「知り合いが眠っているので。騒ぎますよ、と報告を」
 昭二は、手をほどいてアリス(aa4688)たちの方を見る。彼女と葵(aa4688hero001)は、ユウイチという十年前に失踪した子供の家族について調べていたらしい。
「予想された結果だったな」
『そうかもしれませんね』
 アリスが調べた結果、ユウイチの家族はすでに彼の葬式まで済ませていた。失踪した七年後に、くぎりということで行ったらしい。家族のなかで、ユウイチはすでに死者であったのだ。
「今年で十八歳になるユウイチは、あと二年で大人になるが……」
『たとえ、助け出せたとしても辛い人生になるかもしれませんね』
 葵の言葉は、的をえていた。
「アオならば、元居た世界を思い出した時……空白を、埋めるか?」
『分かりません。何も覚えていない所為もありますが、私は……今はただ、アリス様の為に』
「そうか。だが、その前に今は今年誘拐された子供たちを助け出すのが先決だ」
 アリスは、ストレートブロウを使用する。
 自分の背後に音もなく接近してきた愚神に不意打ちを食らわせるつもりであったが、彼の周囲には札のようなものが貼られていた。どうやら、それがアリスの攻撃を無効化したらしい。
「おうおう、随分と仲間を引き連れてるじゃないかよ。あんたらはっ!!」
 愚神が現れるのを待っていたかのように、従魔が現れる。亡霊は弓を持ちながら、リンカーたちに狙いを定めていた。
「ほ、本当にお化け出たー!?」
 雨宮 葵(aa4783)は、目を丸くしていた。さっきまで「いやぁ、戦闘出来そうな場所がここしかないとはいえ……。お化けとか出てきて呪われたらどうしよー!」と若干嬉しそうだったのに。
『殴って成仏させちゃえば、いいよ。エージェント万能だから、お化けもきっと殴れる』 
 燐(aa4783hero001)の言葉に、雨宮はふきだした。 
 さすがは元殺し屋、怖いもの知らずである。
「お化けの相手は私だよー!」
 ブレウブザンバーを握った雨宮は、囮になるために派手に動き回った。自分に従魔を惹きつけさせるためである。
 雨宮は、大人の亡霊との距離をまず縮めようとする。彼らの武器は弓であり、剣を武器とする雨宮はまず近づく必要があると判断したのだ。
「初めての戦闘なので、死にそうになったら助けてね!」 
 敵と接触する、ぎりぎりのタイミングで雨宮は燐に声をかけた。
「よそ見はしない……くる」
 短い燐の言葉に、雨宮は目を丸くする。
 目の前の敵より、雨宮の方が早いのだ。だから、雨宮の攻撃は確実に敵に届くはずだ。敵を警戒する必要はない。
『……左だ』
 燐の言葉に、雨宮は体をひねった。別の従魔が、遠方から雨宮を弓で狙っていたのである。間一髪のところで肩にかすめる程度のダメージですんだが、雨宮が大勢をたてなおしたときにはすでに目の前の敵は矢をつがえていた。
『……これ、避けれないの、駄目。帰ったら……特訓、ね』
「戦闘中なのに燐が安定のスパルタ! 私泣いちゃうよ!?」
 命の危機だよー、と叫びながら雨宮は剣で矢を弾いた。
『……集中してれば避けれたはず。甘い。』
「厳しー!」
「葵、動かないで」
 ミラルカは銃を構えたのが見えて、とっさに葵は両手を上げた。だが、ミラルカが撃ったのは葵の背後にいた子供の亡霊であった。
「子供であろうとも従魔なら容赦しない。初陣よ」
『了解。御身の罪過我がダアムの命にて打ち払う……蹂躙は使命!』
 樹里の頼もしい言葉を聞いたミラルカは、優雅な所作で銃を構える。
「子供の亡霊なんて、今回の事件では不謹慎すぎると思わない?」
『奇遇ね。私もそう思っていました!!』
 ウェポンズレインが発動する。
 その攻撃のさなか、ミラルカはちらりと愚神――ユウイチをみやった。
「ユウイチ。こんなの嫌だと叫んでいいのよ」
 自分より圧倒的に強いものに支配されてきた、彼の十年間をミラルカは思う。とても、冷たい孤独だ。その孤独に、手を差し伸べたいと彼女は強く思った。
「怖かったでしょ。あなたも他の子も帰るお家がある。待ってる人がいる。悪いのは愚神だけ……少し我慢して。そいつから解き放ってあげる」
「私の元にも来たようだな」
『アリス様、遠距離から大人の亡霊が弓矢でこちらを狙っています。今は、攻撃よりも回避を』
「いいや」
 アリスはトレートブロウで、自分の近くにいた子供の亡霊を蹴散らした。
「どうせ、あちらは仲間が刈り取る」
 言葉にするより早く、葵はアリスを狙っていた敵の前に立っていた。その後ろには、昭二が刀を構えていたのであった。

「厄介な従魔がいるな」
『実体がない分、魔法の方が効きそうです。ですが、あの分でしたら殲滅は時間の問題でしょうか』
 駆け付けた飛翔は、周囲の状況を冷静に分析する。少なくとも従魔たち相手の戦闘に、自分たちが加勢する必要はなさそうだ。
「幽霊といえ、従魔。切れるかどうかの心配はいらなかったようですね」
 正孝と共鳴した昭二は、スカバードを一度鞘に戻した。彼の手からは皺が減っており、現在の年齢よりも若返っていることがうかがえた。
『こっちの攻撃を無効にしてる、愚神の札みたいのが厄介だよな』
「あの札は、三枚貼らなければ発動しないようですね」
 正孝の考えを分かった昭二は、「げっ」と顔をゆがめた。
『まさか、札を三枚貼り終わる前に居合切りをしようとか考えてないよな?』
「相手は弓ですし、簡単には近づけてくれそうにはないですからね」
 他の案で倒れてくれるならやりませんよ、と正孝は続けた。
『相手が、強かったらやるのかよ』
 昭二はあきれ気味に、ため息をついた。
「けっこう強いじゃん」
 破魔矢を構えながら、愚神を笑っていた。
『あんた、名前は?』
 カメルの質問に、愚神は眉を寄せた。
「答えてどうすんだよって言いたいところだが、今日は気分がいい。特別に、一瞬だけあいつと話させてやるよ」
 愚神の目が、生気のないものに変わる、表情も乏しく、まるで人形のような雰囲気であった。
『あんた、ユウイチか?』
 カメルの言葉に、ユウイチは頷いた。
『あんたの望みを聞こうか』
「……おかあさんにもあいたいけど、しょうがっこうにももういちどいきたい。でも、おとなになったからもどれない。だから、コイツといっしょでいいよ」
 その言葉を聞いたカメルは一瞬言葉を失い、愚神の破魔矢に反応できなかった。
「カメル、危ない」
『アリス様!』
 アリスは、カメルをかばった。
「どういうことなの? 小学校……」
 リコリスも呆然としてしまっていた。
 カメルは、はっとする。
『精神年齢が成長してないんだ』
 アリスは、その言葉にわずかに眉を動かした。
 リコリスは、目を伏せる。
「彼の言っていること、少しだけ共感……出来るわ。……消えた方がずっと楽だもの
一人残されたところで、どうしたら良いというのでしょうね」
 カメルは、唇を噛んだ。
『なら、会いにいこう!!』
 誰よりも大きな声で、彼は訴える。
『あんたも、あんたの大事な人も生きているんだったら、死んだらもう二度と会う事も話す事も、触れる事だって出来やしないんだ……』
 そんなカメルの姿を見ていた茨稀はつぶやいた。
「精神年齢が成長していないということは、彼はまだ……」
 茨稀の言い切れなかった言葉を、ファルクが引き継いだ。
『誘拐された当初の八歳のままなんだろうぜ』
 茨稀は理解した。
 八歳ともなれば、世の中のことを常識を知っている年齢だ。自分に取りついているのが愚神で、茨稀たちが愚神を退治しにきたことをユウイチは理解している。そして、大人になっていしまった自分が小学校に通えないことも理解しているのだ。だから、コイツと一緒で良いとなどと言ったのである。
「俺も、事故にあって数年間昏睡状態でした。目覚めたときにはあまりに多くのものを失いすぎていた。……でも、生きていればまた取り返せるかもしれないんです。十年分の自由を――あなたが大切な人と過ごすはずだった時間を無駄にしないでください」
『その言葉、聞こえてないかもしれないんだぜ』
「それでも言わないよりは、マシです」
 ファルクの言葉に、茨稀は微笑みを浮かべていた。
 それは、茨稀にとって無意識の表情であった。
「ユウイチさん……。僕は取り戻します。空白の時間を……どんなことが有ろうと」
 茨稀に向かって、破魔矢が飛ぶ。
 その矢を飛翔が、振り払う。
『今ならば、懐に入り込めます』
 ルビナスの言葉を聞きながら、飛翔は愚神の懐に飛び込む。
 景色が変わる。
 子供の人生を奪った愚神の姿が飛翔の眼に焼き付いた。
「この十年の子供たちの為にも、消えて貰うぞ」
 飛翔の攻撃は、札に阻まれた。
 だが、飛翔の目は光った。
「どうやらあの護符を使っているときは、動けないようだ」
『なら、解けた瞬間が狙い目ですね』
 ひたすら単純な攻撃を飛翔は仕掛ける。
 動けない敵などただの的だ、とでも言いたげに。
「これで、終わりだな」
 疾風怒濤がさく裂し、愚神が使っていた札が破壊される。
 これで、攻撃を防がれることはなくなるはずだ。
 そのとき、飛翔の耳に御経を読み上げる声が聞こえてきた。
「なんだ、体が動かない」
 突然自分の体が動かなくなった飛翔の目には、弓を構える愚神を映っていた。
「危ないっ」
 盾を展開していた千颯が、愚神と飛翔の間にはいる。
『この愚神は、動きを止める攻撃方法を持っているようでござる』
「こんな大技、乱発はできないはずだ」
 その言葉は、ほとんど千颯の勘であった。
「失った時は確かに帰らない、だが、これからいくらでもその空白を埋める事は出来るだろ!」
 盾を構えたまま、千颯は叫ぶ。
「お前の帰りをずっと待っている母親がいる事を忘れるな! あの時一人で行かせるんじゃなかったとずっと後悔して苦しんでいるだ!!」
 たとえ葬儀がなされていたとしても、それでも「くぎり」が付かないのが親の心である。同じ親として、千颯にはユウイチの母親と父親の気持ちが痛いほどわかった。気が狂いそうな十年だっただろう。同じ年頃の子を見るたびに、涙をこぼしただろう。
「お前は一人じゃない。ちゃんと帰る場所があるんだ! おかえりを言ってくれる家族がいるんだ! 人生を……生きるのを諦めるのはまだ早い! お前はまだこれから何にでもなれるし、何でも出来るんだ!」
『千颯、一度下がるでござる!』
「下がらない!!」
 千颯は、十八歳のユウイチを見た。
「生きたいと望めば俺たちが全力で助ける……だから諦めるな!」
 千颯の叫びを聞いていたアリスは、彼の隣に並び立った。
「死を選ぶのは早すぎるだろうと、私も考える。……今までの10年。これからの10年。無駄など無い」
『アリス様』
「アオ、今は私の心配をするな。ユウイチ、今一度生きればよい。空白など埋める。……独りではなく我らと共に。だ」
 アリスは、手を差し出す。
『アリス殿もっ! 千颯、やはり一度下がるでござる』
 白虎丸の言葉に、千颯は舌打ちをしながらも従う。
『あなた、大丈夫よね?」
 雅春と共鳴したJenniferは、飛翔にケアレイを使用する。
「ジェニー、少しユウイチくんと話をさせて」
 雅春は、自分の英雄に一つの頼みごとをした。
 その頼みごとをJenniferはしぶしぶ飲み込んだ。
『……危なければすぐ交代するから』
「ユウイチくん、きみがどうしたいのかは聞いていたよ。でも……僕はその考えに賛成できない。だって、楽しいこと、綺麗なもの、今からでも沢山見れるんだ! 死ぬ勇気があるのなら、きっと何だってできるよ!!」
 雅春は、無理やり笑う。
 Jenniferは、どこかあきれるような気持ちでそれを見ていた。
 ――だから、お前は甘ったれなのだ。
『もう、タイムオーバーね』
 愚神の攻撃が届く前に、Jenniferは体の支配権を取り戻す。
「まだ、言うべき言葉はいっぱいあったんだよ」
『今、どうしても言うべきことなの? どうせ、あの愚神はすぐに倒されるわ』
 Jenniferは、逃げようとする愚神の後姿を見やる。
 だが、愚神の行く手には昭二はいた。彼は腰を落し、墓石の影に身を隠していた。間合いに入れば、愚神を切る。そんなことを考えながら。
「不意打ちのつもりだったのかよ」
 愚神は、刀の間合いに入る前に昭二に気が付いた。
「いいえ――挟み撃ちのつもりでした」
『悪いな。俺たちは、囮だ』
 愚神は、後ろを振り向く。
 子供がいた。
 雨宮は、にっかりと笑う。
「止めだよ」
 愚神が攻撃を受けた瞬間、ユウイチは強制的にはがされる愚神の意識に向かって手を伸ばそうとした。だが、その手を掴んだのはミラルカであった。
「私も19年閉じ込められてた。私に帰る所はないし知らないことだらけ……あなたと同じ。でも知らないことはみんなが教えてくれる。困ったら助けてと言っていい」
 彼女は、大きく息を吸い込んだ。
「勇気出して。きっと楽しく生きられる。――生きていて欲しいのよ」
 ユウイチの光のない目が、大きく見開かれる。
「あーもう、ウジウジと女々しいなぁ! 100歳まで生きるとして、10年とか人生の10分の1じゃん? 私たちも色々あったけど、今絶賛人生楽しみ中だし! とりあえず愚神から離れて生きてみて、死ぬのはそれからでも悪くないよ!」
 とりあえず今からゲーマーもくるみたいだから皆でゲームでもしようか、と雨宮はすべてを振り切ったように笑うのであった。

●これからの十年を
「終わったみたいだね」
 戦闘終了の連絡を受けたエルモはダミアンと共に、墓地へと急いだ。子供たちは連絡を取ったHOPEの職員や警察に任せてきた。もう危険が及ぶことはないだろう。
『あいつら、ちゃんと家に帰ったことか?』
「さっき別れたばっかりだよ」
 保護された子供たちを守っていたエルモだが、どうしても子供たちの輪にはいることはできなかった。代わりに子供たちの緊張を解きほぐしたのはダミアンで、子供たちはまるで親戚の兄とでも遊ぶかのようにダミアンになついてしまっていた。
「いやー、まったく。子供の相手は疲れるねー」
『なに言ってンだ。てめェもガキのくせによォ。さらわれてたガキたちと身長も年もそう変わらないだろ、ギャハハ』
 おそらくはもっとも相手にするのが疲れるだろう子供の様子を見に行く。そのために、エルモたちは外に出たのである。
「あれ? 雅春と茨稀。なにかあったの?」
 墓地に付く前に、コンビニの袋をもった二人にあった。
「最近のコンビニ、すごいですよね」
 茨稀は寒空のしたで、湯気を立てるビニール袋を見る。そこには大量の甘酒が入っていた。
 十年間も愚神に操られていたユウイチは、そのまま実家には帰れない。まずは警察を通して病院で検査を受け、健康が確認されてから家族と再会することになるだろう。
 だが、その警察が来るまで少し時間がかかるとのことであったので、若者二人はコンビニに走ったのである。
「うん、まさか二十一人分も甘酒の缶ジュースが売っているとはちょっと思わなかったよ。結果的に良かったけど」
 雅春も「うんうん」と首をふる。
「だから、この大量の甘酒はなんなんだよ」
 自然に膨らむエルモの頬を見ながら、雅春は微笑んだ。
「これは、餞別みたいなものかな」
 雅春は、ユウイチと自分は似ていると考えていた。
「もし「ジェニー」がいなくなったら、多分僕も……」
「なに、聞こえないよ!」
 エルモの後ろで、ダミアンが笑っていた。
『いいじゃねーの。一本もらうぜ』
「今はダメです。皆で飲むためのものですから」
 茨稀は、ダミアンから袋を遠ざけた。
 支配されていた十年は、ここで終わった。

 ――新しい十年を始めるためにも、あの日に買えなかった甘酒を買ってあげたかったんだよ。

 雅春は、どこか寂しげに口にした。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    ミラルカ ロレンツィーニaa1102
    機械|21才|女性|攻撃
  • エージェント
    樹里・テンペスタaa1102hero002
    英雄|18才|女性|カオ
  • 残存した記憶の道導
    リコリス・Saa4616
    人間|16才|女性|防御
  • エージェント
    カメルaa4616hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • クールビューティ
    アリスaa4688
    人間|18才|女性|攻撃
  • 運命の輪が重なって
    aa4688hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 広い空へと羽ばたいて
    aa4783hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • エージェント
    守屋 昭二aa4797
    人間|78才|男性|攻撃
  • エージェント
    神戸正孝aa4797hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • エージェント
    エルモaa4873
    人間|12才|男性|生命
  • エージェント
    ダミアンaa4873hero001
    英雄|28才|男性|ドレ
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