本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】タイムリミット―誓いの刻限―

山鸚 大福

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/01/23 06:56

掲示板

オープニング



 信じてる……。
「お姉ちゃん……山、みようね、必ず」
 恐くても不安でも、私はあの人達を信じたから。
 助かるって信じたから。
「生きて帰ろうね。それでね、また、お姉ちゃんとお話ししたい」
 もうダメなんじゃないかって、泣いたりもした。
 間違えだったんじゃないかって、悩んだりもした。
 でもそれでも……。
「生きよう、お姉ちゃん」
 信じる、信じたい。
 この気持ちを変えたくない、そうあの日に願ったから。
 お姉ちゃんがいなくなるなんて、想いたくないから。
 今は信じることしか、私にはできないから。

 
 お姉ちゃんが病気と闘うなら、信じて見届けることが、私の闘い。
 


――――Link・Brave――――――

 屍国編
『タイムリミット』
 ――誓いの刻限――


―――――――――――――――――


 【Re-Birth】
 新型感染症……つまりゾンビ化現象の治療薬。
 その輸送は、秘密裏に、ごく一部の末期患者へと行われる予定であるが……今の四国で確実に輸送が行われる保証など、誰にも出来るはずがないのだ。
 何か起きたとしても、それはある種の運命であり、誰かが責められるべきではない。
 それはただの、天の気紛れなのだから。


 ――HOPE東京海上支部――


「まず感染症に対して迅速な厳戒体制を。空気感染や経口感染の可能性、感染経路の予測と判断、現地に派遣する職員への配慮も含めて、この現地の能力者からの要望はすぐ実行すべき意見であると思います。また、原因解明まで現地の生き物を持ち込まないよう徹底し」
「待ちたまえ黒松君、感染症に関しての判断は私達だけでは……」
「では政府や各省に早急に申請を。愚神の関与はほぼ確定事項であり……」
 四国の対策会議でそう意見を出すのは、HOPE職員の黒松鏡子だ。
 彼女は別の事件を担当していた職員だが、四国、それに世界規模で立て続けに起きる愚神達の活動によって人員不足が発生し、四国の事件の解決へと、一時的に移されていた。
 それを愚痴るでもなく早々に仕事を始めた彼女だが、現状、感染症に対するHOPEの警戒は充分とは言えない。
 そんな彼女が、状況改善の為職員達と話している最中に……会議室の扉が開いた。
「会議中に失礼します、治療薬運搬に関して緊急の報告が」


 ――高知県・某病院――


「そうですか、輸送車が……。……明日まで持つかどうかは……。ええ、万一こちらがダメなようなら、他県でこれから増える末期患者に投与を……」
 病院の担当医師が聞いた報告は、簡単なものだ。
 末期患者の治療に使われる治療薬の運搬従魔が発生し、車が横転させられてしまった。
 能力者だけでの運搬も考えられたが、横転した場所から距離があり、この病院までは時間がかかる。
 直接の運搬は危険も多く、治療薬が無事である為、運搬は明日、行われる……という内容だ。
 普段であればなんでもないことだが、今、その病院にいる末期患者達の状況は、非常に危うい。
 明日まで持つかは、患者達の容態次第だろう。


 そう願う医師の元に……患者の容態が急変しているとの知らせが届いたのは、それから数時間後の話だった。


「や、……やだ、やだよお姉ちゃん!」
「ぅぅ、ぁぁ゛」
 弥千代と言う名の少女の握っていた姉の手の皮膚が、ずるりと捲れた。
 初期では僅かだった皮膚の腐敗は身体の半分以上に広がっており、その症状の進み具合が分かる。
 病室近くから能力者が駆けてくると、素早くナースコールを押してベットに駆け寄った。
「どいて」
 弥千代を、美しい金色の髪をした能力者がどかす。
 二十歳半ばのその女性は、ベットに拘束された末期患者の手を握り、霊力を送り込んだ。
 彼女は、病院の護衛役だった能力者だ。
 こうして霊力の供給をすれば症状の進行が遅くなる事は、よく把握している。
 機械での供給も行われている状態での霊力供給に、どこまで効果があるか分からないが、やらないよりかはマシだろう。
「お姉ちゃん、がんばって、いきて、お願いだから……」
 金髪の女性は、泣きじゃくる弥千代の願いを聞きながら、霊力の供給を続けていた。
「お姉ちゃん、帰ろう、帰ろうよ、一緒に」
 失われていく患者の命を感じながらも、弥千代と共にその姉を見守る能力者は、ただただ、治療薬の到着を待つことしか、出来ないでいた。


 ――HOPE東京海上支部――


「容態の急変ね……近場の能力者を向かわせたいけど、肝心の治療薬の場所が」
 治療薬はついさっき、香川の病院に保管されたばかりだ……そこから高知の病院まで、車やバイクで向かうには時間がかかる。
 そのうえ高知の病院があるのは避難を促された地区。
 霊力供給装置が移動できない為、病院は必要最低限の医師と患者達、行く宛のない数人の親族……あとは能力者の護衛数人がそこにいるだけであり、街には山から降りてきた従魔が彷徨いている。
 車での移動はルートを選ぶ必要があるし、避難途中に残された車や、従魔の妨害が起こる為……かなり道が限られる。
 全体的な事を考えるなら、今回の患者を諦め、他の末期患者に近付いている患者に投与する方が、治療薬は無駄にならないかもしれない。
 危険があるだけならともかく、今回は到着時間が絶望的なのだ。
 心苦しいが……。
 そうして彼女が判断を下そうとした時、そのスマホが鳴った。
『久隆だ』
「久隆職員ですか、今急いでますので、用件なら手短にお願いします」
『ちょい耳貸せ。現地の部下から治療薬搬送の事で話があってな、現実主義のお前は嫌がるかもしれねぇが』
 そう長々と語る同僚に、鏡子はぴしゃりと告げる。
「いいですから用件を」
『わかった、ええっとな……』


『連絡しといたぜ、危険だがOKだとよ。ものわかりがよくて助かるぜ』
「ありがとうございます、久隆さん。強硬手段に出ないですみました、必ず無事に送り届けますから」
『分かったから早くいけ、楠木』
「はい」
 そう答えるのは、香川の病院に備え付けられたヘリポートにヘリコプターを着陸させている、一人の職員……楠木。
 彼は、ある村が従魔に襲われた際、その救出に向かった能力者達をヘリコプターで輸送していた人物だ。
 ヘリコプターは途中で墜落し、彼自身は能力者に助けられる事になったが……その結果として村から逃げ出す村人達と行動を共にし、深く情がわいただろう。
 別件で能力者を送り届けた彼は、治療薬運搬車の横転事故の話を知り、危険を承知でヘリコプターでの運送を提案した。
 ヘリコプターなら、治療薬の運搬を間に合わせることは出来る。
 従魔の襲撃が想定されるが……それは危険なだけだ、優秀な護衛がいれば問題ない。
「それでは頼みますね皆さん」
 治療薬と共にヘリコプターに乗り込んだ能力者達に、楠木はそう告げる。
 儚い命を救う為、一機のヘリコプターが、空へと飛び立った。

解説

【依頼説明】
 治療薬輸送とヘリコプターの防衛。
【依頼詳細】
 四国の山の近くを抜け、ヘリコプターで最短距離を通り高知の病院に向かいます。
 鳥系の従魔が群れて襲ってくる事が予測されますので、ヘリコプターに乗り込みその防衛をして下さい。
 患者の容態は非常に危険な状態であり、間に合う保証はありません。


【末期患者】
 弥千代と言う少女の姉を始めとする、数人の村人達。従魔の襲撃にあった村から逃げてきたが、感染症にかかり病に伏している。


【パイロット】
 楠木健二。ヘリコプターのパイロット。治療薬の輸送を志願。


【従魔】

 鳥のゾンビ(個、集団)×?
 数の多い鳥のゾンビです。
 山を越える際や、高知の市街地で攻撃を仕掛けてくるでしょう。
 討伐せずとも、ヘリコプターに追い付けないよう対処すれば問題ありません。
 また集団になった場合、デクリオ級に近い実力となり、単体攻撃は有効と言いがたいので、一定範囲を巻き込めるもので迎撃してください。
 

【オペレーター】


 HOPE職員の黒松鏡子が通信担当となります。
 衛星から観測出来る範囲での従魔の動きや、病院の職員からの報告、その他行えるサポートを要望に合わせ行います。


以下PL情報


【ルートや時間に関して】
 山越えと言う危険なルートです。ルートを変更した場合や、何かで遅れが生じた場合、間に合うかは運です。


【防衛に関して】
 先制で攻撃しないと、ヘリコプターが被弾する可能性が高くなります。また、ヘリコプターへのカバーリングは可能ですが、鳥が集団となってきた場合、カバーリングでは防ぎきれない場合があります。
 ヘリコプターから従魔の迎撃を行わなければならない為、守るには工夫が必要でしょう。


【システム】

 今回は通常の戦闘処理と、通常の判定を使用し、チェイスルールは使用しません。相手側を発見出来るかどうかは、ヘリコプターが強襲されるかどうかに大きく影響するでしょう。

リプレイ



 不意に視線を感じた。
 それはカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が、電話で病院の職員に対する調査を依頼した時だ。
 香川の病院の屋上……ヘリポートのあるその場でカイは周辺を見渡すが、入り口の扉や周囲に不審な影はない。
「カイ! ヘリがそろそろ出るよ」
 能力者である御童 紗希(aa0339)の言葉が聞こえた。
 振り向けば、吊り下げる為の鉄板を取り付けたヘリコプターの近くで、既に他の能力者達が待機しているようだった。
 けれどカイはすぐに向かわず、ライヴスゴーグルをつけて周りを見て……それを外す。
「なんかあったの?」
 近付いてきた紗希が訝しげに聞くと、いや、とカイはゴーグルをしまう。
「ストーカーの視線がしてな」
 それに紗希はいつもの調子で返そうとするが、カイの表情を見て……茶化さずに真面目に聞き返した。
「……残って調べとく?」
 徳島での一件を考えれば、調査に残るべきだろう。
 だが、ゴーグルに反応はなく、不審な人の姿も見えない。
 怪しむべきはヘリコプターのパイロットとこの場にいるHOPE職員一名、だがそれも電話の前に確認済みだ。
 視線を感じたのもほんの一瞬……。
「カイ、まだか!」
 ヘリコプターに乗り込みかけた麻生 遊夜(aa0452)の言葉に、カイは逡巡し……。
「ああ、すぐ行くぜあっちゃん」 
 気のせいとは思えなかったが……恐らく無駄足になるだろう。
 カイは紗希と共に、仲間達の待つヘリコプターに乗り込むと……最後にそこから一度だけ、病院の屋上を眺める。
 先程感じた視線に対して……しこりのような違和感を残したまま。


●四国飛翔


 高度おおよそ3900m。
 そびえ立つ四国の山々も届かないその空をヘリコプターが飛翔していた。
(風がすごいな……)
 その中で通信機を身に付けたGーYA(aa2289)は、開けっぱなしのスライド扉に視線をやる。
 唸るような激しい風切り音と入りこんでくる風の強さ、外を流れていく空の景色が、この高所の過酷さを表しているようにも思えた。
 そんな過酷な状態でも、眉ひとつ動かさず冷静に銃を携え、外へと警戒を向けるクレア・マクミラン(aa1631)や、知的な空気を纏う迫間 央(aa1445)の姿は、ジーヤの眼を引いた。
 狭い空間だからこそ感じる、熟練し、成熟した人達の機敏さや、その知識。
 ジーヤも闘いの経験は多々あるが、こうして身近で活動すると、まだ自身が未熟なのだと痛感してくる。
「ジーヤさんは、あの村の方々をご存知なのでしたよね?」
 ヘリコプターのパイロット……楠木の声がして我に返る。
 あの村の方……それが示すのは、治療薬の運送先にいる村人達の事で……ジーヤにとっても忘れる事のできない相手だ。
「はい、依頼の時にいろいろあって……弥千代さん達は、楠木さん達が助けてきたのですよね?」
 そのジーヤの言葉に、楠木は操縦をしたまま苦笑する。
「私も助けられた側ですよ。クレアさんや、あの時にいた方々がいなければ、私もあの村の人達も死んでいました」
 助けられた側、だとするなら、ジーヤもそうだ。
 まほらま(aa2289hero001)と誓約した時や、異界に取り残された時、その命を救われてきた。
 操縦席の楠木が、言葉を続ける。
「だからでしょうね。あの方々が病院に入院されたことくらいしか知らなかったのですが、あそこへの治療薬の運搬が失敗したと聞いて、いてもたってもいられませんでした」
 楠木の表情は見えないが、その言葉には強い意思が宿っているようにも思えた。
「……ジーヤさん、治療薬の事、お願いします」
 それは能力者達によって紡がれてきた、か細くも重たい、命の繋がり。
「……はい、必ず」
 それを受け止めたジーヤは間を起きながらも……はっきりとした確かな言葉で、一つ頷いた。


「……」
 激しい風の音に紛れて聞こえる、ジーヤと楠木の会話……それに口を挟まず、双眼鏡を片手に自らの役割をこなすクレアは、下方に黒い点を見つける。
 それはヘリコプターの速度に追い付けず、流れるように消えていったものの……記憶にある鳥型の従魔に近い姿をしていた。
(そろそろか……) 
 それから僅かして、通信機からオペレーターの声がした。
『前方、鳥従魔が少数接近中、接敵まで三十秒ありません』
「了解」
 その言葉に短く答えてすぐに一つ、発砲音が聞こえた。
 反対側……クレアの視角の外、仲間に任せることしかできない場所。
 今回は誰かのミス一つで取り返しのつかない事態となるが……クレアや、英雄のアルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)が生きて来た戦場ではよくあることだ。
 前方に眼を向けると同時、クレアはパイロットに通信を繋ぎ、声を飛ばす。
「楠木さん、このまま最高速で進んでください」
『最高速、ですか』
「間に合わせることが優先です、急いで」
『……、了解!』
 危険だが、ヘリコプターの速度は落とさない。
 安全よりも、迅速な解決を望まなければならない時もある。
 クレアは視界の先、遥か前方に映るまばらな黒い点に向かい、それを構えた。
『来るか……』
 アルラヤの声が響く。
「雑魚に構ってはいられん、消し炭にしてやる」
 ヘリコプターの時速は300km、視認してから激突するまでの時間はほんの僅かだ。
 けれど、僅かもあるなら狙いはつけられる。
 AGMの弾頭が、迫り来る鳥達をクレアの宣言通りに消し炭にし……宙に爆炎を広げた。


「コイツの調整が間に合って助かった!」
 ヘパイストス……6つの銃身を持つ、2mに近い巨大なガトリング砲の銃声が響き渡る。
 足場は非常に不安定であり、時速300Kmの速度で発生する風圧が絶えず襲ってくる環境は、普通立つことすらままならないが……能力者であるならば、こうしてロープを頼りに足をつけ、闘うことも可能だ。
 獰猛な笑みを浮かべる紗希の眼前に、次々と撃ち出されていく弾丸は、迫ってくる数匹の鳥達の身体を捉えていく。
 その紗希が撃ち零した相手や、狙う事の出来ない相手を捉えるのは、空を舞う一匹の狼。
 いや、正しくは英雄であるユフォアリーヤ(aa0452hero001)と共鳴し、狼の尻尾と耳をその身体から生やした男……麻生遊夜だ。
 彼は片手で狙撃銃を構え、暴風とさえ呼べる風の中、ラペリングロープを利用して……鉄板の斜め下方へ銃を向け、一射。
 ハウンドドッグ、猟犬の名を関する銃から放たれた銃弾が、140mほど離れた小鳥……その中心を的確に撃ち抜き四散させる。
 驚愕するべきは、この非常に不安定な状況と強風の中……さらに霊力を用いるとは言え、巨大な銃を片手で扱わなければならない悪条件の中で、小鳥を撃ち抜いて見せた事だろう。
 能力者の目から見ても、奇跡としか言えない銃撃。
 しかしこの離れ技は、決して『奇跡』などではない。
「よっと」
『……次は、そこかな』
 鉄板から飛び降り、風に靡くロープに片手で掴まったまま、迫り来る鷲に一射、さらにヘリコプターの後方を見ると、そちらに狙撃銃を向け……霊力を纏い高速で飛翔してきた鳥を迷うことなく撃ち抜いた。
 軽やかに動きながらも、銃口が鳥を向く一秒の何十分の一にも満たない時間で狙いをつけ命中させるその技術は、神業とさえ言える。
「どんな体勢だろうが……」
『……ん、ボク達は外さない』
 自信に溢れた英雄の言葉を聞きながら、遊夜は風に揺れるロープを器用に登る。
「山間部前ならだいたいこんなもんかね。迫間さん、鷹の情報はどうなってる?」
 通信機を使い遊夜が機内の央に話しかけると、通信機からは苦い声が帰ってきた。
『イヌワシを使いましたが、ヘリコプターの速度が速すぎて先行調査が出来ませんでした。後方からヘリコプター上空の警戒に利用して、先ほど消えたところです』
「わかった、オペレーター頼りになりそうだな。そっちは他に異常はないな?」
『はい、他にはありません』
「よし、じゃあ引き続き頼む、こっちも今のとこ順調だ」


 通信を終えた央に、幻想蝶の英雄から声がした。
『ゾンビ従魔という事になっているけれど……本当に愚神が関与しているなら、相当厄介ね』
 英雄マイヤ サーア(aa1445hero001)の言葉に、彼は答える。
「……未だに感染源すら判明していない訳だからな」
 四国の現状は深刻だ。
 依頼の同行者であるクレアから聞いた限り、鳥のゾンビの出現は、一部の地域では初期の頃からだったらしい。
 人間以外の生き物を媒介に出来るなら、感染は広まりやすい。
 その感染源さえ判明していない状況、一方的に感染が広まるのは、かなり危険だ。
 危機意識を強めながら、央は同じ依頼に関わる金髪の男に声をかけた。
「水落さん、後方の警戒をお願いしていてもいいでしょうか?」
 金髪の男……水落 葵(aa1538)は、ああ、と答えてから、少し考えて言葉を続けた。
「途中で俺がいなくなったら、ジーヤクンにでも頼んどいてくれ」
 いなくなった場合……恐らくは落ちた時や、負傷した時に備えての事だろう。
「わかりました、もしもいなくなった場合には、ジーヤさんに任せることにします」
「ああ、任せた」
 央に葵が答えると、葵は何かを考えるようにヘリコプターの外を眺めた。


●空の軍勢


『前方10km地点、20km地点、四国山脈山間で、上空に多数従魔が展開しています。二分未満で接敵しますので、気を付けて』
「上空……待ち伏せってことか?」
『はい、そう捉えた方がいいでしょうね、どこからか、情報がもれたのかもしれません』
「わかった、調査の件も頼む」
『はい』
 通信を切ると、紗季は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 情報がもれていた、だとするとやはり、あの屋上に何かがいたのだろうか?
 それとも病院に?
 疑問はあるが、何かの確証を得られているわけではない。
「待ち伏せか……これでなんとかするしかないだろうな」
 紗季の隣で、遊夜はマテリアルメモリーに収納していたそれ……鉄の翼を思わせるその兵器を展開する。
(操ってる奴はどこにいる?)
 その遊夜の横で同じようにカチューシャを展開した紗季は、焦れるような気持ちでライヴスゴーグルをかけると、待ち伏せする鳥達との遭遇に備え。


『クレアさん、速度はどうしますか!』
「このまま維持する」
 オペレーターの楠木からの通信に、クレアは冷静な声音でそう返す。
 クレアは最初こそ敬語だったが、何度か指示を出し通信を重ねる間に、端的な口調へと変わっていた。
『治療薬もあるんですよ!?』
「死人に治療薬を届ける気か、今は時間を優先する時だ」
『……っ』
 楠木は過去に一度死にかけている、恐らくそれが、危険な行為に進む彼の楔となっているのだろう。
 だが、その心の楔を乗り越える時間など、戦場には存在しない。
「楠木、何のために運搬を願い出た」
『そんなの……』
 ぐっと楠木は言葉を止め、吠えるようにその口を開いた。
『助けるために決まってるでしょう!』


 ヘリコプターの速度は落ちない。
 その機体は、空の彼方から現れた軍勢……30を越えるその鳥の集団へと、全速力で突き進んでいく。


 カチューシャ。
 かつて軍事兵器の愛称でも知られていたそれは、今は似た性能を持つAGWの正式名称として採用されている。
 そのAGWとしての性能……十六ものロケットランチャーを発射し広域を殲滅するするその性能は、凶悪の一言に尽きる。
「そんなに吹っ飛びたいならくれてやるよ!」
『……ん、いっぱいお食べ』
 遊夜の言葉にリーアが応じ、軍勢と言える鳥の集団を捉えたそれが、圧倒的な火力を撒き散らす。
「そらそらそらそら! ブッ飛びな!!」
 さらに紗季が続けて放ったカチューシャ……遊夜と合わせれば32発ものAGWが、ヘリコプターの前方空間で炸裂し、霊力を纏っていた無数の鳥を爆砕した。
 待ち伏せ、つまりそれを考える知能を持つ存在がどこかにいるのであろうが。
 今はそれを気にする暇はない。
 幸い、ゾンビと化した鳥の知性は薄い、群れたまま接近してくる為、面を制圧するだけでその大半は殲滅出来る。
 そして爆炎を逃れた数匹を的確に撃ち貫くのは、ヘリコプターから放たれる央の矢、クレアの重火器による攻撃……さらにジーヤの霊力による剣閃や、葵の放つ霊力の弾丸だ。
 最初の鳥の軍勢はそれで成すすべなく撃墜され、無事にその進路が確保された。
 けれど、休む暇はない。
『続けて接近しています、迎撃を。前方10Km地点、高知県境でさらに一群を確認!』
「次来るぞ、全員構えろ!」
 通信士から声が飛ぶと、遊夜は複数持ってきたカチューシャのうち一つを装着し、再度迎撃の用意をする。
『わかりました!』
 ジーヤの声に続き、全員がそれに応じていく。
 上空4000mで行われる、激しい空戦……それを越えなければ、目的地へは辿り着くことは出来ないのだ。 


 ――ヘリコプター内部――


 カチューシャの爆風が揺らす中でも、楠木が速度を落とすことはなかった。
 その通信機から聞こえるのは、この任務の間に彼を励まし続ける、一人……いや、一人の能力者と、その英雄の声。
『前を見据え、振り向くな。お前の先にあるのは今と未来の命だ』
 そこに宿るのは戦場で数多の命を助け、見届けてきた、強い意思。
 パイロット席から見えるのは、自らを目掛けて飛んでくる……殺意を持った従魔の姿。
 けれど……。
『銃火も怒号も、全てお前の覚悟と使命を彩るオーケストラだ。進め!』
『然り。敵を討つは兵士の責務。物資を届けるは輸送員の責務。責務を果たすのだ』
 放たれる銃火が、通信から聞こえるの能力者達の怒号と共に、その進路を抉じ開けていく。
 この能力者達と共にいれば、恐れるものなどない。
 そう確信させてくれる力強い声が、今の楠木を支えていた。
「クレアさん」
『なんだ?』
 楠木は、向かい来る従魔達を視界の彼方に見据え、言葉を告げる。
「あなたと任務を行える事、光栄に思います!」


 ヘリコプターから放たれた矢が、爆炎を逃れた鳥を捉えた。
「堕ちろ」
 寝かせるように構えた弓、その由来である、太陽を落とした伝承をなぞるように、陽光の元へ矢は放たれ……光に紛れ飛んできた一羽の鳥を、貫き落とす。
 二回目に襲ってきた鳥達は、カチューシャでの被害を抑えるよう離れて布陣しており、狙うべき敵が多かった。
 知能のないゾンビがそんな布陣をしたのは予想外だが、強者揃いのこのヘリコプターを落とすには至らない。
「お前達には土がお似合いだ」
 普段であれば礼儀正しい公務員である央は、共鳴した際にその態度が大きく変わる。
 日頃の反動とも言えるが……敵対する者達への容赦のないその視線は、支配者のような高慢さと、冷酷な力強さを感じさせる。
 寝かせた弓を、外に向ける。
 その気になれば連射もできるが、対象が高速で接近してくるこの場では、必中を心掛けた方がいいだろう。
 矢を、放つ。
 時速300kmの速度の中で、霊力による加速を加えられた矢は飛翔してくる鳥を穿ち貫いた。
 落とす数こそ少ないが、彼が落としているのは全て、仲間が逃したターゲットだ。
 この速度で飛行するヘリコプターで、瞬時にそれを判断し狙って見せるのは、その優れた技量と判断力を示したものだろう。
 問題は……。
(まだ来るか……)
 敵の数だ。
 三つ目の群れまでは仲間もカチューシャで対応してきたが、次の群れはどうなるかわからない。
 考えながら矢を放ち、外部から迫っていた敵を駆逐する。
 隣では、背負っていたカチューシャを捨てた葵と、片手に本を出したジーヤが、それぞれに次の行動に移っていた。
 葵はクレアの近くでその支援をし……ジーヤはその本を持ったまま、ヘリコプターから顔を出して外を見た。
 新たに来る一群に意識を向けているのだろうかと央は思ったが……。
「あと少しだ」
 ジーヤが意識を向けるのは敵ではなく……目的地で待つ、救うべき人達。
「……」
 央は、ジーヤの隣に行くと……高知の山と街並みを、空から眺めた。
 それは地方公務員であり、能力者でもある彼が守るべき、被災地の姿。
 英雄と共有する思考の中、従魔への強い憎悪と、彼自身の持つ感情が複雑に混じり……。
『最後の群れが接近しています、接触まで三十秒ありません』
 オペレーターのその報告を受けた彼は、その弓を静かに握り締めた。

 
 最後の群れがヘリコプターへと迫り……交戦が始まった。
 その中で紗季は、一つのことに気付く。
 視線だ。
 ライヴスゴーグルに反応はない。
 けれど、それは病院で感じたものと同じもの。
 鳥の動きに目をやり、愚神の関与を強く疑ったからこそ感じる、ほんの僅かな違和感。
 ヘパイストスの銃撃に被弾し落ちる鳥が、クレアが三射したヴァンピールの爆発の中を飛ぶ鳥達が、腐ったはずの眼を……ぎょろりと紗季やヘリコプターに向けていた。
「……もしかして」
 探していた結果……ではない、狙うべき愚神はこの場にいない。
 だが、このルートが筒抜けになり、最初の運搬車が狙われたのは……途中から、こちらの兵装を見透かしたように鳥が布陣を変えたその理由は、直感とも言えるその答えに、ぴたりと当てはまる。
「……見てやがるんじゃねーだろうな?」
 もしも病院に誰かが潜り込み操っているとしても、高度4000メートルで行われる攻防の確認は出来ず……途中から鳥の布陣を変える真似は出来るはずがない。
 それが出来るとしたら……この高所で、直接兵器を確認した者。
 つまり、検査済みであるパイロットや東京にいる通信士、能力者達を除けば……鳥達だけだ。
 シャドウルーカーの央が扱っていた『鷹の眼』が、脳裏に浮かぶ。
 従魔を使った監視は、ありえる範囲だ。
 鳥だけのものか、それともゾンビ全般なのかは分からないが、従魔を利用しこちらを確認し、遠くから指示を出していると仮定すれば……高度4000メートルを進んできたこちらを的確に待ち伏せしていることも理解出来る。
 今は憶測に過ぎないが、もしもそうだとしたら、四国での能力者達の動きは筒抜けということにもなるかもしれない。
「どうにかなるってもんでもないがな」
 どの道……今は迫る鳥に目を向けるしかない。
 ヘリコプターのルート上の鳥は、放たれた射撃によって落とされているが……。
 周囲に残る鳥の数は、十。
 ヘリコプターの内部から、接近した鳥に向かって蜘蛛の糸のような糸が絡みつき、鳥達の数匹を拘束し、墜落させる。
 恐らくは央の放ったものだろう。
 残る数は6……。
「くたばれ!」
 紗季が重火器と言えるヘパイストスをそちらに向け……。
「ここまで来て落ちたんじゃ顔向け出来ないんでな!」 
 遊夜がハウンドドッグを鳥へと向けた時……。
 六匹の鳥達は一斉に、その進路を真下……つまり……ヘリから離れる方向へと、その軌道を変えた。

 
 その僅かに前……。
『おっさん、さっきなにか企んでなかった?』
 英雄であるウェルラスの言葉に、さてな、と葵は答え……従魔を惹き付ける特殊な霊力を周囲に展開する。
『葵?』
「……?」
 置いていた重火器を迫り来る鳥に向けていたクレアとウェルは、葵の行動に疑問を覚え……。
「そいじゃあ行ってくるわ。後任せた」
 葵はそれを意に介さず、とん、と外に飛ぶ。
 ヘリコプターの内部から、外にだ。
 病院に向かう為に高度は落ちたが、それでもまだ3000mの高さがある。
 ヘリコプターから飛び出した葵は、あっと言う間にヘリコプターから引き離され……重力に引かれ、地表へと向かい降下を始めた。
『リンカーだからって無茶しすぎぃぃぃ!!』
「あっはっはっ!男は度胸だろ」
 ごうっと唸る風の中、朗らかに笑う葵を追うのは、霊力により惹き付けられた六羽の鳥従魔だ。
 狙い通り。
 これで、ヘリコプターを追う鳥は、今はいない。
 あとは……。
(マクミランもいるしな)
 まばらに襲撃してくる鳥程度なら、危険とは呼べない。
 英雄から聞こえる賑やかな悲鳴を聞きながら……彼は頼れるその人物の顔を思い描き……遠く離れ、病院へと向かうヘリコプターを見送った。


●エピローグ


 ヘリコプターが、高知の病院へと辿り着く。
 かつて訪れたその場所を、一人の少年は駆け出していった。
 英雄と、多数の能力者達によってかつて命を救われたその少年は……救いを求め、細い命を繋いできた人々の待つ病室へと、確かにその治療薬を届け……。


 姉にすがりついて大泣きする弥千代を、ジーヤは眺めていた。
「よかった……まほらま」
『ま、そうねぇ』
 治療薬の投薬は間に合い、弥千代の姉の症状は無事に治まった。
 治療薬は他の村人達にも与えられるらしく……治療が終わった段階で、避難区域にあるこの病院から、護衛をつけて離れるらしい。
 無事な結末に胸を撫で下ろすジーヤの横、英雄のまほらまは……気になっていたこと……間に合わなかった時の、ジーヤのその反応を想像し……それをやめる。
 終わったことだ。
 今は、自らの誓約者の勝ち取った未来の中にいるのだから。


 ――同時刻・市街地――


「こっちはハズレだ、が、その話は聞かせてくれ」
 ついてきた鳥型の従魔を一人で討伐した葵は、通信先のクレアから、紗季やカイのした憶測……操っている相手が、鳥型従魔を介してこちらを監視している可能性を聞き、少し考える。
 確実、とまではいかないが、ないとはいえない。
 飛び立っていく鳥の場所を気にしていたが、鳥は特定の場所ではなく、街や山のあちこちから無造作に飛んでいるようにも感じた。
 試しにその周辺を探ってみたが、不審な影もない。
 これは逆に言うなら、従魔を遠隔操作している可能性が強まるということで……。
 遠隔操作で霊力の繋がりがあるなら、こちらの監視を行えないとは言い難い。
 今はまだ、確証はない。
 けれど、状況を考えればあり得る範囲だ。
 結界の個人的な調査……あまり期待できないが……その準備をしてから、葵は人のいない高知の街を歩き出した。
 遠い空を飛ぶ鳥の、その鳴き声を耳にしながら……。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • 我等は信念
    アルラヤ・ミーヤナークスaa1631hero002
    英雄|30才|?|ジャ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
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