本部
掲示板
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相談卓
最終発言2016/12/31 21:33:39 -
質問卓
最終発言2016/12/29 05:37:20 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/12/31 22:59:29 -
駅方面
最終発言2016/12/29 23:54:56 -
劇場方面
最終発言2016/12/31 11:01:22 -
住宅地方面
最終発言2016/12/31 22:06:28
オープニング
●愚神『リボリー』
愚神リボリーは、ノリリスクの地図を眺めながら、らんらんと表情を輝かせていた。狙いすまされた異常気象の網は、見事に交通路を遮っているように思われる。主力部隊が、今にノリリスクを襲撃するだろう。
準備は整った。なにもかも『遅かった』のだ。
(ああ、人のプライドは、どうしてかくもくだらない!)
もしもロシア軍が、最初から素直にH.O.P.E.に協力していたら――。ひょっとすれば、何か違ったかもしれないが。
大勢の従魔が住民を食い尽くす様子を思い浮かべると、喉が鳴った。
ああ、ライヴスが食べたい!
怯え切った人間のライヴス、精神の揺らぎが、ライヴスの収量を多くする。それは、リボリーのなによりも力の源だった。
最後にもう一仕上げ。彼は一張羅のスーツを着込み、ぴしりと指を打ち鳴らす。
『絶望』を。
●ポーラ・スター劇場
ノリリスクの劇場、ポーラ・スターは、吹雪で外に出るに出られなくなった避難民たちでごったがえしていた。
劇場は暗く、外がどうなっているのか分からない。
果たして、助けは来るのだろうか。
凍えるような室温が、徐々に体力を奪っていく。
『ノリリスクはもう、おしまいだ』
誰か。――それは、愚神のささやきだったのかもしれない。誰かが呟いた言葉は、しんとした劇場に恐ろしいほどによく響き渡った。
「おい、そんなことは……縁起でもない……」
打ち消す声もあった。けれど、その一石をきっかけとして、徐々に徐々に、不安という名の波は広がっていく。
「そうだ、もう、おしまいだ。誰が私たちを助けてくれるっていうの?」
「落ち着け。きっと軍やH.O.P.E.が助けに来てくれる……」
『なあ、どうして助けが来ないか知ってるか?』
誰か。――誰かが言った。大衆の内の誰か。
「俺の知り合いが、軍にいるんだけどよ――H.O.P.E.が、手柄を独り占めするために、ロシア軍を押さえてるんだ。だから、軍が助けに来れないんだよ」
「それは! いくらなんでもそんなこと……」
「ありうるはなしだな……。もともと、俺たちは無事に済むはずだったんだ。H.O.P.E.どもが市の安全を考えて苦渋の決断をした市長を捕らえたせいだ」
「いやでも、どうしてそんなわざわざ、自分の首を絞めるようなことするんだよ?」
「恩着せがましく、助けたってことにしたいんだろ?」
「そんなことないだろ、いい加減にしろよ!」
根拠のない話だ。普段ならば、一顧だにしなかったかもしれない考えだった。
しかし、この空気が重くのしかかった。
不安に陥った人々は、明確な敵がほしかったのだ。
●惑う人々
ノリリスクの駅は、愚神らの襲撃を前に混乱を極めていた。
「夫が見当たらないの! まだ、まだ町に夫がいるんです!」
「落ち着いてください、奥さん、あとから必ずやってくるはずです」
「いやよ、一緒に逃げるって決めたの。それなら私もここに残るわ!」
電車の中から叫ぶ女性を、ロシア軍の兵士が押しとどめる。女性の叫び声に合わせて、隣にいた赤ん坊がぐずり始めた。
「構うな! 準備ができ次第、順々に脱出だ!」
ノリリスクに持ちこたえる体力があるのかどうか。北の住宅街には、前線からはみ出した従魔がいる。
●無謀
「ここにいてもしょうがないだろう。俺は市街地の様子を見てくる」
「おい、大丈夫か。下手な真似はするな」
避難している住民の一部が、スコップを持って動き出す。
「いや、俺も行くぜ。助けなんて来ねえんだよ、自分たちで何とかするしかないんだ」
客観的に見れば、それは蛮勇だった。この状況を一般人が何とかできるはずはない。けれど、そこには希望があったのだ。――偽物の希望が。
「腹が減ったなあ」
「ああ、もし無事にことが済んだら、ママの作ったあったかいボルシチが食べたいなあ!」
解説
●目標
住民の脱出と列車での撤収。
●作戦
ロシア軍は南部の包囲を試みる敵軍に対して遅滞防御を展開し、避難所の住民が救出されると戦線を縮小して退路である駅の防衛に集中する。
普通列車は民間人の脱出に使用される。エージェントたちは最後に残される貨物列車で離脱する。
●救出
駅南方にはポーラ・スター劇場。
駅北の住宅地は敵前線の背後にあるが、逃げ遅れた住民や、状況判断を誤って引き返してしまった住民がいる。
敵前線の背後にあるため、多数の敵が徘徊しており危険。
<住宅地>
敵前線の背後にあり、多数の敵が徘徊している。
・アイスゴーレム数体(状況・行動により増減)
・デスアーミー数体(状況・行動により増減)
・雪喰蟲(群れ)
吹雪の中、複数の群れが確認されている。こちらに関してはただ気まぐれに空を飛び、成り行きに任せて人を襲っているようだ。
<ポーラ・スター劇場(避難所)>
住民が内部にバリケードを築き避難・籠城している。
エージェントたちの指示を聞かないということはないが、避難所には不安と閉塞感が満ちている。脱出中、半ばパニックになるものもいるだろう。
劇場周辺にはゴブリンスノウが多く待ち受けている。
・愚神リボリー
ケントゥリオ級愚神。前線には出ない。人々の恐怖や不安といった感情で強化される。
・ゴブリンスノウ×25
統率が取れており、通常のゴブリンスノウよりも強力に思える。民間人を優先して攻撃するようだ。何者かが後方で指揮を執っているものと思われる。
何かあればコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)がなるべくお答えしますが、特に年末年始、タイミングによっては返答が行えない可能性があります。ご了承ください。
リプレイ
●疑念
噴出する感情。恐れ、怒り、悲しみ、そして――疑い。
リボリーは、劇場から市民らを見下ろし舌なめずりをするかのように、ゴブリンたちを操っていた。
まだ、こちらからは仕掛けない。
パニックになった住民たちは、無謀にも自分から危険地帯に身をさらしていくだろう。
しんとする体温。雪に飲み込まれて、辺りは閑か。
絶対零度が、全てを奪う。希望を喰らい、ノリリスクを飲み込んでいく。
リボリーの誤算は、ただ一つ。
”H.O.P.E.”――希望の存在だった。
●惑う住民は
「……混乱が広がってるのか」
『極限状態であれば無理もない、かの。しかし戻ってしまうとは……危険じゃの』
住宅街方面。
秋津 隼人(aa0034)は、椋(aa0034hero001)とともに、悪天候でほとんど消えかかった住民の足跡を検める。千々に乱れた足取りが、吹雪の中に吹き曝しになっている。
「戦いに行った人もいるとか。何とか……できる限りのことをしよう」
『んむ、やること自体はシンプルじゃしの』
目を合わせると、二人の姿が互いに瞳に映り込む。
「『戦って、敵を遠ざける!』」
思いは一つ。声は高らかに響き、二人の姿が重なり合う。赤と青のオッドアイが、道なき道を見据えていた。
「とんでもない雪なのです……」
『できる限り救う、それだけだ』
紫 征四郎(aa0076)はガルー・A・A(aa0076hero001)の言葉に頷き、胸元につけている幻想蝶のブローチを外す。紫はきっと前を見ると、小さな手でぎゅっとブローチを握る。ガルーと拳を合わせると、そこには凛々しい青年のすがたがあった。
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が、スノーモービルを引きずって来ていた。
「さっ雪中大立ち回りだ! 気合いいれてくよーっ!」
木霊・C・リュカ(aa0068)の声に、一同は頷く。
共鳴したオリヴィエの瞳は、木霊と同じ、金木犀の様な赤金色に染まっている。きらりと一瞬だけ瞬いた瞳は、冬の星にも似ていた。
運転するスノーモービルに同乗する紫は、オートマッピングシートを起動して位置を確かめる。
ここから、スタートだ。
「さて、どこまで手を届かせられるか」
『厳しい事を言うようですが、全てを救えるとは思わない方が良いですわ』
「現実味がありすぎるお言葉どうも。ま、やれるだけのことをやるだけだ」
ヴァルトラウテ(aa0090hero001)には、赤城 龍哉(aa0090)が聞きはしないことはわかっていた。無論、もとより止める気はなかったが。
やれるだけのことを。
共鳴を遂げた赤城の前髪の一房が銀色に染まり、左目の瞳の色が蒼に変わる。鎧をまとった赤城は、エクリクシスを構える。
「フォローは任せる。頼りにしてるぜ!」
「もっちろん!」
『全力でいかれるでござる! 援護は任せるでござる』
虎噛千颯(aa0123)と白虎丸(aa0123hero001)が、赤城の背後を守る構えだ。
「市民に希望を! その為のH.O.P.Eだ! 行くぞ白虎丸!」
『承知でござる! 粉骨砕身全てを掛けて守るでござるよ!』
虎噛と白虎丸が共鳴すると、ホワイトタイガーの耳と尻尾が備わった。
「全員、助け出そう」
【範囲は広く、視界も悪い。……とはいえ、諦める理由にはなりませんね。……行きましょう】
決意を秘めた声。
メグル(aa0657hero001)に導かれるように、御代 つくし(aa0657)は先を急ぐ。共鳴すれば、長い髪が吹雪に吹かれて舞い上がった。
「次に繋ぐ為に、だな」
【えぇ。彼らの明日を護りに行くとしましょう】
賢木 守凪(aa2548)とイコイ(aa2548hero002)が御代の後を追う。共鳴した彼らの、御代の銀髪よりも黒が入り混じった髪が、少しだけ遅れて、御代らと似た軌跡を描いた。
仲間の待つ場所へ、全ての住民を送り届けなければ。
「……やれる事、やるか」
『はい、やり遂げましょう』
不知火 轍(aa1641)に、雪道 イザード(aa1641hero001)がにっこり笑って、頷く。共鳴し、服装を忍び装束に代えた彼は、吹雪の中へと身を躍らせる。
●凍りついた舞台を目指して
『どうにも、きな臭いのう』
「そうね……」
飯綱比売命(aa1855hero001)の言葉に、橘 由香里(aa1855)は険しい表情を浮かべた。この状況には作為的なものを感じる。
気をつけろという飯綱比売命の忠告に、橘は頷く。何かがある。
「悪質な罠だな、生餌と養殖を兼ねてるのか」
『先輩、どういうことです?』
ユズリハ ルナリィス(aa0224hero002)の問いに、月影 飛翔(aa0224)は前を向いたまま答える。
「劇場の避難民を救出しに来た俺たちを待ち構えで迎撃、その様を避難民に見せつけ救助が来た希望から絶望に叩き落とす……悪辣だ」
『なるほど』
「まずは、避難ルートの確保からか」
共鳴した月影の目は青色に置き換わり、髪のひと房が桃色に染まる。
「後手に回り過ぎたか」
『しかしここである程度押し返さねばなるまい』
「ああ、爺さん。やれることから、救えるところからやってやるよ」
ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)の言葉に、百目木 亮(aa1195)ははっきりと答えた。その様子に確かな意思を感じて、黎焔は頼もしく思った。
共鳴した百目木は、髪をオールバックにした落ち着いた雰囲気の中年に変化する。黎焔と同じ稲妻模様を宿した目は、静かに混乱を見据えていた。
「市長逮捕に関わった結果がこの非常事態であれば、私は……」
『迷いを持ち込むな。やるべきことは市民の救出だ』
目を伏せる月鏡 由利菜(aa0873)を、リーヴスラシル(aa0873hero001)が叱咤する。
「そう……そう、ですね、今は」
ラシルのライヴスが、光となって、主君を守る美しい光の鎧と姫冠を紡ぐ。赤い宝石――『ノーブル・ルビー』。
胸に手を当て、一瞬だけ祈る様に目を閉じる。どうか、多くを救えますように。
「蒙昧な人間に何を言われようと気にはしないけれど……市長逮捕に関わった身としては、放っておけない状況……よね」
「あぁ」
レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の隣で、狒村 緋十郎(aa3678)が力強く頷く。
「やり方はどうあれ、ノリリスクを思う市長の気持ちは本物だった。ならば……あの男の護ろうとしたもの……俺達が代わりに護ってやるのが筋だ……!」
狒村と共鳴したレミアは、緋色の闘気を纏う。狒村の闘気は、乾いた空気をぴしりぴしりと震わせる。
「寒いですね、凍えてしまいそうです。でも……」
鋼野 明斗(aa0553)の意図を汲んで、ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)は頷いた。やることは決まっている。
共鳴した鋼野は部分鎧を確かめると、碧い瞳で戦場を見る。
(市長さんの愛した街、あの方の代わりに、市民の皆さんを、助けたいの)
泉 杏樹(aa0045)は、一見すれば、おっとりしたお嬢様に思える。けれど、決して臆病ではない。彼女の芯は強く、彼女には、どうしても譲れないことがある。
「行きましょうか、お嬢様」
榊 守(aa0045hero001)は、粛々と主人に付き従う。
――劇場へ。
小隊【暁】隊長の煤原 燃衣(aa2271)は、街の地図を頭に入れていた。
危険区域の警告と、そこにいるだろう従魔や愚神。標的をしっかりと思い描きながら、スマートフォンにデータを移す。
ネイ=カースド(aa2271hero001)は、従魔のいるだろう雪原を見ていた。
『どう? 上手くいきそう?』
「たぶんな」
ヴラド・アルハーティ(aa2162hero002)の問いに、繰耶 一(aa2162)は答える。
「……」
繰耶がヴラドになにかを言うと、ヴラドは呆れたような声をあげた。
『も~アンタってほんと我儘女ね!』
劇場へと向かうエージェントたち。立ち塞ぐようにゴブリンスノウが群がり始める。
どすり。
地面をえぐる音がしたかと思えば、そこには天流乱星拳を構えたヴァサム(aa4242hero001)と共鳴したアニュハ(aa4242)のすがたがあった。
「そーらゴブ共、相手してやるよ」
『久々の闘いだ、楽しませてもらうぞ』
ハイエナのような灰色の耳を立て、アニュハは言った。猿の尻尾がムチのようにしなる。響き渡る声は、獣のものに近い。
注意の浅い一体をひきつけ、吹雪に消える。
どすり。
鈍い音とともに、吹雪の奥には仲間のゴブリンスノウの死体だけがあった。
ゴブリンスノウは向きを変え、警戒しながら前線を下げる。アニュハは吠え、獲物から距離をとると、トリオの構えを取った。
●道を拓く者
「なかなかヒデーことになったな、ノリリスク!」
天狼心羽紗音流(aa3140hero001)は、白い視界ををどこか楽し気に睨んでいた。
「……残念だよ。だけど俺たちが諦めるわけにはいかない」
ぎりと唇を噛み、稲田藍(aa3140)は悔しさをあらわにした。こんなくだらないことの犠牲にさせるものか。
「協力して乗り切る。っつー簡単なことができねーワケよ、人間は!」
悲しいことに、それは本当なのかも知れない。H.O.P.E.とロシア軍上層部がにらみ合い、対応が遅れたのは事実だ。
けれど。
ここでやめるわけにはいかなかった。
ノリリスクには、まだ多くの住民たちがいるのだから。
「さて、急がないとな」
『……ん、早く逃がす、きっと不安だから』
麻生 遊夜(aa0452)の言葉に、こくりと頷くユフォアリーヤ(aa0452hero001)。彼女の頭の上で、控えめに獣耳が揺れた。
「よし」
ユフォアリーヤと共鳴した麻生に、狼耳と尻尾がそなわる。麻生の義眼が紅く光り、残光が軌跡を描いた。
「ロシア軍は俺達が守るけど、市民を守るのは彼等の仕事……」
『必要以上に手は出さず……か』
無音 秋(aa4229)は、要(aa4229hero001)を見た。
「そうだね。市民の英雄になるのは……あの人達じゃなきゃ……」
ロシア軍の軍服を着た軍人たちは、声をあげて駅周辺の誘導にあたっている。無音 冬(aa3984)はそれを眺めながら、目を細めた。
『大事なケアは任せねぇとな』
ロシア軍から手柄を取るのが目的ではない。
イヴィア(aa3984hero001)と共鳴した冬の瞳は、意思のこもった黒い目をしている。それは、要と共鳴した秋の銀の瞳と対照的だった。
まほらま(aa2289hero001)と共鳴したGーYA(aa2289)は、明るい水色のツインテのすがたになる。
住民への声掛けは女の高い声の方が通りやすい。その声は、男性には好感を、女性には安心を与える。だからこそ、GーYAは最初から共鳴することを選んだ。
ライヴスゴーグルを装着し、吹き付ける雪を眺める。
「最初は数人、次が村単位と来て、今回は町単位での救出作戦か……どんどん作戦規模でかくなってんな……」
『……やる事は、一緒……皆、助ける……』
「そうだな」
古賀 佐助(aa2087)は、リア=サイレンス(aa2087hero001)の言葉に頷いた。リアの表情に、激情は見えない。しかし、静かな怒りが癖毛をぴんと震わせている。
古賀と共鳴したリアは、長身の美女へと姿を変える。
「エリヤちゃんよろしく! 援護は任せてくれよ!」
古賀の言葉に、エリヤ・ソーン(aa3892)と哭涼(aa3892hero001)は頷く。共鳴し、少し大人びたエリヤの装束は、ライヴスとともに青色に染まった。
●ノリリスク市街
「だめだ、こっちに来る!」
もうダメか、と、男たちが死を覚悟した瞬間だった。あれほど恐ろしく見えた、”雪”が、ふわりと自分を庇うように視界を遮った。
秋津の振るう薙刀「冬姫」の突きが、従魔を吹き飛ばしたのだ。
「あ、アンタは……」
H.O.P.E.の姿を見て、男は複雑な感情を抱いた。
ロシア軍とH.O.P.E.の不仲――噂に疑念を覚えてもいたが、この極限の状況の下では、涙が出るほどありがたい。暖かい水筒が差し出され、それを受け取って飲んでいる間に、秋津はその間に通信機で仲間に連絡を取っていた。
「もうすぐ、仲間が来るはずです。あっちへ……」
ライヴスの奔流。近くで、再び戦闘が巻き起こったようだ。秋津はサバイバルブランケットを住民に渡すと、それを追ってその場を去る。
「動ける者は逃げろ! こいつらの相手は俺たちがする!」
虎噛が叫ぶと、なんとか難を逃れた住民が、彼らの側に集まって来ていた。
「蠅1匹たりとも後ろに行かせねぇ……そうだろ!」
「応っ! 当然だ!」
吠えるような虎噛の言葉に、赤城が応える。言葉だけではなく、行動でもだ。視界内にはデスアーミーが数体。
「ここは俺たちが押さえる。鉄道の線路方向に逃げろ」
赤城は通信で逃走経路を確かめながら、住民に言う。線路の方に逃げれば、そちらにもエージェントたちがいる。
「待ってくれ、俺も……俺たちも何かしたいんだ」
ひとりの住民が、スコップを構えて言った。
『無事な方は怪我人やお年寄りを手伝ってあげて下さいな』
ヴァルトラウテの指示に、住民は頷く。
泣き出す子どもを抱え上げると、住民は駅方面に向かって行った。
パアン。
ライフルの銃声が響き渡る。虎噛の操る飛盾「陰陽玉」が、見事に攻撃をはじいていた。その間に、赤城が敵に攻撃をしかける。
「いくぞ!」
「まかせろ!」
向けられた銃口と交差するように、九陽神弓が敵を捕らえた。
「ヴァル、頼む!」
『悪しき魂、この一矢で討ち滅ぼしますわ』
一矢はまっすぐにデスアーミーの方へと向かい――こちらへの銃弾を弾き飛ばし、さらに、デスアーミーの身体にも深々と突き刺さった。
「こ、こうなったら……」
一方で、住宅街の隅でもまた戦闘が巻き起こっていた。住民の一人が、薪割り用の斧を持って従魔と接敵していた。及び腰であり、お世辞にも役に立つとは言えないだろうが。
「お、俺だって、俺だって…」
「逃げろ」
立ち上がり、なおも戦おうとする住民に、秋津は武器を突き付ける。
「あんたら! やっぱり愚神の……っ」
住民は言葉を失った。秋津の身体からは、血が流れだしている。
秋津のケアレイの光は、住民を癒す。
「俺はどう思われようと構いません。貴方を無為に死なせるくらいなら、恨まれても憎まれても」
「おい、あんた……」
「逃げてください……戦うのは俺達のやるべきこと、貴方達は生き残るのがやるべきことです、今は!」
『命にはかけ時もあろう。少なくとも今ではないよ、人よ』
椋の言葉に急かされるように、住民はその場を立ち去って行く。
「ここは、通しません……」
吹雪の中、敵に立ちふさがる秋津。――と、その時。
『大丈夫でござるか!』
「援護する!」
敵を片付けた虎噛と赤城らが、秋津に加わった。
(此処に居るって事は線路横断もあり得るだろ)
不知火は、じっとライヴスで作り出した鷹に集中する。視界はあまり良くはない。が、落とされたらそれで従魔の場所が分かる。
敵の分布を把握すれば、住民たちの生存につながる。特に、行動の読めない雪喰蟲が厄介だ。
不意に鷹が消え去る。不知火は無線機を取り、従魔の居場所を仲間に伝える。
「……こっちか」
賢木と御代は、不知火の連絡を受けて、住民たちの避難活動にあたっていた。
視界はほとんどアテにならない。となれば、頼りになるのは音だ。従魔を追っていると、二人は立ち往生している住民たちを見つけた。
避難者に追いすがる従魔を、賢木がブルームフレアで焼き払う。
「助けに来ましたよ! 敵は私達に任せて下さいっ!」
住民らが顔を見合わせる。彼らは、自分たちも救助活動にあたろうと決意していた住民たちだ。エージェントの圧倒的な強さを前に、既に決意は揺らいでいた。
「あなた達を外に脱出させます。……協力、してもらえませんか……!」
「ありがたい……だが、俺は、戻って仲間を探してくる」
「待て。それは無茶だ」
「しかし……」
「っ!」
その間にも、デスアーミーの銃声が鳴り響く。
御代が住民を庇い、前に立つ。続けての攻撃の前に、従魔は、不知火の射撃を受けて倒れた。 住民がへたり込む。
「これは……」
御代は、住民が落とした小箱を拾った。
「祖母の形見なんだ……これだけ持ち出すのが精いっぱいだった」
「大丈夫だ。戻れるさ。なあ。あんたらが追い払ってくれるんだろ?」
その言葉に、賢木は首を横に振る。
「……ここは、一度放棄される。俺達は人を護ることは出来てもここを護ることは出来ない」
「そんな……」
「守れるのは、この都市の住人であるお前たちじゃないのか」
重い沈黙があたりに満ちた。
「ここを捨てて逃げろ、っていうのか……」
「例えここが無くなっても、ここを知るお前達がいれば復興出来るはずだ」
「……」
「お前を心配する者がいるんじゃないのか」
声を出せないほど弱った住民が、強情な男に向かってしっかりと頷いて見せた。住民は、頷いて避難する姿勢を見せた。
「来るよっ!」
御代の放った銀の魔弾が、従魔をけん制する。注意を引きつけながら、御代は戦場へ駆けていく。
「避難までの道は俺達が切り開く。……行くぞ」
賢木が肩を貸すと、近くの駅まで付き添っていく。あちらからは、無音兄弟が迎えに来てくれるはずだ。
銃声。
遠くで、交戦する音がする。けれど、今するべきことは戦いではない。
(誰一人欠けることなく、誰一人悲しむ人がいないように……)
「お前たちの相手はこっちだよ!」
御代のブルームフレアが、従魔たちを巻いて散らす。建物を倒壊させれば、多少の足止めになったかもしれない。
しかし、御代の攻撃は、的確に従魔だけを燃やしていた。
(この都市は放棄されると知っていても、なるべく物は傷つけないように……)
戻ってこれるように。
次があるように。
郊外と呼べるような、住宅街の中心からはやや離れた場所で救助活動に当たっていた木霊と紫は、住民の気配を感じて進む方向を変えた。
紫が手に持ったライトを振る。赤セロファンを巻いた赤色光のサインは、吹雪の中でも視認できる。その合図が、住民に通じたらしい。
「こっちです!」
スノーモービルに、住民たちが寄ってくる。
住民たちの不安を察して、木霊はLSR-M110を一度しまった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
紫はフットガードを使用し、動けない住民を次々と搬送する準備を進める。
紫が防寒具とサバイバルブランケットを渡すと、住民は安堵の表情を浮かべた。凍えたものには、暖かい白湯を渡す。
救助した者の名前性別を通信機で共有していると、再び遠くからかすかな悲鳴が聞こえた。
「あれは……」
紫の言葉に、オリヴィエが頷く。ルートを確保するのが先決か。
街道に居たのは、アイスゴーレムと、偶然にやってきたのだろう雪喰蟲だ。厄介なのはアイスゴーレムだ。
「伏せろ」
オリヴィエは警告し、フラッシュバンを放った。まばゆい光が辺りを覆いつくす。動きを止めた従魔らに、紫がデストロイヤーを振るう。
「こっちです!」
紫が敵をひきつけ、住民らから距離を取らせる。木霊の狙いは、敵の足だ。動きさえ止められればいい。
アイスゴーレムが姿勢を崩す。
屋根を足場に、紫は大きく舞い上がった。従魔らは構えたが――攻撃が降ってくる様子はない。
大きく上を見上げた従魔たちに、オリヴィエのフリーガーファウストG3での攻撃が降り注ぐ。
塵と化した雪喰蟲。紫が、デストロイヤーを振りかざす。
『死なねぇよ。その為に俺様が来たんだからな』
「さあ、明日へと参りましょう。もう大丈夫、ですよ」
腰を抜かした住民は、おそるおそる――しかししっかりと、紫の手を取ってみせた。
合流しようと先を急ぐ。
不知火のLSR-M110が、デスアーミーを吹き飛ばす。と、そこへ飛び込んできた赤城が、アイスゴーレムの右肩にエクリクシスを降り下した。
「させるかよ!」
怒れるゴーレムの反撃を、虎噛が思いっきり庇う。
「守りと回復は俺ちゃんに任せて龍哉ちゃんは敵の排除任せたんだぜ!」
「ああ!」
虎噛のケアレイの光が、赤城を包み込む。赤城は力を籠め――怒涛乱舞を放った。
●線路を超えて
「この吹雪じゃ鷹を飛ばすわけにもいかねーな」
稲田は味方と連絡を取り合いながら、線路沿いを東に進む。住民たちの主な避難路は、線路。
線路沿いであれば、なるべく前線から離れ、かつ道に迷わない。点々と非難をする人間を誘導しながら、避難者の様子を見て、手持ちの防寒具やブランケットを渡す。
『敵もいるし天候もよくない。役に立つかはわからないけど……』
赤ん坊を背負った女性が、ぺこりと頭を下げた。
『コリーさんに重点的に探索すべき住宅地の位置を聞いてみては?』
哭涼の勧めに従って、エリヤはライヴス通信機「雫」を手に取る。コリー・ケンジ・ボールドウィンから状況を聞きだし、市民の多そうな住宅街方面へ向かう。
GーYAは取り残された住民を拾いながら、駅を南下する。怯えた様子のある住民には、物資だと言ってブランデーとチョコを渡す。なるべく、避難民を見逃さないように、地図を網羅的に攻略していく。
大切なのは、救助の空白地帯を作らないことだ。
戦況は、刻一刻と変化する。
稲田は色付きのロープや布を高めの位置に目印として残し、線路沿いへ戻りやすくしたうえで、前線ラインから線路沿いをジグザグに捜索していく。
「線路沿いに護衛に付けりゃあいいんだがな……」
湖の北側の市街地へ入ったところで、前線ラインのほうへ捜索を進める。このあたりから、戦いが苛烈になってくる。追われたのだろうか。パニックになった住民の足跡が、うっすらと残っている。続けて悲鳴が聞こえた。
稲田は孤月を抜き、ターゲットドロウで標的を引きつける。デスアーミーの射撃が、頬をかすめていく。
「あっちだ!」
注目を集めながら、稲田は指をさす。最寄りの駅ならば安全だろう。縫止で足止めを食らわせると、仲間に連絡する。ちょうど良いことに、二人一組で行動していたエリヤと古賀、そしてGーYAが現れた。
『駅に着ければ援助が受けられるから助け合って避難して、幸運を!』
従魔を見つけたGーYAは、大降りにファルシャを振るう。一撃必殺のヘヴィアタック。出し惜しみしている暇はない。
雪喰蟲に追われて、足を転ばせる住民がいた。
「早く!」
生きている。動かないだけ。諦めて動かない住民を、GーYAは叱咤する。
「死に逃げるな! 心臓動いてんだろ!? 壊れるまで駅に向かって走れ!」
救急バッグを渡すと、雪喰蟲の群れをイグニスで焼きはらう。
「あの時俺、殺される事で逃げようとしたのかなって」
なんとか去っていく住民を見ながら、GーYAは呟いた。
『あらジーヤは心臓が止まるまで闘ってたわよぉ』
「え?」
『そう感じたから今あたしがここにいる』
まほらまは、じっとGーYAの顔を見た。一瞬だけ、その表情に、不思議な胸のざわめきを感じた。
『さぁ時間がないわよ?』
「うん……うん行こう!」
「皆さん、こちらです」
接敵する従魔を見つけたエリヤと古賀は、聖盾「アンキレー」を掲げ、守るべき誓いで周囲の敵を引きつける。
〈助けに来たよ! ワタシ達は敵の足止め役なんでね、こっちは危ないから今の内に向こうから駅の方に向かってね!)
死角から、古賀の16式60mm携行型速射砲火を噴く。死角からのテレポートショット。リアが凛とした声を響かせ、住民を誘導する。
ほとんど崩れかけたアイスゴーレムが、線路を這いずってやってきた。
〈そう易々とやらせはしないよ、粘った分だけ助けられる命が増えるんだからね!)
狙いは、核。
出来た隙を狙って、エリヤがレイディアントシェルを構える。輝く盾が、力を溜めていく。盾で殴りつけ、敵がよろめいたとき。
〈遠距離からの援護射撃がこっちの十八番なんで、存分にやらせて貰うよ!)
古賀の一撃が、見事、アイスゴーレムに大きなダメージを与えた。
(身を体して護る覚悟はある……でもあまり無茶はしない様に……不安にさせたらいけない気がする……)
列車がすぐに発車できるよう、ロシア軍と一緒に雪かきをしていた無音冬と無音秋は、御代と賢木らからの連絡を受け取った。もうすぐ、避難民がこちらに来るという。
「迎えに行く……」
顔をあげる無音秋に、冬は頷きを返す。
「大丈夫……一人でここは護れる……安心して行っておいで……」
道なき道を走る。
ほどなくして、賢木の姿が見えた。
「頼む」
賢木から負傷者を受け取り、秋は再び駅へと向かう。賢木もまた、次の避難民を助けるべく住宅街へと引き返して行った。命綱である細い線路を見ながら、走り出す電車の振動を感じる。
(大丈夫……あいつは俺より強いから)
避難民を乗せた列車の第一陣が、線路を横切って行った。車輪は、もはや従魔とは呼べぬアイスゴーレムの欠片を砕き、粉に帰した。
●ポーラスター劇場
不知火は、寄せられる報告を統合しながら、静かに考えを巡らせていた。避難してきた住民の中には、不安を助長するような奇妙な声を聞いたものがいるのだという。
「愚神の関与……目的は、”負の心”か……」
不安が蔓延していたにしてもここまで乱されるのは不自然だ。
となれば、愚神の狙いは、”絶望”だろうか。
絶望には希望を。状況を鑑みれば、H.O.P.E.とロシア軍が共闘するのが一番だ。
(従魔や愚神と対抗できるなら良い、しかし)
ロシア軍は、愚神の脅威に対抗出来ていない。それ所か犠牲を出そうとしているありさまだ。
確かに市長が行った事を露見させた事件は、この混乱に繋がったのかもしれない。しかし、何れにしろこうなっていたと断言できる。
(”救えていない”のは其方にとってどうなのか。此方としてもこの現状は好まない)
相手は愚神。悪意を持つ、理不尽の塊だ。
(手を組めないのであれば、H.O.P.E.を利用しろ)
愚神は、劇場に紛れ込んでいる可能性が高い。不知火は劇場の仲間に連絡を取った――。
劇場前、編隊するゴブリンスノウを見かけた煤原は、一旦建物の屋上に身を隠すと仲間に連絡を入れた。
どうやら、尋常ではない。
劇場は、従魔に包囲されていた。闊歩するゴブリンスノウが、待ち構えるようにして布陣している。
「……皆さん。ボクと繰屋さんが、民衆に扮して敵を引き付けます、その隙に……ッ」
エージェントたちは頷き、戦闘態勢を取る。
繰耶と煤原は、イメージプジェクターで一般市民を装い、劇場近くの従魔を引きつける。
『イヤ……来ないで、助けて……! 酷い事しないで!』
怯えて逃げ惑う繰耶は、よく見れば口元に笑みを浮かべていた。
怖気づいた女のマネとか絶対嫌だから代わりにやってくれ――とは、先程のヴラドに対しての繰耶の言である。
マップは、頭に叩き込んである。
細道を中心に、敵を引きつけるように逃げる。
ある程度まで進んだところで、繰耶と煤原は視界の端に逃げ遅れた住民を見つけた。煤原がさりげなく列を離れ、そちらのカバーに回る。
繰耶が取り出したのはオネイロスハルバード――【Banshee】。緋色の大刃に刻まれた空洞が奏でる音が、少女の声を連想させた。
少女の声は、従魔の断末魔にとって代わる。
金色の火花を纏った繰耶は、挑発的に守るべき者の誓いを発動させる。不意を突かれたゴブリンスノウは、ターゲットを変える暇もなかった。
『来なさい、小鬼ちゃん達。今に花火が上がるから見せてあげるわ』
クロスガードで装甲をあげ、立ちふさがる。
「今のうちに……劇場の方へ」
「だめだ、信用できない……俺は、俺は、ロシア軍を……」
住民は、青白い顔で首を横に振る。
「ボクはね。故郷を……愚神に滅ぼされました。誰彼構わず、大切な家族も……ボクは目の前で殺されたんです」
煤原の言葉を聞いた住民は、言葉を失う。
『従魔や愚神は生命体から多くのライヴスを確保する為、狡猾な知恵を巡らせる。奴らが時間をかけて人間社会に取り入り、より大きな餌場を狙うのは珍しい話ではない』
リーヴスラシルの言葉に、月鏡が頷く。
「……今は私達の指示に従って脱出して下さい。……HOPEが本当にそちらの噂通りの存在か、その目で確かめて下さい」
住民は、力が抜けたようにふらりと立ち上がった。
「ボクが思う事はただ一つ……絶対に……第二のボクの故郷を生ませない……ッッ!」
ぎりと従魔をにらんだ煤原は、【鬼神業焔拳『空也』】を手に、叫んだ。
「行きますよ繰屋さんッッ!!」
『ええ! 次よ!』
煤原のストレートブロウが、敵を吹き飛ばす。
住民に振り下ろされるゴブリンスノウのサーベルを、レミアが弾き飛ばし、攻撃を加える。
なにか言おうとした避難者は、嵐のように去っていく横顔に呆気にとられるほかなかった。
感謝の言葉など不要。
例え石を投げられようと、黙って彼らの為戦う。それが、彼らのやり方だ。ヒーローは言葉で語らず背中で語る。
後続のエージェントたちに助け起こされる頃には、レミアのすがたはほとんど見えなくなっていた。
「……行くぞ!」
共鳴した榊は、一瞬の突きを突いて、薙刀「冬姫」で劇場を包囲するゴブリンスノウに斬り込んだ。トレンチコートが切り裂かれ、黒のスーツに血がにじむ。
それでも、榊は余裕の表情を浮かべていた。やせ我慢の類に入るのかもしれない。けれど、その余裕は、この場には必要なものだった。
痛みは、すべて引き受ける。
入口に到着すると、榊は武器を藤神ノ扇に持ち帰る。くるりと向き直り、水平に開いた扇を向ける。呼応するように、負傷者を連れたエージェントたちが劇場へと流れ込んでいった。
「連携と動きがいい、統率されてるか」
『こういった場合は頭を潰す……でしたっけ』
「まずは周辺確保からだ、打って出るのはその後だ」
月影は、冷静に戦況を見極める。狙いは、指揮を執っている愚神。
「出来れば今の内に全部排除したい所だが……」
『……ん、今は……安心させる方が先』
ユフォアリーヤは、ゆらゆらとしっぽを揺らす。
深追いは禁物だ。
劇場周辺に到達した麻生は、即座に状況の把握に努める。敵は前方、ここを取り囲んでいる。
ゴブリンスノウは、散発的に攻撃をしかけてきながらも、それ以上攻めてくる様子はなかった。おそらくは、出るところを狙い撃ちにする算段なのだろう。
周辺に住人がいないのを確認したところで、麻生はカチューシャMRLを取り出す。16連装のマルチプル・ロケット・ランチャー。
『……ん、景気づけ』
じりと交代するゴブリンスノウに、ユフォアリーヤは蠱惑的なくすくすとした笑い声をあげた。
「おぅ、吹っ飛べや!」
すると轟音が鳴り響き、あっという間に入り口を押さえる。
目を覆う間もなく――炎剣「スヴァローグ」と緋色のきらめきが、辺りを舞う。
「八つ裂きにしてあげるわッ!」
一太刀振るう度に、使い手は全身を炎に焼かれ激痛を味わうという。――リスクの全てを狒村に転嫁して、吸血鬼の少女は美しく笑う。
怒涛乱舞が従魔を蹴散らす。
『私達はユウヤ殿達がカバーしきれない位置の敵を狙うぞ、ユリナ!』
月鏡は九陽神弓で狙いを定め、ライヴスブローで敵を狙う。従魔たちは入り口で立ち往生し、それ以上、入ってくることはなかった。
「良かったら使ってくれ。多少は寒さを抑えられるはずだ」
避難所の中、百目木は、サバイバルブランケットを配布する。女性や子供、体力の消耗を激しいものを優先し、ケガの具合を見て回る。
不信感はぬぐえない。ここから撤退することに不安を持っている人間もいるようだ。
「一度に撤退せず、何回かに分けて撤退させるのがいいと思うわ」
橘は、避難に積極的な人から分割して撤退させるべきと主張する。はっきりとは言わなかったが、エージェントたちは意図を汲んだ。
この状況では、愚神が避難民に紛れて内部でパニックを増幅させている可能性が高い。まず正気な人を分離してパニックに巻き込まれる総数を減らす。
橘の狙いはもっともだ。
「グループを分けましょう」
鋼野の提案は、こうだ。緊急で移送が必要な住人及び移送を手伝ってくれる住人、10名ほどを移送第一陣とする。これに護衛をつけて駅に向かい、一陣の護衛が戻ったら次の移送を護衛付きで行う。これをピストン方式で行い、住民を少しずつ脱出させる方針だ。
外に逃げるのか、大丈夫なのか。住民たちからはそんな声もあがった。しかし、最初の移送には、すぐに対処が必要なものたちと、それに肩を貸す住民たちだ。逃げずに残ると言い張る住民も、彼らを逃がすのには大きな反対派なかった。
「……ッチ」
舌打ちを受けても、鋼野は特段気にしなかった。ただ、淡々と目の前の仕事をこなすのみだ。
「回復入るぞ!」
百目木が、ヒーターシールドをかざしながら叫ぶ。
住民の輸送が、少しずつ始まっていた。
移送中に敵と遭遇した場合は、出きるだけ交戦を避けて駅へ急ぐ構えだ。仲間に連絡を取りながら、徐々に、徐々に歩みを進める。
「グルルルゥ!」
ゴブリンスノウの攻撃は、大きく外れた。アニュハは予め、イメージプロジェクターで外見を一回り大きく見せて、相手の間合いをずらしておいたのだ。
「温いんだよ雑魚共!」
アニュハが叫んだ。
ヒット&アウェイに翻弄されながら、ゴブリンスノウらは徐々に間合いを詰めていく。もう逃げ場がない、と思われたとき。アニュハは跳躍し、近くに埋まった車に飛び乗り、逆に背後を取る。
「!」
不意に、吹雪から伸びてきた手を、アニュハはしゃがんでかわす。足を狙ったファストショットで囲みを脱出すると、再び、獣の声をあげながら吹雪に消えていった。
討伐隊が従魔を蹴散らすおかげで、避難は比較的順調に進んでいく。とくに、ルートの確保は順調に進んでいた。1陣、2陣と余裕の出てきたことで、スピードも格段に増していた。
しかし、避難が進むにつれて、徐々に、徐々に鬱屈した空気は増して行った。
「おい、俺は絶対にどかない! 騙されてるんだ、ここを出たところで、助かるって保証がどこにある?」
「落ち着いて」
住民の一人は、橘につかみかからんばかりだった。
「アンタみたいな小娘に何ができる? なあ、みんなもそう思ってるんだろ!?」
「……」
それでも、橘はまっすぐに住民を見返す。たじろぎ、行き場を失った拳を、どうするかといったころ。
不意に、歌声が聞こえてきた。
泉が歌い始めたのだ。打ち捨てられた劇場は、どうしたって最高の状態とはいかなかったけれど。それでも、声は辺りに響き渡った。
「おい、なんなんだ?」
「だれか、だれか止めたらどうなんだ!」
ざわつきはしだいにおさまり、静寂が戻った。
「市長さんに、お会いした事あります。とても立派な方でした」
冷たい気温、声はよくとおる。辺りがしんとした。
「市長さんは、間違ってたの。愚神は約束を、守りません。でも…HOPEは、皆さんと同じ人間です。人と人は約束を守るの。絶対皆さんを守ります」
その言葉に、避難所は再びざわついた。
「守る、って……」
「ロシア軍から、手柄を奪ってるんだろ?」
「ロシア軍も、HOPEも、今目指す事は同じ。愚神を倒し、皆さんを助ける。その為に、必死に、今も戦ってます」
「どうせ、どうせどうにもならないんだ……」
針でついたように、誰かが言った。吐き捨てられる言葉。本心ではなかったのかもしれない。
けれど。
「だったら……」
一人が口を開いた。空気は変わっていた。
「だったら、こいつらに賭けてみてもいいんじゃないか、な……」
●芽生えた希望
「……フン、思ったほど上手くいかないな……」
思わぬ誤算に、苦虫を噛み潰したような顔になるリボリー。姿を現した愚神は、風を斬るような音に思わず振り返った。
月影のEMスカバードの抜刀が、腹部を思い切り切り裂く。
「戦場全体を見渡せる位置となると、一番怪しいのはこの劇場の上だな」
「くっ……」
「時間がない、一気に行かせてもらうぞ」
『……夜神一灯流、抜刀【御架月】』
月影とともに、ユズリハが、静かな声で言い放つ。
屋上から落下する月影と愚神。月影は、ウェポンズレインを放ちながら、ゴブリンスノウの群れに突っ込んでいった。
すかさずレミアの炎剣が、愚神・リボリーを斬りつける。
上中下段と撃ち分けられる疾風怒濤の攻撃が、ゴブリンスノウを吹き飛ばし、リボリーを斬りつける。
「ぐう……っ」
ゴブリンスノウの指揮が乱れ、隙が生じた。同時に、それは、死に物狂いということでもある。
「……殺せ! 出来るだけ多くを! 多くを! ……絶望を!」
「させないわ。させるわけないでしょう……」
ゴブリンスノウの切り裂きにも、レミアは嗤って、牙を見せる。
敵の攻撃の痛みも炎剣の炎の痛みも、意識内面の緋十郎が引受け、レミアを守る。
「っ!」
橘は薙刀「冬姫」を握り、リボリーの懐に飛び込んだ。不意を突かれて、ゴブリンスノウは距離を取ろうと一歩、下がる。
薙刀は接近し過ぎると不利になる。リボリーが攻勢を指揮しようと手を振り上げると。薙刀は、ふわりと橘の手から離れた。
「! なんだと……」
薙刀を捨てた橘は、バーストナックルを握りしめる。一撃を、鳩尾に叩き込む。
「勝ったと思った瞬間が! 隙になるのよ!」
「ぐ、ぐう……。な、なぜだ……」
「無駄よリボリー。わたし達が居る限り…人々は希望を失わない…!」
何物にも屈さぬ気高い姿は、希望の象徴、そのものだ。
リボリーは下がり、吹雪の中に消えていく。ゴブリンスノウが突撃の構えを取った。エージェントたちが一歩踏み出せば、じり、じりとゴブリンは下がる。
そして、散り散りに逃げ出すものもいた。
統率がばらけた。――退けた。鬱屈した空気が、一転して勝利に傾きはじめる。
(リーヤ)
『……~♪』
バトンタッチを経て、共鳴した麻生の主導がリーヤに入れ替わる。
重武装エレキギター「パラダイスバード」を構えたリーヤは、リズムに合わせて音楽をかき鳴らす。それに合わせて、ぶんぶんと尻尾が揺れる。フレーズのさいごとともにかき鳴らすと、火を噴く。ゴブリンスノウが雪上に倒れた。小休止のついでに、予備のカチューシャをサブにつけ、回復を済ませることも忘れない。
それに合わせて、泉が歌う。
「あ、ありがとう……」
泉の笑顔に、住民はたじろいだ。どうしたらいいのか、ばつの悪そうな顔になり、それから、笑う。
「さぁ、もう少しだぞ!」
麻生の言葉に、避難民は力強く頷いた。
●撤退
『生き残ったらアタシ達の勝ちよ! 走り抜けなさい!』
旗を掲げたヴラドが、避難者を鼓舞して士気を上げる。
『負傷者には手を貸してあげなさい、子供はママとはぐれちゃダメよ!』
煤原のロケットランチャーが、景気よく音を上げている。雑魚を一気に引きつけて、すべてを燃やす。
一気呵成。頭を掴んで叩き潰し、そのまま流れるように敵へ投擲する。
「砕けて消えろ……ッ」
疾風怒濤の3連撃が、デスアーミーを弾き飛ばす。
「だれもいないわ!」
「みんな、避難したのね」
泉と橘は、劇場内をざっと見て回ると、殿で撤退の構えを見せる。一般人の避難はほとんど済んだ。
最後の避難住民が、駅に着いたとの連絡があった。
ロシア軍も乗せ、列車は出発した。
目指すは、駅。最後の列車が、エージェントたちを待っている。
無音秋は、鷹の目を飛ばし索敵をする。線路は良好。大きな脅威もいないと思われる。
だが、それも時間の問題だ。
貨物列車に、エージェントたちが次々と乗り込む。
列車はゆっくりと動き出したが、まだ油断はできない。
「こっちだ!」
百目木が味方に手を差し伸べる。
「戻ってこれたか」
『……ん』
麻生は立ち上がると、武器を構える。
「やれるだけのことはやったな」
『そうですわね』
赤城の言葉に、ヴァルトラウテは頷いた。
「お疲れ! 全員いる?」
『ケガ人がいたら、声をかけるでござるよ!』
虎噛と白虎丸が、エージェントらに手当てをして回る。
「まだ、油断はできません……」
GーYAは車両を移動しながら、辺りを警戒する。
ヴラドが、ゴブリンスノウの生き残りにLAR-DF72「ピースメイカー」を放つ。1体は倒したものの、まだ起き上がる気配がいる。
追いすがる従魔に、エリヤがカチューシャMRLを向けた。
〈置き土産に弾丸の雨でも召し上がれ!)
古賀の20mmガトリング砲「ヘパイストス」が、ゴブリンスノウを線路にたたき起こした。
『やるじゃない』
ヴラドが笑った。
ノリリスクの従魔たちが、最期の抵抗を見せている。稲田の付けた目印が、点々と後ろに過ぎ去っていく。
(……秋)
ここからなら、駅に戻るより、おそらく飛び乗った方が早い。
「援護は任せてくれ」
賢木と御代が、敵をけん制するようにゴーストウィンドを放つ。
冬は状況を確認し、列車の上から秋を待つ。列車は、徐々に、徐々にとスピードを増していく。
「こちらです!」
月影が、弓矢でエージェントたちに追いすがる従魔を狙い撃つ。
アニュハが転がるようにして飛び乗ると、車体が上下に揺れた。
エージェントたちが、一人、また一人と乗り込み――。
「っ、ふう……」
レミアが、列車に飛び移る。
あとは、秋だけだ。
(秋……)
少しだけ心配そうに、御代と賢木がちらりと無音冬を見た。大丈夫。来る。小さく頷く。
しばらくすると、小さく彼の姿が見えた。従魔を振り払いながら、列車の最後尾に向かって、地面を蹴る。
飛び乗る。
――伸ばされた秋の手を、冬はがっしりと掴んだ。二人でどうと倒れ込み、列車はすさまじい速さで凍りついたノリリスクから去っていく。
「…っはぁ…! 今回も頑張ったよな、オレ等」
『うん…お疲れ様、佐助…』
全てが済んだ。
古賀とリアの二人は、お互いに軽くハイタッチをかわす。
また、きっと、戻ってくる。――こんどは、勝つために。