本部

だって俺様、悪くねーし

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
4日
完成日
2016/12/12 13:46

掲示板

オープニング

●例えるならば風紀委員長とクソ不良
「分かってねーなアマデウス! ジャスティンだって戦士だろ、もっと実戦に出ようぜ!」
「何度も言っているだろうヴィルヘルム。ジャスティンはリンカーの総司令官なのだぞ。総司令官が易々と前線に出られる訳なかろう」
「資料と睨めっこしたり長ったらしい会議したりパソコンと向かい合ったりするより戦ってる方がアイツだって幸せだ!」
「武器を取るだけが戦いではない。あれがジャスティンの使命で戦いなのだ。貴様こそジャスティンの何も分かっていない」
「俺様知ってるんだぞ! あいつ、現場に出た時スゲー楽しそうにしてたもんね! 俺様は分かる! アイツだって戦士なんだ! 武器を取って戦いたいんだよ!」
「みっともなく声を荒げるな。ジャスティンの英雄である自覚を持て、彼の威厳に泥を塗るような真似はこのアマデウスが許さんぞ」
「うっせー! お前だって戦士だろ、アマデウス! 日がな一日、書記官みてーなことして楽しいのか? その鎧は何の為の鎧だコラ! 書類を運ぶ為の補助装置かコラ!!」
「……ふん、教養の低い雑兵上がりの貴様には何も分かるまい。こんな会話など無益の極みだ、いい加減に口を慎め馬鹿者」
「んだとテメェゴルァ! やるかッ!?」
「貴様は戯言ばかりだな。――新参英雄如きが、この我に敵うとでも?」

 英雄アマデウス・ヴィシャス。
 英雄ヴィルヘルム。
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットの英雄二人は――一触即発だった。

「こらこら! 喧嘩をしてはいけないだろう」

 そこへ飛んで来たのはかのH.O.P.E.会長ジャスティンで。「一体どうしたんだい」と問う彼に、溜息を吐いたアマデウスが経緯を語り始めた。
「ヴィルヘルムが勝手に任務を受けていたのだ、ジャスティン。お前の許可もなく、お前も参加する方針で、だ。お前の予定が詰まっている為に当然キャンセルしたが……」
「チッ! コッソリやろーと思ったのによ」
 ヴィルヘルムがそっぽを向く。そんな第二英雄に、事情を聞いた会長は笑みを浮かべて。
「そうかい、ヴィルヘルム。ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ」
「……一ついいか、ジャスティン、我が友よ」
 アマデウスが眉根を寄せ、言葉を続ける。
「ヴィルヘルムの外見年齢が、お前の愛娘テレサ殿と近しい乙女だからか知らんが……どうも貴様はヴィルヘルムに甘いのではないか。コイツは男だぞ」
「おっぱいぼいんぼいーん ほらほらみてこれFカップ」
 途端。ガッとアマデウスの手首を掴むなり、その手を自らの双丘に押し付けるヴィルヘルム。もに。

「なにをふざけておるか貴様ーーーッッ!!!」

 これにはアマデウスも怒髪天。鋼の右ストレートがヴィルヘルムを殴り飛ばす。
「いっでぇ! 殴るこたねえだろ! 可憐な乙女様だゾ!」
「男女平等だ」
「ジャスティーン! アマデウスのアホが俺様のこと殴った~!」
「誰が阿呆だ脳足りんが」
「あぁ゛!? イイコチャンでスカしてんじゃねーぞボケッ!」
 またもや一触即発。「まぁまぁ」と苦笑と共に仲裁するジャスティン。するとヴィルヘルムはむくれ面で相棒を見て……
「フンだ、俺様も~知ーらね!」
 ベ、と舌を出してどこぞへ走り出してしまう。
「あっ、待ちたまえヴィルヘルム」
 ジャスティンが手を掴もうとする、のを、スルリとすり抜けて。相棒に向き直ったヴィルヘルムがニヤッと意地悪く笑う。
「つっかテレサちゃん可愛いよなー、カレシとかいるのかねぇ? もういたりして」
「っ!」
 ハッ。ジャスティンの瞳が見開かれる。饒舌な筈のあの会長が顔を歪めて青くして、言い淀んでいるではないか。そしてようやっと絞り出した言葉はというと、
「……む……娘は……やらんぞ……」
「やめろヴィルヘルム、この馬鹿ッ!」
 確信犯だ。ジャスティンを困らせる為だけの。タチが悪い。間に割って入るアマデウスが舌打ちを。その間にもう、ヴィルヘルムはどこかへと走り去ってしまっていた。
「全くあの野郎め……おいジャスティン、」
「テレサももう立派なレディだ……子離れしなければならないのは分かっているのだが、もしテレサにどこの馬の骨とも知らん不誠実な男が言葉巧みに言い寄ってきたらと思うと私は」
「今はそれどころではなかろう!」
 しっかりするんだと相棒の肩を揺すり、どうしたものか――アマデウスは周囲を見渡した。

「おい、そこのエージェント! 我の命令を聴くのだ……拒否権は与えんぞ」


●会長とその英雄達について
【ジャスティン・バートレット】
 H.O.P.E.会長。我らが紳士。
○英雄達について
 仲が良くない英雄達について心配している。
 どうにか仲良くなってほしいのだが、ここのところの多忙であまり構ってやれず、話し合いを設けてもOPの通りケンカになってしまうので、どうしたものか……。

○愛娘テレサ・バートレットについて
 お父さんあるある(?)「娘の将来を考えるとしんどい」が発動している。
 テレサを一人前の女性として扱うべき、子離れすべきだとは理解しているのだが、娘が可愛くて可愛くて……(以下スマホでテレサの写真を見せつつ「うちの娘が世界で一番可愛い」語りが始まる)

【アマデウス・ヴィシャス】
 ジャスティンの第一英雄。ド堅物。
 アマデウスは誰よりもジャスティンの活躍を傍で見てきた。
 守るべきものが増えれば、それだけ自由が制限されることは知っている。ジャスティンはその中で、ひとつも嫌な顔をせず「明日の希望の為」と最大限の努力を自ら進んでしていると、アマデウスは心から尊敬している。
 だからこそ、ヴィルヘルムがそれを否定するようなことが許せない。
 また、ヴィルヘルムの粗野な言動について、「H.O.P.E.会長の英雄らしくふるまうべき」と目くじらをたてている。一方で、真っ直ぐで自由な彼が少し羨ましくもある。

【ヴィルヘルム】
 ジャスティンの第二英雄。フリーダム。
 ふてくされてH.O.P.E.内の食堂にいる。こっそり持ってきたジャスティンの財布で暴飲暴食しようと目論んでいる。
 善意で行動したのに全て裏目に出ている現状にイライラしている。
 元来自由人なので、口うるさいアマデウスには「ほっといてくれ好きにさせろ」と辟易している。一方で「イイヤツ」であることは理解しているだが……。
 ジャスティンに関しては「スゲー奴」とリスペクトしている。同時に「もっと構え」とも思っている。
 忙しいのは理解しているが、だからこそリフレッシュも大事だって! 戦いに行こうぜ!(脳筋なのだ)

解説

●目標
 以下、アマデウスから依頼されたこと
・ヴィルヘルムの捜索。
・ジャスティンを慰める。

●状況
 時間帯は日中。
 H.O.P.E.東京海上支部、自販機やベンチなどがある休憩スペース。
 以下、開始時状況。
 ジャスティンは休憩スペースにいる。
 アマデウスは基本的にジャスティンの傍にいる。
 ヴィルヘルムはH.O.P.E.内食堂にいる。

 どこに向かうか、誰にどうアクションをかけるかは自由。英雄と分担してもOK。
 英雄は能力者や同相棒英雄への不満から、ヴィルヘルムと一緒にふてくされるなんてのもアリです。
 リプレイはOPの直後というシーンから始まる。(事前準備不可能)

リプレイ

●波乱が幕開け

「話にならない」

 Arcard Flawless(aa1024)は吐き捨てた。
「えぅ?」
 その英雄Iria Hunter(aa1024hero001)が不思議そうに目を丸く、相棒とその目の先の人物――アマデウス・ヴィシャスを交互に見やった。
「正義なんて戯言にかまける『愚か者』にボクの時間を割いてやる筋合いはない」、アークェイドは非難を続けた。
「現実を見たまえ。我々がやってるのはただの戦争だ。主だった敵は人外で、他人が納得する程度の脅威があるだけ。相手が人なら? 悪行とやらを弾圧し独房に押し込めるだけだろう?
 十字軍は神の愛を説いて異教徒をくびり殺す。ムスリムは神の権能を謳い数多の他者を聖戦の巻き添えにする。……一体ボクらと何が違う」
 物言いは粛々と落ちる断頭台の如し。
「そも、お前の言う正義は何だ。そこの爺さんからの受け売りというだけだろう。話にならん」
 踵を返すアークェイド。言い分など聞くつもりもない。その後ろをアイリアが付いてくる。ネコのような尻尾がくるりと揺れる。
 と、その時。溜息が、アークェイドの背後から。
「質問だが、我がいつ『正義がどうこう』という話をした? 論点を履き違えているぞ」
 アマデウスが首を傾げている。ピタリ、アークェイドの歩が止まった。

 刹那。

 アイリアの姿が消える。それはアークェイドとの共鳴。幻想蝶の煌き。手には白銀、《アンサラー》と名付けられた死力の銃。その銃口が、アマデウスに向けられんと――

「喧嘩はいけないよ」

 子を諭す父のように。その銃身に添えられていたのは、ジャスティン・バートレットの老掌で。銃身を掴んではいない、しかし『ポン』と手が置かれたその重みで、アークェイドの銃は床へと向けられ無力化されていた。尤も、今のジャスティンは共鳴もしていないただの人間、共鳴を果たしたアークェイドなら一瞬でくびり殺せるだろう、が……
「……ね?」
 ニコリ。まるで平和に、まるで優しく、老人は微笑む。「良い銃だ」と銃に置いた手をどける。

 周囲は動揺、その筈だ。会長の英雄へ武器を向けようとするなど。警備員や他エージェントが警戒態勢でアークェイドを取り押さえんと間合いを詰めている。

 聞かないのなら必ず相手を殺せ。
 人の行いは全て悪でできている。それを直視して生きることが最適解。
 正義なんて言葉は、自身の悪行に耐えられない弱者のくだらない言い訳だ。
 そんなもので世界は救えないし、興味もない。

 それがアークェイドの信条。「話は終わった」と銃を幻想蝶へ戻し、再び歩き始める。警備員共が黙ったまま道を開ける。取り押さえるために飛び掛ってこないのは、大方、あの老獪の差し金だろう。アークェイドは結論付ける。
(あの爺さんはわかっててやってるか、事情を見ない頑固者かだ。どちらにしても言うだけ損だろうさ)


「どうしても、世の中には正義を毛嫌いする者もいる。それでもあの子はヴィラン側ではなく、我々のH.O.P.E.にいてくれている。だったら、我々の大切な仲間さ」
 その場は会長の安否を尋ねる者達でごった返していた。しかしジャスティンは朗らかに笑うだけで、アークェイドは何も罰則処分をしなくて良いとまで言っている。

 そうして騒動がひと段落して、辺りが落ち着いて――アマデウスが溜息を吐いた。
「厄日だな。ああそれで、お前達を呼び止めた理由だが」
 彼は一同へ振り返り、経緯を語り始める……。



●まだ波乱

 時は少し遡る。

「朝霞、おい朝霞」
 急ぎ足の大宮 朝霞(aa0476)を、その英雄ニクノイーサ(aa0476hero001)が呼び止める。
「なによニック! 早く帰って録画しておいた特撮を観るんだから」
「いや、なにやらアマデウスが呼んでいるのだが……」

 曰く、「拒否権は与えんぞ」。

「命令を聴けだ? それが他人に物事頼む態度かよ」
 偉そうなアマデウスの物言いに食ってかかろうとしたのは大和 那智(aa3503hero002)だ。東江 刀護(aa3503)がそれを諌めつつ、「命令、もとい、頼みを聴いても良いが、どういうことか事情を説明してくれ」と眉根を寄せた。

 そういう訳で、アークェイド事件があって、状況は進む。

「なるほど、了解しました」と頷いたのは朝霞。ニクノイーサへと振り返る。
「ニックはヴィルヘルムさんを探しに行って!」
「朝霞はどうするんだ?」
「私はココで、ジャスティン会長を元気づけるから」
「わかった。じゃあ会長は頼んだぞ。……で、ヴィルヘルムとはどんな奴だ?」
「こんな格好した、かわいいコだよ! 男らしいけど!」
 身振り手振りである。ていうかセクシーポーズである。これにはニクノイーサも「……は!?」であるが、まぁ致し方なしと走り出していった。

「会長の第二英雄を捜せば良いのだな」
 ニクノイーサに続き、刀護も「わかった」と頷く、が。隣に英雄がいない?
「……って、那智、どこに行く!」
「ヴィルヘルムって奴、気が合いそーだ。捜しに行くぜー!」
 答えた那智はもう遠い。すぐ見えなくなる。刀護は溜息を吐いた。
「……勝手にしろ。はあ、頭痛い。アマデウス、お前も苦労しているんだな」
「うむ……」
 隣に腰を下ろした刀護に、アマデウスは重く頷いて同意を示した。

「おー痴話喧嘩だ」
「……理解した上で誤用するのは止せ」
 話を聴いた振澤 望華(aa3689)が楽しげな様子を見せれば、唐棣(aa3689hero001)が溜息と共にたしなめた。そのまま二人も、ヴィルヘルムを探して踵を返す。

「第一英雄と第二英雄の軋轢か。珍しい話じゃないね」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)はウンウンと頷いていた。マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は「確かに」と同意しつつも片眉を上げ、
「うちは至って仲が良いがな」
「いや文菜さんの度量が広いだけだからこのセクハラ坊主」
 間髪入れずのアンジェリカの発言、「へいへい」と少女のジト目に突き刺されたマルコは肩を竦める。
「ともあれ迷える子羊は放っておけん。聖職者としてな。……なんだその顔は」
 視線の先のアンジェリカが、悪い物でも食べたのかという顔でマルコを見つめている。英雄はそれに苦笑を返すと、「お前はヴィルヘルムを探して来い」と小さな背中をポンと押した。

「え? 会長の相手しろだと!?」
 リィェン・ユー(aa0208)は仰天する。急に、片思い中のテレサの父親の相手をすることになるなんて。
「いきなり、未来のお義父さんとご対面とは、いい機会じゃのぅ」
 手にした扇で口元を隠しつつ、ニンマリ笑ったイン・シェン(aa0208hero001)が囁いた。「いやいやいや」と狼狽去らぬままリィエンは同様にヒソヒソと英雄へ言葉を返す。
「まだ彼女とそういった関係じゃないからなっ」
「やあ、どうしたのお義兄さん」
 その瞬間だ。リィェンとインの間にヒョッコリ顔を出した餅 望月(aa0843)の発言に、リィェンは「ぶフォお」と盛大にむせ返る。そのまましばらく咳き込みつつ、ようやっとわずかな落ち着きを取り戻したリィェンは顔を上げた。深呼吸を一つ分。
「ま、滅多に会える人間じゃないし、いい機会なのは確かか」
 頼まれた以上はしっかり相手しないとな。リィエンは気持ちを切り替え、表情を引き締める。
(これはチャンスね)
 望月もキリッとしている。会長の家でふかふかのソファで毎日マカロン三昧の生活を手に入れるために!

 果たして、事態は良い方向へ向かうのだろうか!



●ケース:ジャスティン
「紅茶でも飲んで落ち着いてください。会長」
 リィェンはティーセットで淹れた紅茶を差し出しつつ、「自己紹介がまだだったな」と言葉を続けた。
「自分はリィェン・ユーという、以後お見知りおきを」
「エージェントの東江 刀護といいます」
 刀護も自己紹介に続く。「もう知ってると思うが、ジャスティン・バートレットだ」と会長は彼らと朗らかに握手を交わした。
「アマデウスからお話を伺ったところ、気苦労があったようで……」
 ひと段落したところで刀護が切り出す。「ああ」と会長は困ったように笑った。
「ままならないものだねぇ、いやはや」
(英雄同士の相性が悪いと苦労するな……。うちは今のところ、会長の英雄みたいなケンカはねぇが……)
 思いつつ、他にもなにか気がかりがあるのか刀護はアマデウスに尋ねようとした……が、ここで会長の重い溜息。「テレサ……」という消え入りそうな呟き。
「成程。娘さんのことで……。父親あるある、だな」
 これはどうしたものか。刀護がそう思っていると、

「テレサは世界で一番可愛いですよ!」

 勢い良く立ち上がり、朝霞が力強く言い放つ。すると途端にジャスティンが真剣な顔でコクリと頷いた。
「うむ、うちのテレサは世界で一番可愛いぞ」
「会長のおっしゃる通りです! 間違いないです! H.O.P.E.が世界に誇るジーニアスヒロインです!!」
「そうだろう、そうだろうとも。君は実に良く分かっている。ちょっと見てくれこの写真のテレサだが」
 スッと取り出したスマホのギャラリーを開く会長。以下、とてもとても長いテレサ可愛い語り。それに朝霞は全力で「分かります!」「可愛いですよね!」と同意していく。

 が……

 ふと、そんなテレサに彼氏が? そう思ってしまった途端、ジャスティンはスマホを仕舞いつつ悲しい溜息を吐いた。「ははあ、成程」と朝霞はその事情に一つ頷くと、
「テレサに彼氏か、私は聞いたことないですね。そうだ! 本人にきいてみたらどうですか? 今」
「い、今かね!?」
「電話してみたらいいじゃないですか。よかったら、私が聞きますけど?」
「いやっ、あのっ、心の準備というか、ちょっとその、待ちたまえ、待ちたまえ」

 H.O.P.E.会長がかくもうろたえているシーンなど、かなりのレアリティだろう。アークェイドがいきなり銃を向けても優雅に微笑んでいたあの老紳士が、だ。そんな彼に朝霞はガンガン切り込んでいく。
「いきなり聞くのが怖かったら、好きなタイプの男性から聞いてみるとか」
「そっ……れは、成程、名案だ。聞いてみるとしよう。……今すぐではないが」
 最後の一言は小声だったが。
(それで“父親”とか返答がきたら、大団円なんじゃない?)
 と、朝霞は「グッドラックです!」と親指を立てるのだった。
「確かに彼女は可憐なうえ、貴方同様、目立つ立場だからな、父親として心配が付いて回ると思うが、彼女は自分の立場をしっかり理解して立ち振る舞っているよ」
 そう続いたのはリィェンだ。「ちょっと、貴方のようなヒーローたらんと気を張りすぎている気がして心配だけどね」と苦笑を浮かべる。
「っと話がそれたな。だから、彼女が貴方に未来の息子を連れて来たら、定番の“娘はやらん”と立ちふさがったり、風呂で裸の付き合いとかすればいいんじゃないか?
 だって、テレサが貴方に紹介する男なんだから、貴方のテレサへの思いを正面から受け止めてくれるだろうし、きっと、貴方も気に入るんじゃないか?」
「なるほど……」
 少し冷めて飲みやすくなった紅茶を一口、ジャスティンは先ほどより落ち着いた様子で思案の様子だ。
「で、自分がその候補だと名乗り出れればいいものを……」
 その様子を見守りつつ、インが先ほどのように扇子で口と声を隠しつつ耳打ちを。
「そういうのは彼女に想いを受け入れてもらえてからすることだろ」
 同様に、そして早口でリィェンがすぐに切り返した。幸いこのヒソヒソ話はジャスティンには聞こえていなかったようだが――
「だがテレサに少しでも何かあれば私はかの不届き者を社会的にも肉体的にも抹殺してしまうかもしれないよ」
 まるで絶好なタイミングでジャスティンがそんなことを言う。いや冗談っぽい言い方ではあるが、あるが、若干目がマジな雰囲気もなきにしもあらずのような気がして、リィェンは心臓が爆発するかと思った。多分、寿命、縮んだ。
「今の内に鍛錬しておかねばのぅ、せめて致命傷で済むように」
「ちょっともう静かにしてろってッ あと致命傷は無事じゃないからなッ」
 インと素早くそんなヒソヒソ話を交わして。リィェンは軽い咳払いの後に会長へと向き直る。
「……ま、なんでも手を貸すんで、見かけたら遠慮せず声をかけてくれよ。それで貴方の負担が減って家族との時間が取れるなら彼女も喜ぶだろうしな」
「ありがとう、リィェン君。……来年のことを言えば鬼が笑う、なんて言うしね。少し心配性すぎたのかもしれない」
 ティーカップを置いた老紳士は緩やかに微笑んでそう言った。
 その傍ら、マルコは彼に煙草の箱を取り出しつつ「吸っても?」と尋ねる。構わないと返事がきたので、聖職者英雄は遠慮なく煙草に火をつけ紫煙をひと吹かし。
「娘さんに彼氏がいるかいないか俺には分からんが、あんたが娘さんを心配してるのは分かる」
 おもむろに語り始める言葉。休憩スペースの窓から見える彼方の景色を、マルコは見やる。
「が、人は恋を知って、愛を知って、初めて人間たりえるんだ。実らないかもしれないし、失敗するかもしれない。だが大切なのは“自分は誰かを愛することができると知ること”だ」
 それを妨げてはいかんな。マルコは咥え煙草の唇で、続ける。
「それともあんたは失敗した娘は愛せんか? 違うだろう?」
「もちろん、私はどんなテレサも愛しているとも」
「ああ、そうだな。大事なのは失敗させないことじゃない。失敗しても愛し続けてやることだ。それが親の務めだと俺は思う。だから黙って見守ってやれ」
 尤も――これはアンジェリカに対するマルコの思いなのだが。煙草を灰皿に、「まぁ気が塞ぐのは仕方ない」とジャスティンの隣に腰を下ろす。ごそごそと懐からとあるものを取り出しながら。

「こんな時は酒だ!」

 ててーん。ここに取り出したりまするはスキットル――だがしかし。射抜かれるような視線。アマデウスがジッ……と睨んでいる。スッと真顔でスキットルをしまうマルコ。
「気持ちはありがたく受け取っておくよ。リィェン君が淹れてくれた紅茶がまだあるんだ、それを一緒に飲まないかい」
「そうだな、会長……そうしよう」

 ――ふわりと漂う紅茶の上品なかぐわしさ――

「英雄のことでも何かあったそうで」
 刀護も紅茶を頂きつつ、そうジャスティンに問うてみる。「そうなんだよねぇ」と会長は苦笑を浮かべた。どうしたものか……刀護は会長と共に頭をひねる。
「英雄二人と話し合う時間を設ける、とか……」
 思いつかぬなりに提案の言葉。が、それもなかなか難しいようで、話し合いを設けても結局喧嘩になってしまう……とのことだ。
(説得は苦手だ……)
 うなだれる刀護。ジャスティンと共に、重い溜息を。
「確かにどっちも間違ったことは言ってはいないか。特に貴方のような立場の人ですと、公私の割合が偏ってしまうものからな」
 事情を聞いたリィェンが「ふむ」とあごをさする。
「例えば、仕事の一部でも後進の育成も兼ねて他に回して、私の時間を作ってみたりできなのか? その時間を使って、彼らと話したり、正体を隠して戦いに出たり、それこそテレサとの時間に費やすとかいいと思うぜ」
「根気強く話し合いを続けてみる、という作戦だね。……そうだね、数度の話し合いが上手くいかなかったからと、悲観するのも良くないね」
 ありがとうリィェン君。会長が微笑む。「いえいえ」とリィェンも笑みを返した。インがニコヤカに、密やかに、「これで『娘さんを僕に下さい』の予行練習はバッチリかの?」と相棒に囁いた。リィェンは笑顔のまま聞こえないフリをした。

「刀護君も何か悩みがあるのかね、まぁ、一緒に頑張ろうじゃないか」
 一方でジャスティンは、先ほど共にうなだれていた刀護の肩をポンと叩く。「はい……」と刀護はなんとか返事をしたのであった。

「いやあ勝手な英雄がいると大変だよね」
 そんな様子を――望月は休憩スペースに置かれていたお菓子をモグモグしつつ眺めていた。あるいは会長の話にふんふんと相槌を打っていた。まるでフランクに「わかる」「たしかにー」と、彼の真隣で。
「それにしてもテレサちゃんはいい子だよね。でも忙しくていつも家にいないのが惜しいよね」
 エージェントと会長の会話の合間、望月はそう語りかける。そしてジャスティンが呼びかけに振り返った直後だ。

「というわけで毎日あたしがいてあげるよ。よろしくお父さん」

 手を差し出す。ジャスティンの手を取る。一方的だが、握手。望月は借りてきた猫のようにニコーッと笑った。ぶんぶん、握った手を振ろうとして――

 ふと、気付く。

 少女が握っている、シワが刻まれた手。老いた掌。しかし、大きく重く、存在感のある――なのに温かくて優しい掌。
 この手が、世界蝕以来、リンカーを率い、世界を守ってきたのか。「正義などクソだ」と罵られようと、疎まれようと、前を向いて希望を掲げて……今もなお、これからもずっと。

「……」
 じっと、望月は老掌から目が離せなくなった。するとジャスティンの手が、望月の手を両手で包み込む。
「君のような可愛らしい子がうちの子だったらどんなに楽しいことか。だからこそ君のご両親から君を奪うことがしのびない。……いつでもうちには遊びに来ておくれ、私はあまり家にはいないけれど……きっとテレサが、ヴィルヘルムが喜ぶ」
「ん、そっか」
 顔を上げて、それから望月は手を離した。最後に残ったビスケットを一欠片ごと口へ放り込んではベンチから軽やかに立ち上がる。ぐーっと伸びをした。
「……エージェント皆がジャスティンさんの子供みたいなものよ。テレサちゃんやアマデウスくん達がいるのに余計なもの増えても困ると思うけど」
 ちょっとだけ振り返って、そうウインクを一つして。
「ふかふかソファ生活はできなさそうだけど、また遊びにくるね。仕事の依頼も、まあ、ぼちぼちやるよ。アマデウスくんも頑張ってね、お手伝いするからね」
 無事仲直りしたならなによりだ、望月はそう願う。「それじゃ」と歩き始めつつ――溜息を吐いて、こう独り言ちた。

「さて、あたしも百薬さがしに行こうかな」



●ケース:アマデウス

「よろしかったらお話しませんか? ……いえ、会長から離れませんから」

 これはジャスティンとエージェントが言葉を交わしていた時分とほぼ同時進行の出来事である。桜小路 國光(aa4046)はアマデウスへ柔和に笑みつつ、会長の向かい側の少しだけ遠巻きの席を勧めた。
「会長なら他の人が話を聞いてますし、アマデウスさんは自分含めたここにいる皆に“命令”したじゃないですか?
「……分かった」
 視界にジャスティンが入るのならば、とアマデウスはそれに応じる。これでアマデウスは、ジャスティンへ話しかけるエージェントに何か口を挟んだりはできないだろう。
(励ましは、周囲に近すぎる人がいると……ややこしくなる場合が大半だからなぁ)
 思いつつ、國光は英雄メテオバイザー(aa4046hero001)と共に長椅子へと腰を下ろした。
「ヴィルヘルムさんのことで、苦労なされているようですね」
 一間の後、メテオバイザーがそっと語りかける。返ってきたのはアマデウスの重い溜息だった。「苦労どころという話ではない」から始まり、眉根にシワを刻んだまま騎士は第二英雄への愚痴を零し始める。粗野だの自覚が無いだの非常識だのなんだのかんだの。

「でも、アマデウスさんだって会長に迷惑かけてるんじゃないですか?」

 再びアマデウスの口から鉛が落ちたところで、國光がそう切り出した。
「なんだと?」
 顔を上げたアマデウスの目には、苦笑している國光が映る。「我のどこが」と騎士が問う。青年は柔らかな物言いのまま、答えた。
「だって、お二人が喧嘩するたびに職務を止めて様子を見に来てるんでしょ? 今だって」
「ッ……」
 図星だ。アマデウスが奥歯を噛み締め視線を逸らす。「だがしかし」、そんな言葉が返ってくる前に、今度はメテオバイザーが彼へ言葉を。
「会長の英雄になるには、何か資格でもいるんですか?」
 物言いは非難ではない、彼女が纏うレースのようにふわりと優しく。言葉へ視線を向ける鎧の騎士に、レースの騎士は語る。
「メテオはサクラコに喚ばれて、求められたから一緒にいます」
 隣を見やる。國光の横顔――メテオバイザーの視線に気付き、振り返る彼の微笑に目を細め、英雄は続けた。
「能力者に相応しい英雄ってなんでしょうかね? もしそれが見た目なら、学生の英雄してるメテオは毎日本に齧り付いてなくちゃいけなくなっちゃうし、剣士である必要性もなくなっちゃいますよ」
 苦笑するメテオバイザー。アマデウスがそれに反論することはなかった。「ジャスティンの威厳を守ること」、そればかりに盲目的になっていた己に気付いたからだ。過ちを認める沈黙に、國光が語りかける。
「アマデウスさんが会長と最後に共鳴して戦ったのはいつですか?」
「もう随分と昔だ」
「共鳴して戦っていた時と今、どっちが会長と気持ちが近かったですか?」
「……変わらない」
「ヴィルヘルムさんは、アマデウスさんが羨ましいのかもしれませんよ?」
「我が?」
「オレが聞く限り、ヴィルヘルムさんと会長が公に共鳴したことは聞いたことありません。ヴィルヘルムさんは会長と共鳴は?」
「我の記憶では一度だけ、だな」
「成程……だったら、何度も共鳴してきたアマデウスさんを羨ましいと思っていてもおかしくはないかもしれませんね」
 ふむ、とアマデウスが思案の様子を見せた。そこに國光は言葉を続ける。
「ヴィルヘルムさんへの許せないこととか嫌いなことって、実はアマデウスさんが羨んでることかもしれませんよ?」
「なにを」
 そんな馬鹿なことがあるものか、そう言わんばかりにアマデウスが鼻を鳴らした。
 しかし。
「羨ましい、自分だってこうしたいのに……って気持ちは叶わないと暴れてしまいますから」
 メテオバイザーが、
「実際、それを口から言葉に出してみれば意外と納得できるものだと思います」
 國光が、

「「自分の気持ちがわかったら、歩み寄るのも今より容易くなるんじゃないですか?」」

 アマデウスに、語る。
「……」
 彼は腕を組み、俯き、沈黙していた。
「……はぁ、」
 それからしばらくして、幾度めかの溜息。だがもうそこに、鉛のような重さはなくて。むしろ鉛となっていた原因が抜けていくような、そんな印象がどこかにあった。
「ジャスティンを想うばかり、彼ばかりを見て……我は、ヴィルヘルムのことを見ていなかったのかもしれん。そうだな、今度こそ……ちゃんと、奴を見てやるとしよう。我は奴の先達であるゆえにな」
 そう言って。ようやっと。ふ、とアマデウスがわずかな笑みを二人に見せた。
「感謝しよう、桜小路殿、メテオバイザー殿」
「いえいえ、なにか助けになったのなら幸いです」
「良い着地点が見つかるよう、メテオは応援してますよ」



●ケース:ヴィルヘルム
 何を言うのも勝手だけど、自分の道は自分で決めるものでしょ? アイリアはそう思う。今の能力者とは気が合う、結構楽しい、だからついてく。
 そうしてアークェイドについて行った先は食堂だった。ジャスティンの第二英雄ヴィルヘルムの背中が見える。
 何を食べるか悩んでいるのだろう。アークェイドは彼になんぞ奢ってやろうか声をかけようとして、
「お! お前か、アマデウスのアホに鉄砲向けたってのは!?」
 振り返ったヴィルヘルムが喜色満面に寄ってくる。「ヒュー! やるじゃん!」とか握手しようとしてきたので、アークェイドは黙って回避した。先ほどの騒動、想像以上に噂となって支部中を駆け巡ったらしい。
 だったら話は早いかな。アークェイドは溜息を一つ。
「そんなに窮屈なら誓約切って他をあたれば?」
「えっ それはやだー」
「あの爺さんは『正義』という戯言で自分の周囲を縛る天才だ。自由めあてなら彼につく時点でアテを間違えてる。アマデウスは詭弁だらけのガキだが、己を捨ててでもあの男につく覚悟だけは評価できる。さて、君はどうかな?」
「ほえ?」
 ヴィルヘルムは目を丸くして、ウーンと大袈裟に考え込む。それから不思議そうに首を傾げ、
「あれ? お前はジャスティンが気に食わねーんだよな? じゃあなんでH.O.P.E.にいるんだ?」
 と、ヴィルヘルムが顔を上げた時、そこには最早アークェイドの姿はどこにもなくて。


 これはチャンスだよ。百薬(aa0843hero001)はそう思っていた。
「こんにちはー、一人でご飯なの?」
 話しかけた先にはヴィルヘルム。「んあ?」と振り返った彼に、百薬は微笑みを返す。
「うんうん、いつも決まった人と一緒だとたまには別個でご飯したくなるよね」
 言いつつ百薬はヴィルヘルムの隣に腰を下ろす。事情を知ってるのかコイツ、そう思ったヴィルヘルムは「分かってくれるか」としみじみ呟いた。
「お前、名前は?」
「百薬って呼んでいいよ」
「よろしくな百薬ー、俺様はヴィルヘルム」
「よろしくー。食堂にいるってことは何か食べるの?」
「あ~そうだなー、なんかオススメある?」
「ワタシのオススメはきつねうどんだよ。チープでつるんと食べやすい麺と、出汁の染み込んだおあげ最高、というわけでご相伴に預かります」
 自分で払うつもりはない。ででーん。「オッシャ任せとけ!」とヴィルヘルムがドヤ顔でジャスティンの高級そうなサイフを取り出した。ててーん。「きゃーすてきー」と百薬は拍手していた。きつねうどん! きつねうどん! 二人はキャッキャと盛り上がる。

「きつねうどん、とな?」

 と、その時だった。後ろからかけられた声に振り返れば、どんぶりが乗ったトレイを持ったニクノイーサがいるではないか。
「――たぬきそばはいいぞ」
「「たぬき……そば……?」」
 言い放たれた言葉に、ヴィルヘルムと百薬が声を揃えた。然り。ニクノイーサが頷く。
「ああ、これはたぬきそばというんだ。朝霞に、あ、俺と誓約した能力者なんだが、そいつに教えてもらったんだ。天かすが良いな」
 というわけで……。
「お前、ヴィルヘルムか?」
「おう、そーだけど?」
「はじめまして、だな。俺はニクノイーサ。とあるH.O.P.E.エージェントの英雄だ」
「ニクノイーサかー、よろしくなっ」
 ニッと笑うヴィルヘルム。が、すぐ思案する顔に切り替わった。百薬とニクノイーサを交互に見ている――きつねうどんか、たぬきそばか。そんな様子に、ニクノイーサは苦笑を一つ零して。
「まぁ、せっかく食堂にいるんだ。なにか食べながらでも話そうか」
 食べたいものもゆっくり決めたらいい。近くの席に腰を下ろす。
「じゃあ俺様きつねたぬきうどんそばで」
 結局ヴィルヘルムはそんなことを言いつつ席を立とうとして――「ちょっと待った」。それを止めたのは望華と唐棣だった。
「事情は大方知っている。これ以上アレコレ言われたらせっかくの美味いものがもったいないだろう。一旦は俺が出そう、ひとまず何か食べて落ち着くといい」
 言いつつ財布を取り出す唐棣。やれ、想像通りだった。脳筋タイプというのは、大体はこういう食堂にいるもんだ――という偏見のもとに訪れてみたら、案の定だった。
「というわけで初めましてヴィルヘルム君、私は振澤望華。何かおススメある? 食べるの楽なやつで」
 近くに腰を下ろす望華が自己紹介しつつ問いかける。するとヴィルヘルムは、
「きつねたぬきうどんそば」
「何それ新メニュー? 私も食べる」
 唐棣よろしくー、と望華が英雄に手を振った。「なんだその食べ物は」と彼は眉根を寄せながらも注文へと歩いて行った。

「おまえがヴィルヘルムか?」

 更にその時、那智がヒョイと顔を出した。ヴィルヘルム捜索の前に食堂で腹ごしらえ(金? 刀護の財布くすねてきた!)――と訪れてみれば、「ヴィルヘルム」というキーワードが聞こえたもので。

 そういうわけで、全員がヴィルヘルムと合流。
 きつねたぬきうどんそばについては――まぁ、食堂の人がノリで作ってくれた。

「あれ、唐棣だっけ? お前そんだけでいいの?」
 フォークを手に早速うどんそばを食べようとしたヴィルヘルムが唐棣に問う。彼はブラックコーヒー一杯だけだった。
「あぁ、これだけでいい。……ゆっくりコーヒーを味わえる。それだけでもなかなか幸せなもんさ」
 立ち上る香ばしい蒸気に、唐棣は質実とした表情をわずかに綻ばせる。いざ戦いとなればそれもままならない――記憶はなくとも、この平和な一杯にどれだけの価値があるか。それは深く理解できた。
「なるほどなー」
 早くもうどんそばをズズズと食べ始めていた百薬の隣、そう答えたヴィルヘルムもまた、羽の少女に続いてうどんそばを食べ始めるのだった。

 そして、黙々と食べていればさっきの不満もフツフツと湧いてくるもので。
 食事の合間、ヴィルヘルムは様々な愚痴を零した。ジャスティンのこと、アマデウスのこと。

「ふーん……そういうことがあったのかー」
 大きな広島焼きを頬張りつつ、那智はヴィルヘルムの愚痴にふんふんと頷いた。口の中の美味しいソースとキャベツを飲み込んで、水を一口――カッ。プラスチックグラスを勢い良く卓上に置きつつ、「分かるッ」と一声。
「カタブツ優等生な第一英雄はヤだねえ。俺は能力者がカタブツなんけど。真面目にやるの肩こっちまうし、かったるいわー、マジ勘弁」
「だろ~? マジ勘弁だよなほんとさぁ、分かってくれる?」
「おまえの気持ち、よーくわかる! カタブツなアマデウスが悪い!」
「な! お前もそう思うよな!」
 意気投合。「もっとマイペースでいいのになー」「わかるー」とかなんとか、ウンウン頷き合う二人。
「もっとフリーダムにいかないと堅苦しくて息詰まっちまうよなー。俺も会長さんにはリフレッシュも大事だと思うぜ」
 広島焼きの最後の一口を食べきり、那智は緩やかに伸びをした。追加注文すっかな、立ち上がりつつ、ヴィルヘルムの肩にポンと手を置く。もう片方の手は親指を立て、
「やけ食い、とことん付き合うぜ! 金? 気にすんな! アマデウスに払わせろ!」
「おっしゃ! 今日は食うぜ!!」
 盛り上がる二人だったが、ここで唐棣が咳払い。「金なら俺が出すから」と二人をたしなめ、とりあえず二人分のコーヒーを注文――それらが運ばれてきた頃に、唐棣は緩やかに口を開いた。
「Mr.ヴィルヘルム。先程のやり取りを拝見したが……どうせならMr.ヴィシャスを上手く操作する方に切り替えた方が貴方に向いてないか?」
「操作ぁ?」
「然り。Mr.ヴィシャスは見たままの通り、やや頑固者であるようだし。自分の方が会長の傍にいた時間が長いということから、より会長を理解しているの自分であるという思いもあるだろう」
「ふんふん……でもよー、操作ってどーすんだよ? 催眠術とかか?」
 俺様ソフィスビショップじゃないぞー、と腕組みをするヴィルヘルム。すると次いで提案するのは望華だ。
「会長に必要だとヴィルヘルム君が思っていることを、キミの我儘ということにしてしちゃえばいいんじゃない?」
 きつねたぬきうどんそばなる珍妙な食べ物をひと段落し終え、お箸を置きながら。「そりゃどういうこった」とヴィルヘルムが首を傾げるので、フフンと笑う望華は言葉を続ける。
「せーっかくのその可愛い容姿だもん。観賞以外にも使わない手はないよ。半分くらいは却下されちゃうかもだけどさ、残り半分は“自分の我儘もきいてー!”って押し切っちゃうの。それで会長の調子が良くなればヴィシャスさんもちょっとは考え変えるんじゃないかな?」
 そしたらぜーったいキミのことも見直すって。そう締め括った望華に、ヴィルヘルムは自分の体をしげしげと眺める。
「なるほど、おっぱい作戦か……いけるのか……? さっきやったらスゲーボコられたんだが」
「そんなに可愛いのに……次はいけるって」
 おだてる望華。ヴィルヘルムは「そぅお?」と得意気である。単純だなコイツ。ちなみに唐棣も、このようにヴィルヘルムが消極的になった際は「それなりの手練だと思ったのだが」などと激励するつもりだったが、うん、話題が話題だけに聞こえなかったフリをしておく。
 思考を切り替えるためにもコーヒーを一口、唐棣は今しばし言葉を続けた。
「言動からMr.ヴィルヘルムはそれなりに闘いの経験があると見えるが……自分が譲るのは癪かもしれないが、舌戦を言葉という武器を持った闘いに見立てては?」
「おっ、口喧嘩ってやつだな!」
「難しい言葉を使わずとも、押す、引く、いなすだけでも十分に闘えるだろう?」
「成程な、ただギャースカ言うだけじゃなくって……みたいな感じか」
「そうだな。Mr.ヴィルヘルムならばできるさ」
「よっしゃ、なんかできそうな気がしてきたぜ!」
 意気込むヴィルヘルム。ニクノイーサも「そうだな、お前ならできるできる」と励ました。これまで彼は「そうだな」「それはお前は悪くないな」と相槌を打ち、聴き専に徹していたのだ。愚痴も吐き出し、ヴィルヘルムが落ち着いたようでなによりである。
「そろそろ戻ったらどうだ? ジャスティンはキレ者だ。お前の想いもきっとわかってくれているさ」
 多分、という一言は心の中でだけ付け加えて。ニクノイーサの言葉に、「そーだなぁ」とヴィルヘルムが席を立つ。
「なんとかなりそーな気がしてきたわ。ありがとなお前ら!」
 少女の姿をした彼はニッと笑う。そして手を振ってその場を去ろうとして――

「ヴィルヘルムさん! 女子力を上げよう!」

 そこにアンジェリカがいた。
 女性に対するフリーダムさに困ってるボクはむしろアマデウスさん寄りじゃ? なんでこっちに来たし――という少女自身の疑問はこの際、さて置いて。
「ジョシリョク? なんだそら」
 唐突な切り出しと聞きなれぬ言葉に片眉を上げるヴィルヘルム。
「ええと……物は試し、だよ! ついてきて」
「ついてくって……どこに?」
「厨房!」
「厨房? なんか作るのか?」
「ワインゼリーをね、一緒に作ろう。それが女子力を上げる方法」
「その……ジョシリョクってのは、強いのか?」
「強いよ!」
「わかった!」

 というわけで。

 厨房の一部を貸してもらった二人の前に並べられるのは、アンジェリカが用意したワインゼリーの材料だ。ワイン、水、砂糖、ゼラチン。
「よろしいですか。女子力を上げるためのお菓子作りには、根気が必要です」
「ウッス」
「OK。それじゃあ始めよう!」
 アンジェリカは考える。心は男性のヴィルヘルムが、一般的に女性がするものと考えられてるお菓子作りをする。つまり違う立場で行動することで、何か掴むかもしれない、と。
(それに仲直りの手土産もできて一石二鳥だね!)
 調理自体は簡単だ――ヴィルヘルムは飲み込みが早く、アンジェリカの指示通りにワインゼリーを作り上げた。
「スゲー、俺様ってば料理なんて初めてやったわ……しかもスゲー美味いし……やべぇ……俺様は料理の天才かもしれねぇ……」
「アマデウスさんもきっと、これを食べたらぐうの音も出ないよ」
「おう! ありがとな、いい手土産ができたぜ!」
「どういたしまして。頑張ってね」
 行ってくる、と駆け出した英雄を、アンジェリカは笑顔で見送った。


 食堂――昼時も過ぎて、人もはけてきた。
 駆けて行ったヴィルヘルムを、百薬は真ん丸な目でつぶさに見て。思う。ケンカ、かぁ。百薬は望月とケンカする自分をイメージしてみるけれど、うまくイメージできなかった。それぐらい、能力者とケンカする、ということが理解できなかった。
 難しい話はわからないけど――そろそろ望月がジャスティンさんの家に住むことになったはず、らしい。
「顔みせに行かないと」

 席を立つ。

「名付けてもらった恩を返すため、命をかけて共に強い敵と戦う」――那智もまた、交わした誓約と共に刀護の顔を思い浮かべていた。スッカラカンになった刀護の財布をポンと手の中で遊ばせる。帰ったら勝手に金を使ったことを怒られるだろうが、まぁ……。

「……戻るか」



●あれから
 会長とその英雄達はじっくりしっかり話し合いを設けたという。
 その結果――H.O.P.E.の演習場で一度、英雄達が互いの気持ちを本心から正直にぶつけあいつつ拳一つの殴り合いをして。なんのかんの、「貴様もやるではないか」「ヘッ、お前もな」と分かり合ったとか、なんとか。
 まぁその日から、アマデウスとヴィルヘルムのいさかいが減ったことは事実。ゼロではないが、「ケンカするほど仲がいい」「ケンカ友達」のようなポジションに落ち着いたようで、ケンカ内容もそのような形容で収まる程度の、傍から見れば微笑ましいもので、仲直りもきちんとするそうだ。英雄二人の間の溝がなくなったことに、ジャスティンも一安心である。

 ジャスティンについては、結局テレサに彼氏がいるのかどうかは聞けずじまいで――だがあの時のような落ち込みはもう見られない。彼も父親として男として、それなりの覚悟をしたようである。悲しさはゼロではないけれど……それもまた人生。

 ちなみにヴィルヘルムと面々が食堂で使用したお金については、後ほどアマデウスとジャスティンの方でお礼の一つとして支払ってくれた。
 そしてこれは余談だが、「たぬきうどんそばで一緒くたに食べるより、別々に食べた方が美味い」とヴィルヘルムが気付くのはもう少し先の話で、会長と英雄二人が食堂で一緒にたぬきそばやきつねうどんを食べる姿が見られるのは更にもう少し先の話で、「ことあるごとにワインゼリーを大量生産するのはやめろ」「ハァ!? 美味いじゃん! 文句あっか!?」とアマデウスとヴィルヘルムがケンカするのは更に更にもう少し先の話。



『了』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 最強新成人・特攻服仕様
    大和 那智aa3503hero002
    英雄|21才|男性|カオ
  • リンクブレイブ!
    振澤 望華aa3689
    人間|22才|女性|命中
  • リンクブレイブ!
    唐棣aa3689hero001
    英雄|42才|男性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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