本部

【屍国】 これは演習ではない

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/06 21:46

掲示板

オープニング

●赤い染み
 飯塚 栞莉(いいづか しおり)は買い出しの帰り、官舎の前に人だかりができているのを見てふと足を止めた。
 数人での立ち話ならばいつものことだが、人だかりができるほどのこととは、何であろうか。
 問うより先に、詩織の足元に白いものがすりよってきた。
 犬だ。しかも、よく毛並みの整った小型犬。首輪もちゃんとついている。
「まあ、人懐こいのね。どこかの飼い犬が迷い込んで来たのかしら」
 トイプードルというのだろうか。ふわふわの毛並みを撫でてやると、小さな迷い犬は甘えるように詩織の指を舐め、何かをねだるように、しきりに甘噛みまでしてくる。
「お腹が減っているのかしら? ごめんね、餌は持っていないの」
 残念ながら、今日の買い出し品の中に肉類ははない。
「可愛いわあ。官舎でもペットが飼えたらいいんだけどねー」
 他の誰かが言う。
 詩織も、夫婦二人だけの生活にペットでもいれば……と思わないでもない。
 しかし、いつ転勤辞令が下りるか分からない身としては、小さな命を背負い込むことは躊躇われた。
 そのうちふわふわの迷い犬は、沢山の手に撫で回されるのに飽きたのか、すいっとどこかへ消えてしまった。
 小さく頼りない存在に未練を残しながら、官舎の階段を上がる。
 ドアを開けようとして、ふとスカートに落ちた赤い染みに気がついた。
「あら? どこで汚したのかしら」
 よく見ると、詩織自身の指がわずかに血を流している。
 痛みはなく、いつの間に怪我したのかも分からない。
 家に入って簡単な処置し、スカートの血もつまみ洗いをするとすぐに汚れは落ちた。
 それきり栞莉は、その染みのことを忘れてしまった。

●不安の正体
 ぞっ……と、植地 広明(うえち ひろあき)の背に、悪寒が走った。
 いまは訓練中、怯えている場合ではないはずなのに、悪寒が止まらなかった。
 土を掘って壕を作る代わりに、土嚢を積み上げて陣地を作っている最中である。
 雑念を振り払い、作業に集中する。
 何に怯えるのか。これから行うのは撃ち合いの振りだ。戦闘訓練であり、戦闘ではない。
「どうした、顔色が悪いぞ」
 植地のことを気遣ってくれるのは、上官の穂篠曹長だ。
 尊敬する上司であり、彼の指示通りに動く限り、心配はないはずなのだが。
 いままでずっと、そうだったのだが。
 それでもぎりぎりのところで手足を動かし、着々と土嚢は積みあがってゆく。
「もうすぐ終わりだ、頑張れ」
 そう、もうすぐ訓練は終了だ。
 訓練の大部分を占めるのは、体を使った陣営作りであり、空砲で撃ち合うのは最後の儀式のようなものだ。空砲ではどれだけ命中したかも定かではない。
 労働による汗よりも多く冷や汗を流しながら、作業自体は終わろうとしていた。
「よくやった、諸君」
 隊長である飯塚二尉の声掛けにも、植地の神経はチリチリと過敏に反応する。
 訳もなく、叫び声を上げて逃げ出したい衝動に駆られる。
(疲れてるのかな、俺)
 そう思いつつも、わずかな違和感を感じていた。
 何故だろう? 距離を取った陣地同士で撃ち合うのは、ライフルの予定ではなかったか。
 なのに何故、飯塚の手にはマシンガンが握られているのだろう? 穂篠の手にまで。
「これで終了だ」
 そう言った飯塚が浮かべたのは、いつもと寸分たりとも変わらぬ柔和な笑みだった。
 何も変わらない、その銃口が隊員たちに向けられていること以外は。
(何が起こっているんだ?!)
 反射的に植地は、衝動を開放した。
 すなわち、身も蓋もなく叫びながら逃げ出した。
 背後で炸裂するのは、実弾の銃声、そして隊員たちの悲鳴。
 飯塚の脚にも、灼けるような痛みが走る。
(喰らった!)
 痛みは無視し、土嚢を超えて無我夢中で走った。
 悲鳴が上がることよりも、その声が消えることの方が恐ろしいと、そのとき初めて知った。

●動く死体たち
「徳島の自衛隊施設で、事件発生です!」
 H.O.P.E.支部で連絡を受けたオペレータが、声を張り上げた。
「駐屯地内で訓練中に、実弾の乱射事件が発生しました。しかも、銃撃を受けて一度は倒れた隊員が……血を流したまま起き上がって、攻撃側に加わりはじめたそうです!」
 事件の始まりは、射撃訓練だった。
 攻撃部隊と防衛部隊それぞれ12名ずつに分かれ、壕を掘る代わりに土嚢を積み上げて陣地を作り、最後に射撃訓練を行う。
 陣地は壕を模した細い通路状で、幅約1メートル、長さ約20メートルの閉鎖空間だ。
 もちろん実弾は使用せず、空砲のみの予定だった。
 しかし――いざ射撃訓練という段階になったとき、うち2名が敵方ではなく味方に銃口を向け、実弾を発射し始めたのだ――と報告したのは、からくも至近距離からの射撃を逃れてきた植地士長という若い隊員だ。
 問題の2名以外は抵抗手段を持たず、悲鳴が上がらなくなるまで、銃声は続いた。
 閉鎖空間で前触れもなしに撃たれた隊員のほとんどが、致命傷を負ったであろうことは想像に難くない。
 そして更に恐ろしいことは、そうして一度は静寂の訪れた陣地内に、11名すべての動く姿が確認されていることだ。

 臨戦態勢を取っていた防衛部隊側をはじめ、近隣駐屯地にも支援を要請して彼らのの鎮圧に努めたが、なんと彼らは、実弾にも砲弾にさえ倒れることはなかった。
「彼らは既に、通常武器では倒せない存在になったと認識した。よってH.O.P.E.に協力を要請する、とのこと」
 ただし身についた習い性のためか、実弾の雨の中に堂々と出てくることは、今のところはない。

 オペレータからの報告を聞いた職員の脳裏に浮かんだのは、ここのところ四国各地で起きている、人間が従魔化する事件のことだった。
 何がきっかけかも分からぬまま、人間がさながらゾンビのように理性を無くし、従魔となって人を襲い、さらにそれが伝播する。
 グロリア社の研究班により、この一連の事件が感染症によるものだという報告を受けている。
 もしも気づかないうちに、自衛隊員が感染していたのだとすれば、大変なことになる。
「事件を起こした自衛隊員の特定は済んでいるのか。そうであれば、派遣歴を調べてくれ。すぐにだ」
 同時に彼は、エージェント達に緊急招集をかけた。
「自衛隊駐屯地内に、従魔発生。鎮圧を要請する!」

解説

●目標
 自衛隊駐屯地内で発生したゾンビ従魔の鎮圧。生死問わず。

●現場の状況
 土嚢で壕の代替として陣地を設営している。高さ1.5メートル、身を低くして移動。
 L字の頭に斜めにY字が連結した通路状の構造。通路の幅1メートル、長さ20メートル。攻撃目標に向かって湾曲し、枝分かれあり。前方に防衛部隊側が設営した対の形状の陣地がそのまま残っている。
 建物は駐屯地内外のものを含めて充分な高さがない、あるいは射程外。
 周囲は武器を持った自衛官が囲んでいるが、能力者は所属しておらず、従魔化した隊員にダメージを与えることができない。ただし現状、牽制効果はあり、包囲中。
 エージェントの要請があれば各種支援を行う用意がある。

●従魔情報
 【屍国】でお馴染みの従魔化した人間、及び従魔化した死体。
 数は全部で11体。
 感染前の自衛官と同程度の身体能力がある。また死体ゾンビには急所がなく、頭が無くなっても動く性質がある。複数箇所を攻撃して自力行動不能にまで破壊することで撃破。従魔に憑依されたのと同じ状態であり、完全撃破後しばらく経つと五体満足の死体に戻る。
 感染体ゾンビを殺した場合、死体ゾンビになる。
 オペレータの調査の結果、銃乱射を行ったのは飯塚二尉と穂篠曹長。彼らにゾンビ事件への派遣歴はなし(この情報は出発前に職員からエージェントに伝えられている)。

●PL情報
 土嚢への埋設隠蔽という形で、彼らは充分な数の実弾とAGW小銃、AGWナイフを所持。偽装により隊員装備のジュラルミン盾もAGW能力を備えている。

リプレイ

●感染者という敵
「これが事件の関係者の写真です」
 従魔発生の報に駆けつけたエージェント達に、飯塚と穂篠をはじめとした事件関係者11名の写真が提示された。演習は各陣営が3名を小隊とする4連隊から成っており、その中で飯塚は連隊長、穂篠は小隊長の地位にあったという。
 仮想敵となって演習を行っていた残りの4連隊は事件後陣地を放棄してすぐに撤収し、いまは遠方からの包囲と牽制に当たっている。
「飯塚二尉と穂篠曹長の詳しい経歴は? 他の隊員についても」
 探偵業を営んでいるという晴海 嘉久也(aa0780)は、慣れた様子で聞き出しを始める。
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)はその横でメモをとる振りをしつつ、対応に追われる隊員達を興味深げにじいっと眺めていた。
「一人だけ逃げてきた植地ってやつは? 被弾して感染した可能性はないのか? いまどこにいる」
 矢継ぎ早に問いただすカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)に答えたのは、対応していた隊員ではなく奥から出てきた医務官だった。
「彼は隔離中ですよ」
 白い防護服を着込み、顔だけマスクを外した姿で歩いてくる。
「H.O.P.E.の御協力に感謝いたします。四国での新型感染症の発生に対応し、当方でも情報収集と装備の備蓄には務めております」
 医務官は柔和な笑みを浮かべた、壮年の男性だった。
「感染症を引き起こすウイルスが鉛弾から感染する可能性は薄いでしょうが、どういった接触があったか不明ですので、念のための隔離……といったところでしょうか。話は出来ますよ。ビニールカーテン越しですが」
 四国で頻発する非常事態に、自衛隊も無策であったわけではない、と彼は語る。
 しかし隊員が通常兵器の効かないものに変化したとあっては、組織内の人員では対応しようがなかったのだ。
「ということは、唾液感染、血液感染であると考えてよろしいのでしょうか? 接触感染もありえますか?」
 三木 弥生(aa4687)は医務官を質問攻めにする。
「現時点の研究では、空気感染は無く、傷口または経口での体液感染のみと聞いております。しかし何が起こるかは予想できません。充分にご注意ください」
 要は新型感染症については、まだ不明点が多いとのこと。
「……慎重に行きましょう」
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は神妙な顔で頷く。
「慎重に行ける余裕があればいいけどね」
 志賀谷 京子(aa0150)はサバサバとした様子で英雄に答えた。

「相手は自衛隊員だからな。囮と奇襲に分かれるってのはどうだ?」
「奇襲なら忍びである私達に任せて下さい。御屋形様と私、そして相棒の弥生ならば連携が取れます」
 カイの提案に藤林 栞(aa4548)が自信ありげに手を挙げた。
「御屋形様、藤林殿……お供させていただきます!!」
 弥生も全速力でその提案に乗る。
「御屋形様じゃないんだけどなあ……」
 沖 一真(aa3591)は戸惑いつつもまんざらでもないようで、にやけた顔を月夜(aa3591hero001)にたしなめられていた。
 三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は、弥生のまわりをうろつきながら、何がそんなに可笑しいのかというほど頻繁にケラケラ笑う。
 一方栞の英雄である藤林みほ(aa4548hero001)は、第二次世界大戦時の名将ジャック・チャーチルが如くに、現代武器相手に江戸時代以前の装備と技術で戦ってみせる! と闘志を燃やしていた。彼はすでに銃による戦闘が中心になっていた時代に、長剣やロングボウで戦果を挙げた勇士である。
 他のエージェント達があれこれと作戦会議をしている脇で、鋼野 明斗(aa0553)は静かに本に目を落とす。
 ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)は明斗のそんな態度に業を煮やし、ひとつ鋭い蹴りを入れたあと、『真剣に!』と大書きしたスケッチブックでバシバシ叩いた。
「大丈夫大丈夫、みんな真面目に頑張る人ばっかしだし、回復サポートしてやれば大成功だって」
 それでもなお、のらりくらりと躱す相棒に、むぅーと頬を膨らます。
『やる! 真面目! 戦う!』
 スケッチブックに殴り書く文字で訴えられ、ガシガシと繰り返し蹴りを入れられて、ようやく明斗は本を置く。
「解ったよ……まぁ、大体頭に入ったからいいか……」
 座っていた椅子に置き去りにされた本のタイトルは、『人間失格』。その間に挟んである紙には、今回の事件に関わった自衛官の名簿と住所、家族の有無が記されていた。

●死んでいても、死んでいなくても
「鎮圧は生死問わずって、死んでるからゾンビって言うんじゃないの?」
 共鳴した御童 紗希(aa0339)は、頭の中から英雄にそう話し掛けた。
「さぁ? どうやら情報によれば、従魔化した人間を感染ゾンビって言うらしいぞ」
 カイもやや混乱しつつそう答える。
 H.O.P.E.職員によれば、人間が従魔化する感染症がある、とのこと。
 感染しつつも生きている状態のものと、死体が動いているものがあるが、どちらも見た目が『いわゆるゾンビ』のため便宜上そう呼ばれているそうだ。
「戦術的には的外れな戦略だな。連中の目的が分からん。籠城は増援が来ることが前提の作戦だが」
 H.C/11-11イレヴンズ(aa4111)は前方を見据えて呟いた。
 現場は自衛隊駐屯地内のグラウンド、土嚢を積み上げて作った陣地が向かい合うように二つ並んでいる。
 ときおり、互いに撃ちあう射撃音が響く。
 通常兵器が通用しないため自衛隊は距離を取って包囲しているが、既に逃げ場があるようには思えない。
「感染者を増援の軍にするつもりでは?」
 U.B/77-001ルミナ(aa4111hero001)が頭の中から答えるが、納得はいかない。

 自衛隊の援護を受けつつエージェント達はまず放棄されていた土嚢の陣地まで進み、そこから砲撃を開始する。遠距離射撃で集中攻撃し、敵を防戦一方にする狙いだ。
 万が一ゾンビと化した相手が捨て身で脱出しようとした場合に備えて、自衛隊に援護射撃を頼んである。
「不明点は多いが、残りは制圧後に明らかにすることにしよう」
 共鳴後の嘉久也は、堂々たる体格の武人である。
 土嚢の上に16式速射砲を設置し、相手陣地に狙いを定めて撃ち始める。
「敵に従魔能力があるとは言え、こっちはAGW持ちだから制圧も難しくないか」
 共鳴後の紗希はカイが前面に出て、容赦のない性格になる。
 射撃に敵が怯んで隠れたままなので、同じく16式の射撃で土嚢ごと切り崩す構えだ。
「どうにも戦争を思い出してしまいます……。いえ、これはすでに戦争ですね」
 共鳴したアリッサが京子に話しかける。
「うん。早く終わらせることがなにより彼らのためだと思う」
 戸惑いを含む言葉とは裏腹に、フリーガーファウストG3を操る手つきは冷静そのもの。
 仰角をつけ敵陣地内を狙ってみるが、うまく狭い陣地内に着弾させるのは難しく、土嚢を狙って削る作戦に切り替える。
 明斗はアーバレストでやや退いた位置から味方の援護を試みる。
 敵陣の土嚢の上にジュラルミン製の盾が顔を出したのを見て、すかさず嘉久也が狙いをつける。
 16式の一撃で破壊されるかに見えたそれは、対愚神火器の砲撃を跳ね返した。
「こっちの攻撃が通ってないぞ? どういうことだ?」
 紗希は我が目を疑う。
 盾の覗き窓に人の目が見え、同時に短銃の銃口がこちらを向いているのが分かった。
「まさか、AGW!?」
 銃口から、ライヴスの銃弾が炸裂する。
 反射的に、紗希は土嚢の影に伏せた。

「畜生! なんで自衛隊がAGWなんか持ってんだよ!」
 通話状態にした通信機の向こうから、紗希ががなりたてる。
「怪しいな。制圧後は自衛隊内部も調査が必要だ」
 やはり通信機越しに嘉久也が言う。
 射撃で敵を防戦態勢にしている間に一真達は、奇襲のため敵陣を回り込むように移動中だ。
「御屋形様、つぶらつぶら……ですよ」
 三人は栞の掲げる竹束の盾に隠れつつ、なるべく敵に視認されにくい自衛隊の布陣の後方ルートを取って移動していた。自衛隊側は、退路を断つ形で要所のみに軍備を配置している。
 竹束の盾は、戦闘開始前に英雄のみほがノリノリで作成した力作だ。竹筒のひとつひとつに土が詰めてあり、しっかりと縄で繋ぎ合わせてある。
 当初は逆に目立つのではとも思ったが、紗希達が射撃で注意を惹き付けてくれているせいか、レトロ感溢れる竹束の盾は武器として認識されていないようだ。
「敵がAGWを所持しているとしたら、突入は危険な任務になるな……」
 一真は後輩兼家臣を前にして、表情を曇らせる。
「大丈夫です。鷹の目を飛ばしていますが、陣地の中はそれほど動きやすくない様子。隙さえ突ければ勝機はあります」
 栞は忍びらしい作戦に、やる気満々である。
 持参した防弾マントを一真と弥生に着せ、準備も万端といったところだ。
「御屋形様は、私がお守り致します故!!」
 自称家臣の弥生は、がばぁっと一真を庇う仕草をする。
 この後輩達を守るのが自分の役目だと、一真は決意を新たにした。

●陣形、咒剣
「でかいのを一発、ぶち込むとしよう。そちらの準備はどうだ」
 味方の援護の後方で、LpC PSRM-01へのチャージを完了したイレヴンズが通信機に話しかける。
「良好だ。その前に鷹の目で見ている藤林さんから報告して貰う」
 一真がそう言うと、栞が話し始めた。
「上空から見ておりましたが、壕内はあまり気持ちのよい空間とは言えませんね……。血染めの迷彩服を着た人間が動き回っているといった感じです。扮装と思えばよいのかもしれませんが」
「飯塚と穂篠……首謀者二人は、どうしているのかしら」
 京子が質問する。この二名についてはできれば生け捕りにしたいので、居場所は有益な情報だ。
「一箇所に留まらず、常に移動しています。問題の二名は、一目で分かります。……体に銃痕と出血がありませんので」
「なるほど、撃たれているのが被害者、撃たれていないのが首謀者。そして今は、まとめて敵ということですね」
 明斗も自分の通信機を使って会話に参加する。
「AGWと思しき短銃は、梱包して土嚢の中に埋設されていたようで、次々と掘り出されています。それから、ナイフ状の装備も掘り出していました……皆さん、突入時は充分に御覚悟を」
 そのとき突然一発の銃声が響き、滑空中の鷹が撃ち抜かれた。
「や、やられたっ?!」
 鷹と視界をシンクロさせていた栞が、驚いて声を上げる。ライヴスの鷹は、ダメージにより儚くも崩れ去っってゆく。
「一撃か」
「飛ぶ鳥を落とす腕……誰だ」
 紗希と嘉久也が続けざまに問う。
「一瞬しか見えませんでしたが、おそらく飯塚と思われます」
 動揺を抑えつつ、栞は答える。
 自衛官であっても射撃の腕にはばらつきがあるが、飯塚はその中でもかなり上位の部類と思われる。
「藤林殿の鷹の仇は……必ず私が!」
 弥生も鼻息を荒くする。
「落ち着いて。敵は何を企んでいるか分からない。充分に注意しないと」
 隣にいる後輩の頭を、一真はぽんぽんと撫でてやった。


『LpCチャージ……3,2,1……』
 ルミナが表に出た機械的な声で、タイミングを計るカウントが告げられる。
『100%,Fire』
 通信機で共有した合図と共に、ライヴスプラズマカノンが光芒と共に巨大なエネルギーを射出した。
 狙いは敵陣の中央。敵の混乱と分断が目的だ。
 着弾の土煙の中、一真は駆け出した。
 スキルによる幻影の蝶が現出し、群舞する。
 キラキラとライヴスの鱗粉を撒き散らしながら、細い通路のような壕の中に吸い込まれるように消えていく。幻想的で美しい、毒の蝶だ。
「陣形、咒剣だ。行くぞ!」
 その意味するところは術で援護、近接部隊がその隙を突く。
 独特の言い回しだが自称家臣の二人は了解済みのようで、ぱっと二手に散る。
 弥生は壕の端から人に似せた藁人形をなるべく目立つように投げ込み陽動する。もちろんみほ特製の藁人形だ。
 人形に向けて発砲音がいくつか聞こえたのと同時に、栞は砲撃で穴の開いた箇所から突入する。武器は狭い場所に合わせてクナイに持ち替え、出会い頭の血まみれの男の腕を拳銃ごと切り落とす。
 ジェミニストライクでもう一人に狙いをつけようとした瞬間、前の男が凄い勢いでぶつかってきた。
 体勢を崩す中でその後ろに立つ男の構えた銃が見え、前の男は体当たりしたのではなく後ろから蹴り飛ばされたのだということ、そして銃口は躊躇いもなく味方の体ごと撃とうとしていることを瞬時に理解し、栞は血が凍った。
「藤林殿、助太刀しますっ!」
 陽動のあと、栞に続いて突撃してきた弥生が、銃を持つ血塗れの男に向かって勢いのままに白銀の刀を振り下ろす。
 腕が切り落とされてあやういところで弾道は栞を逸れ、あらぬ場所を狙撃した。
「危ない、噛まれるぞ!」
 栞に倒れ掛かって来た男も、腕を切り落とされてなお戦意を失っていなかった。
 噛み付こうと口を開いたところを、一真のレインメイカーが殴り飛ばす。
 栞から離れたところを狙って、男の頭を明斗の放ったライヴスの矢が貫いた。
「ようやく、射線上に出てきたな」
 弥生に腕を切り落とされた男も、壕の切れ間から体を覗かせたところをイレヴンズのライトブラスターに狙われる。レーザー銃は正確に男の首を狙い、焼き切ることに成功した。

「貴方たちも被害者だろうけど!」
 土煙に紛れ、一気に距離を詰めた京子がジャンプし一気に栞と逆の土嚢の上へと現われる。
「こっちにも、手加減できる余裕はないの」
 持っていたフリーガーファウストG3で、素早く三連射を行う。
 彼女の眼下にいた3体は、構えていた小銃を撃つ余裕もなくロケット砲の威力に灼かれて身悶えた。
 すぐに目立つ位置から退避しようとするが、離れた場所から飛来した弾丸が京子の肩を抉る。
「くっ!」
 痛みに呻く京子を、追いついてきた紗希が庇うように立った。
「派手にやってるな! 中の様子は見えたか?」
「分断されたこっち側に3人見えたから、あっち側に8人ってことよね? ロケット砲で吹き飛ばされた敵がいれば減るけど」
 目をやると栞が、男の首を暗夜黒刀で撫で斬りにしているところだった。
「こいつら、なかなか……死にません、ねっ!」
「もう死んでるんだろ」
 こともなげに、紗希が言う。
「死んでるのに動いてるから、攻撃しても怯まないし、死なない。……下手なエージェントよりも厄介だ」
 そのとき、土嚢の上にふいに銃口だけが姿を現す。
「危ないっ!」
 禁軍装甲を装着した弥生が横飛びに弾丸を弾いて、怒ったように叫ぶ。
「まだ、敵は残っているのですよ?! 油断禁物ですっ!」

●それでも不殺
「壕内に侵入してしまうと、通路が狭いので列対列、つまり最前線では一対一になってしまいます。古代の渓谷戦のようですね」
 栞は壕内侵入をそう分析した。
 エージェント達は体勢を立て直すため、制圧済みの土嚢の影に身を隠した。
 ちょうどY字にに枝分かれのある、窪みの部分である。
 その間に敵は土嚢を積み直し、開いた部分を閉じてしまったようだ。
「もうかなり範囲が絞れたから、もう一回LpC砲ぶっ放したら制圧できねえかな……」
 紗希は眉を顰めて呟く。
「黒コゲのゾンビが正確な射撃で攻撃してくるかもしれないぞ」
 一真が茶々を入れると、紗希はあからさまに嫌そうな顔をする。
 さきほど京子のG3で黒コゲになったゾンビ達も、まだ立ち上がろうとしていた。
 紗希の神斬で順に両断してようやく、動かなくなったのだ。
「少なくとも飯塚と穂篠の両名は首と胴体が繋がった状態で確保したい。殺せばまた死なないゾンビ体として復活してくるという話だしな。それは面倒だ」
 嘉久也の意見に、他のメンバーも同意した。
「射線が通る位置だと、どのみちあっちからも狙われるでしょ。多少の被弾は覚悟して、一気に攻撃しましょう」
 そう言う京子の肩は、既に明斗のケアレイによって処置がされている。
「回復はサポートしますよ。あっ、致命傷は避けてくださいね?」
 明斗は今回の敵が難しい相手であると聞いて、回復スキルに重点を置いて来たのだった。

「我が身を蝕みて鍛えよ、刃呪の舞――牡丹灯篭」
 一真は自身の霊力を呪符に吸わせ、鋭い刃に変える。
 イレヴンズは『守るべき誓い』を発動させ、あえて自身に攻撃を惹きつける覚悟だ。
 紗希はギガントアームズに換装し、近接戦に備える。
 栞と弥生は竹束の盾を押し立て、『潜伏』も使用してそろりそろり、と最後の敵陣に近づく。
 踊るように舞う一真の呪符は、重たげな土嚢を越えて敵陣の中に消える――それが、合図。
 栞が陽動として、予備の上着を投げ上げる。
 それと逆方向からイレヴンズは一気に土嚢の上に駆け上がると、大きく叫んだ。
「敵は6人! 飯塚と穂篠は、中央にいる!」
 同時にライトブラスターで狙いをつける。目標は、飯塚の利き手。
 別方向からは紗希が土嚢を越え、穂篠狙いで装甲の拳を放つ。
 牡丹灯篭の呪符は狭い壕内で縦横無尽に飛び交い、敵を切り裂く。
 飯塚も同時に狙いを定めていた。しかし眉間をわずかに外し、銃弾はイレヴンズの右肩を撃ち抜く。
 ライトブラスターは飯塚の小銃を弾き飛ばし、残った右手からは鮮血が噴き出した。
「参ります!」
 栞と弥生はイレヴンズの情報であたりをつけた位置から竹束の盾を持って侵入し、盾でもって飯塚と穂篠を纏めて壁側に押し付ける。
 明斗のアーバレスト、京子の小龍、イレヴンズのライトブラスターの援護を受けつつ、嘉久也の巨斧と紗希のギガントアームズが残りの敵を両断し、引き裂いてゆく。
 既に死んだ敵の殲滅に、もう長くはかからなかった。
 2名の武装をすべて解除し、手足を拘束してから問いただす。
「教えろ、何故こんなことをした!」
 答えは、なかった。
 振り向かせると飯塚の目は、飛行する鷹を一撃で落としたとは思えないほど、混濁していた。
 穂篠も同様で、以降はなんの答えも、抵抗すらもなかった。

●どこから来たのか、そしてどこへ行くのか
 戦闘が終わると、駐屯地本部から医務官がやって来た。
 診察箱を抱え、捕獲した2名の感染者を調べる。
 倒した死体たちの亡骸は、防護服を着たスタッフが収容していった。

 医務官の診察の間に、エージェント側も明斗のケアレイとケアシャワーでメンバーの回復を図る。
 特に怪我の酷かったイレヴンズは手持ちの回復アイテムも合わせて使い、捕獲役で怪我を負った栞と弥生には一真が霊符と賢者の欠片を使ってやっている。
「お……御屋形様、そのようなこと、勿体ないです……」
「私はばいたるばーも持っております故、賢者の欠片は藤林殿に!」
 ふたりともわいわい言いつつ、それなりに嬉しそうである。
「女の子だから、傷が残んないといいな」
 一真は割と真面目に後輩の心配をしたつもりなのだが、共鳴を解いた月夜には、またたしなめられてしまった。

「感染症が相当進んでいるようですね。意識の混濁が見られます。ええ、演技ではありません」
 飯塚の診察を終えた医務官は、そう診断した。
 もちろん、つけている防護服はしっかりと顔まで覆っている。
「新型感染症の症状として、皮膚色の変化が見られるものなのですが……この二名は、化粧用顔料を使って皮膚色をカバーしていたようですね」
 診療箱のアルコールを含ませた脱脂綿で、飯塚の肌を拭きながら医務官は言った。
 脱脂綿が肌色に染まるのと同時に、その下から青白く変色した皮膚が現われる。
「感染経路の調査はこれからですが、症状の進行状況から考えると、飯塚二尉から穂篠曹長に感染した、と考えるのが自然でしょう」
「AGWは? 彼らはAGWを所持していた。あれは自衛隊の所持品ですか」
 共鳴を解いた嘉久也は従魔化した自衛隊員がAGWまで使っていたことに不信感を抱いていた。あれは自衛隊が隠し持っていたものか。2人は能力者で、何らかの組織に所属していたのか。
「自衛隊はAGWを所持しておりません。わざわざ外部組織であるH.O.P.E.に支援を要請したことからも、それはお分かりいただけるはず」
 嘉久也の疑問に応対したのは、最初にエージェントを迎えた自衛官だった。
 迷彩服を着ていて階級は不明だが、それなりに経験のありそうな風格だ。
「我々も危険を冒してまで要請に応えた以上、知る権利がある。調べさせて貰いますよ」
「隊としても、協力は惜しみません。調査中ではありますが」
 彼は少しも動じていなかった。
 疚しいところがないのか、鉄面皮なのかは判断がつかない。
「自衛隊の所持していない武器が発見されたことについて調査するため、既に当駐屯地に所属する自衛官をすべて招集しましたが、連絡の取れないものがおります。自衛官としては極めて異例なことです。彼らは……資材の搬入を担当していました」
 彼はAGWにつては、外部から持ち込まれた可能性がある、と考えているようだった。
「申し訳ありませんが、感染症防止のため、武器を含め、彼らの体液に触れた可能性のあるものはすべてこちらで消毒させていただきます」
 医務官が言うには、感染症対応のために導入された熱風消毒装置がここにもあるのだそうだ。

 熱風消毒を終え本部建物に入ると、来たときに比べ異様にざわついている事に気づいた。
 自衛官の行っていた内部調査のためかとも思ったが、それにしては頻繁に外部と連絡を取っている様子がある。
「まだいらしたのですね、よかった」
 先ほどの自衛官が、エージェント達を見かけて、駆け寄ってきた。
「おそらく、再びH.O.P.E.に調査を依頼することになりそうです。……徳島第二駐屯地から本件の援護のために飛び立った輸送機が、連絡を絶ちました。自衛官数名と、武器を搭載しています」
 彼は続けて言った。
「本件と同じく、輸送機の移送に関わったうち数名の自衛官には不審な行動が見られたという証言があり、ロッカーを調べたところ、着替えには飯塚、穂篠両名と同様に……皮膚色をカバーするための化粧顔料が残っていました」


 その後H.O.P.E.にも正式に依頼があり、消えた輸送機の捜索が行われたが、その行方は杳として知れないままだった。
 事件の感染経路に関しては、飯塚の妻が失踪していたことが分かって家宅捜索が入り、官舎に住んでいた妻を介して感染したのではないか……と疑われている。


●夕焼けを背にして
 自衛官の従魔か事件が起こった日の夕刻。
 朱天王は和服をゆるく纏い、日本家屋の庭に佇んで、山あいに迷彩柄の輸送機が下りてゆくのを見ていた。
 空は紅く染まって、明日の天候も良好であることを告げている。
「飯塚たちは拾い損ねたか……。ふん、また邪魔が入ったな」
 縁側には尻尾を振りながらしきりに御主人様を呼ぶ白い小型犬がいる。
「疾風丸、おまえも今回はよく働いたな。良い子だ」
 朱天王の手で撫でられると、疾風丸と呼ばれたトイプードル犬は、また千切れんばかりに尻尾を振る。
 御主人様に褒められるのが、嬉しくて仕方がないらしい。
 愛犬を撫でながら、朱天王は縁側の奥の座敷に声を掛ける。
「栞莉、お前の夫もいずれ取り返す。しばし待て」
 そこには、飯塚栞莉がうつろな目をして座っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • アステレオンレスキュー
    H.C/11-11アインズaa4111
    機械|25才|男性|攻撃
  • エージェント
    U.B/77-001ルミナ aa4111hero001
    英雄|14才|女性|ブレ
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤林みほaa4548hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
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