本部

【絶零】連動シナリオ

【絶零】雪の檻、氷の蝶を食む鹿

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/04 19:11

掲示板

オープニング

●愚神バーバチカ
「────おかしい」
 気付いたのはだいぶ奥地に足を踏み入れてからだった。仲間の声に、先行するミハイルが足を止めた。
「レーナ、おかしなことを言ってもいい?」
 神妙な顔をしたタチアナに、エレーナは浮かない顔で頷いた。
「あたし、寒くて死にそう────」
 そこは雪の降るシベリアの奥地だったが、共鳴したリンカーである彼らは気温の影響を受けることは無いはずだった。
「私もよ。つまり…………これは、単なる気象調査じゃなくなったってことよ」
 寒さで紫色に変わった唇を震わせる友人を背に庇いながら、エレーナは森の中を睨んだ。

 そこには、一頭の黒い鹿が立っていた。

 滑らかな毛並みはまるで手間をかけた手入を受けているように艶やかで、雪が降る薄暗い世界でも僅かな光を弾いて輝いていた。長い睫毛の下の青い瞳は賢者のように穏やかで静かだ。
「────ちっ、”ユキワタリ”の亜種か」
 ミハイルが舌打ちした。
 ”ユキワタリ”はH.O.P.E.が確認しているケントゥリオ級の愚神である。雪に紛れて現れる鹿によく似た愚神であり、幻を操り、降雪や吹雪のドロップゾーンを展開する。
 しかし、普段は吹雪に隠れて活動するこの愚神が姿を現したということは────。
 黒いユキワタリが吠えた。
 女の細い悲鳴のような声と共に、先を行く仲間が倒れた。
「ミハイル!」
 雪に倒れたミハイルの身体から、たんぽぽの綿毛のようにぶわりと小さな青い蝶が舞い上がり、鷹揚に近づいて来た魔物がそれを食む。
「ターニャ!」
 エレーナが友人リンカーに体当たりをすると、タチアナの身体が崖の先へと吹き飛ぶ。
 空中に放り出されたタチアナの目の前で雪に倒れたエレーナと自分を白い何かが遮った。
 固まった雪の枝だった。それは、蔦籠のようにまるく絡まり、やがてそれは鶴首の花瓶ように細く天へと伸びた。
「レーナ……、ミハイル……」
 共鳴したエージェントは高所から落ちても死ぬことはない。ドロップゾーンの中でさえも行動できる。
 崖の下に放り出されたタチアナは、しかし、己の身体が凍り付き自由が効かないことに気付いた。

 ────ああ、自分は────自分たちは。

 寒いと感じたその時から、彼らは既にあの特殊なユキワタリのドロップゾーンへと侵入していたのだ。
 タチアナの凍える身体はだいぶライヴスを失っている。
 うまく動かない指でタチアナはスマートフォンを稼働させた……。
「…………バーバチカ────」
 呂律が回らない状態でたどたどしく状況を伝えたタチアナは、最後にそう呟くと意識を失った。



●愚神とふたりのエージェント
 真剣な面持ちでで経緯を語ったオペレーターはエージェントたちを見渡した。
「ユキワタリはすでに何体も確認されているグライヴァー(愚神)ですが、今回のような個体は初めてです。
 恐らく、特異な個体だと思われます。
 もしかしたら────、これは想像ですが、より上位の愚神より力を与えられている可能性も……」
 そこまで話しかけて、オペレーターは微かに首を振る。
「いいえ、それは私が話すことではありませんね。とにかく、わかっていることのみお伝えします。
 これが一般的な愚神ユキワタリのデータです」


《データ》
愚神ユキワタリ
全長:約2.0m
知能:獣
戦域:陸(雪原)
解説:
雪に紛れて現れるケントゥリオ級愚神。複数確認されている。
一般的にふわふわの毛に身を包んだ白い雄鹿に似た姿をしており、瞳が赤く輝き、辺りを冷気で包む。
ドロップゾーン内部に降雪や吹雪を展開する力を持っていて、それによって周囲の視界を奪い、対象の体力を奪う。
吹雪に隠れて活動しつつ、吹きすさぶ雪の中に幻影を映し出し、対象が油断したり惑わされたりしたところを狙って氷柱を放って攻撃する。接近時は鋭い角で攻撃することもある。
幻覚を映し出す時に瞳が赤く輝き、角の先にほのかな明かりが灯るため、吹雪の中でもそれを目印にすることはできるが、幻覚に掛かると判断がつかなくなってしまう。
幻覚は「見える」ものであるため、幻覚を見ている者が何を見ているのかは周囲からはにわかには判別がつかない。


「そして、今回の個体はH.O.P.E.より、”愚神ユキワタリ『バーバチカ』”と命名されました」

愚神ユキワタリ『バーバチカ』
 特殊なユキワタリ。毛皮は黒く瞳は青い。
 ドロップゾーンの存在をリンカーから隠す能力がある。
 ドロップゾーン内で対象から青い蝶の形をしたライヴスを引き出して食べるような動作をする。その結果、通常のユキワタリより早いスピードでライヴスを食らうことができるようだ。
 雪の檻を作り出し、足止めをする。

「唯一救出できたエージェントは消耗が激しく、恐らく気付かないうちにライヴスを吸収されていたのだと思われます」
 大量のライヴスを吸収されていたタチアナとその英雄の意識はまだ戻っていない。
「現在はバーバチカが居るドロップゾーンの範囲は正確に割り出されており、警戒すれば知らないうちにライヴスを食われることはないでしょう」
 だが、ドロップゾーンの中には二名のエージェントが囚われている。
 タチアナの衰弱を見れば、急がなくてはならないのは明白だ。
「気を付けて────でも、一刻も早く……」

 ────雪の檻の囚われたエージェントを救出し、愚神を討て。

解説

●ステージ:薄暗い雪降るシベリア奥地のドロップゾーン(以下、DZ) ※DZ突入後がメインです
森の中に展開するDZ:この中ではバーバチカにライヴスを食われます(※)
雪の檻:中心にある範囲3、強度Cの雪の檻。通常攻撃一回で破ることが出来る。中にエージェント二名が倒れている
時間帯:14時頃


●愚神ユキワタリ「バーバチカ」(亜種)
ステータス:物攻D 物防C 魔攻C 魔防C 命中D 回避C 移動C 抵抗C INT D 生命D
特殊能力:《幻惑の瞳》(状態異常を起こす)《誘いの瞳》(気絶させる)《氷柱》(魔攻/射程20/命中+50)
DZ内部に吹雪を展開、飛びぬけた跳躍力があり空の敵を撃ち落とすこともあるらしい。
特殊能力《瞳》は状態異常を射程20程度、相手の瞳を見る、見ないは関係ない。
・ユキワタリ個体バーバチカについて
最初の1ターンは姿を現さず、奇襲を狙う。
奇襲を受けた場合、[BS:衝撃][BS:狼狽]の二つが判定直前に付与される。
幻影の能力の強化、DZ内部の吹雪に関する特殊能力の強化(異常寒波)
→幻影によりDZに気付きづらくなっていた。また、異常寒波によりDZ内部は-60度以下(南極点並)になり、
また、ライヴスを伴ったその寒気はエージェントにも影響を及ぼす。

●H.O.P.E.より貸出
AALブーツ(汎用ALブーツ):Lブーツの水陸両用版で雪原でのホバー風走行が可能
各種防寒具

●囚われたエージェント×2名
リンカーは寒さの影響を受けづらい為、軽装で行動していた。
ライヴスを食われて陽の落ちる頃には生命の危険があると思われる。

吹雪で視界は少し悪いですが、AALブーツにより行動にマイナスが入るほどではありません。

リプレイ

●極寒の行軍
 降雪は激しかった。
 けれども、奥へと足を踏み入れるまでは風は静かで雪は音もなく降り注いでおり、視界はまるで白い靄がかかったかのようだった。乾いた深い雪に身体をうずめて歩くとそれは軽く塵のように舞い上がった。
 ────……実は寒いところは苦手だけど……そんなことは言ってられないよね。
 寒さに身を震わせながら伏野 杏(aa1659)は首に着けたスヌードを口元まで引き上げた。
 そんな相棒を心配そうに羽土(aa1659hero001)が見守る。
 ────杏も、愚神との戦闘になれてきて積極的になってきたのかな?
 しかし、今回の相手はケントゥリオ級、ふたりとも初めて戦うクラスの愚神である。
 ────危険な戦いとなるだろうね……、無茶をしなければいいが。
 寒さに身を縮めた杏は羽土の心配そうな眼差しに気付かない。
「いくら共鳴するっつっても油断して軽装で雪山登るっつうのはいただけねぇ。放っとけ、んな奴」
「失敗は誰にでもある。いざという時の助け合いというのは必要なものだ、ガンロック」
 つい厳しい意見を口にするガンロック=ニルスター(aa2799hero001)をたしなめるようにそう言いながら、牧島 凉(aa2799)は曇った空を見上げた。
 獅子ヶ谷 七海(aa1568)は厚くコートを着こんだ姿で、英雄の五々六(aa1568hero001)の真後ろで困ったように立ち止まった。
「……確かに、おかしいな」
 今まで感じたことの無いような『寒さ』に五々六が眉を顰めた。背の高い五々六は、後ろに立つ七海に対してなんとなく雪除け状態になっていたが、それには気付かなかった。気にしてなかった、というべきか。
「寒っ!? こんなんマジ長時間いられねぇよな……! 早く助けてやんねぇと……!」
「……ん……注意、しながら、急ごう……?」
 コートを掻き寄せる古賀 佐助(aa2087)に英雄のリア=サイレンス(aa2087hero001)が答えたが、その姿は視界には無い。
「────共鳴、するか」
 雪に半ば埋まった小柄な相棒、それから周囲を見渡して佐助は困ったように言った。
 リアの触覚のようなくせ毛が強張っているのは寒さのせいか、いつものように彼女の心情を表しているのか、もしくはその両方なのか。
 たまたまなのか、今回のエージェントはパートナーが小柄な者が多く、AALブーツがあるとは言え、目的地に着く前にさっさと共鳴した方が良さそうだった。
「助けられる命を救いに行くとするかの」
 そう言ったカグヤ・アトラクア(aa0535)の相棒も百三十六センチの身長をもふもふとした防寒具に埋もれるように包んでいた。
「……寒い……早くおうち帰ろうよ……」
 クー・ナンナ(aa0535hero001)の身体を厳重に包んだ温かな防寒具は布団のような温かさを────与えるはずだったが、そうはいかなかった。やはり、妙な寒気を感じる。
「こっちだ」
 そこへ先行して様子を見ていたヘルガ・ヌルミネン(aa4728)が雪を蹴立てて颯爽と戻って来た。
 スキーが得意な彼女と彼女の英雄スカジ(aa4728hero001)はH.O.P.E.から貸し出されたAALブーツの扱いもすぐに慣れた。
 ウィンターウェアと防寒具をしっかり着込んだフィンランド人の彼女はこの雪の行軍の中ではとても心強かった。
「さすが、アンドルディースじゃ。ところで、それはなんじゃ?」
 ヘルガが抱えた植物を不思議に思ったカグヤが尋ねると、彼女はそれを布袋に詰めながら燃料になる高山植物だと答えた。
 愚神を倒しても、この妙な寒さに囚われたエージェントたちは凍えているだろう。
「成程。救出後、すぐに共に凱旋できれば最高なんじゃがな……」
 一瞬、獣の咆哮が聞こえた気がして、一同は揃って進行方向に目を向ける。
 もしかしたら、岩や木々に遮られた風の金切り声だったのかもしれない。
 だが、彼らは無言でAALブーツで雪の上に立つと、先を急いだ。



●バーバチカの檻
『森の空気が変わったな』
 共鳴したスカジの言葉に、ヘルガは後ろを振り返った。その視線の意味を察した他のエージェントたちが無言で頷く。
 事前に情報を得ていたせいか、能力者と共鳴した英雄たちはそれぞれ冷気に紛れたライヴスによる強い影響を感じているようだった。
「あれでしょうか」
 杏が白い雪のせいで紗のかかったようになった視界の先を指した。口元を覆ったスヌードのせいで声がこもる。
 それは木々の向こうにあった。
 ────白い絡み合った茨のようだった。まるで大きな鳥籠のようだった。蔦籠のような、鶴首の花瓶のようだった────それがバーバチカの雪の檻であった。
「あそこが『バーバチカ』の檻────ユキワタリの亜種? そんなのいるんだ……」
『トツゼンヘンイというやつか?』
「うーん、愚神にもそういうのあるのかな?」
 ナイン(aa1592hero001)の疑問に首を傾げる楠葉 悠登(aa1592)は注意深く周囲を見渡す。
「ともかく、この寒さにライヴス吸収……取り残された二人が心配だよ。急がないと」
 話に聞くよりもずっと、異常な寒さが身に染みる。
 一方、ヘルガも慎重に辺りの様子を調べていた。
 ────トナカイやヘラジカの習性や攻撃兆候は読み慣れているけど、中身が愚神なら役に立たない。むしろ鹿のイメージにひっぱられてやられるかもしれない。
 気を付けなくては、そう気を引き締めると、いつもと同じように乾いた雪の中で安全そうなルートを示す。
 愚神も危険ではあるが、AALブーツを装備していたとしても、雪の行軍も危険なことには変わりないのだ。
 凍り付きそうなほどの異様な冷気の中では言葉を紡ぐことすら辛さに変わる。
「なに、敵の狩場でこちらが踏み込んだわけじゃから、襲われるのは確定じゃ。最初から被害は覚悟すればいいだけじゃ」
 カグヤの言葉にエージェントたちは無言で頷き合ったのは、寒さのせいだけではなかったのかもしれない。
 一行はAALブーツを操って檻を中心に四組に分かれた。


『あんなところにポツンと『助けてあげて下さい』と言わんばかりだな。野生動物だってもう少し獲物は隠すぜ』
 ガンロックの言葉に凉は問い返す。
『……罠があると?』
『十中八九な。罠か奇襲かは分からんが、何かしらの仕掛けはあると思うぜ』
 先刻まで静かだった雪の森は凍えるような風を交えて、ヒュウヒュウと耳障りな音を立てる。それは防寒具越しでも身体を痛めつける極寒の寒さ以上に彼らの神経を逆撫でた。
 凉は意識を集中すると、《リンクコントロール》を重ねて使い英雄との共鳴を最大に高めた。
「────”囮”、行くぞ」
 凉の通信に仲間たちからも短い返答が返った。


 バーバチカに気配を察知されないよう一部のエージェントたちは檻の近くの木々の陰に身を隠した。
 悠登はじっと檻を見つめる。
 ────バーバチカがわざわざあんな目立つ檻を作った理由は何か。
 悠登たちは檻に一番近い存在をバーバチカが襲うのではないかと考えていた。
 もちろん、それはまったくの予想であり、依然、自分がちが奇襲を受ける可能性も考えて警戒は忘れない。
「できれば、挟撃ができればいいんだよな」
 チャンスを狙う悠登。
 共鳴前の布野 橘(aa0064)は、雪で白く凍った樹木の影で声のトーンを押さえてひそひそと魔纏狼(aa0064hero001)に声をかける。
「なぁ、魔纏狼……」
「黙れ。気配を殺すんだろう」
「つっても、寒いしさ。あ、くしゃみ出る……。へ、へ……っ」
 反射的に目を細めて盛大に息を吸い込んだ橘。魔纏狼は瞬時に彼の後頭部を片手で掴むと、ボスッ! とそまま深い雪の中に突っ込んだ。
 同時に通信機が震える。
「……合図だ。行くぞ、橘、体を貸せ」
 共鳴と同時に、ライヴスが蝶に似た光になって舞う。
『う、うっしぇー! あぁ、はなにゆぎがづまっだ……』
 幸い、橘の声は共鳴した精神世界から外に漏れなかった。
 一方、そのふたりからさらに離れた場所に一人佇むエージェントの姿があった。
「視界、なんとかなるよね」
 雪の光で白銀に輝く髪をなびかせたオッドアイの美女────共鳴したリアが16式60mm携行型速射砲を構える。その先では檻を破るべく白い柱へ攻撃を始める凉の姿。
 じり…………、銃口が凉の頭上を狙って止まる。
 ────待ち伏せは狩猟の基本、ってね。どっちが狩る側か、教えてあげるとしようか。
 鶴首のような雪の檻の柱の影から黒い影が滑り出る。
「獲物を狩る瞬間の最も油断する隙……逃しはしないよ!」
 射出された弾丸が雪の紗の中にふっと消える。


 15式自動歩槍を手にした凉の攻撃に雪の柱は存外簡単に折れた。
 彼は即座に次の一撃を狙おうとした────。
「────…………ッ!!」
 頭上からけたたましく鋭い悲鳴。
 同時にどうと荒々しく蠢く巨大な生物の身体が転がり落ちて来た。
 咄嗟に頭を庇った凉の腕越しに黒々とした巨大な目を剥き歯をむき出し泡を噴く、興奮した鹿の顔が迫る。
「────くっ!」
『釣れたようだな!』
「来ると分かってさえいれば、耐えられる……!」
 歯茎を剥きだしガチガチと歯を鳴らせ噛みつこうとするバーバチカ。その獣臭い口臭と荒い息。
 だが、幸いにもリアの《テレポートショット》によって奇襲攻撃を受け足を滑らせたバーバチカは、その力を充分に出すことが出来なかった。
 すでに盾に持ち替えていた凉は、バーバチカへ《守るべき誓い》を発動する。
 これで、この獲物を待ち構えていた小賢しい獣は────グライヴァーは凉を無視することは難しい。
 ────奇襲は防御、敵の衝撃はこの『頑健な肉体』で緩和だ。
 対魔特殊装甲を持つ凉の盾は物理、そしてこの愚神の持つ魔力を介した攻撃からも彼を護るはずだ。
 そして。
 百三十センチにも満たない小さな影が、白い雪の中をゴム毬のように飛び出して来た。ヴァルキュリアが雪の仄かな光を弾いてバーバチカの胴体を薙ぐ。
「クリスマスにゃまだ早ぇ気もするがな。真っ赤なお花を咲かせてやるぜ、あの世でみんなの笑いモンだ!」
『五々六……あれ、トナカイじゃない』
 七海の短いツッコミ。
 共鳴した五々六、ドレッドノートの強烈な一撃を受けて、ケントゥリオ級愚神ユキワタリ『バーバチカ』は怒声と悲鳴を上げた。


『此方は作戦通り、足止め成功だよ。今の内に救出よろしくね』
 佐助からの通信に三人は頷き合う。
「────行くぞ、”救護班”」
 バーバチカとエージェント達の戦場を避けて潜伏していたカグヤ、杏、ヘルガが檻の柱へと攻撃を加える。思ったより容易く柱は壊れ、三人が侵入するほどの隙間はすぐにできた。
「獣の知能であれば、中央辺りに捕らえてこちらへの餌にしてるじゃろうから、さくっと行くかの」
「あれだ」
 ヘルガが示した場所には薄着のアーマーに厚手のマントを羽織った女性と金属製の鎧を着こんだ男性が倒れ込んでいる。
「────ビキニアーマーは……仕方ないですよね」
 駆け寄って状況を確認した杏が、赤い光を放つ瞳を細めて困ったような表情を浮かべる。
 見てるだけで震えてしまいそうなその装備はAクラスの品で普段なら雪山でも問題は無いが、この特殊なドロップゾーンとは相性が悪すぎた。
 とにかく、状況を理解した彼女はふたりを囲むように素早く《リンクバリア》を張る。杏によって張られた結界はドロップゾーンの影響を緩和する。
「無事かの? …………生きて帰ればそなた達の勝ちじゃ。これから逃げるぞ」
 状態を確認したカグヤが救護班の仲間に視線を向ける。
 リンクバリアのお陰か、多少表情が和らいだミハイルとエレーナだったが、意識が戻ることは無かった。
 ヘルガもてきぱきと慣れた手つきで凍傷の確認と処置を始める。用意したサバイバルブランケットなどを使ってその場で出来る限り身体を温めた後、水筒を取り出す。やや少なめに入れた水は凍らず、ふたりの喉を湿らすことに成功した。ほうと小さく冷たい吐息が吐き出される。


 凉たちに背を向け、一旦、森へと撤退しようとしたバーバチカだったが、進路を阻む形で槍を構えた雪色の髪の青年がふっと現われた。吹雪を縫うようにフラメアが素早く動く。悠登は、距離を保ちながらもこの雄鹿によく似た愚神を雪へと突き倒すような一撃を放つ。
 低く喉を鳴らすような唸り声を上げるバーバチカ。
「鹿風情が……。狼の狩りを、教えてやる!」
 雪を蹴立てて今度は黒狼の仮面を被った黒い影が更に追撃を仕掛ける。共鳴した魔纏狼だ。《一気呵成》、無骨な大剣コンユンクシオの腹でバーバチカの腹を撲りつける。
 それを共鳴した橘が不満を表す。
『……戦う気あんのかよ』
「簡単に倒れてもらってはつまらん。余計な口を挟むな」
 体勢を立て直したバーバチカが攻撃する前にと、凉がリンクバリアを張る。
 同時にバーバチカが足を突っ張らせ、荒い息を吐きながら血走しった黒い瞳で睨みつけるようにエージェント達を見る。
 血走った目、黒い瞳が赤く染まる────。
「────!」
「何だ、これは……! い、いかん!」
『おーおー、なかなか愉快な状態だな』
 慌てた凉に対し、事前に知らされたユキワタリの能力から覚悟をしていたガンロックは状況を冷静に観察する。
 吹雪にバーバチカの黒いちらちらと毛皮が映る。
「《幻惑の瞳》か、関係ねぇ!」
 仄かに光の灯った角に気付いた五々六は、バーバチカが移動する前に光へとネビロスの操糸を打ち込んだ。
 ────…………! ……!
 ネビロスの操糸に結び付けられたスマートフォンがバーバチカの見事な角に絡みつくとアラーム音を鳴らし始めた。静かな森に電子音が響く。
「幻惑だろうが吹雪だろうが、これなら当たるだろ」
 その音は吹雪を越えてリアの元まで微かに届いた。
 彼女の所までは幻惑の瞳の効果は届いていない。
「悪いけど、ワタシには通じないよ、っと……!」
 精神を集中し、急所を狙った弾丸を放つ。
 しかし、その一撃を、そして他のエージェントたちの攻撃をバーバチカは素早い動きで避けた。
 もう一度照準を合わせる、リア。
 だが、その視界の中で黒い雄鹿は自らが作った檻へと駆けのぼる。
「いけない……!」



●青い蝶
 ────ミシ……。
 雪で作られたその檻の軋みは不思議と全員の耳にはっきりと聞こえた。
 同時に通信機越しのリアの警告。
 多少崩れる雪の檻、滑るように飛ぶように空から降りる恐ろしい黒のグライヴァー。
 バーバチカがぐわっと状態を反らすと、倒れたエージェントからうっすらと青い蝶の群れが生まれようとしていた。
「駄目です────!」
 ────相手は強そうだけど、ここで退くわけにはいかないよ。命を落としかけている人がいるんだもの。
「絶対に助けて見せる!」
 思わず立ち上がった杏が護るように《ハイカバーリング》を発動させる。
『杏!!』
 羽土が普段より荒い声を上げる。
 杏の身体から青い蝶が生まれ、煙のようにバーバチカの方へと飛んでいく。
 ガチンと歯を鳴らして荒々しくそれを食む獣型の愚神────だが、その口にニ十センチほどのライヴスの刃が食い込んだ。
「命の蝶を喰らう鹿。それに対するは猪達。猪鹿蝶で何やら縁起がいいのぅ」
 双銃ドイスプレザを構えたカグヤの表情はその言葉とは違って冷たい。
 食事を邪魔された獣はギロリとカグヤに狙いを付け、その角でカグヤを襲うがそれはひらりと避けられ、また一撃、ライヴスの刃が。
 白と灰の世界で踊るように戦うカグヤの姿はより艶やかに見えた。
『貴様しか居ないんだろう?』
 カグヤたちの姿に目を奪われていたヘルガは、スカジの声にはっと頷く。
 ────まだ戦闘に弱い自分はケントゥリオ級と戦う力は無い。けれども。
 ちらりとカグヤを見ると、彼女はバーバチカを見据えたまま微かに笑う。
「誰も死なせぬから安心するがよい」
「……ああ、助けるんだ」
 エレーナとミハイルに駆け寄ると、ヘルガはまず身体の軽いエレーナを背負う。
 ────彼らをライヴスを喰らうこの愚神より少しでも遠く安全な場所へ。
 AALブーツを巧みに操りヘルガはそっと檻の外を目指す。


「む、どうやら俺達は眼中にないらしい」
 姿を消したバーバチカに凉は悔しそうに呟いた。
『失敗した作戦に拘るなよ? 死ぬぜ』
「分かっている……」
 ガンロックに答えると、凉は初めに壊した雪の檻の隣の柱を叩き壊し、中へと飛び込む。橘と五々六もそれに続く。
「焦りは禁物か。すぐに助けるから持ちこたえてくれ……!」
 橘と凉に《クリアレイ》をかけた悠登も最後に雪の檻へと身を滑り込ませた。
 同時に柔らかな治癒の雨がエージェントたちを包む。カグヤの《ケアレイン》だ。
「ちょうど良かったの」
 弾き飛ばされたカットラス。片手で怪我を押さえていた杏が悠登たちに気付く。
 足を止めず、五々六がそのままバーバチカの見事な角へと一気呵成を仕掛ける。受け止めきれなかったバーバチカはヴァルキュリアの勢いに負けてよろめく。
「さあ、根競べだ……。それなりに我慢強いぞ、俺は……!」
 《守るべき誓い》をかけた凉が敵と相対する。スキルによって愚神の意識が凉に向いた隙に杏はヘルガの手伝いに向かう。
 そこへ《氷柱》による攻撃が走る。
 ……乾いた雪がAALブーツを履いたエージェントたちと愚神の激しい戦いによって蹴散らされる。
 愚神の瞳によって生み出された幻影が度々彼らの攻撃を邪魔するが、それはカグヤと悠登のクリアレイ、もしくは己の力で振り払い、彼らは敵へと進んだ。幻影があったとしても、五々六のスマートフォンの電子音が敵の居場所を教えてくれる。
 とは言え、敵はケントゥリオ級。
 滑らかに素早く動く獣は幻影が無くともひらりと攻撃を躱す。
 ケアレインの雨が降り注ぎ、傷を負ったエージェントたちを回復させる。
 しかし、また氷柱がエージェントたちの身体を傷つけ……それとは別に異常な寒さが身体を蝕む。
「────戦いにくいな」
 凉と橘に《リジェネーション》をかけた悠登がぼやく。その声には焦りが滲んでいた。
 そして、何度目かの五々六の攻撃がバーバチカの角に当たると、愚神は激しく鳴いて氷柱を放つ。
「……ッ!」
 バーバチカの間近で氷柱を受けた魔纏狼がガクリと崩れ落ちた。
『流石に、お前でもこの環境じゃキツいか』
「だ、黙れ……。この俺が、寒さ如きで、膝を着く、など……」
 同時に共鳴を解除され、橘が力なく魔纏狼の隣に倒れ込む。
 その様子にバーバチカは歓喜した。
 即座にバクリと口を動かし、彼らから青い蝶を引き出した。
「蝶、か……。魂の、象徴、だったな」
「感傷浸って、ねぇで……あぁくそっ、体から、力が……」
 獣の口が蝶を食む、その瞬間。

「今だ、やれッ!!」

 魔纏狼と橘の声が重なる。
「檻にかかったのはお前の方だ! 覚悟!」
 悠登のフラメアがバーバチカの腹を突き破り、その巨体を檻の外へと押し出した。
 同時に、五々六が何度も攻撃を重ねたために弱っていた角が折れ、その角に括りつけられたスマートフォンが巨体に圧し潰されて粉砕した。
「憂いはこれでなくなったね、後はきっちりと仕留めればいいだけだね」
 ヘルガたちからの通信で状況を把握していたリアの弾丸がまっすぐに吹雪を割いてバーバチカの額を射貫く。
「────エルクハンターの名は伊達じゃない、ってね」



●凱旋
 黒い鹿の巨体がゆっくりと倒れる────後を追って飛び出した悠登に向けて。
「う、わっ!」
 身構える悠登。
 だが、バーバチカの体は倒れる前に無数の光の蝶となり、空へと舞い上がった。
「綺麗…………」
 その光景に、杏が小さく息を飲む。
 タンポポの綿毛のような小さな蝶は降り注ぐ雪の粒に何度か当たるうちに薄くなって見えなくなる。
『ライヴスは戻らず、か────』
 羽土が呟く。
 さほど期待していたわけではない。
 危険が迫っていたエージェントたちは無事回収したのだ。あとは、病院でそれなりの治療を受ければ解決である。失われたライヴスはこれからの休養で回復するはずだ。
 雄鹿の巨体ぶんの大量の蝶が光源となって薄暗い森がぼんやりと輝いた。


 救出班を中心に、小さな岩陰の窪みで凍えたエージェントたちの救出作業と味方の回復が粛々と進められた。
 人手を増やすために共鳴を解いたヘルガとスカジがたき火を起こし、その横でまだ意識の戻らないエレーナとミハイルへ念のために温かな防寒具を着せる。
 ヘルガたちは手際よく救助者たちの私物から防寒具を用意していたが、救助者用の分の防寒具を借りていたカグヤや杏のものを使うことにした。ぐったりとしたふたりを温め治療を続けた彼女らの的確な処置のお陰で、救助者たちは酷い凍傷や後遺症を免れた。
「杏、随分と無茶をするようになったね。見ていてひやひやするよ」
 羽土の心配を受けて杏は謝る。
「ごめんなさい……でも、誰かを助けるのが、私の役目ですから」
 そう言って杏はミハイルたちを見た。
「だいぶ回復してきたようじゃ。これなら、大丈夫じゃろう。────生きている者は死ぬべきではないからの」
 慎重に処置を続けていたカグヤがほっとしたように息を吐いた。
 一方、共鳴したままの凉にガンロックが示唆する。
『怪我人運んでる時が一番危ねぇんだよな。周り見とけよ』
「……ああ、今度は救助者が十名になったなどという事態は御免だからな」
 エネルギーバーを頬張りライヴスの回復を試みながら、周辺を警戒する凉。
 幸いにもその間に従魔や愚神は出ないようだったが────。
 ────異常気象、英雄のライヴスに影響を与える異常寒波、か…………。
 ガンロックの胸中にもやもやとした嫌な予感が渦巻く。


「チ……ッ。俺もまだまだだな」
「対抗策なら、後からいくらでも出てくるだろ。あ、そうだ。さっきはいいタイミングだったぜ。もうちょい遅かったら、今頃霜焼けで酷いことになってた」
 救護に走り回っていた悠登は急に橘に声をかけられ、少し驚き、照れたように頷いた。
「橘さんたちの作戦のお陰だよ!」
「そうか、ありがとう」
 橘が意味深に魔纏狼を見ると、彼は微かに舌打ちして視線を外した。
 共鳴を解いてミハイルの着替えを手伝っていた悠登は、隣のナインがおもむろに手袋を片方外したことに気付いた。視線の先で彼が不思議そうに雪をすくってみたのを見て、ドロップゾーン内のライヴスに影響するあの酷い寒さが消えたことを確信した。
「この理不尽な寒さもこれで終わり、かな」
「凍えそうだったな、悠登。私までカキ氷になりそうだった」
 空へと掲げたナインの掌から、乾いた雪が風に吹き飛ばされてサラサラと流れていく。
「ナインも寒かった? 早く帰ってあったかいお鍋でも食べたいね」
 悠登の言葉にナインはこくりと頷いた。
 そんなやりとりを耳にした佐助がポツリと呟いた。
「……そういや、鹿の従魔は食った覚えあるけど、鹿の愚神って食えんのかな?」
 一瞬、その場に妙な沈黙が落ちる。
 愚神も従魔も変わらないかもしれないが、仮にも神と名付けられたものだ。
 または、愚神の持つ邪英化能力を食あたり的に思いを馳せたのかもしれない。
「……食べるの?」
 AALブーツを履いて雪の上に立ったリアが、まだ空に残っている小さな青い燐光を放つ蝶を指した。
「────いや、流石に食わんけどね」
 佐助がそう答えた時、最後の小さな青い蝶が雪に当たって消えた。
 彼らによって囚われたリンカーたちは救われ、愚神バーバチカは完全に雪山から姿を消したのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568

重体一覧

参加者

  • 信念を抱く者
    布野 橘aa0064
    人間|20才|男性|攻撃
  • 血に染まりし黒狼
    魔纏狼aa0064hero001
    英雄|22才|男性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 薩摩芋を堪能する者
    楠葉 悠登aa1592
    人間|16才|男性|防御
  • もふりすたー
    ナインaa1592hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659
    人間|15才|女性|生命
  • リベレーター
    羽土aa1659hero001
    英雄|30才|男性|ブレ
  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
    人間|17才|男性|回避
  • エルクハンター
    リア=サイレンスaa2087hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • アステレオンレスキュー
    牧島 凉aa2799
    人間|17才|男性|防御
  • アウトドア
    ガンロック=ニルスターaa2799hero001
    英雄|32才|男性|ブレ
  • ヘラジカ大好き(意味深)
    ヘルガ・ヌルミネンaa4728
    人間|20才|女性|生命
  • スキーの神様
    スカジaa4728hero001
    英雄|28才|女性|シャド
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