本部

プロファイル「坂山 純子」

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~10人
英雄
6人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/11/28 21:53

掲示板

オープニング


 剣を手にした孤高の勇者が、天から地を目指して飛び降りる。風の抵抗に抗い、高所の恐怖心を無とし、勇者は地に降り立つ。
 目の前には異国の兵士たち。勇者は剣を構えて走り出した。さあ、戦いだ! 勇者は盾で敵の攻撃を防いで、自らの剣を振るい血で汚す。兵士達は必死に捕らえるべく、複数人掛かりで挑むも誰一人として、勇者に触れられない。
 ついに見兼ねて、ボスがお出ましだ。勇者はより一層強い力で剣を握りしめた。ボスは大柄な躯体をして、兵士よりも強い鎧を身に纏っている。勇者は緊張に、頬を汗で濡らす。一歩の間合いで勝負のつく、この一騎打ちだ。
 勇者は先手を取った。ボスは不敵な笑みを浮かべて、勇者が無闇に特攻してくるのを待った。
 時がきたと、風が告げる。勇者は敵の頭上で剣を天空へ掲げ、一気に振り下ろした――しかし、その剣はボスの右腕に掴まれ、木っ端微塵に砕かれてしまった。
「ストップ!」
 古江(ふるえ) 静稀(しずき)は腹から声を出した。
「今の演奏じゃ、勇者は魔王には勝てないな。ティンパニ、もう少し音を張り上げて。そしてトロンボーンは少し走ってるから、抑え気味で。盛り上がる気持ちは分かるけど、緊張感のあるシーンだっていうのを頭に思い浮かべてね」
 はい、とオーケストラ団員は威勢よく返事をした。
 古江は『川越セントラル交響楽団』という日本のオーケストラに属していて、今は公民ホールを借りて演奏の練習をしていた。
「後ヴァイオリンも英雄に置いてかれているよ。――さて、そろそろ休憩にしよう」
 練習してからもう三時間は経過している。練習していたのは「英雄の生涯」に出てくる展開部、「英雄の戦場」だ。
 奏者控室の扉に手を置いたが、古江は思い立って公民館の入り口付近にある自動販売機に向かうことにした。三時間前に買ったお茶はまだ残っているが、なんとなく控室に戻る気になれなかった。
 結果的に、これが彼の転機となった。
「坂山さん!」
 嬉しそうな表情を浮かべて、古江は手を振った。公民館の椅子に坂山純子が座っていたのだ。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「あなたは古江君ね。覚えてるわよ」
「ああよかった。奇遇ですね、今は何をしてらっしゃるんですか?」
「暇つぶしにね、何か演奏会が開かれてないかなと思って」
 坂山は以前、学校の教員をしている傍ら川越セントラル交響楽団にて指揮棒を振っていたのだ。古江はその時打楽器でオーケストラの一員として参加していた。
 彼女は交響楽団内で高く評価されていた。評価されていたのは指揮の振り方等ではなく、その想像力だ。彼女の持つ音楽に対する想像を、指揮で上手に奏者に伝えて一つの音に完成させている。坂山はよく、カラヤンを目指していると口にしていた。自分もあの世界的有名奏者と肩を並べたいと。
 その熱意が、団員に上手に行き渡ったのだろう。学校の教員という仕事も統率面で輝いていた。
「オーケストラの方はどう? 順調かしら」
 洞察力も鋭い。古江の渋った顔を、彼女は見逃さなかった。
「私が引退してから、あなたが指揮者だったわね」
 坂山が引退したのは一年前だ。エージェントになるのを切っ掛けに、交響楽団という舞台から降りた。古江は坂山が使っていた指揮棒を使って、後継者となっている。
「どんな問題があるの?」
「それが……。僕は、坂山さんの後継者になろうと頑張っていろんな本を読みました。どうすれば奏者に、上手く伝わるんだろうって色々考えて……。それで試行錯誤して実行に移しているのですが、結局全部裏目に出てしまったんですね。その結果……あまり、僕の信頼は良くなくて」
「嫌われちゃったの?」
「き、嫌われてはないんじゃないですか」
 ところが古江は自信がなかった。
「直接何かを言われたことはないんですよ。でも、なんだか坂山さんの時に味わった感動が出せなくて……みんなも物足りなく思ってるはずです」
「ふうん。嬉しいけれど、なんだかあなたに申し訳ないわね。こういうと自慢げに聞こえるけれど、あなたに大きなプレッシャーを与えているのと、団員が期待しすぎているのもあると思うの」
「どうすればいいんでしょうか……」
 かつて団員だった者からの悩みを、坂山は真摯になって考えた。どうすれば現状が解決するのだろう? 坂山は解決策を見出すよりも、同情してやるのが策の一つでもあると感じるも、とある妙案が思い浮かんで同情の口を閉じた。
「もう一度、私が指揮棒を取ってさ」
 そう切り出された時、古江はなんともいえない驚いた表情をした。
「皆と一緒に演奏する。古江君は一年前、まさか自分が指揮者になると思ってなかったでしょうから、私が指揮をする姿を今のあなたが見れば勉強になると思う。あなたは勉強して実践するよりも、実践して実践して……そんな子だったわね」
「よくご存知で……というより、良いのですか? お仕事の方は」
「なんとか見繕うわよ。後さ、これはお願いなんだけれど」
「はい?」
「メンバーと楽曲は私に決めさせて欲しいの。できる?」
 今練習している曲はひとまず放置になるのかと古江は渋ったが、だが……また坂山とセッションができる現実に喜び、すぐに頷いた。
「ありがとう。それじゃあまた、決まったら連絡するわね」
 そう言って、坂山は公民館から出ていった。古江はウキウキした気持ちを抑えきれず、団員に坂山さんが来るぞ! と意気揚々に告げた。


 坂山の事だから吃驚する事をするに違いないと古江は直感を心にしまっておいたが、それは予想の斜め上の方向から吃驚させられた。電話で彼女の言葉を聞いた時、目を瞠った。
 まさか、リンカーと一緒に演奏することになるとは。
「やってみたかったの。私はリンカーの事、とても尊敬してるわ。その尊敬している人達と一緒に演奏するのよ」
 そしてもう一つ、これは「やってみたかった」では留まらない、夢の話なんだけれどと彼女は言った。
「組曲、惑星をフルで演奏したいのよ。人数はリンカーも揃えば十分でしょう? やらせてよ」
 今までに、全くやってこなかった。組曲を全て演奏するには労力を必要とするし、練習時間も半端ではない。坂山は、壮大な演奏会を企てているのだ。

解説

●目的
 演奏会を成功させる。

●エージェントの役目
 坂山の付き合いに参加してくれたエージェントは、楽器の演奏か演奏会ホールの舞台裏、楽器運搬、宣伝を任されるが、坂山からはぜひ楽器演奏に参加してほしいとお願いされる。
 演奏しつつ宣伝という兼業も可能。
 演奏中の共鳴、非共鳴は自由。

●シナリオの流れ
 主に坂山の作成したスケジュールに沿ってリンカーに動いてもらう。大まかにはこのような流れである。
1.交響楽団に挨拶
2.予め決めていた楽器の教育指導者から、演奏方法を教えてもらう。(楽器経験者は必要なしです)
3.個人パートの練習
4.全体の練習
5.本番
6.???

 坂山からは「団員とは仲良くね」とお願いがある。

●シナリオ成功条件
 坂山は日本では名前のあるホールを使っての演奏会を企画。
 シナリオの結果はホールに入る客数に左右されます。演奏日時は日曜日の昼十二時~十五時を予定している。
 客数を増やすには演奏の上手さや、宣伝等に関わってくる。

●楽器
 エージェントは以下の楽器から担当を選ぶこととなる。
・フルート
・オーボエクラリネット
・ファゴット
・トランペット
・トロンボーン
・チューバ
・トロンボーン
・ティンパニ
・打楽器数種(シンバルや鉄琴等)
・ヴァイオリン
・ヴィオラ
・チェロ
・コントラバス
・オルガン
・ハープ
・女声 (ソプラノ、テノール)

 やりたい楽器が被っても問題ありませんが、原則として一番最初に選んだ楽器は変更できません。
 打楽器は数種類あるので、一人が一つの打楽器をすることはなく、曲によってバスドラム、スネアドラムに変更する事等があります。

●演奏曲
 惑星(組曲)

●その他
 坂山はこの交響楽団に深く関わっているので団員から彼女について色々な事が聞けるが、シナリオ結果に影響はないので興味がなかったら度外視しても問題ない。

リプレイ

 奏者

 ハープ:凛道(aa0068hero002)
 オルガン:紫 征四郎(aa0076)
 トランペット:ユエリャン・李(aa0076hero002)
 打楽器:虎噛 千颯(aa0123)、赤嶺 謡(aa4187)
 トロンボーン:烏兎姫(aa0123hero002)
 チェロ:御神 恭也(aa0127)
 フルート:伊邪那美(aa0127hero001)
 ヴァイオリン:九重 陸(aa0422)
 ファゴット:オペラ(aa0422hero001)
 オルガン:イギー・マーティン(aa4187hero002)

 その他、川越セントラル交響楽団団員。


 楽器の役割分担が決まると、早速練習期間が訪れた。各楽器、部屋を別々に別れて練習開始だ。坂山は一人で組曲を何度も繰り返し聞き、かつて自分が指揮を取っていた頃を思い描きながら、一人で両腕を動かしていた。その間は他のエージェント達の練習場を見学に行けないのが最大の残念だった。
 トロンボーンを担当している烏兎姫は、やる気のあるその姿勢から団員達とすぐに馴染んだ。坂山がきてやる気に満ち溢れる団員に、彼女のような積極的な人間は必要不可欠だったのだろう。更に彼女は初心者ではなかった事から、スムーズに曲の練習へと進めたのだ。
 重たい調子を出すトロンボーンは、曲を支える土台を担っている。特に惑星は雄大なシーンが多く、その都度トロンボーンが活躍するのだ。
 金管楽器の経験がある烏兎姫だったが、簡単に曲を吹けるようにはならない。彼女だけでなく、プロの団員達もその難易度に苦戦を強いられるのだ。
「結構難しいですね~、このパート」
 練習していたのは火星の中盤部分だった。まさにトロンボーンが活躍する場所だ。力強いこのワンシーンは全員の息が合わなければ台無しになってしまうのだ。パートリーダーが言った。
「とりあえずここを重点的に練習しようか。坂山さん、こういう所気になる人だからね」
「分かりました! 何かボクにダメな部分とかあったら教えてくださいっ」
「そうだなぁ。もう少し音を大きくしてもいいかもね。それとちょっと音が走ってたから、少し落ち着いて。確かに盛り上がるところだから、走りたくなる気持ちも分かるよ」
「すみません、次から気をつけます! プロに混ざって練習だなんて、もうそれだけで光栄なんですから」
 トロンボーンの活躍は主に火星、水星、木星、土星、天王星とほとんどの曲に含まれている。火星で躓いてはいられないと、団員達は再び楽器を肩に乗せて練習に励んだ。
 段々疲れが蓄積されてきた所で休憩となった。烏兎姫は団員達に、他の人たちの様子を見に行ってくると告げて個室を出ていった。
 虎噛は打楽器を担当していて、その中でも重要な役割を持つティンパニを選んでいる。
 火星の序盤から繰り広げられているリズム。その部分は他の楽器達と合わせないとならないため、メトロノームを使ってしっかりと体にリズムを叩き込んでいた。
 そんな中、個室に入ってきたのは烏兎姫と御神だった。御神はチェロを持っている。
「すまない……忙しい所に悪いんだが、変な音が出てたら教えてくれないか?」
「おー。俺ちゃんでいいなら!」
 練習の様子を見ると彼女は手短な椅子に座った。
 御神はチェロを初めて触っている。楽器の経験は特になかった。チェロのパートリーダーに音の出し方を教わったが、御神自身は中々上手く言っていると感じられなかった。
 弓を持って、貫禄を出すかのように御神は引いていく。
「恭也ちゃん格好良い~! 問題はないんじゃない? 全然聞き苦しくないからさ~」
「そうか。力の入れ具合で最初は苦労していたんだが、何とかマシになったみたいだな」
「でも、よくチェロなんて選んだよねー。もしかしてチェロのソロ狙ってる?」
「いやソロ演奏は無理だろ。全くのド素人に無茶を言わんでくれ」
 御神がチェロに惹かれたのは、宮沢賢治の童話の影響だ。たとえリンカーでも一日で楽器のソロが弾けるレベルに到達できるするのは難しいのである。
 しかし彼の英雄、フルートを演奏する伊邪那美は御神ほどの苦労なく楽器を弾けるようになっていた。
「もしかして伊邪那美さん、フルート経験者でしたかな?」
 二十歳くらいの活発な女性パートリーダーが不思議そうに彼女を見る。
「龍笛や神楽笛とか吹いたことあるから、そのおかげかなー」
「へぇ……息の使い方がうまいなって思ったんですよ」
「そうかな? ありがとうね。曲の練習も頑張らなくちゃ」
 伊邪那美がフルートを選択したのはお嬢様っぽい――という理由だった。御神はその理由だけで選択した割に自分よりも上手な伊邪那美の現状にあまり納得が行かない様子を伊邪那美は愉快に眺める。


 個人練習、全体練習を繰り返していく内に段々と曲組織の完成度が高まってきていた。今は火星から水星までを全体で通して練習している。
「凛道君、ちょっと遅れ気味だったわね」
 金星のワンフレーズに、ハープの音が目立つ箇所がある。坂山はそこで一度、指揮棒を止めた。
「すみません、楽譜と指揮者を見ていたらどこを演奏しているのか行方不明になってしまいまして……」
「安心して、よくある事よ。皆もそれを経験してるからね――後、ちょっと話は戻るんだけれど打楽器はもうちょっと音を出していいわ。バスドラムを叩く時赤嶺君はもう、力一杯叩いちゃって」
「どれくらいの大きさがいいんだ?」
「とにかく力一杯でいいの。……あ、でもスキルは使っちゃだめね? 壊したら弁償しなくちゃ」
「それくらいは分かってら」
「ふふ、そうよね。リズムとかはしっかり取れてたから、後は迫力ね。火星に大事なのは迫力なの」
 その後、全体の練習は休憩時間となった。席で演奏を観劇していた木霊・C・リュカ(aa0068)は、エージェントや他の団員に九重が持ってきたチーズケーキを食べやすい大きさに切って配布していた。
「わ、美味しそうなのです! ありがとうなのです、九重!」
 紫とイギーが真っ先に飛びついていた。
「にしても皆すごいっすよね。御神さんとか、全然オーケストラに関わってなくても曲の練習にちゃんと参加できてるって」
「恭也ちゃん、必死で特訓してるからねー」
 休憩時間の間も御神は先ほどの席に座って、チェロの練習をしている。
 リュカは笑顔でチーズケーキを口にする団員たちにこう声を掛けた。
「純子さんって昔は凄い指揮者だったの?」
 ホルンを担当している、坂山と同年代の女性が答えた。
「私は色々な指揮者と顔を合わせる機会に恵まれていたんですが、坂山さんのような方は全く初めてでしたね。凄い、というとまた違う話なのかもしれませんが」
「個性があるんだよなぁ」
 他の男性団員が、二人の会話に割り込んで入った。
「そうですね。坂山さんは初めて指揮台に立った時、皆で一つの劇を作るんだと言ったんです。音楽には必ず一人の主人公がいて、その主人公の結末は私ら奏者に掛かってるんだって。そんな事いう指揮者、他にいませんよ」
「劇……か、素敵な考え方だね」
「凄い人っていう訳じゃないんです。でも、坂山さんの指揮は音楽を盛り上げてくれて、私達も熱が入る。一緒に演奏していて楽しい気分になれるんですよね」
 練習の時、坂山は団員が間違えても決して怒鳴る姿は見せなかった。丁寧に事実を注意し、軌道修正をするだけだ。不必要に緊張させない事が、良い音楽を生み出す結果となっているのだろうか。
「今の古江さんに変わってどうかな? 何か物足りない所とか……」
「えっと、古江さんも良いお方なんですよ。坂山さんの後釜ですから、頑張ってるんだなって姿は分かります。ただ、ちょっと自分の事に一生懸命過ぎないかなって思いまして……」
 当の古江は、その悩みを九重に話していた。坂山さんの後ろについていけない……。
「なるほど、前の指揮者だった坂山さんに追いつこうとして試行錯誤してるってワケっすか……あ、コーヒーと紅茶どっちにします? 水筒に作ってきました」
「では紅茶でお願いします」
 九重が古江の分を用意している間、オペラが彼に大事な事を言って述べた。
「ですが純子も、一朝一夕で今のようになったわけではないでしょう? あなたは純子にはなれないのですから、あなたのペースで少しずつ信頼を得ていくのが良いのでは……エリック、わたくしのは紅茶にしてくださいね」
 古江は知らない事だが、坂山はその個性から団員たちから受け入れられるのに苦労させられたのだった。


 紫の提案で、宣伝のために野外で演奏することになった。その時に演奏されるのは岡野 貞一の「故郷」という日本人なら親しみのある曲である。惑星と比べると簡単で、練習にも苦労はしない。
 ただオーケストラバージョンというのがなかったため、オペラと坂山が少ないアレンジを加える必要があったが、楽譜が多くあるおかげで編曲はすぐに終わった。
 演奏する舞台はとある駅の地下商店街の広場である。
 楽器の持ち運びに一番苦労するのは打楽器だ。特にティンパニーを使う場合は階段が危険だった。トラックから楽器を下ろして現場に持っていく時、イギーは赤嶺を手伝っていた。
「面倒くさがってた割にはちゃんと仕事するんだね」
「無駄に多いパートを割り振られたが、何言っても仕事だからな」
 今はシロフォンを運んでいる。
「人前に出るのは気が進まないけどな。そういえばキミは大丈夫なのか? オルガンも中々に難しいと団員が言ってたが」
「安心して。お客さん達を宇宙に案内することはできるから」
 現場にいくと、既に何人かの観客が集っていた。平均年齢は高いが、親子連れもちらほら見かける。
 司会は紫とユエリャンの二人に任せられた。楽器と団員の準備が出来次第、二人はマイクを持って、揃って挨拶をした。
「やあやあ、よく来てくれた。最大の感謝をここに示そう」
「ユエリャンちょっと大げさすぎです……。改めて、今日はきてくれてありがとうなのです!」
 紫はなぜエージェント達が楽団と一緒に演奏をしているのかの大まかな説明を終えて観客たちを引き込んだ後、これから演奏する故郷の楽曲を紹介した。おおよその前座が終わり、演奏の時間が訪れた。
 紫は電子オルガンの前に、ユエリャンはハープを肩に乗せ、指揮台には坂山が立った。彼女は客に一礼すると、そっと指揮棒を手に取った――

 その日は上手な演奏ができた。特に輝いたのは伊邪那美のフルートだろう。観客の故郷を優しい音色で包んだ。
 曲が終わると何人かで作成したビラを配布して、その日は幕を閉じた。
「良かったら、是非聞きにきてくださいね! 本番はもっと凄いですから!」

●本番前
 訪れたのは、本番当日だ。野外演奏の甲斐があってホールの席はほとんど埋め尽くされていた。坂山は緊張気味な団員達を集めてこう言った。
「いい? 大事なことだから本番前に一度だけ言うわ。曲には主人公がいるの。その主人公がどうなっていくのか、それはあなた達によって決まるわ。……悔いの残らないようやりましょう」
 出陣だ。

(ここから先は、惑星「組曲」を聞いてご覧ください) 

●火星~戦争の神~

 戦が始まろうとしている。ハープとヴァイオリンが導くのは兵士達の緊張。決して静寂とは言えない心情を、二つのリズムが表す。彼は兵士の一人で、剣を腰に下げて悪と戦う準備を進める。
 ファゴットとホルン、その二つの重なりあう深淵の音が兵士達を前へ前へと進めさせる。そして、扉は開かれるのだ。隊長の掛け声と同時に彼らは剣を両手に持つのだ。
 緊張は絶大な物となっていく。
 嵐の前の静けさ……。スネアドラムの静かな旋律が、兵士の着る鎧の音が今にも聞こえてくるのだ。
 敵軍との衝突が始まった。あちらこちらから剣の混ざり合う音が聞こえ始める。兵士たちは死を厭わず、勇敢に戦う。彼は敵から剣撃を受けた。鎧には罅が入り、怯んでいた隙を狙って敵軍は切っ先を彼の首元に突きつけた。絶体絶命だ!
 しかし、味方軍のはなった弓矢によって九死に一生を得た。彼は立ち上がり、尚も剣を振るい続ける。混戦の中、いつこの心臓を敵の剣が貫いてもおかしくはない。それでも勝つためには、戦うしかないのだ。
 空から糸で吊るされているように、兵士達は同じ動きで剣を振るい、血を流し果てを見る。人間達の起こす足音と大地が共鳴し、混戦は大乱戦へと変貌する。一つ一つ斬られる糸。ティンパニの雄大な音が、物語のテンションを支える。
 一秒に何十人もの命が天へと帰っていく。彼は味方の死を何度も目にしながら、その恐怖を剣で刺殺して、足を止めない。さあ、まだ敵は残っている。恐怖に足を止めている暇はない。なぜお前は剣を持っている? その切っ先を血で染めるまで、足を止めるな!
 バス・ドラムの盛大な一撃が戦争を終焉へと導いた。味方軍の放った爆弾が、敵軍の中心部に直撃したのだ。前線にいた彼は、その爆撃に自らも巻き込まれた。
 朦朧とする意識の中、敵軍が撤退していくのを目にした。

●金星~平和の神~

 見渡せばどこにも緑が溢れるこの野原。かつてこの地では大きな戦争があった。主人公の少年は、まだ香る戦の残滓を前に両手を合わせていた。今でこそ緑が茂るこの地で、自分の先祖は死んでしまったのだ。今いる生命は皆、戦争で散っていった者達の魂が宿っているのかもしれない。
 木管楽器、ホルンの音が平穏を奏でていた。
 小動物達が昼寝をしている。
 この空気を、かつての兵士たちも吸ったのだろうか。草原の中に落ちた一滴の雫そのものであった少年は、小さき存在ながらも大自然の過去、その雄大さを身に感じていた。
 独奏するヴァイオリンが、少年の魂を包み込んだ。綺麗で、美しい。真っ白で、純粋だ。
 地面に座った少年。オーボエの甘い囁きに、つい眠気を誘われるものだ。こんな綺麗な空気を体に取り入れれば、たちまち少年は地面に寝転がってしまうものだ。
 正面には雲一つない青空が広がっていた。太陽の光が眩しい。そんな時は目を閉じてしまえば、何も眩しくない。目を閉じても、少年には青空を感じる事ができた。綺麗で透き通っていて、まるで海の鏡のような存在。
 鏡の向こうにあるのは宇宙だ。そこはロマンの溢れる、憧れの場所。少年は、鏡の向こう側を渡ってみたいと、ふと――そんな考えが浮かんだ。いつかこの目で、宇宙を見るのだ。
 少年は気づいていないが、人間を珍しがったのかリスが彼の周りに集まっていた。リスは少年のお腹の上に乗り、丸まった。
 何かがお腹の上に乗った事を、彼は知らないはずがなかった。だがそれを気にせず、ゆっくりと眠りに誘われるのだ。うつらうつらと、大自然に溶け込むのだ。

●水星~翼のある使いの神~

 少年はいつしか青年へと姿を変える。青年は仕事の日々を送っていた。忙しない日々。朝はパンをその町の町民達に配達し、賄いを貰った後の昼は家で母親の家事を手伝う。
 その後は剣術の練習だ。
 ハープとフルートの忙しい音色が青年の忙しない日々を全て見守るのだ。時折訪れる休憩は、ほんの一瞬だけ。休憩と仕事、休憩と仕事、時に遊び。
 落ち着く暇は全くないものの、青年は仲間との出会いを心から受け入れる。青年はたくさんの仲間を得た。やがて青年は恋に落ちる。パンを届ける時、恋人の分だけ少しオマケをして。それがバレて、パン屋の店主に怒られて。
 青年は誰にもあるように、落ち込み、苦悩した。しかしその先にある達成を心から喜んだ。
 喧しい日々に終わりが訪れるのは突然だった。それは、恋人からの告白によって始まる――

●木星~快楽の神~

 始まりが、始まる。弦楽器の小刻みなリズムがそれを告げていた。青年から男となる瞬間を。
 雄大なホルンの音が終わると、可愛らしいグロッケンの音色。青年の隣には可憐な女性がいた。二人は今、宇宙を作るための準備を整えているのだ。
 可憐な女性の手伝いを得て、青年は次々と試練を乗り越えていく。家族の承諾、友人達との別れ、古き仕事との決別。恋人に降り掛かる全ての災いから守るために立ち上がる、その覚悟。
 押し寄せる運命の風を、青年は抗うように進んでいく。かつて自分の先祖が、敵軍の群れに遅れを取らず剣を握っていたように。その日々は、少しずつ終わりへと向かう。
 そして、時は訪れた。
 式へと続く階段を、二人は手を繋ぎながら登る。歓待するのは、雄大な旋律を奏でる全ての魂。左右から聞こえる拍手の音、二人は導かれるまま階段を登り終え、民へと姿を向ける。そこには家族、友人、パン屋の主人……様々な音色を持つ人々がいた。
 男は涙を流した。今まで、この階段を登るために、彼らが僕を。
 大層な人間ではない。男は、勇者でもない。それなのに、まるで人生の頂点に上り詰めたかのような錯覚を覚えるのだ。隣にいるソウルメイトはにこやかに男を見つめる。
 誓いのキス――。トランペットとトロンボーンの威厳たる音色が、二人を祝福した。オルガンとフルート……全ての人々が二人に「おめでとう」と言った。坂山の指揮が、最高潮の盛り上がりを引き立てた。彼女自身も、汗を帯びながら。
 これ以上ない涙を、男は見せていた。苦労が、こんなにも美しく思えるとは。
 しかし、これは人生の始まりに過ぎない。
 運命により結ばれた二人には、これからも様々な試練が襲いかかるのだ。男はその覚悟を終えている。
 ハープとグロッケン、その後から入るタンバリンと弦楽器、フルートの声、更に重なるトランペットの雄大。彼らは男が決して弱音を見せないように、背中を押して見送っていた。

●土星~老年の神~

 時が経てば人間は老いる。この地球だけに留まらない全ての世界において、それは当然の法則として成り立っている。男も例外ではない。立派に育った男は、後は自分の子孫達が育っていく様を見守るだけだ。後に残るものは何も。
 空虚な心を、コントラバスは執拗に追い続ける。
 安楽椅子に座って、窓から見える太陽は随分と前から同じ姿のままだ。左右に揺れる安楽椅子、人を温める炎。薪の燃える音。微かに聞こえる、かつて妻だった物の声。男は妻を失っていた。それからは孤独で、寂しい日々を強いられたのだ。
 若かったあの頃が愛おしい。目を瞑れば蘇る思い出達は、手を伸ばせば掴めそうな気さえした。でももう、戻れないのだ。男は毎日のようにそれを嘆いては、妻を思って時折涙を見せた。老年の孤独を、一体何が癒やしてくれるのだろう。
 ああ、一体どうして! 世界とはこんなにも残酷で、思いやりがないのか? 金管達は言う「それが運命だ」男はそれに必死に反論する、しかし金管達は何度も言う。「それが運命だ」男は椅子を叩いた。
 そんな中で聞こえてきたのは、妻の言葉だった。男はそれが幻聴ではないと知っている。聞こえる言葉は生前妻が、自分に投げかけたものだったから。可愛らしい声音で言ってくれるのだ。「大丈夫、安心して」と。
 鐘が言う。
 男にはまだチャンスがあった。手元には財産しかない、目標も夢も叶えてしまった男。今まではその先に何も見出せなかったが、外の風が男に教えるのだ。"魔術"という調を。
 今まで頭の片隅に入れていたその単語を、思い切って引っ張り出す時が来たようだ。

●天王星~魔術の神~

 男は呪文を唱えた。魔術書に従えば、失われた若さと妻を取り戻せる! この時がくるまでが大変であった。魔術書には、この魔術を使うには様々な準備が必要だと書かれていたのだ。
 準備は終えられ、男は何度も呪文を唱える。あの輝かしい時代、空気さえ愛おしく、色のついた時代をさあもう一度! アブラ・カタブラ……。
 するとなんということだ。奇跡は実際に起こり始めた。なんとあらゆる空間が捻じ曲がり、男の体は軽くなっていくではないか。老いた体はたちまち若返り、世界に色がつきはじめる。灰色だった世界がだ!
 男は走り始めていた。家を飛び出した。すると、そこには妻がいた。彼に笑顔で手を振り、男は涙を流して彼女に抱きついていた。ああなんて幸福だ! ありがとう、神様。
 だが、魔術はすぐに溶けてしまった。目を瞑って妻に抱きついた途端、気づけば空虚な世界がまた彼を取り囲んでいたのだ。
 ――男は知っていた。この魔術は、僅か一分ほどしか作用しない。そのために、大金を叩き込んだ。男はもう一度呪文を唱えたが、色が戻ることはなかった。

●海王星~神秘の神~

 宇宙の神秘を見るという夢は、遠い過去の話で終わってしまった。男は妻と同じ病気にかかり、孫達に囲まれてベッドの上にいた。外から見える景色は、昔からさほど変わっていない。
 フルートが奏でている。荒波を乗り越えてきた男に、最後くらいは安らぎを与えようと。男はゆっくりと目を閉じた。
 まだ魂は体から離れていない。孫達の声が聞こえる。
 ここはどこだろう? 目を閉じると、幾つもの光が見えた。真っ暗なのに、男は怖くなかった。なぜなのだろう? その答えを知るのは早かった。隣には、妻がいたからだった。
「また、会えましたね」
「ああ君は……」
 男は自然と、妻を受け入れていた。それは決して幻ではないのだと分かった。魔術でもない。男は妻の手に引かれて、上へ上へと登っていった。すると、段々と空が見えてきたではないか。
 空を抜けて二人は、宇宙へと来ていた。質量のない空間。未知の世界……。
 二人は上へ上へとのぼっていく。地球が見えなくなるほどに、何も感じなくなるほどに。上へ上へ、安らぎの世界へと。



 坂山は団員達を控室に集めた。
「皆ありがとう、最高の演奏が出来たわ」
 全員は拍手した。その後に坂山は、古江の方をしっかりと向いてこう言った。
「分かったかしら、ちょっとは」
「はい。リュカさんに色々と教えてもらいました。どうすればいいか……それで、その僕なりの答えをここで出してもいいでしょうか」
「いいわよ」
 すると古江は、団員達と笑顔で顔を見合わせてから、色紙を両手に持った。色紙は鞄の中に入っていた。
 ――エージェントへ。色紙の中央にはそう書かれている。
「これが答えです」
 古江は自信を持って、胸を張って答えた。
 色紙には団員達から様々な寄せ書きがされていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
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