本部

饗宴の沙汰

夏目ふみ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/27 02:12

掲示板

オープニング

●accident
「あら素敵。まるで星を閉じ込めた蒼玉のようだわ」
 すべらかな白い膚に喜色を含んだ赤味が差す。
 細い指先で琥珀糖を摘まみあげた女は、炯々たる灯籠の灯りを受けて星の瞬きにも似た光を照り返すその子細を眺めたあと、ぱくりと一口で頬張った。舌の上に広がる仄かなまろい甘みに、花が綻ぶような笑みが落ちる。
 その様子を低頭し伏し目がちのまま窺っていた男衆たちは、思いのほか献上品が気に入られた事に安堵して、知らず詰めていた息を吐いた。
「甘味もよいのですが……今宵の美酒はどちら?」
 つと寄越された涼やかな視線に、肩を跳ねさせた男衆の一人が深くこうべを垂れる。
「ほ、本日は手前どもで作った葡萄酒をお持ち致しました」
「まあ。葡萄酒ですか、さっそく頂きたいわ。こちらへ」
 おいでおいで、と手招きすると、若い青年がワインボトルを受け取り、脇息にしな垂れ掛かる女の元へと近付いていく。至近から注がれる視線によって青年の五指が微かに震えているのが分かり、紅を引いた女の唇にゆるやかな弧が広がってゆく。
 その様子を薄く開いた襖の隙間から盗み見ていた一人の男性エージェントは、密やかな吐息を噛み殺すと本部に連絡を入れるべく足早に回廊を抜けていく。濃密な闇の中に消えて行った男性を見つめているのは、雲の切れ間からおぼろげな白銀の光を落とす月だけであった。

●caution
 ほどなく連絡を受けたH.O.P.E.では既にブリーフィングルームに集まるリンカーたちの姿があった。
 早々に展開されたホログラムには広い武家屋敷が表示されており、次いで映し出されたのは楚々とした一人の女性の顔写真。聞けば従魔に憑依され、ライヴスを喰らわれた被害者女性だと云う。
「どうやらこの女性、縁談がご破談になってしまったとかで大層落ち込んでいらっしゃったようなのです」
 縁談相手の素行に問題があったとかで彼女自身に非はないのだが、式の一週間前に破談となった事実がいたく心に響いたらしい。恐らく塞ぎこんでしまったところを、運悪く依り代とされてしまったのだろう。
 従魔は女性の姿を擬態しているようだが、まるで元の人格が夢見ていたかのように饗宴を開いて美味しいものを食べては若い男性を傍に置くことで暫しの満足感を得ているようだ。
「ですが癪に障るようなことがあれば、躊躇いなく切り捨ててしまうらしく、怪我を負った方が出ていらっしゃるようなのです」
 全てのライヴスを喰らわれてはいないようだが、このままでは時間の問題だ。よってリンカー達にはその饗宴に紛れ込み、従魔を退治してもらいたい。
「従魔の姿が被害者女性というのは心苦しいものがありますが……どうか皆さん亡くなられた女性のためにも、よろしくお願いいたします」

解説

●attention
 今回皆さまには従魔の討伐に向かって頂きます。
 時間帯は宵の口から深更、場所は山間部の武家屋敷となっております。

●成功条件
 従魔の消滅

●舞台状況
 その町の観光名所である武家屋敷は、普段は有料開放されていますが事件発生日より閉館しています。
 催しなどで貸し出し可能でもある大広間は母屋の北側に位置して庭に面しており
 小さな太鼓橋が掛かるほどの広さを持った池や、紅葉が植わっています。

●敵情報
 従魔:ミーレス級
 被害者女性の片鱗を示しており、姿は20代後半、身長170cm台。柔道黒帯、剣術四段の実力を持ちます。
 酒もいける口ですが、あまり強い訳ではなくアルコール度数が高いものは苦手で
 ハバネロなど常軌を逸した辛いものは嫌いのようです。
 女性の人格が微かに残っているようで「婚期」「行き遅れ」「売れ残り」などコンプレックスを刺激するNGワードが多数あるようです。

リプレイ


 夜灯りを照り返す水面が小さく跳ねた。
 お座敷に続く回廊は夜気に凍て、足の裏から冬が沁み込んでくるようである。赤城 龍哉(aa0090)は紅葉も盛りを過ぎて衰えた庭を見渡し、肌を嘗めてゆく寒さにスンと小さく鼻を鳴らす。
「しかし今回の被害者女性……惜しい人物を亡くしたな」
「心の隙を突かれてこれでは、本当の意味で報われない気はしますわね」
 澄んだ青い瞳を僅かに細め、吐息を洩らすような細さで呟いたヴァルトラウテ(aa0090hero001)の視線を受け、龍哉は両手に抱えていたシュークリームの箱を、僅かに持ち上げる。お座敷から廊下に投げかけられた明かりはあたたかく、常ならば心安らぐ癒しの光だっただろう。しかしその意図を知っているだけに聊かの落胆が胸の内を叩く。
「せっかく磨き上げてきた技術をむざむざ散らすことになるとは」
「……そっちですのね」
 厭きれたように肩を竦めてみせたヴァルトラウテは、やれやれとばかりに嘆息した。
「龍哉、後で辛くない方を所望しますわ」
「はいはい、後でな」
 その言葉に満足したのかヴァルトラウテはそのまま幻想蝶へと消えてゆく。それを確認し「さて」と一歩足を踏み出しかけた龍哉であったが、密やかに交わされる誰ぞの話し声が意識を引っ張った。誘われるがままに背後を振り返ると、何か大きな紙面を広げている辺是 落児(aa0281)と構築の魔女(aa0281hero001)の姿がある。
「外から援護できそうな場所の選定も行ないましょう」
 構築の魔女が数歩後ろに居た男性といくらかのやり取りをすると、落児は手にした紙――見取り図を折り畳んでいく。彼女は脳内にインプットしたのであろう屋敷の構造に一つ頷くと、共鳴しすぐさま庭の暗がりへと身を翻していった。あの様子だと構築の魔女が主体で行動するのだろう。龍哉は再び前に向き合うと、楽しげな女の笑い声が溢れるお座敷へと今度こそ歩を進めて行った。


 ともすれば薄らと汗ばむほどの陽気に満ちていた女の唇は、艶やかに濡れている。淡く引いた紅が鮮やかに照り、グラスに彩られた泡沫を描くカクテルにうっそりとした頬は少女のそれのように染まっている。その様子に竜胆のような深い青の色をした瞳を細めた木霊・C・リュカ(aa0068)は、上体を倒して女に近付き、にこりと笑みを刷いた。
「どうぞ、どうぞ。あまり強くないお酒なのでどんどんいかないと」
 その言葉に「あら」と目を瞬かせた女は我に返ったように「そうね」と笑い、甘いカクテルをするすると飲み下してゆく。
 空になったグラスを受け取ったリュカは、それを後方へと回し、次のカクテルグラスを女の細い手に握らせる。それを何の疑いもなく口にする横顔は実に楽しげであどけなく、事情を知らぬ者が見ればただの女性としか目に映らなかったことだろう。
 リュカはふと、このお座敷に足を踏み入れる前、共鳴前の凛道(aa0068hero002)に問いかけたのを思い出す。
「29ってまだ若いと思う?」
 年齢としても独り身としても身につまされる思いがしているリュカは、どちらかと言えば同情的だったのだろう。ゆえにか凛道から返ってきた「この世界の基準から言えば少々危ういかと」との言葉にはやるせなくなった。凛道としては何故そこまで婚期を気にしているのかと少々疑問視している節はあったものの、女性と男性とではやはり年齢に対する重さは異なるのだと、此度の件に触れていればそれとなく肌で伝わってくるものがある。
 眼前の女にどれだけ被害者の想いと願いが反映されているのだろうか。泣き暮らしたであろう被害者女性を思うと、あまりの不憫さにこの場の華やかさが歪にみえる。
「これはお美しい。何より凛とされていらっしゃる」
 思案していたリュカの前に、堂々とした足取りでやって来たガルー・A・A(aa0076hero001)が、女の前で恭しく跪くと、片手に抱えていた土産を畳の上に置いて指先だけでそっと滑らせたところであった。程よい小麦色の肌に、見上げるほどの体躯をしたガルーを見て、女の相好が一層崩れる。
「まぁ、初めて見る顔だわ。新顔さんね?」
 そうして女は覗き込むように身を乗り出すと、漆黒の髪の隙間から覗き見える瞳の色を「綺麗ね」と歌うように褒めた。
「恐悦至極。今日は俺様も側に置いて頂きたく参りました」
「歓迎します。どうぞわたしを愉しませてちょうだいな」
 するとガルーは心得たとばかりに、まず手始めに甘めで飲みやすい新酒の日本酒を手ずから注ぐと、それまで彼女が手にしていたグラスをするりと抜き取ってしまった。代わりに差し出された小さなお猪口からは果実のような豊潤な香りがして、女は睫毛を伏せて胸いっぱいにその甘やかさを堪能する。
 彼らの心配りが沁み込むのか、女はまるで清水を頂くかのごとく大事に大事に嗜んでいたが、傍に控えるリュカのお酌に機嫌を良くしてそのペースが徐々に早くなる。
「あんな奴に任せなくても俺様がいるでしょう?」
 加えてガルーが率先して酌を手伝ってくれる上に積極的な行動に出るものだから、女の関心は強く彼へと引き寄せられていくばかり。ころころと笑う女に、今はまだその狂気は欠片も無い。
 薄く開いた襖の隙間から、お座敷の様子を盗み見ていた御神 恭也(aa0127)は眉間に深い皺を寄せると、目に痛いくらいの饗宴に吐息を零しそうになるのを押しとどめていた。
「……俺に甘い言葉を囁けと?」
「う~ん、たちの悪い輝夜姫って感じだね~」
 恭也の影からひょこりと首を伸ばした伊邪那美(aa0127hero001)が、のんびりとした口調でそんな感想を抱いたとき、ちょうど龍哉が「口直しを」と、シュークリームの箱を差し出しているところであった。トッピングのされたシュークリームは、離れたこちら側にも甘い香りが漂ってきそうなほどで、女が思わず手を叩くほど喜んだ。
「作成中に酔うかと思ったが、これなら違和感無く食べさせる事が可能だな」
 小さな口で頬張る女の横顔から手元に視線を落とした恭也は、皿に盛りつけられたサヴァランやブランデーケーキ、更にはウィスキーボンボンを持ち上げると、自身もそろそろ繰り出すかと背筋を伸ばす。
「お~、美味しそうだね~。試食をしてあげようか?」
「駄目だ、酔った状態で依頼を熟す気か?」
 お座敷の光を受けてきらきらと輝く菓子を覗き込む伊邪那美から、皿を高い位置に持ち上げることで彼女を押し留めた彼はそのまま饗宴へと加わって行った。閉じられた襖の裏で「さて」と身を反転させた伊邪那美は、下座の方から男性が一人、誰ぞにいざなわれて抜け出ていく背中を見つけて、はたと立ち止まる。
「助けに来ました。もう怯えなくて、大丈夫です」
 小声で励まし、男性を廊下の奥へと逃がしているのは紫 征四郎(aa0076)であった。
 征四郎は時折暗がりに紛れては通信機から漏れ聞こえてくるお座敷のやり取りに耳を澄ませ、そろそろと一般人の男性たちを一人ずつ解放に導いている。しかし女は場の男達の数の違いに未だ気が付いていないようだ。甘いからと勧められるがままに口にした酒の酔いが回ってきている頃合いだろうか。ならば戦いの時もそう遠くはないだろう。
「ねえ、何を言ってあの従魔を怒らせたの? 聞いた感じだとちやほやされて、気分を良くしているみたいだけど」
 伊邪那美はそっと気配を殺して彼らの方へと近付くと、その内の一人を捕まえてそう問うた。まだ未成年に見える若い青年は「え」と短く声を洩らしたあと、眉を八の字に下げて憚るような小さな声で言った。
「それが……」


「犠牲になってしまった女性の方は確かに残念ですが……しかし愚神になってからも男探すとは執念深いと言いますか、それだけ本気だったと言いますか」
「要はあれだろ? 行き遅れだろ? 安心しろ、戦闘になったらぼろかすに言ってやるから」
 夜気に揺れる白銀の髪を片手で押さえながら呟かれたNoah(aa4701)の言葉に、傍らに居た理(aa4701hero001)はにやぁと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「……取り敢えず、戦闘になる前までは黙っていてくださいね、理」
 肩を竦めてみせる理に小さな吐息を吐いたNoahは、すぐさま共鳴すると主導権を己が握ったまま射撃に適した場所は無いかと移動を開始する。出来れば敵との距離は、叫べば聞こえる程度の辺りが好ましい。既に解放された男性たちからあらかたの情報は得ることが出来ている。仲間たちへの通達も終え、あとは敵が出てくるのを待つばかりだ。
 するとそこへ、さくりと柔らかな芝を踏み締める微かな音が耳朶に届き、視線を暗がりに走らせると、望洋たる夜空を爪で引っ掻いたような細い月明かりの下から天宮城 颯太(aa4794)と光縒(aa4794hero001)の二名が姿を現した。二人は回廊を巡って敷地外へと抜けていく男衆たちの避難を手伝っており、上手く歩けぬ者が居ればその護衛に努めている様子であった。
 幾人を逃がしただろうか、一息つく頃には征四郎たちが庭へと姿を現し、続々と舞台が完成していくのが分かり、笑い声の絶えぬお座敷の障子がいつ開かれるのかと、拍動が姦しい。
「愛は人を強くするものだけど、強過ぎる愛は人を弱くするものよ」
 光縒(aa4794hero001)が、闇の中でそろりとそんなことを言った。天宮城 颯太(aa4794)は新緑のような髪の間から覗く金色の瞳を隣に落とし、此処へと侵入する直前にやり取りした彼女との会話を脳裏に思い出していた。
「従魔を叩き伏せるだけの、簡単な仕事よ。初めての実戦には丁度いいでしょう。……何か、難しい事があるかしら?」
 小首を傾げた光縒はそう言った。
「話は分かるけど、他に人が居るなら巻き込まれないようにしたいし、この武家屋敷だって、観光名所だっていうじゃないか」
「そんな甘い考えだと、颯太、あなたが死ぬわよ」
 細められた瞳に込められた思いは一体どのようなものであったのか。
「……僕は敵を倒したいんじゃない。困っている人を放っておけないんだ。出来ることは、しておきたい」
 そう答えると、光縒はもう何も言わなかった。
 一度睫毛を伏せて景色を遮断した颯太は、傍らの光縒を横目に見やると「こよりさん、言葉に重みがあるね。もしかして、辛い失恋の経験があったり?」と問うた。するとどうだ。
「……颯太。少し黙らないと、その尻に菊を活けるわよ」
 光縒は僅かな明かりでさえ、ぎらりと危険に満ちた光を照り返すそれを握り締め、鋭い視線を寄越したではないか。ちょっと身を仰け反らせ、颯太はこくこくと頷き、彼女をそっと宥めすかす。
「うん。黙るから、その、剣山降ろしてくれない…?」
 

 酔いが回ると女は何か芸は出来ないのかと問うた。
 甘い酒と菓子を繰り返し、少しばかり趣向を変えたくなったのかもしれない。まるでホストクラブのような趣に、到底真似出来ないからと給仕に徹していた恭也は、ちょうど空いたグラスを受け取ったところであったので、視線が絡み合ってしまった。すっきりと分けられた黒髪が傾げた頬に落ちる。
 目の縁がほんのりと赤らむ女の視軸を受けて、それまで行儀よく座していたハーレキン(aa4664)の方をつと見やれば、彼は心得たと微笑したのち立ち上がった。
「あら、あなたがしてくれるのかしら?」
 その顔に純真そうな少年の笑みを浮かべ、女の前で膝を折ると決して派手ではないが大人向けの芸を一つずつ丁寧に披露していく。接待に努めるハーレキンの華麗な手捌きは好感触のようだったが、菓子を見せた際に比べると聊か反応に乏しいことを窺い知る。
「少し失礼します」
 そう言って、一度辞したハーレキンは廊下に出ると共鳴割合を変動させ十代後半から、二十代中盤の軽く悪そうな男性に姿を調整すると、お座敷へと戻っていった。すると、先ほどとは打って変わって様子の違うハーレキンに気付いた女は目を丸くしたものの、すぐに嬉々として手を打った。どうやらこちらの方が彼女のお好みらしい。
「驚いたわ。それも芸なのかしら?」
 問いに対して口端を軽く持ち上げて笑っただけのハーレキンは「では続きを」と手品を再開した。


「貴女に見せたいものがあります。今までのどんな貢物にも負けない甘美なものです。庭まで来ていただけませんか」
 それは、女がとても辛いシュークリームを口にして、ぶわりと髪の毛を逆立たせている時であった。
 口から火が出るような痛い刺激に遅れて気が付いた女は、右手のシュークリームを訝しげに見やり口内のそれを何とか飲み下す。本来ならば酒と菓子は共に食べるものではないのだが、組み合わせが悪かったのだろうかと睫毛をぱちぱちさせて、お猪口に残っていた日本酒をくいっと煽る。どうやら龍哉の仕業だとは夢にも思っていない様子。
 だからガルーが誘いを口にして手を差し伸べると、女の興味はすぐにそちらへと引き寄せられてしまった。
「あら、庭に一体何を用意してくれているのかしら。今までこんなことなかったわ」
 今夜はいつもとは違う事が多くて飽きないわね。女は一口だけ頬張ったシュークリームを皿の上に置くと、少し身をふらつかせながらも立ち上がり、ガルーのあとをついていく。その背中を見送ったリュカたちは、さっと目配せすると通信機で外に待機する仲間たちに合図を送ると、
「あなた達もいらっしゃいな」
 振り返って手招きする女に呼ばれ、あとに続いて行った。

 ぞろぞろと仲間たちを引き連れて廊下へ出てきた若い女を見つけ、 即座にNoahから理へと主導権が移る。するとそれまで月下に艶めく白銀の髪が燃えるような赤に変わり、纏っていた空気が明らかな別物に変質する。
(来た来た……あれが行き遅れの従魔だな)
 にやりと唇をつり上げて笑った理は、沓脱石の上にあった草履を引っ掛けて庭へと降りてきた女がアサルトライフルの射程に入る瞬間を、ひたすら待った。
 大人しくついてきた様子を鑑みるにNGワードで誘き出す必要は無かったようだが、理としては自分の相方を引き合いに出して煽ってやりたい気持ちでいっぱいだった。ゆえにか十分に引きつけて、辺りをきょろきょろと見渡す女の顔が、己とは真逆を向いた瞬間にすぐさまトリガーを引く。
 静謐な冬の空気が転じてけたたましい爆音を奏で始めれば、女の躯体から紅い花が散る。
 驚愕に見開かれた双眸に、後方へと飛び退き暗がりから飛び出してきた征四郎と共鳴に入ったガルーが、片手に槍を構えた瞬間を映す。彼はその紡錘状の赤黒い槍を低い体勢から一気に踏み込むように彼女へ突き出すと、女の顔に焦りが生じた。
「何をっ……!」
 咄嗟に半身にしてその切っ先を躱そうとした女であったが、
「さて、お手並み拝見と行きますか。やるぞ、ヴァル!」
「参りますわ!」
 颯爽と庭から駆け出してきたヴァルトラウテと共鳴した龍哉が、背後から拳を持って仕掛けてきたがゆえに躱すことはかなわない。まともに一撃ずつを喰らった女の躯体が勢い良く池の縁まで吹っ飛んだ。舞い上がる土煙に、お座敷に残っていた男衆たちから悲鳴が上がる。
 しかし、女は寸でのところで受け身を取ったらしく、すぐに体勢を整えると乱れた髪を掻き上げ闇の中から漆黒の刃を持つ刀を抜き取り、鞘を後方へと放り投げた。
(果たしてこの従魔、被害者女性が身に着けていた技量を扱いこなせるのかどうか)
 口の中に溜まった血を芝に吐き捨て、手の甲でぐい、と血を拭うさまはとてもただの女には見えぬ。龍哉は目を眇め、自身も刀剣を手にし間合いを取る。
「嫌だわ。やっぱりさっきのシュークリームはあなたの仕業だったのね」
 誰がどの貢物をしたのか把握していたのか、女は口端を歪めて笑った。
 キン、と耳鳴りがする静寂が一瞬、流れた。その刹那、女は細い脚に似合わぬ脚力で地を蹴って駆け出すと、龍哉に向かって斬りかかる。だがそれを同じく刃で受け止めたのを横目に、恭也は素早く伊邪那美と共鳴しつつ、武器を片手に握り締める。
「慣れないおべっかを使うよりも、戦いに身をゆだねる方が気分が楽だ」
 その慣れた感触に、ようやくまともな息が出来るのを感じた恭也は思わず呟いた。
(何が有ったの? 何かやつれてる気がするんだけど?)
 共鳴の瞬間、聞こえた伊邪那美の言葉に肩を竦めてみせるしか出来なかった。
 一方、鍔迫り合いで押し負けた女の背後に回り込んだ構築の魔女は、二挺拳銃を構えるとその射程から味方が逸れた瞬間を狙い、ファストショットを撃ち出し敵の虚を突いたところであった。彼女が刀を握り締めたその利き手付近を狙い、痛みと衝撃で武器を取りこぼしたのを見る。
 避けられたとしても相手の行動が制限できれば十分ですとも、とは思っていたけれど、上手く命中したらしい。しかもその隙を逃さなかった颯太が両手で握り締めたブレイブソードを頭上に一気に振り上げ、ヘヴィアタックの一撃を女の死角から叩き込んでやったものだから、女の重心が大きく傾く。
「恋のイロハは教えられないが、あの世への行き方なら教えてやる」
 それは確かに颯太であった。
 しかし、金色であった瞳は右眼だけが緑に変わり、左側の前髪に紫色のメッシュが入る。たちまちの内に光縒並の攻撃的な性格を得た颯太を見、リュカーーいや、凛道はグリムリーパーを大きく回転させて片手に握ると、まるで抱き寄せるかのように大鎌の内側に女の躯体を囲い、引き寄せる。
「罪には罰を、色欲に愛の導きを」
 至近で囁かれた言葉に、女の肩が跳ねると同時に、闇夜に鮮血が舞い上がる。
 女はぎり、と唇を噛むと素手で鎌の刃を掴み、潜り抜けるような身のこなしで凛道に迫った。その襟首を引っ掴み引き摺り下ろそうと試みる勢いは素早く、瞳に孕む激情は隠せない。
 息をつく瞬間すら惜しくなるほどの苛烈さに、瞬きすら追いつかない。
 しかし、ハーレキンが闇に乗じて繰り出した縫止が女のライヴスを掻き乱す。「あっ」と短く洩れた声を耳にして、ガルーが発動させたライトアイを受けて強く踏み出しながら前へと出た龍哉が、一気呵成で敵を転倒させる。
「なるほど、確かに動きは生前通りか」
 素早く身を起こす、そのこなしに納得したように頷く龍哉であったが、しかしいくら手練れの技術を有しているとはいえミーレス級の彼女では、持て余しているようにも見える瞬間があった。それに一対一であればその隙を突くことも難しかろうが、こちらは実質八名。言わば四方八方を固められていると言って良い。
「貴女は確かに強く可憐だ。だが既に死んでいる。お前さんは「彼女」を借りているだけだろ?」
 ガルーは頸を狙う凛道をフォローするように、リーチを活かして大振りな攻撃をし、わざと回避させ体勢を崩すように持っていかせた。女はそれに気が付いたのか、そうでないのか一瞬思案するように口を噤むが、すぐに調子を取り戻す。
「寄ってたかって女の子をいたぶるなんて、酷い人たちね」
 双眸を細め地に落ちた武器を拾い上げる女に対し、理がハンッと鼻で笑う。
「女の子、って歳かよ」
 ウェポンディプロイでライフルからラヴィーナに持ち替えた理は、次いでカオティックソウルを使用して火力を上げると、こちらへ狙いを定めた敵の懐に飛び込んで近接戦闘に移った。理の煽りを受けてカッと両目を見開き、怒る女は自身へ突っ込んでくる身体に素早い斬撃を振り下ろす。その軌道は生きる獣のような獰猛さで理の肩口を噛み付いたが、しかしその程度で攻撃は止まらない。
「おしとやかさが足りないんじゃねぇの?」
 ダン、と地を蹴って下から救い上げるように一撃を叩き込む。
 喉を詰めたようなうめき声を洩らした女は、苦痛の表情を滲ませると柄から片手を離し、理の軸足を狙って足払いを試みた。だがそこへ構築の魔女が放つダンシングバレットが敵の意識を奪う。慌てて身を引き、逃れた女であったが、その弾丸は視界の外でグンと軌道を変えると女の背面目掛けて飛来。
「あぁっ……!」
 奇襲の如くタイミングで女を貫いた。
「攻勢を削げば後は頼りになる方ばかりですから……ね」
 ほぅ、と安堵の吐息を零した構築の魔女は、凛道が周囲に武器を多数展開してゆくのを見た。
 刃を頭上へ振り上げ、斜めに斬り捨てようとする女の防御が薄れた瞬間を狙い、彼は反撃を開始する。そこへ颯太も加わり、敵の意識をかく乱すると、女の目が右へ左へ姦しい。
「……出来ることならあの饗宴に戻りたいものだわ」
「残念だが、もう二度とそれはないだろうな」
「認めたくないわね」
「認めさせてやるよ」
 饗宴の終わりを――。
 恭也は赤く染まった瞳を僅かに細め、敵が半身を引いた瞬間、自身は前へと踏み込んだ。その瞬発力は思わず女の動きが一瞬固まってしまうほどで、俊敏な動きは目にも止まらない。空気を破裂させるような連撃が身に叩き込まれるのを感じながら、それでも女は切っ先を振り上げ、疾風怒濤を繰り出す恭也の頬を切った。
「これでもう少しだけ心がタフだったら、こんな従魔に屈する事もなかっただろうに」
 連撃のさ中、背後から聞こえてきた声に、ハッと身が竦む。
「そろそろ仕舞いにしよう。覚悟しな、従魔!」
 振り返ると、チャージラッシュを発動させて真っ直ぐに突っ込んでくる龍哉に突き飛ばされる形となり、高められた破壊力は到底その身で受け止めるには重すぎた。悲痛な叫び声をあげて地面に叩きのめされた女の躯体が、尚も立ち上がることを望むと分かれば、ハーレキンがジェミニストライクで追い打ちをかける。
「いやっ……!」
 初めて拒絶の悲鳴を上げた女の悲壮感。それが自身が倒されることへの恐怖であったのか、夢のような時間が掻き消えてゆくことへの恐怖であったのか。
 それでも颯太が一気呵成を持ってその肉体へとトドメに向かえば、足掻く女の背中にガルーの一撃が入り天を仰いだ女の胸に追撃の終局が穿たれた。


 掠れた息を繰り返す女の傍で膝を突いたリュカは、あらかじめ用意していた薔薇のコサージュとシーツでベールのように飾り、その血濡れた指に唇を寄せた。
「貴方が望んだ人のお迎えではなく申し訳ない、マダム」
 虚ろな瞳が彼を見る。硝子玉を覆うように、薄い涙の膜が張り、盛り上がった眦の涙珠はほとりと顎を伝い、地面に一つの滲みを作った。
(どうか最期に薔薇のもとで細やかな夢を )
「酔いは、いずれ覚めるもの。悲しみや寂しさを紛らわせても、一時凌ぎでは満たされないわ。それを振り切るにはただ二つ。完全に忘れてしまうか、……過去を新しい思い出で、塗り潰してしまう事よ」
 共鳴を解いた光縒が彼女の方へ一歩近づくと、
「辛い事を受け止めて、前向きになるっていうのは、凄く難しい事だけど…。でもそう考えられたならきっと、もっと素敵な出会いが、待っていると思いますよ!」
 颯太も元気づけるかのようににっこりと笑う。
「どうか、甘美な死を」
 密やかに呟かれたガルーの言葉を受けた女は、そうしてゆっくりと瞼を閉じていった。
「せめて成仏してくれればいいんだが」
 どこか安らかにも見える女の顔を見て、Noahに戻った彼女の傍らで龍哉はそっと息を吐いた。颯太の言葉が、亡き被害者女性の元にも届けば酔いのだけれど。そう願わずにはいられないほどに、辺りは静かであった。

 ちなみに。
「ねえ、そんなに結婚が遅いのって気になる物なの?」
 伊邪那美が同性の参加者たちにそんな問いを投げかける姿が見られたとか。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • エージェント
    ハーレキンaa4664
    人間|10才|男性|回避



  • エージェント
    Noahaa4701
    機械|13才|?|攻撃
  • エージェント
    aa4701hero001
    英雄|18才|?|カオ
  • エージェント
    天宮城 颯太aa4794
    人間|12才|?|命中
  • 短剣の調停を祓う者
    光縒aa4794hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
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