本部

夏がくるまで

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/14 20:49

掲示板

オープニング

●俺の彼女は――
 冷たい外気に、白い息を吐く。
 自動販売機で買ったコーヒー缶は、焼石のようにであった。本当はブラックコーヒーが欲しかったのだが、展望台の近くの自動販売機は一台だけ。しかも、粗末な品ぞろえだった。
「探すと見えないもんだな。流れ星って」
 暖かい車から三十分以上も出ていた彼女に、コーヒーを差し出す。ブラックはなかったよというと彼女は「甘いものをのみたい気分だったら、ちょうどいいわ」と答えてくれた。
「探して見つかるようなものだったら、願いなんてかなわないような気もするわ」
 年下の恋人は、俺が投げ渡したコーヒーのプルタブを開ける。自分は熱いと思って手渡したのに、恋人は少しも熱を感じないかのようにそれに口をつける。
 女の子なのに、彼女はすごく恰好が良い子だった。十代の頃からリンカーとして戦いから、その生き様が仕草に現れていたのかもしれない。
 今日も、流れ星を探したいという自分の子供みたいなわがままに付き合ってくれる。
「もしも、流れ星を見つけたらどうする?」
 この時、俺は二十六歳。
 彼女は、二十四歳。
「私だったら、この世で一番大きな桃が食べたいって願うわ。あっ、もちろん甘いのよ」
 彼女――モモカは、その名の通りに大の桃好き。夏になれば、わざわざ産地に車を飛ばして買い求めるほどだった。普段は恰好がいい彼女が、その季節だけ女の子らしい甘い香りをさせていたから俺は夏が好きだった。
「カオルは、何を願うのよ」
「俺は、実は一か月前以上からこの願い事をするって決めてたんだ」
 俺は、ポケットに入れていた小箱を取り出す。
「モモカ、俺とけっこ……」
「危ない!」
 モモカは、俺を突き飛ばす。
「カオルは車に戻っていて!!」
 ――それからの俺の記憶は、ひどく曖昧である。
 気が付けば、モモカは死んでいた。
 俺たちを襲ったのは、愚神だった。だが、そいつはモモカとの戦いで死にかけていた。携帯で助けを呼ぼうとした俺に、愚神は囁いた。
「あなたがワタシを受け入れれば、この女を従魔として蘇らせることができる。さぁ、ワタシの手を取れ!」
「ふざけるなっ!! そんな提案を受け入れられるか!」
「いいのか? お前の決断で、この女が蘇るチャンスは消えるのだぞ。そうだ、この女は桃の季節が好きだったのだろう。せめて、その季節まで女を生かすがいい」
 桃が好きだった、モモカの好きな季節。
 ――夏まで、彼女を従魔にして生かす。

「私だったら、この世で一番大きな桃が食べたいって願うわ。あっ、もちろん甘いのよ」

「つっ!」
 俺は、どうしようもなく弱かった。
 モモカに守られているだけで、足を引っ張る男だった。そんな男だったからこそ、モモカの最後の言葉を叶えてやりたくなった。
「わかった。夏までだ。夏までだから!!」
 俺は愚神を受け入れて、モモカの死体は従魔になった。夏が来れば、俺はモモカを死体に戻す。そのはずだったが、俺はモモカを殺せないままに――三年も無為に過ごしてしまった。このところ、愚神の意識が強くなるのを感じる。
 奴は、とうとう俺とモモカに飽きたらしい。
 ごめん、モモカ。
 せめて、愚神を巻き添えにして俺も消えるから。

●三年後
「山の展望台で、不審な男女の目撃情報?」
 HOPEの職員は、その話に首をかしげる。
「車で行けるお手頃な展望台ですから、若いカップルには人気の場所なんですよ
 私も昔は旦那と行きましたー、と女性職員は声を上げる。
「そんな男女がわんさか居そうな場所に『不審な』男女なんて現れるのか。歳の差がいくらあってもカップルとして見られそうな場所なんだろ?」
「まぁ、カップルに人気だったのは昔の話になりつつありますから。今の若者は、もっとにぎやかなところにいっちゃいますよ。ただやっぱり――星空の下で語り合うってロマンがあるじゃないですか。ただ、そこで三年前に失踪したリンカーのモモカがいたという目撃情報が出たんです」
 女性職員はため息をつく。
 モモカは、若いがリンカーとしては経験豊富な女性であった。しかし、三年前に失踪。当時付き合っていた男性と共にいなくなっていたため、警察は駆け落ちではないかと判断した。
「駆け落ちした先から帰ってきただけじゃないのか?」
「モモカが目撃された山の展望台で、殺人事件が起きたんです。警察は愚神による犯行ではないかと判断して、HOPEの協力を要請しています」
 三年前に突如として消えた――モモカと恋人。
 目撃された場所できた――愚神による事件。
「モモカの情報を念のため、派遣するリンカーたちに伝えろ」
 きな臭い匂いがしていた。

●俺の公開は――彼女の
「モモカっ――」
 俺は、荒い息を吐く。
 もはや、モモカは俺の言うことを聞かない。いや、モモカは最初から俺のなかにいる愚神の云うことしか聞いていなかったのだ。だから、愚神が俺の言うことを聞いてくれなくなったというほうが正しい。
「モモカは、ここで死んだのよね」
 愚神が、笑う。
「今日まで、アタシの玩具になってくれたお礼に見せてあげるわ。あなたのモモカがリンカーたちに壊されるところを。そして――そのリンカーをアタシが壊すところも」

解説

・愚神および従魔(モモカ)の撃破。

・夜の山の展望台。都心から車で一時間程度であり、展望台としては手軽にこれる。そのためカップルに人気だが、現在は事件のために人気はなくなっている。障害物等はないが、星を見るための展望台のために明かりはごくわずか。なお、展望台の大部分は駐車場のために足場はしっかりとしている。

・モモカ……死後に従魔につかれており、言葉を発することはない。二十代の女性の姿をしており、その身体能力は生前のものを完全に復元している。接近戦に秀でており、近づいてくるものは日本刀により力づくでねじ伏せる。遠距離戦になると銃を発砲するが、腕はあまりよくはない。追い詰められると、袖口に隠した小型の銃。ブーツに仕込んだ、小型のナイフを使用しての蹴りなどを使ってくる。従魔が消えると、モモカの死体は土へと変える。

・愚神(カオル)……カオルについた愚神。カオルを完全に取り込んではおらず、引離すことは可能。モモカとは別に女性の死体を使った従魔を使用しており、それに自分の身を守らせている。主に従魔を支援することに長け、自身の戦闘能力は低め。
使用する技
ブースト――カオルのライヴスを使用し、発動。モモカ以外の従魔に使用し、身体能力を劇的に上げる。これにより、リンカー並みに身体能力を得ることができる。序盤に使用する。
アップ――モモカ以外の従魔に使用。武器の性能を格段に上げる。従魔が一人でも倒されると使用。

・従魔……五体出現。元々は若い女性の死体であり、生前程度の身体能力しかもたない。愚神の技を受けて、リンカー並みの身体能力に性能が上がる。武器は銃器であり、ナイフも持っているが必要にかられなければ使わない。

リプレイ

 夜の空気は、しんと冷えていた。
 夜空には満天の星。
『夜の展望台で男女が二人きり? 最高じゃない』
 蒲牢(aa0290hero001)は、人影のない展望台に満足していた。美しい星は、男女の気分を最高に盛り上げてくれることであろう。だが、鯨間 睦(aa0290)が星空に感動している様子はなかった。こんな時でも、彼はリアクションが薄い。たぶん、隣に美女がいてもリアクションは似たようなものであろう。
「………」
『はいはい、そうよね。お仕事よねぇ。手早く楽しんで、帰りましょ』
『モモカは失踪していたとして……なぜ今頃現れたのでしょう? 愚神がからんでいるとなるとよい予感はしませんけれど』
 構築の魔女(aa0281hero001)は悩みながらも、辺是 落児(aa0281)に意見を求める。だが、落児も首をかしげるばかりだ。失踪したモモカとその恋人カオルの情報はできる限り集めたが、ごく普通の恋人同士だった。怪しいところも特になく、失踪する理由がないといえばない。だが、当時の警察は成人女性と男性の失踪事件だったこともあり本格的な捜査をしなかったらしい。
『寒いね、Alice』
「そうだねAlice。……早く終わらせて帰ろう」
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は、息を手に吹きかける。早く帰って、家で熱いココアでも飲みたいものである。ここは、あまりに寒すぎる。
「念のため、明かりを確保しましょう」
 九字原 昂(aa0919)は、周囲を警戒する。展望台の周囲は、星をみるために心もとない明るさしかない。自動販売機すら一台だけで、売られているのはコーヒーとウーロン茶ぐらいのわびしい品ぞろえだった。
「ねぇ、ニック。あの人、情報にあったモモカさんに似てる気がする」
 大宮 朝霞(aa0476)は、展望台にいた女性の集団から一人を指差す。人通りはないと聞いていたが、こんな時でも訪れる人間はいたらしい。
『なにか、お取込み中のようだな。しかし、女のなかで男一人とは様子がおかしいな』
 ニクノイーサ(aa0476hero001)は、奇妙な集団に眉を寄せる。女は数人いるが、男は一人だけ。どんな集まりなのか、想像しにくい。
「よし。事件に関係があるかはまだわからないけど、接触してみよう」
『朝霞、注意して接近しろ』
 単なる天体オタクの集まりという可能性もあるが、事件が起こっているのだから警戒するに越したことはない。
「あのー、すみません。ちょっとお時間いいですか?」
 朝霞は、モモカと思われる女性に話しかける。
 だが、女性は答えない。
『……朝霞、離れろ。こいつら様子がおかしい』
「こんにちは」
 男が、口を開く。まるで、少女のように笑う不可解な男であった。
 構築の魔女は、手にしていたモモカの写真と見比べる。男と共にいるのは、間違いなく失踪したはずのモモカである。
「死ぬのには、良い夜ですね」
『気を付けてください。彼は愚神です! そして、彼女は死体です!!』
 凛道(aa0068hero002)の叫びと共に、モモカがリンカーたちに襲い掛かってくる。彼女がすでに亡くなっているとしたら、あれは――
『まったく……ゾンビ、ゾンビと最近ゾンビの相手ばかりなのじゃ』
 イン・シェン(aa0208hero001)は、唇を噛んだ。
「だな。四国といい今回といい、たしかにここのところゾンビが多くでてきているな」
 リィェン・ユー(aa0208)は、女たちの動きに目をやる。
 愚神であると思われるカオルを守るのは、モモカと同じような雰囲気の女性たち。おそらくは、彼女たちも体を愚神に弄ばれている。
『死体があれば作れるから数を揃えやすい上、一般人に与える精神的なダメージもかなり高いからのぅ』
 ゾンビが親族の前に現れたら、それだけで一生もののトラウマを背負う。それを考えれば、ゾンビを制作する愚神の行動は許せないものだった。
 ぎらり、とモモカの日本刀が闇夜に輝く。
 生前の彼女が最も得意としていた武器。
 モモカの日本刀を受け止めたのは、赤城 龍哉(aa0090)であった。
「行方不明になったはずの連中が、か」
『子細は後で確認する他ありませんわ。察するに質の悪い愚神に誑かされたようですけれど』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は、モモカ以外の女性たちに視線をやる。失踪した当時から着替えをしていないらしく、女性たちの服はどれも洒落たものだ。年頃の女性らしい服装は、少しでもよく見られたいという気概が感じられた。それが、今は無残なゾンビ。
 龍哉は天叢雲剣を使って、モモカの刀を受け止める。生前はベテランのリンカーであった彼女の動きは鮮麗されており、少し油断すれば力負けしそうだ。
「なるほど動きは生前そのままという訳か」
 これは、苦戦するかもしれない。
 だが、女たちの無念のためにも負けるわけにはいかない。
『数の割にモモカさんだけを突出させる布陣を取ってるのが、少し気になる』
 ガルー・A・A(aa0076hero001)の云う通りモモカだけが愚神から離れて、あとの女性たちは愚神を守るようにかこんでいる。ハーレムのような光景だが、実際は残酷な光景だ。愚神に酷使される、女たちの姿なのだから。
「少し様子を見た方が良い、でしょうか」
 紫 征四郎(aa0076)から見ても、この布陣は愚神の意志を感じる。
『敵の思惑通りに動くのは癪だろ? だが、悠長に出方を待つのも嫌な相手だな。美人ばっかり狙うなんて、男の風上にも置けないぜ』
 征四郎は大剣を握りしめて、女に切りかかった。
 がきん、と従魔のナイフと征四郎の大剣が金属音をたててぶつかり合う。
「あなたは誰ですか! 意思の疎通は可能ですか?」
 叫ぶが、相手からの反応はない。
 暖簾に腕押し、まるでマネキンにでも話しかけているようだ。
「無駄だ、そいつらは全員が死んでいる。アタシがのっとった男は、自分の恋人がこんなふうになることを望んだ馬鹿なやつなのさ」
 愚神の言葉を聞いた凛道は、銃器を握る。
『どんな事情があろうと、罪には代わりありません』
 女たちの武器や足を狙う凛道の見ながら、木霊・C・リュカ(aa0068)は思わずつぶやく。
「……選択を誤ってしまったのは、きっと確か、なんだろうね」
 失踪したとき、恋人の駆け落ちを疑われたということは二人はそうとう深い仲だったのだろう。自分も恋人を突然失ったら、そして愚神が甘い罠を囁いたら――リュカは首を振る。自分はそんな選択はしないだろうが、男が愚かしい選択をした理由は理解できるのだ。だから、上手く言葉がでない。
「外道がっ……」
 御神 恭也(aa0127)は、苦虫をかみ殺したような顔をした。伊邪那美(aa0127hero001)の表情も、冷え冷えとしたものに変わる。
『死者を冒涜する輩には、報いを受けて貰うよ』
 この愚神は、許されないことをした。
 許してはいけないことにした。
 恭也は、女たちの体にできる限り傷をつけぬように立ち回る。死んだといえ、年ごろの女だ。しかも、なんの罪もなく死後に愚神に操られているだけの。
「気分の悪い仕事だ……」
 恭也は、女の腹を殴打する。
 従魔に操られていると頭では分かっているが、罪悪感がわいてくる。せめて、顔だけは。顔だけは、無傷のまま家族に返してやりたい。
『早く倒してあげようよ……あの子達の魂が穢されないように』
 伊邪那美の言葉に、恭也は頷く。
「僕も手伝います」
 昂は縫止し、愚神の動きを止めようとする。
 だが、愚神を守るように従魔たちが昂たち行先を阻む。
「いきなり本命は狙わせてもらえないようですね」
 昂は、唇を噛んだ。
 自分の攻撃が通らないことは、それなりに悔しい。
「やっぱり愚神が関係してたのね! ニック、変身するわよ!」
 朝霞は、ニクノイーサに命ずる。
 同じ女として、今回の愚神を許すことなどできない。
『やれやれ、観ている奴なんて誰もいないだろうに』
「それでも変身ポーズはお約束なのよ! 変身! ミラクル☆トランスフォーム!!」
 朝霞はレインメイカーを握り、従魔の一人をなぎ倒す。
「アップ!」
 愚神が叫んだ途端に、従魔の武器の性能があがる。
「うわぁ、いきなり強くなったよね」
『おそらくは、愚神の仕業だろうな』
 ニクノイーサの推測には、間違いないだろう。
『だとしても、性能が上がったのはあくまで武器だけなのよね』
 蒲牢が囁いた。
『あなたの実力ならば、関係ないわよね?』
「ああ……問題は……ない」
 睦は武器を握りしめる。
 トリオを使用し、まず敵の数を減らす。
「Alice、行くよ」
 アリスはウィザードセンスを使用し、アルスマギカで遠距離から攻撃をしかける。
『アリス、左にもいるよ』
「わかってる」
 逃がしはしない。
 黒いアリスは、拒絶の風をまとう。
 相手からの攻撃から、身を守るためであった。
「依代の事なんてどうでも良い、けど……まぁ、死んだ後も身体を利用されるのはね。せめて全部燃やして送ってあげるよ。ずっと、そのまんまなんて悔しいでしょ」
 アリスの声が響く。
『……あの強化術式は、モモカさんとおぼしき従魔には効果がないのでしょうか?』
「……」
 構築の魔女は敵の能力に対して、疑問を投げかける。
 だが、落児から返事はない。彼も答えを見つけられていないのだろう。
「疑ってばかりだと動きが鈍くなりますが……警戒は必要ですよね」
 構築の魔女は遠くから、敵を見やる。
 まだ敵の数は多いが、従魔に関していえば警戒するほどのものではない。
 なぜならば――。
「隠し玉がその程度か……。多少武器が強くなろうが、使い手が変わらないのならどうってことないんだよ」
 リィェン・ユーの云う通りだ。
 その時だった。
「こっちも、隠し玉か!」
 龍哉は、モモカから距離を取った。
 モモカの靴からは、ナイフが飛び出ていた。それを龍哉の頬をかすったらしく、彼の皮膚からは血が一筋流れていた。
 龍哉は乱暴に、その血をぬぐう。きっとこの武器は、生前の彼女の奥の手だったのであろう。この武器は、モモカが生き残るために考えたはずだ。
「……言葉が届くかは判らんが、その偽りの命、断たせて貰うぜ」
 偽りの命を長らえるために、龍哉はその武器を使って欲しくはなかった。苛立ちを落ち着かせるために龍哉はやけにゆっくりと息を吐く。そして、愚神に取りつかれている男をぎろりと睨んだ。男は、相変わらず笑っている。
「読んだ資料では、カオルって言ったか。あんたにゃ、後で話がある。彼女に申し訳ないと思うなら、愚神の1つや2つ除けて見せろ」
『従魔に成り下がり、愚神にいいように操られるのが彼女の願いだったと思いますの?』
 ヴァルトラウテの言葉。
 敏い彼女は「カオルはモモカを失う事を恐れるあまり選択を誤った」と理解している。理解しているからこそ、強い彼女は愚神の所業を許さない。
「彼女の中から出て行けよ、従魔!」
 龍哉はモモカの刀を叩き落とし、虹輝を構える。
『モモカさんはもう助かりそうにねぇな。やるしかねぇぜ、征四郎』
「待ってください。今倒してしまって、カオルは本当に大丈夫でしょうか? 生きることを選んでくださるでしょうか」
 ガルーの言葉に、征四郎は戸惑った。
 大切な人を失ったことに耐えきれなかった男は――自分が恋人の死を弄んでしまったことに耐えきれるだろうか。
『なら、征四郎。おまえが、言葉をかけるんだな』
「ガルー……」
 征四郎は、戸惑う。
 果たして言葉で、カオルを救うことはできるのだろうか。
「征四郎さん、危ない!」
 凛道は征四郎をかばって、従魔の攻撃を受ける。凛道はロストモーメントを発動させ、自分の周囲に武器を展開させた。
『――あなたたちの幕引きは、僕がおこないます。だから、もう眠ってください』
 従魔の女たちに武器が突き刺さり、それが刺さった女たちはもう動くことはなかった。
 残酷な光景ではったが、これで女たちの魂は救われた。
『罪も過去も消えませんし、雪ぐこともできませんが、償うことはできます』
 凛道はつぶやく。
 その小さな声は、征四郎にも確かに聞こえた。
「いろいろ無念だったと思うが……こいつで終いだ。安らかに眠りな」
 リィェン・ユーは、自分の目の前にいた従魔にとどめを刺す。
 女の悲鳴に、リィェン・ユーは悪態をつきたくなった。
 女性のイン・シェンと契約しているからではないが、女心は理解しているほうである。リィェン・ユーは、彼女たちの体に傷をつけぬように戦っていた。女は、自分の体に傷がつくのを嫌がる。死後無理やり戦わされている女に、無体は働きたくない。
『あの愚神、いい趣味してたのねぇ』
 A.R.E.をかまえた睦の脳裏に、蒲牢の声が響く。
 その声は、どこか悲劇を楽しんでいるようであった。
 一流の劇作家が書いた悲劇を楽しんで拍手を送る、観客。
 蒲牢の声は、まさにそれであった。
「……」
『ああいうのが仕組む事件があるから、あたしみたいな同類がこうして正義面してられるのよねぇ』
 睦は、否定も肯定もしなかった。
『本当……感謝しなきゃ、ねぇ?』
 ただ敵の数を減らすことに、全力を注ぐ。
 女の皮をかぶった敵は、まだ生き残っている。
「遺体を従魔にするなんて、趣味が悪いですね。僕らと趣味も合いませんし、この世界からご退場願いましょうか」
 昂は、愚神の足止めをしていた。
 愚神の男に対して、女郎蜘蛛を使用する。
「わざわざ女性の死体ばかりを使用するなんて……本当に悪趣味ですよね」
 仲間に倒されていく女性の姿を見て、昂はつぶやく。
 こちらが一般人を攻撃しているように見える戦闘には、イライラさせられる。
「皆、美人ばっかりでしょ?」
 愚神の言葉に、昂は冷えた表情で答えた。
「ええ。あなたの本性は醜いでしょうが……なんといって取りついている人を誑かしたんですか?」
「あなたたちに、倒せる? だって、アタシがのっとった男の意識はまだ生きてるわよ」
 愚神の雰囲気が、一瞬だけ変わった。
「殺してくれ!」 
 と、カオルが叫ぶ。
「この人、さっきなにか叫んでいたよね?」
 戦っていた朝霞が動きを止める。
『もしかしたら、こいつはまだ人間の意識が残っているのかもしれんな』
「……だとしたら、助けられるかも」
 朝霞はそう言うが、ニクノイーサはカオルを助けるべきか一瞬迷った。カオルを助けたところで、愛した女はもういないのだ。だとしたら、男にとってこの世は地獄だ。
「大丈夫よ」
 朝霞は頷く。
 その横顔は、自身にあふれていた。
 なぜ、という疑問は愚問だ。
 朝霞はヒーローであるがゆえに、自身にあふれているのだ。
「征四郎さんたちと一緒なら、大丈夫!」
 その言葉に、ニクノイーサは肩の力が抜けた。
 難しいことは、後で考えることにしよう。
『お前もがんばれよ、朝霞』
「むぅ! ニックこそ! ガルーさんに負けないようにがんばってよね!」
 朝霞たちの言葉を聞いていた構築の魔女は、『やはり……』と呟く。
『ここに現れた理由は……きっと思い出の場所なんですね』
 構築の魔女は、目をつぶる。
 ここは二人にとって、どんな場所だったのだろうと思った。
 告白をしたのだろうか?
 愛をささやいたのだろうか?
 どんな愛の思い出があったのだろうか。
「……」
『わかっています。物思いにふけるのは、後ですよね」
 仲間の助力を経て、ようやく恭也は愚神の前に立つ。不気味な愚神であった。若い男の皮をかぶり、女を使役していた愚神。
「お前が愛した女は、愚劣な外道に良い様に操られる事を是とするのか? 己のせいで愛してくれる男が堕ちるのを良しとするのか?」
『思い出して、キミは何かを託されたはずだよ。キミは託された物を放置して彼女に合わせる顔があるの?』
「愚神の誘惑に乗ったのは間違いだ。だが、人としてその選択は当然なのだろう……。だが、愚神は拒絶しろ」
 恭也は、自分の言葉がカオルに届くと信じていた。
 信じていたからこそ、語りかけた。
 まるで恋人を助けるかのように、モモカが恭也と愚神の間に入る。そのモモカを撃ったのは、アリスとAliceであった。
「これであなたも――」
『――もう終わり』
「お家に帰れるよね?」
 アリスたちの言葉を、さえぎるかのように男の悲鳴が響く。
「モモカー!!」
「大丈夫ですか? しっかりしてください」
 朝霞は、未だに愚神が離れないカオルに声をかける。
 男は苦しそうであった。苦しみながら、自分の望みを口にしていた。
『まだ、離れないようね』
「愚神を離すには……戦うしかない……」
 睦の言葉に、蒲牢は笑う。
 その通り、だったからだ。
『やっぱり、憑代の意識があったんですね』
「……」
 構築の魔女は、落児の反応を探る。
 だが、落児のリアクションはやはりなかった。
『そういえば……この女子の英雄はどうなったんじゃろうな』
 イン・シェンは、思い出したように呟く。
 モモカが実力のあるリンカーであったならば、隣には頼りになる英雄がいたはずだ。
「さぁな……。邪英化したわけじゃないのなら、彼女のことを心配して消えてしまったんだろう」
 きっと、自分までモモカに心配はかけたくはないと思ったのだろう。
 だから、英雄はおとなしく引き下がったのだ。
『じゃったら、これで心配事はなくなったわけじゃな。あの世で彼女と再会しておるといいのじゃ』
 恋人ではないが、最高の相棒。
 そういう二人の間柄なら、きっとあの世でも最高の相棒であり続けるだろう。
「さて、諸悪の根源はそこか」
 龍哉は、拳と拳を合わせる。
 この場の一番の悪を許さない、という気持ちを込めて。
「誰が俺らを殺すんだって?」
『滅せられるのはそちらですわ、愚神』
 龍哉の疾風怒濤が発動する。
 その攻撃を浴びたとき、カオルはモモカと過ごした日々の思い出を見た。懐かしくて、幸福で、胸が締め付けられそうになっていると――いつの間にか自分と愚神は二つに離れていたのであった。
「あなただけは、許せません。あなたがいなければ、こんな悲劇は生まれませんでした」
 昂の攻撃が、愚神を撃ち滅ぼす。
 カオルの目から涙が流れた。
 もうこれで、モモカが動くことは永遠にないのである。
「彼女の分もあなたが生きることは、出来ると思います。モモカが救ってくれたあなたの命、ここで終わりにしないでください!」
 征四郎は、力の限り叫んだ。
 あまりに叫びすぎて、体の力が抜けてしまいそうなほどだった。それでも征四郎は、これだけは伝えないといけないと思った。
「お兄さんも……カオルさんの気持ちはわかるよ。今、辛いという気持ちもわかる。でも、モモカさんは、カオルさんのためだから頑張れたと思うから……ごめん、言葉がうまく見つからないよ」
 リュカは言葉を切る。
 カオルは、モモカの手を取った。
 動かない彼女の手を取ったカオルは、子供のように笑って堰が切れたように泣き出したのだった。アリスたちは、その光景を長く眺めることをしなかった。
「早く帰ろう……」
『そうね』
 長く見続けるには、この光景はあまりに悲しい。
『ねえ、カオルの選択は間違っていたの? 愛する人と共に居たいと思うのはおかしな事?」
 伊邪那美は、子供のように尋ねた。
「俺は其処まで誰かを愛した事が無いから説得力は無いが……間違ったと思う。失った時の苦痛はそのまま愛情の深さだろうから、それは受け入れるべきだと思うが」
 恭也も上手く言葉が見つからない。
 人生経験が足りないと言えばそれまでだが、恭也はもどかしさを感じる。伊邪那美の疑問に、はっきりと答えられない自分が不甲斐なく感じる。
『……ボクは、きっと共に居る事を願うよ。愛する人と一緒なら煉獄でも幸せだからね』
 ならば、少し前までのカオルは幸せだったのだろうか。
 恭也は、疑問を飲み込む。
 それは、カオルにしか分からないことだ。
「今回は本当に、後味の悪い事件でした」
 昂は、ため息をつく。
 アリスとAliceも、身を寄せ合って寒いねと呟きあう。
 この場は、あまりに寒かった。
 恋人の死体を抱いて、泣く男がいるのだ。
 秋の夜空は、あまりに冷たい。
「寒いね、もうすっかり冬だ。……せーちゃんもイザナミちゃんも大丈夫? 風邪ひかない様にしないとね」
 そうだ、下山したら喫茶店でココアを飲もう。
 リュカは突然、そんなことを言い出した。
 凛道はいぶかしむが、リュカは困ったように笑った。
「最後に、二人の思い出を作ってあげようよ」
 凛道は息を吐く。
 まるで、自分の魂が体から出て行ったようにもみえた。
 だが、凛道はまだ生きている。
『マスター、あの糸引く星が流れ星ですか?』
 恋人たちは、あの星に何を願うのだろうか。
 誰かが、それを呟いた。
 愛の誓う言葉だよ。
 誰かが、その愚問に答えた。
「幸せな夢物語は当然馬鹿げているけど、今回の事件は寒いよ」
 アリスは、そう呟いた。
 ――秋空は今日も寒い。
 だから、恋人たちは身を寄せ合う。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • エージェント
    鯨間 睦aa0290
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    蒲牢aa0290hero001
    英雄|26才|?|ジャ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
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