本部

命も凍る嵐のなかで

星くもゆき

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/11/12 19:41

掲示板

オープニング

●囲まれて
 西シベリアの都市スルグトは、異常な事態に陥っていた。
 なんの前触れもなく大量の従魔たちがスルグトに向けて進軍を始め、あっという間に都市の周縁に異形の包囲網を形成されてしまったのだ。白い野に、すきまなく従魔たちが集まっているのは壮観であり、とてつもない恐怖だった。これが地獄の光景だと言われれば、誰もが納得しただろう。
 すぐにロシア軍はスルグトを防衛するための戦力を配備し、H.O.P.E.に救援要請を出したが、従魔の大群に攻め寄せられては大被害は免れないと思われた。
 しかし、見渡す限りの従魔たちはすぐにスルグトを攻めつぶすということはしなかった。都市の外へ出ていこうとする者には逃亡は許さじと襲いかかったりしたが、ほかに特に都市を攻撃するようなそぶりは見せていない。
 ただ、包囲している。遠巻きに都市を眺めて、時折脅かすような咆哮をあげて。
 スルグト周辺に異様な雰囲気がただようなか、時間だけが足早にすぎていった。

●急襲
 ロシア連邦軍が防衛のための戦力を都市スルグトに展開したために、さながら街は戒厳令下の状態だった。
 従魔の大群と相対する都市外縁にくらべれば、スルグトの中心部は静かであるとは言えた。もちろんのどかに時をすごすなどできるはずもないが、それでも視界に従魔の姿がないというのは精神的には大きなことだ。
 おかげで、敵の侵攻にそなえているロシア連邦軍の兵士たちは、少しの立ち話をするぐらいの余裕を持つことができていた。
「しかし、どうなってんだろうな、こりゃ。多勢で押しかけてきたのに、何をするでもなく囲んでいるだけってのは……」
「知るかよ。化け物の考えることなんて。攻めるつもりがないならさっさとお帰り願いたいがね、俺は。じっとこっちを見続けてるなんて気味が悪すぎる」
「だよなぁ。俺もそう願うよ。望みは薄いかもしれんが……心変わりして家に帰ってくれたら万々歳だ」
 そんなことを話して、互いに乾いた笑いを発した兵士たちは、ふと上空をなにかがよぎったのを感じた。鳥でも飛んでいったのかと一瞬頭に浮かんだが、体のほうはもっと違うなにかだと訴えていて、彼らは体が命じるままに持っていた小銃をかまえた。
 次の瞬間には、吹き荒れる寒風が兵士たちの体をあおっていた。身を切るような冷気だった。ついさっきまで晴れた寒空が見えていたのに、今は強烈な雪嵐のなかにいるようで、数メートル先でさえはっきりとは見えない。
「……この程度の戦力で、守っているつもり、なら……ロシアの連中も、たいがい頭が悪い」
 低く、くぐもった声が聞こえた。声帯から這い出るような、歯切れの悪い声だった。
 兵士たちはその声へ向けて銃口を向けたが、引き金を引く前に長い鎖が彼らの腕に降りかかった。衝撃に小銃は手を離れ、鎖をあやつる者の力に耐えきれずに兵士たちは地面に叩きつけられた。
 そして、近づいてきた人影を、彼らは見た。
 異様な風体だった。形はひどく長身な人間の男だったが、冷気のなかにもかかわらず上半身は露わになっており、白い肌にボディペイントの青色がいやに映えている。地に届くほどの白い長髪で顔はよく見えず、左腕の肘から先は妙に肥大化していた。鉤爪付きの手甲をつけたその異質な腕を見るだけでも、人間でないことはよくわかった。よく見ると、兵士たちを押さえつけている鎖も、彼の首輪から伸びている。
 愚神に襲われた。それを察した兵士たちは急いで戦おうとする。だが鎖を乗せられた腕がぴくりとも動かない。それどころか動かそうとする感覚すらもない。
 目を向けると、鎖に触れた腕が完全に凍結していた。びっしりと白い霜に覆われて、何も感じない。
 悲鳴をあげた。だが声は出なかった。その時になって、兵士たちはようやく気がついた。
 霜は腕だけでなく、肩から胸や首へとひろがっていた。凍っていたのだ。なにもかも。
「……おまえらでは、なんの楽しみも、ない」
 巨大な左腕が振るわれると、氷像と化していた兵士たちの体が粉々に砕けた。血の一滴も流れずに、ただ破片として散らばったそれは、とても人間の体だったものとは思えない。
 愚神が地に下ろしていた鎖を振りあげて右腕に巻きつけ、踵を返してどこかへ向かおうとすると、異状に気づいた増援の部隊がちょうど次々と到着してきていた。
「……仲間想い、だな。あの世まで、付き添ってやるのか」
 愚神が1歩進むと、ロシア軍の放つ銃撃の音がけたたましく市街に響いた。
 しかしものの数秒も経てば、その音も完全にやんで、辺りには大小の氷塊が無数に転がるのみだった。
 命を奪うその暴嵐は、そのままスルグトの市役所に向かって突き進んだ。市役所近くには市民会館があり、ロシア軍はそこにスルグト防衛のための指揮所をしつらえている。
 一気にロシア軍の頭を狩る。愚神の目的がそれであることは、予想するにかたくない。

●命奪う嵐
 スルグト防衛の依頼を受けていた『あなた』たちは、敵を目指してスルグト市内を疾走していた。連鎖的に発生している銃声や砲撃音を聞けば、敵の侵入は明白だったし、移動ルートをたどるのも難しくはなかった。
 敵の気配に接近するほど、寒波が猛烈に勢いを強めていた。天候不良、であるはずがない。これは敵が引き起こしているものだということは肌で理解できていた。
 確実に敵に近づいていくなか、オペレーターからの通信が入る。
「簡単に状況を説明します。敵の数は1体、おそらく愚神です。市街の中心部に突然、上空から降下してきたようです。市街地の寒波も同時発生していることから敵の特質である可能性大。現在は、ロシア軍指揮官が詰める市民会館に迫っています。理由は不明ですが、指揮所を落としての一気の制圧を狙っているのかもしれません。ロシア軍が応戦していますが、食い止められるとは思えません、迅速に敵の迎撃にあたって下さい!」
 オペレーターの説明を聞きながら、『あなた』たちは市民会館まで到達した。寒波はさらにひどくなり、辺りには吹雪が舞っている。
 そしてその吹雪の向こうに、すらりと大きな男が動いていた。その周りにもいくつかの影が動き、銃火が閃いている。ロシア軍の兵士だろう。
 寒波のなかであろうと、やはりロシア軍兵士たちの戦闘に乱れはなかった。確かな訓練が生む緻密な連携で、迅速に目標を攻撃していた。
 しかし、愚神が一度腕を振るっただけで、その強靭な命は次々と散っていった。土くれを崩すような容易さで。人はおろか、配備された戦車すらも愚神は軽々と弾き飛ばしている。
 蹂躙されていた。圧倒的な暴力で。
 身を押しつぶすような威圧感を感じる『あなた』たちの耳に、さらにオペレーターの声が飛んできた。

「また、敵の推定戦力はトリブヌス級! 繰り返します、敵はトリブヌス級!!」

 想定を超えた嵐が、『あなた』たちの眼前に迫っていた。

解説

■概要&クリア目標
 エージェントたちは、従魔の大群に包囲された、西シベリアの都市スルグトに救援に向かう。
 だが従魔たちは都市を包囲しながらも積極的に攻勢には出ず、戦況はじっと膠着状態が続いていた。
 そんななか突如として、1体のトリブヌス級愚神が防衛線を無視したかのように市内中央に出現する。
 そのまま侵攻する愚神の攻撃目標は、ロシア軍指揮官が詰める指揮所だった。急に単騎で攻めてきた理由は不明だが、敵は一気にスルグトを陥落させるつもりであると考え、エージェントたちは愚神の迎撃にあたる。
 課せられる任務は『指揮所(市民会館)の防衛』と『トリブヌス級愚神の撃退』である。また周囲にはロシア軍兵士も多数生き残っているので、できることなら彼らを生存させてほしい。

※愚神は一定時間が経過or一定ダメージを与えることで撤退する。(PL情報)

■敵
・トリブヌス級愚神『???』
 2メートル近い、すらりとした長身の男。喋り声ははっきりとしないが、会話は可能。
 近接型パワーファイターと推測される。物理攻撃が極めて高い。回避は低い。
 右腕の鎖を敵に巻きつけて拘束したり、手甲のついた左手での殴打などをしてくる。他の攻撃方法は不明。
 だが、あらゆる攻撃に強烈な冷気をともなうことは判明している。凍結してもリンカーなら動けるが、移動や命中、回避に悪影響が出るだろう。(クリアレイやラウンド経過での回復は可能)

■状況
・現在位置は市民会館の正面。PCたちが突破されれば指揮所は陥落するだろう。
・状況が悪すぎるので、指揮所機能の移転などは不可能。
・市街地のため、遮蔽物は多い。
・周辺にはロシア軍兵士の生き残りが多数存在。一般人ではないので、機を見て自力で退避することはできるだろう。ただし愚神に攻撃されればまず命を失うだろう。

リプレイ

●立ちふさがる

「中々……絶望的と言える状況ですね」
 極寒のなか、秋津 隼人(aa0034)は目の前の惨状に眉をひそめた。
(「退いても待つのは破滅のみ……ならば前しかないの。今回ばかりは無茶するなとは言わんよ、隼人。ただ……死ぬなよ」)
 椋(aa0034hero001)が隼人に釘を刺すように言った。この相棒はどうにも、自分の命を軽視するきらいがあるからだ。
 隼人は小さく苦笑いをした。
「うん、俺もアレに殺されるのは、少し嫌だし。まあ……頑張ってみるよ、頼もしい味方もいる、きっとできるさ、この人達となら!」
 ともに戦陣を張る仲間たちへの信頼を口にして、隼人はフリーガーファウストG3を持ち出す。
「さあ派手に始めるとしましょう……『戦い』を!」
 気炎をあげて、遠くの敵影へ向けて、ロケット弾を撃ちこんだ。寒波のせいで視界不良ではあるが、敵が堂々進軍しているおかげで照準には困らなかった。
 だがキッチリと狙いを定めるにはやはり雪風が邪魔だ。弾は直撃せず、愚神のわずか横に着弾した。
 愚神がゆっくりとエージェントたちを向いた。
「皆さん、今のうちに!」
 砲撃を続ける隼人がそう言うのと同時に、仲間たちが敵に向かって駆けだした。このまま接近し、愚神がロシア軍へ手を向けられないようにする。
「寒いのは苦手じゃねえが、この寒さは堪えるねえ……爺さん」
(「あの元凶を絶ってしまわねばのう、亮よ」)
 ぶるり、と身を震わせた百目木 亮(aa1195)に対し、ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)はいたって穏やかな声で答えた。ヒーターシールドを持っていても、身に感じるのは冷たさだけだ。吹きつける風が体に極限の寒さを与えてくる。
 雪中を疾走するクレア・マクミラン(aa1631)は、くわえていた煙草の火を消した。
「トリブヌス級か、久しぶりに大仕事になるな」
(「凍傷も頭に入れておいてね。重体者への対応はスピードが命よ」)
 環境と敵の攻撃とを考慮して、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)が念のためにと言葉を添えると、クレアは軽く「わかっているさ」と返した。
「見たことの無い相手だな」
 向かう先の愚神を見ながら、真壁 久朗(aa0032)が言うと、共鳴中の英雄・アトリア(aa0032hero002)がややそっけない声音で応じる。
(「どのような相手であれ突然現れては命を簡単に奪う……このような理不尽あっていいはずがありません。ワタシ達に成せる事を……わかってますね?」)
「ああ、もちろんだ」
 フラメアを握る手に力をこめ、久朗は一直線に愚神へと駆けていく。
(「緑青好みの強者(イロオトコ)じゃあねェか。なァ?」)
「ま、精々楽しませて貰うわ。行くわよ鳴海」
 愚神の容貌がぼんやりと見えてくると、四童子 鳴海(aa4620)が冗談めかした言葉をかけてきたが、緑青(aa4620hero001)は半分聞き流すようにあしらった。
(「先ずは兵士の撤退が先決か? 命あってのモンだからなァ、無理せず任せて立て直して欲しい所だ」)
「誰が死のうが興味無いけど御守りは御免ね」
 毒づきながらも緑青は、断続的に続く隼人の砲撃に合わせて敵にストームエッジを放った。本当は愚神の背後まで回って挟撃したかったが、回りこむほどの速力がなかった。
 まばらに舞った刀剣が、次々に敵の影に突き刺さる。
 しかし愚神はひるみもせずに、泰然とした歩みを止めない。
「俺たちはH.O.P.E.だ! ここは俺たちに任せて、退け!」
 愚神と互いに得物が届く距離に入る直前、久朗が周囲のロシア兵に避難を促すために声を張りあげた。
「命を落とせば反撃の機会は訪れません。今は退避を!」
 続けて久朗の口から出たのは、アトリアの声だ。久朗が主導する形で共鳴を行っているのだが、こうしてアトリアの声が出てくるあたり、どうにも不安定らしい。2人はいまだ確かな信頼を築くに至れていない。それが共鳴時にも乱れとなって表れてしまう。
「H.O.P.E.か……! 退くぞ、無駄死にするな!」
 兵士らが後退を始めると、久朗は愚神の側方に回りこみ、フラメアを振るってライヴスブローを撃ちこんだ。
 だが、愚神に傷んだ様子はなかった。
「……おまえは、やりがいのある相手か?」
 手甲が久朗を打ち払った。槍の柄で防いで直撃は避けたが、冷気は槍をつたって久朗の両手を凍らせている。
「愚神と話す口など持っていません。愚神を滅ぼす、ただそれだけです」
 敵に答えたのはアトリアだった。その言葉を聞きながら、久朗は感慨深く思っていた。注意を向けさせるためとはいえ、敵を攻めようなどという苛烈な感情は、アトリアと誓約を交わすまでは考えられなかった。
「さて、なら攻めるか?」
(「臆する事は無いでしょうがただ平坦であるべきでもない。敵をも燃やす熱情を力とするのです」)
 再び体の主導権を握って、久朗は鋭い眼光で愚神を睨んだ。
 そこへ、張り詰めた空気を破るように、亮が横合いからフラメアで斬りこんできた。
 巨大な左手が防御態勢をとる。鉤爪が槍の穂先をかちあげ、火花が散った。
「俺達の相手してくれよ。名がなけりゃ……吹雪男でいいか」
「……わらわらと、出てくる」
 話しかけた亮に反応し、愚神がそちらを向くと、すかさず逆側から緑青が迅狼で斬りかかった。
 狙うのは右腕。鎖ごと腕をたたき斬るつもりで刀を振った。だが愚神は右腕をすばやく引き、刀の軌道から退避させた。
「ゴミ共に構ってないで私と踊りましょう。半裸の変態さん」
 敵の正面に回り、緑青は愚神を挑発した。後退するロシア兵に手を出させないために。
(「どうでもいいんじゃなかったのかい」)
「仕事じゃなきゃ放っとくに決まってるでしょ。何なら私が殺してやる」
(「それはそうと、あんま無茶すんじゃないよ」)
「死ななければそれは無茶じゃないってご存知」
(「お前なァ……!」)
 あきれて訴えかける鳴海の声を無視して、緑青は再び愚神に攻めかかった。

●救助

「っし、そんじゃ兵士さんを助けに行くッスよ!」
 齶田 米衛門(aa1482)が風音に負けじと張った声に、ゼノビア オルコット(aa0626)がうなずく。
 仲間たちが愚神と交戦する一方で、エージェントたちはロシア兵の避難誘導・救助も行おうとしていた。その役を負うのが米衛門とゼノビア、そして2人とは別に動いている無月(aa1531)だった。
「しっかし雪がすげえッスな……。人の痕跡を追うのも難しいッスよ」
(「雪には慣れてるつもりだけどよ、こいつは参るよな」)
 双眼鏡を覗きながら人影を探す米衛門に、共鳴しているスノー・ヴェイツ(aa1482hero001)が話しかけてきた。吹雪のせいで人間の痕跡は覆い隠され、地道に人の姿を探していくしかない。
 米衛門の隣では、ゼノビアが周辺の簡単な地図の描かれたクリンナップボードを見つめていた。市民会館付近にいたロシア兵に頼んで描いてもらったもので、生存する兵士がいそうな場所も記してある。どれほど頼りになるかはわからなかったが、それでもないよりは良い。
 しかし、捜索をする一方で、ゼノビアは『自分は愚神の攻撃に向かわなくていいのか』という迷いを感じてもいた。それをなんとなく感じとったレティシア ブランシェ(aa0626hero001)は、沈みそうなゼノビアの心を支えてやろうと声をかける。
(「あっちのことが心配なんだろうが、今は自分の仕事に集中しろ。俺らがやらなきゃたくさんの兵士が死ぬかもしれねぇんだぞ。愚神に向かったのは頼りになる奴ばかりだ。任せておけば問題ねえよ」)
(……うん、わかった、です。兵士さんを助けることに、集中する、です)
「あそこ! 人影ッス! 動きが鈍いし、負傷してるかもしれねッスね」
 米衛門の報告に、ゼノビアはパッと顔を上げ、彼のあとを追っていった。
「あんたたち、もしかしてH.O.P.E.か……? すまん、助かった……」
 駆け寄った先の兵士は、愚神が攻撃の余波で破壊したなにかにでも当たったのだろう、片脚の骨が折れていた。
 2人は応急処置を施すと、米衛門が兵士を担いで動き、ゼノビアが周囲警戒にあたる形で移動した。会館までは距離があるし今は危険なので、手近な大きい建物へと運びこんだ。
 そうして、また吹雪のなかへ。助けを求める人を探して。

 戦場を迂回するように周囲を移動しながら、無月は懐からチョコレートを取り出し、速やかに摂取した。雪中行動のための当分補給といったところだ。
(「寒い時には甘いものがいいからね」)
 共鳴中のジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)の補足に、無月は無言でうなずくのみで、視線は横殴りに吹きすさぶ雪風のなかを動いている。助けが要りそうなロシア兵を探して。
 ライヴスの鷹を飛ばし、空からの捜索も試みていたが、そちらは天候が悪すぎて思うような効果を得られなかった。地道に足を使って探すしかない。
 吹雪に耐えて進んでいると、2人組の兵士が見えた。片方がもうひとりに肩を貸して移動している。無月が近づいていくと、健在なほうの兵士が銃をかまえたが、無月が害意はないことを示すと安心したように銃をおろした。
 負傷している兵士は、衣服の腹の部分に、大量の血が染みこんでいた。無月は救急医療キットを出して、できるかぎりの手当てをした。
「すまない、時間がないのでこれくらいしかしてやれないが……貴方達は私達が命に変えても必ず守る」
「心強いと言うのは癪だが、今は……そちらに頼むしかなさそうだ」
 悔しそうに表情をゆがめて、兵士たちは戦場から避難していった。
 それを見送ると、無月は再び、ロシア兵の姿を探しはじめた。

●不倒の者ども

「下がってください! 次は俺が!」
 愚神と相対して前衛として戦っていた仲間と入れ替わるように、隼人が赤槍『心血』を突き出し、戦闘に割りこんだ。
 エージェントたちはそうした戦いを続けていた。絶えず誰かが接近し愚神の進攻を阻み、負傷したり凍結すれば一旦距離をとって回復、そしてまた前の仲間と入れ替わる。比較的メディックが多かったことと、久朗や亮がカバーリングに奔走したこともあり、戦線は持ちこたえていた。
 だが、攻撃に手数を割けなかったために愚神に与えた傷は微小なもので、進攻の勢いは止まらなかった。
「……次はおまえが、凍りたいと?」
 眼前に躍り出てきた隼人へ、愚神が右腕を振り、鎖を巻きつけた。
「氷漬けになるような嗜好はありませんよ……!」
 鎖をつたい、隼人の全身を冷気が覆う。手足にはきれいに霜が発生してしまっていて、危険を感じた隼人は身をよじって鎖を振りほどく。
 敵が鎖を投じたところを好機と見て、亮がフラメアで愚神の脇腹を斬りつけた。
 ブラッドオペレート。一筋の傷が走ると、そこからわずかな赤い飛沫が漏れた。
「少しは痛むんじゃないかねぇ……っと!?」
 愚神の反応をうかがって亮が目線を上げたところに、鎖が鞭のようにしなって向かってきた。フラメアで防御はしたものの、やはり槍を持つ手が凍結してしまっている。
「おっさん、か弱いんでな。ちったあ手加減してほしいがそう言っても無理な相談かねえ」
「……ぬかせ、おまえは、なかなか叩きがいがあるぞ」
「悲しいぐらい嬉しくないな」
 凍ったままでは戦いづらい。亮はあからさまにため息をついてから、後方に距離をとった。
「あの鎖、ぐるぐるとよく動きますね」
「まぁ愚神だからなぁ。物質的に普通じゃないとか、ライヴスで操ってるとか……そういうもんなのかもねえ」
 自身にクリアレイをかけながら、隼人と亮は言葉を交わした。2人とも敵の動きを見て、鎖をどうにかできないものかと思案していたが、結果としてわかったのは、どうにもならないということだ。動きが速すぎるし、仮に槍や刀で絡めとったとしても、武器をつたう冷気で逆にこちらが氷漬けにされかねない。
「それだけでなく、あの愚神は吹雪のなかでもよく見えているらしいですね。反応が早い」
 消耗した仲間たちへ、清らかに光るライヴスを降らせて、クレアが敵についての所感を述べた。1歩引いたところで味方の損耗度合いを見ながら戦っていたクレアは、同時に敵の様子についても観察していたのだ。
「この吹雪は奴の仕業でしょうし、当然といえば当然ですが」
「厄介な敵ですね」
 淡々と言ったクレアに、ふっと困ったような笑いを見せて、隼人は突っこんできた愚神の攻撃をライオットシールドで受けた。そのまま盾で払うように足元を狙うが、脚を引いた愚神にかわされてしまう。
 さらに背後から、緑青が愚神の右腕をまた斬りつけようと狙ったが、それも避けられた。
 隼人では、緑青では、敵の腕や脚を狙うには精度が足りなかった。ただ単純に。
 反撃の鎖が飛んでくる。緑青はそれを避けようとステップを踏んだが、捕まった。
「……俺の腕を落とすには、力が足りないな」
 再三見せつけられた冷気が、緑青を襲う。だが当の緑青はダメージを受けてなお、涼やかな表情。
 捕まったのは、わざとだったからだ。
「じゃあ、全部切り刻むことにするわ」
 緑青が鈴の音を鳴らした。それは無差別に範囲攻撃を行う合図だったが、仲間たちはその場を離れなかった。離れれば、緑青が敵と1対1の状況になる。それは危険すぎる。
 ダメージダイスを用いたウェポンズレインが、愚神を切り裂いた。仲間たちもくらったが、彼らが丈夫なのと緑青のリンクレートが低かったこともあり、傷はごく浅い。
 愚神を攻撃しつつ、緑青は鎖から逃れた。
「回復入るぞ!」
 亮が仲間と行動がかち合わないよう声をかけ、緑青にクリアレイをかけた。立て続けに隼人のケアレイが飛んできて、それでも足りずに緑青は賢者の欠片を使った。
(「よくもまァんな血塗れで楽しめるよな」)
 整った顔を血で彩る女に向かって、鳴海はあきれとも感心ともとれない声で言った。
「戦場は紅い程良いに決まってる」
(「白銀に咲く真紅に酔うは殺人鬼ッてか? やァだキマってる」)
「そりゃどうも」
 やれやれ、という鳴海の言葉を聞きながら、緑青は再び愚神に向けて飛びかかる。
 わずかに傷ついた愚神は、その隙を見逃さず攻めかかった久朗と格闘していた。たどった年月を感じさせるような鈍色の槍と、手甲の鉤爪が幾度も打ち合い、火花を起こす。
 愚神が相手を変えずに、久朗とずっと打ち合っているのは、久朗が守るべき誓いを発動させたからだ。
 力負けし、体が引き倒されても、久朗はすぐに反応して跳び起きた。
「ワタシ達はタフですよ。何度薙ぎ払われようと立ち上がって見せます」
 アトリアの言葉に、愚神は笑った。
「……そいつはいい。何度でも壊せるとはな!」
 鉤爪が振り下ろされる。
 そこへ、影が閃く。
 潜伏によって気配を消していた無月が、ジェミニストライクで愚神の脇を斬りぬけた。兵士たちの誘導・救助を終えた彼女は、愚神を背後から攻撃できる隙を虎視眈々と狙っていたのだ。
「無月、推参! ここは貴方の居るべき世界ではない。疾く、己が居るべき世界へと還るがいい!」
 急襲を受けた愚神は、その様子から動揺しているらしいのが見てとれたが、狼狽には至っていなかった。
「……数だけは、揃えているな」
 斬りつけられた背中の傷を意に介さず、愚神はなおも暴威を振るい続ける。

●敗色を覆す

 米衛門とゼノビアは救助活動を終えてから、市民会館へ戻ってきていた。
 果たして救助に出向いたのが正解だったのかはわからない。ロシア兵はよく訓練されていて、混乱は小さかった。放っておいても愚神さえ止めておけば、彼らは危険から逃れられたかもしれない。
 だがそれでも、3人が手当てをしたことで救われた命も確かにあっただろう。
「ともかく外の従魔がどう動くかもわかんねえから、防衛専念ッスよ」
 そう言いつつ、米衛門は会館の窓から戦況を見つめていた。
 他方、ゼノビアは戦場に面した会館の窓のひとつから、アンチマテリアルライフルをかまえてスコープを覗いた。吹雪のため視界が悪く、精密射撃には難が出るかもしれない、とは隼人からの通信で知らされていた。その言葉どおり、スコープのなかの世界は、白と灰とで彩られていて敵影を正確には捉えられない。だが暴れる愚神の姿はなんとなく認識できていた。
 ゼノビアにはジャックポットの恩恵もある。おそらくは当てるに難しくはないだろう。
 援護射撃は可能であることを確認すると、ゼノビアはスコープから目をはずし、近くにいた負傷のないロシア兵に筆談のメモで意思を伝えた。
「スコープ、覗いてると、周り見えない、ので……お願いしてもいい、です?」
「あ、あぁ、わかった。警戒は俺がやろう」
 ゼノビアから双眼鏡を受け取りつつ、ロシア兵がこくりとうなずいた。ゼノビアは兵士に観測手も頼もうかと思っていたが、この吹雪ではまともに対象を見ることはできないのでそちらは断念した。
 改めて、スコープを覗く。
 照準に収まるそのときを待ち、ゼノビアは、冷静に引き金を引いた。

「……!?」
 唐突に銃弾に襲われ、愚神はよろめいた。
 敵の暴力を受け止めつつ、隙ができるのを待っていた隼人は、いきなり高級シャンパンを愚神に投げつけた。
 さらに『ちゃっかふぁいあーくん1号』を携帯品から取り出したが、酒に引火する前に、シャンパンは愚神の放つ冷気で凍ってしまっていた。作戦は失敗である。
「あんまり寒いもので、焚火でもどうかと思ったのですが……」
「理由は、まあいい……。来るぞ、かまえろ」
 言い訳していた隼人が、久朗に言われて顔を上げると、愚神の怒り(?)の反撃が向かってきていた。
 盾でダメージ軽減を図るも、疲労と負傷の蓄積は大きく、体を打つ衝撃で意識が遠のく気分がした。
 5人で愚神を足止めしていた負担が大きすぎたのだ。回復スキルとアイテムを惜しみなく投入して耐えていたが、そのツケが回り、もう回復手段はろくにない。
 もう自分は倒れてしまうだろう、と隼人は自覚したが、それでも口から出たのは挑発の言葉だった。仲間がくらう攻撃を代わりに浴びて死ぬなら本望、とさえ思ってしまっていた。
「名前を。貴方を斃した事を誇れるように」
 そう言ってにやりと笑ってみせた隼人に、愚神は鼻を鳴らして応じた。
「ヴァヌシュカ。俺の名だ。覚えておけ、死にぞこない!」
 鉤爪に裂かれ、隼人の意識はそこで沈んだ。
「秋津……!」
 追撃が隼人に及ぼうとしたが、それは久朗が体を張って止めた。しかしそれまで愚神『ヴァヌシュカ』の攻撃を引き受けていた久朗は、その被弾で限界を超え、その場に崩れ落ちてしまった。
 無慈悲な攻撃が降りかかる前に、クレアと亮が重体に陥った彼らを引っ張って後退し、サバイバルブランケットで寒風から守った。
 エージェントを2人打ち倒し、ヴァヌシュカの進攻は勢いを増す。それを止めるため、無月はロシア兵から借り受けた閃光手榴弾を投擲した。
「皆、目を覆え!」
 目くらましにひるんだ隙に攻撃をしかけようと無月はヴァヌシュカの懐に滑りこんだが、それに合わせて舞った鎖が無月に巻きついた。ライヴスのこもらないただの閃光では、ヴァヌシュカの目はくらまなかった。
「……ハハッ! 小道具に頼るか! H.O.P.E.も底が知れる」
「これぐらいで知った気に? それこそ、底が知れる」
 ヴァヌシュカが高揚したように笑うと、側方に回った緑青が、迅狼でその首筋を斬りつけた。
 心地よい感触が柄を握る手につたわったが、それをかき消す強烈な痛みがヴァヌシュカの左拳からもたらされる。一撃は緑青を戦線から脱落させるにじゅうぶんな威力だった。
 一気に戦力をそがれ、戦線は後退する。
 見る間に指揮所手前まで追いこまれていくなか、クレアは意を決して携帯品からライヴスソウルを取り出した。
「2度目だ、感覚は掴んだ」
(「えぇ、やりましょう。命のために」)
 クレアとリリアンのライヴスを受け、ライヴスソウルが青白い光をまぶしく放った。クレアの髪が真っ赤に色を変え、みるみる伸びていく。服も白衣から、ハイランダーを思わせるものに変わっていた。
 それを見たヴァヌシュカは、実に興味深そうに声を漏らした。
「……これはいい。身を刺すような、闘志が伝わる」
「それはよかった。では満足したなら、消えてもらう」
 楽しそうに笑うヴァヌシュカの懐へ、クレアはカラミティエンドを担いで潜りこんだ。左拳をかいくぐり、上段に大剣を振るうと、痛烈なダメージにヴァヌシュカはぴくりと体を震わせた。
 そこに、彼方から一筋の雷撃も飛んできた。会館から飛び出してきた米衛門だ。彼の髪は、すでに『攻める矛』を示す長髪に変わっている。
「あんだけやられて、オイも黙ってらんねッスよ!!」
「あまり熱くはならないように。……とはいえ、止めはしませんが」
 2頭の獅子がヴァヌシュカに喰いかかった。クレアがカラミティエンドで脚を狙うと、ヴァヌシュカは跳びあがって避ける。中空に上がったところを米衛門がライオンハートで斬りかかるが、ヴァヌシュカは難なく手甲で受けてみせ、逆に鎖の巻きついた右腕で米衛門を殴り飛ばした。
「ハハッ! H.O.P.E.もやるな、血が騒ぐという感じだ!!」
 くぐもった声から一転し、ヴァヌシュカの声は喜悦に満ちていた。思わぬ幸運に巡り会えた、とでも言うように、ヴァヌシュカは大気を震わせるほどに大笑いした。
 耳障りなその哄笑が最高点に達したとき、エージェントたちはしかける。
 無月が中距離から苦無を投げ飛ばし、逆側から亮がフラメアで突っかける。両側からの攻撃に、ヴァヌシュカは両腕を盾として使って防御した。
(追撃する、です)
 ゼノビアの精密な狙撃。射手の矜持を使用し、より精度の高まった一射が、がら空きの胸にクリーンヒットしないわけがなかった。
 えぐるような銃撃を受け、ヴァヌシュカが胸を押さえて下がると、米衛門が疾風怒濤の三連撃をひとつも漏らさずに、白肌の胴体に叩きこむ。
 そして、一言。
「さて、消えてもらう、と私は言ったな」
 カラミティエンドの剣先を、雪面すれすれにかまえ、クレアが射抜くような瞳でヴァヌシュカを覗きこむ。
 猛然と、大剣は空を裂き、白い髪を裂き、ヴァヌシュカの顔を深々と斬りつけた。
「……!!」
 のけぞり、声にならぬ叫びをあげるヴァヌシュカ。
 次第に、叫びに感情が乗り、声が輪郭を得ていく。
「……ハッ! ハッハッ! イァーッハハハハッ!!」
 笑っていた。
 目の前の愚神がなにを考えているのか測りかねていると、ふいに笑いが止まり、ヴァヌシュカの視線が指揮所を捉えた。鎖がもう届いてしまうほど、距離が近い。
「……っ! そういうことかよ、まったく!」
 蛇の動きのような軌道で、伸びていく鎖を、亮は回りこんでわが身を盾にして防いだ。
「良い反応だ。やはり、思っていたより強いか」
 ヴァヌシュカの感心したつぶやきを遠く聞きながら、亮は重なったダメージのツケをくらい、その場に膝をついた。だいぶ手痛い傷を負わされてしまったが、ロシア軍への攻撃を気にかけていたかいがあり、ヴァヌシュカの突然の攻撃にいち早く気づくことができた。おかげで指揮所の崩壊は、この瞬間は免れた。
「ま、お役御免って、とこかねえ……」
 かすむ視界にヴァヌシュカの姿を捉えたまま、亮は力尽きて倒れてしまった。
 彼が倒れると、弾かれたように、クレアに米衛門、無月は得物を掲げてヴァヌシュカに向きなおった。会館の窓からは、ゼノビアのアンチマテリアルライフルのスコープの反射光が覗く。
 だが、ヴァヌシュカは次の瞬間には大きく飛びのき、エージェントたちの射程外へと身を置いていた。
「……余興としてはじゅうぶんだった。俺は満足だ。顔に傷をつけられたのは、嫌な気分だが」
 クレアにつけられた顔の傷をなでながら、ヴァヌシュカがわりかしなめらかな口調で言った。地底から這い出るようだった声に比べれば、今はずいぶんはっきりと聞こえる。
 ヴァヌシュカがくるりと踵を返すと、クレアが大剣を向けたまま尋ねた。
「退くというのか? いったいお前はなんのためにここへ来た? 外の従魔どもは?」
「……ああ、そういえば囲ませていた。興が乗ったから忘れていたな」
 思い出したように言って、ヴァヌシュカは、戸惑いのなかにエージェントたちを置き去りにしてスルグトから消えた。


 しばらくすると、スルグトを包囲していた従魔もどこかへと引きあげた、という報告がエージェントたちの耳に届いた。
 なんのために来たのか、という疑問が彼らの胸中には残った。
 しかし、これだけは予感としてわかる。
 敵の目的は、スルグトの制圧などではなかった、と。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631

重体一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ・
    真壁 久朗aa0032
  • 挑む者・
    秋津 隼人aa0034
  • HOPE情報部所属・
    百目木 亮aa1195
  • 慈愛の『盾』・
    四童子 鳴海aa4620

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 挑む者
    秋津 隼人aa0034
    人間|20才|男性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    aa0034hero001
    英雄|11才|男性|バト
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • 生命の護り手
    ブラックウィンド 黎焔aa1195hero001
    英雄|81才|男性|バト
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
    機械|21才|男性|防御
  • 飴のお姉さん
    スノー ヴェイツaa1482hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • 慈愛の『盾』
    四童子 鳴海aa4620
    人間|26才|男性|防御
  • 無慈悲な『剣』
    緑青aa4620hero001
    英雄|23才|女性|カオ
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