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夜に舞う人形師
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/10/18 21:13:55 -
相談卓
最終発言2016/10/22 00:17:21
オープニング
あるマンションの一室、パソコンの前に座っている長身の女性がいた。
美しい黒髪の、二十代半ばの女性……黒松鏡子。
ヴィランの関わる事件を担当するその人物が、ある脱獄事件に関する映像を確認しているところだ。
「収穫はあるけど、手掛かりはないかしら……」
自動で撮影された映像記録に映っていたのは、監視塔で起きた事の実態……。
操られた人間と鉈を持った従魔が、施設から脱出できない人間達を襲っている画面や、銀の髪をした少女と、腐乱死体の愚神がその猛威を振るい、殺害した刑務官を従魔化させ、人形としていく光景が映っていた。
銀の髪の少女は霊力の糸を操っており、その事件でエージェント達を攻撃した霊力糸は彼女のものだろうと判断できる。
恐らくは別の場所に姿を隠し、腐乱死体だけに眼を向けさせていたに違いない。
「私が欲しいのはそっちじゃないのよね……」
できれば、ヴィラン関与の可能性を示す映像がほしかった……。
この事件は、愚神が操る力を持っていたせいで、人為的
な介入が全てその能力によるものと判断されかかっている。
例の凶悪犯の脱獄……彼女にとってそれは過去と決別する一件でもあり、それに関わるこの事件が、適当な形で終わることは……彼女にとって気分がいいものではない。
どんな手間をかけても、真相に辿り着きたかったのだが。
組織というのは効率化の為、『手間』を省く事がある。
世の中で多発している愚神やヴィランの起こす事件に対応するためにはやむを得ない事でもあるが……鏡子のように真相を求める者にとって、それは障害にもなるのだ。
捜査が打ち切られない為にも、愚神以外の存在が関わった証拠を、この映像から入手する必要があった。
映像を繰り返し見る……今頼れるのは、これしかない……。
「あら……?」
関連の映像を確認しながら、彼女は一つの監視カメラの映像を停止させる。
「え……これ……なんで?」
暗くて分かり辛いが……そこにいるのは……。
「救出された人……よね?」
救出された調査員がそこに映っていたが……再生を進めると、その調査員が銃で撃たれ、射殺されていた。
頭を失い、身体の特徴が分からないように何度も銃を撃たれている。
そんなはずはない……彼女は、この刑務所から救出された人物だ。
背中に紋様を刻まれ、意識のない状態で発見されたはず……。
「……いえ、でも」
現場で出来た身分確認は、顔と身分証から本人かどうかを判断するだけだ。
「身分証に損壊がなかったとして……事前に整形しておけば、顔を真似るくらいはできる……かしら」
鏡子は思案する。
後々の検査だって、そう厳しい検査はしていない……杜撰とは言わないが、大きな事件が相次ぐ今は、一つの事件に綿密な調査を行えるほど、余裕があるわけではないのだ。
(誰かが、調査員に成り代わった可能性はある……英雄だって姿を見せていないし……)
英雄が壊滅させられていた状況から生還し、事前に起きた脱獄事件の犯人も英雄の姿を見せていなかった為、事件後、この調査員の英雄が呼び掛けに応じないことも、なんらかの愚神の影響があるものと思われていた。
調査員の知り合いがいたとしても、事件のショックを装うことで、違和感や記憶の齟齬も隠せるかもしれない。
「これ……ありえるんじゃ」
鏡子は専用の端末から、HOPEに通信を繋ごうとして……。
「繋がらない……? 電波のせいかしら?」
そう思って窓を見ると……そこに……。
「え?」
窓には大きく、奇妙な紋様が浮かびあがっている。
これは、施設を閉ざす紋様。
映像にあった愚神のものだ。
「……まさか」
寒気を感じた鏡子の後ろの空間がぐにゃりと歪み……そこから、鼻が曲がるような腐臭がした。
現れたのは、糸に吊り下げられた腐乱死体と、一人の銀髪の少女。
黒いゴシックドレスを着込み、不気味な人形をそこに乱雑に縫い付けた少女は……無数の霊力糸を出しながら、鏡子に向かい微笑みを浮かべる。
「こんばんは……あ、死ぬ前なら、さようならがよかったかしら?」
――十分前・HOPE東京海上支部・オペレータールーム――
「愚神の出現をプリセンサーが予知しました、場所は……あ、鏡子先輩のマンション!」
まだ若い女性通信士が、驚愕した様子でその報告を見ると、上司の男性からすぐに叱責がとんだ。
「報告は正確にしろ!番地は分かるな、すぐにエージェントを向かわせる、通信を繋げ!」
「うえー、鏡子先輩に繋がりませんー!」
「エージェントにだ馬鹿者! クビになりたいか!」
「は、は、いえ! クビはやめてください! エージェント各位、東京都○○区、○○番地のマンションで愚神の襲撃が発生します! 近くの方は、至急、討伐と住民の避難にあたってください」
解説
【依頼目的】
・愚神の迎撃
・住民の避難(愚神出現前には既に避難済みのため、『黒松鏡子』の保護のみで構いません)
【依頼詳細】
東京都のマンションに愚神が出現しました。
住民(黒松鏡子)を保護し、愚神を撤退させましょう。
【敵情報】
『腐乱死体の愚神(名称不明)』
ケントゥリオ級
外見:糸に吊るされた腐乱死体、身体を縫った跡がある。この糸は、『霊力糸の愚神』が扱っている。
特徴:低耐久、鈍い
〈スキル〉
・呪言
(呪いの叫びを発し、敵の魔法防御と防御力を劣化させる)
・他スキル不明
『霊力糸の愚神(名称不明)』
・ケントゥリオ級
・霊力を奪う霊力糸を持つ愚神、10代前半の、銀髪の少女の姿。
・魔力A~Sと推測 他不明
・霊力糸を扱う(物理と魔法、どちらの攻撃も行える模様)
〈スキル〉
・黒衣の狩人
(攻撃を行う前に糸を絡め、相手の身動きを封じる技。
サブアクションで使用、命中した対象に『BS拘束』を付与する。ダメージは与えられない)
・寵愛の白糸
(相手に霊力糸を絡め、直接霊力を奪う。命中した相手の魔法防御を劣化)
・他スキル不明
〈霊力糸〉
霊力を奪う力を持ち、物理的に相手を裂くことも出来る。自由自在に動く。
他の詳しい効果は不明。
〈紋様〉
紋様が刻まれた対象を自在に操り強化する紋様。
施設の扉や窓などを閉鎖し、通信を阻害できる。
能力者や建物への付与の方法は不明であり、どちらの愚神が扱っているかも不明。
この紋様はマジックアンロックで解除出来る。
【状況】
〈住民〉
愚神出現前には既に避難が促されており、黒松さん以外全員がマンションから待避しています。
ただし黒松鏡子だけは、愚神出現前に紋様で部屋が閉ざされていた為、避難出来ていません。
(紋様は黒松鏡子の部屋に一つ発生)
〈愚神の出現10分前〉
サイレンが鳴り、近隣住民の避難が促されています。マンションの住民に聞けば、黒松さんが避難していないことも分かるでしょう
リプレイ
●プロローグ
夜の東京……避難を促すサイレンの音が響いても、その文明の明かりは消えることがない。
そんなネオンの光から離れたビルの屋上に、狙撃銃を構えた人物がいた。
赤い単眼、身体を覆う灰色の装甲……一見すれば機械だが、それがその人物の共鳴した姿。
「灰堂です、配置に着きました。待機班三名、準備完了です」
通信機に語るその人物の名は、灰堂 焦一郎(aa0212)。
彼はスコープで、あるマンションの十五階を覗いていた。
奇妙な紋様が窓に浮かぶその部屋は、愚神が現れる可能性が高いとされる一室。
仲間の一人である水瀬 雨月(aa0801)が住民から聞いた情報が確かなら、その部屋に逃げ遅れた人物がいるかもしれない。
《システム・待機モード》
「適材適所とはいえ、歯痒いものですね」
英雄ストレイド(aa0212hero001)の機械的な音声を聞きながら、彼は部屋の監視を続け……。
住民が窓の紋様に気付き、愚神が部屋に現れた。
「愚神が部屋に現れました」
通信機で短く報告をするが……まだトリガーは引かない。
「まだ無事です、会話を始めました。……はい」
報告先との会話を終え、対象に集中する。
サイレンの音も、夜風の冷たさも意識の外へと追いやり……単眼の狙撃手は引き金に指をかけ、トリガーを引くその瞬間を静かに待ち続けた。
●糸と死体
僅かに前……突入班の一同、共鳴した七組の能力者と英雄達は、階段を駆け上がり一五階に向かっていた。
エレベーターは上層でとまっており、こちらの方が早いと判断されたからだ。
『愚神が部屋に現れました』
焦一郎の報告に、クレア・マクミラン(aa1631) が冷静な面持ちで答える。
「要救助者は?」
『まだ無事です、話を始めました』
「分かりました、状況に変化が起きたらまた報告を願います」
『はい』
通信そのものはそれで終わったが、既に愚神が出現したなら由々しき事態だろう。
過去、その愚神の産み出した犠牲者を目撃したことがある無月(aa1531)は、仲間達と共に階段を上がりながら、焦燥を抱いていた。
一秒の差でも、要救助者の生き死には決まるかもしれない。
(これ以上の犠牲者は出させはしない。助け出す、必ず…!)
『亡くなった人達との誓い。果たさなきゃね』
英雄、ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)が、その意思を汲み取り、無月に語った。
積み重ねた決意を、一歩に込めて……ただ早く、早く、要救助者の元へと続く階段を駆けていく。
一五階に着くと、淡い赤の光に包まれている一室が眼を引いた。
一同は迷わずそこに向かう。
部屋を監視している焦一郎の言葉が確かなら、部屋の内側で戦闘は行われていない……だが、一刻の猶予もない状況なのは間違いないだろう。
クレアと雨月、無月の三名は、当初の予定通り素早く隣の部屋の扉をこじ開け、その中に入っていく。
紋様があったのは窓。
室内から見えないよう移動して、雨月が紋様を解除、それと同時に玄関とベランダから突入する予定だ。
玄関前に残ったのは、水落 葵(aa1538)と波月 ラルフ(aa4220)、志々 紅夏(aa4282)、白市 凍土(aa1725)の四名だ。
凍土は何の気なしにドアノブに触れたが、それは回すことも、押すことも出来なかった。
けれど……空気は流れているのか、腐臭だけはドアの隙間から流れてくる。
「さすがにキツイな……長時間この空間は、耐えられないかも」
『早くタスケなきゃだね!』
凍土に応じたのは、シエロ シュネー(aa1725hero001)……明るく無邪気な、凍土の英雄だ。
「まだ待つしかないけどな」
早く助けたくても、どのみち紋様を解除しないと……。
(……?)
そこで凍土はふと思い至った。
紋様に直接触れてなくても、もしかして解除は出来るのではないだろうか。
魔力が部屋全体を覆っているなら……。
(逆に、覆い返すイメージとか……)
『グワーってやればできるかも! やってみようトウくん!』
凍土と内面でシエロが言う。
どのみち今は雨月が解除するのを待つしかない……なら、物は試しだ。
魔力の解除を試みるべく、凍土は静かに意識を集中した。
隣の部屋に入った三人の行動は迅速だった。
無月が音もなくベランダの鍵を開け、クレアと雨月がベランダに出る。
軍属経験があるクレア、忍びの末裔である無月の動きは早い……。
その二人の機敏な動作についていく形で雨月はベランダに出ると……そこで本を広げた。
外観こそ変わってないが、雨月は既に英雄であるアムブロシア(aa0801hero001)とは共鳴状態だ。
溢れ出る霊力を、紋様の解除のために使おうとして……。。
(……?)
紋様の霊力を解こうとする他の霊力を感じた。
同行していた凍土と言う少年の顔が浮かんだが……この様子だとベランダから解除する必要もなかったかもしれない。
(まぁいいわ……)
二人で解除しても構わないだろう、雨月が意識を集中していく。
解除が行われれば、すぐに愚神との戦いとなるだろう……。
戦いの前の僅かの間……クレアは自分の相棒に小さく声をかけた。
「死体の相手ばかり。ドクター、検死官に転職した覚えはあるか?」
白衣の英雄……リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)は、クレアの中で思念を返す。
『さすがにそれは私の主義じゃないわ 』
もし共鳴していなければ、リリアンは苦笑でもしていたかもしれない。
『でも』
そうリリアンは言葉を加える。
そこから続く言葉は、クレアには容易く想像できた。
時には口論をする事もあるリリアンとクレアだが、『その部分』でだけは相違はない。
死体があろうと、愚神がいようと……。
『その中に生者がいるなら」
「あぁ、やることは一つだ」
彼女達は……生者を救うことを諦めはしない。
紋様が、霊力に溶けていく。
雨月の霊力と、凍土の霊力が、編み組まれた愚神の紋様を解除した。
部屋を包んでいた紋様の光が消え……それと同時に、能力者達が突入する。
窓ガラスと玄関の扉がAGWで破壊され、能力者達が室内に踏み込む。
「そこまでだ。その人の命、貴女達にくれてやる訳にはいかん」
武器を構えた無月が、愚神に宣言し……。
そこで、二つの事が同時に起きた。
一つは、窓の向こうから少女の愚神へと飛来した一発の弾丸。
焦一郎、待機していた彼が……突入に合わせて発砲、狙撃を行ったのだ。
それは真っ直ぐ、愚神の少女を射抜く。
もう1つは、愚神の少女が放った無数の糸。
硬質化したそれは真っ直ぐ、鏡子の全身を穿つように放たれ……。
飛び出した一人の人物が、鏡子を咄嗟に護った。
「っ!」
紅夏。
保志 翼(aa4282hero001)と共鳴し、炎の翼を広げるその女性は……鏡子を地面に引き倒し、その上に覆い被さった。
糸が背中の真上を通りすぎ、触れた部分が裂かれて、激痛が走る。
だが、この僅かな一瞬の攻防で、鏡子の命を永らえさせることには成功した。
痛む背中に歯を食い縛りながら、紅夏は手のひらを少女の愚神に向ける。
「フォーメーションE!」
手のひらから霊力の弾が放たれ、爆発が起こった。
塵風が愚神達の視界を覆う。
フォーメーションという言葉には意味はない、それは事前に仲間達に伝えていた、牽制と目隠しを兼ねた攻撃の使用合図。
仮にもケントゥリオ級の愚神が、狙撃と牽制だけで死ぬとは思えないけれど……時間が稼げればそれで充分。
咄嗟に鏡子は、マテリアルメモリーにパソコンと周辺機器を収納した。
その鏡子を雨月と紅夏が玄関に導き、クレアが愚神と鏡子の間に移動して、愚神の動きを警戒する。
攻撃を仕掛けるにしても……最優先事項である鏡子の救出を終えてからの方がいいだろう。
警戒は緩めず、クレアと雨月は紅夏が玄関から出ていくのを見送る。
と、爆発の煙が薄れていく中で、愚神の声がした。
「エージェントも、優秀になったわね」
言葉を紡ぐのは、可憐な少女の唇……。
狙撃の傷は既に消え……何事もなかったかのようにその場に佇むのは、不気味な人形を衣服につけた、ゴシックドレスの少女の姿。
「敬意を評して挨拶だけはしてあげましょうか」
その少女はスカートの端を摘まみ、優美に一礼をすると、能力者達に微笑みを送った。
「ごきげんよう。私はこの舞台の操り人形師(マリオネッティスタ)。今宵の一時を彩る愚かなる神にして、糸を操る者」
愚神の態度を余裕と受け取る者はいても、隙と考える者はいなかった。
愚神の周囲に巡らされた無数の糸は、迂闊に攻める事を許してはいない。
けれど、鏡子が逃げる時間を稼ぎたい今……愚神が闘う意思を見せないのは好都合だ。
不意打ちや強襲への備えとして、他の能力者も待機している。
愚神の気がいつ変わるか分からないが、それまで無理に交戦をする理由はない。
そう判断したかは分からないが、金髪の男、葵が愚神に遠慮なく言葉をかけた。
同時に手にもったインスタントカメラで、愚神の姿を写す。
「服の趣味は悪くても人形の趣味はいいんだな」
(まぁ確かに……ドコで学んできたのやら……)
その英雄、ウェルラス(aa1538hero001)が内心で頷いた。
それは腐乱死体の愚神や、少女が衣服にぶら下げている人形達を言ったものなのだろうが……人間としての造形が崩れた血濡れた顔や、歪なクリーチャー、他にも生き物を冒涜するような人形の数々を『趣味が良い』と言い切れる人間はそういないだろう。
「この子達の良さが分かるなんて、お兄さんったら見所があるのね」
「玩具屋だからな」
澄ました顔で笑みを見せる葵と、ふふふ、と楽しげに笑う少女。
(なんで打ち解けてんだか、水落のおっさん……)
葵と面識がある凍土が、思わずそんな感想を抱く。
状況も忘れて和やかな空気が流れているが、二人の趣味が一般的なものから逸脱しているのは明らかだろう。
耐性のない人間からすれば、そこは異質な空間だ。
『なんとも不気味だな』
ラルフと共鳴したファラン・ステラ(aa4220hero001)が、その内面でバサリと言葉を発した。
腐乱死体の愚神や少女の人形の外観を差したものか、あるいは獲物を逃がしながら笑みを浮かべる少女の言動を差したものかは分からないが、どちらにせよ、ラルフも同感だった。
それに……。
「糸、ねぇ……」
糸で吊られた愚神と、糸を操る人形師を名乗る愚神。
一見すれば、少女が主のように思えるが……。
「お前ら、どっちが立場上なん?」
戦闘になる前に、ラルフが聞いた。
そのラルフの質問に、愚神の少女は笑みを深める。
「さぁ?」
キキキ、と、少女の衣服についた幾つかの人形が笑い声をあげた。
はぐらかすような答えだが……最初からまともな返事は期待していない。
「つまり比べられないってことだよな?」
「ご想像にお任せするわ」
質疑を重ねるが……含みを帯びたその表情や仕草から、真意を推し量る事は難しい。
『私達に教えるまでもないという解釈は?』
(ない訳じゃないがな)
口には出さずファランに答える。
もう少し素直なら、いろいろ分かりやすいのだが。
そこで、雨月も口を開いた。
「それにしても、随分悪趣味な人形遊びね……匂いが酷いのだけど」
「そう? 私には良い香りよ」
雨月の言葉に愚神が悠々と返す。
本心かは分からないが、本心だとしたらよほど鼻が曲がっているのだろう。
その会話を聞きながら、欠伸を噛み殺して葵が声を発した。
「にしてもあんた、ずっとお喋りしてていいのか?」
「いいのよ、すぐに追いかけたら可哀想でしょ?」
「余裕だな、あんた」
黒松鏡子を追いかけず、いつまでも悠長にこの場に留まっている事には、奇妙さを覚える。
余裕を見せている事を考えれば、何か手を打っていると考えるべきか……あるいは他に目的があると考えるべきだろうか?
何が狙いか……疑問に感じながらも、愚神との対話という奇妙な状況に警戒心を緩めない。
「ええ。まぁでも、そろそろお話の時間は終わろうかしらね」
そして愚神の少女が糸を繰ると、腐乱死体の愚神が動き……。
「待て」
無月が、短く制した。
「あら、なぁに?」
「あの刑務所にいた人達の命を奪ったのは貴女だな?」
「そうよ。美味しかったわ、あの人達」
先程とは違い、少女の愚神はにやついた笑みを浮かべた。
「答えて貰おう、なぜ、ああまで多くの命を奪った。そこまでする必要はあったのか?」
「さぁ?」
答える気はないのか、嘲笑を浮かべ少女は答える。
無月の感情を煽るように、人形達がゲタゲタと笑った。
だが、それを全て雑事として……無月は質問を重ねていく。
「貴女は……どのような気持ちで彼らを殺めた?」
「知りたい?」
その無月に興味を覚えのか少女は聞き返し……無月はそれに、曲がることなく応じた。
「ああ、知りたい」
それに愚神は、醜悪な笑みを浮かべ……その糸を繰る。
「今みたいに、すごく楽しい気持ちだったわ。あなた達も、ああやって惨めに死んでくれるかしら?」
同時……糸と死体が、エージェント達に襲いかかった。
●夜に舞う人形師
「ほら、急いで!」
紅夏が鏡子を招き、二人がマンションから外に出ると、一人の忍び装束を着た人物が出迎える。
不知火 轍(aa1641)……赤い目と気怠けな声が印象的な忍装束の人物だ。
有事に備えて、既に英雄の雪道 イザード(aa1641hero001)との共鳴も果たしている。
「安全な場所に、案内する、ね」
鏡子を安全な場所に送り届けるのは、轍の役目だ。
彼は既に、マンションの構造……闘いやすい場所、闘い辛い場所、逃げやすい場所……多数のルートと建物の配置、部屋の構造を理解している。
予知をされてからの短い時間でそれが可能だったのは、彼の忍びとしての諜報の実力が高いからだろう。
(これなら安心して仕事を増やせますね)
彼の英雄であるイザードがこっそりそんな事を思うが、その為にもまず、この依頼を終わらせる必要がある。
彼らが鏡子を安全な場所に送り保護し、他のメンバーで愚神を倒すか、追い払うのだ。
「……あの人達は無事かしら」
鏡子がぽつりと呟いた。
「無事に決まってるでしょ、だいたい心配される為に来たんじゃないのよ、私達は」
紅夏が強い口調で言うと、先に行くように促す。
今はあの六人で強力な愚神二人と闘っている事になる。
助けられた鏡子としては、複雑な心境かもしれないが……今は、待つことしか出来ないだろう。
――同刻・室内――
「ア゛ア゛ア゛」
糸で吊られたその愚神が叫び声をあげると同時、無月の横を少女の愚神が通り過ぎようとする。
壊れた窓から飛び降り、一気に一階に向かうつもりなのだろうが。
無月が苦無を握り、霊力を宿す。
「させるか!」
縫止……霊力を乱し動きを封じる、無月の得意とする技。
「もはやこの世界に貴女の居るべき場所などない。去れ! 我が刃を持って己の居るべき世界へと還るがいい!」
だが……。
苦無を投げようとした手に、四方から糸が巻き付く。
「しまった…!」
「まず一人……」
愚神の少女が告げると同時、その手から放たれた糸が無月に巻き付き……その霊力を奪っていく。
直接命を吸われるような痛みと疲労が、無月とジェネッサを襲い……。
「くぅっ……」
(っ、力が抜けていく……)
「次は……」
「次はてめぇだ、若作りが過ぎるババア」
少女が顔を向けた時、その眼前に光弾が迫っていた。
少女はそれに当たる寸前で糸を使い、自分の身体を強引に引き倒して顔への攻撃を避け……。
続いて飛んできた魔弾……凍土の持つ本から放たれた攻撃を、無数の糸を固めて盾にすることで弾く。
「何か聞こえたけど、あなたの目って腐ってるのかしら?」
そのまま窓の方に下がると、ラルフの言動に不愉快そうに少女が答えるが……。
「お前の名前も年齢も知らないしぃ」
「ああそう、だったら」
言葉が続く前に……一陣の風が吹いた。
雨月の放った不浄なる風が、腐った愚神の身体と糸を腐食させる。
「腐食の風……といっても、元々腐っていたわね」
愚神の身体に変化はなかったが、その周辺の糸はボロボロと脆くなり、数本がプツリと切れた。
そしてそこに、金髪の青年、葵が、ライフルを構えて死体の愚神に突撃をしかけた。
「そらよ」
彼は吊られた死体の糸に、そのライフルを振るい……。
「……あっ!」
少女の顔色が変わり、咄嗟に糸を繰るが……既に遅い。
プロジェクターで外観だけをライフルに偽装させた刀が、腐乱死体を吊る糸……腐敗したそれの大半を断ち切り。
葵の手が、腐り果てた死体の顎を迷うことなく掴むと、ぐちりとそのまま強く握る。
残り少ない吊り糸が、力任せに引きちぎられた。
「ア゛ア゛!」
断末魔のような悲鳴をあげる腐乱死体の顔を、葵は自らの眼前へと引き寄せる。
飛び散る蛆と腐肉を気にするでもなくなく、その死体の顔の特徴を、明確に自らの脳髄へと叩き込んだ。
「さぁ、見せてみろよ"Boogie-Man"」
Boogie-Man(ブギーマン)……それは国により様々な言い伝えのある怪物であり、目に見えない恐怖を体現するような、怪異の象徴。
『腐乱死体の愚神』、その見た目の似通ったBoogie-Manの人形を、葵はよく知っている。
だからこれは、彼にとってはただ、怪物の化けの皮を剥ぐだけの行動。
例えそれが、常人という括りから見て常軌を逸した行動であっても、彼にとっては当たり前の行動。
「お前"達"は"誰"だ?"どれ"だ?ナニを隠してる?」
刀を片手に、近付けば唇が届くのではないかという距離で、葵は死体の愚神へと迫り……。
バッと、葵が飛び退いた。
その腹部を、糸が貫く。
硬質化した糸で、迷わずその腹を裂かれたのだ。
「ちっ」
血飛沫が部屋に散る。
「おっさん!」
凍土が叫び、無月の治療を行っていたクレアがすかさず葵に治癒の霊力を流す。
「私のエルトリーゼに随分生意気してくれたわね?」
少女が強い怒気に顔を歪めるが……その感情は、彼女の視野を狭める結果となった。
すかさず死体の愚神へと飛び込んだラルフが、その大剣の峰を振るい……霊力を込めて、腐乱死体の愚神へと叩き込む。
「生憎、愚神には優しくないんでね」
発生した衝撃が、愚神の身体を窓の外へと吹き飛ばした。
それを見て……。
「エルトリーゼ!!」
彼女は自ら窓へと飛び出し、落下していく愚神の後を追いかけた。
「死体を操る……か」
『気色わりぃ話だな。冬……変な臭いつけられないように気をつけろよ?』
落ち着いた声をした銀髪の十六才の少年、無音 冬(aa3984)と、その英雄、イヴィア(aa3984hero001)が、マンションの敷地に作られた大きめの駐車場で話しをしていた。
彼は待機組の一人であり、ここが愚神との主戦場となる予定の広い場所だ。
冬は隠れて待機し、愚神が来た際、背後から不意をつく予定でもある。
緊張の中、英雄と会話をし、ただ待つだけの時間……そこに、仲間……待機組の一人である轍から、連絡が入った。
『聞こえ、る?』
「はい、聞こえます」
『黒松さん、無事だから、僕と紅夏さんが、守っておくね』
区切り区切りに話す轍の声に、冬は頷く……。
「わかりました」
『そっちも、よろしく、ね』
その通信が切れて少しすると……15階から落下してくる二体の影を、冬はその視界に収めた。
(あれかな、死体は……)
夜の闇、見極めるのは本来辛いが……能力者の集中力に加え、ここは東京……夜であっても、明かりには事欠かない。
やることは簡単だ。
あの愚神から、死体を奪う。
死者を冒涜するような真似を、させない。
そう決めて彼は、死体の愚神を狙い、美しい幻影の蝶を放った。
それは愚神の力を奪う、光の蝶。
糸が霊力で作られているならそれで消えるだろうし、そうすれば操ることはできなくなると考え。
だからこそ、その後愚神が取った行動は、少し意外なものだった。
「庇った?」
死体を糸で抱き寄せると、自らが下になるよう、位置を変える。
下から舞い上がる幻影蝶に身体を晒した少女の愚神は、声もなく、その力を蝶に奪われていく。
少女のスカートについた幾つかの人形が、断末魔の悲鳴をあげて落ちていった。
死体を盾にせず、自らで庇った少女の姿は……死体を操るというより、大切なものを守っているような、そんな。
『冬!』
イヴィアの声で、気付く。
愚神の少女は死体を庇いながら、冬へと向けて繰り糸を放っていた。
夜の闇に紛れた細い繰り糸は……冬の身体に巻き付き、その身体から大量の霊力を奪い取る。
声もなく、かくんと冬が崩れ落ちる。
「エルトリーゼは、私のものなのよ……」
何故か泣きそうなその言葉が、冬の耳には残っていた。
落下した愚神を追うように、エージェント達は十五階から飛び降りた。
愚神の狙いが鏡子がだとしても、地理を熟知した轍が保護している今、見つかる可能性は薄い……はずだった。
だが少女の愚神は、腐乱死体の愚神を糸で包み、それを何処かへと消しながら……身一つで迷うことなくある方向……轍と紅夏、鏡子のいる方向へと駆け出していく。
「不知火さん、紅夏さん、愚神がそちらに向かっているようです」
遠くに愚神の姿を確認しながら、焦一郎が通信機を使って連絡を取る。
愚神は狙撃を意識しているのか、建物の影を選んで移動を繰り返しており、狙撃が難しい状況と言えた。
クレアの声が、続けて通信機から聞こえてくる。
『轍、迂回して公園で合流してくれ、居場所が割れてる』
『だな、着いたら、任せる』
考えてみれば、鏡子の部屋に唐突に現れた時点で、何かしら居場所を知る方法があった可能性も高い。
つまりいくら逃がしても、相手は真っ直ぐ獲物に辿り着けるのだ。
そうなると、離れた場所で保護をしても、追い付かれる可能性は高いだろう。
合流してから愚神を迎え撃つ事が鏡子の安全を保護する上での良手と言えた。
――マンション周辺・公園――
冬が意識を取り戻す。
赤髪赤目の女性……クレアが、その手に霊力の光を灯し、冬に霊力を送っていた。
「立てますか?」
「……はい」
ぱちくりと眼を開いてから、冬は起き上がる。
状況を把握するために周囲を見るが、そこに慌ただしさも動揺も感じられない。
感情がないわけではないのだろうが……どこか感情表現の乏しさを、クレアの英雄であるリリアンは、密かに感じていた。
「今は、どうなっていますか?」
冬が、口を開く。
「轍と紅夏さんが、鏡子さんを連れてこちらに向かっています、愚神と一緒に」
「……大丈夫でしょうか?」
「はい」
それは断言と言えるものだった。
轍を信頼しているのか、あるいは、冬に余計な心配を抱かせない為か……。
冬は、そんなクレアの言葉を素直に信じると、これから来るであろう愚神と闘う覚悟を決める。
決戦の時は迫っていた。
それから程なくして、轍と鏡子、紅夏の三人は、戦場となる公園に着いた。
夜の公園の電灯に……ぱちりと虫が当たり、弾ける。
それと同時……公園の先の道から伸びてくる無数の糸と、勢いよく駆けてくるゴシックドレスの少女を……エージェント達は見た。
「来ましたね。轍、鏡子さんを頼む」
「うん」
クレアの言葉に轍が頷くと、鏡子を再び抱き上げる。
自分で歩きたいのか鏡子はやや不服げだが、腕利きの能力者が抱えていた方が安全だと判断したのだろう、異論はないようだ。
飛来してきた糸を軽々と避けながら、轍は公園内でも、やや離れた位置に移動する。
そしてエージェント達はそれぞれに武器を持ち……。
糸繰る少女の愚神との、死闘が始まる。
無数の糸が、夜の風を切り裂き舞う。
「それで私に当てられると思ってるのかしら?」
ラルフの振るった大剣をとん、と足場にし、少女が宙を飛んだ。
『バッコーンってやっちゃえー!』
その少女を狙って凍土とシエロが放った魔弾も空を切る。
少女の身のこなしは非常に素早く、糸を使った空中での急激な方向転換を加えた立体的な回避軌道は、容易く捉えられるものではなかった。
(それなら……)
そう考えた冬は、放った風で糸を断つが……すぐに新しい糸が現れ、少女の回避動作の補助をする。
部屋では、糸で誰かの霊力を吸われてもその力に変化はなかったが……今はその時より、霊力糸を振るう本数も素早さも格段に鋭くなっているように思える。
腐乱死体の愚神がいない方が……動きがいいのだ。
「化粧濃いわよ、おばさん。私は化粧不要な若さあるけど」
その愚神が攻撃に転じようとしたところで、紅夏が双剣を振るい、愚神の攻撃を遮った。
「……」
「塗りたくるのは若作りじゃなくて案外自分の死体ヅラ見せたくないだけかもしれないけど?」
「これから死体ヅラする人間が、よく言うわね」
静かな怒気を感じさせる声で愚神が返すと……両手の指から一本ずつ、系十本の黒い糸を伸ばす。
(なに?)
「お姉さんさがって!」
それを見ていた凍土は嫌な予感を覚え、紅夏に叫んだ。
紅夏が一歩下がり、愚神がその手を振るい……。
その直後、先程まで紅夏のいた空間……そこにあるAGWの双剣が切り裂かれ、その効果を理解する。
(とんでもない切れ味ってとこかしら?)
「まずは腐ったその目を裂いてあげる」
愚神との闘いは、熾烈を極めた。
愚神は操り人形師を名乗っていたが、闘い方とその技法は、どこか暗殺者を思わせるものだ。
相手の攻撃を避け放たれる、鋭く速く……致命的な攻撃。
その為能力者達の傷は深く、出来れば一人一人に、深い治療を施したかったが、愚神の速度と技量……僅かの間に複数を切り裂くその力から、霊力を広域に渡らせることでの、全体への治療が必要とされた。
だが、それも長くはもたない、鏡子を庇った轍と、ラルフが切り裂かれ傷を負った時には……既に全員を治すだけの霊力はない。
だからこのチームの命を担うクレアとリリアンは、素早く方針を変える。
『クレアちゃん、パターンC』
「了解、ドクター。負傷者はすぐに増える、次の見当をつけておいてくれ」
単独の治療……相手のペースにどこまでついていけるか分からないが、やるしかない。
個々の持ってきた治療薬にもこれから頼ることになるだろう。
クレアは治療用のアンプル等を取り出し……そこで、一発の銃声が響いた。
じっと、ビルの上の彼は、その戦況を眺めていた。
狙いは、能力者達の間を駆け回る、少女の愚神……その腕だ。
糸を狙うことも出来たが……愚神が糸を張るペースは早く、瞬間的に二本以上張られる糸を射抜いていくより、少女の腕そのものを狙うべきだとその時彼は判断した。
「解り易い構造です」
《照準補正完了・射撃開始》
混戦した中に銃弾を叩き込むのだ……トリガーを引くタイミングに僅かのズレがあれば、成立しない狙撃だったが。
……彼は、いたって冷静に、それをこなした。
銃弾の当たった少女の動きが、一瞬、僅かに止まった。
それが、転機。
轍の投げ放った短刀……そこにつけられた銅線が愚神に巻き付き。
「この命尽きるまで」
倒れていた無月が、霊力を絞り。
「私は諦めはしない…!」
愚神がそうしたように、霊力の糸を用いてその動きを拘束する。
その機会に動いたのは……。
「……くらいなさい」
愚神の糸は遠くまで伸び、離れた雨月をも傷付けていたが……それに構わず開いたのは、アル・アジフの写本。
人類が触れてはならない禁忌の書物、そこに刻まれた文言に、雨月は霊力を込めた。
本から放たれる青白い霊力の放流は、愚神を呑み込み……。
「……!」
愚神はその中で悲鳴をあげ……そして……。
●エピローグ
手負いとなった少女の愚神は、予想外の奮戦から危機感を覚えたのか、援軍が来る前に撤退を選んだ。
能力者達の追撃を避け、自らの張った糸に乗り、他の建物の影へと去ろうとする愚神に……冬が声を飛ばした。
「君の名前を聞いておこうか、もしかしたらまた会うかもしれない……。僕は、無音冬」
少女の愚神は、値踏みするように冬を見て。
「ルティグアよ、次に会ったら殺してあげる」
それだけ告げて、姿を消した。
その後……。
鏡子は何度も能力者達にお礼を言いながら、見つけた映像の事を全員に伝えると、自らもそのバックアップを用意し、希望した能力者にコピーを配布した。
HOPEにも提出し、これで十二分な捜査が行われると歓喜していた事が印象的だ。
労いとしてもらったチョコレートやコーヒーにも大いに喜び、この事は忘れないと、何度も頭を下げていた。
葵は今回の事件で鏡子から聞いたことをある人物へと伝え……その通信を切った。
そこに、凍土とシエロの声がした。
「今度、おもちゃ見に行っていい? 耐性つけたい」
「おもしろそー! 私も見たいな!」
「今度な、今日は寝とけよ」
深夜、子供が起きているには遅い時間。
けれど……。
「轍、いつも通り行くか。水落さんもいかがですか? あまりご一緒する機会もありませんし、たまには」
言い返そうとした凍土の後ろから、クレアが話しかけた。
今は夜、大人が酒を飲むのなら、ちょうどいい時間帯だろう。
『いっしょにいくー!』
シエロのそんな無邪気な声が、夜の街に響いた。
それは、誰かにとっては特別な一つの事件。
だが別の誰かにとっては、ただの日常の一つの事件だったのかもしれない。
人形師との闘いの夜は、そうして最後に、それぞれの日常に消え……終わりを迎えた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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