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相談卓
最終発言2016/09/22 13:58:23 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/09/23 06:03:29
オープニング
●燃え盛れ逆境
絶体絶命だった。
圧倒的な敵の前になすすべもなく、蹂躙し尽され。
状況は絶望的。勝算は見つけられず。
誰も彼もが、ボロボロの状態で強大にして巨大すぎる敵を見上げる他になかった。
敵は、ビルほどの巨体を誇る悪魔。
テーブルトークRPG『デーモンコア』。
それは地獄から侵略してくる悪魔を、異能力者であるプレイヤーが人類の希望として迎撃する、という内容のゲーム。そしてここは、そのゲームを再現された世界(ドロップゾーン)。
エージェント達に課せられた『セッション』は、この悪魔である従魔を倒すこと。
であったのだが、……勝てない。強すぎる。全滅寸前で、一体どうしたらいいのか――。
「楽しんでるかい? エージェント!」
「逆境は好きでしょう? 楽しまないと!」
空から声がする。見上げれば、そこに双子の少女の姿をした異形の愚神が立っていた。
見覚えは――ある。ほんのわずかな情報だけれど。こいつらの正体は――、
「やあ、初めまして。僕はこのドロップゾーンのゾーンルーラー、ガネスだよ」
「僕はレイリィ。僕らのゲーム、楽しんでくれているかな?」
恭しくお辞儀をしてみせる愚神。その表情は酷薄な笑み。その瞳は見下しの目。
そう、こいつらこそ、この奇妙なドロップゾーンの支配者にして黒幕である!
「全く、こんなところまで来るとはね、H.O.P.E.! しょうがない暇人どもめ!」
「来たからには遊んでいって貰わないとね? ここはゲームの世界なんだから!」
「ねえお前達、強いんだろ? レガトゥス級すら倒したんだって?」
「だったらその強さを見せて! とってもとっても強いんでしょ?」
ケラケラ笑う。愚神が二人で手を振り下ろせば、操られる巨大従魔が周囲一体をエージェントごと薙ぎ払う。瓦礫が生まれる。土埃もだ。いたぶるような一撃だった。
『エージェントの皆様、ご無事ですか!』
その時だ。干渉機材VR-TTRPGシステムを通して、通信機よりオペレーターの声が響く。
『お待たせしました! 皆様が現在“参加”しているテーブルトークRPG――“デーモンコア”の情報を遂に得ることが出来ました!』
デーモンコア。それは出版数が少ないだけでなくかなり昔にルールブックが絶版となっており、情報もほぼ失われてしまったテーブルトークRPGだ。
それゆえにゲームに関する情報がないままこのセッションに参加することになってしまったのだが――H.O.P.E.側の尽力あって、遂にデーモンコアの情報を得ることに成功したらしい。
オペレーターが迅速に言葉を続ける。
『このゲームのルールは、ずばりロールプレイです!
数値上では、プレイヤーは決して敵に勝てるようなものではありません。勝つ為には、気合や心情や台詞――そういった“かっこいい”ロールプレイによって、能力値やダメージにボーナスを得なければならないのです!』
つまり、気合やら根性やら心やら、そういう不確かなものに全ての運命を懸けなくてはならないと言うことだ。
それらのやりとりを聞いていた愚神が含み笑う。
「勿論、突破口はあるとも。ここではルールが全てさ」
「一方的なだけの展開はゲームじゃなくて小説だもの」
「だけど君達にできるかな?」
「僕らの判定は、辛口だよ!」
「でも、それすらクリアできる素敵なライヴスを持っているなら……」
「僕らの盤上のNPCとして、ずーーーっと遊んであげるんだから!」
愚神は見下している。愚神は軽んじている。
人類の、英雄の魂を。希望を。心を。
まだ立ち上がれる。エージェントは武器を握り直し、強大なる敵を見澄ました。
巨躯の悪魔の彼方、愚神は高らかに言い放つ。人類に挑戦状を叩きつける。
「さぁ、もっとゲームを続けよう!」
「楽しまないと! さもなくば――」
「「死ね」」
解説
ミッションタイプ:【敵撃破】
このシナリオはクリアと成功度に応じて様々なボーナスが発生します。
詳細は特設ページから「ミッションについて」をご確認ください。
●目標
従魔の撃破
●登場
ケントゥリオ級従魔『サタン』
ビル並に巨大な悪魔。
バッドステータスに対する極めて高い耐性に加え、一定量のダメージ以上でなければそれを無効化する能力を持つ。
攻撃方法は肉弾戦と火を吐くなど原始的ではあるが、巨体ゆえにその範囲と破壊力は凄まじい。また、耐久性も高い。
ガネスとレイリィが操っていることで、結果的に愚神並みの知能を得ている。
愚神『ガネスとレイリィ』
このドロップゾーンのゾーンルーラー。
上空からサタンを直接操る。詳細不明。
(PL情報:このシナリオではガネスとレイリィの直接対決は基本的に起こらない。PCがシナリオクリアすれば撤退する)
●場所
現代の都会のような場所。ビルが立ち並ぶ。
周囲にPCとエネミー以外はいない。
怪獣映画さながらに、サタンが破壊の限りを尽くしている。
●ゾーンルール
全PCの生命力は1でスタート。
装備力、リンクレートを除く能力値は百分の一に、
生命力、特殊抵抗、イニシアチブ、移動力は半分になっている。
・テーブルトークRPG『デーモンコア』
ロールプレイング、つまり心情や台詞や気合や根性によって能力値に大きなボーナスが付く。また、被弾ダメージを減らしたり、与えるダメージを水増ししたり、生命力を回復したりもできる。
それによって、数値によらない奇跡を叩き出すゲーム。
ルールブックには以下のルールが記載されている。
「かっこいいは全てにおいて優先される」
とにかく熱意、気合、かっこよさを燃え燃えの煮え煮えに表現すること。
リプレイ
●ゲームオーバーは許されない
「……最悪」
苛立ちを込めた忌々しげな目。雨堤 悠(aa3239)は巨大すぎる従魔サタンを見上げる。既に共鳴を果たしており、その姿は瀟洒で優美な異国の文官を思わせる出で立ちであるが――手酷くやられ、土埃で汚れてしまっていた。
(ロールプレイとか苦手すぎるし数値軽視とかふざけてんの……?)
舌打ち代わりに脳内でボヤく。
(こっちはただでさえ馬鹿に絡まれてんのに)
言葉にしない愚痴を続けた、まさにその瞬間だ。
『悠、ロールプレイとはなんだ』
共鳴中の悠の英雄、ラドヴァン・ルェヴィト(aa3239hero001)が緊張感のない声で問いかけてくる。もし共鳴中でなかったら遠慮なく肩をバスバス叩かれていたのかと思うと、それだけで悠は脳細胞がじわじわと死滅していくような心地を覚える。
これ以上ロールプレイなんかに頭使いたくないんだけど。
「かっこいいロールプレイ……ですって?」
『ふうむ、聞き捨てならんでござるな』
クラリス・チェンバース(aa4212)とその英雄、木下三太郎重繁(aa4212hero001)もまた現状に奥歯を噛み締めていた。
「つまりわたくし達の振る舞いが! 言葉が! かっこよくなかったということではありまんか!」
なんてこと! そう叫び出さんばかりの勢いで吼え、驚愕のあまり頭を抱えるクラリス。重繁も「なんたる不覚ッ……!」と不機嫌気味であった。
二人の共通信条は「格好良さ」である。それが足りなかった――つまり「格好良くなかった」……? それは二人の心に大きな衝撃をもたらした。
「ろーるぷれい? 心情? 台詞? さんっざん必死こいてこのザマで……じゃあナンだ、今までのは全部“カッコ悪りィ”ってか。はッ、ざけんな」
仲間達と同じ想い。天野 心乃(aa4317)は切れた唇を拳の裏で拭いつつ、苛立ちのままに吐き捨てる。
『……心乃、』
ライヴスの内より心乃の名を呼んだのは彼女の英雄、麗(aa4317hero001)である。心乃は棘ついた感情を隠さぬまま、愚神達を睨みつけた。
「あぁ。上等だよテメぇら……! 足りねえってんなら見せてやんよ。私のッ……か……格好……」
『……心乃?』
息巻いたのはいいものの、言い淀む言葉。そんな様子に麗が不思議そうに、もう一度相棒の名前を読んだ。すると彼女は勢いよく、
「つーかかっけぇ台詞とか心情ってナンだよ!? そーゆーのなりきれってか!? こちとら演技は素人だってのによ……えーとだな」
『なるほどそういうことでしたか。この私にお任せ下さいな、こんなこともあろうかと常々懐に暖めておいた決め台詞と前口上がごz』
「いやいや!? お前のアレは……悪くねェけど、なんつーかこそばゆいんだよ!? つーワケ却下……! よーするに“らしく”ヤれってことだろ!?」
遮るように割り込んで、それから咳払い一つ。かっこいいろーるぷれいとかどーだとか、そんなものは知らん。心乃は拳を構えた。いつものように。
「つーワケでヤラれた分はきっちり返す。私の拳で……なッ!」
状況がどうであれ。
今ここにいるエージェント達は、負けるつもりなどカケラもなかった。
「……格好いいロールプレイでボーナス?」
志賀谷 京子(aa0150)の表情には優美さすら感じさせる綽然とした笑みが浮かんでいた。
「折角の情報だけれど、あんまり意味なかったかな。自ずと明らかになったに違いないもの。――だって、ここに格好良くないエージェントなんていない」
『姉さん、そうだよね!』
ボロボロの姿でも、京子の英雄リディア・シュテーデル(aa0150hero002)の快活な声が弱気になることはない。「でも、そうね」と京子は武器を握り直しつつ答えた。
「悪くないな。計算を投げ捨てて、たぎる心に任せるってのも、たまにはね」
『そういうの、わたし得意だよ!』
元気一杯、力強いリディアの声。魂より聞こえる太陽のようなその声を聞いていると、不思議と京子は武器を持つ手に力が宿るのを感じた。
「ふふ、リディアを見習わないといけないかな? そして、せっかく遊んでくれるっていうんだもの、たっぷり遊んでもらわなきゃ。――彼らの顔が真っ青になるまでね!」
キッと見やるのは愚神、ガネスとレイリィ。この全てのゾーンの支配者。
「はは! 真っ青? 僕らが? そんなこと、君達にできるって言うのかい?」
「あは! じゃあその想いがどれだけ強いか、僕らに見せてもらわないとね!」
「勿論――この『デーモンコア』のルールに従って、だ!」
「ルールは示されたんだ、これなら文句なしに平等だろ?」
放たれる言葉。
「なる、ほどね……」
今宮 真琴(aa0573)は共鳴が切れてしまった状態だった。それでも、立ち上がる。己の隣へ手を差し出した。その先には彼女の英雄、奈良 ハル(aa0573hero001)が。
「……いくよハルちゃん! こんなところで負けてられない!」
「相分かった……種が分かれば……!」
強く頷く半狐の麗人。ハルが相棒の手を握り返す。
しゃらん――二人のブレスレットが涼やかに鳴った。
「「……憑霊:紅狐……!」」
溶け合うライヴスが共鳴する。舞い散る無数の式紙が二人を球状に包み込み、そして――閃光と共にその中より現れいずるは、黒き和装の『二人』だった。
「『鴉』今宮真琴。出る!
『奈良ハル。推して参る!!』
共鳴を果たし、一人となった二人。けれど心意気は一騎当千。
そんな仲間達を守るように、スッと前に出る者がいた。新城 龍子(aa4314hero001)と共鳴をしている大門寺 杏奈(aa4314)である。
「目の前の味方を守る。それが、私の生きる意味だから」
『いくらステータスが下がってるからって一発で倒れられたらたまんないよ』
「ん、根性で頑張る」
『ああ、アタシも手伝うよ』
英雄との共鳴で大人びた姿を得た少女。青と金、己と相棒の瞳。揺るぎなき決意の瞳。
戦意を失わないエージェント達。
立ちはだかるのは悪夢の如き巨大な従魔。
「……狼、あれは強い」
『気合いを入れろよ雪、そして信じろ。あたし達は勝つ!』
眉根を寄せた銀 初雪(aa4491)に、そのライヴスの内より紫ノ眼 恋(aa4491hero001)が激励を飛ばした。
『こういうのは、少しでも強く自信を持ち続けることが大事だ』
恋にそう言われ。初雪は虎のような紋様が浮かび上がった掌を翳した。仲間へ差し向けるように。
「戦える。……一人じゃあらへん」
だからきっと――いや絶対に、大丈夫だ。
勝てる。勝ってみせる。
●言うは易しと言うけれど
「カッコいいって何さ! そんなの知らないよ!」
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は叫んだ。共鳴は解けてしまっている。想いが何もかもを凌駕する? だけど、最初から自分達エージェントは本気だったはずだ。これ以上本気になって頑張れだなんて、無茶苦茶だ。
しかも、こんなに傷だらけ。少女は倒れ付したまま動けない。あちこち痛い。お気に入りのゴシックドレスだってボロボロだ。
「あんなの、倒せるわけないよっ……これ以上がんばれだなんて、無理だよ!」
弱音を吐いた。この場から逃げ出したい。もうそれしか考えられない。
そんなアンジェリカの頭に、ポンと優しく乗せられる掌があった。彼女の英雄、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)。
「なら、そこに隠れてろ」
それだけ言って、マルコは斧槍をその手に構えた。アンジェリカを守るように、前に出て。前を見据えて。
「っ! 駄目だよ。マルコさんも死んじゃうよ!」
アンジェリカは息を呑む。AGWは共鳴をせねばその本領を発揮できない。スキルだって使えない。無茶だ。無謀だ。無理だ。引きとめようと手を伸ばす、けれどその手は届かない。
振り返らないマルコの背中。彼は緩やかな動作で煙草を取り出すと、それを咥えて火を点けて。
「あの野郎はお前を泣かせたからな。俺は女を泣かせる奴はぶっ飛ばすと俺の神と俺自身に誓いを立てているのさ」
紫煙を吐いて微笑んだ。男には避けられない戦いがある。スーツの襟を格好つけて正して、そして。
「いい女になれよ!」
それだけ言い放って、マルコは強く地を蹴った。
雄叫びを上げ、形ばかりの武器を構え、それでもカケラも臆することなく、前へ。
「待って――マルコさん、マルコさんッ!」
半ば悲鳴じみていた。アンジェリカはマルコを追いかけようとした、けれど――足が竦んで縺れて、みっともなく転んでしまう。
「う、っ……」
転んだ痛みは大したことない筈なのに、転んだまま立ち上がれない。アンジェリカは小さな拳を握り締めて俯いた。俯いていた。きっとマルコは殺されてしまう。そんな場面、顔を上げて見ていられなかった。
と、その時だった。
ポケットから、何かがこぼれ落ちた感触。なんだろう。そちらへ視線が寄せられる。それは――希望章。
「……!」
アンジェリカはハッと目を見開いた。手作りのそれは、綺麗でも豪華でもない。けれどアンジェリカは知っている。そこに込められた心からの想いを。その想いは、どんな宝石よりも価値のある美しいものだと。
(今、ボクは……それを裏切ろうとしている)
――それでいいのか。
苦痛は嫌なものだ。逃げることは楽だ。諦めることは簡単だ。
でも――それで、それでもいいのか?
「いいわけない!」
叫んだ。誰に? 自分にだ。
怖くて震える足を叱咤して、小さな少女は立ち上がる。
前へ。一歩、前へ――アンジェリカは走り出す。マルコの背中へ。大きな背中へ。正にサタンへ無謀な攻撃をしかけようとしていた相棒へ。
「マルコさんッ!!」
手を伸ばす。今度は、今度こそ、届く!
「アンジェリカ――?」
振り返るマルコ。その正面に、伸ばされる掌。
ほとんど無意識的に、マルコはその手に手を伸ばし、そして――
指先同士が触れた瞬間。
二人のライヴスは溶け合い、共鳴し、一つとなる。
長い黒髪が靡いた。
そこに現れたのは、大人の姿となったアンジェリカ。黒い衣装を身に纏った麗しい淑女。英雄と共にある彼女は、その真紅の瞳で巨大な従魔をキッと見据えて。
「お前なんかに負けるか!」
振り下ろされる、サタンのあまりに巨大な爪の一撃――衝撃と土煙と飛礫。けれどアンジェリカはそれに臆することはなく真っ向勝負に出た。カウンター。攻撃には攻撃を。大きく振り抜いた斧槍の一撃が、サタンの腕を弾き飛ばした。
『アンジェリカ……』
彼女のライヴスの内で、マルコが驚く声でそう呟いた。飛び下がりサタンとの間合いを取ったアンジェリカが、フッと不敵に口角を吊る。
「ボクの歌を一番傍で聴いてくれるんでしょ? 勝手に死なれちゃ困るじゃない! 反省してよねマルコさん!」
堂々たる物言いだった。マルコは一瞬目を見開き、それから――笑みをこぼす。
『それは悪かった。なら聴くかせてくれ』
「もちろん。こいつを倒した後でとびきりのをね!」
約束だよ。そう言って。もう逃げない。もしこれをカッコ悪いと言う奴がいたって構うものか。これがアンジェリカの、マルコの、後悔しない、カッコイイ決断なのだから。
「さぁ、いくよ! マルコさん、力を貸して!」
『任せとけって。一緒にぶちのめしてやろうぜ、アンジェリカ』
握り直すエクスキューショナー。『二人で一緒に』前に出る。
『プレスティッシモ』
「極限まで速く――」
『フォルティッシモ』
「とても強く!!」
疾風怒濤の三連撃。大嵐のごとく迅く強く振るわれる刃が、サタンの巨体を押しやった。
(もとより諦める気なんて少しもなかったけど……)
京子は鉛のような自らの体を叱咤し、気合を込めて強く立つ。見やるは、遥か高くにある従魔。そして、自分たちを見下している愚神共。それらを睨んだ。今に見ているがいい。その慢心を後悔に変えてやる。
「まずは立て直す時間を稼ぐよ!」
『やりましょう! わたしも諦めるなんて、嫌ですもん!』
京子の言葉に、リディアが力強く頷いた。手にしていた武器を鱗盾グランガチシールドへと換装する。その心に打ち立てるは守るべき誓い。気高き誇り。
「わたしが盾。皆の盾よ――貴方なんかに、崩させやしない」
『さぁ、かかってきなさい! わたしたちが相手です!』
その気迫に、存在感に、サタンの意識が京子へと向いた。暴力的な巨体。暴力の権化。何度、あの暴力に蹂躙されたことか。しかし京子とリディアは一歩も譲るつもりはなかった。
「あなたが盾なら――私は砦」
その一歩後ろ、京子を支えるように杏奈が立つ。
「ただ、守る。それが私の生きる意味……」
杏奈にとって世界はどうでもいいもので。今、目の前に居る人を守りきること。全員で生きて帰ること。それが、杏奈が世界よりも優先するものだった。
だから、盾すら守る砦となる。盾を城塞で囲み、砕けることのないように、守る。
その想いを反映するかのように、杏奈の背から白銀の翼が伸びた。救国の聖旗が姿を変えたそれは、救世主と呼ぶよりも天使と呼ぶに相応しい。真冬の朝の雪のような、染まることなき不可侵の銀。
そんな、守るという決意を抱いた少女達へ。
「守るって宣言した子が、守りきれないで絶望する顔って――」
「――とっても面白いと思うんだよね!」
愚神が嘲笑い、掌を振り下ろす。それに操られ、サタンがあまりに巨大すぎる拳を叩き下ろした。
超重、そして広大すぎる攻撃。
少女の小さな掌じゃ、とてもじゃないが防ぎきれない――!
『杏奈――』
「大丈夫」
龍子の声に、杏奈は強い意志で言葉を返した。目を閉じて、祈るように手を組んで。
「私達は、負けない」
落とされる一撃。
だが、少女達は潰されていなかった。
杏奈の翼の加護を受け、京子はその盾で巨大な拳を受け止めていたのだ。
『思うがままに暴虐を尽くすなら、その全てを防ぐ絶対の盾となってみせます!』
「わたしたちの防御、抜けると思わないでよね!」
どんなに相手が巨大だろうと。恐れる気持ちなど一切ない。負けるものか。一人じゃない。だから負けない。その一心が、京子とリディアの守る力を無尽蔵に高めてゆく。
「理不尽を設定して、“楽しめ”? いいじゃない、その思い上がりを叩き潰せると思うと燃えるね!」
『逆境とは! 乗り越えるためにあるのです!』
そう言い放ち、盾で殴りつけるような勢いで京子は拳を押し返した。
「目には目を、歯には歯を。略奪者には報いを!」
杏奈が凛と言う。直後、その横合いからサタンの拳へ吶喊する者がいた。心乃である。
「目には目を? オーケー賛成だ。じゃあ――」
逆鱗の戦拳。黒き鎖が巻きついた、竜怒の拳を振り被り。
「――拳には拳を、だなッ!!」
力の限り。一気呵成。『鉄』拳などとは生温い、迸るライヴスで輝き煌く『金剛』の拳。
凄まじい衝撃にサタンの腕が弾かれた。だが、まだだ、まだまだ。無防備に緩んだその拳へ、心乃は更に拳を振り上げる。
「もう一発ッ!!」
殴りつける。殴り飛ばす。分かりやすく単純に。どこまでも愚直に。この拳ある限り。殴って殴って殴り続ければきっと仲間の攻撃のチャンスになる。連携とか友情とかはどうにもこうにもよく分からないが、好きに使ってくれたらそれでいい。
「私のやるこたぁよ……! 殴れる時に! 殴れるトコを! 思いっきりぶん殴りに行くことだ!」
殴りぬいたその勢いのまま、心乃は更にサタンへと踏み込んで行く――。
「カッコイイですわね」
『カッコイイでござるな』
「……負けられないですわね」
『負けられないでござるな』
凛然と敵へ立ち向かう仲間達を見、クラリスと重繁はそう言葉を交わした。
『どうやら本気を出さねばならんようでござる』
ふっふっふ。英雄は不敵に笑いながら呟いた。
「いいでしょう、わたくし達の鍛錬の結晶、その目に焼き付けて頂きますわ!」
クラリスも言う。焼き付けるがいい、とかではなく強制焼き付け宣言である。
九鈎刀を握り締め。『二人』は華麗に躍り出た。
『クラリス殿』
「ええ――もう自重などしません」
そうだ。足を引っ張らぬようにと気を遣っている部分がきっと不味かったのだ。
ならばありのままの自分達を。カッコイイに全てを捧げたこの動き、見るがいい!
いざ参らん。
春の柳の如く、流れるように。速く、疾く、美しく。滑るように地面を駆ける。
負けるものか。燃え上がる熱き闘志を胸に秘め、しかし横顔は涼やかに。
一所懸命。一つの所に命を懸ける。一太刀一太刀に魂を乗せて。持てる全てを使い果たす心算で。
「一閃、草薙!」
なぜ必殺技を叫ぶのか。古今東西理由は一つ。カッコイイからだ。
サタンの足元を疾風の如く駆け抜ける。一瞬でクラリスはサタンの背後。ライヴスの煌きを纏う刃を、ひゅるりと十字を切って優雅に納刀――チンッ。刃が納まる音と同時、サタンの体勢が大きく揺らいだ。刹那の内に繰り出されていた横一文字の斬り払い。苛烈なる一撃。
だがこれで終わりではない。クラリスはその眼差しで大見得を切る。機械仕掛けの碧眼が悪魔を捉えた。
『死にかけ上等、当たらなければどうということはないのでござる』
英雄の言う通りだ。食らうものか。迫る巨大な脚を見やる。クラリスは優美に、余裕タップリに、そしてかっこよく、絹の金髪をかきあげてみせる。
止まって見えましてよ。
「旋刈!」
腕を捻り、螺旋の斬撃。天を覆う暗雲めいた従魔の攻撃を貫く、一条の光明。
「というかさ……」
激しさを増していく戦いの一方で。悠の表情は相変わらず晴れていない。
(根性ロールとかできるわけないじゃん、見て分かれよ……)
『なぁおい、おい、おい悠よ』
(っていうか馬鹿がうるさい)
さっきからなぁなぁとしきりに話しかけてくるライヴス内の英雄、ラドヴァン。悠はわざとらしく、抗議めいた溜息を一つして。
「あーもう、何なのさ一体」
『悠、ロールプレイとはなんだ』
「またその質問?」
『まだちゃんとした答えを聴いていないぞ!』
「はぁ……。ロールプレイってのは……なりきるとか、そういうことで」
『お前の説明ではよくわからんなあ……』
「なにがよくわからんなあだよ、馬鹿にも分かりやすいように説明しようとしてんだよこっちは」
眉根の皺が深くなりすぎて頭が二つに裂けるんじゃないかと思う。そんな悠の一方でラドヴァンは「然しなんだ」と言葉を続けた。
『倒せん相手ではないということだな』
「……は?」
『それだけ聞ければ十分だ、倒せる相手が倒せん道理はない。ならば悠よ、お前、そんな辛気臭い面をしている暇はないだろう』
その言葉に、悠の返事はなかった。ラドヴァンの言葉は真剣で、正論だったからだ。
『あれは敵だ、倒さねばこちらが負ける、負ければ此方に道はなし。知恵無き強者は恐ろしいぞ、何せ、残すべきものを残す知恵もないからな』
お前が手にした武装は何の為にあるんだ。ラドヴァンは問う。返事はない。ふ、と英雄は微笑んだ。
『お前が弱いのは俺様がよく知ってる』
「今、お前に、心底死ねって思ってるからな」
『おおやっと返事をしたか。まぁ怒るな、そのために俺様がいるのだろう』
「だまれよほんと」
『前だけを見ていろ、振り向けば負けると思え。お前の後ろにはお前の守るべき沢山のものがある。心配だろう、気になるだろうとも。然し良いか、振り向くとは足を止めることだ』
どこまでも堂々と、揺らぐことなく――ラドヴァンは己の言葉に絶対の自信を持って、言葉を続ける。
『安全を勝ち取れ、そして前へ進め。安全を振りかざし、お前の守るべきものに、この先は安全だと知らしめてやるのだ。
王の仕事は守るばかりではない。奪い、拡張し、民を潤し、歩みを進めさせるのもまた仕事だ』
「……俺は王様じゃねぇよ、あんただろ、それは」
『そうだ。だがお前もまた、己が心中に於いての王である』
「意味わかんねぇ」
滅茶苦茶だし、横暴だし。悠の言葉は半ば溜息めいていた。
(でも俺は……)
不本意ながら、こいつに従うしかない。
(こいつは強いし、賢いし、なにより、……)
まぁ、絶対言ってはやらないが。調子に乗られると面倒だしうるさいし。
だから悠は幾度めかの溜息を吐いた。だがこれで最後だ。悠は禁軍装甲を構える。前を、見据えて。
「……ちゃんと指示しろよ」
『ははははは! なぁに、俺様にドーンと任せておけ』
「笑い声うるさいし……」
なんて言いつつ。
(負けたら承知しねぇぞ、俺の王様)
仲間を支える為に、安全を勝ち取る為に、安全だと知らしめてやる為に、前へ。悠はラドヴァンと共に、強く地を蹴った。
『狙わせるな! 常に距離を開けよ!』
ハルの声が真琴のライヴスの内で響いた。「了解!」と返事をした真琴はビルの上から上へ、白い狐の尾を靡かせて飛び移る。
『かなり重厚な攻撃じゃ……あれは厳しいぞ?』
「赤い人も言ってました! 当たらなければどうってことないんです……!」
『赤い人……?』
ハルが首を傾げた一方で、真琴は更に大きく跳躍。二秒前に真琴がいたビルが、従魔の巨腕に粉砕された。
「走れ、狐火……!」
その腕の先、サタンの目玉に、真琴は無駄なしの弓フェイルノートを引き絞った。撃ち放たれるのはライヴスの炎を纏う鋭い矢。
あの巨体からすれば、それこそ針のような一撃なのだろう。それは承知だ。ならば。
「一矢でダメなら何度でも……!」
真琴は攻撃を諦めない。
「急急如律令……」
静かに唱える呪文。すると、引き絞った矢の周りに術式が浮かび上がる。
「……神薙……!!」
厳かな光を纏う矢――それは放たれた瞬間、凄まじい速さでサタンへと飛んだ。鋭く、精密に、サタンの目玉を再度穿つ。その一撃に、従魔が苦悶の咆哮を上げた。
(どこや、どこなんや! こんなデカイんや、どっか隙があるはずやろ……)
サタンが暴れ回る。その巨体に見合った大規模すぎる破壊が巻き起こる。降ってくる瓦礫を掻い潜り、時にはビルの影で体勢を立て直しつつ、初雪は従魔を睨みつけていた。
「ほらほら! 逃げ惑え!」
「頑張らないとバラバラだぞ!」
その頭上ではガネスとレイリィ。あまりに高い位置にいる。攻撃をするには相当な工夫が必要だろう。
『なら、目の前のこのデカブツに専念するぞ、雪!』
(ん、分かった)
視線を据え直す。瞬間にサタンが、大きく息を吸い込んだ。
「! ――火、来るで!」
初雪は通信機越しに声を張った。共鳴中は声を発するのが困難で、それでも仲間の為に搾り出した声だった。常にサタンを注視し続け、呼び動作を見極めんとしていた賜物だ。回避のフォローになれば――そう思った。だが。
(なんちゅう広さや……!)
吐き出された火焔はあまりに広大で。回避はあまりに困難だった。
『かわせないなら、真っ向から防げばいい。そうだろう?』
(せやな、狼。……いくで)
怖気付くことはない。尻尾を巻いて逃げるなど。負け犬ではない、彼らは狼。気高き狼。艶やかな白い羽扇をその手に構えた。
刹那に視界が一面の赤に染まる――けれど。初雪と恋の心まで焼き尽くすことは出来ない。倒れはしない。負けはしない。
『反撃、いくぞ!』
勇ましい恋の声に。初雪は下肢に力を込め、火が収まるその前に白扇を一閃。風と共にライヴスの白矢が、逆襲の牙となってサタンへと喰らい付く。
自分だけではない。初雪は近くの仲間へインタラプトシールドも発動していた。一人じゃない。支え合う。勝利のために。
「俺は、まだいけるから、大丈夫、や」
前を見据える。まだ戦える――。
「なんだ、まだ誰も倒れてないのか」
「しぶとい奴等。半壊はしてると思ったのに」
その上空、ガネスとレイリィは毒吐いた。
愚神は侮っていた。
人間など、ただのちっぽけで弱い存在だと。
そう、侮っていたのだ。
「ふん。そうこなくっちゃ、勝敗の決まったゲームなんてつまらない!」
「まだゲームオーバーじゃないなら、ゲームは続くのさ!」
二体で一体の愚神が従魔を操る。
巨体が精確に暴れ狂い、拳で脚で、そして炎で、エージェント達に襲い掛かる。振り被られた掌。空を覆うほど大きく、地上に影が落ちる。
「……ちっ」
飛び出したのは真琴だった。せめて狙いを逸らせれば。少しでも気を引くことができれば。
『あ、馬鹿、近づくな!』
ハルの咄嗟の制止も聞かず。ビルの屋上から跳んだ真琴はサタンの腕へ。そして、その体を駆け上る。頭上へと。跳び上がる。
「こっちだ……!」
零距離から放つ、霊力を纏う炎の矢。サタンが一瞬怯んだ。だが。振り上げられていた手とは反対側の手が、振るわれる。叩き落とすように。――直撃する。少女の華奢な体に。
「……かはっ」
『真琴!?』
視界が錐揉みする。吹き飛ばされる。そのまま真琴の体はビルにぶちあたり、ガラスが血と共に弾け飛んだ。
そんな真琴ごと。エージェント達へ、振り下ろされるサタンの掌。
破壊音が鳴り止まない。
何度も何度も轟音が響き、小さなエージェントの体が吹き飛ばされる。叩きつけられる。何度も何度も。何度も何度も――。
――それでも。
何度も何度も何度も、エージェント達は立ち上がる。
「例えこの身が焼き焦がれようとも、私はみんなを守り通す!」
土埃と血にまみれ、汚れ。しかし杏奈の決意は汚れない。彼女は身を呈して仲間達を守り続ける。重い一撃を何度何度浴びようと、傷が増えようと、それに躊躇することはなかった。
「あの時、私は無力だった。だから大切なものを全て失った。でも、今は違う! 戦う力がある!! 立ち向かう覚悟がある!!!」
その背に広げる守る為の羽は、今にも崩れてしまいそうなほどボロボロだった。それでもまだ、輝いている。光は失われていない。杏奈の強い意志を映し出すかのように。
「私はこの右腕に誓う! もう誰も失わせはしないと!!!」
握り締める機械の右腕。――過去、家族と故郷ごと喪ったモノ。奪われたモノ。
もう、あの頃とは違うのだ。
今の自分には力があるのだ。
多くを喪った代償に。もう二度と喪わない為に。奪われない為に。
「翼よ、どうか私に更なる強さを、守り切る力を!」
握り締めた鉄の右手を天に掲げた。空を掴むかのように掌を広げた。
刹那、天より伸びる一筋の光。それは杏奈の右腕を伝い、そして翼へ。
傷だらけの翼が治っていく。銀の翼が純白に――美しく、神々しく、再構築されていく。それは煌きを纏う光の翼。
――今ここに、一人の天使が舞い降りた。
翼の光はいっそう強く、周囲を白く包んでゆく。しかし目が眩むような一方的なモノではない、優しく柔らかく――照らされる者に『あたたかい』心を感じさせる。
「どこまで効果があるかわからない。でも、私は私ができることをするんだ!」
誰一人倒れさせない。そのためにも、倒れない。諦めない。どれだけ傷を負おうとも。
たとえ絶望的な状況であろうとも――杏奈の覚悟は変わらない。杏奈の意地は崩れない。その想いは光となり、仲間達を包んでいく。守護天使の加護。
「っ……」
度重なるダメージ。初雪は苦痛に歪める。けれど倒れない。杏奈の放つ白い光に照らされて、そうだ、まだ仲間が倒れていないのだから。
(まだやれる……!)
初雪は心が折れぬように自らを鼓舞し続ける。
『ああ、そうだとも』
答えるのは恋。するり、彼女は一時的に共鳴を解いて。満身創痍の仲間達を見渡した。
「未だだ! あたし達の力はこんなもんじゃないだろう! いける! どんなに弱くても、気持ちの上で負けるわけにはいかぬ!
真の敵は絶望――達観――そんなものに負けるわけにはいかんのだ!」
そして恋は、初雪と視線を合わせた。
「あたし達の物語は、まだこれからなんだろう?」
ニッと笑い、伸ばされる手。初雪も薄く笑みを返してみせた。そしてその手を取って――再度の共鳴。
「負け、へんで……! 勝てる敵なんや、俺達は、俺達の力を信じてる……っ!」
絞り出すように、初雪も声を発した。手にしたAGWを握り締める。力を込めて、振るいぬく。突破口を拓け、諦めるな、続けろ。逃げない、躊躇わない、諦めない。下も後ろも見るな。前を見ろ。見続けろ。
「心が、折れそうな時は、踏み出せ。体に合わせて、心は、ついてくる……」
「そうだ! ボクらは負けない、前に進むんだ!」
ゴシックドレスを翻し、躍り出るのはアンジェリカ。再び振り下ろされるサタンの拳に真っ向から立ち向かう。
恐怖がなくなった訳じゃない。痛いのは嫌だ、傷ついたり喪ったりするのは嫌だ、怖い。
(だけどそれ以上に、ボクは歌えなくなるのが怖い。歌を聞いてもらえないのが怖い!)
ポケットにしっかりとしまった希望章の存在。彼らの思いを、裏切りたくない。怖くて逃げて裏切って、『カッコ悪く』なる方が、もっと嫌だ!
「だから怖くても前へ進む。ボクは前へ進めるんだ!」
身の丈以上の斧槍を構え、羽根のように軽やかに。されど三日月よりも尖鋭に。
振るわれた刃が、エージェント達の攻撃に傷ついていたサタンの片腕を斬り飛ばす。
悪魔の絶叫。愚神の舌打ち。ならばともう片方の手が、エージェント達へ暴力的に振り下ろされる。
けれどもそれは届かない――叩きつけるような京子の盾に防がれて、弾き返される。
『何度だって、どんな一撃だって耐えてみせます!』
「魂の篭もらない攻撃じゃ、わたしたちには効かないよ!」
凛然正大。京子とリディアは笑んでみせる。砕けるものか、この魂。
その間にも、初雪はサタンを観察していた。
「弱点、は、頭……?」
悪魔とはいえ。人の形をしているならば、あるいは。確証はない。けれど。
「……試す価値ぐらいはあるだろ、きっと」
盾として、京子、杏奈と共にサタンの攻撃から仲間を守りつつ。悠が通信機越しの声に答える。
「だが……どうやって頭を狙う? ビルはほとんど崩されて――」
『愚問だな!』
悠の言葉に割り込むように口を開いたのはラドヴァンだった。
『届かぬならば、届くようにすればよい』
「だから、それをどうするんだって話で」
『引き摺り下ろせば良い。俺様たちの手が容易に届く距離にまで』
「なにそれ滅茶苦茶すぎ」
そう、滅茶苦茶だ。あんな巨体を引き摺り下ろすだなんて。
だが悠は薄く一笑してみせる。
「……無茶苦茶すぎるけど、面白そうじゃん」
『ははは! そうだろうとも。良し、ならばその為にも俺様たちが出来ることに専念するぞ、悠!』
「しょうがねぇな、やればいいんだろ」
基礎がしっかりしていなければ、巨大な城は建てられぬ。それと同じこと。
攻撃と言うカードは仲間に委ねよう。信頼しているからこそ。
「穿!」
蜂の如く高速で繰り出した一突き。クラリスの流麗な斬撃がサタンの脚へ。丸太のような、否、塔のようなサタンの脚は未だ切り崩せず。振り下ろされる質量という攻撃を回避しつつ――聞こえてきたのは仲間の通信。
『頭が高い、というやつでござるな』
心得た。クラリスのライヴスの内で、仲間が交わした『作戦』に重繁が頷いた。
『切り崩すでござるよ、クラリス殿』
英雄の言葉にクラリスが頷く。彼女を蹴り飛ばそうと迫る従魔の脚。それを横に跳んでかわし、追うように刹那で踏み込み。刃を振り上げた。
「閂断!」
切断特化の垂直斬り下ろし。サタンの足首を後ろから深く切りつける。
だがまだ、サタンの足の切断には至っていない。
『然らば今一度!』
重繁が言う。その時にはもう、当然だと言わんばかりにクラリスは次の攻撃モーションへと移っていた。
ぐ、と息を止め。体に力を込め。
目にも留まらぬ速度で繰り出したのは、刺突。
しかし切っ先は当たらず――いいや、この攻撃は貫くことが目的ではない。今までサタンの足首に刻んできた傷、そこに刃を冷たく添えて。
「――矢剥」
しゅるりと引いた。返り血すらも着かぬ速さ、美しさ。くるりと刃を回し、納刀――それが決まった直後、足を切断されたサタンの体勢が大きく傾いた!
「吹っ飛べやァ!!」
それを更に押しやるように。心乃が、切断されていない方の足へとライヴスで加速した拳を叩き込んだ。速力を武器にした拳。それがサタンの脚を大きく弾く。
巨体が揺らいだ。だがサタンは近くの半壊したビルを崩しつつ掴まり、転倒を防ぐ。そのまま瓦礫と化したそれを掴み、力のままに横薙ぎ――今度は心乃が吹き飛ばされる番だった。
「がっ ぐ!」
『心乃!』
「ああ! 負けねぇよ!! 気合や気持ちでどーにかナンだろ?」
ならコイツの攻撃なんか効かねぇ。瓦礫の中、麗に答えつつ心乃は立ち上がる。額から流れる血もそのままに、瓦礫を払いのけ、蹴飛ばして。
「くっそ痛てぇけどッ……痛いだけでそんだけだ。そんな攻撃効くわきゃねぇ!」
いっちばん『効く』のは気持ち入ったヤツだって、私がいっちばん身体で知ってんだからよ――だから耐えられる。踏ん張れる。倒れない。――殴り返すッ!
「気ぃ入れてかかってこいや……!」
拳に込める想い。これで折れたら、気持ちで負けたということだ。そこだけは何があっても『負けられない』。
『えぇ、それが二人の誓い。貴方が目指すモノならば』
相棒の強い想い。麗がしっかと頷いた。
『己がまま。その心がままに。そう、いずれ■■と相並ぶ■が如k』
「あああだっからそれがむずがゆいっていつも言ってんだろーがよ!? いーから私にヤラせろってのッ」
ライヴス内でこそばゆい詩を語り始めた英雄に慌てて一喝し。『分かっていますわよ』と英雄は言う。
『それで、貴方には目指すものがあるのでしょう?』
「……そうだ。私には目指すモノがある」
開いた掌を見つめた。そしてそれを強く、握り直す。
届くため。追いつくため。並んで戦うため。
そして――『英雄』になるために。
「ここでは絶ッ対、気持ちで気合で負けられねぇ……負けられねぇんだよッ!!!」
最後まで。何度でも。心乃はサタンへ立ち向かう。殴りかかる。拳に込めた強い想いは力となった。振り被る――殴り抜く。文字通りの『ヘヴィ』な一撃が、脚をやられバランスを崩したサタンの巨体を、殴り飛ばした。
地響きを伴う音。倒れた巨体。従魔がエージェントを見やる。開かれた口の奥からは、炎……。
「……まだ、まだいけるよ」
それへと矢を番えるのは、傷だらけの真琴。
『一旦距離をとれ!』
ハルが言う。しかし真琴は首を振った。
「……ここは退けない、退けないよ……あいつの気、引いてないとみんなが……」
『お主……』
「もう、心配しすぎだよ。ボクはもう一人じゃない……隊のみんなが、アキくんが、ハルちゃんがいる」
大丈夫。真琴は微笑んだ。凛と、前を向いていた。
「だからハルちゃん。力を貸して……?」
『応……まかせておけ……!』
瞬間、真琴の和装が赤に染まる。黒い式紙が周囲を舞った。
(ちゃんと、ちゃんと帰るから……だから今だけは……)
『後の事は心配せんでいい……思う存分やれ……。アキトんとこに戻らんとな?』
「うん」
英雄の言葉に、真琴は強く頷いた。笑みは崩さずに。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン……急急如律令――」
浮かび上がる術式。一際強い光が、その矢に灯る。真琴は、ハルは、瞳を細めて狙いを定めた。
「穿て……! 神薙……!!」
狙うは頭。狙い易くなった場所。
真琴の矢が放たれたと同時、初雪もまた飛び出していた。
死ぬかもしれない、なんて思ったことはない。必ず帰って日常に戻るから、帰れないなんてありえないから――初雪は数多の武装をその頭上に展開した。
(戦うと決めたら、絶対勝つって決めてるんや。狼との約束やし)
それを疑ったことは無い。今日だってそうだ。
だから――
「『必ず勝つ!』」
暴風雨の如く降らせる刃。真琴が少しずつ傷つけていた従魔の目を、完全に潰す。怯ませて火焔を一瞬、遅らせた。
その一瞬で、十二分。
アンジェリカと京子が得物を構えて吶喊する。
「お前が恐怖に陥れて来た全ての者に成り代わり、今断罪の鉄槌を!」
アンジェリカが掲げるは処刑人の名を持つ武器。
「リディア、わたしたちの最高の一撃を決めるよ!」
『任せてください、心響かせて、いきましょー!』
京子が構えるのは神をも屠り斬り裂く大いなる剣。彼女と英雄の想いは迸るライヴスとなり、あまりに巨大な刃となる。
乾坤一擲、アンジェリカが振り下ろすのは鬼神が如き一撃。
真っ向勝負、京子が袈裟に振りぬくのは英雄との繋がりを力に換えた一閃。
そこに、真琴の矢がサタンの脳天に突き刺さり。
断末魔――遂に。遂にかの巨体が、塵となって消えた。
●アフタープレイ
「「こんなことが――」」
ガネスとレイリィはまず目を見開いた。それから眉根を寄せた。数値上では奴等の勝率などほとんど0だった筈なのに。
彼らは知った。エージェントという脅威を。彼らを脅威として、認めたのだ。
そしてエージェントは彼らだけではない。ガネスとレイリィは思い知る。今、自分達は緊急事態に置かれているのだ。とんでもない連中を相手にしているのだ、と。
忌々しげな舌打ち。ゲームを『クリア』した彼らへの賛辞の言葉すら忘れたまま、愚神たちはエリアから一度姿を消した……。
そして、辺りは静寂となる。
その静寂は、エージェントの勝利を知らしめるものだった。
それを見届け。クラリスは風車のように刀を二回転、そのまま勢いよく納刀をした。ふふふ、と笑む。この上なく格好良く決まりましたわ。
『やりましたね!』
「ええ、リディア。お疲れ様」
京子は剣を下ろし、「ふー」と大きく息を吐いた。
『戦闘不能者ゼロか、やったではないか悠』
「別に……」
俺だけの成果じゃないし。ラドヴァンの豪快な声に、悠は答える。
(愚神は……逃げたか)
誰もいない空を見上げ、初雪。勝ったんだ。改めてそう思うと、どっと疲労が押し寄せる。
『よく頑張ったな、雪』
(……ん)
英雄の言葉に、彼は安堵と共に小さく頷いた。
一方で杏奈も安堵の息を薄く吐いた。守りぬけた。全員いる。
『杏奈、随分やられたが……大丈夫か?』
「……平気」
『そう』
英雄は多くは語らない。ただ、今回も相棒を守ることができた。なら、良い。良かった。勝利ということだ。
和気藹々大団円……というのは少々こそばゆいので、心乃は少し離れた場所にいた。
『さて心乃』
すると麗が。
『ここで決め台詞でも』
「言わねぇからな!?」
全くもうと大きく息を吐く。と。聞こえてきたのは美しい歌声――アンジェリカが、歌っているのが見えた。勝利を称える歌。澄んだ、美しいソプラノボイス。
それを、ハルは狐耳をピンと立てて聞いていた。その腕の中には、力を使い果たして眠っている真琴が。
『お疲れ……じゃな』
英雄は小さく笑んだ。すやすやと眠る相棒の額を、慈しむように、労うように、指の背で柔らかく一撫で。
ドロップゾーンの中、紛い物の空ではあるが、澄み渡った青色はどこまでも静かだった。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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