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山中たたずむ女性の霊
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最終発言2016/08/27 21:55:04 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/08/27 18:34:51
オープニング
●とある山中にて
草木も眠る丑三つ時。暗闇と静寂が広がっている山の中を、複数の若者が懐中電灯を片手に歩いていた。
「う~ん、普通に山だし、何にも起きねぇな」
「結構雰囲気があったから最初は出るかもって思ったけど、期待外れだな」
彼らは親しい友人同士で、ひょんなことから肝試しをしようという流れとなった。思い立ったら即行動、とばかりに夜中に車を走らせて、心霊スポットとして地元で有名な山に入り、おおかた1時間ほどが経過している。
車から降り、散策をし始めてすぐは自分たちがたてた物音や、時折聞こえる葉擦れの音に騒いで面白がっていた。しかし次第にそれ以上の刺激がなくなると状況にも慣れ、山歩きに飽きが生じ始めていた。
「これ以上いても何もなさそうだし、帰るか?」
「そうすっか」
全員のやる気がなくなり、自然と帰る流れになったのはすぐのことだった。1時間ほど歩き回った彼らだが、車から離れすぎない場所をうろついていただけなので、迷うこともない。
「……お、おい、あれっ!」
車に戻ろうと方向を変えた直後、若者の1人が焦ったような声を上げた。
「え、ちょっ、マジかよ!?」
「ヤベェ! ヤベェって!!」
つられて振り返った他の若者たちも、懐中電灯が照らす先を見て顔から血の気が引いていく。
「…………」
そこにいたのは、1人の女。見た目は、まさしくホラー映画から出てきたかのよう。前傾姿勢でだらんと体の前で揺れる両腕に、ぼろぼろで真っ白なワンピース。そして女の身長に近い長さの髪が垂れ下がり、表情を完全に隠していて不気味さを増す。
女の近くには、2つの人魂のようなもの。人間の魂が燃える色、と言われても納得してしまう青白い炎は消える様子もなく、ただ空中に浮遊するだけ。
ザ、ザ、と足音が聞こえ、徐々に若者たちに近づく女。だが、いざ幽霊らしき存在を目の当たりにした若者たちは、あまりの恐怖に足がすくみ、逃げることができない。
「…………ォォオ゛オ゛オ゛オ゛!!」
『ひぃっ!?』
すぐ近くまで女が歩み寄ると、何人もの怨嗟を凝縮したかのような低いうなり声が、若者たちの心臓を握りつぶしてきた。
「ぁ、た、たすけ……っ!」
小さな悲鳴の後、もっとも女に近い場所にいた若者が命乞いで口を開いた瞬間、頭に何かが張り付いた。
「オ゛オ゛オ゛オ゛」
「ぎゃあああああっ!?!?」
それは、女の手のひら。肉がそげ落ち、ほとんど骨と皮だけの筋張った五指が目一杯広げられ、若者の頭蓋を鷲掴みにしたのだ。
そして、至近距離から女と相対した若者は、黒髪のベールから覗く充血した眼球と目が合い、絶叫。この場を逃れようと、細い腕を両手で掴み引きはがそうとする。
が、女の拘束は全く外れない。どころか、若者の腕からはどんどん力が抜けていき、ついには女の腕を掴む力さえ失った。
『うわあああああっ!!』
直後、他の若者たちが一斉に手にした懐中電灯を女へ投げた。全力で投擲されたそれらは頭や胴体に次々と当たり、一瞬だけ手の力が緩む。
「逃げろ! 逃げろぉっ!!」
狙ったのか偶然か、タイミング良く捕まっていた若者を仲間が引っ張り、車へ向かって全力で走り出した。後ろを振り向かずに全員乗り込むと、急いでエンジンをかけ、アクセルを全開にしてその場から離れていく。
「…………」
女はその場に立ち尽くし、逃げゆく若者たちの車を、見えなくなるまで睨んでいた。
●幽霊退治は寺かH.O.P.E.か?
「おい! おい!! しっかりしろよ!!」
何とか女から逃げ延びた若者たちは、女に捕まった若者を起こそうと必死に呼びかける。だが、いくら呼びかけても、時に頬を強く叩いても、顔面を蒼白にしたまま意識が戻ることはない。
明らかな異常事態に、若者たちの焦りは強くなる一方だった。
「どうすんだよ、これ!? どうなってんだよ、あれ!?」
「知らねぇよ! っつか、ぜんぜん起きねぇぞこいつ!」
「ヤベェよ、呪われちまったんじゃねぇのか!?」
何とか町まで車で移動できたものの、混乱は収まるどころか拍車がかかっている。停車した車の中で騒ぐものの、やはり襲われた若者は意識不明のままだった。
「こんな時は、坊さんか!?」
「え、こういうのに詳しい坊さん知ってんのか!?」
「知らん!」
「ダメじゃねぇか!」
あーだこーだと喚く中、次第に若者の呼吸が落ち着いてきた。顔色も時間が経つにつれて少しだがよくなり、ようやく全員から安堵のため息が漏れた。
「で、でも、俺らが山ん中で見たあれ、なんだったんだ?」
「わかんねぇ。っつか、二度と関わりたくもねぇよ」
「だけどよぉ、あのまま放っておいたら、またこいつみたいな被害者が出るかもしれねぇぞ?」
その言葉に、若者グループは沈黙する。
放置はまずい、さりとて関わりたくはない。
どちらも彼らの本心だからこそ、何も言えなくなっていた。
「……H.O.P.E.に連絡すっか?」
「H.O.P.E.に? でもあそこって、従魔とか愚神とか専門だろ? 幽霊はさすがに……」
「いや、もしかしたら俺らが見たのって、その従魔か愚神だったんじゃねぇか? 動きはマジ幽霊だったけどよ、出会い頭にアイアンクローかます幽霊なんて聞いたことねぇだろ?」
「あー、言われてみれば確かに」
「もしマジもんの幽霊だったとしても、リンカーだったら何とかなるんじゃね? 日頃から似たようなの相手にしてるんだし、除霊だってできるって、きっと」
「……そう、かもな」
「何にせよ、通報するなら早くしようぜ。あんなのが同じ地域にいるって思うと、気持ち悪ぃったらねぇよ」
脳裏に焼き付いた女の姿を思い出し、背筋を震わせた若者たちは迷いを捨てた。すぐに連絡先を調べ、携帯電話を耳に当てる。
かくして、エージェントたちへ幽霊退治の依頼が出されることとなった。
解説
●目標
愚神および従魔の討伐。
●登場
女幽霊×1…動きや雰囲気が悪霊そのもののデクリオ級愚神。地の底まで響きそうな低いうなり声をあげ、会話による意志疎通は困難。
能力…物理攻撃↑↑、物理防御・魔法防御↑、回避・イニシアチブ↓、移動↓↓。
スキル
・鬼火…射程1~12。単体魔法。青白い火の玉を生み出し飛ばす。
人魂×2…青白い火の玉をしたミーレス級従魔。女愚神に従う配下。夜中では光って目立つが、サイズが拳大の大きさしかない。
能力…回避↑↑、魔法攻防↑、物理攻防↓。
スキル
・火球…射程1~15。単体魔法。自身と同じ大きさの火球を飛ばす。
●場所
地元では心霊スポットや自殺の名所として有名な山中。木々や草が生い茂り、昼間でも葉擦れの音がよく聞こえる程度の静けさ。地面の土は柔らかく、傾斜はほぼない。
●状況
山道から少し離れた山林の中。目撃証言があった場所まではH.O.P.E.が用意したマイクロバスで移動。普段からほとんど人気はなく、まれに肝試しにくる若者がいる程度。
リプレイ
●肝試しスタート
若者たちの依頼を受け、エージェントたちはH.O.P.E.から貸与されたバスに乗り、問題の山へとやってきた。
「幽霊退治は、専門外で、管轄外、です……」
「もう引き受けたんだから逃げられないわよ、黎夜」
まず山道に停車したバスから降りてきたのは、すでに限界が近い木陰 黎夜(aa0061)と彼女の背を押すアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)。黎夜は見ていてかわいそうなほどぷるぷる震え、アーテルに促されてようやく足を動かしている状態だ。
「物理が効く相手なら良いんだけど」
「物理が効かなくても魔法は効くだろ」
次に降りてきたのは木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)。気にするところは幽霊の存在より討伐方法らしい。リュカのつぶやきを拾ったオリヴィエはAGWの調子を確かめつつ、バスのライトが照らす範囲を見渡した。
「お化け退治はエージェントの仕事じゃないのです……」
「怖いか? 怖くてもいいけど、足は止めるんじゃねぇぞ」
また、憂鬱な様子で山道に着地した紫 征四郎(aa0076)の後ろで、ガルー・A・A(aa0076hero001)は自分たちの誓約に触れて注意を促した。お化けが原因で誓約の力が弱まるなど、たまったものではない。
「結構時間がかかったな。行くぞ、朝霞」
「……本当に幽霊だったらどうしよう……」
彼らのすぐ近くでは、バス移動で固まった体をほぐしつつ、大宮 朝霞(aa0476)へ声をかけるニクノイーサ(aa0476hero001)の姿があった。が、当の朝霞は次第に膨らむ不安により、いつもの明るさは微塵もない。
というのも、『愚神や従魔は平気なのに、幽霊が怖いのか?』というニクノイーサの言葉に、朝霞がつい反論してしまって参加が決まった依頼である。H.O.P.E.の依頼とはいえ、万が一『本物』だったらと思うと気が気でないようだ。
「幽霊ね……。俺達で対処できる相手ならいいんだけど」
『ライヴス自体、アストラルサイドに近しい性質だと思うし、愚神じゃなくてもAGWが効くかもしれないわね』
次にバスから降りてきたのは迫間 央(aa1445)1人。彼の英雄であるマイヤ サーア(aa1445hero001)とはすでに共鳴済みで、彼女の声は彼にしか聞こえていない。
今回マイヤはそもそも幻想蝶から出てくる気がなかったが故、早々の共鳴と相成っている。夏の山中でもスーツをびっしり決め、すでに車内で防虫スプレーを施し完全防備な央は、LEDランタンと地図を片手に、幽霊が目撃された場所の位置を確認する。
「あぐやんあぐやん、なんか前にこんな似た雰囲気に覚えあるんやけど……。気の所為やよね、別に怖い事あらへんよね?」
「まぁ、別に怖い事なんて無いさ。……俺にとっちゃ、な」
最後に出てきた鈴宮 夕燈(aa1480)は不安そうにAgra・Gilgit(aa1480hero001)へ声をかける。知り合いがいるから平気だろうと参加を決めた夕燈だったが、アグラが最後にぼそっとつぶやいた一言を聞き逃したのは幸か不幸か。
「幽霊に見せかけた愚神なら、肝試しをする人間をターゲットにしてる可能性が高いかもな」
さて、全員の準備が終わった時、ガルーがこぼした一言で探索は全員で行うことになった。昼間に町を探して見つけた依頼者から聞いた情報を頼りに、各々懐中電灯やスマホを片手に肝試しを装って幽霊を探す。
「なんでガルーので撮らないんですか、なんか映っちゃったらどうするんですか……」
「俺様カメラの使い方よくわかんねぇし。大丈夫、幽霊なんていねぇんだから映りゃしねぇよ」
その際、カメラ役の1人となった征四郎がガルーへ抗議するも、使い方がわからないんじゃしょうがない。
「靴跡ばかり、か」
「リーヴィは、……別に全く怖くはなさそうね。お前さんの顔見ると逆に安心するわ」
土に女幽霊とおぼしき足跡が残っていないか、冷静に確かめつつ歩くオリヴィエを見て、ガルーは征四郎との違いに苦笑を漏らす。
それからしばらくは、一組の肝試し集団を説得して町へ帰した以外は変化もなく、一行は獣道の奥へと進んでいく。
『自殺の名所って言うから崖があったりするのかと思ったけど、そうでもないのね』
「富士の樹海的な方の意味か……、いや、そういうことか」
道中、心霊スポットの由来に興味を抱いたマイヤが、先頭を歩く央の視界から思考を巡らすも、ひたすら木々が広がるばかりで疑問は晴れない。央も考え出したところで、LEDランタンの光が答えを示してくれた。
それは、太い枝に垂れ下がる、先端が輪となったロープだ。地面には台らしき物もある。どうやらここは、首吊り自殺が多発する場所らしい。央は納得と同時、それらがあまり劣化していないことに気づき、目を細める。
「ちょっとニック! 私の側から離れないでよね! ちゃんと近くにいてよ!?」
「なんだ? 怖いのか?」
「ばばばばかなこと言わないでよ。怖いわけないじゃない」
「だよな。そんなんじゃ、征四郎に笑われるぞ」
央の少し後ろでは、懐中電灯で周囲を照らしながら進むニクノイーサと、彼の腕をがっちりつかんでいる朝霞がいた。草木の揺れや葉擦れの音に敏感に反応する彼女の姿を見れば、言葉の説得力はあまりない。
「お化けなんて、いない、いないから……」
さらにその後ろ。スマホの明かりで周囲を照らす黎夜の表情は青い。ライトの色に加え、お化けへの怖さで顔が青ざめているためだ。顔色がライトのせいだけでないことは、さっきから近くの征四郎や夕燈の側から離れようとしない様子からもうかがえる。
自己暗示に熱心な黎夜の後ろで、アーテルは静かに肩をすくめた。彼女が人一倍お化けを信じていると知っていて、かつ自身は全く平気であるため、視線には呆れが混じっている。
「ひっ!?」
「や、別に怖くあらへんよ、あらへ……ぴゃぁぁぁっ!? なんか! なんか音した!! 怖~っ!? ……きゅ~」
そんな彼女たちは、もういっぱいいっぱいだ。ガサッ! っとあがった物音に驚き、黎夜は短い悲鳴を、夕燈は騒ぎに騒いで気を失った。
「れ、レイヤもユウヒも大丈夫なのですよ! 征四郎が守って……あわわわわ!」
ビビリ度では同じレベルだが、それでも2人を勇気づけようと気丈に振る舞う征四郎。しかし、すぐ目の前を飛んでいった夕燈の右手のおかげで、騎士の仮面はあっさりはがれ落ちた。
「怯えてるせーちゃんとれーやちゃん可愛いから、ビデオカメラに撮っといてねオリヴィエ!」
「最低だ……!」
そんな征四郎たちの後ろ、アーテルやガルーらといたリュカは、スマホのライトで周囲を照らしながら進むオリヴィエに楽しそうにお願いする。リュカのあんまりな動機に非難の声を上げるも、オリヴィエは律儀に手にしたスマホのレンズを2人に向けた。
画面にはおびえながら進む少女たちの様子がばっちり映る。最近のスマホはとても優秀ですね。
「おい、馬鹿娘、寝てる場合じゃねぇぞ」
すると、右手と意識を失った夕燈を見かね、アグラは分離した右手を拾って彼女の頭に叩きつけ、強制的に再起動を促した。
「う~、幽霊とか苦手なのに、どうしてうちはこんな場所におるんやろか……? はっ!? またあぐやんの仕業やろ!? ひどい!!」
「いや、暑い暑い五月蝿いから、よく冷えたろ? 背筋が」
「や、だから……、うち、そう言うのアカンのやて。あぐやん、面白がってへん?」
「さてな」
無事に意識を取り戻してすぐ。夕燈は悲惨な現実に若干泣きが入ってアグラへ抗議をあげるも、雑な答えしか返ってこない。ただただ、夕燈の瞳に涙がたまるだけだった。
●幽霊の 正体見たり グライヴァー
さらに奥へと探索の手を広げたエージェントたち。
すると、突如木々の中に青白い光が発生し、脱力した人影が浮かび上がった。
『出たわね』
「まずは、正体を確かめるか」
女幽霊と人魂を発見してすぐに動き出したのは央だった。すでに共鳴しているという利点を生かし、手にしたランタンを置いて移動を開始。木々を隠れ蓑に敵の背後へ迂回し、途中で『潜伏』も使用して隙を探る。
『わお、雰囲気あるぅ』
「……先に行く」
共鳴後、オリヴィエの視界から敵の姿を確認したリュカの声音は、やはりとても楽しそう。相棒への言葉を丸々飲み込んだオリヴィエは先行し、ライトブラスターを構えた。
「あれじゃあ、狙ってくれと言ってるようなものだ」
闇夜に浮かぶ青白い炎へ、オリヴィエは躊躇なく引き金を引く。射出されたレーザーが従魔の体をえぐり、大気に火の粉が散らばった。まだライトアイの補助はないが、暗闇の中で浮かぶ発光体などオリヴィエにとってはただの的だ。
「怖っ!? え、なにあれ、怖っ!? ……うち、どうしても行かなあかん?」
「寝言は寝て言え。さっさと行くぞ」
「あ、あぐやんのおに~っ!」
そんな中、人魂の光に照らされた女幽霊を前に、夕燈は完全に尻込みしていた。しかし、背後のアグラにばっさりと退路を断たれ、半泣きになりながらも共鳴。とにかく視界を確保するため、全員を範囲内に収めて『ライトアイ』を発動した。
「ちょっ!? はっきり見える方が怖いやんっ!?」
ただし、本人的には逆効果だったらしい。
「行きますよ、ガルー! 皆の明日を守る為に!」
夕燈に続いて共鳴した征四郎は、『フットガード』で味方全員の足下を安定させる。スキルの成功を確認後、一瞬だけ女幽霊の見た目にひるむも、インサニアを構えて前へ飛び出した。
「ででででたぁっ!」
「落ち着け、朝霞。ほら、共鳴するぞ」
「わわわわかったわ。変身! ミラクル☆トランスフォーム!」
ほぼアウトな外見の女幽霊に、朝霞は一瞬臆しそうになる。しかし、ニクノイーサの冷静な声に励まされ、気持ちを奮い立たせた朝霞は『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』へ変身する!
その際、かけ声とポーズを完璧に決めたプロ根性? はさすがと言えた。
「くらえ! ウラワンダー☆フラーーッシュ!!」
「オ゛オ゛ォォ!」
すぐさま女幽霊に近づき、朝霞は『パニッシュメント』を発動。ライヴスの強い光を浴びた女幽霊は途端に苦しみだし、虚ろな眼光に強い怒りが生じる。
「……効いてる!?」
『ってことは、こいつらは幽霊じゃなく、愚神や従魔って事だな』
「そうとわかれば、怖くなんかないわ!」
『やっぱり怖かったんじゃないか』
「……ウラワンダーが退治してやるんだから!」
愚神や従魔にしか効かないスキルが有効と知り、一転して元気と強気を取り戻す朝霞。頭に響く英雄の細かい指摘をサラッとスルーし、朝霞はレインメイカーを握りしめて女幽霊へ肉薄する。
「……ふっ!」
朝霞と女幽霊の攻防を遠目で確認し、敵が愚神か従魔だと確信を得た央。即座に木の陰から飛び出し、人魂を狙って『ジェミニストライク』を発動。分身とともに鞘を利用した超速抜刀を閃かせ、接近と攻撃を一瞬で行う。
「ちっ!」
しかし、人魂は機敏な動きで弧月の刃から逃れた。人型と視界が違うのか、攻撃の直前で反応した人魂の回避がギリギリで成功したのだ。
「スキルもAGWも作用する! 普段通りの対応で大丈夫だ、落ち着いて行け!」
間髪入れず人魂へ追撃を加える央は、炎の勢いが弱まったことを確認して声を大にする。征四郎を始め『幽霊』という枠で敵を見ていた味方へ、『倒せる敵』として認識させる声は改めて全員に伝わった。
「黎夜、あれは愚神で従魔よ。大丈夫。共鳴すれば倒せるわ」
「あれは愚神で、従魔……、幽霊じゃ、ない?」
「ええ、その通りよ。だから早く倒してしまいましょう? 愚神も従魔も攻撃は当たるもの」
「うん、早く、討ち落とす……」
他のメンバーに一歩遅れ、愚神の外見に萎縮していた黎夜も、央の声やアーテルの誘導でようやく共鳴。すでに先行した仲間の背を見送り、蛇弓を構えながら視野を広くとった。木々が邪魔だが、味方と敵の位置を確認しつつまずは戦況の観察を行う。
「オ゛オ゛オ゛オ゛」
「ぴゃあああ、愚神だってわかってても怖いのですよ……!!」
最初は人魂を抑えようと駆け出した征四郎だったが、接近すると逃げられてしまったため、やむなく真っ直ぐこちらへ迫る女幽霊と相対した。が、見た目の破壊力が強く、騎士の姿でもあっさり素が出てしまう。
「オ゛オ゛オ゛オ゛!」
「くっ!?」
直後、女幽霊はだらんと下げた右腕を鞭のようにしならせ攻撃。生気のない外見にそぐわない怪力に、正面から受けた征四郎は驚きの声を漏らした。
「気をつけろ、魔法だ!」
さらに、央が抑えるものとは別の人魂を牽制していたオリヴィエの声が鋭く響く。直後、2体の人魂がそれぞれ強く発光し、自身と同じサイズの火球を射出。女幽霊と相対していた征四郎と夕燈へ飛んでいく。
「はっ!」
「あっつ!?」
すぐさま火球に気づいた征四郎は女幽霊の追撃を防いだ後、大剣を盾にダメージを減らす。夕燈もとっさに防御し、何とか直撃は避けた。そしてすぐ、強力な肉弾戦を仕掛ける女幽霊へと相対し、足止めに専念する。
「……っ!」
直後、猛攻を仕掛けていた央から離れた人魂を好機と見て、黎夜は蛇弓を射る。しかしわずかに狙いが逸れ、矢は森の奥へと消えていった。
『焦っちゃだめよ。呼吸を整えて、的だけに集中するの』
わずかに残っていた恐怖心を見破り、アーテルは意図していつもの声音で助言を伝える。
「すぅ……、はっ!」
アーテルの声に従い、黎夜は深い呼吸を残して第二射を放つ。闇夜を裂くように森を疾駆する矢は木々をすり抜け、吸い込まれるように人魂の中心に突き刺さった。
『そうよ』
短く平淡なアーテルの賞賛に、黎夜の口元は自然と緩む。完全に意識が戦闘へ傾いた黎夜は、命中と同時に消え去った人魂から次の的へ視線を動かしていった。
「消えろ」
別の場所では、機敏に動くもう1体の人魂に照準を合わせ、オリヴィエが『ブルズアイ』を発動。大気を焦がす一条の光が突き進み、人魂の中心を捉えて爆ぜた。
「でやあっ!」
「……オ゛ォ゛」
残り1体となった女幽霊へ攻撃を集中させ、徐々にダメージを蓄積させていく。そして、動きの鈍った女幽霊の隙を見た征四郎が、気合いの声とともに大剣を一閃。致命打を受けた女幽霊は、弱々しい声を残して力つきた。
すると、倒れた女幽霊は徐々に姿を変え、1人の若い女性となる。首には自殺を試みたのだろう、ロープの痕がある。央が見つけたロープと台は彼女が使用したもので、死ぬ寸前に愚神にとりつかれ、幽霊となって動き回っていたのが事の真相だ。
こうして、心霊スポットに現れた幽霊騒ぎは見事、エージェントたちの活躍で幕を閉じたのだった。
●幽霊はいる? いない?
「はーい、厄払いしたい人は集合~!」
『はいっ!!』
戦闘終了後、気絶した女性を運んでバスまで戻ってきたところで、リュカが塩を片手に元気よく手を挙げる。するとすぐ、征四郎、朝霞、夕燈が手を挙げてリュカを囲んだ。征四郎の後ろには黎夜もいる。
まずは塩を各人の体に振りまき、合掌してお経を唱える。何だか逆に出そうな雰囲気が割り増しになったが、必死な女性陣が気づく様子はない。
「後はこれ!」
最後にリュカが取り出したのは、かの有名な除菌・消臭スプレー。
「それは」
「本当に効くらしいよ?」
横にいたオリヴィエは、冗談ではないらしいリュカの様子に出しかけた口を閉じた。布にシュシュッ! とスプレーを振りまいて、リュカお兄さんの厄払いは終了だ。
少しだけ安堵の表情が浮かんだ彼女たちは、フローラルな香りを振りまきながらバスへと戻っていった。
「みんなは幽霊ってどう思う? お兄さんはいてもいいんじゃない? って思うけど」
帰りの車内、談笑をしていた中でこの話題を放り込んだのはリュカだ。幽霊退治を終えたが故の雑談だろうが、あからさまに反応を示した者が数名いた。
「え、幽霊について……? な、なしてそんな話急にするんかな?」
リュカの言葉に真っ先に反応したのは夕燈だった。幽霊に対する感情は態度を見れば明らかで、不意打ちを食らった顔で動揺を隠せない。
「幽霊なんて、いない……」
「そうね。だからそろそろ、下以外の方に顔を向けない、黎夜?」
ふと窓の外に目をやりナニカが見えないよう、頑なに視線を足下に固定している黎夜。会話には参加できるらしいが、隣席のアーテルは無理を承知で他のメンバーを見るよう促す。
答えは、無言かつ力強い首の横振り。相方の無礼を詫びるよう、アーテルは小さく首を横に振って、曖昧な笑みを浮かべた。
「お化け退治はもうこりごりなのです……」
幽霊というワードで今回の愚神を思い出したのか、征四郎は重いため息を吐き出した。精神的ダメージは黎夜といい勝負である。
「私も征四郎さんに賛成です。すっごく疲れましたし……」
こちらでは、ちゃっかりリュカから借りた十字架を胸元に握りしめつつ、朝霞が疲労の色濃いため息を吐き出す。探索でも体力を消費した分、疲労感が倍以上なのだから無理もない。
「正直な所、幽霊の類はあまり得意ではないですね」
『倒せる相手なら、話は別だけどね?』
共鳴を解除した央も話題に乗っかり、幻想蝶の中からマイヤも反応して央が代弁した。その他の女性陣ほどの苦手意識はないが、進んで関わる気はないというスタンスだろう。幽霊よりも虫対策に力を入れていたことからも、どちらかというと苦手、という雰囲気を感じる。
リュカ以外、ここまでは否定的な意見だったが、残りの男性陣はあっけらかんとしている。
「いるかもしれない、と思う程度だな。出たら倒せばいい」
「たくましいな、リーヴィ。俺様はそもそも信じちゃいねぇけど」
従魔や愚神と同じ感覚で倒す宣言をしたのはオリヴィエ。その近くに座っていたガルーは幽霊の存在すらも否定派らしく、笑みを浮かべて続けた。
「俺も特に気にしないな。怖がる理由がない」
ガルーに続いてニクノイーサが口を開き、隣の朝霞への当てつけのような台詞を吐く。朝霞からは恨みがましい視線をもらうも、ニクノイーサはどこ吹く風だ。
「幽霊ねぇ。英雄も似たようなモンだろ? そういう意味じゃ、今回の依頼主の判断は間違ってなかったんじゃねぇの?」
最後に、行きと同じく帰りもバスの運転主をしているアグラもまた、ハンドルを握りながら答えた。彼の大ざっぱな性格に似て、ずいぶんざっくりとした物の捉え方といえよう。
「全然ちゃうし! あぐやんは適当すぎんねん!」
そんなアグラの考え方も一因となり、今回かなり怖い思いをした夕燈にとって、彼の態度はたまったものではない。探索時よりも強い抗議で夕燈が運転席を指さすと、勢いよく右手がすっ飛んだ。
「っと、こっちは運転中だぞ、危ねぇだろうが」
それをあっさりキャッチしたアグラは、夕燈へ振り返って投げ返す。苦言をもらった夕燈は舌をべー! っと出して返事とする。
彼女たちのやりとりで車内に小さな笑いが起き、わずかに残った緊張感が緩む。そこからは和やかな空気のまま、エージェントたちは会話を続けながら山を下り、被害女性を病院に送った後でそれぞれ帰路に就いたのだった。
●ユ ウ レ イ ハ 、 イ ル ? イ ナ イ ?
「残業か~、ついてねぇなぁ~」
後日。
1人のH.O.P.E.職員が、深夜まで残って仕事をしていた。幽霊退治と称した依頼のデータ整理を行っていたのだが、他の仕事を優先したためなかなか終わらなかったのだ。
「後は、これだけか。面倒だな……」
報告書をまとめ、提出されたスマホの動画をチェック後、最後に彼が見始めたのは長時間の動画データだ。
それはエージェントが撮影したものではなく、貸し出したマイクロバスに搭載していた車載カメラのもの。長時間なのは、車載カメラが常時撮影するタイプの物だったため。職員はエージェントたちの昼の調査から目を通していく。
「……ふぁ」
要所要所で映像を早回しにしていたが、徐々に眠気が勝ってあくびが増えるようになる。何の問題もなく、ただ道だけが映る映像をじーっと見ているだけの作業では、あくびの1つや2つは出てくるものだ。
チェックは進み、映像はエージェントたちが愚神討伐を終えて、被害者女性とともにバスの中に乗り込んだ時間となる。
「幽霊ねぇ。今の時代、ふたを開ければだいたい愚神か従魔の仕業だしなぁ……」
盛り上がるエージェントたちの声を聞きながら、職員は机に右ひじをついてぼんやりと画面を眺める。彼らの声は録音されているものの、映る映像は相変わらず山道のみ。変化のない映像ばかりで、職員は退屈しきっていた。
『全然ちゃうし! あぐやんは適当すぎんねん!』
「ん……」
すると、夕燈の声がスピーカーから響き、職員は新しいあくびの気配に目を細める。
『っと、こっちは運転中だぞ、危ねぇだろうが』
映像がわずかに揺れたが、アグラの声もしっかりと録音されていた。
「ふわあ~……」
そのタイミングで、職員が何度目かもわからない大あくびをし、映像から意識が逸れた。
瞬間。
――裸足の足首。
ヘッドライトの照らす先に。
――ぼろぼろの白い服。
エージェントたちも気づかなかった。
――土気色の両腕。
異物が。
――ぼさぼさの長い黒髪。
はっきりと。
――たたずむ姿は、女。
映りこんで。
――だらりと垂れる前髪から覗く虚ろで暗い色の眼光が画面の中心をはっきりと捉えて離れずだんだんと近づいてきて画面いっぱいに血の気が失せた恨みがましい女の顔が映り迫って広がり埋め尽くして動かない目が固定された瞳が命を感じられない眼球が大きく大きく大きく黒黒黒黒黒――
「……ぁ~、っと。あ~早く帰りてぇ」
ずいぶん長いあくびを終えた職員は、涙をこすりつつもう一度画面へ視線を戻した。相変わらず味気ない山道が真っ直ぐ延び、スピーカーはエージェントたちの笑い声を漏らすのみ。
結局、車載カメラの映像も問題なしとされ、達成依頼のデータベースへそのまま送られることとなった。
――その後、あの山から新たな愚神が出たという情報は、まだ寄せられていない。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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