本部

【幻島】秋or冬、どっちがいい?

星くもゆき

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/08/31 22:24

掲示板

オープニング

 ロンドン支部長、キュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)は季節島をH.O.P.E.関係者の憩いの場と決めた。一般の観光客も受け入れるものの、これに関してはそれなりの監査を経ての許可制となる。
 ここはロンドンの大英図書館・館長室。
「世界中のセレブがオカンムリみたいねぇ。季節島をH.O.P.E.が独り占めしたって、話題独占中よ」
 ソファに座る英雄ヴォルフガング・ファウスト(az0056hero001)はなまめかしい指先で蒲萄の一粒を自らの口の中へ放り込む。
「人聞きが悪いですね。それらの方々も手続きさえ踏めば利用できますよ。……以前よりもチェックが厳しくなっているので大変だとは思いますが」
 デスクに着いているキュリスが手にした書類に目を通しながら、ヴォルフガングに答えた。
「キュリスって真面目そうなのに、中身は悪人なんだから」
「ファウスト、誤解されるような物言いはやめてもらえますか?」
「いいじゃない。蒲萄、食べる? おいしいわよ」
「後で頂きますので」
 俯き気味のキュリスが顔をあげるとヴォルフガングが愉快に笑う。そして館長室を立ち去っていく。ドアが閉まったとき、キュリスは小さくため息をついた。
「誰にでも休息は必要です。H.O.P.E.職員、リンカーのみなさんにも……」
 キュリスは振り返る。そして窓の外に広がる青空を眺めるのだった。

●英気を養うべし

 夏の暑さを逃れるには、季節島の『秋島』と『冬島』は最適な場所だった。
 オーパーツの力により気候は安定しているし、休日を楽しむのにももってこい。
 H.O.P.E.の所有地だから、誰に気兼ねすることもない。

 言うまでもなく、最高の環境。

 よって、エージェントたちはH.O.P.E.に買い取られた季節島にすぐさま足を運んだのだった。
 だって! 我々の保養地だから!
 世界のセレブからのヒンシュク?
 知ったことか!! 大いに役得を満喫させてもらおう!!
 1泊2日をな……!!

 意気揚々、彼らは季節島に乗りこんだ。
 真夏の熱気にやられた体を、涼やかな空気の中でリフレッシュさせようと。

 向かうは『秋島』!
 あるいはもういっそ『冬島』!


 さぁレッツ避暑。地獄のような夏の空気とはさよならだ。
 快適な島で観光を楽しみ! 美味い物を食い! 高級ホテルに泊まるんだ!

 おっと、夏服じゃ寒いだろうな。くふふ。

解説

■概要
 H.O.P.E.所有の保養地、通称『季節島』で英気を養う!
 今シナリオでは『秋島』か『冬島』を巡ります。

※今回は、各員どちらに行くかをプレイングにて記して下さい。

■観光
・『秋島』
観光/
 鮮烈な赤と黄に彩られた紅葉群は見もの。少しトレッキングに出かければ絶景の中。
 夜になると島をオーロラが覆います。冬のような酷寒ではないので観賞に苦労はありません。
 クリュリアの力により、オーロラの輝きは虹のように色が移り変わるそうです。
フード/
 秋といえば食の季節。島中央には広大なレストラン街があります。
 鹿や野ウサギのジビエや、エビなどの海の幸、キノコなどの山の幸をご提供。
 もちろん和食メニューも用意しています。
 なお、食べても太らない(腹も満たせない)幻影メニューもあります。こちらは全季節の食を楽しめます。
 幻ですが味や香りは本物。幻なのでいくら食べても健康もスタイルも害しません。
宿泊/
 島のやや奥地にある古城風高級ホテル。内装はモダン。
 広々ふっかふかベッド。大きなTV。
 テラスに出れば、秋色の景色、街並みを一望できます。

・『冬島』
観光/
 街を離れれば、各所に豊かな自然が広がる。
 樹氷の森や、凍りついた巨大な湖など。しんとした銀世界でゆったり過ごすのも良いでしょう。
 夜になると遠方に、地から空に伸びるような膨大な光の柱(ライトピラー)が観賞できます。
 クリュリアの力により、その輝きも様々。幻想的風景に浸れます。
 深夜になると光柱が消え、今度はオーロラが空に現れます。
フード/
 カニ、エビ、貝など魚介が目白押し。
 もちろん肉も野菜も豊富に用意。体あたたまる鍋系は定番メニュー。
 当然ながら冬島も和食メニューは充実。
宿泊/
 小高い山の上にあるアイスホテル。
 内部は快適。柱やシャンデリアも氷製。軽いファンタジー。
 部屋のベッドはふかふかなのでご安心を。
 バーや露天温泉まであるとか。

リプレイ

●秋風の島へ

 『秋島』は、暑気とは無縁の涼やかさで満ちていた。
「夏は夏でたくさんの楽しみがあるけど、過ごしやすい気候は良いものなの……」
 涼風に揺れる髪を手で押さえ、ここに来るまでは暑さにバテ気味だった桜寺りりあ(aa0092)は嬉しそうに顔を綻ばせた。それを見て比蛇 清樹(aa0092hero001)は良かった、と一息つく。りりあには冬の寒さも厳しいだろうということで秋島に来たが、やはり正解だったようだ。
 まずは紅葉でも観に行こう、と2人は紅く染まるなだらかな山を目指す。

「夏に雪、っていうのも面白そうだったけど……そっちは浅水たちから話聞いてみようか」
「なに、こうようもよいものだよ」
 りりあたちと別便では、十影夕(aa0890)とシキ(aa0890hero001)も秋島を訪れていた。
「まずは、おべんとうが、ひつようだね」
「遠足みたい」
 山へ散策へ行く前に、夕たちは休憩の時に食べるお弁当を買うため、島中央のレストラン街へ向かった。
「ユウ、これをかおう。それもだ。あれもだね」
 開放的な通りに居並ぶ店。高級そうな品々を吟味しながら、シキは次々と夕に放り渡していく。
「ちょい重い。シキ、一つ持って。自分の分だよ」
「しかたない、てつだってやろう」
「振らないでね」
 結局3人分程度の量にまで上った弁当類を片手に、2人は満を持して紅葉狩りに出発した。
 市街地から離れた紅葉の山は、充分な整備がされており歩きやすかったが、それでもシキがいるので歩くペースは速くない。
(疲れておんぶとか言い出すと面倒だしな……)
「パンフレットのとおりだね、すばらしい。ユウ、しゃしんをとってくれたまえ」
「いいよ」
 遠景には赤と黄の山々、すぐ目の前には見るも鮮やかな紅葉たち。夕とシキは、その静かな自然の中をのんびりと散策する。
 しばらく行くと、聞き覚えのある声が聞こえた。
「清樹、見て。紅葉がいっぱいなの」
「良い景色だな、これなら来た甲斐があるというものだ」
「あの風景なんてとっても綺麗……。清樹、写真お願いしても……?」
「構わん。そこに立て」
 ありがとう、と言って、扇も拡げて笑顔を作るりりあ。それを撮影する、気難しい面をした清樹。
 そんなふうに秋の散策を満喫する2人を夕とシキがじっと見ていると、視線に気づいたりりあがまた柔らかい笑顔になって近づいてきた。
「お二人もこちらに来ていたの、ですね。良ければご一緒したいの……」
「りりあもいたのだね。わたしは、かまわないよ」
「俺も」
「嬉しい、の……。そうだ清樹、夕さんとシキさんとも、写真……」
「あぁ。撮ってやろう」
 清樹にスリーショットを撮ってもらうと、りりあたちは4人で秋の山を巡った。絨毯のような赤い落ち葉を踏んで、景色を楽しみ、皆で話をした。何事かを話すシキにりりあが笑顔を返すというのがほとんどだったが、それでも清樹はりりあの成長を感じられて感慨に耽っていた。
 だいぶ歩いたところで4人は休憩を取る。
「シキさんのお弁当……よいのですか?」
「えんりょすることはないよ。たべてゆきたまえ」
 一緒にお弁当を食べよう、と言ってシキは豪華な弁当箱を取り出した。
 だがシキが得意げに蓋を開けると、中身はぐちゃぐちゃ。
「! ユウ、おべんとうが……!」
「振ったでしょシキ。俺のは綺麗だよ」
「こうかんしてくれたまえ!」
「いいけど」
 特段、味に違いがあるわけでもなし、と夕は交換に応じた。
 詰められた和食に箸をつけ、口に運ぶと、シキは見るからに上機嫌になる。
「いつものおべんとうやさんと、ぜんぜんちがうね!」
「今日は特別だからね」
 喜んで料理を味わうシキだったが、そのうちぽつりと思い出すように夕に振り向いた。
「おべんとうやさんより、ユウのおべんとうが、わたしはスキだよ」
「……食べたら、今度はあっち側の道から下りようか」
 適当な返事をする夕。嬉しくはあったが作れと言われるのも面倒だから、だ。そんな夕の反応が少し面白くて、りりあは隠れてふふっと笑っていた。
 下山後、もう少しお腹を満たすべく4人で和食レストランに向かった。りりあは和食以外も候補に入れて悩んでいたが、やはり和食が食べたかったようだ。
「わ……これは美味しい、ですね。食べた事がないものもあるの……」
 清樹が取り分けてくれた物を口に入れて、りりあはその美味に驚いた。
「清樹、これお家でも、食べたいの……」
「味を再現できるかはわからんが……力は尽くそう」
 ひとまずの努力を約束した清樹は、自分でも作れるだろうかと考えつつ、しっかりと味わっておく。

 ホテルに入ったシキは豪華な部屋に目をキラキラと輝かせてはしゃいでいた。
「ユウ、みなさい、ベッドがおおきい! ふかふかだよ!」
「わかったから、静かにして」
「ふたりでねても、ひろい! うちのベッドも、これにしよう!」
「入らねーよ」
 その勢いのままシキはホテル内を探検と称して走り回り、見たこともない大きさのテレビにかじりついて時を過ごした。
 騒ぎ疲れると、寝る前にリゾートの夜景を楽しむべくシキは夕とバルコニーに出た。
 赤に、緑に、青にと色を変遷させるオーロラが秋島の空に下りてきている。
「100まんドルとはいかないが、うつくしいながめだね」
(100万ドル……さっきテレビで見たやつか……)
 心中に呟く夕。果たしてシキは意味を理解して言っているかどうか。
 風が吹いた。夏を逃れてやってきたとはいえ、秋の夜風はなかなかに肌寒い。
「ちょっと寒いし、もう寝よっか」
「まったく、ふぜいがないね」

 りりあはホテルに着くと、散策の疲れが出たのか早々に眠りに落ちてしまっていた。道すがら夜天のオーロラを観賞した時は、たいそう感動していたので、やりたいことはすべてやれた満足の1日だったろう。
(たまにはこういうのも悪くはない。これからも色々な事を経験させてやれれば良いがな……)
 清樹はぐっすりと眠るりりあの掛け物を整えてやると、ひとりバルコニーに出て酒を飲んだ。空の巨大なオーロラも、ベッドの中の小さな笑顔も、どちらも美しいと思う。
 その時間を楽しむように、清樹は空の杯に再び酒を注いだ。

●雪国

 冬島に向かう送迎船の甲板。冬島の全景を眺める者たち。
「俺としちゃ秋島の方が良かったんだが」
 赤城 龍哉(aa0090)がちらりと隣のヴァルトラウテ(aa0090hero001)を見る。何か言いたげだが、当のヴァルは気にする素振りもない。
「この雰囲気、そのままではなくとも懐かしさを覚えますわ」
「珍しく人の話聞いてねぇな」
 冬島の空気に、ヴァルはおぼろげながら己の世界の情景を重ねているようだった。秋島を希望した龍哉の意見などとうに忘れているかも。
 島に近づくにつれ気温が下がってくる。
「龍子、そんな格好で大丈夫なの?」
 大門寺 杏奈(aa4314)は着用するローブの上に厚めのコートを着こみながら、新城 龍子(aa4314hero001)に確認する。尋ねられた龍子はどんな服装かというと、シャツ1枚に膝丈スカートという無謀すぎるスタイルだった。
「寒さに耐え凌ぐいい機会だ」
 当人は平気そうな顔をしているので、杏奈はそれ以上は追及しなかった。途中で龍子が寒いと言い出しても大丈夫なように、杏奈の荷物には念のための分厚いコートが1着入れておく。
 浅水 優乃(aa3983)はダッフルコートの襟元を寄せ上げ、ぶるっと体を震わせた。
「四季を楽しめる島があるなんて……凄いね。ベル、寒くない?」
「優乃のお下がり……」
 優乃は案じたが、ベルリオーズ・V・R(aa3983hero001)は優乃から貰ったPコートを着てほわっと満足気。
 人のいない甲板の先端では、レイ(aa0632)が遠く島の雪景色を見つめている。鬱陶しい暑気から抜け出せる機会などそう都合よく訪れるものではない。我ながら恵まれた、と思いレイは静かに笑った。
 船が港に着いた。乗船客が続々と降りていく中、獅子道 黎焔(aa0122hero001)とまいだ(aa0122)は上陸前の装備チェックを行う。
「いいか、島は阿呆みたいに寒いからな。ちゃんと暖かい格好して、飲みもんもって、カイロも持てよ。持ったか? ぬかりねえな?」
 しつこく準備ができているかをまいだに確認する黎焔は、まさしく歳の離れたお姉ちゃん。
「あったかいかっこうして、あったかいのみものもって、かいろもって、じゅんびおっけー! まいだえらい!」
「よし、上陸だぁ!」

 島に広がるは、一面の白。木々や建物からはところどころ大きな氷柱が垂れている。
 真夏の日本を離れるならやはり冬島、と意気ごんでやってきた大宮 朝霞(aa0476)は、ニクノイーサ(aa0476hero001)を連れ回して、雪深い自然を楽しんでいた。
 だが。
「壮観だな。綺麗なものだ」
「……」
 ニクノイーサが話を振ってみても、朝霞は黙っている。少し前からこんな調子だ。
「どうした朝霞? さすがに寒いか?」
「いや……。この景色をみているとさ。なんだか雪娘を思い出してさ」
 合点がいったように、ニクノイーサが頷いた。朝霞はある愚神のことを思い出していたらしい。
「あぁ、なるほどな。まぁ、こんなときぐらい、そういった事は忘れて楽しむんだな。オンオフの切り替えは重要だ」
 英雄の助言を受け、それを頭に染み入らせるうちに、朝霞の表情には本来の明るさが戻っていく。
「そうね! そうだね! ニック! 雪合戦しよっか?」
「言いながら雪を投げるな!」
 急に朝霞が投げつけた雪玉をひょいと回避しながら、ニクノイーサが呆れ笑いを浮かべた。

 優乃とベルは、手を繋いで2人で樹氷の森を歩いていた。
「ベルは雪って見たことある?」
「ううん、初めて見るよ。白くてふわふわ……わたあめみたいだね」
 森を抜けたところに見えた凍った湖に、興味を持つベル。
「あ、優乃。湖、凍ってるよ」
「え!? ちょ、い、行くの?」
 ベルに無邪気にぐいぐい袖を引っぱられ、強引に湖面に連行される優乃。
「うぅ……落ちませんように……」
「大丈夫だよ……お魚いるかな?」
 恐る恐る歩く優乃を尻目に、ベルはしゃがみこんで、水中を泳ぐ魚を氷越しに探している。
「お魚……? ええっと」
 うーんと優乃が考えこんでいると、ベルが突拍子もなく。
「お魚、食べたいね」
「あ! 寒いしお鍋とかいいかも。後で行ってみようか」
「お鍋って、猫が入ってるやつ……?」
「ね、猫は食べないよっ」
 ベルの天然に優乃がツッコんでいると、森の中から2人組の声が聞こえてきた。
「まいだね、れいえんにすけーとおしえてもらって、こおりのじょーおうになる! いっしょにすべるの! あれなんだっけ? えっとね、○○ゆきになる!!」
「よくわかんねえが、スケートしたいってことでいいんだよな!?」
 まいだと黎焔が元気におしゃべりしながら顔を出した。目が合った優乃たちに黎焔は睨みつけて威嚇、まいだは手を上げて「こんにちは!」と挨拶。
「れいえん! こおってるよ!」
 優乃とベルが湖面に立っているのを見て、まいだは嬉しそうに笑った。
「おぉ、これなら滑れるよな。早速やんぞ、まいだ!」
「すべる!」
 湖に来る前に、すでに島の施設からスケート靴を借り受けていた黎焔はそれをまいだに履かせ、湖上で実践教練を施す。まいだはこけまくっていて、優乃はハラハラと見守った。だが能力者ゆえの身体能力か子供ゆえの吸収の早さか、あるいは黎焔の教え方が良かったのか、まいだはすぐにスケートの感覚を身につけた。
 まいだと黎焔、2人並んで分厚い氷の上を行く。すいーっと風を切って。
「まいだすべってる! すいーって!」
「調子に乗ってこけんなよ!」
 それから2人は飽きるほど湖面を滑りまくった。

 森や湖からは離れた、真っ白な平野には、1人でただ黙々と歩を進めるレイの姿があった。
 銀世界に佇んで、日頃の忙しない空気を吐き出し、真冬の凛然とした空気を味わう。ただひとりそこに在ることで、得られるものがあった。捨て去るものもあった。
「何かが見える……とイイんだがな」
 気高き厳冬の気をまとえば、またどこか別の場所の扉を開けられるのではないか。
 彼の頭の内では、いくつもの音が奏でられ始めている。

 杏奈と龍子は、喧騒から遠い雪景色の中を2人で見て回っている。雪が積もって歩きにくさはあったが、杏奈はピクニック気分でその時間を満喫していた。
 寒い中でずっと過ごしていたが杏奈は寒さには強いので気にはならなかった。問題は龍子である。
 完全なる薄着で活動していた龍子は、すでに限界に達しつつあった。
「やば、手がかじかんできた……」
「だから言ったのに……。ほら、手袋とカイロ」
 呆れるように目を伏せ、杏奈は背負ったリュックから手袋とカイロを龍子に手渡した。
 龍子はカイロを手ですりすり。
「あたしは秋島で腹いっぱい食べたかったのに……杏奈があんな押してくるなんて初めてだよ」
「嫌……だった?」
 自分の意見を通した杏奈は、ここにきて不安になって、龍子の目を覗きこんだ。
「違うって。せっかくここに来たんだからせめて訓練の足しになればって思ってたんだ」
「訓練、できた?」
 リュックを下ろし、水筒からホットコーヒーを出して龍子に渡す杏奈。龍子はそれをぐいっと飲むと、心底温まったというように息をついた。
「この有様だよ。だけど……あんたが静かなとこが好きって気持ちもわかったよ」
 杏奈を見て、龍子は笑う。髪も肌も驚くほど白くて、雪から生まれてきたようにも思える杏奈の出で立ちは、この島によく似合うと思う。
「……よかった」
「それにさ……周りには誰も見えないし、ほんとにあたしと杏奈だけの世界って思えてくる。しばらく寮で他人と一緒だったからか、こうして2人だけになるのも久しぶりだね」
「懐かしい、ね」
 たわいない話に花を咲かせ、2人は静かな冬島名所巡りを楽しんだ。

●鍋

 何もかもが氷でできたホテル、その奇想な外観に朝霞は盛大に驚愕した。
「みみみみ……みてよニック! ホテルが氷と雪でできてるよ!」
「なるほど。それでアイスホテルというのか」
「こんなトコロに泊まって大丈夫かな? 風邪ひかないかな?」
 おずおずと正面扉をくぐる朝霞。ホテルは内装も何もかも氷。まるで異空間にでも飛ばされた気分だった。
「すごい! 中も綺麗! 幻想的ね!」
「あんまり興奮して、転ぶなよ?」
 氷のホテルには、まいだもこれ以上ないというほど興奮する。
「まえのろっじ? と、すっごくちがう! きれーい! こおりなの? ぜんぶ? すごい!!」
「すげえだろ。一休みしてそれから飯……って、あんまはしゃぎ過ぎんじゃねえぞまいだぁ!」
 黎焔が注意した頃には、まいだは氷の壁をぺたぺた触ったり床に寝てみたりと全力ではしゃいでいた。
 ハイテンションな面々の傍ら、龍哉は廊下を進みながら感心したように呟く。
「全部が氷で出来てるのか。アラスカにそういうホテルがあるってのは聞いた事あるが」
「日本のかまくらの大きいものだと思えば良いですわ」
「そういうもんか?」
 確かに系統としては変わりない。しかし規模が変わるとこうも印象が違うものか、と龍哉は感慨深く思った。
「とりあえず俺は露天風呂に行ってみるとするか。真冬の露天っていうのも鍛錬になるだろ」
「止めはしませんわ。私はサウナにいたしますけれど」
 笑いながら楽しげに向かった龍哉を見送って、ヴァルはひとりサウナへ。
 2人の会話を聞きつけた朝霞は、これまたテンション高く声を上げる。
「へー! 温泉があるみたいだよ! 行ってみようよ!」
「冷水でなければいいんだがな」
「温泉なんだから、ちゃんとあったかいわよ!」
 ちなみに朝霞は混浴だったりしないかと気にしていたが、ちゃんと男女別だったそうだ。

 夕食は皆が鍋の予定だったので、いっそ全員で鍋を囲もうということになった。
 鍋物に皆のテンションは高まっていた。特に嬉しそうなのは朝霞だ。彼女は鍋のために冬島に来たと言っても過言でない。
「待ってました! 海老食べたい! 海老!」
「はしたないぞ、朝霞」
 ニクノイーサにたしなめられようと、朝霞は声を出し続ける。
「まいだ、かにたべたい! いくらごはんたべたい! いくらごはん!! おなかいっぱいたべる!」
「後は貝と……いくらご飯だ。こいつは絶対外せねえ」
 まいだが猛然と挙手して意見。黎焔もいくらご飯と繰り返す。大事なことなので。
「あたしも鍋を食べる! 杏奈は食いたい物あるのか?」
「私は、適当に食べるよ」
「よし、適当に鍋だ! 龍哉、よろしくな!」
 注文は頼むといわんばかりに、龍哉に敬礼するような合図を送る龍子。
「冬島の名物としては魚介ってことになるのか? なら、まとめて……」
 オーダーしてしばらく経つと、一行の卓上にはどっさりと料理が並んだ。
 山と盛られたカニと、野菜とカニの鍋、海老や貝に魚が詰まった魚介鍋、龍哉の注文でボリュームある肉の鍋まで置かれ、そしてまいだと黎焔の前には赤い宝石、いくら丼。
「いただきます!」
 そこから先は饗宴である。皆が、冬島の誇る新鮮な魚介の味に舌鼓を打った。
「う~ん、魚介からいいダシでてるわね!」
 辛抱たまらず真っ先に海老を食べた朝霞は、その圧倒的旨味に悶絶する。
「これは、酒が欲しくなるな」
「頼めば、あるんじゃないの? なにが飲みたいの?」
「エール酒だな」
「すみませ~ん。ビールありますか~」
 手元にビールが来ると、ニクノイーサはぐいっと喉に流しこみ、再び鍋へ箸を伸ばす。
「お魚おいしいね、ニック」
「朝霞、野菜もちゃんと食べろ」
 鍋パーティーで盛り上がっていると、優乃とベルもそこに通りがかる。
「……あ、あの人達も鍋? してるよ」
 優乃の袖を引っぱり、朝霞たちを指差すベル。
「本当だ。冬の定番だもんねー……」
「折角だから一緒に食べようよ」
 少し戸惑う優乃だったが、ずいずいベルに連れられて無事着席。
「ベルって行動的だよね……あ、取り分けるね。えぇっと……はい。お魚とお肉とお野菜ね」
「ありがとう……あっち」
「火傷しないようにね」
 口に入れようとした魚の身が熱々で、すぐにふーふーと息を吹いて冷ますベル。可愛らしくてついつい優乃の頬が緩む。
 食卓は和気藹々と賑わうが、しかし卓上にずらりと和食が並ぶのも奇妙といえば奇妙。
 龍哉はそう思う。
「場所はエーゲ海だってのに、こうも本格的に和食とか出てくると日本と変わらねぇな」
「実際の話、遺跡をこういう形で使えるようにしたというのは素晴らしいと思いますわ」
 龍哉が苦笑いしていると、慎ましく食べていたヴァルがさらりと答えた。
 こういう時間を過ごせるのも、セラエノの勝手を許さなかったがゆえである。
「守ってくれた面々には感謝だな」
 時を忘れるほど美食を味わい、夜は更けていく。

●輝き

 優乃とベルは食事を終えると、ライトピラーとオーロラの出現を待ちながら平野で雪だるまを作っていた。
「顔はどうしようか?」
「んー……出来たよ」
「ベル……これは……?」
「モーツァルトだよ。似てる?」
「う、うーん、多分」
「あ、空が光ってる」
 優乃が返答に困っていると、ベルが空の変容に気づいて指を差した。
 無数の光の柱。辺りのぼんやりとした輝きの中、一直線の光が天に向かっている。
「わぁ……凄いね!」
 初めて見る光景に感動して、光柱がオーロラに変わるまで優乃は立ち尽くしてじーっと眺めた。
「うん……っくしゅんっ!」
「優乃、大丈夫?」
 寒さに身震いする優乃に、ベルが袖を掴んで訊いた。冬島の夜の冷気はさすがに堪える。
「ホテル戻ったら温泉入ろうか。露天風呂もあるんだって」
「温泉って、おまんじゅうあるんでしょ? あとたまご。美味しいかな」
「ベルってばあんなにお鍋食べたのに……」
 未知の味へ好奇心満々のベル。優乃はふふっと笑って、ベルの手を引いてホテルへ帰った。

 龍哉とヴァルも、光柱を自然の中で見ていた。腹ごなしの散歩といったところ。
「しかし本当に氷の世界だな」
 凍りついた木々に目を向けて、龍哉が笑った。
「静かで美しくて、けれど生命には厳しい世界ですわ」
「ごもっとも。油断したらこっちが氷漬けになりそうだ」
 自然への畏怖を胸に刻みこみ、ホテルへの帰路をたどる2人。
 光柱が消え、今度はオーロラの輝きが夜を照らす。
 幻のような明るみが、ヴァルに降った。
 空を見上げるヴァルの姿が輝いて、いつか見た夢の中の彼女と重なる。
 そう見えた龍哉はしばらく目を離せずにいたが、ヴァルの目が自分に向いたことで我に返った。
「どうかしましたの?」
「……いや、気のせいか」
 何でもないと笑い、龍哉は歩を速めてホテルへと帰っていく。

 仲間たちとの鍋はほとんど酒を飲んで過ごしていたレイは、店で解散するとひとり、再び雪原を歩いていた。
 何となく、再び静かな空間に身を置きたかったのだ。
 することもなく空を見上げてみる。
 そこには、光が揺れている。
 幻想的なオーロラが。
(空の映写会……も良いかも、な)
 雪の上に無造作に寝転んで、レイは空を見続けた。
 色が流れるように変わる。目が離せなかった。
 その色は、その時にしか見えないものだ。
 何となく、音楽に、通じるモノがあると思った。
 音楽にもその時限りの音がある気がする。
(何となく1曲、書けそうな気がする……)
 レイの頭に音が響く。幻想的で、めまぐるしく色を変える曲。そこに合わさる詩は、気高く優美で、潔く散っていく。
 此処にロックを混ぜたら。
(きっとオーロラのように……この世にあるなら魔法のような、そんな曲と詞になる、かもしれない)
 雪の中、そんな予感を感じ、レイは小さく笑った。

 まいだたちの部屋。窓辺に立つ黎焔、眠るまいだを腕に抱えている。
「れいえんー、はしら……はしらごはん……」
「柱ご飯って何だよ」
 寝言にツッコみつつ、黎焔はそーっとまいだをベッドに寝かせた。2人で窓から光柱やオーロラを見ていたが、まいだは途中で眠ってしまっていた。
「今日ははしゃぎ疲れたな、まいだ」

「オーロラをみる機会なんてなかなかないからね! ここからみえるかな?」
「大丈夫だろう。そろそろみえる時間だ」
 ホテルの窓に張りついて、今か今かと待ち望む朝霞。ニクノイーサは落ち着いた様子で時計の針を確認する。
 オーロラが発生し、うねる光と色を目撃すると、朝霞はその雄大な自然の美に嘆息した。
「みてニック、あんなに綺麗……。美味しい物食べて、こんなホテルに泊まって、オーロラまで見られて……今日は最高だったわ!」
「それはなによりだな」

 杏奈と龍子は、光柱もオーロラも、露天温泉にじっくりと浸かりながら眺めた。
 さんざ極寒の中を薄着で歩き回った龍子は、まさに温泉で生き返るような気分を感じている。
「熱の偉大さを実感するな……。冬は過酷だ。まぁおかげでタフになったかもしれないけど」
「お疲れ様。次の機会には……秋島に行こうか?」
 次なる休日計画を立てながら、2人は空の幻想を堪能する。


 翌日、島を発つ船の上。龍哉は1日を思い返した。
「ま、こういう場所ならリゾートで来たがる人が多いってのも判るぜ」
「でも、こういう場所はたまにから来る良いのですわ」
 ヴァルの言葉に苦笑する龍哉。今朝は日課の鍛錬を終えた後、すぐに温泉に直行してしまったことが頭をよぎった。
「そうだな。ここは環境が良すぎて鈍る」
 長期滞在してしまったら、エージェントとしても腕が鈍ること必至である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    桜寺りりあaa0092
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    比蛇 清樹aa0092hero001
    英雄|40才|男性|ソフィ
  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • まいださんの保護者の方
    獅子道 黎焔aa0122hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避



  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    シキaa0890hero001
    英雄|7才|?|ジャ
  • ひとひらの想い
    浅水 優乃aa3983
    人間|20才|女性|防御
  • つまみ食いツインズ
    ベルリオーズ・V・Raa3983hero001
    英雄|16才|女性|ジャ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 猛獣ハンター
    新城 龍子aa4314hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
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