本部
巡り合う瞬間(とき)
掲示板
-
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/07/14 23:43:03
オープニング
●花より団子、星より屋台
「ねぇマキナ、シチユウってなーに?」
休憩中、キャンディ・アリス(az0001hero001)はスイーツ誌から顔を上げた。誌面は見開き七夕一色、星や短冊をモチーフとしたお菓子の特集が組まれている。デウスエクス・マキナ(az0001)はそれを聞いてくすり。
「アリスったら。それは七夕っていうのよ」
「ふーん、タナバタ。……日本のお祭りなの?」
「中国やベトナムにも、同じ節日があるわよ。最近はアメリカでもやってるみたい! 元々は中国の恋愛譚で、牽牛という男の神様と、織女という女の神様のお話だったの。今は、笹飾りに願い事を書いた短冊を付ける日、として浸透してるわね」
「へー。うちは、お菓子以外には興味ないけど」
気の無い返事をするアリスに、マキナは一瞬むっとしたが、すぐににやりと笑う。
「そーいえば、支部の広場で七夕祭りやるって聞いたなー」
アリス、ぴくり。
「どら焼きとかー、綿あめとかー、かき氷とかー……美味しいもの、いっぱいあるだろうなー?」
「マキナ、それ、行こう!」
「……ウフフ、そうね、行きましょう♪ 他にも、たこやきとか焼きそばとか、きっと色々あるわ。金魚すくいやハリボテ人形ショーも良いわね。アリス、一緒にお揃いのお面を付けて行かない?」
「行く。うち、ホープンジャーのピンクが良い」
「私は断然、ホープマンね! 楽しみだなぁ♪」
アリスは一転、目をきらきらさせてこくこく頷いた。それから、以前の依頼での出来事を思い出す。
「そういえば、一緒にお菓子巡りしようって言ってたトモダチもいてるね」
「ね! 来てるか分からないけれど、誘ってみましょ! さぁ、浴衣を準備しに行かなくちゃ!」
「うちは和柄のドレスあるから、それで良いよ……ていうかマキナ、着付けできないじゃん?」
「うっ……だ、誰か出来る人いないかしら……? 少し周りのみんなに聞いてみるわ」
●巡り合う瞬間(とき)
待ち合わせをした者は、この日を楽しみにしていただろう。灯りに誘われて、ぶらりと広場を訪れた者もいるかもしれない。
夏の夜の広場は昼のように明るく、敷地を埋め尽くさんばかりに屋台やステージが並んでいる。中央には大量の笹飾りが設置され、その一帯はまるで茂みのようになっていた。
「見てアリス、笹飾りのところに、短冊とペンが用意してあるわ。忘れたら大変だから、最初にお願い事をしましょ!」
「元気だねえ。下駄であんまり走ると、転ぶよ?」
「きゃっ!」
早速こけそうになるマキナ……その手を引いて助けてくれる人は、居るのだろうか。浴衣を着ているという事は、誰かに着付けをしてもらえたようだが、その友人も一緒なのだろうか。
七夕の一夜――星空の下で、安らぎのひと時はゆっくりと動き出す。
解説
概要
戦いの合間、日常にスポットを当てたシナリオです。東京海上支部の広場で開催されている、七夕祭りが舞台となります。短冊に願いを込めたら、あとは思いおもいにお過ごしください。お祭りは3時間程度で、最後はハリボテ人形パレード(ホープマンなどがモチーフのねぶたのようなもの)があり、それぞれの場所からこれを見て終了となります。
笹飾り
広場の中央に充分な数が用意されていて、短冊やペンは近くのテーブルにあります。公序良俗に反しないような願い事をしましょう。
展開中の作戦に参加していれば、身内や自分の生還を祈るかもしれません。
婚活に忙しい人の気休めにもなりそうです。(
屋台・アトラクション
・飲み物(かちわり氷、ラムネetc)
・甘い系(りんごあめ、クレープ、カルメ焼きetc)
・しょっぱい系(お好み焼き、からあげ、串焼きetc)
・アトラクション系(千本引きくじ、射的、金魚すくい、かたぬき、宝石つかみどりetc)
・お面、耳カチューシャ、光るアクセサリ(付けますよね)
・ハリボテ人形ショー(お祭りの〆に行われるパレードです)
※上記は一例です。他にも、縁日にありそうな屋台であれば存在するものとします。ぎんなん串やこんにゃく煮はオッサンにおすすめです。ぐるぐるポテトも醍醐味ですね。ジャックポットさんは輪投げやさんを困らせないでください。尚、たいやき釣りはありません。
関連NPC
基本、ひたすら食べます。
能力者・英雄は交友のあるPCに同行を申し出ます。他にもお誘いがあれば喜ぶでしょう。
注意事項
・デートにも適したシチュエーションかと思いますが、いきすぎたいちゃいちゃは爆は――マスタリングさせて頂きます。
・外見年齢、公認設定で未成年と判断されるPCさんの飲酒などはマスタリンクさせて頂きます。
リプレイ
●そして二人は巡り合う、
転びかけたマキナの腕を、くろがねのガントレットの指先が掴む。
「あら、大丈夫ですの~? お怪我、ありませんこと?」
「あ、わっ……ありがとうございます」
立ちなおしたマキナはシアン(aa3661hero001)の不思議な色気にほう、と見とれて。
露わのうなじ、透くような肌。夜灯に煌くピンクブロンドはこの世にあらざるべきものの美しさで――
「マキナってば、いつまで支えてもらってんの??」
「……へっ?! わわ、ごめんなさい~っ」
顔を赤らめるマキナが身に着けているのは、一体どこで売っているのか歯車柄の浴衣。アリスの浴衣は今日も今日とて飴柄である。
一方、シアンの横で氷月(aa3661)がひどく不機嫌なのには、他に理由があって。
「来れなくなった……」
「ええ、せっかくでしたのにね~」
彼女は恋人と短冊に願いを込める為に来たものの、彼が来れなくなってしまったのだ。シアンが慈しみの視線で能力者を慰める。
「でも、これなら短冊見られなくて恥ずかしくないと思いますわよ?」
「……ん、……」
「ズッキー、元気出してっ」
「なにその野菜みたいなあだ名……あれ? マキナ大変、ゆーがちゃんとプレシアちゃんがいないよ?」
「えっ!」
アリスに言われ、マキナは一緒に来ていた狼谷・優牙(aa0131)とプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)が見当たらない事に気付く。見渡すと、狼谷は遠くの方でプレシアに手を引かれている。
「お・ま・つ・りー♪ 優牙、早く行くのだ♪ 楽しむのだー♪」
「……あ、ちょ、プレシアそんなに引っ張らないでー!?」
「わーわー、二人とも一緒に短冊書いてからいこー?!」
「さ、私達も行きましょう、氷月」
狼谷たちを交えた一行は、早速広場の中心――笹飾りの許へ向かった。
狼谷は筆を執り、『平和な日常が来ますように』と綴った。
「プレシア、ほら、ちゃんと笹に付けて」
「こう……? 面白いのだ、こっちの世界では、お祭りは初めてなのだ♪」
このテンションでお祭りに行きたいと強請られては、優牙に断る事などできようもない。たどたどしい字で『いつまでも楽しい日々が続きますように』と書かれた短冊が、笹飾りに下げられた。
「ゆーがくん、人の多い所は苦手って言ってたけど……大丈夫?」
「はい、マキナさん。もう楽しむ事にしました」
「良かった! ご両親に改めて、着付けのお礼をお伝えくださいねっ」
「いいよ~っ! 僕たちのついでだったしっ」
プレシアに手を引かれてわたわたしつつも、狼谷は先程より楽しそうだ。ぐんぐん離れてゆく二人を見送って、マキナは筆を手に取った。丸っこい字がさらさらと願いを文字にしてゆく。
『楽しい時間がずっと続きますように!』。アリスは、『支部の食堂にケーキバイキングが導入されますように』。
傍で願いを書き上げた氷月とシアンが、短冊を笹に結び付けていると――
「……あ、」
氷月が視線を上げた先に、友人の姿があった。すぐにシアンもそれに気づく。狒村 緋十郎(aa3678)とレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)である。
「あら! 狒村様、偶然でございますわねぇ」
「おお、二人とも」
「ふうん、さすが、浴衣がお似合いねぇ」
「ふふ、レミアさんもセーラー服、素敵ですわよ。やはり黒の映える方ですわ~」
「ああ! なんたって、俺が選んだんだからな。いや、自分の普段着が少し恥ずかしいよ」
「は、恥ずかしいのはこっちよ! そういうことは人前で言わなくていいの!」
格好からして通りかかったのであろう、推察を裏付けるように、狒村が微笑む。
「俺達は本部に用事でな」
「ねぇ緋十郎、この短冊に願いを書いて吊るせば良いの……?」
「ああ、七夕と言ってな。日本に古くから伝わる風習だ」
「ふうん……星に願いを託す訳ね。まぁ、せっかくの機会だものね、一緒に参加してあげるわ。貴方達も楽しみなさいよ」
氷月とシアンにそう伝えて、レミア達は笹飾りの方へ進んで行った。
貴方達、の中には、支部からの道中がたまたま一緒になった波月 ラルフ(aa4220)とファラン・ステラ(aa4220hero001)も含まれているだろう。
「……ちょっと付き合え、と言うから何事かと思えば、祭りか? ラルフ。
私達も、支部に事務手続きしに来ただけだろう。おまえがこの手の催しを好むとは初耳だが、どういう風の吹き回しだ?」
「他意はねぇよ。俺だってそういう気分の日もある」
波月が飄々と言ってのけるので、ファランもそれ以上言わずに氷月とすれ違った。
氷月はそのまま屋台の並びへ歩き出すので、シアンがその後を追う。
「……短冊、なんて出しましたの?」
英雄の問いに氷月は振り返らなかったが、立ち止まって、ぽつりと。
「皆と、一緒にいれますように……」
それが、彼女の祈り。
――過去の出来事は、感情をうまく言葉にすることができないという障害を彼女に残した。氷月がそう口にしたことは、シアンにとって特別な意味を持つのだろう。
氷月の後ろから、シアンが抱き付いた。
「なーんだ、私もでしたわ~!」
シアンから、氷月の表情は見えない。しかし、手が添えられたのが拒絶の意思からでない事は明らかだ。
「あら緋十郎、随分ぎっしり書いたのね」
「ん、『神月の戦闘が犠牲者無く全て巧く進みますように。レミアとずっと一緒に幸せに暮らせますように』とな。
……どれ、レミアは何て書いたんだ?」
「だっ……だから、照れるような事言わないで! それと、私の短冊を覗いたら殺すわよ!」
「うおっ、分かった! 分かったから緋色を仕舞ってくれ!」
鋭い爪を突き付けるレミアに、狒村は両手を上げる。
死守した短冊を胸に抱くレミアだったが……。
「――ふむ。積極的なご婦人ですね」
「ん、な?!」
ばっと振り返ったレミアの目の前には、セヴォフタルタ・ヘルツォーク(aa3975hero001)。
「失礼、私は目線が高いものでね。覗くつもりはなかったのですが」
「よよよ余計な事を言わないで頂戴! ……あら? 貴方、見覚えがあるわね。貴方も英雄かしら?」
「如何にも。夏維、ご挨拶なさい」
その傍で、言われてぴょんと跳ねる相模 夏維(aa3975)。
「ええっ? あ、その……相模です。初めまして……」
「まあ、よく躾られているわね、関心するわ。緋十郎」
「ああ! 狒村と言う、よろしくな!」
弾かれるように返事をする狒村に、セヴォフタルタとレミアは何やら通じ合った様子。
「ほう……元の世界では、さぞや高貴な存在であったとお見受けします」
「其方こそ、よろしくお見知り置きくださいな。行くわよ、緋十郎」
「覚えておきましょう。夏維、私達も行きますよ。とっととその紙切れの始末を付けなさい」
「わ、分かってますよ……」
相模はしぶしぶといった顔で短冊を笹飾りに括った。途中、視線だけで英雄を振り返る。
「……あんたは、本当に願い事しなくていいんですか?」
「下らない。カミサマなぞに頼るより、私の願いは自分の力で叶えます」
素っ気ないセヴォフタルタに、相模は気の無い返事をしながら寂しげな背中を向けた。
ひらり、夜風に踊る色紙に綴られた願い事は『これ以上セヴィーとねーちゃんにいじられませんように』というささやかなもの。
(……確かにさ、こんな願いでも、多分叶わないんだろうけど……)
しかし、相模にとっては切実な祈り。
従姉と言えば、今日この浴衣を用意してくれたのも彼女であって。相模がちらとセヴォフタルタを見れば、筋骨隆々たる褐色の肌に紺無地の浴衣は腹の立つほど良く似合う。見られている事に感付いた英雄が不愉快そうにするので、相模は慌てて下を向く。
「……何か?」
「いいえ……どーなのかなと思ってですね、着心地の方は」
「ああ、楽で良いですよ、この浴衣という服は」
「そうですか。ねーちゃんも喜びますよ」
セヴォフタルタは置物でも見下ろすように相模に視線をくれた。……浅葱色に控えめな細縞柄の浴衣は色素の薄い相模によく映え、少女染みた華奢な腰回りは帯によってますます誇張される。
相模はその視線に居づらそうに、話題を他方へ逸らした。
「……そ、そういえば。ねーちゃんが浴衣に細工しといたって言ってましたね……」
「ほう。楽しみにしておきましょう」
「……嫌な予感しかしないんですけど」
彼らが屋台の並びへ消えてゆく少し前、笹飾りの茂みの中に、訝しげな顔をするファランの姿があった。
波月の短冊に書かれているのは四字熟語で、日本暮らしの長い彼らしく、中々の達筆である。
「……『無病息災』? タンザクには、叶えたい願いを綴るのだろう? ならばおまえが望むのは、力をつけるとか、そういうものではないのか?」
「いや。俺では、どうにも出来ない事を願おうかと思ってな」
「……そういうものか」
「おまえは?」
どこか納得しきれない様子のファランへ白紙の短冊を差し出す波月に、彼女は小さく首を振る。
私は願い事などしない――そういう意思表示のつもりであったのが、波月には違う意味で捉えられたようで。
「なんだ? 字書けないのか?」
「……も、文字位書ける! 見てろ」
かちんときたファランは、ひったくるように波月の手から短冊とペンを奪った。
「……どうだ。平仮名位ならお前が仕事している間に書ける様になった」
「おまえ、俺が仕事してる間勉強しているのか? エライ。」
『つよくなりたい』とある短冊を見て、波月は感心したようにファランの頭に手を置く。
黒い髪の間を、さら、と成熟した男性の指が通る感覚に、ファランはその手を振り払った。
「頭を撫でるな子供扱いするな!」
「……ん? 年頃の女を褒めるのに頭撫でるのは色気がないか」
邪険にされても気にした様子もなく撫でるのを止める波月。
ファランはその言い草にはた、と動きをとめる。――逡巡ののち、彼女は両手を掻き抱いた。
「……襲うなよ」
「……やるかよ」
冷静にツッコんでから、波月は笑ってしまいそうになって、ファランに背を向ける。
(……吹っ飛んでる奴)
(……微妙に腹立つ)
肩を震わせながら屋台の方へ歩き出す波月に、ファランは鼻を鳴らしながら続いた。
●祈りでなく、決意として
椋実(aa3877)は笹飾りの広場には一切の興味を示さなかった。
朱殷(aa3877hero001)が考えるに、彼女は星に願うなど、何の意味も無い事だと思っているのだろう。この場所は、彼女がこれまで住んでいた世界とは全く異質の存在だ。
(それでも、椋実はこの祭りに行きたいと言った)
例え彼女が心惹かれるものが食べ物だけだとしても、それでも良い。ずっと暗殺人形として囲われていた椋実が、お祭りに行きたいと言ったのだ――楽しませてやりたい。
「これがお祭り……人いっぱい……」
視線を彷徨わせる椋実を見下ろして、朱殷はニカ、と笑う。
「醍醐味というやつだな! 初めてだろう? いっぱい食べようぜ!」
色とりどりの食べ物の屋台が左右に所狭しと並ぶ通りに、椋実は珍しく自分から一歩を踏み出した。彼女が最初に手を出したのは、カラフルなチョコバナナ。
「これは……バナナか……?」
「色のついたチョコまぶしてんだよな! 2つくれ!」
椋実は品物を受け取ると、先端からかぷりと噛り付く。チョコレートのコーティングがぱきり、と崩れる歯ごたえがして、それからしっとりしたバナナの甘味が口いっぱいに広がる。
「……おいしい」
口端の綻ぶ椋実に、朱殷は満足そうにぺろりとバナナを平らげた。
「お小遣いの額には限りがあるからな、考えて使えよ! ……おっ、あっちもうまそうだな!」
「シュアン……わたしより、食べるの早いな……」
朱殷は管理しているつもりかもしれないが、彼も本来は食べ物に目が無い男。
「たこやきだ……」
「唐揚げもあるな! おっちゃん、4つづつだ!」
「……もぐもぐ……おじさんそれ3つ」
「おっ、じゃあ7つだな!」
被せ気味に注文をしたのは端から屋台を巡る氷月。その手には既に食べ物があり、彼女がそれを口に運ぶと……
「ヒュゴッ……美味しい♪」
「始まってしまいましたわ……もぐもぐ……」
ブラックホールでも見ているかのように氷月の口の中に吸い込まれていく。明らかに咀嚼している音ではないが、一体どうやって食べているのか。その横でシアンは見慣れたと言わんばかりの顔で同じものを食べている。
つやつや光る二人の唇にそそられてか、椋実も身を乗り出した。
「シュアン、わたしも食べる」
「おっちゃん、8つに変更!!」
「あれはなに? 雲みたいなの」
いつもなら傍観する所を、自分でもあちこち覗いて見て回るあたり、実は内心どきどきしているのかもしれない。彼女が指差したのは、大きな袋のみっちりと下げられた巨大な飾りラック。
「わたあめだな! なんか好きなキャラクターの袋にいれてもらってだな……」
「美味しいの?」
「……まぁ食ってみろって!」
楽しげな二人を横目に、氷月も食べ物に夢中……かと思いきや、やはりふとした瞬間に、その表情が陰ることもあった。
それは主に、知らない男女が談笑するのを見たとき。
――私も。恋人が来ていれば、もっと楽しかったのに。
そんな気持ちは拭えないのだろう。そして気を取り直したようにまた食べ始める様子は、周りから見てもやけ食いにしか見えなくて。
「だ……大丈夫ですか? 氷月さん」
「ズズ……うん、……」
氷月は狼谷が気遣わしげに話しかけても食べる事をやめないが、少しペースがゆっくりになった。
何故彼が一緒に居るのかと言えば、それはプレシアが食べ物という食べ物に目をキラキラさせながら引き寄せられてゆくせいで。
「いい匂いがいっぱいするのだ♪ 食べたこと無いものいっぱいあるのだ♪ これは全部食べないといけないね♪ ね♪」
「全部って!? い、依頼に入ってお金あってよかったですー。おじさんすみません、9個に変更です……」
そう言ってお金を出す狼谷は、傍から見ればプレシアのお財布である。直前に依頼受けて比較的懐が潤っている事に安堵しつつ、彼はプレシアを見た――が、そこに彼女の姿はない。
「えっ! プレシア、勝手に行かないでっ」
「あや、動物の耳があるー♪」
走り出す狼谷が過ぎる傍、波月が店主に告げる。
「おっさん、1個……え、今出てるのは全部売約済? しょうがねぇな、ファランちょっと待てるか?」
「そのぐらい待てるが……分け合う必要があるのか?」
屋台はどうするかとなって、まず、たこ焼きを買って分けようと言い出したのは波月であって。
ファランは一人一包ずつ食べれば良いと言っているのだろう。ところが、波月は決まっていると言わんばかりの顔をする。
「一つのものをガッツリ食うより、ちょっとずつ多くの種類食べた方が面白いって」
「……一理あるな」
「待ってる間、かき氷食おうぜ」
言われるまま連れて行かれて、ファランはシロップの種類多さに無意識のうちに顰め面になる。
「なんだこれは」
「味が選べるんだよ。これはそんな腹もふくれねーし、それぞれでな。俺はイチゴ。定番だし」
「……私もイチゴでいい。他は味の想像が出来ない」
「あー、ブルーハワイとかな? ……お、ラムネもあんじゃん。おっさん、二本くれよ」
波月は溶けた氷で冷やしてあったラムネを二本取り上げた。ファランに渡しても飲み方が分からない様子だったので、ビー玉をキャップで押し込んでやる。
一口飲んでビンを凝視するファランに、波月が感想を問うた。
「……不思議な感じ、だ」
「しゅわしゅわが、か? 面白い事言うな。俺も、子供の頃以来なんで……こんな味だったっけか。懐かしいね」
「……子供の頃、」
ファランは掴み所の無い契約者の横顔を盗み見た。その表情は憂いのようでもあり、懐古のようでもある。
「お前は、どういう子供だった……?」
そう聞きたくなったのは、何故だろう。祭りが思ったより楽しくて、美味しくて、気分が高揚していたのもあるか。
質問は意外だったのか、波月は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「子供の頃? ……瞳の色を少し言われた位で、普通だけどな」
「……普通? 私は、この世界の普通は知らない。もっと――」
「っと、たこ焼き出来たみたいだな。取って来る」
――遮られたようでもあったが、考えすぎだろう。
その後はたこ焼きを食べ、練り歩くうちに時間が過ぎていった。
「そろそろ、パレード始まるな。今のうちに場所取りしようぜ」
早足に歩き出す波月に付いていく傍ら、少し先の屋台に梟の鳥人と少女が入っていくのを見ていた。
あの雲みたいな菓子が気になるが、我慢しておく。
(言えるものか)
ファランが背を向けた屋台で――綿菓子機の中心にざらめがからからと吸い込まれると、融解した砂糖が風に乗ってふわふわと糸状に漂ってくる。
慣れた手つきでそれを袋に詰めた店主が、綿飴を椋実に手渡した。
「……すごい。ホープマン柄、だ」
「おいおい、あんまり抱きしめるなよ。潰れちまうぞ」
「そうなのか」
椋実は袋を離し、輪ゴムで留められた口を開けてみる。中身を口に含むと、瞬く間に溶けていって。
「……甘い……」
ただ、ひらすらに。
芳ばしい砂糖の良い匂いが鼻を抜ける――椋実には馴染みの無い匂いだ。平和な、日常の香り。
「お、やきそば発見!」
椋実がもぐもぐしている間にも、朱殷は次々と新しい食べ物を見繕う。
「こっちもいい匂い……」
「焼きモロコシもあるのか! 匂いにやられるな!」
「!!! このきらきらしたのは!?」
椋実に言われて朱殷が隣の露店を覗き込んだ。
椋実と同い年くらいに見える女の子がたくさん集まっていて、箱の中にはまるで宝石のような無数の小さな結晶が何色も。
「金平糖だな」
「もらう!」
「じゃあ、このお金をおばさんに渡すんだ。貰ったカップに入りきるぶん、好きに取っていい」
ここ一番に興奮気味にざくざくとスコップで金平糖の山を漁る椋実に、朱殷は彼女はあれも好きだろうとあたりを付ける。
「椋実、あっちにリンゴ飴もあるぞ」
金平糖をカリカリ齧る彼女をリンゴ飴店へ連れて行くと、案の定椋実は釘付け。
「じゃんけんで勝つと2本になるのか……」
「あのお兄ちゃんは勝ったみたいだな! よーし、やるか!」
腕まくりする朱殷の横をうきうき顔で過ぎるのは相模。
「ラッキー! 甘いの、好きなんだよなー♪」
片手に林檎飴、もう片手に杏飴。片方はじゃんけんの景品らしい。
ご満悦の相模の後ろから、ぬっと手が伸びる。
「ふぎゃっ!? つめたっ――何すんですか!」
「兎の癖に猫じみた悲鳴ですね……そんなだから性格も甘っちょろいと言われるんです」
「何言って――ヒッ」
モフゥ。
普段隠しているうさ耳が、首元を襲った冷感に驚いて飛び出してしまったようだ。そこを触られて、相模は大袈裟に騒ぐ。
「喋るたびに、真っ青な舌が見えてますよ。さっきかき氷を食べたばかりでしょう」
「好きな物食べて何が悪いんですかっ。ていうか、背中に何――一緒に買ったかち割り氷ですか?!」
「いいから黙ってもふられなさい。それとも射的の的になりますか?」
「それはヤだけど!」
「なら……おや。成程?」
不意に、セヴォフタルタが言葉を切る。
訝しむ相模は、直後有り得るはずのない感覚に飛び上がった。
「な、ん――ッひぁ」
服を着ているのに……尻尾を触れられている?!
ぐるりと首を回して見ると、尻尾はしっかり外に見えていて。
「お前の従姉もいい仕事をするじゃないですか」
「ね、ねーちゃんの言ってた浴衣の細工って……!」
どうやらこの穴、尻尾が出ていないうちは、布の重ねで隠れるようになっているらしい。無駄に器用な従姉の罪深さを呪う。
「そうなったら、まぁ、いつも通りもふられ倒しますよね……」
「おまえにしては勘が働くじゃないですか。来なさい」
ぐい、と腕を引かれ、相模は会場の外れに連れて行かれる。
(……そういえば、最近もふっていない)
セヴォフタルタがそう思ったのは、相模がかき氷を買う前。
こいつの事だ、背中に氷でも差し込めば耳も尻尾も出すだろうと思ったが、何処までも相模は彼を裏切らない。
「こ、こんなとこにベンチが……」
「夏維」
公道との境、木々の密集して植えられたあたりは人影もまばら。
強い語気のセヴォフタルタに抵抗の無意味を悟ったのもあり、相模は諦めたように英雄の腕の中、膝の上に抱え込まれた。
「ん、ん……」
柔らかな耳と、そこから繋がる髪は、ふかふかのすべすべで。
「手触りだけは一級ですね。どんな毛皮にも、絹にも勝る。極上と言っても過言ではない毛並みですよ」
「恥ずかしい、言わないでいいです」
ベンチの並び、ずっと広場寄りの方には、イチゴクレープを手にした吸血鬼の女王が悠然と腰掛けていた。
「遅いわよ、緋十郎!」
「すまん、待たせた。どうだ、これで足りそうか?」
戻って来た狒村が手にした袋を開けると、出てきたのはチョコバナナやらレモンかき氷やら甘いものばかり。
「ねぇ、りんご飴っていうのが無いじゃない? 早く給仕なさいよ」
「分かった、買ってくる!」
愛しい主の所望の品を運んで屋台の間を往復し、もう随分と歩き回っているようだが、彼の顔は幸福一色だ。
りんご飴店へ来ると、ちょうどりんご飴を二本持った椋実とすれ違うところで。
「……♪」
「良かったな! ……お、ありゃおまえの同僚じゃないか? あんなとこで何してんだ。たしか名前は――」
朱殷の視線の先にいたのは、屋台を遠巻きに見ているマキナとアリス。
「……どうしたの、マキナ」
「ふえっ、椋実ちゃんだ?!」
「わあ、喋るの初めてだねー。ねーもー聞いてよーマキナったら、千本引きでお金全部使っちゃったんだよー」
「……うう、ごめんなさい~~。珍しいパーツ、景品にあったから……」
「でさー、りんご飴食べたいじゃん? お金無いじゃん?」
そして、椋実の手には余分なりんご飴が一本ある。――表情には出ないが、今日の彼女は、恐らくご機嫌だったのだろう。
「ねぇ……食べる?」
「えっ。いいの……?」
「じゃんけん、勝ったから」
「椋実ちゃ……いや、椋実サマ」
マキナとアリスはたちまちぱああと顔を輝かせた。りんご飴を差し出すと、マキナが嬉しそうに笑って、それを受け取る。
「ありがとう、むくちゃん」
「……別に」
椋実の心の中で、彼女の知らない何かが動く音が聞こえた気がした。
「お! めずらしいもんあるな。ケバブだ」
「肉か、おいしそうねー」
「ちと辛いんだけどな!」
「マキナ!」
「うん! このままむくちゃんたちに付いていけば、おこぼれが貰えるかもっ」
「面の皮厚いな、おまえら!」
朱殷のツッコミも何の、マキナ達は二人にくっついて行った。
一方、狒村は惜しくもじゃんけんに負けたようだ。
「くっ、俺とした事が――……?」
一本だけりんご飴を持ってベンチに戻ると、レミアの姿が見えない。――途端に、彼の表情に不安の影が走る。
「まさか迷子……ぬおッ?!」
慌てて周囲を見回そうとするや、頬に冷たい感触が迸った。
思わず叫んで振り返ると、それはキンキンに冷えた缶ビールが触れた感触で。レミアが、もう片手にいか焼きとたこ焼きを持って立っていた。
「なっさけない声ねぇ。緋十郎、これ、好きなのでしょう? 買ってきてあげたわ、感謝なさい」
「なんと……! すまんなレミア、ありがとう……!」
「……ちょっと、立って飲む気なの? 詰めてあげるから、ほら、座りなさいよ」
「む。狭くして悪いが、それなら」
缶ビールの栓が開くと、ホップが香り、炭酸が弾ける。ぐいと喉奥に中身を流し込むと、それは乾いた身体に染み入るようで。
「ぷはっ。美味い……やはり夏祭りといえば酒だな……!」
「オッサン臭い事言わないでよ。……ん、あ」
呆れたように言うレミアの足元に、噛み跡の付いたたこ焼きが一つ転がり落ちた。話しているうちに千切れてしまったようだ。
狒村がそれを見て、何か言おうと顔を上げると――レミアは口元にやった爪楊枝もそのままに、彼をじっと見ていて。
「ねぇ緋十郎……わたし、地面に這いつくばって、犬のようにたこ焼きを食べる緋十郎が見たいわ」
――周囲は薄暗い。誰も二人を見ていないだろう。
狒村は地面に両手を付くと、レミアから視線を外さないまま、ゆっくりと腰を屈めた。
態と一口で食べないで、中身を広げて、ねっとりとしたそれを貪る。レミアはほう、と熱っぽい溜息を吐いた。
「……満足してくれたか? さて、あとは……」
狒村は立ち上がると、そのまま再び屋台の方へ戻ろうとした。
しかし、その裾を少女が掴む。
「……わたしも一緒に行くわ。待ってる間……寂しいもの」
かくも女王の寵愛をその身に感じながら、狒村が首を振るわけもなく。
愛しい人の手を取るべく、彼は恭しく傅いた。
「可愛いから二人でつけるのだ♪」
「ふぇぇ!? ぷ、プレシアだけじゃダメですか……?」
夜店のアクセサリー類を扱うところを見つけたプレシアに連れられて、狼谷も商品棚の前に居た。
渋る能力者に構わず、プレシアはウーンと考えて猫の耳カチューシャを身に着けた。それから、狼谷のぶんを手に取る。
「優牙はわんこのねー♪」
「……はぅぅ、恥ずかしいですよー」
「似合うにあうー! 今日が終わるまで、取っちゃダメなのだよ??」
「そんなぁ」
犬の耳カチューシャを付けられて、狼谷は恥ずかしそうにする。少女のように愛らしいのがますますなので、道行く人はみんな彼を振り返った。
狒村とレミアも、その中に居る。
「あら、可愛らしい」
「ちょっと待ってろ。レミアにも」
「ええ? いいわよ、わたしは。子供みたいだわ」
「そう言ってくれるな……俺が見たいんだ。可愛いレミアを」
言うなり店へ向かって行く狒村の背中で、レミアは赤らんだ頬を膨らませた。
狒村が買ってきたのはティアラの形をしたカチューシャ。しかし見かけた少年が付けていたものとはちょっと違う。
「……それは?」
「ああ。こうすると、」
きらきら。狒村がスイッチを入れると、カチューシャは光り輝きだした。
それをレミアに被せ、見つめ合う二人――だが、此処は人が多すぎる。互いにそう思ってか、レミアが先に一歩踏み出した。
「……ありがと。この綿あめという甘味は悪くないわね。気に入ったわ」
「……ああ。食べ歩きも、ひとしきり満喫したな。俺はやはり、ビールが一番だ。本当は生が飲みたかったが、ジョッキを持って店から離れるわけにいかんしな」
「もう、ずっとお酒なんだから。でも、輪投げは面白かったわ。ぐっすり眠れそうなアイマスクも、お楽しみ袋も取れたし……良くやったわ、緋十郎」
本来の用途を二人が果たして知っているのかどうかは分からないが、狒村の荷物の中には『大人』と書かれた袋と、目隠しの箱が見える。
「次はあれが良いわ!」
「宝石掴み取りか。俺の手はでかいしな、何でも取れるぞ!」
狒村は笑って早速わたわたと財布を出し始めた。――こうしていると、本当にレミアも、ただの少女のようで。
……そのうち、本物もくれるのかしら。なんて、思ったりするのかもしれない。
「……」
「良い感じですわねぇ。けぷっ」
そんな二人を見守る氷月……傍らにはゴミ箱があるが、そこに入っている食べ物ガラのほとんどすべては彼女が消費したものである。いや、現在進行形で消費し続けている。
とうに満腹らしいシアンが、また表情に影を落とし始めた氷月に言う。
「氷月? おみやげ買っていきましょう?」
「ゴクン……わかった」
喉を鳴らす氷月の頭には、斜めにホープンジャーブルーのお面が付けられている。一応食い気だけでなく、お祭りらしい事をする気もあったらしい。浴衣も相まって涼しげな感じだ。
「……あ、アレいいかな?」
「ん、この耳カチューシャを買ったお店ですわね。あら狼谷さん、愛らしくてよ!」
「ふえ、シアンさん、恥ずかしいですよう。……シアンさんは、ピンクのウサギ耳ですか。似合います……」
シアンが狼谷に声を掛ける間も、氷月は熱心に光るアクセサリの棚を見ていて。
「喜んでくれるかな……?」
彼には、青色も似合うと思う。
もしかしたら、お揃いでも良いかもしれない。
「優牙、このあとどうするのー? ばんばんはー? 射的やろーよー!」
「もう、プレシアはそればっかりなんだから……」
「……射的か、」
「え?」
狼谷が振り返ると、買い物をした手提げを手に、氷月が立っていた。その口調は彼女がある種の共鳴状態である事を示し、外見は同じながら異なる人格を有する。手には何故か、16式60mm携行型速射砲が。……え? それで射的するんですか?
「……丁度いいわね。行くわよ優牙」
「ひぇ、はいっ。で、でも、携行砲は流石にダメだと思います……」
「……チッ」
「ご、ごごごめんなさい」
射的の屋台に連れられて来た狼谷は、ジーヴルと呼ばれる状態の氷月に緊張してか、普段の実力が発揮できない。
また一弾外して、狼谷は射的屋のコルク栓式銃から視線を上げた。
「あ、うっ……ここまで、一個しか落せてないですねっ」
「いいのだ、優牙! このわんこの縫いぐるみ、いまの優牙にそっくりで欲しかったのだ♪」
「ええー、僕、こんなに頼りない感じですか……? というか、もう品物自体が無いのですよね……」
そーっと顔を上げると、氷月はジャックポットではないと言うのに片手撃ちをする技術を見せていて。
地面には射的の的の3分の2程度が撃ち落とされてしまっている。
「あーなんで来れなくなるのよ……。辛いわ……。
でも、ま……たまにはこう言うのも……いいわね。」
満足げに銃を置くと、ジーヴルは半泣き状態の射的屋のおじさんに捨てセリフを呟く。
「おじさん、楽しかったわ。それと……もうちょっと配置変えるべきね?」
配置どころか、そのおじさんはもう金輪際エージェントには撃たせないだろう。
「しゅあんしゅあん、なんかいる」
「ん? ああ、おじさんが泣いてるな」
「違う。あっち」
「ああ、あれは亀すくいだなー」
おじさんの嘆きが木霊する近くで、椋実が亀すくいの夜店にしゃがみこんだ。水槽の中で小さな亀が悠々と泳いでいて、その間を金魚が忙しく動き回っている。
「ちっこいなー」
「金魚もいるな」
「たべられないねー」
「食うもんじゃねえよ! おまえ恐ぇよ、あっち行け、しっ」
「……あ。あれは、食べるのか?」
椋実を追い出した朱殷が、言われて其方を見た。
その出店で飾り売りされていたのは、まるでガラス彫刻のようだった。近づくと、それが何で出来ているか匂いで分かる。
「あめ細工だな……こりゃあ見事なもんだな」
「……すごい。きれい……」
「これもらっておくか」
こんなにきらきらした椋実など、貴重極まりない。朱殷は彼女をもっと喜ばせたくて、品物の中でもとりたてて華美な鳳凰を取り上げた。しかし、椋実は驚いた声をあげる。
「えっ」
「? 何だ、ペガサスの方が良かったのか? それとも人魚か?」
「違う。こ、これ食べちゃったら無くなっちゃうんじゃないのか?」
「食べなくても溶けるぞ?」
朱殷はお金を払って、鳳凰の飴細工の柄を椋実に持たせた。
「うわ、うわぁ……どうする……」
「いや早く食っとけよ」
「何なら、私食べようか?!」
「いや、うちが!」
「あっ、あっ」
「おまえらな!!」
椋実が迷っているうちに、飴細工は後ろに付いて来ていたマキナとアリスに取られてしまった。朱殷の怒る声、屋台の喧騒、人の話し声。その中に混じって、椋実は初めて、お囃子というものを聞いた。
音のする方を見れば、何やら大きくて明るいものが此方へやって来る。
「あっちにもなんかある!」
「おい、ムク! あんま遠く行くなよ!」
朱殷の声を背中に、走り出す椋実。
人の波を超えると、ぱったりと無人の通りに出た。そこで彼女が目の当たりにしたものは、パレードの行列だった。
●願い掛ける夜
「あら、氷月。ずいぶん大荷物ね」
「……まあ」
共鳴解除した氷月が射的で得た賞品を持ってパレードの通りへ行くと、そこには既にレミアと狒村が陣取っていて。
縁日の出店類をそれなりに熟達した彼らは、一足先に良い場所を押えていたようだ。見上げるハリボテ人形の臨場感に、シアンが関心する。
「よくこんな場所が取れましたわねぇ」
「ああ。二人で、並んで眺めたかったからな」
「……流石ですわ。氷月、行きましょう」
邪魔しては悪い。
彼女たちが去ってゆくと、狒村は今夜最初にあの二人と出会った時の事を思い出した。
「なぁ、そういえば短冊、レミアは願い事何て書いたんだ……?」
「それは……りょ、旅館に帰ったら教えてあげるわ。それより……」
氷月たちの消えた方を見ていた狒村がレミアに振り返ると、首筋を柔らかい髪が擽った。
「……っ、」
不意打ちに瞬間の驚き。
――それから甘やかな、吸血の痛みと、レミアの匂い。
狒村の僅かな呻きとその血の味は、彼女にとっても、同じく悦び。
「わぁ、綺麗なのだー♪ お祭りって楽しいものなのだー♪」
「はふ、ちょっと疲れましたけど人とこうやって回るのも楽しいんですねー……」
なんとか一番前列に陣取った狼谷は狼谷は疲弊していたが、とても充実した気持ちだった。こういう時間もいいものだな、と思ったりもした。プレシアが強請らなかったら、きっと今夜は無かっただろう。
狼谷は目をキラキラさせながらパレードをじっと見ているプレシアに、心の中でお礼を言った。
「なぁムク」
「……なんだ?」
祭りも終わりに近づいている。
見物席の後ろから、煌々と光る山車の上部だけを見て充分だと言う椋実に、朱殷が問う。
「楽しいか? 今」
「……ん、まぁまぁ」
「そりゃよかった」
「おなかいっぱいだけどねー」
「あんだけ食えばな」
「……帰ろ」
「んー……そう、だな! あー、ちょっとトイレ!」
お腹をさする椋実に笑ってから、朱殷は思い出したようにそう言って駆け出した。残された椋実は、ただ首を傾げる。
――パレードの大トリは、H.O.P.E.伝説のトップリンカー・ホープマンをモチーフとしていた。
テーマソングと雑踏の騒めきから波月の呟きを拾い上げる事が出来たのは、この世でファラン一人きり。
「ホープマンねぇ」
「……なに?」
……本当に聞こえなかったのか無視したのか、ファランが聞き返しても波月は何も言わなかった。
パレードを眺めるラルフの顔は読み難い。
(この男が何を考えているか、気にする必要はない。必要ないが……気には、なる)
ファランは彼の暮らす実家が、彼の叔母夫婦と従弟の家である事は知っている。だが、その理由は知らない。
尤も、彼の両親が愚神に殺されたのは、H.O.P.E.の設立前であったのだが。
(……俺の両親の死に間に合うようH.O.P.E.が出来たなら、ホープマンの活動も無駄じゃなかったんだろうな)
能力者でなければ護れないものがあるから、彼は彼女と出会い、そうあろうと決めた。
護れなかったものは数えきれないだろうけど、それでも。
「……終わったし、帰るか。ん? なんだ、俺の顔に何か付いてるか?」
「……ばっ! よせ、おまえなど見ていない!」
「そうか? じゃ、俺はトイレ行ってくっから。此処から動くなよ?」
「迷子になどならん!」
閉会のアナウンスが流れはじめ、人の波は広場の出口へ流れる。
それに逆らって道端に留まるファランは、誰も居ない笹飾りの下にあの鳥人の姿を見た。彼は急いでいる様子で、短冊を書き上げるといそいそとその場を後にした。
「早く戻らないと、ムクの奴先に帰っちまうかもしれねぇ!
……ン? この短冊、ずいぶん分かりにくいとこに吊るしてあるな。一体どんな願い事が……
なになに、『緋十郎の元気な赤ちゃんを授かりますように』? クー妬ける願い事だぜ。なんか聞き覚えのある名前だけど、気のせいだよな!」
――灯りが消えてゆくにつれ、星の光は墨を零したような空にますます映えて。
満天の星空に抱かれ、笹飾りはさらさらと唄う。くるり、くるり。一枚の短冊が風に吹かれた。
『ムクが心底楽しめるような世界になるんだったら俺は』
……どうやら、この短冊は書き途中のようだ。
しかし、天は彼の不完全な願いをも汲むだろう。祈りでなく、決意として。
●ふわふわした居場所
自宅着いたファランが部屋に戻ろうとすると、波月が彼女を呼び止めた。
「気にしてただろ」
「……?」
渡された銀袋には、可愛らしい猫のキャラクターがプリントされている。開けてみると、中にはあの雲のような菓子が詰められていて。
「……!」
こいつ――私が気になってたの、気づいてたのか。
図らずも顔を火照らせるファランに、波月は一言だけ。
「綿飴って言うんだ。今度は素直にねだれよ? ……おやすみ」
……何も言い返せないうちに、彼は先に部屋に入ってしまった。
「……ワタアメ」
なんとも、柔らかそうな名前だ。
ファランは菓子に手を触れてみた。見た目通りの感触に息を吐きつつ、一口食べてみる。
「……甘い」
綿飴も、あの男も。
この居場所は、ふわふわしていて、ほどけるように甘い。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|