本部

絡新婦(じょろうぐも)の館

弐号

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/07 20:42

掲示板

オープニング

●行きはよいよい帰りはこわい
 その館は山奥にあった。
 ひっそりと身を隠すように車道から外れ、数十分歩かねば見つからないような場所に佇んでいた。
 男がその館を見つけたのはただの偶然だった。たまの休日を利用しての自転車旅行。ちょっと遠出して一泊して、再び自転車で帰る。その旅行の途中、山道を走っている際にふと目に入った側道に気になって入ってみた。それだけの気まぐれだった。
「はぁー、立派な館だな」
 荷物を肩に背負い――自転車は入る前に鍵をかけて置いてきた――館を見上げて呟く。
 大きめの洋館だった。古めかしく中世の雰囲気を感じさせるその外装は、まるでここが日本であることを忘れさせるような不思議な雰囲気を醸し出している。
 あたりに他に人工物はなく、日本という国に異質なそれは意外なほど風景とマッチしていた。
「別荘か何かかな? という事はここは私有地か……」
 昼間であるものの、窓が小さいその館の内部は薄暗く見えた。あまり人のいる気配というものも感じない。日常的に使っている建物ではないのかもしれない。
 そう思い、彼は道を引き返す事にした。ここが私有地ならこれ以上の長居は不要だろう。泥棒に勘違いされるのは御免である。
 最後に一度洋館を振り返る。そして、それとほぼ同時にその以上は起こった。
 二階の窓から何かが窓ガラスを突き破って飛び出してくる。
「おわっ!」
 急な出来事に驚き声を上げる男。
「びっくりしたぁ……。なんだ?」
 恐る恐る落下してきた物に近づき確認する。
 それは灰皿だった。ガラス製の灰皿でかなりの重量がありそうで確かにこれならば投げればガラスを割ることは可能そうだった。だが、問題は――
「なんで、灰皿が窓から?」
 そう、なぜそんなものが飛んできたか、だ。
 しばらくその場で様子を見てみるが中から人が出てくる様子はない。
 何らかの事故ならば人が出てくるだろうし、そもそもあの灰皿は何らかの意思がないとそう簡単には飛びそうになり代物である。明らかに異常な状況だといえた。
(やばいかもしれない……)
 男が気圧されるようにその場から後ずさる。
 とにかく尋常ではない。一刻も早くここから離れるべきだ。
 そう判断し、駆け出そうとした男だったが、しかしその足は何かに引っかかりその場に倒れてしまった。
「うぐっ!」
 地面に倒れ伏し、急いで立ち上がろうとしてそれもままならない事に気付く。体が地面に張り付いて離れない。
「な、なんだ、これ!」
「あらあら、素直に回れ右してたら帰れたのにね」
 背後でギィ、と扉の開く音がする。
 聞こえるのは女の声。だが、このような状況で出てくる女が普通の人間だと考えるほど男は気楽ではなかった。
「まあ、ちょうど、『食料』が尽きかけていたところだから丁度いいかな」
 状況の異常さにそぐわぬ明るい女の声が響く。その明るさが男には恐怖だった。
「た、助け……」
「まったく、あの人間も大したものね。まさかまだ助けを呼ぶ元気があるなんて」
「あら、姉さん。私だけで大丈夫なのに」
 男の言葉など耳に入っていないかのように、さらに女の声が増える。
「あなた放っておいたらつまみ食いするかもしれないじゃない」
「そんなの事しないわよ、失礼ね。ミラじゃあるまいし」
「どうかしら」
 何の気負いもない日常会話。
 男は悟った。この女たちにとって自分はヒトではないのだ。
 俺は餌だ。
 地面に這うように張り巡らされていた蜘蛛の糸に縫い付けられながら男は自らの死を覚悟した。

●異変察知
「ライヴスが変?」
「うむ、H.O.P.E.のプリセンサーに調べてもらったのだが……」
 奥山 俊夫(az0048)が操作するパソコンを横から覗き込んでリリイ レイドール(az0048hero001)が呟いた。
「先日の従魔襲撃事件があった近辺なのだが、ライヴスに動きがないのだ」
「動きがないならそれでいい……ってわけにもいかないか」
「うむ、ライヴスの塊である従魔を倒したのだ。ぶり返しでライヴスの動きが多少乱れてもいいはずなのだが……」
「まったく動かない、と」
 不思議な状態である。いわば強風が吹いているのに全く水面が揺れていない水たまりのような状況だ。そういった些細な違和感。
「従魔が集めたライヴスが思ったより少なかったか、あるいは……」
「さざ波を抑えるほどの『重いライヴス』があるか、かな?」
 俊夫の言葉尻を拾ってリリイが続ける。
「うむ、だから念の為少しの間この地域を監視してもらうように頼んでおいた」
「よく気付くね、こんなこと。事件の度に毎回チェックしてるの?」
「まあ、肩透かしの可能性も高いがな。俺の勘違いというのならそれが一番だ」
「俊夫は相変わらず真面目だねぇ」
「茶化すな。――ん?」
 パソコンを操作しながら会話していると、画面にメール受信の知らせがポップアップする。
「メール? プリセンサーからだな」
 クリックして文面を確認する。
 内容は『ご連絡頂いた地域に一瞬だけライブスの異常集中を感知。愚神の疑いあり』。
「ビンゴ、だね」
 普段の緩んだ表情を引き締めてリリイが一つ呟いた。

解説

●敵 ※PL情報
デクリオ級愚神 レラ
三姉妹の長女。妖艶な雰囲気と穏やかな物腰を持つが、性格は最も冷酷。
その爪と牙には毒が仕込まれており、攻撃を食らうと高確率で減退(3)のBSを付与する。
爪は打ち出す事が可能でありそれなりに射程は長い。
彼女の周りには見えない糸が張ってあり、不用意に近づくと拘束のBSを受ける。

デクリオ級愚神 サラ
三姉妹の次女。快活な性格で戦いを楽しむ傾向がある。ただ姉妹、特に妹を傷つけられると非常に怒る。
戦闘時には背中から移動用の足を生やし、壁や天井などを駆使して三次元的に縦横無尽に走り回る。
単純な攻撃力は姉妹で最も高く、またタフでもある。
糸に関してはもっぱら自身の移動や、あるいは姉妹のカバーリングのために使う。

デクリオ級愚神 ミラ
三姉妹の末っ子。まだ幼く、背丈も姉達の半分ほどしかない。『食料』をよくつまみ食いする。
糸を大量に生み出す事に長けており、範囲攻撃で劣化(回避)のBSを付与してくる。
この劣化(回避)は当たる度に蓄積するが、彼女の攻撃自体にダメージは無い。
姉達は彼女を守るべき対象として考えており、基本的に戦う際は一番奥に配置される。


●場所 ※PC情報
誰かの別荘で、石造りでそこそこ頑丈な作り。
正面の扉を開くと二階分吹き抜けのロビーとなっており、正面に二階へ上がる大きな階段が設置されている。天井までは7~8mほどある。屋敷内で最も広い空間である。その他の部屋は一般的な部屋よりは多少広い程度である。
以下、PL情報。
異常を察知すると姉妹はロビーへ集まる。また、彼女たちが普段使わない部屋は糸で埋め尽くされている。

●糸 ※PL情報
糸に引っかかったものを姉妹は正確に把握することができます。ただ、現在は潜伏中らしくギリギリまで屋外の糸は粘着力を発揮しないようにしているようだ。活性化した糸に引っかかると狼狽のBSを受ける。

リプレイ

●怪談の痕跡
「うーん、もらった地図によるとこのあたりのはずですね……」
 セレティア(aa1695)がバルトロメイ(aa1695hero001)の肩に担がれながら地図とにらめっこをして唸る。
 目印だらけの都会とは勝手が違う。山道で小さな道を探し出すのは結構面倒くさい作業である。
 とはいえ最近はGPSの発達でそれも大分苦労が軽減されたが。
「あ、あれではありませんか、ティア様?」
 ファリン(aa3137)が道の先、道路の脇に伸びる小道を発見し指をさす。
「ああ、どうやらそのようだな」
 彼女の後ろを歩いていたヤン・シーズィ(aa3137hero001)が同意する。
「でも、あれって……こんなところに自転車?」
 念の為既に共鳴状態になっている唐沢 九繰(aa1379)が不思議そうに呟く。
 その道の分かれ目。転落防止のガードレールにチェーンで繋がれたロードバイクが立てかけてあった。
「……自転車、か。確か今回ライヴス異常が確認されたのは一瞬だったって話だけど」
 同じく共鳴済みの木霊・C・リュカ(aa0068)が顔を曇らせる。
「一瞬だけって事は、隠れてるんでしょうか?」
『その可能性が高いですね』
 九繰の呟きにエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)が無感情な声で応じる。
「問題は『なぜ隠れていた愚神が一瞬だけライヴスを発生させたか』という事だな」
「そうだね。見つかるリスクを負ってライヴスを使う理由……あまり考えたくないけど」
 無月(aa1531)の言葉に相棒のジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)が目を伏せる。
「あ、そっか。そういう事か」
 九繰が改めて自転車を見る。
「道の先にはとある資産家の別荘があるようだな。ちなみに、その資産家とは……連絡が取れないらしいぜ」
 ガルー・A・A(aa0076hero001)が事前に奥山から受け取った情報を確認して言う。
「怪談話みたいですね。幽霊が出そうといいますか……。なんだかちょっと怖いのですよ……」
 うんざりといった風のしかめ面を浮かべて紫 征四郎(aa0076)が呻く。
「昔話によくあるじゃない。山中の家は鬼門だよ」
 リュカがその様子をどこか楽し気に眺めてからかう様な口調で話す。
『鬼婆か、猫又?』
「ふふ、どうだろうね!」
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が今までリュカに教えてもらった童話や昔話を頭に思い浮かべる。リュカはこういった物語のレパートリーは豊富だ。オリヴィエが聞いた話も五つや六つでは効かない。
「鬼が出るか蛇が出るか、あるいは人食い屋敷か……。候補には事欠かないですね、ありがたくないことに」
 九字原 昂(aa0919)がため息混じり独り言ちる。
「とにかく行ってみましょう?」
「でなければ始まりません。全てはそれからです」
 廿枝 詩(aa0299)と月(aa0299hero001)の言葉に一同は頷き、木の生い茂る細い道に入っていった。

●脳筋式トラップ解除法
「あれだな……」
 バルトが森の中に現れた屋敷を見て呟く。
「いや、こう見ると思った以上にアレだな」
 ガルーが少し笑顔を引きつらせた。
 征四郎の言葉ではないが、木々の狭間に佇むそれは実際なにか不気味な雰囲気を醸し出していた。
「まあ、まずは近づいてみましょうよ。遠目で眺めても何も……」
「あ、ちょっと待って下さい」
 九繰が一歩踏み出しかけたところで、昂に後ろから襟首を掴まれる。
「はい、どうかしました?」
「足元、危ないですよ」
「足元?」
 昂の言葉に釣られて自分の足元に視線を落とす。
 パッと見何も――いや、これは……
「蜘蛛の糸?」
 地面を目を凝らして見ると地面にうっすらと細く透明な糸が貼られていることに気付く。
「本当ですわ。よくお気づきになりましたね、昂様」
「砂利が無いんですよね、そこから先だけ」
「確かに、均してある」
 オリヴィエが地面近くまで視線を落とし、水平に地面を確認する。そこには館を中心に放射状に貼られた蜘蛛の糸が確認できた。まさしく蜘蛛の巣そのものである。
「愚神の手によるもの、でしょうね」
「だろうな。ほれ、あそこ見てみろ」
 バルトに促されて詩が視線を上げる。そこにはガラスの割れた窓があった。
「割れた窓は直してねぇ。だが、地面には何かが落ちた跡がある」
 今度は地面を指さす。そこには何かが落下したのか、地面の一部えぐれていた。
「落下物とガラスを片付けた奴がいるのは間違いない。この山の中、割れた窓から虫が入ってきても全く気にならない奴だ」
「……今、屋敷の周りを一通り回ってきたが、この巣は屋敷一帯を取り囲んでいる。当たり前だが、自然にあり得る事ではない」
 スッと森の中から無月が姿を現す。
「蜘蛛の糸という割に粘着力はないようですわね」
『待ち構えているのだろう。逃げきれぬ程、奥に獲物が足を踏み入れるのを』
 つんつんとファリンが木の枝でその意図をつついてみるがくっつく様子はない。
「どうする、ロープでも投げて地面に触れないようにして進むか?」
「いえ……」
 オリヴィエの提案に首を振ったのは意外にもセレティアだった。
「こういう罠は大抵避けた先にも罠を引くものです。だから……」
「OK。任せな」
 そこまで言ったセレティアをバルトがひょいっと持ち上げる。
「罠はあえて踏み抜く。あえて愚者になる事で開く道だってあるって事よ」
 共鳴して大剣を肩に担ぎ、バルトが獰猛な笑みを浮かべた。

●誰が為のの狩場
「お邪魔しますよっと!」
 まさしく鉄塊な大剣を振りかぶりバルトがドアを破壊する。
「わぁ、とっても豪快なノックですわね!」
『ファリン、恐らくだがこれはノックではない』
 場にそぐわない抜けた事を言うファリンに、ヤンが生真面目に言葉を返す。
 扉の向こうはちょっとしたホールだった。二階分吹き抜けとなった天井と、正面にY字型に伸びる階段。奥行きもなかなかある。絵にかいたような洋館の入り口だった。
「少しお行儀が悪いのではありませんか?」
 その奥の階段をコツコツと踵を鳴らしながら一人の長身の女性が降りてくる。
 長髪をウェーブに伸ばし、紫のマニュキュアとルージュが印象的な妖艶な女性。
「まー、そういうの嫌いじゃないけどね、私は」
 今度は反対側の階段から、ショートカットの快活そうな印象の少女が手すりを滑り下りてくる。
「よっと、お客さんでしょ? 歓迎するよ。私はサラ」
 階段の半ばほどで身を翻し、手すりの上に立ちあがるサラ。
「あたしはミラ! よろしくね!」
 階段の上、二階の廊下部分で小学生ほどの身長の少女が大きな声を上げる。
「私はレラと申します。よろしくお願いします、エージェントの皆さん?」
 レラがその長い指で唇をなぞり薄く笑う。
「おやおや、どんな恐ろしい怪物が出てくるかと思いきや……これはお美しいお嬢さん方、どうか一曲踊ってくださる?」
『ガルー! 初っ端から何言ってるんですかー!』
「わーかってるって! どうせ倒すにしても、楽しい方がいいだろ?」
 気取った仕草で話しかけるガルーに征四郎が怒って声を上げる。
「ふふっ、分かりますわ」
 それに答えたのは意外にもレラだった。
「私も若い男性の方が切り刻みがいがありますもの。大の男が泣き叫び許しを請う様は、とても愉しいものですわ」
「お、おう。そいつぁどうも……」
 恍惚とした表情のレラに引きつり笑いを返す。
「鼻の下を伸ばすからだ、ガルー」
「伸ばしてねーよ! ちょっと挨拶を交わしただけだ」
 オリヴィエの反論した後、顔を引き締めて三姉妹を見やる。
「一期一会ってな。地獄に堕としたらしばらくは会えない顔なんだからよ」
「地獄へ堕ちるはどちらでしょう? 私達は糸を垂らすほど慈悲深くはありませんよ?」
 レラを始め3人の背中から二対の脚と大きな突起物が生える。それは明らかに虫の――蜘蛛の脚と腹だ。 
 このロビーは今から狩場となる。ただし、どちらにとっての狩場か決まるのはこれからだ。

●完全なる包囲網
「フフッ、教えて差し上げますわ。あなた方は既に私達の腹の中にいると」
 レラの瞳が妖し気に光ると同時に、足元から放射線状に多数の光が床を走る。
(いや――)
 光ではない、これは糸。彼女の足元から広がっていた蜘蛛の糸が一気に粘着力を取り戻す。
 反応が一瞬遅れ、その場に縫いとめられる面々。
 経験とはそういうものだ。一瞬で様々な可能性を考える。時に経験は人を慎重にする。
「おおっと!?」
 だがしかし、一人考えるより早く飛び出したものがいた。九繰である。
「止まったら引っかかちゃいそうですね、これ!?」
『なるようになれです。このまま突っ込みましょう』
 走る勢いを利用して床の粘着を振り切り、一直線にレラを目指し走る。
「愚かね」
 まったく慌てる様子無くレラが直立不動のまま九繰を待ち構える。
 不審には思ったがここで立ち止まっても仕方ない、九繰は愛用の巨大斧を振りかぶりレラに跳びかかった。
「――!?」
 その動きがピタリと止まる。
(動け……ない!?)
 斧を振り上げた姿勢のまま空中に縫いとめられる九繰。
「はい、残念賞」
 横から跳んできたサラに無防備な腹を蹴り込まれ、一同の元へと吹っ飛ばされる。
「もー、何ですか、これ!」
 立ち上がろうとするがうまくいかない。九繰の全身はいつの間に蜘蛛の糸で雁字搦めになっていた。
「どうやらあの方の周りには糸が張ってあるようですわね」
「痛い!」
 九繰の経絡秘孔を指で刺しながら――痛いが一応回復である――ファリンが推理する。
「ミラ!」
「はーい!」
 サラの声に応じて、ミラが背中の腹から大量の糸を屋敷内にばらまく。
 ふわふわと綿毛のようにゆっくり舞い降りるそれは遅く、そして大量であるが故に防ぐのは困難だった。
 糊のようにべた付く糸が全員の身に降りかかる。
『こちらの動きを封じようっていう魂胆だよ、気を付けて』
「なら飛び道具で――」
 オリヴィエがスナイパーライフルを取り回し、構える。
「あははっ、ちょっと遅いね!」
 想定外の速度。レラの傍にいたはずのサラが、空中を駆け一直線にオリヴィエの元へと跳び込んできた。
「!?」
 避けようとするも粘着糸が邪魔で動きが遅れる。咄嗟に手でかばうのが精一杯だった。
「やるぅ!」
 蹴りの威力に態勢を崩されながらも直撃は避ける。
 何とか視線をサラに向けると、彼女が何かに引っ張られるように天井へと跳んでいくのが視界に入る。
(糸……!)
 背中から生えた二対の巨大な蜘蛛の足で天井に張り付く彼女の姿にそのトリックを確信する。
 先ほどの空中を走ってきたのも張った糸の上を走ってきたのだ。
 至る所に糸の罠。文字通りの包囲網。
 ここは彼女たちの餌場だ。

●心の隙
「もう一回行きますよ!」
 ファリンに協力してもらって拘束を解いた九繰が再びレラを目指し駆ける。
「学習能力がないのかしら、あなた?」
「ない事はないです!」
 先ほどよりも一歩遠い間合いから斧を振りかざす。確かにこれならば糸には引っかからない。
「その程度で対応したつもりかしら」
 だが、適切な間合いでないその攻撃は易々と避けられ、逆にレラの爪が九繰の肩に突き刺さる。
「あ……う、これは……」
「さあ、自分の愚かさを悔いながら存分に苦しみなさい」
 咄嗟に間合いを取るが、その直後レラに刺された傷口から全身に痛みが広がり膝を付く。
「毒っ……!」
 肩よりもむしろ全身の方が痛い。強烈な毒だった。
「九繰様!」
 ファリンが事態に気付き、彼女に駆け寄ろうと走る。
「させないよ!」
「それはこっちの台詞」
 天井から妨害をしようとしたサラに詩が矢を放つ。
「ちぇ」
 詩の弾で落下地点をずらされ、ファリンとは離れたところに着地するサラ。
 その隙にファリンが九繰に治療を施す。
「コラー、ねーさまをいじめるなー!」
 サラに攻撃されたことに怒ったのかミラが再びあの糸を射出する。
(この糸、食らい続けていると拙い……!)
 重なる事でより粘着力を増した糸に脅威を感じ取り、無月が苦無を二階にいるミラに向かって投げつける。
「いたーい!」
 特に避ける様子もなくあっさりとミラの腕にささる苦無。
「ミラッ! ……お前よくもミラを!」
 今までどこか楽し気だったサラが怒りを露わに一直線に無月に迫る。
(こいつ……!)
 どこか人間味を感じさせるその態度に無月は内心動揺する。家族が傷つけられたら怒る。そんな情が愚神にもあるのだ、と。
「許さない!」
「頭に血が上ったな? 動きが単純すぎるぜ、嬢ちゃん」
「――!?」
 その横合いからバルトの大剣が割り込む。意識外からの攻撃に回避が間に合わず、サラが破壊した扉を通って屋外へと吹き飛ばされる。
「てめぇのスピードは邪魔だ。一旦退場してもらうぜ」
「このっ!」
「少し大人しくしててもらうよ」
 着地して館に戻ろうとするサラの目前に唐突に昂が姿を現す。
「っ!」
 昂の放った殺気に不意を突かれ、思わずサラの足が止まる。
 これは単なる時間稼ぎだ。だが、これで確かに内部に打撃のエースが足りない状況が生まれた。
「サラ!」
「他人の心配をしてる場合かね」
 動揺するレラに剣を担いだガルーが迫る。
「糸はすぐには張りなおせないようで」
 ほぼ密着状態から横薙ぎに振った剣はレラの背中の足の一本を切り落とした。
「――っ!」
 己の弱点というべき場所を言い当てられたレラの顔が歪む。
「苦しみたいというのなら苦しめて差し上げますわ……!」
 指の一本を剣を振りぬいた態勢で隙が生じているガルーに向けた。
 その爪が勢いよく発射され、高速でガルーに迫る。
 避けようにもミラの糸が邪魔。これは当たるなとガルーが覚悟を決めた瞬間――
「ごめんなさいね」
 その爪を空中で詩の弾丸が撃ち落とす。
「ナイス! 助かったよ、詩ちゃん」
「おのれ……」
 口惜し気に声を吐き出しつつ、レラが一旦距離を離し、自分の周りに再び防御の糸を張りなおした。
「やぁ!」
 そこへ九繰が駆け込む。サラにもミラにも目をくれず愚直にレラに向かい、レラだけを追っていた。
「……! しつこい!」
「当たるまで諦めませんよ!」
 これも避けられる。しかし、せっかく張りなおした糸を瞬く間に切り裂かれレラはイラついていた。
「……」
 そのレラの苛立ちをバルトは感じ取る。戦場での過剰な感情の発露は隙だ。
 ならば、それを狙わない手はないだろう。

●極限の一発
「そこをどいてもらうよ」
 目の前に立ちふさがったエージェント達に強烈な敵意を叩きつけながらサラが言う。
「お前は――」
 姉妹を救おうと必死になるサラの姿に思わず出かけた言葉を無月は飲み込んだ。今は言うべき言葉ではない。
「外に追い出したくらいで私の脚を封じたつもりでいるんだったら……後悔するよ」
 サラが重心を下げ両手両足、そして二対の脚を地面に付ける。その姿はまさしく蜘蛛、絡新婦の名に相応しい姿だった。
「ここは平原じゃない。森の中なんだ。足場は……」
 サラの腹から数本の糸が高速で発射され、周囲の木々に張り付く。
「いくらでもある!」
「くっ!」
 意図に気付いた無月が苦無を放つが一瞬遅い。苦無の到達よりも早く、サラは糸を手繰り空高くへ飛び立っていた。
「こっちが本来の私の狩場だ! 覚悟しろ!」
 数本の糸を巧みに脚で操作して中空で軌道を変え、一本の木に着地する。
「まずはお前だ!」
 即座に木を蹴り、弾丸のような勢いで無月に迫る。
「ぐぅ……!」
 強烈な体当たりを食らい無月が吹き飛んだ。
「そこっ!」
 着地の隙を狙って詩が弓を放つが、8本の手足と糸を駆使した素早い動きの前に的は外れる。
「そんなもの当たるか!」
 再び宙を舞い、糸を手繰るサラ。複雑な軌道で木の間を飛び回る。
 その速度が高まり最高潮へと達しようというその時、一発の銃声が山間に響いた。
「な、に……?」
「見くびるな」
 硝煙を燻らせるライフルを構えながらオリヴィエが告げる。
 極限まで集中力を高め放たれた弾丸は、サラの脚の一本を貫いていた。
「馬鹿な……!」
 空中でバランスを失ったサラが地面に墜落する。
 そのチャンスに最も早く動いたのは昂だった。
「逃がさない!」
 サラの態勢が整うよりも早く、まるで彼女達のお株を奪う様な糸の網を放ちサラを拘束する。
「絡めとられる気分はどうかな?」
「ふざけるなぁ!」
 意趣返しが余程頭に据えかねたのかすぐさま力任せに糸を断ち切る。
「終わりよ、お姉さん」
「ここはお前のいるべき世界ではない」
 しかし、それは明らかに隙だらけ過ぎた。
 詩の矢と無月の双剣がサラの脚をさらに奪っていく。
「地獄行きはお前たちだ」
 オリヴィエの弾丸がサラの心の臓を貫いた。

●賢しきを絶つ愚者の刃
「貴女方姉妹の弱点は貴女!」
 レラが仲間たちの対処に意識を取られている間に、ファリンが階段を一気に駆け上がりミラに接近する。
「ブラッドオペレート!」
 ライヴスで生成された刃がミラを切り裂き、彼女の脇腹から血が吹き出す。
「いたーい!」
「くっ、ミラ!」
「おっと行かせねぇぜ」
 ミラを傷つけられたことに動揺したレラの前にバルトが立ちふさがる。
「邪魔よ!」
 レラの脚がバルトの剣を弾く。握りが甘かったのか、剣はバルトの手を離れ放物線を描きはるか遠くの地面に突き刺さった。
「お?」
「ふん、おバカさん」
 あえてバルトにそれ以上近づかず、爪を彼に向けて射出するレラ。
「おっと、そいつはお返しだ」
 その爪がバルトに到達するより早く、ガルーが間に割り込みそれをライヴスミラーで反射する。
「小賢しい……」
 そこそこの距離があった為にこれは避けられる。避けた先でまた周りの糸を張りなおすレラ。
「やべっ」
 追撃を掛けようとしていたガルーの体が縫い付けられる。
『ガルー!』
「いらっしゃい、色男さん」
 ガルーの喉元にレラの爪が迫る。
「よいしょぉ!」
 それを阻んだのは九繰の斧だった。二人の間に割り込むかのように斧を振り下ろし糸を断ち切る。
「今日はレディによく助けられるラッキーデイだな」
「……っ! あなたという人は!」
 九繰に糸を切られるのは都合3回目である。レラの顔が怒りに歪み、脚でそれぞれを力いっぱい殴り飛ばし距離を離す。
「あいったぁ!」
(今だ!)
 その感情の発露を見てバルトが一気に詰め寄る。
 拳で一発。レラの顔面を狙って殴りに行く。
「悪あがきを……!」
 しかし、それはあっさりと手で掴まれる。
「うふふ、苦しめて差し上げます」
 掴んだ腕に毒の爪を食い込ませる。
「ぐあああ!」
 バルトの全身に激痛が走る。反射的に距離を離そうと、もう一方の手でレラを突き飛ばそうと手を伸ばす。
「両手を差し出すなんていい子ですね」
 こちらもさも簡単に掴まれる。
 両手を掴まれ、身動きが取れないバルトを突き刺さんと残る背中の脚三本が迫る。
「泣き叫びなさい」
「泣き叫ぶのは……」
 掴まれた腕から金属音が鳴る。
「てめぇだ」
 音に釣られて視線を落とすと、こちらを向いた掌にぽっかりと開いた穴。
 それが何か理解するよりも早く、強烈な閃光と圧倒的な熱量がレラを襲う。
「ば、馬鹿な……」
 レラの脇腹にぽっかりと穴が開いていた。
「馬鹿な、か。確かに馬鹿かもしれねぇな」
 バルトがさっきまでとは逆にレラの両腕を掴む。
「だが、馬鹿は恐ぇぞ。諦めが悪いからな」
「放――」
「これで最後です!」
 5度目の攻撃にしてついに、九繰の斧がレラの体を両断した。

●愚か者の価値
「中も終わったみたい。後はあの子供だけ」
 崩れ落ちるサラからは視線を移し、屋敷の中を覗く詩。
「あれ、強くないんだよね。代わる?」
『……そうだね』
 体の主導権を詩から月へと変更し、屋敷の内部に駆け込み一息に二階へ跳ね上がる。
「え?」
 ミラと対峙していたファリンが急に飛び込んできた月に驚き、気の抜けた声を上げた。
「痛いっ!」
 無言のまま、月の拳がミラの顔面を捉える。
 そのまま力任せに押し倒し、その上にのしかかる。俗にいうマウントポジション――一方的に相手を殴り続けるための態勢だ。
「ねーさま! かーさま!」
 一心不乱にガードの上からミラを殴り続ける月。その異常な光景に全員が呆気にとられる。
「やめろ! やり過ぎだ!」
 屋内に駆け込んできた無月が叫ぶ。
「……うん、そうよね。ごめんなさい」
 その叱責に素直に手を止め、詩が立ち上がる。
「ご迷惑をおかけしました」
 ペコリと頭を下げてすたすたと階段を下りていく。
「……これ以上苦しむのも憐れですから」
 喋らなくなったミラにファリンが静かにとどめを刺す。
 屋敷に広がる重苦しい沈黙。
 その沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「ミ、ラ……今、助け……」
 ――それはサラの声。
 立てるはずがなかった。頼りの脚は全て絶たれ、心臓を潰され、あとは大人しく息を引き取るだけの存在のはずだった。
「そこを……どけ……」
 かつての速度は見る影もない。
 よろよろと足を引き擦り扉の前に立つ無月に迫る。
「すみません」
 一言の謝罪の言葉と共に、昂が背後から急所に刃を突き立てる。
 最早何も発する事もできぬまま、サラが前のめりに倒れる。それは少しでも、1mmでも妹に近付こうとした結果だった。
「何故――」
 名状しがたい感情が胸の中に生まれるのを感じ無月が呻く。
「何故その愛情の何百分の一でも、この世界に生きる人達に分けてやれなかったのだ……!」
 渦巻く感情をどうしていいか分からず立ち尽くす。
「若いよな、って感想は親父くせぇか」
「実際若くはねぇからな」
 バルトの呟きにガルーが返す。
『征四郎は……征四郎は、分からないです……。今見たものの何が正しくて何が間違ってるのか……』
「いんだよ。深く考えない方がいい事ってのもある」
 征四郎の迷いに優しく声をかける。
「常に正しくなくてもいいんだ。愚か者にしかできねぇ事もある。そういうもんだ」
 屋敷の階段に座り込み煙草を探してから、今はまだ共鳴中だという事を思い出し、ガルーは口寂しさを感じながら空を仰いだ。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃
  • 呼ばれること無き名を抱え
    aa0299hero001
    英雄|19才|男性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
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