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掲示板
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【迸】作戦室
最終発言2016/06/18 17:16:12 -
【湛】&【流】作戦室
最終発言2016/06/18 01:58:01 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/06/15 22:43:54 -
質問卓
最終発言2016/06/16 22:08:30 -
作戦相談
最終発言2016/06/18 12:43:51
オープニング
このシナリオはグランドシナリオです。
他のシナリオと重複してご参加頂けますが、グランドシナリオ同士の重複参加はご遠慮ください。
●女神の独り言
「アバタの手は短い。が、太い」
ここは砂漠。雲などあろうはずもないのに、なぜか夜空には星ひとつ見えなかった。
その黒のただ中で、華やかに装飾された黄金の仮面と装飾具で身を飾った女がつぶやいた。
女――いや、女ではない。
その豊満な体は3メートルに達し、さらにその肌は磨き上げられた黒鉄である。
巨大な女どころか人ですらない彼女は、愚神。
彼女はもともとこの騒動とは無関係の存在のはずだったのだが……。
「これも宿縁というもの」
ある縁により、彼女はこの地へ呼び出され、そして東北部の守りを担うこととなった。
正直なところ、この騒ぎがどうなろうと彼女にはどうでもいいことである。が、縁で繋げられた借りだけは返しておかなければ。
「来よ」
彼女のまわりに石膏のデザートローズが咲き乱れ、それらすべてが白褐色の人型と化して立ち上がった。
「元が砂ではこの程度の従魔どもしか呼び出せぬか」
もたもたと動き出した石膏の戦士たちを金の瞳で見送って、彼女もまた移動を開始した。
目ざす先は、生命の樹の短剣の1本、ケセドを収めるべき祭壇。
「さすがにあれだけではどうにもできんか。ならば――」
彼女はぼさぼさに乱れた黒金の髪を引きちぎり、砂にまいた。するとそれらは蛇のように蠢きだし、砂に潜り込んで姿を消した。
「ついでだ」
金の腕輪に散りばめられた花飾りをむしって宙に捲くと、花びらは金のイナゴに転じて飛び去って行く。
「これで義理は果たせよう」
そして彼女はぎしりと小首を傾げた。
「祭壇は砂に埋もれておる。はてさて、いかようにして掘り起こすかよ」
●砂漠のほとり
「状況を説明するよ」
遺跡の北東部を覆う砂漠を背に、礼元堂深澪(az0016)がエージェントたちに告げる。
「この砂漠エリアには、ボクたちが持ってるネツァク、コクマー、それから愚神が持ってるケセドの短剣に対応する祭壇があるんだ。それぞれの位置は依頼書を見てね」
そして深澪は指を折りつつ、
「みんなの任務はまず、この3つの祭壇を押さえること。次に愚神を倒してケセドを奪うこと。最後にみんなの手で短剣を祭壇に突き立てること」
深澪の差し出したタブレット画面に、敵のデータが映し出された。
「敵の戦力はケントゥリオ級愚神が1、ミーレス級従魔が80、デクリオ級従魔が20。そのうちのミーレス級60とデクリオ級20がコクマーの祭壇方面に、残りの愚神とミーレス級20はケセドの祭壇にそれぞれ進軍中ぅ」
画面に敵3隊の予想進軍ルートが示された。
「……それでぇ、今回はこっちも3隊に分けることになったんだ。【迸】はケセドの祭壇に向かってる愚神を撃破して短剣を奪う隊。【湛】ネツァクとコクマーの祭壇を従魔より早く押さえて短剣を収める隊。【流】は【湛】の護衛をして従魔に当たる隊」
深澪はエージェントたちを見渡して。
「【迸】はとにかく愚神に突っ込んで全力攻撃! ただ、相手はケントゥリオ級だから守りも考えなきゃダメだよ」
続けて。
「【湛】と【流】はネツァクとコクマーの祭壇を順に制圧してもいいし、人員を分けて同時攻略してもオッケー。ただ、順番にすれば多分、どこかで大量の従魔の奇襲とか待ち伏せを受けるし、同時攻略にすれば小戦力で、従魔が何匹来るかわからないまま戦うことになる。気をつけて選んでね」
解説
●依頼
3本の短剣をエージェントの手で祭壇に収める。
●状況
・現在、遺跡が愚神たちの占領下にある関係上、敵は損傷が激しいながらも都市の遺構が残された、南西部を中心に展開中。エージェントは東北川の砂漠地帯をスタート地点とする。攻撃ルートは要検討。
・暗黒なので視界がゼロ状態。
・突発的な砂嵐で視界を遮られることがある。
●ミーレス級従魔×80
・石膏の体を持つ160センチ程の人型。曲剣とショートボウを装備。
・特殊能力は持たないが、拘束と劣化以外のBSは無効。
・割れやすい。
●デクリオ級従魔(蛇)×10
・黒鉄製の蛇。砂や礫の内に潜んで奇襲をかけてくる。
・付与された愚神の力により、ミーレス級を回復する。
●デクリオ級従魔(イナゴ)×10
・高速で飛来し、体当たりをかけてくる。
・噛みつきによって減退のBSを与えてくることも。
●黒鉄の愚神
・拘束と劣化以外のBSは無効。
・重量のせいで移動力は低い。
・4本腕で、剣(射程1~2/単体物理攻撃)×3、書(射程1~20/魔法範囲攻撃)×1を装備。1ラウンドに最大4回攻撃を行う。
・腕を攻撃された場合、書を持つ腕をかばう。
・ドレッドノート、ソフィスビショップのアクティブスキル(Lv45相当)を使用。
●ネツァクの祭壇
砂漠エリアの北部、礫砂漠の中に埋もれている。掘り出すのは容易。
●コクマーの祭壇
砂漠エリアの南部、塩湖跡地に埋もれている。結晶化した塩の中にあり、掘り出すのに時間がかかる(掘る人数が多いほど時間は短縮)。
●ケセドの祭壇
砂漠エリア南西部の砂の奥に埋もれている。すでに黒鉄の愚神たちが発掘にかかっている。
●タグ
【迸】=愚神へ突撃する隊。
【湛】=祭壇を掘り起こし、短剣を収める隊。
【流】=【湛】の護衛と遊撃を担う隊。
●備考
・従魔は奇襲、待ち伏せをかけてくることがある。
・シャベルは必要数貸し出される。
・各種情報はオープニングも参照のこと。
リプレイ
●月の沙漠
どのような理が働いたものか。
夜空には星ひとつ見えず、そのただ中にぽつりと白い月が浮かんでいた。しかし、月はただ白いばかりで、ひとすじの光すら地上へ落としてはくれない。
「月はあれども、光はなし。これは一体どうしたことでしょうね」
愚神の戯れによって十字が刻まれた瞳を月へと向け、石井 菊次郎(aa0866)がつぶやいた。
『この地に押し詰められつつある異界の力のせいやもしれんな』
彼の内から答えたのは契約英雄のテミス(aa0866hero001)。
「それぞれの祭壇に敵が向かっているとのことですので……すばやい行動が鉄則ですね」
七森 千香(aa1037)がとなりに立つ契約英雄アンベール(aa1037hero001)を見る。アンベールは白いばかりの月を見上げたまま。
「文字どおり迅速に行うよう、共に努める所存だ」
「……いっそ清々しいほどの暗闇、だがな」
黒に沈む砂漠を見やるレイ(aa0632)に、契約英雄のカール シェーンハイド(aa0632hero001)が内から言った。
『オレら夜型だし。こういうの、わくわくしねぇ?』
「だとしても、こんな禍々しい空気は夜に必要のない代物だ」
紫煙を吹くように細い息を漏らすレイの向こうで、黄金の髪を燃え立たせ、火乃元 篝(aa0437)が強い声をあげた。
「【迸】はこれより愚神に突撃する! 遅れるな!」
『いやはやいやはや、静けき夜にこの爆音。さながら独り珍走団といった様相ですなぁ』
彼女の内で嫌味を垂れ流すディオ=カマル(aa0437hero001)だが。
「了解いたしました、篝様」
『セルフチェック終了・オールグリーン。機動する』
強化外骨格かロボットかといった様相の灰堂 焦一郎(aa0212)と契約英雄ストレイド(aa0212hero001)が淡々と応え。
『篝はいつもどおりの篝ですね』
「ああ、だから俺たちもいつもどおりにやるさ。――愚神どもに生命の樹をひっくり返させてやるつもりはねぇからな」
2対4枚の翼持つ天界騎士といった様相の久遠 周太郎(aa0746)が、内で微笑んだ契約英雄アンジェリカ・ヘルウィンに答え、篝の後を追った。
「今回は……情報が……鍵を握るはず……がんばる」
「頼りにしてるの。シャルティ」
言葉を交わしたシャルティ(aa1098hero001)と契約主である豊浜 捺美(aa1098)がリンク、金髪金眼のくノ一となって餅 望月(aa0843)を振り返った。
「ライトアイよろしく!」
「オッケーですよー。【迸】のみなさんもいっしょにどうぞー」
背中の羽をはためかせ、餅がスキルを発動させる。
『ワタシの目力、わけてあげるよ』
餅の内から百薬(aa0843hero001)が景気づけのひと言を添えた。
「よーし、【湛】も出るぞぉ。んで、お宝はどこにあんだよー?」
「ちがうよね!? 祭壇を探して掘り出すんだよ!」
シャベルを肩にかついで軽口を飛ばす帯刀 刑次(aa0055)。すかさずツッコミを入れる契約英雄のアストリア(aa0055hero001)。
「わーってるよぉ。ざっくざく掘ってがっぽがぽ稼いじゃおうぜー、おー」
「おー、じゃないから!」
その横で刑次といっしょに「おー」と拳を挙げたのは鵜鬱鷹 武之(aa3506)だ。
「がっぽり稼いで俺を養ってくれ、悠くん琳くん」
リンクによってしゅっとした姿になってはいるが、どうやら中身は自他ともに認めるダメな武之のままであった。
『さりげなくタケユキがたかろうとしているようだが?』
内からのラドヴァン・ルェヴィト(aa3239hero001)の言葉に、契約主の雨堤 悠(aa3239)はため息を返し。
「あいつには後でたらふく井戸水を飲ませてやればいい」
一方、呉 琳(aa3404)と契約英雄の濤(aa3404hero001)は内側で。
『濤、どうする!? 俺、そんなにお金持ってないぞ!?』
『いいから落ち着け。武之さんには後でたらふく井戸水を飲ませてさしあげればいい』
そんな中、武之の契約英雄ザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)は、彼の内で元気に「おーっ」と拳を突き上げていた。
『よくわかんないけど砂ばっかりでちょう楽しい! がんばろーなんだよー!』
「【流】の人たち、ライトアイかけるよ――ってナイン、なにしてんだよ! リンクしないとスキル使えないだろ!?」
楠葉 悠登(aa1592)が、横でなにやら腕を振り回している契約英雄のナイン(aa1592hero001)に尋ねると。
「祭壇に短剣を突き立てる練習だ」
「え? 俺たち護衛役だから祭壇には行かないよ?」
「な――っ!?」
「が、がんばろう! とにかくがんばろう! おー!」
「ぉぅ……」
――【流】に護衛された【湛】が、礫に埋もれたネツァクの祭壇に到達した。
「ひと粒ひと粒が荒い分、すぐに掘り出せそうですね」
九龍 蓮(aa3949)を風から守って立つ契約英雄の月詠(aa3949hero001)が、ヘッドライトで礫を照らしてうなずいた。
「砂漠、砂、石、じゃりじゃり」
「蓮、今しばらくの我慢を」
不満の声を漏らす主をなだめ、月詠がシャベルを礫へと突き立てた。
「急がなきゃ、ね」
「せいてはことをしそんじる、ともいうよ。とはいえ、いまここにてきがいないということは、これからここにてきがくるということだ。せかさずにいそぐとしよう」
十影夕(aa0890)を焦らさないよう声をかけながら、契約英雄のシキ(aa0890hero001)が夕とともにシャベルを振るう。
「この踏み心地……まちがいないです。この下に祭壇がありますよ!」
「俺に断わりなく不条理な力に目覚めるな」
千香とアンベールは夕たちと同じく、リンクせずに発掘の手数を増やす作戦だ。
「――っと、従魔が来たみたいだ。距離約200メートル。数は人型が40。まわりにイナゴが8匹飛んでる。ああ、鷹がイナゴに食われて墜ちた。非常に残念だが、俺の仕事はどうやらここまでだ」
ライトアイの力で索敵能力をさらに高めた鷹を偵察に飛ばしていた武之がかぶりを振っておいて。
『俺1年分くらい働いたよね? もういいよね? 悠くん後で奢ってね?』
『よくわかんないけどおっさん働けなんだよー!!』
『あー。働くより、はたと楽になりたい』
内でルゥルゥと揉めたりなんだり。
「いっくよーちーちゃん! 気合、入れてね!」
やる気のない中身おっさんの脇をだーっと駆け抜けていくナガル・クロッソニア(aa3796)。
『空回らないようにしてくださいねマスター』
すでにマックスまで気合を跳ね上げた主を、契約英雄の千冬(aa3796hero001)が冷静に諫める。
「わかってるよ! みなさん、イナゴ出ましたからライト使いますね!」
周囲に告げて、ナガルはヘッドライトをわざとイナゴに向けて点灯、祭壇から離れた場所に置いた。
「従魔っていっても虫だし、これで釣られてくれたらうれしいんだけど」
『たとえ無駄になるとしても手は尽くすべきです。先手を打って参りましょう』
ナガルと千冬が細工をしている間に、正面攻撃担当者たちも動き出している。
「ひとつずつ確実に」
大剣を片手で軽々とひと振り、ヴェントット ルッリョ(aa4169)が前進する仲間たちの背を見送る。
『こなしていきますわよ』
応じたのは、彼――リンクによって女性化しているので、正しくは彼女だが――の内にある契約英雄カテリーナ スフォルツァ(aa4169hero001)だ。
ヴェントットらが自らに課した任はキーパー。けして多勢とは言えない【流】の隙間をかいくぐってくるだろう従魔から【湛】を守る、最後の砦である。
『ひりょ、フローラたちも行きましょう』
フローラ メルクリィ(aa0118hero001)が内から契約主の黄昏ひりょ(aa0118)に言う。
ひりょはヘッドライトが点灯していることを確かめ、グレートボウに矢をつがえた。
「【流】は全力で敵に当たるよ。【湛】は祭壇の発掘、頼んだからね」
そのひりょへサムズアップを決めてみせたのは【湛】の一員、飛岡 豪(aa4056)だった。
「【湛】のみんなはなにがあってもオレが守り抜く!」
「だから振り向くな! ただまっすぐ敵へと向かえ!」
豪の契約英雄ガイ・フィールグッド(aa4056hero001)も熱い言葉を添える。
その後ろで、夕は黙々と作業を続けていた。
――ひりょたちがいるし、大丈夫だ。
あえて口に出すことなく、ただ一途な信頼を友の背に預けて。
それを察した豪もまた、言葉を重ねることなくシャベルを握りなおした。
『蛇の姿は見えないみたいだけど……このまま潜伏?』
祭壇から30メートルほど離れた闇の中。内から尋ねる九郎(aa4139hero001)に、同じく内なる声で国塚 深散(aa4139)が答えた。
『このまま警戒。待つ間にトラップをしかけるわよ』
深散は右手の内に丸めて隠していたノーブルレイの先端を礫の隙間に突き立て、蜘蛛の巣を編み始めた。
「ちっ、ここで来るかよ!」
【迸】の先頭を行く東海林聖(aa0203)が手をかざし、突然に噴き上がる砂から目を守った。
『なんにも……見えないね……』
内の契約英雄Le..(aa0203hero001)に「ああ」と返事をして、聖は砂を踏みしめて進み続ける。予想以上に足場が悪い。乾ききった砂は、言わば極小のベアリングだ。
「みんな、ちょっと止まって止まって! はぐれちゃったらタイヘン!」
捺美が一同を引き留めた。
鷹を先行させて周囲の警戒をしていた彼女だが、突発的な砂嵐はさすがに察知できない。
「今のところ流砂はないみたいだけど……砂嵐が止んだタイミングで進軍再開だね」
捺美の言葉を聞きながら、内で言葉を交わすアルヴィン・キング(aa0550)と新城 凛(aa0550hero001)。
『そういえば砂漠は初めてだね。この砂嵐もそうだけど、戦闘にどれくらい影響が出るかな』
『慎重に行きましょう。変に焦って短剣を敵へ渡すわけにいかないもの』
そんな彼らの前には周太郎を従えた篝がいて、砂嵐のただ中で堂々と胸を張って立っている。
『久遠さん、篝様に自重をお願いしていただけませんでしょうか?』
ライヴス通信機を通じ、後方でスナイプポジションについている焦一郎が周太郎に連絡を取ってきたが。
「ムダだムダ。篝は篝でいる以外、なんにもできゃしねぇよ。せいぜい周りが気をつけてやるしかねぇさ」
「……この砂嵐を利して回り込む」
油断なく孤月を構えて周囲を警戒するのは、いつものジャージから忍び装束に衣装を替えた骸 麟(aa1166)である。
対して、その後ろに幻影として浮かび上がる契約英雄の宍影(aa1166hero001)が主の口を借り。
『ならば方々には黙って行かれるべきでしょう。とどのつまりは短剣を手に入れたほうが勝ちでござる。敵を欺くにはまず味方から、でござる』
「おう。テキ屋に出向くならまずミーから、だな。今度こそ大勝利だぜ」
『南無』
そして闇に溶け込むように、姿を消した。
「……ニンジャが消えた」
気づいたのは、麟と同じく周囲を警戒していた影狼(aa1388)だけであった。
「砂嵐終了! 誰もはぐれてないよね――って、ひとり足りない!?」
捺美が高い声を上げたが、通信機から耳を離した周太郎がそれを遮った。
「あっちの隊が石膏40、イナゴ8と戦闘開始だ。こっちも急がねぇと」
その報告を耳にし、人知れず打ちひしがれたのは鶏冠井 玉子(aa0798)だ。
「調理しがいのありそうな従魔だったのに……って、そういえばヘビも向こうに向かったんじゃなかったか!? 石膏は食べられないし、食の神はぼくを見放したか!」
自分で作って自分で食べる美食調理家である彼女にとって、それは壮絶な衝撃だ。
いや、イナゴは金だし、ヘビは黒鉄。どちらにしても食べられないだろうぜ。彼女の内にある契約英雄のオーロックス(aa0798hero001)はゼスチャーでそう玉子に告げ、案の定伝わらなくて、結局のところ沈黙を保つのだった。
「150メートル先に愚神発見! 最短距離を走り抜けるよ! みんな捺美についてきて!!」
いくつかの問題は残しながらも、捺美の報告で一同は意識を集中。黒鉄の愚神が待ち受けるケセドの祭壇へと駆ける。
●祭壇防衛戦
ネツァクの祭壇防衛戦、その開幕を飾ったのはひりょの放った矢だった。
『このまま前進?』
尋ねるフローラに、次の矢の準備をしながらひりょは小さくうなずいて。
「できるだけ敵を祭壇に近づけさせたくないから」
『いつでも回復できるようにしておくからね』
ライトブラスターでひりょをバックアップするレイもまた、移動を開始。ただし前方ではなく後方――祭壇へだ。
従魔群は数が多い。そしてかならず祭壇を目ざしてくる。動きまわるよりも待ち伏せ、迎撃するほうが効率はいい。
『今夜のギグ、従魔の奴らに楽しんでもらえるかな?』
「喜ばせてやるつもりはない」
シェーンハイドに短く答え、レイは闇のただ中で五感を研ぎ澄ませた。
エージェントたちの遠距離攻撃を受けながらも、従魔群は着実に進んでくる。
そして40のショートボウによる一斉射撃!
『来たぞ悠登』
「了解――っ!?」
ナインの警告に余裕の返事を返した悠登だったが。
矢の軌道が突然の砂嵐にあおられ、ブレた。
「うわっ!」
あわてて悠登が地に身を投げ出した、次の瞬間。今まで彼の頭があった場所を、超高速で金イナゴが貫いていった。
『まだだ、転がれ!』
伏した悠登は横回転、横回転、横回転。それを追いかけるように、次々と矢が礫の隙間に突き立っていく。
『あのイナゴ、弓と連動している。どちらもかわすのは骨が折れるぞ。そもそも回復役が怪我をしては意味がない』
ナインの言葉に「うん」、悠登は立ち上がりながらヘッドライトを点灯。さらに雷上動を引き絞って紫電を灯し、自身の発する光量を上げた。
「でも、せっかくこっちを追っかけてくれてるんだ。このまま引きつけるよ」
悠登と同じく、ナガルもがんばっている。
「こっちだよこっち!」
地に置いたヘッドライトの横に立ったナガルが金イナゴへ向かい、旗を振るように天雄星林冲を振った。その度に炎と化したライヴスが燃え立ち、さながら篝火のようにイナゴを誘う。
『イナゴが進路を変えました。こちらへ来ます』
千冬の報告を受けたナガルは、太さを増したシッポをビンと逆立てて。
「猫の前に飛び出してくるなんて、虫のくせに危機感なさ過ぎ。よーし、後悔させちゃうぞ!」
換装した朱里双釵を逆手に構え、ナガルは獲物に飛びかかる猫のように背を丸めて力を溜めた。
ネツァクの祭壇は順調に発掘が進んでいる。
「刑次、急いで急いで!」
豪快にシャベルを振るって礫をかいていくアストリアに、刑次は防護マスクからぷしゅーと息を吐いてみせた。
「おまえ、ちゃんと掘れてるう? 引っかき回すだけじゃダメなんだぜえ?」
「こんなの剣振るより簡単!」
と、言いながらも、やはり剣を振るほうが得意なようだ。
「なかなか、ほねがおれるね」
アストリアがちらかした礫を広げたブルーシートで受け止め、脇の方へ移動させていたシキがため息をつく。礫は掘りやすいが、重い。
「シキ殿、そちらは私が。些事は私に預けて発掘にご専念を」
「うん。月詠に、任せて」
シート運搬を代わる月詠と、そのシートへシャベルからバラバラ礫を追加する蓮。
「本当であれば、【流】の方々の回復などへも出かけたいところなのですが」
と、戦場へ目を向ける月詠を、蓮が引き戻した。
「機会、来る。ボクらも、戦う」
それは予想ではなく、預言めいた確信だった。
「――はい。ではそのときには存分に」
「うーん、リンクしていませんから……腰が……」
文学少女の千香にとって、肉体労働はなかなかに辛いようだ。彼女が礫をすくったシャベルを、狼耳をうごめかせながらアンベールが受け取って。
「持とうとするから疲れるんだ。石の上を滑らせろ」
そのやりとりを聞きながら、夕は今まで千香が担当していた場所につき、礫をかき始めた。
「少し休んで」
言葉少ない少年の優しさに、千香の顔がほわりとゆるむ。逆にアンベールの顔は不機嫌に顰む。
「オレも手伝おう」
【湛】の中では唯一リンク中の豪が、力強くシャベルを礫へ突き込んだ。
「敵影は今のところない。【流】のみんなが力を尽くしてくれていればこそだな」
豪は少しでも早く作業を終わらせるべく、全身にライヴスを巡らせた。
――【流】のみんな、もう少し待っていてくれ。任務を果たしてかならず駆けつけるからな。そしてもし【湛】の仲間に危機が迫るなら、このオレが命を張る。
「……ユウとシキはよく働くな。よきかなよきかな。ザフルも心配はなかろう。問題はタケユキだ。奴は年増の乳牛ほども働かんからな」
夕たちの作業を手伝いながら、ラドヴァンが偉そうに言った。
「呉と濤がなんとかするんじゃないか? それに、働くのは俺たちも同じ……なんだろう?」
悠がちらとラドヴァンを見る。その目は物言いたげに細められている。
「うむ。俺様たちには俺様たちの仕事がある。悠よ、肚をくくれ」
偉そうに言い放ったラドヴァンに答えず、悠は作業に戻った。
「しゃぎゃーっ!」
耳とシッポをぶわっと逆立てたナガルが釵を閃かせると。
ガキン! 金イナゴが墜ちた。
『マスター、次が来ます』
ジタバタもがくイナゴを踏み潰したナガルに千冬が警告するが、間に合わない――
「こっちだ」
琳のイグニスが炎を噴き、ナガルの側頭部へ迫る金イナゴを溶かした。
「ありがと!」
『こここのようなことは、なななんでもありませんよ』
「こんなのなな、なんでもないんだだぜ」
女子が苦手な濤と、人見知りな琳。共に声が震えたりするのであった。
「琳くん、背中がお留守だぞ」
飛んできた矢をレーヴァテインで打ち払い、武之が琳の背に自分の背を合わせた。
「たけゆき! ……ごめん」
あやまる琳に、武之は口の端を吊り上げてみせた。
「敵は多い。ひと息ついてるヒマなんかないぜ――ひと息? いや、俺はもう3年分は働いたはずだ。有給どころかバカンスを」
「定年まで働けなんだよー!」
瞬時にリンクを解いたルゥルゥがジャンピングアッパーカットで武之の顎を打ち抜き、すぐにリンク。何事もなかったかのように武之を戦いへと引き戻した。
実際、戦局はすでに乱戦状態。原因は単純に数の差である。
「とはいえ、ここは通しませんけれどね?」
地に置いたヘッドライトへ向かってきた石膏従魔が、ある一点に足を踏み入れた瞬間。潜伏を解除した深散がノーブルレイの端を引き絞る。
と。ワイヤーで編んだ蜘蛛の巣が中心へ一気に引き寄せられ、従魔の脚を斬り落とした。
「その腕もいただきますよ」
深散がつま先を針のように地へ立てて体を鋭く翻したときには、従魔は右腕を失い、無力化されていた。
『効率はよくないけど、力押しよりは僕もこのほうが好きかな』
つぶやいた九郎に、深散は静かにうなずいた。
「1体倒せば1体分、みなさんを危険から遠ざけられます。このままミーレス級を狩っていきますよ」
その先では、ひりょが戦場を駆け巡り、祭壇へ向かおうとする従魔の掃討にあたっていた。
『ひりょ、3体来る!』
降りかかる石膏従魔の剣を盾で押し返してその間合を抜け、次の横降りの剣をダッキングで回避。3体めの従魔の剣を、竜角の槍の穂先を回してその刃を絡め取る。
「砂に還ってもらえるかな?」
バランスを崩してよろめく従魔の顎を下から石突をかちあげて砕き、返した穂先で先ほどやり過ごした2体めの従魔の腕を叩き割った。
「あと1体」
押し返されて尻餅をついた従魔がのろのろと起き上がって来るところへ、槍のフルスイングを食らわせてこれを砕いた。
「ここはこれで終わりだね」
流れるような立ち回りを見せたひりょだったが、息をついた途端、その膝ががくりと落ちる。
『すぐ回復するから』
癒やしの巫女であるというフローラのリジェネーションが、染み入るようにひりょの体を癒やしていく。
遊撃を買って出た【流】メンバーは彼とナガルだが、イナゴ退治を彼女に任せたことで単独行動となっていた。それだけ彼の負担は重い。
「敵がミーレス級だったからなんとかなったけどね」
ひりょは後方で最後の守りを担う仲間たちのほうを振り返る。
「行こう。結構な数が祭壇のほうに向かったはずだから」
こちらはキーパー役のヴェントット。彼女は深散とは真逆に、その身を大きく晒して戦っている。
「おおお!」
光の尾を引く脚で石膏従魔を蹴り飛ばし、別の従魔へ刃を叩きつける。その重く激しい攻撃は、従魔どもを1体たりとも通さない。
『石膏だけにもろいものですわ』
文字どおりに粉砕された従魔の骸を見やり、カテリーナが言う。
「確かに斬るよりも叩くほうが効く」
レイがまとめてくれた敵データを頭の中で展開するヴェントット。それにカテリーナは沈んだ声で。
『ですけれど問題は数、ですわね』
前線では仲間たちが敵の多くを引き受けてくれてはいる。しかし、元々の数がちがうのだ。止めきれるわけがない。
「邪魔だ、どけ」
ヘッドライトの灯に群がってくる従魔を、ヴェントットが怒濤乱舞でまとめて吹き飛ばした。
しかし、それでもまだ従魔は尽きず、恐れることなく向かってきた。
『きりがないとはこのことですわ……』
そのとき。
「柄じゃないが、今夜はシェイク(16ビート)を刻もうか」
『オレ的にゃ、8ビートのほうがノれるんだけどねぇ』
レイのライトマシンガンがシェーンハイドの軽口に乗って軽快なリズムを刻んだ。
9mm弾の連打を食らった従魔が体を細かに砕かれ、地に降り積もる。
「合わせる。好きに奏れ」
レイの言葉にうなずいたヴェントットは大剣を構えなおし。
「援護を頼む」
『さくっと片づけて、こんなおかしな砂漠じゃない夜の街に出かけようぜ~』
シェーンハイドの言葉を合図に、ヴェントットとレイが猛攻を開始した。
「祭壇、ありました!」
アンベールと共に、千香が礫をかきわけると。
今の今まで埋もれていたとは思えない、複雑な文様を刻んだ台座が顔をのぞかせた。これこそが祭壇。生命の樹の短剣を収め、異界への門を開くための鍵穴だ。
「こりゃ、お宝って感じじゃねぇなあ」
「売れないよ!? いや売らないからね!?」
眉をひそめる刑次にツッコむアストリア。
「いかにもおまえが好きそうな物だな」
台座のデザインを見たアンベールが千香に言う。
「う。す、好きかもです。いえ、好きです大好物です!」
おとぎ話や伝承を好む千香はこの手のものに滅法弱い。おそらくこの依頼が無事に終われば、アンベールを相手にあれこれと語り明かすことだろう。
そして、それに黙々とつきあうのが契約者の務めというものだ。アンベールはひっそりと覚悟を決めた。
「ここに短剣を収めればいいようですね」
「短剣、どこ?」
月詠と蓮が一同を見回した。
「あ、それは私が……」
千香がいそいそと気泡緩衝材とタオルで厳重に保護したネツァクの短剣を取り出して。
「それでは、まいります」
台座の真ん中に穿たれたI字型の穴へ、そぉっと差し込んだ。
と。
どくん。
祭壇に得体の知れない「生命」が灯った。
「みんな下がれ!」
すぐに豪が【湛】メンバーの前へ立ちはだかり、その腕を広げたが――
「いったいこれは、どうしたものだろうね?」
首を傾げるシキに、首を左右に振る夕。
「わからない。こんなの見たことないし」
祭壇を飾る文様は、今や血管よろしく脈打ち、やわらかくなっている。が、それだけだ。いや、それだけではないのだろう。その答は12本の短剣が祭壇に収められた後、いやでも明かされるはずだ。
「――ゴーガインだ。オレたちはネツァクの祭壇に短剣を収めることに成功した。これより【流】を援護し、コクマーの祭壇を目ざす!」
ライヴス通信機で各員へ告げ、豪が【湛】の面々へ振り向いた。
「リンクの準備はいいか!? オレたちを支えてくれた仲間のもとへ急ぐぞ!」
「わかりました。お待ちしています」
豪からの通信が切れたのを確かめて、深散は石膏従魔の腹へ機械化された左脚の踵――鋭く尖ったヒールを蹴り込み、それを足場に後方宙返り。右脚に沿わせていた忍刀で従魔の頭を下から斬り裂いた。
『弱いくせにしぶとい。こいつら最悪だね』
腕2本を失くしてなお向かってきた従魔を見下ろし、九郎が忌々しげに言う。
「【湛】のみなさんが来るまでに1体でも多く狩りますよ」
チョコレートを噛み締めて傷を癒やし、深散は次の獲物を求めて闇へと駆け込んでいった。
●接神
ケセドの祭壇は砂の奥深くに埋もれている。
従魔の動きは緩慢だ。しかし、疲れを知らない石膏像が20体がかりで掘り進めれば、いずれはかならず顔を見せるだろう。
「動きの重さは石膏ゆえか。しかして我もな」
少しずつ沈んでいこうとする黒鉄の脚の置き場を変え、愚神は金臭い息をつく。
彼女は鉱石を己や従魔の器として精製する力を持つが、そこに宿せる力は素材である鉱石に大きく左右されるのだ。
愚神は4本の腕を胸の前で組み、その隙間に隠したコクマーの短剣を見下ろした。
この剣を収めてしまえば義理は果たされる。
他の祭壇には正直なところ興味がない。従魔が制圧すればよし、人間どもが押さえるならばそれもまたよしだ。
ピー!
彼女の思考を、鷹が放つ鋭い声音が引き裂いた。
横から跳び込んできた鷹に頭を弾かれ、転がる石膏従魔。
「む」
愚神が鷹の飛来した方角へ頭をもたげた、そのとき。
「その剣、頂戴する」
背後から染み出した麟が、燐光を放つ刃を彼女の腕の結び目へ突き込み、こじり開けた。
「……誰かと思わば謎かけ娘かよ。息災でなによりだ」
バラリと解けた4本の腕。隙間に隠していたはずの短剣は、その1本の手にしっかりと握られていた。
瞬時に短剣の奪取は不可能と判断し、愚神の背から離れていた麟の後ろから、宍影が骸流に伝わる忍言葉――他の者に内容を悟られないよう組み立てた暗号――を紡ぐ。
『これはまさか……いや。この愚神、まちがいありませぬな』
「あのときの『アタシ』か。なぜここにいる?」
麟の発した言葉もまた宍影と同じ忍言葉である。
「この短剣を獲りに来たかよ」
麟たちの会話をいぶかしむ様子もなく、愚神は短剣をつまみ上げ……飲み下した。
「さて。これで我の腹を裂かぬ限りは汝(なれ)らの本懐、遂げられぬぞ」
その声にたぐり寄せられるように、石膏従魔どもが押っ取り刀で集まってくる。
『奇手は破られ申したが』
「時間は稼いだ」
足元の砂を蹴り上げて目くらまし、麟が後ろ跳びで後退を開始すると。
その逆側から、【迸】本隊が駆け込んできた。
「ほう、小賢しや。鷹、奇襲、逃走、3手使って本隊を呼び込むとはの」
感心する愚神に捺美が甲高い声を叩きつけた。
「鷹は捺美のだけどね!」
「それがどれほどの意義を持つ? 小細工を弄したところで、所詮はこうして我に群がるほかあるまいに。……案ずるな。我とて小細工はしておらぬよ。この場にあっては意義なきことゆえにな」
愚神の腕が開かれ、その手に3本の大剣と1冊の書が現われた。
その間に石膏従魔どもが剣を手にエージェントへ迫る。
「我らの意義を語るのは、愚神ではない」
狼さながらの瞬発力で飛び出した影狼が、牙の代わりとエクスキューショナーを従魔へ突き込んだ。
重い斧槍に剣を持つ右腕を砕かれた従魔が前へ倒れ込む。その体を蹴って影狼が横へ跳ぶと、殺到した他の従魔どもの刃が倒れゆく仲間を叩き、粉砕した。
かくして1体を仕末した影狼は斧槍を砂に突き立てて着地。機械の狼耳を小刻みに動かしながら愚神をにらみ上げた。
「……我らの意義を語るのは、我らだ」
そして。
「言いたいことがあるのでね、押し通らせてもらう!」
怒濤乱舞で従魔を蹴散らし、猛烈な勢いで愚神へ迫る玉子。
「意義なんてどうでもいいがね、ぼくは怒っているんだ。いや、私憤だよ。まったくもって正義も道理もありはしない。でもね、イナゴもヘビもこの場に残しておかなかった愚神君が悪い。これじゃあいったい、ぼくはなにを食べればいいんだ!?」
いやだから、鉄のヘビも金のイナゴも食えやしないだろうって。内から表情とゼスチャーで伝えようとあがくオーロックスだったが、怒れる契約主にはまったく気づいてもらえなかった。
さらに。
玉子がこじ開けた隙間を疾風のごとくに聖が駆け抜ける。足裏ではなく、つま先を砂に突き立てることで足場の悪さをはね除け、跳躍。
「行くぜデカ物……!! テメーはここで倒すッ!」
振りかぶったライオンハートを、渾身の力で振り下ろした。
「ここでもなにも、我と汝に縁はあるまいよ」
3本の剣でこれをかるく受け止めた愚神はギシリと喉の奥を鳴らし、聖をはね除けた。その防御は黒鉄の体に頼らずとも十二分に固い。
「だぁっ!」
砂の上に落ちた聖が即座に立ち上がる。
『短剣は……愚神のお腹の中……だね』
その背におぶさるように姿を現わしたLe..がささやいた。
「悪ぃけどけどサポート頼む! 一撃、食らわしてやるぜッ!」
『しょうがないね……ヒジリーはまだ弱いから……』
振り下ろされた愚神の剣をLe..の見切りでかわし、聖は剣先で砂を削りながら大剣を振り上げた。
「ぼくの一撃もごちそうしよう!」
ブラッディランスを両手で腰だめに構え、玉子がチャージ。赤黒く染まった穂先が伸びゆく先は、愚神ののど笛だ。なぜなら狩人が狙うのは常に、獲物の急所なのだから。
「そちらは任せました」
横目で聖と玉子の奮戦を一瞥したアルヴィンは従魔どもへと向かう。
「私たちはいつもどおり、周りから固めていきますか」
『どの従魔を攻撃したらいい? なんて訊かないでよね?』
内から凜が彼に声をかけた。常の優柔不断なアルヴィンなら、迷うよりも先に凜へ訊いているからだ。しかし。
「訊きませんよ」
16式60mm携行型速射砲を腰だめに構えたアルヴィンは、迷うことなく引き金を引き絞る。
「どれでもいいから立っている従魔を順に壊す。それだけのことでしょう?」
3体の従魔の脚を砕いて転がし、アルヴィンは不敵に笑んだ。
『このまま再生しないならいいのだけれど』
ついつい姉属性を発揮する凜へ、アルヴィンは強く言い放った。
「そのときは、動けなくなるまで砕けばいい」
「よし。愚神は後回しにして、私は従魔に対して囮を務めるぞ!」
『囮が囮を公言ですとぉ!? それではこちらが囮だと敵に知れてしまいますよぉ!』
いろいろなことを気にしなさすぎる篝へのディオのツッコミはもう、ツッコミを通り過ぎて小ボケの域に達していた。
「ふはははははは! さあ従魔ども、私を追って来い! いや、私がそこへ行く。首を洗って待っていろ!」
『囮はどうした!?』
フルンディングを見せつけるように掲げ、篝が堂々と前進する。
「射撃準備。目標、篝様を阻む不遜な従魔」
『ターゲット・ロックオン』
「掃射」
エージェント一行の後方にある焦一郎が、ストレイドのサポートを受けて16式を掃射した。その弾は篝の周囲を守るように飛び、彼女の前に迫る従魔どもを正確に撃ち砕いた。
『撃破確認。弾道補正終了。再装填開始』
淡々と重ねられるストレイドの報告を受けながら、焦一郎は視線を篝の周囲へ巡らせる。篝を傷つけようとする者、篝の歩みを止めようとする者、篝の剣から逃れようとする者――すべてが排除対象だ。
「……見上げた忠誠心、ですね」
焦一郎の傍らで支援魔法を撃つ菊次郎が肩をすくめた。
『見かけだけなら貴公も程よくうらぶれた社畜だが』
極獄宝典に十字剣の意匠と化して宿ったテミスが言う。
菊次郎はもう1度肩をすくめてみせて。
「仕えるべき会社も人も、俺にはありませんよ」
闇の向こうを透かし見るように目を細めた。
「――邪魔だ!」
篝が大剣を別の従魔目がけて思いきり振りかぶり、思いきり振り下ろして思いきり叩き潰した。
その大きすぎる隙を突こうとする従魔。しかし、その剣は周太郎のシルバーシールドに弾かれ、さらに。
『心得ております。篝様』
と。篝の脇をすり抜け、焦一郎の撃った60mm弾が従魔を破壊した。
篝は通信機に「灰堂ご苦労!」。そして周太郎へ振り向いて。
「久遠、便利だ!」
『いやいや! そこはありがとー☆ などではぁ!?』
言い切る篝とツッコむディオを置き去りに、シールドを押し立てた周太郎が守るべき誓いを発動、従魔どもを押し込む。
『今こそ周太郎の魂が本来持つ姿をこの地に現わしましょう』
陶然とした声でアンジェリカが告げた。
やれやれ。まあ、俺の気持ちはさておき、囮は派手なほうがいいか。
「おまえら俺を見ろ! 天使の守護を受けた白き騎士様をよぉ!」
そのころ。見た目天使な餅は別ルートから従魔の包囲をかいくぐって愚神へと接近中。
『あの愚神さん、意外と美人さんじゃない?』
『顔も体も黒くてよくわかんないけどね』
百薬の言葉にこそこそ内で返事をして、餅はライトアイをかけた目で愚神の隙をうかがった。
「うーん、隙があるわけじゃないんですけど」
烈風波で聖の最接近を阻んだ愚神が、続けて前へ振り出しかけた他の腕を引き戻し、あらためて斬り下ろす。
先ほどから幾度となく見てきた光景に、餅はまた首を傾げた。
『胸元は隙だらけだよ。愚神さんたら実にいいものをお持ちだー』
『いやそんなこと言われても。それに鉄だから硬そうだよ?』
説明しきれない違和感を抱きつつもきっちり百薬に言い返し、餅は最前線を目ざす。
●祭壇制圧戦
【流】と【湛】は南下し、コクマーの祭壇近くへたどりついていた。
「ミーレス級4体が祭壇掘ってます。残りの16匹は護衛? 塩湖の外でうろうろ中。お供にイナゴ2匹ついてます。ヘビは――見えません」
鷹の見た情景を告げるナガルに、千冬が言葉を添えた。
『ヘビは潜伏しているのでしょうね。固まった塩の中にいるとは考えにくいのですが』
「ここまで奇襲はなかったよね。ネツァクの祭壇で石膏従魔は全滅させたから、残りはあそこにいる20体。戦力的にヘビが単独行動する余裕、なさそうだけど」
悠登の言葉にナインが『ふむ』とうなずいて。
『だとすれば、おのずと潜伏場所は限られるな』
「塩のまわりの砂の中だ」
ヴェントットがぽつりと答えた。
『砂ん中でじっとされてたんじゃ、ライヴスゴーグルも意味ねぇしなぁ』
シェーンハイドがため息をついた。
ライヴスゴーグルはライヴスの流れを視覚化する。障害物の奥に隠れたライヴスは見えないのだ。
「しかし、そこまで読めていれば先手は打てる」
豪が携帯音楽プレーヤーを取り出し、付属のイヤフォンでライトを点けたガラパゴスケータイへ巻きつけた。そうしておいてプレーヤーの音量最大、ヒーローソングをがなりたてさせ――塩湖の縁目がけて投げた。
騒がしい光源が、砂の上に落ちた瞬間!
ジャッ! 砂を割って飛び出した5匹の黒鉄蛇がプレーヤーごとケータイにかじりつき、鉄の顎で食い砕いた。
「やはり出たか! 砂にまた潜られない内に討つぞ!」
九鈎刀を手に豪が蛇へ向かったが。
「ぐあっ――!?」
蛇どもが豪へと巻きつき、その黒鉄の体で締めつける。
「ぐ、おお、お」
苦悶する豪。しかし彼は、駆けつけようとする仲間たちを手で制し。
「心配するな! オレは――こんなことでは! 負けん!!」
気合一閃。体を大きく張り、蛇どもを弾き飛ばした。
「俺は闇夜を照らす赤色巨星、爆炎竜装ゴーガイン! 従魔ども、オレが相手だ!」
名乗りをあげた豪が、砂を蹴立てて跳んだ。
「疾風!」
蛇の目を横薙ぎ。
「十文字斬り!」
さらに頭を断ち割り、ポーズを決める。
その姿はまさに、日曜朝に繰り広げられる戦隊ヒーローのアクションそのものだった。
……ただならぬ豪のライヴスの爆発に惹かれ、石膏従魔どもが向かってくる。
「そっちじゃないぞ! こっちだ!」
豪がなにか策を実行する。それを悟り、武之とともにエージェント一行から大きく離れて機をうかがっていた琳だった。
『耳は聞こえているようですが、目はどのくらい見えるものでしょうか?』
濤の言葉を合図に、琳が上空にフラッシュバンを放つ。
目を奪われた従魔の意識が琳へ向き、彼目がけて群れが進路を変えた。
「呉さん、なにかお考えがあるんですね」
アンベールとリンクして蛇を狙い撃った千香が、スナイパーライフルのスコープで琳を見る。
『ボクたち、祭壇、行くよ』
「今のうちに私ども【湛】は塩湖跡地を制圧いたしましょう」
月詠がリンクして内に引っ込んだ蓮の言葉を翻訳し、一同を促した。
「俺が塩湖に入るまで護衛する。コクマーの短剣は……」
【湛】のメンバーを見渡すひりょ。それに対してうれしげに手を挙げたのは刑次だ。
「みんな大変そうだったからよお、おっさん預かってたよお」
「隙見て売り飛ばそうとか思ってなかった?」
迫るアストリアをまっすぐ見つめてかぶりを振る刑次。
「そんなわけないだろお? おっさんのこと信じろってえ」
「そこまでまっすぐウソつかれたらなんにも言えないよ……」
そんなふたりをながめていた千香が、目をぐうっと細めてアンベールを見た。
「いきなりなんだ?」
「んー、なにか伝えたいことがあるときは、目力が大事かなって思いまして」
「それはそうかもしれんが……力を感じさせたければまず垂れ目をどうにかしないとな」
「!?」
こちらのやりとりを知らないまま、琳は従魔どもにLpC PSRM-01の照準を合わせている。
『撃てる機会はおそらくこの1射のみだ。琳、敵を引きつけろ。そして殲滅しろ』
このPSRM-01、連射がきかないことはもちろん、小型化の副作用で1射ごとに射手の体を激しく苛む。本来なら後方に据え付け、射手の安全を確保してから使うべきものだが。
「――みんなにがんばってもらって俺は後ろからなんて、できないからな」
琳の言葉に、その背中を守る武之が口の端を吊り上げてみせ。
「撃ち漏らしは任せとけ。この働きが呉家からの生涯援助に繋がるとあれば、俺は5年分の労働力を捧げ」
『このクズヤローなんだよ!』
ルゥルゥの怒声が響くと同時に、武之の左拳が自分の頬にフック!
『これはまあ、しかたありませんね――琳』
ルゥルゥのリンク・マジックから神妙な顔を反らした濤が琳を促したとき。
「従魔にはもう少し迷ってもらおうか」
琳たちとは逆側に向かったレイが、手に持った花火をあらぬ方向へ投げた。派手な火花と音が闇に弾け、砂に潜っていた蛇がまた1匹、地上に跳びだしてくる。と、同時に、琳へ向かう従魔どもの目を一瞬引きつけ、その動きを鈍らせた。
「行けぇええええ!」
LpCから放たれたプラズマの奔流。その輝きは従魔どもを飲み込み、黒い空に彗星のごとくの軌跡を描く。
主力の半分以上を失い、戦線を崩す従魔群。その大穴へ【湛】が突入した。
「敵は4体のみです。対して我々は5組。戦力的には大きく勝っています」
『ひと組足りない?』
月詠の言葉にアストリアが疑問の声をあげる。
「ハルさんはネツァクの祭壇に残った。敵が奪い返しにきたら困るからって」
答えた夕に、刑次は顔を思いきり顰め。
「げえ、なんだってまたそんなカネにもなんねぇことを……ま、いいや。5人いるんだし、なんとでもなんだろ」
刑次は、こちらへ向けて剣を構える石膏従魔どもへソウドオフ・ダブルショットガンの銃口を向けた。
敵の掃討はあっさりと終了し、【湛】の一同は従魔が掘り返していた塩湖跡の中心部へ到着する。
「すみません。祭壇の発掘、私たちが引き継がせてもらいます」
千香が申し訳なさそうに砕けた石膏従魔へ頭を下げた。
『問題はこの塩をどう掘るかだな』
アンベールは腕を組み、いかにも固そうな塩を目線で指して言った。
従魔は剣先を突き込んで削っていたようだが、ほとんど掘り進めていない。
「塩は水に溶けるだろうけど……」
『この砂漠じゃ、水がまず手に入らないからな』
考え込む夕に、ガイが困った声で答えた。
「ともあれリンクを解除して手数を――」
「待って。俺のボウが語りたがってる」
夕が月詠を止め、そしてコンパウンドクロスボウを下へ向けて撃った。
ビシリ! 突き立った太矢が、結晶化した塩に亀裂をはしらせる。
『好』
月詠の内から蓮が声をあげた。
「シャベルで削るより早いですね。では」
スナイパーライフルをななめ下に撃つ千香。塩が大きくえぐれた。
『祭壇が見えるまではこのままAGWで削る。それでいいな』
アンベールの言葉に従い、一同がそれぞれのAGWで塩を攻撃し始めた。
『やっぱりシャベルより剣だよねー剣!』
塩を割るシャルフリヒターの力強さにうきうきとアストリア。
「ショットガンのが楽じゃねえ?」
刑次はげんなり顔だ。
『うー。塩も、じゃりじゃり』
髪の中に潜り込んだ塩粒を気にする蓮に、戟を振るう手を一時止めて月詠が声をかける。
「任務が終わりましたらすぐに湯浴みの用意をいたしますからね」
こうして一同が作業を進める中。
おもむろに豪が振り返り、一歩踏み出した。
「? 飛岡さ――ゴーガインさん、どうかしました?」
塩を削る騒音の向こうから千香が問う。豪はそちらを向かず、背中越しに答えた。
「なんでもない。こっちは気にするな。オレもすぐ作業に戻る」
言いながら、彼は自分の腹に深く突き立った金イナゴを引き抜き、九鈎刀の柄頭でヘヴィアタック。その頭を叩き潰した。
豪は作業中も意識を外へ向け、奇襲や急襲に備えていた。そして、こちらの作業音に紛れて飛来した金イナゴを体で止めたのだ。
「ゴーガイン殿」
ただひとり豪の身を挺した行動に気づいていた月詠が、クリアレイをかけて豪の腹から流れ落ちる血を止めた。
『祭壇、もうすぐ』
蓮の言葉に強くうなずき、豪は胸の内で自分に問う。
オレはヒーローを、ヒーローが負う正義の姿を、この背中で語れたか?
塩湖跡を取り巻くように砂嵐が起こる。
「足元に気をつけて!」
砂の奥から跳びだしてきた蛇の顎をシールドの表面ですべらせていなし、ひりょが仲間に警告を飛ばした。
『外に出てきてくれりゃこっちのもんだ』
シェーンハイドが中空に跳ね上がった蛇を指して言う。
視界は砂で塞がれているが、レイの装着したライヴスゴーグルは蛇の発するライヴスをしっかりと捉えている。
「見るまでもない。風音の乱れでそこにいるとわかる」
レイのライトブラスターが蛇の銅を焼き切った。
その彼の足元から、ゆらり。新たな蛇が静かに鎌首をもたげる――
「見つけましたよ」
砂がさらりと盛り上がり、深散となった。彼女は砂嵐の到来と同時に、熱を遮断し、砂地に溶け込む迷彩布――サンドエフェクトをまとい、潜伏していたのである。
『蛇の目は熱を感知するそうですね。でも、それを封じてしまえば立場は逆転する』
九郎が薄く笑み。
深散もまた薄く笑んでワイヤーを引き絞った。
ノーブルレイに絡め取られ、動きを封じられる蛇。
「さすがに切断は無理でしたか。ならば」
『断ち切れるまで斬り続けようか』
蛇が石膏従魔に絡みつき、傷口に唾液を吐きかけると。
石膏従魔の傷が瞬時に固まって消えた。
「あっちも回復役がいるのか」
塩湖跡の縁で【湛】を守る悠登が眉をひそめた。
『せっかくつけた傷をなかったことにされるなんて』
悠登とともに防衛にあたるヴェントットの内で、困った微笑みを浮かべるカテリーナ。しかし。
ヴェントットの大剣が蛇ごと石膏従魔を打ち据え、跪かせた上からさらに打ち据えて粉砕した。
「これでもう、治せない」
シャー! 威嚇する蛇を淡々と見据え、ヴェントットは無造作に大剣を構えなおした。
『こちらも負けてはいられないな』
ナインに応えるように、悠登が蛇へフラメアの穂先を突き込んで。
「当然! せっかく手に入れた短剣、絶対こいつらなんかに渡さない!」
砂嵐の上から急降下してきた金イナゴがナガルへ迫る。
『マスター』
「わかってる!」
千冬へ応えておいて、ナガルは再び急降下してきたイナゴへジャンプ。
イナゴは体を引き起こし、急上昇をかけてナガルをやり過ごそうとしたが――
「まだまだー!」
釵を持つ手で空をかき、その足で空を蹴り、ナガルはあがく。そのあがきは彼女を5センチ上昇させ。
釵の切っ先をイナゴの腹に届かせた。
●黒鉄の愚神
従魔に援護させるでもなく、愚神は単独で戦いを続けている。
「ちょろちょろと鬱陶しい」
愚神の書からどろりとした“重さ”が這い出し、砂に落ちると。
彼女に肉迫していた前衛の足に、その“重さ”がまとわりついた。
「く……動けん」
玉子が右脚を持ち上げようと力を振り絞り――力尽きた。
彼女の内のオーロックスも「なんじゃこりゃあ!?」という表情である。
『グラビティフィールド……ソフィスビショップの業(わざ)だ』
菊次郎の内でテミスが言う。
「ならばソフィスビショップ同士、業くらべと洒落込みましょうか」
菊次郎の書から一条の雷光が跳ぶ。
サンダーランスは愚神の書を持つ腕を目ざし。
剣を持つ他の腕3本に阻まれて消えた。
『半ば予想どおりだったとはいえ、悩ましい状況だな』とテミス。
菊次郎とテミスは、短剣を所持するのが愚神自身であると予想していた。そして短剣を4本腕のどれかが握っているだろうとも。
「まさか飲み込まれるとは思いませんでしたが」
『吐き出させるしかあるまい。そのためにもまず、あの腕を破壊せねば』
愚神が悠然と、自分のまわりでもがく玉子、聖、餅へ迫る。
「やれ、ようようと止まりよった」
3本の腕が剣を高く振り上げ、振り下ろされる――より早く、目の前の従魔を蹴り退けて射角を確保したアルヴィンが、愚神へアサルト弾を1マガジン分撃ち込んだ。
「はっ! 遊び相手はこっちにもいるぜ!? 月の沙漠で踊りましょうってな!」
戦いに没入することで、彼は昂ぶり、粗雑になる。逆に言えば、粗雑になった彼はそれだけ戦いに集中し、最適化しているのだ。
『近づきすぎたらわたしたちも捕まっちゃう! 忘れないでね!』
凜の言葉を聞きながら、アルヴィンはマガジンを手早く交換し、射撃を再開した。
「あいつの手を取ってやる気はねぇ。一方的に踊らせてさしあげるだけさ」
「ち」
ファストショットで弾かれた体をかすかに揺らがせた愚神だったが、その後の弾には構うことなく、攻撃をやりなおす。
「そうと決めたからには行わなければならぬ」
「うおっ!」
「ぐっ!」
「うあっ!」
玉子、聖、餅が3本の剣を受けて砂に倒れ込んだ。
『いたっ! うう、吹っ飛ばしてもくれないなんてひどいよ』
涙目の百薬へ、餅が内なる声で言い返した。
『体が重くなってるからね……3本腕で怒濤乱舞とかされちゃわなくて助かったよ』
この重さから逃れるためにはスキルの範囲外へ逃げるしかない。背中の羽を折りたたみ、餅は砂を掴んで匍匐前進を開始した。
――でも。どうしてスキル連打、しないんだろ? さっき言ってた、決めたからやるってこだわりも……なんだろ?
「従魔などにかまっている場合ではないか。周太郎、行くぞ!」
「まだ6匹残ってるけどな――蹴散らせって言うだけか」
愚神へ向かった篝を周太郎が追う。ふたりを守るのは焦一郎の援護射撃だ。
「……駆けつける」
共闘していた篝たちを追い越し、影狼が道を塞ぎにかかった石膏従魔どもへ飛びかかった。斧の一撃で1体の腕を砕き、槍の穂先を砂に突き立てて横回転。弾みをつけたフルスイングで2体を薙ぎ、着地と同時に前転。弓を構えていた後衛従魔の両脚を刈って無力化、さらに背中を砂につけたまま、脚にからめた斧槍を突き上げてもう1体を串刺しにして仕留めた。
「とどめは任せた……」
「その前に!」
影狼の怒濤乱舞から外れた1体の前にするりと跳び込んだ捺美が「とりゃ! 猫騙!」。セイクリッドフィストを従魔の顔へ叩きつけると見せかけて、その眼前で拳を開く。その掌はブラインドとなり、弓を構えていた従魔の引き手をゆるめ、その発射を阻害した。
「とどめはまかせたー!」
結果を確かめることなく、影狼とともに愚神への最短ルートを駆け出した。
『やるでござるな、捺美殿』
弓を構えなおそうとした従魔に白虎の爪牙の一撃を見舞った麟の口を借り、感嘆する宍影。残心を解いた麟もまた薄く笑み。
「オレたちもやるぞ宍影。ナゼかナゾ、ラザニアならぬラザニアも。だぜ」
為せば成る、為さねば成らぬ何事も。そう言いたかったのだろう主の後ろ、幻影として浮かんだ宍影は感銘を受けた顔でうなずいた。
エージェントたちがひとり、またひとり、愚神の元へたどりつく。
「へいへーい、当ててみなよへーい」
セイクリッドフィストをピーカブースタイルで構えた捺美が、愚神の剣の間合の際を半歩単位で出入りし、攻撃を誘う。
それを黒金の瞳で見やった愚神の剣が次々と閃き、捺美を追うが。
「当たんないよ!」
するすると刃の隙間をかいくぐり、捺美は逃げた。
余裕に見えて、その実必死である。
愚神は移動こそ遅いが、逆にその体の重さを利して砂に足を埋め、鋭い攻撃を放ってくる。少しでも読みを外せば一発で持って行かれてしまう。
「助太刀する」
ふと愚神の足元へ現われた麟が、鉄の足にハングドマンの鋼糸を引っかけ、強く引いた。
ぐらり。大きく傾く愚神。
そこへすかさず玉子が全体重を乗せたチャージをかける。
「さあ決めるぞオーロックス!!」
内のオーロックスがおお! と歯を食いしばり、玉子のライヴスに自分のライヴスを合わせた。砂を踏み抜き、玉子が加速。愚神の喉を大きくくぼませた。
「どうだ!?」
「――小うるさい!」
愚神の書が妖しく輝き、ライヴスの炎でエージェントたちを飲み込んだ。
「篝様!」
後方で狙撃を続けていた焦一郎が、常ならぬ声で通信機に呼びかけた。
『心配するな。私は無事だ』
還ってきた篝の声に安堵し、その向こうで俺らの心配はどうしただのと騒ぐ周太郎の声にまた安堵して、焦一郎は16式を構えなおした。
『照準セット。60mm弾装填完了』
ストレイドのサポートで狙いをつけ、焦一郎はブルズアイを発動させた。
『着弾確認なれど命中ならず』
焦一郎の攻撃を阻んだのは他の3本の腕だ。しかし、強烈な一撃が腕の1本をへし折ることに成功していた。
「攻撃続行。篝様、援護させていただきます」
「うおおおお!」
炎の中から転がり出た聖が、火のついた体を砂に押しつける。
「すぐ治します!」
自身も傷ついているはずの餅が手を伸ばしてクリアレイ。聖のBSを払った。
「悪ぃ……! でも」
「打ち合わせどおり、ですね。もう無理してますけど無茶はダメですよ!」
餅にうなずいてみせ、震える腿に拳をくれて、聖は体を引き起こした。
下がることなく愚神の前に立ち続けてきた彼の体はまさに満身創痍だが、これこそが自分の「弱さ」を思い知る彼がしかけたただひとつの策だった。
『ヒジリー……覚悟が……足りてない。だから……斬れない』
彼の後ろに浮かび上がったLe..が語りかける。
「わかってる」
応えた聖が得物をアステリオスに換装。取り回しのきかないこの大斧でできることは、渾身を超えた攻撃を叩き込むだけ。
――研ぎ澄ませ!
見極めの眼が、彼に見るべき標的を示した。
――研ぎ澄ませ!
反撃の狼煙が、彼に行くべき道を示した。
大斧を振りかざし、聖が跳んだ。
「千照流――破斥・雷光ッ!」
残る2本の腕でスキルを飛ばそうとした愚神が途中でライヴスを断ち、そして剣を十字に重ねて防御した――
「おおおおおおおお!!」
聖の斧がまた剣を叩き、さらに叩く。
「なんと!」
捨て身の疾風怒濤を受けた2本の剣が、それを支えていた手首ごと砕かれ、落ちた。
そして。
「……その腕ももらう」
影狼のスナイパーライフルが、残された最後の1本――書を持つ腕に弾丸を突き立てた。
「ち!」
応戦しようと書を構える愚神。その腕をアルヴィンの威嚇射撃が弾き。
「さっさと短剣を渡してもらえると助かるんだがな。渡さないってんなら、取り上げるだけだがよ」
さらに焦一郎のストライクが、愚神の肩口を削り落とした、次の瞬間。
驚くほどに堂々と、篝が愚神の前に仁王立ち。
「――周太郎、行くぞ!」
「おうよ!」
打ち合わせどおりに盾を上に構える周太郎。その盾を踏み、篝が高く跳んだ。
「行けぇ、篝!」
周太郎が愚神の足元へライヴスショットを撃ち込み、その意識を下へ。
「必殺!」
隙を得た篝がフルンディングをまっすぐ振り下ろし、愚神が反射的に掲げた書を持つ腕を叩き斬り。
「スペシャル!!」
後ろに倒れ込む愚神を追うように落下。体重、刃重、重力、すべてを乗せた一撃を愚神の胴へ突き込んだ。
『なんのTVの影響ぉ!? いやその前に必殺なにスペシャルなのやらぁ!?』
ディオの叫びをBGMに、篝は華麗な着地を決めた。
次の瞬間、重い音をたてて愚神が背を砂に埋める。
「このときを待っていましたよ」
菊次郎の銀の魔弾が、無防備に晒された愚神の胃袋あたりをえぐると。
愚神の口から、飲み込まれていた短剣が吐き出された。
「人を模した造りなら、胃を下から上へ押し上げてやれば当然、飲み込んだものは吐き出されるわけです」
『短剣の確保を!』
「合点承知」
テミスの指示に即応したのは麟。駆け抜けざまに短剣を拾いあげ、姿を消した。
「……ふん、ここまでかよ」
仰向けで天を仰ぐ愚神に餅が近づき、声をかける。
「あっさりしてますね」
「これ以上は意味がなかろう。――勝利を喜ばぬかよ?」
餅は羽といっしょにかぶりを振って。
「だって愚神さん、本気、出してませんでしたよね? どうしてですか?」
戦いの中で餅はずっと観察し、疑問を募らせていた。罠ひとつ用意せず、そしておそらくは4本腕で同時に4つのスキルを使えたはずなのに、なぜそれをせずに敗北したのかを。
「本気ではあったが、我には規約があった。それをして敗れたまでのこと」
「規約?」
愚神は薄く笑んだ。
「この黒鉄の体ひとつで敵に当たり、1度の機に使う業はひとつのみ。それが此度の規約よ。我は規約を尊ぶ。物事には順というものがあるゆえにな」
「おまえが『アタシ』なら、どうしてここにいる? 短剣となんの縁がある?」
ふと現われた麟の差し込んだ問いに、愚神は笑みを濃くして。
「短剣は鍵。それは汝らが目ざす門を開くばかりのものではなかった。それだけのことよ」
黒金の瞳からライヴスが抜け落ちていく。
「ともあれ我と汝らの宿縁は結ばれた。汝らの面、憶えおくぞ――」
甲高い音をあげながら鉄の体が細かに砕け、風に吹かれて消え去った。
●赤月
「慎重にな」
現われた祭壇に貼りついた塩の結晶を刀の柄頭で叩き割りつつ、豪が言う。
「心得ております」
繊細な手つきで戟の石突を操る月詠が応えた。
「台座の口のところ、綺麗になりましたよ」
サーベルの切っ先でI字の穴に詰まった塩をかきだしていた千香が顔を上げた。
「掃除はもういいから早く短剣、収めてよ」
「はーいよ。じゃ、ま、サクっと行きますかあ」
夕に促され、刑次がコクマーの短剣をサクっと台座へ突き立てた。
どくん。祭壇に命が灯る。
「みんな大丈夫?」
2メートルの上方、【湛】の5人が掘り抜いた穴の縁からひりょが顔をのぞかせた。
【流】メンバーの手に【湛】メンバーが穴の外へ。
「こちら【流】の黄昏。今、【湛】のみんなが祭壇にコクマーの短剣を収めたよ。――【流】も【湛】も全員無事」
「うん! なんにしても無事に終わってよかったね!」
ひりょが【迸】へ連絡を取っている横で、内から複雑な目を祭壇に向けるナインがなにか言い出さないうちにと、悠登が声を張る。
「うん、ほんとにそうだな」
LpC発射のダメージが抜けていない琳が、それでも笑顔で応えた。
その琳に肩を貸していた武之は神妙な顔で。
「それもこれも俺の24年分の働きが」
『紳士たる者、黙して語らずですわ』
カテリーナの言葉を受けたヴェントットの手で、そっと口を塞がれた。
その傍らにいたナガルがぐいっと背伸びして。
「あれは――」
彼女が指したのは、端から少しずつ赤に染まりゆく、月。
「皆既月食が始まったのですね」
思いを馳せるように深散がつぶやく。
皆既月食の進行に合わせて高まりゆく得体の知れないライヴスを感じ取ったレイは、その出所を五感で測り、そして探り当てた。
「祭壇、か」
【迸】メンバーは赤く染まりゆく月の下、砂に埋もれたケセドの祭壇を手で掘り出していた。
「従魔さんたち、シャベルとか持ってなかったんですねー」
とほほ。餅が眉を八の字に困らせて嘆く。
「砂漠と言えばサソリ……虫でも……」
食道楽心全開で砂を掘り続ける玉子。
「――そうか。こっちも今さっき愚神ぶっ倒して祭壇掘ってるとこだ。ああ、お互い無事でよかったぜ」
周太郎はひりょと通信しながら篝にうなずきかけた。
「よし! あとはこちらが終われば任務完了だな! 灰堂急げ!」
「承知いたしました。篝様」
腰に手を当て、高らかに言い放った篝へ慇懃に答え、焦一郎が掘削速度を上げた。
「やるな焦一郎! オレも負けねぇぜ!」
「我もやる」
それにあおられ、負けず嫌いの聖もまたスピードアップ。彼と共に作業していた影狼もついでにスピードアップ。
「かき出した砂はこちらによけますよ」
ハイテンションを抜けたアルヴィンは、仲間がかき出した砂を元の位置に崩さないよう運搬する役割だ。
「あ、指にあたったの、これ――」
捺美が砂をかきわける。
果たして現われたのは、複雑な文様に飾られた祭壇だ。
「ここにこいつを」
麟が台座上の砂を払い、I字型の穴へケセドの短剣を差し込んだ。
高まりゆく妖しのライヴス。
それを見やりながら菊次郎がつぶやいた。
「なにが起こるのか。なにが始まるのか。確かめさせてもらいましょうか」
「――そうですか。わかりました。こちらは何事もなく。はい。え? ああ、わかりました。鵜鬱鷹さんにはあとで井戸水をたらふく奢りますと伝えてください」
夕との通信を終えた悠は小さく息をつく。
彼は万が一のことを考え、ひとりネツァクの祭壇を防衛すべく残っていたのだ。
「結局なにもなかったじゃん」
『ああ、なにもない。大抵は“そういうもの”だ。だがな、万全の勝利というものは、そういうものにこそ備えねば手に入らんものなのだ』
はっはっは。偉そうに笑うラドヴァンには答えず、悠は脈動するネツァクの祭壇に目を向けた。
皆既月食の進行に合わせて着実にその脈動は速まり、不可思議なライヴスを場に吐き出し続けている。
「なにもないままじゃ、終わらないだろうけどな」
半ばまで赤に塗り替えられた月を見上げ、悠は静かにその手を握りしめた。