本部

【神月】連動シナリオ

【神月】天より堕ちる木偶(でく)の刃

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
11人 / 4~11人
英雄
11人 / 0~11人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2016/06/27 19:18

掲示板

オープニング


 このシナリオはグランドシナリオです。
 他のシナリオと重複してご参加頂けますが、グランドシナリオ同士の重複参加はご遠慮ください。


●遺跡の罠
 遺跡のなかは、乾いていた。
 人が住む地域から遠く離れた遺跡では、携帯の電波が届かない。あらゆる通信機器が、この場所ではダメになった。地元の人間がいうに、ここでは昔からあらゆる電子機器がおかしくなってしまうらしい。不吉な場所、と地元では噂される場所であった。
「これは、確かにシーカの文字です……」
 遺跡を撫でながら、エステルは呟く。
 砂漠で発見された遺跡のなかに、どんな言語でもない文字が発見された。その文字がエステルが持つ『書』に書かれたものと似通った文字であったために、解読役としてエステルが呼び出されたのであった。祭壇のある遺跡の壁に書かれた文字を、エステルは慎重に読み解いていく。
「解読には少し時間がかかりますので」
 HOPEに遺跡で発見された文字の解読を頼まれたとき、エステルは引き受けるかどうかを迷った。危険があるとは事前に説明は受けてし、断っても良いとも言われていた。それでもエステルは、行くと言った。HOPEに世話になっている身の上であるし、今まで守られてばかりだった。少しでも、役に立ちたい。
 エステルの周囲には、彼女の護衛役のリンカーたちもいた。それも彼女の背中を押した、要素の一つであった。
「エステル、共鳴するぞ」
 エステルの言葉を、アルメイヤは遮る。
 エステルが顔をあげたとき、HOPEのリンカーたちの全員が緊張していた。アルメイヤも緊張している。
「くっ……」
 アルメイヤが何故か、眉をひそめた。
 エステルは、はっとする。
「もしかして、ここでは共鳴できないのですか?」
 それは、この場にある祭壇のせいなのか。
 それとも、別の要因があるのか。
「エステルは下がっていろ……私が引き寄せる」
「アルメイヤ……」
 エステルは咄嗟に彼女の書に書かれていた文字の事を伝えたが、アルメイヤの後を追うことは出来なかった。



●展開されたドロップゾーン
 敵を引きつけ、エステルから距離を取るアルメイヤにエージェントたちは続いた。だが、神殿を飛び出し官舎街に入った途端、アルメイヤ達を追っていたはずの敵の姿が忽然と消えた。
「!?」
 驚くアルメイヤたちと、今、後にしたエステルたちの間にゆらりと墨色の陽炎が立つ。



 ────それは、引幕のようであった。
 さらさらと素早くエステルとアルメイヤを裂くように墨色の幕は左右に広がり、ぐるりとその場を囲んだ。揺らめく墨色を掻きわけてアルメイヤはエステルの元へ戻ろうとしたが、それは触れることも通り抜けることもできなかった。
 ばりん、と三味線の糸を弾いて切ったような音が響くと砂漠の砂が大きくはねた。官舎街の建物や壁は大きく砂をかぶり、それらを囲むように砂とどこからか現れた玉砂利が交互に波紋を描く、それはまるで枯山水のようで。
 その中心に迫り上がった岩と、ひとりの少女が居た。
 ぐるり、周りを囲む墨色の引幕。中にはエージェントとアルメイヤ、そして…………愚神・神無月。
「美しき月のよる」
 神無月が呟いた。その声に、エージェントたちは思わず空を見る。引幕は空まで届いては居なかった。そこには青い空と赤い満月────それがまるで、水滴を垂らしたように歪んで、空から覗く血走った目のように一行を睨みつけている。

 ────む、むむむ……。

 低い、しゃがれた老人のような声が聞こえた。
 エージェント達が触れられない、墨色の幕を持ち上げて、四人の巨大な武者の従魔が現れた。それは丁寧に作られた文楽人形の様で、それを操る糸は見えなかった。
 再び降りた幕の中でエージェント、アルメイヤ、そして神無月と四体の従魔が向かい合う。

「私は定めに従い巣を護る蜂。────戦いましょう、アルメイヤ」



●愚神・神無月(H.O.P.E.にて保管してあるデータより)
こちらのデータは先の依頼で遭遇したエージェントたちが持ち帰った大切な情報です。
くれぐれも大切にご活用ください。

愚神・神無月
ステータス:物攻A 物防B 魔攻C 魔防S 命中A 回避C 移動C 生命A 抵抗S INT C
特殊能力 :《斬星截天》《虚の鎧》《心空佩刀》《上天驟打》

・斬星截天(ザンセイセッテン)
肉眼で捉えるのはほぼ不可能。範囲は前方180度、射程はおよそ半径10m以内に限定。【衝撃】【後退】
・虚の鎧(ソラノヨロイ)
物防を補うバリアのようだ。攻撃を弾くバリアではなく、見えない革鎧に包まれているようにやんわりとダメージを軽減する。
・心空佩刀(シンクウハイトウ)
鋼の剣を産み出すスキル。ただし、使用すると体力が下がるようだ。
・上天驟打(ジョウテンシュウ)
複数の鋼の剣を呼び出して、敵を攻撃する。この剣を召還することでの体力の低下は無いようだ。





●はるかな昔

 ────空に赤い月が浮かんでいた。
 夜ではない。
 昼でもない。
 そこに居たのは射干玉の美しい黒髪を肩で揃えた着物姿の少女。黒目がちな瞳で真っ直ぐに前を見る。後に続くのは彼女と同じ着物姿で刀を構えた同志たち。
「我らは定めに従い巣を護る蜂────」
 少女は告げると、構えた刀を横に滑らせた。同時に背後に居た戦士たちが大きく広がりそれぞれの刃を月に翳す。
 きらきらり、突如出現した無数の刃が宙に浮かび、まるで甚雨の如く降り注ぐ。侵略者達の何体かは鋼に貫かれた。残った敵達は撤退しようと奔る。
 先頭の少女は着物の裾を翻して追う。彼女の同志たちもそれぞれ刀を振るい、そのたびに鋼の刃が敵を襲う。

 ────だが。

 気がつけば、少女は独りであった。けれども、同志たちの死屍累々を振り返りもせず、彼女は刃を振るう。一の太刀、二の太刀、三の太刀……攻めと守りと隙を狙った一撃はことごとく弾かれ、それでも少女はただ打ちこむ。大きく払われ、蜻蛉を切って再び刀を掲げれば無数の刃が敵を襲う。しかし、それは一振りで弾いて彼女の細い首に手を伸ばした。もがく身体が一瞬動きを止めて、それは少女と自分の身体を見比べた。彼女の手から生み出された輝く刃がそれの身体を貫いていた。

 それはわらった。か弱き抵抗に。そして、同時に敬意を表した。身体に撃ち込まれた刃を抜いて闇の中へと放り出す。

 音。

 ぽきりと折れた小さな首ががくがくと揺れ、敵と同志の血に染まった赤い着物を着た少女の目が大きく開かれる。黒目がちであったその瞳の白い部分をうぞうぞと這い回る黒い影。

「歓迎するよ、新たなきみ」

 静かに地面に降り立った少女は、刀の血糊を払って懐を探り何も無かったのか足元に無数に転がる躯で刀身をぬぐった────。



「あれからどれくらい経ったのかな」
 影は笑う。
 あの子が自らこの世界に加勢に来たのは、きっとこの日の為だろう。
 ────さあ、開け、月の門よ。

解説

目的:神無月の撃破、もしくはアルメイヤを生かしたままドロップゾーンからの脱出
※このシナリオでは、条件を満たさない限り英雄と共鳴できません。

ステージ:外界から遮断され、玉砂利の敷かれた砂漠の官舎街(遺跡)。
神無月にダメージを与えない限り、上空含め脱出は不可能。
玉砂利の音に文楽武者は反応
砂を被った官舎街の建物(背の低いレンガ造り)、壁で姿を隠すことはできる

敵:
愚神・神無月:トリブヌス級
倒せるかは、立ち回り次第だが非常に難しい。
序盤は様子見、その後、アルメイヤへと襲い掛かる。
ある程度ダメージを負わせる、もしくは神無月の目的を達した場合撤退する。

従魔・文楽武者4×体(デクリオ級)
全長5mの巨大な細長い人形のような武者。前回より完成された強敵。
音に反応し、特に玉砂利の音のある方を攻撃する。また、5sq内の玉砂利の音で一度だけ鋭い刃を周囲(5sq)に突き刺す。

NPC:アルメイヤ
このドロップゾーンの中では唯一人、何故か共鳴せずに共鳴後の能力を使うことができる。
開始と同時にエステルの言葉をエージェントたちに伝える。
「リンカーと英雄の二人同時に敵を攻撃してくれ! ……それしか、二つの心が一つであると証明する手段はないはずなんだ!」

PC:最初は共鳴できない状態だが、なぜかここでは二人同時に敵を攻撃するとダメージを与えることが可能。
共鳴の度合いが高まるにつれ与えるダメージが増え、最後に共鳴できる。
主にリンクレート+(行動内容補正※)順
※能力者と英雄の絆を感じられるRP
プレイングに、誓約に沿った掛け合いや絆の感じられる熱いRPの記載をお願い致します。

OP、はるかな昔はPL情報です。

リプレイ

●絆を見せよ
 ────戦いましょう、アルメイヤ。
 引幕に囲われた舞台を模したドロップゾーン中、初めて会うはずの愚神・神無月に名指しされたアルメイヤは戸惑っていた。
 だが、神無月が望む通り────今、ここでは、エステルと共鳴しないと使えないはずの『力』が、なぜか自分の身体に満ちているのを感じる。
 ────今ならば……。
 しかし、視界に入った武者姿の従魔たちの姿にすぐに我に返る。
 アルメイヤとエステルを心配し、未熟だった自分たちを支えようとしてくれたH.O.P.E.のエージェントたち。アルメイヤを追ってここの場に居るエージェントたちがいる。
 彼らは今、『自分と違って』、共鳴できない。現れた強力な愚神と従魔に対抗する手段を持たない。
 別れ際のエステルの言葉を思い出し、アルメイヤはエージェント達に叫んだ。
「リンカーと英雄の二人同時に敵を攻撃してくれ! ……それしか、二つの心が一つであると証明する手段はないはずなんだ!」


「絆……絆ねぇ…………」
 アルメイヤの叫びにツラナミ(aa1426)は呟いた。38(aa1426hero001)が彼を見上げる。
「……示す必要なんて、あるの」
「さあな」
 答えて、ツラナミはサヤの視線に気づく。
「……ああ、はいはい。気にするな」
 ふたりは藍色のぐい呑みの形をしたペンダントトップ────彼らの幻想蝶に触れた。もちろん、今は共鳴は起こらない。
「いつも通りやればいい……仕事を片づける。他者のためのモノ。何があろうとそれが『俺達』だ」
 ふたりの指先がペンダントトップから離れた。彼らの視線はすでに標的────愚神と従魔に向けられている。
「いつも通り、やれ」
「……ん。ありがとう」
 小銃とライヴスガンセイバー。ふたりは得物を持つと別々の建物の陰へと姿を消した。


 氷室 詩乃(aa3403hero001)が白鳳の羽扇を構えた柳生 楓(aa3403)に声をかける。
「楓、いける?」
「勿論です。ここには仲間もいますし……何より、詩乃。貴方と一緒ですから」
 楓の返答に詩乃がほんの僅かに笑みを浮かべた。
「そっか……ならさっさとこんな三文芝居を終わらせて」
「いつもの日常へ帰りましょう」
 そして、自分たちを見ている神無月を強い瞳で見返した。
「ここで、誰一人も物語を終わらせなんてしません」
「ボクらの物語は、まだ紡いでる途中だからね」
 詩乃も神無月を見つめた。
「それでも、貴方が終わらせようとするのなら」
「そのときは」
 ふたりが同時に言った。
「私らが守り抜きます!」
「ボクらが守り抜くよ!」
 ────岩の上で神無月がわらった気がしたのは気のせいだろうか。


 ────エステルさんは大丈夫。私達はアルメイヤさんの方へ向かいましょう!
 月鏡 由利菜(aa0873)は、そう言って英雄のリーヴスラシル(aa0873hero001)と共にアルメイヤを追った。だが、唐突に展開されたドロップゾーンと目の前に現れた着物姿の少女に目を見開く。
 それが先の大規模でエージェント達を襲った強力なトリブヌス級の愚神であることは彼女たちにもすぐにわかった。次いで現れる文楽人形の武士を模した従魔たちも……神無月関連の報告書で読んだ記憶があった。
 なぜ今────。
 共鳴できない状態で会うにはあまりにも最悪な相手だった。
 敵から目を離さず、けれども、由利菜の指先が隣のラシルの手をそっと手を握った。
「……一人で戦うのは怖いか?」
 リーヴスラシルの言葉に、由利菜は頷いた。
「……怖いです。今でも死の恐怖を克服できていない。でも……」
 言葉を濁した由利菜の手をリーヴスラシルが強く握り返した。
「私が側にいれば、大丈夫だな?」
 覚悟を決めた由利菜もその手に力を込めた。
「はい。……ラシルと共に在ること、それが私の望み……!」
 翼状の鍔と蒼黒の刀身を持つシュヴェルトライテ。白銀騎士の誇りをあらわすその剣を手に由利菜は前を向いた。両刃の直剣レーヴァテインを持ったリーヴスラシルは、もう一度由利菜へ笑いかけるとその手を離した。けれども、もう由利菜には不安はない。共鳴後のようにリーヴスラシルの存在を強く感じ、由利菜の不安にざわついていた心が落ち着いてゆく。
 ────二人なら恐れることはない。
 ふたりは互いに剣と盾をそれぞれ構えた。
 リーヴスラシルが激しく玉砂利を蹴りあげるように走る。それは、従魔の注意を自分へと向けるため。
「陛下……見ていて下さい。私はこの地で仕える姫を守る騎士として戦います!」
 文楽武者から射出された刃がリーヴスラシルと由利菜を襲うが、共鳴できないとは言え、修練を積んだブレイブナイトの二人はそれを盾と剣で振り払った。
「H.O.P.E.の人達が、私の活動を故郷へ伝えてくれる……」
 脳裏に浮かぶ両親の姿。由利菜は剣を握り直し、従魔に向ける。
「みっともない姿はできません!」
 同時に、リーヴスラシルが振りかぶった従魔の剣先を潜って一撃を放った。
 ふたつの剣が同時に従魔の腹を貫き、その声がひとつになった。
「────我ら、宿命の英霊を導く姫騎士とならん!」
 青い髪の女騎士の姿が光となり、その光が由利菜を護るように包み込む。


「一緒に攻撃?」
 いつものチョコバーをがりがりと齧りながら、今宮 真琴(aa0573)はアルメイヤの言葉を反復した。奈良 ハル(aa0573hero001)が慣れた簡素な形状の焦茶色の弓を構える。
「いつもやっている事じゃな」
 ハルに倣って真琴はスナイパーライフルで従魔を狙う。
「スナイパーは────」
「冷静に、じゃ」
「うん、隊の皆はいないけど……!」
 にっとハルの唇の端が上がり、その顔に艶やかな笑みを咲かせる。
「魅せようか────大鴉の狙撃手」
 声と────矢と弾が走る音が重なる。
「いざ、参る!!」
 文楽武者の身体を同時に矢と弾、それらが射程範囲ぎりぎりの距離の従魔へ放つ。文楽武者は自分を狙うジャックポットに気付いて身体を捻ってこちらを目指す。敵の反応から、いつもの手ごたえは感じられないが……。
「────ハルちゃん……!」
「真琴、これは」
 ────だんだん、段々暖かくなってくる……!
「いけるか……」
 互いに目線を相手に一瞬合わせると、同時に揃いで着けている銀の腕輪をひと撫でした。
 しゃらん、と音が鳴った。
「ハルちゃんいくよっ!」
「────舐めた真似してくれたな!!」
 幻想蝶から紙吹雪が舞って、ハルの姿が掻き消える。
「……憑霊、紅狐、陰陽型!!」
 白虎耳を、長い赤毛を揺らし、濡れ羽色の和装を身に纏った真琴がハルの持っていたフェイルノートを手に取った。


 対峙していた文楽武者がのけ反った。氷月(aa3661)とシアン(aa3661hero001)、迫間 央(aa1445)マイヤ サーア(aa1445hero001)が振り返ると、後ろで弓を構え共鳴した真琴が立って居た。
 目の前で共鳴を果たした仲間を見て、少し距離を取って16式60mm携行型速射砲を構えた氷月は自分のパートナーに声をかける。
「シアン、私の援護に合わせて」
「ふふっ、いつも通りの同時攻撃ですのね?」
 15式自動歩槍を構えたシアンは黒い天使の翼をぱたぱたと動かして嬉しそうに笑う。
 氷月の視線は彼らの前で戦う恋人の迫間を見つめた。共鳴を高めつつ、前で戦う彼を助ける。

 迫間は淡い光の筋を描く弧月をはしらせ、英雄のマイヤが煌びやかなティルヴィングの魔剣を振う。しかし、共鳴前の攻撃はいつもより明らかにダメージを与えられない。ただ、それは同時に剣をあてる美しい舞のようではあった。
「……同時攻撃ね。ジェミニストライクの要領で行くわよ」
「普段は思考を共有してるんだ、マイヤとならやれる」
 しかし、中々共鳴できない焦りを迫間は感じていた。今は静観しているトリブヌス級愚神も、いつかは動き出すはずだ。それに、後方には恋人の氷月が居る。
 彼らの誓約、それは『マイヤを一人にしない』。恋人ができた迫間とマイヤにその誓約を守り続けるのは簡単なことではない。
 迫間にタイミングを合わせて剣を振いながらもマイヤも中々集中できなかった。
 そして、装備によってできるだけ足音を殺して玉砂利の上で戦っていた迫間だが、マイヤの足音まで消すことは叶わなかった。移動したマイヤの足元で、踏みつけた玉砂利が大きな音を鳴らす。
 途端、従魔は動きを止め、身体から刃を噴出させた。
「央……っ」
 襲われたマイヤを庇った迫間はその刃を身体に受けた。その迫間を守るように氷月たちの援護射撃が従魔の動きを制する。
「────大丈夫か、マイヤ」
 耳慣れた迫間の声にマイヤははっとした。
 ────央には護るべき人ができた。けれど、央の側から誓約が薄れてしまう事はなかった。氷月も私の存在を許してくれた。なら、これからも私達の誓約が崩れてしまう事は……ない。
「……央」
 迫間の腕の下でマイヤは綺麗に笑った。
「私とあの娘の二人分、貴方に委ねる……」
「ああ、氷月は護る! マイヤとの約束も守る! ────『両方』やらなくちゃならないのが『兼業』の辛いところだ」
 同じく笑った迫間は武器を構えて立ち上がる。
「行くぞ……俺の覚悟は既に完了している……!」
 伸ばした迫間の指先で、マイヤの姿が眩いライヴスの蝶に変わった。

「────氷月」
 シアンの声に氷月は頷く。
「分かってる……シアン」
 視線の先、英雄を守って傷ついた恋人の姿に過去の景色が重なる。
 ────研究所の一室。研究員たちの遺体が転がる血塗れの部屋。その奥に居た、身体の一部が機械であることと名前しか解らなかった自分。そして、『氷月(ひづき)』のコードネームを与えて助けてくれたあのひと。それから、復讐すべき『人』。
「皆を傷つけたその悪に」
 シアンが囁く。
「大切な人を攻撃したその悪に」
 氷月が応える。
 ふたりが結んだ誓約。
「『悪の削除を実行する』…………無傷で帰れると思わない事ね?」
 シアンが消え、氷月の代わりに人格『ジーヴル』が共鳴した肉体を支配する。


 月影 飛翔(aa0224)は従魔の姿を確認すると、装着したグローブ型の武器を確認した。
「この状態で神無月か、やるしかないな」
「申し訳ありません、こんな時こそ私が力を与える必要があるのに」
 英雄であるルビナス フローリア(aa0224hero001)の返答に、飛翔はメイド服姿のパートナーの額を指で軽く弾いた。
「力は貸したり、与えたりするものじゃない。力は合わせるものだ」
 ルビナスの顔にいつもの覇気が戻っていくのを確認して、飛翔は続けた。
「だから一緒に行くぞ、絶対あいつらをぶちのめす」
「……畏まりました!」
 飛翔はわざと玉砂利を押し付けるように踏みつけ、音を鳴らす。近くの従魔の身体から鋭い刃が襲い掛かって来る。慌てて後ろに下がったが、刃がその身体を浅く裂いた。
「報告書と違うな────。あの従魔の完成形なのか?」
 玉砂利の音に反応した文楽武者が自分たちの方を見たことを確認すると、おびき寄せるように飛翔とルビナスは近くの建物へ駆け込んだ。
 入り口から外を覗きながら、秘薬を口に流し込む。その空き瓶を外の玉砂利目がけて放り投げる。従魔は瓶が玉砂利に落ちる前にそれを剣で弾いた。その瞬間を狙って、飛翔は文楽武者の脇をすり抜け、身体を捻って下からの一撃をその巨体の膝裏へ。ルビナスはスピードを乗せたメイスの攻撃を膝へと叩き込んだ。膝の両側からの攻撃に、従魔はバランスを崩し、玉砂利を弾き飛ばしながら尻餅をついた。
 与えらえるダメージは少ない、けれども。
 遺跡となった建物内には目ぼしい物は無かったので、地面の玉砂利を掴み、音に敏感な従魔へ攪乱を目指す。位置を入れ替えながら、ふたりはなるべく同じ場所を狙った攻撃を繰り返す。
 それに対し、文楽武者も剣の一撃を差し込んでくる。
 ダメージを与え受けながら攻撃を繰り返す。ふたりは徐々にその一撃に力が加わっていることを感じていた。
「立ち塞がるのなら……」
「────叩き潰して進ませて貰います」
 ルビナスのメイスが叩き込まれ、ついに後退した従魔と飛翔、ルビナスの間に幻想蝶の光が舞い始める。飛翔の瞳が金に輝いた。


 赤谷 鴇(aa1578)の弓が従魔を射る。それに合わせて英雄のアイザック ベルシュタイン(aa1578hero001)が斬撃を放つ。
 強力な愚神を前に鴇の瞳が揺れる。
 ────彼の家族を、『兄弟』を奪った愚神。
「僕の家族はもう居ない」
 漏らした鴇の言葉。斬撃を繰り返すアイザックには聞こえないはずの距離だったが、彼も同じように呟いた。
「家族なんて物は死んだ」
「見捨てたからね」
 アイザックの言葉が聞こえるはずのない距離で鴇がまた呟く。
「殺したからな」とアイザック。
 矢を玉砂利に当てて弾けさせると、従魔は刃を放出した。避けきれなかった刃がふたりを肌を浅く削る。
「本当の帰る場所はもう無いし」
「俺の帰る場所は無くなった」
 アイザックの剣が弓に気を取られた従魔の脇腹を薙ぐ。
「何もかも奪られたから」
「追い出されたからな────俺の居場所は俺を捨てた」
 共鳴しておらず距離も離れているのに、なぜか共鳴したかのようにふたりは互いの存在を感じた。
「俺の居場所は、鴇の居場所は消えてった」
 そう呟いたのは鴇か────それとも、彼の中に潜む、彼の兄を名乗る『昴』か。
 アイザックは大きく剣を振りかぶった。
「……だから新しい居場所をここで手に入れるんだ。もう二度と追い出されない場所を────その為には死ねないだろ?」
「だから居場所を作らないと。あいつが手に入れるはずだった居場所を────死んだら俺たちの場所が無くなるだろ?」
 アイザックと黒い瞳の少年は言った。
 彼らを結び、縛る、誓いの絆────。
「だから何もかも諦めないのさ。自分が生き続けること、欲しい物を手に入れる事を諦める気は無い! それが『制約』だからな!」


 エージェント達が次々に共鳴して行く姿をナラカ(aa0098hero001)は好ましく見守っていた。
 とはいえ、相手はトリブヌス級愚神、そうのんびりしてもいられない。
 文楽武者に剣を叩き込みながら、八朔 カゲリ(aa0098)は自分の英雄をちらりと見た。その視線を受けて、ラジエルの書で攻撃していたナラカは小さく笑う。
 ────誓約により自らの魂を一体化させたとは言え、ナラカと彼女が覚者と呼ぶ能力者の絆は常人には理解し難いものであった。
 ────それは一方通行、覚者が歩む道を神威が光で照らす物が故に。
 汝が輝きを私に示せと、焼き尽くさんばかりに降り注ぐ光<期待>。
 而して期待するなら好きにしろと、光に屈さず己を貫く姿<意志>。
 然しそれは独り善がりを意味しない。
 共に相手ならばと信ずるが為であり、故にこそ一方通行の態を成しながら双方向として成立する。
 それは円環を成して青天井に燃え上がる絆の姿────。
 共鳴はしないものの、攻撃する度に高まるふたりのライヴスにナラカは満足そうに言った。
「良いぞ、素晴らしい。故にもっとだ、もっと私を魅せてくれ。それが叶うならば良かろう、力など幾等でもくれてやる」
「――期待するなら勝手にしろ、俺は俺を貫くのみだ。それをして言祝ぐならば、お前の力を俺に寄越せ。見たいと言うなら、好きなだけ見ているが良い」
 カゲリの言葉にナラカは鷹揚に頷く。
 ────互いを信じて斟酌しないものであればこそ、その熱は何よりも強い。
 幻想蝶とともにナラカの力がカゲリへと与えられる。


「神無月か……こうして立ち会うのは初めてね。相手にとって不足はないわ」
「由香里ぃ~。なんで共鳴できないのじゃ~? わらわ肉体労働は苦手なんじゃが~」
 英雄である飯綱比売命(aa1855hero001)の手に橘 由香里(aa1855)はてきぱきと弓を持たせた。
「泣きいわない! はい、これもって!私と動きを合わせるのよ!」
 雷上動とショートボウ。だいぶ能力に差があるが、どうせ共鳴するまでは大したダメージは与えられないのだ。
 安全を考えて多くの仲間が遠距離からの攻撃を選んでいたため、由香里も遠くから飯綱比売命とともに呼吸を合わせて矢を射る。秘薬を飲んで共鳴率を上げ、できるだけ関節部を狙って射込んでいく。
 ────飯綱比売命は唸った。
「ん~。お主もまだまだじゃのう。そのように未熟ではわらわも中々隠居できぬぞ」
「う、うるさいわね!」
 矢はパラパラと飛び、なかなか同時に当たらない。他のリンカーたちが次々と共鳴している中、由香里は焦りを覚えた。
「────えっ?」
「ふむ、ちょっと焦り過ぎじゃろうか?」
 突然、飯綱比売命が横に置いていた薙刀を掴み、振り上げた。
 彼女たちが狙っていた従魔とは別の文楽武者の刀がそれと打ち合う。二度、激しく振り上げられた従魔の刀。
 だが、激しい玉砂利の音がして、文楽武者はそちらに身体を向けた。
「あまり、足を引っ張らないよう気を付けぬとな」
「…………っ」
「お主はいつも通り動けばいい────それとも、怖くて震えておるのじゃろうか?」
「そんなわけないでしょ!」
 にんまりと笑った飯綱比売命を無視して、由香里は矢を番える。慌てて薙刀から弓へと持ち替えた飯綱比売命も標的を従魔に合わせ────二本の矢は同時に文楽武士の足の付け根に命中した。


 由香里たちから引きはがした文楽武者に追われながら、ノエル メイフィールド(aa0584hero001)の振るう槍に合わせヴァイオレット ケンドリック(aa0584)は銃構え、弾丸を発射する。
 冷静さを心がけながら仲間の支援をするヴァイオレットを見て、ノエルは更に楽しそうに戦う。
 ノエルが楽しそうに戦うのは、ヴァイオレットや仲間たちの不安を払うため、そして────。
「記憶喪失のおぬしと交わした誓約は、果たすことができそうじゃ」
 英雄の言葉にヴァイオレットは怪訝な顔をした。
 二人が最初に結んだ誓約は生きるためのもの漠然としたものだった。しかし、ある依頼でヴァイオレットが記憶喪失になった時に付け加えたものがる。「本来の自分を受け入れ、生きる目的を見出すまで導いて欲しい」という誓約。ノエルは常々それを叶えたいと思っているようだった
「それは……どういう────」。
 引幕の形をしたドロップゾーンの壁が揺れる。現れた従魔たちを見てヴァイオレットたちは互いの得物を確認した。
「こんな、舞台は早く終いにせねばな」
 返答は聞けなかった。ノエルの言葉と同時に幻想蝶が舞い、彼女の姿はヴァイオレットの中へと溶けていった。


 建物の陰に隠れ、玉砂利などを投げ音を立て敵の意識を分散させながら、ツラナミはサヤと銃撃を合わせる。
 イギリスのドロップゾーンで吊り下げられた彫りかけの文楽武者。あれと比べて随分立派になった人形たちは、しかし、未完成なあれと同じく音に敏感だった。ただ、視界は少しは効くようでもあった。
「……完成形、ってやつか」
 同時に『御神体』と呼ばれたアレから取り出したであろう刀を振るう神無月をどこか苦々しく思い────いや、『仕事』は成功したのだ。余計なことは考えるべきではないと、また場所を変えて銃を撃つ。
 何度目かの銃撃で、サヤが物陰から飛び出した。ツラナミは頷くとサヤへ向かう従魔の背を狙う。
 銃声。
 文楽武者の刀がサヤの頭蓋に叩き込まれるより前に二発の銃声が同時に従魔を貫き、サヤの姿は従魔の前から掻き消えた。
「……ったく、めんどくせえ」
 共鳴したツラナミは、愛用の片刃の曲刀を引き抜いた。
 ────ツラナミ。
「行くぞ、サヤ」


 共鳴したリンカーたちによって次々と従魔が倒されて行くなか、神無月はじっとアルメイヤを見つめていた。愚神の視線を受けたアルメイヤは動くことができない。
 そんな、アルメイヤの腕を引く者がいた。
「アルメイヤさん、だいじょうぶですか?」
 エステルの居ないアルメイヤを心配した楓だった。共鳴を果たした彼女は、神無月に名指しされたアルメイヤを守るべく、彼女の元へやって来たのだ。しかし、我に返ったアルメイヤは首を振る。
「心配はいらない。私は力を使うことが出来るようだ」
 その言葉に楓は微かに眉をひそめた。
「────アルメイヤさん」
 楓はH.O.P.E.の資料で見た『ライヴスを食った』という神無月の刀の危険性を話す。
「お願いします、一人で立ち向かわないでください。そして、神無月の言葉に耳を貸さないでください」
 そう告げると楓は秘薬を飲み、リンクコントロールを使って自分と英雄の絆の力を高めた。
 『ライヴス』を食らう刀ならば、英雄たちが危ないと判断した楓は、英雄を────特に名指しされたアルメイヤを守り抜こうと決意していた。


 そして、最後の従魔が倒れ、神無月が動いた。



●神無月
 即座にヴァイオレットがライヴスフィールドを神無月に放ったが、効果は無かった。
 カゲリが放ったライヴスショットが神無月の進行を阻む。
 《虚の鎧》のせいか、神無月は背後を取られることをあまり気にしないようだった。
 エージェントたちは、前方に向かって発動する《斬星截天》を警戒しているのもあって、常に神無月の視界の外からの攻撃を狙っていた。
 それを可能にしたのは、アルメイヤたちと由利菜、由香里の存在だった。

 共鳴した由香里は秘薬を飲んで絆の力を高め、自分と仲間たちにリジェネーションやパワードーピングのスキルを使う。
 ────お主……。
 何かに気付いた飯綱比売命の由香里を気遣うような様子に、彼女はさも当然よという風に応える。
「注意が前方に向いていないと気取られる恐れもあるの。どの道、囮は必要よ」
 神無月はアルメイヤを目指して移動する。それに対し、アルメイヤの元には楓を始めとして、真琴、ヴァイオレットが付いていたし、その進路上で由利菜が常に剣を振っている。
「私たち、絆の力は強いのよね。心配するほどのことではないわ」
 そう言った由香里の頬に、汗が浮かぶ。
 他の仲間たちが神無月が撤退する程度にダメージを与えるまで耐えればいいのだ。
「ふふっ。本領発揮といったところね。今までの鬱憤。晴らさせて貰いましょうか!」
 仲間の誰よりも前に立つことを選び、ミラージュシールドを掲げた由香里へ。
 自分が前衛になることにより、敵の目を自分に集め、前方向にしか撃てない《斬星截天》のダメージを受ける仲間を一人でも減らすつもりなのだ。
 そんな由香里を飯綱比売命のライヴスが暖かく包んだ気がした。
「────もちろん、頑張るわ」


「この玉砂利全部がライヴス絞り滓? 無駄の多いこって。それとも記念品? 邪魔なんだけど?」
 斬撃を繰り返しながら『昴』がうそぶく。
 神無月は言葉には反応せず、たただ刃で彼の攻撃をいなす。代わりに飛翔が険しい表情を浮かべた。

 側面から狙ったツラナミの銃撃を神無月が弾こうとした。けれども、動きが遅れ、それは刀を持った神無月の腕を撃った。しかし、確実に当たったはずのそれは神無月の腕を浅く傷つけただけだった。
 ────虚の鎧。見えないライヴスの鎧。神無月が攻撃されてもゆるりと動く理由である。
 だが、四度目の戦いであるツラナミはその弱点も知っていた。あれは、何度も同じ場所を狙えば少しずつ破ることが出来る────。
 願わくば────神無月の持つ因縁ある刀の奪取を狙い、ツラナミは攻撃を繰り返す。

 長く伸びた髪をなびかせ、カゲリのラジエルの書が神無月を攻撃する。
 身体のあちこちを削るその攻撃を無視しながら、神無月は刀を横に滑らせた。
 空に刃の輝きが見えた瞬間、鴇は手近な建物へと身を隠し、何人かのエージェントは空へと盾を構えた。
 《上天驟打》。
 呼び出された無数の刀が空からエージェント目がけて堕ち、目的の肉を裂く。盾ですらすべて防ぐことはできなかったが、それでもましというものだ。殺意の驟雨に彼らは痛みを噛み殺し耐える。
 そして、躊躇うことなく、《斬星截天》を繰り出す。従魔が消えた今、神無月は気にする仲間も居ない。
 飛翔は吹き飛ばされた位置から無理やり身を起して、神無月の距離を詰める。疾風怒濤を繰り出すが、当たるものの《虚の鎧》のせいで今一つ効果が感じられない。
 ダメージが蓄積し、三人のバトルメディックたちの回復力にも限りがある。もうすでに回復効果のあるアイテムを使用する仲間も出て来た。

 迫間は氷月を守りながら神無月の攻撃をどうするべきか考えていた。
 氷月は頼りになる仲間でもあるが、同時に不安定な共鳴状態でもある。
 ジェミニストライクの使用を考えたが、ジェミニストライクの幻が現れるのは攻撃をする短い間だけ、それでは氷月を守り切れない。
 しかし、一瞬揺れた迫間の思いを察したかのように氷月はその銃撃によって自らを一人のエージェントであることを示してみせた。氷月の弾丸は他と同じく神無月を貫きはしなかったが────。
「氷月、近接用の共鳴は使うな。まだアレは安定していない」
 迫間の言葉に氷月は頷き、アルメイヤの近くで再び銃を構える。
 それを確認して、迫間は銃撃主体の氷月たちの元へ神無月が行けぬよう、位置取りをしながらハングドマン等を試しつつ、神無月の行動を阻害を試みる。けれども、ハングドマンなどはあっさりと躱され、代わりに繰り出される《斬星截天》がエージェント達の体力を奪っていく。
「アレ相手に長期戦は些か分が悪いか……ワンチャンスで決定打を打つには……」
 効果的なダメージが与えられない。血を滴らせた迫間が絶望的な想いで考える。すぐそばで剣を構えた由利菜が神無月の隙を伺う。
「華さんが持っていたという銅剣……あれもオーパーツの一種?」
 ────……可能性は高い。カンナヅキは刀で私達やアルメイヤ殿のライヴスを奪い、その力で『門』に干渉するつもりなのか。
「アンゼルムの時の様に、奪われた刀や虚の鎧を破らなければ……」
  恐らく英雄との会話なのだろう。だが、その由利菜の呟きに迫間ははっとした。由利菜を呼ぶ。
 迫間の持つスキル『霊奪』────それならば、敵のスキルを奪うことができる。潜伏で神無月の隙を突き、『霊奪』で彼女のスキル、《虚の鎧》を奪い取れば、もしくは。
 由利菜は頷き、ライヴス通信機で仲間たちにそれを伝えた。



●虚の鎧(ソラノヨロイ)
 ドレッドノートたちの攻撃が神無月に繰り出される。それを弾いて、ふたたび刀を振るう神無月。遠くからの攻撃、けれども、バラバラのそれらの攻撃では《虚の鎧》は破れない。
 返す神無月はその一撃一撃が重い。攻撃を弾かれさばかれ、そしてまとめて吹き飛ばされる。大した傷を受けない神無月に比べてエージェントたちはぼろぼろだった。特に一番前線で戦い続けた由利菜は深い傷を負い、やむなく後退した。
「────?」
 刀を構え、それを振り下ろそうとした愚神の少女が動きを止めた。振り返り、何者かが自分を刺していることに気付く。
 気配を消し忍び寄った迫間の一撃だった。
 紅い着物の少女は光の無い瞳で迫間を見た。
 迫間は、その剣を更に押し込もうとした。
 ごろり、愚神の黒目が動いて艶の無い闇に迫間が映る…………。紅い小さな唇がぐぐっと、ゆっくり、吊り上げられ弧を描く。

 わらった。

 その笑みに込められた意味。迫間の背筋にゾクゾクとした寒気が走り、彼は気付いた。
 ────『霊奪』は失敗したのだ。
 神無月の魔法に対する耐性はかなり高い。それは、今まで戦ってきたエージェントたちの報告されていたことだった。そして、霊奪は魔法に近い性質を持っていた。
 止まったような時の中、彼の頭は即座に次の手を考えめまぐるしく思考を重ねた。自分の位置、仲間の位置────そして、守ると誓った氷月の居場所。
 少女の細腕とは思えない力で振り払われた迫間は玉砂利を弾き飛ばしながらも、なんとか着地に成功した。
 強引に引き抜かれた孤月と愚神を結ぶ赤い血の糸がふつりと切れた。
 前方に集まった仲間たち、氷月とエージェントたちが居る場所に向かって神無月が撃つのは恐らく《斬星截天》。仲間と迫間と、氷月を吹き飛ばすために。

 ────守らなくては……。

「虚空に心を沈め、過ちを悔い改めよ……!」
 金色の髪をなびかせた由利菜が神無月へライヴスリッパーで刀ごと神無月打ちかかった。共鳴を上げた由利菜の一撃。それは虚の鎧に阻まれたものの、神無月は激しい動揺を見せ、大きく後ろへと下がって由利菜から距離を取った。
「まだ……まだやれる……!」
 ────真琴……。
 弓を構えた真琴が立ち上がった。ハルが相棒を案じる。けれど、彼女は立ち上がって叫んだ。
「こんなところで……こんなところで負けてられるかっ! アンゼルムはもっと熾烈だった! 幻月はもっと悪辣だった……! ヴォジャックはもっとめんどくさかった!」
 ────え、めんど……?
 真琴の叫びに、一瞬、共鳴状態のハルが思わず聞き返す。それを無視して真琴は叫んだ。
「お前には何も感じないんだ! 神無月!!」
 真琴の周りにライヴスの紙のような光が舞い、それが鏃へと纏わっていく────。
「急急如律令……喰らえ……! 鏡華……!」
 放たれた矢はふっと掻き消え、突然、神無月の眼前へと現れた。
 だが、それも。真琴の矢は激しく愚神の瞳に突き刺さったように見えた。恐らく、他の者だったらそれだけで倒れていただろう。だが、一見、眼球に刺さったそれを神無月は無造作に引き抜いた。虚の鎧の守りがあっても、それでも、真琴の矢が刺さった片目から赤い血が涙のようにじんわりと流れた。
 抜いた矢を神無月は放ろうとした。
「────まだ動くんじゃねえよ……ゆっくり死んでいけ。ゆっくりとな」
 はっ、と振り向いた神無月の、赤い涙が流れる目を、ツラナミの猫騙しが炸裂した。思わず動きを止めた神無月。ツラナミはその手から刀を奪い取った。
「定めに従い巣を護る蜂、ね。そこに自分の意思はなく命令に従うだけってことか。こんな意思のない攻撃で沈むわけにはいかないんだよ」
 言葉と共に飛翔が、鴇が、合わせて一気呵成と追撃を叩き込み、神無月は思ったより小さな体を砂利の上に投げ出した。
 ふたりが神無月の身体から離れると同時に畳みかけるように、カゲリのラジエルの書が氷月が銃撃が畳みかけるように神無月を襲う。
 弾け飛んだ玉砂利の欠片が生み出した土埃を払って神無月が立ち上がる。…………立ち上がった少女の着物は汚れ、破れ、身体から流れた新たな血が朱色の着物を所々小さく赤黒く染めていた。
 大きな黒目をぎらりとさせてその手が舞のように払われると、ツラナミの手の中で神無月から奪った刀が砕け散る。
「…………っ」
 舌打ちしたツラナミの目の前で、神無月はそっくりの剣を産み出した────。
 《心空佩刀》。輝く刃を持った刀を見て、封じられたあの刃はもう、神無月の一部なのだとツラナミは理解した。
 音も無く刀だけを素早く振るう《斬星截天》が繰り出される。生み出された力と衝撃にエージェント達は吹き飛ばされた。

「くっ……冷静を装えない……。愚神相手に一撃も当てられず、ろくな策もなく」
 ────次に活かせば、ええじゃろ……。ラテンの血がうずくのじゃろ。
 傷ついて、悔し涙を浮かべるヴァイオレットにノエルが囁く。
 次が、あれば…………。
 愚神は、刀をエージェント達に向け静かに佇む。



●アルメイヤと神無月
 闇色の瞳がまっすぐにアルメイヤを映していた。
「アルメイヤ。定めに従い、あなたは私と戦わなくてはいけない」
 紅い着物の少女が刀を横に滑らせると、その頭上にいくつもの光が現れた。
 やけに不安を煽られる白銀の光────それは研ぎ澄まされた刃。美しい無数の刀であった。空中に現れたそれがアルメイヤに切っ先を向ける。

「────アルメイヤさん!?」
 異常を感じて叫んだ楓の声は届かなかった。
 ずっと楓の後ろで守られていたアルメイヤだったが、まるで引き寄せられるかのように、一歩前へと踏み出した。
 アルメイヤの紅い瞳に映るのは神無月とその刀の光。
 アルメイヤの頭上に煌めく光が現れた。銀色に光る雨が空に留まったかのような幻想的で美しい────美しい、無数の剣。それが神無月に向けられる。

「さだめに、従え、剣のものよ」
 神無月はにやりと笑った。それは、愚かな神となった戦士の悦び。
 纏う色の違う無数の刃が薄暗い引幕の中、やけに青い空の光を浴びて輝く。真上に浮かぶ血走った目のような赤い月が一部始終見逃すまいと、息をひそめてぎょろりとふたりを睨みつけている。

 ────駄目です! アルメイヤさん!!

 理由はわからない。ただ、これは危険な事態であると楓の中の何かが激しく警鐘を鳴らしている。

「やめてください、アルメイヤさん! あなたがすべきことは戦うことですか? エステルさんを守ることではないのですか!?」

 叫んだ楓はアルメイヤの前に、神無月の前へと立ち塞がる。
「神無月! 貴方の刃は! 誰一人にも届かせません!」
 楓の叫びに、アルメイヤははっと息を飲む。だが、神無月の刃はすでにアルメイヤへと向かって空を滑り────。
 けれども、スキルを使い自身をアルメイヤの盾として立ち塞がった楓を神無月の攻撃は無視することはできない。我に返ったアルメイヤは剣を発動させることなく、反射的に目の前の小柄な少女に手を伸ばした。
 無論、間に合うはずは無かった。
 豪雨のような刃の攻撃が、楓の身体を嬲る。楓は唇から漏れそうになる痛みの声を押し殺し、必死にアイアンシールドを必死に構えた。
 攻撃が止み────、片膝をつき、それでも盾を構える楓と、召還した剣を消して睨むようにこちらを見るアルメイヤに、神無月は眉を顰めた。瞳に怒りのような光が過る。
「むだなことを────」
 剣先を後ろに下げて、神無月は楓とアルメイヤへと向かって走だそうとした。
 だが、その行く手を陽光のような輝きが阻む。
「あなたが……、あなたが定めに従い巣を護る蜂ならば、私たちは心に従い仲間を守る戦士です」
 ライヴスヒールで傷を癒した由利菜だ。整った顔は泥と土と血で汚れていたが、強い意思を宿したその姿は美しかった。エージェントたちが少しずつ削っていった虚の鎧のライヴスの解れを狙い、シュヴェルトライテが閃く。
「────くっ!」
 神無月はその正確で力強い一撃を避けることができなかった。肩口に食い込んだ刃を見て、愚神の目が見開かれた。
 刀を振って、神無月は由利菜から距離を取る。抜けた剣先から赤い血が噴き出す。
 神無月は流れ落ちる血を逆の掌で払うように拭うと、もう一度刀を構えた。



●結界
「────っ!」
 何かに気付いた神無月が空を振り仰いだ。
 その唐突な行動に、エージェントたちもその視線を追う。

 青空が、水鏡のように揺れていた。
 その時、ライヴスリンカーたちはその空が自分たちの見知った空ではないことに気付いた。どこが、ということは説明ができないが、馴染みの無い異質なものであると能力者たちは感じたのだった。
 そして────、アルメイヤはその空を懐かしく感じた。
 水面を揺らす揺らめきは徐々に激しくなり────、揺らめくたびに空に透明な壁のようなものがあるのが見えた。交互に噛み合わせた透明な刃の壁、それが歪み揺らめていているのだった。

「剣のものよ!」
 神無月の上げた声に、エージェントたちははっと視線を戻した。いつの間にか走り寄った神無月の刃がアルメイヤを襲う。楓が盾を翳す前にアルメイヤは己の剣で神無月の刃を打ち返した。
 ────どくん。
 空が鳴動した。けれども、それはごく僅かな振動で。
 神無月は《上天驟打》を撃とうと刀を横に滑らせたが────。
 結界が張られた時とおなじ弦を乱暴に弾くような音がして、辺りを囲った引幕が落ち、青空と剣の壁は消えた。
 ────そして、代わりに見慣れた形の月が空を占める。
 辺りは彼らが遺跡を飛び出した時と同じ闇に包まれていた。違うのは、あの時はまだ赤くなかった月がほぼ赤く染まっていること。
 けれども、それはあのドロップゾーンに浮かんでいた禍々しい月とは違い────光の波長の関係で影に入った部分が赤く染まる。この世界の皆既月食だ。


 愚神、神無月は構えた刃を下ろした。
 黒い瞳がごろりと動き、アルメイヤを、エージェントたちを次々に映していく。



 ────敗北。



 それを理解すると、少女姿の愚神は大きく後ろに飛んでそのまま闇に溶けた。
 エージェントたちは結界を守り、トリブヌス級愚神・神無月を退けたのだ。

 …………しかしながら、エージェントたちは誰も神無月を追わなかった。
 それぞれが大きな傷を負った状態での追撃が愚行であるのはもちろんだったが、それ以上に、その場に満ち始めた異質な空気と赤く染まった満月に、一様になんらかの予感を覚えて、ただ圧倒されていた。



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
  • エージェント
    ツラナミaa1426
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 馬車泣かせ
    赤谷 鴇aa1578
    人間|13才|男性|攻撃
  • 馬車泣かせ
    アイザック ベルシュタインaa1578hero001
    英雄|18才|男性|ドレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ

  • 氷月aa3661
    機械|18才|女性|攻撃
  • 巡り合う者
    シアンaa3661hero001
    英雄|20才|女性|バト
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