本部

知恵のないカカシ

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/04 20:25

掲示板

オープニング

●カカシの住む村
「『カカシ村』って聞いたことありませんか?」
 異変があった場所について尋ねると、職員は答えた。
「正確には加賀子村(かがしむら)という名前の農村です。村じゅうにカカシが立ってるんですけど、それはもうクオリティが高いんです! 遠路はるばる『美人カカシ』を求めてやってくるマニアまでいるそうで、知る人ぞ知る村になってるんです」
 有名なのは『美人カカシ』だが、男性や老人を模したものもある。農業用品でありながら熱心なファンがついているとは、世間は広いというかなんというか。とはいえ、にぎやかな観光地ではなさそうだ。
「従魔が憑りついたのはそのカカシたち、そして村人たちなんですよ」
 人間に取りついた従魔には慎重な対応が必要である。従魔を払うのに必要なダメージを調節しなくてはならない。失敗すると、依代の人間が怪我をする。最悪、死に至ることもある。しかし、いくらなんでも、カカシと人を見間違えたりはしない。
 職員はもどかしそうな顔をして「話せば長くなるんですが」と前置きをした。

●魔法使いの施し
「かつて村には腕の良い人形師がいたんです。魂が入っているようにしか見えない、とても精緻な人形を作るとか。人形師はやがて芸術界から注目され、都会へと移住しました。そう、このマネキンが『美人カカシ』の材料です」
 画面に男の写真が映し出された。ニュースや雑誌などでときどき見かける顔だ。名前は、頭師 美嗣(かしらし よしつぐ)。真っ黒なヒゲが顔半分を覆う熊のような男だ。お人形なんてものは似合わない風貌にも見える。しかし机の上で組まれた指は細長く器用そうだった。
「カラスというのは頭の良い鳥で、最初はカカシを警戒していてもそのうちニセモノの人間と見抜いてしまう。相手が学習するならこちらも進化するしかない。その進化の一つが人形を使ったカカシだったわけです」
 青白い顔の人形師は気難しそうに見えたが、村人とはそれなりに友好関係を築いていたらしい。
「ほら、芸術家って失敗作を自ら壊したりするでしょう。頭師はそういうタイプらしいです。村人は廃品となった人形の頭をもらい受け、一般的な藁のカカシと組み合わせ、田畑に置いたんです。頭師が去ったのは5年前ほど前ですが、カカシはいまだに使命を果たしているそうですよ。顔はともかく、体は粗末な人形のはずなのに。それでも――不思議ですねえ――カラスが嫌がるんだそうです。オカルト好きな人が『カカシが生きているからでは?』『本当に魂が入っているからでは?』なんて言ったりしますけど、さすがに眉唾ですよね」
 職員は低い声で話しながら、こちらの反応をうかがっている。かと思うと、満足したように語調を改めた。
「ま、そこまで言わせるほどの出来なんですよ~。頭師は、変に人扱いしたりはしなかったみたいですけどね。村人はカカシの頭部を定期的に洗い、着替えをさせ、綺麗に保っているようです。あ、そうだそうだ。百聞は一見に如かずです」

●君はドロシー
 スクリーンに写真が映し出される。こちらを射すくめる視線にドキリとする。写真というフィルターを通してでさえ、生き物のような錯覚を覚えさせるとは。カラスが寄ってこないのも仕方がないのかもしれない。
 しかし、やはり体は藁製なのだ。カカシは、よく農作業に用いられる独特の帽子を着用している。つなぎ目は、つば広の帽子についた布で隠されていて、首から上と下のギャップが奇っ怪なことこの上ない。
「ご覧の通りです。近くで見ると、髪は人工のもの、肌はマネキンのような材質であることが見て取れるんですが、2~3mも離れると……どうでしょうね? 迷ってしまうんじゃないですか? 人間なのか、人形なのか……。あ! ホラー的な話をしたいんじゃないんですよ」
 説得力がない。あれだけイキイキと煽っておいて……。
「一瞬の判断が問われる戦闘の場で『これは人間か人形か』なんてじっくり観察する余裕はないはずです。となれば、対策を取らなくては。人形はともかく、人間に怪我をさせるわけにはいきません」
 調査の結果、頭師は事件に無関係であることが分かっている。作品を利用されてしまった被害者ということらしい。
「愚神の存在も確認されませんでした。従魔の討伐と村人の救出が目標です」
 カカシは知恵を持たない。彼らはカラスに馬鹿にされるのが常。だが、『カカシ村』のカカシは、天才人形師の手で尊厳を回復した。カカシたちがもたらしてくれた平穏が、今度は従魔に脅かされている。
 行こう。荒れた世界を救うのはいつだって、異郷の勇者なのだ。

解説

晴天。村の中に広い空き地(元は田んぼ)が数か所ある。広範囲を燃やす等、極端な攻撃をしない限り農作物は無事。

従魔カカシ(ミーレス~デクリオ級)
・頭のみ人形。身体は藁で出来ているが、人の身体に近い形に変化済。加えて服も着ているため、遠くから見れば人間そのもの。
・一般的な農作業着。帽子は、サンバイザーを前にも横にも広げたような広いつば+首元を覆うための布がついているので、顔は見えにくい。横顔はほぼ見えない。
・攻撃は素手。また、手近のものを投げたり、防御や回避をしたりする程度の知能は有る。
・AGWを使い、相応のダメージを与えなければ倒せない。


従魔村人(ミーレス級)
・攻撃は素手。従魔と同程度の知能。身体能力は共鳴前の能力者並。
☆従魔からの解放条件☆(本事件のみで有効)
1、PCが武器なしで数回(個体差あり)のダメージを与えれば解放。AGWを使うと自動的にオーバーキルとなり、依代は死亡。
2、またバッドステータス【気絶】を与えると累積ダメージに関係なく解放。アイテムや当て身等で昏倒・睡眠状態にするのも可。
※いずれの場合も解放直後、村人は気を失っている。静かに休ませれば自然に意識を取り戻す。


注意点
・人数の割合は、カカシ:村人=2:1。出くわした相手が人間である確率は3分の1。(※プレイヤー情報)
・人+カカシの合計人数は不明で、変動もする。OPの時点で所在不明の村人は9名らしいが、あまり正確ではない。
☆判別方法☆
・「カカシの正面、2m以内で、10秒(1ラウンド)以上」観察すれば、カカシか人間か判別できる(自動成功)。
・観察と同時に、防御を行っても結果は変動しない。攻撃・回避・カバーリング・移動を行っても良いが、判別には自動失敗する。
・2m以上離れて観察を行っても良い。距離が離れれば離れるほど、判別の精度は下がる。プレイングで有効な対策を示せば、遠くからでも判定に補正がつき、自動成功も有り得る。

リプレイ

●カカシの村へ
「人間とカカシの判別、ね」
 説明が終わると佐藤 鷹輔(aa4173)は煙草をくわえて職員の元へ向かった。
「どうかしました?」
 突然、彼は職員にタバコの煙を吹きかけた。職員はむせながら抗議するが彼はどこ吹く風でこう言った。
「顔面に煙でも吹きかけたら、人間なら顔を顰めたりするだろ、多分」
「従魔化している状態でその反応をするとは限らないが……」
 語り屋(aa4173hero001)が言うと鷹輔は生返事を返し、もう別の案を思索し始めていた。作戦に頭を悩ませているのは他のエージェントたちも同じだった。今回の事件は力任せでは解決できないからだ。

 加賀子村に着くころには作戦会議は終了していた。早速各自の準備に移る。足取り重く最後尾を歩く狼谷・優牙(aa0131)の手をプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)が引っ張る。
「優牙、はやくはやくー!」
「だって……何か怖そうですし他の人に任せようと思ってたのにー!?」
「えー? 動くカカシなんて面白そうじゃん♪」
 優牙の大きな目からは今にも涙がこぼれおちそうだ。
「うぅ、しかもじっくり見て確認しないといけないなんて……泣きっ面に蜂ですよー」
 作戦はこうだった。まず誘導役のエージェントたちが従魔を集める。そして見晴らしの良い場所に陣取った狙撃班がスコープでの判別を行う。映ったのがカカシならそのまま狙撃、人間なら誘導役が素手での戦闘を行う手筈になっている。狙撃を担当する優牙たちは、なんだか怖い人形をまともに見続けなくてはならないのだ。
「むぅ、僕も前に出て殴りたい……けど今日は我慢するのだ♪ 優牙の反応も面白いし?」
 普段は前のめりに戦うことを好むプリシアだったが、今回は別の楽しみ方を見つけたらしかった。

●田舎とカカシとエージェント
 優牙と同じく狙撃担当の古賀 佐助(aa2087)とリア=サイレンス(aa2087hero001)は、緊急の避難所である公民館に来ていた。消防車を貸してもらえないか聞きに来たのだ。高さがあって移動もできる見晴らし台というわけだ。
「いいけど、大した高さじゃないよ? こんな村にはしご車はないしねえ」
「そうなんすか? でも水を使う作戦もあるからやっぱ必要かも……。護衛するんで案内してもらえないっすか?」
 優牙たちも誘って分団の基地に行くと目につく物があった。遠目からだと電波塔に見えたが違ったらしい。
「これ、何でしょうか……?」
「火の見やぐら。お嬢ちゃんは若いから見たことねえか」
 リアはもちろん佐助も実物を見るのは初めてだ。これは使える、と佐助は思った。
「このやぐらって俺らが昇っても大丈夫っすかね?」
 団員はいいと言う。この高さなら十分すぎるくらいだろう。
「狙撃手らしく、遠方からの索敵と行きますか」
 やぐらの上。プリシアが嬉しそうに歓声を上げる。優牙は佐助に話しかけた。
「た、高い。けど見晴らしがいいですね」
「だな。カカシ軍団をおびき寄せるのは……お、あそことかいいんじゃね?」
 やぐらからは約300m、元は田んぼであったらしい空き地がぽっかりと開いている。
「うん。それに……高い建物がないから、空き地以外にいる従魔もよく見えそう、かな」

 場所は再び公民館。リタ(aa2526hero001)が佐助からの連絡を受ける。
「やぐら? それは都合がよさそうだ。空き地の位置は……わかった、そこに目印を立てるとしよう」
 ジャスリン(aa4187hero001)が目印にする物に心当たりがあると言っていたはずだ。
「リタ、お待たせ」
 視線を転じると、両手に大量の墨汁を抱えた鬼灯 佐千子(aa2526)がいた。
「書道クラブの人たちが譲ってくれたのよ。おじいちゃんおばあちゃんのサービス精神ってすごいわよね。買った分も合わせれば十分な量よ」
「水源の確保もぬかりない。これはカカシの目撃情報をマーキングした地図だ」
 佐千子が席を外した短い間にも、リタはストイックに仕事をこなしていたらしい。
「もう、リタは真面目すぎるのよ。村人に気を付けてカカシを蹴散らすだけのシンプルな依頼じゃない」
「――いいか、サチコ。たとえ難度の低そうな任務でも、出来る準備を惜しむな。死にたくないのならな」
「死に……。とにかく、あとは自分の役目を果たすだけよ」
 佐千子はタンク付きの水鉄砲を、正面に向かって空撃ちした。

 九字原 昂(aa0919)が改めて確認したところ行方不明の村人は8名ということらしい。
「カカシの数はどうですか?」
 村中に点在するカカシは50体前後だそうだが、そのどれもが動き出したわけではない。せいぜい半分というのが彼らの見立てだ。村人に礼を言って外に出ると、昴は空を仰ぐ。快晴。偵察用の鷹を飛ばすのに支障はないだろう。
(人の形と書いて人形。カカシとはいえ、人形だから魂も宿るのかな)
 美人カカシの写真を思い出しながらそんなことを考えた。
「収穫はあったかの?」
 思考を遮ったのはカグヤ・アトラクア(aa0535)の声だった。その場で情報を共有しておく。クー・ナンナ(aa0535hero001)は半分ほど開いた眼でそばに立っている。
「そうか。手が足りぬ時は連絡するがよい。わらわは回復手段も持ち合わせておるしの」
 カグヤは体調不良の村人や仲間のピンチに備えた遊軍だ。待機中はひとりで判別と攻撃を行いながら村を巡回する。
「魂の宿ったカカシとやらを見にいくかね」
 鷹輔は鉄パイプにタオルケットを巻いた即席の棍棒を肩に載せ、カグヤの横に並んだ。誘導作戦を行うには効率の悪い村はずれには、彼が向かう。
「AGWを使えないとは面倒なこったな」
「それは、即席の武器というやつか」
 鷹輔は語り屋の顔を見てニヤリとした。従魔村人専用の武器なのだ。
「リーチはあった方がいいだろ?」
 くわえ煙草で平常心そのものの鷹輔。一方、カグヤは楽し気に目を輝かせている。
「人形師の作品が見れるのか。わらわは機能性を優先させてしまうから、芸術作品としての人形作成技術には興味があるのぅ」
 鷹輔が「頭師ナントカ?」と返す。
「頭師 美嗣。残念ながら工房までは残っておらんらしいが、まあ完成品だけでも見る価値があるじゃろ」
「首だけでも、か?」
 カグヤが愉快そうに頷いたところで二股道にさしかかる。2組はそこで分かれた。
「わかってると思うけど、従魔退治だよ?」
 クーがカグヤを見上げた。
「もちろんわかっておる。こっそり持ち帰る為に、なるべく壊さぬように従魔を払えばいいのじゃろ?」
「……もうそれでいいや。適当にがんばって」
 昴から、いなくなったカカシの数が正確には不明、という報告を聞くとカグヤはますます笑みを深めた。彼女の狙いが分かっているクーだが、突っ込む気力は起きなかった。

 草の生い茂る空き地にそそり立つ、マグロ。佐助たちが見つけた誘導地点に赤嶺 謡(aa4187)とジャスリンが立っていた。『目印』を用意した張本人のジャスリンがぐっと伸びをした。田舎だけに空気がおいしい。
「いい天気だねー。お日様の下で駆け回るなんてヨウちゃんも健康的になったね」
「だからなんでジャスはこんな依頼ばかり受けてくるんだ……。日焼けして、泥だらけで……」
 微笑む英雄、うなだれる能力者、そしてマグロ。シュールなことこの上ない。近距離戦闘を得意とする代わり、防御型ではない彼らはヒット&アウェイ作戦で従魔をここに誘導する。
「あーあー……聞こえるか? こちら佐助と優牙。誘導班は行動開始してくれ」
 昴が作り出した鷹が空高く舞い上がった。

●その眼に映るのは
 火の見やぐらの上で、優牙と佐助が背中合わせで待機している。大まかに東側を佐助が、西側を優牙が担当する。
「え、ええと、カカシか村人か、間違えたら大変ですし責任重大ですよー」
「だいじょーぶ! 僕たちが力を合わせれば無敵だよ」
 優牙の肩をプリシアが力いっぱい叩く。そして合言葉のように確認する。
「村人さんだったら下に居る仲間に報告です!」
「カカシはばーんっと撃っちゃうのだ♪ 頭を狙って一撃必殺でー♪」
 というところで後ろから声がした。佐助だ。共鳴している今はリアを成長させたような女性の姿だ。
「頭を吹っ飛ばしちゃだめだよ。またカカシとして仕事しなきゃいけないからね」
 普段は正反対のふたりは、まるで双子のように同時に首をかしげ、次に「あっ」と声を上げた。
「じゃあ、体をどっかーんと!」
「うん。あまり強くないって聞いてるから、無理に急所を狙わなくていいはずだよ」
 優牙たちが共鳴してスタンバイすると、東側から従魔がやって来た。佐助はスコープを覗く。誰を追う訳でも無い従魔はのんびり歩いている。少し遠いが顔を見るには好都合。人間か、いや――まばたきひとつせず、眼球も動かない。
「案山子発見! 動く案山子はお呼びじゃないよ!」
 佐助のライフルが火を噴く。右肩をまるごと吹っ飛ばされてカカシが倒れた。藁の体が黒く焦げているのが見えた。
「正解か。神経使うよ、まったく」
 長身の美女は詰めていた息を吐き、長い髪をかき上げた。

「第一村人はっけーんっ。えいっ!」
 ジャスリンが正体不明の農夫にパンチを食らわせる。まるで効かない様子で相手は迫って来る。
「悪いな、こっちまで来てもらうよ」
 マグロの待つ空き地までは遠くない、従魔を引き付けるように走る。
「今から1体、連れていく。こちらで引き付けるから観察を頼むよ」
 謡が連絡を入れると優牙は張り詰めた声で返事をした。

「男、だな」
 鷹輔は最初に対峙した従魔に向かっていった。煙草の煙を吹きかけるが、相手の勢いは止まらない。しかし想定内ではある。すかさず即席の棍棒で足払いをかけると片足を踏みつける。敵の動きを止めたところで、みぞおちを突いた。ここまでの動作に躊躇はない。
「人間の方だったか」
 鉄パイプの攻撃が効いたならそういうことだろう。息つく暇もなく、斜め後ろから別の気配が迫る。服装から察すると農作業中の老婆だろうか。距離を詰めると、鎌を振り上げていた女の右腕を掴んで顔を寄せる。鷹輔は息を飲んだ。女の顔が驚くほど美しかったからだ。女は空いていた片手で鷹輔の手をほどこうとする。指が手首に食い込む。
「っ……すぐ済むからおとなしくしてろ」
 観察は充分。間違いなく人形だ。鷹輔は魔道銃を取り出して至近距離から撃った。もちろん顔は狙わない。
「あんた美人なのに、こんな野暮ったい格好してて勿体無いよな」
 呟きながら発射した銃弾が、とどめの一発となった。切れ長の眼の女を鷹輔は抱き止めた。長いまつ毛は少し伏せられたまま微動だにしない。体の感触は藁に戻っていて、拍子抜けするほど軽かった。
 
「はい、民家の方には僕が行きますので、あなたは分校の方に行ってもらえますか?」
 鷹での偵察で複数の従魔が見つかった。2か所のうち片方は佐千子に頼むことにする。昴が向かった場所には従魔が3体いた。いずれも女性の服装で、井戸端会議でもするように輪になっている。
 生垣に身を隠して双眼鏡を覗く。立ち位置のせいで1人しか顔が見えない。彼女は人間のようだ。
「仕方ない……お話し中失礼しますよ!」
 声をあげ無防備に従魔たちの前に飛び出す。一斉に振り向く従魔たち。しかし彼女らはそれ以上動けなかった。昴の作り出したライブスの糸が、蜘蛛の巣のように広がって自由を奪う。
(全員人間だ!)
 従魔になっても友人同士集まっていたのだろうか? ともかく昴は3人まとめて網にかかった彼女らに当身を食らわせた。全員、うまく気絶させられたようだ。従魔を払った村人は顔色や脈などをチェックして、室内に隠しておくことになっている。田舎ではよくあることだが、加賀子村に鍵をかける習慣はない。
 鷹が新たな獲物を発見したようだ。昴は次の場所へと向かった。
 
 小さな分校に佐千子は来た。グラウンドに農作業着の人影を発見する。隠れて観察する手もあったが、相手が動き回っているので難しい。
「それなら正面突破ね」
 シールドを構えて従魔の目の前に飛び出した。持っていたクワで襲ってくるがAGWでなければリンカーには効かない。
「道具を使える知能が裏目に出たかしら。けどあまり気分は良くないわね」
 佐千子は斬れない刃で執拗に打たれながら相手を観察する。――老爺の顔をした、カカシだ。自分を見ていると思った眼は焦点が合っていないどころが揺れもしない。しわだらけの肌には毛穴の代わりに妙なツヤがある。人間に近すぎる見た目だからこそ余計に、ごくごく小さな差異が気味悪い。
「何だっけ、『不気味の谷』だったかしら?」
 佐千子はクワの柄を掴むと従魔の顔に墨汁を発射した。

●混戦
 謡たちは新たな従魔を発見する。服装からして男だ。ふくらはぎ辺りまでを泥水に浸しながら、青々とした水田のど真ん中を歩いている。気を引くため石を投げる。石は男の足元に飛び込んだ。
 ぐるりと首がこちらを向くが顔の判別は不可能だった。従魔の本分を思い出した男が泥まみれの手を伸ばして近づいてくる。誘導開始だ。
「あははっ、また追いかけっこだね!」
「オレは早く風呂に入って空調の効いた暗い部屋で寝てたいよ」
 広場に到着した。ボクシングの構えで従魔と対峙する謡をジャスリンが見守る。謡の隙を突こうと泥まみれの従魔も不格好に構えるが、なかなか攻撃の機会が作れない。3、2、1。タイムオーバー。
「その従魔は村人さんですー。倒さないように注意してくださいー」
 上から優牙の声が聞こえた。
「殴り合いだー! いけー! やれー!」
 ジャスリンの声援と同時に、謡は苦い顔で一歩踏み出した。
 
「よし、こちらは人形みたいです」
 優牙はカカシの胴体を中心に銃弾を撃ち込む。
「数が増えてきましたね。あ、顔に墨汁。こちらも撃ってよさそうです」
 こちらは左足を吹っ飛ばしたところで、すぐカカシが倒れた。佐助も順調に狙撃を続けていた。が。
「うわっ、こっちに来る! まさか昇る気?」
 慌ててやぐらの足元を覗き込む。少年、だろうか。顔は真っ黒に日焼けして、鼻の頭の皮が剥けていた。人間――つまり狙撃はできない。他の者たちは別の従魔を相手している。少年が梯子に手をかけた。
「残念だけど、もしもの時の備え位は、準備済みなんで、ね!」
 佐助は素早く梯子を下りると途中で飛び降りた。幻想蝶から釘バットを取り出し、落ちながら脳天にぶつける。一撃必殺。覗き込んでくる優牙に親指を立てる。
「取り合えず、建物の中にっと」
 気絶していることを確認すると消防団の車庫に少年を運び入れる。
「家の手伝い中だったのかな。えらいね」
 頭を撫でるようにして頭頂部をさする。こぶができていないようで安心する。
「さてワタシは戦場に戻るかな」

 謡は連続でパンチを繰り出す。
「泥だらけで殴り合いなんて……面倒だから早く倒れてしまえよ」
 試合であれば判定勝ちできそうだが、従魔を追い出すにはパワー不足の様だ。逆に、草の上に押し倒される。すかさず相手の腹を蹴り上げてなんとか逃れる。
「ジャスリン!」
「フフ、そろそろボクも加勢してあげる」
 共鳴すると、白銀の鷹の頭を持つ人物が現れる。と、まもなくアッパーが決まって村人が吹っ飛ぶ。マウントを取って殴り続けようとしたところで気づいた。
「ゲームセット、か」
 従魔から解放された男性が気絶していた。

 昴が投げた1対のナイフは藁の体に刺さることはなかった。しかしそれが彼の狙いだ。2本のナイフを繋ぐ鋼線に絡まった従魔カカシが宙づりになる。その側には蜘蛛の巣にかかった別のカカシがもがいている。
「村岡商店前、カカシ2体確保しました」
「了解! 射程範囲内だよ」
 佐助のライフルがカカシたちの胴体を射抜く。昴は再び鷹の視界に意識を集中した。
「もう一体近くにいるみたいなので、誘導して広場の戦闘に参加します」
「ああ、頼むよ」
 戦闘もいよいよ佳境だろう。ふたりは気合を入れなおし、通信を切った。
 
 民家の庭で従魔を見つけたカグヤは自ら近づいて行った。盾で身を守りながら、観察する。呼吸なし。人間ならば攻撃の際に息を吐かないというのは難しい。体表面は――毛穴一つ見当たらない白磁の肌にわずかだが独特の光沢。その間、約十秒。結論は出た。
「さて、参ろうぞ」
 カグヤは素早く後退し武器を持ち替える。金属製の糸がカカシの胴体をからめとる。人形は見えない糸に戒められ、自由を失った。
「ほぅ……確かに美しい作りじゃ。これだけの器であれば魂が入るのも頷けるのぅ」
 藁の体を締め上げながら、カグヤは人形の顎に手をかける。
(魂じゃなくて従魔だけどね)
「似たような物じゃ。そなたは無粋じゃのぅ」
 クーの発言にそう返しつつも、唇は三日月のように弧を描いている。
「ん、済んだか」
 カカシが動きを止めたのを確認すると、カグヤは幻想蝶の中に美女の首をしまった。
「興味深い技術じゃ。研究のし甲斐があることじゃろう」
(うわ、いま幻想蝶入りたくない……)
 生首もどきの転がる空間を想像してクーはげんなりした。佐千子から連絡が入る。回復役としての出番だ。こちらの状況を尋ねられたらしいカグヤはさらりと言った。
「わらわとしたことがのぅ、従魔を倒す際に首をどこかに吹き飛ばしてしまったのじゃ」

「治療ありがとうございました。アトラクアさんは、これから村人の保護ですか?」
「うむ。皆、異常はなかったらしいが、一応診た方がいいじゃろうからな」
 行方不明の村人は全員見つかったようだ。佐千子はカグヤと別れ、広場へ加勢に向かった。墨汁入りの水鉄砲ともお別れの時が来たようだ。
「ようやく思いっきり攻撃できるわ……って、わ、分かってるわよ。集中しろ、でしょ?」
 安堵の息をついた佐千子は、脳内で自分を呼ぶリタの声に姿勢を正した。
 広場には謡と昴も駆け付け、カカシ従魔は10体近く集まっていた。佐千子は愛用の大型銃を取り出すと、手始めにカカシの左腕を肩ごと落とした。

 広場に静寂が訪れた。やぐらの上に残り、スコープで街を見回していた佐助は通信を受けた。メモ帳に正の字が並んでいく。
「カカシが24体、村人は報告通り8人だな」
「気絶した人たちは?」
「従魔がいないか最終確認しながら保護してる。もうすぐ終わるって」
 そう言うと佐助はやぐらの手すりにぐったりともたれた。
「あー、危なかった、リアル過ぎで間違わねぇかマジ怖かったわ……緊張感半端ねぇってね」
「ん、ホントに、そっくりだった……作った人、すごい、ね……」
 佐助とリアは、平和を取り戻した村をしばらく感慨深げに見下ろしていた。

●カカシが守るもの
 枯れた黄金色の草の上で、白銀の髪がぴょこぴょこと跳ねている。
「何してるんだ、ジャス?」
「え? マグロの回収だけど?」
 当然のことのように言うジャスリンに謡はどうにか一言返した。
「それ、オレが料理するの、か……」
 疲れ切った表情の謡の肩を小柄な老婆が叩いた。ジャスリンが事情を説明すると老婆はしわだらけの顔で笑った。
 加賀子村公民館にはおいしそうな匂いが立ち込めていた。村人たちの強い誘いを受けてエージェントたちが揃っていた。
「うちの村で取れた米とお姉ちゃん達のマグロでつくったおかずだよ」
 老婆は謡もジャスリンも端正な顔立ちから女性と決めつけているが、ふたりは特に気にする様子もない。
 醤油仕立てでしょうがを聞かせた和風煮込みはご飯によく合うし、おろしポン酢で頂くシンプルなステーキも美味だ。マグロの頭を丸ごと焼いたカマ焼きまである。
「ひっ……目が合っちゃいました」
 優牙だけは少し怖がっていたが。おかずはたくさん有るのだがご飯だけでも十分美味しい。何杯でも食べられてしまいそうだ。
「おいしいです!」
「おばちゃん、おかわり!」
 孫かひ孫のような優牙とプリシアに老人たちは眼を細めた。カグヤは食事には手を付けずに座っていたが、真っ白に艶めく白米を興味深げに眺めていた。見るだけなら、なかなかに美しい。やがて嫌そうな顔をしながら一口だけ咀嚼してみる。
「これは……味わったことのない風味じゃ。よもや物凄い技術が隠されているのではないか?」
 箸をおいて立ち上がり話が通じそうな農家を探す。この中では若手の40歳くらいの男を捕まえると、カグヤは矢継ぎ早に質問を浴びせかけていった。
「んん~。おいしい……かも」
 クーはもくもくと箸を進めていた。
「ほらボク、これもお食べ」
 まわりの婦人たちが取り分けたおかずを勝手に持ってきてくれる。楽でいい。隣には佐千子とリタ、書道クラブの老人たちがいた。
「ごちそうになってしまってすみません」
「こんなもんじゃ足りないさ。あんたたちのお陰で今年も米が収穫できそうだからね」
 老人の言葉に彼女たちは顔を見合わせて頷いた。「任務ですから」とクールに答えた佐千子の表情にも、軍人らしく引き締まったリタの表情にも満足感がにじみ出ていた。

 数日後、HOPEの鷹輔宛てに封筒が届いた。中には一枚の写真が入っていた。「ようこそ加賀子村へ」と書かれた看板の横に美人カカシが立っていた。切れ長の眼が特徴的だ。
「プレゼントをありがとうございました。せっかくなので転職させることにしました、ね」
 真新しいジャケットとブラウス、ひざ丈のフレアスカート。頭には広いつばのついた白い帽子、首元にはスカーフが巻かれている。ストレートの長い髪が風になびいていた。
「似合ってるじゃねえか」
 カカシの表情が以前より明るく見えたのはきっと目の錯覚だ。それでも鷹輔は晴れやかな気持ちでその写真を眺めていた。
 他のカカシたちも修理され、それぞれの『職場』に帰っていった。観光地のシンボルとして村の所々に飾られるものもあるが、一番多いのはやはり田んぼの中だ。美しいカカシたちはその生気と威厳によって、カラスを追い払うのだろう。カカシと共に生きる村、村で活きるカカシ、両者の幸福は異国の勇者たちによって取り返されたのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526

重体一覧

参加者

  • ショタっぱい
    狼谷・優牙aa0131
    人間|10才|男性|攻撃
  • 元気なモデル見習い
    プレシア・レイニーフォードaa0131hero001
    英雄|10才|男性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
    人間|17才|男性|回避
  • エルクハンター
    リア=サイレンスaa2087hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • Gate Keeper
    赤嶺 謡aa4187
    獣人|24才|?|命中
  • Gate Keeper
    ジャスリンaa4187hero001
    英雄|23才|?|ドレ
前に戻る
ページトップへ戻る