本部

【神月】連動シナリオ

【神月】最後の短剣

星くもゆき

形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2016/06/27 19:18

掲示板

オープニング

 このシナリオはグランドシナリオです。
 他のシナリオと重複してご参加頂けますが、グランドシナリオ同士の重複参加はご遠慮ください。

●隠されたもの

 暗幕の下りた空には、得体の知れぬ不気味さが滲み出ている。皆既月食を前にして赤々と暗い輝きを見せる月のせいだろうか。
 荒涼としたアル=イスカンダリーヤ遺跡群の一角、岩肌のむき出しになった山の中腹には小さな石造りの神殿があった。あったというのは『過去にあった』という意味で、現在では崩れかけの石柱が数本並んでいるだけであり、ただ神殿の名残が残っている程度に過ぎない。神殿と呼ぶのもはばかられるような状態だ。

 リヴィア・ナイはそこにいた。戦闘の雰囲気漂う遺跡群の中、寂しげに取り残されるような崩れた神殿の中で、ひとり考えていた。
 彼女が立っているのは、砂に埋もれた簡素な祭壇だった。神殿の造り自体もそれほど豪奢なものでは無いから、祭壇もそれに見合う程度のものだ。広い砂漠にひっそりと隠れるように建てられたそれらは、ともすれば人の目につかずに眠り続けたままだったろう。
 だが、セラエノのリーダーであるリヴィアはその場所にいる。何も無いような廃墟にいる。
 彼女は幻想蝶からある物を取り出して、目の前にかざす。そして手を下ろし、足元の祭壇と重ねるようにして眺めた。

 その手にあるのは、豪勢な装飾を施された金の短剣だった。

 H.O.P.E.は7本の短剣を手中に収めている。愚神側は3本の短剣を持っている。10本存在すると言われる『生命の樹の短剣』はすべて両者の手の内にあるはずだった。
 しかし、11本目の短剣を今、リヴィアが所持している。
「どう思う? ジブリール」
 彼女は心中にある英雄ジブリールに問うた。
(「それは、愚神たちが持ちかけてきた話についてかな?」)
 大方の見当はついてはいたが、念のためにジブリールは尋ねかえす。
 セラエノは愚神側からひとつの打診を受けていた。リヴィアが持つ11本目の短剣を自分たちに渡してくれるなら、セラエノとの強固な協力関係を約束すると言ってきたのだ。隠された最後の短剣についてはできるだけ秘匿してきたつもりだったが、愚神たちはどこからか情報を嗅ぎ取ってきたらしかった。
 愚神側がセラエノに提示した条件は、セラエノと愚神勢力の無期限の同盟だった。
 愚神たちはセラエノが真理の解明のためにはレガトゥス級の召喚も辞さない考えであることに触れ、それを見たいならば自分たちと協力するべきだと言ってきた。そしてシーカをはじめとして異世界に関する知識や情報を提供するとも約束した。セラエノにとって知識は財産、それを得られることには強い魅力がある。更には、門が完全に開かれた暁には異世界へ招待することも厭わないとさえ言ったのだ。
「どの道、短剣1本ではセラエノだけで門を開くことはできない。それなら愚神に渡して見返りを得るのも悪くない……でも、彼らには足りないものがある」
(「……真理を解き明かす、探究心」)
「そう、探究心。愚神にとって短剣は道具に過ぎない。新たな知識を渇望するなんてことは無い。だから、ふさわしくない」
(「彼らは向こうからの来訪者……だからかな?」)
「そうでしょうね。恐らく彼らは“知っている”から、“知りたい”だなんて思いようが無い」
 リヴィアが持つ短剣の名は『ダアト(知識)』。ゆえにこれを手にするべきは、真理を解き明かすにふさわしい者でなくてはならないと考えていた。
 当然最もふさわしいのはセラエノであると思っているが、セラエノ単独での門の開放ができなくなった現状では所持することの意義は薄い。ならば短剣と引き換えに得られるものを得たほうが良いと判断するのは当然のことと言えるだろう。
 短剣を欲するとすれば愚神とH.O.P.E.だ。どちらに渡すべきか、という話になる。
 愚神は好条件を提示してきた。だが真理を解き明かすことへの敬意が無い。そんな連中にくれてやるには抵抗を覚えてしまう。
 それならば――。
「……H.O.P.E.とも話をすればいいわ。公平に、ね」
(「もし、彼らもまた『ダアト』を得るに値しなければ?」)
 何の気なしに発せられたジブリールの質問に、リヴィアもまた何でも無いように、応じる。

「知識を求める意志も無い人間どもなら、生きていたって仕方が無いわね」

●接触

 エージェントたちは砂の大地を駆け、アル=イスカンダリーヤ遺跡の北西部にある山を目指していた。
 リヴィア・ナイからの呼び出しがあったからだ。
 呼ばれたから駆けつける、なんて間柄では無いが、相手が「短剣を持っているからそれを渡してもいい。来なければ愚神に渡す」と言ってきたなら話は別だ。
 短剣を誰が祭壇に突き立てるかによって場の趨勢は変わる。愚神がその手に収める短剣が多ければ多いほど、災厄の色が濃くなることは明白だった。
 リヴィアの思惑も話の真偽すらも不明だったが、愚神から提示されたという条件を聞かされた限りでは信憑性が強いように思える。その上で、H.O.P.E.は短剣を得るために何を差し出せるのか、ということも問うてきたらしい。
 唐突に戦場に投げ入れられた11本目の短剣『ダアト』を手に入れるために、エージェントたちはリヴィアの待つ神殿へと急ぐ。

解説

■クリア条件
短剣『ダアト』をリヴィア・ナイから入手し、祭壇に突き立てる
(失敗した場合、愚神側が『ダアト』を入手します)

リヴィアは譲ってもよいと考えているので、説得や交渉での短剣獲得が可能です。
力ずくで奪う道もありますが、その場合は大きな損耗を避けられないでしょう。

対応方法の他、交渉や説得の場合は交渉材料などは原則としてエージェントたちの判断に委ねられます。

■敵情報
・『リヴィア・ナイ』

英雄ジブリールのクラスはソフィスビショップ。
通常のヴィランとは比較にならない強さを持つ。魔導書による攻撃が基本。
8人がかりでも撃破は困難を極める。
『ダアト』は幻想蝶内に収めている。

■場所
アル=イスカンダリーヤ遺跡群の一角。赤い月が昇る夜。
北西部の山中に位置する崩れた神殿。今は壊れた石柱が数本並ぶ程度の状態。
遺跡の中心部からは遠く、一帯は静かである。

■状況
リヴィアは隠された短剣『ダアト』を所持しており、愚神側はそれを引き渡すよう要求している。
愚神側が提示した交換条件はセラエノにとって好ましいものではあるが、リヴィアは『ダアト』を愚神側に譲渡することには気が進まない。
愚神には真理を解き明かすという意志はなく、ゆえにリヴィアは愚神たちは『ダアト(知識)』を持つにふさわしくないと考えている。

■リヴィアの判断基準
リヴィアが重視するのは、知識の名を冠する短剣を持つにふさわしいかどうか。
それは知識への欲求や態度、代償を支払う覚悟などである。(愚神の提示した条件からは身を切ってまで欲するという覚悟が見えないので、良く思っていない)
大事なのは『ダアト(知識)』を持つにふさわしいかどうかだけなので、セラエノやリヴィアに対して友好的に接するかという類のことには何ら関心がありません。
要は彼女が「短剣を渡してもいい」と思えれば良い。

リプレイ

●彼の地へ

 戦火は遠く。遺跡群の各地で交戦が起きはじめているが、神殿へ向かうエージェントたちが往く道は静けさが漂っている。
「11本目の短剣かー。隠されたものってわくわくするね!」
「ああ、期待に沿えるように……いや、ここは素直に行くべきだろうか」
 H.O.P.E.にとって重大事となる任務だが、大きな尾を左右に揺らしてリッソ(aa3264)は軽快な足取りだ。対して、リッソに応える鴉衣(aa3264hero001)の言葉は至って落ち着いている。
「重要な依頼らしいのに、上の人が来ないっていうのもなぁ……」
「まぁ、上は上で都合があるってことなのよ、多分」
 GーYA(aa2289)が呈した疑問に、まほらま(aa2289hero001は軽くあしらうように答えた。なおもジーヤは小言を続けたが、まほらまはそれ以上は応じない。
 不平があろうとも彼はこの任務を受けることにした。しかも即決。相棒が何に興味を持ったのだろうと考え、まほらまは少しばかり楽しそうに微笑んだ。
「交渉の場には愚神も呼んでるのかな。だったらそちらも疎かに出来ないね」
 たどり着いた先に何が待つのかわからない。ならば敵襲にも警戒しなければならない、と桜木 黒絵(aa0722)は気を引き締める。張り切る黒絵に同調して笑顔を見せながら、シウ ベルアート(aa0722hero001)は心中では穏やかでないことを思案していた。
 そして彼が思案することとはまた別に、彼の懐にはこれまた穏やかでない物が収まっている。出発時に構築の魔女(aa0281hero001)に手渡された手紙だ。その時が来たら渡してほしいと依頼されていて、シウはよからぬ予感を抱いていた。
「交渉すんのか?」
 金獅(aa0086hero001)は一片の興味も感じさせない口ぶりで宇津木 明珠(aa0086)に尋ねた。明珠は足元に下ろしていた視線をゆっくりと金獅に向ける。
「必要が無ければしませんよ。私個人としてはいくらでも代償、まあ代償と周囲が感じるだろうものを捧げられますが、内容が少々憚られるものである事も理解しています」
「そーかい」
「世界で一番強いのは力ではなく知識ですよ」
「俺には一生わかんねーわ」
 金獅にとっては面白くもない方向に話が流れていきそうだったので、そこで会話は打ち切ることにした。
 わずかにへそを曲げる者がいる一方、やたら上機嫌である者もいた。
「くふふ、再びリヴィアと会えるとは運がよいのぅ。此度はもっと深く付き合おうかの」
 短剣はそっちのけでリヴィア本人との接触に心躍らせているのはカグヤ・アトラクア(aa0535)である。一行の中にはすでにリヴィアと短剣を巡って一戦交えた面々もおり、カグヤもその1人。予想だにしない早い再会に笑みが漏れる。
「カグヤは今よりも未来を見過ぎるから色々心配だよ」
 平常運転のクー・ナンナ(aa0535hero001)は一言添えるのみ。何を言ってもカグヤは止まらないということはため息が出るほど熟知している。なので今日も流されるままでいるだけだ。
「愚神に短剣は渡さない。絶対に……!」
「そうよ! 絶対にアタシ達が貰うんだから!」
 脱力なクーとは対照的にやたらと燃え立っているのは世良 杏奈(aa3447)とルナ(aa3447hero001)だ。彼女らにも色々思いはあれど、最優先すべきはひとつだった。
 愚神に短剣は渡さない。強く決意を抱く杏奈をはじめとして一行は神殿に到達した。

「いらっしゃい、遅かったわね」
 荒涼の風にさらされて朽ちた神殿の奥で、リヴィアが顔を上げた。

●言葉

 そのまま無防備に交渉に入るわけにはいかない、と杏奈は共鳴。マジックアンロックを用いて神殿内に罠の有無を探る。さほど広くない神殿を回るのに時間はかからず、すぐにその場には何もないということは判明した。
「リヴィアさん、愚神がここに来ているという事は無いですか? 隙をついて短剣を奪おうと狙ってるかもしれません」
「さぁ? 私は把握していないけれど、もしかしたらその辺りにいるのかもしれないわね」
 なおも注意深く探りを入れる杏奈に対して、リヴィアは軽く肩をすくめて答えた。
「本題に入っていいかしら? あなたたちも時間の浪費は避けたいでしょう?」
 『ダアト』の行く先を決める対話を。リヴィアはそこに誘おうとする。月が闇に覆われるまでの時間はそう長くはないから、エージェントたちにとっても早く事が済むのが望ましいことだ。
「まずは確認を。少なくともこちらが戦う意思を見せない限りあなたは戦うつもりはない、この認識は持っていて大丈夫ですか?」
 本格的に交渉に移る前に、零月 蕾菜(aa0058)が戦意があるかを問いただす。本当に話すだけで済むのか、それによって取るべき行動は大きく変わる。
「猜疑心が強いわね。そう思っておいて構わないわ」
 今のところ敵意はないという言質は取った。それならば過ぎた警戒は交渉に障るとして、蕾菜は十三月 風架(aa0058hero001)との共鳴を解いた。
「話す前に一つ、いいでしょうか?」
 三度、確認の声。声の主は構築の魔女だ。リヴィアは少し呆れ笑いを浮かべて、手振りでその先の発言を促した。
「もし私が『戦闘』という行動を選んだ場合、他の方の交渉に影響を及ぼしますか?」
 剣呑な質問に、仲間たちの多くが構築の魔女の顔を見た。彼女はそんな周囲の視線を気に留めず、パートナーたる辺是 落児(aa0281)も物言わず彼女の隣に立つだけだった。
 リヴィアはかすかに笑う。
「それも構わない。あなたはあなた、他は他。そもそもその手段を私は禁じていないのだから、問題があるわけがない」
「そうですか」
 答えを得ると、構築の魔女は話を切り上げて、落児を伴って周囲警戒を務めることにした。
(危険はありますが、獲がたいほど好条件とも……)
 心のうちにそう呟く魔女の背中を、シウはただ静かに見つめていた。

「とりあえずこちらに求めているものを教えてください」
 まずは相手の需要を知ること。風架はゆったりとした口調で告げた。
「提供するのがそっちがいらないものだった。必要ないと思っていたものが欲しているものだった。そんなことは避けたいですし」
 交渉を行う上では基本的なことと思える発言だったが、リヴィアはまたも呆れたように首を振る。
「残念だけれど答える気にもならない質問ね。私が何かを求めているなら、最初からそれを交換条件にするんじゃない? あまり失望させないでほしいのだけれど……」
 一笑に付して、リヴィアはそれ以上は言葉を継がなかった。今回、彼女にとって大事なのは自分が何を得るかではない。相手が何を差し出すかなのだ。それをもって彼女はエージェントたちの覚悟を見極めようとしている。そう考えると風架の言葉はリヴィアの望むものではなかったのだ。

「あえて私が何を欲するかと言うのなら、そうね……。あなたたちがこの『知識』の名を冠する短剣を持つにふさわしいかどうか、それを見定めるこの時間、といったところかしら」

 出ばなからつまずいてしまった空気が漂う神殿内。そんな雰囲気をひっくり返すように、リッソは快活な挨拶を始めた。
「はじめまして! おいらはリッソ。こっちはトモダチのクロエだよ! よろしくね!」
「鴉衣だ。よろしく」
 リヴィアの前に進み出る2人。続けて鴉衣は「H.O.P.E.という組織が差し出せるものは少ない」と断りを入れ、せいぜい機密事項以外の知識ぐらいしか出せないだろうと伝えた。しかも確約はできないとも。根元から折れた石柱に腰かけるリヴィアは、無言で鴉衣を見上げている。
「僕達が持つものは乏しい。だから僕達の話をしようと思う」
「おいらたちには先生がいたんだー」
 小さなリッソが下からリヴィアの顔を覗くように話しかける。鴉衣に向いていた彼女の視線が下を向いた。
「おいらたちが住んでた村で一番物知りだったけど、世界一じゃなかった。で、先生は『私は一生の間に全てを知ることは出来ないだろう。全てを知り、理解する者などいないのかもしれない。それでも私は一生をかけて、一欠片でも多くの物事を知りたい。そして、一欠片でも多くの物事を後に伝えたい』って言ってた」
 リッソはじっとリヴィアを見たまま、にこやかだった表情をほんの少し引き締める。
「昔のことも、未来のことも、本当のことはきっと、全部を知ることはできない。新しいことなんてドンドン生み出されていくんだもん。でも、そこであきらめるんじゃなくて、全部知ったって思うんじゃなくて、つかみ取ろうと踏み出して手をのばすことが大事なんじゃないかなって」
 真正面から、リッソは自分の中の言葉をぶつけてみた。そしてそれに続き、鴉衣が己のことを話しはじめる。
「僕は英雄の使命と恩人の名以外の記憶をなくしてこの現世界に来た。初めての誓約は先生と交わして、この時は『僕の知りたいことを先生が教えること』だった……埋めなければ不安だった」
 だが先生はその後すぐに亡くなった。宙ぶらりんになった誓約は、少し形を変えてリッソとの間で新たに結びなおされた。
「リッソと共に知らないことを見つけに行く。1人でダメなら2人。それでもきっと足りないけれど」
 より進むことができる。より多くを得られる。2人の誓約には歩みが遅くとも成長していくという決意が見える。
 だがリヴィアは特に反応を見せることはなかった。ダアトの譲渡には未だ傾いていないようだ。
「悪いが、わらわは短剣にさして興味はない」
 続けて不敵な物言いで堂々躍り出たのはカグヤだ。その言葉は嘘ではない。彼女には短剣の入手より優先すべきものがあった。
「ならどうして来たのかしら、と聞いておくわ」
 リヴィアの返しに、カグヤはにやりと笑んだ。
「短剣よりもそなたが欲しいのじゃ」
 欲求を直球で。計算でも何でもない、単なる欲望を悪びれるふうもなく披露。仲間たちの中には額を押さえて頭を振る者もいる始末。
「……また強欲なことね」
「わらわはいずれ世界すべての技術と、それに伴う知識を得るのは決定事項じゃ。その為にH.O.P.E.に所属し利用しておるし、多様な人脈作りや、愚神とも度々交渉を行い、目的の為に手段など選ばずに努力しておる。我ながら底無しの渇望じゃぞ」
 そして今、最も熱く渇望するのが眼前のリヴィアなのだ。組織を纏め上げる知識と才能、それを求めずしてどうする。
「そなたが大好きじゃ」
 ストレートな伝達。カグヤの目的はひとつ、リヴィアと交友を結ぶことにある。そのためなら自分がセラエノ入りしても問題ない、とさえ彼女は言う。
「まあ、いずれすべていただくがの」
 欲望を吐き出したカグヤに対して、リヴィアは口角を吊り上げた。
「人として好ましくはあるわ……ダアトを渡すかは別としてね」
「別に構わんと言ったじゃろ?」
 ダアトを得られなくとも、宣言どおりカグヤは平然とした様子だった。
「長話も疲れるだろうし、一服どうかな?」
 頃合を見計らってジーヤが柔和な物腰で誘う。知らぬ間にジーヤはどこぞから調達してきたテーブルや椅子などを幻想蝶から出し、小さな茶会の準備をしていた。
 今度は自分と話してもらおうではないか、とジーヤはそのテーブルにリヴィアを招く。彼女はまほらまが卓上に置いたティーセットや菓子類を見やりながら、促されるまま席に着いた。
「それで、あなたは何を話す?」
 対面に座るリヴィアの目は鋭く、威圧に近いものをジーヤは感じた。まずは聞き役に徹してH.O.P.E.が要求に受け入れるという姿勢を見せようと考えていたのだが、どうやらそれも無意味だろう。先の風架とのやりとりでわかったようにリヴィアは特別に何かを求めているわけではないのだから。
 相手が求めない以上、対応のしようがない。それなら細かい考え抜きで自分の都合を優先しよう、とジーヤは単純に聞きたいことを聞いた。
「俺、生まれた時から病弱でその都度治療を受けたけど好転しなかった。心臓機能が一番酷くてライヴス技術もうけ付けず死に向かっていく日々……世界は俺を排除しようとした」
「ジーヤはあたしがこの世界に来たとき心臓が止まったわ。蘇生させようと霊力与えたら殆ど持っていかれてこの関係よ。ジーヤのライヴスが変化したから人工心臓への適応が可能になったと考察するわぁ。ジーヤにとってここは異世界ね」
 ティーカップを口元に添えたまま、まほらまがジーヤの話を補足する。誓約を機に彼の世界は変わった。訪れる運命を黙して待つだけではない、己が手と足で拓いていける世界へと。まほらまと巡りあった時に彼のすべては変わったのだ。
「異世界に行けるなら俺もみたい、英雄のいる世界を」
 異界の門が開くという今回の事件を、ジーヤは内心楽しみにしている面がある。1度世界の変革を味わった彼だからこそ、それを再び感じてみたいという好奇心だ。そして、今度は到来を待つだけではない。
「俺は愚神が『見せようとする世界』じゃなくてつかみ取った『未来の世界』を見たい。その為に死んでしまうとしても……もしよければ、リヴィアさんもこっち側から世界を見てみない?」
「見かけによらず大胆ね。でも生憎とその気はないわ。私が見たいのは世界ではないもの」
 ジーヤの唐突な誘い。あわよくばという思いだったが、案の定リヴィアが乗ってくることはなかった。
 ジーヤらとリヴィアの対話を聞きながら、杏奈はH.O.P.E.として何をセラエノに差し出すべきだろうかと考えていた。だが何も思いつけなかった。急に全権を託されようとも、それをどう行使すべきかなど杏奈には皆目見当がつかない。
 しかし短剣を得るためにはリヴィアを納得させることが必要になる。ならば何かしら話すべきだろうと数撃ちゃ当たる方式で杏奈は説得に挑むことにして、ジーヤたちが囲んでいたテーブルに加わる。
「杏奈さん……?」
「私も言いたいことがあります」
 何となく不安げに杏奈に声をかけたジーヤを手で制して、杏奈はリヴィアを見つめて口を開く。
「探索者がすべき事は、巻き込まれてしまった事件の真実を解き明かし、無事に生還する事です。ある時は怪しい教団に潜入して企みを暴き、ある時は友好的な神話生物と手を組んで敵対する危険な神話生物を倒し、またある時は、世界を滅ぼす為に邪神を召喚しようとするのを阻止する為に奔走する。その目的を達成するには、危険な敵地に侵入して情報を集めたり、得体の知れない生き物と戦ったり、場合によっては敵が所有している魔導書を読んで魔術を習得し、実際に使ったりしなくてはいけないんです」
 杏奈は目を輝かせて長々と語る。ちなみにジーヤとまほらまは諦めたような表情で紅茶を飲み、ルナは頭に『?』を乗せながらも真面目な顔で杏奈を見上げている。
「……とても危険です。でも、一度足を踏み入れたからには立ち止まれない。例え狂信者に襲われようとも、神話生物の得体の知れない攻撃を受けようとも、冒涜的なものを目撃して正気度がガリガリ削られようとも、真相を解明し、生還するまでは立ち止まれないんです!」
 がたん、と椅子を弾き飛ばして立ち上がる杏奈。語りきった彼女は実に清々しい顔をしていた。
 そんな杏奈の袖をルナがぐいぐいと引っぱる。
「どうしたのルナ?」
「みんな、もう聞いてないわよ」
「え!?」
 テーブルの上には、飲みかけのティーカップが虚しく残るのみだった。

 月が半分ほど隠れた。皆既月食の完成、開門の時は近い。
「少しだけ本音を入れた交渉といくか……。これは黒絵には聞かせられない内容だな……」
 シウは黒絵に周囲の警戒を依頼し、リヴィアとの会話が聞こえないだろう位置まで彼女を遠ざけた。
「それにしても前回は短剣を巡ってこちらと戦い、今回は短剣を渡しても良いと言ってきている。どういう風の吹き回しかな?」
 気さくに、しかし皮肉るようにシウが呟く。
「状況は刻一刻と変わるもの。あの時と今では違うのよ、少なくともこちらにはね」
 当然だという口ぶりでリヴィアは答えた。その都度、その状況に応じてただ単純に最善を選ぶ。彼女はそれができるタイプの人間のようだった。過去に戦った相手だろうと遺恨はなさそうなので、シウは安心して話を切りだす。
「まず、いちエージェントに過ぎない僕にはそちらに提示するモノが無い。だからこれは交渉ではなく単なる会話と捉えてもらえるかな?」
「どうぞ」
 手を広げてリヴィアが涼やかに応じたのを見て、シウは言葉を継ぐ。
「そちらは僕達のことを知りたいようだから、僕も自分のことを話すよ。僕はね、今でも元の世界に帰りたいと思っている。だから正直、セラエノの研究には興味があるよ」
 例に漏れず、リヴィアは静かに耳を傾ける。その相手を、言葉を吟味するようにじっくりと。
「H.O.P.E.も研究はしているらしいけど、成果は思わしくないみたいだからね。なのに僕らはエージェントとしてこき使われているって考えると文句のひとつも言いたくなる」
「そうでしょうね。彼らが行う研究なんてその程度」
 冷笑するリヴィアが言う彼らとは、ロンドン支部を指したものだろう。
「H.O.P.E.が僕にとっての悪と判断できた時は、セラエノ側につくのもやぶさかではないと思っているよ」
「そう、自由になさい?」
 存外リヴィアの応答は素っ気ない。エージェントたちと会話を続けてみてもダアトを託すべき決め手がなく、すでに心は愚神側へと傾き始めていたのだった。
 交渉が停滞している。そう感じた明珠は自ら話をしに出向く。不要であれば話すつもりはなかったがこのままではダアトが愚神に渡る可能性が高い。
「初めまして、宇津木と申します。隣にいるのは英雄の金獅。少しお話をさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「あら、まだいたのね」
 小さく会釈をすると、明珠は“自分が何を差し出せるか”を論じる。
「H.O.P.E.から差し上げられるものは、皆様の仰った通りです。私が差し上げられるものと言えば思考する脳と金獅以外の全てだけですが、それは代償ではありませんので代償としては何も差し上げられないことになります」
「……ようやく面白くなったわ。これは呼びつけた甲斐があったかしら」
 自分の望みに近い、明珠の言葉を受けて、リヴィアは妖しく微笑む。
 代償が代償ではない。他人が代償と思えども当人に失うという感覚がない以上は代償たりえない。
「五感消失も四肢を奪われるのも貴重な体験ですし、取られる方法。その状態が共鳴にどの様に影響が出るのかも興味深い。脳の保存環境や、共鳴方法、幻想蝶に変化があるのか……あぁ、考えただけで心が躍ります」
 明珠はにわかに高揚しているようだった。目を潰されようと腕をもがれようと彼女には何ら問題のないことなのだ。むしろその先の未知に到れると思うと胸が高鳴る。
 金獅はそんな明珠の様子が気に入らない。嬉々として話す姿は、まるで想い人を語るようにも見えて、実に面白くなかった。
「おい! そろそ……」
「私の仮説や推論等を証明する為の道具が彼なのです。私には脳と彼があればいい。英雄とBMIで繋がれれば英雄と根底が同じである愚神の思考にも介入できるかもしれません」
 苛立ちを見せた金獅だったが、彼の不平は明珠の思わぬ発言によって遮られた。必要であると言われては何も口出しできやしない。
「良いわね。破滅の先も覗きたいなんて」
 リヴィアは明珠の主張を気に入り、短剣を渡しても良いと思った。望ましい答えだったのだから。
 だが言葉は言葉とも考える。言葉はいくらでも偽れる。ゆえに言葉だけでは心を揺り動かす力が足りない。
 結局リヴィアは、明珠にもダアトを譲ることはなかった。

 それを確認すると、構築の魔女は速やかに落児と共鳴。二挺拳銃を両の手に携え、リヴィアめがけて突っこんだ。
「一撃すら耐えられない可能性はありますが交渉として矜持を示しましょう」

●愚者

 単騎、交戦。構築の魔女に加勢する者はその場にはいなかった。その行為は『交渉』に類するものだとわかっているからだ。
 構築の魔女が動いたのに合わせ、リヴィアも手元の魔導書を開いた。戦闘が始まる。
 距離を詰め、死角に回りこんでの攻撃を狙う構築の魔女だったが、1対1の状況で死角を狙うなど至難の業だ。どころか逆に攻撃を喰らい、異常な威力に体は悲鳴を上げていた。
「これは……リカバリは出来ませんね」
 2発目を喰らっては耐えられない。そう理解した構築の魔女は、幻想蝶からライヴス結晶を取り出した。結晶から多量のライヴスをその身に取り入れ、体内でそれは激流へと変わっていく。
 リンクバーストだ。しかし構築の魔女の目的はそこではない。
「さぁ、第2ラウンドを! 機会があればこの後、何が起きたか教えて下さると嬉しいわ」
 その場の者たちに声高に告げ、魔女は故意にバーストクラッシュを引き起こす。そして更に先、ライヴス制御を自らの意思で放棄することを試した。
 彼女が目指すのは『邪英化』だった。英雄、邪英、愚神と元は同じだろう存在になぜ変化し、知識に偏りが生じるのか。彼女はそれを知りたかった。だから自らそこへ行くことにした。
 それは勇敢ではなく無謀、知者というより愚者の取る行動だったろう。1歩誤れば意識ごと消え去るかもしれない。
 しかしそれでも構築の魔女は試した。存在を賭した探求だった。
 結果として邪英化には失敗し、魔女と落児は分離した姿でその場に倒れ伏した。一目ですでに行動不能に陥っているとわかる。リッソや杏奈が意識のない2人に駆け寄った。
「……何のため?」
「たぶん、答えはこの中だね」
 いぶかしむリヴィアに、歩み寄ったシウが手紙を渡す。構築の魔女から託された手紙だ。
 文面に記されていたのは、H.O.P.E.が短剣のために何を差し出せるかについての魔女の私見だった。
 多様性と可能性。知らないからこそわからないことに対して多くの手段が取れると述べてあった。そしてその一環として、H.O.P.E.とセラエノとで同盟を組んでみないかとも。
「身を滅ぼすほど愚かしい覚悟は好きだけれど、愚者と組むつもりはないわ」
 そう言ってリヴィアは手紙をシウの手に返した。

 短剣『ダアト』を紙片に添えて。

●合意

 祭壇に突き立てられたダアトが、強力なライヴスを帯びはじめているのをその場にいる全員が感じ取っていた。遺跡群を覆う闇は一層濃くなり、異界の門が間もなく開くことを告げている。
「すこし個人的なこととして聞きたいのですが……リヴィア、あなたはなぜセラエノを作ったのですか? あなたの親の遺志を継ぐため?」
 その場を引き上げようとしたリヴィアに、風架はかねてより気になっていたことを聞いた。リヴィアのだいたいの来歴はH.O.P.E.に情報として登録されてあるのでナイ博士のことも当然に頭に入っていた。
「つまらないことを聞くものね。私は必要なものを作っただけよ。私の思いを遂げるためのね」
 リヴィアは風架を見ることなく答えた。
「……以前戦った時もですがなぜあなたは一人で行動を?」
「一人で済むなら一人でいい、というだけよ。人手が要るなら人を使うわ」
 続けられた風架の問いに、簡潔に返すリヴィア。どうやら特別に理由があるということでもないらしい。
 去り際、リヴィアのもとにカグヤは寄っていき、1本のフェイクシーカを送呈した。
「短剣のフェイク、ね」
「以前の贋作とは別物じゃ。目的の為にこんなものを大量生産できる技術と組織力。それにプリセンサーの未来予知、ワープゲートの空間移動。H.O.P.E.の優位な点はそなたであれば理解出来るであろ? 手は組めずとも今は真理の探究のために一時的に停戦できんものかの?」
 構築の魔女が発した同盟は無理でも、停戦ならできるのではないか。短剣入手のその先、セラエノとの一時停戦に向けてカグヤはその利を説く。H.O.P.E.としては大規模な戦いを前にして敵を増やしたくはないし、セラエノとしては門周辺の争いはH.O.P.E.に任せて苦労なく門の調査や研究ができる。互いに損することはないのだから停戦の可否を検討する価値はある、と。
「……そうね、一時停戦の利益はある。こちらはそれを呑んでもいい。あくまで“停戦”なら」
 セラエノとしても雑事に煩わされず門の観測ができる停戦は都合が良かった。カグヤはその先も見据えてはいるが、現状で引き出せるのはせいぜいこの程度になるだろうとも理解していた。
 ともあれH.O.P.E.の負担が減るのは確かだ。


 遺跡群にはいよいよ不穏な空気が充満しはじめていたが、『ダアト』を巡る交渉は思わぬ成果ももたらしてくれた――だろうか。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535

重体一覧

  • 誓約のはらから・
    辺是 落児aa0281

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    リッソaa3264
    獣人|10才|男性|攻撃
  • 味覚音痴?
    鴉衣aa3264hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
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