本部
みんなの思い出もっと見る
掲示板
-
劇場にて【相談卓】
最終発言2016/06/18 14:06:17 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/06/16 20:08:12
オープニング
このシナリオはグランドシナリオです。
他のシナリオと重複してご参加頂けますが、グランドシナリオ同士の重複参加はご遠慮ください。
●2時間前
アル=イスカンダリーヤ遺跡群は、かつてローマ帝国に属した都市の名残である。
四面門を備えたローマ様式の円形劇場で、女が一人で踊っていた。
「嬉しいですわ、嬉しいですわ。神の定めた規律を維持するために、力を行使することを許されるとは」
鋭いほど細長いヒールの足元はおぼつかなくて、何度も欠けた石畳に躓いてよろけている。女性の性的特徴を極めて下品に誇張するそのドレスは、砂の色一色の世界で、血の滲むような鮮烈さでひらひらと舞った。
愚神アッシェグルートは倒れるようにその場に跪き、手にした短剣を天に掲げる。まだ青い月が白刃を照らした。
「これがオーパーツ『セフィロトのシーカ』……生命の樹を紐解く鍵の一本、峻厳(ゲブラー)の短剣……」
その短剣群は、この遺跡に散在する祭壇に対応している事が分かっている。遺跡自体が異世界への『扉』なのだ。
必要以上に色っぽい歌声が、何処の言語とも知れない詩をうたいあげた。
「"紅の月がまどかなる劇場への道を拓く。
不完全なヒトは、己を刺し貫きて舞台が幕を開けよ。回路は啓き、其は完全へと、神へと近づかん。
誰か知ろう、百尺下の水の心など。
抗争は世の常で、流されるまま、雑魚は歌う。我らは波騒、森羅万象は、≪インペラトール≫の為に――"」
――同時刻、慌ただしさを極めるアレクサンドリア支部ブリーフィングルーム。
「……映像が遠いが、確かに、アッシェグルートだろう。報告は真実だったのか……どうしてこんな所に」
忌々しげなオペレーターの言葉が、エージェント達の耳に届いた。
据え置きの大型モニタには衛星カメラからリアルタイム映像が転送され、荒野の遺跡で、場違いなドレス姿の女が狂ったように踊る姿が確認できた。
「こいつはトリブヌス級、識別名『燻る灰』(アッシェグルート)って愚神だ。
性格は狂気的、三度の飯より人間の戦争が好きらしい。幸い、一時期は無秩序に暴れ回っていたんで、戦闘データは豊富だぜ。古龍幇まわりで過激派ヴィランを援助してる可能性が高いんで、俺の方でもマークしてたんだ。
此処に現れたって事は、より格上の存在……レガトゥス級の指示だろうな。居るだろうぜ、何処かに」
「そやつは、プリセンサーの観測したレガトゥス級とは別個という訳じゃな」
「どうでもいいけど、お前、その中国訛りは何とかならねぇか」
顎に手を置くデイ・ブレイク(az0052hero001)、続ける蒼 星狼(az0052)へ、オペレーターが言い返す。
「うるせぇ、俺の担当はアジア圏能力犯罪なんだ、和平締結の影響でいまあっちも滅茶苦茶忙しいんだよ。そういう事情でも無ければ、誰がこんな砂漠なんか来るか。外は極寒だぞ、精々気をつけろよ」
「その方、商売干された元傭兵だそうじゃな。この周辺の地理にも明るいので、遥々シャーム共和国まで派遣されて来たのじゃろ? 存分に頼らせて貰うぞ」
「フン、道案内は任せな。こっちの手にあるのは、栄光(ホド)の短剣と、理解(ビナー)の短剣だ。幸い、この二本に対応する祭壇は調査隊のおかげで既に分かってる」
オペレーターの言葉に、デウスエクス・マキナ(az0001)が頷く。
「アッシェグルートの居る円形劇場内にはもう一つ、峻厳(ゲブラー)用の祭壇があるはずなんだけど……こっちは、まだ正確な場所は不明なのよね」
「じゃあ、相手が持っているのは、きっと峻厳(ゲブラー)の短剣だね」
キャンディ・アリス(az0001hero001)がペロキャンを咥え直して、予想を口にした。
……そう、相手はトリブヌス級だ。その手には、神の許した暴力を象徴する短剣が握られている。
「……プリセンサーじゃ、随分なお告げが出てるそうだな。
遺跡に配したエージェントは全滅、死者多数、異世界の門は愚神によって開かれ、そこから出てきたモンは奴らの手駒――ライヴスの潮流が示唆するのはそんな未来だ。現実にはしたくねぇ」
オペレーターの台詞に、一瞬静まる室内。……マキナが、元気良くその場で声をあげた。
「大丈夫、絶対に愚神の思惑通りにはさせないわ! ……皆で、生きて帰りましょ!」
エージェント達も、そこに力強く頷いただろう。
●現在(イマ)
皆既月蝕の発生までは、もう間もなく――
アッシェグルート対応の為、エージェント達は遺跡南部・円形劇場付近へやって来た。共鳴を済ませ、戦闘準備は万端だ。
「俺は西の栄光(ホド)の短剣に対応する」
「じゃあ、マキナは東の理解(ビナー)の祭壇をやるよ!」
『構造的に、残る峻厳(ゲブラー)の祭壇は劇場中央――舞台の上あたりにあると思うんだが、調査隊も見つけられないでいたようだ。もしかしたら、埋まってんのかもな。
最低限は、アッシェグルートがそこに短剣を刺すのを阻止する事。そうすりゃ遺跡の霊力回路に流入する負のライヴスが減って、最悪の展開は避けられるだろう。出来るなら、短剣の奪取や敵の撃破も目指したい。だが……』
通信機の向こう、一息置くオペレーターに続けて、その場にいるエージェント達の幻想蝶から相棒の声がする。
『無理をするでないぞ』『無理しないでね』
能力者達は頷き、生還を心に誓う。
そして、劇場へ足を踏み入れた。
「ご存じ? 主星の影に隠れても、何故月が見えるのか。赤色の光は波長が長いから、月まで届くのです……太陽は偉大ですね」
愚神アッシェグルートは、寂寞の舞台に、背を向けて立っていた。
動物の角のように固まった禍々しい頭髪は、くるりと振り返っても風に靡く事はない。
「貴方たちはただ、流されていれば良い。大いなる力が、この世をあるべき姿に導きます。それを阻むのなら、このあたくしが手ずから、相応しい末路をご用意致しますわ」
愚神が両手を広げると、火の玉がふわりと浮いた。そこから立ち上る負のライヴスは、入道雲と化して舞台を覆ってゆく。
劇場の左右円周上には、それぞれ床から白い塊が生えてきた。報告にあった従魔であろう。
愚神は愉悦に嗤う。
「私の愛しい、愚かなヒト……さあ、始めましょう?」
紅い月の照らす舞台で、神へ至る路――セフィロトの樹の覇権を巡る、戦いの幕が開く。
解説
概要
円形劇場に存在する、3つの祭壇の制圧を目指します。
祭壇
それぞれ劇場の西、中央、東に一直線に位置し、西が栄光(ホド)、東が理解(ビナー)の短剣に対応します。祭壇に短剣を突き立て、供給されるライヴスを固定するには、メインアクションを消費します。
(PL情報:峻厳(ゲブラー)の祭壇は、舞台が破壊されることで地上に露わになります。愚神が舞台を破壊して露になる可能性もあります)
敵構成
・デクリオ級従魔『クラーゲンツァイシェン』×25体程度
塩の人形です。東西の祭壇に10体ずつ出現し、その後も愚神の采配で追加されます。
知能は低く、ゾンビのような近接攻撃のみです。短剣を持つPCを殺して短剣を奪おうとします。
・デクリオ級従魔『プラッテフンケ』×1
愚神の取り巻きで、小さな火の玉状の核を中心とした入道雲のような巨大な従魔です。
黒雲の内部は猛毒のため、核の周囲2スクエアではBS【減退(2d6)】を受けます。(特殊抵抗によるレジスト判定有)
範囲5内にライヴスを散布し、味方が受ける攻撃の判定値を1d6低下させるパッシブスキル【ギフトリゲン】を持ちます。
・トリブヌス級愚神『アッシェグルート』
魔法の羽根扇を武器とし、魔法能力と命中に非常に優れますが、それ以外はさほどでもありません。
範囲3に火柱を発生させる【ヴルカンフォイア】というスキルを使います。射程1~15。
また、スキルを含む攻撃の命中時に、爆発によって1d6の追加ダメージを与える【ピュロマーネ】というパッシブスキルを持ちます。
他にも、未判明のスキルがあるかもしれません。
NPC
指定が無ければ、蒼 星狼は西、デウスエクス・マキナは東の祭壇周辺の従魔討伐に参加します。
戦闘エリア
直径150メートル、すり鉢を地面に埋め込んだような造りです。尚、柱のみで壁や屋根はありません。赤褐色の月光のため、視界に困窮する事は無いでしょう。
リプレイ
●一寸先は闇
「舞台の上の大一番! って所かな。いいね、シェイクスピアでも引用したい気分だよ」
暗雲の立ち込める円形劇場遺跡で、白磁は月灯りに浮かび上がるようで。
冷たい砂と、乾いた風の匂い――木霊・C・リュカ(aa0068)は夜の砂漠の空気を吸って、見えない世界に思いを馳せた。
「……今望んでいるものを手にして、何の得があろうか。それは夢、瞬間の出来事、泡のように消えてしまう束の間の喜びでしかない――なんて、ね!」
「リュカ……油断、するなよ」
「堅いなぁ。決まってるでしょ? ……甘さを求めて、ブドウ一粒のために、ブドウの樹を倒してしまう人なんて居ないんだから」
生きていれば、もっと素敵な物語を探す事が出来る。それは闇の底でも消える事の無い、彼の愛する宝物。
だから今は、ただ戦う。オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は沈黙を以て御意を示した。
「聞いたか。未来は絶望だそうだ」
ガルー・A・A(aa0076hero001)の言葉は、誓約を確かめるように。
「……させません。
食い止めますよガルー、必ず! 皆の明日を守る為に」
紫 征四郎(aa0076)は英雄へ強く応えた。輝る金瞳は月光よりも力に溢れ、そこに燃える仲間と戦う覚悟は、恐怖よりずっと色濃い。ガルーの表情は、誓約の履行への充足に満ちて。
「……そうこなくっちゃな」
「ふふーふ、そっちも頑張って。あんま怪我しないでね」
「ええ、ちゃんと生きて帰りましょう、リュカ!」
「……無茶はするな」
「そっちこそな」
紫と木霊が短く笑みを交える傍らで、オリヴィエはガルーと小さく囁きを交わした。
二人の英雄が能力者の持つ幻想蝶に触れると、閉じ込められた情景は呼応するように揺れる。
燃ゆる夕焼けはあふれ、透かし翅の蝶を思わせる光が零れる。黄昏は夜へ移りゆくように、菫色の蝶を思わせる煌きを放つ。
共鳴したオリヴィエと紫は、力を得た姿で底冷えする砂を踏んだ。
――向かうは、強大な愚神。此処は、異世界と現世が交わる場所。
示唆された未来は、真っ赤な戦場と、新たな脅威の召喚――
「絶望的なプリセンサーの予知、か……敵の戦力や組織立った動きを見ると確かに現実味を帯びてるかな」
「厳しい戦いは確実じゃろな……が、皆すごすごと負けてやる様な連中でもあるまい」
「勿論です、椋。護りを固めて予知実現を防ぎましょう」
「そう、ですね。血まみれは嫌ですもんね!」
唐沢 九繰(aa1379)がエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)に頷いた。余りに現実離れした未来に、彼女は理解が覚束ないのだろう。それでも、為すべきは心得ていて。
椋(aa0034hero001)は秋津 隼人(aa0034)に続ける。
「……無論、お主もな」
「そうだな、その通りだ。足掻いてもぎ取る、底力ってのを見せてやろう」
「しかしトライアルフォー殿、砂が機構に噛んだりはせぬのでござろうか……?」
「こーちゃんは本当、ノーテンキよね……」
小鉄(aa0213)だけはいつもの調子で、エミナにそう問いかけた。――いや、心なしか緊張しているだろうか。稲穂(aa0213hero001)の方が。
「心配無用です、小鉄。この程度の砂塵は問題ありません」
「私は後でメンテが大変そうです……」
しかし、応える唐沢の唇に普段通りに近い笑みが浮かんだのは、小鉄のお蔭だろう。緊張も無理は無い……唐沢は、仲間たちがセラエノから守り抜いた短剣を預かっていた。
小鉄は彼女が腰に下げた鞘を見て言う。
「思ったのでござるが……大事なおーぱーつをかように分かりやすい所に付けていて、大丈夫なのでござろうか?」
「ああ! これはですね……ごにょごにょ」
「なんと、贋作! 本物は幻想蝶の中――」
「しー! こーちゃん、声が大きい!」
「う、うむ。しかし、よく思いついたでござるな」
「最初にこの作戦を仰っていたのは確か、北里さんなんです。すごいですよねっ」
北里芽衣(aa1416)はちょうどその頃、通信士との連絡の最終確認の最中。これから逝く者を悼む黒衣に、玉肌と紅の瞳は冷徹なまでに映えて。
「フェイクとは良い作戦だ。唐沢嬢の他にも、4人が偽物を持っているな。愚神はともかく、従魔は確実に混乱するだろう」
『ふん、あたりまえじゃないのっ! 芽衣はすごいのよ!』
「アリス……
はい、その通りです。作戦を採用頂きありがとうございます……」
内側に居るアリス・ドリームイーター(aa1416hero001)を宥める北里に、オペレーターは舌を巻く。
「いや、流石だよ。全体への通知はおたくに一任する。……言うべきがあれば、今だぞ。気を付けろ……あの愚神、恐らくは人の心を操れる」
「はい、留意します……。
では皆さん、短剣を刺すタイミングについて共有を。
それは、従魔が駆逐され、安全が確保された瞬間が好ましいと思います。勿論、急を要する事態ではその限りではありません。しかし、短剣を設置さえしてしまえば、流入するライヴスの属性はその時点で固定されます。逆に愚神の刺した短剣を刺し直す事も出来ませんから、最低限、敵の前で祭壇をフリーにしないようにしたい所です」
短剣を担う唐沢と紫ノ宮莉音(aa0764)は頷いた。
「そうですね……攪乱役は手練れの皆さんにお任せしますので、私は殲滅まで、前衛壁役に専念します」
「くくりん、マキナも護衛頑張るから!」
『短剣、頼んだよ』
キャンディ・アリス(az0001hero001)と共鳴したデウスエクス・マキナ(az0001)は、全身を魔女風のローブで覆っている。
「デウスエクス殿に聞いて、祭壇の護衛が不要というのも承知奉った。唐沢殿、背中は拙者らに任せて欲しいでござる」
「頼りにしてくれて良いんだからねっ」
「ありがとうございます!」
小鉄達に応え、一同も共鳴へ。
次々に戦闘態勢に入る仲間の中で、紫ノ宮も華奢な身体全体を使ってやる気を表現する。
「よ~し! 莉音、頑張っちゃうのですよ~!」
「油断すんじゃねえぞ、莉音」
「レオンちゃんこそ、キレイなお姉さんにデレデレしてたらダメなのですよ~」
「誰もデレデレなんざしてねえだろ!」
色の無い砂の海で、彼女とレオンハルト(aa0764hero001)の元気さは異色を極めた。但し、目指す所は誰もが同じ。無論、齶田 米衛門(aa1482)も。
「人?の趣味さとやかく言う気はねどもな……見た目がな、何とも言わいね。化生がや?」
「ああ、化粧、じゃなくてな」
「化粧は通り越しでるなぁ。あれをきれいなねっちゃんと言うのだば、すてっこわがんね」
スノー ヴェイツ(aa1482hero001)が相槌を打つと、首に巻くほど長い赤毛が夜風に揺れた。雲一つ無い空に近しい色の瞳は、相棒の覚悟をも良く汲み取っていて。
「……やるんだろ、米衛門」
「もずろん。手の内晒す為に動くってのはオイには難しいしな、出来る事は盾になるぐれだ。接近を易々許す奴だばねべどもそっだら関係ね、ガンガン突っ込むッス!」
「ああ、オレ達にはそれしか道はねーな。けど、頑丈が取り柄のお前でも、死ぬときは死ぬんだ。戦力の低下は一番の足手纏いだぜ?」
「んだば、他の動きは邪魔さねよう突っ込むんがオイの仕事ッスな。無駄に受ける必要はねども、誰かが受けねばな」
「おう。全滅しなけりゃあオレ達の勝ちだ――」
「全滅なんて、させない。誰も死なせたりしない。成し遂げて、生きて帰ろう」
スノーに被さる強い語気は御代 つくし(aa0657)。
メグル(aa0657hero001)は仲間と、誰より能力者へ、落ち着き払った声を掛ける。
「無理はしないように。けれど全力で、挑みましょう」
「よっしゃ! ガンガン盾さ使ってけれ、耐える!」
「分かりました、必要な時は呼びますから」
齶田に呼応したのは佐倉 樹(aa0340)。ともすれば冷酷なその言葉を裏打ちするのは、彼の実力への深い信頼。
そんな佐倉を、御代は見上げる。彼女の手には、鞘で覆った短剣が握られている。
「いつきちゃん、私も頑張るから……帰ったら、美味しいパフェ食べに行こうね! だから、怪我したりしないで……!」
「つくしさん……。……そうですね、楽しみにしています」
感情の起伏が少ない佐倉も、御代にはやや特別な感情を抱くようで。彼女にしては珍しく、浮かべた微笑みは割合まとも。
偽造の短剣を胸に、御代はこくこく頷いた。その表情を陰らせるのは、大切な友人を傍で庇えない不安で。
「ダイジブ。樹ニは、ワタシもツイテる」
シルミルテ(aa0340hero001)が言うと、御代の影は微かに薄らいだ。
「うん。みんなでなら、きっと大丈夫だよっ!」
「……えぇ、皆で。僕もそう、信じています」
元気良く返した御代に、メグルがやや遅れて続けた。
微笑むシルミルテの手には昔懐かしい携帯電話が握られ、電話口には墨色(aa3139hero001)が立っている。
「……大丈夫。今のところ、通話異常は無し……」
『ン。りょーかイ』
「墨色ったら、いつの間にミルテさんと番号を交換していたのかしら?」
霙(aa3139)は不思議そうにした。――森の知己たる黒猫は、魔女と同じに、領域を侵される事を何より嫌う。彼の鼻は嗅ぎ取っているだろう、この夜を蝕まんとする瞬間が、目前に迫っている事を。
門の前に立つ蒼 星狼(az0052)とデイ・ブレイク(az0052hero001)へ、鯨井 寝具(aa2995)とゴールドシュガー(aa2995hero001)が合流する。
「よろしく頼むぜ」
「こちらこそ……ン? なんだ、どっかで見た事あるな」
「おお、てれびに出とるあいどるじゃろ! どうやってあの箱から出てきたのじゃ?!」
「あら、シングも有名になったわね」
「おいおい、止せよシュガー。俺の実力はまだまだこんなモンじゃねえだろ。月蝕のレッドカーペットの主役は、愚神じゃなくこの俺だ!」
「えーと、あー赤嶺、通訳頼む」
「星狼、きみの耳は正常だよ。寝具も、張り合うとこはそこじゃないだろ」
近くに居た赤嶺 謡(aa4187)がツッコむ。ジャスリン(aa4187hero001)の華美なスリーピースは、荒野の只中でも湿潤な色気に満ちていて。
「でも、悪くない表現でしょ? 月蝕のレッドカーペット――ヨウちゃんの鷹の目に良く映えるよ」
「馬鹿言ってんな。けど、紅い月、か。眩しくなくていいな……」
「赤っぽい、月の光……あんな風に……何かに染まるの、かな……」
赤嶺に触発されてか、木陰 黎夜(aa0061)が呟いた。その主語とは、彼の何であろうか。対するアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の口振りは安心させるようで。
「黎夜は黎夜よ。どんな時でも、ね。……さあ、最終確認よ。皆、連絡手段の準備は良いかしら」
「こちらも。最終チェック、大丈夫?」
「問題ない。道具もバイタルも整ってる」
クレア・マクミラン(aa1631)がリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)にリュックサックを開いて見せる。中には充分な量の軍用医療用品が詰められていた。更には、事前に自身を含めた味方の体調も管理把握出来ている。
『テステス……心配事は轍の血圧が相変わらず低いくらいさ』
「クリアーだよ、クレア。心配いらない、僕なら絶好調だ」
「よく言いますね」
「僕はいつもこうだけど、仕事はちゃんとしてるよ」
通信機の向こうは不知火 轍(aa1641)。傍で雪道 イザード(aa1641hero001)が呆れた。
「方針だけど、作戦開始と同時に、塩人形の数を数えに行こう」
「阻害や支援行動に先んじて、ですか?」
「"一度に何体出現"したか、"上限は何体"か、は知っておくべきだ。キリがあるなら良いけど……無限湧きだったら、真面目に戦うのは体力の無駄」
「なるほど……」
「もし後者なら、目的優先に切り替える。短剣を刺した後は放っておいて良いって言うから、多少楽になったけど」
「分かりました。その後は?」
「戦況を観るよ……全体を把握しとかないと後手に回りかねない」
クレアもまた、不知火と同じ考えであろう。続々と門前に集まるエージェント達に、クレアが声を掛ける。
「虎噛さん、紫さん、私は西側に居ますので、何かあれば連絡を。戦いは此処で終わりではありませんから……私はダメージコントロールに主眼を置きます」
「はい、クレア。中央は任せてください」
「おっけ、じゃー俺ちゃんは東側の負傷状況を管理するぜー!」
紫と虎噛 千颯(aa0123)もクレアに頷いた。虎噛は白虎丸(aa0123hero001)と共にマシナス壺に関わっており、理解(ビナー)の短剣には思い入れがある。
「んー乗りかけた船だし、ちょい頑張ろうかなー」
「作戦が上手くいく為に、やれる事をやるでござる」
「だな! よし、スキル活性化オッケー、連絡手段オッケー、真赭ちゃんオッケー……」
「どういう事なのよ、それは」
くすり、來燈澄 真赭(aa0646)が可笑しそうに問う。虎噛はにっこり笑って。
「ちゃんと挨拶したかどうかセルフチェックなんだぜー!」
「何だそりゃ。相変わらず元気な奴だな」
「緋褪ちゃんなんかヒドイっ」
緋褪(aa0646hero001)も笑みを見せ、味方の雰囲気は少なからず和らいだようだ。
中央担当班では、祖狼(aa3138hero001)がライロゥ=ワン(aa3138)に釘を刺していて。
「祖狼、いくゾ」
『独りで突っ走るなよ?』
「分ってル!!」
共鳴したライは普段よりずっと男性らしい容姿で、元来の正義漢も際立って感じる。例えば、女性を守る為ならば――無茶をしがちな能力者を、英雄は冷静に見守った。
強敵との闘いを望む赤城 龍哉(aa0090)もまた、闘る気に満ちていて。
「トリブヌス級か、直接向き合うのはアンゼルム以来だな」
『人心を操るという情報、軽く見てはいけませんわよ』
「とは言え、気にし過ぎて予言通りってのは笑えねぇからな。やるぞ、ヴァル! リー! イン!」
『ええ、龍哉』「おう!」『うむ』
彼の突き出した拳に、リィェン・ユー(aa0208)が拳を合わせた。共鳴するヴァルトラウテ(aa0090hero001)とイン・シェン(aa0208hero001)も、それぞれ心中で声を合わせる。
「それにしても、なんつぅかあの愚神……色んな意味でぶっ飛んでそうだよな」
『まさに痴女じゃ!!』
「……」
リィェンは身体のあちこちが露出する衣装を身に着けている英雄姫に(おまえがいうか?)と言いたげな顔をしたが、結局何も言わなかった。
「あの、赤城さん、リィェンさん。愚神に近づくまでは、遠距離から援護しますねー。可能な限り、手出しをさせないのですよー!」
「おう!」「よろしくな!」
『そして突撃だー!』
「プレシア……」
スナイパーライフルを携えた狼谷・優牙(aa0131)は、前に出る気が先立つプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)に少し困らせられている様子。
全員が共鳴を終えて、門前は慌ただしい。志賀谷 京子(aa0150)はアリッサ・ラウティオラ(aa0150hero001)の心に囁く。
「ほんとにてんてこ舞いだね!」
『こういう時は相手も無理をしているものですよ』
「そうだといいけど。どちらにせよ、好き放題にやられるのはつまらないもの。やり返さなきゃ」
『ええ、目にもの見せましょう。交渉の仕事などもしましたが、これこそ我らの本領ですしね』
「……そうだな。愚神側が無理なスケジュールで動いている可能性は確かに高い」
防人 正護(aa2336)はかねてより心配しているある事について思案を巡らせる。それはアッシェグルートの資料が想像させたもので。
「……"現在は何者かに囲われている模様。失踪と同時にアジア各国で能力者失踪事件が発生し始めた"、か……
心を操って失踪した能力者を手駒として持っている訳じゃないだろうな……? だが、この急襲でそいつらの運送が果たして叶ったか……」
『ジッチャン……?』
「……アイリス、お前は今は、ただ俺に力を貸してくれれば良い」
幼い古賀 菖蒲(旧姓:サキモリ(aa2336hero001)に考えさせるには、それは余りに残虐な想像だった。
(幻想蝶にはグレイプニールもある……拘束して疲弊させれば、元に戻せるだろうか。何れにせよ、即時全体連絡は必須だな。ま、予想が外れる事を祈るが)
思慮に耽る防人の横を、獅子ヶ谷 七海(aa1568)が通り過ぎる。
「七海……っと、中身は五々六か」
意見を聞こうと防人が声を掛けても、大股で歩く少女は振り返りもしない。分厚い大剣は既に活性され、臨戦態勢で――五々六(aa1568hero001)の強い愚神への憎悪が透けて見えた。
そして、愚神の所業については、北里の懸念事項でもある。
『皆さん可能性として、失踪した能力者達が敵として現れる事を想定していらっしゃると思います。
もしもその時には、動揺せず鎮圧しましょうね……! 元に戻せるかも知れないのですから』
通知を聞く防人に、秋津が歩み寄った。
「どうやら命がけの時間稼ぎにお付き合い頂けるそうで」
「ああ……迎撃は難しいだろうからな。俺達が足止めしてる間に、取り巻きを倒してからが本番だ。しかし――随分良いシャンパンだな」
「もちろん。よく振ってある」
秋津の手にはたっぷり汗をかいたフルボトル。針金がコルクに食い込んでいて、破裂寸前なのが見て取れる。
彼の傍には、自然と同じ部隊に属する仲間が集まっていた。秋津、小鉄、御代、そして齶田。小鉄の横には、唐沢も。
「足並みを揃えて行きましょう!」
「うむ。……いざ、推して参る」
「みんな、全力でぶっ飛ばしちゃって!」
「ッス!」
唐沢と小鉄組に、齶田達も声を合わせた。
佐倉が見上げる中、月が、欠け始める。
「時間ね」
「『では、往こうか!』」
『――ミッションスタート! 皆さん、生きて。そして勝ちましょう!』
秋津の鬨に、北里の無線が重なった。
●「私の愛しい、愚かなヒト……さあ、始めましょう?」
愚神の居る中央の舞台は黒雲に、左右の祭壇は従魔に覆われている。
劇場に入るや、鯨井は真っ直ぐに西側を目指した。
「雰囲気のある良い円形劇場だ」
『そうね、ちょっとだけ古いけどね』
「何だよシュガー、そこが良いんだろうが。
愚神もまあ中々に芸達者な感じだが、どうにも血の匂いが強すぎる。エンターテイナーが、ンな殺気走らせてちゃ客も引くぜ。
つーわけで、悪ぃがこの劇場の主役の座、スターオブスターたるこのオレが頂くことにするぜ!」
『良いわよシング、その調子!』
木陰の初手は蛇弓。青い雷撃を纏ったライヴスの矢は、短剣を持つ紫ノ宮の進む先の従魔を射倒す。
「……行って!」
共鳴する事でやや緩和されているとは言え、強い男性恐怖症の木陰が紫ノ宮にそう告げる事は、かなりの努力を要しただろう。開始前にアーテルに言われた事が作用したに違いない……英雄は誓約の履行に伴い、木陰を覆うライヴスが高まるのを感じた。
紫ノ宮もそれを理解し、頷いて走り出す。
攻撃は命中したものの、涙を流して嘆き続ける人型の従魔は再び起き上がっていた。
『……アンデッド系の敵の大半はしぶといから嫌いだわ』
「こいつらも、そう、だね……」
短剣を手にした紫ノ宮には従魔が次々群がる。
「コレが欲しいのかよ? 欲しけりゃ取ってみな!」
『わああレオンちゃ、突っ込むのー?!』
「単純な攻撃しかできねえなら、いちいち敵に構わず祭壇まで突っ切るぜ!」
躊躇無く砂塵の劇場を往くレオンハルトに、身体の主導権を預けた紫ノ宮は悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。護衛の為に並走する赤嶺も励ます気があるんだか無いんだか。
「キミが倒れると世界が壊れるんだろ。気合入れて行きなよ」
『ヨウちゃんそれ応援じゃなくてプレッシャーかけてるだけだよ』
「おう、ありがとな! 謡さん」
「見ろジャス、普通に励まされてるぞ」
『ごめんね、ヨウちゃん。……! 前方、敵集団だよ!』
「ああ、見えてる。少し待ってろ。道、作ってくる」
赤嶺が、童子切の鞘から鍔を押し上げる。
敵の只中に飛び込むと、男女のすすり泣く声を籠らせたような従魔の声が耳元を掠めた。
次の瞬間――刃が走る。3体の従魔が、怒涛乱舞によって斬り弾かれた。反撃を食らいながらも、続けて赤嶺のストレートブロウが進路を切り開く。
「今だ、紫ノ宮」
「ああ、サンキュな!」
『なるべく、リオンちゃんが一人で囲まれる状況を少なくね。周りはボク達に任せて祭壇に集中してもらおう』
「分かってる。一気呵成で確実に仕留めていくよ」
赤嶺が個体処理に掛かり、フリーの紫ノ宮はエクスキューショナーを振り被る。
「死にたくなけりゃ退きな! 僕は引かねえぜ!」
『あはっ、言っても塩人形じゃ聞きやしないと思うよ!』
追い縋る従魔は2体――超重量のストレートブロウが炸裂し、従魔は真っ二つに。肉片は数メートル飛散し、血液に代わって涙のような塩気の強い体液があたりに撒き散らされる。しかし、それらはすぐに肉体を再構成しようと蠢動を始める。
『ノーコン。膝あたり狙うんじゃなかったのー?』
「うるせぇ、思ったより柔らかかったんだよ。しかも、元に戻りやがる……邪魔な敵が蹴散らりゃどこ斬ってもいいだろ!」
赤嶺は倒れた従魔に、日本刀を突き付ける。従魔は起き上がろうとして、赤嶺の脚腰に掴みかかろうとする。見下ろす赤嶺に人外への慈悲は無く。
「塩の塊に抱き着かれる趣味は無いんだ。悪いね」
刀が突き立てられると、艶やかな白銀の鷹羽根に返り血が飛散した。
「なんだこれ、しょっぱいな。気持ち悪いし、髪が痛みそうだ。最悪……」
『ヨウちゃん、心配してる暇はなさそうだよ。次々来る!』
「だから、見えてるって」
「赤嶺、一旦離れろ。まとめて焼き払う!」
背後から、鯨井の叫び。
赤嶺が身を引けば、間髪入れずにそこへブルームフレアが花開く。
「さあ、ショータイムだぜ! 俺を見ろ、従魔共!」
「駄目押し、だ……」
そこへ木陰もブルームフレアを打ち込み、3体の従魔は業火になめられてのたうちまわった。ガサガサに乾燥して真っ黒に煤けていても、従魔はまだ動く。さらに、残りの塩人形は先行した紫ノ宮に集っている。
『流石に数が居るわね……まずはこいつらを一掃しないと』
「ああ、重要なのは初手だ。雑魚っぽいが、こいつら中々タフだぜ。調子こいてると押し込まれるだろう。
その前に、出鼻をくじくッ! 流れを作るッ! ガンガン叩き込んでくぜッ!
敵の頭数さえ減りゃ、手数で負ける此方がその分の余裕をもって対処できるからな!」
言いながらも、鯨井は出し惜しみ無く範囲魔法を次々に敵集団に放っていった。
輝く洋扇を振るう姿は、まるで華麗に踊るようで。謡うようにライヴスを高める度に、紫ノ宮の傍で華炎と霊風が交互に巻き上がった。
「――西にあるのは栄光、目指すのはスターとして当然のコトだ。
鯨井シングの魂の戦闘(ライヴ)、魅せてやろうじゃねぇの。遅れずについて来いよシュガー!」
シュガーは彼の心中で、能力者の才覚を再確認する。
木陰の銀の魔弾が、また一体を貫いた。
「アーテル。紫ノ宮は、どう、かな……?」
『祭壇の近くまで行けてるわ。この調子で道を拓きましょ。短剣設置後の護衛は不要とは言え、敵を排除しなければ、短剣を奪われる可能性があるから』
「幸い、偽物でも、人形は反応するみてーだな……」
『じゃあ、護衛対象は本物持ちと囮役の両方、ね』
「ん。本気……出していかねー、と……」
栄光(ホド)のフェイクシーカを携帯したクレアは、固定のポジションを持たず動き回っていた。
「知能レベルは低い、やはりこれでも誤魔化せましたね」
恐らくは、短剣を持っている者を狙えという、単純な命令しか愚神から与えられていないのであろう。
「……いや。それとも、短剣を手に入れろと命令されているのか」
『どういう事? クレアちゃん』
「もしそうだとしたらね、ドクター。逆方向へ投げれば、さらに時間が稼げるかもしれないよ」
試してみる価値はある。クレアが短剣を祭壇と逆方向に投擲する――しかし、従魔の進撃は止まらない。
「成程、与えられた命令は"短剣を持つ者を殺せ"だな。短剣の回収は目的外か……構わないさ、受けて立つ。攻撃に参加しつつ、不測に急行できる用意がしたい」
激しい戦闘に備え、クレアは幻想蝶より、ライオンハートを活性した。
誇り高い軍人に相応しい彫刻が施された大剣は、共鳴した彼女の髪と瞳と同じに血のように赤い。
「早速、鯨井さんと赤嶺さんが軽い怪我を負っているようだ」
『では、彼らにリジェネレーションを』
駆け出す彼女肩で、白衣の幻影がはためく。ぶん、と風を切る刃の羽音は、獅子の遠吠えにも聞こえた。
「敵、結構強い……な」
「スキルが切れたら、黒の猟兵に持ち替えましょう」
「そう、だな」
「! 紫ノ宮さんが、祭壇に着いたみたいね」
味方の援護もあって、紫ノ宮は祭壇に辿り付いていた。
背後の従魔に追い付かれる前にと、紫ノ宮は手にした短剣を祭壇に近づけた。
「よし……これが栄光(ホド)の祭壇か。確かに、同じ装飾が施されてるな。この人形の彫刻に空いてる穴に、刃を刺せばいいんだな」
『えー、もう突き立てちゃうの?』
「ああ、早くこれを終わらせて、中央に加勢しねーと! 愚神がどんどん出してくる塩人形の相手なんざ、いつまでもしてらんねえ」
『んー、それもそうだね!』
「行くぞ――」
……紫ノ宮が短剣を突き立てようとするのと、従魔の出現方法から足元を注視していた木陰がそれに気づくのとは、ほぼ同時だった。
「危ない……ッ!」
「あっ……!」
紫ノ宮の背後で、新たな従魔が2体出現した。
不意を突かれた紫ノ宮は、避ける事も出来なくて。塩人形の鋭い牙が、彼の首に――
「大丈夫……」
「……! 赤嶺さん!」
間に入ったのは赤嶺だった。関節が無いかのような従魔の巨大な顎で腕を砕かれ、青白いほどの肌に血の色が鮮烈なコントラストを描く。
紫ノ宮は咄嗟に従魔を斧槍で突き倒したが、大きなダメージを受けて共鳴に必要な精神力が保てなくなり、赤嶺だけがその場に膝を付いた。別離したジャスリンが、赤嶺を戦場から離脱させようとする。
「……気にするな、前だけを見てろ」
「今はボク達はキミのナイト。キミをエスコートするためなら平気さ」
「すまねぇ。けど……」
「紫ノ宮さん!」
自分を呼ぶ声に、紫ノ宮は振り返る。鯨井の治療を終えたクレアが、此方へ走りながら叫んでいた。
「何をしているのです、赤嶺さんを連れて、早く逃げてください! 従魔が迫っています!」
「けど、間に合わない……」
赤嶺はもう戦えないし、従魔はまだ彼らを狙っている。
木陰も一体を攻撃したが倒しきれず、フェイクシーカの投擲も無駄と知った今、この状況を打破する手段は思いつかなかった。
誰もが赤嶺の有事を想像した頃、一陣の風が舞い込む。
「……僕が行く」
靡く、先の煤けたマフラー――不知火の忍者装束だった。
『ハングドマンは届きませんね、シャープエッジで脚を潰すのが妥当でしょう。代わりますか?』
「大丈夫、いける。眼は良いんだ、知ってるだろ、イザード」
『すみません』
ライフルをその場に放り、潜伏の恩恵下で射程まで劇場を下る。
放たれたナイフはものの見事に一体の足首を裂いた。従魔はその場に崩れたが、敵はもう一体残っていて。
「クソッ、祭壇は目の前だぞ。ここまで来て……」
紫ノ宮は悔しがった。しかし、赤嶺はもう一撃でも食らったら危険だ。
彼は奥歯を噛み締めて赤嶺の肩を抱え、クレアの許へ退避した。
「私が傍に居れば、意地でも止めて見せたのに。いえ……生きていただけで、此処は喜ぶべきですね」
枯渇したケアレイに代わり、医療用ハサミを手袋をした手に取る。千切れた腕の肉を手際よく切り捨てると、さしもの赤嶺も呻いた。消毒し、傷を高い位置に上げて強く圧迫し、出血を抑制する。
「魔法と違って回復させる事は出来ませんが、何もしないよりマシでしょう」
『レオンちゃん、リオン達も、出来る事をしに行こう?』
「……ああ、そうだな。と言っても、従魔を討伐して支援を待つ、くらいだけどな」
「轍、戦況はどうだ?」
治療しながら、クレアは再び姿をくらませた不知火へ呼びかける。
彼は愚神アッシェグルートの情報を集める為、インスタントカメラで各所の撮影を行っていた。
「従魔は22体から増えてない。東側の祭壇は制圧完了してる。中央とそっちは芳しくない」
『分かった。虎噛さんの応援を要請したい』
「了解」
不知火は速やかに虎噛の通信機を呼び出した。応答を待つ間、雪道は落ち着かない。
『確認も、統制も、大事ですよね……』
「……当然だよ。危険と判断したら、絶対確認する。専門じゃないからどうとも言えないけれど、確認は大事。祭壇付近は霙さんが罠師で見てくれてるから、写真だけになったけど」
雪道が何度か細かく頷くのを見て、不知火も爪を噛む。彼とて、戦闘には参加したい。
ただ、戦況は見るが、大局を観るつもりはない。
――ヤツ等は何かしら、実験をしている筈だ。その成果を見れるなら、それで収穫なんだ。
カメラを構える不知火の目前で、その刻が近づいていた。
●栄光は遠く
西側と同時に、東側でも闘いが始まっていた。最初に接敵したのは、短剣を持つ唐沢。狙いは彼女に完全に集中した。
「わっ、わっ、」
『やはり狙いは、短剣を持つ者のようですね』
『偽装も効果的、と……唐沢さん、一旦少しだけ、下がって頂けますか? 私と御代さんが囮になれば、狙いを分散できそうです』
「成程、了解ですー!」
通信で告げる北里は、腰のナイフをイメージプロジェクターの投影で理解(ビナー)の短剣に見せていた。黒夜を持つ御代の不安は高まるばかり。
「そ、っか……唐沢さんと一緒に行きたかった、な」
『後方支援が求められているようですから、この場は従いましょう』
メグルの助言に頷くものの、誰の事も傍で庇えないのは怖い。しかし、それは御代の安全をも意味するから。
「ではこのまま、後衛に寄ってくる従魔を集中砲火します」
『こんなしょぼい従魔じゃ、お腹膨れないわよ』
無線にばかり喋る北里に、アリスは少しだけ不機嫌。北里は胸に手を置き、体内に言い聞かせる。
「……アリス」
『食べるならあっちの愚神のおばさんの食べたかったわぁ』
「……アリス」
『もう、分かってるってば、芽衣! すぐやるわよ!』
前方には散開した味方。囮の機能を見計らい、虎噛がライブスフィールドを展開する。
「ほい、俺ちゃんフィールドー! なんちゃってー!」
『弱っている今でござる!』
『さぁ、食らい尽くしなさい、吸魂蝶!!』
アリスが魔法の蝶を呼ぶ声がすると、北里の黒衣の内側から、毒々しい紫色をした光の蝶が溢れるほど飛び出して来た。従魔と蝶が触れた瞬間、3体は魂を食らわれたように完全に動きを止める。
「よーし、この隙にぼっこぼこだぜー!」
「とりあえず、四肢切断からよね」
『足優先でな』
來燈澄は白木の鞘から秘色の柄を跳ね上げた。刀身は中心少し区送り、棟に切り込む。鍛え上げられた名刀の煌きは、雪の結晶とも取れるほど。
春風ほどの風圧に、豊かな銀髪と尾毛が震えた。直後、どさりと落ちる従魔の軸足。瞬間だけ遅れて倒れる従魔の傷口は、内容物を噴き出す。但し、すぐに元に戻ろうとして。
來燈澄は動揺も無く、修復を遅延する為に、切り落とした部位を蹴り飛ばす。
『やはり結合して修復する、か』
「予想内だったけどね。北里さん、周囲に認知を」
「わかりました」
「緋褪、今のうちに潜伏を打っておきましょうか」
『そうだな、あっちの新手には初手から毒刃も入れたい』
間もなく射程に入る従魔は、意識の外からの奇襲に為す術も無く、癒えぬ傷を受けるだろう。
それより早く、唐沢と小鉄は一体と相対する。
「ぶん回しますよ!」
「ここは一つ合わせ技と洒落込むでござる!」
襲い来る従魔の勢いを斧頭で往なし、そのまま全身を捻って長柄を後背へ。
箒のように扱っても、常人にはとても支えられないような重量である。恐るべき風圧がゴーグルに抑えられていないクセっ毛を弄ぶ。
「よっ……と!!」
振り上げたそれを、時計回りに斜めに斬り下ろす。べしゃあ、と音がして、従魔の頭は半分になった。
「あれ、空振り上等で力を入れすぎたでしょうか? 回避も防御もしないと思わなくて……ちょこっと押し戻すイメージだったのですが」
『いえ……大丈夫です、九繰。すぐ元に戻ります』
中身をぼたぼたと垂らしつつも、従魔は倒れない。
唐沢は斧を引き戻し、じりじりと円を描いて移動した。足元は階段だが、充分に気を付けていて危なげは無い。
「こうすれば囲まれませんね!」
『ええ。それに露出した側面は、小鉄の格好の的です』
大斧に併せ、影より閃く孤月の軌跡は月光の如し。脚を薙がれ、従魔は透明な血を噴いて地に伏した。
「御代殿!」
「うん、殲滅は任せて!」
「北里さん、此方も、トドメはお任せします」
「はい」
來燈澄と唐沢、小鉄は次の目標へ。小鉄を狙う従魔の一撃は、軽やかに躱される。回避の勢いのままに、刀が滑る。
「後の先、頂くでござるよ」
クロスカウンターによる反撃が従魔を切り裂き、間髪入れずに唐沢の次撃が入る。
「――吹き荒べ、不浄なる風!」
ウィザードセンスの恩恵下で、御代のゴーストウィンドは動けない従魔達を駆逐した。
少なからずの負傷は、虎噛が癒す。絶たせぬ術と誓約救済の重複が齎した回復効果は計り知れない。
「癒し系の俺ちゃん登場ー!」
『……バカは相手にしなくていいでござる』
「えー、白虎ちゃんノリ悪いー! 九繰ちゃん、ちょい治療しようなー!」
「ありがとうございます、虎噛さん!」
「残りの殲滅は後方だけで済みそうだぜー。回復は任せてな~! 安心して突っ込むといいぜー!」
『うむ、皆の事は護るでござるよ!』
「はい! では、短剣を設置して来ます……」
「ムム! 皆、唐沢殿が短剣設置に向かうでござる。心して警戒されよ!」
祭壇に辿り付いた唐沢は、斧を砂地に刺した。幻想蝶から理解(ビナー)の短剣を取り出し、祭壇に据え付けられた人間を模した像に刃を吸い込ませる。途端、体内をライヴスの旋風が駆け抜けたのを感じた。自分の身体が回路の一つとして機能したのだろう。
「出来た……出来ました! 短剣、設置出来ましたよ、エミナちゃん!」
『はい。これで霊力が固定されたのですね』
『唐沢さん、大丈夫?! 近くに従魔とか出てない?!』
「はい、大丈夫ですよ、御代さん!」
御代はほっと胸を撫で下ろした。しかし――
『つくし、戦いはまだ終わっていません……もう少し、頑張れますか?』
「……うん、そうだね! 中央に合流しなきゃ――」
「待って! ……やばい、轍さんから連絡だ。西側で負傷があって、一旦撤退してるらしい。俺ちゃんはそっちに行っちゃうぜ!」
他所の戦況は、非常に良いとは言い切れない。速やかに西側の制圧を終えた一同は、虎噛だけを残して中央へ向かった。
●峻厳の柱
開幕の後、佐倉と霙は戦闘の行われていない場所に立ち、隣あわせで集中を高めた。佐倉はウィザードセンスによって、魔法の効果を高める。
二人が初めに視界に捉えたのは、中央祭壇。
「……仕掛けを発見しました。歯車式の隠し階段ですね。やはり祭壇は埋まっているようです。続けて、東西――
一回目、東、罠クリア」
「二回目、西、魔法の罠クリア……」
罠師とマジックアンロックによる安全確認を終えて、霙は佐倉の背後で潜伏を行使する。ライヴスに覆われ、彼女の存在は隠匿されやすくなった。白と黒の二股の尾を揺らし、霙が墨色の思念に語り掛ける。
「ダウジングロッド、要らなかったわね」
『愚神さえ居なけりゃ、必要だったかもよ』
分かったのは祭壇を秘めた仕組みだけだ。
あるいは、仕掛けも罠だろうか……佐倉はそうも思ったが、考え直した。罠だとしても、やるしかないのだと。
ロケット花火を上空に打ち上げると、すぐに北里から無線が飛んできた。
『佐倉さん、何か見つかったのですか……?』
「はい、祭壇の位置が分かりました。どの道、愚神は邪魔ですが。この後は味方のサポートに移行します」
霙は鷹の目を使用し、ライヴスの鷹を作成している。
愚神は今、花火に気を取られている所だろう。佐倉は事前に作戦を聞いて、ほくそ笑む。
「……鷹の目は本来、違う用途ですけどね」
「偵察だけが使い道ではありませんもの」
「悪用、ですね」
潜伏は効果中であるが、愚神に効力を発揮しているかどうかは定かではない。
しかし、いずれにせよ愚神の情報は収集せねばならない。霙はインスタントカメラを取り出した。
「ああ、痛い。乱暴事は苦手ですのに……」
……少し前、舞台に愚神と秋津、齶田が立っていた。
愚神の腕はだらりと脱力して、そこを血が伝っている――齶田の二丁板斧の投擲が与えた傷だ。
『取り巻きの従魔は仲間に任せた。……まずは、愚神に御挨拶じゃろ』
(「上手くやるさ。バミリは無いけど、立ち位置は此処で合っている筈だ」)
フォーマルな装いのスーツと、コスプレ染みたドレスの並びは、善悪の明確な対比染みて。
「どうも……秋津隼人と申します」
「まあ、ご丁寧に。でもそんな所に立っていると、消し炭になりますわよ?」
「懐さ行かねば剥がせねし、倒さいね」
「ンー、短絡的ですわね。その蛮勇、仇となりましょう」
「そう仰らず――見知り置いて、逝ってください」
秋津は紳士然として、にっこりと微笑んだ。
その瞬間、彼の背後で花火が上がり、秋津の表情は逆光に眩む。ロケット花火を見上げた愚神が正面に注意を戻すより早く、霙の鷹が彼女の顔面を襲う。続けて、佐倉の幻影蝶が愚神を取り囲む。
「やっ、な、何をするんですのぅ」
よたよたと石床の舞台を後ずさり、愚神は光の蝶を振り払った。彼女には佐倉と霙双方が見えており、射程内だった佐倉に反撃として火柱の魔法を行使する。花火とは比べ物にならない光量がますます赤く、舞台を照らし出す。熱風から顔を庇いながら、霙が言う。
「くっ……目が合いました。佐倉さん、やはり潜伏は愚神に看破されていますね」
「幻影蝶も眼晦まし以上の効果はありませんか。……でも、撮れたんですよね、霙さん」
「ええ、もちろんです」
秋津はこの瞬間を待っていた。齶田もホイールアックスへ切り替え、電光石火で援護に回る。
「気張るッスよ」
『オラァ! 行け、隼人!』
「フ。その程度の攻撃では、あたくしは――きゃ、あッ」
秋津は防御直後の愚神へ、全力投球でシャンパンを愚神の顔面に投げつけた。
愚神がそれに怯む隙に、秋津は消火器を取り出して安全ピンを抜く。
「ケバケバしい化粧が台無しですね」
『そら、消火器で気味の悪い髪のセットも崩してやろう』
大量の泡で、愚神の上半身は一時塩人形のように真っ白になった。それが彼が挑発に最も適すると踏んだ行動だ。
齶田はこの隙を突いて、一気呵成に挑む。初撃を腹部に食い込ませると、愚神は消火器の中身を撒き散らしてその場に倒れた。
そして――その口元が、笑っているのが露わとなる。
「んあう! やぁ、死んじゃうう――なあんて、ね」
「うるせぇ」
圧し掛かった齶田の回転刃が愚神の喉元を切り裂き、飛び散った真っ赤な血がダウンベストをハート柄に汚した。
人間と同じ形をした喉の余りの硬さに、齶田は斧を前後に揺する。
「ンふふふふふ、あ゛ははははは、」
アッシェグルートは血化粧を増やしてなお、狂ったように笑う。直後――
火柱が、秋津を襲った。熱風に目を瞑るまいとする齶田を、愚神の目がぎょろりと見た。
『……! 来るぞ』
スノーの助言に従い、齶田が飛び退く。愚神はふらりと立ち上がった。
喉をやられて、その声はひどく酒に焼けたようだ。
「お、面白い゛殿方だわ……! 惚れてしまい゛そうでした!」
「クッ……熱い! 化粧じゃないのか、ありゃ」
『品が無さすぎるの。独自の美意識の集大成とは買い被り過ぎじゃったか……
あれはどうやら概念武装の類じゃな。恐らくは戦争、あるいは金、権力、女……人間が潜在意識から忘れ得ぬ魔性の存在じゃろう』
「鉄火と狂気の魔女、ってか? ……こいつの未知の能力、必ず今夜で開示してやる。
椋、できるだけ接近戦を挑もう。直接攻撃があれば引き出したい」
『……おぬし、腕なり捕まえて、味方の攻撃の隙を作ろうなどと考えておるじゃろ? 敵は火柱を足元に打てない訳では無いぞ、隼人』
秋津が返事をしないと分かっていても、椋はそう言わないではいられなかった。
彼が治癒魔法を得意とし、リジェネーションが傷を慰め続ける事も、彼の無鉄砲さに一役買っているだろう。
それでも、椋が力を貸さなければ、彼はきっと本当に死ぬ。
『……気を付けろ』
「……ありがとう」
だから椋が秋津に言えるのは、唯一一言だけだった。
『雲の従魔討伐が優先だよね』
「そうだな。この位置なら双方が射程に入る……黒雲が不定形に動くせいで、視界はかなり悪いけど」
『うん。他のみんなは……あっ!』
プラッテフンケの動向を見ていたオリヴィエの心中で、木霊が声をあげた。
五々六は獅子ヶ谷の体躯の二倍近いバズーカ染みた速射砲を操り、砲弾を打ち込みながら舞台に躍り出た。
着弾の風圧で黒雲が捲れ上がり、時折だが核と思しき火球が見え隠れする。
「俺もだ。俺もいつも考えてる」
早期の従魔討伐は必須。
愚神への狂おしい憎悪が、殺意と戦意をそのままに、思考をクリアに研ぎ澄ます。
「五々六! 黒雲の中は……」
オリヴィエの制止も聞かず、五々六は雲の中へ。
今ここであの愚神を殺せるなら、それに越したことはない。
だが、まずは戦闘データの収集を。情報が揃えばそれだけ優位に立てる。より効率的に、憎むべき怨敵を殺すことができる。
愚神への恐るべき執着が、猛毒に侵された身体を突き動かす。
「いつだって想ってるんだ。てめえらに恋い焦がれてるんだよ!」
愚神は秋津を火柱に巻き込み、高らかに笑っている。
「……頃合いだな、龍哉。それじゃ、本格的に狩りを始めるか」
「強敵相手だ。出し惜しみなしで行くぜ!!」
「おう。行くぜ相棒!! 暴れる準備は万全か!!」
「ああ、もうウズウズしてたとこだぜ、リー!!」
仕掛けるタイミングを図っていたリィェンと赤城が舞台上へ。
秋津に気を取られていた愚神の背後を取る程度、二人には容易い。
「!! ンっ――ぐ、」
二対の神斬の閃光が、アッシュグルートを交点に交わった。
数多の作戦を共にしてきた二人のコンビネーション――逆V字を描く電光石火の一撃は、かの愚神を呻かせるほどの威力を伴った。しかし、愚神はまだ軽口を叩く余裕すら見せる。
「フ。舐められたものですね……あたくしは抵抗力の高い方ではありませんが、狼狽える程ではなくてよ」
「だったらどうした? その傷が癒えるのか?」
骨子は威力に非ず、連携に在り。霊纏の大剣を肩に担ぎ直した赤城に、愚神は今夜最も余裕の無い表情を見せた。防御と従魔の恩恵を以てしても、軽視出来る傷の深さではなかったのであろう。
続いて舞台を駆け上がったのは紫。
『火柱の予備動作に、扇を使っていたな』
「武器を落とせば、少なくとも攻撃力を削ぐ事は出来るでしょう。皆さん、私はまず、武器を狙います! 援護を!」
通信機に言う紫を、愚神が嗤う。
「ほほほ、では確り持っておくと致しますわ」
「持っていられるのなら、ね。リュカ、行きますよ」
『了解、目を瞑って!』
直後、舞台の上では紫以外の全員が閃光に目が眩んだ。
呼吸にリズムを合わせ、インサニアの瞬きが、踊るように武器を持つ愚神の腕部を薙ぐ。
「――ッうあ!」
「あちらには行かなくても? 此処に祭壇は無いようですが」
さあ、彼女はどこまでを知っている?
伺う紫の視線の先で、己の傷の程度を推し量っていた愚神は――森のような睫毛の茂みの奥、蛍光色のハートの光彩で、ちらりと足元を見た。
紫は理解した。H.O.P.E.に予想がつく事は、愚神側にも予想がつくのだろうと。
――直後、突然現れた矢が彼女の武器を穿った。
「ああん、あたくしの扇っ――ぎゃあ」
続けて狼谷の砲撃が駄目押しに入り、大きな羽根扇は舞台の端まで転がった。
テレポートショットの射手は、劇場中腹に陣取る志賀谷。
『当てる、そのただ1点において、そうそう後れを取る気はありません!』
「油断は禁物だよ。充分離れてるけど、どんな技を持ってるか分からない……常に移動しよう」
その対角で、狼谷の位置取りは速射砲の射程ギリギリ。巨大な空薬莢を薬室から放ると、彼のライヴスが形作るそれはガラリと音をさせて光と消えた。
「此処からは速射砲に変えてチクチクといくのですよっ。プレシアは今回だけは前に出るのは抑えましょうー」
『優牙がそう言うなら我慢するのだっ。その分、バンバン撃っちゃうのだー!』
「ですね。地味ですけど今回はサポートに徹するのですっ。これも大事なお仕事ですよー」
『大事なお仕事だけどやっぱり地味ー。我慢した分、終わったら甘いもの奢って貰うのだー♪』
「うぐぐ。仕方ないですね……」
リィェンは、再び攻勢へ。
狼谷達による攻撃に紛れて一度アッシェグルートの視界から外れた彼は、真正面から愚神へ斬り込んだ。
「正面からとは!」
「まだだぜ!」
アッシェグルートの防御直後、リィェンの背後から赤城が飛び出した。
「……! 背後に、隠――」
先行はブラインド、本命は赤城。隙を衝いての一撃は愚神の胸に深い傷を刻んだ。
プラッテフンケに応じる五々六は、黒雲内を飛ぶ核に食らい付く。凄まじい速度で蝕む猛毒の治癒は、秋津と紫が。
「どうですか、オリヴィエ?」
『ダメだ……近接組のダメージも明らかに通りが悪いし、プラッテフンケは愚神から引き離したい、けど……コンスタントに、核に攻撃を当てられないから、移動しようともしない。
……ふざけてるけど、やっぱりあいつ、トリブヌス級だ。高い次元でライヴス制御されてて、弱点看破でも、何も見えない』
「そうですか……でも、敵の魔法能力の下限は或る程度分かりましたね。また連絡します」
紫はやむを得ず通話を切った。本当は繋ぎっ放しにしておきたかったが、それでは他の連絡送受が行えない。
同様に、志賀谷も弱点看破を試行して失敗している。
「自信はなかったけど、やってみなきゃね」
『露わに晒してやりたかった……』
「大丈夫。愚神が十全な采配を取れなければ、戦況はこっちに傾くはず。徹底してイヤガラセしてあげるよ!」
五々六の怨嗟の呟きは、舞台にも聴こえる。
「必ず殺す。たとえ今回殺しきれなくとも、その次で。次で殺せなくとも、さらにその次で――」
「……次なんて、あると思わねぇでさ」
「やってやろうぜ、五々六」
赤城とリィェンは、屠る為の剣の切っ先を揃え、真っ直ぐに愚神へ向けた。
「無論、倒しちまっても良いんだよなぁっ!!」
「もちろんさ。トリブヌス級なんて大物、殺らなきゃ損だぜ」
傷つけられたアッシェグルートは嘆く。
「んぐぅ……! ああう、い、痛いぃ……
ううううう、うううううっ……酷い、酷いですわ……
あたくし達は、こんなに愛し合ってきたのに。あたくし達は、貴方達を救いに来たのですよ!」
「本当にお頭の残念な愚神だな……殺しに来ておいて、俺達を救うだと?」
リィェンの台詞に、彼女はますます身体を震わせた。
「フ、ふふふふふ……全く、人間の愚かしさときたら、本当に愛おしいですわ。インペラトールのご加護を享受できないなんて、何と可哀想な。大丈夫、あたくしが、あたくしが導いて差し上げますわ、ほほほほほ!
――ほほほほほほっほおおおほほほ!!」
狂ったような笑いと共に、巨大な火柱が舞台に立ち上る。狙いは赤城。
『女心と秋の空、じゃな』
「お前も女だろイン! 大丈夫か、龍哉!」
「グッ……ああ。無作為にぶち壊されると、こっちも動き辛くなるな。リー、攻め手を絶やさず、祭壇やら短剣やらの目途がつくまできっちり抑え込みに行くぜ!」
「ああっ! ――うおっ、ライか!」
15式自動歩槍による弾幕で場を制圧しつつ、ライが舞台を駆け、爪に換装。リィェンの股下から滑り込んで足を狙った。
「ぐうっ……」
「濡リ潰セ、鴉……!」
軽やかな足捌きで、ライはよろける愚神の側面へ。打ち込まれた掌底からリーサルダークが発現し、愚神にダメージを与える。
そこへ赤城とリィェンが畳みかけた。死角へリィェンが一撃を叩きこむ。愚神が回避の兆候を見せれば、リィェンが操糸で妨害し、そこを赤城が斬りつけた。鋭い反撃に崩れる赤城。だが赤城はにっと笑みを浮かべた。リィェンはその隙を逃さず、シャープエッジの投擲で愚神の動きを押し留め――
「悪い、借りル……!」
その背を駆け上って、ライが宙を飛ぶ。
『上下に翻弄するのじゃ!』
「その右腕、貰っタ!」
ところが、顔を上げた愚神は笑って。
「あーーーッハハハハハ、甘い、甘いですわぁぁぁ」
アッシェグルートが掌を振るえば、ライの足元で溶けた石畳が泡立つ。
如何に拒絶の風の加護を受けていようとも、跳躍中のライに回避の術は無い――
「ライロゥさん!」
倒れたライに、齶田が駆け寄った。
「寄るナ、愚神ガ……おい、何をする気ダ」
「近くさ居だらいぐね。オイは幾らでも耐えられる」
「やめ――」
ライは彼がどうする気なのか分かって抵抗しようとしたが、齶田は有無を言わせずその腕を掴んだ。
そして――思い切り、後方へぶん投げる。
背後でどさりという音とライの呻きを聞き、齶田は愚神へ向き直った。
「ンー、理解に苦しみますわ。死にたいのですか?」
「お前には分からねッスよ。死んでもいいから、守りたいもんなんて……それに、オイは他に、役さ立だねがら」
「ええ、本当に」
アッシェグルートは、徐に掌を返した。直後、齶田は背後に爆風を感じる。
「な、」
振り返る事すら憚られただろう。愚神はにたりと笑う。
「フ……純朴な坊や、がっかりさせてごめんなさいね。でも、女性は天邪鬼な生き物ですの。目の前の男に靡くとは限らなくてよ?」
『こ、このアマ……!』
齶田の覚悟を無視するという舐めきった愚神の行動に、スノーは憤怒を覚えていた。頭の芯は沸騰したようにも関わらず、表層は氷のように冷え切っていて。恐ろしいまでに無表情の中で、眼光が尾を引いた――振り被ったホイールアックスが、愚神を狙う。
「フひっ」
愚神はひどく楽しそうに顔を歪め、その斬撃を甘んじて受けた。ドレスの胸部は引き裂かれ、陶器の肌に回転刃が食い込む。
轟を上げる斧を素早く引き抜かれた瞬間――彼は、アッシェグルートの瞳にハートの光彩を見た。
「――ぐあッ」
『米衛門?! どうした……』
「いっ……目ん玉……?!」
眼球に煙草を押し付けられたような強烈な痛みに、齶田は動きを止める。
和らいできた苦痛に目を開けると、目の前には何人も友人が立っていて。
「……え?」
「"ゆっくり休んでくださいね"」
「"怪我、大した事なくて良かったわ"」
「"……任務、ご苦労だったな、ヨネ……"」
その瞬間、襲ってきたのは、強烈な眠気。
「米衛門! 米衛門!」
無論、それは現実ではない。
愚神の術に掛けられた齶田の表情は虚ろで、目には愚神の瞳と同じ模様が浮かんでいる。強制的に共鳴を解除されたスノーがいくら呼びかけても、その心は固く閉ざされていて。
「クソッ――」
スノーが視界の端に、黒いローブを捉えた次の瞬間だった。齶田の頬が、真っ赤に腫れたのは。
パシンという音を後から認識して、スノーは佐倉が能力者を叩いたのだという事が分かった。佐倉はそのまま、齶田の襟を掴んで耳元に言う。
「恐れるものか! 屈するものか! 私達はここに『居ル』!! ここに『在ル』!!
私達は『アレ』に抗う者だ! 自分が自分であることを見失うな!!」
「無駄ですわ。一度あたくしの"フォイルリヒト"の虜となれば、能力者でも丸一日はデクノボーでしょう」
佐倉は愚神を睨んだ。
――アイツほど上手くはなかろうが、やってやる。そう決めて来たのだ。
「アギタ、しっかり……! 私達は一人じゃないから……だから、負けません!!」
「齶田!」
心が囚われた彼に、防人と紫も呼びかける。紫のクリアレイは既に効果を発揮しているが、齶田が意識を取り戻す様子は無い。
『……クリアレイが効かない? だが、対光反射は回復の兆しがあるな……』
「止むを得ませんね、もう一度試行します」
「それで駄目なら、俺が支配者の言葉を試そう」
『そんな! ジッチャン、敵以外に洗脳の魔法なんて……』
「今必要なのは使命や正義なんかじゃない。仲間がいるという事だ」
「齶田米衛門! 私は今、敵の目の前に居るぞ。盾になると言った事を忘れたのか?
部隊の皆で、共にあの道標の下に帰るんだ!!」
二度目のクリアレイが、齶田を侵す負のライヴスを取り払う。佐倉の言葉も、彼の心を深いまどろみから掬い上げた。
齶田は、ゆっくりと目を開けた。スノーが安堵の息を吐く。
「米衛門……」
「申し訳ねッス、佐倉さん、スノーさん……」
「後で。今は休んでください」
「ッス」
この一部始終を見て、五々六はナイフを己の太股に捻じ込んだ。気付いた紫は目を剥く。
「?! ご、ゴゴロク?!」
「心配すんな、骨も神経も全部隙間を通した」
戦闘動作に支障は出ない。ナイフは抜かず、苦痛に目が冴える。
「思った通りだぜ、やっぱり面倒臭ぇモン搭載してやがったな。こうでもしときゃ、いくらかマシだろ」
愚神に告げても、彼女は動じない。
「いくらか……フ、いくらか、ね。それがどの程度か知らずに、自ら傷を作るとは。獅子とは実に誇り高い生き物ですね」
「だったらどうした? 掛かって来いよ」
「誇りの為に滅びますか? 大人しくしていれば、苦しむ事などありませんのに」
「ふざけるな」
灰の長髪は、火の粉混じりの風に獅子のたてがみのように靡いた。
その風に乗せて、志賀谷も愚神へ言う。
「流されるほうがいいとか、ゴメンだよ。わたしはね、より自由であるために意地を張ってきたの。進む先は自分で選ぶ……失敗しても胸を張るために」
「オウ、もっと言ってやれ、お嬢ちゃん」
「ンー。お話は嫌いではありませんが、時間切れですわ」
愚神が足元の瓦礫を蹴り飛ばすと、そこには崩れた祭壇が現れていた。短剣の差込口は、月蝕の光を浴びて淡く光っている。あるべきものをそこに求めるように。
「祭壇が――?! 皆さん、形勢を立て直しましょう!」
紫の治癒魔法は範囲内に光として降り注ぎ、瞬時に味方の傷を癒した。
しかし、彼らの前には3体の従魔が立ち塞がる。
「くっ……ここで塩人形か」
『流石に、お兄さん達の短剣には反応しないね』
オリヴィエはフロントサイトから視線を逸らさず頷いた。理解の短剣を模したフェイクシーカを腰に掛けているが、従魔に与える命令は愚神にとって自在。これまでとは違うルーチンが与えられたのだろう。
「嗚呼、刺さっちゃう、刺さっちゃいますわ、ほほほほほ――ンっ」
「……嫌がらせですーっ」
狼谷の狙撃が、愚神の行動を一瞬だけ遅らせた。
『祭壇に短剣を刺そうとする瞬間、そこを捉えるしかない!』
「はい、ガルー! 接近します。短剣だけは刺させない……絶対に!」
「ほほおほほほほほほほお――」
紫が走る。間に合うか?
従魔を切り伏せる先で、愚神は演劇の一場面よろしく、短剣を恭しく掲げた。
そして、祭壇に納めんと振り下ろす――
「……ぐふっ」
『ライ!?馬鹿か!!』
間に入ったのは、ライの掌。彼は血まみれのままにやりと笑い、アッシェグルートを抱きしめるように抑えこむ。
「……好きには……させない……! 濡リツブセ……!!」
『ライッ、これ以上は無理だ!』
――祖狼の、言う通りだった。直後彼らの共鳴は解け、ライが倒れると共に、愚神の短剣は勢いを取り戻して祭壇に差し込まれた。
祭壇は焦げたように見る間に黒く色を変える。……峻厳の祭壇は、愚神の手に落ちたのだ。
「今楽にして差し上げますわ」
愚神の火炎が、再びライを襲う――
炎の勢いが衰えた頃、現れたのは黒焦げのライではなく、間一髪カバーリングに入った防人で。紫が安堵に叫ぶ。
「サキモリ!」
「間に合ったか……やはり持っていたな、洗脳スキル。だが、俺の魔法能力ならば、あるいは」
「では、試しましょうか?!」
「ぐ、うッ――」
『じ、ジッチャン?!』
愚神のハートの光彩が爛々と輝くと、防人は眼球に強い痛みを覚えて頭を抱えた。
――そこへ飛来したのは、法典と魔弾の一撃。さらに音も無く駆けるハウンドドッグの銃弾が愚神を貫いた。
飛び退く愚神へ、大斧の一撃――それらは、応援に駆け付けた唐沢、御代、鯨井、來燈澄の攻撃だった。
「お待たせしました! 防人さん、大丈夫ですか?!」
「……峻厳の短剣は手遅れ、ですね。潜伏が残っていても、恐らく効かなかったでしょう」
『まあ良い、愚神の注意は逸らせた』
來燈澄の後から、木陰も蛇弓で援護に入る。
「引いてくれたら……すごく、助かる、けど……簡単じゃねーんだろう、な……」
彼女の小さな呟きも、愚神の耳には届いたようで。
「いいえ……あたくしは充分、報奨ぶんの役割を達しました。この場はここまでで、暇致しますわ。
ごきげんよう、ちょうちょ達。枯れかけの花の最期は、もうすぐです。終末への幕間、精一杯謳歌されますようにね」
「てめぇ! 待て、コラ!」
「ほほほほ、そこなドレッドノート! 貴方は絶対に動かさせませんわよ!」
「ぐあっ!」
愚神はひらりと裾を翻した。これまでの戦闘において、赤城は愚神に集中して狙われ、傷がかなり深い。リィェンの前には、従魔が立ち塞がる。
西側には、これより早い段階で虎噛が応援に駆け付けていて。
「お待たせ!! 応援に来たぜ!」
「すみません、虎噛さん」
「なんの! 良く耐えたな、クレアちゃん……このへんのチョコレートとか、使ってくれ! 赤嶺ちゃんたちは俺ちゃんが後ろに下げておくんだぜー!」
『うむ、まだ負けてないでござる! 頑張るでござるよ!』
「はい。ありがとうございます」
虎噛の参加で一気に態勢を立て直した西側部隊は、紫ノ宮とクレアを中心に従魔を駆逐した。
「やっと短剣を刺せるぜ!」
『時間が掛かっちゃったね……』
紫ノ宮が漸く祭壇に短剣を突き立てれば、彼女を介して正のライヴスが遺跡の回路に流入する。
『やっぱり物理でどーんってのが一番わかりやすいね……』
「やられるときも、な。グッ」
「こらー、あんまり喋るから……」
虎噛に担がれ、赤嶺は奥歯を噛んだ。敵の物量に屈したのは屈辱の極みだったろう。
●明日へ繋げて
作戦の終了は、北里によって速やかに本部に報告された。負傷対応が迅速だったのはその賜物だろう。
「通信障害は雑音程度でした。愚神アッシェグルートのドロップゾーンでは、一定のノイズは入るものの、通信機の使用は可能と見て良いでしょう」
『ご苦労、霙嬢。あんたも徹底してるな』
「……蟲の存在を、忘れはしません」
報告を受けるオペレーターは、少し考える。
『……誰かを信頼するって事は、裏切られても良いと思う事だ。難しいのは分かるが……頼る時は頼って欲しい。できる範囲でいいから、H.O.P.E.を信じてくれ』
「元より、そのつもりです」
そう一蹴され、通話口の向こうはなら良い、と返すに留めた。
「あの魅了スキル……治癒にはクリアレイが二回以上必要そうだな」
「サキモリには効かなかったようですので、魔法能力によっては防げるようですね」
「だが、俺は運が良かっただけだろう。頭が真っ白になってな……危うく、操られる所だった」
紫とガルー、防人は報告書の作成を急ぐ。
「恐らく、きっかけは"眼"だ」
「私もそう思います」
言ったのは、愚神の行動をカメラに収めていた不知火と霙。
「恐らく、目を合わせる事で、対象の心理を掌握する能力でしょう」
砂漠に横たわる赤嶺は、空を見上げる。
「綺麗だな……このまま寝てしまいたいよ」
「朝になったら、真っ黒に日焼けするね」
「それはとんでもないことだっ。ジャス、早く帰ろう!」
傍らのジャスリンは、一命を取り留めた能力者に、少しだけ笑う。
隣には、ライと祖狼。
「ひとまず一段落といったところでショウカ……?」
「そうじゃの……治ったら正座じゃ」
「な、なぜですカ!?」
「独りで突っ走るなとあれほど……」
その説教はしばし続いた事だろう。
みんなの思い出もっと見る
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|