本部

シネコンの怪人たち

若草幸路

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/06/08 15:35

掲示板

オープニング

●あけてはならぬ幕をあけ
 開演10分前です、とロビーに声がかかる瞬間を、少年は好んでいた。普段ならさっと受付でチケットを見せて、シアターに吸い込まれるように歩く。だが、今日の少年の鞄に、チケットは入っていない。そんなことは知るよしもない係員が、事務的に微笑みかけてくる。
「チケットをお願いします」
「……」
「お客様?」
 出すべき声が出ず、思わず少年は後ろを振り返った。待合のソファに座っている何人かがこちらに視線だけをよこし、目配せしている。それらに背中を押されて、少年は係員に向き直った。ガーゼマスクをしていてもなおカラカラに渇いた喉から、振り絞るように叫ぶ。
「……て、て、手を上げて頭の後ろで組め、文化の破壊者め! ここは今から、我々が占拠する!」
 言うが早いか、鞄から拳銃を取り出して突き出す。手はふるえ、撃鉄も起こしていないが、その物騒な存在は周囲の人間をパニックに陥らせるのには十分すぎるほどだった。受付から響いた悲鳴を合図に、上映時間を待っているように見えた若者たちが立ち上がり、武器を取り出す。どれも隠し持てるほどの大きさだが、人を傷つけようとする、鈍く暗い輝きを放っていた。恐れに色を失う映画館のスタッフたちを見て、少年は勢い込んでまくし立てる。
「抵抗しても無駄だぞ、僕らは、り、リンカーなんだからな! お前たちなんかより、ずっとずっと、すごいんだからな!」
 大丈夫だ、大丈夫だ。少年は心で繰り返し叫び続ける。――これで、これでテレビでゴリ押しされていたバカみたいな作品を消すことだって、一週間で打ち切られた大好きな作品を大ヒットさせることだってできる。それから、それから――
「(僕らをバカにしたやつら……みんなビビらせてやる! 僕らにだって、デカいことはできるんだ!)」
 己の痛みを振り切ろうとする錯誤の群れが、罪が踊る舞台の幕を開け始めた。

●幕を下ろせ、明かりを灯せ
「緊急事態です。ヴィランズが、ショッピングモールのシネコンを占拠中。モール内の避難は完了していますが、ロビーと上映室に数十人が取り残されているとのことです」
 オペレーターは冷静に、しかしほんの少しだけ声を荒げて任務の子細を読み上げる。
「要求は現在上映中のとある人気作を取りやめて、俺たちが要求するものを上映しろ。観客は満員でな、と。――まったく、俳優と宣伝だけしか見ていないのはどちらだか。あれは面白いのに」
 正義感と、とても個人的な怒りがないまぜになった大きなため息が、ヘッドセットを通して皆の耳に響いた。その後にすぐ、失言を振り払おうとするかのような咳払いが入る。
「……失礼いたしました。彼らに前科はなく、組織にも属していません。ですが油断は禁物です。一般人の救出を最優先でお願いします」

解説

●任務
 1.ヴィランズに占拠されたシネコンから人質を救助する。
 2.ヴィランズのメンバーを逮捕する。

●ヴィランズ
 くだらない映画ではなく、自分たちの指定する名画を上映せよ、という主張でシネコンを占拠しています。実体としては、家や職場に居場所のない能力者たちが身を寄せ合っている、映画サークル崩れの愚連隊です。
 今回シネコンを占拠したのは10名。詳細な強さなどは不明だが、未成年が中心で明らかに不慣れな者が多い、との証言あり。

 ※PL情報:ボス格に、従魔の討伐経験をある程度積み、AGWを確実に所持している者が2名います。(系統的にはドレッドノートとバトルメディック)
  逮捕した者に聞けば、ボス格がいることと、どの部屋にいるか教えてくれます。

●シネコンと人質について
 スクリーン(部屋)は全部で6箇所、シアター1~3が1階、シアター4~6が2階。
 部屋ひとつにつき100席ぐらいの広さ。ショッピングモールに併設されているので、ロビーはあまり広くない。
 人質はロビーに5人、シアター3に20人、シアター6に10人。この二つは上映中だったため、部屋の明かりが落ちているままです。

リプレイ

●幕引きのための開演を
 今はもう久しく聞かれない開演ブザーの代わりとして、消火器が銃弾によって炸裂する音がロビーに木霊した。ヴィランの一人が甲高い悲鳴を上げて尻餅をつく音がオープニングテーマとなり、消化剤の煙幕からセレティア(aa1695)が現れる。手に持つテントの幌と縄でわけもわからぬままのヴィランを縛り上げ、そして――
「動くな!」
 そのまま破魔弓を、駆けつけてきたもう一人のヴィランに構える。
「お前らはまだ人を殺してねェ。今なら踏みとどまれるぞ」
 共鳴したその口を借りて語るは、屈強な英雄・バルトロメイ(aa1695hero001)。鏃(やじり)を向けられたヴィランの少女は、足をすくませながらも何事かを叫ぼうとするが、それは続く言葉にかき消された。
「だが、本物のテロリストになるってんなら……今、俺がこの手で殺してやるッ!」
 怒声と殺気。能力者とはいえど実戦経験のない者には、それだけで十分だった。へなへなと座り込む少女を確認し、セレティアは手早く二人の確実な拘束を済ませ、ふたたび口を開いた。
「手短に言う。首謀者の居場所を吐け!」

「情報通り、シアター6と3に人質が。ターゲットたちは……カメラの死角は認識していないようですね。顔の装備はおそらく覆面のみ」
 モールの警備室から、監視カメラの映像で状況を俯瞰して桜小路 國光(aa4046)がライヴス通信機で報告する。ドアと拘束したヴィランを油断なく警戒するメテオバイザー(aa4046hero001)に出入り口と背中を預け、國光は視線を素早く各モニタに滑らせた。
「人質の人数はわかりますか?」
 御童 紗希(aa0339)の問いに、國光はよどみなく答える。
「シアター6が20人、3が10人。どちらも中央に固められています」
「人質取ってまで枠の確保とは、映画好きが聞いて呆れる! 魅せてやるぜ、真のオタク魂!」
『……目的見失ってない? ねぇ?』
 共鳴を終えて脳内で行われた月夜(aa3591hero001)のツッコミをよそに、沖 一真(aa3591)は燃えていた。手にしているのは、とあるSF映画を偏愛しているのが見て取れる改造ライヴスセイバー。映画の原作にしか登場しないデザインなのがこだわりだ。
「かっこいい……の、かな?」
「痛いだろ。でも、堂々としてるのはいいことだ。……あ~、卑屈なくせに夢は見てるボンボンたちに、現実の世知辛さを教えてさしあげたいなぁ」
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は紗希の疑問に、ヴィランへの揶揄と、それから一真の考え方への少しの賞賛をこめて、そう言った。

 そうしたロビーの喧騒から離れた廊下を、赤谷 鴇(aa1578)は先行して忍び歩いていた。人質を見張るので手一杯なのか、周囲に人影はない。通路に異常が無いことを報告したそのとき、ガーゼマスクの少年が上りエスカレーターを逆走してきた。
「来ましたか……さて、こっちも悪い事しますよ」
『怒られるからヤメテ!』
 脳裏に響くアイザック ベルシュタイン(aa1578hero001)の制止に返答はせず、そのまま待ち構える。少年はキノコ型の人間生物、いや、キノコ男に化けている鴇の持つ剣を見て、声をあげて駆け降りながら銃を撃った。鴇はそれを、数歩引きながらかわす。そしてそのまま、剣の持つ力である影の斬撃を飛ばした。少年は体を引き裂かれ、無様にエスカレーターの段へ尻餅をつく。鴇が踏み出し、少年が取り落とした銃を回収する。上階へと、二人がゆっくりと上昇していた。
「運が悪かったですね。たぶん、僕らが一番皆さんを殺すのに躊躇いないですよ? 撃たれたら死にますし、死ぬ気有りませんもの」
『平和的、平和的にな』
 アイザックの抑止を聞いているのかいないのか、鴇の声は穏やかだ。話している内容は穏やかではないが、まだ猶予はある。
「映画のために、その銃で誰かの頭を撃ち抜いて、脳を壊して殺したいですか? 犯罪者として一生を送る覚悟があると?」
 冗談でもなんでも無いその語り口に、少年はもごもごと何かを言おうとした。だが、鴇のただ一言が、言うべきことはないのだと思い知らせる。
「だから、ね?」
 少年はうつむき、やがて目を閉じて両手を前に差し出す。手早くその手を拘束器具で封じたとき、エスカレーターが途切れた。上階は一本の廊下の片側に扉があるだけの、簡単な造りだ。鴇は周囲を眺め渡しながら少年にいくつかの質問をし、その回答を國光に向かって通信でまとめる。
「シアター4から6へ向かうエスカレーターでヴィランを一人確保。他に通路を占拠している者はいないと証言がありました」
「ボスの情報は?」
「シアター6と2に、一人ずつ。6のほうはドレッドノートです」
「OK、鴇さんはヴィランを警備室へ。突入する方は行動を開始してください。逮捕者からはさらに詳細を探り、共有を。」
 黒金 蛍丸(aa2951)がその指示に頷き、ロビーにいる皆にライトアイをかける。そして、靴音の群れが生まれた。

 ヴィランを警備室へと連行する鴇とすれ違うのは、シアター6へと向かう者達だ。
「暗視装置の類はなし、か。つまり、ボスの片方はバトルメディック?」
「その可能性が大です。断定はできませんが」
「オッケーオッケー。にしても携帯での連絡とは、やっぱ夢見るボンボンだ」
 カイは國光と軽口混じりの会話を終えると、渇く喉にジュースを流し込んで沙希のほうを向いた。
「ところでマリ、このジュース……何の味?」
 手にした缶には何も描かれていない。空き缶だけが必要だったとはいえ、その味に首をかしげるカイに、紗希はくすり、と微笑んでみせた。
「知らない」
 言って、沙希は共鳴し、イメージプロジェクターを起動する。腰に提げた拷問具が揺れ、黒ずくめの服と蛍光色の髪が不協和音を奏でる。彼らの姿はいま、美貌かつ異形の少女ヒーローだった。
 そして、ホラー映画さながらの異形もいる。繰耶 一(aa2162)とサイサール(aa2162hero001)が共鳴したその存在は、黒いポリ袋を片手に提げている。それの中でずちゃ、と鳴る何らかの個体と液体は、イメージプロジェクターで映し出されたスカルマスクも相まって、臓物を思わせた。
『現実見ずして映画に夢中、と』
「学生運動かな? アホらしい」
 魂で交わされる言葉は、その姿に似つかわしく辛辣だ。懊悩など、他人を害する理由になりはしない。そして理由なき暴力には、それなりの制裁が待っているのだ。
「教育、してやらないとね」

●かくのごとくシーンは変わる
 駆けてゆくわずかな、しかし長い瞬間。蛍丸は、緊張した面持ちで二人の仲間の背を追っていた。
『人質の方達は、ご無事でしょうか……』
「大丈夫、シアター内にまだ動きは見られない」
 共鳴している心へ気遣わしげに響く詩乃(aa2951hero001)の声へ、蛍丸は静かに応えた。煤原 燃衣(aa2271)、そして一真が共にいるのは心強かったが、張り詰めた心は、己自身と己の英雄とで受け持たねばならない。そして、扉の前にたどり着いた二人もまた、気を張っている。
『……『映画館占拠なう』、か?』
 共鳴しているネイ=カースド(aa2271hero001)の冗談とも本気ともつかない言葉が、燃衣の魂に溶けた。共鳴で紅く染まった瞳を見開き、燃衣は息と感情を整える。
「一般人が、死の危機に晒されてる……それが問題だ……」
 こみ上げてくるものを抑えながら進行方向の扉を睨みつける燃衣に、國光からの通信が入った。
「鴇さんから情報が入りました。シアター3のヴィラン二人は素人です」
 了解、とだけ返す。敵の理由も腕前も、関係無い。望んで悪役になった人間に、情けをかけるわけにはいかないのだ。
「人質、敵勢力把握。作戦通りに」
「僕と燃衣さんが前方の左右から、一真さんが後方から」
「ああ! 任せとけ!」
 追いついた蛍丸が確認をし、一真が追認する。そして三人は顔を見合わせ、うなずいた。
「人命は最優先で……行動開始ッ!」
 静かに、しかし強く燃衣の号令が響いた。

 何も上映されていないシアターは暗黒に包まれている。一真は気取られないように後方へ動きながら、心中で苦い顔をした。中央に固められた人質たちの間に挟まるようにして、ヴィラン二人がそれぞれ、ナイフと銃を手にたずさえている。相手はいつでも人質に武器を向けることができ、万が一にでも人質に当たる可能性がある以上、遠距離攻撃もためらわれる位置だ。
 そこで、というわけではないが、一真は得物のライヴスセイバーを構えた。それは最上段で明るく輝き、彼らを振り向かせる。
「さあ、己の技を見せてみろ!」
 そう言って、一真は得物の元ネタである映画キャラクターの決めポーズを取ってみる。月夜の『男って……』という嘆きは、聞こえていないのだろう。反応したのは、ナイフの男だ。そんなふざけたSFもどき映画なんぞ蹴散らしてくれる、と叫び、人質から離れて最上段にいる一真へ下からナイフを振り上げた。
 だがその軌道は、光のブレードに阻まれた。見れば、一真は壁側を向き、ライヴスセイバーを背にして防御している。映画の名シーンを再現しているつもりらしい。
「目で見るな、感じろ」
言いながら振り向いて武器を振り抜くと見せかけ、リーサルダークを至近距離で放つ。その場に倒れ伏した男はうめき声を上げるものの、動かない。
「見たか!! 日曜朝に練習した俺の大技!」
『……帰りたい』
 だが今は帰りたくても帰れない。早く終わらせて、と、一真にも聞こえぬよう、月夜は心中で嘆いた。

 月夜の嘆きを知ってか知らずか、銃を持ったヴィランは既に蛍丸に捉えられていた。撃つ前に古武術で関節を極められ、痛みが与えられる。
「っ痛えなっ! んだよ、顔が綺麗なやつは心もお綺麗ですってかあ!?」
 そのヴィランは自分が容色のよい方ではないことを、ことに憎悪の種にしているようだった。身をよじりながら、一真や蛍丸に罵倒を浴びせる。
「関係ありません。顔が心を写しこそしますが――」
「るっせえ! じゃあそのウロコ男はなにか、変態殺人鬼か?!」
 ウロコ男、つまり燃衣に対する罵倒に、ぴき、と蛍丸の何かが割れるような音が響いた。
『蛍丸様、駄目です! 蛍丸様!』
 詩乃の制止の呼びかけは、しかし届かない。蛍丸に、怒りを体現する大百足のオーラが絡みつき始める。
「……僕の、恩師に……『訂正』していただきます」
 そのまま有無を言わせず、ヴィランに連撃を入れ始める。掌底、弧拳、鉄槌打ちから正拳突き。悲鳴を上げるヴィランに対してさらに双掌打を入れようとしたその手を、燃衣が掴んだ。
「ダメだよ、蛍丸さん」
 ゆっくりとかぶりを振るその姿は静かだ。しかし、敵への尋常ならぬ感情はありありと見える。
「敵がプロならこの隙に、報復として人質が殺される。……怒りはこう使うんだ」
 混じりけの無い怒気と殺気。男はいっそ、気絶できたら幸せだったのだろう。
「もし人質に何かあったら……ブチ殺すぞ、クソ野郎ッッ!」
「はい、はいぃぃぃ! すすすすすみませんでした! 生意気いってごめんなさい!」
 蛍丸も場の雰囲気に一瞬呑み込まれ、大百足と共に集中が消し飛ぶ。――数秒後だったろうか? はっ、と我に返り、蛍丸は自分の頬を両手で挟み込むように叩いた。そして、涙と鼻血でぐしゃぐしゃになっているヴィランに話しかける。
「分かっていただけたなら……拘束の前に、傷を治しますね?」
 ケアレイの感触がヴィランを安堵させたのか、彼は気絶してしまった。蛍丸が拘束を終えたのを確認し、燃衣は國光に報告を入れる。ほどなくして、返答があった。
「シアター3の制圧を確認。人質を避難させ次第、シアター2に急行をお願いします。居るのは杖を持ったバトルメディックと素人で……!?」
「どうしました!?」
「仲間の携帯にかけて、異常に気づいたみたいです! 人質の誘導中に襲われないよう、一名先行してください!」
「ッ、了解! すみません、ここを頼みます!」
「任せてください!」
 そう応えてから、蛍丸が人質の青年に手をさしのべ――びくり、と青年が肩をこわばらせた。あ、と蛍丸は思い至る。席の位置関係からみて、先ほどの行為を間近で見てしまったのだろう。暗闇とはいえ、至近距離での殴打は感じ取れる。蛍丸が視線を上げると、同じように怯えた目をしてる人質たちの視線と、かちあった。
「……一真さん、この人達を頼みます。僕はヴィランの連行を」
「ああ、わかった」
 気遣うように微笑んだ一真が、人質達を非常口へ誘導する。蛍丸は気絶したヴィランを俵担ぎにし、もう片方は立たせて後ろ手に拘束した腕を掴む。歩みが常より足早になっていることは自覚していた。
「参ったな……」
 蛍丸のかすかな悔恨の嘆きはシアターの中に埋もれ、誰に聞かれることもなく消えた。

 シアター2での動きでにわかに緊張が高まる中、警備室のドアが開く音がする。國光は振り返り、メテオバイザーに呼びかけた。
「逮捕者たちの様子は?」
「これで6人目、なかなか手強いです」
 警備室で落ち着きを取り戻したヴィラン達は、口々にわめきたててはメテオバイザー、そして鴇とアイザックにたしなめられる、という繰り返しだった。顔に血と涙をこびりつかせて気絶している仲間が連れてこられてから、静かになってはいるのだが。
「私たちは名作にチャンスを与えるだけよ! 劇場でろくな時間を割り当てられない名作にね!」
 先ほど気絶から目を覚ました少女の言葉に、鴇があきれたようにため息をついて告げた。
「そして、貴方達が要求した名作は『犯罪を引き起こした映画』として扱われるでしょう。それが良い事だとお思いですか?」
 ぐ、とヴィラン達が息を詰める。話題にはなるし、と誰かが苦し紛れにつぶやいた声は、か細かった。
「見たいものは人それぞれだろ? 見ろと言われて楽しめるか?」
 アイザックの指摘に、反応はそれぞれだ。しかし誰も反論できないところをみると、彼らとて理の通らぬことをしているのだという自覚はあるらしい。やっと素直になりそうだと、三人は顔を見合わせた。

●そして明かりが灯された
 バトルメディックの女が出会い頭に放った杖の一撃を燃衣は腕でしのぎ、その喉に一撃を入れた。呼吸を止められた女はしかし、素早く座席のただなかに移動して息を整える。燃衣がそこへ移動しようと足に力を込めたとき、真横から襲い来る影があった。
「でぇええりゃああ!」
 少女の顔は恐怖でひきつっていたが、その怒声と振り下ろされた大工用ハンマーの威力だけは確かだった。とにかく横から先に殴る。その単純な思考は、ハンマーをかわした燃衣のみぞおちへの一撃によってあっさりと封じられた。燃衣の腕に抱えられながら痛みと恐怖で泣き出した少女を見て、急いで女はケアレインを使おうとする。
「動くな!」
 少女を抱える腕は力を強める。その人格はすでに、ネイに切り替わっていた。脅しの手本を見せてやる、と。
「雑魚は潰した。残りはテメェだけだ……選択は降伏しか許さん。抵抗すれば凶悪な敵と判断し……」
 少女の首に手が掛かる。ぎり、と首の血管と筋肉が締め上げられる感触に、少女は声を出すこともできずに、だらだらと涙だけを流していた。
「テメェら全員を、抹殺する」
『ネーさん!』
「(なに、言うだけだ)」
 ネイは燃衣の抗議めいた呼びかけにそう心中で返すが、腕の力は緩めない。女は対策を練ろうとするが……ひたり、と背後に二つの気配を認めた。追いついてきた蛍丸と一真だ。
「問題の解決に暴力を使えば、そうなるという事だ。……十数える、武器を捨てろ」
 みし、と食い込む腕から衣擦れの音がする。それはひどく嫌な響きをもって、女に選択を迫った。
「十、九、八、」
 からん。女の足元に杖が落ちた。そして手を上げて頭の後ろで組み、次いで膝を床につく。
「……その子にそれ以上のことはしないで。負けよ」

 シネコンで最も奥にあるシアター6は、暗闇と不安に満ちていた。
「人質から目を離すな」
 大柄な男が、落ち着きなく周りを見回す仲間にそう告げる。他の皆はどうなったのか、自分とて状況が読めない。携帯電話ではなく、無理にでもライヴス通信機を人数分用意しておくんだったと歯噛みしたとき、気配を感じた。その方向に目を向けた瞬間、音と発光物がスクリーン側からやってくる。駆け寄って発光物を確認した。サイリウム? 違う、これは。
「花火!? くそ、スクリーンをなんだと……!?」
 慌てて駆け寄って火を踏み消す。そして視線を上げると、そこには幽鬼がいた。否、幽鬼じみた形(なり)の一だ。
「君たちが、映画好きの子か?」
 問いには答えず、男はナックル型のAGWを取り出して後ろに飛びずさった。ナックルは情報通り、見た目には驚かない、と一は心中でひとりごちながら、芝居のかった台詞を続ける。
「私の名は"ジャック・ザ・リッパー"。お友達になりたくてプレゼントも用意したんだ。受け取ってくれるか?」
 言って、一はポリ袋を頭上へと投げ上げ、切り裂いた。しかし、二度の投擲物での攪乱は通じず。男はさらに素早く後退して距離を取られた。内容物の牛乳と雑巾が、二人の間に無残に落下する。
「おや、お気に召さないかい。けど、あっちの歓迎にはなるだろうさ」
 男は目を逸らさず、耳をそばだてて座席側の様子を伺う。音は金属音、空き缶か? それはどうでもいい。既に仲間は捕らえられてしまった。
「あ~、誰か拷問したい……歴史上最も残虐と言われた拷問方法は、樽に突っ込まれ顔だけ外に出される……」
 紗希は腰に下げている(ようにイメージプロジェクターで見せている)拷問具たちとヴィランの少年を交互に眺め回しながら、さも楽しげな顔をしてみせる。手元は狂いなく少年の手足を縛り、スクリーンの端に寄せた。國光の報告によれば、残りはあの男、ボスの片割れであるドレッドノートだけだ。男は、一と対峙してさらにじりじりと後退している。もう一歩か二歩で、壁を背にしてしまうだろう。ケツを蹴り上げてやろう、と、静かに武器を構えて見守る。
「私と踊って、大好きな映画でも作ろうじゃないの。……ああ、ラブロマが好きだったんならご愁傷様だったな!」
「黙れ! 火を投げ込むような奴が映画を語るな!」
 男は怒りながらも、視界の端で人質に呼びかけている女――遠距離戦を得意とするような姿に見える――を認め、仲間へ近づくように斜め前に跳ぼうとした。仲間を一人でも回収しようと目論んだ男の足は、しかし撃ち抜かれる。
「やり足りないんだよねえ……花火も見足りない。ところで、いいところに指20本と星がひとつあるね。」
 一は剣呑な言葉を喋り続けながらも、動きを止めない。さらに男に座席を利用した跳び蹴りを浴びせ、膝をついた男の首を背後から締めた。手にしたナイフを突きつけることも忘れない。一の腕をかきむしりながら苦しい呼吸でもがく男に、セレティアが呼びかける。
「そいつは本気だ。人質に生命の危険がある場合、エージェントにはヴィランの殺害が認められている」
 本気か? そう言いたげな男の表情を見て、セレティアは重々しく答えた。
「少なくとも、俺にためらいはない」
 言って、セレティアは破魔弓をつがえる。眉間か、心臓か。慈悲を持たぬその射線を感じ取り、男はがっくりとうなだれた。か細い声で降伏の意思を伝え、両手を上げる。首締めを解き、そのまま拘束に移行した一は仕事を終えるとふと、人質のほうを振り仰いだ。
 視界に映ったのは、なお不安げな様子を解かない人々だった。危機から逃れはしたが、視界のほとんど利かない中で繰り広げられたバイオレンスなやりとりと銃声は、彼らを怯えさせていたのだ。
 ひとまず、一は共鳴を解き、空になった手をひらひらとさせてみる。口を開いたのはサイサールが先だった。
「……H.O.P.E.は善良な組織です。貴方がたの無事は保証されました」
 その台詞にどれだけの説得力があったかはわからない。だが、エージェントたちの耳元に響く、國光の安堵のため息と復帰した照明が、幕引きを告げたのは確かだ。

 そう、舞台の幕は引かれたのだ。

●シアターもいいけどビデオもね
 昨今、なにも劇場ばかりが映画の世界ではない。H.O.P.E.本部や少なからぬ支部にも、サラウンド完備の視聴覚室がある。
「これを見よ、それがお前たちの運命(さだめ)なのだ」
 事情聴取が一通り終わった某月某日。その部屋で一真の言葉と共に映し出されるのは、『ERINGI MEN』と題された映画だ。
 チープな着ぐるみと低予算CG、そして異様にテンポの悪い展開と見づらい画面構成と長い上映時間がウリのZ級映画である。ソフト化されているのが不思議なそれをヴィラン達一同で鑑賞するという悪夢の時間。反省と『禊ぎ』という目的ではあるが、なぜか担当エージェントもちらほら巻き込まれている。
「キャラメルポップコーンおいしいですバルトさん」
 セレティアは、バルトロメイの隣で棒読みの感想を述べた。
「おいしすぎてもうなくなりそうです。これ、あとどれぐらいかかりますか」
「全220分だから……あと3時間ちょいだな」
「はあ……」
 言い出しっぺが自分の英雄である以上、付き合わないわけにはいかないのだろうが、なぜここまで長いものを……と、セレティアは釈然としない心持ちで、再び味覚で映像の退屈さを誤魔化しはじめた。
「こんな映画が世の中にあったとは……カイ、大丈夫?」
「あまり……いつ終わるんだ……これはいつ終わるんだ……」
 紗希とカイも、その目はうつろだ。ヴィラン達の精神がダメ映画に侵食される様を見物するはずだったが、それはつまり、自分たちもその映像を見るということに他ならないことを失念していたのだ。クロマキー合成すら下手な映像を前にして、二人は苦し紛れに、セレティアから融通してもらったポップコーンをかじった。

「自分達が殺される可能性もあったんだからね? もうヤッちゃダメだよ?」
「殴る人間は殴り返される危険がある。当然のことです」
 鴇と燃衣は最前列のヴィラン達に混ざりながら、今後への訓戒を述べている。鴇は劇中の着ぐるみを模した格好をして、彼らへ歩み寄る姿勢を示していた。その心遣いにヴィラン達がある意味感服しているのを横目に、ネイは事前に買ってきた食料を咀嚼する。映画は見るに堪えないが、好みの食事があるとなれば話は別だ。
「……好きなものを好きなだけ持ち込める……こちらのほうがいいな」
 ひそやかにネイがソフト化待ちの派閥となったことを、誰が知るよしもない。

「……ぼく、かなしい」
「悲しむがいい。これが映画の暗黒面なのだ」
「頑張りましょう、蛍丸様!」
「帰りたい……いつものやつのほうが面白いだけマシ……」
 参加させられた蛍丸と詩乃、参加させた一真と巻き込まれた月夜の噛み合わない会話が、座席後方から漏れ聞こえた。映画の暗黒面? と蛍丸は首をかしげる。作戦中も言っていた、彼の好きな映画の話だろうかと、おぼろげに推測する。
「(……あとで聞いてみよう)」
 知らず知らずのうちにシリーズものブートキャンプへ巻き込まれるフラグを立てる、蛍丸であった。

「あいつらはいい気味だけど、なんでこっちまで……」
 一がぼやき、サイサールは無感情にヴィランたちを見張る。
 二人はヴィランたちの脱走防止に出入り口を固めるという役を受け持ったのだが、この支部の視聴覚室の外の廊下は狭く、人通りも多い。部屋内に陣取らざるを得ず、結果として映画を視聴する羽目になっているのだ。

 そして幸運にも精神を磨り減らさず、支部の食堂で時間のみを費やす者達もいた。
「聞いてよ二人ともー、オレそこの廊下でまたフラれちゃってさー」
 眠りそうだからと鴇に免除してもらったアイザック、そして、
「いつものことだと聞いていますが?」
「職員さんに迷惑掛けちゃダメですよ。一応、みんな仕事中なんですから」
 任務報告の文書作成を買って出た國光とメテオバイザーだ。
「それにしても、映画に命をかけるなら、いっそ映画を撮ればよかったのに。リンカーなら特撮いらずです!」
 メテオバイザーの悪気のない言葉に、國光はただ苦笑いを返しながら、皆の署名待ちの書類を再確認する。ヴィランの反省と更正、および被害者への謝罪についての項目が、目立つように飾り枠でくくられていた。
「彼らがこの騒ぎを償い終わったら、提案してみてもいいかもな」
 シネコンの怪人たちが、シネコンの名監督になればいい。そんな一筋の希望の見える文面を読み返しながら、國光はそっと微笑んだのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 馬車泣かせ
    赤谷 鴇aa1578
    人間|13才|男性|攻撃
  • 馬車泣かせ
    アイザック ベルシュタインaa1578hero001
    英雄|18才|男性|ドレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 魔の単眼を穿つ者
    繰耶 一aa2162
    人間|24才|女性|回避
  • 御旗の戦士
    サイサールaa2162hero001
    英雄|24才|?|ジャ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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