本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】イングリッシュウーマンイン香港

藤たくみ

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/06/27 18:10

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-

掲示板

オープニング

●ちなみに
『もちろんえげれす人じゃなくたっていいし、男の人もどっちつかずなアナタも遠慮はいらないアル』
「マイリン、誰と話してるの?」
『なんでもないアルヨ』
「……? ヘンな子。そろそろ行くわよ」
『あいあい~』


●蒼く白む香港
 香港の戦いは終わった。
 エージェントを中心とするH.O.P.E.は、古龍幇との衝突を回避し、愚神の策謀を打ち破った。
 香港の周囲をぐるりと取り囲む結界??本来ならば目に見えぬ、時折ライヴスの燐光きらめくそれは、勝利の象徴でもあった。香港は今や、世界でも有数の安全な都市となったのである。
 香港の市街地を散策していたエージェントたちが街角を曲がったとき、ガラの悪い集団とばったり出くわした。
「あ……」
「……ふん」
 男たちはぷいとそっぽを向いて脇をすり抜けていく。小さな英雄は舌を出してあっかんべえまで見せているが、そこに一触即発という様子は無い。エージェントたちは思わず苦笑いを浮かべた。
 H.O.P.E.と古龍幇はこの地において英雄同士が争う危険を悟り、国際会議での妥結発表に向けて交渉を本格化させつつあるという噂だった。市街地では一時避難者たちの帰宅が始まり、戦闘で損傷を受けた建物やインフラの修理も始まって、建設作業員らの元気な声が飛び交っている。
 香港の海へと視線を転じるエージェントたち。
 結界の壁にきらりと燐光がきらめいた。香港の街に残った戦いの傷跡も浅くはないが、それも、この輝きが目に入れば無駄ではなかったと感じられた。


●長洲島
 長洲饅頭祭――長洲島にてブッダの誕生日である太陰暦四月八日を基点に七日間催されるこの祭りの起源は、およそ百年前に遡る。
 神や偉人に扮して目抜き通りを練り歩き、健康祈願、海賊退散、豊漁などを祈願したのが発祥とされ、加えて現在では饅頭(マントウ)で形成された仏塔、饅頭にちなんだアクセサリー、饅頭ばかりが売られている屋台が市街地を埋め尽くし、あまつさえ深夜には饅頭を争奪する――一部地元民からは“死亡遊戯”と呼ばれる――イベントがあるなど、まさにあれも饅頭これも饅頭そっちもこっちも饅頭饅頭ひたすら饅頭といった具合に、島は饅頭一色となる。
 そのインパクトと親しみやすさからか、期間中は数万規模の見物客が訪れ、大変な賑わいを見せる。
 また、長洲島と言えば海水浴場や神や偉人を祀った霊廟がある事でも知られ、そちらが目当ての観光客も年を通して少なくない。
 然るに双方が重なるこの時期は、香港発のフェリーが乗客の過密で混雑どころの騒ぎではなくなるのだ。
 多分に漏れず、テレサ・バートレット(az0030)に誘われた一部のエージェント達も、やはり船の中でもみくちゃにされながら、やっとの思いで長洲島を訪れた。

「さっきの電話は?」
 既に袋いっぱいの饅頭を抱え込み、早速ひとつ頬張りながら。
 マイリン・アイゼラ(az0030hero0001)は相棒に問う。
 到着したばかりの頃、テレサの端末からヒロイックなメロディが流れていたからだ。
「ロクトからよ。遙華達、取材で来てるみたい。パレードにも参加するんだって」
『相変わらず仕事熱心アルな』
「あとで冷やかしに行きましょ。久しぶりに顔も見ておきたいし」
『何を言われたのか大体わかったアル』
「そういう事」
 苦笑いを浮かべたのも束の間、今度はテレサが「そういえば」と切り出した。
「マイリンはどこに行きたい?」
『屋台』
「目の前にあるじゃない」
 右も左も表も裏も、屋台と露店が雑多に並び、どこまでも続いている。
 饅頭売りなどは行列のできているところも少なくない。
『じゃあテレサは?』
「え? ……あたしは、別に」
『……あーもー、まったく世話が焼ける相棒アル』
 口ごもるテレサの手を掴んで無理やり幻想蝶に触らせ、マイリンも準じた。
「あっ、ちょ、ちょっと!?」
 やがて光蝶の残滓が往来に霧散すると。
「…………!」
 マイリンとの共鳴を果たしたテレサは、真っ赤な旗袍――いわゆるチャイナドレス――を身に纏っていた。
(遊びに来たんだから好きなとこ行って好きなように遊んだらいいアル。あ、でも味覚共有シクヨロアル)
 内なる声に「わかってるわよ」と小声で返し。
 テレサは同行しているエージェント達に、にこりと笑いかけた。
「みんなはどこに行きたい?」
(だからそうじゃなくて……)

 とにかくそんなわけで、長洲饅頭祭昼の部は、もう始まっている。
 別にテレサに付き合わなくても、祭りはうっちゃっても、好きなように過ごすのが一番いい。
 戦いは、もう終わったのだから。

解説

【目的】
 長洲饅頭祭を楽しもう!
(観光中心のシナリオとなります)

【舞台】
 香港新界離島区、長洲島。既に夏模様で、気温高め。
 市街地では香港内外から訪れた長洲饅頭祭の見物客でごった返す。
 島内には海水浴場や霊廟などがあり、こちらも賑わいをみせる。
 救急などの一部を除き車両が存在せず、移動手段は徒歩か自転車のみ。
 現在地は市街地、お昼過ぎ。終了は展開次第で夕方~夜。

【主にできる事(※全てを網羅する必要はありません)】
・屋台・露店巡り:
 縁日と似ているが、総じて当地らしい華やかさと活気に彩られる。
 食べ物の屋台は多いが祭りが仏事にちなむ為、今は菜食のみ。
 饅頭(マントウ、蓮の実を使用したあんまんのような食べ物)が人気。
 出店は饅頭祭にちなんだおみやげや小物の販売が主。
・パレード見物:
 獅子舞や龍舞に加え、神、偉人、近年ではアニメキャラなどに扮した子供達のパレードが、目抜き通りを練り歩く。
 H.O.P.E.だかグロリア社だかも何かするっぽい。
・島内観光:
 サイクリングに興じる、泳ぐ、各所の霊廟を見て回るなど暇潰しや気分転換に。
・徘徊:
 玄人向け。

【テレサ+マイリン】
 ゆえあって共鳴状態。
 表層はテレサだがマイリンも会話可能。
 チャイナテイスト(WU参照)に決めて屋台・出店巡り、パレード見物に。
 お誘いあれば嬉々同行(相談スレッドでの宣言、すり合わせ推奨)。
 中の人の都合で暴食予定。
 目を離すと徘徊するかも。

【他】
・購入品のアイテム配布なし
・別行動可能
・『【東嵐】広告塔の少女~饅頭祭大追跡~』とニアミスの可能性あり
(※シナリオを跨いだ連携的な行動は恐らく反映できません)

リプレイ


「てってってれっ。てれってれっれさ……」
『テレサがどうかしたのか』
 大宮 朝霞(aa0476)の奇妙なリズムに、ニクノイーサ(aa0476hero001)は訝しい顔をした。
「いやぁ、そろそろ“さん”を付けなくてもいいぐらい仲良くなれたかなぁと思ってね。でも呼び捨てにするのは緊張するから」
『練習、というわけか』
「どうしたの? 二人とも」
「!」
『……』
 噂をすれば、テレサがひょこっと二人の間から顔を出す。
「……新しい変身ポーズの相談とか?」
「そ、そうそれ! ニックってばなかなか譲ってくれなくて!」
『いや、あのな』
「照れくさいのは最初だけよ。ヒーローたる者、やっぱりロマンを追求しなくちゃ!」
「“テレサ”の言うとおりよニック! ……あ」
『……できるじゃないか』
「なあに?」
 きょとんとするテレサに、ニクノイーサは「なんでもない」と実になんでもなさそうに応えた。
『そんな事より、共鳴(それ)だとマイリンが好き放題食べられないんじゃないか?』
『なるほど。相当な胃袋らしいからのう』
 そこへ、イン・シェン(aa0208hero001)とリィェン・ユー(aa0208)がが歩み寄る。
「お前の肝臓といい勝負かも知れんがな」
『なにか申したか?』
「いんや、なんにも」
『心配ご無用アル、手打ちをしたアル』
 問われれば急にマイリンの言葉が飛び出して、テレサは思わず口を隠す。
「……もう! 大丈夫よ、“あたしが食べる”から。この格好と引き換えね」
「そのチャイナドレスすごく似合ってる! かわいい!!」
「そ、そうかな……」
「Clothes make the manってやつか」
『レヴィンったら、また女性に失礼な事を……! もっと素直に褒めればいいじゃないですか』
 朝霞に褒められテレサがはにかんだのも束の間、レヴィン(aa0049)が水を差す。
 すぐに相棒を窘めるマリナ・ユースティス(aa0049hero001)に「いいのよ」と笑顔で応えるも。
「どうせ馬子ですよーだ!」
 次の瞬間には膨れっ面をしていた。
「待て待て冗談だっての! 真に受けんなよ!」
「ふんだ」
『もう……』
「しばらくそのままでいろよな。――よく似合ってっから」
「……え?」
 唐突な褒め言葉に、テレサは少し驚いて振り向く。
 と、そこにはいつの間にかインが無闇に大きな包みを携えて扇を仰いでいた。
『うむ、いい仕事をしたものじゃマイリン。褒美を取らす』
『えっへん、ゴチになるアル』
「それ、俺が持ってきた饅頭……」
 リィェンは、やはりいつの間にか荷物がインの手中にある事に目を見張る。
 マイリン向けの手土産と持参したものであるから問題はないが。
『それに比べてうちのリィェンは……なぜいつもと同じ格好なのじゃ!』
「いや、だってこんなの予想してなかっただろ」
『えぇぇいテレサ、こいつに似合いそうな服を見繕ってやれ!』
「ちょ、イン。おま」
「いいわよ」
「えっ」
 インの思わぬ提案に既に半分ほどの饅頭を食べ終えたテレサは、二つ返事。
『せっかくですから私も調達します!』
「……あ? マリナ?」
『バートレットさんの姿を見ていたら羨ましくなってしまって……素敵ですよね、チャイナドレス』
 少し照れくさそうに目を逸らすマリナに、レヴィンは「はぁ」と曖昧に応じた。
「そうね。まずはみんなで服を見に行かない? 朝霞」
「賛成!」
 テレサの提案にすかさず朝霞は挙手。
「由利菜さん達もどう?」
「あ……では。せっかくなので」
『異論ない』
 やり取りを眺めていた月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)も互いに目を見合わせ、微笑を添え、あるいは涼しげに、頷く。
「明さんは?」
「いや、僕はその、ちょっと……」
 しかし、鬼灯・明(aa0028)は、言葉を濁した。
『香港ときたらチャイナだろ何日和ってんだよ明ー!』
 美男子然とした彼女の横から美少女――にしか見えない少年――アニェラ・S・メティル(aa0028hero001)が異を唱えれば、相棒は「女らしい格好というのは似合わない、し!」と少し歯切れ悪く固辞を試みる。
『ええええ明さんドレス着ないんです!? 着ましょうよ香港ですよ……!!』
「お兄さんもあっちゃんの可愛いチャイナドレス姿見たいなー」
『見たいなー、絶対お美しいに決まってる!』
「う……」
 が、必死に薦めてくるガルー・A・A(aa0076hero001)と、冗談めかして甘える木霊・C・リュカ(aa0068)の波状攻撃を受け、明は窮地に立たされた。
「見たいなー」
『見たいなー』
「ううっ……!」
 テノールとバスの輪唱が断りづらさを助長する。
「お、オリヴィエくん、せーちゃん。なんとか言ってやってよ!」
『……いい、んじゃないか。たまに』
「アカルなら、かわいい格好も格好良い格好も、きっと似合いますよ」
「そんな!?」
 そしてオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)と紫 征四郎(aa0076)に助けを求めても、子供達とて最後の砦にはなり得なかった。
 逃げ道など最初からなかったのだ。
「征四郎ちゃんだってするでしょ? おめかし」
「もちろんなのです!」
「ふふ、決まりね」
 そうして絶句している僅かの間には、取り返しがつかなくなっていた。
『というわけで、レヴィン! 支払いはお願いしますね!!』
「しゃーねぇな、付き合っ……あ!? おい!」
 マリナの思わぬ奔放ぶりに困惑するレヴィンを皆が笑う中。
 コルト スティルツ(aa1741)はやや離れたところでひと段落着いたのを確かめ、傍らのアルゴス(aa1741hero001)を見上げ囁いた。
「おいアルゴス、俺達は俺達で適当に見て回――」
『ギチギチギチ』
「――あ? テレサと行動する?」
『ギギ』
 甲虫じみた姿の相棒が個性的な擬音で意思表示する。
「別に良いが……お前のそのテレサへの関心はどこから来てるんだろうな」
『ギ……』
 その関心の対象の手元からが、既に饅頭が失われていた。



 というわけで、衣料品、装飾品を多数取り揃える屋台にて。
 女性陣(?)は仲睦まじくショッピングを楽しんでいた。
「リィェンくん、何ぼうっとしてるの?」
「あ? お、おい!」
『とっとと行けいっ』
 そしてリィェンまでも引きずり込まれる様を、残る男性陣は静観していた。
『かしましいな』
『ギギ』
(こうして見てっとマリナも“普通の女の子”ってやつだよなぁ)
 レヴィンもまた、何とはなしに眺める。
 かつて居た世界において“聖女”とされ、また自らそう在ろうと常に張り詰めているマリナを。
 だが。
(元いた世界の事情なんか知ったこっちゃねぇ。アイツはアイツらしく羽伸ばしときゃいーんだ)
 この場に居るのは誰に課されたのでもないのだから。
「にしても……マジで種類多いよな」
 相棒から視線を外して目に入ったのは、女性用の装飾品の数々。
 こんなに沢山の中から無限とも思える組み合わせを選り抜いて自らを飾るのが、女というものらしい。
 ふと、先ほど冷やかしたテレサを見る。
 華美とでもいうのか、実際決まっていると思う。
「……」
 レヴィンは目の前に広がるアクセサリーの海と楽しそうな小麦色の顔とをしばし見比べ、やがて――会心の笑みを浮かべた。

 一方、真向かいの同じような屋台では。
 リュカは、既に袖や裾の邪魔にならない着易そうなものに着替え。
 征四郎は、リュカの勧めに乗じて袖広の、ちょっと大きめで手足がすっぽり隠れるドレスに身を包み、長い髪をガルーの手に委ね、お団子に纏めて貰っている最中だ。
「髪……、綺麗だね」
「実家では男扱いでしたけど、髪だけは切られないように死守していたのです」
 言いながら手鏡で口紅を塗り、ほのかに大人びた面持ちとなった事で殊更に愛らしく。
 おまけに露出の少ない着衣を纏っており、まさに理想の化身である。
 明としては同じやつがいい。さもなくばリュカの男物。
『大人用はなかったぜ』
「……」
 だが世の無常を、アニェラが即座に示す。
「…………ええい! こ、この際!」
 そして明はやけになった。
 その事に気を好くしたガルーは、隠れるように片隅でじっとしているオリヴィエに視線を移す。
『こういう場でお前さんだけ学ランってのもあれだろ?』
『……このままでいい』
『何事も経験よぉ? オリヴィエちゃん。まあ別にちんちくりんのチャイナ服なんか見たい訳じゃ痛い腹パンやめて!』
 軽口を叩けばすぐさまオリヴィエが腹部を殴打した。
「興味ない? そんな事ないよね」
「まさか一人で抜け駆けなんてしないよね……」
『なんならオレと一緒に可愛く決めようぜー』
『それだけはダメ!』
「……着替えないのです?」
『…………』
 皆に推され、圧され。
 オリヴィエは深く溜め息して「任せる」とそっぽを向いた。

 そんなこんなで。

 白い上衣に足首の窄まったボトムスと道着風の出で立ちとなったオリヴィエは、、ガルーによって器用に編み込まれた髪に触れて。
『ありが、とう』
『お互いにな』
 鏡越しにガルーを見上げ、視線を交わした。
『……似合う、か?』
『ん、結構似合ってるぜ』
 想像していたよりずっと――と思いはしても声に出さず。
 そんなガルーの髪もまた、オリヴィエの手でオールバックに整られていて。
 久方ぶりに両の目で見る世界と、そこに居る少年とが、少しばかり眩しく思える。
『お、なんだなんだ。サマになってるじゃん!』
 跳ねるようにして、アニェラが歩み寄る。
 夜会巻きを少し崩して広げる事でより華やかさを増し、少し扇情的ともとれる黒の短いチャイナドレスを纏って、上機嫌に。
『あーもう無意味にヒラヒラさせないでくれるぅ?』
『ガルーはこういうの苦手だもんなー。ほら。裾とかさァ?』
『やめろ気が散る目が泳ぐ!』
『……アニェラは、やっぱり服はそっちなんだ、な』
『似合っちゃうんだもん仕方ないだろ?』
『ん、かっこいい』
『お、判ってるね』
 しっしと払いのけるガルーに舌を出してから、アニェラはオリヴィエに小首を傾げて愛想を振りまいた。

 そして。

「わりぃわりぃ」
『もう、何やってたんですかレヴィン』
「会計に手間取っちまってな。……へぇ」
 遅れて屋台を出てきたレヴィンはパートナーを始め身嗜みを調えた一行に感心する。
 マリナは薄紅色の髪をお団子に纏め、黒のドレスで鮮烈に決めて、照れ笑いを浮かべながらも楚々とし。
 朝霞は、曰くなんか老師っぽい――ブルーのドレスで涼やかに、ちょっといんちき臭いカンフーポーズを取り。
 由利菜は淡いピンクのドレスで可愛らしさを強調し、“姫”たる印象が増すように。
 リーヴスラシルは白と金を基調としたやや布面積の少ないドレスで見事なプロポーションを惜しげもなく披露し。
 その輪に隠れるようにして。
「……す、裾短くないかいこれ。もうちょっと長いやつは……」
 紅色のタイトなチャイナドレスの短い裾を押さえながら、明がしきりに周囲を気にしていた。
 髪はシニョンに纏めて長さを誤魔化したとの事だが、なかなかどうして。
「皆さんお綺麗ですわ。こういった催し事はやはりおめかししたくなりますわね」
『ギギギ、ギチ』
 コルトは拳袍に身を包みながらもそれすら可憐に微笑み、手を合わせて一同のドレスアップを歓待する。
 アルゴスは――その真っ赤な視線は、主にテレサの両耳を覆うユニットに注がれているようだった。
『いやいや実に。大変お美しい! ――ぐ、ハッ』
 にこやかに綺麗どころを讃えたガルーの顔が突如苦痛に歪む。
 背後から鳥兜色のお団子頭に頭突きをされたのだ。
「ほんっと調子良いんですから……」
 その一方で。
 リィェンは気難しく眉間にしわを寄せていた。
「……言いたい事でもあるのか」
『別に何も? ……うっ、くっ』
 さっきから時折こちら――の身を包む、テレサが選んだ赫奕たる黄色のトラックスーツ――をちろりと見てはひくひくと痙攣してばかりのインを、片目でじろりと睨む。
「よく似合ってるじゃない」
「そ、そうか?」
 だが、まあテレサに褒められれば悪い気はしない……か?
「うん、“ドラゴン”って感じ。これで死亡遊戯もばっちりね」
 その一言で、とうとうインの笑いが決壊した。

 この後、征四郎が通行人にお願いして、全員で記念撮影した。



「ふふ、お祭りはいつだって心が躍るね」
「そ、そうだね……」
 明はリュカの手を引きながら、人とすれ違うたび、顔が紅潮した。
 それでも。
「――こんな未来が掴めてよかった」
『……そうだな』
 リュカと、その後ろに控えるオリヴィエの穏やかなやり取りのお陰で、少しだけ羞恥が和らいだ。
『せいぜい楽しんで帰ろうぜ』
「……うん!」
 次いでのアニェラの声に、明も自然と口元が緩む。
 そういえば――リュカとオリヴィエ、征四郎とガルー、そして自分とアニェラ――六人揃う事なんて珍しい。
 そんな何気ない事に気づき、また少し嬉しくなって。
「実は僕、海外初めてなんだよね」
『知ってるか? 日本じゃないからできる事』
「なんだろ?」
『まあ見てなって。……――ねえ、おじさま。私旅行で日本から来たの。せめて私の相方分だけでもいいから、マケてくれない?』
「価格交渉!?」
 そんな友人達を。
 どこまでも続く屋台、饅頭ばかりで作られた塔、行き交う人々。
 祭り特有の品格と猥雑の入り乱れた、どこか不思議な情景のひとつひとつ――何気なくもたった一度きりの、大切な今日を。
 そして、他の皆とは少し意味合いの異なる特別な青年の明るい笑顔をも。
 征四郎は持参したカメラで撮り溜めた。
 この一枚一枚は、後でリュカが見ることになるから。
 彼はきっと視覚を補って余りあるほど物事を読んでいるのだと思う、けど。
 だから、これはお節介なのだけど。
(征四郎は征四郎なりの気持ちを返していきたいのです)
 いつも優しいリュカに。
 やがて、アニェラが首尾よく人数分半値で手に入れた饅頭を皆が受け取ると、征四郎は明と入れ替わるようにしてリュカと手を繋いだ。
「さぁ、次は征四郎がエスコートしますよ!」
「ふふ。よろしくお願いします」
「任せてください。置いていったり、しないんですから!」
 まだ小さなその手を、リュカは優しく包むように握り返し、微笑む。
 その、後ろで。
『リーヴィ』
『……』
 前の二人を見詰めるオリヴィエへ、ガルーが耳慣れない名で呼んだ。
『リーヴィ。お前さんだよオリヴィエ』
『リー……ヴィ?』
『ちゃんと食べてるか?』
 それがどうやら自分の愛称らしい事にやっと気がついて金木犀の瞳を向ければ、ずっと年上の友人は頬をかきながら問うた。
『食べてねぇだろ』
『別に、いい』
『これだって経験だ』
『っ―ー』
 にべもなく応じた口に饅頭を放り込まれ、オリヴィエは猫のように驚き目を見開く。
 その瞬間を征四郎がすかさず撮ったので、他のものが笑う中やや憮然としながら。
 口いっぱいに蓮の香りと餡の甘みがふわっと広がり、だがくどさはなく。
 悪くない。
『どうだリーヴィ』
『…………。甘い』
 ゆっくりと咀嚼するオリヴィエの酷く平易な感想に、ガルーはしかし「そうか」と満足げに笑い、自らもまた食す。
「でも、仏様ってちょっとけちだよね、近所の神社のお祭りなんかお酒もお肉も無礼講なのに」
 ふと、リュカはそんな事をぼやく。
 少し物足りないというか、寂しそうに。
「千鳥足で着いて来れるほど征四郎は甘くないのです」
 どうあれ、征四郎はむくれ――今度はその顔を、オリヴィエがファインダーに納めた。

 その頃、リィェンは屋台を見かけるたびに袋いっぱい饅頭を買い込んで歩き回る間に食べ尽くしてしまうテレサの事が、気が気ではなかった。
「そんなに食べて大丈夫か」
「なにが?」
「その、色々と」
「……? ヘンなリィェンくん」
 共鳴の賜物か、彼女にはまるで頓着がない。
「いいんじゃねーか。本人が涼しい顔してんだ」
「甘いものはいくら食べても、とまでは言いませんが美味しいですわね」
『ええ。お店ごと味に個性があって飽きませんし』
 もぐもぐやりながらレヴィンが一言添えれば、コルトとマリナもその手元にある袋からひとつずつ取り出してちまりと食んで口元を綻ばせる。
『ギギ……』
 が、アルゴスはぞぶぞぶと貪りながらもなにやら言いたげだ。
「肉が良い? 黙って食え、というかお前こないだ樹液が甘くないって文句言ってただろうが」
『ギチ』
 おぞましい食事模様を直視しないよう気をつけながら、コルトは相棒を小声で諌めた。
「甘いものがお好きなんですか?」
 由利菜がテレサに問えば「もちろん」と弾むような答えがあり。
「だけど、逆に嫌いな物ってないのかも。マイリンもそうよ」
『“ごく一部”を除いてなんでもぺろりアル』
「ごく一部、と言うと……」
『察しておけユリナ』
 由利菜をリーヴスラシルが諭した。
 周囲では――レヴィンが突如喉を詰まらせ、マリナは口を隠して顔を背け、朝霞は賢者の如き面持ちとなり、ニクノイーサは眉間を押さえ、そ知らぬ風を決め込むインの横でリィェンが咳払いしながらちらちらとこちらへ視線を寄越している。
「でも……」
 ただ事では、ない。
「せ、せっかく香港に来たんだもん!」
 なお質そうとした由利菜の言葉を遮って、朝霞とニクノイーサが目配せする。
「私、麺類が食べたいなぁ。ほら、香港ヌードルとか?」
『探せばあるかもしれないな』
「ねっ! マイリンもヌードル食べたいよね?」
『そうアルな、そろそろ饅頭以外のものが恋しいアル』
「まだ食う気か……」
 リィェンは人並みの量しか食べていないが、マイリンを見ているだけで胸焼け気味である。
「先ほどそのような屋台をお見かけしましたわね」
「それじゃ早速行って味を確かめてみましょうっ!」
『ギギ、ギギギ』
「お前、人が食ってるの見ると食いたくなるタチなんだな……」
 朝霞がびしっと人だかりの多い麺の屋台を指差せば、真っ先にアルゴスとコルトがそちらへ向かい、皆それに続く。

「バートレット」
 他の者と一緒に行こうとしたテレサを、おもむろにレヴィンが呼び止めた。
「なあに?」
「手ぇ出しな」
「もう、いっつも藪から棒なんだから」
 テレサが訝しい顔をしながらも両掌で受け皿を作る。
「これでいい?」
 と、レヴィンは小ぶりな包みを、無造作にそこへ乗せた。
「え?」
「今日誘ってくれた礼っつーか、こないだ海で戦った時の労いっつーか……まぁ色々な」
「労い……ってそんな! レヴィンだって同じ――」
「お疲れ」
 断ろうとしたのか、とにかく彼女が早口に言葉を重ねる間もなくレヴィンは肩をぽんと叩いてすれ違い、他の者の後を追った。
「待って、」
 テレサが振り返ると、彼は背を向けたまま一度だけ片手を上げる。
「……。ありがとう」
 気恥ずかしい感謝の言葉は、ざわめきの中に掠め消えた。



「またしても心が躍るね!」
『……はぐれるなよ』
 いつしかパレードは始まっていた。
「へぇー、なかなか本格的!」
 朝霞は目を見張る。
 祖神か、英雄か――華々しくも凛々しい出で立ちとなった子供達が大人に率いられて神輿に担がれ、練り歩き、ときに踊りを披露するなどその模様は熱量も相俟って実に壮観な一方、やはり可愛らしくもあって。
『……不思議だな、神と人が並び歩く光景は』
 オリヴィエは誰へともなく独特の感慨を述べた。
 炎天下での長距離移動がやはり過酷なのか、泣き出す神(子供)とあやす人(大人)を見遣りながら。
「あたし達とオリヴィエくん達の関係も、そうなのかも知れないわ」
『……?』
 おもむろにそう言われ少年が振り向いた頃、テレサは既に朝霞達や由利菜達と談笑していた。
『見てみ、オリヴィエ』
「わざわざ教えなくていいって……!」
 矢先にアニェラと彼に引かれた明が視界へ飛び込む。
 美しすぎる少年は、しきりに自分と相棒の胸元のブローチを見せびらかした。
 共に意匠はバウヒニア、この香港を象徴する花。
 どうやら揃いであつらえたものらしいが、こんな気を回すのは――。
「デートの細やかなお礼ですよ、小さく可憐なマドモアゼル」
 リュカを振り向いた途端、歯の浮くセリフと、鮮やかな紫色の大輪が耳と目に飛び込んだ。
「花言葉は諸説あるんだけど、この間調べてたら‘印象的な瞳’っていうのがあって。かっこいいと思わない?」
「ちょっぴり……照れくさいのです」
 優しい紳士の微笑が眩しいのか、俯き加減の征四郎が頬を染めて「似合い、ますか?」とオリヴィエやガルーの視線を気にする。
『訊くまでもねえだろ、なあリーヴィ――あ、おいっ』
 ガルーが呼んだ時、オリヴィエは――猫の着ぐるみで練り歩く一団の元へ、自身も猫じみた目をして駆け寄っていたのだった。
『てめぇではぐれてどうする……』

「おーっ! やっぱりヒーローは世界の子供達の夢と希望と憧れなのねっ!」
『朝霞もコスプレして参加したらよかったじゃないか』
「という事は日本のキャラクターなのね」
「憧れ……」
 その最中に浮かんだ言葉に惹かれるようにして、由利菜がおもむろに語り始めた。
「私にとっても父と母は自慢の両親でした。異世界との架け橋を目指す両親の事が」
「難しい研究をしておられるのね」
「でも、二人ともへこたれません。……なのに、私は自分の死を恐れる臆病者です。テレサさん達と違って……」
『ユリナは先の作戦でも特別勲章を受勲したろう』
 気落ちする相棒を見かねたリーヴスラシルが当該の勲章を示す。
「でも……ラシルと共鳴しなければ、私は、何も」
『私とて同じだ』
「それが答えだと思うわ」
 即、手を取り合い分かち合う事。
「ご両親はご健在? 時々は会ってる?」
「私も、ラシルも。今は故郷に戻れませんから」
「……そう」
「だから、香港の人々にまで大切な人や故郷を失って欲しくありませんでした」
『これからも必要な者に手を差し伸べ続ける。皆、同じ想いの筈だ』
「ラシル……」
『仰るとおりです。私も、レヴィンも、その為に一歩も退きません』
「誰に言われたってんじゃねぇ、そうしてーからそうすんのさ」
「マリナさん、レヴィンさん」
 真摯な眼差しで頷くマリナに、ぶっきら棒に合いの手を入れるレヴィンに。
 ユリナは表情を和らげる。
「あなた達がH.O.P.E.に居る事、誇りに思うわ」
 そんな仲間達を、テレサは笑顔で讃えた。
「ところで」
 依然パレードが進む中を眺めていたコルトが、ひと段落を見計らって尋ねる。
「テレサさんはグロリア社がパレードで何をするか――」
 が、言い切る間際どこからともなく轟音が鳴り響いた。
 爆竹にしては少々大袈裟な――
「なんだ、ありゃ?」
『妙な花火じゃのう』
 次いでリィェンとインが空を仰ぐ。
「なになに? “たまには”……」

 ――たまには遊びに来なさいよ!

 そんな文言が弾けて、宙を雪崩れ落ちた。
「“あれ”よ」
「あれ?」
「グロリア社の出し物。ふふ、行きましょ。ね、アルゴスくんも!」
『ギギ!』
「ぎちぎち!」
『ギチギチ!』
「アルゴス、何がお前をそこまで……」
 特定の誰かに――ある種人間じみた――興味を示す様は珍しく。
「構わんけどさ」
『ギ』
 あるいはそれも祭りならではか。
 かくして一行はパレードの先へ、不可思議なステージのある方へと向かう。
 と、不意に一行の元へ、眼鏡をかけた日本人の少女が駆け寄って来るのが見えた。
「テレサ! 久しぶり、元気だった?」
「遙華!」
 テレサが群集の狭間から笑顔で手を振り、誘う。
「みなさんは何かもうお土産など買われましたか?」
「あ……そうだ、お店の常連さんに何か見繕わないと!」
 姉妹のような二人を見遣りながらコルトがそれとなく話題を振れば、明が小物屋へ駆け寄る。
「色々と興味深い物が多くて目を奪われてしまいますわね」
「うん……あまり重くないようにちょっとしたものがいい、かな」
 夥しい数の饅頭型の根付を丁寧にひとつひとつ選り抜いていく。
 深緑、橙、群青――ここには居ない、大切な知人達を想いながら。
「それぞれペアの方がいいよね。気に入ってくれるといいなあ」
 能力者と英雄と、双方の分を包んで貰い、胸に抱いた。
 ちょうどその折、オリヴィエはガルーに引っ張られて皆の元へ連れ戻されていた。
「ふふふ、エスコートお疲れ様」
『エスコートじゃないですぅ』
 リュカとガルーのやり取りに憮然としながら、けれど少しばつが悪そうにして。
「近いようで遠いよね、香港」
『まぁな』
 彼らを微笑ましく見詰めながら、明はアニェラに零す。
「初めての海外」
『初めての格好っ』
「う…………。なんだか、初めて尽くしになっちゃったな」
 何もかもが新鮮で、なのに友人達はいつも通りで。
 不思議な楽しさと安らぎを同時に得た気がした。
『また来ようぜ』
「うん」
 どうかまた来る事ができますように。

 どこかで、また大きな花火が上がった。

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 名オペレーター
    鬼灯・明aa0028
    機械|23才|?|命中
  • エージェント
    アニェラ・S・メティルaa0028hero001
    英雄|15才|?|ジャ
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 木漏れ日落ちる潺のひととき
    コルト スティルツaa1741
    人間|9才|?|命中
  • ギチギチ!
    アルゴスaa1741hero001
    英雄|30才|?|ジャ
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