本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】古龍は希望を担えるか

星くもゆき

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/06/08 17:04

掲示板

オープニング

●行くべきか行かざるべきか

 昼。H.O.P.E.香港支部。
 その門に進み入るかどうか、と足踏みする男がいた。傍らには女性の英雄が控えている。

 男の名は『岱申寧』。リンカーであり、古龍幇の人間だ。彼は以前、愚神商人が絡む事件で重体の傷を負って病院に搬送されており、現在は病み上がりの状態にある。そんな中で、ここ香港支部に来訪したのは思うところあってのこと。
 なのだが……。

「どうするか決めてから来れば良かったんじゃない?」
「いや、心を決めて来たんだが……いざその時になると、な……」

 眉間に皺を寄せ、その場で考えこんでしまう申寧。隣の英雄――冷峰は呆れたふうにため息をついた。無理もない。実は申寧はここ数日ずっとこんな感じで、香港支部の門前までやってきては足を止めて引き返すということを繰り返していた。
 理由は、H.O.P.E.と古龍幇の間で結ばれた停戦協定だ。その協定の内容には、両組織に同時に籍を置いても良いというものがある。幇の人間でありながらH.O.P.E.にエージェント登録しても問題なく、逆も然り。共同して愚神勢力の対応に当たろうという意志の表れである。
 今回の香港の騒動の中で愚神どもに家族を奪われ、翻弄された申寧の中には愚神を打倒したいという火が灯っていた。それまでは幇の意向もあり愚神のことなど気にしたこともなかったが、今は自分にできるすべてをもってして奴らに対抗するつもりだ。そのためにH.O.P.E.に籍を置きたいと考えていた。
 だが、いざH.O.P.E.の支部に入ろうとすると、古龍幇への忠義が頭をもたげるのだ。当然ながら幇も合意したからこその停戦協定ではあるのだが、H.O.P.E.への加入は幇を裏切ることになりはしないかと考えてしまう。ゆえに、支部への最後の一歩を踏み切れない。
「幇も俺らの身の振り方に文句は言わねえとしても……頭と心は別だろうしな……」
「そういうこともあるかもしれないわね」
 もちろん問題はそれ以外にも、幇の人間が今更H.O.P.E.に入ってちゃんとやっていけるのか、白い目で見られるかもしれずそれに冷峰を付き合わせて良いのか、などなど懸念事項は尽きない。
 ヴィランズ『古龍幇』の人間が、人類の希望たる『H.O.P.E.』という組織に加入するというのは、簡単なことではないようだ。

「……今日は帰るか。考えてから、また来よう」
「昨日も言ったわよね……? まぁ私はどっちでもいいけど」
「新しく事を起こそうってのは、難しいもんだな……」


 踵を返して去りゆく2人。それはここ数日、この香港支部で何度も目撃されている姿だ。
 すれ違う任務帰りのエージェントたち。古龍幇、H.O.P.E.、協定、などの単語が耳に入ってくる。
 一体何の話をしているのだろうか、と気になったエージェントたちは2人に声をかけてみることにした。

解説

■目的
岱申寧&冷峰と話をする
2人がH.O.P.E.に加入すれば成功、しなければ失敗ということではない

■登場NPC
・岱申寧 古龍幇に在籍する男
今回の香港の騒ぎの中で、愚神ナレイン・ミスラの手により家族(親、妻子)を失っている。
彼のエージェント登録についての心情を要約すれば下記の3点。
1:H.O.P.E.加入は古龍幇を裏切る行為のように感じてしまう。
2:ヴィランとして生きてきた自分が、エージェントとして活動していけるか。
3:恐らく居心地は良くないだろう環境に冷峰を付き合わせてしまうことに負い目を感じる。

・冷峰 申寧と誓約する英雄
エージェント登録は乗り気でない(申寧が再び愚神に傷つけられることが不安)が、申寧の家族とは自分も家族同然の間柄であったため「愚神を許せない」という気持ちは申寧と同じである。
彼女の心情を要約すれば下記の3点。
1:申寧と愚神をできるだけ接触させたくないという思いが強い。
2:だが申寧の家族の仇を討ちたいという思いも強い。
3:ヴィランである申寧がH.O.P.E.で嫌な思いをしたりしないか。申寧の3と同じ。

■場所
現在はH.O.P.E.香港支部前。その後支部内や街に移動するかは自由。

■状況
・申寧と冷峰は何度も香港支部に姿を見せている。(それをPCが目撃しているかはご自由にどうぞ)
・古龍幇、H.O.P.E.、協定などの単語から2人の素性を推測することは充分に可能。
・申寧は一応、ちゃんと古龍幇に「エージェント登録するかもしれない」と話は通してある。
・申寧の心情3や冷峰の心情は、2人が一緒にいると吐露しにくいだろうと思われる。
・『前回の事件』のあらましは2人とも大体知っている。(当該シナリオに参加していないPCも知っている扱いで構いません)

『前回の事件』
http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/1700

リプレイ

●立ち話

「兄さん、あの人って……」
「ああ、岱申寧……だったかな」
 すれ違う申寧の顔を見た禮(aa2518hero001)が海神 藍(aa2518)を見上げる。藍も彼らの後ろ姿を見ていた。
「最近……何度、か……見かける……」
 藍たち同様に申寧と関わった宿輪 永(aa2214)はすでに数回、その姿を目撃して気にしてはいた。永とともにいる宿輪 遥(aa2214hero001)も同じく。
「あの男か……放っておけないな」
 言うや否や、申寧たちに向かって歩き出したのは飛岡 豪(aa4056)だ。申寧の事件の経緯は情報として知っており、その境遇に自分と共通するものを感じていた。
 しかし豪は申寧とは初対面なので藍たちも同行して2人に声をかけることになる。
「突然すまない。何かH.O.P.E.に用だろうか?」
 豪に声をかけられて振り向いた2人は彼のヒーロー風スーツに目を丸くしたが、すぐに豪は己が無害であるとアピールする。
「怪しい者ではない。俺は能力者だが今は英雄を連れていないし、武装もしていない」
 両手を広げてボディチェックでも何なりと、といった態度の豪だが申寧たちはじっと彼を見るだけだった。
 だが視線が隣の藍を捉えると、申寧はすぐに口を開いた。
「あんた……」
「……岱さん、久しいね。傷のほうはもう良いのかい?」
「おかげさんで……な」
 体に穴を開けられた部分を手で押さえて、自虐的な笑みを浮かべる申寧。
 そのまま彼の近況を聞いていた藍の目に、1人の男がこちらに歩いてくるのが映った。迫間 央(aa1445)だ。英雄のマイヤ サーア(aa1445hero001)は見えないが幻想蝶の中だろう。
「すみません、話しているところが見えたもので」
 藍や豪とは別件で香港支部を訪れていた彼は、申寧の姿をみとめてつい足が向かったようだった。
「回復されたようで良かったです。一命は取り留めたとは聞いていましたが我々のほうでは安否を確認できませんでしたから」
「その件では迷惑をかけた。あんたらには頭を下げなきゃならないと思ってたんだ……」
 深々と頭を垂れる申寧。並んで冷峰も同じく。
 その様子を遠巻きに見ながら、藍たちと同じ任務帰りだった赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)、雁間 恭一(aa1168)とマリオン(aa1168hero001)は、これが協定の成果なのかと考えていた。
「やれやれ、幇会のほうから堂々とH.O.P.E.に移れる様になるなんてよ」
「両属も可能らしいぞ? 貴様も古巣に戻ったらどうだ?」
「……俺は辞め方が最悪だからな。それに幇会とH.O.P.E.、元々水と油だ。香港での協力が他でも成り立つかは分からねえ」
「まあ、どうせ遺恨を持つ者もこの戦いで大分くたばったろうがな……まあ、好きにするが良い。余は食い扶持が稼げれば何処でも構わぬ」
 古龍幇の関連企業から亡命するようにH.O.P.E.に流れてきた恭一にとっては、今回の協定はそれほど好ましいものでもない。
「まぁ色々複雑な状況ではあるよな、これ」
 恭一らのやりとりを聞いていた龍哉は思わず苦笑い。
「本来ヴィランズは討つべき相手ですが、愚神打倒という共通目的を達するため手を組むというのは理解できますわ」
 やや含みのあるヴァルの物言いに、龍哉はちらりと視線を向ける。
「だが、感情が納得しないってか?」
「今回の事であれば、そうでもありませんわ。H.O.P.E.に入り込んで狼藉を働こうといった手合いでないのは見ていれば判りますもの」
 龍哉は視線を再び申寧らに戻した。申寧が無法の輩ではないだろうことは見て取れる。
 その様子から何となく申寧の困り事に見当をつけた龍哉は、彼らに背を向けて支部内に入っていった。
 他方、支部前の隅っこでは、1組の若い男女、GーYA(aa2289)とまほらま(aa2289hero001)がじーっと立ち尽くしていた。
「どーしてH.O.P.E.香港支部前で張り込みもどきな行動しなきゃなんないの!」
「あー……幇からのエージェント加入希望者の案内と揉め事防止……」
 彼女に詰め寄られてはジーヤはぼそりと答える。
「依頼なの?」
「……ボランティア」
 まほらま、盛大なため息。
 ジーヤが言うには、休日だと言うのに香港支部から呼び出しがかかり、何か依頼かと思ったら古龍幇からの登録希望者の対応をしてくれと頼まれたらしい。正確には「自主的な厚意でやってくれないか」とのお願い。「停戦協定が結ばれて間もない今、小さな衝突が火種になる事もあるのだから」と丁寧な説明付き。
「手の上じゃなく口先で転がされたわね……ジーヤ?」
「まほらま、あれ!」
 責めるようなまほらまの言葉を遮るためジーヤは声を出して、申寧たちを指差した。
「顔見知りみたいね。問題ないんじゃない?」
「でもあの人達何度か見かけてて気になってたんだよね……移動するみたいだ、行ってみよう」
 申寧らに話を聞いた藍が「長い話になりそうだから」と場所を移すことを提案し、一行は申寧らの馴染みの喫茶店に移動することにしていた。ジーヤとまほらまはこっそりと尾行する。

●卓を分かれて

 一行が着いたのは、大通りの喧騒からは遠い、落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
「2人一緒では言い難い……なんて話もあるだろうか?」
 藍が冷峰に耳打ちした。2人の様子から何となくそう感じたからだ。
「……そうかも。そうして、くれる?」
 フッと緩む冷峰の表情を見て、藍が頷く。
「二卓に分かれたほうが良いかな? ……人数も多いし」
 提案に対し、申寧も含めて全員が了承した。位置が近く、しかし互いの会話が容易に聞き取れない卓を選んで着座。申寧と冷峰も自然と別々の卓へ座っていた。
 茶の席だと言葉も幾分軽くなり、支部前では聞けなかったことを少しずつ話し始める。H.O.P.E.への登録を幇への裏切りに感じてしまう、ヴィランである自分がエージェントとしてやっていけるか、と。
 訥々と語られる話を、店に潜入していたジーヤとまほらまも聞いていた。少し離れたところで聞き耳を立てて。
「やっぱり簡単にエージェント登録ってわけにはいかないか」
「そうねぇ、幇の団結力の強さは時限装置回収の時思い知らされたわ」
 ジーヤは適当に注文したコーヒーを啜り、まほらまはフルーツのあしらわれた大きなパフェを堪能。塔のようにクリームが盛られたその造形をうっとり眺めながら、幸せそうに食していく。

「こんな悩みなんて我ながら情けねえ」
 あらかた吐露すると、申寧はまた自虐して笑う。
「……所属ってそんなに重要ですか?」
 くりっと丸っこい瞳で見つめて、禮は静かに問うた。申寧が見つめ返してもその瞳は動かない。
「その胸に刻んだ紋章は、わたしの冠と同じような物だと思うんです」
 冠を手で押さえ、申寧の胸に指を差す禮。更に言葉を継ぐ。自分の冠は多くの者を守った証であり誇りだと。
「これは大切な、わたしの在り方の指針。所属を失っても、記憶がおぼろげでも」
 何も持たずとも何処に在ろうとも、冠さえあれば道に迷うことなど無い。たったひとつ戦士であるという証明があれば。そしてそれは申寧も持っているのだ。
「龍一文字の侠は、その程度で曲がる程軽いものじゃない、ですよね?」
「……何処に行こうが変わらねえ、か」
 幇の象徴を彫りこんだ自分の胸を強く撫でた後、申寧はようやく普通に笑ってみせた。
「ナリは小さくとも、やっぱりあんたも英雄なんだな」
「英雄ですし、戦士ですよ」
 冠を強調してから胸を張る禮。同席する央や豪も思わずくすりと笑ってしまう。
「何で笑うんですかー……ってあれ?」
 話している横から店員が料理の盛られた皿を置いていった。そして後からひっきりなしに皿が卓に届いていく。そのうち卓一杯に料理が並んだ。
「これは一体……」
「……多い、な……」
 央と永が怪訝そうに発した。
「俺だ。腹が空いていたのでな」
「飛岡さん!? これ1人分ですか!?」
「無論だ。安心してくれ、勘定は別にするつもりだ」
「当たり前ですよ!」
 驚く禮をよそに豪は吸引機の如く飯を食い始める。一皿一皿、綺麗に消えていく様子を卓の面子は呆気にとられながら眺めていた。
「飯店にすりゃ良かったか……?」
 食いっぷりに思わず申寧が呟いた時、隣席の恭一が小声で語りかけてきた。
「忠義がどうの、なんてな、お前が老大にこの話をしたら笑われるぜ?」
「……笑われる?」
 同様に小声で返す申寧。恭一は豪の食いっぷりが皆の目を集めているのを確認して、話を続ける。
「お前が義理堅いのはよく分かる、しかし、大人(君子)になるのには清濁併せ呑む器量が必要だ……敵との関係(コネ)は幇会の財産だ。何で幇の財産を増やすのが裏切りになるんだ? ……ってな。そこら辺の話は俺たちとするより幹部としたほうが良いんじゃねえか?」
 聞き入った後に、申寧は考えに耽った。確かに見方を変えれば、自身がH.O.P.E.に加わるのは裏切りでなく貢献とも取れる。
「こやつは古巣とよりを戻したい……ぐ」
 口を挟もうとしたマリオンを、恭一が強引に口を塞いで黙らせる。
「はあ……見てられねえからだよ。愚神への借りを返したいんだろ? 恩讐の帳尻を合わすのを止める馬鹿が幇にいるとは思えねえがな」
「……あんたの話はタメになった。確かに裏切りと捉えてるのは俺だけ、かもしれねえよな……」
 角度を変えた恭一の発言は、申寧の心から重しを除くのには効果的だったようだ。
 豪の潔い食いっぷりに皆が慣れ始めた頃、香港支部での所用を終えた龍哉とヴァルが喫茶店に入ってきた。場所は仲間に連絡して聞いていた。
「赤城さん、何をしていたんです?」
 央の質問に、龍哉は着席してから答える。
「古龍幇からの合流者に対して風当たりが強いのか、ってのを聞いて回ってきた。かもしれない、で論議するより手っ取り早いだろ。まぁ本音がすべて聞けるとも限らないけどな」
「なるほど良策だ。で、結果は?」
 咀嚼音を発しながら豪が聞いた。もちろん食いながらである。
「概ね問題はなさそうだったぜ。長年古龍幇とやりあっただけあって、個人的な意見として幇の人間を快く思えないって奴もちらほらいたが、組織としては協定を結んでいるんだし邪険に扱うことはしないってな。だから古龍幇の出だからとかそういうことは考えなくても良いんじゃないか?」
 卓に並んだ料理を適当につまみながら、龍哉が申寧を見た。
「俺も幇と縁ある身だが、依頼でどうこう言われることは無かった。仕事は仕事だし、受ける受けないも自由だ。愚神を倒す仕事だったらまず問題ない。個人的なことはどうしようもねえな」
 恭一も彼自身の体験談を付け加える。
「そうか……まぁ仲良くやっていけると期待してるわけでもねえ。とりあえずはまともに扱ってはもらえるか」
 安堵したように息をつく申寧。
 龍哉は仲間からこれまでの会話内容を聞きだし、少し考えてから卓に身を乗り出して言う。
「愚神打倒と言う明確な目的に向けて合意の下で協力し合う間柄なら、古巣を裏切るって感覚はちと違和感を覚える……ま、こりゃ解決済みか。エージェントとしてやっていけるか、って話は本人のやる気と覚悟一つで何とでもなる。居心地云々はさっき言ったとおりだし気にする必要もない、後ろめたい事がないなら堂々としてれば良いしな。そこに難癖つける道理知らずはこっちで始末をつけるべきとこだろう」
 龍哉は斬って捨てるように言葉を紡いでいく。真っ直ぐ一本気な気質の強い龍哉には、そういう悩みは縁遠いものだった。軽視するわけではないが、それほど重いとも感じられなかった。
 だからつい口から出てしまった。
「それだけが悩みなのか? 他に足踏みする理由があるんじゃないのか?」
 申寧は目を伏せ、黙した。その目線はちらりと冷峰のほうを向いた。
「……お前、本当はあの英雄の事が心配なんだろう?」
 機を計ったように、恭一が踏みこんだ。申寧は顔を上げて恭一に振り向いた。その表情には再び己を貶めるような笑みが戻っていた。
「あんたの言うとおり……かな。邪険にはされなくとも決して歓迎されはしない場所だ。あいつを巻き込んで良いのか……ってな」
 恐らくそれが、彼がH.O.P.E.入りをためらう最大の理由なのだろう。自分はともかく冷峰はどうなのかと考えてしまうのだ。
「……私は古龍幇という組織をよく知りませんが……ヴィランズであった過去の古龍幇を考えれば、全てにおいてお二人を厚遇するのは難しいと思います」
 優しい言葉をかけるのは簡単だったが、央は現実は現実として考え、率直に伝えた。まずその事実は変えようもないだろうと思っていた。
 それでも、と口を開いたのはずっと黙って話を聞いていた永だった。
「……確かに、H.O.P.E.と古龍幇……では、違いは大きい……だろう。不便を感じる、ことも……この先多々ある……だろうし、嫌になることも……あるかもしれない。……だが、そのたびに……支えになる、のが……英雄にとっての能力者……であり、能力者にとっての……英雄では、ないか……? 彼女が、つらいと言った時に……支えられれば……いいのでは……ないか? それに、まだ……何も、始まっていない……。負い目を、感じることは……無い、のでは……?」
 募った思いを吐き出すように言い切った。同時にその言葉は永自身の胸にも刺すように迫ってくる。自分が今言ったような能力者と英雄の関係性を、自分は築けているだろうか、と。
「……俺の、個人的な意見だが……な」
 火が消えるように一転、口を閉ざす永。彼自身は自分の言葉に自信を持てなかったが、申寧には心に染み入るように伝わっていた。
「……支えるか。情けねえな、俺は。相棒1人守っていく覚悟もできてねえんじゃな……」
「さっきから聞いておれば、あの女はそれほど弱いのか?」
 己を卑下するように呟いた申寧に、マリオンが一言、放った。
「あの女がどの程度の器量かは知らぬが、居心地で行く道を決めるような者と思われては怒り出すのでは無いか? まあ、どうでも良いが……」
 言ったきり、マリオンは素っ気なく視線を逸らす。申寧はまさに目から鱗といった表情でぼーっと冷峰を見ていた。
「とりあえず、2人でよく話せ」
 投げ捨てるような恭一の言葉。柄にもなく相談相手を務めてしまったが、とうに彼の人情は尽き果てていた。
 そして会話を締めくくるように、唐突に豪が箸を置き、申寧に語りかける。
「俺はヴィランに仲間を、救うべきだった人たちを殺された」
 真剣な口ぶりだった。ヴィランを憎む気持ちを持つだろう彼の言葉は正面から聞かなければいけない気がして、申寧もじっと視線を返す。
「過去は変わらない。ヴィランは信用できないと言う者もいるだろう。……だが重要なのは、これから何をしていくかだ。俺はその手助けをしたい」
 非難も甘んじて受け入れる覚悟だった申寧にとって、豪の言葉は意外だった。だが豪にとっては疑いようもなく当たり前のことだった。「生まれついての悪などいない。ヴィランであっても共に歩む道があるはず」と信じる豪にとっては。
 たとえ罪人であろうとも、助けるべきを助ける。それがヒーローというものだ。
「君たちに居心地の悪さなど、感じさせん。俺が友となろう」
 不遜とも思える強引さで、手を差し伸べる豪。綺麗事が過ぎると申寧は思った。そう簡単に人は相容れない。
 だが、彼の手は伸び、豪の手を握っていた。
 怪しくて、不器用で、そしてあまりにも実直な男の手を。

●もうひとつの卓

「エージェント登録はね、複雑な気分なのよ。もう無茶してほしくないけど……無茶してでも愚神にやり返したいって気持ちもあって……。それにあいつは幇の兵だったわけだし、絶対歓迎されないじゃない?」
 自分の気持ちを押し隠していた冷峰も、卓を分かれて会話をしていくうちに、その胸の内を聞かせてくれていた。
「分かる……と思う。……相手に話してみればいいって思われるかもしれないけど、言葉にしたら重荷になりそうだから、言えないよな」
 いたく共感しているのは、遥だった。
「オレは、愚神と関わることでハルが変質してしまうのが怖い。ハルが傷つくのも怖いし嫌だ。……けど、愚神を倒すのがハルの望みなら……強くなろうって思った。オレが強くなれば、その分ハルが傷つくことも無くなるから。オレは、ハルの為なら頑張れる……頑張りたいって思う。……あんたは? あんたもそうじゃないのか?」
 冷峰の表情を覗くようにして尋ねる遥に、冷峰は微笑みを返す。
「私は……どれがあいつの為になるかって考えてる。それにあいつの家族が望むだろうこと、とか……。いなくなっちゃった人たちの分、私が守ってやらなきゃって考えてるのかも。だからあいつを後押しするべきか、止めるべきか迷う……」
 遥の考え方とは少し違っていた。だが、その正誤を断じることは遥にはできない。何も言えずに俯いた遥に冷峰は「ありがとう」と言った。
「ちょっといいかな」
 突然、声がかかる。全員が振り返ると、そこにはジーヤとまほらまの姿。
「ごめんなさいね、話が聞こえてきたものだから」
 ある程度の事情を把握したところで、2人はその卓に加わった。
「危ないことを相棒にさせたくないって気持ちはわかるよ。でさ、話しておきたいことがあって」
 ジーヤは協定の結果に新設される予定の、両者間の窓口役を担う部局について説明する。戦う必要はない、と。
「採用されるかわからないけど推薦はできる……と思う」
 頼りなく笑うジーヤ。
「そう、確かにそんな話聞いたかも……」
 記憶を引っ張り起こすように考え始めた冷峰に、藍が続けて話しかける。
「敵に直接対峙するだけが戦う道ではないよ」
 目を向けてきた冷峰に対し、ゆっくりと説明し始める藍。語るのは日陰で戦う戦士たちの話だ。
「後方支援、物資輸送、その警護。その手配、会計などの事務処理」
 かつてH.O.P.E.で事務員として働いていた藍は、それらの仕事がいかに労多きものかを知っている。
「全て欠けてはならない仕事だ……日の目を見ることは少ないが、それでも誰もが、戦っている。そういう所から始めても、良いんじゃないかな」
 冷峰は、興味深く耳を傾けていた。
「ありがとう。参考になったわ……問題は、あいつがそういう道も考えてくれるかってことね」
 困ったように笑った冷峰に、更に藍は言葉を継いだ。
「あなたは一人じゃないが、あなたたちは一つだ。お互い思いをよく話し合って、決めるべきなんじゃないかな」
 これは2人の総意で選ぶべき道。己の意見を伝えはすれども、藍はそのように考えていた。
 結局は話し合うことが一番だとは冷峰も理解していたのだろう、藍の言葉に彼女は繰り返し小さく頷いていた。
「仇討ちのためにH.O.P.E.に入る人も悲しい事に多いみたいだし、その辺は相談してみるのもアリだと思うわ」
 あらかた冷峰の抱える不安は解消されてきていたが、まほらまはぐいっと彼女の挙げた話題に踏みこんでいた。
「個人的に幇に不快感を持っているエージェントもいると思うし、いやな思いはするかもしれない。でも、ここにいる人たちの様に親身になってくれる人達もいるからね」
 幇への対応係として多少張り切り気味のジーヤが、セールスマンのようにアピール。少年のその手厚すぎる誠意に思わず冷峰も噴き出してしまう。
「あれ、何か変なこと言ったかな……?」
「違うの、何でもないのよ。ありがとう」
 ジーヤは首を傾げて不思議そうな顔。皆の顔が綻び、空気が緩む。

 一歩踏み出せる。申寧と冷峰はそんな気がしていた。

●新しい道

「まぁ、俺としちゃあ愚神と闘う上で頼りに出来る仲間は歓迎するぜ」
「私は、貴方達が喜びの野へ誘う価値ある魂の持主であることを期待しますわ」
 喫茶店で解散する運びになり、龍哉とヴァルは申寧たちに彼らなりの歓迎の意を示した。
「そうなった時はよろしく頼む」
 軽い礼を返す申寧たち。その2人に駆け寄って、ジーヤはH.O.P.E.の案内パンフレットを手渡した。
「自分の目で見て感じて、判断してほしいな」
「新しい仲間が増えるのは大歓迎よ」
「たくさん話を聞かせてくれて、ありがとうね」
 パンフレットを丁寧に受け取って、冷峰は笑顔を向けた。
 一足先に店を出ようとした申寧たちを、央が呼び止めた。彼にはどうしても2人に伝えたいことがあったのだ。
「……俺に何か?」
 問い返した申寧に対し、央は頭を下げた。思いがけぬ行動に申寧と冷峰はひどく慌ててしまった。
「愚神商人による謀略が裏にあったとはいえ、岱申寧さんの家族を奪ってしまったのはH.O.P.E.という組織に他なりません。その事について、H.O.P.E.のエージェントとして、貴方には謝りたかった。決して許される事ではないと思います。本当に申し訳ありませんでした。貴方にはH.O.P.E.を恨む権利がある。それでも、H.O.P.E.と共に戦う事を考えてくれた事には感謝したいです」
「よしてくれ。最初にも言ったが、謝るのは俺のほうだ。とてもH.O.P.E.を責める気は起きねえよ……だから頭を上げてくれ」
 申寧が必死に言葉をかけてようやく、央は頭を上げた。
 その後しばらく立ち話をして、2人が去ろうとした時、央は懐から名刺を取り出して渡した。
「お二人が、どのような選択を選ぶとしても、私個人はお二人の協力者でありたいと思っています。私は日本の公務員としての立場もありますので、もしも何かお困りの事がありましたら、東京海上支部を訪ねていただければ社会的にもお力になれると思いますよ」
 まじまじと名刺に目を通す冷峰に、マイヤがくすりと笑いかける。
「おかしいでしょ? 央は本気で英雄とリンカーの社会地位向上をする気なのよ。リンカーと英雄が出会った事自体が不幸だった。って思って欲しくないからってね」
「じゃあ、幇なんて厄介者ね?」
 冷峰が笑いながら冗談を返す。2人がわずかばかりに笑いあうのをきょとんとした顔で見ていた申寧に、マイヤは何か気がついたように言う。
「今度は、一人で決めて英雄を置いて行かないで。これから先の事は……二人の問題でしょうから」
「肝に銘じるよ。同じ過ちはもう……な」
 彼の顔にもう陰りは無い。冷峰も同じく。
「出来る事であれば、次にお会いできる時には……所属はともかくとして、味方として会える事を願っています」
 央の最後の言葉に手を振って応え、2人は店を後にした。
 その背中を見送って、遥は永の顔を見上げる。
「……ハル、今日の誓約……だけど」
「あぁ……一蓮托生……だな」
 1日に1つ、何かを教える。その日課を果たして、永は申寧たちの様子を思い返す。
(……羨ましいとすら、思う)
 誰にも聞こえないほど小さな声で、呟いた。
 人情が果てて以降は黙ったまま気だるげに時を過ごしていた恭一は、ちょっとした心配をしていた。
「古龍幇を上の連中は甘く見ている気がするぜ。本部が幇会のシンパばかりになってもおかしくはねえ」
「そうなったら貴様は逃げ出すのか?」
「さあ……まあ、保険は掛けとくのが無難だろうな……まったく」
 マリオンの質問に答えた恭一の声は、やはり億劫そうな響きを含んでいた。


 その日以降、香港支部の前で立ち止まっている男女の姿を見かけることはなくなった。
 代わりに、どんな依頼を受けるかで口論を交わす男女の声がよく聞こえるようになったと言う。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 遥aa2214hero001
    英雄|18才|男性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 終始端の『魔王』
    藤丘 沙耶aa2532
    人間|17才|女性|回避
  • エージェント
    シェリルaa2532hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 夜を取り戻す太陽黒点
    飛岡 豪aa4056
    人間|28才|男性|命中



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