本部

【神月】連動シナリオ

【神月】剣はわらしべ・勝利は徒花

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/24 17:47

掲示板

オープニング

●勝利の終わりは世界の終わり
「む」
 吹き抜ける風を指でひとすじすくい取り、老女は皺のただ中に沈む両眼をしばたたかせた。
「これは……?」
「どうした、婆様?」
 彼女の孫であり、この村の長でもある男が彼女に問う。
「風が運んできおったわ。戯れ言をの」
 戯れ言とは、預言者である彼女にのみ聞こえる神言である。
 もちろん、神言といっても神の言葉かどうかはわからない。老女がキャッチするのはまさにどうでもいいような戯れ言ばかりだし、相手は一度だって神と名乗ったこともないからだ。
「また、くっだらねぇ愚痴じゃねぇのか? ありゃ解読に7日もかかったんだぞ……」
 普通に「退屈であくび出た」と言えばいいところを「青白き淵の縁にて、我が喉奥を突き上げししどけなき古狼の牙数を見て取るがごとき心情」とか言う奴だし。
「まあ待て。今日のは久々にまともなお告げのようじゃ。翻訳してお伝えするからの」
 老女は唐突に、アメリカ産通販番組の女性アシスタントみたいにフレンドリーなアルトボイスで語りだした。
「Hi、ババァ元気? アタシよア・タ・シ。今日はババァにすてきな「勝利」のこと教えちゃいたくって念話したの」
「翻訳してくれるのはいいんだけどよ、もうちょい普通でも」
「そんなことより「勝利」の話よねっ!? OKババァ、よーく聞いてちょうだい」
 この後およそ3分もったいつけて、「アタシ」はようやく語り始めた。
「淡い緑の聖骸布にくるまって眠る明るい肌の骸の代わりに、金色の勝利が見つかるわ」
「最初に勝利を手にする“愚者”は狭間に向かうわ。赤い悲鳴をあげながら生み捨て続けるためにね」
「次に勝利を手にするのは、ゲロ成分が混じった芳醇な汁を精製する“錬金術師”」
「3番めは、みんなが困ったときだけ頼りたい、ちょっぴり悲しい“騎士”ね」
「4番めは“蝙蝠”よ。公とか私とかの板挟みでおつかれだけど……同情しないわ。だってアタシ、もっとおつかれなんですもの!」
「最後は“蝙蝠”と関係アリの無邪気な“聖魔”。――あらタイヘン。彼は「勝利」をぽっきり&サヨナラしちゃうみたい。その前になんとかしないと、この世界がぽっきり&サヨナラですって! ウ~ップス、アタシ困っちゃう」
 と。ここで老女は素に戻った。
「念話が切れた。この「勝利」とやら、戯れ言の主が解決できる問題ではないようじゃな」
 告げられた謎を整理すれば、この村で「勝利」が見つかり、それはどうやら4人の手を経て“聖魔”に渡り――ぽっきり&サヨナラして世界もぽっきり&サヨナラする。いや、大変な事態らしいことはわかるのだが……。
「だからって、俺らにだってどうしようもねぇよ。なにがなんだかわからねぇんだから」
「黙っておっても「勝利」は見つかるじゃろう。だとすれば、それを手にする者どもを追いかけるのがよかろうな。それを、なにがあっても対処できる力を持つ者に任せるんじゃ」
「そんな都合のいい奴がいるもんかね?」

 村長が首を傾げたそのころ。
 収穫したトウモロコシの皮むきをしていたおじさんが、奇妙なものを発見した。
 細かな彫刻が施された金色の棒。いじっているうち、それが短剣だとわかった。
「刃まで金色たぁ趣味悪ぃな。成金さんの宝探しごっこ用かね」
 おじさんは短剣を横に置き、皮むき作業に戻った。
 今日中にトウモロコシの粒をバラして乾燥機にかけてしまわないと。なのにまあ、よりによって宝探しごっこのネタをしこまれるなんてツイてない。いや、そんなことより、今日は朝からどうにも調子が悪い。このまま耐えていたら、パンツにツイちまう……。

 おじさんがそっと腹を押さえた、そのころ。
 そのへんの木をかっこよく削って作った木剣を手に、彼は言った。
「これはあそびじゃねい! シュギョーだ!」
 ――数ヶ月前。テレビ番組のインタビューで、日本の空手マンは言った。
『空手のパンチには人を殺す力がある』
 それを聞いた彼は考えたのだ。
 空手に剣握れば、人、殺せるんじゃね?
 それは彼の半生における最大の悟りであり、天啓だった。こういうのを受信してしまうのはまあ、一族の血ってやつかもしれない。
 その日から彼は、剣の修行という名目で仲間たちと日々「かっこよく斬る練習」と「美しく散る練習」に明け暮れている。
「オレのイカリとかナミダがやいばをぬらす! カラテけん・ひしょーすいざんぎり!!」
「このたたかいがおわったらヲレわ、ヲレわあああああ! のうないかのじょのエレナ、すまぬ……ガクっ」
「をのれぃ、よくもともをぉぉぉ! ボクのひだりうでが、ううう、もう、おさえきれないーっ」
 と、こんな感じで。
 そんな彼がこの後、禁忌のブツを手に入れる――!

●HOPEブリーフィングルーム
「ペルーからSOSだよぉ」
 礼元堂深澪(az0016)が、いつもの調子でゆるっと告げた。
「神様のお告げがあってぇ、世界がぽっきり&サヨナラする前に5人のキーパーソンのこと見つけて「勝利」を救え! だってぇ。なんだろね、これ?」
 世界の危機っぽいが、どうにも緊張感が醸し出されないのはなぜだろう。
「あのへんインカ支部の管轄なんだけどぉ、例の「生命の樹の短剣」のことでいっぱいいっぱいみたい」
 それでこちらに案件が回されてきたわけだ。
「そういうわけで、みんなよろしく! ボクはオペレーションルームで情報の解析とかしながらみんなのサポートするよぉ~。なにかわかったらすぐ連絡するからねぇ」
 深澪はぴこぴこ手を振った。
「――あ、現場の村の預言者さんから追伸だってぇ。『今日と明日、村の天気は晴天よ。とってもロマンチックな星空が見れちゃうわ。シャイボーイ諸君! トレンディ・チャンス、見逃さないで』」
 預言じゃなくて予報だし。
 トレンディってわけわからないし。
 謎を胸に抱いたまま、エージェントたちは謎が待つ農村へと向かったのだった。

解説

●依頼
 ペルーの農村へ向かい、5人のキーパーソンをたどって「勝利」を回収してください。

●キーパーソンとルール
・ひとりめのキーパーソンは農家のおじさん。彼がどこにいるかを当ててください。
・2~5人めのキーパーソンは、村長、乾物屋の嫁、警察官、6歳の男の子、茶屋の店主、花屋の娘、酒屋のバイト、旅の外国人のいずれかです。オープニングの情報を元に当ててください。
・5人めまでをお告げの順番どおりに探していってください(順番についてはチームで意見を統一してください)。これを破ると「アタシ」の呪いで大変なことになります。
・まちがった人をキーパーソン認定した場合、彼らは事を荒立てようとしますので、騒がれないよう迅速に口封じをしてください(この行為は「アタシ」の呪いを招きません)。また、口封じ後は何事もなかったかのように次のキーパーソン探しが始まります。
・5人めのキーパーソンは、友だちと「シュギョー(オープニング参照)」という名のちゃんばらごっこを始めます。みなさんは態度のでかい彼になんとか取り入って「敵役」となり、「シュギョー」をドラマチックに展開、終了させてあげてください。

●備考
・「勝利」は“生命の樹の短剣”の1本、「ネツァク(勝利)」です。
・ネツァクで斬られると、その不思議パワーによってキャラクターが死亡します(あなたが「斬られて死ぬ」と明言しないかぎり、絶対に斬られません)。
・AGWで素人の振り回すネツァクを受け止めると、ぽっきり&サヨナラする危険性があります。

リプレイ

●集いし人々
「オレたちは要するになにすればいいんだ?」
 適当な三つ編みにまとめた黒髪を後ろに追いやりつつ、骸 麟(aa1166)が口を開いた。
 これに応えたのは彼女の契約英雄、宍影(aa1166hero001)だ。
「謎説きですな。難解な依頼でござるが、それがしの見立てでは預言の最後……『シャイボーイ諸君! トレンディ・チャンス、』が鍵かと」
「しゃいぼーい諸君! が、だと? ……だとすれば、びゅーてふるがーるの身であるオレには解読できない!」
 ショックのあまり崩れ落ちる麟。
 宍影は神妙な顔を左右に振り振り。
「麟殿、おそらくこれは合言葉――いや、この場合は解除の呪文といったところでござろうか。『シャイボーイ諸君!』と掛けて『トレンディ・チャンス、』と解く。その心こそが『勝利』への道を拓くのでござるよ!」
「おお、さすが宍影! これで大勝利まちがいなし、買った兜の緒が締まるぜ!」
 あっはっはっ。笑い声を重ねる男口調のジャージ女子とござる口調のチョイ悪親父。ペルーの農村という舞台で見るにはシュールな組み合わせだった。
「すごいな! 俺、そんなのぜんぜん思いつかなかったぞ!」
 金瞳をキラキラ輝かせながら感心する呉 琳(aa3404)。歯はギザギザだし目つきも悪い、言ってみればバッド・ボーイ系なのに、たまらなく素直である。将来がちょっと心配だね!
「まだ宍影さんの仮説の真偽は不明だ。早計に過ぎるな」
 大げさに肩をすくめてみせたのは、琳の契約英雄である濤(aa3404hero001)だ。
「なんだよ! 濤なんかなんにも思いついてないだろ!?」
「そう決めつけるのが早計だと言うのだ。なけなしの脳みそを少しは働かせてみろ」
 飛びかかる琳と、それをさらさら受け流す濤。
 ふたりのケンカを見守りながら、紫 征四郎(aa0076)は口元をほっこりとゆるめ。
「ウーとタオは今日もなかよしなのです」
 それにうなずいた木霊・C・リュカ(aa0068)が、サングラスの奥に隠した赤い両目を細めた。
「うん。あのふたり、乱暴にぶつかり合っているだけのようでいて、実は互いの役割を繊細に演じてるからね」
 のんきな契約主たちとはちがい、契約英雄たちは渋い顔だ。
「預言はアレな感じだけど、なんだか嫌な予感しかしない」
 リュカの契約英雄、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)はため息をつき、傍らに立つ征四郎の契約英雄、ガルー・A・A(aa0076hero001)を見上げた。
「そのへんは俺様も同意するぜ」
 応えたガルーのもとへ、征四郎が駆けてくる。
「ガルー。シシカゲのかせつをみんなたしかめにいくのですよ。ふふ。たからさがしみたいでおもしろいのです」
「なぁ。これ、最後の『蝙蝠』とやらを探しちまえば一発なんじゃないのか……?」
 思わず顔をしかめたガルーに、今の今までケンカしていたはずの琳と濤が口をそろえて。
「ガルー、それはダメだ! 預言の順番は絶対守れって『アタシ』さんが言ってたぞ!」
「決められたルールを遵守してこそ秘められた真実は明らかとなるのですよ!」
「そういうことなんだろうな。と、俺も思うよ」
 唐突に息を合わせた琳と濤、さらにオリヴィエにまで言われ、ガルーはやれやれと天をあおいだ。
「……『アタシ』って、預言者のご老体の翻訳だろう? ご老体のセンス、なのかね?」
 フードと仮面で顔を隠した“不可思議な放浪者”(aa4049hero001)が首を傾げた。
 それに対し、契約主の“皮肉屋” マーシィ(aa4049)は口の端を吊り上げてみせる。
「ババアが口調だけ若ぶっても無駄無駄。正直無理すんなって奴さな」
「酷っ!?」
 謎解き(?)目ざして盛り上がる一同の中、楠葉 悠登(aa1592)は任務達成への意欲を燃やしていた。
「『勝利』が生命の木の短剣の1本ってのは確実だよな。絶対回収しなきゃ」
 そんな悠登に、幻想蝶の中からナイン(aa1592hero001)が厳かに応えた。
『今度のオーパーツは本物のようだな……がんばれトレジャーハンター』
「ええっ!? ナインも手伝ってよ!」
『私はここにいる。悠登のいちばん近くにな。そのうちに時至ればおそらく私は姿を現わすだろうと思わなくなくもない』
「ごろごろしてるよね? 今すごいくつろいじゃってるよね? もしもしナインさーん!?」
 幻想蝶を激しくノックする悠登の後ろで弥刀 一二三(aa1048)は渋い顔をもみもみ、表情筋をマッサージする。
「誰からどう手ぇつけたらよろしいんやろか……とりあえず宍影はん、なんで最後に『、』まで入れたはるんや」
 はんなりツッコんだ一二三の横では、契約英雄のキリル ブラックモア(aa1048hero001)が日本から持込んだ菓子をこっそり食んでいる。
 クールビューティーであろうと務めている彼女にとって、「甘いもの好き」は極秘だ。が、内面はクールと真逆のかわいらしい女子(おなご)はんであるキリルは油断と隙に満ち満ちている。本人はこっそりのつもりでも、ポリポリ固い音がまわりに響いていたりするわけだ。
「こんな村にうまい菓子――カ、カチューシャがあるとは思えんが……」
「カチューシャはよう食えへん。菓子やったらぎょうさん幻想蝶に入れてきたやろ?」
「む」
「それに、今回探すんは『勝利』どすやん? 縁起よろしいで?」
「むむ。勝利といえば正義、だな。正義……正義の勝利……!」
 盛り上がるキリル。それにつれ、菓子を噛み砕く音も高まっていく。カリポリバキ!
「せ、正義はあらへんやったような――ちょお落ち着いてや。音、バレバレやよってに――って、真赭はん!? ここで寝たらあきまへん!」
 歩きながら船を漕ぐ來燈澄 真赭(aa0646)の肩をあわてて一二三が揺する。
「……うちの眠りを妨げる者はうちの呪いを受けるといいのにねー」
 半ば寝落ちながら、希望を込めて物騒な呪言を垂れ流す真赭。さすがは好きなことが睡眠、嫌いなことが睡眠を妨害されることという、ナチュラル・ボーン・スリーパーである。
「『アタシ』の呪いだけで手いっぱいやのに、『うち』の呪いまでよう抱えこめまへんて。……緋褪はん、どうにかしとくれやす」
 真赭の契約英雄であり、元の世界では獣を守護する神の神徒――狐の霊獣であったという緋褪(aa0646hero001)は、一二三へうっそり青い吊り目を向けて。
「せっかくペルーまで来たのだから、ラムとピスコ(ペルー名産の葡萄果汁を原料にした蒸留酒)を逃す手はないな」
「また自分で買って自分に供えるつもりだよ……」
 契約主が寝キャラなら契約英雄は酒キャラ。どこまでも己の欲望に忠実なコンビであった。

●く・ち・ふ・う・じ
「淡い緑の聖骸布にくるまって眠る明るい肌の骸か……聖骸布が皮だと考えれば、明るい肌の骸は収穫されたトウモロコシということになるだろう」
 村面積の約6割を占めるトウモロコシ畑にやってきた一同の中で、緋褪が狐耳をひくりと動かした。
「が、肝心の農場主はどこに行った?」
 見回しても、透かし見ても、半ば刈り残されたままになったトウモロコシ畑のどこにも人がいる様子はない。
 そんな仲間たちを半ば閉じた目でながめやるマーシィに、放浪者が声をかけた。
「なんかやる気なさそうだねぇ、皮肉屋」
「手は十二分に足りてるだろ。観光ツアーじゃねぇんだ、みんなでなかよく団体行動しなくてもよかろうさ」
 探索を斬り上げた一同が再び集まり、思案する。
「赤い悲鳴をあげながら生み捨て続ける……だろ? トイレでうなってるんじゃないかな? なんか、腹壊してるみたいだし」
 悠登が第1村人に畑までの道を訊いたとき、ついでに教えてもらったことである。
「なにか――じごくのそこから、きこえてくるような」
 耳を裏から掌で押し立てていた征四郎が不審な音をキャッチした。
 音をたどって歩き出す一同。一歩進むごとに、音はしだいに大きく、はっきりしていく。
「うおおおお! んああああ! ぐおおああ!」
『うなりというよりも雄叫びだな』
 幻想蝶の中からナインがぽつり。
 続いて放浪者が仮面の奥から音源をうかがい。
「トイレは当たってるみたいだが。中に、いるんだよな?」
「預言によれば愚者だからねぇ。まぁ……保証はできないかな?」
 あいまいな笑みを返すリュカと、その横で困った顔をするオリヴィエ。
 それを聞いたガルーは顔を青ざめさせながら、意気揚々と声の発信源へ向かう征四郎を後ろから抱え上げた。
「どうしたのですかガルー!? 征四郎はもう、だっこなど――」
「いいか征四郎、ここにいろ!! 絶対見に来るなよ!? いいな!?」
「なるほど。中か外かの問題ですか。あ、いや、中でも外でもいい。私はここで待っている」
 察してしまった濤が口元を押さえてうなる。
「そ、外だったら女子には見せられないよな……これは男の仕事だぜ」
 意を決した琳を先頭に、男たちと女子の一部が音源へ向かった。
 果たして。
 音の主は畑の奥に置かれた簡易トイレの「中」にいた。
「えーっと、ふんば――がんばってるときにすいません! 最近、なんか金色の短剣みたいなの拾ったりしませんでした!?」
 扉ごしに悠登が鼻声をかけると。
「んぎぐぐぐ、アレか!? ふぉほほう、成金の遊び用の、あいいいい、オモチャ!」
「それどす。うちらそのオモチャ探してますのや。そこに持ったはりますか?」
 一二三がやわらかい鼻声で言葉を継いだ。ちなみにキリルは菓子の匂いを守るため、征四郎たちとお留守番だ。
「手元にはもうない。交換しちまった。何枚かの紙と引き替えにな」
 うめき声カット&ちょい訳によれば、主――農家のおじさんの話はこんな感じになる。
「そいつはいったいどんなもんだ? 形とか教えてほしいんだけどよ」
 叫び声の合間に差し込まれる説明を聞きながら、鼻声のガルーは簡単なイラストをメモしていく。ペンが紙にはしる音に、なぜか「!」と反応するおじさんの様子に気づかないまま。
「で、今は誰が持ってる? 俺たちは酒屋の人じゃないかって思ってるんだけど」
 オリヴィエの固い鼻声に、おじさんは「うううああ」とうなり。
「ああ、姿は見てないが、あの声は酒屋のバイトの娘だよ。その代償に俺はメモ用紙を何枚かもらって……くくくふふ。何度も何度も揉んでみたんだがな」
 どうやら固くて、ひどい目に、あっている、らしい。
「先ほどおじ様は紙の気配に反応された。おそらくはその固さが気に障ったのでしょう? ちがいますか?」
 非鼻声で語りかけたのは、ジャージくのいちの麟である。
「そのとおりだ。今やわらかい紙が手に入るなら、俺は寿命を3日分捧げてもいい」
「なら、あたしの問いに答えてもらいます。――シャイボーイ諸君! と掛けて?」
「は?」
「トで始まる言葉があるでしょ? 次がレで、ン、デ、ィ」
 非鼻声の宍影に言われるまま、おじさんは「ト? レン、ディ?」と唱えるが。
「『、』が足りてないんだなぁ。それじゃトレペは渡せないなぁ」
「容赦ないな、忍者……」
 放浪者は仮面の下に表情を隠し、鼻声でつぶやいた。
「対価を決めるのは強者の権利だ。欲しがり屋さんにできるのは、体よじらせておねだりするくらいなもんさ」
 喉の奥をくつくつ鳴らし、マーシィが鼻声を吐き捨てた。
 結局おじさんが「ふっくらやわらかダブル」を1ロール手に入れるまで、14分もの問答が繰り返されたのだった。
 かくして、ようやくひとりめのキーパーソンを潰した。と、誰もが思ったそのとき。
「爆裂種(ポップコーン用の品種)の乾燥コーンがあったら買いたいんだけど、この近くで育ててたり売ってたりするとこある?」
 真赭だった。続けて緋褪が。
「マイス・カンチャ(ミックスナッツに混ざっているジャイアントコーン用の品種。ペルーでは料理の添え物にも使われる)でもいいのだが」
「ここで、トウモロコシの話しちゃうのか……」
 呆然とする琳。
 トイレとトウモロコシ。これほど相性の悪い組み合わせはないだろうが、これ以上続けると辛くなるので打ちきり。一同は足早に現場を離れ、次のキーパーソンへと向かう。
「と」
 マーシィがなにか思い出したそぶりで簡易トイレへ走り――戻ってきたときには、おじさんの絶叫はぴたりと止んでいた。
「あいかわらずの手際だけどさ、やる気、なかったんじゃなかったか?」
 訊いてきた放浪者に、なんでもない顔でマーシィが答えた。
「このまま騒がれてるのもなんだからな。隠す手間がない分気楽なもんだ。水に流しちまうにゃ、いろいろとムダにデカ過ぎたが」
 どうやらおじさんを口封じしてきたようだが……。
 麟と宍影は顔を見合わせ、ぽそぽそ。
「容赦ないな、皮肉屋」
「いやまったくもって、くわばらくわばらでござるよ」
 放浪者はなにも言わず、静かに青空を仰いだ。
 死して屍拾う者なし。

●山の前の谷
「金色の短剣? ああ、それなら確かに交番へ届けてきましたけど……はい。お駄賃にアルファホレスもらいました」
 緋褪にピスコとラム酒の瓶を詰めた包みを渡しつつ、酒屋のバイトの娘がおどおどと一同を見た。外国人と人ならぬ者の集団の迫力に、完全に気圧されている。
 ちなみにアルファホレスとはペルーで親しまれている菓子のことだ。
「だいじょうぶなのですよ。征四郎たちは、かみついたりしないのです」
 征四郎がスカーフェイスをにっこりと笑ませ、娘の心を解きほぐした。
「うん、俺たちは噛みつかないぞ!」
 いちばん噛みつきそうな感じの琳も、いっぱいの笑顔で娘にうなずきかける。
「酒屋の人なら酔っ払ってるだろうから、それに乗じてって、思ってたんだけどねぇ」
 肩をすくめたリュカに、緋褪がいい笑顔で。
「ならば私が飲もう!」
「今、人捜しの最中だよ? そんな――」
「いや、わかっている。わかってはいるのだ。しかしな、私は今、動くに動けん身の上よ」
 彼の背中に回って見れば、彼の4本のシッポに抱きついたまま、真赭が本格的な寝に入っていた。
「実に困ったものだが、意識なき契約主の身の安全を守るのは私の務めだからな。――というわけで娘、ほかにお勧めの酒はあるか? ワイン? しかたない、3本もらおう」
 契約主の安眠を大義名分に掲げ、緋褪が堂々と酒瓶の封を切る!
「せっかく立てた作戦をなかったことにするよりはいいか。吐いて飲んでを繰り返して、俺たちは大人になっていくんだもんね。おーいガルーちゃん。こっちこっちー」
 普段から飲み会の多い社交家リュカがいそいそと上着を脱いだ。
「こんなとこでなんだよおまえらしょうがねぇな(棒読み)。俺様が来たからにゃ、チョイのみじゃ終わんねぇぞ? おう、濤も来いよ」
 酒の気配に引き寄せられてきたガルーがさらに濤を招く。
「先を急ぎたいところですが、緋褪さんが動けないとなればしかたありませんね、おつきあいしましょう――これ、琳。なにを青い顔をしている。まだ誰も飲んでいないぞ」
「う……なんか、ニオイで気持ち悪い……」
 サメは血のにおいに敏感だというが、サメのワイルドブラッドは酒のにおいにも敏感なのかもしれない。
 濤は右手で琳の背をさすってやりながら、左手に持ったワインのボトルを見やり。
「しっかりしろ琳。ほれ、酒はこのとおり――私が飲み干してやったぞ!」
 ごはぁ。一瞬で空にしたボトルをていねいに地面へ置いて、濤が琳の背に覆いかぶさった。ようするに嫌がらせだ。
「俺の背中で濤が思いっきり酒臭い!!」
「うわ、ベタだね」
「もうひとボケあるとツッコミやすいんどすけどなぁ」
 悠登と一二三が顔を見合わせた。
「吐いちゃえ吐いちゃえ。そしたら楽になるって。琳ちゃんも吐いて飲(略。オリヴィエ、お水――」
 振り返ったリュカの口元へ、オリヴィエは水ならぬ銃口を突きつけた。
「三途の川でたっぷり汲んでこいよ、オニイサン?」
「しゃいぼーい諸君! と掛けて!?」
「バイトのお嬢さん、「トレンディ、」と解くんだよ。最後の読点、テストに出るよぉ?」
 ひたすらバイトの娘に絡みつく麟と宍影。確かふたりは飲んでいないはずだが?
「アルファホレスとは甘いのか? 甘いのか!! いや、本当に甘いか、どれほど甘いのか、生まれついての辛党であるところの私が徹底調査せねば!」
「どうどう! 辛党じゃないのがダダ漏れどすよって!」
 いてもたってもいられず、とりあえず駆け出そうとするキリルと、それを羽交い締めで止める一二三。
 面倒そうに誰の口を封じるか思案する皮肉屋と、黙して語らない放浪者。
「……こういうのカオスって、言うのかな?」
 頭を掻き掻きつぶやいた悠登に、ナインが渋い声で応えた。
『もぐもぐはもぐもぐだ。もぐもぐをもぐもぐしてもぐもぐもぐもぐ』
「ナイン、なに食べてんだよ!」
『もぐもぐだが?』
「もぐもぐばっかでなに言ってるかわかんないよ!」

 第3のキーパーソンは警官。
「どうもー。いつもお仕事お疲れ様でーす」
 三途の川へは行かずにすんだリュカが、村の駐在所にかるい笑顔を差し込んだ。
「キンイロの短剣がとどいていませんか? こんなかんじ、なのです」
 征四郎がガルーの描いた短剣の絵を警官に見せる。
 警官は眉尻を跳ね上げ、目を横に反らし、口ヒゲをぷるぷる振るわせながら。
「届いていた。しかし実は……本官がちょっと意識を失っている隙に消えていたのだ!」
「それドロボウじゃないか!? 大変だ! すぐ探さないと――」
 思わず調子を合わせる悠登だったが。
「いや、本官が昼寝から目覚めると、机の上に代償とメモが置かれていてな。預言者様のところに持っていくと。預言者様に任せておけば問題ない。そう思った本官は、事を荒立てんように再び意識を」
「代償とはいったいなんです?」
 眉をひそめた濤に言葉を遮られた警官は「う」と詰まり。
「それはねー。大人はねー。ま、ねー」
「ま、ねーがマネーにしか聞こえんのはうちだけどすやろか?」
 一二三がジト目で追い詰めるが、警官は大人の余裕でスルー。
「預言の『蝙蝠』って預言者さんじゃないんだろ? だったら第4のキーパーソンって村長で合ってるんじゃない?」
 悠登が言い。
「はい。村長さんは預言者さんの、おまごさんですし」
 征四郎がうなずいた。
「どこにいるか俺が訊いてくる!」
 勢いよく警官の前に仁王立った琳は大きく息を吸って、訊いてみた。
「ソ、村長サンは今どちらにオイデですカ?」
 ……悲しい過去のせいで人――特に知らない人と話すのが苦手な琳。その声は盛大に裏返っていた。
「まったくもって情けない。あれでは恋人も作れません。呉家の命運、尽きたというものですよ」
「いやー、あれはあれで歳上にウケんじゃねぇ?」
「歳下でも姐さん気質の子はいるでしょ。お兄さん、そういう子がお勧めだなぁ」
 カチカチの琳をながめながら好き勝手なことを言う濤、ガルー、リュカ。ちなみにガルー以外は結婚未経験者だ。
「おとこのひとは、おんなごころがわかってないのです。ね、オリヴィエ」
「いや俺も男だけどな」
 こめかみを揉み揉み、オリヴィエが征四郎に返した。
「フミ、なぜ紫殿は見るからに女子女子しい私に訊かんのだ? ――まさか、私のクールすぎるビューティに圧倒され」
「口のまわり拭いてから言いや……」
 今日に限って絶望的なポンコツさ全開のキリルと、それにもうツッコみ切れなくなった一二三。
「警官さん、このあたりでアルパカのいるとこある? もふオブもふのもふり感、きっともふもふな寝心地が」
「真赭、いちおう仕事の名目で来てるんだから、終わらせるまで我慢しろ」
「正論は今さらだよ。――うちは真赭。ときのながれをたびするおんグゥ」
「せめて「な」まで言い切れ」
「いままでかぞえきれないくらいおおぜいのだきまくらとそいねをしてきたわ」
「寝言は最後まで言えるのか」
 寝に入った真赭をシッポで受け止め、緋褪は酒瓶を呷る。
「しゃ(コキュ)」
「トレ(コキュ)」
 警官に呪文を強要しに行こうとした瞬間、麟と宍影は後ろからマーシィに首をひねられて崩れ落ちた。
「おまえらにやらせとくと長くなるからな」
 死して屍、拾う者なし――!
『カオスもぐもぐ』
「いやカオスだけどさ。カオスなんだけどさぁ」
 幻想蝶の内で重々しくもぐもぐし続けるナインにどう言っていいかわからないまま、悠登は途方に暮れた。
「楠葉」
 その肩にそっと手を置いたのは放浪者だ。
「放浪者、さん」
「昨日は多分そうじゃなかった。明日も多分そうじゃないだろう。でもな、今日だけはそうなんだよ。今日はカオスにもってこいの日なのさ」
 なにかをあきらめてしまった悠登は、幻想蝶をせめてもの嫌がらせで尻ポケットへしまい込み、村長宅へと踏み出した。

「おお、あんたがたがHOPEとかのエージェントさん? すげぇな、みんな外国人さんなんだなぁ。――ああ、あの短剣は俺がウチに持ってきたよ」
 村長は見るからに気さくなおっさんだった。
「婆様――預言者が持って来いって言うもんだからさ。なんか、俺が4番めに勝利を手にする『蝙蝠』だとか? 俺の腹で空なんか飛べるわけねぇのに」
「5人めのキーパーソンは『聖魔』だそうですけど、あたし、ぜんぜん思いつかなくってぇ……War心あればお水心と言いますし。ここはひとつ――」
 戦争と水商売の心がどうすれば両立するのかは不明だが、忍らしく権力者相手に諜報戦などしかけてみる麟。
 艶っぽく三つ編みをほどき、ウェービーな黒髪をふぁさぁしようとしたが――イタズラな風にあおられ、髪ばっさばさ。ホラーの住人に成り果てた。
「俺にもまったくアテがないんだけどねぇ。……おう、こーんなお嬢ちゃんまで働いてんのかい。感心だなぁ」
「紫 征四郎といいます。よろしくおねがいするのです!」
 びし。敬礼する7歳児に、村長は笑顔をとろけさせ。
「ウチにも6つのガキがいるんだよ。なかよくなってくれたらオッサンうれしいなぁ。おーい、アンヘルやーい」
 いつまでたっても返事は返ってこない。
 ちょっとイヤな予感がして、一二三が村長に訊いてみた。
「短剣、見せてもろてよろしいどすか?」
「ああいいよ。短剣、短剣……おっかしいな、どこやった? ん? なんだこりゃ? アンヘルの木剣じゃねぇか」
「予定どおり、第5のキーパーソンの手に渡ったわけだ。問題は誰の手に、だね」
 放浪者の振りに乗ったのはマーシィ。
「村長の息子でビンゴだな。坊やはアンヘル(天使)だそうだが、はてさて、どんな名前負けを晒してくれるもんかね?」
「名前負けは確定なのか」
「アンヘルさんは、いつもどこへ遊びに行かれているのでしょうか?」
 村長の太鼓腹に圧されて固まった琳の代わり、濤がていねいに尋ねた。
「アイツならいつも――」

●深澪の緊急連絡
『みんなおつかれ~。預言者さんから新情報だよぉ。『勝利』は生命の樹の短剣、ネツァクで確定っ! ただネツァクには不思議パワーがあってぇ、ちょっとでも斬られたら死んじゃう? あと、AGWで受け止めたらネツァクのほうがぽっきり&サヨナラって……ボク、みんなのこと信じてるからねっ』

●シュギョー
「それじゃーだい146かい、だいシュギョーたいかいをはじめまーす」
 アンヘルと思しき金髪男子の号令で、男の子たちがそれぞれ「僕が考えたかっこいい立ちポーズ」を決めた。
「まずは、すぶり10かいー。とれんでい!」
 とれんでい!! 妙なかけ声とともに、全員が体をひねったりムダなポーズを挟んだりしつつ木剣を振り回す。
 中でもいちばんダメなほうに凝った素振りを見せるアンヘルの短剣は――金色に輝いていた。
「あの男子の持つ金の棒こそが勝利でござるな、麟殿っ!」
「うむ! これぞ1円、天に通ずってやつだ!」
「1円やのうて、一念とちゃいますやろか」
 盛り上がる忍者からそっと目を反らし、一二三はエージェントたちとひそひそ。
「あの短剣がネツァクだよな? どうやって返してもらうんだ?」と琳。
「修行の手伝いしてお願いしてみる? 斬られると死ぬっぽいけど」、悠登が返す。
「それよりも本気でアレに混ざろうってのか?」とマーシィが顔をしかめた。
「確かに辛そうだねぇ。あの子たち、相当こじらせちゃってるみたいだし」、これはリュカ。
「征四郎はひとじちがしたいのです!」などと妙にノリノリな征四郎。
「うちイメージプロジェクター持ってますやさかい、悪の怪人やらしてもらいますわ」、一二三が請け負って。
「よし。修行にまぜてもらえるよう、私が交渉しよう」と、ついに実体化したナインが皆に言った。
 かくしてナインがひとり、とれんでいとれんでいと騒がしい場の中へ歩み出た。
「――子どもたちよ、なかなかに鋭い太刀筋だな。この私が修行を手伝って」
「あ、おじさんだ!」
「ヘンなおじさんだ」
「こどものシュギョーにまざりたいとかゆうおじさんはアブナイ」
 ある意味もっともなコメントを交わす子どもたち。
 果たして代表格のアンヘルが1歩進み出て、困り笑顔を左右に振って。
「オレら、ヘンなおじさんはまにあってます」
 空気が凍った。
「……よし。ここからはリアリティ重視でいこうか」
 強く拳を握りしめるナインに、悠登が必死でしがみつく。
「わーだめだめ!! キャラと目的忘れちゃだめだって!」
「テレビでカントクとやらが言っていたぞ? 役に徹しろと。私はそれをリアルに再現するだけだ。誰かの手で生み出された悲しき悪魔としてな」
 ここで場をとりつくろうために一二三が登場。イメージプロジェクターを使用し、日曜朝っぽい怪人の姿になっている。
「ふはははは! 我の名はネツ・アーク! 貴様ら」
「あのー、もうちょっとかんがえてもらえる? オレら、どらまちっくしゅぎなんで」
「そ、そうなんどすか? ちょ、ちょい待っとくれやす」
 アンヘルにダメ出しをくらった一二三が姿を変化させた。今度は中世フランス風の衣装と仮面で耽美な感じに。
「我の名はネツ・アーク。貴様らを倒すため、生命の樹の国からやってきた――ちなみに我の仲間はあと4人か5人いる予定だ」
 ちらちらアンヘルの表情をうかがいつつ、一二三がセリフを述べる。止められなかったということは、この方向でいい、のか?
「まだおじさんふえるのかよ」
「ぼく、おじさんのせったいはにがてなんだよな」
「お、お兄さんもいるぞ!」
 フォローに入った琳を見て、男子たちが「うーん」。
「わるそうなかおだけど、ちいさくね?」
「いげんがないよな」
「ワルに体の大きさなんて関係ないぜ!?」
 かなり本気で言い返しながら、琳は濤に肩車してもらったりなんだりかんだり。
 完全に白けてしまった男子たちに火を点けたのは、同じ年頃の女子だった。
「ぴゃああ! たすけてくださいなのです!」
 ガルーの腕に抱えられた征四郎が、どこかうれしそうに高い声をあげた。
「さぁて、おまえさんたちの修行の成果とやら、見せてもらおうか。真にカラテを極めたというなら、俺様た」
「うひょー! がいこくじんじょしだ!!」
「かおのキズがえきぞちっくだぜ!」
「くそぉ、おじさんめ! かよわきじょしを……ゆるせねぇ!」
「キャー、助ケテー!」
 ガルーの熱演そっちのけで男子が盛り上がった今こそ! と、征四郎のとなり、35センチも小さいオリヴィエに捕まった体のリュカが裏声を張り上げる。
「げぇー! おじさんだ!!」
「あぶないをとおりこしてやばいぜ!」
「くそぉ、おじさんめ! なんだかぜったいゆるせねぇ!」
「オ兄サンダヨ……?」
 おじさん呼ばわりに大ダメージを受けるリュカ(裏声)。
 そこへオリヴィエがぽつりとトドメを刺した。
「盛り上がってよかったな、おじさん」
「ハゥッ!」
 ともあれ、修行に混ざるというエージェントたちの思惑は成功したのだった。

「征四郎のことはいいのですっ! あくをたおしてください! このめつきがわるくて、いじわるで、からだのおおきい――」
「3つめでもうズレてきてんぞ、悪の定義」
「いま、たすけるぞ! そしたらチューとかよろしく!」
 ガルーに捕らわれた征四郎を救うため、木剣を振りかざす男子たち。
「はわ。征四郎、おひめさまみたいですね!」
「姫はそんな簡単にチューしねぇ」
 征四郎を抱えていないほうの手で、ガルーはそのへんで拾った木の棒を槍さながらに振り回す。もちろん男子に当てないよう注意しつつゆっくりと、だ。
「小僧ども、おとなしく死を迎え入れるんだな」
 オリヴィエもまた棒を手に男子をあしらっていた。セリフが棒読みっぽいのはご愛敬。
「ミンナガンバッテー!」
 ……頑なに裏声を崩さないリュカ。もちろん誰にも助けに来てもらえず、置き去られたままだけれど。まあ、男子たちをヒートアップさせすぎない効果は出せているのでこれもまたよし。
「オリヴィエ、ちゃんと手加減しろよ」
「今の俺は悪の手先だ。手加減などできんな」
 ガルーに苦笑を返し、オリヴィエは「ぐああ」と斬られたふりで倒れ込んだ。
 と、きっちり役割をこなす者がいれば、はからずも役割をこなしてしまう者もいる。
「くくく……オレに挑んでくるとは命知らずだな。骸忍術の本領を」
 どこからか取り出したモップを構えた麟だったが。
「おばさんかんぶめ! めんどくさいからたおす!」
「おれののうないかのじょもおばさんのてで……せいぎのいかりだ!」
「ちょまっ! オレは19歳で妙齢の」
「としうえは8さいまでしかうけつけない」
 平均6歳児の社会で、13こ上の女はヒロインたり得ないのだ。
「ああっ、やめっ、ママにっ、ママに言いつぐぇっ」
「麟殿ぉーっ!」
 宍影の伸べた手は間に合わず、麟はぼっこぼこ殴られて轟沈した。

●兄弟子の名はナイン
 そして問題のアンヘルである。
「おじさんたち、ありがとう。きょうのシュギョーはちょーもりあがったよ」
 抜き放たれた金刃が、木漏れ日を照り返してギラリと輝いた。
 この修行は遊びだが、あれに斬られたら死ぬ。だからって、ヘタに受け止めたらぽっきり&サヨナラ。
 エージェント一行の中で唯一リンクした琳と濤がじりじりと間合を測る。
『妙な動きに気を取られるな。剣だけを見て、体さばきでかわせ』
 内の濤にアドバイスを受けながら、琳はアンヘルに迫った。
「カラテけん・ちそうけっぷうじん!!」
 アッパースイングの一閃は、よける必要もないくらい大空振り。
「フっ、なかなかやるな。だが、しょせんは人間。あまいわ!」
 オーバーアクションでのけぞって見せる琳。
『そのいけすかない演技はなんだ?』
「濤のまねしてみた」
『圧倒的に優美さが足りておらん! ――しかし、これなら斬られて散る心配はないな』
 ほっと息をつく濤に一二三がうなずいた。
「そうどすな。あとは適当にやられたフリしてしまいにしまひょ」
 が。
 アンヘルと悪者たちの間に割り込む、白きもふもふのもふもふした影!
「アルパカっ!?」
 びっくり疑問符を飛ばした琳に、アルパカがくわっと丸い目を向けた。そしてくもぐった声でだらだらと。
「ふふふ。寝てる間に落パカしたうち参・上」
 語っているのは、アルパカの尻毛に足をからめとられ、うつ伏せで引きずられてきたらしい真赭だった。
「らくぱか……どっから連れてきはったんどすか」
「アルパカ牧場がここから意外に近かったから、もふりたくて来てもらった」
「神使たるこの私、アルパカを呼ぶなどたやすいことだ」
 アルパカの手綱を引く緋褪がしたり顔でつけ加える。
「まあ、それはそれ。さて少年よ。アルパカの少女があなたに授けよう。敵を斬るための技とかを」
 琳と一二三があっけにとられる中、アルパカの背によじ登りなおした真赭がアンヘルにあれこれアドバイス。
「剣は小指で握る。あとの指はかるく添えて――」
「慣れないうちは剣を横に振るほうがいいね。攻撃範囲が広くなるし、当てれば勝ちだから――」
「踏み込みは大きくしない。体勢が崩れるから。体はまっすぐ立てて――」
『なにやらまずい雰囲気を感じるのは私だけだろうか?』
「残念ながら、うちもどす」
 濤と一二三の顔が血の気が取り戻す前に、真赭の伝授が完了した。
「これで悪を斬り殺せるであろグゥ」
 わかりやすく的確な教えを受けたアンヘルがふたりのエージェントへ迫る。見るからに隙のない、かならず殺す構えを取って。
「濤! これって絶対マズイよな!? どうする!?」
『いいかよく聞け。全力で避けろ。全力でだぞ』
「なんのアドバイスにもなってないぞ!?」
 さらに。
「アンヘルよ、この兄弟子たる私が助太刀をしよう」
 笑みをたたえたナインが、子どもから借りてきたらしい木剣を手にアンヘルと並ぶ。
「ナインはん!? いったい何事どすか!」
「テレビの英雄物語では、主人公に兄弟子がいるものだろう? リアリティ重視だ。本気で行くぞ」
 ナインの後ろでは悠登が、神妙な顔で両手を合わせていた。つまりはこの状況に打つ手なし。
「いや、兄弟子はよろしおすけど――びょあっ」
 アンヘルとナインの剣を、妙な叫び声をあげながらかわす一二三。
 ネツァクには斬った者を不思議パワーで死傷させる力がある。それだけならまだなんとかなるが、本気のナインが助太刀に入っているのだ。
 防御禁止のかならず殺す剣と、その隙間を埋めるサポート剣。
『ナインさん、ネツァクのことはご存じでしょう!?』
 濤の呼びかけに対し、ナインは小さく真顔を傾げ。
「弟弟子のため、私は迷わない。それがリアルというものだ」
「うわっと!」
 大きく飛び退いた琳を、2本の剣が追いかけてくる。
「こうなったら白羽取りだぜ!」
『待て琳! 白羽取りで掌が斬れてしまったら死ぬ!』
「あ、そうか! ってことは、わざと一撃もらって「フっ、やるな」の予定も――」
『実行した瞬間、「フっ、殺られたな」で終わりだ』
「うあー、どうすればいいんだよ!?」
 琳とともに逃げ惑いながら、一二三が声を張り上げた。
「実は我は聖の守護神! アンヘルが真の聖なる者かを試させてもらった!! その剣技の輝き」
「弟弟子よ、耳をかしてはならない。奴は卑劣な敵だ。討たなければ世界が滅ぶとカントクが言っていた」
「なななナインはーん!?」

「フフフ……このザ・仮面と呼ばれた我の出番はないようだー」
 戦場の縁で体育座り、放浪者がやる気なく垂れ流した。
「棒読みすぎんだろ。それより、どっちが勝つと思うよ?」
 となりでごろ寝したマーシィの問いに、放浪者はまた笑い。
「ここにいる全員が勝者だよ。赤勝てー白勝てー」
「ゆとりかよ。――どっちが勝とうと最終的に俺の利益になれー。具体的には儚く散った仲間のギャラが俺に入れー」
「我欲っ!?」
 一方、ふたりとは逆側の縁に隠れたキリル。
「任務への情熱は今も激しく燃えさかっているのだが、この天気ではチョコが溶けてしまうのでチョコうまい!」

●アンヘルと聖なる剣
「悪よ、この生命の樹の剣に討たれて逝け」
 アンヘルの剣を避けた琳目がけて振り下ろされる、ナインの鋭い一撃。
 馬歩の構えでこれを白羽取りした琳は「ふぃー」と息をつき。
「こっちはただの木剣だからな!」
「離せ悪者め!」
『リンクした我々の力、さすがにはね除けられないでしょう? といいますか、そろそろ現世に戻ってきていただけませんか?』
 濤がナインの説得に当たるのを確かめ、琳は一二三に声をかけた。
「弥刀さん!」
「はいな」
 イメージプロジェクターがうなりをあげて主の体をキラキラで包み込み、白い衣をまとった神っぽい一二三を顕現させた。
「実は我は――」
 セリフは先ほどのままだが、ナインの邪魔が入らなかったので、今度はアンヘルも聞いてくれた。
「……オレは、せいなるもののまつえいとかだったのか」
 不思議なほどあっさりと納得したアンヘルに、一二三は満を持して「聖剣」を差し出した。
「お主には聖なる者の証として、本物の聖剣をやろう」
 装 飾 釘 バ ッ ト 。
「けんじゃないんですけど」
 アンヘルの適切なツッコミに焦る一二三。
「あれ? 厨二ってこんなんが好きなんとちがいますのん?」
「聖ってより凄って感じ?」
 短剣に子どもたちが近づかないよう、さりげなく誘導していた悠登が思わずつぶやいた。
 まずい。空気がどんどん黒くなる。
 聖なる者の末裔とかなアンヘル怒りのカラテ剣が、一二三をかならず殺さんと振り上げられる。
 そこへ。
「しんのカラテをきわめたアンヘルに、そんなたんけんなどひつようないのです」
 征四郎の神々しい声が、場に淀んだ殺意を吹き払い。
「ソウワヨ!」
 リュカの裏声が雰囲気を台無しにした。
 裏声のお兄さん――子ども視点では超おじさん――は硬直するアンヘルにそっと、今年の戦隊ヒーローグッズである剣を差し出した。
「コッチノホウガ勇者ニハオ似合イヨ?」
 カチリ。スイッチを入れると七色に光る。
「ちょーひかってる!」
「日本製ヨ?」
「あんしんひんしつ!」
 こうしてエージェントたちは修行を完遂し、剣の回収に成功した。

●トレンディ・チャンス、ゴー・ゴー
「最後の決め手は光る剣だったな」
 きっちり斬られ役をこなしたオリヴィエが、光る剣を交代交代に振り回している男子たちを見やって苦笑した。
「囚われてたお姫様からもらったんだ。金色なだけの短剣とは価値がちがうよ」
 底知れぬ自信を声音に映し、リュカが笑んだ。
「その自信はどこから来た……?」
 1歩リュカから遠ざかるガルーに征四郎がにっこり。
「みんなで征四郎をたすけにきてくれました! すごくうれしくて、ちょっとだけはずかしかったのです」
「すごくお姫様っぽかったぞ、せーしろー! すごくキラキラしてた!」
 女子の喜びを噛み締める征四郎と、それをまっすぐな目で持ち上げる琳。
 ガルーはふたりを複雑な心境で見下ろした。征四郎がオタサーとかに引っかかんねぇように、俺様がきっちり見張っとかねぇと。
「心中お察ししますよ、ガルーさん」
 濤もまた、ひっそりと心に誓っていた。琳がオタサーの姫などに引っかからないよう、私がきっちり見張っておかなければ。
「フミ、ヤツが切れた! 私はもう辛抱たまらん!」
「ヤツっておやつのことやろ……あんだけ持ってきたのん、もう食うてもうたん?」
「インカ支部からロンドン支部に転送してもらって鉄道でフランスへ行くぞ!」
「インカ支部って空飛んで――」
 言い切る前に、一二三の姿は超高速で消え失せた。
「もふもふに包まれて、うちはもふもふなもふもふへ」
 アルパカの背に埋もれた真赭がゆっくりと離れゆく。
「私はこれからアルパカと飲む約束をしているのでな。ここで失礼する」
 アルパカに続く緋褪。さすがは霊獣、なんだろうか。
「それにしてもさ、『アタシ』って何者なんだろう……?」
 ため息をつく悠登に、つい先ほど正気に戻ったナインが淡々と告げる。
「私たちと同じ存在か、もしくは勝利自身もぐもぐ」
「またもぐもぐ!?」
「はーひゃんがはひゃがすいひゃらくへとひってひたぞ」
「なに言ってるかわかんない! あと、そこは「もぐもぐ」がお約束だろ!」

 ――エージェントたちはそれぞれ帰途について。
 村に夜がやってきた。
 マーシィは独り納屋の屋根の上に寝転がり、夜闇と空を分け合うほどの星のまたたきを見上げている。
 不機嫌そうに、または過去を懐かしむように眉をひそめ、ただ静かに。ただひたすらに……。
 彼の下――納屋の内では、未だ気絶したままの麟と待つうちに寝入ってしまった宍影が「しゃいぼーいしょくん! とかけて」、「トレンディ・チャンス、ととく」などと寝言でやり合っていた。
 しかし、ふたりはまだ知らなかった。
 その心であるところの『勝利』が、思わぬ解を見せることを。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166
    人間|19才|女性|回避
  • 迷名マスター
    宍影aa1166hero001
    英雄|40才|男性|シャド
  • 薩摩芋を堪能する者
    楠葉 悠登aa1592
    人間|16才|男性|防御
  • もふりすたー
    ナインaa1592hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • やるときはやる。
    呉 琳aa3404
    獣人|17才|男性|生命
  • 堂々たるシャイボーイ
    aa3404hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • エージェント
    “皮肉屋” マーシィaa4049
    人間|22才|男性|回避
  • エージェント
    “不可思議な放浪者”aa4049hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
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