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【相談】嵐の過ぎ去った後は…
最終発言2016/05/05 09:37:41 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/05/03 12:23:54
オープニング
●蒼く白む香港
香港の戦いは終わった。
エージェントを中心とするH.O.P.E.は、古龍幇との衝突を回避し、愚神の策謀を打ち破った。
香港の周囲をぐるりと取り囲む結界――本来ならば目に見えぬ、時折ライヴスの燐光きらめくそれは、勝利の象徴でもあった。香港は今や、世界でも有数の安全な都市となったのである。
香港の市街地を散策していたエージェントたちが街角を曲がったとき、ガラの悪い集団とばったり出くわした。
「あ……」
「……ふん」
男たちはぷいとそっぽを向いて脇をすり抜けていく。小さな英雄は舌を出してあっかんべえまで見せているが、そこに一触即発という様子は無い。エージェントたちは思わず苦笑いを浮かべた。
H.O.P.E.と古龍幇はこの地において英雄同士が争う危険を悟り、国際会議での妥結発表に向けて交渉を本格化させつつあるという噂だった。市街地では一時避難者たちの帰宅が始まり、戦闘で損傷を受けた建物やインフラの修理も始まって、建設作業員らの元気な声が飛び交っている。
香港の海へと視線を転じるエージェントたち。
結界の壁にきらりと燐光がきらめいた。香港の街に残った戦いの傷跡も浅くはないが、それも、この輝きが目に入れば無駄ではなかったと感じられた。
●台風の過ぎ去った後
香港、九龍新城。
旧来の無秩序なスラム街と高層ビル街が隣接する、最も混沌とした区画。
愚神や従魔の脅威を退け、一時的に平穏を取り戻しつつある町。
あたりは、復興に向けてにぎわっている。
もともと古龍幇に好意的な住民が多いこの町である。古龍幇との『妥結』の機運を受け、エージェントたちを見る視線も少しずつ変わってきていた。
エージェントたちを歓迎するもの、露骨に嫌な顔をするもの。住民の反応もまた様々である。
H.O.P.E.がここで実施する活動には、様々な思惑が絡んでいる。単なる奉仕活動――それ以上の意味を持つ。
表だってこうした活動をすることで、古龍幇とH.O.P.E.の協調路線を明確にする。さらに、H.O.P.E.の活動がどういう性格のものなのか、広く伝える。
古龍幇だって、住民の支持をないがしろには活動できない。
ここでH.O.P.E.が住民の理解を得ることができれば、古龍幇との妥結はよりよい実を結ぶことだろう。
H.O.P.E.の職員は、外のにぎやかさに負けぬように拡声器を手に声を張り上げる。
『今、この九龍深城付近では、騒ぎからの復興に伴って、ささやかなトラブルが……』
「ひったくりよ! ひったくりよ!」
「そこ、止まりなさい! 止まりなさい!」
ファンファンとサイレンをうならせながら走っていくパトカー。メガホンの音がキンと割れ、職員は慌ててスイッチを一旦切った。
ひったくりの男は、小ばかにするように動き回り、複雑な市街地に消えていく。
『えー、トラブルが……様々なトラブルが発生しています。我々H.O.P.E.は、この事態に対処するために、エージェントの派遣を決めました! 地元の住民のみなさんとともに、九龍深城の町を建て直すことこそが……』
「並んで、並んで!」
炊き出しに並ぶ住民の列。
「ッカー! マズい!」
「貴重な食料だ、文句言うなよ」
ここで出されるのは簡単な握り飯や、携行食品。インスタントのスープなど。栄養としてはマシではあるが、並んでいるうちに冷たくなってしまう。
一言でいえば、おいしくない。
「もうすぐまた食料品が届くはずだからよ! もうちょっと待っててくれや!」
「あんたらの腕じゃ期待できんわな!」
「おい、どうして水道管がこんなところで曲がるんだよ?」
「知らねえよ……! どうなってんだこれ」
スラム街で勝手に発達したインフラは複雑怪奇。図面は必ずしも正しくはない。作業着の男たちはひっきりなし嘆きの声を上げる。
「ですから、家が道路にはみ出すという構造は我々といたしましても認可することは……」
「ずっとこうだった。前からこうだった。よそ者に言われる筋合いはない。元通りに戻してくれ!」
地元住民の家を建て直そうとするが、なかなかうまくいかない。押し問答が続く。そうしているうちに日が暮れそうだ。
「往診に来ました。H.O.P.E.のものです。お加減悪くありませんか」
「どこも悪くね」
「……」
「悪くねえっつってんだろ、帰れ帰れ!」
救急キットをもって訪問するH.O.P.E.の医療部隊を、すげなく追い返す頑固な老人ら。杖を振り回しながら、威嚇して職員を追い返す。
「そういうわけにもいかないでしょ」
「だーれーが貴様らなんぞの治療を受けるか! 寝てりゃなおるわい!」
そうだそうだ、と後ろでは似たような意地を張っているものたちが唱和する。そういわれては無理強いはできない。また、と言って扉を閉める。
「待って、待ってよー」
小さな子どもが、人込みにはぐれた父を追い、男服の袖をつかんだ。しかし振り返った男は強面の男。はだけた襟もとには刺青が入っている。十中八九、古龍幇の構成員だ。
「ああん?」
「う、うわああああんん!!!」
「な、なんだってんだよ」
子どもはそれにともなって、火が付いたように泣き出した。古龍幇の男は怪訝な顔をしたが、急いでいたのか、慌てて去って行く。
「商業区にて迷子、一名……」
「ああああああん!!!」
避難所の住民たちの顔には、ありありと疲労が浮かんでいる。暇そうにトランプやさいころを転がす連中もいたが、どんよりとした空気が満ちている。
「ちょっと、押さないでよ」
「わざとやったんじゃないでしょ! アンタもねえ!」
「おお、ケンカか? ケンカか?」
「姐さん、やっちまいな!」
ひとたびなにかが起こるかと思うと、住民は輪になってはやし立てる。そうなると、引っ込みがつかなくなったように殴り合いの様相を呈する。HOPEの職員が慌てて止めるが、また近いうちに2度3度と起こることだろう。
彼らは、退屈。――なのだ。
香港、九龍深城。さまざまな思惑を胸にしつつ、エージェントたちはそれぞれにできることを探る。
解説
●目標
香港の住民と交流し、H.O.P.E.の活動の理解を得る。
●場所
九龍深城とその付近
※詳しくは【東嵐】関連情報の「九龍深城」をご参照ください。
●トラブル、要望ご相談
・炊き出し募集中!
炊き出し班の人数が足りていない。
・復興部隊募集中!
騒動で被害を受けた一般の家屋や店、壊れた通路などを建て直す。清掃など。
・治療部隊募集中!
騒動により、体調を崩したものたちを治療する。
・スリ、ひったくり
この機会に生じた犯罪が多数報告されている。
・迷子
あちこちに親とはぐれた子がいる模様。
・退屈
避難住民は退屈しているようだ。なにか催しがあるといいかもしれない。
・違法操業の屋台の摘発
許可を受けていない移動屋台の操業が報告されている。厳重注意の上、本部で営業を申告するように求めること。
・酔っ払い&ケンカ
避難生活により、あちこちで住民同士がトラブルを起こしている模様。
・一時避難者の帰宅の付き添い
安全に家まで送り届けるのが任務。
・その他、独自の活動
●施設
・臨時警察本部
警察官と派遣されてきたH.O.P.E.の職員が詰めている。
インフォメーションや迷子センター、救護班の詰め所があり、職員は交通整理などを行っている。
・演芸広場
中央にある広場。周りには野営している人たちがいる。
設備は騒動で半壊状態にあるが、使えないことはない。
・自然公園
豊かな自然のある公園。ここで炊き出しが行われる。テントに避難している人たちも多い。
・表通り
屋台や個人店舗がずらりと立ち並ぶ。活気にあふれているが、その分犯罪も多い。
・裏通り
複雑に入り組んだ市街地。作戦により、あちこち崩れている。
●NPC
アーヴィン&シフタ。
手伝いに駆り出され、迷子センターにつめている。
リプレイ
●違法操業お断り!
「やっと香港にも平穏が戻ってくるな」
『香港と古龍幇の皆さん、そしてHOPEの僕達で繋いだ未来がここにありますから』
真壁 久朗(aa0032)とセラフィナ(aa0032hero001)は、香港の街をゆっくりと歩いていく。
九龍深城。未だに戦いの爪痕は残っているが、にぎやかな喧騒が戻りつつある。
「救えなかったものはある……けど、俺達がやってきた事は何一つ無駄じゃなかったはずだ」
『ええ、僕達にお手伝いできることを最後までやりましょう』
治安維持のためになにができるのか、まずは聞き込みだ。
あたりには、雑多な屋台が立ち並ぶ。屋台の呼び込みの声が響く。出来上がった商品がちょうど店頭に並べられたところだった。シュワシュワと揚げ物があがり、表面で泡がはじけている。
『クロさん、香港の屋台料理美味しそうですね!』
「だな。仕事じゃなかったらゆっくり巡りたかったが……」
あちこちエージェントが奔走しているのがわかる。
「いいねぇ。私、実は小吃には目が無くてさ……」
繰耶 一(aa2162)は屋台を見回りながら、店主と他愛ない雑談を交わす。気をよくした店主は、身振り手振りをまじえてべらべらと早口でしゃべっている。繰耶は適度に相槌を打ちながら、無許可営業の屋台を探す。
しばらくののち、繰耶は一つの屋台を見とがめる。駐車場に乗り出した屋台。明らかに許可を得た場所ではない。
「……この商売いつからやってんの? お役所にはちゃんと許可はとってんだよね? 許可とってるなら許可書なりなんなりあるだろ。ちょいと見せてくれないかな?」
ずいと身を乗り出してみれば、店主はあわてて奥に引っ込もうとする。しかし、サイサール(aa2162hero001)がそれを許さない。店主の男は目を白黒させた。奇妙なことに、サイサールの顔は、繰耶の顔と瓜二つに見える。
『事を荒立てる気はありません。この瞳が銀から灰に変わる前に、我々の言葉を聴き入っていただけますか? さもなくば……』
「社会的に抹殺する」
繰耶は狙撃中を上空に向けた。
発砲音。むろん、威嚇射撃だ。――店主はへなへなとしりもちをつく。
「ひい!」
「おい、逃げろ!」
あたりはざわつき、後ろ暗いことがあったのだろう店員らは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「逃がすか!」
繰耶は的確なコントロールで、携帯用酒甕を投げつける。一直線に飛んだ酒瓶は、店員の脳天に直撃した。
店員があわてて向きを変える。
『クロさん!』
ちょうど良くその場にいた真壁が反応し、店員に回り込む。繰耶は、的確に脇腹を狙って鉄パイプを振るう。
『今は秩序が必要。……ツケをその身で贖いなさい』
御用となった違法操業の店主と店員らは、鞭で縛られすっかり観念しているようだ。
『違法操業者3名確保。引き続き捜索を続行します』
「うむうむ、ご協力、感謝いたします!」
繰耶はアーヴィンに連絡を取り、護送用のパトカーを要請して通信を切る。
「警察故事の成龍になった気分だよ。……と、ありがと」
●スリ・ひったくりにはご用心
回復しつつある秩序を縫うようにして、各地でトラブルが発生している。
「スリにひったくりか……誰かの物を盗むなんて卑劣な行為、見過ごすわけにはいかないな」
眉を顰めた賢木 守凪 (aa2548)の表情は、知らぬものが見れば不機嫌ともとれるが、彼にとってはこれがデフォルトだ。
どうやら、この犯罪はグループ単位で行われたものの可能性があるようだ。犯罪組織と呼べるほどには本格的なものではないらしいが、複数人で行動する。
【一度捕まえてるしぃ、相手が一般人なら難しくないんじゃないかなぁ?】
カミユ(aa2548hero001)はどこかおかしそうな、楽しむような表情を浮かべている。
「今日はよろしく頼む」
共鳴した賢木の左耳には、緋色のピアスが揺れていた。賢木を中心に、スリ対応班は情報と連絡先を交換した。
「皆で力を合わせて復興しなきゃ……って時に、どさくさに紛れて犯罪行為だなんて……やっぱり人間って愚かね」
「あぁ、弱者から強引に巻き上げるのは『侠』の精神にも反するだろう……。今、古龍幣がそこまで手が回らんというなら、代わりに俺達が『侠』の心意気、護ってやらねばなるまい……!」
冷笑を浮かべるなレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)。曲がったことが嫌いな、狒村 緋十郎(aa3678)は熱くこぶしを握る。
「スリか、どうすっかな」
東海林聖(aa0203)は地図を眺めながら方針を練る。
「……ルゥ、囮、やる?」
Le..(aa0203hero001)の提案に、意外そうな表情を見せた者もいた。ルゥの外見は、およそ小学生でも通じるほどなのだ。ただし、見た目では侮れないのがリンカーというものだ。
「囮ね……」
見た目からは侮れないのが、ここにも一人。レミアが嗤うと、口元からは、両のとがった犬歯が覗く。
囮に回るのは、賢木、レミア、ルゥの3名だ。各々のパートナーと、真壁らがそれをサポートする手筈だ。
ルゥは、のんびりと広場を歩く。
「怪しい男がいる。多分、スリだ」
東海林が仲間に連絡を取る。
「こっちも、誰かにつけられてるわ」
レミアは人通りの少ない路地をあえて歩きながら、靴音を数える。
しばらく様子をうかがっていると、怪しげな男がルゥに近づいていく。男は、さりげなさを装って手を伸ばし、財布に手をかけた。
がしり。
構えたルゥは、まるで別人のような動きにかわる。ルゥは、しゃがんで華麗に腕を避け、犯人の腕をつかんだ。
「!?」
周りにはまだ一般の人がいる。激昂させてもいけないかもしれない。ルゥはあえて一度手を放した。
辛くもルゥを振り払ったスリは、泡を食ったように路地に飛び込んでいく。ルゥはすぐに追いつくと、スリの上を跳び越し、積みあがった木箱を足場に向きを変えた。
「なんだ!? ただのガキじゃ……ぐふっ」
スリはその場に伸びた。
裏路地にて。
悲鳴を上げられたら厄介だ。そう思って、スリはレミアの口をふさごうと腕を伸ばした。
ところが、レミアの反応は、想定していたどのしぐさとも違っていた。逃げるでもなく、レミアは物陰にいた緋十郎に指を鳴らして合図をした。
緋十郎の闘気をまとったレミアは、罠に掛かった獲物を喰らう捕食者の表情で嗜虐的に笑む。
スリの背筋を、本能的な恐怖がかけめぐる。
「ひいい! こないでくれ!」
必死になって逃げるスリ。サイレンをあげて迫るパトカーを、レミアは素早く抜き走っていく。スリはかろうじて細い路地へと逃げ込んだが、そのくらいでレミアを振りきれるわけがなかった。
「おい、どうなってる?」
通信機の奥。断末魔とともに返事がなくなった。なにかがおかしい。狙ったのは、10代前半の非力な少女と観光客のはずだったのに。
「東海林、そっちへ行ったわ……! あそこの袋小路へ追い込むわよ!」
絶対に逃さない覚悟を込めて、レミアは仲間に連絡を取る。
「おう! まかせとけ」
スリグループのもう一人が、あわてて向きを変える。
一方そのころ、少し遅れて、賢木は観光客のふりをして、無防備な財布をさらしていた。同じようにスリを追いかけていたところだったが、スリの犯人が一般人を突き飛ばしたとみるや、彼らは途中で追跡を緩め、スリに突き飛ばされた老人を素早く支える。老人は目を丸くしながら、礼を言う。
「例え捕まえたとしても、そのことでHOPEの評判が下がるのはいけないからな」
【なるべくぶつからないようにねぇ】
突如、犯人はゆっくりと膝をついた。真壁の放ったセーフティーガスで気絶したのだ。
「大丈夫か?」
賢木は後処理をやってきた真壁にバトンタッチして、再びスリを追いかけ始める。
「へへ、楽勝だったな」
賢木から逃げていたスリ犯は、路地裏でとんでもない光景を目撃することとなった。
年端の行かない少女が。――レミアが大柄なスリの首を片手で掴み、細腕では信じられないほど軽々と持ち上げていたのである。仲間の男はぐったりと気絶している。
レミアは振り向いた。
カツ。カツ。ゆっくりとした足取りは、まるで獲物を追い詰めるのを楽しんでいるかのようだ。後ずさりするが、そちらには壁しかなかった。
「ひっ……」
男はひったくった財布を取り落とし、命乞いをするしかなかった。彼らはもう二度と、軽い気持ちで人のものに手を出そうなどとは思わないことだろう。
「ケガは、これで大丈夫だな。盗まれたものは全部そろってるか?」
「ええ、ええ、ありがとう」
真壁は被害者を治療し、荷物の確認を終えて引き渡す。
「被害届を出したほうがいいだろう。件数が多ければ、人員を増やしてもらえるだろう」
(なるほど……)
真壁の意図に気がついて、カミユはくふふと小さく笑みを漏らした。事件の解決にHOPEが携わった事も伝われば現地警察からの心証もよくなるかもしれない。そうすれば、自治や治安の回復も進む。
「これで全員、か?」
「いででで」
東海林は捕縛したスリの男が逃げようとしたところで、関節技を決めていたところだった。報告に上がっていた小グループは、あらかた退治することができたようだ。
グループに交じって、東海林は年端も行かない子供に目を止めた。いかにも慣れていないようにみえる。常習犯というわけではないだろう。
「なあ、どうしてこんなことしたんだ?」
少年は、なかなか口を開かない。
「ヒジリー。ルゥ、お腹空いた」
ルゥがそう言うと、男の子は恥ずかしそうにうつむいた。ぐう、と男の子の腹がなる。ルゥと一緒なのだろう。
「なら、ちょうどいい場所があるぜ」
●炊き出し部隊
「美味しいお料理で、皆さんに笑顔を!」
世良 杏奈(aa3447)は、調理器具を片手ににこにこと簡易的なキッチンを眺める。
『復興ねぇ。アタシには何が出来るかしら?』
しばらくうろうろしてみたが、ルナ(aa3447hero001)の活躍の場は、どうやらここではないようだ。
『ちょっと、手伝いが要りそうな場所を探してくるね』
「気を付けてね」
ルナはきょろきょろと辺りを見渡し、地図を眺めて歩き出した。
「香港支部やグロリア社の菓子や飲み物は、九龍深城の人々に受け取って頂けるでしょうか……?」
「HOPEへの蟠りを解くには、その文化を理解して貰うことが必要だ。食は最も近道と言える」
月鏡 由利菜(aa0873)は、責任感から、香港の戦乱が起きたのは自分達にも責の一因があると考えている。受け入れてもらえるのかどうか、自信がない。リーヴスラシル(aa0873hero001)は、そんな彼女を優しく勇気づけながら、配膳の支度をする。
「私は料理の配給役へ回る。待ち人数が多いようだ……素早く配るには一人でも多くの人手が必要だろう」
列に並んだ住民たちは、気が立っているようだ。どっちが先だったかで揉めている。ラシルはうまくとりなし、判断を下していく。
どうしても泣き出しそうな子どもたちには、月鏡が持ち合わせていたお菓子を配る。反応はまずまず、おそるおそるといった体でも、お菓子の力は偉大である。口にするとぱあっと笑みが広がる。
「私はチキンカレーライスを作ります。ファミレスや自宅でも作っていましたし、炊き出し向きでしょう」
アルバイト先『ベルカナ』での経験は、こんなところで役に立つようだ。ファミレスの制服は、着慣れたものだ。あしらわれたレースの縁取りが、可愛らしさを強調する。
「私は豚汁を作ります」
そういって鍋を用意する世良は、エプロンを付けている様子がよくさまになっている。
「食事を楽しめないというのは実に悲しいことだ。人生における最大の悲劇と言っても過言ではない。だがこのぼく、鶏冠井玉子が来たからにはもう安心してもらって構わない。退屈な避難所の生活を潤す、食のエンターテインメントを魅せようじゃあないか」
オーロックス(aa0798hero001)が、鶏冠井 玉子(aa0798)の前に炊き出し用の大量の米を運んできた。量は十分。多すぎるくらいだが、決して高級品ではない。
(とは言え限られた食材の中、ただの腕自慢に走る愚は避けたい。作るのは香港でも定番の粥としよう。無論ただの白粥ではぼくが出張ってきた意味がない)
鶏冠井は、丁寧に食料をあらためる。オーロックスが運んできた中から、小さな小袋に分かれた非常食料の山をを目にとめる。均一に避難民に配る量はないが、これはひょっとすると使えるかもしれない。考えをじっくりと巡らせる。
(鶏や魚介――干した貝柱やするめがあればベストだが、あるものを活用しよう――等等の出汁を諸々組み合わせた玄妙な味わいの一品……このまま味わってもらっても満足してもらえるだけの一杯にはする。が、やはり与えられるだけでは真に楽しい食事とは言えない)
考えにふけっていた鶏冠井。ほどなくして、きらりと炎のような瞳が輝く。
これだ。
エージェントたちが調理に回って、数時間。
列をなした避難民たちが、礼儀正しく並んでいる。相変わらず活気づいてはいるが、険悪さよりもにぎやかさが目立つ。
いまや、飢えをしのぐための義務的な『食事』はそこにはない。美味しそうなにおいがあたりに充満している。
ラシルの的確な誘導で、列はするするとはけていく。
「カレー、おいしい!」
「このスープは何かしら?」
「これは豚汁といって、日本で一般的に食べられている料理です。どうぞ、お召し上がり下さい♪」
避難民の質問に、世良はにこやかに答える。
「あんちゃん、ありがとう」
そこには、先ほどスリを働いていた小さな子供の笑顔もあったのだった。
「おうよ」
東海林は笑顔を返した。
炊き出しのスペースの中で、避難民の列が、長いカウンターを横切る不思議なスペースがある。鶏冠井の作った粥だ。
「漬物や、薬味、魚の切り身や、肉野菜、なんでも構わない。食べる者がこれぞというモノを乗せ、最終的に完結する粥とする」
鶏冠井は粥に乗せるトッピングの数々を準備し、好きなものを添えられる形をとった。長いカウンターは、トッピングを選ぶスペースというわけだ。
あちこちで暖かいやり取りがなされている。店の経営者が、大量に食材をおいていくのも見かけた。缶詰。ふりかけ。何かの足しになれば、と、わざわざ家から持ってくる住民もいる。
「あのさ、これ、うちに干物があったんだけど……」
「……俺の家には干し肉が……」
そういって食材の交換を始めたのは、なんと、先ほど列で今にもケンカをしそうな雰囲気だった二人であった。
(自分の好みを存分に語ればいい。そこから始まるコミュニケーションこそがぼくが求めるものだ)
「すいません……HOPEの者ですが、少しお話を伺っても良いですか?」
筆記用具と分厚いノートを持った青年が、炊き出し場を取材して回っていた。玖渚 湊(aa3000)とノイル(aa3000hero001)であった。
●ペンとノートはかく語りき
「ようやく戦いが終わったんだな……あっという間だったけど」
『だね。やっと香港の美味しいもの食べにいけるよ』
「お前は相変わらず食う事ばっかりだな」
しみじみと言うノイルに、玖渚は苦笑する。
『だって、ほら、おいしそうな匂いが』
戦いの跡を前にして、何ができるのか、玖渚は考えて、そして見つけた。
「俺はやっぱり「書くこと」でみんなの役に立ちたいんだ」
玖渚らは自然公園や表通りの住民へ、どんな支援が必要とされているか聞いて回っている。炊き出し場もそのインタビューの地というわけだ。
「今足りてないものってなんでしょう? 逆に余っているものはありますか?」
「うーん、そう言われてもねえ……」
「どんな些細なことでもいいんです。何か不安なこと、不満に思っていることがあったら、教えてください」
足を止めてくれる人の数は、決して多くはない。それでも、玖渚は真摯に聞き込みを続ける。
(どこまでが満たされていて、何が足りないのか? 住民の人たちの不安や不満は何か? それを明かしておけば、もっと復興がスムーズにいくと思うんだ)
冷たくあしらわれても、玖渚がノートを取る手はとまらない。
(相手は理不尽な災厄に見舞われた人たちだ。対して俺は家も学校もある。それなのに根掘り葉掘り、知りたいからと聴き攻めにするのは失礼だ)
玖渚はどんな言葉でも、相手の喋る言葉を遮らないで丁寧に聞き取る。言われたことはすべてノートに記されていく。ただの愚痴。冷たい言葉も感謝の言葉も、一言も聞き逃すまいとする。
わがままも、建設的に思える意見も、ノートの上では同じ幅を取っていた。
「何も問題ない」。最初はそう言ってはばからなかった住民が、玖渚が耳を傾けているうちに、少しずつ、少しずつと本音を漏らしていく。住民の一人がテントに招くと、インタビューを受けていた。
「これで全部だよ」
「ありがとうございました」
そこで、住民は玖渚がずっと正座であったことに気が付いた。玖渚は、ようやく手を止めた。
(少しでも早く香港の人達が元の生活を送れるよう。俺の記録が誰かの役に立ちますように)
願いを込めて、取りまとめた結果を報告する。
この報告が活用されるのは今日だけではないだろう。おそらくは貴重なノウハウとして、H.O.P.E.に活用されるはずだ。
●安全な帰宅のために!
『”家に帰るのに付き添ってほしい”という要望が来ているぞ。我が家で在れば緊張も解けよう。ふふん、出番じゃの』
狐耳をピンと立てながら、酉島 野乃(aa1163hero001)は気合を見せる。
「戦いは終わったんだ。少しでも早く、安心と平穏に戻れると良いね」
――守るために。きっと、その信念にもつながるはずだ。三ッ也 槻右(aa1163)らは復興に向けて行動を開始する。
三ッ也は話し合い、各家の代表を集め、向かう地区ごとに代表を選出する。別途手伝いが必要な場合は、鋼野 明斗(aa0553)とドロシー ジャスティス(aa0553hero001)が付き添う手筈だ。
「男手が必要な人優先な」
(任せろ)
中には、H.O.P.E.の助けなんて不要だという声もあった。それでも、三ッ也は辛抱強く説得にあたる。各家の代表を集めたのが功を奏し、住民が住民を説得する形になった。
「こっちのルートは、スリが出たらしいから、通らないほうがいいね。捕まったとは聞いたけど、念のためだ」
『うむ』
報告を検討しながら、三ッ也と酉島は、慎重に帰宅ルートを選定する。あまり崩れたところは通りたくない。ルートをたどっていく。
一人、また一人と、班を離れて自宅へ帰っていくさまを見届ける。大人数だからか、エージェントが付き添っているからなのか。幸いなことに襲撃は起こらなかった。
「……ありがとよ、ここらでいいぜ」
「まだ途中ですよ」
途中で列を抜けようとしたのは、助けなんて要らないと言った住民だった。不機嫌なだけにも思えるが、何か言いたそうでもある。二人は辛抱強く待つ。
「んだってよお、俺の家、結構な被害受けててな。無事じゃねえから、帰ったって仕方ねえよ」
「大丈夫です。別の班が修繕に回ってくれる手筈です。家の応急処置や片づけはお手伝いします」
三ッ也の言葉に、住民は少しばつの悪そうな顔をした。大きな態度をとっていた以上、言い出しにくかったのだろう。
「いかがです? 何かお困りの事は?」
なんでも言ってください、と請け負う二人に、住民はようやくほっとしたような顔を見せた。
三ッ也が住民を送り届ける一方で、鋼野らも付き添いを進めていた。ドロシーが数分もしないうちに、付き添い希望者を連れてきた。
(いた、きた、いく!)
ドロシーは、くりくりとした目を輝かせ、胸を張ってスケッチブックを示す。希望者は、品の好さそうなお婆さんと、その孫らしき女性だ。
「付き添いですね。荷物をお持ちします」
「どうも、親切にしていただいて……」
老人とその孫は、鋼野のまじめな仕事ぶりに好感を持ったようだ。
(次はこっち)
ドロシーは次々と希望者を連れてくる。あまりに多いものだから、なかなか休む暇がない。
「おい、何故か若い女性率が高いのは気のせいか?」
(独り身脱出)
ドロシーはニヤニヤと笑いながら、スケッチブックをひらひらさせる。
「……あのなぁ、エージェントはしてるが、本業は学生だぞ。お前一人でも精一杯だよ」
(ロリコン!?)
「違うわ!」
わざとびっくりした表情を作ってから、ドロシーはいたずらっぽく笑う。
(10年待ってね)
「だから、違うわ。まだ、帰宅者はいるんだ。次、行くぞ」
散々ドロシーに遊ばれ、疲れた顔をしながら、鋼野は立ち上がる。
「ま、大きくなって胸の大きな美女になったら考えてもいいぞ」
(金持ちになったら考えてもいいぞ)
スケッチブックに文字が躍る。打てば響くようなやり取りに、二人は笑いあった。
●迷子はH.O.P.E.にお任せください!
「ここに住む人達の日常を取り戻さないとね、俺達も微力ながらできる限り手伝おう」
皆月 若葉(aa0778)にとって、人助けは得意とするところである。
『……日常か、無くなって初めてその有難味に気づくもの……だな』
ラドシアス(aa0778hero001)の表情からは、容易に感情を読み取ることはできない。しかし、その言葉は、今に日常を取り戻しつつある香港にふさわしいものに思えた。
「お、よしよし。発見!」
広場を歩いていた皆月は、さっそく、泣いている子供を見つけた。皆月はしゃがんで子供と視線を合わせると、人懐っこい笑顔を浮かべる。子供の扱いは慣れたものだ。たどたどしい言葉を辛抱強く聞いてみれば、案の定。母親とはぐれていることが分かる。
「え、そうなの!? じゃあ、一緒におかあさん探そうか?」
「でも……」
「大丈夫! おにいさん達に任せて」
不安そうな子供に、皆月はどんと構えてみせる。
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、泣いていない子供も見落とさない。きょろきょろと辺りを見渡し、小さな兄妹を見つけた。近くに親はいる気配はなく、やはり人ごみにはぐれてしまったのだという。
『……ん、親もきっと待ってる。行こう』
オリヴィエはしゃがんだ。女の子がきゃっきゃと歓声をあげておぶさる。
うらやましそうに見上げる小さな兄。それでも、妹のためにわがままは言わないようにしようと考えているに違いない。
『仕方ねぇな、ほら』
ガルー・A・A(aa0076hero001)が、そんな子供の前にしゃがみこむ。
広場を一周するころには、彼らは、すっかり子供たちに囲まれていた。親とはぐれたとは思えないほどに楽しそうだ。
「ふふ、大丈夫ですよ! 母さまが見つかるまで、遊びましょうね」
子どもたちの前で紫 征四郎(aa0076)は胸を張る。
「まずは自己紹介! 紫 征四郎7歳! 趣味は剣の修行なのです。ほら次オリヴィエ!」
「……オリヴィエ、だ」
子供たちはエージェントに興味津々だ。
「征四郎たちは、ほーぷっていうのですよ。世界のいろんな人たちの明日を守るエージェントなのです」
仲良くしてくれたら嬉しいのですよ、と、征四郎は礼儀正しくお辞儀をした。
「しってる! ヒーローだよ! 悪い奴らをやっつけるんだ!」
「子供でもなれるの?」
子供たちはこれまでの冒険の話をねだる。
「お名前はなんていうのかな?」
皆月の操る動物パペットが器用に喋ると、子供は口々に歓声を上げた。道中の会話でさりげなく名前、年齢、服装等の情報を得る。
それを受けたラドは、いち早く迷子の情報を案内所に連絡しつつ、周りに目を配る。不審者、スリ、いろいろな危険も多い。
男の子が転んだ。ラドは近寄ると、無言で手のひらを差し出した。何もない掌だ。男の子は首をかしげる。次にラドが手のひらを開いたときには、そこにはパンダクッキーがあった。
「おっ、強い! 泣かなかったね!」
小さな子供らは、泣き顔の代わりに笑顔を見せる。
案内所にて。木霊・C・リュカ(aa0068)は、放送や子供の相手をしていた。
「アーヴィンさん、照合お願いできますか」
「うむ、任せておくれ」
事前にラドから情報が入っているだけあって、照会はスムーズに進む。
作業の傍ら、木霊はポスターを作成する。迷子センターの位置、名前や住所、電話番号を記載したネームタグを所持させること。防犯のために、外からは見えないようにすること。
「よし、次は親御さんを探しがてら、これを貼ってこよう」
皆月はポスターを受け取る。
「迷子になったら、お店の人や家族連れの大人に声をかけようね」
「はーい」
木霊の呼びかけに、子供たちは元気に返事をする。
案内所は大勢の子供でにぎわいを見せている。親が入れ代わり立ち代わり現れ、ぺこぺこと頭を下げて去っていく。再び迷子にならないようにと、木霊は手続きが済むまでは決して手を離さない。
親が来たのに、まだ帰りたくないという子までいた。
『リュカ。親が薬を貰いに行ってるそうだ』
「大丈夫だよ。集合時間と場所はね……」
やや年長者の子供に向かって、木霊は言い聞かせる。頼られているという自覚がうれしいのか、神妙にうなずいた。
だんだんと手狭になってきた。紫とガルーは、名前を表にまとめ、張り出すことにした。
『似顔絵も書いとくか……?』
「ガルーの絵じゃ誰が誰かわかんないのですよ」
紫はくすくすと笑う。
「おにーちゃん、おねえちゃん、ありがとう! ばいばい!」
「いつでも頼ってください、です!」
子どもたちが少しずつ、少しずつ家へと帰っていく。
『お疲れさん、なかなか楽しそうにしてたな』
「うん。にぎやかなのはいいね」
ねぎらうガルーに、木霊は笑顔を返す。
紫は子供たちに元気よく手を振っている。
(子供は未来のこの地を背負う。征四郎やこいつらが大人になるころは、もっと当たり前の協力関係が出来ていたらいいな)
眩しい光景を見ながら、ガルーは胸中でそんなことを思ったのだった。
●戦場跡地の医療部隊
『さぁ、はじめましょうか、クレアちゃん』
「そうだな、今日は荒事もないだろうし、ドクターに任せるよ」
クレア・マクミラン(aa1631)とリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)は、手際よく大型テントを組み立てていた。普段であれば、最前線で治療にあたることもある彼女たちのことだ。あっという間に、野戦病院が設営された。
「回復スキルは優秀だけど有限だからね。どこまで出来るか分からないけど手助けするよ」
シウ ベルアート(aa0722hero001)は、白衣と医療道具を運んできた。
「治療を拒否してる人もいるみたいだけど、私たちの事信用してくれるのかな?」
桜木 黒絵(aa0722)は心配そうに首をかしげる。
「……頑張る」
『頑張るのいいですが、あまり無理をしないでくださいね』
九龍 蓮( aa3949 )が頷く隣で、従者である月詠(aa3949hero001)は心配そうにしている。
『こんにちは、本日担当させていただくリリアン・レッドフォードです。少しでも気になることがございましたら、遠慮なくお申し付けくださいね』
「同じく、クレア・マクミランです。とはいえ、医者は彼女で、私は助手のようなものなので、基本的には彼女に」
物腰の柔らかいリリアンが主に治療にあたり、クレアはサポートに回るという形だ。
「あたしもお手伝い。治療はシウお兄さんがするよ」
シウは、異世界では医者をしていた経験を持つ。
「消毒液、持ってきた」
九龍は、必要な道具を持ってうろうろとしている。その後ろを月詠が心配そうについてくるのに気が付いて、リリアンはふと笑みを漏らした。
診療所のほうの手が空くと、自力で動けないものをクレアが出張してテントまで搬送してくる。
「優先順位も見極めないといけないからね」
シウは手際よく治療する順番を決めていく。あまりに衰弱の程度がひどければ、H.O.P.E.に連絡をして入院の手続きを取る。
「あのう……」
「どうかしましたか?」
ひと段落ついたころ、住民の一人が診療所を訪ねてきた。
「祖父が、『どうしてもH.O.P.E.の治療は受けない』と言っていて。それだけならまだしも、なんていうか、影響力を持っているだけに、ちょっとほかの人までいかないと言い出してるんです」
「なるほど、僕らの出番かな」
シウは朗らかに言った。
「帰ってくれ」
「お話だけでも……」
「ワシの決意は変わらんぞ、H.O.P.E.のものは信用できん!」
鼻先でドアを閉められる寸前で、共鳴したシウらは呪文を唱える。ライヴスの光線がほとばしると、老人は不思議と意地を張るのをやめた。
「まあ、話くらいなら聞いてやってもいい」
老人がエージェントを招き入れると、近所の人たちは動揺した。普段から、ものすごく頑固な人物なのだろう。
「お茶、飲む?」
九龍がゆっくりとお茶を淹れる。
「言っておくが……まだ治療する気はないからな」
「……持ってるお菓子、一緒に、食べよ」
「ムム……頂こう」
「一筋縄ではいかないね」
「でも、これで気が変わった人もいるんじゃないかな」
有力者がエージェントを招き入れたことで、かたくなに治療を拒んでいたものの態度も和らいだ。シウは近隣の住民から、連鎖的に治療が必要そうなものの情報を得ながら治療に向かう。
「そういえば、シウお兄さんの仕事姿みるの初めてだね。真面目な時は恰好良く見えるのに直にバカな事ばっかりするんだから……」
「なんか言った? それより包帯巻くの手伝ってくれないかい?」
黒絵はふと思った。なんとなく普段知らない一面を見たような気持ちだ。
治療にあたるシウの手伝いをしながら、そそくさと月詠が差し入れをする。
(……子供、演じる。きっと、治療、受けてくれる?)
孫ほどの年齢の子供に見える九龍である。怒鳴りつけるようなこともできない。とぎれとぎれの会話ではあるが、中国とは縁の浅からぬ九龍である。自然と話も弾み、老人が気を許しつつあるのが分かった。
なにより、純粋に雑談をしていくにつれて、自分がつまらない意地を張っているのに気が付き始めたのだろう。自分から言い出せないだけで、きっかけがあればよいのだ。
「大切な人がいるはずです」
頃合いを見て、リリアンは最後のひと押しをする。
「家族、友人、それらとの大切な時間を失うことと一時の意地、どちらが大切なのでしょうか。よくお考えになってください」
しばらくの沈黙ののち。
「分かった、分かった、ワシの負けじゃ……」
「本当?」
九龍の言葉に、老人は頷く。
「これ以上迷惑もかけられん。こちらから出向くとしよう」
老人は重い腰を上げた。主人の説得がうまくいった様子に、月詠は胸中で胸をなでおろすのだった。
●復興の槌音高く!
入り組んだ市街地は、九龍深城で最も混沌とした場所である。
『おやおや、酷いもんだねぇ』
「色々崩れちゃってるね」
ランカ(aa3903)とハイドラ(aa3903hero001)は、殺風景に崩れている町並みを見て顔を見合わせる。
「どっこもかしこも手が足りてねべな」
齶田 米衛門(aa1482)はがれきの散らばる市街地を見て、気合を入れて腕をまくる。
「んなばやる事は単純、どっからやりゃ良いか話しっこ聞くスべ」
『な、な……』
香港の菓子が又食える。
そう聞かされていたキリル ブラックモア(aa1048hero001)は、この光景を見てしばし呆気にとられて黙りこむ。我に返り、キリルは弥刀 一二三(aa1048)を怒鳴り付けた。
『き、貴様……! 私を騙したな!』
「ちゃ、ちゃいますて! 食べ歩き前に一仕事しよっちゅうだけやて! 働いた後のが甘いモン、美味いどすやろ……?」
弥刀は及び腰になりながら、キリルになんとか頼み込んだ。キリルは納得いかない顔ながらも、やはり最後には頷くのだった。
「多くを壊された事で世の注目が集まってます。伝統を生かしつつ前より強く美しい町に、ここの底力を世に見せましょう」
荒木 拓海(aa1049)の鼓舞に、エージェントは応と答える。
「連絡はスマートフォンで取れるようにしとくッスな」
「うち、地図に印付けて周ります」
(現地の人は作戦に不満とかあったかな?)
齶田とランカは、作業をしながら住民に意見を聞いてみる。
住宅の被害を受けたからか、はたまた、治安の悪いスラム街だからなのか。復興に積極的な住民も多くいるが、敵意をもった視線を向けてくる住民もまた少なくはない。一方で古龍幇の停戦がなったことからか、わきまえて妙な行動をとるものもそうそうはいないのだが。
「そう。困ったら言って」
必要がないと言われれば、ランカは素直に引き下がる。
「活動を理解してもらうって、なんだか難しそうだね」
『瓦礫だらけだな、オレ等はやれる事やるだけだ』
スノー ヴェイツ(aa1482hero001)の言葉に、齶田は頷く。
「そりゃそうッスな」
『何にせよ、まずは片付けからだねぇ』
齶田とスノー、ランカとハイドラは、それぞれにがれきの山を持ち上げてのけた。
(町を前より住み良くし住民と縁を深める……)
一方的に作業を請け負い、復興するだけでは不十分だ。『大いに住民に手伝って貰い』ながら、作業を進めるのがベスト。
そのために、どうすればいいか。荒木が打った手は、「町の長老や古龍幇の幹部と会う」というものだ。
「ふむ……筋を通すというやつかの」
アーヴィンは頷き、H.O.P.E.へと連絡を取る。
住民に理解して貰るように尽くせば、きっと分かってもらえる。荒木はそう考えていた。
「これ、どうすんべか」
「ああ、親父の時計だ。でもなあ」
壊れた時計を前に、住民はぽりぽりと頭を掻いた。
「もう動いてないし、捨ててくれても」
「思い出のもんとかあるべ、本職でねーがら完全には出来ねども何とかするッスよ」
一見、ガラクタのように見えるものも、齶田は丁寧に拾い上げる。
「木彫り細工なばやった事あっから得意なんだども繊細な機械とかはちっと難しがもな」
「工作なら少しできる。手伝う?」
ランカは器用にパーツをそろえなおす。その間、齶田は丁寧に部品を拾い集めた。
作業を進めるエージェントたちに、物珍しさか、子供たちがそろそろと寄ってきた。大人があわてて引き留めようとしたのだが、齶田は気にするなという風にひらひらと手を振る。
『ちみっこ共これでも食らえー、今にここに居る兄ちゃん達がマシにしてくれっからな!』
スノーはチョコレートと飴を配りながら、崩れかけたり危ない場所に行かないように気を配る。
「許可がでたよ! 『好きにしてくれ』だって」
荒木がうれしそうに戻ってきた。これで、腰を入れて本格的な工事に取り掛かれる。
「怪しい奴がいた」
キリルが不審者を捕縛したことを伝える。
「ち、ちげえよ、見てただけで。腹がすいちまってさ、……いやー」
人が集まってくると、キリルは弥刀の後ろにさっと引っ込んでしまう。
「せっかくだから、手伝ってもらうのは?」
『んだ、人が足りてね』
「まさか、下手な真似はしないと思うよ」
『自由だねぇ』
ハイドラはじみじみと街並みを眺める。改築に改築を重ね、道路まではみ出した違法建築。曲がりくねった道と、乱雑に立ち並ぶ建物。
「里でもわりと自由に家を建ててたし……住民同士でトラブルが起きないなら、いいんじゃない?」
(これ、使えそうだ)
伝統模様の刻まれた古い柱を掘り起こしながら、荒木は考えた。以前の面影と味を残しつつ、救急車などが移動し易い道路整備。
「いいから、元通りにしてくれ。兄ちゃん、うちは3代前からここに住んでんだ」
『上の決めるルールとやらも、大事な時はあるからねぇ』
スノーは豪快に張り出した家の一部を見上げながら言った。
「道路にはみ出さんでももっとええ家に出来まっせ」
「ホントか?」
某リフォーム番組を全て見たきた一二三である。持ち主の要望を探りつつ、図面を引いて、好みの家を提案する。
「な、なるほど……」
その自由な発想に、住民はうなる。一見荒唐無稽に思えるアイディアだが、きちんと実用性を兼ね備えている。さすがに今日で全部完成とはいかないが、それでもできる作業はある。
荒木は図面を眺めながら、家事動線の観点から効率の良い配置に微調整する。
「商家なら、こうやって……こう」
「うむむ」
商品配置等で売上げを増す作りへと改造されている。しかも、前よりもコンパクトだ。
H.O.P.E.のエージェントはまさしく、匠。――そういう評判が残ったとか、残ってないとか。
いざ基礎を動かそうとなったとき。不自然に曲がりくねる配管に出くわし、エージェントたちは頭を悩ませる。
「物を図面通りにするのは大変そう。図面を直した方が楽じゃない?」
「こっちのがええんとちゃいます?」
「ここ、通路じゃなくて、こっちに配管掘ってもいいかな?」
「ああ、俺たちもそうしたいんだが、地面が堅くて掘れないんだよなあ」
「掘ろうか?」
ランカはハリモグラの獣人である。穴掘りならばお手の物。管を傷つけないように、器用にざくざくと掘り進む。
それからはとてもスムーズだった。
ザックザック、トンテンカン。
にぎやかな工事の音が響き渡る。
「応急処置程度にはなんべ、しっかと直すってなっど本職来ねばな。素人仕事は余計にいぐね」
倒壊しそうな壁に向かって、齶田は慣れた手つきでウレタン噴射機を噴射する。
「最近こいつを良く使うがら使い方覚えちまったしな」
「防寒、断熱効果もありまっせ」
弥刀はウレタンを防火材の壁の間に吹きかける。住民は感心したようにそれを見ている。
「そっちはどうだ?」
『手伝うことがあったら、言ってくださいね』
スリの退治を終えた真壁とセラフィナが作業に加わる。一人また一人、手の空いたものがやってくる。
あらかたの仕事が終わった。一息ついてみれば、そこには荒廃した風景はない。
「お仕事おわり。それじゃあね」
「おい。待て待て。……いや、差し入れだ」
住民がランカを引き留め、飲み物と軽食を持ってきた。休憩タイムとなりそうだ。同じ作業をした一体感からか、すぐに打ち解けあうことができた。
「こっだけの事があったんだ、不安で眠れねェって人も居んべ。話しっこ聞くッスよ、ドンと来いじゃ」
齶田は胸を叩く。
「オレたちも、なんでも聞くよ」
荒木の言葉に、住民は感嘆の声を漏らす。
「H.O.P.E.の人たちって意外と気さくなんだな……」
「ねえ、こんなのどうだろう?」
荒木はいそいそとゲーム盤を取り出した。
「おお! ええもんもってはりますな」
「いっちょ張るか?」
「もちろん!」
荒木の返答に、住民たちは一同に沸く。
「最近、どうにも眠れなくって……」
齶田の周りは、いよいよ人生相談の趣を呈していた。
「んだばこれ、やる」
齶田は錠剤を差し出した。
「おい、こんな高価そうなものいいのか?」
齶田は頷く。住民は何度も礼を言う。
「うーん、これじゃ物足りないな」
「腹減っとったら炊き出し、暇やったら何や出しモンも催すらしいで!
携帯食料に文句を言う住民に、弥刀は言った。
皆で力合わせ新たな町を作り上げる喜び。荒木の意図した喜びが、そこには満ちている。辺りはにぎやかだった。
●夕暮れと、ケンカ騒ぎ
沈みつつある夕暮れ。九龍の煙管から煙が立ち上る。
治療を終えてから、20は超えているということを伝えると、老人は、驚きつつも酒に誘った。
「いやはや、全く気が付かんかったよ」
「少しもですか?」
月詠の問いかけに、老人はにこにこと笑うまでだ。酒が入って上機嫌なのか、頑固さは和らいでいる。
九龍の立場は、ややも特殊だ。老人は気が付いていて知らないふりをしたのかもしれないし、全く気が付いていなかったのかもしれない。どちらなのかは、推して知るべし。
「お酒も適量であれば「長寿の薬」とも言いますからね」
ゆったりと一杯を飲み干し、急ぎ手を伸ばした九龍に対して、月詠はにっこりと笑って瓶をとると、わざとゆっくりと酒を注ぐ。ペースを調整するのも彼の仕事だ。
『随分と雑然としておるの。火を放ったらよく燃えそうだ』
テミヌ(aa0866hero001)は悠然と夕日に照らされた九龍深城を眺める。
「燃やしては困ります。我々は復興協力に来ているのですから」
石井 菊次郎(aa0866)は言う。
『……それにしては少々敵意に満ちては居らぬか?』
「……それをほぐす為の協力です。多少押し付けがましいのは仕方無いでしょう」
『くだらぬ……何かを消し炭にする仕事が出来たら呼ぶが良い』
テミヌはつまらなそうに言った。夕日に染まり、町は燃えるように赤々としている。
「さて、仰せつかったのは良いですが……喧嘩の仲裁と言うとちょっとした事の様ですが、司法権の行使そのもの。警察と一緒になって余り勝手にやると古龍幇を刺激しますね」
しばらく歩くと、すぐにそれらしき人間を見つけた。石井は悠然と古龍幇らしき地回りに近づくと、協力させてくれと申し出る。
「ああ……? ああ。間に合ってる」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう、古龍幇は驚いた様子を見せた。断られるのはもちろん想定内だ。そして、人では間違いなく足りていない。石井は拒絶も何食わぬ顔で古龍幇に付いて行く。
「お気に為さらずに……中々楽しい街ですね」
「っけ」
地回りも、それ以上何も言わず、石井がついてくるままにしている。
椋実(aa3877)は、裏通りを立体的に動いている。屋根や壁を伝うその動きは、さながら蜥蜴の様だった。爬虫類のように変化した目が、香港の雑踏を見下ろす。動くたびに、蜥蜴のしっぽが揺れた。
「んーちょっと似てる」
【……前の所とか?】
幻想蝶から、朱殷(aa3877hero001)は椋実に問いかける。
「……いいおもいでは無いけど、生き延びる術はみにつけたしね」
【……ここも別れ時なのかもな】
(強制はしない……今を生きているだけで幸せな人はいっぱいいる)
こういった裏路地を通ると、いろいろな感慨がわいてくる。
ふと、椋実は怒鳴り声を聞いて足を止めた。
【止めんのか?】
「ちょっとは発散ひつよう」
じっと見てしばし、つかみあっている男たちを眺める。
「んーと刃物もないみたいだしいいや」
【基準がおかしいからな?】
それでも、椋実は首を横に振る。杓子定規にははかれない、その街の暮らしというものがあるのだ。
ぐすんぐすんと泣く声がして、椋実は顔をのぞかせる。
「どーした? 迷子かー」
すすり泣きの声の正体は、小さな女の子だった。女の子は、どこからともなく表れた椋実に目を丸くしている。
「だ、だれえ?」
「ん、朱殷でていいよ」
【なんだ出番か?】
女の子の視界を、輝く紫紺の毛色が覆いつくす。見上げれば、そこに立っていたのは、筋肉質な鳥人――朱殷だ。
「肩にのせてあげてー」
【なんだ、そんなことか】
朱殷はしゃがみこみ、男の子を担ぐと、椋実をまねく。
「いやわたしはいいの」
【はっはっは! 照れるなよ! いっしょにな探そうぜ!!】
「照れてないー!」
話を聞くに、どうやら、お使いをしていたら道が分からなくなったそうだ。
「案内所いく?」
【広い場所に出れば分かるんじゃないか】
広場に出ると、女の子は、安心したように泣き止んだ。
夕方、いっそう呼び込みの声を激しくする屋台の群れが目に入る。ちょうど明かりをつけ始めたころのようで、まばらに看板や提灯が光っている。
「あ、おいしそうだねー」
【主、人数分くれ!】
「はい、どうぞーお腹もすいたでしょ?」
椋実は朱殷に串揚げを差し出す。揚げ物のほうを差し出したつもりだったのだが、朱殷は焼き鳥のほうを取った。
【お、美味いな! これ!!】
「それ鶏肉……」
【気にならんな!!】
「あ、そう……」
腹を満たして、男の子の親も見つかり、ちょうど一息ついたころ。
「なんだよ、テメエ……」
「やんのか!?」
通りから、ケンカの声がした。きらりと光るナイフを見とがめ、椋実は信じられないほど素早く動く。腕に手刀を食らわせると、そのまま体を回転させ、もう片方に尻尾を食らわせる。
「うわっ!?」
「お、おい」
周りの人間が反応する間もなかった。、足払いをかまし、武器をはねのける。カランと乾いた音がして、地面にナイフがぶつかった。
「わたし達がせっかく助けた命、死にたいなら見えないところでやって…!」
椋実の真剣な様子に、男らは顔を見合わせる。
「そうそう、ケンカにもルールがあるよな」
そこへ現れたのは、五々六(aa1568hero001)だった。
「わ、悪かったよ……もうしねえ……」
冷や汗をかきながら、男らは引き下がる。
「ガス抜きの場くらい、あっていい。ただし、刃物はダメだ」
【どうする?】
椋実は五々六をじっと見たが、同じ考えの持ち主とみて、頷いた。五々六はひらひらと手を振る。
「危ねえとこ助けてやったんだから、無条件で俺たちのルールに従え……ってか。正義ヅラした悪党ってなぁ怖いね」
かつてスラムの名もなき孤児であった五々六は、住民たち寄りの視点を持つ。依頼も積極的にこなす気はなく、適当に働いた振りだけして帰る所存であった。ケンカを見つけた五々六は、即座に賭けの胴元を始めた。
「おぅらテメエ! 気張れや!」
「俺はノッポに賭けるぜ!」
刃物禁止、目つぶし禁止。
最低限のルールさえ用意してやれば、ただの殴り合いもゲームに変わる。
(それがHOPEにとって、違法であろうとも、な)
無法に見える地にも、その場所なりの法がある。五々六の考えでは、「HOPE好みの勝手な法」を押しつけ、それをいきなり厳守させようなど、ただの侵略行為だ。しこりが残るに決まってる。何よりも楽しそうなのだった。
五々六が賭けを初めてしばらく。騒ぎを聞きつけ、石井と同行していた古龍幇は青ざめる。
「まずい、くそ、おとなしくしろとあれほど! 古龍幇が、今、H.O.P.E.と何かあったらまずい!」
「ぐお……おい、リンカーだ!」
「やべえ、ずらかるぞ!」
五々六はは、居合わせた人々に指示を出しながら一緒に逃げる。一連の流れで、明らかな連帯が生まれている。
「あとで合流だ! どっかいいところはねえか?」
「それなら……ごにょごにょ」
ばらけるように逃げつつ、合流をもくろむ。
「皆さま少し頭に血が上って居る様ですので、色々下げてみましょう」
石井は、古龍幇に離れているように言うと、ライヴスの結界を張り巡らせる。
「やべえ、捕まった」
「なんだ? 能力者……か」
状況を飲み込めない古龍幇の男に、石井は言う。
「その人物は……マガツヒの構成員で見た事が? HOPEのデータベースで調べてみましょう。後でご連絡します」
古龍幇が去ったところで、石井は五々六に向き直る。
「ほどほどにしてくださいね」
「へいへい」
謝りながらも、五々六に反省の色はあまりない。この後は、すぐさま合流場所に向かう所存である。
(違法だけど安全な地下ファイトクラブ、の設営とかできれば言うことなし)
「……これって。ただ本人が楽しんでるだけだよね、トラ」
獅子ヶ谷 七海(aa1568)はあきれた様に楽しそうな英雄を見る。始末書を書くのは慣れている。
にぎやかな香港。
【人を守るってのもいいもんだろ?】
「……うん」
椋実は屋根の上から九龍深城を見下ろす。変わらないようでいて、良い方向に進展したような空気。
「古龍幣との停戦会議も近い。九龍深城の復興や治安維持にHOPEが尽力したという事実は、意義深いな…。あとは、特使の任務……どこまで果たせるか。待ってろよ、劉大人……!」
スリを捕縛した狒村は来るべき任務に闘志を燃やす。
「その、あれだ、良ければ……だが!」
【お疲れ様ってことでねぇ。皆でどうかなぁ?】
賢木は真壁らを食事に誘う。
『お仕事も終わったし、屋台が回れますね、クロさん!』
「ああ」
「ルナは何してるのかしら? 自分に出来る事を探してくるって言ってたけど……」
世良はきょろきょろと相棒を探す。
「えーと、広場でH.O.P.E.有志による劇、<コンメディア・デラルテ>が始まります。みなさま、誘い合わせの上、お越しください」
木霊のアナウンスが流れた。
(ねえ! 劇だって!)
ドロシーが嬉しそうに鋼野をせっつく。
あちこちで誰かを誘う声が飛び交った。
●終劇『コンメディア・デラルテ』
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)とマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は大まかな段取りを確認しあう。
『演劇をやるの? アタシもその中に入れてくれない?』
ルナの申し出を、アンジェリカは快く受け入れる。
「もちろん! ええっと、ルナさんにはカンタピーノの娘役をしてもらうね」
イタリア発祥の即興劇だ。本格的な台本はいらない。メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は手寧に衣装を揃えつつ、小物と照明を確認する。
『男の人をボコボコにするシーンがあるの? それなら、アタシの往復ビンタが活躍出来るわね♪』
ルナはとても張り切っている。
「照明はこんなものかな」
復興作業から戻った荒木がせっせと椅子を並べていく。
何かできることがあればと、住民もあちらから申し出てきた。
「あら、すごく楽しそうにやってるわね」
世良は、演劇をしているルナ達を見つけた。
「イタリア劇だって、難しいかな?」
「フン。H.O.P.E.がなにやったところで……」
「って言いながら見に来るんだもんな、爺。おう、応援してるぜ!」
「さ、サインください!」
広場は満員御礼だ。椅子は到底足りず、ござやレジャーシートが敷かれている。行儀よく座っているものもいれば、なにかをつまみながら立ち見するものもいる。
開演前にがやがやとにぎやかにしていた住民たちは、開幕の合図とともに、言葉を割れんばかりの拍手にかえた。
あでやかな道化師の衣装をまとったアンジェリカとルナが、スポットライトを背に舞台に上がる。
「よ、嬢ちゃん!!!」
客のヤジに、どっと笑い声が満ちる。泥酔した客の一人が、アンジェリカのスカートに手を伸ばそうとした。メリッサはすかさず当身を食らわせる。
『お客様お静かに……あら、寝ちゃったわね……』
アンジェリカは軽快に軽快にタンバリンを打ち鳴らすと、歌い始める。
『ああ愛しのアルレッキーノ、貴方は今何処?』
華麗な歌声があたりに響き渡ると、客席は飲まれるようにアンジェリカの歌声に耳を傾けた。 マルコの役どころは、色欲商人パンタネロ。マルコが舞台に上がると、再び拍手が巻き起こる。
「おお、なんと美しいご婦人の多い事よ」
マルコはよく通る声で、観客の女性陣に声をかける。きゃーきゃーという歓声が辺りを飛び交う。マルコは客席を見渡した後、ゆっくりとコロンビーナとカンタピーノの娘の手を取る。
「されどそなたらに敵う者はおらん」
良いではないか、良いではないか。劇になんともコミカルなテイストが混じり、歓声と笑い声が満ちる。
アンジェリカ扮するコロンビーナは、マルコを軽快に躱しながら、タンバリンでパンパン打ち据える。まるでどつき漫才の様なテンポ。観客席は大賑わいだ。
「がんばれー!」
「やっちゃえ、コロンビーナ!」
「一緒にこの色情魔を追い払いましょう!」
アンジェリカがルナと女性観客に呼びかけると、客席は大いに沸いた。様々なものが飛んでくる。
「えい、えい!」
ルナの往復ビンタがマルコに炸裂する。
「おっとっと」
観客とコロンビーナに舞台袖へと押しやられたパンタネロは、たまらず、ほうほうの態で劇から退場する。
舞台の袖で、メリッサが衣装を手渡す。マルコは物陰でアルレッキーノの衣装を纏い、再び舞台へと登場した。トリックスターの登場に、会場は大いににぎわった。
「ブラボー、ブラボー!」
歓声が飛ぶ。
コロンビーナはアルレッキーノの手を取り、タンバリンを打ち鳴らしつつ、ルナの手をとる。「皆さんもご一緒に」
歌い、踊りの、庶民的な歌劇が始まる。手拍子とともに、一人、また一人と立ち上がる。歌に合わせて住民が踊る。
幾度とないアンコールが飛び交い、拍手はやまない。
(演劇って、人の前に出るのって、こんなに楽しい事なんだ……!)
ルナは息を切らせながら、達成感に打ち震える。
「楽しかったよね?」
アンジェリカは満足そうに汗をぬぐう。
『杏奈! 見てたのね。どうだった?』
「とっても楽しめたわよ♪」
杏奈の言葉に、ルナは笑顔を見せる。
世界で有数の安全な町。その異名を真にものにした香港の夜は、こうして更けていく。香港を覆う結界が、オーロラのようにきらめいた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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