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【相談卓】旅のしおり
最終発言2016/05/06 20:22:25 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/05/01 22:08:31
オープニング
●実は
「悩み事と言うものは尽きない」
劉士文の溜息が深い。
H.O.P.E.と古龍幇の交渉が大詰めを迎えている。
近々、エージェントとの場も設けられることになっており、そこで最終局面を迎えるだろう。
「……劉様」
秘書の1人が気遣い、彼の目の前にお茶を置く。
「……判っているさ。これは予想出来た。だが──」
士文は茶に口をつけ、一言。
親子程年齢が離れていると、流石に考えの全てを見通すことなど出来ないものだ、と。
彼の目にはスマートフォンが映っており、その脳裏には先程まで話していたある『少年』の顔が過ぎっていた。
毎日顔を合わせている訳ではなく、会話に関しても同じであるが、親である『あの方』から息子である『少年』の話をよく聞いていた。
厳つい顔もその時ばかりは綻んで──
●燻る少年
少年はスマートフォンを握り締めながら怒りに震えていた。
「納得出来ねぇ!!」
「落ち着け、晃」
少年、晃へ声を掛けるのは、傍にいた中年の男だ。
強面にスーツとあれば、それだけで子供が泣き出しそうであるが、男はその外見に見合わぬ穏やかな言葉を続けた。
「お前も理解はしているんだろう? どれだけ自分が立てて貰っているか」
「……」
晃は沈黙する。
「お前がどんなに小泉孝蔵の後継者たる息子であっても、小泉組をまともに動かす権利もない17歳の高校生に過ぎないのは事実だ。お前を無視して事を進めることも出来るのに、何故、劉士文がお前へ何度も納得するよう電話をしてきているかを考えろ」
「そうだけど、ヴェルナー、親父はH.O.P.E.の所為で死んだんだぞ、解ってるのか!?」
そう、彼、小泉晃は、小泉孝蔵の1人息子である。
孝蔵は若くに妻を病で喪って以後独り身であったが、長年自身を支えてくれていた女性を後妻に向かえ、老境に差し掛かってから生まれた、孫程も年齢差があるこの息子をとても可愛がっていた。
晃も孝蔵が誇りであり、いつか父親のようになりたいと思い、頭が悪いだけではダメ、腕っ節が弱くてはダメと自分を磨いていたのである。
孝蔵は将来が楽しみだとしながらも、多くを経験するよう言ってきたのだ、が。
「理解している。お前はH.O.P.E.に内通者がいたのが原因だと言うが、古龍幇内部にも手は伸びていた。極秘の話し合いの場が漏れたのがどちらかであるかを正確に確かめる術はない」
「話し合いをしなければ、親父は死ななかった! H.O.P.E.は謝ってないだろ!?」
「それだけで組織が動かないのは知っているな? 感情的な部分は差し置き、お前に声を掛けてくる連中とお前は同じ意見か?」
晃は、その言葉に詰まった。
和議へ反対する自分へ、大人達は声を掛けてくる。
何も協力的な姿勢を見せる必要はない。相互不干渉でいい。和議を結ぶ必要はない。
幇の利益はどこにある。信で繋がる我らは──
違う、違う、違う!
何で、誰も親父のこと言わないんだ!!
まず、そこからじゃないのか!?
行き場のない怒りに震える少年を見、ヴェルナーと呼ばれた男は溜息を吐いた。
●平和的にガス抜きと説得
「……ということですの」
霍凛雪(az0049)が、溜息混じりに事情を説明した。
エージェントを交えての交渉の場へ向けて士文と調整している彼女は、その士文から「ひとり若い幹部が反対しているから説得していただきたい」と言われたそうだ。
その若い幹部とは、小泉晃──小泉孝蔵の息子であり、いずれ小泉組を束ねることになる人物である、と。
「亡き小泉孝蔵氏が束ねていた小泉組も古龍幇へ参加していました。主に関東の勢力ですが、日本でも最大勢力のひとつであるとか。歌舞伎町を始めとする歓楽街には必ず1枚噛んでいますね。能力者も多数いるようですが、香港の戦いに派遣されていることより、関東が手薄である状態である為、何かの拍子に暴走する輩が出るやもしれませんね」
湖残(az0049hero001)が凛雪の説明を補足する。
H.O.P.E.としてはここで停戦だけではなく、古龍幇の合法化や対愚神関係での協力関係も引き出したい、と考えているが、殺された小泉孝蔵の息子が反対の声を上げていると、それも難しくなるやもしれない。
「話を聞いた限りですが、実権はなさそうですね。劉士文が組織全体で見ればまだ若造と侮られる少年へそう声を掛け、こちらへ協力を要請するということは、小泉孝蔵の願いであると判断しているからですか」
「恐らくそうですわね」
蒼 星狼(az0052)が問うと、凛雪は自身も同じ見解と伝えた。
「彼は大人と敬っていた小泉氏の息子にも納得して貰いたいのでしょう。小泉晃は能力者とのことで、その英雄ヴェルナー・デ・ジョルジ氏が劉士文へ内密に連絡してくださったことには、頭では理解している。本気で我々を憎んでいる訳ではない。政治的な思惑もなく、当初の誤解もあって、感情が納得していない。やり場を見出せない、とのことで」
文武両道の、はねっかえり成分ある熱血漢。
引っ込みがつかなくなっている部分もあるだろうが、その心中を洗いざらい吐き、スッキリさせる──所謂ガス抜きが必要。
それは、H.O.P.E.である方がいいというのが士文の判断だ。
「とは言え、私も年頃の男の子となりますと、扱いに困りますわね」
「平和に解決のぅ」
「ジジイ、てめぇ黙ってろ」
ショタジジイ枠のデイ・ブレイク(az0052hero001)がロリババア枠の凛雪と悩むのを見て、星狼が頬をひくつかせる。
「あちらには見極めるよう言っておるなら、一宿一飯はどうじゃろ。確かマクラナゲなる伝統の儀式が友好に良いと聞いた。ならば、わしらもその儀式を行えば良いのじゃ。ま、相手が子供と思うなら、万の言葉より、一の行動をさせて発散させた方が早いじゃろうしな。暴発前に思いっきり発散させるならこの位の方がいいじゃろ」
「あら、聞いたことない儀式ですが……マクラナゲ、何だか楽しそうですわね」
デイの一言に枕投げを知らない凛雪が乗った。
ガチバトルだと肝心の交渉に影響が出る事態に発展しないとも限らない為、平和的に吐き出させるにはピッタリだと判断されたのである。
変に探らず、小細工なしで晃と平和的にぶつかるのが正解の近道であるだろうから。
こうして、晃の接待旅行(?)が早急に決められたのだった。
解説
●状況整理
・小泉孝蔵の息子晃が和議に反対しており、劉士文より説得要請があった。
・凛雪は一泊二日の旅行をし、彼を説得をするようエージェントへ依頼した。
●NPC情報
・小泉晃
言葉よりも態度を感じたい17歳。はねっかえり成分ある熱血漢。文武両道の能力者。
小泉孝蔵のひとり息子であり、とても愛されていた。両親大好き。実権はなくヴィランではない。フリー能力者扱い。
頭で理解しているが感情で理解したくない現状。劉士文より自身の目で見極めるよう言われ旅行へ参加。
母も幼少に死別しており、それもあって父の死が堪えている。
箱根は家族で旅行したことがあり、枕投げも楽しんだとか。勿論覗き初心者。
エージェントへのスカウトは任意(成否はプレイング次第)
・ヴェルナー・デ・ジョルジ
外見年齢40代前半の男性。晃の英雄でブレイブナイト。強面の外見に反し性格は父性的。優しくも厳しい。
晃も彼の前では弱音を吐くらしく、父親の死の報の際には唯一涙を見せた模様。
晃と共に参加、基本的に静観。
・蒼 星狼、デイ・ブレイク
旅行に同行。特になければ描写最低限。
・霍凛雪、湖残
OP登場のみ。リプレイ登場なし。
●流れ
・夕方箱根のある宿へ到着
(日中の観光描写なし)
・温泉に入る
(男女別基本全員一緒)
・食事後枕投げ
(食事最中の描写はほぼなし。枕投げは20人程度の大部屋で布団と40個程度の枕で開催)
・就寝
●注意・補足事項
・エージェント、晃とヴェルナーのみの参加。他の方はいません。
・メインは枕投げですが、温泉時や就寝前に晃へ言葉を掛けるのもOKです。
・指定あればANO(「湯煙の向こうには」OP参照)が共通の敵(笑)として登場しますが、晃巻き込みが絶対条件となります。またメインではない為扱いは軽いです。
・宿に迷惑が掛からなければ枕投げのルールは任意。
・大事なのは晃のガス抜きです。趣旨逸脱厳禁(他に任せて個別でイチャイチャ過ごす等の行動は出来ません)
リプレイ
●やってきました!
「和馬氏、温泉だよ、温泉」
「H.O.P.E.の金で温泉とか、胸熱だな」
俺氏(aa3414hero001)の隣で鹿島 和馬(aa3414)は、その旅館を見上げた。
箱根でも有数の旅館……自腹じゃとても宿泊出来ない。
これも、接待(と言っていいのか)相手の小泉晃がいてこそのものだろう。
(……これも縁、なのかねぇ)
和馬は心の中で呟き、晃の顔を見る。
父親似というのは、何となく判る。
顔立ちは整っているが、所謂甘い顔立ちをしたイケメンではない。男前、と言うべきか。優美な王子様ではなく、無骨な武人……と和馬は考え、乙女ゲームジャンルの恋愛対象に当て嵌めてどうすると自分にツッコミ入れた。
「この旅館で誰か俺を一生養ってくれないか」
鵜鬱鷹 武之(aa3506)の全方位クズ発言は聞かなかったことにしておく。
部屋は大きな離れ丸々であった。
枕投げ会場となる大広間、男女別の寝間とグレートとしてかなり高い。
霍凛雪(az0049)がそれだけ和議成功に懸けているのだろうことが伺える。
「温泉は、都合で欠席しまーす」
大浴場へという話になると、御代 つくし(aa0657)が明るく手を挙げた。
彼女にしては珍しい、と皆が思う前に晃が口を開く。
「露天はないみたいだけど、離れの個人風呂も温泉みたいだからそっち入れば」
「お言葉に甘えてっ」
つくしが支度を整えに女子側の寝間へ消えていく間にメグル(aa0657hero001)が声を掛ける。
「……親が同業だ。面識自体はない。親父から、少し聞いたことがある程度だし。聞くつもりも言うつもりもない」
「ありがとうございます」
メグルは、晃の配慮に短く礼を言った。
「だからって、納得した訳じゃない。別問題だ」
「解っています」
ある程度分別がつく人物のようだが、やはり実の父親が絡むと冷静な気持ちではいられないのだろう。
視線を感じたメグルが顔を向けると、彼の英雄のヴェルナー・デ・ジョルジが自分を見ている。
警戒しているのかと思ったが、そうではないようだ。
「お風呂大丈夫? ボク詳しくないけど、ジャパニーズマフィアって身体に絵を刻んでなかったっけ。あれあると、アウトって聞いたことあるような」
「墨はまだ入れてない。親父が墨があっては経験出来ないことを経験してから入れても何も遅くないって言ってたから」
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が尋ねてみると、晃はそう答えた。
(かなり愛されていたのだろうな。故にキミカにとっても実りある時であってほしいものだ)
ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)はそのやり取りを聞きながら、努々 キミカ(aa0002)を見る。
キミカは、小泉孝蔵と面識があった。朋とも言って貰えた。それ故に、落ち着いた今沈んでしまっているのだ。
(世話が焼けるな……。だが、こういう時こそ相棒を支えるのが英雄の在り方よ)
「俺氏も大きな温泉はパスするよ。獣毛が浴槽に浮かんでは申し訳ないからね」
俺氏の言葉に皆獣毛って何と思ったが、俺氏は俺氏なので、個人風呂組。
メグルもつくしに付き合う名目で個人風呂組。
「うちらも個人風呂組」
弥刀 一二三(aa1048)が軽く手を挙げる。
一二三の背後にはキリル ブラックモア(aa1048hero001)がおり、どう見ても人見知りのキリルにはハードルが高い案件であると判断したらしく、無理強いするのもということで、こちらも個人風呂組。
個人風呂組は順番決めてそれぞれ入る為、何も問題はない。
「ところで、マルコさん。晃さんに変なコト教えないでよ?」
「変なコト? 俺は変なコトは教えないぞ」
アンジェリカは釘を刺すのを忘れないが、当のマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は楽しそうな顔を崩さない。
嘘くさい。
アンジェリカは更に注意をと思い、口を開こうとした瞬間──
「和馬くん、一応言っておくけど覗きは犯罪だよ」
「ちょ、武之!? ば、馬鹿言うなよ、覗きとかそんな、俺がするわけねぇですよ?」
「覗いてる位なら俺を養ってよ」
「断定ー!?」
「ねぇねぇ、何を覗くの?」
「それ楽しいのか?」
武之と和馬のやり取りにザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)と呉 琳(aa3404)が加わった。
「さて、女性陣の支度も整いましたし、そろそろ温泉に移動しましょう」
が、濤(aa3404hero001)が咳払いして中断させる。
「覗きって言えば、俺最近被害に遭った。男の見て何が楽しいんだか」
晃の呟きに反応したのは、構築の魔女(aa0281hero001)だ。
「覗きに遭われた……。失礼ですが、姿は見られました?」
「黒装束って感じで、ターゲットの筋肉がどうとかって。ヴェルナーが周辺見回ったけど、見つけられなかった」
「まさか……」
構築の魔女が顔色を変える。
「以前、私はANOという、非能力者の隠密機構の任務を阻む任務に携わったことがあります」
「ANO?」
「Asia Nozoki Organization……アジア覗き機構、です。ふざけた名称ですが、実在の団体です」
「ロロ……」
辺是 落児(aa0281)も重々しく頷く。
「ANO側に情報が漏れてないといいのですが……」
「そんな情報集める位なら俺を養って欲しい」
構築の魔女の呟きに武之が反応したが、武之は色々手遅れなので皆ツッコミしないでおいた。
個人風呂組に見送られ、全員温泉へ出発。
その頃──
「ターゲット移動しました」
「エージェントが一緒である為、ミッションレベルが上がるが……」
「覗く」
「我ら任務を果たすのみ」
世の中そんなに甘くないから、やっぱりANOはいた。
●個人風呂組は平和に準備中
「食事前に準備してた方がいいと思うんですよっ」
「それは言えてるね、つくし氏。まくらも俺氏程のふわふわでないにしても当たっても痛くない代物だよ」
先んじて個人風呂から出たつくし、俺氏が皆戻ってくる前に枕投げ準備中。
大きな離れであった為、2つあった個人風呂、効率よく使っているのだ。
自身の『事情』で大浴場関係がアウトのつくし、そしていつの間にという速さの俺氏はほこほこスタイルで布団を並べている。
「先にいただいて悪いかなと言う気はしたけどね。いい温泉だったよ」
「大きな方だと景色も綺麗みたいですしね」
きっと楽しんでるだろうな、とつくし。
そこへ、メグルが戻ってきた。
「どうでしょう。不穏な団体が晃さんをターゲットにしているみたいですし」
「不穏って言うか……妙?」
「そうとも言います」
後ろから来た一二三が会話に加わると、メグルは重々しく頷いた。
「こちらがエージェントであると知る程度には情報収集力があるようですが、ヴィランズではないそうで」
「非能力者という話どしたなぁ」
やれやれ、と溜息を吐く一二三。
幸いこちらの個人風呂は露天がない為、覗かれるような心配はなかったが。
(ただでさえ、人が仰山おって文句言われとるのに)
キリルを甘味で釣ったはいいが、観光地の人の多さを教えていなかった為、日中キリルの硬直回数は半端なかった。
目に付くスイーツ類を経費の名の下買いまくり、キリルにこっそり与えていたりという涙ぐましい努力をしていたのだ(尚、キリルは甘味苦手であるように振舞っているので、人前では簡単に食べてくれないのだ)
「今の内に枕投げの籤でも作っておきましょうか」
「せやな」
メグルの提案に一二三も賛成。
平等になるようにと籤引きを作っていく。
「皆、遅くないか?」
キリルが出て来た所で、首を傾げる。
人見知りレベルが高い為、逆に人の出入りに敏感なのだ。
「言われてみれば」
全員入り終わっているのにまだ誰も帰ってきていない。
ANOがいて、戦ってるとか?
まっさかー!
が、世の中そういうものであると記しておく。
●平和じゃない大浴場
さて、ちょうど個人風呂組も順番にお風呂を楽しんでいる頃──
「……小泉さんの息子、だね」
キミカはぽつりと呟き、景色を眺めた。
父親の面影をはっきり映した晃。
朋と称されたからこそ、キミカは小泉孝蔵を思わずにはいられない。
今日接して見て思ったことは、やはり親子であるということ。
孝蔵もこの年齢の頃は晃のようであったのだろうかと想像する程度には、似ていた。
(親がいなくなるって、どんな気持ちなんだろう……。やっぱり、辛いんだろうなぁ……)
そう思っていたら、何か騒がしい。
「ズルイ! あっちすごく楽しそう! ルゥだけ仲間はずれ!!」
ルゥルゥが男湯の会話を聞きつけ、頬を膨らませる。
自分も一緒に入ると言った所、濤が後で一緒に冷たい牛乳を飲むからこちらでと女湯へ促したのだ。
「背中流しっこしてるみたいだねー」
湯船に浸かって、鼻歌歌っていたアンジェリカが会話の内容を察する。
「日本の温泉はいいねー。イタリアの温泉とはまた違った趣があるよ」
「そうなんです?」
「イタリアだと水着着用の混浴が多いし、お湯ももうちょっと温いよ」
構築の魔女が興味を持って尋ねると、アンジェリカがイタリアの温泉事情を口にする。
すると、ルゥルゥが反応した。
「日本もイタリアと同じにすれば、リン達とも一緒に入れたのに。イタリアズルイ」
頬を膨らませたルゥルゥは温泉でぱしゃぱしゃ泳ぎ始めた。
で、男湯。
「晃! 背中流しっこしよーぜ!」
琳が積極的に晃へ声を掛けていた。
一瞬顔をしかめた晃は琳の身体をじっと見、それから「判った」と返す。
濤は顔をしかめた理由を察した。
彼は劉士文より見極めるように言われ、ここへ来ている。
割り切れていない気持ちから馴れ合いは避けたい気持ちと、自分より小柄な琳がそれらを知って尚自分に当たり前のように接する気遣いを感じ取ったからだろう。
(知らないからこそ、してやれる……その言葉通りになりそうだ)
琳は来る前に両親がいない彼に何をしてやれるかと悩んでいた。
が、変に知っているより、知らない方がいいのではないかと思い、濤は背を押した。
さて──
「見ろよ、このサラブレッドのように鍛えられ、引き締まった筋肉を……伊達に馬のワイルドブラッドじゃねぇぜ? そして、こっちの馬並みでワイルドな和馬く……」
「何じゃ騒々しい」
和馬が琳と晃へ筋肉とか色々(意味深)見せてたら、突然膝から崩れ落ちた。
デイ・ブレイク(az0052hero001)が首を傾げ、琳を見ると、琳も解らないと首を振る。
唯一、気づいたらしい落児が「ロロロ……」とぽそりと呟き、和馬が見ていた方向を見た。
「バランスのいい筋肉だな」
「あー……軍人とかじゃねぇけど、本職が肉体労働なんで」
「女性相手には体力も必」
「教育上問題ある発言はよせ」
ネイクに応じる星狼……の言葉を聞いてドヤ決めて語ろうとしたマルコを、さっきまで共に酒を軽く呑んだヴェルナーが止めている。
和馬が見たのは、彼ら……彼らに、和馬が崩れ落ちる『事情』があったのだ。
更に後ろから武之と濤がやってくる。
「筋肉とか体力とかどうでもいいよ。養って貰えれば」
「この温泉、クズへの効能はないのですか」
ない。
そうして、男湯面子、一列に並んで背中を流しっこ。
「そういや、女子も背中流しっこしてんのかな」
琳、あくまでぴゅあな気持ちから来る素朴な疑問を口にする。
「どうだろうな。確認するなら止めん」
「いや、止めろ」
「エージェントしかいねぇったって、拙いだろ」
マルコがフッと決めるが、ヴェルナーと星狼がツッコミを入れる。
「するならすれば? 養ってくれるなら参加するけど」
「養わないので参加しないでください。──琳、覗くな」
「え、しちゃいけないことなのか? ……かずま? 顔赤いぞ? どうした!? 病気か!?」
武之にツッコミした濤は、琳に言い含める。
が、和馬が真っ赤なことに気づいた琳は濤の教えどころではないようだ。
と、ここでマルコが余計なことを言いやがった。
「男として、危険に挑むのも時として必要なことだ」
※ただし、その『危険』は徹底して程度が低い。
「ならば、往かねばなるまい。な、晃!」
「え!? 俺もかよ!?」
「男としての経験をいつ積む? 今だろ!」
「なら、俺も積む!!」
和馬が晃に覗きのネタ振りをすると、琳も便乗した為、晃の退路が断たれた。
「これも経験」
「ドヤ決めてんじゃねぇよ。あいつら、タオル巻いて露天風呂に回っただろうが」
マルコのドヤを星狼が張り倒す。
「貴様らやめんか! あ、あちらには女子が……! 彼を巻き込むな!!」
濤が慌てて後を追っていく。
「そもそもこの風呂はそんなに簡単に覗けるのかの」
「通常はそうではないだろうな」
「覗きの難易度なんてどうでもいいよ。誰か養ってくれればどっちでもいい」
デイとヴェルナーへそう言いながら、武之は温泉へ戻る。
と、その時だ。
「何やら必要以上に騒がしい気がするが……?」
ネイクが屋内にまで聞こえてくる騒音に首を傾げる。
「ロロ!? ロロ――!?」
落児が必死に何か訴えるが、構築の魔女がいないので誰も解らない。
が、緊急事態であることは解るので、武之以外の全員タオルを腰に巻いた。
武之は、
「養ってくれるならいいよ」
だそうです。
で、外。
「何かいる!」
「マジ!?」
「って、体勢変えるな!」
琳がその方向に顔を向けると、湯桶をピラミッドのように積み重ねて上に上っていた和馬がその方向を強引に見ようとする。
で、よく解らない流れで付き合う晃が和馬に注意を促した瞬間──
「殺ス!」
アンジェリカの平和とは言い難い怒声と共に湯桶が和馬にクリーンヒット☆
運良く男湯の露天風呂に落ち、濤によって回収された。
「ロロ――!」
「本当ですか! 女性陣、早く屋内へ! ANOの巻き添えを食らいます!」
タオル巻いた落児が彼にしては珍しく大声を出すと、通じた構築の魔女が急いで女性陣を促す声が聞こえてくる。
「ここはお約束として『キャーッ!』って言いながら張り倒せばいいんですかね?」
「努々さん、落ち着いてください。こちらへ!」
「ルゥまだ泳ぎたい!」
「ボクはボコりたいのに!」
構築の魔女が誘導し、女湯静かになった。
そして、響き渡る声。
「ターゲット確認。標準より上と思われます。これより仔細確認します」
「ロロ!?」
瞬間、何かが素早く繰り出された。
咄嗟に前に出た落児がそれを受け、タオルがはらりと落ちる。
「ターゲット仔細確認失敗。エージェントの数が多いことより、離脱します」
が、晃は守られた。
呆然としている間にANOに逃げられてしまったが、年頃の接待相手は守られたのでよしとしよう。
ただし、代わりに被害を受けた落児は、ちょっとショックだったらしい。
「私なんであんなに混乱してたんだろ……!?」
服まで着て、やっと戻ったキミカは牛乳を手に真っ赤であった。
「見なくて良かったような、残念だったような」
「覗きなどするものではない」
異性の友人の裸を見たら赤くなる程度には男子たる琳も牛乳を手にそう言っているが、濤はルゥルゥに牛乳瓶を開けてやりながら言い含める。
絶対に見ない心意気で露天風呂に行ったが、ANOのお陰で犠牲(?)は微々たるものであった。
「タオ、ありがとう! ルゥ大好き!」
「こ! こ、ここここの位、大したことではありませんよ、ルゥさん」
牛乳飲み終わって一息つけば、戻って、皆で夕飯の時間。
ここも凛雪の手配の賜物か、豪華な食事。
接待など感じさせない色合いで、一二三や琳が晃へ声を掛けていく。
それを見ていたヴェルナーへマルコが酒を勧め、湯船の話の続き、男女の違いあれど親子程年が離れた相棒だからこそ勝手が異なる話をしている。
つくしはそれを見ていた。
(自分の大切な人がいなくなるのは、きっと苦しいし辛い)
だから、晃が割り切れないでいるのは解らない訳ではない。
自分だって、怖い。
父孝蔵が今の彼をどう思うか、という点については言えない。
自分は孝蔵ではないし、孝蔵を想う晃の前で安易に語っていいことではない。
だから、話を聞きたいと思ってる。
(晃でいいって言ってくれた。気遣ってくれた)
自己紹介の時に名前で呼んでいいか確認したら、好きにしろと言ってくれた。
見極める意味合いがあったとしても、拒絶することも出来たのにしなかった、それが嬉しい。
皆で温泉に行けないと言った自分に何も聞かなかった。今回の件と別次元の話であったとしても、嬉しい。
だから、晃の話を聞きたい。
嫌なこと、したいこと……具体的でなくてもいい、感じたこと全て聞かせて欲しい。
「届くかな」
「だから、僕達はここにいるんでしょう」
つくしの呟きにメグルがそう言うと、つくしは「そうだね」と太陽の花のように笑った。
●枕で戦う、その意味は
食事も終わり、枕投げの時間となった。
「え、枕投げ?」
晃は聞いていなかったらしく、困惑の表情を浮かべた。
が、すぐにその目を鋭くする。
「何が目的だよ。枕投げなんて」
資料には、晃が家族揃って家族旅行をしたのは箱根の1回のみとあった。
心情的配慮でその旅館は避けてあるが、箱根を選んだのはそういう意味合いもある。
孝蔵より枕投げをしたという話を聞いた記述が資料にはあり、晃にとっては思い入れがあるものなのだろう。
「君が望むことはなんだい?」
武之が枕投げなどというドメスティックなことはしないとソファで寛ぎながら、そう言った。
ぶっちゃけ養ってくれるなら説得してもいいが、そうじゃないなら他の人がすればいいという所であったのだが、琳が食後にアイスをくれたので、ちょっとだけ言う気になったのである。ここなら遭難しないし。
「父親への謝罪の言葉かい? それとも亡くなった父を思う気持ちかい?」
「な……」
「言葉が欲しいならすぐにあげるよ。『すまなかった』──これで満足かい?」
違うだろ?
武之の言葉は同情もないが敵意もない。思ったことを口にしているだけ。
「ちゃんと自分の中で燻っているものを出してごらん。俺らはそれを受止める覚悟はあるつもりだよ」
「なら、やってやろうじゃないか……」
武之、晃の点火成功。
メグルが作った籤を引く晃の目は少し据わっているように見えるが、吐き出させないことには次に進めない。
籤引き進行中、ヴェルナーが武之に声を掛けた。
「あれは俺の立場で言えなかった。そちらが言ってこそのもの。感謝する」
「そう思うなら養ってよ」
「養うのは無理だが、今度飯でも奢ろう」
武之は、1回分の飯種ゲットした。
Aチーム、Bチームの決定をメグルが丁寧に書き記していく。
「一応、物が壊れないガード比重の方はマークを付けておきますね」
Aチーム
努々 キミカ
ネイク・ベイオウーフ
マルコ・マカーリオ
呉 琳
濤
鹿島 和馬
俺氏
鵜鬱鷹 武之※名前かも
ザフル・アル・ルゥルゥ
蒼 星狼※ガード役
Bチーム
アンジェリカ・カノーヴァ
辺是 落児※ほぼ見学
構築の魔女
御代 つくし
メグル
弥刀 一二三
キリル ブラックモア※ガード役
デイ・ブレイク
小泉 晃
ヴェルナー・デ・ジョルジ
「枕投げとかいつ振りでしょうね? 怪我なく周囲に迷惑をかけないように頑張りましょう」
「色んな人狙って、勝とう! 思いっきりぶつけちゃっていいよ」
構築の魔女がきらっと目を輝かせ、作戦構築に入る横でつくしが晃へ枕を差し出した。
武之が煽った為誘いの言葉を言う必要なくなったが、気持ちよく遊んで欲しいと思う心に偽りはない。
「さっき、お前、これなら無茶しても大丈夫とか言われてなかったか。そっちのが安心出来るとか」
「あー……あはは、この所無茶が多かったから……」
つくしは、和馬と俺氏が自分へ声を掛けていたのが見られていたのかと苦笑。
実際、香港に纏わる戦いでつくしは重い傷を負うことが多く、なし得る物も大きかったが、同時に周囲の親しい者を心配させた。その自覚はある。
「思い切り投げても大丈夫です。僕やヴェルナーさんもいますし、キリルさんや星狼さんが配慮してくださるそうですから」
「せやせや! どうせなら顔面からいてこましたろ! 枕なんやし、大丈夫やろ」
「女子(おなご)の顔面は止しておいた方がええじゃろうがの」
「マルコさんは女子じゃないから遠慮しないでいいよ」
メグルがそう言うと、一二三、デイ、アンジェリカが畳み掛けるように言う。
多分、1番ぶちのめしたいのは武之のような気がするが、養えばぶちのめされてくれるだろう。多分(適当)
「――」
やる気があるのはいいこと、と落児はお茶を啜りながら、思う。
魔女殿のやる気は微妙に怖いが、魔女殿だから仕方ない。
言葉にするとこのようなことを考えた落児、構築の魔女以外にも思案しなければ行けない人材がいることにまだ気づいていない。
さて、一方のAチーム。
「私は基本見ていよう。襖などに飛んで壊したりしないよう見る者は必要だ」
「あっちも見る奴いるだろうけど、その方が助かるな。どこに飛ぶかなんて判んねぇし」
濤の申し出に星狼があっさり賛成してくれた。
「仔細理解した。正々堂々勝てば良い」
キミカから説明を聞いたらしいネイクは威風堂々。
共鳴なしがルールである為、戦力外になるであろうキミカは枕を拾う係に徹するとか。
「ルゥ、頑張ってなげるんだから! 皆でなげたらきっと楽しいのよ!」
ルゥルゥは目を輝かせ、枕を試しに投げてみては拾う動作を繰り返している。
無邪気なルゥルゥ……その愛らしさはそれ故に毒牙に掛からない。
「別チームで良かった」
ぽつりと漏らすのは、毒牙=性職者マルコだ。
アンジェリカと別チームで良かったという意味ではないと言うのは、何となく判る。
だって、マルコの視線の先にアンジェリカいないし。
「マルコ氏は集中砲火フラグを鮮やかに立てている気がするよ」
「そうなのか?」
「清々しいまでのフラグだな!」
「ごらん、琳氏、あれがフラグと言うんだよ」
和馬と俺氏が余計な知識を吹き込んでいる!
「何を変な話をしている!」
「俺氏もフラグ立ててたね、まいったまいった」
琳はフラグがそもそもよく判ってないが、俺氏が丁寧に教えようとし、気づいた濤に怒られた。
勿論俺氏、言葉とは裏腹にノーダメージである。
「フラグとかそういうのどうでもいいよ。誰か養って」
「養えないけど、まくらなげしようぜ、たけゆき! おかしあげるから!」
琳が武之の前に饅頭ドサドサーッ。
「食べ終わったらでいい?」
「いいぜ!」
琳の餌付け(?)により、武之も途中参戦する模様。
何のかんのと打ち合わせも終え、全員、枕投げ開始!
●楽しく! ガス抜き
枕が勢い良く空間を飛び交う。
「浴衣の胸元ばかり見るなこの性職者!」
「僻むなこのぺたん娘!」
アンジェリカとマルコの本音全開の枕は、ある種晃へもどうぞという促しであったが、武之の煽りが半端なく決まっていた為、改めて言う必要もなく、彼は思う様枕を投げていた。
「このイリュージョンアタックは全てが揃っていない不完全……だが、見破れるか!?」
「どう考えても白い塊隠せてないッ!!」
「俺氏の角を見落とさないのは見事だけど……」
「本命は俺だ!!」
琳が和馬と俺氏の背後から飛び出て、晃に向かって枕を投げようとし、回転が加わって飛んでくる枕に当たった。
晃のすぐ近くにいた構築の魔女のよるもので、彼女は琳が崩れ落ちるのを確認し、別の枕を拾う。
「回転をかけると、楽しく飛ぶみたいですね。あ、これどうぞ。私は自分の分確保してますので」
「ちょうどあいつの顔面がら空きや、思いっ切しぶち当てたれ!!」
一二三が和馬に投げつつ、指し示したのはネイクだ。
ネイクはキミカが集めた枕を両脇に抱え、仁王立ち。
「我こそは英雄の中の英雄、ネイク・ベイオウーぶべらっ!?」
口上途中で晃の枕がクリーンヒット。
「これしきのことで──」
「ネイク! 前、前見て! 来てる!」
どごどごっと連続命中。あ、星が散った。沼の星と違う星が流れる!
「こ、これぞ正に……お先まっくら、か……」
一旦ぱたりと倒れるネイク。
復活までちょっとだけお待ちくださいなどと言ってもいられないので、キミカはともかく枕集めをせっせと続ける。
その間も枕投げは続いていて。
「つくし、ちょっとノーコン過ぎませんか?」
「そ、そんなことないよ! さっき、星狼さんに当てたし」
「彼、ガード役じゃないですか……」
メグルが襖方向に飛んできた枕をキャッチしながら、つくしへ呆れる。
星狼はガード専念なので、メインではなく、障子付近におり、枕投げはほぼ参加していない。
「マクラナゲ、楽しいんだよ!」
ルゥルゥは武之の分までとばかりに純粋な枕投げ続行中。
琳や濤と同じチームとあり、本当に楽しんでいるようだ。馬鹿なので何も考えていない説もあるが、大事なのは楽しむことというお手本である。
勿論、晃へも枕を投げている。
「言いたい気持ちを閉じ込めちゃうと心がシクシクしちゃうしちゃうんだよ。心がシクシクしちゃうとつらいんだよ…?」
言いたいこと沢山言うといい、全部受け止める。
どう考えても何も考えていなさそうなルゥルゥだからこそ、それは上手く言えたのだろう。
「親父は! 何故死ななければならなかったんだ! 話し合いをしたりしなければ……! 皆親父の死なんかなかったように言いやがって……」
「なかったことにするつもりはないから、俺ここにいるけどなッ!」
晃の枕をガッチリホールドした和馬が逆に投げ返す。
恐らく、晃の周囲には孝蔵の死を悼むよりも別の色を含ませて近づく者が多かったのだろう。
それが余計に燻らせる原因となったのだろうが、士文のような者がいない訳ではなく、それを見落とさせる訳にはいかない。
「やれやれ……琳くんの差し入れを食べたなら頑張るしかないかな」
濤と見ていた武之がここで参戦、養ってくれオーラを纏わせた枕を投げ始めるが、養いたくない一二三はどこぞの映画のような見事な身体の逸らし方で枕を回避する。
「うちの攻防一体の必殺技喰らうといいどす!」
一二三が敵陣地に広がる布団を引っ張った。
途端、何人かがバランスを崩し、その間に皆枕を投げ出す。
「見ているだけじゃつまらんじゃろ」
「貴様、さっきから頭ばかりを狙いおって……覚悟は出来ているか!」
デイに集中攻撃を浴びた濤がキレて髪を振り乱しながら参戦。
「成長期まだだろうが! 世の中には成長期を終えてもお前のようなぺたんもいる、お前はまだ希望があるだろうが!」
「地味に失礼発言連発するな性職者!!」
「ルゥも大きくなったらおっぱいって大きくなる?」
アンジェリカとマルコの壮絶なやり取り最中にルゥルゥ参戦。
マルコが己に正直に答えるべく口を開いた。
「それは」
「口開くな!」
「え、私も聞きたい!」
「つくしあなた何言い出してるんですか」
アンジェリカの顔面枕攻撃によってマルコの発言は封じられたが、つくしが興味を持って挙手、メグルが呆れ果てる。
が、地味にキミカも興味あるような顔をしている。
マルコに興味を持たれたいのではなく、お胸の育ちに関する興味ではあるのだが。
「だって、このタワーより綺麗な縦直線とかそういう比喩は2度と言わせちゃいけないと思う! それには大事なことだよ!」
「え、何、それ初耳」
「あの戦いにおいて、最も許しちゃいけない言葉だよ!」
つくしが和馬に力説するが、実際に聞いていたのは主導権を握っていたメグルである。
「滑らかに出たとは言え、好きに言わすのはどうかとうちも思いますなぁ」
「誰かが寸胴とか緩急ついたラインとかそう言うのはいいよ。養ってくれれば」
「口癖かよそれ!」
一二三がメッチャ同意するも武之はこのような平常運行。
晃が一二三との時間差で枕を投げると、武之は「誰でもいいから養ってくれ」と言いながら、寝た振りに入る。
「英雄的復活。仇は必ず取る!」
ネイクが枕を次々に投げ、一二三、晃、落児へヒットさせる。
落児はほぼ見学状態だが、女性陣が当たらないよう壁になってくれているのだ。
今回庇われたのはつくしで、落児はつくしに枕を手渡す。
「ありがとうございます。仇は取りますっ!」
つくし、意気揚々。
その間もネイクは枕無双して、アンジェリカとデイにも当てていた。
「これぞ、英雄的コンビネーション!」
ドヤ。
直後、サポートしているキミカから「ドヤ決めてる場合じゃなくて、前を見て!」という警告空しく顔面にばっすばっす当てられるのだが。
「へっへっへ、中々やるじゃないか……不完全とは言えイリュージョンアタックを破るなんてな。完全になれば破られはしないだろうが」
「ごく普通に目立つ」
「俺氏の英雄的鹿オーラは隠しようがないからね。完全版は共鳴するからこの限りではないよ」
「その通りだ! って、濤、狙いが違う!」
「また私の頭を狙っただろう!」
イリュージョンアタックを晃に決めるつもりが、デイが頭を狙いまくることにキレた濤がデイへ枕をぶん投げる。
そのデイは「ふさふさしておるなら問題ないではないか」とノーダメージ。
「そういう問題じゃねぇだろうなぁ」
「だろうな」
「どっちでもいいよ。養って」
「とりあえず、部屋の隅に移動した方がいいって」
星狼とマルコ、武之を部屋の隅にぽいちょ。
「もう寝ちゃうの!? ルゥともっとマクラナゲ!」
「ルゥさん、無理強いはよくありません。私達と楽しみましょう」
「まだ戦いは終わってないんだぜ!」
ルゥルゥが武之に不満の声を上げるも琳と濤が上手いこと言って誘導成功。
とにかく枕が飛び交う飛び交う。
「こうすると、より楽しく飛びます。当てやすそうな人にやってみてください」
「1番当てたいのが隅で寝てる」
構築の魔女からレクチャーされた晃は武之に当てたいらしいが、当の本人はやられた名目で既に労働放棄している。
「それなら──」
晃のターゲットを探そうと構築の魔女が首を巡らせると、アンジェリカが胸を張った。
「マルコさんならいいよ、ボクが許す!」
「ちょっと待て。何でお前が俺の代わりに許可を出す!?」
「じゃ、そういうことで」
晃が容赦なくマルコの顔面に当てたのは言うまでもない。
やがて──
「思いっきし遊びましたなあ! あースッキリしたわ!」
「……お前がスッキリしてどうする 」
一二三の晴れ晴れとした声に今まで人見知り全開で黙っていたキリルがツッコミした。
が、和馬も同じようにスッキリした顔をしている。
「全力で遊び過ぎて超汗かいてんだけど……よし、もっかい温泉行こうぜ?」
和馬は、皆を見る。
彼も会談の場にいたエージェントであり、そこでの孝蔵の姿や印象、防げなかった悲劇やその後悔から話したいと思うことがない訳ではなかったが、大事なのは晃自身の発散である。気づけば頭から抜けて遊ぶ程熱を入れていた。
枕投げの最中、晃がだいぶ怒号出していた点より、ある程度話を聞く下地は出来ている。
ここでも個人風呂組と分かれることになるが、温泉で再び汗を流しつつ、最後の言葉を投げよう。
●紡がれる言葉
「我の片割れたるキミカは、孝蔵殿を失って悲嘆に暮れている……。せめて、心に留めておいてはくれまいか。お主の父がいなくなって悲しむ者が、H.O.P.E.にもいるのだと」
「俺もさ、あの日いた。龍の根付、くれて。パナマ帽取って会釈したの覚えてる。あの襲撃の時、浮き足立った部下をあの人は俺達ではないと看破して、機を改めようってそう言ってた。すげぇオーラあった」
湯船に浸かりながら、ネイクと和馬がぽつりぽつりと話す。
話を聞く気分ではあるらしく、晃も黙ってそれを聞いている。
「厚かましい事だが……彼女の『朋』となってほしい。その字のごとく、今の彼女には肩を並べる友が必要なのだ」
晃はフリーの能力者扱いである為エージェント勧誘は行っても良いと聞いていたものの、和馬は危険に誰かを誘うのは自分には重いとそれを言う気はなかった。
ネイクの言葉にそこまでの意味があるかどうかは和馬には計り知れない部分もあったが、この言葉に全く含まれていないということはないだろう。
「俺にエージェントになれと?」
「『朋』がどうあるかの解釈は、おぬしがすることだ」
「……君は、既に考えたのではないのか?」
濤がするりと会話に入り込んだ。
「君は和議に反対している。それがどういう気持ちから来るのかは分からない訳ではない、と安易に言わないが、父上がどうして話し合いの場に足を運んだか……君は考えていない訳がない。君にとって父上が誇りであるからだ。君のお父上は、今日ここにいる者達を見て、最初から疑えとは言わないだろう。討つ機会なら幾らでもあったし、懐柔を目論むならもっと効率の良い手段がある。君を無視して成し得ることも出来なかった訳ではない」
「……」
濤の言葉が正論だと判るのだろう、晃は湯面へ視線を落とした。
「君がどの道を選ぼうと君の判断はきっと間違いではない。己に自信を持て。君の父上がそうであったように」
「分かるのかよ」
「会ったことはないが、君がどれだけ父上から想われていたことは判る。君を失望させない父上であろうと前を向き続けたのは判る。今ここにいる君が、これだけ父上を想っているのだから」
「父親のことが好きなんてスゴイいいことだと思うぞ!」
濤の言葉に黙り込んだ晃へ琳が笑う。
それから温泉を出るまで彼は何も喋らなかったが、ヴェルナーが言うには理解はしているだろうとのこと。
理性と感情は別──こればかりは仕方ない。
温泉から出た構築の魔女は一足先に出ていた晃を見つけ、声を掛けた。
「お疲れ様です。今日は楽しく過ごせましたか? 私は、中々新鮮な体験で面白かったのですけど」
「……英雄、だったよな。枕投げしたことなかったのか」
「こちらの世界ではないですね」
晃は構築の魔女の答えに「そうか」と漏らし、ミネラルウォーターのペットボトルを口にした。
(顔立ちだけが似ている訳ではなさそうですね)
相手を自ら見極めようとする姿勢は、父親譲りなのだろう。
まだ、父親の域に達していないが、それは晃がまだ17の少年だから。
そこへアンジェリカがやってきた。
「遠慮なくやれて、楽しかったね。こういう時に手を抜くのは失礼極まりないし」
「その割に胸の話題が多かったな」
「あれはマルコさんが悪い」
アンジェリカはそう言い切り、晃の隣に腰を下ろした。
「ホントのこと言うとね、ボクは晃さんが羨ましい。ボクにはパパとママの思い出はないから。孤児院に兄弟は沢山いるし、シスターは優しいけど、パパとママとは違うでしょ? でも、ボクはその違いがどうとか、寂しいとか、それすらも判らない。いたって記憶がないから」
気を悪くしたら、とアンジェリカが言葉を続けるより早くアンジェリカの頭に晃の手が乗った。
無言で頭を撫でられ、アンジェリカはちょっと笑う。
燻っているだけで、この人は悪い人じゃない。
「パパとママの思い出、大切にしてね。持っていないボクには出来ないから」
「……りがとな」
ほんの小さな礼は、アンジェリカの耳に確かに届いた。
さて、そうしたやり取りを経て就寝。
広間の布団は枕投げ専用とあり、男女別に寝ることとなった。
キリルが「わ、私は幻想蝶が良い! あ、いや! 深夜、晃殿に何かあっては困るゆえにな!」と幻想蝶へ逃げ込んだりしたが、概ね平和的に男女別だ。
「なあなあ、好きなコとかおらんのやろか? 女は乳、尻、太もも、何処に目ぇ行くん?」
「俺男子校だからカノジョとかいないな。……俺はうなじ、かな。髪をかき上げた時に目が行くというか」
「中々お目が高いどすなぁ!」
修学旅行のノリの一二三が晃へ話を向け、色々聞いていく。
尚、この後マルコが加わり、「それ刺激強ぇから」と半分寝てる星狼にダメ出しされたり、「そんなの養ってくれれば些細なこと」とやっぱり半分寝てる武之がクズ全開をぶちかましたりするが、男子側は平和に寝落ち。
女子側は女子側でルゥルゥ中心に美味しいお菓子の話で盛り上がってしまい、結構な時間まで起きていたとのことで、朝は随分眠そうに起きてきた。
「……正直、全部整理ついてる訳じゃないが」
チェックアウトし、帰る段になって晃は口を開いた。
「ダチに足るだけとは思う。親父のことを持ち出したからでも、ダチを望まれたからでも、なく。が、親父は俺の選択を否定しないと思う。……そう言えるだけ俺はまだいいんだろうな」
あと、と晃は武之を見た。
「生活を営めるかどうかも怪しいコレを登録させてるH.O.P.E.の実態知っておいた方がいいから、登録する。ダチだし、肩を並べるのにもその方がいいからな」
「肩を並べるより養って」
「コレ何で今まで生きてられたんだよ」
武之をジト目で見る晃。
だが、彼はまだ武之のグレート高いクズっぷりの全てを知った訳ではない。知らない方が幸せという説もあるが。
ともかく、枕投げの儀式は成功し、晃は和議へ同意した。
H.O.P.E.への登録はおいおいになるだろうが、彼が父親の真の後継者になる経験のひとつになるだろう。
これにて平和的戦争は平和的に決着。