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連載漫画家の受難
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【相談】原稿は漫画家の命
最終発言2016/05/05 20:43:44 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/05/04 19:30:26
オープニング
●白昼の追跡
「ああーーっ! 俺の原稿!!」
昼下がりの住宅街に男の悲痛な声が響く。通りを歩いていた近隣住民が驚いて振り返ると、一戸の窓から大量の紙が噴出し、空高く舞い上がっていくのが見えた。
続いてその家の玄関から、住人らしき男が顔を出す。先ほど悲鳴を上げたのは彼だろう。20代半ばから後半の青年で、顎の輪郭には無精髭が伸びている。彼はつんのめりながら、飛び去った紙の群れを追いかけて行った。
●発端
沖田コウイチは、少年誌『月刊リミットブレイク』に連載を持つ漫画家である。
月ブレやリンブレといった愛称で親しまれている『月刊リミットブレイク』は、多様なジャンルの作品を掲載する健全な漫画雑誌だ。小中高生から大人のお友達まで、ファンの裾野は広い。
沖田のSF漫画は連載2年目を迎え、締め切りに追われながらも充実した日々を送っていた。
今日も自宅を兼ねた仕事場では、完成原稿のチェック作業が行われていた。次号はセンターカラー扱いということで、気合いの入った見開きのカラー原稿がとりわけ眩しく見える。引き取りに訪れた編集者が、丹念に画面とページ数を確認していた。
「増ページで大変でしたよね、お疲れさまでした」
沖田より幾分若く見える男性編集者は、原稿を丁寧に長机に置くと着けていた白手袋を外した。
仕事とはいえ、生原稿ならではの迫力や筆致には毎回胸が高鳴る。
デジタル作画が主流になりつつある昨今において、沖田はフルアナログ作家なのだ。
「ぎりぎり進行だったけど、良かった間に合って」
——ちょっと体にはきつかったしアシスタントに無茶振りもしたが、納得できる仕上がりだ。沖田は大きく伸びをして作業場の奥を振り返る。そこには机に突っ伏して眠るアシスタント2名の姿があった。
束の間の充足感に浸る沖田を見て、編集者も微笑んだ。
「おかげさまで明後日の入稿には十分間に合いますよ。じゃ、いただいて行きますね」
「あ、コピーとスキャンまだなんだ。すぐやっちゃうからちょっと待って……って。あれ?」
アナログ作家といえど、バックアップにはデジタルツールが必須なのである。
とはいえ沖田の視線の先には、そこに置かれていたはずの原稿の束がなかった……というか浮いている。机から1メートルほど上空にふわふわと。
咄嗟に顔を見合わせる沖田と編集者。そして原稿を二度見。やっぱり浮いている。
「先生、なにやってるんですか。冗談は……」
「いや俺じゃないですって」
わやわやする二人の物音に、寝ていたアシスタントたちも体を起こす。
しばし全員で浮遊する原稿を見守るも、気を取り直した沖田が眼前のそれに手を伸ばした。しかし。
——するり。原稿は指先を避けて前進した。まるで磁石が反発するように。
直後、プキキキと虫のような音を発すると、散り散りに部屋の中を飛び回り始めた。
「ああ、順番がめちゃくちゃに……」
誰かが呟いたのと同時に、原稿の群れはそのまま開け放たれていた窓めがけて加速し、一気に屋外へ飛び出して行った。そう、まるで魚群のように。
そして沖田の絶叫が轟いたのである。
「先生、これ従魔なのでは!? とにかくH.O.P.E.に連絡しないと」
あわあわと携帯電話を操作する編集者。その声も耳に入っていない様子で、沖田は机の角に体を激突させながら玄関に向かう。無論、原稿を探しに行くのだ。手塩に掛けて描き上げた作品は我が子同然。家出をしたら探すのも当然。
突然こんな事になった原因は全く謎だが、疲労困憊した脳には絶望的3文字が点滅している。
あの原稿を回収できなければ。
「落ちる……」
落ちる——次号に掲載されない——自分で呟いておきながら後頭部がぞわりと粟立つ。避けたい。それだけは。
「先生、僕たちも行きます!」
「いや。この3日間、君らは十分頑張ってくれた。今は、眠るんだ。ここから先は俺の仕事だ」
睡眠不足で足元をふらつかせながらも後に続こうとするアシスタントたち。彼らを制して沖田は表に飛び出して行った。
●助けて! エージェント!
追跡を続ける沖田と、それに続く編集者。二人は近隣の商店街までやって来た。
従魔原稿の群れは、通行人や街路樹、電線、あらゆる障害物に容赦なくぶつかりながら逃走する。そのせいで、遠目にも汚れや折れが分かるほど傷んでいるものが既に複数見受けられた。
——まだまだ。あのくらいなら修復すれば何とかなる。手元に戻りさえすれば——心折れそうになりながらも、沖田は気持ちを奮い立たせて走り続ける。
その矢先、群れの半分がその進路を変えた。
「嘘だろ!! やめてくれ!!」
半分涙声で叫んだのは、その方角に二級河川があるからだ。水に浸かってしまったら……もう、もう。
川に向かって飛行する従魔原稿の中には渾身のカラーページも含まれていた。あれを失うのはつらい。つらすぎる。正直もう一度同じものを描く余力は……残っていない!
解説
●目的
一般人への被害を抑え、漫画原稿を取り戻す。
・補足
原稿は全体の3分の1ほど(約15ページ)が既に傷んでいます。
漫画家は入稿期限に間に合わせるべく、回収した原稿の修復や描き直しをするつもりですが、疲労もあってやや悲観的になっています。
●従魔原稿48体(イマーゴ級)
わりと機敏ですが、手に負えないほどではありません。
・補足
ライヴスを込めたデコピン程度の攻撃で原稿から排除できます。
素手、武器を問わず、過度の攻撃や普通に考えて紙が傷つく攻撃方法を取った場合、原稿が破損する可能性があります。
●状況
従魔原稿の群れは、それぞれ以下のエリアを飛行中。
・商店街
ピーク時間帯ではありませんが、そこそこ賑わっています。
買い物客の中には自転車やバイク利用者もいます。
従魔原稿は、店先の商品や通行人にもぶつかりながら飛び回っています。
・川
二級河川。川幅は15メートルほど。
河川敷では少年野球の練習が行われているほか、青空ゴルフ練習場もあります。
従魔原稿は、ボールが飛び交う上空を飛行するほか、川の水面すれすれにも降下します。
●沖田コウイチ
デビュー4年目の男性漫画家。
少年誌『月刊リミットブレイク』(月ブレ)で、SF冒険漫画『銀河のプラントハンター』を連載している。
書き込み系の絵柄が特徴のアナログ作画派。
川方面の従魔原稿を追跡中。
このあと一人で原稿描き直しを完遂できるか不安でいっぱい。
●担当編集者
月ブレの若手編集者。
H.O.P.E.に通報した後、沖田とともに原稿を追跡。現在は商店街エリアで従魔原稿に翻弄されている。
代理原稿の手配をしないといけないが、本心では沖田の原稿が間に合うことを願っている。
●アシスタント2名
2泊3日の作業を終えたばかり。仕事場で爆睡中。
リプレイ
●レッツ・原稿ハンティング
商店街に駆けつけたリンカーたちが最初に遭遇したのは、漫画原稿を顔面に貼り付けたスーツ姿の男だった。従魔憑きの原稿に襲われているのかと思いきや、自ずから両手で保定しているようにも見えるのだが……。
「ねぇ、あれって」
「……うん」
フローラ メルクリィ(aa0118hero001)の呼びかけに、一言頷くパートナーの黄昏ひりょ(aa0118)。二人ともちょっと引き気味の表情である。
「目ぇ合わしたら殺られるで!」
「いや、顔見えてないし」
気合いの乗った黄泉 呪理(aa4014)の小ボケを、アナスタシア(aa4014hero001)がしっかり拾ってばっさり斬り捨てる横では、月鏡 由利菜(aa0873)が心配そうに男を見つめていた。ちらりと自分の英雄に視線を送ってみたが、リーヴスラシル(aa0873hero001)は月鏡と対照的に、男の挙動を静観している。
その輪の中から、ぬいぐるみを抱えた少女が一歩前に出た。エミル・ハイドレンジア(aa0425)である。
そのまま軽やかにスーツ男へ急接近。
男の真正面で腰を落とすと、引いた右手をジャンプと同時に天に振り抜き――――掌底を放った。
掌は相手の顎を捉えつつ、指先で原稿に僅かに触れる形を作っている。
まるで流星の如き一撃。
「完璧だな」
その洗練された掌底フォームは、古流武術の師範代である赤城 龍哉(aa0090)さえ呻るほど。
顎を突き上げられ、スーツ男の体は弧を描きながら後方へぶっ飛んだ。
同時にその顔から、はらりと原稿が剥がれ落ちる。
「動きに無駄がありませんわ」
着地したエミルに、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が10点満点とばかりに拍手を送る。
「きれい……」
「お見事ね」
エステル バルヴィノヴァ(aa1165)と泥眼(aa1165hero001)も、同時に賞賛の声を上げた。
当のエミルはそんな周囲の反応を気にも留める様子もなく、何事もなかったかのように原稿を拾いあげて振り返った。
「ほんの、ちょっとで……オッケー」
今の攻撃の補足を伝える。
けっこう派手に吹っ飛んでましたけど……とツッコミを入れたいところだが、原稿への攻撃は最小限で十分だと言いたいらしい。
ほどなく、倒れていたスーツ男が、ぶはっと息をついて上体を起こした。
意外に何ともなさそうなところを見ると、やはり見た目に反して手加減の一撃だったということか。
自分を取り巻くリンカーたちに気付くと、男は安堵の表情を浮かべた。
「皆さん、もしかしてH.O.P.E.の? よかった、これで……!」
どうやら彼が、H.O.P.E.に通報した雑誌編集者のようだ。
先刻、顔面に飛んできた原稿を咄嗟に捉えたはいいものの、破らずに確保する手段がなく、そのまま顔に固定していたのだという。
「でもなんかこう……頭がふわーっとしてきて、ちょっとやばかったです!」
なんという編集者魂。
「とにかく! うちの作家の原稿が……」
編集者は改めて、これまでの経緯を口早に語った。
「とにかく急がないと! ああっ、掲載前の原稿が一般の目に触れてしまうなんて!」
「そこかよ!」
編集者の斜め上を行く嘆きにきれいにツッコむ赤城。
かくしてリンカーたちは二手に分かれ、原稿奪取に向かうのだった。
●商店街・オブ・ザ・カオス
商店街通りの中程、原稿の群れはすぐに見つかった。その先にもちらほら舞っている原稿がいるようだ。
まずエミルが背に装着したライブスラスターを起動させる。
ぬいぐるみ型にカスタマイズされたそれが、口からライヴスを勢い良く噴き出し一気に加速。風圧で変顔になりそうなのをポーカーフェイスで堪えつつ、エミルの姿は瞬く間に通りの彼方へ消えていった。
それを見送った赤城と月鏡たちも、周囲に避難を呼びかけながら原稿捕獲を狙う。
「さっきの様子だと、普通に攻撃したら破けちまうだろうからな」
赤城が握った拳を緩めて人差し指を立てる。
「この指先ひと突きで」
「ノックアウト。ですわね」
意を解したヴァルトラウテが相槌を打つ。もはや北十字星に守護されし一子相伝の何かが炸裂しそうな勢いである。
既に守るべき誓いを発動していた月鏡の上空に、原稿たちが誘引されて来ている。
(「漫画か……。ユリナも読むことはあるのか?」)
リーヴスラシルが月鏡に問いかける。
(「……女の子が主役の少女漫画は見ますね。特にファンタジーものはいいですよね」)
(「そうか…。私も重厚な戦記ものや、騎士を主題にした話なら惹かれるな」)
残念ながら乙女二人の嗜好に、沖田の執筆ジャンルはかすりもしていないのだった。
しかし、この場でそれはさて置いて。
「この作品を楽しみにしている人がいっぱいいるんですものね」
守らなくては。
月鏡がアイコンタクトを取ると、構えていた赤城がヴァイオリン――Fantome V1――を軽く掻き鳴らした。
ギュワァァ――――。
「きゃ……!」
月鏡も思わず耳を塞ぐ悪魔の一節。漆黒のボディから紡がれる歪みまくりの凶悪な波動。精神をグヮシ掴みされて脳髄に震えがくる感じは――そう、黒板に爪を立てた時の――まさしくあの音。
(「味方にも影響がくる武器でしたか!?」)
(「いや……これは単に……」)
使い手の音楽センスの問題じゃないか? と言いかけてやめるリーヴスラシル。
とはいえ従魔には効果覿面だったようだ。
音響攻撃によって硬直した原稿が、はらはらと降下していく。
チャンスは逃さず、月鏡は持参したブックカバーで原稿を白刃取り。……白刃取りしていく。
原稿を傷つけず捕獲するための月鏡の配慮である。白刃取り。なんていじらしい。
リーヴスラシルは思った。もうこの非現実的状況にツッコんではいけない。ユリナの一挙手一投足も全て肯定しよう、と。
「予想以上に効いたな」
赤城は悪戯っぽく笑い、電柱と商店の庇を二段跳びすると空中姿勢で指先怒涛乱舞5HIT。そのまま原稿を掴んで着地した。
(「てへ、じゃありませんわ。さっきのは何なんですの? 今後は芸術音楽も鍛錬の必要がありますわね」)
勘弁してくれよと肩をすくめる赤城。彼の茶目っ気は憎めないながらも、溜め息をつくヴァルトラウテだった。
エミルが通りの奥から原稿の残党を追い立てて、こちらに戻ってくるのが見える。
小柄ゆえに精一杯手を伸ばし原稿を捉えようとする仕草が、無自覚あざと可愛さを演出しているわけだが。
「嬢ちゃん、これを使いな!」
店内に避難していた魚屋の主人が見かねて、エミルにナイスアシスト――魚捕り網――を投げ渡す。
「ん、これで原稿、ゲットだ……ずぇ」
ぶわさぁ! 原稿が顔面を掠める。
「原稿ハンターに、ワタシはな……ぅ」
ぶわさぁぁ!! 台詞を決める間も与えない追撃。
だがここで逆上してはいけない。網を構え直して捕獲にかかる。
体は小さくても歴としたエージェントなのだ。
慎重に、ふうわりと網を往復させて原稿を引き寄せてから、小さな手で優しく撫で撫でして大人しくさせる。
――なんかやっぱり、あざと可愛い。
「しっかし、シュールな光景だぜ」
赤城がつい失笑するが、それも仕方ない。
乱舞する漫画原稿。それを白刃取りする金髪美少女。ヴァイオリンを弾く秘孔突きの男。魚捕り網と推進装置を装備した女児ハンター。
この上なく緊張感をへし折るシチュエーションで、商店街での回収作業は進むのだった。
●ミラクルキャッチ・イン・河川敷
(「傍から見たら、すごくシュールかも……」)
時を同じくして、黄昏もこの非現実的状況に戸惑いを隠せずにいた。
少年野球やゴルフ練習が行われている河川敷。ボールが飛び交う中で、飛行する原稿をさながら護衛するように追跡しているのだ。
従魔とはいえ、依り代の原稿は守らなければいけないのだから、こちらも必死である。
「あの飛んでる紙は従魔で危険だから。ね。ちょっと避難してて欲しいな」
フローラが声を掛けて回るも、生リンカーを前にした野球少年たちは逆にはしゃぐ始末。
「おねえちゃんたちエージェントー!? すっげぇ!」
「受けてみろ! おれの魔球ーっ!」
問答無用の投球攻撃。
恐るべし、小学生の悪ノリ。
だがフローラに投じられた不意打ちの軟式ボールを、黄昏が素手でキャッチした。
「ここは俺が相手するよ。フローラはこれを持って先に」
どよめく小学生たちに取り囲まれながら、既に回収した数枚の原稿を差し出して後を託す。
それを受け取ったフローラは、わかった! と力強く駆け出した。
(「ひりょはやっぱり、頼りになるなぁ」)
くふふ、と自然に笑みが溢れる。
だけど今、ちょっとだけ、手にした原稿が気になる……うずうず。
(「どんな感じなのかなぁ」)
好奇心いっぱいのきらきら目で、手元に視線を落とすフローラに。
「こらー。今読まない! 走る走るー!」
黄昏の声が追いかけてきた。
(「うう……ひりょはどうして何でもお見通しなんだろう……」)
一方、はぐれた原稿がいないか丹念に見て回っているのは、エステルと泥眼ペア。
「沖田先生もこっちに来てるって、言ってましたよね?」
エステルの声が草むらの中から聞こえてくる。
原稿の行方は言うまでもないが、その後を追っているはずの作家と未だ接触できていないのが気になっていた。何かあったらどうしよう。
そんなエステルの心境を知ってか知らずか、泥眼は軽い口調でいなす。
「先生も従魔に憑依されて飛んで行った……とか?」
「不謹慎なこと言ってる場合じゃないんですよ」
ススキの葉をかき分けて、頬を膨らませたエステルが泥眼の所まで戻ってきた。その衣服は刺々しい植物――ひっつき虫――まみれだ。
「捕り逃したりしたら、いずれ漫画空間のドロップポイントに人々を引き込む、最悪の従魔になるかも知れないんですよ? 見落としがないよう、しっかり探しますよ」
きりっ、と鋭い視線を送る。
「分かってるわ……(何時でもエステルは本気だものね)」
肩をすくめて返事する泥眼。やれやれといった素振りを見せながらも、その目は優しく細められている。
「それにしても……漫画空間のドロップポイントって、想像力たくましいわね。ちょっと面白そ……」
おっと。またもや失言の予感に、泥眼は自ずから口元を押さえて視線を泳がせた。そのとき目に入ったのは。
「あ……ほら。そこのススキの間に引っかかっているの……原稿じゃない?」
「はあああっ! あれカラー原稿ーーっ!」
思いがけない遭遇に、キャラ崩壊ものの声を上げてぴょんぴょん飛び跳ねるエステル。
さあ、今が収穫の時。
その頃、黄泉も叫んでいた。
「入水ダメ! 早まったらアカン!」
川にざぶざぶと入っていく男性を見咎めて、その腕を掴む。
「何するんだ、放してくれ! あれが濡れたら困るんだ!」
抵抗する男性の指差す方向には、上空を漂う原稿が数枚。こちらをからかうように絶妙の距離で舞っている。
「俺の原稿なんだ……!」
「あんた……ひょっとして沖田先生ー? 月ブレの沖田先生やー!?」
必死な男性の姿に、はっとした表情で黄泉が食いつく。
「え……ああ。沖田だが」
そう。彼こそが原稿の持ち主であり作者本人。沖田コウイチだった。
「思ってた通り、むさ苦しいオッサンやー! うち毎月買って読んでるんやで!」
わー! と歓声を上げると、黄泉は改めて漫画家の腕にしがみついた。
「え……。ありがと?」
失礼なことを言われた気もするが、少女のハイテンションぶりに脱力した沖田は、怪訝な顔で川岸へ上がる。
「大丈夫。うちらこれでもH.O.P.E.のエージェントなんやで」
テッテレー! と口頭で効果音を演出して、黄泉が自分の足に装着したALブーツを指差す。水面に浮いた状態での活動を支援する優れもの。これさえあれば勝ったも同然! 得意げな黄泉の横で、アナスタシアも親指を立てる。
「だが君たち二人だけでは……」
沖田の表情は晴れないままだ。
その時、待望の助っ人現る。
川の下流側から走ってくるフローラの姿が見えた。
先輩エージェントの登場に、顔を輝かせる黄泉とアナスタシア。
――しかし。
「ごめーーーーん! 一緒に捕まえてーーーー!」
困り眉になったフローラの頭上には原稿の群れ。
黄泉たちの元で足を止めたフローラを残し、原稿はそのまま川の上空に集まり乱舞を始める。沖田の顔が再び青ざめていった。
よっしゃもう自分が行くしかない。黄泉が果敢に飛び出す。
すい、と川幅の中央付近まで出て行くと上空に狙いを定めて一網打尽! ……のはずだったが。
手に入れて間もないALブーツ。慣れていないせいで、跳躍のための挙動をうまくコントロールできない。移動する分には大丈夫なのに。
「呪理! うしろー!」
アナスタシアの声に振り向くと、水面に急降下していく原稿が目に入った。
「アカン……!」
間に合わん、しくじった! と思った瞬間。
原稿と水面の間にレジャーシートのようなものが投げ込まれた。
間一髪。
黄昏が川岸から、広げた寝袋を投擲したのだ。小学生たちの呪縛からは無事解き放たれたようだ。
原稿は寝袋を蹴って再び上空に舞い上がる。
ALブーツを装備した黄昏が、すぐさまフローラと共鳴して水上に駆けつけた。
遅くなってごめんねと優しく微笑む先輩が、今の黄泉には巨人100人にも勝るほど頼もしく見える。
軽々と跳躍して、上空を飛び回る原稿にタッチしていく黄昏。
落ちてきた原稿を黄泉がすかさずキャッチ。
意外にも冴え渡る連携プレーで回収作業は順調に進んだ。イエローコンビ、いい仕事してます。
「はー。さすがベテランは違うわぁ」
ALブーツを難なく使いこなす黄昏を前に、皮肉屋の黄泉も尊敬の眼差しを送らずにいられない。
「おい、呪理。感心してないでちゃんと手伝え。私と違って胸の贅肉がないんだから動きやすいだろ」
陸から叫ぶアナスタシアの野次りも絶好調だ。
河川上空の原稿を回収し終えた頃、エステルと泥眼も合流した。
エステルが手にしているブリーフケースは、商店街で編集者から借り受けたものだ。
「枚数を確認してみましょう。わたしたちの方は6ページ分です」
カラーとモノクロの原稿をブリーフケースから取り出す。
それを見て、沖田が歓喜の声を上げた。
「君! カラー原稿を見つけてくれたの!?」
「え? はっ! もしかして、沖田先生……?」
沖田の存在に気付いて目を見開くエステル。
「見失ってしまったから……もうダメだと思ってたんだ。ああ! ありがとう」
「いえ……とんでもないです! やっぱり生の原稿は迫力が違いますよね」
「君、服にひっつき虫がいっぱいついてる。一生懸命探してくれたんだね、ありがとう。ありがとう」
「こちらこそ! 今回のお仕事受けられて本当に良かった! 良かったです!」
噛み合っているようでいないような……高揚感いっぱいいっぱいの会話を繰り広げるエステル。その脇腹を泥眼がそっと肘でつついた。
「もしかして……ファンなの?」
直球の囁きに、エステルからグフっ……と意味不明の恥じらい声が漏れた。
商店街のメンバーと連絡を取っているのは黄昏。
スマートフォンを耳に当てたまま、サムズアップで河川メンバーに成功を伝える。
どうやら全ての原稿が回収できたようだ。
●超えよう限界を
沖田の仕事場に集合したリンカーたち。
そこには仮眠を取って幾分回復したらしい、沖田のアシスタント2名もスタンバイしていた。
「一応、傷んでいる物と無事な物は分けておいたんだが」
まず赤城が、集めてきた原稿をクリアファイルから取り出す。
「ありがとう。君たちこそ怪我はしてないかい?」
「俺らは全然。それに現場でちゃんと事情も説明してきたから、先生の名前にも傷はついてないと思うぜ」
「そんな事まで……」
気に掛けてくれていたのか。胸に熱いものがこみ上げ、最後まで言葉にならない。
自分は原稿を取り戻す事しか考えていなかったのに……。
「ここまで繋いでもらったリレー。俺は絶対ゴールしたい」
沖田は汚れた原稿を見つめたまま決意を告げる。
「先生、やりましょう。まだ丸一日あります。絶対間に合わせましょう」
その気持ちを汲んだアシスタントが深く頷いた。
そうと決まれば。
「作業に入る前に、少しリフレッシュしませんか?」
にっこり微笑む黄昏が、持ち込んだティーセットで執事さながらに紅茶と香港チョコレートを振る舞い始める。なにこのイケメン。
束の間の休息を終えると、修復の手伝いを申し出た黄昏と月鏡たちを残して、他のメンバーは引き上げた。
人が減って少し温度の下がった仕事場。
紅茶とチョコレートで英気を養った沖田が席に着く。
「よし、超えるか……限界を!」
ダージリンの高貴な香りが漂う戦場で、漫画家は原稿用紙に向かった。
●翌日午前11時
「おかげさまで、今朝無事に完成したよ」
晴れ晴れとした表情の沖田が、玄関で黄昏と赤城を出迎えた。
「えっ、もう終わったんですか!?」
黄昏の声が裏返る。
あの後、修復作業は2、3時間で終わり、夜には月鏡と共に沖田宅を後にしたのだが、描き直しの方は間に合ったのか気になって……来てしまった。
ちなみに赤城とはそこの通りで鉢合わせして同伴、という流れである。
「全然心配することなかったな」
赤城も拍子抜けの様子だ。
部屋に上がると、驚いたことにエミル、月鏡、エステル、黄泉たちの姿。
結局全員、沖田のことが心配だったのだ。
エステルと黄泉に至っては、サインでももらったのか、沖田の単行本を抱えて至福の笑みを湛えている。
月鏡がリーヴスラシルに何やら囁くと、頷いたリーヴスラシルがおもむろに大きな包みをテーブルに乗せた。
「仕事の差し入れのつもりだったんだが、せっかく全員集合したことだしな」
包みから出てきた黒塗りの箱には、泣く子も黙る超有名高級レストランのロゴ。
えっ、これって!
庶民には夢の中でさえ縁がない高級弁当の登場である。
期待に満ちた全員の視線を前に、月鏡が慣れた手つきで折箱を開く。
おおー!
その期待を裏切らない内容に拍手する一同。
「あと、よかったらこちらもどうぞ。今朝私たち二人で作ったんです」
ね、と月鏡がリーヴスラシルに視線を振り、更に6段重ねのボックスをテーブルに乗せる。
少し恥ずかしそうに解禁すると。
うぉぉぉ!!
その眩さに、一際高いどよめきが起こった。
「す、すごい豪華や! ラグジュアリーや! 弁当の限界突破や!」
「アールデコのような美しさですわ」
先の高級弁当が五つ星ならば、このアールデコ弁当は星団クラスといったところか。
さすがリーヴスラシル監修、死角なし。
つまみ食いした黄泉が、うまぁぁ! と叫ぶ。
さっそく全員でブランチを囲む運びとなり、またいそいそと紅茶を注ぎ始める黄昏。
(「はぁ……とりあえず一件落着で良かった。でもなんか精神的にすごく疲れたなぁ……」)
ぐんにょりとしている黄昏の肩を、赤城がぽふりと叩いて慰めた。
そんな中、いつの間にか漫画家宅を抜け出したエミルは、商店街を訪れていた。
魚屋に網を返却がてら、昨日見かけて気になっていた蕎麦店の暖簾を潜る。
うどんの妖精降臨。
注文を済ませると、カウンターの端に積まれた雑誌の山に気が付いた。数冊手に取って、うどんが出てくるまでの時間を過ごす。
膝に乗せたぬいぐるみにも見せるように、丁寧にページをめくる。
――まもなく。
「あい、鴨南うどんお待ち」
店のイチ押しが運ばれてきて、エミルは読み終えた本――月刊リミットブレイクの今月号――を横に置いた。
「ん、依頼のあとの、おうどんは、格別」
割り箸をぱしりと構えて、出汁の香気を胸いっぱい吸い込むと、うどんを一本ずつ幸せそうに啜った。
(「来月号……楽しみ……」)
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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